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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024010521
(43)【公開日】2024-01-24
(54)【発明の名称】切削油組成物
(51)【国際特許分類】
   C10M 169/04 20060101AFI20240117BHJP
   C10M 105/32 20060101ALN20240117BHJP
   C10M 137/04 20060101ALN20240117BHJP
   C10N 40/22 20060101ALN20240117BHJP
   C10N 30/00 20060101ALN20240117BHJP
【FI】
C10M169/04
C10M105/32
C10M137/04
C10N40:22
C10N30:00 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022111902
(22)【出願日】2022-07-12
(71)【出願人】
【識別番号】000004444
【氏名又は名称】ENEOS株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】000004260
【氏名又は名称】株式会社デンソー
(74)【代理人】
【識別番号】100088155
【弁理士】
【氏名又は名称】長谷川 芳樹
(74)【代理人】
【識別番号】100113435
【弁理士】
【氏名又は名称】黒木 義樹
(74)【代理人】
【識別番号】100128381
【弁理士】
【氏名又は名称】清水 義憲
(74)【代理人】
【識別番号】100169454
【弁理士】
【氏名又は名称】平野 裕之
(72)【発明者】
【氏名】遠藤 龍太
(72)【発明者】
【氏名】山本 拓海
(72)【発明者】
【氏名】田村 健太郎
(72)【発明者】
【氏名】千本木 紀夫
(72)【発明者】
【氏名】辻本 鉄平
(72)【発明者】
【氏名】置塩 直史
(72)【発明者】
【氏名】日比野 秀徳
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 啓次
(72)【発明者】
【氏名】堀内 皇貴
【テーマコード(参考)】
4H104
【Fターム(参考)】
4H104BA04A
4H104BA07A
4H104BB08A
4H104BB31A
4H104BB32A
4H104BB33A
4H104BB34A
4H104BB41A
4H104BH03C
4H104CB14A
4H104CD01A
4H104CJ02A
4H104DA02A
4H104LA20
4H104PA22
(57)【要約】
【課題】引火点が高い場合(例えば250℃以上)であっても、切削加工に用いる工具の寿命を延ばし、かつ皮膚感作性を抑制できる切削油組成物を提供する。
【解決手段】飽和脂肪酸とアルコールとのエステルを含む潤滑油基油と、硫黄化合物と、酸性リン酸エステルとを含み、硫黄化合物の硫黄原子換算での含有量が、組成物全量基準で1.0質量%以下である、切削油組成物。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
飽和脂肪酸とアルコールとのエステルを含む潤滑油基油と、硫黄化合物と、酸性リン酸エステルとを含み、前記硫黄化合物の硫黄原子換算での含有量が、組成物全量基準で1.0質量%以下である、切削油組成物。
【請求項2】
前記潤滑油基油が、不飽和脂肪酸とアルコールとのエステルを更に含む、請求項1に記載の切削油組成物。
【請求項3】
前記不飽和脂肪酸とアルコールとのエステルの含有量が、前記潤滑油基油全量基準で60質量%以下である、請求項2に記載の切削油組成物。
【請求項4】
