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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024103899
(43)【公開日】2024-08-02
(54)【発明の名称】黒鉛の精製方法
(51)【国際特許分類】
   C01B 32/215 20170101AFI20240726BHJP
   B03D 1/02 20060101ALI20240726BHJP
【FI】
C01B32/215
B03D1/02
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023007847
(22)【出願日】2023-01-23
(71)【出願人】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100083253
【弁理士】
【氏名又は名称】苫米地 正敏
(72)【発明者】
【氏名】中村 善幸
(72)【発明者】
【氏名】細原 聖司
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼橋 克則
(72)【発明者】
【氏名】平島 剛
【テーマコード(参考)】
4G146
【Fターム(参考)】
4G146AA02
4G146BA34
4G146BA45
4G146BA46
4G146CA15
4G146CB01
4G146CB09
(57)【要約】
【課題】酸処理やアルカリ溶液処理を行うことなく、黒鉛含有原料から高純度の黒鉛を精製する。
【解決手段】黒鉛含有原料の懸濁液を強撹拌することにより、黒鉛成分を液中で凝集させつつ、その凝集体から不純物を分離させて液中に移動させる処理を行う凝集・分離促進処理と、この凝集・分離促進処理で生じた黒鉛成分の凝集体を分離・回収する浮遊選鉱処理を1サイクルとする精製工程(x)を1回または2回以上行う。さらに、必要に応じて、凝集・分離促進処理(但し、精製工程(x)を2回以上行う場合は、少なくとも1回の精製工程(x)における凝集・分離促進処理)前の黒鉛含有原料を湿式粉砕する。浮遊選鉱処理の前に、黒鉛含有原料の懸濁液を強撹拌して黒鉛の凝集と不純物の分離を促進させる凝集・分離促進処理を行うことにより、不純物を容易に分離・除去し、高純度の黒鉛を得ることが可能となる。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
黒鉛含有原料から黒鉛成分を精製する方法であって、
黒鉛含有原料の懸濁液を強撹拌することにより、黒鉛成分を液中で凝集させつつ、その凝集体から不純物を分離させて液中に移動させる処理を行う凝集・分離促進処理と、該凝集・分離促進処理で生じた黒鉛成分の凝集体を分離・回収する浮遊選鉱処理を1サイクルとする精製工程(x)を1回または2回以上行うことを特徴とする黒鉛の精製方法。
【請求項2】
凝集・分離促進処理(但し、精製工程(x)を2回以上行う場合は、少なくとも1回の精製工程(x)における凝集・分離促進処理)前の黒鉛含有原料を湿式粉砕することを特徴とする請求項1に記載の黒鉛の精製方法。
【請求項3】
精製工程(x)を2回以上行い、少なくとも、最終の精製工程(x)または/および中間の精製工程(x)における凝集・分離促進処理前の黒鉛含有原料を湿式粉砕することを特徴とする請求項2に記載の黒鉛の精製方法。
【請求項4】
凝集・分離促進処理した黒鉛含有原料の全量を浮遊選鉱処理することを特徴とする請求項1に記載の黒鉛の精製方法。
【請求項5】
凝集・分離促進処理した黒鉛含有原料を篩にかけ、その篩上を浮遊選鉱処理することを特徴とする請求項1に記載の黒鉛の精製方法。
【請求項6】
精製される黒鉛含有原料は事前処理されたものであることを特徴とする請求項1に記載の黒鉛の精製方法。
【請求項7】
凝集・分離促進処理は、油系バインダーを添加した水中で行うことを特徴とする請求項1に記載の黒鉛の精製方法。
【請求項8】
酸による不純物の溶解処理およびアルカリによる不純物の溶解処理を行わないことを特徴とする請求項1に記載の黒鉛の精製方法。
【請求項9】
