(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024104259
(43)【公開日】2024-08-02
(54)【発明の名称】水素機器用基材の製造方法及び水素機器用基材
(51)【国際特許分類】
B23K 20/00 20060101AFI20240726BHJP
【FI】
B23K20/00 310L
B23K20/00 310H
【審査請求】未請求
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023008423
(22)【出願日】2023-01-23
(71)【出願人】
【識別番号】505290542
【氏名又は名称】株式会社MOLE’S ACT
(74)【代理人】
【識別番号】110002697
【氏名又は名称】めぶき弁理士法人
(74)【代理人】
【識別番号】100104709
【弁理士】
【氏名又は名称】松尾 誠剛
(72)【発明者】
【氏名】北澤 敏明
【テーマコード(参考)】
4E167
【Fターム(参考)】
4E167AA02
4E167AA06
4E167AA07
4E167BA02
4E167CA06
4E167CB01
4E167CC01
4E167DB06
(57)【要約】
【課題】従来よりも水素機器の信頼性を高くできる水素機器用基材の製造方法を提供する。
【解決手段】金属材料からなり水素機器用基材10の母材となる第1部材1と、アルミニウム系材料又はマグネシウム系材料からなり第1部材1の被覆材となる第2部材2とを準備する部材準備工程と、第1部材1及び第2部材2を相互拡散接合して接合体3を形成する接合体形成工程と、接合体3に対して時効処理を行う時効処理工程とを有し、第1部材と第2部材との接合面には「接合体形成工程により形成された第1部材と第2部材との金属間化合物層5」が存在するとともに、当該金属間化合物層5の結晶粒界及び第2部材2の結晶粒界には「時効処理工程により形成された析出層」が存在し、金属間化合物層5及び析出層の水素吸蔵能により第1部材1への水素透過が抑制される結果として第1部材1の水素脆化が抑制された水素機器用基材10を製造する水素機器用基材の製造方法。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
水素機器を製造するための水素機器用基材の製造方法であって、
金属材料からなり前記水素機器用基材の母材となる第1部材と、アルミニウム系材料又はマグネシウム系材料からなり前記第1部材の被覆材となる第2部材とを準備する部材準備工程と、
前記第1部材及び前記第2部材をこれらの接合予定面を突き合わせた状態で相互拡散接合して接合体を形成する接合体形成工程と、
前記接合体に対して時効処理を行う時効処理工程とを有し、
前記第1部材と前記第2部材との接合面には「前記第1部材が含有する成分と前記第2部材が含有する成分とを含有し水素吸蔵能を有する金属間化合物層」が存在するとともに、当該金属間化合物層の結晶粒界及び前記第2部材の結晶粒界には「水素吸蔵能を有する析出層」が存在し、前記金属間化合物層及び前記析出層の水素吸蔵能により前記第1部材への水素透過が抑制される結果として前記第1部材の水素脆化が抑制された前記水素機器用基材を製造することを特徴とする水素機器用基材の製造方法。
【請求項2】
請求項1に記載の水素機器用基材の製造方法において、
前記アルミニウム系材料は、Zn及びMgを含有するアルミニウム合金であり、
前記マグネシウム系材料は、Zn及びAlを含有するマグネシウム合金であり、
前記時効処理工程においては、前記金属間化合物層及び前記第2部材における前記結晶粒界の析出層中にAl2Mg3Zn3からなる粒子を生成させることを特徴とする水素機器用基材の製造方法。
【請求項3】
請求項2に記載の水素機器用基材の製造方法において、
前記アルミニウム合金又は前記マグネシウム合金は、さらにSiを含有するアルミニウム合金又はマグネシウム合金であり、
製造される前記水素機器用基材は、前記第2部材の表面にSiを含有する酸化物層が形成されていることを特徴とする水素機器用基材の製造方法。
【請求項4】
請求項1に記載の水素機器用基材の製造方法において、
前記部材準備工程においては、前記第2部材として、前記第1部材との接合予定面に残留応力を付与した第2部材を準備することを特徴とする水素機器用基材の製造方法。
【請求項5】
請求項4に記載の水素機器用基材の製造方法において、
前記部材準備工程においては、前記第2部材として、ショットブラストによる処理により前記第1部材との接合予定面の表面を塑性変形させることで前記第1部材との接合予定面に残留応力を付与した第2部材を準備することを特徴とする水素機器用基材の製造方法。
