(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024104514
(43)【公開日】2024-08-05
(54)【発明の名称】高炉用羽口
(51)【国際特許分類】
C21B 7/16 20060101AFI20240729BHJP
C23C 14/06 20060101ALI20240729BHJP
C23C 14/32 20060101ALN20240729BHJP
【FI】
C21B7/16 304
C23C14/06 A
C23C14/32
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023008765
(22)【出願日】2023-01-24
(71)【出願人】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】100115381
【弁理士】
【氏名又は名称】小谷 昌崇
(74)【代理人】
【識別番号】100162765
【弁理士】
【氏名又は名称】宇佐美 綾
(72)【発明者】
【氏名】赤理 孝一郎
(72)【発明者】
【氏名】大塚 康平
(72)【発明者】
【氏名】山本 兼司
(72)【発明者】
【氏名】中村 克
【テーマコード(参考)】
4K015
4K029
【Fターム(参考)】
4K015FB01
4K029AA02
4K029AA21
4K029BA03
4K029BA07
4K029BA17
4K029BA58
4K029BC01
4K029BD00
4K029CA03
4K029CA04
4K029DB04
4K029DD06
4K029JA02
(57)【要約】
【課題】本発明は、高温において優れた耐酸化性を有し、酸化に伴う損耗を抑制することができる高炉用羽口を提供する。
【解決手段】高炉用羽口は、羽口本体と、前記羽口本体の外周面の少なくとも一部に形成されている硬質皮膜と、を含み、前記硬質皮膜は、TiおよびCrのうちの少なくとも1種とAlとNとを含有し、かつ、酸化開始温度が700℃以上である。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
羽口本体と、
前記羽口本体の外周面の少なくとも一部に形成されている硬質皮膜と、を含み、
前記硬質皮膜は、TiおよびCrのうちの少なくとも1種とAlとNとを含有し、かつ、酸化開始温度が700℃以上である、高炉用羽口。
【請求項2】
前記硬質皮膜中の非金属元素以外の元素の総量に占めるTiおよびCrの総量が原子比で0.15以上0.6以下であり、かつ、前記硬質皮膜中の非金属元素以外の元素の総量に占めるAlの量が原子比で0.4以上0.85以下である、請求項1に記載の高炉用羽口。
【請求項3】
前記硬質皮膜は、Si、YおよびTaのうちの1種以上をさらに含有する、請求項2に記載の高炉用羽口。
【請求項4】
前記硬質皮膜の厚さは、5μm以上である、請求項1に記載の高炉用羽口。
【請求項5】
前記硬質皮膜は、前記羽口本体の外周面の先端付近に形成されている、請求項1に記載の高炉用羽口。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、優れた耐酸化性を有する高炉用羽口に関する。
【背景技術】
【0002】
送風用として使用される高炉用羽口(以下、単に「羽口」とも称する)は、一般的に銅を母材として構成されており、その内部に冷却水が供給されて使用される水冷式となっている。しかし、羽口に設置した際炉内に突き出る部分、特に羽口の外周面の先端付近は、溶銑、溶滓、炉内装入物等に接触してしまうので、常に厳しい環境下に曝されている。そのため、特に羽口の外周面の先端付近は、損耗し易い。羽口の先端付近が損傷すると、羽口の冷却水の漏れが発生するおそれがある。このような事態を避けるため、羽口の外周面にNi基合金等の様々な種類の肉盛を施す方法が従来から多く採用されている。
【0003】
例えば、特許文献1には、銅からなり内部を水冷した高炉羽口において、該高炉羽口の少なくとも先部の表面にNi-Cr合金層を下盛した後、Ni-Moの金属間化合物を含むビッカース硬度400以上のN1-Mo合金層を肉盛溶接することが記載されている。
【0004】
さらに、特許文献2には、高炉用又はキュポラ用の羽口本体の先部表面に、金属マトリックスに炭化系粉体セラミックス又はホウ化系粉体セラミックスの単体、あるいは炭化系粉体セラミックス及び/又はホウ化系粉体セラミックスからなる複合添加物を散在状態で含む硬化肉盛材を溶着させることを特徴とする硬化肉盛羽口が記載されている。また、特許文献3には、羽口本体部と、前記羽口本体部の外周の先端表面に形成される肉盛と、を備え、前記肉盛は、前記羽口本体部の上に形成される、純Niからなる第1層と、前記第1層の上に形成される、純NiにTiB2もしくはZrB2のいずれかが分散された複合体からなる第2層と、を有し、前記第2層に前記TiB2が分散された場合には、前記TiB2の、前記第2層での含有率は、5体積%以上30体積%以下であり、前記第2層に前記ZrB2が分散された場合には、前記ZrB2の、前記第2層での含有率は、5体積%以上15体積%以下である、高炉用羽口が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第2967436号公報
【特許文献2】特開平11-217610号公報
