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特開2024-105085方向性電磁鋼板の鉄損予測方法およびそれを用いた製造システム
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  • 特開-方向性電磁鋼板の鉄損予測方法およびそれを用いた製造システム 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024105085
(43)【公開日】2024-08-06
(54)【発明の名称】方向性電磁鋼板の鉄損予測方法およびそれを用いた製造システム
(51)【国際特許分類】
   C21D 8/12 20060101AFI20240730BHJP
【FI】
C21D8/12 D
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023009639
(22)【出願日】2023-01-25
(71)【出願人】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100147485
【弁理士】
【氏名又は名称】杉村 憲司
(74)【代理人】
【識別番号】230118913
【弁護士】
【氏名又は名称】杉村 光嗣
(74)【代理人】
【識別番号】100165696
【弁理士】
【氏名又は名称】川原 敬祐
(72)【発明者】
【氏名】大村 健
(72)【発明者】
【氏名】市原 義悠
(72)【発明者】
【氏名】井上 博貴
【テーマコード(参考)】
4K033
【Fターム(参考)】
4K033AA02
4K033DA02
4K033PA05
4K033PA06
4K033PA08
4K033RA04
4K033TA05
4K033TA06
(57)【要約】
【課題】磁区細分化処理前に、磁区細分化処理後の鉄損特性を精度よく予測することで、効果的に磁区細分化処理が施される方向性電磁鋼板の鉄損予測方法を提供する。
【解決手段】予め求めた、方向性電磁鋼板を所定の磁束密度に励磁した際の励磁電流値とかかる方向性電磁鋼板に磁区細分化処理を施した後の鉄損値との相関関係である近似式および、鉄損を予測する方向性電磁鋼板を磁区細分化処理装置に通板される前に所定の磁束密度に励磁して測定した励磁電流値を用いる。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
方向性電磁鋼板が磁区細分化処理装置に通板される前に、かかる方向性電磁鋼板の磁区細分化処理後の鉄損を予測するに当たり、
予め求めた、方向性電磁鋼板を所定の磁束密度に励磁した際の励磁電流値とかかる方向性電磁鋼板に磁区細分化処理を施した後の鉄損値との相関関係である近似式および、
鉄損を予測する方向性電磁鋼板を、磁区細分化処理装置に通板される前に、所定の磁束密度に励磁して測定した励磁電流値
を用いる方向性電磁鋼板の鉄損予測方法。
【請求項2】
鋼板断面積に応じて、前記近似式を変更する請求項1に記載の方向性電磁鋼板の鉄損予測方法。
【請求項3】
磁区細分化処理条件に応じて、前記近似式を変更する請求項1または2に記載の方向性電磁鋼板の鉄損予測方法。
【請求項4】
磁区細分化処理ラインの製造条件を決定するシステムに、請求項1または2に記載の鉄損予測方法で予測した鉄損値と、各製品仕様毎の受注量を入力することで、磁区細分化処理条件を決定する製造システム。
【請求項5】
磁区細分化処理ラインの製造条件を決定するシステムに、請求項3に記載の鉄損予測方法で予測した鉄損値と、各製品仕様毎の受注量を入力することで、磁区細分化処理条件を決定する製造システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、変圧器鉄損の低減が可能な磁区細分化処理を施した方向性電磁鋼板の鉄損予測方法およびそれを用いた製造システムに関する。
