(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024105540
(43)【公開日】2024-08-06
(54)【発明の名称】毛包上皮性幹細胞の生体外増殖方法
(51)【国際特許分類】
C12N 5/071 20100101AFI20240730BHJP
【FI】
C12N5/071
【審査請求】有
【請求項の数】14
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024078946
(22)【出願日】2024-05-14
(62)【分割の表示】P 2020548580の分割
【原出願日】2019-09-19
(31)【優先権主張番号】P 2018179816
(32)【優先日】2018-09-26
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.TRITON
(71)【出願人】
【識別番号】508253111
【氏名又は名称】株式会社オーガンテック
(71)【出願人】
【識別番号】000006633
【氏名又は名称】京セラ株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】503359821
【氏名又は名称】国立研究開発法人理化学研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100134131
【弁理士】
【氏名又は名称】横井 知理
(74)【代理人】
【識別番号】100185258
【弁理士】
【氏名又は名称】横井 宏理
(72)【発明者】
【氏名】辻 孝
(72)【発明者】
【氏名】浅川 杏祐
(72)【発明者】
【氏名】武尾 真
(72)【発明者】
【氏名】豊島 公栄
(72)【発明者】
【氏名】小川 美帆
(72)【発明者】
【氏名】森 悠
(72)【発明者】
【氏名】岸本 恭介
(57)【要約】 (修正有)
【課題】再生毛包原基の製造に使用することが可能な上皮性細胞を効率よく増殖するための手段を提供すること。
【解決手段】再生毛包原基の製造に使用することが可能な上皮性細胞を増殖するための培養培地であって、基礎培地と、少なくとも以下の(1)~(3):(1)少なくとも1種のBMP阻害剤;(2)少なくとも1種の線維芽細胞増殖因子;および(3)ソニックヘッジホッグ(SHH)またはSHHアゴニスト、の少なくとも1種とを含む培養培地、および前記培養培地を用いた、前記上皮性細胞を増殖する方法が提供される。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
再生毛包原基の製造に使用することが可能な上皮性細胞を増殖するための培養培地であって、基礎培地と、少なくとも以下の(1)~(3):
(1)少なくとも1種の骨形成タンパク質(BMP)阻害剤;
(2)少なくとも1種の線維芽細胞増殖因子;および
(3)ソニックヘッジホッグ(SHH)またはSHHアゴニスト、の少なくとも1種
とを含む
培養培地。
【請求項2】
請求項1に記載の培養培地であって、
前記BMP阻害剤は、ノギン(Noggin)、ドルソモルフィン(Dorsomorphin)、コーディン(Chordin)、フォリスタチン(Follistatin)、およびエクトディン(Ectodin)からなる群より選択される、
培養培地。
【請求項3】
請求項1または2に記載の培養培地であって、
少なくとも2種の線維芽細胞増殖因子を含む、
培養培地。
【請求項4】
請求項1~3のいずれか1項に記載の培養培地であって、
前記線維芽細胞増殖因子は、FGF-1、FGF-2、FGF-3、FGF-4、FGF-5、FGF-6、FGF-7、FGF-8、FGF-9、およびFGF-10からなる群より選択される、
培養培地。
【請求項5】
請求項1~4のいずれか1項に記載の培養培地であって、
前記SHHアゴニストは、SAGまたはプルモルファミン(Purmorphamin)より選択される、
培養培地。
【請求項6】
