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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024010478
(43)【公開日】2024-01-24
(54)【発明の名称】橋梁用鋼材の腐食促進試験方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 17/00 20060101AFI20240117BHJP
【FI】
G01N17/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022111847
(22)【出願日】2022-07-12
(71)【出願人】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】100145403
【弁理士】
【氏名又は名称】山尾 憲人
(74)【代理人】
【識別番号】100136777
【弁理士】
【氏名又は名称】山田 純子
(72)【発明者】
【氏名】湯瀬 文雄
(72)【発明者】
【氏名】加藤 亮太
【テーマコード(参考)】
2G050
【Fターム(参考)】
2G050AA01
2G050AA07
2G050BA02
2G050CA03
2G050CA07
2G050DA03
(57)【要約】
【課題】橋梁における桁端部の様な特定の評価対象部の腐食環境を、正確に模擬した橋梁用鋼材の腐食促進試験方法を提供する。
【解決手段】橋梁用鋼材の腐食促進試験方法であって、橋梁の一般部と橋梁の評価対象部のそれぞれにおいて、環境因子を測定する工程と、各部の環境因子の測定値の差異を定量化する工程と、定量化した差異に基づいて既存の腐食促進試験の条件を変更し、該腐食促進試験を行う工程とを含む、橋梁用鋼材の腐食促進試験方法。
【選択図】図4
【特許請求の範囲】
【請求項1】
橋梁用鋼材の腐食促進試験方法であって、
橋梁の一般部と橋梁の評価対象部のそれぞれにおいて、環境因子を測定する工程と、
各部の環境因子の測定値の差異を定量化する工程と、
定量化した差異に基づいて既存の腐食促進試験の条件を変更し、該腐食促進試験を行う工程とを含む、橋梁用鋼材の腐食促進試験方法。
【請求項2】
前記各部の環境因子として、鋼材表面温度と、鋼材表面の乾燥または湿潤の時間とを、1~60分間隔で測定し、かつ塩分量を1か月間隔で測定する、請求項1に記載の橋梁用鋼材の腐食促進試験方法。
【請求項3】
前記乾燥または湿潤の時間の測定では、ACM型腐食センサで鋼材表面の電流値を測定し、該電流値が0.1μA以下である時間を乾燥時間、該電流値が0.1μA超である時間を湿潤時間とする、請求項1または2に記載の橋梁用鋼材の腐食促進試験方法。
【請求項4】
前記既存の腐食促進試験は、鋼材に塩水を噴霧する塩水噴霧工程と、前記塩水噴霧工程で塩化物が付着した鋼材を乾燥させる乾燥工程と、鋼材を湿潤する湿潤工程とを含む複合サイクル試験である、請求項1に記載の橋梁用鋼材の腐食促進試験方法。
【請求項5】
前記複合サイクル試験は、JIS-K-5600 サイクルDの操作条件で行う、請求項4に記載の橋梁用鋼材の腐食促進試験方法。
【請求項6】
前記塩水噴霧工程に使用する塩水の濃度を、5質量%以下であって、実環境で測定した飛来塩分量の10分の1とする、請求項4または5に記載の橋梁用鋼材の腐食促進試験方法。
【請求項7】
橋梁の一般部の鋼材表面温度と橋梁の評価対象部の鋼材表面温度との下記式で示される差異が、30%以上である場合に、前記複合サイクル試験の塩水噴霧工程、乾燥工程および湿潤工程の修正試験温度を、既存試験温度×(橋梁の評価対象部の鋼材表面温度/橋梁の一般部の鋼材表面温度)とする、請求項4または5に記載の橋梁用鋼材の腐食促進試験方法。
温度の差異(%)=[(橋梁の評価対象部の温度-橋梁の一般部の温度)/(橋梁の一般部の温度)]×100
【請求項8】
橋梁の一般部の乾燥時間に対する、橋梁の評価対象部の乾燥時間の割合を求め、
前記複合サイクル試験の既存乾燥時間に前記割合を掛けて修正乾燥時間とし、更に、
前記複合サイクル試験の既存乾燥時間から修正乾燥時間を差し引いて求められる差分を、前記複合サイクル試験の既存湿潤時間に加えて修正湿潤時間とする、請求項4または5に記載の橋梁用鋼材の腐食促進試験方法。
【請求項9】
前記塩水噴霧工程における塩水噴霧時間を15分間~30分間、前記乾燥工程における修正乾燥時間を30分間以上、および前記湿潤工程における修正湿潤時間を30分間以上とし、
前記塩水噴霧時間、前記修正乾燥時間および前記修正湿潤時間の合計時間を5~7時間とし、更に、
下記式(1)で表されるWET率を34%~66%とする、請求項4または5に記載の橋梁用鋼材の腐食促進試験方法。
WET率=[(塩水噴霧時間+湿潤時間)/(塩水噴霧時間+乾燥時間+湿潤時間)]×100・・・(1)
【請求項10】
前記WET率を40%~60%とする、請求項9に記載の橋梁用鋼材の腐食促進試験方法。
【請求項11】
請求項1または2に記載の橋梁用鋼材の腐食促進試験方法を用いた、橋梁用鋼材の耐食性評価方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、橋梁用鋼材の腐食促進試験方法に関する。橋梁における腐食環境の厳しい部位を模擬可能な腐食促進試験方法に関する。
【背景技術】
【0002】
屋外で使用される橋梁用鋼材は、使用される大気環境の影響を受けて腐食が進行し、初期に保持していた性能、機能等が時間の経過に伴って低下しうる。よって、橋梁用鋼材の、使用される大気環境での耐食性(以下、耐候性ともいう)を把握することは、橋梁用鋼材の品質評価、寿命予測、材料選定などの面から極めて重要である。
【0003】