【背景技術】
【0002】
鉄の磁化容易軸である<001>方位が鋼板の圧延方向に高度に揃った結晶組織を有する方向性電磁鋼板は、変圧器の鉄心素材として用いられている。かかる変圧器の鉄心に要求される特性としては種々あるが、特に重要なのは鉄損が小さいことである。その観点より、鉄心素材となる方向性電磁鋼板に要求される特性は、鉄損値が小さいことが特に重要になる。
【0003】
ここで、方向性電磁鋼板の鉄損値を小さくする方策として、方向性電磁鋼板に対し、磁区細分化処理を施すことが挙げられる。
かかる磁区細分化処理の前に、コイル全長に亘った到達鉄損が予測できるとすれば、受注グレードに応じて、効率的に磁区細分化処理を行う素材を選択することが可能になる。そして、このことは、最適な生産体制を構築することにつながる。
【0004】
なお、コイル全長の鉄損分布は、現状でも連続鉄損計を用いれば把握することが可能である。
ところが、磁区細分化処理前の鉄損と磁区細分化処理後の鉄損は相関が小さく、処理前の鉄損が小さくても、処理後には所望の鉄損が得られないことがあったり、処理前の鉄損が大きくても、処理後の鉄損は目標を達成していたりすることがある。
すなわち、連続鉄損計を用いた事前の磁区細分化処理材の鉄損予測は精度の点で問題があった。
【0005】
そこで、磁区細分化処理された方向性電磁鋼板の鉄損予測方法として、特許文献1には、磁区細分化処理前の鉄損と磁束密度とを用いた方法が開示されている。かかる特許文献1では、磁区細分化処理前の磁束密度と磁区細分化処理後の鉄損に相関があることを見出し、更に高精度化を図るために磁区細分化処理前の鉄損を使用するというものである。
【0006】
また、特許文献2には、製品のプロセス変数を量子化して、製品の材料値を予測するという方法が開示されている。かかる特許文献2では、プロセス変数の量子化を実施して、製品の材料値を予測している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2005-226122号公報
【特許文献2】特開2010-33536号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、前述の通り、磁区細分化処理前後の鉄損の関係は相関性が低いため、磁区細分化処理前の磁束密度をさらに用いたとしても、磁区細分化処理後の鉄損を高精度に予測するのは限界があった。
【0009】
また、プロセス変数を量子化したとしても、かかる量子化によって誤差が発生してしまい、我々が要求する精度での予測は困難であった。
加えて、従来技術では、磁区細分化処理後の鉄損を予測するのに必要な、具体的なプロセス変数が開示されておらず、前記した特許文献1および2を用いて、我々が要求する精度で、磁区細分化処理後の鉄損を予測することは困難であった。
【0010】
本発明は、上記の事情を鑑みてなされたものであって、磁区細分化処理前に、磁区細分化処理後の鉄損特性を精度よく予測することで、効率的に磁区細分化処理が施される方向性電磁鋼板の鉄損予測方法および、かかる鉄損予測方法を用いることで方向性電磁鋼板の最適な生産体制を実現するための製造システムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記した目的を達成するために、まず、磁区細分化処理後の磁気特性と相関がよい磁区細分化処理前の磁気特性を調査した。
調査パラメータは、磁区細分化処理前後の鉄損、渦電流損、直流ヒステリシス損の変化とした。なお、鉄損、直流ヒステリシス損は、JIS C 2550-1に従って実測し、鉄損とヒステリシス損の差を渦電流損とした。
【0012】
磁区細分化処理後の鉄損と、磁区細分化処理前の鉄損、渦電流損、直流ヒステリシス損との関係をそれぞれ求め、かかる関係から線形近似線を導出し、その線形近似線の予測精度について決定係数(R2)を用いて評価した(表1記載)。なお、励磁磁束密度は1.7Tとし、交流励磁の際は、励磁周波数を50Hzとした。