鉱油、又はエステル以外の合成油を更に含む、請求項1~3のいずれか一項に記載の切削油組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、切削油組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
切削加工の分野においては、被加工物の加工部位を潤滑するために、切削油が使用されている。生産効率の向上等の観点から、優れた切削性を有する切削油の開発が進められている。
【0003】
切削性に優れる切削油として、例えば下記引用文献1及び2には、所定のエステル油を含む切削油が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2000-256688号公報
【特許文献2】特開2004-300317号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
近年では、切削油に対する要求性能は更に増しており、上記文献にかかる技術は工具寿命、引火点、および皮膚感作性等の観点で改良の余地がある。特に、切削油の引火点が高い場合(例えば250℃以上)に、工具寿命および/または皮膚感作性が不十分となりやすい。
【0006】
本発明は、引火点が高い場合(例えば250℃以上)であっても、切削加工に用いる工具の寿命を延ばし、かつ皮膚感作性を抑制できる切削油組成物を提供することを目的とする。なお、「皮膚感作」とは、ある物質と繰り返し接触することによりその物質が抗原となって体内に抗体が作られ、アレルギー反応を起こすことをいい、皮膚と物質が触れることで皮膚等に直接毒性反応を起こし、炎症等が発現する皮膚刺激とは異なるものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、切削油に特定のエステルおよび特定の硫黄化合物を特定の割合で用いると、工具寿命、引火点、および皮膚感作性をバランスよく向上できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0008】
すなわち、本発明は、飽和脂肪酸とアルコールとのエステルを含む潤滑油基油と、硫黄化合物と、酸性リン酸エステルとを含み、硫黄化合物の硫黄原子換算での含有量が、組成物全量基準で1.0質量%以下である、切削油組成物を提供する。
【0009】
潤滑油基油は、不飽和脂肪酸とアルコールとのエステルを更に含んでいてもよい。
【0010】
不飽和脂肪酸とアルコールとのエステルの含有量は、潤滑油基油全量基準で60質量%以下であってもよい。
【0011】
切削油組成物は、鉱油、又はエステル以外の合成油を更に含んでいてもよい。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、引火点が高い場合(例えば250℃以上)であっても、切削加工に用いる工具の寿命を延ばし、かつ皮膚感作性を抑制できる切削油組成物を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の実施形態について詳細に説明する。
【0014】
本実施形態に係る切削油組成物は、飽和脂肪酸とアルコールとのエステルを含む潤滑油基油と、硫黄化合物と、酸性リン酸エステルとを含む。硫黄化合物の硫黄原子換算での含有量は、組成物全量基準で1.0質量%以下である。
【0015】
[潤滑油基油]
<飽和脂肪酸とアルコールとのエステル(エステル(A))>
飽和脂肪酸とアルコールとのエステル(以下、「エステル(A)」と称呼することがある)は、切削油組成物において基油として含まれるものである。飽和脂肪酸としては、一塩基酸であっても多塩基酸であってもよい。
【0016】
一塩基酸としては、炭素数6~24の飽和脂肪酸が好ましく、直鎖のものでも分岐のものでもよい。これらの中でも、炭素数は8~18がより好ましい。炭素数が上記下限値以上であることにより、切削油組成物をより高引火点化することができ、炭素数が上記上限値以下であることにより、切削油組成物を低粘度化することができる。
【0017】