請求項1~5のいずれか1項に記載の培養培地であって、
(4)少なくとも1種の受容体型チロシンキナーゼリガンド
をさらに含む、
培養培地。
【請求項7】
請求項6に記載の培養培地であって、
前記受容体型チロシンキナーゼリガンドは、EGF、TGFα、アンフィレギュリン、およびヘパリン結合EGF様増殖因子よりなる群から選択される、
培養培地。
【請求項8】
請求項1~7のいずれか1項に記載の培養培地であって、
(5)少なくとも1種のTGFβ受容体/ALK5阻害剤
をさらに含む、
培養培地。
【請求項9】
請求項8に記載の培養培地であって、
前記TGFβ受容体/ALK5阻害剤は、SB431542、KY03-I、IWR-1-endo、およびA83-01からなる群より選択される、
培養培地。
【請求項10】
請求項1~9のいずれか1項に記載の培養培地であって、
WntもしくはWntアゴニスト、NotchもしくはNotchアゴニストを含まない、
培養培地。
【請求項11】
再生毛包原基の製造に使用するための上皮性細胞を増殖するための方法であって、
上皮組織由来の細胞を、請求項1~10のいずれか1項に記載の培養培地中で培養する工程を含む、
方法。
【請求項12】
請求項11に記載の方法であって、
前記上皮組織由来の細胞は、採取した上皮組織を単一細胞化処理した細胞である、
方法。
【請求項13】
請求項11または12に記載の方法であって、
前記上皮組織は、毛包バルジ領域の上皮組織である、
方法。
【請求項14】
請求項11~13のいずれか1項に記載の方法によって増殖された上皮性細胞集団。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、再生毛包原基の製造に使用することが可能な上皮性細胞を効率よく増殖するための培養培地およびその使用方法に関する。
【背景技術】
【0002】
毛髪再生医療の実現のためには、毛包原基を再構成するために必要となる毛包誘導能を有する上皮性幹細胞および間葉系幹細胞の取得、ならびにその生体外増殖が必要である。間葉系幹細胞については、毛乳頭より取得可能である毛乳頭細胞が、毛包誘導能を有していることが知られており、生体外での培養により取得可能であることが示されている(非特許文献1)。
【0003】
一方、上皮性幹細胞については、腸管上皮組織からのLgr5陽性幹細胞の培養技術が確立されており、培養後のLgr5陽性細胞から腸管絨毛を再生可能であることが示されている(非特許文献2)。
【0004】
毛包においては、バルジ領域に毛包誘導能を有する幹細胞の存在が示唆されており(非特許文献3)、生体外増殖については、マウス毛包由来細胞の三次元培養によるCD34陽性integrinα6陽性幹細胞の増殖方法の報告(非特許文献4)があるが、その器官再生能は十分に立証されていない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Tissue Eng.13,975-82,2007
【非特許文献2】Nature. 459, 262-5, 2009
【非特許文献3】Exp.Cell.Res.316,1422-8,2010
【非特許文献4】EMBO J. 36, 151-164, 2017
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
現時点で、毛包誘導能を有する上皮性幹細胞を生体外培養により大量増殖できる技術は報告されていない。
そこで本発明は、再生毛包原基の製造に使用することができる上皮性細胞を効率よく増殖するための手段を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討を重ねた結果、特定の添加剤の組み合わせを含む細胞培養培地を用いて上皮組織由来の細胞を培養することによって、再生毛包原基の製造に使用することができる、すなわち、毛包誘導能を有する上皮性細胞の集団を大量に増殖することが可能になることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0008】
