(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024104480
(43)【公開日】2024-08-05
(54)【発明の名称】熱安定性及び酵素活性が向上した新規ケトース 3-エピメラーゼ
(51)【国際特許分類】
C12N 15/61 20060101AFI20240729BHJP
C12N 9/90 20060101ALI20240729BHJP
C12N 15/63 20060101ALI20240729BHJP
C12N 1/15 20060101ALI20240729BHJP
C12N 1/19 20060101ALI20240729BHJP
C12N 1/21 20060101ALI20240729BHJP
C12N 5/10 20060101ALI20240729BHJP
【FI】
C12N15/61 ZNA
C12N9/90
C12N15/63 Z
C12N1/15
C12N1/19
C12N1/21
C12N5/10
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023008706
(22)【出願日】2023-01-24
(71)【出願人】
【識別番号】000188227
【氏名又は名称】松谷化学工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100094569
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 伸一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100103610
【弁理士】
【氏名又は名称】▲吉▼田 和彦
(74)【代理人】
【識別番号】100109070
【弁理士】
【氏名又は名称】須田 洋之
(74)【代理人】
【識別番号】100119013
【弁理士】
【氏名又は名称】山崎 一夫
(74)【代理人】
【識別番号】100123777
【弁理士】
【氏名又は名称】市川 さつき
(74)【代理人】
【識別番号】100111796
【弁理士】
【氏名又は名称】服部 博信
(74)【代理人】
【識別番号】100123766
【弁理士】
【氏名又は名称】松田 七重
(72)【発明者】
【氏名】石川 一彦
(72)【発明者】
【氏名】大谷 耕平
【テーマコード(参考)】
4B050
4B065
【Fターム(参考)】
4B050CC03
4B050DD02
4B050HH01
4B050LL02
4B065AA01X
4B065AA01Y
4B065AA57X
4B065AA72X
4B065AA87X
4B065AB01
4B065AC14
4B065BA02
4B065CA27
4B065CA41
(57)【要約】 (修正有)
【課題】実用化に耐えうる、変性転移温度(Tm)及び比活性が向上したケトース3-エピメラーゼ及びその製造方法を提供する。
【解決手段】少なくとも5つのアミノ酸残基が他のアミノ酸に置換された配列を有する変異型ケトース3-エピメラーゼであって、
(a)D又はL-ケトースの3位をエピマー化してD又はL-ケトースを生成し、かつD又はL-ケトヘキソースの中ではD-アルロースのC3位をエピマー化する活性が最も高い、
(b)Tm>66.6℃、及び
(c)比活性V/比活性W×100≧80(比活性:2mM硫酸マグネシウム含有50mMリン酸バッファー(pH8.0)中で、D-アルロースを基質として50℃・10分間反応時のD-フルクトース産生量(μmol/分/mg)の性質を有し、比活性V、Wはそれぞれ変異型ケトース3-エピメラーゼ、野生型ケトース3-エピメラーゼの比活性)、
を有する変異型ケトース3-エピメラーゼを提供する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列番号1のアミノ酸配列の少なくとも5つのアミノ酸残基が他のアミノ酸に置換された配列を有する変異型ケトース 3-エピメラーゼであって、下記の性質:
(a)D-又はL-ケトースの3位をエピマー化して対応するD-又はL-ケトースを生成し、かつD-又はL-ケトヘキソースの中ではD-アルロースのC3位をエピマー化する活性が最も高い、
(b)Tm(変性転移温度(℃))>66.6℃、及び
(c)比活性V/比活性W×100≧80(比活性:2mM硫酸マグネシウム含有50mMリン酸バッファー(pH8.0)中で、D-アルロースを基質として50℃・10分間反応時のD-フルクトース産生量(μmol/分/mg)。比活性V:変異型ケトース 3-エピメラーゼの比活性。比活性W:配列番号1のアミノ酸配列を有する野生型ケトース 3-エピメラーゼの比活性。)、
を有する変異型ケトース 3-エピメラーゼ。
