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特開2024-104901建築用鋼材、鉄骨構造、及び鉄骨構造の設計方法
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024104901
(43)【公開日】2024-08-06
(54)【発明の名称】建築用鋼材、鉄骨構造、及び鉄骨構造の設計方法
(51)【国際特許分類】
   E04C 3/04 20060101AFI20240730BHJP
   E04C 3/32 20060101ALI20240730BHJP
   E04B 1/24 20060101ALI20240730BHJP
【FI】
E04C3/04 ESW
E04C3/32
E04B1/24 G
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023009330
(22)【出願日】2023-01-25
(71)【出願人】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【弁理士】
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【弁理士】
【氏名又は名称】大浪 一徳
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【弁理士】
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 洋
(74)【代理人】
【識別番号】100217249
【弁理士】
【氏名又は名称】堀田 耕一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100221279
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 健吾
(74)【代理人】
【識別番号】100207686
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 恭宏
(74)【代理人】
【識別番号】100224812
【弁理士】
【氏名又は名称】井口 翔太
(72)【発明者】
【氏名】小野木 武司
(72)【発明者】
【氏名】木村 慧
(72)【発明者】
【氏名】川田 裕之
(72)【発明者】
【氏名】清水 信孝
【テーマコード(参考)】
2E163
【Fターム(参考)】
2E163FA02
2E163FA12
(57)【要約】
【課題】座屈を抑えて崩壊モードを安定させた建築用鋼材を提供する。
【解決手段】建築物2の梁に用いられる建築用鋼材11であって、(1)式を満たす温度T(℃)かつ(2)式を満たす歪速度ε(%/min)における高温ヤング率Eと、(1)式を満たす温度Tかつ歪速度0.3%/minにおける高温ヤング率Eとが、(3)式を満たす、建築用鋼材。
560≦T≦775 ・・(1)
0.3<ε≦1.04 ・・(2)
1.0<E/E≦1.35 ・・(3)
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
建築物の梁に用いられる建築用鋼材であって、
(1)式を満たす温度T(℃)かつ(2)式を満たす歪速度ε(%/min)における高温ヤング率Eと、前記(1)式を満たす前記温度Tかつ歪速度0.3%/minにおける高温ヤング率Eとが、(3)式を満たす、建築用鋼材。
560≦T≦775 ・・(1)
0.3<ε≦1.04 ・・(2)
1.0<E/E≦1.35 ・・(3)
【請求項2】
建築物の柱に用いられる建築用鋼材であって、
(4)式を満たす温度T(℃)かつ(5)式を満たす歪速度ε(%/min)における高温ヤング率Eと、前記(4)式を満たす前記温度Tかつ歪速度0.3%/minにおける高温ヤング率Eとが、(6)式を満たす、建築用鋼材。
550≦T≦780 ・・(4)
0.3<ε≦1.15 ・・(5)
1.0<E/E≦1.38 ・・(6)
【請求項3】
請求項1又は2に記載の建築用鋼材を備える、鉄骨構造。
【請求項4】
建築用鋼材を備える鉄骨構造であって、(7)式を満たす温度T(℃)において、前記建築用鋼材の外力によって生じる歪が急激に増加した際に、前記建築用鋼材に座屈が発生しない、鉄骨構造。
500≦T ・・(7)
【請求項5】
建築物の梁に用いられる第1建築用鋼材と、
前記建築物の柱に用いられ、前記第1建築用鋼材に接合された第2建築用鋼材と、
を備える鉄骨構造であって、
前記第1建築用鋼材及び前記第2建築用鋼材の少なくとも一方において、
(11)式を満たす温度T(℃)かつ(12)式を満たす歪速度ε(%/min)における高温ヤング率Eと、前記温度T(℃)かつ歪速度0.3%/minにおける高温ヤング率Eとが、(13)式を満たす、鉄骨構造。
550≦T≦780 ・・(11)
0.3<ε≦1.15 ・・(12)
1.0<E/E≦1.38 ・・(13)
【請求項6】
建築物の梁に用いられる第1建築用鋼材と、
前記建築物の柱に用いられ、前記第1建築用鋼材に接合された第2建築用鋼材と、
を備える鉄骨構造の設計方法であって、
前記第1建築用鋼材及び前記第2建築用鋼材の少なくとも一方である建築用鋼材において、
300℃以上である温度T(℃)かつ歪速度ε(%/min)における高温ヤング率を用いて算定される座屈耐力σcrと、前記温度Tにおける降伏応力σとが、(14)式を満たすように設定する、鉄骨構造の設計方法。
σ≦σcr ・・(14)
【請求項7】
建築物の梁に用いられる第1建築用鋼材と、
前記建築物の柱に用いられ、前記第1建築用鋼材に接合された第2建築用鋼材と、
を備える鉄骨構造の設計方法であって、
前記第1建築用鋼材及び前記第2建築用鋼材の少なくとも一方である建築用鋼材において、
300℃以上である温度T(℃)かつ歪速度ε(%/min)における高温ヤング率を用いて算定される座屈耐力σcrと、前記建築用鋼材に作用する外力σとが、(15)式を満たすように設定する、鉄骨構造の設計方法。
σ≦σcr ・・(15)
【請求項8】
前記建築用鋼材から採取した試験片を、前記温度Tに加熱した状態で、一定の前記歪速度εで一度引張ることで、前記高温ヤング率を算出する、請求項6又は7に記載の鉄骨構造の設計方法。
【請求項9】
前記建築用鋼材から採取した試験片を、前記温度Tに加熱した状態で、一定の前記歪速度εで繰り返し引張ることで、前記高温ヤング率を算出する、請求項6又は7に記載の鉄骨構造の設計方法。
【請求項10】
建築物の梁に用いられる第1建築用鋼材と、