多塩基酸としては、炭素数2~16の二塩基酸が好ましい。炭素数2~16の二塩基酸としては、直鎖のものでも分岐のものでもよい。
【0018】
エステル(A)を構成するアルコールは、1価アルコールであっても多価アルコールであってもよい。
【0019】
1価アルコールとしては、炭素数1~24のものが好ましく、炭素数3~16のものがより好ましい。炭素数が上記下限値以上であることにより、切削油組成物をより高引火点化することができ、炭素数が上記上限値以下であることにより、切削油組成物を低粘度化することができる。このような1価アルコールとしては直鎖のものでも分岐のものでもよい。複数種の1価アルコールの混合物であってもよい。
【0020】
多価アルコールとしては、2~10価のものが好ましく、2~6価のものがより好ましく用いられる。2~10価の多価アルコールとしては、具体的には、エチレングリコール、ジエチレングリコール、ポリエチレングリコール(エチレングリコールの3~15量体)、プロピレングリコール、ジプロピレングリコール、ポリプロピレングリコール(プロピレングリコールの3~15量体)、1,3-プロパンジオール、1,2-プロパンジオール、1,3-ブタンジオール、1,4-ブタンジオール、2-メチル-1,2-プロパンジオール、2-メチル-1,3-プロパンジオール、1,2-ペンタンジオール、1,3-ペンタンジオール、1,4-ペンタンジオール、1,5-ペンタンジオール、ネオペンチルグリコール等の2価アルコール;グリセリン、ポリグリセリン(グリセリンの2~8量体、例えばジグリセリン、トリグリセリン、テトラグリセリン等)、トリメチロールアルカン(例えばトリメチロールエタン、トリメチロールプロパン、トリメチロールブタン等)及びこれらの2~8量体、ペンタエリスリトール及びこれらの2~4量体、1,2,4-ブタントリオール、1,3,5-ペンタントリオール、1,2,6-ヘキサントリオール、1,2,3,4-ブタンテトロール、ソルビトール、ソルビタン、ソルビトールグリセリン縮合物、アドニトール、アラビトール、キシリトール、マンニトール等の多価アルコール;キシロース、アラビノース、リボース、ラムノース、グルコース、フルクトース、ガラストース、マンノース、ソルボース、セロビオース、マルトース、イソマルトース、トレハロース、スクロース等の糖類、及びこれらの混合物が挙げられる。
【0021】
これらの中でも特に、更なる高引火点と低粘度の両立の観点から、1価アルコールとしては、分岐状のオクタノールが好ましく、多価アルコールとしては、ネオペンチルグリコール、グリセリン、トリメチロールアルカン等が好ましい。
【0022】
本実施形態においては、任意の飽和脂肪酸及びアルコールの組合せによるエステルが使用可能であり、特に限定されるものではない。具体的には下記(i)~(vii)に示すエステルを好ましく使用することができる。
(i)1価アルコールと一塩基酸とのエステル
(ii)多価アルコールと一塩基酸とのエステル
(iii)1価アルコールと多塩基酸とのエステル
(iv)多価アルコールと多塩基酸とのエステル
(v)1価アルコール及び多価アルコールの混合アルコールと多塩基酸とのエステル
(vi)多価アルコールと一塩基酸及び多塩基酸の混合脂肪酸とのエステル
(vii)1価アルコール及び多価アルコールの混合アルコールと一塩基酸及び多塩基酸の混合脂肪酸とのエステル
【0023】
なお、アルコール成分として多価アルコールを用いた場合、そのエステルは、多価アルコール中の水酸基全てがエステル化された完全エステルであってもよく、また、水酸基の一部がエステル化されず水酸基のままで残っている部分エステルであってもよい。また、飽和脂肪酸成分として多塩基酸を用いた場合、そのエステルは、多塩基酸中のカルボキシル基全てがエステル化された完全エステルであってもよく、カルボキシル基の一部がエステル化されずカルボキシル基のままで残っている部分エステルであってもよい。
【0024】
