(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024104281
(43)【公開日】2024-08-02
(54)【発明の名称】液体金属脆化割れ予測方法及び液体金属脆化割れ予測プログラム
(51)【国際特許分類】
B23K 11/24 20060101AFI20240726BHJP
G01N 17/00 20060101ALI20240726BHJP
G01N 3/00 20060101ALI20240726BHJP
G01N 3/08 20060101ALI20240726BHJP
G01N 19/00 20060101ALI20240726BHJP
B23K 31/00 20060101ALI20240726BHJP
B23K 11/16 20060101ALI20240726BHJP
B23K 11/11 20060101ALI20240726BHJP
【FI】
B23K11/24 394
G01N17/00
G01N3/00 Q
G01N3/00 T
G01N3/08
G01N19/00 G
B23K31/00 Z
B23K11/16 311
B23K11/11
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023198211
(22)【出願日】2023-11-22
(31)【優先権主張番号】P 2023008008
(32)【優先日】2023-01-23
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001748
【氏名又は名称】弁理士法人まこと国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】福本 学
(72)【発明者】
【氏名】古迫 誠司
【テーマコード(参考)】
2G050
2G061
4E165
【Fターム(参考)】
2G050AA01
2G050BA01
2G050BA10
2G050CA06
2G050DA01
2G050EA01
2G050EB01
2G050EB10
2G061AA01
2G061AB01
2G061AC03
2G061BA05
2G061CA02
2G061CB18
2G061DA11
2G061DA12
4E165AA03
4E165EA03
(57)【要約】
【課題】めっき鋼板の溶接工程における、めっき鋼板の表面での液体金属脆化割れの発生を精度良く予測する方法等を提供する。
【解決手段】本発明は、めっき鋼板の溶接工程における、めっき鋼板の表面での液体金属脆化割れの発生を予測する方法であって、溶接工程を模擬した数値シミュレーションによって、溶接工程におけるめっき鋼板の表面近傍の応力履歴及び温度履歴を推定する、数値シミュレーションステップST1と、推定した応力履歴及び温度履歴に基づき、以下の式(1)で表される潜伏時間消費率ρを算出する潜伏時間消費率算出ステップST2と、潜伏時間消費率ρが1以上である場合に、めっき鋼板の表面に液体金属脆化割れが発生すると判定する、判定ステップST3と、を有する。
【数17】
【選択図】
図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
めっき鋼板の溶接工程における、前記めっき鋼板の表面での液体金属脆化割れの発生を予測する方法であって、
前記溶接工程を模擬した数値シミュレーションによって、前記溶接工程における前記めっき鋼板の表面近傍の応力履歴及び温度履歴を推定する、数値シミュレーションステップと、
推定した前記応力履歴及び前記温度履歴に基づき、以下の式(1)で表される潜伏時間消費率ρを算出する潜伏時間消費率算出ステップと、
前記潜伏時間消費率ρが1以上である場合に、前記めっき鋼板の表面に液体金属脆化割れが発生すると判定する、判定ステップと、
を有する、
液体金属脆化割れ予測方法。
【数13】
前記式(1)において、Δt
iは、前記溶接工程の溶接開始から溶接終了までの時間を整数nで分割した場合に、i番目の時刻t
iからi+1番目の時刻t
i+1までの時間(t
i+1-t
i)を意味する。iは、1≦i≦nを満足する整数である。σiは、時間Δt
iにおける前記めっき鋼板の表面近傍の応力を意味する。T
iは、時間Δt
iにおける前記めっき鋼板の表面近傍の温度を意味する。t
cは、液体金属脆化割れ発生までの潜伏時間を意味し、前記応力σ
i及び前記温度T
iの関数として表されるため、上記の式(1)では、t
c(σ
i,T
i)と表記している。
【請求項2】
前記潜伏時間消費率算出ステップにおいて、以下の式(1)’で表される潜伏時間消費率ρ
Nを算出し、
前記判定ステップにおいて、前記潜伏時間消費率ρ
Nが1以上となる最小のNを特定し、N+1番目の時刻t
N+1を液体金属脆化割れの発生時刻であると判定する、
請求項1に記載の液体金属脆化割れ予測方法。
【数14】
前記式(1)’において、Nは、1≦N≦nを満足する整数である。
【請求項3】
前記式(1)における潜伏時間t
cを以下の式(2)~式(4)に基づき算出する、
請求項1又は2に記載の液体金属脆化割れ予測方法。
【数15】
前記式(2)において、γは、所定の定数である。w
c
0は、液体金属脆化割れ発生の臨界寸法に相当する、前記めっき鋼板の表面におけるくさび状脆化領域の幅を意味する。E
*及びGは、それぞれ式(3)及び式(4)で表される値である。
前記式(3)において、Eは、前記めっき鋼板のヤング率を意味する。νは、前記めっき鋼板のポアソン比を意味する。πは、円周率である。