【請求項6】
請求項1に記載の水素機器用基材の製造方法において、
前記部材準備工程においては、前記第2部材として、前記第1部材との接合予定面が所定の面粗度を有する第2部材を準備し、
前記接合体形成工程においては、前記第1部材と前記第2部材とを相対的に押圧することにより、前記第2部材における前記第1部材との接合予定面に表面微細構造の変化を発生させながら前記第1部材と前記第2部材とを相互拡散接合して接合体を形成することを特徴とする水素機器用基材の製造方法。
【請求項7】
請求項6に記載の水素機器用基材の製造方法において、
前記部材準備工程においては、前記第2部材として、ショットブラストによる処理により前記第1部材との接合予定面に表面微細構造を形成することにより、前記第1部材との接合予定面が所定の面粗度を有する第2部材を準備することを特徴とする水素機器用基材の製造方法。
【請求項8】
請求項1に記載の水素機器用基材の製造方法において、
前記部材準備工程においては、前記第1部材として、鉄系材料からなる第1部材を準備することを特徴とする水素機器用基材の製造方法。
【請求項9】
請求項1に記載の水素機器用基材の製造方法において、
前記部材準備工程においては、前記第1部材及び前記第2部材として、管状の第1部材及び第2部材を準備し
前記接合体形成工程においては、前記第1部材の内側に前記第2部材を配置した状態で、かつ、前記第2部材の内側空間に相互拡散接合に必要な内圧をかけながら、前記第1部材及び前記第2部材を相互拡散接合して接合体を形成することを特徴とする水素機器用基材の製造方法。
【請求項10】
請求項9に記載の水素機器用基材の製造方法において、
前記接合体形成工程においては、前記第1部材の外側に変形抑制用金型を配置した状態で前記第1部材及び前記第2部材を相互拡散接合して接合体を形成することを特徴とする水素機器用基材の製造方法。
【請求項11】
請求項1~10のいずれかに記載の水素機器用基材の製造方法において、
前記水素機器は、水素貯蔵タンク又は水素移送用パイプであることを特徴とする水素機器用基材の製造方法。
【請求項12】
水素機器を製造するための水素機器用基材であって、
金属材料からなり前記水素機器用基材の母材となる第1部材と、アルミニウム系材料又はマグネシウム系材料からなり前記第1部材の被覆材となる第2部材とが接合した構造を有し、
前記第1部材と前記第2部材との接合面には「前記第1部材が含有する成分と前記第2部材が含有する成分とを含有し水素吸蔵能を有する金属間化合物層」が存在するとともに、当該金属間化合物層の結晶粒界及び前記第2部材の結晶粒界には「水素吸蔵能を有する析出層」が存在し、前記金属間化合物層及び前記析出層の水素吸蔵能により前記第1部材への水素透過が抑制される結果として前記第1部材の水素脆化が抑制されていることを特徴とする水素機器用基材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水素機器用基材の製造方法及び水素機器用基材に関する。
【背景技術】
【0002】
近年産業界においても環境保護の面から、自動車や輸送機器に関して水素を燃料とする燃料電池を電力源とするものや水素そのものを動力用の内燃機関の燃料として用いるものが開発されてきている。このため、自動車等に水素を供給するための水素ステーションなどのインフラ整備が必要となり、そのための検討、対応がなされている。
【0003】
水素ステーションなどの機器においては、水素を扱う構成部品(例えば、水素貯蔵タンク、水素移送用パイプなど)が不可欠である。このように水素を扱う構成部品に利用する金属材料においては、長期間水素に接触すると、材料内に水素が侵入し、侵入した水素によって、また、もともと金属材料に含まれている水素によって、引張強度などの機械的性質が劣化したり、構成部品そのものが脆性破壊(応力腐食割れ)を起こしたりする現象が知られている。この現象は、一般に水素脆化と呼ばれている。
【0004】
そこで、上記の水素脆化を抑制する技術が提案されている(例えば、特許文献1及び2参照。)。これらの技術は、母材の表面にアルミニウム系金属間化合物層、アルミニウム層、アルミナ層を順次積層した3層構造被膜を形成するというものであり、高圧水素の環境下で使用される水素機器の母材への水素侵入を抑制し、水素脆化を抑制することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2015-172212号公報
