(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024104906
(43)【公開日】2024-08-06
(54)【発明の名称】薄膜、電気素子、及び薄膜の製造方法
(51)【国際特許分類】
C23C 14/06 20060101AFI20240730BHJP
【FI】
C23C14/06 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023009339
(22)【出願日】2023-01-25
(71)【出願人】
【識別番号】504139662
【氏名又は名称】国立大学法人東海国立大学機構
(74)【代理人】
【識別番号】100105924
【弁理士】
【氏名又は名称】森下 賢樹
(72)【発明者】
【氏名】畑野 敬史
(72)【発明者】
【氏名】秋田 裕貴
(72)【発明者】
【氏名】川崎 友暉
(72)【発明者】
【氏名】石田 高史
(72)【発明者】
【氏名】竹中 康司
(72)【発明者】
【氏名】生田 博志
【テーマコード(参考)】
4K029
【Fターム(参考)】
4K029AA04
4K029AA08
4K029AA24
4K029BA58
4K029BC05
4K029CA06
4K029DC04
4K029DC39
(57)【要約】
【課題】電気抵抗率の温度依存性が小さい材料を提供する。
【解決手段】薄膜は、M、A、及びNを含む窒化物(Mは、Mn、Crから選ばれる少なくとも1種の元素を含み、Aは、Al、Mg、Si、Sc、Ti、V、Cr、Fe、Co、Ni、Cu、Zn、Ga、Ge、Y、Zr、Mo、Pd、Ag、In、Sn、Sb、Au、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Yb、Luから選ばれる少なくとも1種の元素を含み、MとAの組成比は、M:A=3+x:1-x、又は、M:A=3-y:1+yであり、x、yは、0<x<0.5、0<y<0.5を満たす)を含む。
【選択図】
図10
【特許請求の範囲】
【請求項1】
M、A、及びNを含む窒化物(Mは、Mn、Crから選ばれる少なくとも1種の元素を含み、Aは、Al、Mg、Si、Sc、Ti、V、Cr、Fe、Co、Ni、Cu、Zn、Ga、Ge、Y、Zr、Mo、Pd、Ag、In、Sn、Sb、Au、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Yb、Luから選ばれる少なくとも1種の元素を含み、MとAの組成比は、M:A=3+x:1-x、又は、M:A=3-y:1+yであり、x、yは、0<x<0.5、0<y<0.5を満たす)を含む薄膜。
【請求項2】
20℃以上の温度範囲において、温度抵抗係数が-10~10ppm/℃である
請求項1に記載の薄膜。
【請求項3】
膜厚が50μm以下である
請求項1に記載の薄膜。
【請求項4】
前記薄膜は基板上に成膜され、
前記薄膜の前記基板側におけるM、A、又はNの濃度と、前記薄膜の表面側におけるM、A、又はNの濃度が異なる
請求項1に記載の薄膜。
【請求項5】
抵抗温度係数が正である領域と、抵抗温度係数が負である領域を含む
請求項1に記載の薄膜。
【請求項6】
請求項1から5のいずれか1項に記載の薄膜を含む電気素子。
【請求項7】
MとAを含むターゲットを用いて、窒素を含む雰囲気下で、M、A、及びNを含む窒化物(Mは、Mn、Crから選ばれる少なくとも1種の元素を含み、Aは、Al、Mg、Si、Sc、Ti、V、Cr、Fe、Co、Ni、Cu、Zn、Ga、Ge、Y、Zr、Mo、Pd、Ag、In、Sn、Sb、Au、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Yb、Luから選ばれる少なくとも1種の元素を含み、MとAの組成比は、M:A=3+x:1-x、又は、M:A=3-y:1+yであり、x、yは、0<x<0.5、0<y<0.5を満たす)を含む薄膜を成膜するステップを備え、