【請求項2】
配列番号1のアミノ酸配列において置換されたアミノ酸残基が、少なくともE75、S137、A200、V237及びA270である、請求項1記載の変異型ケトース 3-エピメラーゼ。
【請求項3】
配列番号1のアミノ酸残基の他のアミノ酸への置換が、少なくともE75P、S137K若しくはS137A、A200K若しくはA200V、V237I及びA270Kである、請求項1記載の変異型ケトース 3-エピメラーゼ。
【請求項4】
請求項1~3のいずれか一項に記載の変異型ケトース 3-エピメラーゼタンパク質をコードする核酸。
【請求項5】
請求項4記載の核酸を含む、ベクター。
【請求項6】
請求項5記載のベクターを含む、細胞。
【請求項7】
請求項6記載の細胞が発現する変異型ケトース 3-エピメラーゼタンパク質。
【請求項8】
請求項1~3に記載のいずれか一項に記載の変異型ケトース 3-エピメラーゼタンパク質が固定化されてなる、固定化ケトース 3-エピメラーゼ組成物。
【請求項9】
請求項7記載の変異型ケトース 3-エピメラーゼタンパク質が固定化されてなる、固定化ケトース 3-エピメラーゼ組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Tm(変性転移温度)が高くかつ比活性の低減が抑制された新規なケトース 3-エピメラーゼ及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
D-アルロース(D-プシコース)は、自然界に微量にしか存在しないといわれる希少糖のひとつである。D-アルロースは、砂糖の約70%の甘味を有しながら食品としてのカロリー値はほぼゼロであることに加えて、血糖値上昇抑制作用などの生理機能を有することから、機能性食品素材として注目されている。D-アルロースの大量生産にあたっては、比較的安価で入手しやすい果糖を原料とし、ケトース 3-エピメラーゼにより異性化する方法が最も簡便である。
【0003】
例えば、特許文献1には、アルスロバクター グロビホルミス(Arthrobacter globiformis)由来のケトース 3-エピメラーゼが開示され、特許文献2には、そのケトース3-エピメラーゼの熱安定性(粗酵素の「T70/T50」及び「残存活性」)を向上させた変異酵素が開示されている。また、特許文献3には、アルスロバクター ヒスチジノロボランス(Arthrobacter histidinolovorans)由来のケトース3-エピメラーゼが開示され、さらにそのケトース 3-エピメラーゼの熱安定性(粗酵素の「T70/T50」及び「残存活性」)を向上させた変異酵素が開示されている。
【0004】
しかし、これまでに開示されたケトース 3-エピメラーゼの変異酵素は、「T70/T50」値及び「残存活性」値は高い一方、酵素活性自体は低減しているものがあることがわかった。熱安定性を高めると酵素活性が低下することが報告されており(非特許文献1)、実用化に耐える酵素のスクリーニング、とくにケトース 3-エピメラーゼのスクリーニングにあっては、精製酵素の比活性を確認する必要がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】国際公開WO2013/005800
【特許文献2】国際公開WO2019/146717
【特許文献3】国際公開WO2020/105709
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】化学と生物vol.37、No.11、p.738-739(1999年)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は、実用化に耐えうるケトース 3-エピメラーゼ、特にTm(変性転移温度)が高くかつ比活性の低減が抑制されたケトース 3-エピメラーゼ及びその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、アルスロバクター グロビホルミス由来のケトース 3-エピメラーゼのアミノ酸配列のうち特定のアミノ酸を置換することによって、酵素タンパク質の変性温度(Tm)が高くかつ比活性の低減が抑制された変異酵素が得られ、効率的にD-アルロースを生産できることを見出した。より具体的には、配列番号1で表されるアルスロバクター グロビホルミス由来の野生型ケトース 3-エピメラーゼのアミノ酸配列の少なくとも5アミノ酸残基が置換された変異酵素であって、(1)アルスロバクター グロビホルミス由来の野生型ケトース 3-エピメラーゼのTm(66.6℃)より高いTmを有し、かつ(2)アルスロバクター グロビホルミス由来の野生型ケトース 3-エピメラーゼが本来有する酵素活性に対する比活性の低減が抑制され、さらには野生型より高い酵素比活性を示す新規な変異型ケトース 3-エピメラーゼが得られることを見いだし、本発明を完成するに至った。
