IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 大同特殊鋼株式会社の特許一覧

特開2024-104726軟磁性材料および軟磁性材料の製造方法
<>
  • 特開-軟磁性材料および軟磁性材料の製造方法 図1
  • 特開-軟磁性材料および軟磁性材料の製造方法 図2
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024104726
(43)【公開日】2024-08-05
(54)【発明の名称】軟磁性材料および軟磁性材料の製造方法
(51)【国際特許分類】
   H01F 1/147 20060101AFI20240729BHJP
   C22F 1/16 20060101ALI20240729BHJP
   C22C 38/00 20060101ALI20240729BHJP
   C22C 30/00 20060101ALI20240729BHJP
   C22F 1/00 20060101ALN20240729BHJP
   C21D 9/00 20060101ALN20240729BHJP
   C21D 6/00 20060101ALN20240729BHJP
【FI】
H01F1/147 108
H01F1/147 116
C22F1/16 Z
C22C38/00 303S
C22C30/00
C22F1/00 660C
C22F1/00 623
C22F1/00 606
C22F1/00 605
C22F1/00 683
C22F1/00 684C
C22F1/00 685Z
C22F1/00 686A
C22F1/00 694A
C22F1/00 691B
C22F1/00 691C
C22F1/00 691Z
C21D9/00 S
C22F1/00 681
C21D6/00 C
C22F1/00 622
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023190577
(22)【出願日】2023-11-08
(31)【優先権主張番号】P 2023008666
(32)【優先日】2023-01-24
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000003713
【氏名又は名称】大同特殊鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002158
【氏名又は名称】弁理士法人上野特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】齋藤 章彦
(72)【発明者】
【氏名】橋本 将愛
(72)【発明者】
【氏名】山下 徹哉
【テーマコード(参考)】
4K042
5E041
【Fターム(参考)】
4K042AA25
4K042BA12
4K042CA03
4K042CA04
4K042CA05
4K042CA06
4K042CA08
4K042CA11
4K042CA12
4K042DA03
4K042DC02
4K042DC03
4K042DC04
5E041AA07
5E041AA19
5E041BD09
5E041CA02
5E041HB05
5E041NN01
5E041NN13
(57)【要約】
【課題】磁化曲線の角形性に優れるとともに、磁気特性の温度変化が小さく、かつ飽和磁束密度の大きい軟磁性材料、およびそのような軟磁性材料の製造方法を提供する。
【解決手段】質量%で、47%≦Ni≦49%、0.4%≦Mn≦0.7%、0.1%≦Si≦0.3%、0.01%≦Al≦0.04%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物よりなり、表面において、<100>方位から10°以内の結晶方位の領域が、20%以上を占める、軟磁性材料とする。また、80%以上の圧延率で冷間圧延を行う工程を含んで、そのような軟磁性材料を製造する、軟磁性材料の製造方法とする。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
47%≦Ni≦49%、
0.4%≦Mn≦0.7%、
0.1%≦Si≦0.3%