耐候性を評価する試験方法として、大気環境下で行う大気暴露試験と、室内の試験機により大気環境中における特定の環境因子を主要因子とした促進暴露試験とがある。前者の大気暴露試験は現地で行う試験であるため、信頼性が高いことは周知の事実である。しかし、現地で長期の試験を行うことは現実的に困難が伴う。よって一般的には、後者の促進暴露試験が行われる。
【0004】
前記促進暴露試験として、一般的には、腐食促進試験(CCT=Cyclic Corrosion Test)が行われる。腐食促進試験は、主に、塩分、温度及び湿度の影響による腐食試験であり、試験水溶液として塩水溶液又は人工酸性雨液を用いた連続噴霧試験、及び前記試験水溶液の噴霧と湿潤・乾燥のサイクルとを組み合わせた複合サイクル試験がある。
【0005】
腐食促進試験として、日本工業規格(以下、JISと略す)に最も数多く規定されている試験は、中性塩水噴霧試験(JIS Z 2371)である。この試験は、5%濃度の塩化ナトリウム水溶液を噴霧(塩化ナトリウム水溶液を霧化)させて試験材料に付着させ、腐食を促進させて耐食性を評価する方法である。上記JIS Z 2371は、1955年(昭和30年)に制定された規格であり、噴霧溶液を試験片に絶え間なく付着させる試験方法であるため、腐食は促進される。しかし橋梁のように、大気環境中での乾燥時間も有する点が考慮されていないといった欠点がある。
【0006】
その後に開発された試験方法として、複合サイクル試験方法がある。本試験方法では、塩水を一定時間噴霧した後、乾燥及び湿潤工程に移行し、塩水の噴霧を連続では行わない。この複合サイクル試験方法として、JIS H 8502(めっきの耐食性試験方法)に規定されている「中性塩水噴霧サイクル試験」、JIS K 5621、5600(一般用さび止めペイント)に規定されている「耐複合サイクル防食性」などがある。
【0007】
上記複合サイクル試験方法の開発には、自動車技術会の団体規格である自動車規格(JASO)が参考にされた。複合サイクル試験は、前述の中性塩水噴霧試験に比べて実環境に近似した試験結果が得られるといわれている。しかし、中性塩水噴霧試験の歴史と比較すると、複合サイクル試験の歴史は浅く、該試験の条件の設定にあたり、試験対象となる場所に適した試験条件で行うべく、試行錯誤が重ねられてきた。
【0008】
例えば特許文献1には、特に漏水部や狭空間などの高湿潤環境で橋梁などの構造物に使用される鋼材の、腐食促進試験方法として、次の方法が提案されている。すなわち、下記(A)工程と下記(B)工程と下記(C)工程とからなる工程を1回以上行うことからなる鋼材の腐食促進試験方法であって、下記(A)工程において、塩分付着量は0.1~100000mg/mであり、さらに下記(B)工程において、乾燥工程及び湿潤工程は下記条件範囲内で行われることを特徴とする高湿潤環境における鋼材の腐食促進試験方法が示されている。(A)鋼材の表面に、塩化物イオンを含む塩分を付着させる工程、(B)鋼材に対して、温度と相対湿度を変化させて設定した乾燥工程及び湿潤工程を繰り返すことを1サイクルとし、乾燥工程と湿潤工程の相対湿度および下記式で示される湿潤率が下記の条件範囲内で行われることとし、このサイクルを少なくとも1回行う工程、乾燥工程 相対湿度:40%超70%以下、湿潤工程 相対湿度:80%以上、湿潤率=(湿潤工程保持時間/(乾燥工程保持時間+湿潤工程保持時間)):95%以上100%以下、(C)鋼材の表面を、洗浄水により洗浄する工程。
【0009】
また特許文献2には、使用環境近傍で計測された年平均相対湿度(RH)と年平均気温(T)から導出した、湿度に関する確率係数P(RH)と温度に関する確率係数P(T)を用い、Wet率を、式:Wet率=P(RH)×P(T)により算出することが示されている。そして、この湿潤率(Wet率)を用い、塗装腐食性を評価する方法が示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2010-139450号公報
【特許文献2】特開2013-194314号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
上記複合サイクル試験は、前述の中性塩水噴霧試験との比較では実環境に近い試験結果が得られるかもしれないが、その試験条件は、橋梁の腐食環境を模擬しているとは言い難い。その理由として、橋梁は複雑な形状の鋼構造物であり、橋梁の架設地域はマクロ的に同じ環境にありながら、桁下空間が広くて風通しの良い橋梁の中央部と、桁下空間が狭くて風通しが悪く、場合によっては草木が生い茂り、土砂が堆積している桁端部とでは、腐食状況が異なる場合が多いことが挙げられる。現実的に、橋梁を構成する鋼材の腐食が進行して問題となる箇所は、橋梁の桁端部である。
【0012】
また上記複合サイクル試験は、その開発の過程で自動車規格が参考にされたものであって、橋梁の腐食環境が考慮されたものではない。橋梁の中央部の環境は、自動車が走行する一般的な大気腐食環境で模擬できると考えられる。しかし、橋梁の桁端部の環境因子は不明であり、自動車が走行するような一般的な大気腐食環境で模擬できるとはいえない。
【0013】
特許文献1は、橋梁などの構造物に使用される鋼材の腐食促進試験方法について提案された技術であるが、必ずしも橋梁の桁端部の腐食環境が模擬されているわけではない。
【0014】
特許文献2には、使用環境近傍で計測された年平均相対湿度や年平均気温を用いることが示されている。例えば気象庁データのようなデータ集の値を用いることは簡便ではあるが、実際には、後述するように橋梁の部位の温度、湿度は日々刻々と移り変わり、一日の変動も大きく、使用環境近傍で計測された年平均相対湿度や年平均気温は大きく異なる。また、実際の橋梁の環境(WET率)は、平均気温と平均湿度が与えられれば一義的に決まるほど単純なものではなく、橋梁の部位を適正に評価できているとは言えない。つまりこれまで、橋梁の桁端部の腐食環境を模擬した、実験室的な腐食試験方法が存在せず、橋梁用高耐食性鋼材を開発するにあたり、適切な評価方法がない状況であった。
