(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024104909
(43)【公開日】2024-08-06
(54)【発明の名称】琺瑯製品及び琺瑯用釉薬
(51)【国際特許分類】
C23D 5/00 20060101AFI20240730BHJP
【FI】
C23D5/00 J
【審査請求】有
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023009342
(22)【出願日】2023-01-25
(71)【出願人】
【識別番号】301028071
【氏名又は名称】阪和ホーロー株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100085316
【弁理士】
【氏名又は名称】福島 三雄
(74)【代理人】
【識別番号】100171572
【弁理士】
【氏名又は名称】塩田 哲也
(74)【代理人】
【識別番号】100213425
【弁理士】
【氏名又は名称】福島 正憲
(74)【代理人】
【識別番号】100221707
【弁理士】
【氏名又は名称】宮崎 洋介
(74)【代理人】
【識別番号】100099977
【弁理士】
【氏名又は名称】佐野 章吾
(74)【代理人】
【識別番号】100104259
【弁理士】
【氏名又は名称】寒川 潔
(74)【代理人】
【識別番号】100224915
【弁理士】
【氏名又は名称】西村 茉友
(74)【代理人】
【識別番号】100229116
【弁理士】
【氏名又は名称】日笠 竜斗
(72)【発明者】
【氏名】高野 幸雄
(72)【発明者】
【氏名】松本 直樹
(57)【要約】
【課題】 従来、琺瑯は、硬質ではあるものの使用時に衝撃等により生じた琺瑯の欠けは、琺瑯製品の防錆性・耐腐食性を低下させる原因となる。従って、硬さだけでなく耐衝撃性の両方を備えた琺瑯が求められる。
【解決手段】 SiO
2を含む基剤と、1種以上の添加剤としての無機酸化物を含む琺瑯用釉薬であって、基剤100質量部に対する前記無機酸化物の質量割合が15質量部以上、90質量部以下である琺瑯用釉薬。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
SiO2を含む基剤と、1種以上の添加剤としての無機酸化物を含む琺瑯用釉薬であって、
基剤100質量部に対する前記無機酸化物の質量割合が15質量部以上、90質量部以下である琺瑯用釉薬。
【請求項2】
前記無機酸化物が前記基剤よりも高い融点を有する請求項1に記載の琺瑯用釉薬。
【請求項3】
前記無機酸化物が、それぞれ、ケイ酸ジルコニウム、アルミナ、二酸化チタン、珪石、スポジュメン、及び酸化ジルコニウムから選択される1以上である
請求項1または2に記載の琺瑯用釉薬。
【請求項4】
前記基剤が、ケイ酸及びホウ酸を主成分としたシリカ系基剤、または、リン酸塩を主成分とするリン酸系基剤である
請求項3に記載の琺瑯用釉薬。
【請求項5】
請求項3に記載の琺瑯用釉薬を釉薬として得られる、琺瑯製品。
【請求項6】
請求項3に記載の琺瑯用釉薬を釉薬として使用して、焼成温度550℃以上、650℃以下の温度で焼成することによって製造される、琺瑯製品の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、十分な硬さと耐衝撃性を有する琺瑯製品と当該琺瑯の製造に使用するための琺瑯用釉薬に関する。
【背景技術】
【0002】
琺瑯は、鉄やアルミニウムなどの金属表面に無機ガラス質の釉薬を付し、焼成することによって溶融した釉薬が金属表面に密着したものである。琺瑯製品は、金属表面そのままの製品よりも、防錆性・耐腐食性が高く、耐汚染性、耐摩耗性を有している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
