(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024104343
(43)【公開日】2024-08-05
(54)【発明の名称】筋肉評価装置、筋肉評価システム、筋肉評価方法および筋肉評価プログラム
(51)【国際特許分類】
A61B 8/14 20060101AFI20240729BHJP
A61B 6/03 20060101ALI20240729BHJP
A61B 5/055 20060101ALI20240729BHJP
【FI】
A61B8/14
A61B6/03 360T
A61B5/055 380
【審査請求】未請求
【請求項の数】14
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023008495
(22)【出願日】2023-01-24
(71)【出願人】
【識別番号】000166247
【氏名又は名称】古野電気株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】510108858
【氏名又は名称】国立研究開発法人国立長寿医療研究センター
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】弁理士法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】新井 竜雄
(72)【発明者】
【氏名】松井 康素
【テーマコード(参考)】
4C093
4C096
4C601
【Fターム(参考)】
4C093AA22
4C093CA37
4C093FA44
4C093FF19
4C093FF23
4C096AB41
4C096AD14
4C096AD24
4C096DC21
4C096DC24
4C601EE11
4C601JB41
4C601JB48
4C601JC04
4C601JC07
4C601JC09
4C601JC37
4C601KK30
4C601KK35
4C601LL33
(57)【要約】
【課題】筋肉の状態を簡便かつ的確に評価する。
【解決手段】筋肉評価装置3は、被検体9の表面から被検体9の内部にある筋肉に向けて送信されて内部で反射された超音波の受信信号に基づいて、被検体9の筋肉の断層画像を生成する画像生成部321と、前記断層画像における筋断面積および前記断層画像に基づく筋質指標を含む筋情報を生成する筋情報生成部322と、統計データD1から導き出された相関データD2に基づいて、前記筋情報から被検体9の筋肉の状態を評価する評価部323と、を備える。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
被検体の表面から前記被検体の内部にある筋肉に向けて送信されて内部で反射された超音波の受信信号に基づいて、前記被検体の筋肉の断層画像を生成する画像生成部と、
前記断層画像における筋断面積および前記断層画像に基づく筋質指標を含む筋情報を生成する筋情報生成部と、
統計データから導き出された相関データに基づいて、前記筋情報から前記被検体の筋肉の状態を評価する評価部と、
を備える筋肉評価装置。
【請求項2】
前記筋肉の状態は前記筋肉の筋年齢である、請求項1に記載の筋肉評価装置。
【請求項3】
前記筋肉の状態は前記筋肉の運動能力である、請求項1に記載の筋肉評価装置。
【請求項4】
前記筋質指標は、前記断層画像における筋肉領域の輝度から求める、請求項1に記載の筋肉評価装置。
【請求項5】
前記統計データは、複数の被験者の超音波画像から得られた筋断面積および筋質指標を含む統計筋情報と、前記被験者の筋肉の状態に関する統計状態情報とを含み、
前記相関データは、前記統計筋情報と前記統計状態情報との相関関係を示すデータであり、
前記評価部は、前記筋情報を前記相関データに当て嵌めることにより、前記被検体の筋肉の状態を評価する、請求項1に記載の筋肉評価装置。
【請求項6】
前記統計データは、複数の被験者のCT画像またはMRI画像から得られた筋断面積および筋質指標を含む統計筋情報と、前記被験者の筋肉の状態に関する統計状態情報とを含み、
前記相関データは、前記統計筋情報と前記統計状態情報との相関関係を示すデータであり、
前記評価部は、前記筋情報に含まれる前記筋質指標をCT値またはMRI値に変換し、前記筋質指標を前記CT値またはMRI値に置き換えた前記筋情報を前記相関データに当て嵌めることにより、前記被検体の筋肉の状態を評価する、請求項1に記載の筋肉評価装置。
【請求項7】
前記評価部の評価結果を出力する出力部をさらに備える、請求項1に記載の筋肉評価装置。