すなわち、本発明は、以下の特徴を包含する:
[1] 再生毛包原基の製造に使用することが可能な上皮性細胞を増殖するための培養培地であって、基礎培地と、少なくとも以下の(1)~(3):
(1)少なくとも1種の骨形成タンパク質(BMP)阻害剤;
(2)少なくとも1種の線維芽細胞増殖因子;および
(3)ソニックヘッジホッグ(SHH)またはSHHアゴニスト、の少なくとも1種
とを含む
培養培地。
【0009】
[2] [1]に記載の培養培地であって、
前記BMP阻害剤は、ノギン(Noggin)、ドルソモルフィン(Dorsomorphin)、コーディン(Chordin)、フォリスタチン(Follistatin)、およびエクトディン(Ectodin)からなる群より選択される、
培養培地。
【0010】
[3] [1]または[2]に記載の培養培地であって、
少なくとも2種の線維芽細胞増殖因子を含む、
培養培地。
【0011】
[4] [1]~[3]のいずれかに記載の培養培地であって、
前記線維芽細胞増殖因子は、FGF-1、FGF-2、FGF-3、FGF-4、FGF-5、FGF-6、FGF-7、FGF-8、FGF-9、およびFGF-10からなる群より選択される、
培養培地。
【0012】
[5] [1]~[4]のいずれかに記載の培養培地であって、
前記SHHアゴニストは、SAGまたはプルモルファミン(Purmorphamin)より選択される、
培養培地。
【0013】
[6] [1]~[5]のいずれかに記載の培養培地であって、
(4)少なくとも1種の受容体型チロシンキナーゼリガンド
をさらに含む、
培養培地。
【0014】
[7] [6]に記載の培養培地であって、
前記受容体型チロシンキナーゼリガンドは、EGF、TGFα、アンフィレギュリン、およびヘパリン結合EGF様増殖因子(HB-EGF)よりなる群から選択される、
培養培地。
【0015】
[8] [1]~[7]のいずれかに記載の培養培地であって、
(5)少なくとも1種のTGFβ受容体/ALK5阻害剤
をさらに含む、
培養培地。
【0016】
[9] [8]に記載の培養培地であって、
前記TGFβ受容体/ALK5阻害剤は、SB431542、KY03-I、IWR-1-endo、およびA83-01からなる群より選択される、
培養培地。
【0017】
[10] [1]~[9]のいずれかに記載の培養培地であって、
WntもしくはWntアゴニスト、NotchもしくはNotchアゴニストを含まない、
培養培地。
【0018】
[11] 再生毛包原基の製造に使用するための上皮性細胞を増殖するための方法であって、
上皮組織由来の細胞を、[1]~[10]のいずれかに記載の培養培地中で培養する工程を含む、
方法。
【0019】
[12] [11]に記載の方法であって、
前記上皮組織由来の細胞は、採取した上皮組織を単一細胞化処理した細胞である、
方法。
【0020】
[13] [11]または[12]に記載の方法であって、
前記上皮組織は、毛包バルジ領域の上皮組織である、
方法。
【0021】
[14] [11]~[13]のいずれかに記載の方法によって増殖された上皮性細胞集団。
【0022】
上記に挙げた本発明の一または複数の特徴を任意に組み合わせた発明も、本発明の範囲に含まれる。
【発明の効果】
【0023】
本発明によれば、再生毛包原基の製造に使用することができる上皮性細胞を効率よく増殖するための培養培地、および前記上皮性細胞を前記培養培地により効率的に増殖する方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【
図1】
図1は、NFFSE培地、NFFS培地およびNFFS+Wnt+Notch培地の各培地中で6日間培養したマウス毛包上皮性細胞の培養像を示す。
【
図2】
図2は、NFFSE培地、NFFS培地およびNFFS+Wnt+Notch培地の各培地中で5日間培養したマウス毛包上皮性細胞におけるコロニー形成率(A)、増殖倍率(B)、およびスフェロイドサイズ(C)の測定結果を示す。
【
図3】