一方で、琺瑯は、硬質ではあるものの使用時に衝撃等により生じた琺瑯の欠けは、琺瑯製品の防錆性・耐腐食性を低下させる原因となる。従って、硬さだけでなく耐衝撃性の両方を備えた琺瑯が求められる。
【0005】
ここで、琺瑯用フリット(基剤)は、琺瑯膜を構成するガラス質の無機物であり多種の組成から構成されている。琺瑯用フリットは、琺瑯膜の形成工程における焼成によって基材表面で溶融し、琺瑯膜の主たる特性を決定するものである。したがって、すでに定められているフリットの特性を変化させずにその組成を再設計して耐衝撃性を付加することは困難であった(特許文献1)。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、以下の態様1~6を含む:
[態様1]SiO2を含む基剤と、1種以上の添加剤としての無機酸化物を含む琺瑯用釉薬であって、
基剤100質量部に対する前記無機酸化物の質量割合が15質量部より多く、90質量部以下である琺瑯用釉薬;
[態様2]前記無機酸化物が前記基剤よりも高い融点を有する態様1に記載の琺瑯用釉薬;
[態様3]前記無機酸化物が、それぞれ、ケイ酸ジルコニウム、アルミナ、二酸化チタン、珪石、スポジュメン、及び酸化ジルコニウムから選択される1以上である態様1または2に記載の琺瑯用釉薬;
[態様4]前記基剤が、ケイ酸及びホウ酸を主成分としたシリカ系基剤、または、リン酸塩を主成分とするリン酸系基剤である態様3に記載の琺瑯用釉薬;
[態様5] 態様3に記載の琺瑯用釉薬を釉薬として得られる、琺瑯製品;
[態様6] 態様3に記載の琺瑯用釉薬を釉薬として使用して、焼成温度550℃以上、650℃以下の温度で焼成することによって製造される、琺瑯製品の製造方法;
【0007】
本発明によれば、フリットである基剤とは異なる添加剤として無機酸化物を添加する。したがって、前記基剤自体を構成する成分と前記無機酸化物を構成する成分において同じ成分が含まれる場合においても、本発明に係る琺瑯用釉薬としては同一とは理解しない。琺瑯用釉薬を焼成した場合に、基剤は熱によって溶融されるが、無機酸化物は溶融されずに溶けた基剤と接合することによって琺瑯膜を形成するからである。したがって、例えば基剤中のSiO2と前記無機酸化物としてのSiO2とは琺瑯膜の形成に際して異なる役割を持つものであり、本発明に係る琺瑯用釉薬への含有量として区別される。
【発明の効果】
【0008】
本発明は、基剤に無機酸化物を多く添加した琺瑯用釉薬とすることによって、高い耐衝撃性を有する琺瑯膜を実現した。これは、無機酸化物は琺瑯用釉薬の過焼成防止、または琺瑯膜への着色を目的として添加され、これらの目的を達成するためには基剤100質量部に対して無機酸化物が10質量部あれば十分であり、無機酸化物の多量の添加は必要とされていなかったという常識に反した発明者の発想に基づく顕著な効果である。
【0009】
さらに、無機酸化物が基剤よりも高い融点を有することにより、無機酸化物は焼成工程を経ても微粒子状の状態で琺瑯膜内に分散していると考えられ、鋼球からの衝撃を吸収して溶けたガラス質の基剤を衝撃から守る効果があるのではないかと推測される。
【0010】
焼成温度を550℃~650℃とした場合には、基剤に対する無機酸化物の質量割合を15質量部以上90質量部以下とすることによって、良好な耐衝撃性が得られた。以下の実施例で説明する落球試験においても鋼球の落下痕が全く見られないか、もしくは落下痕が見られてもわずかなひびにとどまる良好な琺瑯膜が得られた。
この結果は、無機酸化物は焼成工程を経ても微粒子状の状態で琺瑯膜内に分散していると考えられ、鋼球からの衝撃を吸収して溶けたガラス質の基剤を衝撃から守る効果によるものではないかと推測される。