【請求項8】
超音波を被検体の内部に向けて送信し、前記被検体の内部で反射された超音波を受信する超音波プローブと、
請求項1~7のいずれか1項に記載の筋肉評価装置と、
を備える筋肉評価システム。
【請求項9】
被検体の表面から前記被検体の内部にある筋肉に向けて送信されて内部で反射された超音波の受信信号に基づいて、前記被検体の筋肉の断層画像を生成し、
前記断層画像における筋断面積および前記断層画像に基づく筋質指標を含む筋情報を生成し、
統計データから導き出された相関データに基づいて、前記筋情報から前記被検体の筋肉の状態を評価する、筋肉評価方法。
【請求項10】
前記統計データは、複数の被験者の超音波画像から得られた筋断面積および筋質指標を含む統計筋情報と、前記被験者の筋肉の状態に関する統計状態情報とを含み、
前記相関データは、前記統計筋情報と前記統計状態情報との相関関係を示すデータであり、
前記筋情報を前記相関データに当て嵌めることにより、前記被検体の筋肉の状態を評価する、請求項9に記載の筋肉評価方法。
【請求項11】
前記統計データは、複数の被験者のCT画像またはMRI画像から得られた筋断面積および筋質指標を含む統計筋情報と、前記被験者の筋肉の状態に関する統計状態情報とを含み、
前記相関データは、前記統計筋情報と前記統計状態情報との相関関係を示すデータであり、
前記筋情報に含まれる前記筋質指標をCT値またはMRI値に変換し、前記筋質指標を前記CT値またはMRI値に置き換えた前記筋情報を前記相関データに当て嵌めることにより、前記被検体の筋肉の状態を評価する、請求項9に記載の筋肉評価方法。
【請求項12】
被検体の表面から前記被検体の内部にある筋肉に向けて送信されて内部で反射された超音波の受信信号に基づいて、前記被検体の筋肉の断層画像を生成する画像生成部、
前記断層画像における筋断面積および前記断層画像に基づく筋質指標を含む筋情報を生成する筋情報生成部、および
統計データから導き出された相関データに基づいて、前記筋情報から前記被検体の筋肉の状態を評価する評価部、
としてコンピュータを動作させる筋肉評価プログラム。
【請求項13】
前記統計データは、複数の被験者の超音波画像から得られた筋断面積および筋質指標を含む統計筋情報と、前記被験者の筋肉の状態に関する統計状態情報とを含み、
前記相関データは、前記統計筋情報と前記統計状態情報との相関関係を示すデータであり、
前記評価部は、前記筋情報を前記相関データに当て嵌めることにより、前記被検体の筋肉の状態を評価する、請求項12に記載の筋肉評価プログラム。
【請求項14】
前記統計データは、複数の被験者のCT画像またはMRI画像から得られた筋断面積および筋質指標を含む統計筋情報と、前記被験者の筋肉の状態に関する統計状態情報とを含み、
前記相関データは、前記統計筋情報と前記統計状態情報との相関関係を示すデータであり、
前記評価部は、前記筋情報に含まれる前記筋質指標をCT値またはMRI値に変換し、前記筋質指標を前記CT値またはMRI値に置き換えた前記筋情報を前記相関データに当て嵌めることにより、前記被検体の筋肉の状態を評価する、請求項12に記載の筋肉評価プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、超音波断層画像を用いて筋肉の状態を評価する筋肉評価装置、筋肉評価システム、筋肉評価方法および筋肉評価プログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、加齢による筋肉の減少とその萎縮には相関関係があることが分かっている。例えば、大腿中央部のCT(コンピュータトモグラフィ)断面画像では、
図6に示す比較的に若い40歳代の女性の筋肉に比べて、
図7に示す筋肉が減少している高齢者では筋肉の委縮が見られる。このことは、特に大腿前面の大腿四頭筋で顕著である。
【0003】
また、
図8は、40代から80代までの各年代における大腿四頭筋の断面積の変化を示すグラフである。この
図8によれば、加齢によって大腿四頭筋の断面積が減少する(つまり、大腿四頭筋が減少及び/又は萎縮する)傾向が示されている。
【0004】
サルコペニア(sarcopenia)とは、加齢による骨格筋量の低下と定義され、副次的に筋力や身体能力の低下を生じる。診断には、筋肉量の低下を必須項目とし、加えて筋力又は身体能力の低下のいずれかが当てはまればサルコペニアと診断される。なお、サルコペニアの診断方法としては、非特許文献1のV頁に示されるAWGSなど、いくつかの手法が知られている。筋量測定はBIA(Bioelectrical impedance analysis)法やDXA(Dual energy X‐ray absorptiometry)法で行われ、多くの場合、四肢筋量推定値を身長の2乗で除した骨格筋指数(SMI)が、診断基準に用いられている。SMI等で表される筋量の低下が無い場合は、筋力や身体能力の低下があっても、サルコペニアとは診断されない。
