(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024104625
(43)【公開日】2024-08-05
(54)【発明の名称】リン含有リチウムルテニウム系複合酸化物及びその製造方法、並びにそれを用いるリチウムイオン二次電池用正極及びリチウムイオン二次電池
(51)【国際特許分類】
H01M 4/485 20100101AFI20240729BHJP
H01M 4/36 20060101ALI20240729BHJP
C01G 55/00 20060101ALI20240729BHJP
C01B 25/45 20060101ALI20240729BHJP
【FI】
H01M4/485
H01M4/36 A
C01G55/00
C01B25/45 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023008946
(22)【出願日】2023-01-24
(71)【出願人】
【識別番号】301023238
【氏名又は名称】国立研究開発法人物質・材料研究機構
(71)【出願人】
【識別番号】501440684
【氏名又は名称】ソフトバンク株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000855
【氏名又は名称】弁理士法人浅村特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】藤井 恵美子
(72)【発明者】
【氏名】松田 翔一
(72)【発明者】
【氏名】山口 祥司
(72)【発明者】
【氏名】齊藤 貴也
(72)【発明者】
【氏名】宮川 絢太郎
【テーマコード(参考)】
4G048
5H050
【Fターム(参考)】
4G048AA04
4G048AB01
4G048AC06
4G048AD04
4G048AE05
5H050AA08
5H050AA19
5H050BA17
5H050CA07
5H050CB12
5H050GA02
5H050GA05
5H050GA10
5H050GA27
5H050HA02
5H050HA05
5H050HA14
5H050HA15
(57)【要約】
【課題】 高い放電容量を持ち、かつ、安定したスラリー作製が可能な正極活物質を提供することである。また、当該正極活物質を用いた高放電容量の正極を提供することである。また、当該正極を用いて高エネルギー密度のリチウムイオン二次電池を提供することである。
【解決手段】 本発明によれば、Li
2RuO
3及びLi
3PO
4に由来するLi原子、Ru原子、P原子、及びO原子を含み、当該Ru原子に対する当該P原子のモル比(P/Ruモル比)が、0.05以上1.0以下である、リチウムイオン二次電池用正極用のリン含有リチウムルテニウム系複合酸化物が提供される。また、当該リン含有リチウムルテニウム系複合酸化物の製造方法が提供される。さらに、当該リン含有リチウムルテニウム系複合酸化物を含むリチウムイオン二次電池用正極、及び当該正極を含むリチウムイオン二次電池が提供される。
【選択図】
図4-4
【特許請求の範囲】
【請求項1】
リチウムイオン二次電池用正極用のリン含有リチウムルテニウム系複合酸化物であって、
Li2RuO3及びLi3PO4に由来するLi原子、Ru原子、P原子、及びO原子を含み、当該Ru原子に対する当該P原子のモル比(P/Ruモル比)が、0.05以上1.0以下である、リン含有リチウムルテニウム系複合酸化物。
【請求項2】
0.47μm以上1.0μm以下の粒子径D10を有する、請求項1に記載のリン含有リチウムルテニウム系複合酸化物。
【請求項3】
(a) Li3PO4及びLi2RuO3を、Li2RuO3に対するLi3PO4のモル比(Li3PO4/Li2RuO3)が0.05以上1.0以下の範囲となるように混合する工程、
(b) 露点以下の乾燥空気雰囲気中で(a)で得られた混合物を乾式粉砕混合処理する工程、
を含む、請求項1又は2に記載のリン含有リチウムルテニウム系複合酸化物を製造する方法。
【請求項4】
前記露点が-20℃である、請求項3に記載の製造方法。
【請求項5】
(c) (a)の工程前に、Li3PO4及びLi2RuO3を、-0.1MPa以下のゲージ圧において110℃以上で15時間以上の乾燥させる工程、
を含む、請求項3又は4に記載の製造方法。
【請求項6】
請求項1又は2に記載のリン含有リチウムルテニウム系複合酸化物を含む、リチウムイオン二次電池用正極。
【請求項7】
請求項6に記載のリチウムイオン二次電池用正極を含む、リチウムイオン二次電池。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リチウムイオン二次電池用正極用のリン含有リチウムルテニウム系複合酸化物及びその製造方法に関する。また、当該リン含有リチウムルテニウム系複合酸化物を含むリチウムイオン二次電池用正極及び当該正極を用いるリチウムイオン二次電池に関する。
【背景技術】
【0002】
二次電池は、ポータブル電子機器の電源として広く普及しており、特にリチウムイオン二次電池は軽量かつ高エネルギー密度を有する二次電池として欠かせないエネルギー蓄積デバイスとなっている。さらに環境負荷低減の観点からも家庭用や電気自動車の電源としての用途も拡大している。これらの用途の拡大に伴い、リチウムイオン二次電池のさらなる高容量化が求められている。