【特許文献3】特許第6818530号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1~3に記載されているような肉盛材を用いて羽口の外周面を被覆する方法は、肉盛層の硬度をより高くするように開発された方法である。すなわち、これらの方法は、基本的に、溶銑、溶滓等の接触を原因とする単純な物理的要因(機械的要因)による羽口の損耗を抑制することを目的として開発された方法である。しかし、羽口本体の外周面にこのような肉盛層を形成した場合であっても、一般的に、1年間に1回程度の定期交換は必要となる。さらに、突発的な溶損による冷却水の漏れが発生した場合、定期交換前の急な交換も必要となる。そのため、新たな観点からの羽口の損耗防止方法が見出せれば好適である。
【0007】
高炉は原料となる鉄鉱石を還元させて溶融した鉄を得る目的に使用される。そのため、本技術分野では、当然のことながら、高炉内は全体的に還元雰囲気となっていることが想定されている。加えて、高炉の運転時、羽口は冷却水により冷却され続けられるため、一般的に、羽口本体の外周面の表面温度は約400℃~600℃程度まで低減されていることが想定されている。従って、羽口の肉盛材としては、特許文献1~3に記載されているようなNi-Cr合金、Ni-Mo合金等の高温下における耐酸化性があまり高くない材料が従来的に使用されている。
【0008】
しかし、本発明者らが運転後の羽口を切断し、羽口の損耗部分について詳細な分析を行ったところ、予想外な事実が確認できた。具体的には、羽口本体の外周面の肉盛層において、Cr、Ni等の肉盛材の構成元素の酸化物が生成していることが確認された。この結果から、送風された空気中の酸素が高温環境下で羽口本体の外周面の肉盛材の酸化反応を予期せず起こしていることが示唆される。
【0009】
従って、羽口の損耗は、単純な物理的要因による損耗だけでなく、化学的要因(すなわち、酸化反応)による損耗が複合して起きていることが考えられる。具体的には、予期せぬ高温下における酸化反応によって、肉盛材が酸化層を形成し、酸化により脆くなった部分が脱落してしまうため、羽口はより損耗を受けていることが推定される。
【0010】
そこで、本発明は、高温において優れた耐酸化性を有し、酸化に伴う損耗を抑制することができる高炉用羽口を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意検討を行った結果、本発明に到達した。すなわち、本発明は以下の好適な態様を包含する。
【0012】
本発明の第一の局面に係る高炉用羽口は、羽口本体と、
前記羽口本体の外周面の少なくとも一部に形成されている硬質皮膜と、を含み、
前記硬質皮膜は、TiおよびCrのうちの少なくとも1種とAlとNとを含有し、かつ、酸化開始温度が700℃以上である。
【0013】
前述の高炉用羽口において、前記硬質皮膜中の非金属元素以外の元素の総量に占めるTiおよびCrの総量が原子比で0.15以上0.6以下であり、かつ、前記硬質皮膜中の非金属元素以外の元素の総量に占めるAlの量が原子比で0.4以上0.85以下であることが好ましい。
【0014】
前述の高炉用羽口において、前記硬質皮膜は、Si、YおよびTaのうちの1種以上をさらに含有することがより好ましい。
【0015】
前述の高炉用羽口において、前記硬質皮膜の厚さは、5μm以上であることがさらに好ましい。
【0016】
前述の高炉用羽口において、前記硬質皮膜は、前記羽口本体の外周面の先端付近に形成されていることが特に好ましい。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、高温において優れた耐酸化性を有し、酸化に伴う損耗を抑制することができる高炉用羽口を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】
図1は、第1の実施形態における高炉用羽口の先端付近を示す模式断面図である。
【
図2】
図2は、高炉用羽口の硬質皮膜の成膜において用いられる装置の構成の一例を模式的に示す図である。
【
図3】
図3は、第2の実施形態における高炉用羽口の先端付近を示す模式断面図である。
【
図4】
図4は、第3の実施形態における高炉用羽口の先端付近を示す模式断面図である。
【
図5】
図5は、実施例および比較例の高炉用羽口の肉盛層を模式的に示す斜視図である。
【
図6】
図6は、実施例の高炉用羽口の先端付近の上側部分を示す断面画像である。
【
図7】
図7は、比較例の高炉用羽口の先端付近の上側部分を示す断面画像である。
【
図8】
図8は、500℃、700℃または1100℃における加熱後の1層または2層の肉盛の試験片の断面を示すSEM画像である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明者らは、高炉用羽口に高温における優れた耐酸化性を付与する方法について、様々な研究を重ねた。そして、羽口本体の外周面に形成される皮膜の組成、およびその酸化開始温度に着目し、本発明を完成した。具体的には、羽口本体の外周面に、特定の組成を含有し、かつ酸化開始温度が700℃以上である硬質皮膜を形成することによって、高温において優れた耐酸化性を有し、酸化に伴う損耗を抑制できる高炉用羽口が得られる。
【0020】
以下、本発明の実施形態について、図面を参照しながら詳細に説明する。なお、本発明の範囲はここで説明する実施形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を損なわない範囲で種々の変更をすることができる。
【0021】
[第1の実施形態]
(高炉用羽口の構成)
まず、高炉用羽口の構成を簡単に説明する。
図1に、第1の実施形態における高炉用羽口の先端付近を示す模式断面図を示す。
図1に示すように、高炉用羽口10は、羽口本体1と、硬質皮膜2とを含む。
【0022】