前記式(4)において、δ、D
GB、Ω、kは、前記めっき鋼板の表面近傍に存在する結晶粒界の幅、前記結晶粒界におけるめっきの金属原子の拡散係数、前記めっきの金属原子の原子体積、及びボルツマン定数をそれぞれ意味する。
【請求項4】
液体金属脆化割れが発生する条件及び液体金属脆化割れが発生しない条件で、それぞれめっき鋼板に溶接工程を施す実験を行った結果と、前記実験と同条件で前記数値シミュレーションステップ及び前記潜伏時間消費率算出ステップを実行した結果とを比較することにより、前記式(2)の右辺第1項の値を決定する、
請求項3に記載の液体金属脆化割れ予測方法。
【請求項5】
液体金属脆化割れが発生し得る温度域で前記温度Tiを一定に保持しつつ、前記応力σiを種々の値に変化させて、めっき鋼板の引張試験を実行することで、前記応力σi毎に液体金属脆化割れ発生までの潜伏時間tcを測定し、得られた点列(σi,tc)を前記式(2)の形式で回帰近似することで、前記式(2)の右辺第1項の値を決定する、
請求項3に記載の液体金属脆化割れ予測方法。
【請求項6】
前記式(1)における潜伏時間t
cを以下の式(5)の形式で表し、
液体金属脆化割れが発生し得る温度域で前記温度T
iを温度T
<j>に保持しつつ、前記応力σ
iを種々の応力σ
<m>に変化させて、めっき鋼板の引張試験を実行することで、前記応力σ
<m>毎に液体金属脆化割れ発生までの潜伏時間t
c
<m,j>を測定し、得られた点群(σ
<m>,T
<j>,t
c
<m,j>)から、以下の式(5)のφ(T
i)を回帰近似することで、以下の式(5)を決定し、
前記式(1)における潜伏時間t
cを、決定した以下の式(5)に基づき算出する、
請求項1又は2に記載の液体金属脆化割れ予測方法。
【数16】
前記式(5)において、φ(T
i)は、前記温度T
iの関数である係数を意味する。前記jは、1≦j≦J(Jは整数)を満足する整数である。前記mは、1≦m≦M(j)(M(j)は整数)を満足する整数である。
【請求項7】
前記めっき鋼板が、電気亜鉛めっき鋼板、溶融亜鉛めっき鋼板、又は合金化溶融亜鉛めっき鋼板である、
請求項1又は2に記載の液体金属脆化割れ予測方法。
【請求項8】
前記溶接工程が、抵抗スポット溶接工程である、
請求項1又は2に記載の液体金属脆化割れ予測方法。
【請求項9】
コンピュータに、請求項1又は2に記載の液体金属脆化割れ予測方法が有する前記数値シミュレーションステップと、前記潜伏時間消費率算出ステップと、前記判定ステップと、を実行させるための、液体金属脆化割れ予測プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、めっき鋼板の溶接工程における、めっき鋼板の表面での液体金属脆化割れの発生を精度良く予測する方法及びプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
亜鉛めっき鋼板等のめっき鋼板の溶接工程(例えば、抵抗スポット溶接工程)において、溶接部に液体金属脆化(LME(Liquid Metal Embrittlement))に起因した割れ(以下、液体金属脆化割れ又はLME割れと称する)が発生することがある。このLME割れが著しい場合には、溶接部の継手強度が低下するおそれがある。
【0003】
このため、従来、LME割れを抑制することを目的として、例えば、LME割れが発生し難いめっきの成分設計が成された鋼板(耐LME割れ鋼板)や、溶接工程前にめっき表面を削除又は改質するLME割れ防止方法や、特許文献1に記載のように、加圧力や電流等の溶接条件を適正化したLME割れ防止溶接方法などが提案されている。
【0004】
しかしながら、従来、めっき鋼板の溶接工程を実際に施す前にLME割れの発生を予測する方法については何ら提案されていない。
【0005】
なお、非特許文献1~3には、液体金属脆化割れのメカニズムについての研究が報告されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】L. Klinger and E. Rabkin, “The effect of stress on grain boundary interdiffusion in a semi-infinite bicrystal”, Acta Mater., 55(14) (2007), pp.4689-4698
【非特許文献2】W. Sigle, G. Richter, M. Ruhle and S. Schmidt, “Insight into the atomic-scale mechanism of liquid metal embrittlement”, Appl. Phys. Lett., 89(12) (2006), Article 121911
【非特許文献3】P. Gordon and H. H. An, “The mechanisms of crack initiation and crack propagation in metal-induced embrittlement of metals”, Metall. Trans. A, 13(3) (1982), pp.457-472
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、上記のような従来技術の課題を解決するべくなされたものであり、めっき鋼板の溶接工程における、めっき鋼板の表面での液体金属脆化割れの発生を精度良く予測する方法及びプログラムを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