前記ターゲットは、M3ANを成膜する際に用いられるターゲットよりも、M又はAの組成比が大きい
薄膜の製造方法。
【請求項8】
前記薄膜の基板側におけるM、A、又はNの濃度と、前記薄膜の表面側におけるM、A、又はNの濃度を異ならせるための処理を実行するステップを備える
請求項7に記載の製造方法。
【請求項9】
前記処理は、前記薄膜を加熱するステップを含む
請求項8に記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、窒化物の薄膜、その薄膜を用いた電気素子、及びその薄膜の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
様々な分野において、電気的な計測を行うために抵抗素子が用いられている。一般に、金属は温度の上昇に伴って電気抵抗率が大きくなる温度依存性を示し、半導体は温度の上昇に伴って電気抵抗率が小さくなる温度依存性を示すが、高い精度の計測が要求される用途においては、電気抵抗率の温度依存性が小さい材料を用いた精密抵抗素子が必要とされる。電気抵抗率の温度依存性が小さい材料として、CuMn系合金やNiCr系合金が知られている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】大江武彦、金子晋久、竹中康司、IEEJ Transactions on Fundamentals and Materials、Vol.136、No.7、pp.448-454
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
様々な用途に適した精密抵抗素子を実現するために、より広い温度範囲で電気抵抗率の温度依存性が小さい材料を提供する必要があることを、本発明者らは課題として認識した。
【0005】
本開示はこうした状況に鑑みてなされており、その目的とするところの一つは、電気抵抗率の温度依存性が小さい材料を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するために、本開示のある態様の薄膜は、M、A、及びNを含む窒化物(Mは、Mn、Crから選ばれる少なくとも1種の元素を含み、Aは、Al、Mg、Si、Sc、Ti、V、Cr、Fe、Co、Ni、Cu、Zn、Ga、Ge、Y、Zr、Mo、Pd、Ag、In、Sn、Sb、Au、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Yb、Luから選ばれる少なくとも1種の元素を含み、MとAの組成比は、M:A=3+x:1-x、又は、M:A=3-y:1+yであり、x、yは、0<x<0.5、0<y<0.5を満たす)を含む。
【0007】
本開示の別の態様は、電気素子である。この電気素子は、上記の薄膜を含む。
【0008】
本開示の更に別の態様は、薄膜の製造方法である。この製造方法は、MとAを含むターゲットを用いて、窒素を含む雰囲気下で、M、A、及びNを含む窒化物(Mは、Mn、Crから選ばれる少なくとも1種の元素を含み、Aは、Al、Mg、Si、Sc、Ti、V、Cr、Fe、Co、Ni、Cu、Zn、Ga、Ge、Y、Zr、Mo、Pd、Ag、In、Sn、Sb、Au、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Yb、Luから選ばれる少なくとも1種の元素を含み、MとAの組成比は、M:A=3+x:1-x、又は、M:A=3-y:1+yであり、x、yは、0<x<0.5、0<y<0.5を満たす)を含む薄膜を成膜するステップを備える。ターゲットは、M3ANを成膜する際に用いられるターゲットよりも、M又はAの組成比が大きい。