図3は、NFFSE培地、NFFS培地およびNFFS+Wnt+Notch培地の各培地中で培養したマウス培養毛包上皮性細胞のマーカー解析結果を示す。
【
図4】
図4は、NFFSE培地、NFFS培地およびNFFS+Wnt+Notch培地の各培地中で培養したマウス毛包上皮性細胞より再構成した再生毛包原基の皮内移植法(A)を用いた器官誘導能評価の代表的発毛例(B)および定量化の結果(C)を示す。図中、GTはガイド糸、Eは上皮性細胞凝集塊、DPは毛乳頭細胞凝集塊をそれぞれ示す。
【
図5】
図5は、NFFS培地中で培養したヒト培養毛包上皮性細胞の培養10日目および20日目の培養像と1毛包当たりの取得細胞数を示す。
【
図6】
図6は、NFFSE培地またはNFFS培地中で培養したマウス培養毛包上皮性細胞(培養6日目)およびヒト培養毛包上皮性細胞(培養20日目)における幹細胞マーカー解析の結果を示す。
【
図7】
図7は、NFFS培地中で培養したヒト培養毛包上皮性細胞の器官誘導能評価の実験方法(A)と組織化学的解析の結果(B)を示す。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、本発明の実施形態を詳細に説明する。
本発明は、一態様において、再生毛包原基の製造に使用することが可能な上皮性細胞を増殖するための培養培地(以下、本発明の培養培地とも称する。)に関する。
毛包原基は、毛包の由来となる組織であり、上皮性細胞および間葉系細胞から構成される。毛包原基は胎生期に表皮の一部が肥厚し、対面の間葉系細胞が凝集することにより形成される。
本発明において、「再生毛包原基」とは、上皮性細胞および間葉系細胞から人工的に誘導または再生された毛包原基を指す。
【0026】
本発明において、「再生毛包原基の製造に使用することが可能な」とは、適切な間葉系細胞と共に再生毛包原基の製造に用いられた際に、少なくとも発毛能を有する再生毛包原基を誘導できることを意味する。すなわち、本発明において、上皮組織(例えば毛包)由来の細胞を単に増殖すること、または発毛能を有しない再生毛包原基のみを誘導する上皮性細胞の増殖は意図していない。
【0027】
本発明の別の実施形態において、「再生毛包原基の製造に使用することが可能な」は、再生毛包原基の製造に使用される際に、発毛能を有し、かつ、生体への生着率が高い再生毛包原基を製造し得ることを意味する。ここで、「生体への生着率が高い」は、少なくとも30%、好ましくは少なくとも40%、より好ましくは少なくとも50%、より好ましくは少なくとも60%、より好ましくは少なくとも70%、より好ましくは少なくとも80%、より好ましくは少なくとも90%、またはより好ましくは少なくとも95%を意味し得る。
【0028】
本発明の培養培地は、基礎培地と、少なくとも以下の(1)~(3):
(1)少なくとも1種の骨形成タンパク質(BMP)阻害剤;
(2)少なくとも1種の線維芽細胞増殖因子;および
(3)ソニックヘッジホッグ(SHH)またはSHHアゴニスト、の少なくとも1種
とを含むことを特徴とする。
【0029】
基本培地は、細胞、特に哺乳動物細胞(例えばヒト)の培養に必須の炭素源、窒素源および無機塩等を含有する培地を指す。本発明の培養培地に使用することができる基本培地として、一般的に、動物細胞の培養に用いられる培地を用いることができ、これに限定されるものではないが、イーグル培地などの最小必須培地(MEM)、ダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)、最小必須培地α(MEM-α)、Ham's F-12およびF-10培地、DMEM/F12培地、Williams培地E、RPMI-1640培地、MCDB培地、199培地、Fisher培地、Iscove改変ダルベッコ培地(IMDM)、McCoy改変培地、DEF-CS培地、CnT-PR培地、Advanced DMEM培地、Advanced MEM培地、Advanced DMEM/F12培地、またはこれらの混合培地等を挙げることができる。
【0030】