前記課題を解決するため、本発明は、めっき鋼板の溶接工程における、前記めっき鋼板の表面での液体金属脆化割れの発生を予測する方法であって、前記溶接工程を模擬した数値シミュレーションによって、前記溶接工程における前記めっき鋼板の表面近傍の応力履歴及び温度履歴を推定する、数値シミュレーションステップと、推定した前記応力履歴及び前記温度履歴に基づき、以下の式(1)で表される潜伏時間消費率ρを算出する潜伏時間消費率算出ステップと、前記潜伏時間消費率ρが1以上である場合に、前記めっき鋼板の表面に液体金属脆化割れが発生すると判定する、判定ステップと、を有する、液体金属脆化割れ予測方法を提供する。
【数1】
前記式(1)において、Δt
iは、前記溶接工程の溶接開始から溶接終了までの時間を整数nで分割した場合に、i番目の時刻t
iからi+1番目の時刻t
i+1までの時間(t
i+1-t
i)を意味する。iは、1≦i≦nを満足する整数である。σ
iは、時間Δt
iにおける前記めっき鋼板の表面近傍の応力(任意の位置Xにおける最大主応力)を意味する。T
iは、時間Δt
iにおける前記めっき鋼板の表面近傍の温度(前記位置Xにおける温度)を意味する。t
cは、液体金属脆化割れ発生までの潜伏時間を意味し、前記応力σ
i及び前記温度T
iの関数として表されるため、上記の式(1)では、t
c(σ
i,T
i)と表記している。
【0010】
本発明において、「めっき鋼板の表面近傍」とは、めっき鋼板の最表面及びその近傍(例えば、最表面からめっき鋼板の厚み方向に数μm程度の範囲)を意味する。
本発明において、「溶接工程を模擬した数値シミュレーション」とは、めっき鋼板の種類、寸法や、加圧力や電流等の溶接条件を、液体金属脆化割れ発生の予測対象とする実際の溶接工程と同一にした数値シミュレーションを意味する。数値シミュレーションとしては、例えば、公知の有限要素解析を用いることができる。
本発明において、「応力履歴及び温度履歴」とは、溶接工程の溶接開始から溶接終了までの応力の変動履歴及び温度の変動履歴を意味する。
本発明によれば、数値シミュレーションステップによって、めっき鋼板の表面近傍の応力履歴及び温度履歴が推定され、潜伏時間消費率算出ステップによって、式(1)で表される潜伏時間消費率ρが算出される。後述のように、この潜伏時間消費率ρが1以上である場合に、めっき鋼板の表面に液体金属脆化割れが発生するといえる。したがって、判定ステップにおいて、潜伏時間消費率ρが1以上である場合に、めっき鋼板の表面に液体金属脆化割れが発生すると判定することで、めっき鋼板の表面での液体金属脆化割れの発生を精度良く予測可能である。
なお、式(1)で表される潜伏時間消費率ρが1未満である場合には、予測対象とする溶接工程において、めっき鋼板の液体金属脆化割れが発生しないと判定することができる。
【0011】
本発明に係る液体金属脆化割れ予測方法では、液体金属脆化割れの発生有無のみならず、液体金属脆化割れの発生時刻(溶接開始から液体金属脆化割れの発生が開始するまでの経過時間)を予測することも可能である。
液体金属脆化割れの発生時刻を予測する場合には、前記潜伏時間消費率算出ステップにおいて、以下の式(1)’で表される潜伏時間消費率ρ
Nを算出し、前記判定ステップにおいて、前記潜伏時間消費率ρ
Nが1以上となる最小のNを特定し、N+1番目の時刻t
N+1を液体金属脆化割れの発生時刻であると判定することが好ましい。
【数2】
前記式(1)’において、Nは、1≦N≦nを満足する整数である。
【0012】
上記の好ましい方法によれば、判定ステップにおいて、潜伏時間消費率ρNが1以上となる最小のNが特定される。換言すれば、最初に潜伏時間消費率ρNが1以上となったN+1番目の時刻tN+1が特定されるため、この時刻tN+1を液体金属脆化割れの発生時刻であると判定することができる。
【0013】
本発明に係る液体金属脆化割れ予測方法では、例えば、前記式(1)における潜伏時間t
cを以下の式(2)~式(4)に基づき算出することが好ましい。
【数3】
前記式(2)において、γは、所定の定数である。w
c
0は、液体金属脆化割れ発生の臨界寸法に相当する、前記めっき鋼板の表面におけるくさび状脆化領域の幅を意味する。E
*及びGは、それぞれ式(3)及び式(4)で表される値である。
前記式(3)において、Eは、前記めっき鋼板のヤング率を意味し、一般に温度の関数で表される。νは、前記めっき鋼板のポアソン比を意味する。πは、円周率である。
前記式(4)において、δ、D
GB、Ω、kは、前記めっき鋼板の表面近傍に存在する結晶粒界の幅、前記結晶粒界におけるめっきの金属原子の拡散係数(一般に温度の関数で表される)、前記めっきの金属原子の原子体積、及びボルツマン定数をそれぞれ意味する。
【0014】
上記の好ましい方法において、前記式(2)の右辺第1項である(wc
0/γ)3の値は、例えば、非特許文献1、2等に開示されている値を用いて決定することができる。
また、液体金属脆化割れが発生する条件及び液体金属脆化割れが発生しない条件で、それぞれめっき鋼板に溶接工程を施す実験を行った結果と、前記実験と同条件(めっき鋼板の種類、寸法や、加圧力や電流等の溶接条件が同一の条件)で前記数値シミュレーションステップ及び前記潜伏時間消費率算出ステップを実行した結果とを比較することにより、前記式(2)の右辺第1項の値を決定することも可能である。