エステル(A)としては、上記したいずれのものも使用可能であるが、高引火点と低粘度の両立の観点から、(i)1価アルコールと一塩基酸とのエステル、(ii)多価アルコールと一塩基酸とのエステルが好ましい。
【0025】
エステル(A)の含有量は、切削油組成物を更に高引火点化する観点から、潤滑油基油全量基準で好ましくは30質量%以上、より好ましくは40質量%以上、更に好ましくは50質量%以上である。エステル(A)の含有量は、切削油としての性能及び皮膚感作性の抑制能を更にバランスよく実現する観点から、潤滑油基油全量基準で通常100質量%以下、好ましくは98質量%以下、より好ましくは95質量%以下、更に好ましくは90質量%以下、特に好ましくは80質量%以下である。一の実施形態において、エステル(A)の含有量は、潤滑油基油全量基準で好ましくは30質量%以上100質量%以下、より好ましくは40質量%以上95質量%以下、更に好ましくは50質量%以上90質量%以下、特に好ましくは50質量%以上80質量%以下である。
【0026】
<不飽和脂肪酸とアルコールとのエステル(エステル(B))>
本実施形態にかかる切削油組成物は、不飽和脂肪酸とアルコールとのエステル(以下、「エステル(B)」と称呼することがある)を更に含んでいてもよい。エステル(B)を構成する不飽和脂肪酸としては、一塩基酸であっても多塩基酸であってもよい。
【0027】
エステル(B)を構成する一塩基酸としては、炭素数6~24の不飽和脂肪酸が好ましく、直鎖のものでも分岐のものでもよい。これらの中でも、炭素数は12~18がより好ましい。炭素数が上記下限値以上であることにより、切削油組成物をより高引火点化することができ、炭素数が上記上限値以下であることにより、切削油組成物を低粘度化することができる。
【0028】
エステル(B)を構成する多塩基酸としては、二重結合を有する炭素数2~16の二塩基酸が好ましい。二重結合を有する炭素数2~16の二塩基酸としては、直鎖のものでも分岐のものでもよい。
【0029】
エステル(B)を構成するアルコールとしては、上記エステル(A)の欄でアルコールとして挙げたものと同じものを好ましく使用できる。
【0030】
本実施形態においては、任意の不飽和脂肪酸及びアルコールの組合せによるエステルが使用可能であり、特に限定されるものではない。具体的には下記(i)~(vii)に示すエステルを好ましく使用することができる。
(i)1価アルコールと一塩基酸とのエステル
(ii)多価アルコールと一塩基酸とのエステル
(iii)1価アルコールと多塩基酸とのエステル
(iv)多価アルコールと多塩基酸とのエステル
(v)1価アルコール及び多価アルコールの混合アルコールと多塩基酸とのエステル
(vi)多価アルコールと一塩基酸及び多塩基酸の混合脂肪酸とのエステル
(vii)1価アルコール及び多価アルコールの混合アルコールと一塩基酸及び多塩基酸の混合脂肪酸とのエステル
【0031】
なお、アルコール成分として多価アルコールを用いた場合、そのエステルは、多価アルコール中の水酸基全てがエステル化された完全エステルであってもよく、また、水酸基の一部がエステル化されず水酸基のままで残っている部分エステルであってもよい。また、飽和脂肪酸成分として多塩基酸を用いた場合、そのエステルは、多塩基酸中のカルボキシル基全てがエステル化された完全エステルであってもよく、カルボキシル基の一部がエステル化されずカルボキシル基のままで残っている部分エステルであってもよい。
【0032】
エステル(B)としては、上記したいずれのものも使用可能であるが、切削油組成物を低粘度化する観点から、(i)1価アルコールと一塩基酸とのエステル、又は(ii)多価アルコールと一塩基酸とのエステルが好ましい。
【0033】