本発明の培養培地に使用することができる(1)BMP阻害剤は、BMP受容体へのBMP分子の結合を阻止または阻害できるものであれば特に限定されない。ある分子または化合物がBMP阻害活性を有するか否かは、当業者に公知の方法(Zilberberg et al., BMC Cell Biol, 8:41, 2007.)を用いて、BMPの転写活性を測定することによって決定することができる。
【0031】
本発明の培養培地に使用することができるBMP阻害剤としては、これに限定されるものではないが、例えばノギン(Noggin)、ドルソモルフィン(Dorsomorphin)、コーディン(Chordin)、フォリスタチン(Follistatin)、およびエクトディン(Ectodin)等を挙げることができる。本発明の培養培地において、BMP阻害剤は、1種を単独で用いてもよいし、複数種を組み合わせて用いてもよい。
【0032】
本発明の培養培地に含まれるBMP阻害剤の濃度は、0.1ng/mL~1000ng/mL、好ましくは0.3ng/mL~300ng/mL、より好ましくは1ng/mL~100ng/mLの範囲とすることができる。
【0033】
本発明の培養培地に使用することができる(2)線維芽細胞増殖因子としては、これに限定されるものではないが、例えばFGF-1、FGF-2、FGF-3、FGF-4、FGF-5、FGF-6、FGF-7、FGF-8、FGF-9、およびFGF-10等を挙げることができる。本発明の培養培地において、線維芽細胞増殖因子は、1種を単独で用いてもよいし、複数種を組み合わせて用いてもよい。本発明の別の実施形態では、線維芽細胞増殖因子として、少なくとも2種の線維芽細胞増殖因子が組み合わせて使用される。
【0034】
本発明の一実施形態では、線維芽細胞増殖因子として、少なくともがFGF-7が使用される。
【0035】
本発明の培養培地に含まれる線維芽細胞増殖因子の濃度は、0.1ng/mL~1000ng/mL、好ましくは0.3ng/mL~300ng/mL、より好ましくは1ng/mL~100ng/mLの範囲とすることができる。
【0036】
本発明の培養培地に使用することができる(3)SHHアゴニストは、SHHにより媒介されるシグナル伝達を増強し得るものであれば特に制限されない。ある分子または化合物がSHHアゴニスト活性を有するか否かは、例えば特開2009-213442号中に示唆されるような方法を用いて決定することができる。
本発明の培養培地に使用することができるSHHアゴニストとしては、これに限定されるものではないが、例えば、SAGまたはプルモルファミン(Purmorphamin)等を挙げることができる。
【0037】
本発明の培養培地に含まれるSHHまたはSHHアゴニストの濃度は、0.1ng/mL~1000ng/mL、好ましくは0.3ng/mL~300ng/mL、より好ましくは1ng/mL~100ng/mLの範囲とすることができる。
【0038】
本発明の培養培地は、一実施形態において、(4)少なくとも1種の受容体型チロシンキナーゼリガンドをさらに含む。本発明の培養培地が受容体型チロシンキナーゼリガンドをさらに含むことは、製造される再生毛包原基を生体へ移植した際の生着率を顕著に改善できる点で好ましい。
本発明の培養培地に使用することができる受容体型チロシンキナーゼリガンドとしては、これに限定されるものではないが、例えば、EGF、TGFα、アンフィレギュリン、およびヘパリン結合EGF様増殖因子(HB-EGF)を挙げることができる。
【0039】
本発明の培養培地に含まれる受容体型チロシンキナーゼリガンドの濃度は、0.1ng/mL~1000ng/mL、好ましくは0.3ng/mL~300ng/mL、より好ましくは1ng/mL~100ng/mLの範囲とすることができる。
【0040】
本発明の培養培地は、一実施形態において、(5)少なくとも1種のTGFβ受容体/ALK5阻害剤をさらに含む。本発明の培養培地に使用することができるTGFβ受容体/ALK5阻害剤は、TGFβ受容体とALK5との相互作用を阻害できるものであれば特に制限されず、TGFβ受容体阻害剤またはALK5阻害剤などを含み得る。
