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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024104519
(43)【公開日】2024-08-05
(54)【発明の名称】水の光電気分解方法
(51)【国際特許分類】
   C25B 1/55 20210101AFI20240729BHJP
   C25B 1/04 20210101ALI20240729BHJP
   C25B 15/023 20210101ALI20240729BHJP
   C25B 9/50 20210101ALI20240729BHJP
   C25B 11/049 20210101ALI20240729BHJP
   C25B 11/067 20210101ALI20240729BHJP
   C25B 11/054 20210101ALI20240729BHJP
   C25B 11/087 20210101ALI20240729BHJP
【FI】
C25B1/55
C25B1/04
C25B15/023
C25B9/50
C25B11/049
C25B11/067
C25B11/054
C25B11/087
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023008775
(22)【出願日】2023-01-24
(71)【出願人】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】飯坂 浩文
【テーマコード(参考)】
4K011
4K021
【Fターム(参考)】
4K011AA01
4K011AA21
4K011AA66
4K011DA01
4K021AA01
4K021BA02
4K021BB03
4K021BC08
4K021CA06
4K021DA09
4K021DA15
4K021DC01
4K021DC03
(57)【要約】
【課題】光エネルギーを利用して水を電気分解する方法において効率よく水素及び酸素を生成する方法を提供する。
【解決手段】光エネルギーを利用して水を電気分解する方法であって、犠牲試薬としての亜硫酸ナトリウムを含む水溶液中に透明導電性基板上に光触媒としての二硫化モリブデンナノシートを配置した作用極及び対極を浸漬させ、作用極と対極とをポテンショスタットを介して接続して光電気化学システムを構築し、作用極に460nm~660nmの波長の光を照射しながら、作用極の電位を、作用極と対極間の電圧が1.23Vよりも低い第1の低電位から1.23Vよりも高い高電位になるまで掃引し、その後、再度作用極と対極間の電圧が1.23Vよりも低い第2の低電位になるまで掃引する工程とを含む、前記方法に関する。
【選択図】図6
【特許請求の範囲】
【請求項1】
光エネルギーを利用して水を電気分解する方法であって、
(i)カソードとして透明導電性基板上に光触媒としての二硫化モリブデンナノシートを配置した作用極を準備する工程と、
(ii)アノードとして対極を準備する工程と、
(iii)ポテンショスタットを準備する工程と、
(iv)犠牲試薬としての亜硫酸ナトリウムを含む水溶液中に作用極及び対極を浸漬させ、作用極と対極とをポテンショスタットを介して接続して光電気化学システムを構築する工程と、
(v)(iv)の工程で構築した光電気化学システムにおいて、作用極に460nm~660nmの波長の光を照射しながら、作用極の電位を、作用極と対極間の電圧が1.23Vよりも低い第1の低電位から1.23Vよりも高い高電位になるまで掃引する工程と、
(vi)(v)の工程に引き続き作用極に460nm~660nmの波長の光を照射しながら、(v)の工程で高電位にした作用極の電位を、再度作用極と対極間の電圧が1.23Vよりも低い第2の低電位になるまで掃引する工程と
を含む、前記方法。
【請求項2】
(v)及び(vi)の工程において、照射する光の波長が、460nm~540nmである、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
(v)及び(vi)の工程において、第1及び第2の低電位が0.5VvsRHE~0.6VvsRHEである、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