【特許文献2】国際公開WO2015/098981号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、上記した特許文献1及び2に記載された技術は、母材の表面にアルミニウム合金からなる溶融めっき層を形成するというものであり、母材と溶融めっき層との間の密着強度が低く溶融めっき層が剥がれやすいという問題があり、また、溶融めっき層が薄いため水素侵入を高いレベルで抑制することができないという問題がある。さらにまた、上記の結果脆性破壊(応力腐食割れ)の問題を高いレベルで抑制することができないという問題がある。このため、水素機器としての信頼性を高くすることができないという問題があった。
【0007】
そこで、本発明は上記問題を解決するためになされたものであり、従来よりも水素機器の信頼性を高くできる水素機器用基材の製造方法及び水素機器用基材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
[1]本発明の水素機器用基材の製造方法は、水素機器を製造するための水素機器用基材の製造方法であって、金属材料からなり前記水素機器用基材の母材となる第1部材と、アルミニウム系材料又はマグネシウム系材料からなり前記第1部材の被覆材となる第2部材とを準備する部材準備工程と、前記第1部材及び前記第2部材をこれらの接合予定面を突き合わせた状態で相互拡散接合して接合体を形成する接合体形成工程と、前記接合体に対して時効処理を行う時効処理工程とを有し、前記第1部材と前記第2部材との接合面には「前記第1部材が含有する成分と前記第2部材が含有する成分とを含有し水素吸蔵能を有する金属間化合物層」が存在するとともに、当該金属間化合物層の結晶粒界及び前記第2部材の結晶粒界には「水素吸蔵能を有する析出層」が存在し、前記金属間化合物層及び前記析出層の水素吸蔵能により前記第1部材への水素透過が抑制される結果として前記第1部材の水素脆化が抑制された前記水素機器用基材を製造することを特徴とする。
【0009】
本発明の水素機器用基材の製造方法において、時効処理工程は、接合体形成工程中に実施してもよいし、接合体形成工程後に実施してもよい。
【0010】
[2]本発明の水素機器用基材の製造方法において、前記アルミニウム系材料は、Zn及びMgを含有するアルミニウム合金であり、前記マグネシウム系材料は、Zn及びAlを含有するマグネシウム合金であり、前記時効処理工程においては、前記金属間化合物層及び前記第2部材における、前記結晶粒界の析出層中にAl2Mg3Zn3からなる粒子を生成させることが好ましい。なお、Al2Mg3Zn3からなる粒子としては、例えば、「2022年11月18日 九州大学・岩手大学・京都大学・科学技術振興機構・高輝度光化学研究センター「水素の影響を受けない新しい高強度アルミニウムの創製から材料を強化するナノ粒子の「切り替え」~(プレスリリース)」」に記載されている「Al2Mg3Zn3からなるΤナノ粒子」を好ましく例示することができる。
【0011】
[3]本発明の水素機器用基材の製造方法において、前記アルミニウム合金又は前記マグネシウム合金は、さらにSiを含有するアルミニウム合金又はマグネシウム合金であり、製造される前記水素機器用基材は、前記第2部材の表面にSiを含有する酸化物層が形成されていることが好ましい。
【0012】
[4]本発明の水素機器用基材の製造方法において、前記部材準備工程においては、前記第2部材として、前記第1部材との接合予定面に残留応力を付与した第2部材を準備することが好ましい。
【0013】
[5]本発明の水素機器用基材の製造方法において、前記部材準備工程においては、前記第2部材として、ショットブラストによる処理により前記第1部材との接合予定面の表面を塑性変形させることで前記第1部材との接合予定面に残留応力を付与した第2部材を準備することが好ましい。
【0014】
[6]本発明の水素機器用基材の製造方法において、前記部材準備工程においては、前記第2部材として、前記第1部材との接合予定面が所定の面粗度を有する第2部材を準備し、前記接合体形成工程においては、前記第1部材と前記第2部材とを相対的に押圧することにより、前記第2部材における前記第1部材との接合予定面に表面微細構造の変化を発生させながら前記第1部材と前記第2部材とを相互拡散接合して接合体を形成することが好ましい。
【0015】
[7]本発明の水素機器用基材の製造方法において、前記部材準備工程においては、前記第2部材として、ショットブラストによる処理により前記第1部材との接合予定面に表面微細構造を形成することにより、前記第1部材との接合予定面が所定の面粗度を有する第2部材を準備することが好ましい。
【0016】
[8]本発明の水素機器用基材の製造方法において、前記部材準備工程においては、前記第1部材として、鉄系材料からなる第1部材を準備することが好ましい。
【0017】