本発明の培養培地に使用することができるTGFβ受容体/ALK5阻害剤としては、これに限定されるものではないが、例えば、SB431542、A83-01、ALK5 Inhibitor、D4476、LY364947、SB525334、SD208を挙げることができる。
【0041】
本発明の培養培地に含まれるTGFβ受容体/ALK5阻害剤の濃度は、0.001ng/mL~1000ng/mL、好ましくは0.01ng/mL~100ng/mL、より好ましくは0.1ng/mL~10ng/mLの範囲とすることができる。
【0042】
本発明の培養培地は、上記(1)~(3)、ならびに任意の(4)および(5)の他、細胞培養培地、特に上皮性細胞用の細胞培養培地を最適化するための他の成分を含んでもよい。そのような細胞培養培地を最適化するための他の成分としては、これに限定されるものではないが、GlutamaxTM、B27 supplement(GIBCO)、N2 supplement(GIBCO)などの血清代替物や、Y-27632などのRock inhibitor等を挙げることができる。
【0043】
本発明の培養培地は、好ましくは、上記(1)~(5)以外に、増殖、または分化誘導を促す他の添加剤を含まない。そのような他の添加剤として、これに限定されるものではないが、WntもしくはWntアゴニスト、NotchもしくはNotchアゴニスト等を挙げることができる。ある分子または化合物がWnt活性を有するか否かは、例えばKorinek et al., Science 275 1784-1787,1997に記載される方法を用いて、Wnt転写活性を測定することによって決定することができ、ある分子または化合物がNotch活性を有するか否かは、例えばHsieh et al.,Mol Cell. Biol. 16, 952-959,1996に記載される方法を用いて、Notch転写活性を測定することによって決定することができる。
【0044】
本発明の例示的な実施形態において、本発明の培養培地は、実質的に、基礎培地、以下の添加剤の組み合わせ、および細胞培養培地を最適化するための他の成分から構成され、増殖、または分化誘導を促すその他の添加剤を含まない:ノギン、EGF、FGF-7、FGF-10、SAG。
【0045】
本発明の別の例示的な実施形態において、本発明の培養培地は、実質的に、基礎培地、以下の添加剤の組み合わせ、および細胞培養培地を最適化するための他の成分から構成され、増殖、または分化誘導を促すその他の添加剤を含まない:ノギン、FGF-7、FGF-10、SAG。
なお、本発明において、「実質的に構成される」は、上皮性細胞の増殖または毛包誘導能を有する再生毛包原基の製造に関して、「のみから構成される」場合と同様の結果が得られる限りにおいて、その他の添加剤の含有が許容されることを意味する。
【0046】
本発明は、別の態様において、再生毛包原基の製造に使用するための上皮性細胞を増殖するための方法(以下、本発明の方法とも称する)に関する。
本発明の方法は、上皮組織由来の細胞を、本発明の培養培地中で培養する工程を含むことを特徴とする。
【0047】
本発明において、上皮組織由来の細胞は、典型的には、毛包から調製することができ、例えば、バルジ領域(例えばバルジ領域の外毛根鞘最外層細胞)、毛母基部、またはiPS細胞もしくはES細胞から誘導した毛包上皮などを用いることができる。
【0048】
本発明の方法に使用することができる上皮組織は、哺乳動物の霊長類(例えばヒト、サルなど)、有蹄類(例えばブタ、ウシ、ウマなど)、小型哺乳類のげっ歯類(例えばマウス、ラット、ウサギなど)のほか、イヌ、ネコなど種々の動物などから採取することができる。上皮組織の採取は、通常、組織の採取で用いられる条件をそのまま適用すればよく、無菌状態で取り出し、適当な保存液に保存すればよい。
【0049】
毛包からの上皮組織由来の細胞の調製は、例えば、まず周囲の組織から単離された毛包を、形状に従って、上皮組織および間葉組織に分離することによって行われる。その際、分離を容易に行うため酵素を用いてもよい。酵素としては、ディスパーゼ、コラゲナーゼ、トリプシン等、公知のものを挙げることができ、当業者は適宜好ましい酵素を使用することができる。