【0015】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであって、その目的は、橋梁における上述した桁端部の様な特定の評価対象部の腐食環境を正確に模擬した、橋梁用鋼材の腐食促進試験方法を提供すること、および該腐食促進試験方法を用いた橋梁用鋼材の耐食性評価方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明の態様1は、
橋梁用鋼材の腐食促進試験方法であって、
橋梁の一般部と橋梁の評価対象部のそれぞれにおいて、環境因子を測定する工程と、
各部の環境因子の測定値の差異を定量化する工程と、
定量化した差異に基づいて既存の腐食促進試験の条件を変更し、該腐食促進試験を行う工程とを含む、橋梁用鋼材の腐食促進試験方法である。
【0017】
本発明の態様2は、
前記各部の環境因子として、鋼材表面温度と、鋼材表面の乾燥または湿潤の時間とを、1~60分間隔で測定し、かつ塩分量を1か月間隔で測定する、態様1に記載の橋梁用鋼材の腐食促進試験方法である。
【0018】
本発明の態様3は、
前記乾燥または湿潤の時間の測定では、ACM型腐食センサで鋼材表面の電流値を測定し、該電流値が0.1μA以下である時間を乾燥時間、該電流値が0.1μA超である時間を湿潤時間とする、態様1または2に記載の橋梁用鋼材の腐食促進試験方法である。
【0019】
本発明の態様4は、
前記既存の腐食促進試験は、鋼材に塩水を噴霧する塩水噴霧工程と、前記塩水噴霧工程で塩化物が付着した鋼材を乾燥させる乾燥工程と、鋼材を湿潤する湿潤工程とを含む複合サイクル試験である、態様1に記載の橋梁用鋼材の腐食促進試験方法である。
【0020】
本発明の態様5は、
前記複合サイクル試験は、JIS-K-5600 サイクルDの操作条件で行う、態様4に記載の橋梁用鋼材の腐食促進試験方法である。
【0021】
本発明の態様6は、
前記塩水噴霧工程に使用する塩水の濃度を、5質量%以下であって、実環境で測定した飛来塩分量の10分の1とする、態様4または5に記載の橋梁用鋼材の腐食促進試験方法である。
【0022】
本発明の態様7は、
橋梁の一般部の鋼材表面温度と橋梁の評価対象部の鋼材表面温度との下記式で示される差異が、30%以上である場合に、前記複合サイクル試験の塩水噴霧工程、乾燥工程および湿潤工程の修正試験温度を、既存試験温度×(橋梁の評価対象部の鋼材表面温度/橋梁の一般部の鋼材表面温度)とする、態様4または5に記載の橋梁用鋼材の腐食促進試験方法である。
温度の差異(%)=[(橋梁の評価対象部の温度-橋梁の一般部の温度)/(橋梁の一般部の温度)]×100
【0023】
本発明の態様8は、
橋梁の一般部の乾燥時間に対する、橋梁の評価対象部の乾燥時間の割合を求め、
前記複合サイクル試験の既存乾燥時間に前記割合を掛けて修正乾燥時間とし、更に、
前記複合サイクル試験の既存乾燥時間から修正乾燥時間を差し引いて求められる差分を、前記複合サイクル試験の既存湿潤時間に加えて修正湿潤時間とする、態様4または5に記載の橋梁用鋼材の腐食促進試験方法である。
【0024】
本発明の態様9は、
前記塩水噴霧工程における塩水噴霧時間を15分間~30分間、前記乾燥工程における修正乾燥時間を30分間以上、および前記湿潤工程における修正湿潤時間を30分間以上とし、
前記塩水噴霧時間、前記修正乾燥時間および前記修正湿潤時間の合計時間を5~7時間とし、更に、
下記式(1)で表されるWET率を34%~66%とする、態様4または5に記載の橋梁用鋼材の腐食促進試験方法である。
WET率=[(塩水噴霧時間+湿潤時間)/(塩水噴霧時間+乾燥時間+湿潤時間)]×100・・・(1)
【0025】
本発明の態様10は、
前記WET率を40%~60%とする、態様9に記載の橋梁用鋼材の腐食促進試験方法である。
【0026】
本発明の態様11は、
態様1または2に記載の橋梁用鋼材の腐食促進試験方法を用いた、橋梁用鋼材の耐食性評価方法である。
【発明の効果】
【0027】
本発明によれば、橋梁における桁端部の様な特定の評価対象部の腐食環境を正確に模擬した、橋梁用鋼材の腐食促進試験方法を提供すること、および該腐食促進試験方法を用いた橋梁用鋼材の耐食性評価方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
図1図1は、実環境での橋梁の一般部と桁端部の、WET率と2か月間の腐食量との関係を示す図である。
図2図2は、実施例における鋼材試験片の形状と設置方法を示す図である。
図3図3は、実施例においてACMセンサで電流値を測定した結果を示す図である。
図4図4は、実施例におけるWET率と腐食量の関係を示す図である。
図5図5は、前記図1と前記図4を対比した図である。
【発明を実施するための形態】
【0029】
本発明者らは、これまで十分に再現できていなかった、橋梁の桁端部等の厳しい腐食環境を、評価対象部として模擬した腐食促進試験を実現すべく、鋭意検討を行った。その結果、
・橋梁の一般部と橋梁の評価対象部のそれぞれにおいて、環境因子を測定する工程と、
・各部の環境因子の測定値の差異を定量化する工程と、
・定量化した差異に基づいて既存の腐食促進試験の条件を変更し、該腐食促進試験を行う工程とを含む、鋼材の腐食促進試験方法とすればよいことを見出した。以下、各工程について説明する。なお、上記「橋梁の評価対象部」は、腐食促進試験で腐食環境を模擬したい場所をいう。
【0030】