(v)及び(vi)の工程において、作用極の電位の掃引が、1mV/s~500mV/sで行われる、請求項3に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は水の光電気分解方法に関し、特に、光エネルギーを利用して水の電気分解を効率的に行う方法に関する。
【背景技術】
【0002】
水溶液の光電気分解により水素及び酸素を製造する方法に関する研究が行われている。
【0003】
例えば、特許文献1では、水溶液内に浸漬した状態で、受光して起電力を発生する光起電力発生装置であって、少なくとも一つのpn接合面を有する半導体からなり、受光により起電力を発生する光起電力素子と、透光性、反射防止性及び導電性を有し、前記光起電力素子の受光面を覆う形状で、該受光面に形成された界面層と、を備えた光起電力装置が開示されている。
【0004】
特許文献2では、2つの重ね合わされた光電池より成り、その両電池が電気的に接続されている、水を可視光により水素と酸素に開裂させるための光電気化学システムにおいて、上部電池中の光活性物質が水溶液と接触配置されている半導体酸化物であり;該酸化物は太陽放射スペクトルの青色および緑色の部分を吸収して水から酸素とプロトンを生成させ、かつ上記上部光電池の後ろに取り付けられている、染料増感化された光起電性中間細孔膜から構成されている第二光電池に黄色および赤色の光を透過させ;そして該底部電池は、日光の黄色、赤色および近赤外の部分を、水の光触媒酸化反応過程中に上記上部電池中で生成したプロトンの水素への還元反応を駆動するように変換することを特徴とする、上記の光電気化学システムが開示されている。
【0005】
特許文献3では、光エネルギーを利用して水を電気分解することにより水素又は酸素の一方の気体を生成する光エネルギー変換部と、前記エネルギー変換部における電気分解反応の対極反応を生じさせることにより水素又は酸素の他方の気体を生成する対極反応部と、少なくとも一部が多孔質導電体により形成され、前記光エネルギー変換部と前記対極反応部とを連結する連結部と、前記対極反応部の鉛直上方に設けられ、前記対極反応部より発生した気体を貯留する気体貯留部と、前記対極反応部における気体の生成速度を検出し、当該生成速度が最大になるように水面と前記エネルギー変換部との間の距離を調整する制御部とを備えることを特徴とする光水電解装置が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】国際公開第2012/102118号
【特許文献2】特表2003-504799号公報
【特許文献3】特開2006-299368号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、従来の光エネルギーを利用して水を電気分解する方法においては、水素及び酸素の生成量が実用に対して不十分であり、改善の余地があった。
【0008】
本発明は、このような点を鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、光エネルギーを利用して水を電気分解する方法において効率よく水素及び酸素を生成する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、鋭意検討を重ねた結果、光エネルギーを利用して水を電気分解する方法において、光源として特定の波長範囲である単色光を使用し、光触媒として二硫化モリブデン(MoS)を使用し、犠牲試薬として亜硫酸ナトリウム(NaSO)を使用したときに、単色光を照射しながら、作用極としての光触媒の電位を、第1の低電位(すなわち、作用極と対極(白金)間の電圧が水電解理論電圧である1.23Vよりも低い電位)から高電位(すなわち、作用極と対極(白金)間の電圧が水電解理論電圧である1.23Vよりも高い電位)に掃引し、続けてさらに第2の低電位(すなわち、作用極と対極(白金)間の電圧が水電解理論電圧である1.23Vより低い電位)に掃引することにより、作用極と対極との間の電流密度が極大になることを見出し、本発明を完成した。
【0010】
本発明の要旨は以下のとおりである。
(1)光エネルギーを利用して水を電気分解する方法であって、
(i)カソードとして透明導電性基板上に光触媒としての二硫化モリブデンナノシートを配置した作用極を準備する工程と、
(ii)アノードとして対極を準備する工程と、
(iii)ポテンショスタットを準備する工程と、
(iv)犠牲試薬としての亜硫酸ナトリウムを含む水溶液中に作用極及び対極を浸漬させ、作用極と対極とをポテンショスタットを介して接続して光電気化学システムを構築する工程と、