【0005】
サルコペニアの診断方法には、筋量測定に加えて歩行速度および握力の測定を行うことが多い。しかし、十分な歩行スペースのない病院などの医療機関では歩行速度の測定が難しい。また握力測定は、測定の簡便性から選ばれている面も否定できず、本来高齢者の運動機能には膝伸展筋力等の下肢筋力の方がより影響が強く、また加齢による筋力低下も、上肢より下肢においてより急速に起きるため、膝伸展筋力測定が可能であれば、より望ましい。
【0006】
さらに、筋量測定はBIA法やDXA法で行われるが、これらは全身性あるいは四肢別測定である。高齢者において筋量の減少は大腿四頭筋で最も顕著にみられるため、大腿四頭筋の選択的な測定は、全身性や四肢別測定より、感度が高いことが予想される。
【0007】
BIA法およびDXA法について説明を付け加えると、非特許文献2に示されるように、BIA法は、簡便な機械で微弱な交流電気を流し、生体組織の相違によるインピーダンス(電気抵抗)の相違を利用して身体組成を測定する無侵襲の筋量測定法である。このBIA法は、一般家庭用の機器にも使用されているものの、測定精度が高いとは言えない。一方、DXA法(二重エネルギーX線吸収法)は、身体組成を測定する有用な手法であり、信頼性も高い。DXA法は、きわめて低い被曝線量、短い測定時間、高い測定精度、全身及び部位別分析が可能、といった多くの利点をもつ。DXA法は、簡便性・汎用性の利点から、早くからサルコペニア診断のための筋量の測定法として用いられており、またスポーツ活動の現場においてトレーニング効果の判定のためにも使用されている。しかし、測定には専門技術者が必要であり、また高齢女性のサルコペニア患者等については、DXA法は、筋肉内の脂肪も含まれた測定になっていると考えられ、また筋肉の質の劣化の測定はできない。
【0008】
以上のように、サルコペニアの診断又は運動能力の評価には、従来法では、BIA法又はDXA法による筋量の測定と、握力の測定と、歩行速度(代替の計測としても、5回椅子立ち上がり秒数またはSPPB-Short Physical Performance Battery)の測定という、3つの異なる測定をしなければならない。この手順は煩雑であり、病院内での実施場所も異なることが通例で通常の診察中に実施することは困難である。そのため、より簡便で的確な筋肉の状態の評価方法が求められている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】「サルコペニア診療ガイドライン2017年版一部改訂」、日本サルコペニア・フレイル学会・国立長寿医療研究センター発行、2020年4月3日
【非特許文献2】森直治、外2名、「『外科領域におけるサルコペニア』サルコペニアの診断:BIA,CT」、外科と代謝・栄養、第50巻、第1号、2016年2月15日、p.7-11
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、上記問題に鑑みてなされたものであって、筋肉の状態を簡便かつ的確に評価することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明に係る筋肉評価装置は、被検体の表面から前記被検体の内部にある筋肉に向けて送信されて内部で反射された超音波の受信信号に基づいて、前記被検体の筋肉の断層画像を生成する画像生成部と、前記断層画像における筋断面積および前記断層画像に基づく筋質指標を含む筋情報を生成する筋情報生成部と、統計データから導き出された相関データに基づいて、前記筋情報から前記被検体の筋肉の状態を評価する評価部と、を備える。
【0012】
本発明に係る筋肉評価方法は、被検体の表面から前記被検体の内部にある筋肉に向けて送信されて内部で反射された超音波の受信信号に基づいて、前記被検体の筋肉の断層画像を生成し、前記断層画像における筋断面積および前記断層画像に基づく筋質指標を含む筋情報を生成し、統計データから導き出された相関データに基づいて、前記筋情報から前記被検体の筋肉の状態を評価する。
【0013】