[橋梁の一般部と橋梁の評価対象部のそれぞれにおいて、環境因子を測定する工程]
[各部の環境因子の測定値の差異を定量化する工程]
実環境に設置した測定装置により、既存の複合サイクル試験で模擬できる「橋梁の一般部(中央部)の実環境」と、例えば上述の橋梁の桁端部等の厳しい腐食環境のように、既存の複合サイクル試験では模擬できない「橋梁の評価対象部の実環境」のそれぞれにおいて、環境因子の測定を行う。環境因子を測定することによって、橋梁の一般部との差異を定量的に評価でき、この差異を既存の複合サイクル試験に反映させ、実環境により即した耐食性評価を行うことができる。また、環境因子の測定を行うことにより、どの環境因子が腐食に大きな影響を及ぼしているかを明確にすることができる。
【0031】
上記「橋梁の一般部(中央部)の実環境」と「橋梁の評価対象部の実環境」の環境因子の測定値を比較し、各部の環境因子の測定値の差異を定量化する。測定する環境因子として、鋼材表面温度、湿度、鋼材表面の濡れ状況として鋼材表面の乾燥または湿潤の時間、塩分量等が挙げられる。
【0032】
前記複合サイクル試験の条件として、下記表1に示すJIS-K-5600 サイクルDの操作条件が挙げられる。しかし、既存の腐食促進試験の条件はこれに限られず、例えばJIS K 5621等も基準とすることができる。
【0033】
本明細書において、「橋梁の一般部」とは、例えば橋梁の中央部分のように桁下空間が広く風通しの良い場所をいう。「橋梁の一般部」は、明確な定義はないが、後述する橋梁の桁端部を除いた中央を含む領域であって、橋長の8割程度を占める領域をいう。以下、橋梁の一般部を「橋梁一般部」ということがある。一方、「橋梁の桁端部」とは、文字通り、橋桁の橋の部位を指す以外に、橋台付近の、草木が生い茂っていたり、土砂が堆積していたり、また場合によっては伸縮装置の近傍、漏水部のような、腐食環境の厳しい場所のことであり、一例として、漏水部、滞水部、高温、高湿度、高塩分、風通しが悪い部位・箇所が挙げられる。以下、橋梁の桁端部を「橋梁桁端部」ということがある。ただし、前記「橋梁の桁端部」の腐食環境が厳しい理由は桁下空間が狭いためであり、桁下空間が狭い橋梁、橋脚を有する橋梁では、一般部(中央部)でも桁端部と同様の腐食環境となる場合がある。また、「既存の腐食促進試験」とは、本願の出願時に知られた、例えば、表1に示されるJIS-K-5600 サイクルDに限らず、「橋梁の一般部」と「橋梁の桁端部」のように腐食環境の違いがある点を考慮せずに一律に行う腐食促進試験をいう。
【0034】
すなわち橋梁の評価対象部は、橋梁であれば特に限定されない。上記JIS-K-5600 サイクルD等の既存の腐食促進試験の条件では模擬できない評価対象部として、橋梁の桁端部が一例として挙げられる。なお、下記表1に示す既存の腐食促進試験における条件を、例えば「既存塩水噴霧時間」、「既存湿潤時間」、下記の熱風乾燥と温風乾燥の時間を併せて「既存乾燥時間」と表現し、本発明の方法により修正されたこれらの時間と区別される。
【0035】
【表1】
【0036】
以下では、環境因子として、橋梁一般部と橋梁評価対象部の各部の、塩分量、乾燥・湿潤時間および温度を測定し、かつ既存の腐食促進試験として、鋼材に塩水を噴霧する塩水噴霧工程と、前記塩水噴霧工程で塩化物が付着した鋼材を乾燥させる乾燥工程と、鋼材を湿潤する湿潤工程とを含む複合サイクル試験、また既存の複合サイクル試験を上記JIS-K-5600 サイクルDの操作条件で行う場合を例に説明する。
【0037】
(塩分量の測定)
橋梁一般部と橋梁評価対象部のそれぞれにおいて、実環境の塩分量を測定する。海から離れた山間部であっても塩分を含む凍結防止剤が散布される場合があり、これが拡散することで飛来塩分が生じる。橋梁の一般部では雨風で飛来塩分が流されやすいが、橋梁の桁端部では構造が入り組んでいるため、飛来塩分が滞留しやすいと考えられる。
【0038】
該塩分はNaClとしてよい。塩分量の測定期間の間隔は、特に限定されないが1か月間に一度程度で行うことが好ましい。これにより、塩分量の算出をより正確に行うことができる。可能であれば、1か月間に一度の測定を1年間行うことが好ましい。塩分量の測定方法は、特に限定されず既存の方法を用いることができる。例えば、実環境にガーゼを設置して飛来塩分量を測定するドライガーゼ法、ウェットキャンドル法等のJIS-Z-2382に規定された飛来塩分測定方法、鋼材表面をガーゼでふき取る飛来塩分測定方法、実環境にチタン板を設置して付着塩分量を測定する方法等を採用することができる。飛来塩分量と付着塩分量のどちらでも測定することが可能であるが、正確性の観点から、飛来塩分量を測定すること望ましい。ただし、飛来塩分量が測定しにくい場合は付着塩分量で代用可能である。
【0039】
(塩分量の差異の定量化と、塩分量の差異に基づく既存の腐食促進試験の条件の変更)
塩分量として飛来塩分量を測定する場合、橋梁評価対象部で測定した飛来塩分量が、橋梁用耐候性鋼が裸仕様出来ない塩分量とされている基準:0.05mdd(mg/dm/day)以上であるか否かをまず評価する。その評価に応じて、塩水噴霧工程に使用する塩水の濃度を、5.0質量%以下の範囲内であって、実環境で測定した飛来塩分量の10分の1とすることができる。詳細は次の通りである。
【0040】
橋梁評価対象部の飛来塩分量が0.05mdd(mg/dm/day)以上であった場合、橋梁一般部の塩分量と差異はないものとみなし、既存の腐食促進試験の条件を採用する。この場合、複合サイクル試験の塩水噴霧工程で使用する塩水の塩分濃度を、上記表1のJIS-K-5600 サイクルDの塩水噴霧工程での塩分濃度と同じ、5.0質量%とすればよい。その理由として、本発明者らが実環境の腐食量と塩分量の関係について別途確認したところ、実環境の腐食量に対する塩分量の影響は小さく、塩分濃度をより高くしても腐食速度に大きな影響を及ぼさないことが挙げられる。