【発明の効果】
【0009】
本開示によれば、電気抵抗率の温度依存性が小さい材料を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】Mn
3ANの結晶構造を模式的に示す図である。
【
図2】Mn
3AN(A=Cu、Ag、Co)の電気抵抗率の温度依存性を示す図である。
【
図3】Mn
3CuNの薄膜の電気抵抗率の温度依存性を示す図である。
【
図4】Mn
3CuNの薄膜の抵抗温度係数の温度依存性を示す図である。
【
図5】実施例の薄膜のX線回折パターンを示す図である。
【
図6】加熱処理前の実施例の薄膜の電気抵抗率の温度依存性を示す図である。
【
図7】加熱処理前の実施例の薄膜の抵抗温度係数の温度依存性を示す図である。
【
図8】加熱処理後の実施例の薄膜の電気抵抗率の温度依存性の窒素ガス圧依存性及び加熱温度依存性を示す図である。
【
図9】加熱処理後の実施例の薄膜の抵抗温度係数の温度依存性の窒素ガス圧依存性及び加熱温度依存性を示す図である。
【
図10】加熱処理後の実施例の薄膜の抵抗温度係数の温度依存性を示す図である。
【
図11】加熱処理前後の実施例の薄膜の積層方向におけるMn/Cu比を示す図である。
【
図12】加熱処理後の実施例の薄膜の断面TEM像と、その回折図形を示す図である。
【
図13】加熱処理後の実施例の薄膜の断面STEM像と、その拡大図を示す図である。
【
図14】実施例の薄膜の表面に対してエッチングを2回行ったときの抵抗温度係数を示す図である。
【
図15】保管前後の実施例の薄膜の抵抗温度係数を示す図である。
【
図16】加熱処理後の実施例の薄膜の電気抵抗率の温度依存性を示す図である。
【
図17】加熱処理後の実施例の薄膜の抵抗温度係数の温度依存性を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
逆ペロブスカイト型の結晶構造を有するMn3CuNなどの窒化物は、広い温度範囲において電気抵抗率の温度依存性が小さいことが知られている。
【0012】
図1は、Mn
3ANの結晶構造を模式的に示す。単位胞の中心に軽元素のN、6つの面心にMn、8つの角にAが配置された結晶構造を有する。単位胞の中心に位置する窒素原子Nの2p軌道と周囲のMnの3d軌道との強固な共有結合によりMn
6Nの八面体が安定化される。そのため、Aが位置する単位胞の角には、様々な金属元素や半導体元素が配置可能である。
【0013】
図2は、Mn
3AN(A=Cu、Ag、Co)の電気抵抗率の温度依存性を示す。いずれの窒化物も、広い温度範囲において電気抵抗率の温度依存性が小さい。とくに、Mn
3CuNは、非常に広い温度範囲において、非常に小さい電気抵抗率の温度依存性を示す。
【0014】
図3は、Mn
3CuNの薄膜の電気抵抗率の温度依存性を示す。
図4は、Mn
3CuNの薄膜の抵抗温度係数の温度依存性を示す。抵抗温度係数(TCR)は、抵抗素子の温度安定性の指標として用いられ、
TCR=(dρ/dT)ρ
0[ppm/℃]
により算出される。ここで、ρは、抵抗率であり、ρ
0は、基準温度における抵抗率である。Mn
3CuNの薄膜の抵抗温度係数は、広い温度範囲において負の小さい値を示す。
【0015】
本発明者らは、負の抵抗温度係数を有するMn3CuNの薄膜に、正の抵抗温度係数を有する金属などを導入することにより、両者が打ち消し合って、広い温度範囲において抵抗温度係数がよりゼロに近い材料を得ることができると考えた。
【0016】