さらに、液体金属脆化割れが発生し得る温度域で前記温度Tiを一定に保持しつつ、前記応力σiを種々の値に変化させて、めっき鋼板の引張試験を実行することで、前記応力σi毎に液体金属脆化割れ発生までの潜伏時間tcを測定し、得られた点列(σi,tc)を前記式(2)の形式で回帰近似することで、前記式(2)の右辺第1項の値を決定することも可能である。
前記式(2)の右辺第2項である(E*3/G)の値は、式(3)及び式(4)に含まれる、E、ν、DGB、Ω、k及びTiのそれぞれについて、数値シミュレーションステップで推定する温度履歴と、公知の情報とを用いて、決定することができる。
前記式(2)の右辺第3項である1/σi
3の値は、数値シミュレーションステップで推定する応力履歴を用いて決定することができる。
【0015】
また、本発明に係る液体金属脆化割れ予測方法では、前記式(1)における潜伏時間t
c(=t
c(σ
i,T
i))を以下の式(5)の形式で表し(換言すれば、前記式(2)を以下の式(5)の形式に書き換えて)、以下の式(5)に基づき潜伏時間t
cを算出することも可能である。
具体的には、液体金属脆化割れが発生し得る温度域で前記温度T
iを温度T
<j>に保持しつつ、前記応力σ
iを種々の応力σ
<m>に変化させて、めっき鋼板の引張試験を実行することで、前記応力σ
<m>毎に液体金属脆化割れ発生までの潜伏時間t
c
<m,j>を測定し、得られた点群(σ
<m>,T
<j>,t
c
<m,j>)から、以下の式(5)のφ(T
i)を回帰近似することで、以下の式(5)を決定し、前記式(1)における潜伏時間t
cを、決定した以下の式(5)に基づき算出することも可能である。
【数4】
前記式(5)において、φ(T
i)は、前記温度T
iの関数である係数を意味する。前記jは、1≦j≦J(Jは整数)を満足する整数である。前記mは、1≦m≦M(j)(M(j)は整数)を満足する整数である。
【0016】
本発明に係る液体金属脆化割れ予測方法は、前記めっき鋼板が、電気亜鉛めっき鋼板、溶融亜鉛めっき鋼板、又は合金化溶融亜鉛めっき鋼板である場合に好適に用いられる。
【0017】
本発明に係る液体金属脆化割れ予測方法は、前記溶接工程が、抵抗スポット溶接工程である場合に好適に用いられる。
【0018】
また、前記課題を解決するため、本発明は、コンピュータに、前記液体金属脆化割れ予測方法が有する前記数値シミュレーションステップと、前記潜伏時間消費率算出ステップと、前記判定ステップと、を実行させるための、液体金属脆化割れ予測プログラムとしても提供される。
【0019】
以上を纏めると、本発明は、以下の[1]~[9]に示す事項に関する。
[1]めっき鋼板の溶接工程における、前記めっき鋼板の表面での液体金属脆化割れの発生を予測する方法であって、前記溶接工程を模擬した数値シミュレーションによって、前記溶接工程における前記めっき鋼板の表面近傍の応力履歴及び温度履歴を推定する、数値シミュレーションステップと、推定した前記応力履歴及び前記温度履歴に基づき、前記式(1)で表される潜伏時間消費率ρを算出する潜伏時間消費率算出ステップと、前記潜伏時間消費率ρが1以上である場合に、前記めっき鋼板の表面に液体金属脆化割れが発生すると判定する、判定ステップと、を有する、液体金属脆化割れ予測方法。
[2]前記潜伏時間消費率算出ステップにおいて、前記式(1)’で表される潜伏時間消費率ρNを算出し、前記判定ステップにおいて、前記潜伏時間消費率ρNが1以上となる最小のNを特定し、N+1番目の時刻tN+1を液体金属脆化割れの発生時刻であると判定する、[1]に記載の液体金属脆化割れ予測方法。
[3]前記式(1)における潜伏時間tcを前記式(2)~式(4)に基づき算出する、[1]又は[2]に記載の液体金属脆化割れ予測方法。
[4]液体金属脆化割れが発生する条件及び液体金属脆化割れが発生しない条件で、それぞれめっき鋼板に溶接工程を施す実験を行った結果と、前記実験と同条件で前記数値シミュレーションステップ及び前記潜伏時間消費率算出ステップを実行した結果とを比較することにより、前記式(2)の右辺第1項の値を決定する、[3]に記載の液体金属脆化割れ予測方法。
[5]液体金属脆化割れが発生し得る温度域で前記温度Tiを一定に保持しつつ、前記応力σiを種々の値に変化させて、めっき鋼板の引張試験を実行することで、前記応力σi毎に液体金属脆化割れ発生までの潜伏時間tcを測定し、得られた点列(σi,tc)を前記式(2)の形式で回帰近似することで、前記式(2)の右辺第1項の値を決定する、[3]に記載の液体金属脆化割れ予測方法。
[6]前記式(1)における潜伏時間tcを前記式(5)の形式で表し、液体金属脆化割れが発生し得る温度域で前記温度Tiを温度T<j>に保持しつつ、前記応力σiを種々の応力σ<m>に変化させて、めっき鋼板の引張試験を実行することで、前記応力σ<m>毎に液体金属脆化割れ発生までの潜伏時間tc
<m,j>を測定し、得られた点群(σ<m>,T<j>,tc
<m,j>)から、前記式(5)のφ(Ti)を回帰近似することで、前記式(5)を決定し、前記式(1)における潜伏時間tcを、決定した前記式(5)に基づき算出する、[1]又は[2]に記載の液体金属脆化割れ予測方法。
[7]前記めっき鋼板が、電気亜鉛めっき鋼板、溶融亜鉛めっき鋼板、又は合金化溶融亜鉛めっき鋼板である、[1]から[6]の何れかに記載の液体金属脆化割れ予測方法。
[8]前記溶接工程が、抵抗スポット溶接工程である、[1]から[7]の何れかに記載の液体金属脆化割れ予測方法。