【0041】
一方、橋梁評価対象部の飛来塩分量が0.05mdd(mg/dm/day)未満であった場合、複合サイクル試験の塩水噴霧工程で使用する塩水の塩分濃度を適宜変更、例えば5.0質量%以下の範囲内であって、実環境で測定した飛来塩分量の10分の1の濃度とすればよい。例えば、橋梁評価対象部の飛来塩分量が0.005mddであれば、上記塩水噴霧工程で使用する塩水の塩分濃度は0.5重量%とすることができる。
【0042】
橋梁評価対象部が特に桁端部である場合には、桁端部は腐食量が進行している環境、すなわち0.05mdd以上の環境と考えられる。よって、複合サイクル試験の塩水噴霧工程で使用する塩水の塩分濃度は、上記表1のJIS-K-5600 サイクルDの塩水噴霧工程における塩分濃度と同じ5.0質量%とする。
【0043】
(乾燥・湿潤時間の測定)
橋梁一般部と橋梁評価対象部の鋼材表面の、一定期間当たりの濡れ時間の割合を測定することで、一定期間中に占める乾燥時間と湿潤時間を求める。測定方法として次の方法が挙げられる。すなわち、ACM(Atmospheric Corrosion Monitor)型腐食センサで鋼材表面の電流値を測定し、該電流値が0.1μA以下である時間を鋼材表面が乾燥している状態とみなして乾燥時間、該電流値が0.1μA超である時間を鋼材表面が濡れている状態とみなして湿潤時間とすることが挙げられる。上記鋼材の乾燥状態とする電流値は諸説あるが、上記では0.1μA以上を鋼材表面が濡れている状態とみなしている。
【0044】
上記鋼材表面の乾燥または湿潤の時間の測定、すなわち上記電流値の測定は、例えば1~60分間隔で行うことができる。データは多い方が良いが、データ量を抑えて解析を容易にする観点から1分間以上の間隔であることが好ましい。また、気象変化に対応する観点から、60分間以下の間隔で測定することが好ましい。より好ましくは、5~10分間隔である。上記間隔で30日以上測定することが好ましい。
【0045】
(乾燥・湿潤時間の差異の定量化)
橋梁一般部と橋梁評価対象部のそれぞれにおいて、一定期間内の合計乾燥時間を算出し、橋梁一般部の合計乾燥時間に対する、橋梁評価対象部の合計乾燥時間の割合(%)を求める。
【0046】
例えば、30日間測定したときに、橋梁一般部の合計乾燥時間が28日で、橋梁評価対象部の合計乾燥時間が21日であった場合、橋梁一般部の合計乾燥時間に対する、橋梁評価対象部の合計乾燥時間の割合(%)は、(21/28)×100=75%となる。
【0047】
(乾燥・湿潤時間の差異に基づく既存の腐食促進試験の条件の変更)
定量的な差異として上記割合を、表1のJIS-K-5600 サイクルDの既存乾燥時間(合計4時間)に掛けて修正乾燥時間を得る。更に、前記複合サイクル試験の既存乾燥時間から修正乾燥時間を差し引いて求められる差分を、前記複合サイクル試験の既存湿潤時間に加えて修正湿潤時間とする。
【0048】
例えば、上記測定結果の場合、表1に示されるJIS-K-5600 サイクルDの乾燥時間(合計4時間)×0.75=3時間を修正乾燥時間とする。また、既存乾燥時間と修正乾燥時間との差分、4時間-3時間=1時間を、既存の湿潤時間の1.5時間に加えて、修正湿潤時間を1.5時間+1時間=2.5時間とする。
【0049】
(乾燥・湿潤時間に基づくWET率による既存の腐食促進試験の条件の変更)
一般的な腐食の場合、塩分の影響が大きいといわれているが、橋梁桁端部のような特殊かつ厳しい腐食環境の場合、塩分の影響よりも濡れの方が影響因子として作用効果が大きいことが分かった。本発明者らが、環境因子が腐食量に及ぼす影響について検討したところ、上記乾燥時間と湿潤時間から算出される下記式(1)のWET率が、図1に示す通り、腐食量に及ぼす影響が大きいことがわかった。図1は、実環境において、橋梁一般部と橋梁桁端部の2か月間の腐食量を測定した結果である。
WET率=[(塩水噴霧時間+湿潤時間)/(塩水噴霧時間+乾燥時間+湿潤時間)]×100・・・(1)
【0050】
橋梁の評価対象部として、橋梁の桁端部を評価する場合、下記式から求められるWET率をより好ましくは40%~60%の範囲内とすることによって、橋梁の桁端部の実環境に即した評価を行うことができる。言い換えると、橋梁評価対象部として、橋梁桁端部を評価する場合、環境因子として、塩分量や温度よりも、WET率が腐食に大きな影響を示すため、上記WET率を満たすように各工程の時間を制御するのみで橋梁桁端部の腐食環境を十分に模擬できる。
【0051】
腐食には水分、具体的に鋼材表面の濡れが大きく影響する。適度な濡れがあることで、酸素も順調に供給されて腐食が進行する。この観点から、濡れの程度を定量化したWET率を高めることが好ましく、WET率は好ましくは34%以上、より好ましくは40%以上である。一方、鋼材表面が濡れすぎると、腐食環境としてそれほど厳しくない環境となる傾向がある。その理由として、鋼材表面に存在する塩分等の腐食因子が洗い流されやすいこと、供給される酸素量が減少することが挙げられる。更に、錆が発生すると、乾燥状態と湿潤状態の繰り返しにより錆の生成が更に加速されるが、湿潤状態のままでは錆も生成しにくく、腐食量が減少しやすいことが挙げられる。
【0052】
上記の通り腐食促進の観点から、乾燥状態と湿潤状態が繰り返されることが望ましいことから、WET率は66%以下とすることが好ましく、より好ましくは60%以下である。
【0053】
例えば、上記測定結果の場合、橋梁桁端部におけるWET率は、複合サイクル試験における塩水噴霧時間(0.5時間)+修正湿潤時間(2.5時間)が3時間であり、塩水噴霧時間(0.5時間)+修正乾燥時間(3時間)+修正湿潤時間(2.5時間)が6時間であるため、3÷6×100=50%であり、腐食環境として最適であることがわかる。