エステル(B)の含有量は、切削油組成物の皮膚感作性を更に抑制する観点から、潤滑油基油全量基準で好ましくは60質量%以下、より好ましくは40質量%以下、更に好ましくは20質量%以下である。また、切削油組成物を更に高引火点化する観点から、基油全量基準で好ましくは3質量%以上、より好ましくは5質量%以上、更に好ましくは10質量%以上である。一の実施形態において、エステル(B)の含有量は、好ましくは3質量%以上60質量%以下、より好ましくは5質量%以上40質量%以下、更に好ましくは10質量%以上20質量%以下である。
【0034】
<その他の基油>
本実施形態に係る切削油組成物は、その優れた効果を更に向上させるために、必要に応じて、潤滑油基油として鉱油又はエステル以外の合成油を更に含んでいてもよい。
【0035】
鉱油としては、例えば、API分類のグループI、グループII、グループIIIに分類される鉱油が挙げられる。なお、API分類の各グループは、米国石油協会(API(American Petroleum Institute))の潤滑油グレートの分類によるものを意味する。
【0036】
これらの鉱油としては、原油を常圧蒸留及び減圧蒸留して得られた潤滑油留分を、溶剤脱れき、溶剤抽出、水素化分解、溶剤脱ろう、接触脱ろう、水素化精製、硫酸洗浄、白土処理等の精製処理を単独又は2つ以上適宜組み合わせて精製したパラフィン系、ナフテン系等の鉱油を挙げることができる。
【0037】
鉱油の粘度指数は、好ましくは80以上、より好ましくは90以上、更に好ましくは100以上である。また、鉱油の粘度指数の上限は特に限定はなく、例えば150以下である。本明細書において粘度指数は、JIS K2283:2000に準拠して測定される粘度指数を意味する。
【0038】
鉱油の硫黄分は、好ましくは10000質量ppm以下、より好ましくは5000質量ppm以下、更に好ましくは1000質量ppm以下である。本明細書において硫黄分は、JIS K2541-6:2013で規定される紫外蛍光法によって測定される硫黄分を意味する。
【0039】
鉱油のパラフィン分は、鉱油全量を基準として、好ましくは50質量%以上、より好ましくは70質量%以上である。また、鉱油のナフテン分は、鉱油全量を基準として、好ましくは10質量%以上、より好ましくは20質量%以上であり、また好ましくは60質量%以下、より好ましくは40質量%以下である。鉱油の芳香族分は、鉱油全量を基準として、好ましくは10質量%以下、より好ましくは5質量%以下である。鉱油のパラフィン分、ナフテン分、及び芳香族分は、それぞれASTM D3238-95(2010)に準拠した方法(n-d-m環分析)により測定された値を意味する。
【0040】
切削油組成物が鉱油を含む場合、鉱油の含有量は、基油全量を基準として、好ましくは5質量%以上、より好ましくは10質量%以上、更に好ましくは15質量%以上である。また、鉱油の含有量は、基油全量を基準として、好ましくは90質量%以下、より好ましくは70質量%以下、更に好ましくは50質量%以下である。
【0041】
エステル以外の合成油としては、例えば、ポリ-α-オレフィン、アルキルベンゼン、アルキルナフタレン、ポリオキシアルキレングリコール、ポリフェニルエーテル、ジアルキルジフェニルエーテル、ポリフェニルエーテル、ジアルキルジフェニルエーテル、含フッ素化合物、シリコーン油等が挙げられる。
【0042】
本実施形態に係る切削油組成物がエステル以外の合成油を含む場合、当該合成油の含有量は、基油全量を基準として、好ましくは1.0質量%以上、より好ましくは5.0質量%以上であり、また好ましくは50質量%以下、より好ましくは40質量%以下である。
【0043】
基油の40℃における動粘度は、好ましくは5mm/s以上、より好ましくは7mm/s以上、更に好ましくは10mm/s以上である。また、好ましくは100mm/s以下、より好ましくは60mm/s以下、更に好ましくは40mm/s以下である。本明細書における動粘度は、JIS K2283:2000に準拠して測定される動粘度を意味する。
【0044】
基油の100℃における動粘度は、好ましくは1mm/s以上、より好ましくは2mm/s以上、更に好ましくは3mm/s以上である。また好ましくは12mm/s以下、より好ましくは9mm/s以下、更に好ましくは7mm/以下である。