黒鉛含有原料は、黒鉛含有鉱石、黒鉛含有耐火物、それらの中間精製物、低・中純度黒鉛の中から選ばれる1種以上であることを特徴とする請求項1に記載の黒鉛の精製方法。
【請求項10】
凝集・分離促進処理では、黒鉛含有原料の懸濁液を撹拌動力密度80W/kg以上で強撹拌することを特徴とする請求項1に記載の黒鉛の精製方法。
【請求項11】
請求項1~10のいずれかに記載の精製方法で黒鉛含有原料を精製することにより黒鉛を製造することを特徴とする黒鉛の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、黒鉛含有鉱石や黒鉛含有耐火物などの黒鉛含有原料から高純度の黒鉛を精製するための精製方法に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に黒鉛含有鉱石を精製して高純度黒鉛を得る場合、黒鉛の原鉱石は黒鉛結晶を含んだ石であるため、これを粉砕した後、浮遊選鉱と磨鉱を繰り返すことにより精製を行う。黒鉛は疎水性物質であるため、浮遊選鉱では灯油などを補収材として使用し、水中での黒鉛の凝集と気泡への付着促進を図っている。しかしながら、黒鉛はある程度まで濃度が上昇すると、凝集が強固になり、凝集体中に捕捉された不純物(脈石成分)の除去が困難となり、それ以上純度を高めることが難しくなる。そこで、浮遊選鉱と磨鉱を繰り返すことで概ね95質量%程度の黒鉛純度まで精製した後、酸やアルカリに浸漬して不純物成分を溶解除去することで、95質量%以上の純度の高純度黒鉛を得ている(例えば特許文献1)。すなわち、原料を酸に浸漬して塩基性不純物を除去し、次いで、アルカリ溶液に浸漬して酸性不純物を除去することで高純度化を図っている。
【0003】
また、他の黒鉛含有原料から黒鉛を精製する方法として、例えば、製鉄所などで発生する黒鉛含有ダストを対象に、浮遊選鉱と磨鉱を繰り返した後、硫酸添加により黒鉛を高純度化する方法(特許文献2)、使用済みのマグネシアカーボンれんがを粉砕し、浮遊選鉱や酸処理により黒鉛を回収する方法(特許文献3)などが提案されているが、これらの方法も、酸による処理を行っている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開昭57-88017号公報
【特許文献2】特開昭58-223610号公報
【特許文献3】特開2013-1606号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上述した従来技術において黒鉛の精製に使用される酸やアルカリ溶液は、そのまま排出すると環境負荷が甚大であるため、通常は専用設備を設置し、中和処理を行った上で排出する必要があるため、製造コストが非常に高くなっていた。これに対し、酸やアルカリ溶液といった薬品を用いずに浮遊選鉱だけで黒鉛精製を行った場合、純度が95質量%未満の黒鉛しか得られない。電池用黒鉛に代表される黒鉛製品用の黒鉛には95質量%以上の純度が要求されており、従来技術では酸やアルカリ溶液の処理が必須とされ、黒鉛の価格高騰の一因となっている。
【0006】
したがって本発明の目的は、以上のような従来技術の課題を解決し、酸やアルカリ溶液による処理を行うことなく、黒鉛含有原料から高純度の黒鉛を精製することができる方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決するために、酸処理やアルカリ溶液処理によらない黒鉛の高純度化処理方法を鋭意研究した結果、以下に述べるような環境負荷が低く且つ容易に高純度黒鉛を得ることができる精製方法を開発したものである。
本発明者らは、当初、使用済みのマグネシアカーボンれんがから黒鉛を回収する方法を開発すべく研究を始め、その際、浮遊選鉱の繰り返し処理により黒鉛を高純度化する方法について検討を進めるなかで、耐火原料である黒鉛には、一般的な非晶質の炭素である煤(すす)やカーボンブラックとは違い、(i)一次粒径が大きい、(ii)結晶化が進んでいるため疎水性が強い、(iii)劈(へき)開性がある、という3つの特徴があることに注目した。すなわち、これらの特徴は、それぞれ、(1)撹拌による解砕・不純物分離効果が得られやすい、(2)水に対して分離凝集をしやすい、(3)強固に付着した不純物も除去されやすい、という点で撹拌による高純度化に有利に作用すると考え、黒鉛含有原料の懸濁液の撹拌条件を最適化すれば、酸やアルカリによる不純物の溶解分離などのようなコストと環境負荷の高い処理を行なわなくても、黒鉛の高純度化が実現できるのではないかという着想を得た。そして、このような着想に基づき、浮遊選鉱処理間の撹拌調整工程において強撹拌を試みた結果、黒鉛含有物の粉体を水中で強撹拌することにより黒鉛の凝集と不純物の分離が効果的に促進され、非常に高純度な黒鉛が得られることが判った。