【0054】
(温度の測定)
橋梁の一般部と、橋梁の評価対象部に温度計を設置し、1~60分、望ましくは5~10分に一度、温度を測定する。温度計は特に限定しない。
【0055】
(温度の差異の定量化と、温度に基づく既存の腐食促進試験の条件の変更)
橋梁の一般部の鋼材表面温度と橋梁の評価対象部の鋼材表面温度との差異を、下記式から求める。
温度の差異(%)=[(橋梁の評価対象部の温度-橋梁の一般部の温度)/(橋梁の一般部の温度)]×100
【0056】
上記差異が30%以上である場合、前記複合サイクル試験の塩水噴霧工程、乾燥工程および湿潤工程の修正試験温度を、既存試験温度×(橋梁の評価対象部の鋼材表面温度/橋梁の一般部の鋼材表面温度)とすることができる。例えば、橋梁一般部の温度が20℃、橋梁評価対象部の温度が28℃であった場合、温度の差異は、[(28-20)/20]×100=40%である。この様に上記差異が30%以上である場合、JISの既存試験温度は30℃であるが、30℃×28/20=42℃で試験を行えばよい。ただし、例えば橋梁の一般部と桁端部ではそれほど気温差はなく、また日本国内では、腐食に影響を及ぼすような高温環境の綱領はない。よって一般的には、JISの既存試験温度である30℃のままでもよい。橋梁の評価対象部が桁端部である場合、現実的には中央部との温度の差が30%未満の場合が多いため、JISの既存試験温度である30℃のままでよい。
【0057】
[前記工程で求めた定量的な差異に基づき既存の腐食促進試験の条件を変更して、腐食促進試験を行う工程]
本発明に係る複合サイクル試験は、試験片である鋼材に塩水を噴霧する工程と、この塩水噴霧工程で塩化物が付着した試験体を乾燥させる工程と、試験片である鋼材を湿潤する湿潤工程と、を含む乾湿サイクル工程である。前記サイクルを1回または複数回繰り返した時の腐食量により耐食性を評価する。
【0058】
当該複合サイクル試験において、前記工程で求めた定量的な差異に基づき既存の腐食促進試験の条件を変更した試験条件以外は、表1に記載のJIS-K-5600 サイクルDの試験条件に準拠して試験を行うことができる。なお、各工程の目安の時間は次の通りである。塩水噴霧時間は試験片を十分にぬらすために、5分間以上は必要となる。しかし、塩水噴霧時間を30分以上としても、塩分による影響は飽和すると考えられる。よって、塩水噴霧時間は5分間~30分間とするのがよい。塩水噴霧時間は、より好ましくは15分間~30分間である。
【0059】
湿潤工程においても、試験槽内を十分均一な雰囲気にするため、修正湿潤時間は5分間以上とするのがよい。修正湿潤時間は、より好ましくは30分間以上である。熱風乾燥時間も試験槽内を十分均一な雰囲気にするため、かつ試験片を十分乾燥させるため、15分間以上とするのがよい。温風乾燥時間も試験槽内を十分均一な雰囲気にするため、かつ試験片を十分乾燥させるため、15分間以上とするのがよい。以上のことから、WET率の値を充足する範囲で、塩水噴霧時間は好ましくは5分間~30分間、より好ましくは15分間~30分間、修正湿潤時間は好ましくは5分間以上、より好ましくは30分間以上、修正乾燥時間は合計で30分間以上とするのがよい。また前記塩水噴霧時間、前記修正乾燥時間および前記修正湿潤時間の合計時間を5~7時間とすることが好ましい。
【0060】
各工程への遷移時間は短いほうが良い。各工程への遷移時間は、装置の能力などにもよるが、1~10分程度許容され、各工程に切り替えて5分以内に各条件が設定されるのが望ましい。
【0061】
なお、後述の実施例に示す通り、例えば橋梁の桁端部の場合、塩分量よりも濡れ状況(乾燥時間と湿潤時間)が腐食に大きく影響を及ぼしているため、上記濡れ状況(乾燥時間と湿潤時間)の制御のみでもよい。橋梁の桁端部の腐食量をより厳密に模擬する場合、上記濡れ状況(乾燥時間と湿潤時間)と共に、鋼板表面温度、湿度、塩分量も、実環境の値を用いることができる。
【0062】
上記説明では、JIS-K-5600 サイクルDを既存の腐食促進試験の条件として基準にしたが、前述の通り、既存の腐食促進試験の条件はこれに限られず、例えばJIS K 5621等も基準とすることができる。
【0063】
本発明に対して、特許文献1の試験条件は、既存の腐食促進試験の条件を、評価対象環境と定量的に比較して試験条件を設定していないため、実際の環境を十分に模擬した複合サイクル試験を行っているとはいえない。
【0064】
本発明の試験方法の対象鋼種は橋梁用であれば限定されず、普通鋼、低合金鋼、ステンレス鋼等の鋼材、アルミニウム材、めっき鋼板、クラッド鋼板などを対象とすることができる。前記普通鋼、低合金鋼として、橋梁用に用いられるJIS-SMA規格、JIS-SM規格の普通鋼、低合金鋼材が挙げられる。
【0065】
上記橋梁用鋼材の腐食促進試験方法を用いた、橋梁用鋼材の耐食性評価方法も含まれる。該耐食性評価方法は、腐食促進試験方法を上述の通り行うこと以外は限定されず、通常行われている条件等を採用することができる。
【実施例0066】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明する。本発明は以下の実施例によって制限を受けるものではなく、前述および後述する趣旨に合致し得る範囲で、適宜変更を加えて実施することも可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【0067】
(実環境での測定)