【0009】
すなわち、本発明は、上記知見に基づいて完成されたものであり、以下から構成されるものである。
〔1〕配列番号1のアミノ酸配列のうち少なくとも5つのアミノ酸残基が他のアミノ酸へ置換された配列を有する変異型ケトース 3-エピメラーゼであって、下記の性質:
(a)D-又はL-ケトースの3位をエピマー化して対応するD-又はL-ケトースを生成し、かつD-又はL-ケトヘキソースの中ではD-アルロースのC3位をエピマー化する活性が最も高い、
(b)Tm(変性転移温度(℃))>66.6℃、及び
(c)比活性V/比活性W×100≧80(比活性:2mM硫酸マグネシウム含有50mMリン酸バッファー(pH8.0)中で、D-アルロースを基質として50℃・10分間反応時のD-フルクトース産生量(μmol/分/mg)。比活性V:変異型ケトース 3-エピメラーゼの比活性。比活性W:配列番号1のアミノ酸配列を有する野生型ケトース 3-エピメラーゼの比活性。)、
を有する変異型ケトース 3-エピメラーゼ。
[2]配列番号1のアミノ酸配列において置換されたアミノ酸残基が、少なくともE75、S137、A200、V237及びA270である、上記[1]記載の変異型ケトース 3-エピメラーゼ。
[3]配列番号1のアミノ酸残基の他のアミノ酸への置換が、少なくともE75P、S137KもしくはS137A、A200K若しくはA200V、V237I及びA270Kである、上記[1]または[2]記載の変異型ケトース 3-エピメラーゼ。
[4]上記[1]~[3]のいずれかに記載の変異型ケトース 3-エピメラーゼタンパク質をコードする核酸。
[5]上記[4]記載の核酸を含む、ベクター。
[6]上記[5]記載のベクターを含む、細胞。
[7]上記[6]記載の細胞が発現する変異型ケトース 3-エピメラーゼタンパク質。
[8]上記[1]~[3]のいずれかに記載の変異型ケトース 3-エピメラーゼタンパク質が固定化されてなる、固定化ケトース 3-エピメラーゼ組成物。
[9]上記[7]に記載の変異型ケトース 3-エピメラーゼタンパク質が固定化されてなる、固定化ケトース 3-エピメラーゼ組成物。
【発明の効果】
【0010】
本発明の新規な変異型ケトース 3-エピメラーゼは、従来の微生物由来のケトース 3-エピメラーゼ及びそれらの変異体に比べて、Tm(変性転移温度)及び酵素比活性が高いことが特徴である。精製酵素のTm値及び酵素比活性値をもって調製された本発明の変異型ケトース 3-エピメラーゼは、実生産に適した熱安定性及び活性の高い有用な酵素であり、これを用いることによって、D-アルロースの大量生産と低コスト化が可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の新規な変異型ケトース 3-エピメラーゼは、アルスロバクター グロビホルミス由来の配列番号1のアミノ酸配列のケトース 3-エピメラーゼにおいて、5以上のアミノ酸残基が他のアミノ酸に置換された配列を有する変異型ケトース 3-エピメラーゼであり、下記の性質(a)、(b)及び(c)を有する。
(a)D-又はL-ケトースの3位をエピマー化して対応するD-又はL-ケトースを生成し、かつD-又はL-ケトヘキソースの中ではD-アルロースのC3位をエピマー化する活性が最も高い。
(b)Tm(変性転移温度(℃))>66.6℃である。
(c)比活性V/比活性W×100≧80(比活性:2mM硫酸マグネシウム含有50mMリン酸バッファー(pH8.0)中で、D-アルロースを基質として50℃・10分間反応時のD-フルクトース産生量(μmol/分/mg)。比活性V、Wはそれぞれ変異型ケトース 3-エピメラーゼ、配列番号1のアミノ酸配列を有する野生型ケトース 3-エピメラーゼの比活性)。
【0012】
ケトースとは、ケト基を1つ含む単糖の総称であって、分子式CnH2nOn(n≧3)で表される。ケトヘキソースとは、ケトース構造を有する六炭糖を意味し、具体的には、フラクトース、アルロース、タガトース及びソルボースである。
本発明でいうエピメラーゼとは、基質分子内に複数ある不斉点〈立体構造〉の1つを異性化する酵素であり、ケトース 3-エピメラーゼとは、先述のケトースの3位の不斉炭素を異性化する酵素である。本明細書でいう「エピマー化」とは、当該異性化を指す。
したがって、ケトース 3-エピメラーゼは、D-またはL-ケトースの3位をエピマーカして、対応するD-またはL-ケトースへ変換する酵素である。ケトヘキソースを基質にした場合には、ケトース 3-エピメラーゼは「D-若しくはL-フラクトースとD-若しくはL-アルロース間の相互変換、又はD-若しくはL-タガトースとD-若しくはL-ソルボース間の相互変換を触媒する」酵素であることを意味する。