【0008】
本発明は、このような知見に基づきなされたもので、以下を要旨とするものである。
[1]黒鉛含有原料から黒鉛成分を精製する方法であって、
黒鉛含有原料の懸濁液を強撹拌することにより、黒鉛成分を液中で凝集させつつ、その凝集体から不純物を分離させて液中に移動させる処理を行う凝集・分離促進処理と、該凝集・分離促進処理で生じた黒鉛成分の凝集体を分離・回収する浮遊選鉱処理を1サイクルとする精製工程(x)を1回または2回以上行うことを特徴とする黒鉛の精製方法。
【0009】
[2]上記[1]の精製方法において、凝集・分離促進処理(但し、精製工程(x)を2回以上行う場合は、少なくとも1回の精製工程(x)における凝集・分離促進処理)前の黒鉛含有原料を湿式粉砕することを特徴とする黒鉛の精製方法。
[3]上記[2]の精製方法において、精製工程(x)を2回以上行い、少なくとも、最終の精製工程(x)または/および中間の精製工程(x)における凝集・分離促進処理前の黒鉛含有原料を湿式粉砕することを特徴とする黒鉛の精製方法。
[4]上記[1]~[3]のいずれかの精製方法において、凝集・分離促進処理した黒鉛含有原料の全量を浮遊選鉱処理することを特徴とする黒鉛の精製方法。
【0010】
[5]上記[1]~[3]のいずれかの精製方法において、凝集・分離促進処理した黒鉛含有原料を篩にかけ、その篩上を浮遊選鉱処理することを特徴とする黒鉛の精製方法。
[6]上記[1]~[5]のいずれかの精製方法において、精製される黒鉛含有原料は事前処理されたものであることを特徴とする黒鉛の精製方法。
[7]上記[1]~[6]のいずれかの精製方法において、凝集・分離促進処理は、油系バインダーを添加した水中で行うことを特徴とする黒鉛の精製方法。
[8]上記[1]~[7]のいずれかの精製方法において、酸による不純物の溶解処理およびアルカリによる不純物の溶解処理を行わないことを特徴とする黒鉛の精製方法。
【0011】
[9]上記[1]~[8]のいずれかの精製方法において、黒鉛含有原料は、黒鉛含有鉱石、黒鉛含有耐火物、それらの中間精製物、低・中純度黒鉛の中から選ばれる1種以上であることを特徴とする黒鉛の精製方法。
[10]上記[1]~[9]のいずれかの精製方法において、凝集・分離促進処理では、黒鉛含有原料の懸濁液を撹拌動力密度80W/kg以上で強撹拌することを特徴とする黒鉛の精製方法。
[11]上記[1]~[10]のいずれかの精製方法で黒鉛含有原料を精製することにより黒鉛を製造することを特徴とする黒鉛の製造方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、酸やアルカリ溶液による不純物の溶解処理を行うことなく、黒鉛含有原料から高純度の黒鉛を精製することができる。このため、環境負荷の低い黒鉛精製ができるとともに、精製のための処理コストや設備コストを低く抑えることできるため、高純度の黒鉛を安価に得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】本発明法における黒鉛の精製原理を模式的に示す説明図
図2】本発明の精製方法の一実施形態の処理フローを示す説明図
図3】本発明の精製方法の他の実施形態の処理フローを示す説明図
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明の黒鉛の精製方法は、黒鉛含有原料から黒鉛成分を精製するに際し、黒鉛含有原料の懸濁液を強撹拌することにより、黒鉛成分を液中で凝集させつつ、その凝集体から不純物を分離させて液中に移動させる処理を行う凝集・分離促進処理(黒鉛凝集・不純物分離促進処理)と、この凝集・分離促進処理で生じた黒鉛成分の凝集体を分離・回収する浮遊選鉱処理を1サイクルとする精製工程(x)を1回または2回以上行うものである。