【0003】
より高放電容量のリチウムイオン二次電池を得るための手段として、軽量かつ高エネルギー密度の二次電池用正極が求められている。軽量かつ高エネルギー密度のリチウムイオン二次電池用正極を得る手段として、高エネルギー密度の正極材料を用いる方法や微細粒子化等による表面積拡大や電極密度の高密度化する方法が挙げられる。
【0004】
リチウムイオン二次電池の正極材料としては、従来、コバルト酸リチウム(LiCoO2)やマンガン酸リチウム(LiMn2O4)、リン酸鉄リチウム(LiFePO4)等のリチウム化合物が用いられている。これらに代わる正極材料として、種々の複合材料が研究されている。
【0005】
例えば特許文献1には、鉄及びニッケルを固溶させたリチウムマンガン系複合酸化物において、特定の組成範囲の原料を用い、水溶液からの共沈法を採用した上で、特定の製造条件を採用する場合に、鉄、ニッケル及びマンガンの平均酸化数が特定の範囲内にある、複合酸化物からなるリチウムイオン二次電池用正極材料及びリチウムイオン二次電池が記載されている。
【0006】
また、特許文献2には、高放電容量及び高エネルギー密度を有するリチウムイオン二次電池活物質としてLiAxB1-xPO4(AはMn、Co、Niから選ばれる少なくとも1種、BはNb、Ni、V、Cr及びFeから選ばれる少なくとも1種であり、0<x≦1である)で表されるオリビン型結晶を含有するリチウムイオン二次電池用正極活物質であって、非晶質相を含有することを特徴とするリチウムイオン二次電池用正極活物質が提示されている。
【0007】
さらに、非特許文献1には、リチウムイオン二次電池正極活物質としてのLi2RuO3の評価が報告されている。
【0008】
また、リチウムイオン二次電池以外の分野において、例えば非特許文献2には、全固体電池用の新しい正極材料としてLi2RuO3-Li2SO4の電気化学分析が報告されており、350mAh/gの高放電容量が示されている。また、特許文献3には、比較的厚膜の正極でも高い導電率を示し得る全固体二次電池用の正極の作製原料であるアモルファス酸化物系正極活物質としてLi2RuO3-Li2SO4を含む構造が示されている。
【0009】
微細粒子化等による表面積拡大や電極密度の高密度化を行う方法として、例えば特許文献4には、構成する粒子径を制御する手法が記載されており、特許文献5には、粒子径と活物質内の粒子径の構成を規定し、活物質密度の高密度化を行う手法が記載されている。
【0010】
二次電池本体の高エネルギー密度化として、例えば非特許文献3には、LiNi0.6Mn0.2Co0.2O2を正極活物質としたリチウムイオン二次電池により、300Wh/kgの高エネルギー密度が得られることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開2013-212959号公報
【特許文献2】特開2013-225495号公報
【特許文献3】国際公開第2017/169599号
【特許文献4】特開2017-130395号公報
【特許文献5】特開2013-065467号公報
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】Solid State Ionics, 82(1995)25-31
【非特許文献2】ACS Appl. Energy Mater., 2019, 2, 1594-1599
【非特許文献3】NATURE ENERGY, Vol.4, JULY 2019,551-559
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
様々な分野での利用が広がっている二次電池において、当該電池容量の高容量化は急務である。特に電気自動車やドローン等の駆動用電源、ポータブル電子機器等の利用において求められる軽量かつ高エネルギー密度の性能を有する二次電池として、当該性能に正極の性能が大きく寄与することから、当該正極材料として、高放電容量を有し、かつ、高放電容量を有する正極を安定して作製できるものが強く望まれている。
【0014】
特に正極の性能は二次電池全体の性能に大きく寄与する。例えば、非特許文献3で報告されている二次電池では、正極活物質としてLiNi0.6Mn0.2Co0.2O2が使用されているが、同文献内で提示されている放電容量は185mAh/gである。これは負極として使用されているLiの理論容量である3,860mAh/gを大きく下回る値であり、電池全体のエネルギー密度が正極活物質の放電容量によって制限されるためであると考えられる。
【0015】
特許文献1に記載されている正極をリチウムイオン二次電池に用いた場合でも、1st放電容量は227mAh/g以下である。特許文献2においては、具体的な放電容量の記載はないが、その構成に鑑み、放電容量は理論上170mAh/g程度と考えられる。また、特許文献4においても、作製されたコインセルの初期放電容量は212mAh/g以下である。特許文献5において、放電容量は188mAh/gである。非特許文献1に記載されたリチウムイオン二次電池の放電容量は160mAh/gである。これらの放電容量は、近年の更なる高放電容量化の要望(好ましくは、280mAh/g以上)を満たす特性であるとはいえない。