本開示の薄膜は、M、A、及びNを含む窒化物(Mは、Mn、Crから選ばれる少なくとも1種の元素を含み、Aは、Al、Mg、Si、Sc、Ti、V、Cr、Fe、Co、Ni、Cu、Zn、Ga、Ge、Y、Zr、Mo、Pd、Ag、In、Sn、Sb、Au、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Yb、Luから選ばれる少なくとも1種の元素を含み、MとAの組成比は、M/A=3+x:1-x、又は、M:A=3-y:1+yであり、x、yは、0<x<0.5、0<y<0.5を満たす)を含む。この窒化物は、一般式(1)又は(2)で表すことができる。
M3+xA1-xNz(0<x<0.5、0.9<z<1.1) (1)
M3-yA1+yNz(0<y<0.5、0.9<z<1.1) (2)
【0017】
後述する実施例により示されるように、本開示の薄膜は、20℃以上の広い温度範囲において、温度抵抗係数が-10~10ppm/℃である。従来から精密抵抗素子に利用されているMn-Cu-Ni系合金(マンガニン)は、20℃程度の温度範囲において、-10~10ppm/℃の温度抵抗係数を示すが、本開示の薄膜は、マンガニンよりも広い温度範囲において、-10~10ppm/℃の温度抵抗係数を示す。抵抗温度係数が所定範囲である温度範囲は、25℃以上、30℃以上、35℃以上、40℃以上、45℃以上、50℃以上、60℃以上、70℃以上、80℃以上、90℃以上、100℃以上であってもよく、室温を含む温度範囲であってもよい。所定範囲は、-9ppm/℃以上、-8ppm/℃以上、-7ppm/℃以上、-6ppm/℃以上、-5ppm/℃以上、-4ppm/℃以上、-3ppm/℃以上、-2ppm/℃以上、-1ppm/℃以上であってもよく、9ppm/℃以下、8ppm/℃以下、7ppm/℃以下、6ppm/℃以下、5ppm/℃以下、4ppm/℃以下、3ppm/℃以下、2ppm/℃以下、1ppm/℃以下であってもよい。
【0018】
Mn3CuNの常磁性相において抵抗率の温度依存性が小さいのは、強いキャリア散乱によって、遍歴電子の平均自由行程が格子間隔程度まで減少することで生じる、いわゆる抵抗率飽和の現象と考えられる。Mnは反強磁性を示すが、Mn3CuNの結晶においては、Mnのスピンは反強磁性秩序が完全に保たれた配列をとることができないので、フラストレーションが生じる。このフラストレーションに起因する磁気散乱により、遍歴電子の平均自由行程が短くなり、キャリアが外部磁場によるローレンツ力を受ける時間が短くなるので、磁気抵抗が小さくなると考えられる。Mnと同様に反強磁性を示すCrや、Eu、Tb、Dy、Erなどのランタノイド元素によりMnの一部又は全部を置換した窒化物、すなわち、一般式(1)及び(2)においてM=Crなどの場合も、同様に、広い温度範囲で小さい温度抵抗係数を有することが合理的に予測できる。
【0019】
図1に関連して上述したように、Mn
3ANのAとして様々な金属元素や半導体元素を含む窒化物が存在する。また、
図2に示すように、Mn
3ANのAとして様々な金属元素を含む窒化物が、広い温度範囲において電気抵抗率の温度依存性が小さいことが知られている。したがって、一般式(1)及び(2)のAとして様々な金属元素や半導体元素を含む窒化物も、同様に広い温度範囲で小さい温度抵抗係数を有することが合理的に予測できる。
【0020】
一般式(1)におけるxは、0<x<0.5を満たす。xは、0.9以下、0.8以下、0.7以下、0.6以下、0.5以下、0.4以下、0.3以下、0.2以下、0.1以下であってもよい。
【0021】
一般式(2)におけるyは、0<y<0.5を満たす。yは、0.9以下、0.8以下、0.7以下、0.6以下、0.5以下、0.4以下、0.3以下、0.2以下、0.1以下であってもよい。
【0022】
一般式(1)又は(2)におけるzは、0.9<z<1.1を満たす。zは、0.95以上、0.99以上、0.995以上、0.999以上であってもよい。zは、1.05以下、1.01以下、1.005以下、1.001以下であってもよい。
【0023】