【0013】
【表1】
【0014】
表1に、各パラメータの相関を評価した結果を示ているが、磁区細分化処理後の鉄損は、磁区細分化処理前の直流ヒステリシス損と良好な相関を示すことが分かる。
すなわち、磁区細分化処理により改善するのは渦電流損であり、磁区細分化処理後の渦電流損は、磁区細分化処理前の渦電流損の値にかかわらず、磁区細分化処理条件が同じであればほぼ同じ値になる。一方、直流ヒステリシス損については、磁区細分化処理により改善することなく、磁区細分化処理前後で優劣は変化しない。
以上の理由から、磁区細分化処理後の鉄損は磁区細分化処理前の直流ヒステリシス損と相関が良好であったと考えられる。
【0015】
ところが、直流ヒステリシス損を、コイルの全長に亘って連続的に計測することは困難である。そこで、本発明者らは、さらに、直流ヒステリシス損と相関のよい、コイル全長に亘って連続的に測定可能な因子を探索した。その結果、磁区細分化処理前の磁束密度、および磁区細分化処理前のサンプルを励磁するときに流す励磁電流値に、直流ヒステリシス損との相関がそれぞれ認められた。
なお、磁区細分化処理前の磁束密度と磁区細分化処理後の鉄損との相関は、特許文献1の方法を再現した。
【0016】
表2にその結果を示すが、磁区細分化処理前の励磁電流値と磁区細分化処理後の鉄損との関係には、磁区細分化処理前の磁束密度B8と磁区細分化処理後の鉄損との関係より一段良好な相関が認められた。
【0017】
【表2】
【0018】
これは、鋼板が磁化されやすくなるほど直流ヒステリシス損は小さくなる一方で、磁束密度は、磁化されやすさに影響を与える二次再結晶粒の結晶方位との相関があるので、良好な決定係数が得られたと考えられる。
【0019】
さらに、励磁電流によって、より良好な決定係数が得られたのは、以下のように考えている。
すなわち、磁化されやすさに影響を与える因子は、磁束密度が大きな相関を持つ結晶方位のみではなく、例えば、鋼板の不純物含有量も磁化されやすさに影響を与える。他方、励磁電流は、磁化されやすさと直接的な比例関係にあるので、磁化されやすさに影響を与えるすべての因子の影響が含まれている。
よって、励磁電流は磁束密度よりも一段良好な決定係数が得られたと考えられる。
【0020】
なお、磁束密度は、探りコイル、励磁磁束密度は、カレントセンサーを使用すれば、コイルの全長に亘って連続的に計測することが可能である。
また、特許文献1では、磁束密度と鉄損の関係に許容できないばらつきがある原因として、磁区細分化処理前の磁壁間隔を考えており、磁壁間隔と相関がある磁区細分化処理前の鉄損を予測式に導入して高精度化を図っている。
しかしながら、かかるばらつきは解消しきれていない。
これに対し、本発明者らは、かかる磁束密度と鉄損の関係に許容できないばらつきが発生したのは、同一磁束密度でも結晶方位以外の原因で直流ヒステリシス損がばらつくからと考えている。
よって、磁束密度に替えて励磁電流を採用し、かかるばらつきを解消している。
【0021】
加えて、前述したように磁区細分化処理前に、コイルの磁区細分化処理後の鉄損特性が予測可能になることで、以下のように、磁区細分化処理ラインの生産性向上が可能になる。
すなわち、磁区細分化処理ラインの生産性に大きく寄与するライン速度は、磁区細分化処理のビーム偏向速度と線状に導入する歪の間隔(線間隔)で決定される。
【0022】
ここで、高級グレードの製品を製造する場合は、鋼板内部に十分な歪を導入する必要があるため、線間隔を狭くする必要があり、ライン速度を上げるのは困難である。
他方、汎用グレードの製品の場合、鋼板内部に導入する歪量は、高級グレードに比べて少なくてもよく、線間隔を広げることが可能になるため、ライン速度を上げることができる。