【0016】
また、従来の微細粒子化等による表面積拡大や電極密度の高密度化する方法は、所望の充放電容量を達成し得るが、正極活性物質の粒子径が小さい場合、当該粒子の凝集が起こりやすく、そのため、高い充放電容量の正極活物質を有する電極を用いても、エネルギー密度やサイクル特性が、十分に向上しない場合がある。また、これらの正極活物質の中には従来の手順では極めて不安定なスラリーになる場合があり、電極毎及び活性物質のロット毎で電極性能が安定しない問題もある。
【0017】
特許文献3に記載されている正極材料を用いた全固体電池は最大で約270mAh/g程度の放電容量を達成している。しかし、特許文献3においては正極材料をプレスすることにより、全固体電池用正極を作製しており、当該方法では製造ロット毎に正極の品質(放電容量)にばらつきが生じる可能性がある。また、当該正極材料を用いてリチウムイオン二次電池用正極を作製しようとすると、当該正極材料を含有するスラリーがゲル化してしまう可能性が高いため、当該正極材料を全固体電池ではないリチウムイオン二次電池用正極に単純にそのまま用いることはできない。そのため、特許文献3に記載されている正極材料には、高放電容量を有し、ゲル化しないリチウムイオン二次電池用正極材料として使用することが難しいという問題がある。
【0018】
例えば、特許文献4や特許文献5で提示されているような細かい粒子径の粒子を含む活物質の場合には、特に凝集が起こりやすく、そのため、高い充放電容量の正極活物質を有する電極を用いても、エネルギー密度やサイクル特性が十分に向上しない場合がある。
【0019】
非特許文献2に示されるLi2RuO3-Li2SO4では、Li2SO4含有量の増加に伴い、より大きな粒子が得られている。すなわち、S成分の比率を小さくすると粒子径は小さくなる。一般に、活物質、導電助材、及び結着材を混合攪拌してスラリーを作製する場合、活性物質の粒子径が小さいほどゲル化する傾向がある。Li2RuO3-Li2SO4では、例えばS成分の比率が0.1のLi2RuO3-Li2SO4を活物質として使用してスラリーを作製する場合には激しいゲル化のため正極作製が困難である。
【0020】
以上のことを踏まえて、本発明の課題は、より高い放電容量を持ち、かつ、安定したスラリー作製(換言すると、容易な電極作製)が可能な正極活物質を提供することである。また、当該正極活物質を用いて電極作製が容易で、高放電容量の正極を提供することである。また、当該正極を用いて高エネルギー密度のリチウムイオン二次電池を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0021】
本願発明者らは、鋭意検討の結果、特定量のリンを含有するリチウムルテニウム系複合酸化物が、リチウムイオン二次電池の正極材料として従来使われてきたリチウムニッケルコバルトマンガン酸化物やリン酸鉄リチウム等の電極材料、又はリンを含有しないルテニウム酸リチウム等と比較して、より高い放電容量を有するとともに安定したスラリーを作製することが可能であることを見出し、本発明の完成に至った。
【0022】
すなわち、本発明及びその好ましい態様は以下のとおりである。但し、本発明は以下に限定されない。
[1]
リチウムイオン二次電池用正極用のリン含有リチウムルテニウム系複合酸化物であって、
Li2RuO3及びLi3PO4に由来するLi原子、Ru原子、P原子、及びO原子を含み、当該Ru原子に対する当該P原子のモル比(P/Ruモル比)が、0.05以上1.0以下である、リン含有リチウムルテニウム系複合酸化物。
[2]
0.47μm以上1.0μm以下の粒子径D10を有する、[1]に記載のリン含有リチウムルテニウム系複合酸化物。
[3]
(a) Li3PO4及びLi2RuO3を、Li2RuO3に対するLi3PO4のモル比(Li3PO4/Li2RuO3)が0.05以上1.0以下の範囲となるように混合する工程、
(b) 露点以下の乾燥空気雰囲気中で(a)で得られた混合物を乾式粉砕混合処理する工程、
を含む、[1]又は[2]に記載のリン含有リチウムルテニウム系複合酸化物を製造する方法。
[4]
前記露点が-20℃である、[3]に記載の製造方法。
[5]
(c) (a)の工程前に、Li3PO4及びLi2RuO3を、-0.1MPa以下のゲージ圧において110℃以上で15時間以上の乾燥させる工程、
を含む、[3]又は[4]に記載の製造方法。
[6]
[1]又は[2]に記載のリン含有リチウムルテニウム系複合酸化物を含む、リチウムイオン二次電池用正極。
[7]
[6]に記載のリチウムイオン二次電池用正極を含む、リチウムイオン二次電池。
【発明の効果】
【0023】
本発明のリン含有リチウムルテニウム系複合酸化物によれば、280mAh/g以上の高い放電容量を有するリチウムイオン二次電池用正極、及び当該リチウムイオン二次電池正極を含む高エネルギー密度のリチウムイオン二次電池を提供することが可能である。
【0024】