本開示の薄膜の膜厚は、50μm以下であってもよい。これにより、薄膜を電気素子などとして利用することができる。本開示の薄膜の膜厚は、100μm以下、90μm以下、80μm以下、70μm以下、60μm以下、40μm以下、30μm以下、20μm以下、10μm以下であってもよい。
【0024】
本開示の薄膜は基板上に成膜され、薄膜の基板側におけるM、A、又はNの濃度と、薄膜の表面側におけるM、A、又はNの濃度が異なってもよい。薄膜の基板側10%におけるMの濃度(組成比)と、薄膜の表面側10%におけるMの濃度(組成比)との比rMは、1/10<rM<10(ただし、rM≠1)であってもよい。rMは、1/9以上、1/8以上、1/7以上、1/6以上、1/5以上、1/4以上、1/3以上、1/2以上、1/1.5以上、1/1.4以上、1/1.3以上、1/1.2以上、1/1.1以上であってもよい。rMは、1.1以下、1.2以下、1.3以下、1.4以下、1.5以下、1.6以下、1.7以下、1.8以下、1.9以下、2以下、3以下、4以下、5以下、6以下、7以下、8以下、9以下であってもよい。薄膜の基板側10%におけるAの濃度(組成比)と、薄膜の表面側10%におけるAの濃度(組成比)との比rAは、1/10<rA<10(ただし、rA≠1)であってもよい。rAは、1/9以上、1/8以上、1/7以上、1/6以上、1/5以上、1/4以上、1/3以上、1/2以上、1/1.5以上、1/1.4以上、1/1.3以上、1/1.2以上、1/1.1以上であってもよい。rAは、1.1以下、1.2以下、1.3以下、1.4以下、1.5以下、1.6以下、1.7以下、1.8以下、1.9以下、2以下、3以下、4以下、5以下、6以下、7以下、8以下、9以下であってもよい。これにより、広い温度範囲において抵抗温度係数が小さい材料を実現することができる。
【0025】
本開示の薄膜において、M、A、又はNの濃度は、基板側から表面側にかけて連続的に変化していてもよい。本開示の薄膜は、M、A、又はNの濃度がそれぞれ異なる複数の層を有してもよい。前者の薄膜は、スパッタリングなどにより成膜した薄膜を加熱処理することによって製造してもよい。後者の薄膜は、MとAの組成比が異なるターゲットを用いてスパッタリングなどにより段階的に複数の層を成膜することによって製造してもよい。
【0026】
本開示の薄膜は、抵抗温度係数が正である領域と、抵抗温度係数が負である領域を含んでもよい。これにより、広い温度範囲において抵抗温度係数が小さい材料を実現することができる。
【0027】
本開示の薄膜は、アモルファスのM又はAを含んでもよい。この場合も、抵抗温度係数が負である一般式(1)又は(2)の窒化物に、抵抗温度係数が正である金属又は半導体が導入されるので、両者が打ち消し合って、広い温度範囲において抵抗温度係数が小さい材料を実現することができる。
【0028】
本開示の電気素子は、上記の薄膜を含む。本開示の電気素子は、抵抗素子であってもよい。本開示の電気素子は、リアクター素子であってもよい。リアクター素子は、上記の薄膜をコイル状に成形したものであってもよい。これにより、高い温度安定性を有する電気素子を実現することができる。
【0029】
[実施例]
[成膜]
強磁場スパッタ装置によりMn3+xCu1-xNの薄膜を作製した。ターゲットとして、Mn-Cu合金を用いた。基板として、MgO(001)を用いた。Arを70%、窒素ガスを30%含むガス中で、基板温度を200℃、印加電圧を4.00kVとして、バルク超伝導体により強磁場を印加しながらスパッタリングを行った。
【0030】
[加熱処理]
作製した薄膜を炉に入れ、真空(~10-4Pa)に引いた後、窒素ガス雰囲気(4~14×10-3Pa)下、50℃/minの速度で350~450℃に加熱し、炉冷した。
【0031】
[薄膜の組成比]
図5は、作製した薄膜のX線回折パターンを示す。下段は、ターゲットとしてMn/Cu=4のMn-Cu合金を用いて作製した薄膜(比較実施例)のX線回折パターンを示す。この場合、高品位なMn