0.01%≦Al≦0.04%
を含有し、
残部がFeおよび不可避的不純物よりなり、
表面において、<100>方位から10°以内の結晶方位の領域が、20%以上を占める、軟磁性材料。
【請求項2】
100A/mの磁界を印加した際の磁束密度B100の値について、-10℃以上90℃以下の温度範囲における変化量が、25℃における値に対して、±4%の範囲内に収まっている、請求項1に記載の軟磁性材料。
【請求項3】
100A/mの磁界を印加した際の磁束密度B100に対する残留磁束密度Brの割合であるBr/B100として評価される角形比について、-10℃以上90℃以下の温度範囲における変化量が、25℃における値に対して、±4%の範囲内に収まっている、請求項1に記載の軟磁性材料。
【請求項4】
100A/mの磁界を印加した際の磁束密度B100に対する残留磁束密度Brの割合であるBr/B100として評価される角形比が、-10℃以上90℃以下の温度範囲で、85%以上の値をとる、請求項1に記載の軟磁性材料。
【請求項5】
25℃において、100A/mの磁界を印加した際の磁束密度B100が、1.1T以上である、請求項1に記載の軟磁性材料。
【請求項6】
100A/mの磁界を印加した際の磁束密度B100の温度変化の勾配を示すΔB/ΔTが、-10℃以上90℃以下の温度範囲で、-5G/℃以上、0G/℃以下である、請求項1に記載の軟磁性材料。
【請求項7】
25℃において、800A/mの磁界を印加した際の磁束密度B800が、1.45T以上である、請求項1に記載の軟磁性材料。
【請求項8】
80%以上の圧延率で冷間圧延を行う工程を含んで、請求項1から請求項7のいずれか1項に記載の軟磁性材料を製造する、軟磁性材料の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、軟磁性材料およびその製造方法に関し、さらに詳しくは、可飽和トランス用コア等を構成するのに用いることができる軟磁性材料およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
例えば下記の特許文献1にまとめられているように、可飽和トランス用のコア材等、高い制御性を求められる軟磁性材料としては、磁化曲線の角形性に優れた材料を用いることが好ましい。その種の軟磁性材料の例として、従来、Co系アモルファス合金や、ナノ結晶よりなるFe系合金が用いられてきた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2000-252111号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上記のように、Co系アモルファス合金やナノ結晶磁性材料は、磁化曲線の角形性に優れているが、磁気特性の温度変化が大きくなりやすい。よって、可飽和トランス用コア等、各種装置を構成するのに用いた際に、動作点の温度変化が大きくなり、温度によって一定の動作を示しにくくなる。加えて、Co系アモルファス合金やナノ結晶磁性材料においては、飽和磁束密度もそれほど高くならず、用途の自由度に制約が生じる。
【0005】
本発明が解決しようとする課題は、磁化曲線の角形性に優れるとともに、磁気特性の温度変化が小さく、かつ飽和磁束密度の大きい軟磁性材料、およびそのような軟磁性材料の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するため、本発明にかかる軟磁性材料および軟磁性材料の製造方法は、以下の構成を有する。
[1]本発明にかかる軟磁性材料は、質量%で、47%≦Ni≦49%、0.4%≦Mn≦0.7%、0.1%≦Si≦0.3%、0.01%≦Al≦0.04%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物よりなり、表面において、<100>方位から10°以内の結晶方位の領域が、20%以上を占める。
【0007】
[2]上記[1]の態様において、100A/mの磁界を印加した際の磁束密度B100の値について、-10℃以上90℃以下の温度範囲における変化量が、25℃における値に対して、±4%の範囲内に収まっているとよい。
【0008】