[9]本発明の水素機器用基材の製造方法において、前記部材準備工程においては、前記第1部材及び前記第2部材として、管状の第1部材及び第2部材を準備し、前記接合体形成工程においては、前記第1部材の内側に前記第2部材を配置した状態で、かつ、前記第2部材の内側空間に相互拡散接合に必要な内圧をかけながら、前記第1部材及び前記第2部材を相互拡散接合して接合体を形成することができる。
【0018】
[10]本発明の水素機器用基材の製造方法において、前記接合体形成工程においては、前記第1部材の外側に変形抑制用金型を配置した状態で前記第1部材及び前記第2部材を相互拡散接合して接合体を形成することができる。
【0019】
[11]本発明の水素機器用基材の製造方法において、前記水素機器は、水素貯蔵タンク又は水素移送用パイプであることができる。
【0020】
[12]本発明の水素機器用基材は、水素機器を製造するための水素機器用基材であって、金属材料からなり前記水素機器用基材の母材となる第1部材と、アルミニウム系材料又はマグネシウム系材料からなり前記第1部材の被覆材となる第2部材とが接合した構造を有し、前記第1部材と前記第2部材との接合面には「前記第1部材が含有する成分と前記第2部材が含有する成分とを含有し水素吸蔵能を有する金属間化合物層」が存在するとともに、当該金属間化合物層の結晶粒界及び前記第2部材の結晶粒界には「水素吸蔵能を有する析出層」が存在し、前記金属間化合物層及び前記析出層の水素吸蔵能により前記第1部材への水素透過が抑制される結果として前記第1部材の水素脆化が抑制されていることを特徴とする。
【発明の効果】
【0021】
本発明の水素機器用基材の製造方法は、水素機器用基材の母材となる第1部材及び当該第1部材の被覆材となる第2部材を相互拡散接合して形成した接合体を用いて水素機器用基材を製造している。また、本発明の水素機器用基材は、水素機器用基材の母材となる第1部材と当該第1部材の被覆材となる第2部材とが接合した構造を有する水素機器用基材を用いている。このため、本発明の水素機器用基材の製造方法及び水素機器用基材によれば、第1部材と第2部材との密着強度を従来よりも高くできる。また、第2部材を厚くして水素侵入を従来よりも高いレベルで抑制することができる。さらにまた、上記の結果脆性破壊(応力腐食割れ)の問題を従来よりも高いレベルで抑制することができる。このため、従来よりも水素機器の信頼性を高くできる水素機器用基材を提供することができる。
【0022】
また、本発明の水素機器用基材の製造方法及び水素機器用基材によれば、水素機器用基材の母材となる第1部材と、第1部材の被覆材となる第2部材との接合面には「第1部材が含有する成分と第2部材が含有する成分とを含有し水素吸蔵能を有する金属間化合物層」が存在するとともに、金属間化合物層の結晶粒界及び第2部材の結晶粒界には「水素吸蔵能を有する析出層」が存在し、「金属間化合物層」及び「金属間化合物層の結晶粒界及び第2部材の結晶粒界に存在する析出層」の水素吸蔵能により第1部材への水素透過が抑制される結果として前記第1部材の水素脆化が抑制され、従来よりも水素機器の信頼性を高くできる水素機器用基材を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【
図1】実施形態1に係る水素機器用基材の製造方法を説明するために示す図である。
【
図2】実施形態2に係る水素機器用基材の製造方法を説明するために示す図である。
【
図3】実施形態2に係る水素機器用基材の製造方法を説明するために示す図である。
【
図4】実施形態2に係る水素機器用基材の製造方法を説明するために示す図である。
【
図5】板状の水素機器用基材10を用いて水素機器20を製造する方法を説明するために示す図である。
【
図6】管状の第1部材1及び第2部材2を用いて水素機器20(水素機器用基材10)を製造する方法を説明するために示す図である。
【
図7】管状の第1部材1及び第2部材2を用いて水素機器20(水素機器用基材10)を製造する方法を説明するために示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、本発明の水素機器用基材の製造方法及び水素機器用基材について、図に示す実施形態に基づいて説明する。なお、各図面は模式図であり、必ずしも実際の構造、構成、比率等を厳密に反映したものではない。また、以下に説明する実施形態は、特許請求の範囲に係る発明を限定するものではない。また、実施形態の中で説明されている諸要素及びその組み合わせの全てが本発明に必須であるとは限らない。
【0025】
[実施形態1]
図1は、実施形態1に係る水素機器用基材の製造方法を説明するために示す図である。
図1(a)は部材準備工程を示す図であり、