羽口本体1は、その外周面に肉盛層等の硬化処理が施されていない高炉用羽口10の本体である。羽口本体1の具体的な構造(羽口本体1の内部の構造も含む)は特に限定されず、当業者に公知の任意の構造、形状および母材を採用することができる。一例として、羽口本体1は、内部に冷却水が充填される冷却室を含むように構成されており、略円錐台形状となっており、母材がCuである。
【0023】
第1の実施形態では、
図1に示すように、硬質皮膜2は、羽口本体1の外周面の先端付近1Xに形成されている。硬質皮膜2は、羽口本体1の外周面の上側部分1Aおよび下側部分1Bの一部のみに形成されているように見えるが、
図1は断面図であるため、硬質皮膜2は、羽口本体1の外周面の先端付近1Xを囲むように形成されている。後述する
図3および
図4に示される第2の実施形態および第3の実施形態も基本的に同様である。羽口本体1の外周面の先端付近1Xは、高炉内でより損耗を受けやすい部分である。そのため、硬質皮膜2がこのような部分に形成されていると、酸化に伴う羽口の損耗を効率的に抑制することができる。
【0024】
本明細書において、「羽口本体(または羽口)の外周面」とは、羽口本体の外周を囲う表面を意味する。羽口本体の外周を囲う表面に、硬質皮膜を含む多層が形成される場合、硬質皮膜の位置は限定されないが、硬質皮膜は最も外側の位置に形成されることが好ましい。また、本明細書において、「羽口本体(または羽口)の外周面の先端付近」とは、羽口が高炉内に設置された際、羽口本体の外周面において炉内に近い部分を意味する。
【0025】
本明細書において、「羽口本体(または羽口)の外周面の上側部分」とは、羽口が高炉内に設置された際、高炉の上側方向と対向する羽口本体の外周面の部分、すなわち高炉内の原料の装入口方向に面する羽口本体の外周面の部分を意味する。具体的には、例えば羽口が円錐台形状である場合、「羽口本体(または羽口)の外周面の上側部分」とは、羽口が高炉内に設置された際、高炉の上側方向と対向する円錐台の上側略半分の部分を意味する。「羽口本体(または羽口)の外周面の下側部分」とは、上側部分とは逆に、羽口が高炉内に設置された際、高炉の下側方向と対向する羽口本体の外周面の部分、すなわち高炉内の出銑口方向に面する羽口本体の外周面の部分を意味する。
【0026】
(硬質皮膜)
以下、硬質皮膜について詳細に説明する。
【0027】
硬質皮膜は、TiおよびCrのうちの少なくとも1種とAlとNとを含有し、かつ、酸化開始温度が700℃以上である。羽口本体の外周面の少なくとも一部にこのような硬質皮膜が形成されると、高炉用羽口は、高温において優れた耐酸化性を有し、酸化に伴う損耗を抑制することができる。さらに、このような組成を有する硬質皮膜は硬度も高いため、高炉用羽口は、物理的要因による損耗も防ぐことができる。
【0028】
まず、硬質皮膜の組成を詳細に説明する。
【0029】
硬質皮膜の組成は、TiおよびCrのうちの少なくとも1種とAlとNとを含有し、かつ、硬質皮膜の酸化開始温度の条件を満たせば、その詳細な組成は特に限定されない。Alは、高温下における耐酸化性を顕著に高めるだけでなく、皮膜の硬度も高くすることができる。TiおよびCrも、耐酸化性を高めるだけでなく、皮膜の硬度も高くすることができる。従って、TiおよびCrのうちの少なくとも1種とAlと後に述べる任意にて含有される他の元素との原子比を適宜調整することによって、酸化開始温度が700℃以上の硬質皮膜を得ることができる。
【0030】
具体的には、硬質皮膜中の非金属元素以外の元素の総量に占めるTiおよびCrの総量が原子比で0.15以上0.6以下であり、かつ、硬質皮膜中の非金属元素以外の元素の総量に占めるAlの量が原子比で0.4以上0.85以下であることが好ましい。硬質皮膜がこのような組成を有すると、所望の酸化開始温度、および高硬度を有する硬質皮膜を容易に得ることができる。
【0031】
本明細書において、「硬質皮膜中の非金属元素以外の元素の総量」とは、「硬質皮膜中の金属元素の総量」または「硬質皮膜中の金属元素および半金属元素の総量」を意味する。すなわち、硬質皮膜は、その組成において、半金属元素を含有してもよい。
【0032】
非金属元素以外の元素の総量に占めるTiおよびCrの総量が原子比で0.15以上であると、高硬度を有する硬質皮膜を得ることができる。TiおよびCrの総量は原子比で0.3以上であることがより好ましい。また、非金属元素以外の元素の総量に占めるTiおよびCrの総量が原子比で0.6以下であると、高温における耐酸化性に大きく寄与するAl量を確実に確保することができる。TiおよびCrの総量は原子比で、0.4以下であることがより好ましい。
【0033】
非金属元素以外の元素の総量に占めるAlの量が原子比で0.4以上であると、高温における耐酸化性を良好に向上することができ、所望の酸化開始温度を有する硬質皮膜をより容易に得ることができる。Alの量は原子比で、0.6以上であることがより好ましい。また、非金属元素以外の元素の総量に占めるAlの量が原子比で0.85以下であると、硬質皮膜の硬さが過度な低下を防ぐことができる。
【0034】
硬質皮膜は、非金属元素として、Nを含有する。Nの量は、0を超えていれば特に限定されない。具体的には、金属窒化物(または、金属および半金属を含有する窒化物)の量論組成、すなわち金属(または、金属および半金属)に対する窒素の比率が、0.8~1.2程度であることが好ましい。また、比率は、1程度であることがより好ましい。
【0035】