さらに、本発明のリン含有リチウムルテニウム系複合酸化物は、従来のような微細粒子化を行う場合でも、小粒子径の粒子を用いた正極の製造工程で課題となるスラリーのゲル化発生を防ぐことができるため、安定した正極作製が可能である。したがって、小粒子径の粒子を用いた正極電極の高密度化にも適しており、高エネルギー密度(体積当たりのエネルギー密度)の正極を安定的に作製することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【発明を実施するための形態】
【0026】
本発明のリン含有リチウムルテニウム系複合酸化物は、ルテニウム酸リチウム(Li2RuO3)及びリン酸リチウム(Li3PO4)に由来するLi原子、Ru原子、P原子、及びO原子を含み、当該Ru原子に対する当該P原子のモル比(P/Ruモル比)が、0.05以上1.0以下である。
【0027】
具体的には、ルテニウム酸リチウム(Li2RuO3)及びリン酸リチウム(Li3PO4)を、Li2RuO3に対するLi3PO4のモル比(Li3PO4/Li2RuO3)が0.05以上1.0以下であるように混合した後、低露点雰囲気中での乾式粉砕混合処理で作製されるリン含有リチウムルテニウム系複合酸化物のことである。つまり、当該リン含有リチウムルテニウム系複合酸化物は、原料のルテニウム酸リチウム(Li2RuO3)及びリン酸リチウム(Li3PO4)に由来するLi原子、Ru原子、P原子、及びO原子を含み、当該Ru原子に対する当該P原子のモル比(P/Ruモル比)が、0.05以上1.0以下であればよく、当該酸化物の形態は問わない。そのため、当該リン含有リチウムルテニウム系複合酸化物の形態としては、例えば、Li2RuO3とLi3PO4から形成される化合物(その組成式は、Li2+xRu1-xPxO3+x(0.05≦x≦0.5)と表される)であってもよいし、未反応のLi2RuO3及び/又はLi3PO4が更に含まれていてもよい。したがって、本発明のリン含有リチウムルテニウム系複合酸化物は、従来報告されている組成式Li2RuO3で表される正極活物質(例えば、非特許文献1)とは異なる構成を有する。また、本発明のリン含有リチウムルテニウム系複合酸化物は、従来報告されているリチウムイオン二次電池用正極材料(例えば、特許文献1、2、4、及び5)とも異なる構成を有する。本発明のリン含有リチウムルテニウム系複合酸化物は、リチウムイオン二次電池用正極として特に有用であり、280mAh/g以上の高放電容量を有する。これは、上述の非特許文献のLi2RuO3や上述の特許文献に記載のリチウムイオン二次電池用正極材料を上回る電極特性である。
【0028】
本発明のリン含有リチウムルテニウム系複合酸化物は、上述の所定のモル比でリンを含有するため、従来のリチウムイオン二次電池用正極材料と比較して、安定したスラリー作製が可能であるとともに優れた電極特性を有する。当該モル比が0.05以上であることで、リン含有リチウムルテニウム系複合酸化物を用いてスラリーを作製する際、当該スラリーがゲル化することを防ぐことができる。そのため、安定した電極製造が可能となる。当該モル比が1.0以下であることで、リン含有リチウムルテニウム系複合酸化物を用いた正極の性能(特に、放電容量)を向上させることができる。
【0029】
スラリー安定性及びリチウムイオン二次電池のサイクル性能の観点から、本発明のリン含有リチウムルテニウム系複合酸化物は結晶状態を可能な限り維持することが好ましい。一方、前記作製プロセスの関係上、アモルファス相を完全に除くことは難しい。本発明のリン含有リチウムルテニウム系複合酸化物中に含まれる結晶質部の割合は、好ましくは80重量%以上であり、より好ましくは95重量%以上であり、特に好ましくは99重量%以上である。
【0030】
本発明のリン含有リチウムルテニウム系複合酸化物は、好ましくは、0.47μm以上1.0μm以下、より好ましくは、0.49μm以上0.90μm以下の粒子径D10を有する。本発明において、粒子径D10とは通過分積算(Passing portion cumulative)の10%での値である。粒子径D10が0.47μm以上であることで、当該リン含有リチウムルテニウム系複合酸化物を用いたスラリー作製の際、より効果的に粒子の凝集によるスラリーのゲル化を防ぐことができ、より安定した電極製造が可能となる。また、粒子径D10が1.0μm以下であることで、電極の表面積拡大及び電極密度の高密度化により電極性能をより効果的に向上させることができる。本発明のリン含有リチウムルテニウム系複合酸化物の粒子径は、主に0.1μmから100μmの範囲に分布しているが、特許文献4及び5に記載されているような粒子径による構成比率の規定を必ずしも必要としない。また、前述のとおり、本発明のリン含有リチウムルテニウム系複合酸化物は、安定したスラリー作製が可能である。例えば、本発明のリン含有リチウムルテニウム系複合酸化物及び非特許文献1で報告されているLi2RuO3を、乾式粉砕処理により同等の粒子径分布を有するように作製した場合、本発明のリン含有リチウムルテニウム系複合酸化物では、容易にスラリーを作製できるのに対し、Li2RuO3では、凝集やゲル化が発生し、一般的な手法によるスラリー作製が難しい場合がある。
【0031】
また、本発明は、
(a) Li3PO4及びLi2RuO3を、Li2RuO3に対するLi3PO4のモル比(Li3PO4/Li2RuO3)が0.05以上1.0以下の範囲となるように混合する工程、