本発明に係る筋肉評価プログラムは、被検体の表面から前記被検体の内部にある筋肉に向けて送信されて内部で反射された超音波の受信信号に基づいて、前記被検体の筋肉の断層画像を生成する画像生成部、前記断層画像における筋断面積および前記断層画像に基づく筋質指標を含む筋情報を生成する筋情報生成部、および統計データから導き出された相関データに基づいて、前記筋情報から前記被検体の筋肉の状態を評価する評価部、としてコンピュータを動作させる。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、筋肉の状態を簡便かつ的確に評価することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】本発明の一実施形態に係る筋肉評価システムのブロック図である。
【
図2】筋断面積およびCT値の積と歩行速度との関係を示す散布図である。
【
図3】筋エコー輝度およびCT値と筋内脂肪率との関係を示すグラフである。
【
図4】筋肉評価方法の処理手順を示すフローチャートである。
【
図5】大腿四頭筋の筋断面積、CT値および筋断面積×CT値と、筋肉の運動能力との相関関数を示す表である。
【
図6】比較的に若い40歳代の女性の大腿中央部のCT断面画像である。
【
図7】筋肉量が減少している高齢者の大腿中央部のCT断面画像である。
【
図8】40代から80代までの各年代における大腿四頭筋の断面積の変化を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の実施形態について添付図面を参照して説明する。なお、本発明は、下記の実施形態に限定されるものではない。
【0017】
(全体構成)
図1は、本発明の一実施形態に係る筋肉評価システム1のブロック図である。筋肉評価システム1は、超音波エコー装置2と、超音波エコー装置2に接続される筋肉評価装置3とを備える。
【0018】
超音波エコー装置2は、被検体9の内部にある筋肉に向けて超音波を送信し、被検体9の内部で反射されたエコー信号を受信する装置であり、超音波プローブ21と、送受信部22と、A/D変換部23とを備える。
【0019】
超音波プローブ21は、超音波を被検体9の内部に向けて送信し、被検体9の内部で反射された超音波を受信する。本実施形態では、超音波プローブ21を大腿部に接触させながら周囲を移動させることが好ましい。これにより、超音波プローブ21は、超音波を被検体9の大腿部周囲の互いに異なる複数の位置から被検体9の内部に向けて送信し、被検体9の内部で反射された超音波を受信する。
【0020】
送受信部22は、超音波帯域の周波数で構成される搬送波をパルス状に波形成形して送信パルスを生成し、生成した送信パルスを超音波プローブ21に出力する。これにより、超音波プローブ21の振動子から被検体9の深度方向に超音波が送信される。送受信部22は、超音波プローブ21の振動子が受信した、被検体9の内部からのエコー信号を受信する。A/D変換部23は、送受信部22から送信されるエコー信号をアナログ-デジタル変換して、筋肉評価装置3に送信する。
【0021】
(筋肉評価装置)
筋肉評価装置3は、入力部31と、信号処理部32と、出力部33と、記録部34と、インターフェイス部(以下、I/F部と記す)35とを備える。
【0022】
本実施形態では、筋肉評価装置3は汎用のコンピュータで構成されており、ハードウェアの構成として、データ処理を行うCPU等のプロセッサ(図示省略)と、プロセッサがデータ処理の作業領域に使用するメモリ(図示省略)と、処理データを記録する記録部34と、各部の間でデータを伝送するバス(図示省略)と、外部機器とのデータの入出力を行うI/F部35とを備えている。任意の機能として、筋肉評価装置3は、インターネット等のネットワークを介して外部サーバと接続することもできる。また、超音波エコー装置2と筋肉評価装置3とを一体的に構成してもよい。
【0023】
入力部31は、ユーザからの操作の入力を受け付ける。例示的には、入力部31は、キーボード、マウス、タッチパネル等で構成することができる。
【0024】
信号処理部32は、デジタル形式に変換されたエコー信号を超音波エコー装置2から取り込んで、被検体9の筋肉の状態評価等の各種演算処理を行う機能ブロックである。信号処理部32は、集積回路上に形成された論理回路によってハードウェア的に実現されてもよいが、本実施形態では、記録部34またはメモリに予め記録されている筋肉評価プログラムPをプロセッサが実行することによりソフトウェア的に実現される。筋肉評価プログラムPは、ネットワークを介して筋肉評価装置3にインストールしてもよい。あるいは、筋肉評価プログラムPを記録したCD-ROM等の、コンピュータ読み取り可能な非一時的な有体の記録媒体を筋肉評価装置3に読み取らせることにより、筋肉評価プログラムPを筋肉評価装置3にインストールしてもよい。信号処理部32の機能の詳細については後述する。