[9]コンピュータに、[1]から[8]の何れかに記載の液体金属脆化割れ予測方法が有する前記数値シミュレーションステップと、前記潜伏時間消費率算出ステップと、前記判定ステップと、を実行させるための、液体金属脆化割れ予測プログラム。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、めっき鋼板の溶接工程を実際に施す前に、めっき鋼板の表面での液体金属脆化割れの発生を精度良く予測可能である。具体的には、液体金属脆化割れの発生有無を精度良く予測可能である。また、液体金属脆化割れの発生有無をめっき鋼板の表面上の位置毎に精度良く予測可能、すなわち、液体金属脆化割れの発生位置(めっき鋼板の表面上の位置)を精度良く予測可能である。さらに、本発明の好ましい方法によれば、液体金属脆化割れの発生時刻も精度良く予測可能である。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図1】溶接工程における液体金属脆化割れの発生メカニズムの有力な考え方を説明するための、めっき鋼板の表面近傍を模式的に示す図である。
【
図2】本発明の一実施形態に係る液体金属脆化割れ予測方法で適用する離散化の概念を説明する図である。
【
図3】本発明の一実施形態に係る液体金属脆化割れ予測方法の概略手順を示すフロー図である。
【
図4】本発明の一実施形態に係る液体金属脆化割れ予測方法によって、めっき鋼板の表面でのLME割れの発生を予測した結果の一例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明の一実施形態に係る液体金属脆化割れ予測方法について、めっき鋼板が、電気亜鉛めっき鋼板、溶融亜鉛めっき鋼板、合金化溶融亜鉛めっき鋼板等の亜鉛めっき鋼板であり、溶接工程が、抵抗スポット溶接工程である場合を例に挙げて説明する。
【0023】
<液体金属脆化割れ予測方法の概要>
最初に、本実施形態に係る液体金属脆化割れ予測方法の概要について、本実施形態に係る液体金属脆化割れ予測方法に想到した経緯を含めて説明する。
抵抗スポット溶接工程等の溶接工程における液体金属脆化割れ(LME割れ)の発生メカニズムには諸説が提案されているが、有力な考え方の一つとして、亜鉛めっき鋼板の場合、表面脆化元素である亜鉛(Zn)の応力誘起粒界拡散によるくさび状脆化領域の形成説が挙げられる。
図1は、上記の考え方を説明するための、めっき鋼板の表面近傍を模式的に示す図である。
図1に示すように、温度Tのめっき鋼板100の表面(母材鋼板1の表面)11に溶融状態のめっき2が接触し、溶融状態のめっき2の直下にある、幅がδの結晶粒界3に、これと垂直に引張応力σ
GBが作用すると、溶融状態のめっき2の金属原子(原子体積=Ω)は引張応力σ
GBを駆動力として結晶粒界3に沿って拡散係数D
GBで母材鋼板1の内部に侵入し、くさび状脆化領域4が形成される。このくさび状脆化領域4は、時間の経過と共に発達し、めっき鋼板100の表面(母材鋼板1の表面)11におけるくさび状脆化領域4の幅w
0がある臨界寸法w
c
0に到達すると、LME割れが発生する。
【0024】
上記の臨界寸法に到達するまでの経過時間を、LME割れ発生までの潜伏時間(incubation time)と称し、本明細書では、tcで表すことにする。この潜伏時間の存在は、例えば、非特許文献3に示すような過去の実験的研究で明らかにされている。
上記のように、LME割れの発生は、結晶粒界に作用するミクロな応力σGB及び溶融状態のめっきの存在に依存するが、直接評価することが困難である応力σGBを、結晶粒界を含むめっき鋼板の表面近傍に平均的に作用するマクロな応力σと関連付けると共に、溶融状態のめっきの存在をめっき鋼板の表面近傍の温度Tと関連付ければ、潜伏時間tcは、応力σ及び温度Tの関数として、以下の式(6)で表すことができる。
tc=tc(σ,T) ・・・(6)
【0025】
いま、溶融状態のめっきが十分存在する一定温度Tの状態で、めっき鋼板を一定応力σで時間tだけ保持すれば、式(6)より、LME割れが発生する条件は、潜伏時間が全て消費される条件、すなわち、時間tを潜伏時間tcで除算した潜伏時間消費率ρが1以上になる条件として、以下の式(7)で与えられる。
ρ=t/tc(σ,T)≧1 ・・・(7)
【0026】
しかしながら、実際の溶接工程では、めっき鋼板の表面近傍の温度T及び応力σは、溶接開始から溶接終了まで、時々刻々と変化することから、式(7)によって直接LME割れの発生を判定することは困難である。
そこで、本実施形態に係る液体金属脆化割れ予測方法では、溶接工程における、めっき鋼板の表面近傍の応力σの履歴及び温度Tの履歴を時間tで離散化することを考える。
図2は、本実施形態に係る液体金属脆化割れ予測方法で適用する離散化の概念を説明する図である。
図2(a)は応力σの履歴を離散化する概念を、
図2(b)は温度Tの履歴を離散化する概念を示す。
図2に太実線で示す曲線が応力σ及び温度Tの履歴である。
図2に示すように、本実施形態に係る液体金属脆化割れ予測方法では、溶接開始(t=0)から溶接終了までの時間tを十分大きな整数nで分割する(必ずしも等分割である必要はない)。そして、i番目の時刻t
iからi+1番目の時刻t
i+1(iは、1≦i≦nを満足する整数)までの微小時間Δt
i(=t
i+1―t
i)において、応力が一定の値のσ
iであり、温度が一定の値のT
iであると近似する。
図2に太破線で示す折れ線が近似線である。この場合、LME割れが発生する条件は、式(7)と同様の考え方から、以下の式(1)に示すように、各微小時間Δt
iにおける潜伏時間t
c(σ
i,T
i)の消費率Δt
i/t
c(σ
i,T