【0011】
本発明に係る琺瑯用釉薬によれば、焼成温度が550℃~650℃であっても、剥離しにくく、十分な硬さを備える琺瑯膜を実現することができる。特に、耐衝撃性においては、従来の高温焼成温度で成膜される琺瑯膜よりも優れた琺瑯膜を実現することができる。本発明の琺瑯用釉薬は、焼成温度を従来の温度(750℃~850℃)よりも下げて成膜することができるため、従来よりも多様な金属に対して使用可能であり、その結果、より多様な琺瑯製品を製造し得る。
【0012】
本発明の琺瑯用釉薬を用いれば、焼成温度が550℃~650℃とアルミニウムが耐えることができる温度において、金属基材表面への琺瑯膜の密着率を維持しつつ、高い耐衝撃性を有する琺瑯製品が得られることを見出した。
したがって、本発明によれば、アルミニウムのような750℃~850℃の高温では融点を超えてしまう金属基材に琺瑯膜を形成した琺瑯製品を実現できる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】添加剤を含まない場合(基剤のみ)の琺瑯膜に対する落球試験結果を示す写真である。
【
図2】リン酸系基剤に添加剤としてケイ酸ジルコニウム(ZrSiO
4)を混合した琺瑯用釉薬を用いた場合の琺瑯膜に対する落球試験結果を示す写真である。
【
図3】リン酸系基剤に添加剤としてアルミナ(Al
2O
3)を混合した琺瑯用釉薬を用いた場合の琺瑯膜に対する落球試験結果を示す写真である。
【
図4】リン酸系基剤に添加剤として二酸化チタン(TiO
2)を混合した琺瑯用釉薬を用いた場合の琺瑯膜に対する落球試験結果を示す写真である。なお、図中の酸化チタンの表記は二酸化チタンを示す。
【
図5】リン酸系基剤に添加剤としてスポジュメン(LiAlSi
2O
6)を混合した琺瑯用釉薬を用いた場合の琺瑯膜に対する落球試験結果を示す写真である。
【
図6】リン酸系基剤に添加剤として珪石(SiO
2)を混合した琺瑯用釉薬を用いた場合の琺瑯膜に対する落球試験結果を示す写真である。
【
図7】リン酸系基剤に添加剤として酸化ジルコニウム(ZrO
2)を混合した琺瑯用釉薬を用いた場合の琺瑯膜に対する落球試験結果を示す写真である。
【
図8】シリカ系基剤に添加剤としてケイ酸ジルコニウム(ZrSiO
4)を混合した琺瑯用釉薬を用いた場合の琺瑯膜に対する落球試験結果を示す写真である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明の琺瑯用釉薬は、SiO2を含む基剤に、1種以上の添加剤としての無機酸化物が含まれてなる。
無機酸化物としては、例えばケイ酸ジルコニウム(ZrSiO4)、アルミナ(Al2O3)、二酸化チタン(TiO2)、スポジュメン(LiAlSi2O6)、珪石(SiO2)、及び酸化ジルコニウム(ZrO2)から選択される1種以上であることが好ましい。前記添加剤は、基剤よりも融点が高い無機酸化物によってなることが好ましい。添加剤の融点が基剤よりも高いことで、琺瑯用釉薬の過焼成を防止することもできる。前記列挙した無機酸化物は、琺瑯用釉薬の焼成時における過焼成を防止する過焼成防止剤としても使用することもできる。
【0015】
本発明の琺瑯用釉薬に使用される基剤は特に限られないが、好ましくはケイ酸及びホウ酸を主成分としたシリカ系基剤であるか、あるいは、リン酸塩を主成分とするリン酸系基剤を用いることができる。また、本発明の琺瑯用釉薬に使用される基剤は、例えばグランドコート用またはカバーコートとして用いられるガラス質の無機物である。本発明の琺瑯用釉薬に使用される基剤には、例えば低温焼成用基剤または中温焼成用基剤を使用することができ、低温焼成用リン酸系基剤、低温焼成用シリカ系基剤、中温焼成用リン酸系基剤、及び中温焼成用シリカ系基剤、チタン系基剤などから選択することが好ましい。