硬質皮膜は、Ti、CrおよびAl以外に、金属元素または半金属元素として、Si、Y、Ta、B、Yb、W、V、Zr、Nb、Mo、およびNiのうちの1種以上をさらに含有してもよい。硬質皮膜は、これらの金属元素または半金属元素を単独でさらに含有してもよいし、2種以上を組み合わせてさらに含有してもよい。非金属元素以外の元素の総量に占めるこれらの任意の金属元素または半金属元素の総量は原子比で、0.2以下であることが好ましく、0.1以下であることがより好ましい。
【0036】
これらのうち、硬質皮膜は、Si、YおよびTaのうちの1種以上をさらに含有することがより好ましい。Siは、硬質皮膜の耐酸化性および硬度をより高めることができる。非金属元素以外の元素の総量に占めるSiの量は原子比で、0以上0.2以下であることが好ましい。Yは、硬質皮膜の耐酸化性をより高めることができる。非金属元素以外の元素の総量に占めるYの量は原子比で、0以上0.1以下であることが好ましい。Taは、硬質皮膜の耐酸化性をより高めることができる。非金属元素以外の元素の総量に占めるTaの量は原子比で、0以上0.1以下であることが好ましい。
【0037】
このような硬質皮膜の組成式は、以下の2つの好ましい例で表すことができる。
【0038】
好ましい第1の例としては、硬質皮膜は、その組成式が(TiaCrbAlc)Nで表される。この組成式において、aはTiの原子比であり、bはCrの原子比であり、かつ、cはAlの原子比であり、それぞれ、0≦a≦0.6、0≦b≦0.6、0.4≦c≦0.85、0.15≦a+b≦0.6、かつ、a+b+c=1、の条件を満たす。
【0039】
好ましい第2の例としては、硬質皮膜は、その組成式が(TiaCrbAlcMd)Nで表される。この組成式において、aはTiの原子比であり、bはCrの原子比であり、cはAlの原子比であり、Mは任意で含有されるTi、CrおよびAl以外の1種以上の金属元素および/または半金属元素(好ましくはSi、YおよびTaのうちの1種以上)であり、かつ、dは1種以上のMの原子比の合計であり、それぞれ、0≦a≦0.6、0≦b≦0.6、0.4≦c≦0.85、0≦d≦0.2、0.15≦a+b≦0.6、かつ、a+b+c+d=1、の条件を満たす。
【0040】
硬質皮膜の組成における元素の組み合わせとしては、例えば、(TiAl)N、(CrAl)N、(TiCrAl)N、(TiCrAlSi)N、(TiCrAlY)N、(TiCrAlTa)N、(TiCrAlSiY)N、(TiCrAlB)N、(TiCrAlBY)N、(TiCrAlSiB)N、(TiCrAlSiBY)N等が挙げられる。
【0041】
より具体的には、硬質皮膜は、(Ti0.25Al0.75)N、(Ti0.3Al0.7)N、(Ti0.4Al0.6)N、(Ti0.5Al0.5)N、(Ti0.7Al0.3)N、(Ti0.75Al0.25)N、(Cr0.5Al0.5)N、(Ti0.2Cr0.4Al0.4)N、(Ti0.2Cr0.35Al0.45)N、(Ti0.2Cr0.5Al0.3)N、(Ti0.25Cr0.1Al0.65)N、(Ti0.2Cr0.3Al0.5)N、(Ti0.2Cr0.1Al0.7)N、(Ti0.1Cr0.1Al0.8)N、(Ti0.2Cr0.2Al0.55Si0.05)N、(Ti0.2Cr0.2Al0.58Si0.02)N、(Ti0.22Cr0.21Al0.52Si0.05)N、(Ti0.19Cr0.18Al0.58Si0.05)N、(Ti0.2Cr0.2Al0.5Si0.1)N、(Ti0.15Cr0.2Al0.5Si0.15)N、(Ti0.15Cr0.15Al0.5Si0.2)N、(Ti0.2Cr0.2Al0.53Si0.05Y0.02)N、(Ti0.2Al0.55Si0.05Ta0.2)N等が挙げられる。
【0042】
硬質皮膜の組成は、例えば、エネルギー分散形X線分析装置(EDX:Energy Dispersive X-ray spectrometer)を用いて分析することにより測定することができる。
【0043】
次いで、硬質皮膜の酸化開始温度について説明する。上記で述べた通り、硬質皮膜は、酸化開始温度が700℃以上である。
【0044】
本明細書において、「酸化開始温度(硬質皮膜の酸化開始温度)」とは、酸素を含む周囲環境下で一定時間加熱したとき、皮膜または層に酸化層が確認できるようになる温度を意味する。具体的には、後の実施例で詳細に述べるように、酸素を含む周囲環境下で6時間加熱したとき、走査電子顕微鏡(SEM:Scanning Electron Microscope)およびEDXを用いて分析することによって、皮膜または層の断面に酸化層が確認できる温度を意味する。
【0045】
以下の表1に、前述した元素の組み合わせの組成を有する硬質皮膜のうちのいくつかの酸化開始温度を例示する。なお、前述した元素の組み合わせの組成を有する皮膜の酸化開始温度は、基本的には、当業者にとっては公知である。具体的には、例えば、日本金属学会誌 第57巻 第8号(1993年)919頁-925頁、「PVD法によって作製したTi-Al-N系硬質膜の高温酸化特性と耐摩耗性」、特開平9-41127号公報、特開平8-209333号公報、特開2003-71610号公報等を参照することによって酸化開始温度を確認することができる。
【0046】
【0047】
硬質皮膜の厚さは、5μm以上であることが好ましい。上記組成および酸化開始温度を有する硬質皮膜であれば、その厚さが5μm程度の薄い厚さであっても、酸化に伴う羽口の損耗を十分に抑制することができる。さらに、前述した硬質皮膜は硬度も高いため、物理的要因による羽口の損耗も十分に抑制することができる。すなわち、従来採用されている肉盛層と比べて、より薄い厚さの膜でより効果的に羽口の損耗を防ぐことができる。硬質皮膜の厚さの上限値は特に限定されないが、例えば、100μm程度である。