(v)(iv)の工程で構築した光電気化学システムにおいて、作用極に460nm~660nmの波長の光を照射しながら、作用極の電位を、作用極と対極間の電圧が1.23Vよりも低い第1の低電位から1.23Vよりも高い高電位になるまで掃引する工程と、
(vi)(v)の工程に引き続き作用極に460nm~660nmの波長の光を照射しながら、(v)の工程で高電位にした作用極の電位を、再度作用極と対極間の電圧が1.23Vよりも低い第2の低電位になるまで掃引する工程と
を含む、前記方法。
(2)(v)及び(vi)の工程において、照射する光の波長が、460nm~540nmである、(1)に記載の方法。
(3)(v)及び(vi)の工程において、第1及び第2の低電位が0.5VvsRHE~0.6VvsRHEである、(1)又は(2)に記載の方法。
(4)(v)及び(vi)の工程において、作用極の電位の掃引が、1mV/s~500mV/sで行われる、(1)~(3)のいずれか1つに記載の方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、光エネルギーを利用して水を電気分解する方法において効率よく水素及び酸素を生成する方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】光照射をしない条件下において、各犠牲試薬を使用したときの、1.23VvsRHEにおけるLBL法により1回成膜したMoS/FTO基板の電流密度を示すグラフである。
図2】実施例の項目における3.実験において使用した電気化学セルを模式的に示した図である。
図3】疑似太陽光光源(AM1.5)における放射スペクトルを、各バンドフィルターにより分光し、単色したスペクトルを示すグラフである。
図4】実施例の項目における3.実験において使用したLBL法により1回成膜したMoSナノシート/FTO基板の吸収スペクトルを示すグラフである。
図5】実施例の項目における3.実験において、各波長の光を照射しながら、作用極における電位を低電位から高電位に掃引したときの電流密度を示すグラフである。
図6】実施例の項目における3.実験において、各波長の光を照射しながら、作用極における電位を高電位から低電位に掃引したときの電流密度を示すグラフである。
図7】グイ-チャップマン-シュルテンの電気二重層モデル(カソード近傍拡大図)を模式的に示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の好ましい実施形態について詳細に説明する。
本明細書では、適宜図面を参照して本発明の特徴を説明する。図面では、明確化のために各部の寸法及び形状を誇張しており、実際の寸法及び形状を正確に描写してはいない。それ故、本発明の技術的範囲は、これら図面に表された各部の寸法及び形状に限定されるものではない。なお、本発明の水の電気分解方法は、下記実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲において、当業者がおこない得る変更、改良などを施した種々の形態にて実施することができる。
【0014】
本発明は、光エネルギーを利用して水を電気分解する方法であって、(i)カソードとして透明導電性基板上に光触媒としての二硫化モリブデンナノシートを配置した作用極を準備する工程と、(ii)アノードとして対極を準備する工程と、(iii)ポテンショスタットを準備する工程と、(iv)犠牲試薬としての亜硫酸ナトリウムを含む水溶液中に作用極及び対極を浸漬させ、作用極と対極とをポテンショスタットを介して接続して光電気化学システムを構築する工程と、(v)(iv)の工程で構築した光電気化学システムにおいて、作用極に460nm~660nmの波長の光を照射しながら、作用極の電位を、作用極と対極間の電圧が1.23Vよりも低い第1の低電位から1.23Vよりも高い高電位になるまで掃引する工程と、(vi)(v)の工程に引き続き作用極に460nm~660nmの波長の光を照射しながら、(v)の工程で高電位にした作用極の電位を、再度作用極と対極間の電圧が1.23Vよりも低い第2の低電位になるまで掃引する工程とを含む、前記方法に関する。
【0015】
(i)の工程において、透明導電性基板としては、当該技術分野において公知の基板を使用することができ、限定されない。透明導電性基板としては、例えばITO(酸化インジウムスズ)、FTO(フッ素ドープ酸化スズ)などが挙げられる。