さきに述べたように、本発明では、浮遊選鉱による黒鉛含有原料の精製時に問題となる、強固な凝集体中に捕捉された不純物(脈石成分)を除去する方法について検討した結果、浮遊選鉱する前に、黒鉛含有原料の懸濁液を強撹拌して黒鉛の凝集と不純物の分離を促進させる処理(凝集・分離促進処理)を行うことにより、不純物を容易に分離・除去し、高純度の黒鉛を得ることが可能となることが判った。このため本発明では、上記のように凝集・分離促進処理と浮遊選鉱処理を1サイクルとする工程(x)を1回または2回以上行うものである。
【0015】
本発明において精製の対象となる黒鉛含有原料(黒鉛含有物)は特に制限はなく、黒鉛を含有する物質であればよいが、例えば、黒鉛含有鉱石(例えば、天然鱗片状黒鉛など)、黒鉛含有耐火物(例えば、マグネシアカーボンれんがなど)、それらの中間精製物、低・中純度黒鉛などが挙げられ、これらの1種以上を対象とすることができる。ここで、黒鉛含有耐火物は、一般には使用済み耐火物であるが、これに限定されず、例えば、耐火物レンガの不良品などでもよい。黒鉛含有鉱石や黒鉛含有耐火物の中間精製物とは、黒鉛の純度が低い半製品である。低・中純度黒鉛とは、比較的純度が低い黒鉛製品であり、例えば、天然鱗片状黒鉛を浮遊選鉱のみで精製した黒鉛製品などが挙げられる。
【0016】
本発明の精製工程(x)で一連の処理が施される黒鉛含有原料は、必要に応じて、黒鉛の精製に適した粉体とするために事前処理が施される。黒鉛含有原料が黒鉛含有耐火物などのようなリサイクル材の場合、例えば、(i)水和膨張を利用した粉砕、(ii)機械的な粉砕、などの事前処理を行うことができる。上記(i)の事前処理は、例えば、マグネシアカーボンれんがについて、マグネシアの水和膨張で黒鉛とマグネシアを解砕させることで粉化させるものであり、通常、「破砕→磁力選別(スラグに由来する鉄分の除去)→篩分け→篩下材の水熱処理(粉化処理)」という一連の処理で粉体とする。一方、上記(ii)の事前処理では、通常、「破砕→磁力選別(スラグに由来する鉄分の除去)→篩分け→篩下材の粉砕」という一連の処理で粉体とする。また、黒鉛含有原料が黒鉛含有鉱石の場合には、例えば、破砕→粉砕で粉体とする。一方、例えば、黒鉛含有原料が低・中純度黒鉛(黒鉛製品)などの場合には、粉体とするための事前処理が必要でない場合もある。
【0017】
図1は、本発明の精製工程(x)における黒鉛の精製原理を模式的に示している。
本発明の精製工程(x)で行われる凝集・分離促進処理は、黒鉛含有原料(粉体)の懸濁液を強撹拌することにより、黒鉛成分と不純物(脈石成分)の親水性の差を利用して両者の分離を促進するための処理である。
黒鉛成分は疎水性・親油性物質あり、不純物の多くは親水性物質であるため、凝集・分離促進処理は、液状のバインダー(架橋液体)を添加した水中で行うことが好ましい。このバインダーにより黒鉛粒子どうしが結合して凝集体が形成されやすくなる。バインダーとしては油系バインダーが好ましく、例えば、灯油、軽油、ディーゼル燃料(バイオ系油が添加されたものを含む)、重油などが挙げられ、これらの1種以上を用いることができる。ただし、重油は粘度が高いため、液中での凝集促進には有効性であるが、回収した黒鉛との分離が難しいため、バインダーとしては灯油、軽油、ディーゼル燃料などの軽質油の方が好ましい。このバインダーは、液中で黒鉛成分を結合させて凝集させる作用をする。
バインダーの添加量は特に制限はないが、添加量が少なすぎると黒鉛粒子どうしを結合させるバインダー効果が十分に得られず、一方、多すぎると結合が弱くなるため、黒鉛含有原料の添加量(重量)の0.5~1.0倍程度の添加量(重量)が適当である。
【0018】
この凝集・分離促進処理では、黒鉛含有原料(粉体)の懸濁液を強撹拌することにより、黒鉛成分を液中で凝集させつつ、その凝集体から不純物を分離させて液中に移動させることで、黒鉛成分と不純物の分離を促進する。より具体的には、懸濁液の強撹拌により、最初は液や不純物を含んだ形で黒鉛成分が凝集するが、強撹拌による黒鉛どうしの衝突や処理容器内壁との衝突、壁面での回転によって凝集物から液や不純物(親水性物質)が次第に押し出されることで、黒鉛成分が緻密に凝集していく。その一方で、黒鉛凝集体の一部が撹拌子(撹拌翼など)によって解砕されることや凝集体形成時の衝撃により、黒鉛凝集体の表面に付着・露出している親水性の不純物が、黒鉛凝集体から分離されて液中へ移動する。すなわち、不純物が黒鉛凝集体から液中に押し出されるようにして分離する。以上のような一連の作用により、黒鉛成分が凝集しつつ、その凝集体は徐々に高純度化される。