【0013】
本発明において利用する野生型ケトース 3-エピメラーゼのアミノ酸配列は、配列番号1に示される既知のアルスロバクター グロビホルミス由来のケトース 3-エピメラーゼのアミノ酸配列である。当該野生型ケトース 3-エピメラーゼは、(a)D-又はL-ケトースの3位をエピマー化し、対応するD-又はL-ケトースを生成し、D-又はL-ケトヘキソースの中ではD-アルロースのC3位をエピマー化する活性が最も高い、という理化学的性質を有している。
【0014】
配列番号1のアミノ酸配列は、特許文献1に記載されるアルスロバクター グロビホルミス(受託番号NPMD NITE BP-1111)由来のものと同一である。
【0015】
【0016】
本発明の新規な変位型ケトース 3-エピメラーゼは、配列番号1のアミノ酸配列(289アミノ酸残基)のうち少なくとも5アミノ酸残基が置換された配列を有するケトース 3-エピメラーゼであって、野生型ケトース 3-エピメラーゼと同様に上記(a)の理化学的性質を有するほか、(b)Tmが66.6℃を超え、かつ(c)酵素比活性が、配列番号1のアミノ酸配列を有する野生型ケトース 3-エピメラーゼの80%以上であることを特徴とする。
【0017】
本発明の新規な変異型ケトース 3-エピメラーゼの基質特異性は、特許文献1に記載されるアルスロバクター グロビホルミス(受託番号NPMD NITE BP-1111)由来の野生型ケトース 3-エピメラーゼと同様であり、D-プシコース、L-タガトース、D-フラクトース、L-プシコース、D-タガトースの順に高いことが好ましい。
【0018】
この「配列番号1のアミノ酸配列のうち少なくとも5アミノ酸残基を置換したケトース 3-エピメラーゼ」は、従来公知の方法により製造することができるが、例えば、目的とする置換後のアミノ酸配列をコードするDNAを作製し、そのDNAを用いて形質転換した宿主細胞を培地で培養して酵素タンパク質を抽出・精製し、その後理化学的性質を試験することにより得られる。
より具体的には、以下のように調製できる。
まず、目的とするアミノ酸配列を設計し、遺伝子合成サービス(例えば、サーモフィッシャーサイエンティフィック社)、又は一般的な変異導入PCR法を利用して、対応するDNA断片を入手し、ベクター(例えば、pQE60、pBR322、pUC18、pUB110、pTZ4、pC194、pHV14、TRp7、YEp7、pBS7などのプラスミドベクターや、λgt・λC、λgt・λB、ρ11、φ1、φ105などのファージベクター)に組み込み、宿主細胞(例えば、大腸菌、枯草菌、放線菌、酵母など適宜の宿主細胞)への導入(例えば、リン酸カルシウム共沈降法、エレクトロポレーション法、リポフェクション法、マイクロインジェクション法等による導入)を行うことによって、宿主細胞の形質転換を行う。そして、形質転換体の選択は、抗生物質を含む選択培地での生育により行う。当該目的の変異がケトース 3-エピメラーゼに導入されたかの確認は、定法によるシーケンス解析により行う。変異導入が確認できた宿主細胞について、大量液体培地による培養、遠心分離などにより回収した宿主細胞の超音波破砕等による酵素抽出、加熱処理(例えば、60℃・15分間)によるケトース 3-エピメラーゼ以外のタンパク質の不溶化、遠心分離による沈殿物の除去、ゲルろ過を用いた溶出・分画による精製を経て、精製酵素(SDS電気泳動により精製度99%以上を確認)を得ることができる。
【0019】
本明細書における「Tm」とは、変性転移温度、すなわち、全タンパク質分子数の50%が変性する温度(℃)である。変性転移温度では、精製タンパク質がアンフォ-ルディング状態となる温度とみなせるため、精製酵素の耐熱性・安定性を評価できる指標として利用できる。これはすなわち、Tm値が高いほど、その精製酵素の熱安定性は高いと評価できるということである。このTm値は、例えば、サーモフィッシャーサイエンティフィック社製の「Applied BiosystemsTM Protein Thermal ShiftTM Dyeキット」のバッファー及び色素と「Protein Thermal Shift ソフトウェア」を用いて測定することができる。より具体的には目的酵素タンパク質についてリアルタイムPCR装置で経時的な加温を行い、その過程で酵素タンパク質が変性して疎水性領域が露出すると当該色素が結合し蛍光を発するため、当該蛍光強度を対温度でプロットした変曲点を同社製の「Protein Thermal Shift ソフトウェア」を用いて算出することにより計測できる。Tm値は、2mM硫酸マグネシウム含むpH8.0の50mMリン酸緩衝溶液中において、野生型ケトース 3-エピメラーゼのTm値である66.6℃を超えればよく、好ましくは67℃、75℃又は80℃、より好ましくは85℃、90℃又は95℃を超えたときに、その精製酵素の熱安定性は非常に良好であり、実生産上有利な酵素と評価できるための必要条件を満たす。