【0016】
本発明の琺瑯用釉薬において、基剤100質量部に対する無機酸化物の質量割合は15質量部以上90質量部以下であり、好ましくは15質量部以上90質量部より少なく、より好ましくは15質量部以上60質量部以下、さらに好ましくは15質量部以上30質量部以下である。なお、無機酸化物を複数種類含む場合は無機酸化物の総量である。
【0017】
本発明の琺瑯用釉薬は、基剤と無機酸化物を混合することによって製造される。無機酸化物、販売されているものをそのまま使用しても、ミルでさらに粉砕して使用してもよい。
【0018】
本発明の琺瑯製品は、本発明の琺瑯用釉薬を用いて製造される。本発明の琺瑯製品は、金属基材を成形したものに、本発明の琺瑯用釉薬を付して製造される。金属基材は、例えば鋳鉄、鋼板、アルミニウム、またはステンレスのうちの一種または複数からなる複合体であってもよい。
【0019】
本発明の琺瑯製品は、金属基材を成形したものに、必要に応じて洗浄・ブラスト処理などの前処理を行った後、本発明の琺瑯用釉薬を施釉する。施釉は、塗布、浸漬(ディッピング)、スプレー、静電施釉などの、本技術分野で一般的に用いられる施釉方法のうちの1つまたは複数を用いて行い得る。施釉後は、必要に応じて乾燥炉を使用して、数分から数十分乾燥させる。その後、焼成炉を使用して焼成し、本発明の琺瑯製品を製造し得る。
【0020】
一般的に、琺瑯用釉薬を付した後、従来温度として750℃~850℃程度の高温で焼成され、この高温での焼成により、琺瑯用釉薬は金属表面に強固に密着するとされている。一方、本発明においては、琺瑯用釉薬に混合する無機酸化物の量を基剤100質量部に対して15質量部以上混合することによって高い耐衝撃性を有する琺瑯製品ができることを見出した。
【0021】
さらには、琺瑯用釉薬に混合する無機酸化物の量を基剤100質量部に対して15質量部以上混合することによって、従来温度よりも低い温度であっても高い耐衝撃性を有する琺瑯製品ができることを見出した。具体的な焼成温度としては、例えば550℃以上650℃以下である。より好ましくは550℃より高く、650℃より低い焼成温度である。さらにまた、本発明に係る琺瑯用釉薬を従来温度よりも低い温度で焼成した場合、従来温度、例えば750℃によって焼成された琺瑯製品よりも高い耐衝撃性を実現できる場合もあることを見出した。
なお本発明によれば、金属基材表面への琺瑯膜の密着率は十分であった。これは焼成温度が従来温度よりも低い550℃~650℃での焼成においても同様であった。
【実施例0022】
(1)琺瑯用釉薬の製造
以下、添加剤としての無機酸化物を、単に添加剤ということがある。
製造例1-1~7-4の琺瑯用釉薬はそれぞれ、下記の表に示した粉末状体の基剤と、粉末状体の添加剤とを、それぞれ下記の表2に示した重量比で混合して調製した。本実施例において、基剤には次の表1に示す組成を有するリン酸系基剤もしくはシリカ系基剤を使用した。なお、本実施例においては、琺瑯用釉薬を水に均一に分散させるための浮遊剤であるリン酸一カリウムを基剤100質量部に対して5質量部混合し、さらに、金属基材へ塗布した際の垂れ防止のための止め剤であるNaNO2及びK2O3をそれぞれ基剤に対して0.2質量部ずつ混合した。さらに調製された混合物を製造例1-1~7-4において380gずつとり、水120mlと混合して粘度のある水分散体とした。以下、当該水分散体を釉薬液ということがある。なお、表7において評価する添加剤0質量%の試料は、上記調製方法のうち、表1(b)に係るリン酸系基剤を使用し、添加剤を除いたものとして釉薬液を5つ調製した。
【0023】