i)の積算値で表される潜伏時間消費率ρが1以上になる条件として与えることができる。すなわち、式(1)で表される潜伏時間消費率ρが1以上である場合に、めっき鋼板の表面にLME割れが発生すると判定することができる。
【数5】
【0027】
また、1≦N≦nを満足する整数Nであって、以下の式(1)’で表される潜伏時間消費率ρ
Nが1以上となる最小のNを考えれば、N+1番目の時刻t
N+1がLME割れの発生時刻(溶接開始からLME割れの発生が開始するまでの経過時間)であるとみなすことができる。
【数6】
【0028】
例えば、式(1)における潜伏時間t
cは、非特許文献1を参照すれば、以下の式(2)で表すことができる。
【数7】
式(2)において、γは、所定の定数である。w
c
0は、LME割れ発生の臨界寸法に相当する、めっき鋼板の表面におけるくさび状脆化領域の幅を意味する。σ
iは、時間Δt
iにおけるめっき鋼板の表面近傍の応力を意味する。E
*及びGは、それぞれ以下の式(3)及び式(4)で表される、時間Δt
iにおける温度T
iに依存する材料特性などから計算される値である。
【数8】
式(3)において、Eは、めっき鋼板のヤング率を意味する。νは、めっき鋼板のポアソン比を意味する。πは、円周率である。
式(4)において、δ、D
GB、Ω、kは、めっき鋼板の表面近傍に存在する結晶粒界の幅、結晶粒界におけるめっきの金属原子(Zn)の拡散係数、めっきの金属原子(Zn)の原子体積、及びボルツマン定数をそれぞれ意味する。T
iは、時間Δt
iにおけるめっき鋼板の表面近傍の温度を意味する。
【0029】
本実施形態に係る液体金属脆化割れ予測方法の概要は、以上に記載した通りである。以下、本実施形態に係る液体金属脆化割れ予測方法の具体的内容について説明する。
【0030】
<液体金属脆化割れ予測方法の具体的内容>
図3は、本実施形態に係る液体金属脆化割れ予測方法の概略手順を示すフロー図である。
図3に示すように、本実施形態に係る液体金属脆化割れ予測方法は、数値シミュレーションステップST1、潜伏時間消費率算出ステップST2及び判定ステップST3を有する。本実施形態に係る液体金属脆化割れ予測方法は、各ステップST1~ST3をコンピュータに実行させるための液体金属脆化割れプログラムによって実行される。以下、各ステップST1~ST3について順に説明する。
【0031】
[数値シミュレーションステップST1]
数値シミュレーションステップST1では、LME割れ発生の予測対象とする実際の溶接工程(抵抗スポット溶接工程)を模擬した数値シミュレーションによって、溶接工程におけるめっき鋼板の表面近傍の応力履歴及び温度履歴を推定する。
この数値シミュレーションでは、例えば、公知の有限要素解析を用いて、溶接工程における力学応答及び温度応答を微小時間Δt
i毎に逐次計算することで、各微小時間Δt
iにおける応力σ
i及び温度T
iを得ることができる。すなわち、数値シミュレーションステップST1では、前述の
図2に太破線で示す近似線を、溶接工程におけるめっき鋼板の表面近傍の応力履歴及び温度履歴として推定することになる。
なお、数値シミュレーションステップST1では、応力履歴及び温度履歴が、めっき鋼板の表面上の複数の点について推定されることになる。換言すれば、応力履歴及び温度履歴のめっき鋼板の表面上の分布が推定されることになる。
【0032】
[潜伏時間消費率算出ステップST2]
潜伏時間消費率算出ステップST2では、数値シミュレーションステップST1で推定した応力履歴及び温度履歴(各微小時間Δtiにおける応力σi及び温度Ti)に基づき、前述の式(1)で表される潜伏時間消費率ρを算出する。
ここで、LME割れに関与する応力誘起粒界拡散は、溶融状態のめっきが結晶粒界近傍のめっき鋼板の表面に存在する場合に継続することから、式(1)における各微小時間Δtiにおける潜伏時間tc(σi,Ti)の消費率Δti/tc(σi,Ti)の積算は、以下の式(8)を満たす場合にのみ行うことが好ましい。
めっきの融点≦Ti≦めっきの沸点 ・・・(8)
上記の式(8)におけるめっきの融点及び沸点は、めっきの種類や、めっきの方法(電気亜鉛めっき、溶融亜鉛めっきなど)に応じて設定すればよい。
なお、数値シミュレーションステップST1では、応力履歴及び温度履歴のめっき鋼板の表面上の分布が推定されるため、潜伏時間消費率算出ステップST2でも、潜伏時間消費率ρのめっき鋼板の表面上の分布が算出されることになる。
【0033】
式(1)における潜伏時間tcは、例えば、以下に述べる第1の方法又は第2の方法の何れかによって算出することができる。
【0034】
(第1の方法)
第1の方法は、式(1)における潜伏時間tcを、前述の式(2)~式(4)に基づき算出する方法である。
式(2)の右辺は、定数項である第1項と、温度依存項である第2項と、応力依存項である第3項との積で表されるが、第2項である(E*3/G)の値は、式(3)及び式(4)に含まれる、E、ν、DGB、Ω、k及びTiのそれぞれについて、数値シミュレーションステップST1で推定する温度履歴と、公知の情報とを用いて、決定することができる。
【0035】
第3項である(1/σi
3)の値は、数値シミュレーションステップST1で推定する応力履歴を用いて決定することができる。この際、応力誘起粒界拡散によるくさび状脆化領域の発達は、引張応力が作用している場合に限定されるため、式(1)における各微小時間Δtiにおける潜伏時間tc(σi,Ti)の消費率Δti/tc(σi,Ti)の積算は、式(5)の温度に関する条件に加えて、以下の式(9)に示す応力に関する条件が課される。