さらに、低級グレードになると一段の速度アップが可能になる。
【0023】
すなわち、到達鉄損が予測できないと、高級グレードの受注量を超えて生産されてしまうことがある。このように、高級グレードの受注量を超えて生産されてしまうと、例え、高級グレード規格を満足した製品であっても、本来、ライン速度を上げることができるはずの汎用・低級グレードとして販売せざるを得ず、生産性が上がらないことになる。
【0024】
これに対し、磁区細分化処理後の鉄損特性が高精度に予測可能になると、ライン速度が上げられないハイグレード材を必要以上に生産することがなくなるので、効率よく受注量に合わせた各グレードの生産が可能になる。
以上を確認するために、磁区細分化処理前の励磁電流値と磁区細分化処理後の鉄損との関係の適用前後の生産量を表3に示す。
【0025】
【表3】
【0026】
磁区細分化処理前の励磁電流値と磁区細分化処理後の鉄損との関係の適用前では、汎用グレード材の20%が高級グレード規格を満足した特性、低級グレード材の30%が汎用グレードあるいは高級グレード規格を満足した特性であった。一方、磁区細分化処理前の励磁電流値と磁区細分化処理後の鉄損との関係を適用すると、余分なハイグレード材が含まれることがなくなり、受注グレードに合わせた出荷が可能なった。
【0027】
加えて、磁区細分化処理前の励磁電流値と磁区細分化処理後の鉄損との関係の適用により、磁区細分化処理条件がグレードにあった条件に適正化され、生産性が大幅(1.5倍程度)に向上している。
【0028】
以上の結果から、磁区細分化処理ラインの製造条件を決定する際に、少なくとも予測した鉄損値と各製品仕様の受注量とを考慮することの重要性が明らかになった。
【0029】
本発明は、以上の知見に基づいて完成されたものである。
すなわち、本発明の要旨は次のとおりである。
1.方向性電磁鋼板が磁区細分化処理装置に通板される前に、かかる方向性電磁鋼板の磁区細分化処理後の鉄損を予測するに当たり、予め求めた、方向性電磁鋼板を所定の磁束密度に励磁した際の励磁電流値とかかる方向性電磁鋼板に磁区細分化処理を施した後の鉄損値との相関関係である近似式および、鉄損を予測する方向性電磁鋼板を、磁区細分化処理装置に通板される前に、所定の磁束密度に励磁して測定した励磁電流値を用いる方向性電磁鋼板の鉄損予測方法。
【0030】
2.鋼板断面積に応じて、前記近似式を変更する前記1に記載の方向性電磁鋼板の鉄損予測方法。
【0031】
3.磁区細分化処理条件に応じて、前記近似式を変更する前記1または2に記載の方向性電磁鋼板の鉄損予測方法。
【0032】
4.磁区細分化処理ラインの製造条件を決定するシステムに、前記1~3のいずれか1つに記載の鉄損予測方法で予測した鉄損値と、各製品仕様毎の受注量を入力することで、磁区細分化処理条件を決定する製造システム。
【発明の効果】
【0033】
本発明によれば、高精度に磁区細分化処理後のコイル全長の鉄損値を予測することが可能になる。また、かかる鉄損値を予測する方法を用いることで方向性電磁鋼板の最適な生産体制を実現することが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0034】
図1】電子ビームの照射線間隔と、高級・汎用・低級グレードをそれぞれ達成可能なコイル割合との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0035】
以下、本発明の構成要件について説明する。
本発明は、方向性電磁鋼板が磁区細分化処理装置に通板される前に、かかる方向性電磁鋼板の磁区細分化処理後の鉄損を予測するに当たり、予め求めた、方向性電磁鋼板を所定の磁束密度に励磁した際の励磁電流値とかかる方向性電磁鋼板に磁区細分化処理を施した後の鉄損値との相関関係である近似式および、鉄損を予測する方向性電磁鋼板を、磁区細分化処理装置に通板される前に、所定の磁束密度に励磁して測定した励磁電流値を用いるものである。