【0045】
基油は、上記動粘度範囲内の基油成分のみを複数組み合わせた混合基油であってもよく、または、上記動粘度範囲内の基油成分と上記動粘度範囲外の基油成分とを組み合わせた混合基油であって、当該混合基油の動粘度を上記動粘度範囲内となるように調整したものであってもよい。
【0046】
<硫黄化合物(C)>
本実施形態に係る切削油組成物は、硫黄化合物(以下、「硫黄化合物(C)」と称呼することがある)を含有する。硫黄化合物(C)としては例えば、チオリン酸エステル類、硫化エステル、硫化オレフィン類等が挙げられる。
【0047】
チオリン酸エステル類としては、トリフェニルホスホロチオネート(TPPT)、ジチオリン酸エステル、ジチオホスホリル化カルボン酸及びその誘導体等が挙げられる。
【0048】
硫化エステルとしては、例えば、牛脂、豚脂、魚脂、菜種油、大豆油等の動植物油脂を任意の方法で硫化した硫化油脂、不飽和脂肪酸とアルコールとを反応させて得られる不飽和脂肪酸エステル(不飽和脂肪酸メチル等)を任意の方法で硫化したもの、及び動植物油脂と不飽和脂肪酸エステルとの混合物を任意の方法で硫化したものが挙げられる。
【0049】
硫化油脂としては、1種を単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。硫化油脂は、硫黄原子により形成された架橋構造を有していてもよい。架橋構造を形成する硫黄原子の数が4以上の硫化油脂は、銅板腐食を引き起こす可能性が高い活性硫化油脂に分類され、当該硫黄原子の数が3以下の硫化油脂は、銅板腐食を引き起こす可能性が低い不活性硫化油脂に分類され得る。よって、被削材に銅合金を用いたり、加工装置の加工油が付着する部分に銅合金を適用されていたりする場合は、硫黄架橋数が3以下の硫化油脂を用いることが好ましい。
【0050】
硫化オレフィンとしては、例えば、下記式(1)で表される化合物が挙げられる。
【0051】
【化1】

[式(1)中、R及びRは、それぞれ独立に炭素数16以下のアルキル基を表し、nは1以上の整数を表す。]
【0052】
及びRにおけるアルキル基の炭素数は、3以上、5以上又は7以上であってよい。該アルキル基の炭素数は、12以下、10以下又は8以下であってよい。nは2以上又は3以上の整数であってよく、10以下、9以下又は8以下の整数であってよい。
【0053】
硫化オレフィンは、式(1)で表される化合物の1種を含んでいてもよく、2種以上を含んでいてもよい。
【0054】
本実施形態に係る切削油組成物は、組成物全量基準で硫黄化合物(C)由来の硫黄を1.0質量%以下含有し、好ましくは0.9質量%以下、より好ましくは0.8質量%以下含有する。また、好ましくは0.3質量%以上、より好ましくは0.5質量%以上含有する。一の実施形態において、切削油組成物は、硫黄化合物(C)由来の硫黄を、組成物全量基準で、好ましくは0.3質量%以上0.9質量%以下、より好ましくは0.5質量%以上0.8質量%以下含有する。硫黄化合物(C)由来の硫黄の含有量が上記上限値以下であることにより、切削油組成物を高引火点化することができ、上記下限値以上であることにより、切削油組成物の切削性能を向上し、工具寿命をより延ばすことができる。
【0055】
<酸性リン酸エステル(D)>
本実施形態に係る切削油組成物は、酸性リン酸エステル(以下、「酸性リン酸エステル(D)」と称呼することがある)を含有する。
【0056】
酸性リン酸エステル(D)は、下記一般式(2)で表されるモノエステル体若しくは一般式(3)で表されるジエステル体又はこれらの混合物である。
【0057】
【化2】
【0058】
【化3】
【0059】
式(2)及び式(3)中、R~Rは、それぞれ個別に、炭素数2以上24以下の直鎖又は分枝のアルキル基又はアルケニル基を表す。
【0060】