【0048】
本明細書において、硬質皮膜の厚さは、カロテスターまたはSEMを用いて測定される厚さを意図する。具体的には、硬質皮膜の厚さが10μm未満の場合、その厚さは、カロテスターを使用して測定される厚さとする。硬質皮膜の厚さが10μm以上の場合、その厚さは、SEMによる皮膜断面測定によって測定される厚さとする。
【0049】
硬質皮膜の厚さは10μm以上であることがより好ましく、20μm以上であることがさらに好ましい。硬質皮膜の厚さをより厚くすることによって、硬質皮膜の物理的要因に対する耐損耗性をより向上させることができる。また、硬質皮膜の厚さは70μm以下であることがより好ましく、50μm以下であることがさらに好ましい。
【0050】
硬質皮膜は、物理蒸着(PVD:Physical Vapor Deposition)法によって形成することが好ましい。物理蒸着法によって形成された硬質皮膜は、従来の肉盛によって形成された被覆層と比べて、緻密な構造を有する。そのため、硬質皮膜の厚さが顕著に薄い場合であっても、硬質皮膜は、顕著に高硬度、例えば約Hv250以上の高硬度を有し、物理的要因に対する耐損耗性を顕著に向上することができる。
【0051】
物理蒸着法としては、例えば、アークイオンプレーティング(AIP:Arc Ion Plating)法、スパッタリング法等が挙げられる。これらの物理蒸着法を用いて皮膜を形成することによって、前述した組成を有し、かつ所望の酸化開始温度を有する硬質皮膜を、効率的かつ高精度に成膜することができる。
【0052】
以下、一例として、AIP法による硬質皮膜の形成方法を説明する。
【0053】
図2に、高炉用羽口の硬質皮膜の成膜において用いられる装置の構成の一例を模式的に示す。
図2に示すように、成膜装置20は、チャンバー21と、アーク電源22と、ステージ23と、バイアス電源24と、ヒータ(図示せず)と、放電電源26と、フィラメント加熱電源37と、を主に有している。
【0054】
チャンバー21の壁部には、チャンバー21内を真空排気するためのガス排気口21Aと、チャンバー21内に成膜用ガス(N2ガス等)やアルゴンガスを供給するためのガス供給口21Bとが設けられている。チャンバー21の外には、N2ガス供給源28Aおよびアルゴンガス供給源28Bがそれぞれ配置されている。これらは、ガス導入経路25を介してガス供給口21Bに接続されている。また、アーク電源22の正バイアス側は、チャンバー21に接続されている。
【0055】
ステージ23は、チャンバー21内の中央に配置されており、回転可能に構成されている。ステージ23は、成膜対象である基材(すなわち、羽口本体)を支持する。バイアス電源24は、そのマイナス側がステージ23に接続されており、成膜中において基材に負のバイアス電圧を印加する。また、バイアス電源24のプラス側はチャンバー21に接続されている。
【0056】
図2の成膜装置20を用いて、基材(すなわち、羽口本体)に硬質皮膜を形成する手順を具体的に説明する。まず、基材をエタノール等の洗浄液を用いて洗浄する。その後、洗浄した基材をチャンバー21内に導入し、成膜装置20のステージ23に設置する。
【0057】
次に、硬質皮膜のNを除く元素の成分を有するターゲットを準備し、ターゲットをチャンバー21内に設置する。具体的には、準備したターゲットをカソードとして作用させるために、当該ターゲットを、アーク電源22の負バイアス側に接続された蒸発源にセットする。
【0058】
本実施形態において、ターゲットは、TiおよびCrのうちの少なくとも1種とAlとを主成分として含む。具体的には、使用されるターゲットは、TiAlターゲット、CrAlターゲット、TiCrAlターゲット、TiCrAlSiターゲット、TiCrAlYターゲット等である。ターゲットにおける各元素の含有比率は、成膜される硬質皮膜の各元素の原子比に合わせて調整される。
【0059】
次に、任意において、基材のエッチングを行う。まず、ガス排気口21Aから排気することにより、チャンバー21内を真空状態とする。次に、基材を所定の温度まで加熱する。そして、Arガスがチャンバー21内に導入され、フィラメント加熱電源27および放電電源26の運転によって、Arプラズマが発生する。発生したArイオンにより、基材の表面(すなわち、成膜される表面)が所定時間エッチングされる。このようなエッチングにより、基材の表面に形成された酸化皮膜等が除去される。
【0060】
その後、硬質皮膜を基材の表面に形成する。具体的には、まず、N2ガスをチャンバー21内に導入し、チャンバー21内を所定の成膜圧力に調整する。そして、チャンバー21内がN2ガスを含む雰囲気となった状態において、所定のアーク電流を流し、ターゲットを蒸発させる。蒸発してイオン化したターゲットの蒸着粒子は、チャンバー21内のN2と反応すると共に、基材の表面に堆積する。その結果、例えば、(Ti0.4Al0.6)N、(Cr0.5Al0.5)N、(Ti0.25Cr0.1Al0.65)N、(Ti0.2Cr0.2Al0.55Si0.05)N等の組成を有する硬質皮膜が基材上に形成される。成膜の際には、ステージ23から基材に負のバイアス電圧(直流電圧)を印加しつつ硬質皮膜が形成される。硬質皮膜の厚さは、皮膜形成の際のアーク電流の供給時間および電圧印加時間を調整することによって、前述した厚さに調整することができる。
【0061】
このように、第1の実施形態の高炉用羽口によると、酸化に伴う羽口の損耗を抑制することができる。さらに、物理的要因による羽口の損耗も防ぐこともできる。その結果、羽口の寿命を延ばすことができ、それに伴い羽口の交換頻度も減らすことができる。
【0062】
[第2の実施形態]