【0020】
本発明の新規な変異型ケトース 3-エピメラーゼの酵素活性は、D-アルロースを基質として反応させたときに生じるD-フラクトースの生成量を測定することにより確認することができる。具体的には、50℃・pH8.0(2mM硫酸マグネシウム含む50mMリン酸緩衝溶液)において、最終濃度0.1MのD-アルロースを基質として10分間に生成するD-フラクトースの量をHPLCのピーク面積として確認することができる。なお、この時の反応温度は実生産時の反応温度に合わせる必要がある。そして、1分間に1μmolのD-フルクトースを生成する酵素力価(μmol/分)を「1単位(U)」、酵素タンパク1mg当たりの酵素力価(U)を「比活性(U/mg)」と定義することにより、酵素タンパク当たりの酵素活性を適切に把握・比較することができる。なお、精製した酵素タンパク濃度は、「UV280nmの吸光度1.0=1.0mg/ml」を用いて算出できる。
【0021】
本発明の新規な変異型ケトース 3-エピメラーゼは、熱安定性が向上しているだけでなく、上述の比活性が向上した酵素である。本発明の酵素を他の酵素と比較するには、「相対活性」をもって行うことが簡便であり、例えば、野生型酵素など変異前酵素の比活性を100としたときの相対活性をもって評価する。本発明の新規ケトース 3-エピメラーゼは、例えば、アルスロバクター グロビホルミスの野生型酵素AgDAEの比活性を100としたときに、その相対活性が大きく低減していないこと、80以上である。
すなわち、本明細書において変異型ケトース 3-エピメラーゼの相対活性は以下のとおり表される。
比活性V/比活性W×100≧80
上記式において、比活性は、2mM硫酸マグネシウム含有50mMリン酸バッファー(pH8.0)中で、D-アルロースを基質として50℃・10分間反応時のD-フルクトース産生量(μmol/分/mg)で表され、比活性Vは、変異型ケトース 3-エピメラーゼの比活性を表し、比活性W:配列番号1のアミノ酸配列を有する野生型ケトース 3-エピメラーゼの比活性を表す。
本発明の変異型ケトース 3-エピメラーゼの相対活性は90以上又は100以上が好ましく、105以上であることがより好ましく、115以上又は120以上がよりさらに好ましい。
【0022】
ところで、従前のケトース 3-エピメラーゼの変異体の研究開発は、粗酵素の「T70/T50」値及び「残存活性」値を用いたスクリーニングによりなされていた。この「T70/T50」は、50℃における粗酵素活性(T50)に対する70℃における粗酵素活性(T70)の比であって、その数値が大きいほど、その粗酵素の熱安定性は高いと評価できる。しかし、「残存活性」については、60℃・1時間の熱処理後に室温に戻し、次いで至適条件下での活性を測定することから、粗酵素タンパク質の立体構造の「熱変性からの巻き戻り」の活性も数値に反映され、当該数値が高いからといって必ずしも熱安定性が高いと評価することはできない。すなわち、「残存活性」は、その粗酵素が熱安定性を有することの必要条件であって十分条件ではない。また、熱安定性自体が向上しても、実生産条件下では酵素活性そのものは低く使用できない場合もあり(例えば、非特許文献1などを参照。)、産業利用上有益といえる変異酵素であると確定するには、実生産の温度条件下で酵素比活性を確認することが重要である。なお、多くの場合、酵素の熱安定性と比活性はトレードオフの関係にあり、熱安定性が向上すると比活性は低下する。
【0023】
先述のとおり、本発明の新規な変異型ケトース 3-エピメラーゼは、(a)~(c)の特性を満たし、かつ配列番号1のアミノ酸配列(289アミノ酸残基)のうち少なくとも5アミノ酸残基が置換されたケトース 3-エピメラーゼである。この置換されるアミノ酸残基の数は、少なくとも5残基であることを必須とし、好ましくは7残基以上、より好ましくは10残基以上、さらに好ましくは12残基以上又は20残基以上である。もっとも、変異残基の上限は、全289アミノ酸残基の過半を超えない144残基であり、好ましくは3分の1を超えない96残基、より好ましくは72残基又は48残基である。
本発明の新規な変異型ケトース 3-エピメラーゼは、(a)~(c)の特性を満たす限りにおいて、配列番号1のアミノ酸配列(289アミノ酸残基)と、少なくとも50%以上の同一性を有することが好ましく、より好ましくは60%以上、さらに好ましくは70%以上、よりさらに好ましくは80%以上、なお好ましくは90%以上の同一性を有する。