~Rにおけるアルキル基又はアルケニル基の炭素数は、好ましくは6以上、より好ましくは10以上である。また、好ましくは22以下、より好ましくは20以下である。炭素数が上記上限値以下であることにより、摩擦係数が低減する。また、炭素数が上記下限値以上であることにより、潤滑油基油に対する溶解性及び耐摩耗性が向上する。
【0061】
酸性リン酸エステル(D)としては、例えば、モノエチルアシッドホスフェート、モノプロピルアシッドホスフェート、モノブチルアシッドホスフェート、モノオクチルアシッドホスフェート、モノデシルアシッドホスフェート、モノラウリルアシッドホスフェート、モノオレイルアシッドホスフェート、テトラコシルアシッドホスフェート、ジエチルアシッドホスフェート、ジプロピルアシッドホスフェート、ジブチルアシッドホスフェート、ジオクチルアシッドホスフェート、2-エチルヘキシルアシッドホスフェート、ジデシルアシッドホスフェート、ジラウリルアシッドホスフェート、ジオレイルアシッドホスフェート等が挙げられる。
【0062】
酸性リン酸エステル(D)の含有量は、組成物全量基準で好ましくは1.0質量%以下、より好ましくは0.4質量%以下である。また、好ましくは0.001質量%以上、より好ましくは0.01質量%以上である。一の実施形態において、酸性リン酸エステル(D)の含有量は、好ましくは0.001質量%以上1.0質量%以下、より好ましくは0.01質量%以上0.4質量%以下である。酸性リン酸エステル(D)の含有量が上記上限値以下であることにより、高引火点化することができ、上記下限値以上であることにより、工具寿命を延ばすことができる。
【0063】
<その他の添加剤>
本実施形態に係る切削油組成物は、本発明の効果を著しく損なわない範囲において、上記の各成分に加えてその他の成分を単独で又は2種以上を組み合わせて含んでもよい。その他の添加剤としては、酸化防止剤(2,6-ジ-tert.ブチル-p-クレゾール(DBPC)等のフェノール系化合物、フェニル-α-ナフチルアミン等の芳香族アミン、ジアルキルジチオリン酸亜鉛等の有機金属化合物など)、金属不活性化剤(ベンゾトリアゾールなど)、ミスト防止剤(ポリイソブチレン、エチレン-プロピレンコポリマー等の炭化水素系高分子化合物など)、硫黄化合物(C)及び酸性リン酸エステル(D)以外の摩耗防止剤(正リン酸エステル、亜リン酸エステル、ならびにこれらのアミン塩、金属塩、および誘導体など)、摩擦調整剤(ジトリデシルアミン等のアミン系、アミド系、イミド系、脂肪酸エステル系、脂肪酸系、脂肪族アルコール系、脂肪族エーテル系など)などが挙げられる。その他の添加剤の合計含有量は、特に制限されないが、切削油組成物全量を基準として、好ましくは5質量%以下である。
【0064】
<切削油組成物>
切削油組成物の40℃における動粘度は、好ましくは8mm/s以上、より好ましくは13mm/s以上、更に好ましくは16mm/s以上であり、また好ましくは32mm/s以下、より好ましくは29mm/s以下、更に好ましくは27mm/s以下である。
【0065】
本実施形態に係る切削油組成物は、引火点が好ましくは250℃以上、より好ましくは256℃以上である。引火点が上記下限値以上であることにより、取り扱い時の安全性が増す。本明細書における引火点は、JIS K2265-4:2007に準拠して測定される引火点を意味する。
【0066】
本実施形態に係る切削油組成物は、例えば金属の切削加工において好ましく用いられる。被加工物の材質については特に限定されず、例えば、鉄、ステンレス、アルミニウム又はその合金、ニッケル又はその合金、クロム又はその合金、銅又はその合金、亜鉛又はその合金、チタン又はその合金等が挙げられる。
【0067】
本実施形態に係る切削油組成物は、引火点が高い場合(例えば250℃以上)であっても、切削加工に用いる工具の寿命を延ばし、かつ皮膚感作性を抑制できる。
【実施例0068】
以下、実施例及び比較例に基づき本発明を更に具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に何ら限定されるものではない。