3CuNの単相薄膜が作製される。上段は、ターゲットとしてMn/Cu=5.5のMn-Cu合金を用いて作製した薄膜(実施例)のX線回折パターンを示す。SEM-EDX(走査型電子顕微鏡-エネルギー分散型X線分光法)により測定したMn/Cu比は3.57であった。すなわち、Mn
3.125Cu
0.875N(一般式(1)において、x=0.125)の薄膜を作製することができた。このように、Mn
3ANの薄膜を作製する場合よりもMnの組成比が大きいMn-A合金(A=Cuの場合は、Mn/Cu>4)をターゲットとすることにより、一般式(1)の窒化物を含む薄膜を作製することができる。同様に、Mn
3ANの薄膜を作製する場合よりもMnの組成比が小さいMn-A合金(A=Cuの場合は、Mn/Cu<4)をターゲットとすることにより、一般式(2)の窒化物を含む薄膜を作製することができると考えられる。
【0032】
[薄膜の電気抵抗]
図6は、加熱処理前の実施例の薄膜の電気抵抗率の温度依存性を示す。
図7は、加熱処理前の実施例の薄膜の抵抗温度係数の温度依存性を示す。抵抗温度係数は、温度の上昇に伴って正から負に変化している。
【0033】
図8は、加熱処理後の実施例の薄膜の電気抵抗率の温度依存性の窒素ガス圧依存性及び加熱温度依存性を示す。
図9は、加熱処理後の実施例の薄膜の抵抗温度係数の温度依存性の窒素ガス圧依存性及び加熱温度依存性を示す。実施例の薄膜の電気抵抗率の温度依存性は、加熱処理によってより小さくなっている。
図10は、窒素ガス圧を8×10
-3Paとし、加熱温度を400℃として加熱処理した後の実施例の薄膜の抵抗温度係数の温度依存性を示す。窒素ガス圧を8~11×10
-3Paとし、加熱温度を400~425℃として加熱処理した実施例の薄膜は、-100~120℃という非常に広い温度範囲において、0~-10ppm/℃という非常に小さい温度抵抗係数を示すことが分かった。
【0034】
[薄膜の積層方向におけるMn/Cu比の変化]
図11(a)は、加熱処理前の実施例の薄膜の積層方向におけるMn/Cu比を示す。
図11(b)は、加熱処理後の実施例の薄膜の積層方向におけるMn/Cu比を示す。加熱処理前の薄膜では、積層方向におけるMn/Cu比は一様である。加熱処理後の薄膜では、基板側におけるMn/Cu比は加熱処理前の薄膜と同程度であるが、表面側に近づくに伴ってMn/Cu比が連続的に小さくなっており、組成の傾斜が生じている。これは、過剰量のMnの一部が加熱処理中に薄膜の表面から再蒸発しているためであると考えられる。
【0035】
図12は、加熱処理後の実施例の薄膜の断面TEM(透過型電子顕微鏡)像と、その回折図形を示す。試料中にアモルファスな物質が分布している場合、その回折図形として、ブロードな円環状のハローパターンが観察される。しかし、加熱処理後の実施例の薄膜では、そのようなハローパターンは観察されず、基板とM
3+xCu
1-xNに起因する明瞭なスポットが観察された。
図13は、加熱処理後の実施例の薄膜の断面STEM(走査型透過型電子顕微鏡)像と、その拡大図を示す。原子が配列している様子が見られるので、薄膜を構成する主な要素はM
3+xCu
1-xN結晶相であると考えられる。
【0036】
実施例の薄膜の内部で上記のような組成傾斜が生じており、積層方向に依存して抵抗温度係数が変化するならば、Mn/Cu比が3に近い表面部分を除去した場合、薄膜の抵抗温度係数は正の値に近づくと予想される。
図14は、実施例の薄膜の表面に対してエッチングを2回行ったときの抵抗温度係数を示す。膜厚が減少するに伴って抵抗温度係数が増加している。実施例の薄膜では、加熱処理によって表面側におけるMn/Cu比が減少して3に近づいたことにより、Mn/Cu比が大きく正の抵抗温度係数を有する基板側の領域と、Mn/Cu比が3に近く負の抵抗温度係数を有する表面側の領域が同一の薄膜内で併存し、両者がうまく打ち消し合って、ゼロに近い抵抗温度係数が実現されていることが実験的に確かめられた。