また、置換される「少なくとも5アミノ酸残基」の置換位置は、E75、S137、A200、V237及びA270であることが好ましく(以降、この変異を「AgDAE_PM70」という。)、さらにこれをE75P、S137K(又はS137A)、A200K(又はA200V)、V237I、A270Kと置換することが好ましい。
【0024】
また、上記AgDAE_PM70の変異配列を基本とし、分子表面上において立体構造的に近接する2アミノ酸残基であるH13及びS245をさらに置換するのが好ましく(以降、この2つの位置の変異を有する場合には「_A」と表し、例えば、AgDAE_PM70の変異配列にさらに前記2つの位置の変異を有するものを「AgDAE_PM70_A」と表す。)。2つの位置のアミノ酸は、H13R及びS245Aと置換するのがより好ましい。
【0025】
また、上記AgDAE_PM70の変異配列を基本とし、分子表面上にヘリックス構造を構成するアミノ酸のうち7アミノ酸残基であるA117、A120、A123、A128、V129、V132及びD138をさらに置換するのが好ましく(以降、この変異を「AgDAE_PM70_B」又は単に「_B」という。)、これをA117P、A120K、A123E、A128V、V129I、V132I及びD138Gと置換するのがより好ましい。
また、上記AgDAE_PM70の変異配列を基本とし、活性部位近傍及び活性部位近傍のβシート上の残基、並びに分子会合体に係る残基の計5残基V34、P172、I176、S218、T223をさらに置換するのが好ましく(以降、この変異を「AgDAE_PM70_C」又は単に「_C」という。)、これをV34I、P172G、I176V、S218N及びT223Nと置換するのがより好ましい。あるいは上記AgDAE_PM70の変異配列を基本とし、活性部位近傍及び活性部位近傍のβシート上の残基、並びに分子会合体に係る残基の計4残基V34、I176、S218、T223をさらに置換するのが好ましく(以降、この変異を「AgDAE_PM70_C’」又は単に「_C’」という。)、これをV34I、I176V、S218N及びT223Nと置換するのがより好ましい。
【0026】
ここで、AgDAE_PM70_Cの変異配列を有する酵素は、Tm値が著しく上昇するため好ましい変異体といえる一方、その酵素活性は、アルスロバクター グロビホルミスの野生株酵素(配列番号1のアミノ酸配列を有する酵素)の活性と同等又はやや低いため、酵素活性のさらなる向上を目的とする変異操作を行うことが好ましい。具体的には、「AgDAE_PM70_C」の変異配列を基本とし、さらに下記(1)、(2)又は(3)の変異操作を行うことが好ましい。
(1)「_A」及び「_B」に特有の変異箇所に変異を導入する(以降、この変異を「AgDAE_PM70_D」又は単に「_D」という。)。
(2)「_A」に特有の変異箇所のみに変異を導入する(以降、「AgDAE_PM70_E」又は単に「_E」という。)。
(3)「_A」及び「_B」に特有の変異箇所を導入し、さらに当該変異に加えてL169についても変異操作を行う(以降、「AgDAE_PM70_F」又は単に「_F」という。)。立体障害解消のためL169の箇所はL169Vに置換することがさらに好ましい。
【0027】
また、A60、L94、L97、A99の部分を置換してもよく、例えば、A60V、L94V、L97M、A99Gとすることができる。また、R27、Q47、H56、A59、D68、P77、D101、A109、S144、E167、E168、I194、E199のアミノ酸残基を置換してもよく(以降、この変異を「AgDAE_PM70_G」又は単に「_G」という。)、例えば、R27H、Q47A、H56Y、A59S、D68E、P77S、D101E、A109S、S144A、E167Q、E168D、I194V、E199Dとすることもできる。
【0028】
また、上記の「AgDAE_PM70_E」において、のちの固定化効率を考慮し、酵素分子表面に位置するA133、S137、D138、A164、E167、E168、L169、N170、R202のアミノ酸残基をさらに置換するのがよく(以降、この変異を「AgDAE_PM70_H」又は単に「_H」という。)、例えば、A133V、S137A、D138G、A164S、E167S、E168D、L169V、N170K、R202Kのように置換することができ、そうした場合、「_C」は「_C’」とすることもできる。なお、「AgDAE_PM70_E」の基本配列において、A200はA200Kでもよいが、A200Vとすることもできる。
【0029】
ところで、以上の変異を検討するなかで、C末端にアミノ酸残基を付加(伸長)する、例えば、SARHKやRSHHHHHHなどを付加すると熱安定性は向上することがわかった(例えば、SARHKを付加した後出「AgDAE_PM70_I」。単に「_I」ともいう。)。しかし、一方で、C末端にアミノ酸残基を付加(伸長)すると、酵素比活性は低下するため、その操作には注意を要する。