【0069】
[基油]
以下に示すエステル及び鉱油を用いた
(A1)飽和脂肪酸とアルコールとのエステル1:n-オクタン酸及びn-デカン酸とトリメチロールプロパンとのエステル
(A2)飽和脂肪酸とアルコールとのエステル2:n-オクタン酸及びn-デカン酸とグリセリンとのエステル
(B1)不飽和脂肪酸とアルコールとのエステル1:オレイン酸(9-cis-オクタデセン酸)と1-トリデカノールとのエステル
(B2)不飽和脂肪酸とアルコールとのエステル2:オレイン酸(9-cis-オクタデセン酸)とネオペンチルグリコールとのエステル
(鉱油1):グループIII鉱油(40℃動粘度=34.05mm/s、粘度指数=142、芳香族分=0%)
【0070】
[切削油組成物]
(実施例1~4、比較例1~4)
上記の基油と以下に示す各添加剤を用いて、表2,3に示す組成を有する切削油組成物を調製した。なお表中、基油の数値は基油全量に対する質量%を、添加剤および添加剤由来硫黄量の数値は組成物全量に対する質量%を表す。
(C1)チオリン酸エステル:トリフェニルホスホロチオエート
(C2)硫化エステル:硫化オレイン酸メチルエステル
(C3)硫化油脂:DIC社製 DAILUBE GS-245
【0071】
(D)酸性リン酸エステル:モノオレイルアシッドホスフェート:ジオレイルアシッドホスフェート=1:1の混合物
【0072】
酸化防止剤:2,6-ジ-tert-ブチル-p-クレゾール(DBPC)
【0073】
[工具寿命の評価]
以下の条件で、旋盤を用いた旋削加工試験を行い、工具の摩耗幅を評価した。
試験機:オークマ(株) LCC-15
被削材:SUS430
試験工具:Sandvik製CP-A1108-L5
切削速度:340m/min
切り取り量:0.5mm
送り量:0.2mm/rev
試験温度:室温
加工距離:8400m
評価項目:摩耗速度(μm/min)
摩耗速度は、一定時間毎に摩耗幅(μm)を測定し、加工時間(min)を横軸に、摩耗幅(μm)を縦軸にプロットし近似直線を引いた時の傾きとして求めた。
【0074】
[皮膚感作性評価]
Adjuvant and Patch Test(APT法)による試験を実施した。まず、一次感作処置としてAdjuvantを感作部位に皮内投与した。その後4日間、1日ごとに感作部位に注射針で傷をつけ、感作物質(実施例及び比較例で得られた切削油組成物)を貼り付けした。二次感作処置として、感作開始8日目から48時間、感作物質を閉塞貼付した。感作開始24日目(二次感作処置完了から14日後)に、惹起部位に惹起物質(実施例及び比較例で得られた切削油組成物)を塗布し、24時間後に投与部位の皮膚状態を観察し、紅斑及び浮腫形成の程度を以下の表1の判定基準にしたがって判定した。
【0075】
【表1】
【0076】
各被験物質について惹起動物数n=5で試験を実施した。感作群で個体ごとに、以下の式に基づいて、最大の皮膚反応の評点を付けた。同様に非感作群で示す最大の皮膚反応の評点をつけ、それを基準評点とした。基準評点より高い評点を示した個体を感作性陽性動物とした。
評点=(1)紅斑形成の評点+(2)浮腫形成の評点
感作性陽性動物の割合(陽性率(%))を以下の式に基づいて算出した。結果を表2に示す。
陽性率(%)=(感作性陽性動物数/惹起動物数)×100
【0077】
【表2】
【0078】
【表3】
【0079】
表2より、本実施形態に係る切削油組成物は、引火点が250℃以上でありながら、切削加工に用いる工具の寿命を延ばすことができる。また、表3に示すように、実施例1及び2では、皮膚感作性を抑制できることがわかる。一方、硫黄化合物(C)及び酸性リン酸エステル(D)を含まない比較例1及び酸性リン酸エステル(D)を含まない比較例2は工具寿命が劣っていた。添加剤由来の硫黄量が多い(組成物全量基準で1.0質量%より大きい)比較例3は引火点が低くなった。基油としてエステル(A)を用いなかった比較例4は、皮膚感作性に劣ることがわかる。