【0036】
そして、本発明は、磁区細分化処理装置に通板される前の鉄損を予測する対象の方向性電磁鋼板に所定の磁束密度に励磁して測定した励磁電流値を、前記近似式に適用することで、かかる方向性電磁鋼板の磁区細分化処理後の鉄損を予測する。
よって、本発明では、予め、磁区細分化処理前の方向性電磁鋼板を所定の磁束密度に励磁した際の励磁電流値と磁区細分化処理後の鉄損値との相関関係である近似式を導出しておくことが重要である。
まず、かかる近似式の導出要領について述べる。
【0037】
一つ目は、磁区細分化処理前の方向性電磁鋼板のサンプルを複数枚切り出し、オフラインで磁気測定を行い、所定の磁束密度に励磁した際の励磁電流値を測定する。その後、かかるサンプルに対し、磁区細分化処理を行ってオフラインで鉄損を測定する。
以上の、測定した励磁電流値と測定した鉄損との関係から近似式を求める。
【0038】
二つ目は、少なくとも1つ以上の磁区細分化処理前コイルを、磁区細分化処理装置に連続通板しつつ、連続磁気測定装置でコイル全長の励磁電流値を測定する。次いで、かかるコイルより無作為に抽出した1つ以上の場所から単板サンプルを切り出し、かかる切り出した場所の励磁電流値を、前記コイル全長の励磁電流値の測定データにおけるかかる切り出した場所の測定データから読み取る。その後、かかる切り出した場所の鋼板の磁区細分化処理を実施して、オフラインでかかる鋼板の鉄損を測定する。
以上の、読み取った励磁電流値と測定した鉄損との関係から近似式を求める。
【0039】
三つ目は、少なくとも1つ以上の磁区細分化処理前コイルを磁区細分化処理装置に連続通板し、連続磁気測定装置でコイル全長の励磁電流値を測定する。その後、連続的な磁区細分化処理を行い、無作為に抽出した1つ以上の場所から単板サンプルを切り出し、オフラインで鉄損を測定する。
以上の、測定した励磁電流値と測定した鉄損との関係から近似式を求める。なお、切り出し位置の励磁電流値は、連続測定した当該切り出し位置の結果から読み取る。
【0040】
四つ目は、少なくとも1つ以上の磁区細分化処理前コイルを磁区細分化処理装置に連続通板し、連続磁気測定装置でコイル全長の励磁電流値を測定する。その後、連続的な磁区細分化処理を行い、さらに連続磁気測定装置で鉄損を測定する。
そして、かかる測定コイルの無作為に抽出した同一位置で測定された励磁電流値と測定された鉄損との関係から近似式を求める。
【0041】
これら四つの要領を単独で行って、本発明に従う近似式を求めてもよいし、複数を組み合わせてかかる近似式を求めてもよい。
ここで、前記近似式を求めるためのサンプルとなる方向性電磁鋼板やコイルは、判定を行うコイルと同じSi含有量のものを選択することが好ましく、さらには、製造プロセスが同一のコイルを選択するとより好ましい。
【0042】
なお、一度、かような近似式を作成したとしても、その近似式を使用し続けるのではなく、継続して各種データを取得し、使用する測定データを限定してかかる近似式を変更することが可能である。例えば、経時変化の発生を防止するため、通板する直前のデータに限定して近似式を作成し、使用することが挙げられる。
【0043】
また、本発明に用いる近似式は、線形近似によって求めれば、本発明の効果が得られるのに十分な精度が得られるが、線形近似以外の方法(例えば、多項式近似や累乗近似、移動平均など)を用いて求めても構わない。
【0044】
本発明において、励磁電流値を求める際に励磁する所定の磁束密度は、特に限定されないが、高すぎると結晶方位以外の影響が出にくい一方で、低すぎると結晶方位による影響が出にくくなる。
よって、本発明において、励磁する所定の磁束密度は、1.3~1.8Tの範囲とすることが好ましい。
【0045】