(b) 露点以下の乾燥空気雰囲気中で(a)で得られた混合物を乾式粉砕混合処理する工程、
を含む、前記リン含有リチウムルテニウム系複合酸化物を製造する方法、
を提供する。
【0032】
(a)は、Li3PO4及びLi2RuO3を混合する工程である。当該混合工程において、Li2RuO3に対するLi3PO4のモル比(Li3PO4/Li2RuO3)が0.05以上1.0以下の範囲となるようにLi3PO4及びLi2RuO3を混合する。当該モル比の範囲内で混合することにより、得られるリン含有リチウムルテニウム系複合酸化物中に含まれるRu原子に対する当該P原子のモル比(P/Ruモル比)を、0.05以上1.0以下とすることができる。前記混合工程におけるP/Ruモル比が0.05以上であることで、リン含有リチウムルテニウム系複合酸化物を用いてスラリーを作製する際、当該スラリーがゲル化することを防ぐことができる。そのため、安定した電極製造が可能となる。前記混合工程におけるP/Ruモル比が1.0以下であることで、リン含有リチウムルテニウム系複合酸化物を用いた正極の性能(特に、放電容量)を向上させることができる。
【0033】
(b)は、露点以下の乾燥空気雰囲気中で(a)で得られた混合物を乾式粉砕混合処理する工程である。乾式粉砕混合処理の方法に特に制限はないが、例えば、遊星ボールミルを用いた処理が挙げられる。前記遊星ボールミルを用いた処理としては、一般的に用いられる処理条件であれば特に制限はないが、回転速度を50以上600回転/分とし、6分以上200時間以下、材料混合物1kg当たり1kWh以上100kWh以下の条件で処理することが挙げられる。また、乾式粉砕混合処理においては、所望の休止時間(インターバル)を設定してもよく、処理の間に容器開放及び付着物剥離等の処理をおこなってもよい。休止時間、容器開放、又は付着物剥離を行うことにより、得られるリン含有リチウムルテニウム系複合酸化物の均一化及び安定化を図ることができる。休止時間、容器開放、及び付着物剥離を含めた具体的な乾式粉砕混合処理の一例としては、1時間の粉砕混合処理、その後30分間休止を1セットとして、14セット連続運転を行った後、乾燥空気雰囲気中において容器開放、付着物剥離を行い、容器内状態を戻し、さらに前記処理を14セット行うことが挙げられる。
【0034】
(b)は露点以下の乾燥空気雰囲気中で行われる。前記露点の上限値は、好ましくは-20℃であってよく、より好ましくは-50℃であってよく、さらに好ましくは-80℃であってよい。当該露点以下で乾式粉砕混合処理することにより、安定してリン含有リチウムルテニウム系複合酸化物を得ることができる。また、乾燥空気雰囲気中で乾式粉砕混合処理することにより、アルゴン等の不活性ガス雰囲気中で処理した場合に比べ、得られたリン含有リチウムルテニウム系複合酸化物を用いてスラリーを作製する際、ゲル化や発熱を防ぐことができる。
【0035】
また、本発明の製造方法は、以下の(c)をさらに含むことができる。
(c) (a)の工程前に、Li3PO4及びLi2RuO3を、-0.1MPa以下のゲージ圧において110℃以上で15時間以上の乾燥させる工程。
すなわち、(c)は、上述した製造方法に用いる材料の事前乾燥工程である。当該事前乾燥工程において、Li3PO4及びLi2RuO3を、個別にゲージ圧を-0.1MPa以下に脱気した真空乾燥機を用いて、110℃以上の温度で、15時間以上乾燥することが挙げられる。当該条件により事前乾燥を行うことにより、得られるリン含有リチウムルテニウム系複合酸化物の均一化及び安定化を好ましく図ることができる。
【0036】
(c)における乾燥条件は、露点以下での製造工程に乾燥させた材料を用いることができればよいところ、-0.1MPa以下のゲージ圧において、より高温及び/又は長時間の条件で乾燥を行ってもよい。乾燥温度は、好ましくは120℃以上でよく、より好ましくは130℃以上でよい。乾燥時間は、好ましくは24時間以上でよく、より好ましくは32時間以上でよい。
【0037】
本発明は、前記リン含有リチウムルテニウム系複合酸化物を含む、リチウムイオン二次電池用正極を提供する。当該リチウムイオン二次電池用正極は、従来のリチウムイオン二次電池用正極に比べ、高い放電容量を有する。また、当該リチウムイオン二次電池用正極は、前記リン含有リチウムルテニウム系複合酸化物がスラリー作製時にゲル化しにくいため、製造ロット毎の品質のばらつきを防ぐことができる。当該リチウムイオン二次電池用正極は、前記リン含有リチウムルテニウム系複合酸化物を含むこと以外は、従来のリチウムイオン二次電池用正極と同様の組成でよく、従来のリチウムイオン二次電池用正極に用いられる材料及び製造方法により得られる。
【0038】
本発明のリチウムイオン二次電池用正極の製造方法としては、特に制限はないが、例えば、前記リン含有リチウムルテニウム系複合酸化物、導電助材、及び結着材を、分散媒に加え、スラリーを調製し、当該スラリーを正極集電体に塗布し、その後、分散媒を蒸発させ、乾燥させた後、得られた電極を所望の密度に圧延することが挙げられる。前記導電助材としては、例えば、天然黒鉛、人工黒鉛、アセチレンブラック、ケッチェンブラック、デンカブラック、カーボンブラック、カーボンナノチューブ、及び気相成長カーボンファイバ(VGCF)等が挙げられる。決着材としては、例えばポリフッ化ビニリデン(PVDF)、ポリテトラフルオロエチレン、ポリビニルアルコール、ポリ酢酸ビニル、ポリメチルメタクリレート、及びポリエチレン等が挙げられる。分散媒としては、例えば、N-メチル-2-ピロリドン(NMP)等が挙げられる。正極集電体としては、例えば、アルミニウム箔等が挙げられる。