【0050】
また、上皮組織由来の細胞として、毛包以外に由来する細胞を使用してもよい。毛包以外に由来する細胞としては、これに限定されるものではないが、皮膚もしくは口腔内の粘膜または歯肉の上皮性細胞、好ましくは、皮膚または粘膜などの、分化した、例えば角化した、または錯角化した上皮性細胞に分化しうる未熟な上皮性前駆細胞、例えば非角化上皮性細胞またはその幹細胞等が挙げられる。具体的に、口腔内上皮性細胞またはその初代培養細胞を上皮性細胞として用いる例が特開2008-29756号公報に記載されており、その開示は全体として本明細書に参照として組み込まれる。
【0051】
本発明において用いることのできるES細胞の由来は特に限定されず、あらゆる動物の内部細胞塊由来のES細胞を用いることができる。例えば、ES細胞の由来として、ヒト、マウス、ラット、イヌ、ネコ、ウサギ、ウシ、ウマ、ヒツジ、ヤギ、ブタ、またはサルの内部細胞塊由来のES細胞を用いることができる。
【0052】
「iPS細胞(induced Pluripotent Stem cells)」とは、一般的に、体細胞へ、例えば数種類の遺伝子および/または薬剤を導入することにより、ES細胞のように非常に多くの細胞に分化できる分化万能性と、分裂増殖を経ても分化万能性を維持できる自己複製能を持たせた細胞をいう。ただし、本発明においては、上記の説明に限定されず、当業者が「iPS細胞」であると認識する細胞を広く含む。
【0053】
本発明において用いることのできるiPS細胞の由来は特に限定されず、あらゆる動物由来のiPS細胞を用いることができる。例えば、iPS細胞の由来として、ヒト、マウス、ラット、イヌ、ネコ、ウサギ、ウシ、ウマ、ヒツジ、ヤギ、ブタ、またはサル由来のiPS細胞を用いることができる。また、本発明において用いることのできるiPS細胞の由来となる体細胞も特に限定されず、あらゆる組織由来の細胞から誘導されたiPS細胞を用いることができる。さらに、本発明において用いることのできるiPS細胞の誘導方法も特に限定されず、体細胞からiPS細胞を誘導することができる方法であれば、どのような方法を用いて誘導されたiPS細胞でも用いることができる。
【0054】
上皮組織由来の細胞として、生体から採取した上皮組織由来の細胞を用いる場合には、培養に供する前に、単一細胞化処理を行うことが好ましい。本発明において、「単一細胞化」は、互いに結合または接着した状態にある複数の細胞(典型的には組織または器官)を、個々の細胞に分離する処理を指す。このような単一細胞化の処理は、当業者に公知の方法を用いてよく、これに限定されるものではないが、例えば酵素処理によって行うことができる。当該酵素処理に使用できる酵素およびその使用条件も当業者に公知であり、例えばディスパーゼ、コラゲナーゼ、トリプシンなどの酵素を使用することができる。単一細胞化は、所望の上皮性細胞の効率的な増殖を促す観点から好ましい。
【0055】
本発明の好ましい実施形態において、上皮組織由来の細胞は、バルジ領域上皮由来の細胞である。このような細胞は、バルジ領域上皮(例えば外毛根鞘最外層)から組織を採取し、単一細胞化処理に供することによって調製することができる。
【0056】
本発明の培養培地中での上皮組織由来の細胞の培養は、動物細胞の培養に一般的に用いられる条件を採用することができ、例えば約37℃の温度、5%CO2濃度のインキュベータ内での培養を適用することができる。また、適宜、ストレプトマイシン等の抗生物質を添加してもよい。
【0057】
培養には、適宜、当業者に公知の細胞外マトリクスを用いてよく、例えば、MatrigelTM(Corning)、Type IV Collagen(Invitrogen)、アテロコラーゲン(高研)、Type I Collagen、Type III Collagenなどを使用することができる。
【0058】