図1(b)は接合体形成工程を示す図であり、
図1(c)は時効処理工程を示す図であり、
図1(d)は
図1(c)の符号Aで示す部分の拡大図である。なお、
図1(d)中、符号6は第2部材2が酸化されることにより生成する酸化物層を示す。実施形態1に係る水素機器用基材の製造方法は、
図1に示すように、部材準備工程と、接合体形成工程と、時効処理工程とを有する。
【0026】
1.部材準備工程
部材準備工程は、金属材料からなり水素機器用基材の母材となる第1部材1と、アルミニウム系材料又はマグネシウム系材料からなり第1部材1の被覆材となる第2部材2とを準備する工程である(
図1(a)参照。)。実施形態1においては、第1部材として、鉄系材料からなる第1部材を準備し、第2部材として、Zn及びMgを含有するアルミニウム合金又はZn及びAlを含有するマグネシウム合金からなる第2部材を準備する。第2部材の厚さは、例えば1mm~10mmとする。
【0027】
2.接合体形成工程
接合体形成工程は、第1部材1及び第2部材2をこれらの接合予定面を突き合わせた状態で相互拡散接合して接合体3を形成する工程である(
図1(b)参照。)。第1部材1と第2部材2が異種の材料であっても条件を選べば接合体3を形成できる。
【0028】
3.時効処理工程
時効処理工程は、接合体3に対して時効処理を行う工程である(
図1(c)及び
図1(d)参照。)。実施形態1においては、接合体形成工程における徐冷工程の途中で時効処理工程を実施する。時効処理工程が終了すると、第1部材1と第2部材2との接合面には「第1部材1が含有する成分と第2部材2が含有する成分とを含有し水素吸蔵能を有する金属間化合物層5」が存在するとともに、当該金属間化合物層5の結晶粒界及び前記第2部材2の結晶粒界には「水素吸蔵能を有する析出層(図示せず。)」が存在するうになり、「金属間化合物層5」及び「金属間化合物層5の結晶粒界及び第2部材2の結晶粒界に存在する析出層」の水素吸蔵能により第1部材1への水素透過が抑制される結果として第1部材1の水素脆化が抑制された水素機器用基材10が製造される。
【0029】
また、Zn及びMgを含有するアルミニウム合金又はZn及びAlを含有するマグネシウム合金からなる第2部材2を用いることから、時効処理工程が終了すると、金属間化合物層5及び第2部材2における結晶粒界の析出層中にAl2Mg3Zn3からなる粒子が生成する。当該Al2Mg3Zn3からなる粒子は、粒子表面ではなく粒子内部に水素を多量に吸蔵することが知られており、結晶粒界の析出層中にこのような粒子が存在することにより、金属間化合物層5及び第2部材2における水素吸蔵能が増強されて第1部材1への水素透過がより一層抑制される結果として第1部材1の水素脆化がより一層抑制された水素機器用基材10が製造される。
【0030】
<実施形態1の効果>
実施形態1に係る水素機器用基材の製造方法は、水素機器用基材10の母材となる第1部材1及び当該第1部材1の被覆材となる第2部材2を相互拡散接合して形成した接合体3を用いて水素機器用基材10を製造している。また、実施形態1に係る水素機器用基材10は、水素機器用基材10の母材となる第1部材1と当該第1部材1の被覆材となる第2部材2とが接合した構造を有する水素機器用基材を用いている。このため、実施形態1に係る水素機器用基材の製造方法及び水素機器用基材10によれば、第1部材1と第2部材2との密着強度を従来よりも高くできる。また、第2部材2を厚くして水素侵入を従来よりも高いレベルで抑制することができる。さらにまた、上記の結果脆性破壊(応力腐食割れ)の問題を従来よりも高いレベルで抑制することができる。このため、従来よりも水素機器の信頼性を高くできる水素機器用基材10を提供することができる。
【0031】
また、実施形態1に係る水素機器用基材の製造方法及び水素機器用基材によれば、水素機器用基材10の母材となる第1部材1と、第1部材1の被覆材となる第2部材2との接合面には「第1部材1が含有する成分と第2部材2が含有する成分とを含有し水素吸蔵能を有する金属間化合物層5」が存在するとともに、金属間化合物層5の結晶粒界及び第2部材2の結晶粒界には「水素吸蔵能を有する析出層」が存在し、「金属間化合物層5」及び「金属間化合物層5の結晶粒界及び第2部材2の結晶粒界に存在する析出層」の水素吸蔵能により第1部材1への水素透過が抑制される結果として第1部材1の水素脆化が抑制され、従来よりも水素機器の信頼性を高くできる水素機器用基材10を提供することができる。
【0032】
[実施形態2]
図2~
図4は、実施形態2に係る水素機器用基材の製造方法を説明するために示す図である。このうち
図2は、実施形態2における第1部材1及び第2部材2を説明するために示す図である。