前記磁束密度に鋼板を励磁する励磁電流は、鋼板断面積によって変化するため、板厚やコイル幅が異なる場合は、それぞれの場合の近似式を作成し、それぞれに用いることが、予測精度の点で好ましい。
【0046】
また、磁区細分化処理条件が変化すると、磁区細分化処理後の到達鉄損が変化してくるため、複数の磁区細分化処理条件で製造する場合は、磁区細分化処理条件毎に近似式を作成し、それぞれに用いることが好ましい。磁区細分化処理条件とは、I)ビームの種類(レーザ、プラズマ、電子ビーム等)、II)出力、III)偏向速度、IV)照射線間隔などである。
【0047】
磁区細分化処理ラインは、複数の製品規格を1つのラインで製造する工程である。
本発明の製造システムは、かような磁区細分化処理ラインの製造条件を決定する際に、複数の磁区細分化処理条件における各コイル全長の磁区細分化処理後の予測鉄損および現状の受注量を用いる。
【0048】
なお、各コイルの鉄損保証値は、コイル内の最も大きな鉄損値になるが、本発明は、後工程で部分的に鉄損が大きな部分を除去するという工程を決定システムの中に取り込み、生産効率が最も高い各コイルの磁区細分化処理条件を決定することができる。
【0049】
近似式には、ある一定の不可避的な誤差が存在する。そこで、本発明では、近似式の類似度をシステム内に取り込むことによって、予測鉄損に誤差を付与し、誤差起因によるグレード外れの発生を抑制することができる。
【0050】
本発明は、前述した因子を取り込めば、磁区細分化処理条件および対象コイルの決定要領は、特に限定されないが、例えば以下のような手順が例示される。
【0051】
まず、全受注量を高級グレード、汎用グレードそして低級グレードに分離し、照射条件の調整によって、高級グレードを製造可能なコイルを抽出する。このとき、予測精度を考慮して生産量を設定する。
【0052】
次に、汎用グレードを実現可能なコイルを抽出する。このとき、許容する磁区細分化処理条件を限定して選定することが好ましい。すなわち、生産性を必要以上に落とす磁区細分化処理条件でないと汎用グレードを実現できないコイルは選定しないことが好ましい。
【0053】
最後に、低級グレードを実現可能なコイルを選定する。この時も許容する磁区細分化処理条件を限定して選定する。汎用グレードよりも選定基準をより厳しくして選定することが好ましい。この段階で受注量を処理できない場合は、選定基準を緩和して汎用グレードと低級グレードを実現可能なコイルを選定することができる。
この段階で、選定されなかったコイルは磁区細分化処理ラインを通板しない
【0054】
本明細書に記載の方向性電磁鋼板、方向性電磁鋼板コイルおよびそれらの製造方法において、本明細書に記載のない項目は、いずれも公知の方向性電磁鋼板、公知の方向性電磁鋼板コイルおよびそれらの製造方法に依ることができる。
【実施例0055】
次に、実施例に基づいて本発明を具体的に説明する。以下の実施例は、本発明の好適な一例を示すものであり、本発明は、該実施例によって何ら限定されるものではない。本発明の実施形態は、本発明の趣旨に適合する範囲で適宜変更することが可能であり、それらは何れも本発明の技術的範囲に包含される。
【0056】
[実施例1]
公知の方法で作製された磁区細分化処理を施されていない板厚:0.27mmの方向性電磁鋼板コイルを複数用意した。かかるコイルの板幅は、500mm(a),750mm(b),1000mm(c)の3種類とした。
まず、連続磁気測定装置が装備されたラインを通板し、1.7Tに励磁した際の励磁電流および800A/mで磁化した際の磁束密度B8をコイル全長に亘って計測した。
その後、かかるコイルの全長に亘ってレーザにて磁区細分化処理を実施した。その際、出力は1500W、偏向速度は30m/s、照射線間隔は3~10mmとした。次いで、各コイルから100mピッチでサンプルを採取し、磁区細分化処理後の鉄損特性を評価した。また、磁区細分化処理前の連続磁気測定装置で採取した励磁電流およびB8測定結果から、サンプルを採取した場所の励磁電流およびB8を読み取った。これらのデータを用いて、鉄損と励磁電流および鉄損とB8の関係をそれぞれ導出した。