【0039】
また、本発明は、前記リチウムイオン二次電池用正極を含む、リチウムイオン二次電池を提供する。当該リチウムイオン二次電池は、従来のリチウムイオン二次電池に比べ、高い放電容量を有する。当該リチウムイオン二次電池は、前記リチウムイオン二次電池用正極を用いる以外は、従来のリチウムイオン二次電池と同様のセパレーター、負極、及び電解液を用いることができる。
【実施例0040】
以下、本発明を具体的に説明する。なお、本発明はいかなる意味においても、以下の実施例によって限定されるものではない。
【0041】
[実施例1]
(ルテニウム酸リチウム(Li2RuO3)の作製)
酸化ルテニウム3.6g、炭酸リチウム2.2gを、ゲージ圧を-0.1MPa以下に脱気した真空乾燥機で110℃、15時間の条件で乾燥させた。乾燥させた酸化ルテニウム及び炭酸リチウムを乳鉢で粉砕混合し、混合材料1とした。この混合材料1を、窒素800mL/min、酸素200mL/minのフロー雰囲気中の管状炉で900℃、12時間の条件で仮焼成した。焼成後に混合材料1を乳鉢で粉砕混合した。焼成・粉砕後の混合材料1を窒素800mL/min、酸素200mL/minのフロー雰囲気中の管状炉で1100℃、12時間の条件で本焼成した。焼成後に乳鉢で混合材料1をさらに粉砕混合して、ルテニウム酸リチウムを得た。
【0042】
(リチウムルテニウム系複合酸化物の作製)
得られたルテニウム酸リチウム(Li2RuO3)4.08g及びリン酸リチウム(Li3PO4)0.92gを乳鉢で粉砕混合し、混合材料2とした。混合材料2を破砕ボールとともに遊星型ボールミル用の粉砕容器に入れた。粉砕容器は、雰囲気制御容器を使用して粉砕容器内の雰囲気が露点以下である-50℃以下の乾燥空気になるように制御した。遊星型ボールミル(FRITSCH 遊星型ボールミルクラシックライン P-6)で公転回数370rpm1時間運転後30分間休止を50回繰り返し、混合材料2を粉砕・混合処理した。粉砕・混合処理中は14回連続運転毎に粉砕容器を開け、粉砕容器内壁に付着した混合材料2を剥がした後、粉砕容器、雰囲気制御容器を再度セットして、粉砕・混合処理を継続した。粉砕・混合処理が完了した混合材料2を粉砕容器より取り出し、乳鉢で30分間粉砕して、粉末状の生成物(モル比(P/Ru)が0.24/0.76のリン含有リチウムルテニウム系複合酸化物)を得た。
【0043】
次いで、得られた粉末状の生成物を、ゲージ圧を-0.1MPa以下に脱気した真空乾燥機で130℃15時間以上の条件で乾燥した。目的物の正極活物質である粉末状のリン含有リチウムルテニウム系複合酸化物を得た。
【0044】
この最終生成物について、SEM観察(KEYENCE 3Dリアルサーフェスビュー顕微鏡VE-9800)、粒度分布測定(HORIBA LA-950V2)、X線回折測定(Rigaku SmartLab)を行った。
【0045】
(正極の作製)
上記の正極活物質、導電助材であるアセチレンブラック及びカーボンナノチューブ、並びに結着材であるポリフッ化ビニリデン(PVDF)(クレハKFポリマー W#1100)のN-メチル-2-ピロリドン(NMP)12wt%溶液を秤量、混合した。さらに、NMPを加えて固形成分重量/スラリー全重量比を調整しながら、公転・自転ミキサー(シンキー あわとり錬太郎 AR-100)で攪拌して、スラリーを調製した。ここで、スラリー中の各成分の量は、固形成分重量全体を100wt%として、正極活物質94.4wt%、アセチレンブラック0.4wt%、カーボンナノチューブ0.2wt%、PVDF5wt%とし、固形成分重量/スラリー全重量比は58wt%とした。
【0046】
前記スラリーを正極集電体である厚み10μmのアルミニウム箔の片面に塗布し、110℃に設定したホットプレート上で塗布膜中のNMPを蒸発させた。その後、スラリーを塗布したアルミニウム箔を80℃のオーブンで乾燥させた。乾燥後の前記アルミニウム箔を帯状に裁断した後、ロールプレス装置で合剤層の密度が2.4g/cm3以下になるよう圧延し、正極シートを形成した。なお、合剤層の密度を2.4g/cm3以下としたのは、合剤層をアルミニウム箔の片面のみに形成したため、圧延による電極の反りを防ぐためである。両面塗工等の塗工条件により反りを制御できる場合には上記の密度に限定されず、実際に2.5g/cm3以上の密度に作製した試料においても同等の動作を確認している。
【0047】
(コイン型電池の作製)