【0016】
(i)の工程において、二硫化モリブデン(MoS)は、吸収スペクトルにおいて波長340nm~760nmの間で光の吸収率が極大となる光触媒であり、吸収端が波長440nm~620nmに存在する。
【0017】
(i)の工程において、透明導電性基板上への二硫化モリブデンの配置は、当該技術分野において公知の方法を使用することができ、限定されない。透明導電性基板上への二硫化モリブデンの配置は、例えばカソードインターカレーション法により作製された二硫化モリブデンゾルをLBL法により透明導電性基板上に積層させる方法が挙げられる。
【0018】
(ii)の工程において、対極としては、当該技術分野において公知の対極を使用することができ、限定されない。対極としては、例えば貴金属電極、例えば白金(Pt)電極などが挙げられる。
【0019】
(iii)の工程において、ポテンショスタットとしては、当該技術分野において公知のポテンショスタットを使用することができ、限定されない。
【0020】
なお、(i)~(iii)の工程は、それぞれ独立している工程であり、実施する順序は限定されない。
【0021】
(iv)の工程において、水溶液中の亜硫酸ナトリウムは、電解質及び犠牲試薬として作用する。亜硫酸ナトリウムの犠牲試薬としての化学反応を以下に示す。
【0022】
SO 2-+HO+2h→SO 2-+2H
2S2-+2h→S 2-
2-+SO 2-→S 2-+S2-
SO 2-+S2-+2h→S 2-
【0023】
水溶液中の亜硫酸ナトリウムの濃度は、限定されないが、通常0.10mol/L~1.0mol/L、好ましくは0.20mol/L~0.50mol/Lである。
【0024】
電気分解される水中に亜硫酸ナトリウムが存在することによって、以下で示すようなカソードにおける二硫化モリブデンの光腐食を抑制することができる。
【0025】
(二硫化モリブデンの光腐食メカニズム)
・酸素存在下
MoS+8h+4HO+2O→Mo4++2SO 2-+8H
2O+8e+8H→4H
全体の反応
MoS+4O→Mo4++2SO 2-
・酸素不存在下
MoS+4h→Mo4++2S
(ここで、光腐食の起源は、光触媒反応により発生した正孔(h)のうち水の分解に使用されない未利用のものである。)
【0026】
(iv)の工程において、水溶液中に浸漬させた作用極及び対極とポテンショスタットとの接続方法は、当該技術分野において公知の方法を使用することができ、限定されない。
【0027】
(iv)の工程において、水溶液中に浸漬させた作用極及び対極とポテンショスタットとを接続することにより、光電気化学システムが構築される。
【0028】
(v)の工程において、(iv)の工程で構築した光電気化学システムの作用極に照射する光の波長は、光触媒としての二硫化モリブデンが吸収できる光の波長範囲の中でも二硫化モリブデンの内部まで緩やかに到達し且つ吸収し得る光の波長範囲である460nm~660nm、好ましくは460nm~540nm、特に500nmである。なお、当該波長範囲の光としては、当該技術分野において公知の光源を用いることができる。当該波長範囲の光は、例えば、疑似太陽光光源(AM1.5)における放射スペクトルを、バンドフィルターにより分光し、単色したスペクトル光を用いることができる。
【0029】
(v)の工程において、作用極の電位の掃引は、前記で説明した波長の光を二硫化モリブデンに照射しながら、作用極と対極間の電圧が1.23Vよりも低い第1の低電位から1.23Vよりも高い高電位になるまで行う。
【0030】
ここで、第1の低電位は、作用極と対極間の電圧が1.23Vよりも低ければ限定されない。第1の低電位は、通常0.5VvsRHE~0.6VvsRHEである。
【0031】
高電位は、作用極と対極間の電圧が1.23Vよりも高ければ限定されない。高電位は、通常1.25VvsRHE~1.30VvsRHEである。
【0032】
(v)の工程において、作用極の電位の掃引速度は、通常1mV/s~500mV/s、好ましくは5mV/s~100mV/sで行われる。
【0033】
(v)の工程において、温度は限定されない。温度は、通常5℃~50℃である。
【0034】
(v)の工程において、作用極の電位の掃引が前記範囲の速度で行われることにより、犠牲試薬としての亜硫酸イオン(SO 2-)が、高電位による水の電気分解により正電荷が増加したカソード付近の水溶液中のカソードにおける二硫化モリブデン表面上に均一に配向することができ、光触媒反応により二硫化モリブデンに発生した正孔と反応してS 2-イオンになることで二硫化モリブデンの光腐食を抑制し、結果として二硫化モリブデンの光触媒としての効率を向上させることができる。