第2の実施形態の高炉用羽口は、羽口本体の表面と硬質皮膜との間に、肉盛層とCrN層とをこの順にさらに含むことを除き、他の構成は、第1の実施形態の高炉用羽口と同様である。以下、図面を参照しながら、第1の実施形態の高炉用羽口と異なる点を主に説明する。
【0063】
図3に、第2の実施形態における高炉用羽口の先端付近の模式断面図を示す。
図3に示すように、高炉用羽口10は、羽口本体1と、羽口本体1の表面上に順に形成された肉盛層3とCrN層4と硬質皮膜2とを含む。すなわち、羽口本体1の外周面の最も外側の位置に形成される硬質皮膜2の下地層として、肉盛層3とCrN層4とが形成されている。
【0064】
肉盛層3は、羽口用肉盛材として従来用いられている材料から構成される層である。羽口本体1の表面と硬質皮膜2との間に肉盛層3をさらに含むと、羽口本体1の表面により硬い多層が形成されるため、物理的要因による羽口の損耗をさらに防ぐことができる。その結果、化学的要因および物理的要因の両方による羽口の損耗を良好に防ぐことができるため、羽口の寿命をより長く延ばすことができる。
【0065】
肉盛層3の材料は、当業者に公知の任意の羽口用肉盛材であれば、特に限定されない。例えば、Ni-Cr合金からなる肉盛材、Ni-Mo合金からなる肉盛材、Ni-Cr合金に炭化物を含有させた肉盛材等が挙げられる。
【0066】
肉盛層3の厚さは、特に限定されず、一般的に羽口に形成される肉盛層の厚さであればよい。例えば、肉盛層3の厚さは、2mm以上であることが好ましく、3mm以上であることがより好ましい。肉盛層3の厚さの上限も特に限定されず、例えば、15mm以下であることが好ましく、10mm以下であることがより好ましい。
【0067】
肉盛層3の形成方法も、特に限定されず、当業者に公知の任意の羽口の肉盛層の形成方法であればよい。例えば、肉盛溶射、肉盛溶接等が挙げられる。
【0068】
CrN層4は、低硬度の窒化物膜である。このようなCrN層4を肉盛層3と硬質皮膜2との間に形成することによって、硬質皮膜2の肉盛層3への密着性を向上させることができ、肉盛層3と硬質皮膜2とが剥離することを防ぐことができる。さらに、CrN層4の酸化開始温度も700℃を超えることが知られている。そのため、化学的要因による羽口の損耗をより良好に防ぐことができ、羽口の寿命をより長く延ばすことができる。
【0069】
CrN層4の厚さは、特に限定されないが、硬質皮膜2と肉盛層3とを良好に密着させるとの観点から、例えば、3μm以上であることが好ましく、5μm以上であることがより好ましく、8μm以上であることがさらに好ましい。また、同様の観点から、CrN層4の厚さは、例えば、20μm以下であることが好ましく、15μm以下であることがより好ましく、13μm以下であることがさらに好ましい。
【0070】
CrN層4は、硬質皮膜2と同様に、第1の実施形態で述べた物理蒸着法によって形成されることが好ましい。物理蒸着法を適用することによって、緻密な構造を有するCrN層4等の窒化物膜を形成することができる。
【0071】
硬質皮膜2の組成、酸化開始温度、厚さ、形成方法等の詳細は、前述の第1の実施形態と同様である。
【0072】
このように、第2の実施形態の高炉用羽口によると、化学的要因および物理的要因の両方による羽口の損耗をより良好に防ぐことができる。その結果、羽口の寿命をより延ばすことができ、それに伴い羽口の交換頻度もさらに減らすことができる。
【0073】
[第3の実施形態]
第3の実施形態の高炉用羽口は、羽口本体の外周面の上側部分(具体的には、羽口本体の外周面の先端付近の上側部分)において、羽口本体の表面と硬質皮膜との間に、肉盛層とCrN層とをこの順にさらに含むこと、かつ、羽口本体の外周面の下側部分(具体的には、羽口本体の外周面の先端付近の下側部分)において、肉盛層を含むことを除き、他の構成は、第1の実施形態の高炉用羽口と同様である。以下、図面を参照しながら、第1の実施形態の高炉用羽口と異なる点を主に説明する。
【0074】
図4に、第3の実施形態における高炉用羽口の先端付近の模式断面図を示す。
図4に示すように、高炉用羽口10は、羽口本体1の外周面の上側部分1A(具体的には、羽口本体1の外周面の先端付近1Xの上側部分1A)において、羽口本体1と、羽口本体1の表面上に順に形成された肉盛層3とCrN層4と硬質皮膜2とを含む。すなわち、羽口本体1の外周面の最も外側の位置に形成される硬質皮膜2の下地層として、肉盛層3とCrN層4とが形成されている。
【0075】
一方、
図4に示すように、羽口本体1の外周面の下側部分1B(具体的には、羽口本体1の外周面の先端付近1Xの下側部分1B)には、肉盛層3のみが形成されている。すなわち、肉盛層3のみが、羽口本体1の表面上において、羽口本体1の外周面の先端付近1Xを囲むように形成されている。
【0076】
硬質皮膜2の組成、酸化開始温度、厚さ、形成方法等の詳細は、第1の実施形態と同様である。肉盛層3、CrN層4等の詳細は、第2の実施形態と同様である。
【0077】
羽口本体1の外周面の上側部分1A(特に、羽口本体1の外周面の先端付近1Xの上側部分1A)は、酸化に伴う損耗だけでなく、物理的要因による損耗も含めて、最も激しい損耗を受ける。そのため、
図4に示すように、硬質皮膜2が羽口本体1の外周面の上側部分1A(特に、羽口本体1の外周面の先端付近1Xの上側部分1A)に形成されていることによって、羽口の損耗をより効率的に防ぐことができる。
【0078】
このように、第3の実施形態の高炉用羽口によると、酸化に伴う羽口の損耗だけでなく、物理的要因による羽口の損耗をより効率的に防ぐことができる。その結果、羽口の寿命を効率的に延ばすことができ、それに伴い羽口の交換頻度も減らすことができる。