[3]上記[1]または[2]の態様において、100A/mの磁界を印加した際の磁束密度B100に対する残留磁束密度Brの割合であるBr/B100として評価される角形比について、-10℃以上90℃以下の温度範囲における変化量が、25℃における値に対して、±4%の範囲内に収まっているとよい。
【0009】
[4]上記[1]から[3]のいずれか1つの態様において、100A/mの磁界を印加した際の磁束密度B100に対する残留磁束密度Brの割合であるBr/B100として評価される角形比が、-10℃以上90℃以下の温度範囲で、85%以上の値をとるとよい。
【0010】
[5]上記[1]から[4]のいずれか1つの態様において、25℃において、100A/mの磁界を印加した際の磁束密度B100が、1.1T以上であるとよい。
【0011】
[6]上記[1]から[5]のいずれか1つの態様において、100A/mの磁界を印加した際の磁束密度B100の温度変化の勾配を示すΔB/ΔTが、-10℃以上90℃以下の温度範囲で、-5G/℃以上、0G/℃以下であるとよい。
【0012】
[7]上記[1]から[6]のいずれか1つの態様において、25℃において、800A/mの磁界を印加した際の磁束密度B800が、1.45T以上であるとよい。
【0013】
本発明にかかる軟磁性材料の製造方法は、以下の構成を有する。
[8]本発明にかかる軟磁性材料の製造方法においては、80%以上の圧延率で冷間圧延を行う工程を含んで、上記[1]から[7]のいずれか1つの軟磁性材料を製造する。
【発明の効果】
【0014】
上記[1]の構成を有する本発明にかかる軟磁性材料は、上記の成分組成を有するとともに、表面において、<100>方位またはそれに近い結晶方位の領域が、20%以上を占めていることにより、磁化曲線の角形性に優れ、磁気特性の温度変化が小さく、かつ飽和磁束密度の大きいものとなる。そのため、可飽和トランス用コア等、高い制御性を要求される用途に、好適に用いることができる。
【0015】
上記[2]~[7]の態様においては、実際に、軟磁性材料が、-10℃から90℃の広い温度範囲において、磁気特性の温度変化の小さいものであることが担保される。また、軟磁性材料が、磁化曲線の角形性が高く、大きな飽和磁束密度を有するものであることが示される。
【0016】
上記[8]の構成を有する本発明にかかる軟磁性材料の製造方法においては、80%以上の圧延率で冷間圧延を行う。このように高い圧延率で冷間圧延を行うことで、表面おいて、<100>方位またはそれに近い結晶方位を有する結晶粒が多くの領域を占める軟磁性材料が得られる。その軟磁性材料は、磁化曲線の角形性に優れ、磁気特性の温度変化が小さく、かつ飽和磁束密度の大きいものとなる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】(a)実施例1および(b)比較例1について、SEM像を示している。
図2】(a)実施例1および(b)比較例1について、図1の四角形で囲んだ領域に対するEBSDによるIPFマップを示している。カラー図面を別途提出する。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下に、本発明の一実施形態にかかる軟磁性材料およびその製造方法について、詳細に説明する。本実施形態にかかる軟磁性材料は、下記の成分組成と結晶方位分布を有する。本明細書において、各元素の含有量は、質量%を単位として示す。
【0019】
[軟磁性材料の成分組成および結晶方位分布]
本発明の実施形態にかかる軟磁性材料は、以下の所定量のNi,Mn,Si,Alを含有し、残部が不可避的不純物およびFeよりなる。軟磁性材料の形状は特に限定されるものではないが、板材として構成されることが好ましい。板材の厚さは、0.01mm以上0.1mm以下とすることが好ましい。
【0020】
・47%≦Ni≦49%
Niは、軟磁性材料において、飽和磁束密度や残留磁束密度、角形性等の磁気特性を向上させるものとなる。47%≦Niとすることで、磁気特性の向上に高い効果が得られる。47.5%≦Niであると、より好ましい。
【0021】
しかし、軟磁性材料にNiを多量に含有させすぎると、磁気特性がかえって悪くなってしまう場合がある。また、軟磁性材料の材料コストが高くなってしまう。磁気特性を高く保ち、また材料コストを抑える観点から、Niの含有量は、Ni≦49%とされる。Ni≦48.5%であると、より好ましい。