【0025】
出力部33は、信号処理部32の演算結果を出力する。本実施形態では、出力部33は、後述する評価部323の評価結果を出力する。例示的には、出力部33は、モニタまたはプリンタ等で構成することができる。
【0026】
記録部34は、HDDやSSDなどで構成することができる。記録部34には、筋肉評価プログラムP等の筋肉評価装置3を動作させるための各種プログラムの他、統計データD1および相関データD2が記録されている。なお、これらのデータのうち、少なくとも統計データD1はクラウド等の外部に保存されてもよい。
【0027】
I/F部35には、超音波エコー装置2からの信号(アナログ-デジタル変換されたエコー信号)が入力される。なお、超音波エコー装置2の測定データをファイルで書き出し、筋肉評価装置3で読み込みする方法でもよい。
【0028】
信号処理部32は、画像生成部321と、筋情報生成部322と、評価部323とを備える。
【0029】
画像生成部321は、I/F部35から入力されたエコー信号に基づいて、被検体9の内部の超音波画像を生成する。すなわち、画像生成部321は、被検体9の表面から被検体9の内部にある筋肉に向けて送信されて内部で反射された超音波の受信信号に基づいて、被検体9の筋肉の断層画像を生成する。本実施形態のように、筋肉が大腿四頭筋のような比較的大きい筋肉であっても、例えばWO2020/039796に記載の方法により、筋肉の断層画像を生成することができる。
【0030】
筋情報生成部322は、画像生成部321によって生成された断層画像における筋断面積および前記断層画像に基づく筋質指標を含む筋情報を生成する。筋断面積は、筋肉と筋肉以外の組織(脂肪、皮膚、骨など)との境界を検出し、境界に囲まれた領域の面積を算出することにより求められる。
【0031】
筋質指標は、本実施形態では、断層画像における筋肉領域の輝度(以下、筋エコー輝度)である。筋エコー輝度は、大腿四頭筋の領域における各ピクセルの輝度の平均等の統計処理によって求める。なお、大腿四頭筋を構成する各筋肉(大腿直筋、外側広筋、中間広筋および内側広筋)の平均輝度を筋エコー輝度としてもよい。
【0032】
評価部323は、統計データD1から導き出された相関データD2に基づいて、筋情報から被検体9の筋肉の状態を評価する。
【0033】
統計データD1は、予め疫学調査等で複数の被験者から得られた筋断面積および筋質指標を含む統計筋情報と、被験者の筋肉の状態に関する統計状態情報とを含む。本実施形態では、統計筋情報に含まれる筋質指標は、CT(Computed Tomography)装置で取得されたCT画像における筋肉領域の輝度(以下、CT値)である。CT画像において、2次元画像いわゆるMPR像(multi-planar reconstruction image)は小さな正方形の「ピクセル」又は「画素」から構成されており、3次元画像は立方体の「ボクセル」から構成されている。ピクセルやボクセルには白黒の濃淡値(画像濃度値)が与えられCT画像が表現されるが、この画像濃度値(被写体の空間的なエックス線吸収値)のことを医科用CTでは「CT値」と呼ばれている。人間の体の約60%は水からできているため、CT値は水を原点のゼロとして、何も存在しない空気の状態を最低の値である-1000として表現する。そして、通常、空気のCT値である-1000は、CT画像上では真っ黒に表現するように設定されている。骨のCT値は、約100から約1000であり、脂肪組織のCT値は、約-100であり、筋肉のCT値は約60から約70である。
【0034】
加齢の過程で、骨格筋は量的、質的に減少し、中でも大腿四頭筋は身体の中で最も顕著に減少する。統計データD1には、健常な若年者および中高齢者の大腿四頭筋の筋断面積および筋肉内の脂肪化を反映するCT値のデータが蓄積されている。高齢者の運動機能の低下は、筋量減少と筋質低下が原因で起こっている。ここで筋質低下は筋内の脂肪の増加とほぼ同義であり、CT値として測定が可能である。
【0035】
相関データD2は、統計データD1の統計筋情報と統計状態情報との相関関係を示すデータである。相関関係は、統計データD1を統計的に処理して分布情報に加工する手法、重相関などの手法により計算式に変換した手法、また機械学習により入力パラメータから結果を導く手法等、それぞれの計測値推定に適した手法を使用することにより得られる。
【0036】