【0030】
このようにして得られる本発明の新規な変異型ケトース 3-エピメラーゼは、粗酵素のまま又は精製酵素として、公知の固定化手段、例えば、担体結合法、架橋法、ゲル包括法等を利用し、固定化酵素として用いることができる。担体結合法を利用する場合は、公知の固定化担体、例えば、セルロース、デキストラン、アガロースなどの多糖類の誘導体、ポリアクリルアミドゲル、ポリスチレン樹脂、多孔性ガラス、金属酸化物などに物理的吸着、イオン結合、共有結合等により結合させることができ、固定化担体としてイオン交換樹脂を用いる場合は、例えば、フェノール系ゲル型弱塩基性イオン交換樹脂あるいはスチレン系マクロポーラス型弱塩基性イオン交換樹脂を使用することができる。フェノール系ゲル型弱塩基性イオン交換樹脂の市販品には、デュオライトA561、デュオライトA568、デュオライトPWA7(以上、ダウ・デュポン社製)等があり、スチレン系マクロポーラス型弱塩基性イオン交換樹脂には、アンバーライトFPA95、アンバーライトIRA904、アンバーライトXE583(以上、ダウ・デュポン社製)、ピュロライトA111S、ピュロライトA103S(以上、ピュロライト社製)、ダイヤイオンWA20、ダイヤイオンWA30(以上、三菱化学社製)等があるため、これらを適宜選択・購入して使用することができる。
【0031】
以下、本発明の実施形態を記載するが、実施例に特に限定されるものではない。
【実施例0032】
アルスロバクター グロビホルミス由来のケトース 3-エピメラーゼが有する配列番号1のアミノ酸配列に対し、各変異を導入して得た精製ケトース 3-エピメラーゼについて、Tmと酵素比活性を比較した。
【0033】
(配列番号1における変異部位の選定)
まず、配列番号1を出発配列(試験No.1、対照区)とし、目的とするアミノ酸配列を設計した(試験No.2~12)。設計した配列を表1に示す。
【0034】
【0035】
(対応するDNA断片及び形質変換体の調製)
設計された変異アミノ酸配列(試験No.2~7、9~12)に対応するDNA断片は、遺伝子合成サービスを行うサーモフィッシャーサイエンティフィック社に作製依頼して入手した。試験No.8のアミノ酸配列に相当するDNAについては、試験No.6のDNAに対し、変異導入PCR法による1か所(L169)の変異導入を行うことによって調製した。得られたDNA断片を大腸菌発現用ベクターのpQE60(Qiagen社)に導入し、宿主大腸菌の形質転換を行った(リン酸カルシウム共沈降法)。当該目的の変異が導入されたかどうかの確認は、定法によるシーケンス解析により行った。
【0036】
(粗酵素液の調製)
変異導入が確認された宿主大腸菌(=形質転換体)をアンピシリン100μg/ml及びカナマイシン50μg/mlを含む液体LB培地に植菌し、37℃で16時間の前培養を行った。この前培養液を10~100倍容量の本培養液(0.1mMのIPTG含有)に添加し、20℃で24時間培養して目的の酵素の発現を誘導した。この本培養液から、遠心分離操作(4℃、12,000rpm、10分)により上清を取り除き、沈殿物である菌体を回収した。回収した菌体を適当量の50mMリン酸バッファー(pH8.0、2mM硫酸マグネシウムを含む)に懸濁し、15分間の超音波破砕を行った。この破砕物を遠心分離(4℃、12,000rpm、10分)して沈殿物を取り除き、上清を粗酵素液として回収した。
【0037】
(精製酵素液の調製)
この粗酵素液について、60℃・15分間の加熱処理の後、遠心分離(4℃、12,000rpmで10分間)を行って沈殿物を除去し、ProFoldin Nucleic Acid Removal Kit(ProFoldin)を用いてDNAを除いた。この粗精製酵素液(上清)をゲルろ過カラムSuperdex 2000 increase 10/300 GL (GE healthcare社)に供し、溶出液(2mM硫酸マグネシウム及び150mM NaCl含む、50mMリン酸バッファー(pH8.0))により流速0.35ml/分で溶出し、精製した。溶出液についてSDS電気泳動を行ったところ、精製度99%以上であることを確認できたため、これを精製酵素とし、以降、Tm及び酵素比活性の測定に供した。
【0038】
(精製酵素の熱安定性の評価)
精製酵素の熱安定性はTm値により評価した。精製酵素液を2mM硫酸マグネシウム含む50mMリン酸バッファー(pH8.0)を用いて0.2mg/mLとし、TSA色素(サーモフィッシャーサイエンティフィック社製のApplied BiosystemsTM Protein Thermal ShiftTM Dye Kit)を添加した。この色素入り精製酵素液をリアルタイムPCR装置(サーモフィッシャー製「Stepone Plus Real-time PCR system)に供し、25~99℃加熱スキャンによりその蛍光強度を対温度でプロットし、付属の「Protein Thermal Shift ソフトウェア」によりTmを算出した。