【0019】
凝集・分離促進処理を行う手段(ミキサー)は、黒鉛含有原料(粉体)の懸濁液を強撹拌できるものであればよいので特に限定されず、例えば、(i)容器内に高速回転して液体を強撹拌できる撹拌子(撹拌翼)を備えたミキサー、(ii)容器内に撹拌子が固定され、圧送された液体をその撹拌子に衝突させることにより強撹拌を生じさせる、いわゆるスタティックミキサー、などを用いることができる。このうち、(i)のミキサーの場合、撹拌子(撹拌翼)の回転による撹拌は撹拌強度や時間を自在に調整できるので、撹拌対象の懸濁液の性状が一定でないような場合に適しており、また、(ii)のスタティックミキサーによる撹拌は、エマルジョン化しにくいので、後の浮遊選鉱にかかる時間を短縮したいような場合に適しており、このような各撹拌手段の特徴を踏まえて選択すればよい。
【0020】
凝集・分離促進処理では、黒鉛含有原料の懸濁液を強撹拌するため、ミキサーの撹拌動力密度を50W/kg以上とすることが好ましく、80W/kg以上とすることが特に好ましい。ここで、撹拌動力密度(W/kg)とは、ミキサーの消費電力(消費電力計で測定される電力)に動力機の公称効率を乗じた値を撹拌動力(W)とした場合、この撹拌動力を懸濁液の質量で除した値である。ミキサーの撹拌動力密度が50W/kg未満では、本発明が狙いとする上述したような作用効果を実現するために必要な強撹拌が得られないおそれがある。
本発明の凝集・分離促進処理では、処理液(懸濁液)のpH調整は特に必要としない。この凝集・分離促進処理では、黒鉛含有原料がアルカリ性であることが多く、また、酸を使用しない関係上、処理液(懸濁液)はpH5よりも高めとなり、例えば、黒鉛含有原料がマグネシアを含む耐火物である場合にはpH8以上となる。
【0021】
以上のような凝集・分離促進処理後の黒鉛含有原料を浮遊選鉱処理するが、この場合、(i)凝集・分離促進処理した黒鉛含有原料を篩にかけ、その篩上のみを浮遊選鉱処理する方法、(ii)凝集・分離促進処理した黒鉛含有原料を篩にかけることなく、そのまま全量を浮遊選鉱処理する方法、のいずれでもよい。上記(i)の方法では、黒鉛凝集体のサイズよりも小さい目開きの篩が用いられ、篩上には黒鉛凝集体が多く含まれるので、高純度の黒鉛を効率的に得ることができるが、篩下にも黒鉛が含まれるので、その分(ii)の方法に較べて回収される黒鉛の歩留まり(炭素回収率)が低くなる。この方法では、篩の目開きによっては篩上に大きな不純物も残存するが、この不純物は続く浮遊選鉱処理で除かれることになる。また、篩上となる黒鉛凝集体の粒子間には間隙水として懸濁水が含まれているため、清浄な水で洗浄(例えば、篩上にシャワーなどで洗浄水をかける)しながら回収することが高純度化に有効である。一方、上記(ii)の方法では、黒鉛凝集体も不純物もサイズの大小を問わず浮遊選鉱処理の対象となるので、回収される黒鉛の歩留まり(炭素回収率)が高く、洗浄することで(i)と同様に高純度化の効果が得られる。なお、精製工程(x)を2回以上行う場合には、精製工程(x)毎に上記(i)または(ii)を選択できるので、1つ以上の精製工程(x)で(i)を行い、他の精製工程(x)で(ii)を行うようにすることもできる。
【0022】
浮遊選鉱処理は、常法に従って行えばよい。例えば、灯油や軽油などの補収材を添加し、さらに必要に応じて起泡剤を添加した水に黒鉛含有原料を投入し、撹拌手段で撹拌することにより懸濁させた状態で、下方から空気(気泡)を供給する(なお、空気の供給は他の態様でなされる場合もある)。これにより、疎水性物質である黒鉛(黒鉛凝集体)に気泡が選択的に付着し、気泡の浮力で浮上する。一方、親水性物質である不純物には気泡が付着しないため、自重によって沈降(沈殿)する。浮遊物(浮上物)は、高純度黒鉛として、或いは次の精製工程(x)で処理される黒鉛濃度が高い中間精製物として回収される。浮遊選鉱処理の具体的な方法や条件は上記以外のものでもよく、要は、疎水性物質である黒鉛(黒鉛凝集体)が不純物に対して浮上分離されるような処理であればよい。