前記建築物の柱に用いられ、前記第1建築用鋼材に接合された第2建築用鋼材と、
を備える鉄骨構造の設計方法であって、
前記第1建築用鋼材及び前記第2建築用鋼材の少なくとも一方である建築用鋼材において、
300℃以上である温度T(℃)かつ歪速度ε(%/min)における高温応力-歪関係に基づいた、前記建築用鋼材に作用する外力σに対応する接線係数を規定したときに、
前記接線係数を用いて算定される座屈耐力σcrと、前記温度T(℃)における降伏応力σとが、(16)式を満たすように設定する、鉄骨構造の設計方法。
σ≦σcr ・・(16)
【請求項11】
建築物の梁に用いられる第1建築用鋼材と、
前記建築物の柱に用いられ、前記第1建築用鋼材に接合された第2建築用鋼材と、
を備える鉄骨構造の設計方法であって、
前記第1建築用鋼材及び前記第2建築用鋼材の少なくとも一方である建築用鋼材において、
300℃以上である温度T(℃)かつ歪速度ε(%/min)における高温応力-歪関係に基づいた、前記建築用鋼材に作用する外力σに対応する接線係数を規定したときに、
前記接線係数を用いて算定される座屈耐力σcrと、前記外力σとが、(17)式を満たすように設定する、鉄骨構造の設計方法。
σ≦σcr ・・(17)
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、建築用鋼材、鉄骨構造、及び鉄骨構造の設計方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、鋼材の高温ヤング率が、歪速度依存性を有することが知られている(例えば、非特許文献1参照)。また、高温ヤング率を静的試験により測定する方法は、非特許文献2に記載されているように、非特許文献3に準拠して、歪速度が0.1~0.5%/minの範囲で行われる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】桜井裕著、「熱分析ここがポイント-1、ヤング率七変化」、金属、Vol.66 (1996)、No.9、p.29-32
【非特許文献2】JIS Z 2280:1993 金属材料の高温ヤング率試験方法
【非特許文献3】JIS G 0567:2020 鉄鋼材料及び耐熱合金の高温引張試験方法
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ここで、火災時に加熱を受けたときの、鉄骨構造の挙動について説明する。図1に示すように、例えば、鉄骨構造100は、建築用鋼材である複数の柱102、及び複数の梁101が互いに接合されて構成されている。
それぞれの柱102は、上下方向に沿って延びている。複数の柱102は、互いに水平面に沿って間隔を空けて配置されている。複数の梁101の一部である床梁101Aは、複数の柱102の下端部にそれぞれ接合されている。
複数の梁101の他の一部である天井梁101Bは、複数の柱102の上端部にそれぞれ接合されている。一対の天井梁101Bは、同一直線上に配置されている。ここで、一対の天井梁101Bの接合部を支持している柱102を、柱102Aとも言う。
【0005】
例えば、各天井梁101Bの長さを、Lと規定する。各天井梁101Bに作用する等分布荷重を、wと規定する。
このとき、例えば、各天井梁101Bの軸線方向の端に作用する曲げモーメントは、(wL/12)である。各天井梁101Bの軸線方向の中心に作用する曲げモーメントは、(wL/24)である。
【0006】
このように構成された鉄骨構造100の火災時の挙動は、以下のようになる。
例えば、図2に示すように、柱102又は梁101である一部の鉄骨部材が先行して耐力喪失する場合、応力の再分配が生じて他部材の外力条件が変化する。
具体的には、例えば、火災時の熱により柱102Aが座屈する場合、柱102Aの軸耐力が急激に低下する。このため、柱102Aが支持している一対の天井梁101Bには、瞬時に大きな曲げモーメントが作用する。例えば、柱102Aにより支持されず一体となった一対の天井梁101B全体において、軸線方向の端に作用する曲げモーメントは、(wL/3)である。一対の天井梁101B全体の軸線方向の中心に作用する曲げモーメントは、(wL/6)である。
【0007】
このとき、各天井梁101Bに作用する等分布荷重が再分配され、一対の天井梁101Bには常温設計時の想定を上回る曲げモーメントが作用する可能性がある。図3に示すように、柱102及び梁101の断面形状等によっては、降伏耐力あるいは全塑性耐力を確保せずに局部座屈等が発生して、例えば天井梁101Bに、局部座屈による局部座屈部103が形成される場合がある。この場合には、局部座屈部103が曲げ応力を伝達できないため、鉄骨構造100が不安定な崩壊モードになる。
【0008】
一方で、図4に示すように、柱102及び梁101の断面形状等によっては、例えば天井梁101Bに、塑性変形による塑性ヒンジ104が形成される場合がある。この場合には、塑性ヒンジ104は一定の曲げ応力を伝達できるため、鉄骨構造100が安定な崩壊モードになる。
【0009】
また、応力再分配後の局部座屈を抑制する観点で、柱102及び梁101の外面に設ける耐火被覆の厚さを設計すると、耐火被覆の厚さが過剰となる。この場合、鉄骨構造100の設計が、不経済になる可能性がある。
【0010】
本発明は、このような問題点に鑑みてなされたものであって、座屈を抑えて崩壊モードを安定させた建築用鋼材、この建築用鋼材を備える鉄骨構造、及び鉄骨構造の設計方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
前記課題を解決するために、この発明は以下の手段を提案している。
(1)本発明の態様1は、建築物の梁に用いられる建築用鋼材であって、(1)式を満たす温度T(℃)かつ(2)式を満たす歪速度ε(%/min)における高温ヤング率Eと、前記(1)式を満たす前記温度Tかつ歪速度0.3%/minにおける高温ヤング率Eとが、(3)式を満たす、建築用鋼材である。
560≦T≦775 ・・(1)
0.3<ε≦1.04 ・・(2)
1.0<E/E≦1.35 ・・(3)
【0012】
この発明では、発明者等は、建築物の梁に用いられる建築用鋼材について鋭意検討を行った。その結果、(1)式を満たす比較的高い温度Tにおいて、(2)式を満たす歪速度εが比較的速い領域での高温ヤング率Eより求まる座屈耐力が、(3)式のように前記温度Tかつ歪速度0.3%/minにおける高温ヤング率Eから求まる座屈耐力よりも大きくなることで、座屈耐力が降伏応力を上回ることを見出した。
従って、建築用鋼材の座屈を抑えて崩壊モードを安定させることができる。