【0022】
・0.4%≦Mn≦0.7%
Mnは、軟磁性材料の冷間圧延性を高めるものとなる。軟磁性材料の冷間圧延性が高いと、軟磁性材料に割れが生じるのを避けながら、高い圧延率で冷間圧延を行うことができる。後に説明するように、高圧延率で冷間圧延を行うと、表面において<100>方位が占める割合が高くなり、飽和磁束密度や角形性等の磁気特性が向上するとともに、磁気特性の温度変化が小さくなる。冷間圧延性向上の効果を十分に得る観点から、Mnの含有量は、0.4%≦Mnとされる。0.45%≦Mnであると、より好ましく、0.5%≦Mnであるとさらに好ましい。0.55%≦Mnであると特に好ましい。
【0023】
一方で、Mnの含有量を多くしすぎると、磁束密度等の磁気特性が低くなる。それを避ける観点から、Mnの含有量は、Mn≦0.7%とする。Mn≦0.6%であると、より好ましい。
【0024】
・0.1%≦Si≦0.3%
Siは、合金材の溶解製造の効率を高めるものとなる。Siは脱酸作用を有し、Siの添加により、溶解製造の際に、脱酸を効率的に進めることができるからである。その効果を十分に得る観点から、Siの含有量は、0.1%≦Siとされる。0.15%≦Siであると、より好ましい。
【0025】
一方でSiの多量の含有は、軟磁性材料の加工性の低下を招く。それを避ける観点から、Siの含有量は、Si≦0.3%とされる。Si≦0.25%であると、より好ましい。
【0026】
0.01%≦Al≦0.04%
Alは窒化物を構成するが、その窒化物が母相に固溶することで、結晶粒界のピン止め効果が生じにくくなる。よって、軟磁性材料にAlを微量添加することで、結晶粒の整粗粒化が促進される。その効果を十分に得るために、Alを0.01%≦Alの濃度で添加する。Alの窒化物は、例えば、1100℃で磁気焼鈍を行うことで、母相に固溶しやすくなる。その効果を高める観点から、0.015%≦Alであると、より好ましい。
【0027】
一方で、母相にAlが残ると、磁気特性の低下の要因となる。それを抑制する観点から、Alの含有量は、Al≦0.04%とする。Al≦0.035%であると、より好ましい。Al≦0.030%であると、さらに好ましい。
【0028】
本実施形態にかかる軟磁性材料において、不可避的不純物は、軟磁性材料の磁気的特性を大きく損なわない範囲で含有が許容される。具体的な不可避的不純物の例としては、質量%を単位として、C≦0.02%、P≦0.1%、S≦0.002%、Cu≦0.10%、Cr≦0.10%、Mo≦0.10%、Pb≦0.01%、Co≦0.10%、As≦0.10%、Sn≦0.005%、Ti≦0.010%、Ca≦0.020%、O≦0.0030%、N≦0.030%、Sb≦0.0030%、Mg≦0.0010%、Zn≦0.0030%、Ag≦0.0010%、Bi≦0.10%を挙げることができる。
【0029】
本実施形態にかかる軟磁性材料は、表面において、<100>方位をとる領域が、20%以上を占めている。ここで、完全な<100>方位から10°以内の結晶方位をとる場合も含めて、<100>方位が占める割合として評価するものとする(以下でも同様)。また、所定の結晶方位が占める割合は、表面の面積比率にて示すものとする。
【0030】
表面のうち20%以上の大きな面積を、<100>方位をとる領域が占めることで、軟磁性材料が上記のような成分組成を有することの効果と合わせて、高い角形性、大きな飽和磁束密度、大きな残留磁束密度等、高い磁気特性が得られる。また、それらの磁気特性の温度変化が小さくなる。これは、面心立方構造をとるFe-Ni合金の磁化容易軸が<100>方向であり、結晶方位がその磁化容易軸に向いている領域が表面に多く形成されていることで、残留磁束密度や透磁率が高くなることと関連していると考えられる。磁気特性の向上および磁気特性の温度変化抑制の効果を高める観点から、表面において<100>方位をとる領域の割合が、25%以上であると、より好ましい。<100>方位をとる領域の割合は高いほど好ましいため、上限は特に設けられない。表面における結晶方位の分布は、電子線後方散乱回折(EBSD)により、評価すればよい。
【0031】