前記正極シートを直径16mmの円形に打ち抜き、電解液に浸した。ゲージ圧を-0.08MPaに減圧した状態で、前記正極シートを1分間保持した後、ゲージ圧を大気圧にもどすことで、前記正極シート内部への電解液の含浸処理を行った。電解液は、1mol/LのLiPF6溶液を用いた。この電解液は、エチレンカーボネート(EC)及びジエチルカーボネート(DEC)を体積比EC:DEC=3:7で混合した混合溶媒に、LiPF6を溶解させることで得られる。コイン型電池は、下蓋側に正極シートのアルミニウム集電箔を向けて、前記処理済み正極シート、セパレーター、及び金属リチウムを順に積層して、充放電試験用のコイン型電池を作製した。コイン型電池の組み立ては、露点温度以下である-80℃の環境で行った。
【0048】
セパレーターには、セルガード#2400(ヘキストラセラニーズ社製)又は宝泉社製のリチウムイオン二次電池用セパレーターとWhatmanガラス繊維ろ紙を直径16.8mmに打ち抜き、電解液に浸したWhatmanガラス繊維ろ紙にセルガード#2400又は宝泉社製のリチウムイオン二次電池用セパレーターを重ねたものを使用した。なお、セパレーターは、セルガード#2400のみ、宝泉社製のリチウムイオン二次電池用セパレーターのみ、又はWatmanガラス繊維ろ紙のみを用いた場合であっても、短期的な電池動作に違いがないことを確認している。
【0049】
[実施例2]
ルテニウム酸リチウムとリン酸リチウムの量を、表1記載の量に変える以外は、実施例1と同様に行い、P/Ru=0.1/0.9のリン含有リチウムルテニウム系複合酸化物を得た。正極及びコイン型電池の作製も実施例1と同様に行った。
【0050】
[実施例3]
ルテニウム酸リチウムとリン酸リチウムの量を、表1記載の量に変える以外は、実施例1と同様に行い、P/Ru=0.4/0.6のリン含有リチウムルテニウム系複合酸化物を得た。正極及びコイン型電池の作製も実施例1と同様に行った。
【0051】
[実施例4]
遊星型ボールミルの公転回転数を450rpmにする以外は実施例1と同様に行い、P/Ru=0.24/0.76のリン含有リチウムルテニウム系複合酸化物を得た。正極及びコイン型電池の作製も実施例1と同様に行った。
【0052】
[実施例5]
遊星型ボールミルの公転回転数を500rpmにする以外は実施例1と同様に行い、P/Ru=0.24/0.76のリン含有リチウムルテニウム系複合酸化物を得た。正極及びコイン型電池の作製も実施例1と同様に行った。
【0053】
[実施例6]
遊星型ボールミルの公転回転数を500rpmにする以外は実施例2と同様に行い、P/Ru=0.1/0.9のリン含有リチウムルテニウム系複合酸化物を得た。正極及びコイン型電池の作製も実施例1と同様に行った。
【0054】
[比較例1]
実施例1と同様にルテニウム酸リチウムを作製した。リン酸リチウムとの粉砕混合を行うことなく、実施例1と同様に電極、コイン型電池を作製した。
【0055】
[比較例2]
実施例1と同様にルテニウム酸リチウムを作製した。前記ルテニウム酸リチウムを、リン酸リチウムとの粉砕混合を行うことなく、破砕ボールとともに遊星型ボールミル用の粉砕容器に入れ、さらに雰囲気制御容器を使用して実施例1と同様の手順で粉砕・混合処理した。粉砕・混合処理が完了後も実施例1と同じ手順で乳鉢による粉砕と真空乾燥を行い、粒子径が小さいルテニウム酸リチウムを得た。当該ルテニウム酸リチウムについては正極シート作製時のスラリー調製段階でスラリーのゲル化が発生し、電極が作製できなかった。
【0056】
[比較例3]
ルテニウム酸リチウムとリン酸リチウムの量を、表1記載の量に変える以外は、実施例1と同様に行い、P/Ru=0.045/0.955のリンを含有するリチウムルテニウム系複合酸化物を得た。当該試料については正極シート作製時のスラリー調製段階でスラリーのゲル化が発生し、電極が作製できなかった。
【0057】
[比較例4]
リン酸リチウムの代わりにホウ酸三リチウム(Li3BO3)を用いる以外は、実施例1と同様に、粉末試料(Li3BO3/Li2RuO3)を得た。当該粉末試料については正極シート作製時のスラリー調製段階でスラリーのゲル化が発生し、電極が作製できなかった。
【0058】
[比較例5]
リン酸リチウムの代わりに硫酸リチウム(Li2SO4)を用いる以外は、実施例2と同様に、粉末試料(Li2SO4/Li2RuO3)を得た。当該粉末試料については正極シート作製時のスラリー調製段階でスラリーのゲル化が発生し、電極が作製できなかった。
【0059】
[比較例6]
リン酸リチウムの代わりにフッ化リチウム(LiF)を用いる以外は、実施例2と同様に、粉末試料(Li2RuO3/LiF)を得た。当該粉末試料については正極シート作製時のスラリー調製段階でスラリーのゲル化が発生し、電極が作製できなかった。
【0060】
(充放電試験)
作製したコイン型電池を用いて充放電試験を行い、放電容量を測定した。充放電試験は以下のように行った。充放電は正極活物質の容量を250mAh/gと仮定して電流値は1/10C(Cレート)で設定し、充電は1.6Vから4.5Vまでの定電流充電(CC充電)により行い、放電は4.5Vから1.6Vまで定電流放電(CC放電)することにより行った。ただし、比較例1については2V以下では正常に充放電できなかったため、2Vから4.5Vまでの定電流充電(CC充電)により行い、放電は4.5Vから2Vまで定電流放電(CC放電)することにより行った。また、比較例2~6についてはスラリー調製段階でゲル化が発生し、電極が作製できなかったため、コイン型電池での充放電試験は行わなかった。充放電試験の結果は、表1及び