【0013】
(2)本発明の態様2は、建築物の柱に用いられる建築用鋼材であって、(4)式を満たす温度T(℃)かつ(5)式を満たす歪速度ε(%/min)における高温ヤング率Eと、前記(4)式を満たす前記温度Tかつ歪速度0.3%/minにおける高温ヤング率Eとが、(6)式を満たす、建築用鋼材である。
550≦T≦780 ・・(4)
0.3<ε≦1.15 ・・(5)
1.0<E/E≦1.38 ・・(6)
【0014】
この発明では、発明者等は、建築物の柱に用いられる建築用鋼材について鋭意検討を行った。その結果、(4)式を満たす比較的高い温度Tにおいて、(5)式を満たす歪速度εが比較的速い領域での高温ヤング率Eより求まる座屈耐力が、(6)式のように前記温度Tかつ歪速度0.3%/minにおける高温ヤング率Eから求まる座屈耐力よりも大きくなることで、座屈耐力が降伏応力を上回ることを見出した。
従って、建築用鋼材の座屈を抑えて崩壊モードを安定させることができる。
【0015】
(3)本発明の態様3は、(1)又は(2)に記載の建築用鋼材を備える、鉄骨構造である。
この発明では、座屈を抑えて崩壊モードを安定させた建築用鋼材を用いて、鉄骨構造を構成することができる。
【0016】
(4)本発明の態様4は、建築用鋼材を備える鉄骨構造であって、(7)式を満たす温度T(℃)において、前記建築用鋼材の外力によって生じる歪が急激に増加した際に、前記建築用鋼材に座屈が発生しない、鉄骨構造である。
500≦T ・・(7)
この発明では、発明者等は、(7)を満たす温度Tにおいて、歪速度による高温ヤング率の上昇効果が顕著になることを見出した。このため、高温ヤング率が比較的大きくなり、建築用鋼材の座屈を抑えて崩壊モードを安定させることができる。
【0017】
(5)本発明の態様5は、建築物の梁に用いられる第1建築用鋼材と、前記建築物の柱に用いられ、前記第1建築用鋼材に接合された第2建築用鋼材と、を備える鉄骨構造であって、前記第1建築用鋼材及び前記第2建築用鋼材の少なくとも一方において、(11)式を満たす温度T(℃)かつ(12)式を満たす歪速度ε(%/min)における高温ヤング率Eと、前記温度T(℃)かつ歪速度0.3%/minにおける高温ヤング率Eとが、(13)式を満たす、鉄骨構造である。
550≦T≦780 ・・(11)
0.3<ε≦1.15 ・・(12)
1.0<E/E≦1.38 ・・(13)
【0018】
この発明では、第1建築用鋼材及び第2建築用鋼材の少なくとも一方が、(11)式から(13)式を満たす。例えば、第1建築用鋼材及び第2建築用鋼材の少なくとも一方が柱に用いられる第2建築用鋼材である場合について、発明者等は鋭意検討を行った。その結果、(11)式を満たす比較的高い温度Tにおいて、(12)式を満たす歪速度εが比較的速い領域での高温ヤング率Eより求まる座屈耐力が、(13)式のように前記温度Tかつ歪速度0.3%/minにおける高温ヤング率Eから求まる座屈耐力よりも大きくなることで、座屈耐力が降伏応力を上回ることを見出した。
従って、第2建築用鋼材の座屈を抑えて崩壊モードを安定させることができる。
【0019】
(6)本発明の態様6は、建築物の梁に用いられる第1建築用鋼材と、前記建築物の柱に用いられ、前記第1建築用鋼材に接合された第2建築用鋼材と、を備える鉄骨構造の設計方法であって、前記第1建築用鋼材及び前記第2建築用鋼材の少なくとも一方である建築用鋼材において、300℃以上である温度T(℃)かつ歪速度ε(%/min)における高温ヤング率を用いて算定される座屈耐力σcrと、前記温度Tにおける降伏応力σとが、(14)式を満たすように設定する、鉄骨構造の設計方法である。
σ≦σcr ・・(14)
【0020】
この発明では、建築用鋼材が、300℃以上である温度Tにおいて、座屈耐力σcrに達して座屈するよりも先に、降伏応力σに達して、建築用鋼材に塑性化領域が形成される。塑性化領域は応力を伝達できるため、建築用鋼材が、座屈せずに崩壊モードを安定させることができる。
また、建築用鋼材を用いた梁もしくは柱の曲げモーメントを検討する際は、M≦Mcrとなることが好ましい。ここで、Mは全塑性モーメントであり、塑性断面係数Zと降伏応力σの積である。また、Mcrは座屈モーメントであり、断面係数Zと座屈耐力σcrの積である。この場合、座屈が発生する以前に塑性ヒンジが形成される。塑性ヒンジは一定の曲げ応力を伝達しながら変形を吸収できるため、鉄骨構造のより安定的な崩壊モードを想定できる。
【0021】
(7)本発明の態様7は、建築物の梁に用いられる第1建築用鋼材と、前記建築物の柱に用いられ、前記第1建築用鋼材に接合された第2建築用鋼材と、を備える鉄骨構造の設計方法であって、前記第1建築用鋼材及び前記第2建築用鋼材の少なくとも一方である建築用鋼材において、300℃以上である温度T(℃)かつ歪速度ε(%/min)における高温ヤング率を用いて算定される座屈耐力σcrと、前記建築用鋼材に作用する外力σとが、(15)式を満たすように設定する、鉄骨構造の設計方法である。
σ≦σcr ・・(15)
【0022】
この発明では、300℃以上である温度Tにおいて、建築用鋼材に作用する外力σは座屈耐力σcr以下であるため、建築用鋼材が座屈し始めるか建築用鋼材が座屈しない状態である。従って、建築用鋼材が座屈し難くなり、建築用鋼材が、座屈を抑えて崩壊モードを安定させることができる。
【0023】
(8)本発明の態様8は、前記建築用鋼材から採取した試験片を、前記温度Tに加熱した状態で、一定の前記歪速度εで一度引張ることで、前記高温ヤング率を算出する、(6)又は(7)に記載の鉄骨構造の設計方法であってもよい。
この発明では、建築用鋼材から採取した試験片を、温度Tに加熱した状態で、一定の歪速度εで一度引張ることにより、高温ヤング率を算出することができる。
【0024】
(9)本発明の態様9は、前記建築用鋼材から採取した試験片を、前記温度Tに加熱した状態で、一定の前記歪速度εで繰り返し引張ることで、前記高温ヤング率を算出する、(6)又は(7)に記載の鉄骨構造の設計方法であってもよい。
ここで言う繰り返し引張るとは、例えば非特許文献2に準じて繰り返し引張ることを意味する。
この発明では、建築用鋼材から採取した試験片を、温度Tに加熱した状態で、一定の歪速度εで繰り返し引張ることにより、高温ヤング率を算出することができる。
【0025】