ただし、本発明を構成する基剤は表1に示したものに限られない。なお、リン酸系基剤に含まれるSiO2はリン酸よりも少ない量で実質的に含まれていればよいが、SiO2が少なすぎると釉薬の粘性が低くなりすぎ、添加剤が多く添加されて高い耐衝撃性を有する琺瑯膜としての評価ができない。そのため、基剤に含まれるSiO2の含有量は表1(b)に示すように7質量%以上あることが好ましい。
【0024】
【0025】
【0026】
(2)琺瑯製品の製造
表3~6に示す製造例1-1-1~7-4-3の琺瑯製品はそれぞれ、一辺25mm×25mm×厚さ3mmの鋼板(SUS304)を金属基材として、(1)で調製された製造例1-1~7-4に係る釉薬液4gをスプレーで吹き付け塗布した後、乾燥し、下記の表3~表6に示した焼成温度で10分間焼成することによって製造した。形成された琺瑯製品上の琺瑯膜の膜厚は約300μmであった。なお、焼成時間は2分~15分程度であることが好ましい。また、(1)で調製した添加剤0質量%の5つの釉薬液を、上記製造例と同様に金属基材に吹き付け塗布後、乾燥し、それぞれ550℃、650℃、700℃、750℃、800℃で10分間焼成したものを製造例0-0-1~0-0-5とした。
【0027】
【0028】
【0029】
【0030】
【0031】
(3)落球試験
(2)で製造した琺瑯製品を水平な一辺90mmの鋼板上に置いて固定した。固定した琺瑯製品を囲うように内径400mmの円筒を前記鋼板上に垂直方向に向けて設置固定し、直径約380mmの球状の鋼球(224g)を、前記円筒内において、1.5mの高さから前記鋼板に固定した琺瑯製品に向かって垂直に自然落下させることで落球試験を行った。鋼球の落下による衝撃をうけた琺瑯製品の琺瑯膜の表面の状態を
図1~
図8に示すように記録し、琺瑯製品の中心付近における鋼球落下地点の状態から以下の通りに評価した。なお、評価するに際して、鋼球落下後の琺瑯製品に浸透探傷試験用の検査液(カラーチェック(赤) 株式会社タケト)を塗布し、落下痕を視認し易くして評価を行った。図中で全体に色がついているように見える試料は、琺瑯膜表面の光沢が減少したために着色が目立つものである。全体が着色されるように見えることによって耐衝撃性が低いことを示すものではない。
◎:鋼球が落ちた地点に、落下痕が見られない、または点状のわずかな落下痕が見られた。
〇:鋼球が落ちた地点を囲む中空形状のひびが見られた。
△:鋼球が落ちた地点に、中心点痕及び当該中心点痕を囲む形状のひびが見られた。
×:鋼球が落ちた地点に、琺瑯の剥がれを伴う損傷が見られた。
【0032】
以下の表に、
図1~
図8に対応させて、上記評価により評価した落球試験の結果を示す。なお、
図1~
図8における「部」及び以下の表における「部」との表記は基剤100質量部に対する質量部として示すものである。
【0033】
【0034】
【0035】
【0036】
【0037】
【0038】
【0039】
【0040】
【0041】
まず、表7より、添加剤を含まない琺瑯膜は、いずれの焼成温度であっても落球試験結果により剥がれを伴う琺瑯の損傷がみられ、評価は×であった。
上記表8~表14の結果より、添加剤にケイ酸ジルコニウム、アルミナ、二酸化チタン、スポジュメン、珪石、及び酸化ジルコニウムのいずれを使用した場合であっても、基剤100質量部に対して添加剤を15質量部以上添加すると、添加量が10質量部以下の試料よりも耐衝撃性が向上していることがわかった。添加剤は焼成工程を経ても微粒子状の状態で琺瑯膜内に分散していると考えられ、鋼球からの衝撃を吸収して溶けたガラス質の基剤を衝撃から守る効果があるのではないかと推測される。
【0042】