宮城県内の実際の橋梁の桁端部と、そこから数m離れた一般部のそれぞれに、温度や湿度を10分おきに測定するための温湿度センサ、環境因子により電気化学的に発生する金属の腐食電流を10分おきに直接計測するためのACM(Atmospheric Corrosion Monitor)型腐食センサ(通称ACMセンサ)、ワッペン試験片と言われている鋼材試験片(サイズ:50mm×50mm)、ガーゼを用いた飛来塩分測定機器、付着塩分測定用チタン板などを設置し、腐食減量、塩分量、ACMセンサによる電流値、温度の測定を半年間行った。上記ワッペン試験片は、図2の通り設置した。上記鋼材試験片は1条件につき1個~3個(N=1~3)とした。鋼板試験片の設置方法は、上記付着塩分測定用チタン板と同じ位置とした。また、ACMセンサ、バッテリー等の精密機器をぬらさないように、当該精密機器は白い箱(防水ケース)で保護した。
【0068】
[腐食量の測定]
前記鋼材試験片の重量を、試験前後で測定し、腐食減量を求め、後述する換算を行った板厚減少量を腐食量とした。試験の結果、鋼材試験片(ワッペン試験片)の腐食減量は、桁端部と一般部で大きな差異があることが分かった。この差異を生む原因としていくつかの気象因子が考えられた。今回の場合、一般部と桁端部で気温や湿度(月平均)に大きな差は無かった。付着塩分量と飛来塩分量の絶対値に差はあったが、いずれの量も、冬季塩分量は夏季よりも高く、桁端部は一般部より高かった。これは凍結防止剤散布の影響と考えられた。
【0069】
上記ACMセンサで電流値を測定した結果を図3に示す。図3において、縦軸のACM出力が電流値を示し、矢印は降雨時期を示す。この図3より、ACM出力値が0.1μA以下である時間帯を、乾燥時間とした。その結果、抽出した30日の間で、桁端部は約20日分、一般部は約28日分がほぼ乾燥していると算出された。30日間の間で、鋼材表面の乾燥時間は、一般部が27.94日であり、実質、矢印で示す降雨時期のみ濡れていることがわかった。一方、桁端部は、鋼材表面の乾燥時間が21.52日しかなく、降雨時期以外も、表面が濡れていることが分かった。つまり、橋梁の一般部の合計乾燥時間に対する、橋梁の桁端部の合計乾燥時間の割合(%)は、(21.52/27.94)×100=77%であった。
【0070】
上記の通り、橋梁の桁端部の乾燥時間は一般部の77%であった。この差は、湿度計では観察できない。マクロ的に橋梁の架設地域は、気温、湿度および飛来・付着塩分は同じはずであるが、橋梁の部位別にミクロに観察をすると、濡れている時間、すなわち湿潤時間と、乾燥時間とが大きく異なることが分かった。この差異は、湿度は同じかもしれないが、橋梁の部位別に日当たりや風向風速など局所気象因子が異なること、また、空間や構造条件等によって変化すると考えらえる。ACM出力値から、表面が濡れている間は、腐食が進行していると推定され、表面の濡れが、上記腐食量の差に影響を与えていると考えられた。
【0071】
(既存の腐食促進試験の条件の変更)
このような橋梁の部位による差を実験室的に評価するには、橋梁のミクロな環境因子を反映させた試験条件を用いなければいけない。そこで、本実施例では、既存の腐食促進試験の条件として、代表的な試験条件であるJIS-K-5600 サイクルDを採用し、この試験条件を、上記橋梁のミクロな環境因子を反映させるため変更した。
【0072】
〔乾燥・湿潤時間〕
まず、上記JISの熱風乾燥時間と温風乾燥時間の合計乾燥時間を77%に低減させた。実際には試験装置のプログラミング上のことも考え、75%と設定し、乾燥時間を従来の4時間から、3時間に変更した。また、乾燥時間の変更に伴い濡れ時間を増加させた。詳細には、既存の乾燥時間と修正乾燥時間との差分、4時間-3時間=1時間を、既存の湿潤時間の1.5時間に加えて、修正湿潤時間を1.5時間+1時間=2.5時間とした。
〔WET率〕
橋梁の一般におけるWET率は、表1における既存塩水噴霧時間+既存湿潤時間が2時間であり、既存塩水噴霧時間+既存乾燥時間+既存湿潤時間が6時間であるため、2÷6×100=33%であった。一方、橋梁の桁端部におけるWET率は、複合サイクル試験における塩水噴霧時間+修正湿潤時間が3時間であり、塩水噴霧時間+修正乾燥時間+修正湿潤時間が6時間であるため、3÷6×100=50%であった。
【0073】
〔温度・湿度〕
気温や湿度は、上記JISの条件と橋梁の一般部での測定結果との間で大きな差はなく、かつ橋梁の一般部と桁端部の測定結果の間でも大きな差はなかった、すなわち、差異が30%未満であったため、JISの条件を踏襲した。
【0074】
〔塩分量〕
塩分に関しては、凍結防止剤の影響があることから、塩水噴霧を行うことは必須である。飛来塩分量が0.05mdd以上であったため、JISの条件を踏襲した。
【0075】
上記各環境因子の差異をふまえて、腐食促進試験の条件を下記の通りとした。
【0076】
塩水噴霧工程は、30℃で、5.0質量%NaCl噴霧とし、30分間(0.5時間)とした。温度制御は厳密に行った方がよいが、試験槽内のばらつきも考慮し、±2℃は許容範囲とした。
【0077】
湿潤工程は、30℃で、95%RHとし、150分(2.5時間)とした。湿度制御は厳密に行った方がよいが、試験槽内のばらつきも考慮し、±3%は許容範囲とした。
【0078】
熱風乾燥工程は、50℃で、90分(1.5時間)とした。湿度制御は厳密に行った方がよいが、試験槽内のばらつきも考慮し、±2℃は許容範囲とした。
【0079】
温風乾燥工程は、30℃で、90分(1.5時間)とした。湿度制御は厳密に行った方がよいが、試験槽内のばらつきも考慮し、±2℃は許容範囲とした。
【0080】
これらの条件を表2に示す。
【0081】
【表2】
【0082】
サンプルは150mm×50mm×6mmの鋼材を用い、表面の左右5mm幅、側面、および裏面をシールした。そして表面の140mm×40mmの部分のみを腐食させて、14日間試験を実施した。
【0083】