【0079】
[その他の実施形態]
第1~第3の実施形態では、いずれも、硬質皮膜が羽口本体の外周面の先端付近に形成されている高炉用羽口の形態について述べたが、硬質皮膜は、羽口本体の外周面の少なくとも一部に形成されていればよい。硬質皮膜が羽口本体の外周面の少なくとも一部に形成されていれば、高温における優れた耐酸化性が発揮され、酸化に伴う羽口の損耗を抑制することができる。例えば、硬質皮膜は、羽口本体の外周面の全体に形成されていてもよい。
【0080】
第2の実施形態では、硬質皮膜だけでなく、肉盛層とCrN層とをこの順にさらに含む高炉用羽口の形態について述べたが、CrN層は形成されていなくてもよい。あるいは、第2の実施形態において、2種以上かつ2層以上の肉盛層が積層して形成されていてもよい。2種以上かつ2層以上の肉盛層が形成されていることによって、外周面上に形成された硬質皮膜を含む多層の硬度をより高めることができる。その結果、物理的要因に対する羽口の耐損耗性をより高めることができる。
【0081】
第3の実施形態では、硬質皮膜が、肉盛層とCrN層と共に上側部分に形成されており、肉盛層が上側部分に形成されている高炉用羽口の形態について述べたが、肉盛層とCrN層は形成されていなくてもよい。すなわち、硬質皮膜のみが、羽口本体の外周面の上側部分、好ましくは羽口本体の外周面の先端付近の上側部分に形成されている場合でも、酸化に伴う羽口の損耗を効率的に抑制することができる。
【0082】
第1~第3の実施形態では、いずれも、1種かつ1層の硬質皮膜が羽口本体の外周面の先端付近に形成されている高炉用羽口の形態について述べたが、2種以上かつ2層以上の硬質皮膜が積層されて形成されていてもよい。例えば、(TiAl)Nと(CrAl)Nの組成をそれぞれ有する2種の硬質皮膜が、羽口本体の外周面の少なくとも一部に積層された状態で形成されていてもよい。
【0083】
あるいは、2種以上かつ2層以上の各々の硬質皮膜の間に、肉盛層、窒化物層(例えばCrN層)、または肉盛層と窒化物層(例えばCrN層)が挟まれた状態において、2層以上の硬質皮膜が外周面の羽口本体の少なくとも一部に形成されていてもよい。組成が異なる2種以上の硬質皮膜を積層することによって、形成された層をより緻密にすることができ、かつ、硬度もより高くすることができる。その結果、化学的要因および物理的要因の両方による羽口の損耗をより良好に防ぐことができる。
【0084】
このように、上述してきた本実施形態の高炉用羽口によると、高温において優れた耐酸化性を有し、酸化に伴う羽口の損耗を抑制することができる。そのため、羽口の寿命を延ばすことができ、それに伴い羽口の交換頻度も減らすことができる。詳細には、従来の高炉用羽口は約1年程度の間隔において交換する必要があったが、約2年程度まで交換の間隔を延ばすことができることが想定される。通常、羽口を交換する際には、高炉を止める必要がある。そのため、本実施形態の高炉用羽口を用いることによって、高炉を止めることによる経済的損失も防ぐことができる。
【実施例0085】
以下に、実施例により本発明をさらに具体的に説明するが、本発明は実施例により何ら限定されるものではない。
【0086】
1.運転後の高炉用羽口の損傷状態の評価
本実施形態における高炉用羽口を実際に製造し、高炉での運転後の高炉用羽口の損傷状態を評価した。
【0087】
[高炉用羽口の製造]
以下に記す方法によって、実施例の高炉用羽口と比較例の高炉用羽口を製造した。
【0088】
(実施例1)
母材がCuである羽口本体を準備した。まず、羽口本体の外周面の先端付近および羽口本体の外周面の上側部分に、Ni-Cr系合金の肉盛材を用いて、肉盛溶接によって、厚さ3mmの第1の肉盛層を形成した。次いで、羽口本体の外周面の先端付近の上側部分の第1の肉盛層の上において、複合炭化物+Co系合金からなる硬化肉盛材を用いて、肉盛溶接によって、厚さ3mmの第2の肉盛層を形成した。
図5に、このように形成した、高炉用羽口の肉盛層を模式的に示す。
図5に示すように、羽口本体1の外周面の先端付近1Xおよび羽口本体1の外周面の上側部分1Aに、第1の肉盛層5が形成されている。また、羽口本体1の外周面の先端付近1Xの上側部分1Aの第1の肉盛層5の上において、第2の肉盛層6が形成されている。
【0089】
次いで、第1の肉盛層および第2の肉盛層上だけでなく、羽口本体の外周面全体にわたり、厚さ10μmのCrN層と厚さ20μmの(Ti
0.4Al
0.6)Nからなる硬質皮膜とを、AIP法によって順にさらに形成した。具体的には、
図2に示す構成を備えた成膜装置(株式会社神戸製鋼所製、AIP-S70)を用いて、第1の実施形態にて説明したAIP法によって皮膜を形成した。
【0090】
ターゲットとしては、CrN層および(Ti0.4Al0.6)Nからなる硬質皮膜の窒素を除く成分組成と同じ原子比を有する、Crターゲット(ターゲット径100mmφ)およびAlTiターゲット(ターゲット径100mmφ)を用いた。
【0091】
第1の肉盛層および第2の肉盛層が形成された羽口本体を、成膜装置のチャンバー内に導入してステージ上に設置すると共に、Crターゲットをアーク電源の負バイアス側に接続された蒸発源にセットした。そして、チャンバー内にN2ガスを導入してチャンバー内の圧力を4Paとした。また、ヒータを作動させてチャンバー内の温度を約400℃とした。その後、150Aのアーク電流を流すことによりターゲットを蒸発させ、羽口本体の外周面全体に下地となるCrN層を形成した。次いで、同様に、AlTiターゲットをセットして、CrN層上に(Ti0.4Al0.6)Nからなる硬質皮膜を形成した。成膜中、ステージから羽口本体に印加されるバイアス電圧(直流電圧)は-30Vとした。CrN層および硬質皮膜の厚さは成膜時間により調整した。