【0023】
精製工程(x)の浮遊選鉱処理で分離された浮遊物は、さらに精製工程(x)を繰り返す場合には、次の精製工程(x)の凝集・分離促進処理またはその前に行われる湿式粉砕処理(この湿式粉砕処理については後述する)に供される。また、精製工程(x)を1回のみ行う場合の浮遊選鉱処理で分離された浮遊物、或いは精製工程(x)を2回以上行う場合の最終の精製工程(x)の浮遊選鉱処理で分離された浮遊物は高純度黒鉛として回収され、必要に応じて水で洗浄された後、水分の除去処理(吸引濾過など)、乾燥処理を経て高純度黒鉛製品となる。また、精製工程(x)を2回以上行う場合の2回目以降の精製工程(x)における浮遊選鉱処理での除去物(沈降物)は、前回の精製工程(x)に戻して未回収黒鉛の回収を行うようにしてもよい。また、1回目の精製工程(x)における浮遊選鉱処理での除去物(沈降物)や、精製工程(x)を1回のみ行う場合の浮遊選鉱処理での除去物(沈降物)は、例えば、再度浮遊選鉱処理にかけて未回収黒鉛を回収した後、その除去物(沈降物)を他の用途、例えば、黒鉛含有原料が黒鉛含有耐火物の場合には、転炉造滓剤や環境用水酸化マグネシウムなどの用途に利材化してもよい。
【0024】
本発明では、通常、凝集・分離促進処理と浮遊選鉱処理は別々の設備(処理槽)で実施されるが、1つの槽内内で、若しくは1つの槽内と当該槽に連結された配管内で、凝集・分離促進処理と浮遊選鉱処理が順次行われるようにしてもよい。
本発明では、以上のような凝集・分離促進処理と浮遊選鉱処理を1サイクルとする精製工程(x)を1回または2回以上行うが、精製工程(x)を1回のみ行うか、2回以上繰り返し行うかは、対象となる黒鉛含有原料の種類や目標とする黒鉛の精製純度などに応じて決めればよい。例えば、黒鉛含有原料が低・中純度黒鉛(黒鉛製品)などの場合には1回のみ行うこともあるが、一般には2回以上行うことが好ましい。
【0025】
本発明では、必要に応じて、精製工程(x)の凝集・分離促進処理前の黒鉛含有原料に対して湿式粉砕を実施する。ここで、精製工程(x)を2回以上行う場合の湿式粉砕は、少なくとも1回の精製工程(x)における凝集・分離促進処理前に実施する。
精製工程(x)で処理される黒鉛含有原料には、不純物表面に黒鉛が固着している片刃粒子が含まれる場合(特に黒鉛含有耐火物に多く含まれる)があるが、この片刃粒子が多い場合、片刃粒子が回収物側に含まれると回収物の黒鉛純度が低下し、除去物側に含まれると黒鉛の歩留まりが低下してしまう。上述した凝集・分離促進処理と浮遊選鉱処理だけでは、この片刃粒子から黒鉛を分離することは難しく、高純度の黒鉛を得るには片刃粒子から黒鉛を引き剥がす操作が必要となる。一般に片刃粒子は粉砕や磨鉱を行う微粉砕装置により処理されるが、黒鉛は不純物よりも柔らかいため、乾式処理(粉砕)した場合には、片刃粒子を構成する不純物が黒鉛に対して押し込まれてしまい、片刃状態の解消は困難である。これに対して片刃粒子を湿式粉砕することにより、不純物表面に固着した黒鉛を適切に引き剥がすことができ、これにより、凝集・分離促進処理において黒鉛凝集体に不純物が混入することがより効果的に抑えられ、黒鉛凝集体の高純度化を促進できることが判った。このため本発明では、必要に応じて、精製工程(x)の凝集・分離促進処理(但し、精製工程(x)を2回以上行う場合は、少なくとも1回の精製工程(x)における凝集・分離促進処理)前の黒鉛含有原料に対して湿式粉砕を実施する。
【0026】
湿式粉砕とは、粉体を溶媒と混合した状態、すなわちスラリー化した状態で粉砕する粉砕方法である。
精製工程(x)を2回以上行う実施形態において湿式粉砕を導入する場合、任意の1つ以上の精製工程(x)の凝集・分離促進処理前の黒鉛含有原料を湿式粉砕してもよいし、各精製工程(x)の凝集・分離促進処理前の黒鉛含有原料を湿式粉砕してもよいが、微小粒子の分離を促進するため、少なくとも、最終の精製工程(x)または/および中間の精製工程(x)における凝集・分離促進処理前の黒鉛含有原料を湿式粉砕することが好ましい。