【0039】
<酵素液の活性評価>
ケトース3-エピメラーゼの活性の評価は、D-アルロースを基質として酵素反応させたときに生じるD-フルクトースの生成量を測定することにより行った。具体的には、表2の条件下で酵素反応を行い、反応停止後の反応液をイオン交換樹脂により脱塩精製とフィルターろ過後、HPLC(HPLCシステム(東ソー社製)、MCIGELCK08EC(三菱化学社製))に供し、D-フルクトースのピーク面積を算出することにより行った。酵素活性1単位(U)は、1分間に1μmolのD-フルクトースを生成できる酵素量(μmol/分)と定義し、酵素タンパク1mg当たりの酵素力価(U)を「比活性(U/mg)」と定義する。なお、精製した酵素タンパクは、「UV280nmの吸光度1.0=1.0mg/ml」を用いて算出することができる。
【0040】
【0041】
以上の測定結果を下の表3に示す。
【0042】
【0043】
E75、S137、A200、V237及びA270の5アミノ酸残基は、先行文献(特許文献1)において耐熱性向上のための好ましい変異箇所(耐熱性が向上する変異箇所)として開示されていたため、当該5アミノ酸残基の同時変異を試みたところ(試験No.2)、Tmは66.6℃から79.2℃へと10℃以上も上昇した。酵素比活性は、配列番号1を有する野生型ケトース 3-エピメラーゼの活性(試験No.1)の約80%を維持していた。
【0044】
次に、試験No.2の変異を基本とし、さらにH13及びS245の2アミノ酸残基を置換したところ(試験No.3)、Tm値は10℃以上上昇し、酵素比活性は野生型ケトース 3-エピメラーゼの活性(試験No.1)と同程度を維持していた。また、試験No.2の変異を基本とし、A117、A120、A123、A128、V129、V132及びD138の7アミノ酸残基をさらに置換したところ(試験No.4)、Tm値は10℃近く上昇し、酵素活性も野生型ケトース 3-エピメラーゼの活性(試験No.1)の約90%まで維持していた。そこで、試験No.2の変異を基本とし、V34、P172、I176、S218、T223の5アミノ酸残基をさらに置換したところ(試験No.5)、Tm値は30℃近く上昇したが、酵素活性は野生型酵素(試験No.1)の約80%であった。
【0045】
次に、以上の変異すべてを同時に導入したところ(試験No.6)、Tm値は試験No.5と同じく30℃近く上昇したが、酵素活性は野生型酵素(試験No.1)の約90%であった。
【0046】
そこで、試験No.2の変異を基本とし、試験No.3とNo.5の変異を同時に導入したところ(試験No.7)、Tm値が30℃近く上昇しただけでなく、酵素活性が野生型酵素(試験No.1)の約130%と飛躍的に上昇した。また、試験No.6の変異に対し、さらにL169のアミノ酸置換を行ったところ(試験No.8)、試験No.7と同じくTm値が30℃近く上昇したことに加えて、酵素活性が野生型酵素(試験No.1)の約130%と飛躍的に向上した。
【0047】
また、試験No.8の変異に対し、さらにA60、L94、L97、A99、 R27、Q47、H56、A59、D68、P77、D101、A109、S144、E167、E168、I194、E199のアミノ酸残基の置換を行ったところ(試験No.9)、酵素活性は野生型酵素(試験No.1)の約130%まで飛躍的に上昇し、Tm値は約20℃上昇していた。
【0048】
また、試験No.7の変異(但し、P172は置換なし)に対し、さらにA133、S137、D138、A164、E167、E168、L169、N170、R202のアミノ酸残基の置換を行ったところ(試験No.10)、酵素活性は野生型酵素(試験No.1)の約130%まで飛躍的に上昇し、Tm値は約30℃上昇していた。
【0049】
一方、アルスロバクター グロビホルミス由来のケトース 3-エピメラーゼが有する配列(野生型酵素のネイティブ配列)において、R160及びH289のアミノ酸置換と、C末端にSARHKの付加を行ったところ(試験No.11)、Tm値は上昇したが、酵素活性は野生型酵素(試験No.1)の45%まで劇的に低下する結果となった。
【0050】
また、表2の「_J」に記載の27変異を導入したときのTm値及び酵素活性を確認したところ(試験No.12)、Tmは20℃以上上昇していたが、酵素活性は野生型酵素(試験No.1)の約35%まで劇的に低下した。
【0051】
以上の本発明の新規ケトース 3-エピメラーゼを利用すれば、D-アルロースの大量生産及び低コスト化が達成されることとなる。