試験片はばらつきも考慮し、12枚用いた。腐食促進試験における各工程の条件は、上記表2の通り一部の条件を変更する以外は、既存の腐食促進試験(JIS-K-5600 サイクルD)と同様にして、腐食促進試験を行った。なお、比較のため、既存の腐食促進試験条件(WET率33%)でも試験を行った。
【0084】
試験後の腐食生成物を除去し、重量測定を行い、試験前後の重量差から、腐食減量を算出した。上記14日間の試験結果から、腐食速度を計算し、一か月の場合に換算した。一か月試験を行った場合の板厚減少量に換算した結果を縦軸に腐食量として、横軸をWET率とし、既存の腐食促進試験条件(WET率33%)で試験を行った結果と共に図4に示す。
【0085】
上記図4から、既存の腐食促進試験条件では、板厚減少量がおよそ0.005mm程度であったのに対し、新条件では、0.015~0.025mmであり、既存の腐食促進試験の3~5倍の腐食量となった。すなわち、既存の腐食促進試験方法では、橋梁の桁端部のような厳しい腐食環境を精緻に評価できなかったため、緩やかな腐食環境の腐食量との差が生じにくかったが、本実施形態の試験条件によれば、同じ試験期間であっても、厳しい腐食環境の条件を正確に反映させた腐食量とすることができた。なお、本発明者らが、WET率を33%、50%、66%と変化させた実験を行ったところ、WET率が50%の場合が最も腐食量が大きかった。
【0086】
更に、本発明の腐食促進試験が、実際の橋梁の腐食状況を模擬しているかを確認するため、前記図1の実環境で2か月間腐食させた結果と、前記図4とを比較した結果を図5に示す。図5において「A」は腐食が厳しい部位の結果を示し、「B」は一般部の結果を示す。この図5から、本発明の腐食促進試験によれば、実橋での2カ月に相当する腐食量を新条件では1カ月で評価できることがわかる。さらに、ラボと実環境の試験結果における一般部と桁端部は、腐食量についていずれもいい相関が見られたため、本発明で実環境を模擬できることが分かった。
【0087】
本発明は以下の態様を含む。
本発明の態様1aは、
橋梁用鋼材の腐食促進試験方法であって、
橋梁の一般部と橋梁の評価対象部のそれぞれにおいて、環境因子を測定する工程と、
各部の環境因子の測定値の差異を定量化する工程と、
定量化した差異に基づいて既存の腐食促進試験の条件を変更し、該腐食促進試験を行う工程とを含む、橋梁用鋼材の腐食促進試験方法である。
【0088】
本発明の態様2aは、
前記各部の環境因子として、鋼材表面温度と、鋼材表面の乾燥または湿潤の時間とを、1~60分間隔で測定し、かつ塩分量を1か月間隔で測定する、態様1aに記載の橋梁用鋼材の腐食促進試験方法である。
【0089】
本発明の態様3aは、
前記乾燥または湿潤の時間の測定では、ACM型腐食センサで鋼材表面の電流値を測定し、該電流値が0.1μA以下である時間を乾燥時間、該電流値が0.1μA超である時間を湿潤時間とする、態様1aまたは2aに記載の橋梁用鋼材の腐食促進試験方法である。
【0090】
本発明の態様4aは、
前記既存の腐食促進試験は、鋼材に塩水を噴霧する塩水噴霧工程と、前記塩水噴霧工程で塩化物が付着した鋼材を乾燥させる乾燥工程と、鋼材を湿潤する湿潤工程とを含む複合サイクル試験である、態様1a~3aのいずれかに記載の橋梁用鋼材の腐食促進試験方法である。
【0091】
本発明の態様5aは、
前記複合サイクル試験は、JIS-K-5600 サイクルDの操作条件で行う、態様4aに記載の橋梁用鋼材の腐食促進試験方法である。
【0092】
本発明の態様6aは、
前記塩水噴霧工程に使用する塩水の濃度を、5質量%以下であって、実環境で測定した飛来塩分量の10分の1とする、態様4aまたは5aに記載の橋梁用鋼材の腐食促進試験方法である。
【0093】
本発明の態様7aは、
橋梁の一般部の鋼材表面温度と橋梁の評価対象部の鋼材表面温度との下記式で示される差異が、30%以上である場合に、前記複合サイクル試験の塩水噴霧工程、乾燥工程および湿潤工程の修正試験温度を、既存試験温度×(橋梁の評価対象部の鋼材表面温度/橋梁の一般部の鋼材表面温度)とする、態様4a~6aのいずれかに記載の橋梁用鋼材の腐食促進試験方法である。
温度の差異(%)=[(橋梁の評価対象部の温度-橋梁の一般部の温度)/(橋梁の一般部の温度)]×100
【0094】
本発明の態様8aは、
橋梁の一般部の乾燥時間に対する、橋梁の評価対象部の乾燥時間の割合を求め、
前記複合サイクル試験の既存乾燥時間に前記割合を掛けて修正乾燥時間とし、更に、
前記複合サイクル試験の既存乾燥時間から修正乾燥時間を差し引いて求められる差分を、前記複合サイクル試験の既存湿潤時間に加えて修正湿潤時間とする、態様4a~7aのいずれかに記載の橋梁用鋼材の腐食促進試験方法である。
【0095】
本発明の態様9aは、
前記塩水噴霧工程における塩水噴霧時間を15分間~30分間、前記乾燥工程における修正乾燥時間を30分間以上、および前記湿潤工程における修正湿潤時間を30分間以上とし、
前記塩水噴霧時間、前記修正乾燥時間および前記修正湿潤時間の合計時間を5~7時間とし、更に、
下記式(1)で表されるWET率を34%~66%とする、態様4a~8aのいずれかに記載の橋梁用鋼材の腐食促進試験方法である。
WET率=[(塩水噴霧時間+湿潤時間)/(塩水噴霧時間+乾燥時間+湿潤時間)]×100・・・(1)
【0096】
本発明の態様10aは、
前記WET率を40%~60%とする、態様9aに記載の橋梁用鋼材の腐食促進試験方法である。
【0097】
本発明の態様11aは、
態様1a~10aのいずれかに記載の橋梁用鋼材の腐食促進試験方法を用いた、橋梁用鋼材の耐食性評価方法である。
【産業上の利用可能性】
【0098】
従来の評価方法では模擬できていなかった橋梁の桁端部の腐食環境に対応した、新規高耐候性鋼材の開発を進めることができる。
図1
図2
図3
図4
図5