(10)本発明の態様10は、建築物の梁に用いられる第1建築用鋼材と、前記建築物の柱に用いられ、前記第1建築用鋼材に接合された第2建築用鋼材と、を備える鉄骨構造の設計方法であって、前記第1建築用鋼材及び前記第2建築用鋼材の少なくとも一方である建築用鋼材において、300℃以上である温度T(℃)かつ歪速度ε(%/min)における高温応力-歪関係に基づいた、前記建築用鋼材に作用する外力σに対応する接線係数を規定したときに、前記接線係数を用いて算定される座屈耐力σcrと、前記温度T(℃)における降伏応力σとが、(16)式を満たすように設定する、鉄骨構造の設計方法である。
σ≦σcr ・・(16)
【0026】
この発明では、建築用鋼材が、300℃以上である温度Tにおいて、座屈耐力σcrに達して座屈するよりも先に、降伏応力σに達して、建築用鋼材に塑性化領域が形成される。塑性化領域は応力を伝達できるため、建築用鋼材が、座屈せずに崩壊モードを安定させることができる。また、座屈耐力σcrの算出に接線係数を用いることで、座屈耐力σcrを、より正確に算定することができる。
また、建築用鋼材を用いた梁もしくは柱の曲げモーメントを検討する際は、M≦Mcrとなることが好ましい。この場合、座屈が発生する以前に塑性ヒンジが形成される。塑性ヒンジは一定の曲げ応力を伝達しながら変形を吸収できるため、鉄骨構造のより安定的な崩壊モードを想定できる。
【0027】
(11)本発明の態様11は、建築物の梁に用いられる第1建築用鋼材と、前記建築物の柱に用いられ、前記第1建築用鋼材に接合された第2建築用鋼材と、を備える鉄骨構造の設計方法であって、前記第1建築用鋼材及び前記第2建築用鋼材の少なくとも一方である建築用鋼材において、300℃以上である温度T(℃)かつ歪速度ε(%/min)における高温応力-歪関係に基づいた、前記建築用鋼材に作用する外力σに対応する接線係数を規定したときに、前記接線係数を用いて算定される座屈耐力σcrと、前記外力σとが、(17)式を満たすように設定する、鉄骨構造の設計方法である。
σ≦σcr ・・(17)
【0028】
この発明では、建築用鋼材が、300℃以上である温度Tにおいて、建築用鋼材に作用する外力σは座屈耐力σcr以下であるため、建築用鋼材が座屈し始めるか建築用鋼材が座屈しない状態である。従って、建築用鋼材が座屈し難くなり、建築用鋼材が、座屈を抑えて崩壊モードを安定させることができる。また、座屈耐力σcrの算出に接線係数を用いることで、座屈耐力σcrを、より正確に算定することができる。
【発明の効果】
【0029】
本発明の建築用鋼材、鉄骨構造、及び鉄骨構造の設計方法では、座屈を抑えて崩壊モードを安定させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0030】
図1】従来の鉄骨構造の通常時の挙動を示す概念図である。
図2】同鉄骨構造の火災時の挙動を示す概念図である。
図3】火災時に、同鉄骨構造に局部座屈が生じた状態を示す概念図である。
図4】火災時に、同鉄骨構造に塑性ヒンジが生じた状態を示す概念図である。
図5】温度に対する、E(T)/E(20)の値の変化を示す図である。
図6】BT-HT385Bのヤング率と温度との関係を示す図である。
図7】歪速度鋭敏性係数と温度との関係を示す図である。
図8】幅厚比に応じた種別を表す図である。
図9】梁の室温の場合における、基準化応力と歪速度の関係を示す図である。
図10】梁の600℃の場合における、基準化応力と歪速度の関係を示す図である。
図11】梁の700℃の場合における、基準化応力と歪速度の関係を示す図である。
図12】梁における降伏応力と座屈耐力との比較を示す図である。
図13】梁における(E/E)と温度との関係を示す図である。
図14】柱の室温の場合における、基準化応力と歪速度の関係を示す図である。
図15】柱の600℃の場合における、基準化応力と歪速度の関係を示す図である。
図16】柱の700℃の場合における、基準化応力と歪速度の関係を示す図である。
図17】柱における降伏応力と座屈耐力との比較を示す図である。
図18】柱における(E/E)と温度との関係を示す図である。
図19】梁及び柱における(E/E)と歪速度との関係を示す図である。
図20】真応力-真歪関係の例を示す図である。
図21】600℃、歪速度0.3%/minの場合における、局所ヤング率-真応力関係を示す図である。
図22】600℃、歪速度7.5%/minの場合における、局所ヤング率-真応力関係を示す図である。
図23】高温応力-歪曲線の一例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0031】
以下、本発明に係る建築用鋼材、鉄骨構造、及び鉄骨構造の設計方法の一実施形態を、図1から図23を参照しながら説明する。
【0032】
〔1.鉄骨構造の構成〕
図1に示すように、本実施形態の鉄骨構造1は、複数の第1建築用鋼材(建築用鋼材)11と、第2建築用鋼材(建築用鋼材)12と、を備えている。鉄骨構造1は、建築物2に用いられる。本実施形態では、建築物2は1つの層を有する。なお、建築物は2つ以上の層を有してもよい。
すなわち、鉄骨構造1は、鉄骨構造100の梁101、柱102に代えて、第1建築用鋼材11、第2建築用鋼材12、をそれぞれ備えている。
第1建築用鋼材11は、建築物2の梁に用いられる。第2建築用鋼材12は、建築物2の柱に用いられる。第1建築用鋼材11及び第2建築用鋼材12は、互いにボルト、溶接部等により接合されている。
建築物2は、鉄骨構造1以外に、図示しない床スラブ、壁等を備えている。
床スラブは、第1建築用鋼材11により、床スラブの下方から支持されている。壁は、隣り合う第2建築用鋼材12により支持されている。
【0033】
〔2.建築用鋼材の高温ヤング率についての検討〕
図5に、温度に対する、E(T)/E(20)の値の変化を示す。ここで、E(T)は温度T(℃)におけるヤング率であり、E(20)は常温(20℃)におけるヤング率である。試験に用いた鋼材は、建築構造用高性能鋼材であるBT-HT630Cである。
0.3%/min(分)という一定の歪速度で引張った試験結果を実線で示し、7.5%/minという一定の歪速度で引張った試験結果を点線で示す。一般的に、火災加熱を受ける鉄骨部材(鋼材)の歪速度は、鋼材等が降伏する前よりも降伏した後で、上昇する。
鋼材の高温ヤング率は、歪速度依存性を有している。ここで言う高温ヤング率とは、例えば、300℃以上である温度T(℃)におけるヤング率を意味する。
【0034】
一般に、耐火設計において、高温ヤング率には、低歪速度域(0.1~0.5%/min)の値が用いられる。しかし、火災加熱を受ける架構の一部材が耐力喪失する場合、応力再分配が生じて他部材の外力は増加する。このときの他部材の歪速度は高歪速度となると考えられる。