【0035】
(vi)の工程において、(v)の工程に引き続き作用極に460nm~660nm、好ましくは460nm~540nm、特に500nmの波長の光を照射しながら、(v)の工程で高電位にした作用極の電位は、再度作用極と対極間の電圧が1.23Vよりも低い第2の低電位になるまで掃引される。
【0036】
ここで、(vi)の工程における第2の低電位は、(v)の工程における第1の低電位と同様に、通常0.5VvsRHE~0.6VvsRHEである。
【0037】
(vi)の工程において、作用極の電位の掃引速度は、通常1mV/s~500mV/s、好ましくは5mV/s~100mV/sで行われる。
【0038】
(vi)の工程において、温度は限定されない。温度は、通常5℃~50℃である。
【0039】
(vi)の工程において、(v)の工程で高電位にした作用極の電位を再度第2の低電位になるまで掃引することにより、低電位による正電荷の減少したカソード付近の水溶液中のカソードにおける二硫化モリブデン表面上の電気二重層の構造が変化し、その状態において、光触媒としての二硫化モリブデンが吸収できる光の波長範囲の中でも二硫化モリブデンの内部まで緩やかに到達し且つ吸収し得る光の波長範囲である460nm~660nm、好ましくは460nm~540nm、特に500nmの光が二硫化モリブデンに到達することにより、光電流密度に極大が発生し、したがって、光電流密度を増加させることができる。
【0040】
本発明の(vi)の工程において作用極と対極との間の電流密度が極大になるということは、MoS表面上での光触媒反応(水分解)が効率よく起こることを意味する。したがって、本発明により、光触媒反応により生成する作用極における酸素及び対極における水素を増大させることができる。
【0041】
本発明はまた、本発明の方法を効率よく実施することができる光水分解装置にも関する。したがって、本発明は、光触媒としての二硫化モリブデンに光を照射することにより水を水素と酸素に分解する光水分解装置であって、前記光水分解装置が、透明導電性基板上に光触媒としての二硫化モリブデン、特に二硫化モリブデンナノシートを配置した作用極と、対極と、作用極及び対極を浸漬させるための犠牲試薬としての亜硫酸ナトリウムを含む水溶液と、作用極と対極とを接続するポテンショスタットと、光触媒としての二硫化モリブデンに照射するための460nm~660nm、好ましくは460nm~540nm、特に500nmの波長の光を照射する光源とを備え、前記ポテンショスタットが、作用極の電位を、作用極と対極間の電圧が1.23Vよりも低い第1の低電位から1.23Vよりも高い高電位まで掃引し、その後再度1.23Vよりも低い第2の低電位まで掃引するようプログラムされた制御装置を備える、光水分解装置にも関する。
【0042】
本発明の光水分解装置により、本発明の水の電気分解を効率よく実施することができる。
【実施例0043】
以下、本発明に関するいくつかの実施例につき説明するが、本発明をかかる実施例に示すものに限定することを意図したものではない。
【0044】
1.透明導電性基板上に二硫化モリブデンを配置した作用極の作製
(1)まず、二硫化モリブデン(MoS)ゾルをカソードインターカレーション法により作製した。カソードインターカレーション法は以下の通り行った。
【0045】
10mLのアセトニトリル(AcN)中に12.5mgのTHAを含む溶液と、10mg~20mgのMoSとを混合して混合液を調製し、当該混合液を、E=8Vにて、1時間カソードインターカレーションした。
【0046】
析出したMoSを剥離し、40mLのDMF中に0.1MのPVPを含む溶液に投入し、10分間超音波洗浄した。
【0047】
続いて、超音波洗浄した分散液を、160rpmにて、2日間相互振盪した。
【0048】
さらに、相互振盪した分散液を、IPAにて2回、15000rpmでの沈降分離による洗浄を行った。
【0049】
得られた沈降物をIPA中に再分散させ、6000rpmで遠心分離することにより、ナノシート状及び非剥離状の結晶を含むMoSゾルを得た。
【0050】
(2)続いて、MoSナノシート/FTO基板をLBL法により作製した。LBL法は以下の通り行った。
【0051】