図2は、筋断面積およびCT値の積と歩行速度との関係を示す散布図である。各点は、統計データD1に含まれる各被験者の筋断面積、CT値および歩行速度に基づいてプロットされたものである。筋断面積およびCT値が統計筋情報であり、歩行速度が統計状態情報である。破線は、各点の回帰直線Lであり、回帰直線Lは、筋断面積およびCT値と歩行速度との相関関係、すなわち、統計筋情報と統計状態情報との相関関係を示している。この相関関係は、相関データD2として記録部34に予め記録されている。
【0037】
図1に示す評価部323は、統計データD1から導き出された相関データD2に基づいて、筋情報から被検体9の筋肉の状態を評価する。評価対象となる筋肉の状態は、特に限定されないが、例えば、筋肉の筋年齢および筋肉の運動能力である。
【0038】
本実施形態において、筋情報生成部322によって生成された筋情報に含まれる筋質指標は、超音波画像における筋エコー輝度であり、CT値ではない。そこで、評価部323は、筋エコー輝度をCT値に変換する。
【0039】
図3は、筋エコー輝度およびCT値と筋内脂肪率との関係を示すグラフである。グラフ中、実線が筋エコー輝度に対応し、破線がCT値に対応する。すなわち、筋内脂肪率が大きい(筋肉の質が低い)ほど、筋エコー輝度は大きくなる(福元喜、「超音波エコー輝度を用いた骨格筋内脂肪の評価」、理学療法学、第41巻第8号、559~561頁(2014年))。一方、CT値はX線の透過率が高いほど小さくなるため、筋内脂肪率が大きいほどCT値は小さくなる。このように、筋エコー輝度とCT値とは逆相関するため、評価部323は、この逆相関性に基づいて筋エコー輝度をCT値に変換する。例えば、被検体9から得られた筋エコー輝度がαであり、筋エコー輝度αに対応する筋内脂肪率がβである場合、評価部323は、筋エコー輝度αを筋内脂肪率βに対応するCT値であるγに変換する。
【0040】
さらに、評価部323は、筋エコー輝度をCT値に置き換えた筋情報を、相関データD2に当て嵌めることにより、被検体9の筋肉の状態を評価する。例えば、評価対象となる筋肉の状態が、歩行速度(筋肉の運動能力)である場合、評価部323は、変換されたCT値および筋断面積の積を算出し、算出した値を
図2に示す回帰直線Lの式に代入することにより、歩行速度を評価する。
【0041】
評価結果は、出力部33によって表示される。筋肉評価システム1のユーザ(医師等)は、被検体9がサルコペニアであるか否かの診断をするために、評価結果を参照することができる。
【0042】
(処理手順)
図4は、筋肉評価方法の処理手順を示すフローチャートである。これらの処理は、
図1に示す信号処理部32および出力部33によって実行される。
【0043】
ステップS1において、信号処理部32の画像生成部321が、超音波プローブ21によって被検体9の表面から被検体9の内部にある筋肉に向けて送信されて内部で反射された超音波の受信信号に基づいて、被検体9の筋肉の断層画像を生成する。
【0044】
ステップS2において、信号処理部32の筋情報生成部322が、断層画像における筋断面積および断層画像に基づく筋質指標を含む筋情報を生成する。
【0045】
ステップS3において、信号処理部32の評価部323が、統計データD1から導き出された相関データD2に基づいて、筋情報から被検体9の筋肉の状態を評価する。
【0046】
ステップS4において、出力部33がステップS3の評価結果を出力する。
【0047】
(小括)
以上のように、本実施形態では、超音波エコー装置2によって取得した筋肉の断層画像から、筋断面積および均質指標を含む筋情報を生成し、筋情報から被検体の筋肉の状態を評価する。超音波エコー装置2は、CT装置やMRI装置に比べ安価で可搬性があり、また、超音波画像から得られる筋情報は、CT画像やMRI画像から得られる筋情報と同等の精度である。また、従来のサルコペニアの診断方法のように、歩行速度および握力の測定を行う必要がなく、DXA法のように専門の測定者が測定を行う必要がない。したがって、筋肉の状態を簡便かつ的確に評価することができる。また、手間のかかる運動機能測定を省略した形でのスクリーニングが可能となる。
【0048】
(付記事項)
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明は上記実施形態に限定されるものではなく、その趣旨を逸脱しない限りにおいて種々の変更が可能であり、例えば、上記実施形態に開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる形態も、本発明の技術的範囲に属する。
【0049】