σi>0 ・・・(9)
【0036】
第1項である(wc
0/γ)3の値は、例えば、以下に述べる第1-1~第1-3の方法の何れかによって決定することができる。
<第1-1の方法>
第1-1の方法は、非特許文献1、2等の既往研究で提案されている値を用いて、第1項の値を決定する方法である。具体的には、非特許文献1を参照してγ=0.386とし、非特許文献2を参照してwc
0=2b(bはめっき鋼板の結晶構造に対応するBurgersベクトルの大きさ)とすることが考えられる。ここで、bは、金属学の教科書等に開示されている値を用いることができる。
【0037】
<第1-2の方法>
第1-2の方法は、LME割れが発生する条件及びLME割れが発生しない条件で、それぞれめっき鋼板に溶接工程を施す実験を行った結果と、前記実験と同条件(めっき鋼板の種類、寸法や、加圧力や電流等の溶接条件が同一の条件)で数値シミュレーションステップST1及び潜伏時間消費率算出ステップST2を実行した結果とを比較することにより、第1項の値を決定する方法である。
具体的には、まず、LME割れ発生の予測対象とするめっき鋼板を2枚重ねて、少なくとも1つの溶接条件ではLME割れが発生せず、別の少なくとも1つの溶接条件ではLME割れが発生するような、少なくとも2水準の溶接条件で溶接工程(抵抗スポット溶接工程)を施す実験を行う。次に、これらの実験と同じ条件で、数値シミュレーションステップST1及び潜伏時間消費率算出ステップST2を実行し、潜伏時間消費率ρを算出する。このとき、潜伏時間消費率ρの計算に用いる(wc
0/γ)3の値は不明であるが、仮の値として、例えば、第1-1の方法により決定される(wc
0/γ)3の値を用いる。
次に、数値シミュレーションステップST1及び潜伏時間消費率算出ステップST2を実行することで算出された、潜伏時間消費率ρのめっき鋼板の表面上の分布と、実験で観察されたLME割れの発生有無及びLME割れのめっき鋼板の表面上の位置とを比較する。そして、実験でLME割れが観察された位置に対応する、ステップST1及びST2によって算出された潜伏時間消費率ρがρc以上であり、なお且つ、実験でLME割れが観察されなかった位置に対応する、ステップST1及びST2によって算出された潜伏時間消費率ρがρc未満であるような、LME割れの発生有無を区別可能なρcの値を決定する。このようにしてρcの値を決定すれば、仮に設定した(wc
0/γ)3の値にρcの値を乗算することで、第1項の正しい値を決定することができる。なお、ρcの値の決定に際しては、LME割れの発生する溶接条件及びLME割れが発生しない溶接条件の双方について、できるだけ多くの水準で、実験とこれに対応する数値シミュレーションステップST1及び潜伏時間消費率算出ステップST2とを実行することが望ましい。
【0038】
<第1-3の方法>
第1-3の方法は、LME割れが発生し得る温度域で温度Tiを一定に保持しつつ、応力σi(引張応力)を種々の値に変化させて、めっき鋼板の引張試験を実行することで、応力σi毎にLME割れ発生までの潜伏時間tcを測定し、得られた点列(σi,tc)を式(2)の形式で回帰近似することで、第1項の値を決定する方法である。
第1-3の方法を実行する場合には、非特許文献3に開示されているような、LME割れを観察できる実験系を準備し、上記のような引張試験を実行すればよい。温度Tiを一定に保持する条件では、式(2)の右辺第2項である(E*3/G)の値が定数になるため、上記のように回帰近似することで、第1項の値を決定することができる。
【0039】
(第2の方法)
第2の方法は、式(1)における潜伏時間t
cを、以下の式(5)の形式で表し、以下の式(5)に基づき算出する方法である。
【数9】
前記式(5)において、φ(T
i)は、前記温度T
iの関数である係数を意味する。
【0040】
具体的には、第2の方法では、LME割れが発生し得る温度域で温度Tiを温度T<j>(j=1、2、・・・、Jであり、jは1≦j≦J(Jは整数)を満足する整数である)に保持しつつ、応力σiを種々の応力σ<m>(m=1、2、・・・、M(j)であり、mは1≦m≦M(j)(M(j)は整数)を満足する整数である)に変化させて、めっき鋼板の引張試験を実行することで、応力σ<m>毎にLME割れ発生までの潜伏時間tc
<m,j>を測定し、得られた点群(σ<m>,T<j>,tc
<m,j>)から、式(5)のφ(Ti)を回帰近似することで、式(5)を決定する(式(5)のφ(Ti)を決定する)。そして、決定した式(5)に基づき、式(1)における潜伏時間tcを算出する。具体的には、数値シミュレーションステップST1で推定する応力履歴(σiの履歴)及び温度履歴(Tiの履歴)を、決定した式(5)に適用することで、式(1)における潜伏時間tcを算出する。
この第2の方法のより具体的な内容としては、以下に述べる第2-1の方法及び第2-2の方法が考えられる。
【0041】
<第2-1の方法>
第2-1の方法では、温度T
iを一定の温度T
<j>に保持し、応力σ
iを種々の値σ
<m>の値に選んだM(j)通りの条件で、めっき鋼板の引張試験を実行し(ただし、何れの条件でもLME割れが発生する条件とする)、LME割れが発生するまでの潜伏時間t
c
<m,j>を測定する。全てのmに関して、試験条件(σ
<m>,T
<j>)で測定した潜伏時間t
c
<m,j>と、同じ試験条件を式(5)に適用して計算される潜伏時間t
c(σ
<m>,T
<j>)との誤差の二乗和が最小となるように、すなわち、以下の式(10)で表されるS(j)が最小となるように近似計算を行うことで、温度条件T