図2(a)は第1部材1の斜視図であり、
図2(b)は第1部材1の平面図であり、
図2(c)は
図2(b)のA1-A1断面図であり、
図2(d)は第1部材1の接合予定面1Sの表面の様子を示す拡大断面図であり、
図2(e)は第2部材2の斜視図であり、
図2(f)は第2部材2の平面図であり、
図2(g)は
図2(f)のA2-A2断面図であり、
図2(h)は
図2(f)の第2部材2の接合予定面2Sの表面の様子を示す拡大断面図である。
【0033】
また、
図3は、残留応力の付与及び格子欠陥について説明するために示す図である。
図3(a)は接合予定面2Sに残留応力を付与する前の原子の並びを模式的に示す図であり、
図3(b)は接合予定面2Sに残留応力を付与した後の原子の並びを模式的に示す図であり、
図3(c)は格子欠陥である転移を説明するために示す模式図であり、
図3(d)は格子欠陥である空孔を説明するために示す模式図である。
図3(a)及び
図3(b)は斜投影図的な図となっており、立方体状に並んだ丸いものは原子である。
図3(c)は斜投影図的な図となっており、
図3(d)は平面図的な図となっている。
図3(c)及び
図3(d)において白丸で示すのは原子である。
図3はあくまで模式図であり、接合予定面2Sにおける具体的な結晶構造等を示すものではない。特に、
図3においては原子が単純立方格子状の構造を取っているように図示されているが、これは図をわかりやすくするための便宜的なものであり、第2部材2における原子が実際にこのような構造を取っていることを示すものではない。
【0034】
また、
図4は、実施形態2における接合体形成工程を説明するために示す図である。
図4(a)は第1部材1と第2部材2とを相対的に押圧している状態を示す断面図であり、
図4(b)は押圧時における接合予定面1S及び接合予定面2Sの様子を示す拡大断面図であり、
図3(c)は相互拡散接合により形成された接合体3を示す断面図であり、
図4(d)は接合後における接合界面の様子を示す拡大断面図である。
図4(a)における符号P及び太矢印は、第1部材1と第2部材2とを相対的に押圧していることを表すものである。
図4(c)及び
図4(d)における二点鎖線は接合界面を示すものであるが、当該表示は接合体3に接合界面が残存していることを示すものではなく、接合体3が2つの部材から製造されたことをわかりやすく示すためのものである。
【0035】
実施形態2に係る水素機器用基材の製造方法は、基本的には実施形態1に係る水素機器用基材の製造方法と同様であるが、部材準備工程で準備する第1部材1と第2部材2の構成が異なる。すなわち、実施形態2に係る水素機器用基材の製造方法において、第1部材1及び第2部材2として、ショットブラストによる処理により接合予定面の表面を塑性変形させることで接合予定面に残留応力を付与した第1部材1及び第2部材2を準備する。このとき、第1部材1及び第2部材2は、接合予定面が所定の面粗度を有する第1部材1及び第2部材2となる。
【0036】
ショットブラストによる処理における条件(例えば、投射材の材料、粒径や投射材を衝突させる速さ等の条件)は、第1部材1及び第2部材2を構成する材料の種類等に応じて任意に決定することができる。ショットブラストによる処理を実施すると、投射材の衝突により第1部材1の接合予定面1S及び第2部材の接合予定面2Sの表面に細かな凹凸が形成される(
図2(d)及び
図2(h)参照。)。なお、
図2(d)及び
図2(h)は模式図であるため、表面の凹凸の大きさ、比率、形状等は図示したものに限られない。
【0037】
ここで、残留応力の付与について、第2部材2を例にとって説明する。接合予定面2Sに残留応力を付与することで、接合予定面2Sにおける原子レベルの構造(特に金属結晶構造)に影響を与え(
図3(a)及び
図3(b)参照。)、原子配列の乱れである格子欠陥の発生を促進させることができる。特に、接合予定面2Sの表面を塑性変形させることで接合予定面2Sに残留応力を付与することにより、原子配列が列単位でずれる線状の格子欠陥である転移d1(
図3(c))を多く発生させることが可能となる。また、残留応力の付与により、点状の格子欠陥である空孔d2(
図3(d)参照。)や面状の格子欠陥も発生し得る。なお、上記の事項は第1部材1においても同様である。
【0038】
本明細書における「所定の面粗度」とは、後述する接合体形成工程において第1部材1に対して第2部材2を相対的に押圧したときに、互いの接合予定面の表面における凹凸の変形、破壊、滑り等の表面微細構造の変化を発生させやすい粗さのことをいう。材料の種類や必要な接合強度等によって所定の面粗度の好適な数値は異なってくるが、一般にRa=0.05μm以上とすることが好ましいと考えられる。なお、本明細書における「表面微細構造」とは、原子スケールの表面構造のことをいう。