FTO基板を、PDDAゾル(100g/mL)に5分間浸漬させ、その後、水により3回洗浄した。
【0052】
続いて、表面上にPDDAを積層させたFTO基板を、(1)で作製したMoSゾルに5分間浸漬させ、その後、表面上にMoSナノシートを積層させたFTO基板を、DMFによるクイックディッピング洗浄を10回、IPAによるクイックディッピング洗浄を10回行い、最後に、水により3回洗浄した。ここで、MoSナノシートの積層数を増加する場合には、FTO基板をPDDAゾル及びMoSゾルへ浸漬する回数を増加させればよく、MoSナノシートの積層数は限定しない。
【0053】
得られた表面上にMoSを積層させたFTO基板を、5%H+95%Ar(100sccm)雰囲気下、450℃で120分間アニーリング処理し、LBL法により1回成膜したMoSナノシート/FTO基板を得た。
【0054】
2.予備実験
作用極としてLBL法により1回成膜したMoSナノシート/FTO基板を使用するときの好ましい犠牲試薬を選出するために、光照射をしない条件下において、犠牲試薬としてリン酸二水素カリウム(KHPO、0.13M)、過塩素酸ナトリウム(NaClO、0.50M)、硫酸ナトリウム(NaSO、0.25M)、又は亜硫酸ナトリウム(NaSO、0.25M)を使用したときの、1.23VvsRHEにおけるLBL法により1回成膜したMoS/FTO基板の電流密度を測定した。図1に結果を示す。
【0055】
図1より、作用極としてLBL法により1回成膜したMoSナノシート/FTO基板を使用するときには、犠牲試薬として亜硫酸ナトリウムを使用したときに、最も電流密度が高くなることがわかった。
【0056】
3.実験
本願における光源系条件は、光源:Xeランプ(300W_Xe_MAX350、朝日分光株式会社製)、ミラーモジュール:疑似太陽光(MAX350-AM1.5、朝日分光株式会社製)、光照射面積:2.0cm×2.0cm、光照射距離:7.0cm、電極面積:1.0cm×2.0cm、バンドパスフィルター:420nm(HMX0420、朝日分光株式会社製)、電気化学測定システム:ポテンショスタット(HZ7000、北斗電工株式会社製)、参照極:AgCl電極(RE-1B、ECフロンティア株式会社製)、作用極:プレート電極(AE-4-55、ECフロンティア株式会社製)、対極:白金極(12108、ECフロンティア株式会社製)とした。ここで、ミラーモジュールは、熱と迷光を抑制するために使用した。
【0057】
本実験における電気化学測定系条件は、スキャン速度:5mV/s、サンプリング間隔:100ms、測定電位:-0.163mV(自然電位)~0.5Vとした。また、本実験における、LBL法により1回成膜したMoSナノシート/FTO基板の吸光度測定条件は、測定装置:紫外可視分光光度計(V-650、日本分光株式会社製)、レスポンス:Medium、バンド幅:2nm、走査速度:200nm/min、データ取り込み間隔:0.5nmとした。
【0058】
図2に示したように、本実験において使用した電気化学セル(36.0mm×22.2mm×66.0mm)は、自然光の高透過性を考慮し石英製角型とした。
【0059】
水分解光触媒における光電流測定は以下の通り実施した。なお、光電流密度を測定する際には、クランプにより電気化学セルを固定し、光源(ロッドレンズ)からの焦点距離を測定してから暗幕を組付け、局所排気設備下において光電気化学測定を実施した。
【0060】
(1)LBL法により1回成膜したMoSナノシート/FTO基板についてUV-visスペクトル測定を実施した。
(2)図2に示した光水分解装置において、MoSナノシート/FTO基板に、分光放射計により光子を制御し、さらに波長を制御した光(すなわち、図3に示す疑似太陽光光源(AM1.5)における放射スペクトルを、各バンドフィルターにより分光し、単色した各スペクトルの光(放射照度は、波長460nm~540nmが最大))を照射し、電気化学ワークステーション(PEC測定)により分析した。なお、亜硫酸ナトリウムの濃度は、0.25mol/Lにした。
【0061】
4.結果
図4に、LBL法により1回成膜したMoSナノシート/FTO基板の吸収スペクトルを示す。図4から、LBL法により1回成膜したMoSナノシート/FTO基板では、波長440nmにおいて吸収率の最大値を有し、波長500nm付近に吸収端を有することがわかった。図4において、約400nm~500nmのピークは、MoSナノシートの表面で強く光吸収していることを示し、一方で、約500nm~600nmの緩やかな傾斜は、MoSナノシートの内部まで緩やかに光吸収していることを示す。