【0027】
上述したように、片刃粒子は黒鉛含有耐火物に特に多く含まれるので、湿式粉砕は黒鉛含有耐火物から黒鉛を精製するに特に有効である。一方、黒鉛含有原料が黒鉛含有鉱石(天然鱗片状黒鉛など)や低・中純度黒鉛(黒鉛製品)の場合には、一般には片刃粒子はあまり多く含まれないことから、湿式粉砕を実施しないで済むこともある。
本発明では、凝集・分離促進処理と浮遊選鉱処理を行う精製工程(x)を1回または2回以上行い、必要に応じて、凝集・分離促進処理前に湿式粉砕を行うことにより、精製される黒鉛を十分に高純度化できるので、従来行われてきたような酸やアルカリ溶液による処理は行わない。
【0028】
図2は、本発明の精製方法の一実施形態の処理フローを示しており、精製工程(x)を1回のみ行う場合を示している。この実施形態では、凝集・分離促進処理前の黒鉛含有原料に湿式粉砕が行われる。
図3は、本発明の精製方法の他の実施形態の処理フローを示しており、精製工程(x)を4回(精製工程(x)~(x))行い、最終の精製工程(x)の凝集・分離促進処理前の黒鉛含有原料に湿式粉砕が行われる。また、上述したように、湿式粉砕は、精製工程(x)~(x)のうちの任意の1つ以上の精製工程(x)の凝集・分離促進処理前に実施してもよいし、各精製工程(x)の凝集・分離促進処理前にそれぞれ実施してもよい。
【0029】
本発明の精製方法により得られる黒鉛の純度は特に限定されない。さきに述べたように、電池用黒鉛に代表される黒鉛製品用の黒鉛には95質量%以上の純度が要求されるので、そのような用途には95質量%以上の高純度の黒鉛が精製されるが、一方で、後述する実施例(実施例1の発明例1)のように、例えば、黒鉛含有耐火物を80質量%以上の純度の黒鉛に精製するような場合もある。
以上のような本発明による黒鉛の精錬方法により、高純度の黒鉛を効率的且つ低コストに製造することができる。
【実施例0030】
[実施例1]
製鉄所で使用した後のマグネシアカーボンれんが粉砕品を黒鉛含有原料として、黒鉛の精製を行った。黒鉛含有原料である使用済みマグネシアカーボンれんが粉砕品(試料)は、篩目1ミリの篩下品を100g使用した。
凝集・分離促進処理は、容量1000mLのガラス容器内に撹拌翼を備えた回転数10000rpmのミキサーを用いた。このミキサー内に試料と蒸留水を入れて総量750mLとし、さらにバインダーとして灯油を7.5mL添加した後、所定の撹拌動力密度で撹拌翼を10分間回転させて処理を行った。
【0031】
浮遊選鉱処理は、容量2000mLのガラス製メスシリンダー内に試料と蒸留水を入れ、これに補収材として灯油を0.5mL、起泡剤としてパイン油を0.1mL添加し、撹拌しながら、下部から空気(気泡)を供給して行った。この浮遊選鉱処理による浮遊物を回収し、吸引濾過により余分な水分を除去した後、次工程に供した。
湿式粉砕処理は、外径120mm、容量1000mLのポットに直径5mmのセラミックボールをポット容量の40%となるよう装入した粉砕機を用いて行った。試料と蒸留水120mLを入れたポットを密閉した後に、回転数120rpmで湿式粉砕処理を6時間行った。粉砕後の試料は蒸留水で洗い流して回収し、吸引濾過により余分な水分を除去した後に、次工程の試料とした。
【0032】
各発明例および比較例では、以下のようにして試料の精製を行った。
・発明例1、2
凝集・分離促進処理→浮遊選鉱処理を1サイクルとする精製工程(x)を4回行った。各精製工程(x)では、凝集・分離促進処理を実施した試料の全量を浮遊選鉱処理に供した。
・発明例3
発明例1、2と同様に、凝集・分離促進処理→浮遊選鉱処理を1サイクルとする精製工程(x)を4回行うとともに、各精製工程(x)での凝集・分離促進処理前に湿式粉砕処理を実施した。
・比較例1
浮遊選鉱処理のみを4回実施した。
・比較例2
凝集・分離促進処理のみを4回実施し、それぞれの凝集・分離促進処理では、処理後の試料を篩目75μmの篩にかけ、その篩上に水をかけて回収した。
【0033】