図4-1~4-7に示す。
【0061】
[評価結果]
表1に作製した各試料(但し、比較例4~6の各試料は除く)における、ルテニウム酸リチウムとリン酸リチウムの混合比率、試料中のP/Ruモル比、遊星型ボールミルの公転回数、スラリー調製時のゲル化の有無、及びD10の測定結果を示す。また、電極を作製することができた試料の初回放電容量を示す。さらに、SEM観察によるSEM画像を
図1-1~
図1-8に示す。粒度分布測定による粒子径分布を
図2-1~
図2-8に示す。X線回折測定の結果を
図3-1~
図3-9に示す。コイン電池を作製できた実施例及び比較例については、充放電試験の結果を
図4-1~4-7に示す。
【0062】
【0063】
表1から、試料中に含まれるRu原子に対するP原子のモル比(P/Ruモル比)が0.05以上1.0以下である場合、スラリー調製時にゲル化を生じることなく電極を作製でき、作製された電極を用いたボタン電池は287mAh/g以上の初回放電容量を有することがわかる。
【0064】
ゲル化が生じなかった実施例1~6及び比較例1の試料を用いて作製したコイン型電池の充放電曲線を
図4-1~
図4-7に示す。いずれの電池も問題のない充放電曲線であり、実施例1~6で作製した正極についてもリチウムイオン二次電池の正極として有効であることが確認できた。また、表1に実施例1~6及び比較例1のコイン型電池の初回放電容量を示す。実施例1~6のリチウムイオン二次電池では、287~349mAh/gの放電容量が得られた。いずれの実施例でも280mAh/gを上回る高い放電容量であり、放電容量が263mAh/gである比較例1と比較しても、本発明がリチウムイオン二次電池の高容量化において極めて有効な手段であることがわかる。
【0065】
なお、既に述べたとおり、比較例2~6の試料においては、スラリー調製の段階でゲル化が生じ、正極シートの作製ができなかった。実施例1~6及び比較例1においては、既存の手法によりゲル化が起こらない状態でスラリーが調製できたが、比較例2は同様の手法ではゲル化が生じスラリーを調製できなかった。また、比較例2においては、ゲル化発生を抑えるためにスラリー構成の調整を試みたが、ゲル化が生じてアルミニウム集電箔へのブレードによる塗工が不可能であった。
【0066】
実施例2及び比較例2は同程度のD10を有するが、所定量のリンを含有する実施例2においてはスラリー調製時のゲル化が生じていないことがわかる。なお、比較例1及び2は同様の混合比率で作製されたものであるが、比較例1ではゲル化が生じていないのに対し、比較例2ではゲル化が生じたことから、D10がスラリーのゲル化に寄与することが確認できる。また、
図2-1~
図2-8に実施例1~6のリン含有リチウムルテニウム系複合酸化物及び比較例1~2のルテニウム酸リチウムの粒子径分布を示す。実施例1~6ではルテニウム酸リチウムとリン酸リチウムの混合比率、及び遊星型ボールミルの粉砕条件により粒子径の分布状態は異なるが、0.1μmから数十μmの範囲に分布している。一方、比較例1は
図2-7に示すように粒子径が10μm前後の分布範囲は比較的狭くなっている。実施例1~6の各試料ではリン酸リチウムの混合比率が小さいほど、また、遊星型ボールミルの公転回数が少ないほど、1μm以下の微細な粒子が増す傾向が見られ、D10の値は小さくなることがわかる。
【0067】
図1-1~
図1-8に正極活性物質である実施例1~6のリン含有リチウムルテニウム系複合酸化物及び比較例1~2のルテニウム酸リチウムのSEM画像を示す。実施例1~6及び比較例2の正極活性物質は、1μm以下の粒子が複数固まった状態で構成されているが、比較例1のルテニウム酸リチウムでは、1μmを超える粒子の形状が明瞭な構成粒子が連なった状態で1粒子が構成されている。粒子の固まり具合はルテニウム酸リチウムとリン酸リチウムの混合比率及び遊星型ボールミルの粉砕条件(公転回数)により違いがあることが観察できる。
【0068】
図3-1~3-9に実施例1~6のリン含有リチウムルテニウム系複合酸化物、比較例1のルテニウム酸リチウム、リン酸リチウム、及びX線回折測定に使用した試料フォルダについてX線回折の測定結果を示す。実施例1~6のX線回折測定の結果はルテニウム酸リチウム、リン酸リチウムとは異なるプロファイルを示すことが確認できる。実施例1~6では、22.1°付近のピークが変化した以外は、類似したプロファイルが得られる。この22.1°付近のピークは、リン含有リチウムルテニウム系複合酸化物中のリン酸リチウムの混合比率によって変化することがわかる。また、
図3-9の試料フォルダのプロファイルから、16.8°、18.2°、33.9°付近のピーク及び5°~40°の低角度側の持ち上がりは、試料フォルダ及び測定時のバックグラウンドの影響と考えられる。
本発明によれば、従来のリチウムイオン二次電池用正極に用いられてきた正極活性物質よりも高い放電容量を持ち、かつ、安定したスラリー作製が可能な正極活物質を得ることができる。また、これにより高放電容量のリチウムイオン二次電池用正極及び高エネルギー密度のリチウムイオン二次電池を提供することが可能となる。そのため、電気自動車やドローン等の駆動用電源、又はポータブル電子機器等の利用等、二次電池の利用が広がっている様々な分野での活用が期待される。