上記実施形態では、筋情報生成部322によって生成される筋情報は、断層画像における筋断面積および断層画像に基づく筋質指標(筋エコー輝度)であったが、筋情報は、被検体9の身体に関する情報(以下、身体情報)をさらに含んでもよい。身体情報は、例えば、被検体9の年齢、性別、身長、体重、骨密度、既往歴(糖尿病など)、運動器関連罹患情報(腰痛、膝痛、手術歴など運動機能測定に影響する項目など)が挙げられる。評価部323は、身体情報をさらに考慮して、筋肉の状態を評価してもよい。
【0050】
例えば、疫学調査等で、筋断面積、輝度指標およびBMIと運動能力との相関性が明らかになった場合、評価部323は、以下の式によって運動能力を評価することができる。
運動能力=a*筋断面積+b*輝度指標+c*BMI
ここで、a、b、cは、偏回帰係数である。
【0051】
また、上記実施形態では、評価対象となる筋肉の状態が、筋肉の運動能力、より具体的には歩行速度であったが、本発明はこれに限定されない。筋肉の運動能力としては、膝伸展筋力、握力、TUG(Timed Up&Go test)、5回椅子立ち上がり秒数、SPPB(Short Physical Performance Battery)、片脚起立時間秒数、ロコモ度(立ち上がりテスト、2ステップテスト)、身体的フレイル程度などが挙げられる。
【0052】
また、筋肉の状態は、筋肉の筋年齢であってもよい。筋年齢は、筋断面積および筋質指標から算出された筋内脂肪量の若年者平均または同年代平均に対する比較から算出することができる。例えば、疫学調査で多数の健常男女を対象に測定した筋断面積・筋内脂肪量の年齢別の平均値を求め、
・被検体9の測定値が、何歳の平均値に相当するかを算出する、
・被検体9の測定値が、男女別の5歳刻みの年代毎の平均と比べて標準偏差の何倍くらい外れているか算出する、または
・若年(20-30代)の健常男女の平均と比べて標準偏差の何倍くらい外れているか算出する
ことにより、筋年齢を求めることができる。
【0053】
図5は、ロコモフレイル外来受診の男性患者136名の大腿四頭筋の筋断面積、CT値および筋断面積×CT値と、筋肉の運動能力(歩行速度、膝伸展筋力、椅子立ち上がりテスト)との相関関数を示す表である。歩行速度については、筋断面積およびCT値の積との相関係数が最も高く、膝伸展筋力(脚力)については、筋断面積との相関係数が最も高く、椅子立ち上がりテストについては筋質を表すCT値との相関係数が最も高い。この相関データを用いることにより、評価部323は、被検体9の筋断面積および筋エコー輝度から変換されたCT値から、筋肉の運動能力を評価することができる。
【0054】
なお、Oba et al, " Evaluation of muscle quality and quantity for the assessment of sarcopenia using mid-thigh computed tomography: a cohort study", BMC Geriatrics .2021には、大腿四頭筋の筋断面積およびCT値と筋肉の運動能力(膝の筋力、立ち上がりテスト、歩行速度)との相関性が開示されている。また、Mizuno et al,"Differences in the mass and quality of the quadriceps with age and sex and their relationships with knee extension strength", J Cahexia Sarcopenia and Muscle, 2021には、大腿四頭筋の筋断面積およびCT値と膝伸展筋力との相関性が開示されている。これらの相関性を用いて、評価部323が筋情報から筋肉の運動能力を評価してもよい。
【0055】
また、上記実施形態では、統計データD1に含まれる統計筋情報は、CT画像から得られた筋断面積および筋質指標を含んでいたが、MRI画像または超音波画像から得られた筋断面積および筋質指標を含んでもよい。MRI値もCT値と同様に、筋エコー輝度と逆相関の関係にあるため、MRI値を筋エコー輝度に変換することができる。また、統計筋情報が超音波画像から得られた筋断面積および筋質指標を含んでいる場合、評価部323は、変換処理を行うことなく、筋情報生成部322によって生成された筋情報を相関データD2に当て嵌めることにより、被検体9の筋肉の状態を評価することができる。
【符号の説明】
【0056】
1 筋肉評価システム
2 超音波エコー装置
21 超音波プローブ
22 送受信部
23 A/D変換部
3 筋肉評価装置
31 入力部
32 信号処理部
321 画像生成部
322 筋情報生成部
323 評価部
33 出力部
34 記録部
35 インターフェイス部
9 被検体
D1 統計データ
D2 相関データ
P 筋肉評価プログラム