所定の精製処理を終えて回収された最終回収物は吸引濾過した後に、風乾を行い、さらに110℃の乾燥機内で24時間の乾燥を行った。乾燥後の各試料は質量を計測した後、TG-DTAにかけ、空気中で炭素を燃焼させ、その質量減少率から炭素含有濃度を計算し、遊離炭素の含有率を求めた。また、除去物も同様に質量と炭素含有率を求め、回収物の炭素含有質量を回収物と除去物の総炭素重量で除した値の百分率を炭素回収率とした。それらの結果を、精製条件とともに表1に示す。
【0034】
比較例1と比較例2を較べると、凝集・分離促進処理のみを実施した比較例2は、浮遊選鉱処理のみを実施した比較例1に較べて回収物の遊離炭素濃度がわずかに高く、また、炭素回収率は比較例1の12質量%に対して54質量%と大幅に高くなっているが、回収物の遊離炭素は77質量%と比較的低い値となっている。
これに対して発明例1は、炭素回収率は比較例2よりも低いが、比較例1よりも24質量%程度高く、特に、回収物の遊離炭素濃度は81質量%と市販黒鉛レベルに到達しており、高純度黒鉛が得られている。
また、発明例2は、発明例1に較べて凝集・分離促進処理での撹拌動力密度を小さくした例である。この発明例2は、発明例1に較べて分離された黒鉛純度は同等であるものの、黒鉛回収率は低くなる傾向があるが、比較例1に較べれば十分に高い黒鉛回収率が得られている。
【0035】
発明例1の回収物を走査型電子顕微鏡で観察した結果、不純物表面を黒鉛が覆っている片刃粒子の存在が多数認められた。この発明例1に対して、湿式粉砕処理を実施した発明例3(その他は発明例1と同じ条件)は、回収物の遊離炭素濃度が飛躍的に向上し、また、炭素回収率も向上している。これは、湿式粉砕処理により片刃粒子から黒鉛が分離されたことによるものと考えられる。
以上のように、凝集・分離促進処理と浮遊選鉱処理を組合わせた精製工程(x)を行う本発明法では、浮遊選鉱のみを行う精製方法に較べて高純度な黒鉛回収が可能となり、さらに湿式粉砕処理を組み合わせて行うことにより、酸やアルカリ溶液による処理を行う黒鉛の精製方法に匹敵する高純度黒鉛が精製可能であること判る。
【0036】
【表1】
【0037】
[実施例2]
市販の中純度黒鉛を黒鉛含有原料として、高純度黒鉛の精製を行った。黒鉛含有原料とした中純度黒鉛(試料)は、天然鱗片状黒鉛を浮遊選鉱で精製した純度89質量%の黒鉛であり、これを100g使用した。
凝集・分離促進処理と浮遊選鉱処理は、実施例1と同じ条件で実施した。
各発明例および比較例では、以下のようにして試料の精製を行った。
・発明例
凝集・分離促進処理→浮遊選鉱処理を1サイクルとする精製工程(x)を4回行った。各精製工程(x)では、凝集・分離促進処理を実施した試料の全量を浮遊選鉱処理に供した。
・比較例1
浮遊選鉱処理のみを4回実施した。
・比較例2
浮遊選鉱処理のみを4回実施した後、酸処理とアルカリ処理を行った。酸処理は6Nの塩酸を用い、60℃に加温しながら2時間撹拌して不純物の溶解を図った。その後、水酸化ナトリウム水溶液中で60℃に加温しながら2時間撹拌した。
【0038】
所定の精製処理を終えて回収された最終回収物は吸引濾過した後に、風乾を行い、さらに110℃の乾燥機内で24時間の乾燥を行った。乾燥後の各試料は質量を計測した後、TG-DTAにかけ、空気中で炭素を燃焼させ、その質量減少率から炭素含有濃度を計算し、遊離炭素の含有率を求めた。また、除去物も同様に質量と炭素含有率を求め、回収物の炭素含有質量を回収物と除去物の総炭素重量で除した値の百分率を炭素回収率とした。それらの結果を、精製条件とともに表2に示す。
【0039】
浮遊選鉱処理のみを実施した比較例1は、浮遊選鉱を繰り返し行っても凝集体の急浮上が見られ、水もきれいなままであり、原料に対する回収物の炭素濃度の上昇はほとんどない。これに対して発明例では、凝集・分離促進処理において水の懸濁が確認され、回収物の遊離炭素濃度は98質量%以上に大幅に向上している。一方、炭素回収率は発明例、比較例ともに約99質量%と同等である。この結果から、本発明法は天然の鱗片状黒鉛の精製による高純度化に有効であることが判る。
比較例2は浮遊選鉱処理後に酸・アルカリ処理を行ったものであるが、本発明例では、この比較例2とほぼ同等の高純度黒鉛が得られている。このように、本発明によれば、酸・アルカリ処理を行う従来の精製方法に匹敵するような高純度黒鉛が精製可能であることが判る。
【0040】
【表2】
図1
図2
図3