【0037】
[経年変化耐性]
実施例の薄膜を、真空(~10
0Pa台)の容器内に6ヶ月間保管した。
図15は、保管前後の実施例の薄膜の抵抗温度係数を示す。126℃~-96℃における抵抗温度係数の平均値の差は、1.8(ppm/℃)/年であり、高い経年変化耐性を有することが示された。
【0038】
[合成石英基板上での成膜]
基板をMgO基板から合成石英基板に変更して、同様の条件で薄膜を作製した。
図16は、窒素ガス圧を4×10
-3Paとし、加熱温度を400℃として加熱処理した後の薄膜の電気抵抗率の温度依存性を示す。
図17は、加熱処理後の薄膜の抵抗温度係数の温度依存性を示す。薄膜の抵抗温度係数は、-100℃~120℃において0~50ppm/℃であった。MgO基板よりも安価な合成石英基板上でも実施例の薄膜を作製することができることが示された。
【0039】
以上、本開示を実施の形態をもとに説明した。この実施の形態は例示であり、それらの各構成要素や各処理プロセスの組合せにいろいろな変形例が可能なこと、またそうした変形例も本開示の範囲にあることは当業者に理解されるところである。
【0040】
以上の実施形態により具体化される発明を一般化すると、以下の技術的思想が導かれる。
(態様1)
M、A、及びNを含む窒化物(Mは、Mn、Crから選ばれる少なくとも1種の元素を含み、Aは、Al、Mg、Si、Sc、Ti、V、Cr、Fe、Co、Ni、Cu、Zn、Ga、Ge、Y、Zr、Mo、Pd、Ag、In、Sn、Sb、Au、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Yb、Luから選ばれる少なくとも1種の元素を含み、MとAの組成比は、M:A=3+x:1-x、又は、M:A=3-y:1+yであり、x、yは、0<x<0.5、0<y<0.5を満たす)を含む薄膜。
(態様2)
20℃以上の温度範囲において、温度抵抗係数が-10~10ppm/℃である
態様1に記載の薄膜。
(態様3)
膜厚が50μm以下である
態様1から2のいずれか1項に記載の薄膜。
(態様4)
前記薄膜は基板上に成膜され、
前記薄膜の前記基板側におけるM、A、又はNの濃度と、前記薄膜の表面側におけるM、A、又はNの濃度が異なる
態様1から3のいずれか1項に記載の薄膜。
(態様5)
抵抗温度係数が正である領域と、抵抗温度係数が負である領域を含む
態様1から4のいずれか1項に記載の薄膜。
(態様6)
態様1から5のいずれか1項に記載の薄膜を含む電気素子。
(態様7)
MとAを含むターゲットを用いて、窒素を含む雰囲気下で、M、A、及びNを含む窒化物(Mは、Mn、Crから選ばれる少なくとも1種の元素を含み、Aは、Al、Mg、Si、Sc、Ti、V、Cr、Fe、Co、Ni、Cu、Zn、Ga、Ge、Y、Zr、Mo、Pd、Ag、In、Sn、Sb、Au、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Yb、Luから選ばれる少なくとも1種の元素を含み、MとAの組成比は、M:A=3+x:1-x、又は、M:A=3-y:1+yであり、x、yは、0<x<0.5、0<y<0.5を満たす)を含む薄膜を成膜するステップを備え、
前記ターゲットは、M3ANを成膜する際に用いられるターゲットよりも、M又はAの組成比が大きい
薄膜の製造方法。
(態様8)
前記薄膜の基板側におけるM、A、又はNの濃度と、前記薄膜の表面側におけるM、A、又はNの濃度を異ならせるための処理を実行するステップを備える
態様7に記載の製造方法。
(態様9)
前記処理は、前記薄膜を加熱するステップを含む
態様8に記載の製造方法。