本実施形態にかかる軟磁性材料においては、表面において<100>方位をとる領域の割合が20%以上となっていれば、表面における結晶粒径は特に限定されるものではない。しかし、本実施形態にかかる軟磁性材料は、整粗粒構造をとりやすく、例えば、結晶粒径が20μm以上であるとよい。
【0032】
[軟磁性材料の磁気特性および温度変化]
本実施形態にかかる軟磁性材料は、上記所定量のNi,Si,Mn,Alを含有し、さらに表面において<100>方位をとる領域の割合が20%以上となっていることにより、高い角形性や大きな飽和磁束密度をはじめとして、高い磁気特性を有する。また、広い温度領域にわたり、それらの磁気特性の温度変化が小さく抑えられる。それらの特性を有することで、本実施形態にかかる軟磁性材料は、可飽和トランス用コアをはじめとして、高い制御性が求められる用途に、好適に用いることができる。そして、幅広い温度領域で、安定した特性を発揮することができる。本実施形態にかかる軟磁性材料は、上記の所定の成分組成と結晶方位分布を有することと対応して、例えば以下のような磁気特性およびその温度変化を示すものとすることができる。
【0033】
・飽和磁束密度
飽和磁束密度の指標として、B100を用いることができる。ここで、B100は100A/mの磁界を印加した際の磁束密度である。磁界の印加方向は、板状の軟磁性材料の板面内圧延方向とする(以下、磁気特性の評価における磁界の印加について同様とする)。本実施形態にかかる軟磁性材料は、B100が、少なくとも25℃(室温)において、1.1T以上、さらには1.2T以上であることが好ましい。さらに好ましくは、-10℃以上90℃以下の全域で、B100がそれらの値をとっているとよい。B100は大きいほど好ましく、上限は特に設けられない。
【0034】
さらに、より飽和磁束密度を正確に反映する指標として、B800を用いることができる。ここで、B800は800A/mの磁界を印加した際の磁束密度である。本実施形態にかかる軟磁性材料は、B800が、少なくとも25℃において、1.45T以上であることが好ましい。B800も大きいほど好ましく、上限は特に設けられない。
【0035】
・角形性
磁化曲線の角形性を示す角形比として、Br/B100を用いることができる。ここで、B100は、上記のとおり、100A/mの磁界を印加した際の磁束密度であり、Brは残留磁束密度である。そしてB100に対するBrの割合であるBr/B100を角形比として評価する。本実施形態にかかる軟磁性材料は、-10℃から90℃の温度範囲において、角形比Br/B100が85%以上、さらには87%以上、また88%以上であることが好ましい。また、少なくとも25℃において、Br/B100が、90%以上、さらには91%以上であることが好ましい。角形比は大きいほど好ましく、Br/B100に上限は特に設けられない。
【0036】
残留磁束密度Br自体は特に限定されるものではないが、少なくとも25℃において、1.0T以上、さらには1.1T以上であると好ましい。さらに好ましくは、-10℃以上90℃以下の全域で、残留磁束密度Brがそれらの値をとっているとよい。残留磁束密度Brは大きいほど好ましく、上限は特に設けられない。
【0037】
・磁気特性の温度変化
まず、飽和磁束密度の指標としてのB100の温度変化に着目する。本実施形態にかかる磁性材料において、-10℃以上90℃以下の温度範囲におけるB100の変化量が、25℃における値に対して、±4%の範囲内、さらには±3%の範囲内、また±1%の範囲内に収まっていることが好ましい。これにより、飽和磁束密度の温度変化の小ささが保証される。B100の温度変化は小さいほど好ましく、変化幅の大きさに下限は特に設けられない。
【0038】
そして、B100の温度変化の勾配を示すΔB/ΔTが、-10℃以上90℃以下の温度範囲で、-5G/℃以上、0G/℃以下であることが好ましい。温度の上昇に伴い、飽和磁束密度が低下する傾向があるが、ΔB/ΔTが上記の範囲に収まっていることで、その低下の程度が小さく抑えられる。さらに好ましくは、ΔB/ΔTは、-3G/℃以上、また-2G/℃以上であるとよい。
【0039】