【0057】
表4-1、表4-2、表4-3に各近似式の精度(決定係数)を評価した結果をそれぞれ示す。表4-1、表4-2、表4-3に示した通り、すべての条件において、励磁電流と鉄損の方が、磁束密度と鉄損の関係よりも良好な精度を有していることが分かる。
【0058】
【表4-1】
【0059】
【表4-2】
【0060】
【表4-3】
【0061】
次に、それぞれの近似式を用いて、通板コイルの磁区細分化処理後の鉄損予測を行った後、磁区細分化処理を行った。磁区細分化処理後に連続磁気測定装置に通板することで、磁区細分化処理後のコイル全長の鉄損分布を実測した。その後、予測したコイル全長の鉄損分布と実測したコイル全長の鉄損分布の比較し、類似度を算出した。
【0062】
今回、類似度計算は、ユークリッド距離:dを用いて評価した。コイル長手方向の同じ位置の予測鉄損(a1,a2,a3,a4,・・・・,ai)と実測(b1,b2,b3,b4,・・・・,bi)を以下の式でそれぞれの差を計算し、以下の式(1)に示すユークリッド距離:dを求め、1に近づくほど類似度が近く、0に近づくほど遠くなるように1/(1+d)で類似度を表した。
【0063】
【数1】
【0064】
結果を表5-1、表5-2、表5-3に示すが、本発明の方法で予測したものは極めて高い類似度を示していることが分かる。
【0065】
【表5-1】
【0066】
【表5-2】
【0067】
【表5-3】
【0068】
[実施例2]
公知の方法で作製された磁区細分化処理をされていない板厚:0.23mmの方向性電磁鋼板を複数用意した。板幅は1280mmの1種類とした。
まず、コイル長手方向の複数個所より、切り板サンプルを採取し、連続磁気測定装置は、通常の操業時(オンライン時)は連続でコイル全長を測定する装置だが、操業していない時(オフライン時に)、その装置に単板のサンプルをセットして、1.5Tに励磁した際の励磁電流および800A/mで磁化した際の磁束密度B8を計測した。
次いで、オフラインで電子ビームにて磁区細分化処理を実施した。その際、出力は3000W、偏向速度は60m/s、照射線間隔は3~10mmとした。その後、オフラインで磁区細分化処理後の鉄損特性を評価した。これらのデータを用いて、鉄損と励磁電流、および鉄損とB8との関係をそれぞれ導出した。
【0069】
上記導出した関係(近似式)より予測した磁区細分化処理後の鉄損値を用いて、表6に示す種々の仮想受注比率に従って生産した場合、本発明の方法を採用することで、どこまで生産効率を上げることが可能かを検証した。
【0070】
まず、各照射線間隔で、高級・汎用・低級グレードを達成可能なコイル割合を求めた(図1参照)。次に、高級グレードを達成可能なコイルのうち、最も生産性の高いもの(図1中の高級グレード線上の星印)から、高級グレードの候補コイルを選択していき、必要量に到達するまで、生産性の低い(高級グレードエリア内の白抜き矢印方向の)条件に順にシフトさせて、高級グレード候補コイルを決定した。さらに、同様の手順で汎用・低級グレード用候補コイルをそれぞれ選択した。
かかる手順で検証された生産量を、表6にそれぞれ示す。
【0071】
【表6】
【0072】
本発明に従う近似式を用いて磁区細分化処理後の鉄損を予測した場合は、誤差を極力小さくすることができるので、より効率的な生産が可能になり、どのような受注バランスにおいても生産量がそれぞれに多くなっていることが分かる。
【0073】
これに対し、磁束密度を用いて磁区細分化処理後の鉄損を予測した場合は、予測なしの場合よりは各グレードの差別化が図れ、生産量が増えてはいるものの、予測精度が本発明を用いた予測よりも劣るために、本発明に比べると差別化、生産量ともに劣ることが分かる。
図1