【0039】
2.接合体形成工程
接合体形成工程は、第1部材1及び第2部材2を、これらの接合予定面1S,2Sを突き合わせた状態で相対的に押圧することにより(
図4(a)参照。)、第1部材1と第2部材2とを相互拡散接合して接合体3を形成する工程である(
図4(c)及び
図4(d)参照。)。
【0040】
接合体形成工程においては、第1部材1と第2部材2とを相対的に押圧することにより、これらの接合予定面1S及び接合予定面2Sに表面微細構造の変化を発生させながら、第1部材1と第2部材2とを拡散接合させて接合体3を形成する。表面微細構造の変化とは凹凸の変形、破壊、滑り等であり、これらと第1部材1の接合予定面1S及び第2部材2の接合予定面2Sに付与された残留応力との組み合わせにより相互拡散接合が促進される。
【0041】
なお、残留応力を付与した接合予定面1Sと接合予定面2Sとの間で相互拡散接合が促進される原理については、以下のとおりであると考えられる。接合予定面1S及び接合予定面2Sに残留応力を付与することで、上記したように各接合予定面において格子欠陥の発生を促進させることができる。格子欠陥が増加することで、接合予定面1S及び接合予定面2Sは原子が移動しやすい状態となる。その結果、接合予定面1Sと接合予定面2Sとの間(接合界面)における原子の拡散や金属結合の確立を活発化させることが可能となる。
【0042】
接合体形成工程は、拡散接合を促進させるために第1部材1及び第2部材2を加熱し、第1部材1及び第2部材2をある程度の温度(ただし、第2部材2の融点以下の温度)に保ちながら実施することが好ましい。すなわち、接合体形成工程においては、第1部材1及び第2部材2が相互拡散接合可能な温度条件の下で(好ましくは相互拡散接合に適した温度条件の下で)第1部材1と第2部材2とを相対的に押圧することが好ましい。
【0043】
拡散接合に適した温度条件は、第1部材1及び第2部材2を構成する材料の種類により異なってくるが、例えば、第1部材1が鉄系材料であり、第2部材2がアルミニウム系材料である場合には、500~550℃程度の温度とすることができる。また、かけるべき圧力についても、第1部材1及び第2部材2を構成する材料の種類、第1部材1及び第2部材2の形状、接合温度等により最適値が大きく変わってくるため適切な数値を挙げることは難しいが、おおむねMPaオーダーの圧力が必要となると考えられる。
【0044】
第1部材1と第2部材2とを拡散接合させ、高い接合力を得るためには、温度及び圧力をある程度保持する必要がある。当該時間は第1部材1及び第2部材2を構成する材料の種類、第1部材1及び第2部材2の形状、接合温度、圧力等により異なってくるが、例えば、10分~3時間程度とすることができる。接合体形成工程は、真空中や不活性ガス中で実施することが好ましい。
【0045】
3.時効処理工程
実施形態1の場合とほぼ同様の条件で実施することができる。
【0046】
<実施形態2の効果>
実施形態2に係る水素機器用基材の製造方法は、実施形態1に係る水素機器用基材の製造方法が有する効果に加えて以下の効果を有する。
【0047】
実施形態2に係る水素機器用基材の製造方法によれば、第1部材1及び第2部材2として、ショットブラストによる処理により接合予定面の表面を塑性変形させることで接合予定面に残留応力を付与した第1部材1及び第2部材2を用いて相互拡散接合を実施することから、残留応力により第1部材1の接合予定面1S及び第2部材2の接合予定面2Sにおいて原子配列の乱れである格子欠陥(転移や空孔等)の発生を促進させ、接合予定面1Sと接合予定面2Sとの間における原子の拡散や金属結合の確立を活発化させることで接合強度の高い接合体を形成でき、水素機器の信頼性を高くできる水素機器用基材を提供できる。
【0048】
また、実施形態2に係る水素機器用基材の製造方法によれば、第1部材1及び第2部材2として、接合予定面1S及び接合予定面2Sがそれぞれ所定の面粗度を有するものを用いるとともに、接合予定面1S及び接合予定面2Sに表面微細構造の変化を発生させながら、第1部材1と第2部材2とを相互拡散接合させて接合体を形成するため、接合予定面1S及び接合予定面2Sの表面の凹凸を利用して表面微細構造の変化を発生させることで接合強度の高い接合体を形成でき、水素機器の信頼性を高くできる水素機器用基材を提供できる。
【0049】