さらに、本実施形態にかかる磁石材料においては、角形性の温度変化も小さく抑えられていることが好ましい。具体的には、-10℃から90℃の温度範囲において、角形比Br/B100の変化量が、25℃における値に対して、±4%の範囲内、さらには±3%の範囲内に収まっていることが好ましい。角形比に関しても、温度変化は小さいほど好ましく、上下の幅に下限は特に設けられない。
【0040】
[軟磁性材料の製造方法]
次に、本発明の一実施形態にかかる軟磁性材料の製造方法について説明する。本実施形態にかかる製造方法を用いることで、上記で説明した本発明の実施形態にかかる軟磁性材料を好適に製造することができる。
【0041】
本実施形態にかかる製造方法においては、所定の圧延率での冷間圧延を行う工程を含んで、板状の軟磁性材料を製造する。具体的には、まず、所定の成分組成を有する合金材料を溶製、鋳造する。そして、適宜、熱間加工および焼鈍を経たうえで、冷間圧延を行い、さらに磁気焼鈍を行うことで、軟磁性材料を得る。冷間圧延後の板材の厚さを、上記のとおり、0.01mm以上0.1mm以下とするとよい。
【0042】
冷間圧延に際し、圧延率を高めることで、軟磁性材料の表面において、<100>方位をとる領域の比率が大きくなる。その結果として、成分組成による効果と合わせて、磁気特性の向上および磁気特性の温度変化抑制に、高い効果が得られる。具体的には、冷間圧延における圧延率を、80%以上とする。圧延率を90%とすると、さらに好ましい。一方、加工コストを抑える観点、および磁束密度の低下を抑える観点から、冷間圧延時の圧延率を、95%未満に抑えることが好ましい。本実施形態にかかる製造方法において、冷間圧延時の圧延率を80%以上95%未満とすれば、製造される軟磁性材料において、25℃(室温)におけるB100を1.1T以上としやすい。磁気焼鈍温度としては、1100℃を例示することができる。
【実施例0043】
以下、実施例を用いて本発明をより具体的に説明する。なお、本発明はこれら実施例によって限定されるものではない。
【0044】
[試料の作製]
実施例1,2および比較例1~5として、表1に示す成分組成(Ni,Mn,Si,Alを記載した質量%濃度で含有し、残部が不可避的不純物およびFeよりなる)と冷間圧延率を有する板状の軟磁性材料を作製した。具体的な製造方法としては、各組成比を有する金属材料を真空誘導炉等で溶製し、板厚0.2mmの材料に対して、表1に記載した圧延率で冷間圧延を行った。その後、得られた板材を圧延方向に巻き、巻コア状の試料を得た。さらにその巻コア状の試料に対して、磁気焼鈍(1100℃×2時間、水素雰囲気)を行った。
【0045】
合わせて、参考例1として、Co系アモルファス合金よりなる軟磁性材料を準備した。具体的には、東芝社製マグアンプ用可飽和コア「MTシリーズ」を参考例1として用いた。
【0046】
[試験方法]
(1)結晶方位分布
一部の試料について、走査電子顕微鏡(SEM)観察、およびSEM装置を用いた電子線後方散乱回折(EBSD)測定を行った。EBSD測定の結果から、逆極点図方位マップ(IPFマップ)を作成し、組織の結晶方位の分布を解析した。
【0047】
(2)磁気特性および温度変化
各試料の巻コアを磁気リング(鉄心)とした。この磁気リングを用いて、一次コイルと二次コイルを形成し、測定試料とした。そして、磁気計測機器を用いて、磁束密度を計測した。磁束密度の計測は、一次コイルに電流を流して磁気リングに磁界Hを発生させ、二次コイルに誘起した電圧の積分値に基づいて、磁気リングに発生した磁束密度Bを算出することで行った。磁化曲線(B-H曲線)を取得し、得られたヒステリシスループに基づいて、各試料の磁気特性を評価した。
【0048】
具体的には、各試料に対する室温(25℃)での測定結果から、磁気特性に関する以下のパラメータを得た。
・B100:100A/mの磁界を印加した際の磁束密度
・Br:残留磁束密度
・Br/B100:角形比
・B800:800A/mの磁界を印加した際の磁束密度
【0049】
さらに、実施例1,2および参考例1について、―10℃~90℃の範囲の複数の温度で、上記と同様の磁気特性の評価を行い、得られた結果から、磁気特性の温度変化にかかる以下の特性を評価した。
・ΔB100:各温度でのB100の値について、25℃における値を基準とした変化量。