そこで、高歪速度域(>0.5%/min)の高温ヤング率を考慮することで、より高い座屈耐力を期待し、少なくとも部材の降伏耐力を発揮した安定的な崩壊モードを想定できると考えた。
【0035】
図6に、建築構造用厚鋼板であるBT-HT385Bのヤング率Eと温度Tとの関係を示す。図中の実線が歪速度0.3%/min、破線が歪速度7.5%/minにおけるヤング率の実験値である。また、図中の太い実線は、Eurocode 3(Design of steel structures - Part 1-1: General rules and rules for buildings)に示されるヤング率の設計値である。なお、ヤング率の実験値は、高温引張試験より得た応力-歪関係から抽出した。
図6より、温度Tが400℃以上の範囲において、高歪速度(7.5%/min)の方が低歪速度(0.3%/min)に比べてヤング率が大きいことがわかる。
本実施形態では、(21)式を用いて高温ヤング率の歪速度依存性をモデル化した。温度T、歪速度ε(%/min)における高温ヤング率E(N/mm)は、(21)式で表される。
【0036】
【数1】
【0037】
ここで、Eは、温度Tかつ歪速度0.3%/minにおける高温ヤング率(高温基準ヤング率。N/mm)である。εは、任意の歪速度(%/min)である。εv0は、0.3%/minという一定の歪速度(基準歪速度)である。
m(T)は、歪速度鋭敏性係数であり、(22)式に示す温度Tの関数で表される。
【0038】
【数2】
【0039】
ここで、m~mは、高温ヤング率の実験値より求まる定数である。「exp」は、ネイピア数eを用いた指数関数「e」を意味する。
本実施形態ではBT-HT385Bに加え、BT-HT440B、BT-HT630Cのヤング率の実験値より、定数m~mを差分進化法(DE)によって同定した。例えば、m=0.0027、m=8.2、m=667、m=0.25である。定数m~mは、最小二乗法等により求めても良い。
図7に、歪速度鋭敏性係数m(T)と温度Tとの関係を示す。図中のプロットはBT-HT385B、440B、630Cの高温ヤング率より求めた歪速度鋭敏性係数m(T)の実験値であり、破線は(22)式を示す。
図7より、(22)式は歪速度鋭敏性係数m(T)の実験値を概ね精度良く近似できている。
以上のように、高温ヤング率Eは、歪速度依存性を有していることがわかった。高温ヤング率Eの歪速度依存性を活用し、梁11等を比較的速い歪速度で変形させれば、梁11等の剛性の低下が緩慢になる。梁11等が準静的に変形するため、梁11以外の部材及び接合部への衝撃荷重を緩和できる。
【0040】
〔3.高温ヤング率の歪速度依存性を考慮した梁の座屈耐力の検討〕
以下では、高温ヤング率Eの歪速度依存性を考慮した高温座屈耐力について検討した。
建築基準法告示(昭55件告第1792号第3)では、図8に示すように幅厚比に応じて種別(構造種別)を設定している。以下ではまず、梁に用いられる第1建築用鋼材11(以下では、梁11とも言う)の検討を行った。梁11は、H形断面であるとした。すなわち、梁11は、一対のフランジと、ウェブとを有する。梁11の検討を行った結果、フランジの方がウェブよりも条件が厳しいため、以下では梁11のフランジの検討結果について説明する。すなわち、図8において、梁11のフランジに対応する範囲R1に着目した。例えば、種別FAに対応する幅厚比は、9√(235/F)である。ここで、Fは、フランジ等の部位の基準強度(N/mm)である。
鋼構造座屈設計指針(日本建築学会)では、板要素の弾性座屈耐力σcr(N/mm)を(25)式で定義している。
【0041】
【数3】
【0042】
ここで、kは、弾性板座屈係数(-)である。Eは、ヤング率(N/mm)である。νは、ポアソン比(=0.3)である。bは、板要素の幅(mm)である。tは、板要素の厚さ(mm)である。
(25)式において、例えば曲げを受けるH形断面梁のフランジであれば、鋼構造座屈設計指針によると、弾性板座屈係数kは0.425となる。以下では、弾性座屈耐力を座屈耐力と言う。
梁11のフランジの幅厚比が種別FAからFCにおける座屈耐力σcrは、(25)式の両辺を基準強度Fで除して表すと、種別FAからFCに応じて、以下の(26A)式から(26C)式で表現できる。
【0043】
【数4】
【0044】
(26A)式から(26C)式中のヤング率Eに(21)式を代入することで、任意の温度T、歪速度εにおける基準化座屈耐力(σcr/F)を算定できる。ここで言う基準化座屈耐力(σcr/F)は、座屈耐力σcrを基準強度Fで除した値を意味する。
【0045】
図9から図11に、基準化応力(σ/F)と歪速度εとの関係を示す。ここで言う基準化応力(σ/F)は、応力σを基準強度Fで除した値を意味する。
図8は室温、図9は600℃、図10は700℃における関係を示す。図9から図11中の太線の実線は、基準化降伏応力を示す。基準化降伏応力は、温度Tにおける降伏応力σを基準強度Fで除した値を意味する。図9から図11中の実線、破線、一点鎖線は、(26A)式から(26C)式の種別に応じた基準化座屈耐力をそれぞれ示す。
なお、温度T、歪速度0.3%/minにおける高温ヤング率Eは、Eurocode 3に準拠した。
【0046】
図9に示す室温では、ヤング率に歪速度依存性が見られないため、基準化座屈耐力は歪速度εに依存しない。また、いずれの種別においても、基準化座屈耐力は規準化降伏応力を上回っている。
しかし、図10及び図11に示す600℃、700℃では、基準歪速度0.3%/minにおいて種別FCの基準化座屈耐力は基準化降伏応力を下回る。つまり、600~700℃程度の温度域において、従来の設計(歪速度0.3%/min)ではσcr<σとなり、崩壊モードの判定は「不安定」となる。一方で、歪速度εが1.0%/min程度以上であれば、高温ヤング率Eの歪速度依存性により、座屈耐力σcrが降伏応力σを上回る。
【0047】
図12に、降伏応力σと座屈耐力σcrとの比較を示す。図中の実線及び破線は、座屈耐力σcrを降伏応力σで除した商を表す。実線は、基準歪速度0.3%/minにおける座屈耐力σcrを降伏応力σで除した商を表す。破線は、歪速度1.04%/minにおける座屈耐力σcrを降伏応力σで除した商を表す。
なお、降伏応力σ及び座屈耐力σcrの算定に用いる高温ヤング率E(ε=0.3%/min)の温度による低下率は、Eurocode 3に準拠した。座屈耐力σcrは、種別FCのフランジを有するH形断面の梁11が曲げを受けてフランジで局部座屈する条件に基づいて算定した。
【0048】