<j>に対する関数値φ(T
<j>)を決定する。
【数10】
【0042】
全ての引張試験の温度条件T
<j>(1≦j≦J)について、上記と同様にφ(T
<j>)を決定することを繰り返し、これらの結果を用いて、φ(T
i)を温度T
iのJ-1次多項式で回帰近似することで、任意の温度T
iにおけるφ(T
i)を、以下の式(11)のように決定する。
【数11】
前記式(11)において、p
j(1≦j≦J)は、前記の回帰近似によって決定される係数である。前記引張試験の条件の数J及びM(j)(1≦j≦J)は、式(11)に示すφ(T
i)の決定で良好な精度を得つつ、引張試験の条件の数を抑制する観点から、何れについても3~5の値に設定することが好ましい。
【0043】
<第2-2の方法>
本発明者らが熱力学的な考察から鋭意検討した結果、式(5)のφ(T
i)は未知の係数A、Bを用いて、以下の式(12)に示すポテンシャル型の式で近似できることを知見した。第2-2の方法は、以下の式(12)を用いて、式(5)のφ(T
i)を決定する方法である。
【数12】
未知の係数A、Bの決定方法は、第2-1の方法と同様である。すなわち、温度T
<j>及び応力σ
<m>の条件下で引張試験を実行し、LME割れが発生するまでの潜伏時間t
c
<m,j>を測定する。全てのmに関して、試験条件(σ
<m>,T
<j>)で測定した潜伏時間t
c
<m,j>と、同じ試験条件を式(5)及び式(12)に適用して計算される潜伏時間t
c(σ
<m>,T
<j>)との誤差の二乗和が最小となるように回帰計算を行うことで、未知の係数A、Bを決定する。未知の係数A、Bが決定されることで、式(5)のφ(T
i)を決定できる。
第2-2の方法の場合、必要な引張試験の条件の数は、M(1)+M(2)+・・・+M(J)≧2(Jは整数)であればよく、M(j)(1≦j≦J)も整数であればよい。
【0044】
潜伏時間消費率算出ステップST2では、以上のようにして、式(1)で表される潜伏時間消費率ρを算出する。
なお、潜伏時間消費率算出ステップST2では、前述の式(1)’で表される潜伏時間消費率ρNも算出することが好ましい。
【0045】
[判定ステップST3]
判定ステップST3では、潜伏時間消費率算出ステップST2で算出した潜伏時間消費率ρが1以上であるか否かを判断する(
図3に示すステップST31)。そして、潜伏時間消費率ρが1以上である場合(
図3に示すステップST31で「Yes」の場合)、めっき鋼板の表面にLME割れが発生すると判定する(
図3に示すステップST32)。一方、潜伏時間消費率ρが1未満である場合(
図3に示すステップST31で「No」の場合)、めっき鋼板の表面にLME割れが発生しないと判定する(
図3に示すステップST33)。
潜伏時間消費率算出ステップST2では、潜伏時間消費率ρのめっき鋼板の表面上の分布が算出されるため、判定ステップST3におけるLME割れの発生有無の判定も、めっき鋼板の表面上の位置毎に判定される。換言すれば、判定ステップST3では、LME割れの発生有無と、発生する場合のLME割れの発生位置(めっき鋼板の表面上の位置)とが判定されることになる。
【0046】
なお、潜伏時間消費率算出ステップST2で潜伏時間消費率ρNを算出する場合、判定ステップST3では、潜伏時間消費率ρNが1以上となる最小のNを特定し、N+1番目の時刻tN+1をLME割れの発生時刻であると判定することが好ましい。これにより、判定ステップST3では、LME割れの発生有無、LME割れの発生位置及び発生時刻が判定(予測)されることになる。
【0047】
以上に説明した本実施形態に係る液体金属脆化割れ予測方法によれば、数値シミュレーションステップST1によって、めっき鋼板の表面近傍の応力履歴及び温度履歴が推定され、潜伏時間消費率算出ステップST2によって、式(1)で表される潜伏時間消費率ρが算出される。前述のように、この潜伏時間消費率ρが1以上である場合に、めっき鋼板の表面にLME割れが発生するといえる。したがって、判定ステップST3において、潜伏時間消費率ρが1以上である場合に、めっき鋼板の表面にLME割れが発生すると判定することで、めっき鋼板の表面でのLME割れの発生を精度良く予測可能である。
【0048】
図4は、本実施形態に係る液体金属脆化割れ予測方法によって、めっき鋼板の表面でのLME割れの発生を予測した結果の一例を示す図である。
図4の上図は、抵抗スポット溶接工程を施してLME割れが発生しためっき鋼板の断面写真であり、下図は、上図に対応するめっき鋼板について、潜伏時間消費率算出ステップST2によって算出された潜伏時間消費率ρの径方向(抵抗スポット溶接に用いた電極の径方向)分布を示す図である。
図4に示す結果は、ラボ試験用に溶製、圧延及びめっきした980MPa級で板厚1.4mmの溶融亜鉛めっき鋼板を2枚重ねて抵抗スポット溶接工程を施した場合の結果である。潜伏時間消費率算出ステップST2では、第1-2の方法によって、式(2)の右辺第1項の値を決定した。
図4の下図に示すA1及びA2の範囲で潜伏時間消費率ρが1以上となっているが、
図4の上図に示すLME割れの起点(「〇」で示すめっき鋼板の表面上の位置)は、何れもA1又はA2の範囲内に位置しており、本実施形態に係る液体金属脆化割れ予測方法によって、めっき鋼板の表面でのLME割れの発生を精度良く予測できていることが分かる。
【符号の説明】
【0049】
ST1・・・数値シミュレーションステップ
ST2・・・潜伏時間消費率算出ステップ
ST3・・・判定ステップ