・Δ(Br/B100):各温度での角形比Br/B100の値について、25℃における値を基準とした変化量。
・ΔB/ΔT:B100の温度変化の勾配。-10℃から90℃までのB100の変化量を、温度変化量(100℃)で除して算出。
【0050】
[試験結果]
図1(a),(b)に、それぞれ実施例1および比較例1の試料について、SEM像を示す。また、図2(a),(b)に、それぞれ実施例1および比較例1の試料について、EBSDによって得られたIPFマップを示す。さらに、下の表1に、実施例1,2および比較例1~5、参考例1について、成分組成および冷間圧延率とともに、各種磁気特性およびその温度変化を示す。表1には、一部の試料について、EBSDより得られた、<100>方位から10°以内の結晶方位をとる領域の割合も合わせて示している。比較例5については、冷間圧延時に試料に割れが生じたため、各種評価を行えなかった。
【0051】
【表1】
【0052】
(1)結晶方位分布
図1および図2に基づき、実施例1と比較例1の間で、結晶組織の分布について比較する。実施例1と比較例1はいずれも、Fe-48Ni-0.5Mn-0.2Si-0.02Alの成分組成を有しており、冷間圧延の圧延率のみにおいて異なっている。冷間圧延の圧延率は、実施例1で90%、比較例1で50%となっている。
【0053】
図1(a),(b)のSEM像においては、実施例1、比較例1とも、結晶粒の集合として組織が構成されており、結晶粒の方位の違いがコントラストを生じている。しかし、実施例1と比較例1で結晶粒径に差があり、実施例1の方で、結晶粒径が小さくなっている。結晶粒径は、おおむね、実施例1で20μmから70μmの範囲に分布し、比較例1で50μmから300μmの範囲に分布している。
【0054】
図2に(a),(b)に、それぞれ実施例1および比較例1の試料について、図1のSEM像内の四角形で囲んだ領域に対して、EBSDによって得られたIPFマップを示している。ここでは、結晶方位をX,Y,Zの3方向について示している(Z方向が表面に垂直な方向)。これらを見ると、図2(b)では、表示色が大きく異なる結晶粒が混在しているのに対し、図2(a)では、各結晶粒における表示色の差がそれよりも明らかに小さくなっている。カラー図面において明確であるが、図2(a)では、多くの結晶粒が、<100>方位に近い結晶方位をとっている。
【0055】
各IPFマップに基づいて結晶方位を定量的に解析すると、表1にまとめるとおり、<100>方位から10°以内の結晶方位をとる領域の割合が、図2(a)の実施例1では25%となっている。一方で、図2(b)の比較例1では、5%となっている。つまり、冷間圧延時の圧延率が高い実施例1の方が、表面において<100>方位が占める割合が顕著に高くなっている。上記実施例1および比較例1と同じ成分組成を有する軟磁性材料について、冷間圧延の圧延率を85%とした実施例2についても、同様に、<100>方位が占める割合を評価しているが、実施例1と同様に、20%以上となっている。
【0056】
以上のように、いずれもFe-48Ni-0.5Mn-0.2Si-0.02Alの成分組成を有している実施例1,2および比較例1の比較から、冷間圧延時の圧延率を大きくすることで、表面において<100>方位が占める割合が高くなり、圧延率を80%以上とすることで、<100>方位が占める割合が20%以上の高値をとることが分かる。そして、後に説明するように、<100>方位が占める割合が高くなることで、磁気特性の向上、および磁気特性の温度変化抑制の効果が高く得られる。
【0057】
ただし、表面において<100>方位が占める割合は、冷間圧延時の圧延率だけでなく、軟磁性材料の成分組成にも依存する。表1に示すとおり、比較例3ではNiの含有量が47%を下回っており、比較例4ではNiの含有量が49%を超えている。これら比較例3,4ではいずれも、冷間圧延の圧延率を実施例2と同じ85%としているが、表面において<100>方位が占める割合は、5%以下の低値となっている。これらのことから、軟磁性材料を、0.4%≦Mn≦0.7%および0.1%≦Si≦0.3%、0.01%≦Al≦0.04%に加えて、47%≦Ni≦49%を含有する成分組成とし、かつ冷間圧延における圧延率を80%以上とすることで、表面において<100>方位が占める割合を20%以上に高めることができると言える。