図12より、560℃以上775℃以下の範囲では、基準歪速度0.3%/minにおける基準化座屈耐力が基準化降伏応力を下回っている。したがって、従来の設計では565℃以上775℃以下の範囲でσcr<σとなり、崩壊モードの判定は「不安定」となる。また、座屈耐力σcrと降伏応力σとの差分は、700℃で最も大きくなる。
一方で、図中の破線で示すように、歪速度εが1.04%/min以上であれば、700℃においてもσ≦σcrとなる。
以上より、少なくとも歪速度εが1.04%/min以上であれば、560℃以上775℃以下の範囲でσ≦σcrが担保され、崩壊モードを「安定」と判定できる。
【0049】
図13に、歪速度1.04%/minでの高温ヤング率Eと、歪速度0.3%/minの高温ヤング率Eとの比を示す。550℃において、E/E=1.07となり、温度が高くなるにつれてE/Eが大きくなる。
以上より、560℃以上775℃以下の範囲では、歪速度1.04%/min以上で少なくとも1.07≦E/Eとなる。
【0050】
すなわち、梁11(第1建築用鋼材11)であって、(29)式を満たす温度T(℃)かつ(30)式を満たす歪速度ε(%/min)における高温ヤング率Eと、(29)式を満たす温度Tかつ歪速度0.3%/minにおける高温ヤング率Eとが、(31)式を満たす場合に、梁11の座屈を抑えて崩壊モードを安定させることができる。
560≦T≦775 ・・(29)
0.3<ε≦1.04 ・・(30)
1.0<E/E≦1.35 ・・(31)
【0051】
〔4.高温ヤング率の歪速度依存性を考慮した柱の座屈耐力の検討〕
H形断面の梁11の場合と同様に、第2建築用鋼材12(以下では、柱12とも言う)の検討を行った。図8に示すように、柱12は、国内で最も使用されている角形断面とした。すなわち、図8において、柱12の角形断面に対応する範囲R2に着目した。例えば、種別FAに対応する幅厚比は、33√(235/F)である。
なお、柱は角形断面に限定されず、H形断面、円形断面でもよい。
(25)式において、角形断面の柱12が圧縮を受けて板要素が局部座屈する場合、鋼構造座屈設計指針によると、弾性板座屈係数kは4となる。
【0052】
角形断面柱の種別に基づいて、種別FAからFCの座屈耐力σcrは、(25)式を用いて、以下の(34A)式から(34C)式で表現できる。
【0053】
【数5】
【0054】
(34A)式から(34C)式中のヤング率Eに(21)式を代入することで、任意の温度T、歪速度εにおける基準化座屈耐力(σcr/F)を算定できる。
【0055】
図14から図16に、基準化応力(σ/F)と歪速度εとの関係を示す。
図14は室温、図15は600℃、図16は700℃における関係を示す。図14から図16中の太線の実線は基準化降伏応力を示す。図14から図16中の実線、破線、一点鎖線は、(34A)式から(34C)式の種別に応じた基準化座屈耐力をそれぞれ示す。
なお、温度T、歪速度0.3%/minにおける高温ヤング率Eは、Eurocode 3に準拠した。
【0056】
図14で示す室温では、ヤング率に歪速度依存性が見られないため、基準化座屈耐力は歪速度εに依存しない。また、いずれの種別においても、基準化座屈耐力は規準化降伏応力を上回っている。
しかし、図15及び図16に示す600℃、700℃では、基準歪速度0.3%/minにおいて種別FCの基準化座屈耐力は基準化降伏応力を下回る。つまり、600~700℃程度の温度域において、従来の設計(歪速度0.3%/min)ではσcr<σとなり、崩壊モードの判定は「不安定」となる。一方で、歪速度εが1.0%/min程度以上であれば、高温ヤング率Eの歪速度依存性により、座屈耐力σcrが降伏応力σを上回る。
【0057】
図17に、降伏応力σと座屈耐力σcrとの比較を示す。図中の実線及び破線は、座屈耐力σcrを降伏応力σで除した商を表す。実線は、基準歪速度0.3%/minにおける座屈耐力σcrを降伏応力σで除した商を表す。破線は、歪速度1.15%/minにおける座屈耐力σcrを降伏応力σで除した商を表す。
なお、降伏応力σ及び座屈耐力σcrの算定に用いる高温ヤング率E(ε=0.3%/min)の温度による低下率は、Eurocode 3に準拠した。座屈耐力σcrは、種別FCのフランジを有する角形断面の柱12が曲げを受けてフランジで局部座屈する条件に基づいて算定した。
【0058】
図17より、550℃以上780℃以下の範囲では、基準歪速度0.3%/minにおける基準化座屈耐力が基準化降伏応力を下回っている。したがって、従来の設計では550℃以上780℃以下の範囲でσcr<σとなり、崩壊モードの判定は「不安定」となる。また、座屈耐力σcrと降伏応力σとの差分は700℃で最も大きくなる。
一方で、図中の破線で示すように、歪速度εが1.15%/min以上であれば、700℃においてもσ≦σcrとなる。
以上より、少なくとも歪速度εが1.15%/min以上であれば、550℃以上780℃以下の範囲でσ≦σcrが担保され、崩壊モードを「安定」と判定できる。
【0059】
図18に、歪速度1.15%/minでの高温ヤング率Eと、歪速度0.3%/minの高温ヤング率Eとの比を示す。550℃において、E/E=1.06となり、温度が高くなるにつれてE/Eが大きくなる。
以上より、550℃以上780℃以下の範囲では、歪速度1.15%/min以上で少なくとも1.06≦E/Eとなる。
【0060】
すなわち、柱12(第2建築用鋼材12)であって、(37)式を満たす温度T(℃)かつ(38)式を満たす歪速度ε(%/min)における高温ヤング率Eと、(37)式を満たす温度Tかつ歪速度0.3%/minにおける高温ヤング率Eとが、(39)式を満たす場合に、柱12の座屈を抑えて崩壊モードを安定させることができる。
550≦T≦780 ・・(37)
0.3<ε≦1.15 ・・(38)
1.0<E/E≦1.38 ・・(39)
【0061】
〔5.梁及び柱における、好ましい歪速度とE/Eとの関係〕
ここで、梁11及び柱12の好ましい歪み速度及びE/Eの範囲について説明する。
図19に示すように、一般的に梁及び柱として用いられる部材を表す範囲R6の中で、梁11として好ましい部材の、E/Eの範囲は、1.0よりも大きく1.35以下である。同部材の歪速度εの範囲は、0.3%/minよりも大きく1.04%/min以下である。
一般的に梁及び柱として用いられる部材の中で、柱12として好ましい部材の、E/Eの範囲は、1.0よりも大きく1.38以下である。同部材の歪速度εの範囲は、0.3%/minよりも大きく1.15%/min以下である。
すなわち、梁11として好ましいE/E及び歪速度εの範囲R7は、柱12として好ましいE/E及び歪速度εの範囲R8に含まれる、と考えられる。