【0092】
このような方法によって、母材がCuである羽口本体の外周面の先端付近の上側部分に、第1の肉盛層、第2の肉盛層、CrN層および(Ti0.4Al0.6)Nからなる硬質皮膜が順に形成された高炉用羽口を製造した。なお、羽口本体の外周面の他の部分には、第1の肉盛層、CrN層および(Ti0.4Al0.6)Nからなる硬質皮膜、または、CrN層および(Ti0.4Al0.6)Nからなる硬質皮膜が形成されている。
【0093】
(比較例)
上記実施例の高炉用羽口の製造において、羽口本体の先端付近の上側部分に、第1の肉盛層および第2の肉盛層のみを形成し、羽口本体の外周面全体にCrN層および(Ti0.4Al0.6)Nからなる硬質皮膜は形成しなかったこと以外は同様の方法によって、比較例の高炉用羽口を製造した。
【0094】
[運転後の高炉用羽口の損傷状態の評価方法および評価結果]
上記の方法によって製造した実施例および比較例の高炉用羽口を、同一の高炉に設置し、約11か月間高炉を運転した。その後、運転を停止し、それぞれの高炉用羽口を取り外し、最も激しい損耗を受ける羽口の先端付近の上側部分を切断した。そして、断面を目視で観察し、一部において分析を行うことによって、羽口の損傷状態を評価した。
【0095】
図6は、実施例の高炉用羽口の先端付近の上側部分を示す断面画像である。
図6に示すように、実施例の高炉用羽口では、その先端付近の上側部分において一部第1の肉盛層および第2の肉盛層が残存しており、母材のCuの羽口本体はほとんど損耗していないことが確認できた。
【0096】
図7は、比較例の高炉用羽口の先端付近の上側部分を示す断面画像である。
図7に示すように、比較例の高炉用羽口では、その先端付近の上側部分において第1の肉盛層および第2の肉盛層は残っておらず、母材の羽口本体も損耗していることが確認できた。
【0097】
さらに、比較例における運転後の高炉用羽口の外周面の一部分をEDXによって確認した。その結果、第1の肉盛層および第2の肉盛層に含有されているCr、Ni等の構成元素の酸化物の存在が確認できた。なお、本分野の技術常識に基づけば、第1の肉盛層および第2の肉盛層の形成時には、このようなCr、Ni等の酸化物はほとんど存在し得ないことは当然想定することができる。すなわち、比較例の高炉用羽口は、単純な物理的要因による損耗だけでなく、肉盛材の酸化に伴う化学的要因による損耗も受けたため、その外周面が顕著に損耗したことが想定される。一方、実施例の高炉用羽口は、同様の物理的要因および化学的要因による損耗を受けたが、高温下における耐酸化性が高い硬質皮膜が形成されていたため、酸化に伴う損耗が抑制されたことが想定される。加えて、この硬質皮膜は高硬度であるため、物理的要因による損耗もある程度抑制したことも想定される。
【0098】
2.従来の肉盛層の酸化開始温度の分析
上記1.で肉盛層を形成するために用いたNi-Cr系合金の肉盛材および複合炭化物+Co系合金からなる硬化肉盛材(以下、単に「硬化肉盛材」とも称する)の酸化開始温度を分析した。具体的には、上記1.と同様に、1層の肉盛の試験片および2層の肉盛の試験片を作製して、これらの肉盛材の加熱後の断面を分析した。なお、これらの肉盛材は、現在、一般的に広く使用されている代表的な羽口用の肉盛材である。
【0099】
まず、Ni-Cr系合金の肉盛材を用いて、試験片(150mm×150mm×20mm(厚さ))上に厚さ3mmの肉盛層を形成し、1層の肉盛の試験片を作製した。さらに、この1層の肉盛の試験片とは別に、同じNi-Cr系合金の肉盛材を用いて、同じサイズの試験片上に厚さ3mmの肉盛層を形成し、その上に硬化肉盛材を用いて、厚さ3mmの肉盛層をさらに形成し、2層の肉盛の試験片を作製した。
【0100】
1層の肉盛の試験片および2層の肉盛の試験片を、それぞれ、昇温電気炉内に入れ、酸素を含む周囲環境下、かつ500℃、700℃または1100℃の温度条件下で6時間加熱した。各温度における加熱後のそれぞれの試験片の断面を、SEMを用いて観察し、その断面の組成をEDXによって分析した。
【0101】
図8に、500℃、700℃または1100℃における加熱後の1層または2層の肉盛の試験片の断面のSEM画像を示す。EDXによって分析した結果、
図8に示すように、Ni-Cr系合金の肉盛材の1層の肉盛、ならびにNi-Cr系合金の肉盛材と硬化肉盛材の2層の肉盛では、いずれも、500℃では酸化層は確認できなかったが、700℃では酸化層が確認された。また、1100℃では酸化層の厚さが増加していた。すなわち、本試験から、従来使用されている、Ni-Cr系合金の肉盛材、硬化肉盛材等の酸化開始温度は、700℃未満であることが分かった。
【0102】
3.考察
実施例および比較例の高炉用羽口の損耗状態の対比結果、運転後の高炉用羽口におけるCr、Ni等の酸化物の存在の確認、および従来の肉盛材の酸化開始温度の分析結果から、運転時の羽口の表面温度は700℃程度まで上がっていることが推定される。
【0103】
従って、上記1.における実施例の高炉用羽口のように、酸化開始温度が高い特定の元素構成(上記[表1]参照)からなる硬質皮膜を羽口本体の外周面の少なくとも一部に形成することによって、高炉用羽口の外周面に存在する元素の酸化を防止することができる。その結果、化学的要因(酸化反応)による羽口の損耗を抑制でき、羽口の寿命を延ばすことができる。特に、物理蒸着法によって硬質皮膜を形成することによって、肉盛層よりも顕著に硬度を高くすることができ、物理的要因に対する耐損耗性も向上することができる。