【0058】
(2)磁気特性および温度変化
表1によると、軟磁性材料が47%≦Ni≦49%、0.4%≦Mn≦0.7%、0.1%≦Si≦0.3%、0.01%≦Al≦0.04%を含有し、表面における<100>方位の割合が20%以上となっている実施例1,2では、少なくとも25℃において、B100が1.1T以上、残留磁束密度Brが1.0T以上、角形比Br/B100が90%以上、B800が1.45T以上となっており、高飽和磁束密度、高残留磁束密度、高角形性を有する磁気特性の高い軟磁性材料となっている。特に、B100、Br、B800については、参考例1のCo系アモルファスの値を大きく上回っている。実施例1と実施例2を比較すると、冷間圧延率が90%と高くなっている実施例1において、特に優れた磁気特性が得られている。
【0059】
さらに、磁気特性の温度変化に着目すると、実施例1,2のいずれにおいても、-10℃から90℃の範囲で、B100の温度変化ΔB100が±4%以内、角形性の温度変化Δ(Br/B100)も±4%以内に収まっている。また、B100の温度変化の勾配ΔB/ΔTが、-5G/℃以上、0G/℃以下の範囲に収まっている。このように、磁気特性の温度変化が小さくなっている。特に、ΔB100およびΔB/ΔTについては、参考例1のCo系アモルファスにおける値を大きく下回っている。実施例1と実施例2を比較すると、冷間圧延率が90%と高くなっている実施例1において、各磁気特性の温度変化が特に小さく抑えられている。
【0060】
比較例1,2は、実施例1,2と同じ合金組成を有しているが、冷間圧延率が80%を下回り、それぞれ50%および60%となっている。上記で説明したとおり、その圧延率の差に対応して、<100>方位が表面に占める割合が、実施例1,2では20%以上となっているのに対し、少なくとも比較例1で5%と小さくとなっている。これら比較例1,2では、B100、残留磁束密度Br、角形比Br/B100がいずれも、実施例1,2よりも低くなっている。つまり、比較例1,2では、冷間圧延時の圧延率が低く、表面における<100>方位の割合が小さいことと対応して、高い磁気特性が得られていないと言える。
【0061】
比較例3ではNi含有量が47%よりも少なくなっている。逆に、比較例4では、Ni含有量が49%を超えている。これら比較例3,4ではいずれも、上記で説明したとおり、<100>方位が表面に占める割合も小さくなっているが、磁気特性も悪くなっている。つまり、比較例3,4のいずれにおいても、同じ圧延率を採用している実施例2と比較して、残留磁束密度Brが小さくなり、角形比Br/B100も小さくなっている。さらに比較例4ではB100も小さくなっている。これらの結果から、Niの含有量が多すぎても少なすぎても、十分に高い磁気特性が得られないことが示される。
【0062】
比較例5では、Mnの含有量が0.4%よりも少なくなっている。この比較例5では、冷間圧延中に割れが生じ、各特性の評価を行えていない。Mnによる冷間圧延性向上の効果が十分に得られないことにより、割れが生じたものと考えられる。本実施形態にかかる軟磁性材料においては、実施例1,2と比較例1,2の比較から明らかになっているように、冷間圧延率を十分高め、表面における<100>方位の割合を高めることが、高い磁気特性を得るために重要であるが、冷間圧延率を高めるために、十分な量のMnの含有が必要であると言える。
【0063】
以上、各実施例および比較例の対比より、軟磁性材料が、47%≦Ni≦49%、0.4%≦Mn≦0.7%、0.1%≦Si≦0.3%、0.01%≦Al≦0.04%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物よりなる成分組成を有し、かつ、表面において、<100>方位から10°以内の結晶方位の領域が20%以上を占める結晶方位分布を有することで、軟磁性材料が、高飽和磁束密度、高残留磁束密度、高角形性等の高い磁気特性を有し、かつ磁気特性の温度依存性の低いものとなることが確認された。
【0064】
以上、本発明の実施形態、実施例について説明した。本発明は、これらの実施形態、実施例に特に限定されることなく、種々の改変を行うことが可能である。
図1
図2