【0062】
〔6.σ≦σcrとなる歪速度の条件〕
座屈耐力σcrが降伏応力σを上回る(σ≦σcr)条件を満足する、歪速度εの算定方法について示す。
(25)式より、任意の温度、歪速度ε、形状における座屈耐力σcrは、(45)式及び(46)式で表せる。ただし、歪速度鋭敏性係数m(T)は、(22)式により求められる値を用いる。
【0063】
【数6】
【0064】
ここで、kE.Tは温度Tにおけるヤング率の残存率であり、E0。RTは室温かつ歪速度が0.3%/minにおけるヤング率である。
また、任意の温度における降伏応力σは、強度残存率ky.Tを用いて(47)式で表せる。ここで、強度残存率ky.Tは、温度Tにおける降伏応力σの残存率である。
【0065】
【数7】
【0066】
ここで、降伏応力σは、歪速度0.3%/minにおける数値とする。σy。RTは、室温における降伏応力である。座屈耐力σcrが降伏応力σを上回る条件式は、(50)式で表せる。
なお、(51)式から(53)式は、(54)式の導出過程を表す式である。
【0067】
【数8】
【0068】
(50)式に(45)式から(47)式を代入して式変形すると、(50)式を満足する歪速度εの条件式は(54)式となる。
【0069】
【数9】
【0070】
なお、座屈耐力σcrが外力σを上回る条件の場合は、(54)式の左辺における(ky.T・σy.RT)をσに置換すればよい。
【0071】
〔7.高温ヤング率の算出方法例〕
図20に真応力σ-真歪ε関係の例を示し、図21及び図22に局所ヤング率ΔE-真応力σ関係を示す。図20から図23には、建築構造用高性能鋼材であるBT-HT630Cを用いた。
本実施形態における高温ヤング率の算出方法は、以下の(1)から(5)の手順で行う。
(1)非特許文献2で準じる非特許文献3に基づいて、梁、柱等の建築用鋼材11,12から試験片を採取する。
(2)試験片を、温度Tに加熱した状態で、一定の歪速度εで一度引張り、応力σ-歪ε関係を測定する。
(3)応力σ-歪ε関係から、真応力σ-真歪ε関係に整理する
(4)真応力σ-真歪ε関係から局所ヤング率ΔEを抽出する
(5)局所ヤング率ΔE-真応力σ関係に整理し、局所ヤング率ΔEが概ね一定になる値を、高温ヤング率Eと定義する(高温ヤング率Eを算出する)。
なお、(2)において、無負荷の状態で温度Tに加熱した試験片を、一定の歪速度εで一度引張ることが好ましい。
(5)において、局所ヤング率ΔE-真歪ε関係より、Eを抽出してもよい。
局所ヤング率ΔEは、任意の真応力の増加量dσと、それに対応する真歪の増加量dεとを用いて、(57)式より算定できる。
なお、本実施形態では、dσ=20N/mm程度とした。
【0072】
【数10】
【0073】
なお、(2)おいて、試験片を、温度Tに加熱した状態で、一定の歪速度εで非特許文献2に準じて繰り返し引張り、複数の応力σ-歪ε関係を得てもよい。繰り返し引張るときの歪速度は、例えば、0.1~20%/min程度の歪速度を意味する。
そして、(5)において複数の平均値から、高温ヤング率Eを定義してもよい。
【0074】
〔8.接線係数の算出方法〕
図23に、高温応力-歪曲線(歪関係)の一例を示す。接線係数は、任意の外力σと、高温応力-歪曲線と、が交差する点の勾配として表現できる。言い換えれば、接線係数は、外力σに等しい高温応力における、微小歪に対する微小高温応力の変化率である。
【0075】
〔9.実施形態の変形例の鉄骨構造、及び鉄骨構造の設計方法〕
第1変形例の鉄骨構造は、梁11又は柱12である建築用鋼材を備える鉄骨構造であって、(60)式を満たす温度T(℃)において、建築用鋼材の外力によって生じる歪が急激に増加した際に、建築用鋼材に座屈が発生しない鉄骨構造である。
500≦T ・・(60)
ここで言う急激とは、例えば、歪速度εが0.3%/minを超えることを意味する。外力とは、建築用鋼材に作用する静荷重、動荷重、風及び地震等による荷重を意味する。一般的に、500℃以上の温度Tでは、高温ヤング率の歪速度依存性が顕著に発現する。
【0076】
第2変形例の鉄骨構造は、鉄骨構造1であって、梁11及び柱12の少なくとも一方において、(37)式を満たす温度T(℃)かつ(38)式を満たす歪速度ε(%/min)における高温ヤング率Eと、温度T(℃)かつ歪速度0.3%/minにおける高温ヤング率Eとが、(39)式を満たす鉄骨構造である。
なお、第2変形例の鉄骨構造は、鉄骨構造1であって、梁11及び柱12の少なくとも一方において、(29)式を満たす温度T(℃)かつ(30)式を満たす歪速度ε(%/min)における高温ヤング率Eと、温度T(℃)かつ歪速度0.3%/minにおける高温ヤング率Eとが、(31)式を満たす鉄骨構造(第3変形例の鉄骨構造)であってもよい。
【0077】
また、本実施形態の鉄骨構造1を設計する鉄骨構造の設計方法は、梁11及び柱12の少なくとも一方において、300℃以上である温度T(℃)かつ歪速度ε(%/min)における高温ヤング率を用いて算定される座屈耐力σcrと、温度Tにおける降伏応力σとが、(61)式を満たすように設定する鉄骨構造の設計方法である。
σ≦σcr ・・(61)
ここで言う鉄骨構造の設計方法とは、予め試験等により高温ヤング率Eを求め、高温ヤング率E等に基づいて座屈耐力σcrを導出する。そして、導出された座屈耐力σcr等から、梁11及び柱12の長さ、断面寸法、梁11及び柱12を覆う耐火被覆の厚さ等を設定することを意味する。
第1変形例の鉄骨構造の設計方法は、300℃以上である温度T(℃)かつ歪速度ε(%/min)における高温ヤング率を用いて算定される座屈耐力σcrと、建築用鋼材に作用する外力σとが、(62)式を満たすように設定する鉄骨構造の設計方法である。
σ≦σcr ・・(62)
【0078】
ここで、梁11及び柱12の少なくとも一方である建築用鋼材において、300℃以上である温度T(℃)かつ歪速度ε(%/min)における高温応力-歪関係に基づいた、建築用鋼材に作用する外力σに対応する接線係数を規定する。第2変形例の鉄骨構造の設計方法は、鉄骨構造1を設計する鉄骨構造の設計方法であって、接線係数を用いて算定される座屈耐力σcrと、温度T(℃)における降伏応力σとが、(61)式を満たすように設定する鉄骨構造の設計方法である。
なお、第2変形例の鉄骨構造の設計方法は、接線係数を用いて算定される座屈耐力σcrと、外力σとが、(62)式を満たすように設定してもよい(第3変形例の鉄骨構造の設計方法)。
【0079】
〔10.本実施形態の効果〕