【0062】
また、入射光波長とMoS吸収光子数の関係を測定したところ、入射光波長が460nmにおいて、MoS吸収光子数が最大となることがわかった。さらに、可視光(波長420nm)照射下でのLBL法により1回成膜したMoSナノシート/FTO基板における光電流応答を測定したところ、LBL法により1回成膜したMoSナノシート/FTO基板に可視光(波長420nm)を照射し、電位を0.9VvsRHEよりも大きくすると、可視光(波長420nm)を照射したLBL法により1回成膜したMoSナノシート/FTO基板の電流密度は、可視光(波長420nm)を照射していないLBL法により1回成膜したMoSナノシート/FTO基板の電流密度よりも大きくなることがわかった(図示せず)。また、可視光(波長420nm)照射下でのLBL法により1回成膜したMoSナノシート/FTO基板における電位とWE/CE電圧の関係を測定したところ、可視光(波長420nm)照射下でのLBL法により1回成膜したMoSナノシート/FTO基板における電位と作用極/対極間電圧には、正の相関があり、電位を1.1VvsRHEよりも大きくすると、作用極/対極間電圧が1.2Vよりも大きくなることがわかった(図示せず)。水電解理論電圧は1.23Vであるため、作用極の電位を1.1VvsRHEよりも大きくすると、水の電気分解による影響が大きくなることが考えられた。
【0063】
図5に、各波長の光を照射しながら作用極における電位を低電位から高電位に掃引したときの電流密度の変化を示し、図6に、各波長の光を照射しながら作用極における電位を高電位から低電位に掃引したときの電流密度の変化を示す。図5から、電位-電流密度の関係で、作用極の電位を、作用極と対極間の電圧が1.23Vよりも低い第1の低電位から1.23Vよりも高い高電位まで掃引したときには、いずれの波長の光を照射したときも、電流密度に大きな増幅はないことがわかった。一方で、図6から、電位-電流密度の関係で、作用極の電位を、作用極と対極間の電圧が1.23Vよりも高い高電位から再度1.23Vよりも低い第2の低電位まで掃引したときに、波長460nm、500nm、540nm、620nm、660nmの光の照射において、電流密度が極大を有することがわかり、さらに波長500nmの光の照射において、電位1.28VvsRHEにて、電流密度が極大(約0.001A/cm)となることがわかった。なお、疑似太陽光スペクトル(AM1.5)による電位-電流密度曲線も測定したところ、電位を高電位から低電位に掃引したときに電位1.14VvsRHEにおいて電流密度の極大を示したが、その極大値は0.0005A/cm程度であった(図示せず)。
【0064】
本実験により、LBL法により1回成膜したMoSナノシート/FTO基板の作用極及び可視光(波長500nm)において、光電気化学(PEC)により、LBL法により1回成膜したMoSナノシートの光電流密度を増加可能であることがわかった。本実験の解決原理を以下に示す。
【0065】
(1)光触媒の吸収端に近い波長の単色光は、光触媒の内部において緩やかに吸収される。
(2)低電位を作用極(光触媒)に印加することにより、犠牲試薬(NaSO)のSO 2-イオンが作用極に移動し、電気二重層が形成される。図7に、グイ-チャップマン-シュルテンの電気二重層モデル(カソード近傍拡大図)を模式的に示す。
(3)さらに高電位を作用極(光触媒)に印加することにより、溶媒(水)が酸素となり、作用極に電子を渡し、水素イオンが対極から電子を受け取り、水素となる(水の電気分解)。すると、作用極付近の溶液は、正電荷が増え(負電荷が減り)、対極付近の溶液は、負電荷が増える(正電荷が減る)。その結果、過剰な電荷を打ち消そうとして、犠牲試薬のSO 2-イオンが作用極に向かい、犠牲試薬のNaイオンが対極に向かう。作用極(光触媒)から発生した正孔と犠牲試薬のSO 2-イオンが反応し、S 2-イオンとなる。
(4)続いて、低電位を作用極(光触媒)に印加することにより、作用極付近の溶液は、正電荷が減り(負電荷が増え)、対極付近の溶液は、負電荷が減り(正電荷が増え)、作用極(光触媒)表面上の電気二重層が変化する。ここで、光触媒の吸収端に近い単色光を光触媒に照射すると、内部まで緩やかに光吸収が進むため、光電流密度が増加する。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7