なお、実施形態2に係る水素機器用基材の製造方法においては、第1部材1及び第2部材2として、接合予定面1S及び接合予定面2Sがそれぞれ所定の面粗度を有するものを用いていることから、第1部材1と第2部材2の接合面近傍に水素透過抑制性能にとっては望ましくない空隙が生成されるリスクが考えられるが、実施形態2に係る水素機器用基材の製造方法においては、相互拡散接合中にこれらの空隙を消滅させることは可能である。
【0050】
[実施形態3]
図5は、板状の水素機器用基材10を用いて水素機器20を製造する方法を説明するために示す図である。
図5(a)は水素機器用基材10を示す断面図であり、
図5(b)は製造される水素機器20を示す断面図である。
実施形態3においては、実施形態1に係る水素機器用基材の製造方法により製造された板状の水素機器用基材10を用いて水素機器20(この場合、水素移送用パイプ)を製造する。実施形態3においては、板状の水素機器用基材10を第2部材が内側に位置するように丸めるとともに側面を接合することにより、水素機器20(この場合、水素移送用パイプ)を製造することができる。
【0051】
[実施形態4]
図6は、管状の第1部材1及び第2部材2を用いて水素機器20を製造する方法を説明するために示す図である。
図6(a)は管状の第1部材1及び第2部材2を示す断面図であり、
図6(b)は、接合体形成工程を示す断面図であり、
図6(c)は製造される水素機器20(及び水素機器用基材10)を示す断面図である。
【0052】
実施形態4においては、まず第1部材及び第2部材として、ともに管状の第1部材1及び当該第1部材1の内径よりも小さい外径を有する第2部材2を準備する。その後、真空電気炉の中に第1部材1を配置するとともに、第1部材1の内側に第2部材を挿入配置する。その後、第2部材の内側空間に相互拡散接合可能な内圧をかけた状態で熱処理を行うことにより接合体実施工程を実施し、その後時効処理工程を実施する。これにより、水素機器20(この場合水素移送用パイプ)を製造することができる。
【0053】
[実施形態5]
図7は、管状の第1部材1及び第2部材2を用いて水素機器20を製造する方法を説明するために示す図である。
図7(a)は管状の第1部材1及び第2部材2を示す断面図であり、
図7(b)は接合体形成工程を示す断面図であり、
図7(c)は製造される水素機器20(及び水素機器用基材10)を示す断面図である。
【0054】
実施形態5は、基本的には実施形態4と同様の工程を有するが、接合体形成工程の内容が実施形態4の場合と異なる。すなわち、実施形態5においては、第1部材1の外側に変形抑制用金型30を配置した状態で接合体形成工程を実施する。これにより、接合体形成工程において第1部材1と第2部材2とに印加される圧力が確保され、接合力の高い接合体を形成することができる。
【0055】
以上、本発明を上記の各実施形態に基づいて説明したが、本発明は上記の各実施形態に限定されるものではない。その趣旨を逸脱しない範囲において種々の態様において実施することが可能であり、例えば、次のような変形も可能である。
【0056】
(1)上記各実施形態における第1部材1、第2部材2、水素機器用基材10はあくまで例示であり、本発明の範囲を逸脱しない限りにおいて任意の形状とすることができる。
【0057】
(2)上記各実施形態においては、接合体形成工程中に時効処理工程を実施しているが、本発明はこれに限定されるものではない。接合体形成工程後に時効処理工程を別途実施してもよい。
【0058】
(3)上記各実施形態においては、第2部材2として、Zn及びMgを含有するアルミニウム合金又はZn及びAlを含有するマグネシウム合金を用いたが、本発明はこれに限定されるものではない。上記したZn及びMgを含有するアルミニウム合金又はZn及びAlを含有するマグネシウム合金以外のアルミニウム合金又はマグネシウム合金を用いることもできる。また、第2部材2として、さらにSiを含有するアルミニウム合金又はマグネシウム合金を用いることもできる。この場合、第2部材2の表面に、Siを含有する緻密な酸化物層が形成され、第2部材2への水素侵入を抑制できる、より一層水素透過が抑制可能な水素機器用基材を製造できる。
【0059】
(4)上記各実施形態においては、第1部材1として鉄系材料からなるものを用いたが、本発明はこれに限定されるものではない。第1部材1として鉄系材料以外の金属材料(例えばアルミニウム合金)を用いることもできる。
【0060】
(5)上記実施形態2においては、第1部材1及び第2部材2の両方について、ショットブラストによる処理を施したが、本発明はこれに限定されるものではない。第2部材2のみにショットブラストによる処理を施してもよい。
【符号の説明】
【0061】
1:第1部材
2:第2部材
3:接合体
4:突き当て面
5:金属間化合物層
6:酸化物層
10:水素機器用基材
20:水素機器(水素移送用パイプ)
30:変形抑制用金型