以上説明したように、本実施形態の梁11(第1建築用鋼材11)では、発明者等は、建築物2の梁に用いられる梁11について鋭意検討を行った。その結果、(29)式を満たす比較的高い温度Tにおいて、(30)式を満たす歪速度εが比較的速い領域での高温ヤング率Eより求まる座屈耐力が、(31)式のように前記温度Tかつ歪速度0.3%/minにおける高温ヤング率Eから求まる座屈耐力よりも大きくなることで、座屈耐力が降伏応力を上回ることを見出した。
従って、梁11の座屈を抑えて崩壊モードを安定させることができる。
そして、梁11が図示しない耐火被覆を有する場合には、火災時の梁11の崩壊モードが安定するため、梁11の耐火被覆を削減することができる。例えば、梁11の種別がFCであっても、高温下でσ≦σcr(曲げモーメントでも同様にM≦Mcr)を確保することができる。
【0080】
また、本実施形態の柱12(第2建築用鋼材12)では、建築物2の柱に用いられる柱12について鋭意検討を行った。その結果、(37)式を満たす比較的高い温度Tにおいて、(38)式を満たす歪速度εが比較的速い領域での高温ヤング率Eより求まる座屈耐力が、(39)式のように前記温度Tかつ歪速度0.3%/minにおける高温ヤング率Eから求まる座屈耐力よりも大きくなることで、座屈耐力が降伏応力を上回ることを見出した。
従って、柱12の座屈を抑えて崩壊モードを安定させることができる。
【0081】
また、本実施形態の梁11を備える鉄骨構造1では、座屈を抑えて崩壊モードを安定させた梁11を用いて、鉄骨構造1を構成することができる。
また、第1変形例の鉄骨構造では、発明者等は、(60)を満たす温度Tにおいて、歪速度による高温ヤング率の上昇効果が顕著になることを見出した。このため、高温ヤング率が比較的大きくなり、梁11又は柱12の座屈を抑えて崩壊モードを安定させることができる。梁11又は柱12が図示しない耐火被覆を有する場合には、耐火被覆を最小限に抑えることができる。
【0082】
また、第2変形例の鉄骨構造では、梁11及び柱12の少なくとも一方が(37)式から(39)式を満たす。例えば、梁11である場合について、発明者等は鋭意検討を行った。その結果、(37)式を満たす比較的高い温度Tにおいて、(38)式を満たす歪速度εが比較的速い領域での高温ヤング率Eより求まる座屈耐力が、(39)式のように前記温度Tかつ歪速度0.3%/minにおける高温ヤング率Eから求まる座屈耐力よりも大きくなることで、座屈耐力が降伏応力を上回ることを見出した。
従って、梁11の座屈を抑えて崩壊モードを安定させることができる。
梁11及び柱12の少なくとも一方が、柱12である場合、梁11及び柱12である場合についても、同様である。
【0083】
また、本実施形態の鉄骨構造の設計方法では、梁11及び柱12の少なくとも一方に用いられる建築用鋼材が、300℃以上である温度Tにおいて、座屈耐力σcrに達して座屈するよりも先に、降伏応力σに達してこの一方に塑性化領域が形成される。塑性化領域は応力を伝達できるため、この一方が、座屈せずに崩壊モードを安定させることができる。そして、高温下でσ≦σcr(M≦Mcr)を確保することができ、崩壊モードを安定させることができる。
また、好ましくは、梁11もしくは柱12が、M≦Mcrとなることが望ましい。ここで、Mは全塑性モーメントであり、塑性断面係数Zと降伏応力σの積である。また、Mcrは座屈モーメントであり、断面係数Zと座屈耐力σcrの積である。この場合、座屈が発生する以前に塑性ヒンジが形成される。塑性ヒンジは一定の曲げ応力を伝達しながら変形を吸収できるため、鉄骨構造100のより安定的な崩壊モードを想定できる。
【0084】
また、第1変形例の鉄骨構造の設計方法では、梁11及び柱12の少なくとも一方である建築用鋼材が、300℃以上である温度Tにおいて、建築用鋼材に作用する外力σは座屈耐力σcr以下であるため、建築用鋼材が座屈し始めるか建築用鋼材が座屈しない状態である。従って、建築用鋼材が座屈し難くなり、建築用鋼材が、座屈を抑えて崩壊モードを安定させることができる。
【0085】
また、試験片を一定の歪速度εで一度引張ることで、高温ヤング率を算出する場合がある。この場合には、梁11及び柱12の少なくとも一方である建築用鋼材から採取した試験片を、温度Tに加熱した状態で、一定の歪速度εで一度引張ることにより、高温ヤング率を算出することができる。
また、試験片を一定の歪速度εで、例えば非特許文献2に準じて繰り返し引張ることで、高温ヤング率を算出する場合がある。この場合には、梁11及び柱12の少なくとも一方である建築用鋼材から採取した試験片を、温度Tに加熱した状態で、一定の歪速度εで繰り返し引張ることにより、高温ヤング率を算出することができる。
【0086】
また、第2変形例の鉄骨構造の設計方法は、梁11及び柱12の少なくとも一方に用いられる建築用鋼材が、300℃以上である温度Tにおいて、座屈耐力σcrに達して座屈するよりも先に、降伏応力σに達してこの一方に塑性化領域が形成される。塑性化領域は応力を伝達できるため、この一方が、座屈せずに崩壊モードを安定させることができる。また、座屈耐力σcrの算出に接線係数を用いることで、座屈耐力σcrを、より正確に算定することができる。
また、梁11もしくは柱12の曲げモーメントを検討する際は、M≦Mcrとなることが好ましい。この場合、座屈が発生する以前に塑性ヒンジが形成される。塑性ヒンジは一定の曲げ応力を伝達しながら変形を吸収できるため、建築用鋼材のより安定的な崩壊モードを想定できる。
また、第3変形例の鉄骨構造の設計方法は、梁11及び柱12の少なくとも一方である建築用鋼材が、300℃以上である温度Tにおいて、建築用鋼材に作用する外力σは座屈耐力σcr以下であるため、建築用鋼材が座屈し始めるか建築用鋼材が座屈しない状態である。従って、建築用鋼材が座屈し難くなり、建築用鋼材が、座屈を抑えて崩壊モードを安定させることができる。また、座屈耐力σcrの算出に接線係数を用いることで、座屈耐力σcrを、より正確に算定することができる。
【0087】
以上、本発明の一実施形態について図面を参照して詳述したが、具体的な構成はこの実施形態に限られるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲の構成の変更、組み合わせ、削除等も含まれる。
例えば、前記実施形態及び変形例では、座屈耐力における座屈は、局部座屈、オイラー座屈、横座屈等でもよい。
【符号の説明】
【0088】
1 鉄骨構造
11 第1建築用鋼材(梁、建築用鋼材)
12 第2建築用鋼材(柱、建築用鋼材)
図1
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