なお、添加剤を15質量部以上添加することによって、従来の琺瑯膜で見られる光沢面が減少する傾向はみられた。これは、当業者が基剤に対して添加剤を多く添加しようとする動機の妨げとなる。そして、本発明においては、このような従来における技術常識にかかわらず検討した結果、琺瑯膜表面の光沢の減少は見られるものの、従来にない高い耐衝撃性を有する琺瑯製品を実現できた。また、本発明によれば、このような優れた特性を備える琺瑯製品を実現できる琺瑯用釉薬を提供することができる。
【0043】
焼成温度を550℃~650℃とした場合には、基剤に対する添加剤の質量割合を15質量部以上90質量部以下とすることによって、◎若しくは○の評価が得られ、鋼球の落下痕が全く見られないか、もしくは落下痕が見られてもわずかなひびにとどまる良好な琺瑯膜が得られた。なお、添加剤を90質量部よりも多く添加すると、剥がれを伴う損傷が見られやすくなり、評価が低くなる傾向にあった。焼成によって融解する基剤に対して微粒子状の添加剤の量が多くなりすぎ、琺瑯膜がもろくなる傾向を示すと考えられる。
なお、750℃で高温焼成された琺瑯膜は、全体的な傾向として、添加剤の質量割合が10質量部以下と少なくなるにつれて、低温焼成の琺瑯膜に比べて亀裂や剥がれが生じ易く、衝撃に弱いとされる琺瑯膜の従来の性質に沿った結果が示された。
【0044】
基剤100質量部に対する添加剤の質量割合は15質量部以上90質量部以下であり、好ましくは15質量部以上90質量部より少なく、より好ましくは15質量部以上60質量部以下、さらに好ましくは15質量部以上30質量部以下である。また低温焼成温度とは550℃以上650℃以下であり、より好ましくは550℃以上650より低い温度である。
【0045】
添加剤の種類は特に制限されないが、好ましくはケイ酸ジルコニウム、アルミナ、二酸化チタン、珪石、スポジュメン、及び酸化ジルコニウムから選択される1以上の添加剤であることが好ましい。
【0046】
(4)ナノインデンテーション試験
ナノインデンテーション試験は、ダイヤモンド製圧子を試料表面に荷重をかけて押し込み、押し込み深さを変位計で直接測定することによって試料の硬度や剛性を定量的に測定する試験方法である。基剤をIWX15426(低温リン酸系琺瑯用釉薬)とし、添加剤と焼成温度を以下の表に示した通りとする琺瑯について、ナノインデンテーション試験を行い、ナノインデンター硬さとヤング率を求めた。
【0047】
表15に記載されたナノインデンテーション試験の測定条件は以下の通りとする:
装置:G200 (Agilent Technologies)
最大押し込み荷重:100mN
圧子: Berkovich圧子(ダイヤモンド製, 頂角115度)
負荷時間:30秒
各表に示されたナノインデンター硬さとヤング率の算出は、JIS Z2255に従って行った。
【0048】
【0049】
表15に示された結果により、添加剤をケイ酸ジルコニウムとし、焼成温度550℃、650℃で焼成された琺瑯膜は、基剤100質量部に対する質量割合が5~30質量部において、ナノインデンター硬さは4.5GPa以上であり、また、ヤング率も58GPa以上が得られ、膜の硬さ、変形のしにくさについては焼成温度750℃の場合と大きな違いは見られなかった。むしろ、添加剤を含まない場合(添加剤0部 基剤のみ)において、焼成温度を550℃、650℃で得たナノインデンター硬さ、および、ヤング率は大きく変化して650℃焼成の方が550℃よりも高い値を示したにもかかわらず表7からはどの焼成温度においても耐衝撃性が低いことが明らかであった。
【0050】
したがって、本発明によれば、基剤100質量部に対して添加剤を15質量部以上加えることによって、ナノインデンター硬さ及びヤング率といった膜特性ではわからなかった琺瑯膜の高い耐衝撃性という特異な効果を得られたことは、従来技術に基づいて本技術分野における当業者であっても容易に相当しえなかった顕著な効果といえるものである。