上記の方法によって増殖される上皮性細胞の集団は、毛包誘導能を有する上皮性細胞集団であり、再生毛包原基の製造にそのまま使用してもよいし、または、必要に応じて、表面マーカーに基づくネガティブおよびポジティブ選択技術を用いて、特定の上皮性細胞集団をさらに単離してもよい。表面マーカーに基づくネガティブおよびポジティブ選択技術も、当業者に公知であり、例えば、蛍光活性化セルソーティング(FACS)および時期ビーズ分離を含む、任意の抗体に基づく技術を用いることができる。
【0059】
本明細書において用いられる用語は、特に定義されたものを除き、特定の実施態様を説明するために用いられるのであり、発明を限定する意図ではない。
【0060】
また、本明細書において用いられる「含む」との用語は、文脈上明らかに異なる理解をすべき場合を除き、記述された事項(部材、ステップ、要素、数字など)が存在することを意図するものであり、それ以外の事項(部材、ステップ、要素、数字など)が存在することを排除しない。
【0061】
異なる定義が無い限り、ここに用いられるすべての用語(技術用語および科学用語を含む。)は、本発明が属する技術の当業者によって広く理解されるのと同じ意味を有する。ここに用いられる用語は、異なる定義が明示されていない限り、本明細書および関連技術分野における意味と整合的な意味を有するものとして解釈されるべきであり、理想化され、または、過度に形式的な意味において解釈されるべきではない。
【0062】
以下において、本発明を、実施例を参照してより詳細に説明する。しかしながら、本発明はいろいろな態様により具現化することができ、ここに記載される実施例に限定されるものとして解釈されてはならない。
【実施例0063】
[実施例1]マウス毛包上皮性細胞の培養方法
1)実験動物
7-8週齢のC57BL/6マウス(日本クレア)およびC57BL/6 6-TgN(act-EGFP)マウスより毛包を採取した。また、胎齢18.0から18.5日齢のC57BL/6 6-TgN(act-EGFP)マウス(SLC)より、体毛原基を含む皮膚を採取した。また、下記実験手法により作製した再生毛包原基は6から8週齢のBalb/c nu/nuマウス(SLC)に移植した。
【0064】
2)毛包上皮性細胞の調製
C57BL/6のEGFPマウスより摘出した頬髭組織より、25G注射針を用いてコラーゲン鞘を取り除き、バルジ領域に細分化した。バルジ領域組織は終濃度4.8U/mlのDispase II(Becton Dickson)および100U/mlのCollagenase(Worthington、Lakewood、NJ)溶液にて37℃で4分間反応させ、その後、25G注射針を用いて外科的にバルジ領域上皮組織とバルジ周囲の間葉組織に分離した。分離したバルジ領域上皮組織は0.05% Trypsin(Invitrogen、Carlsbad、US)でインキュベータにて1時間酵素処理を行い、35μm poreセルストレーナーを通して単一化細胞とした。
単一化細胞の培養は、ADVANCED DMEM/F-12(ThermoFisher)を基礎培地とし、足場材料としてMatrigel(Corning)を用い、添加剤として、B27 supplement(GIBCO)、N2 supplement(GIBCO)、Rock inhibitor(Y27632、WAKO)、EGF(Peprotech)、FGF-7(R&D)、FGF-10(R&D)、SHH agonist(SAG、cayman)、およびBMP inhibitor(Noggin、Peprotech)、ならびに1%Penicillin-Streptomycin(GIBCO)を含む培地(NFFSE培地)、NFFSE培地よりEGFを除いた培地(NFFS培地)、ならびにNFFS培地にWnt3a(R&D)およびNotchリガンド(Jagged2およびDLL1)(R&D)を添加した培地(NFFS+Wnt+Notch培地)に細胞を懸濁後、6ウェルプレート内で三次元培養を行うことにより実施した。培養像を
図1に示し、培養5日時点でのコロニー形成率、スフェロイドサイズ、および増殖倍率の測定結果を
図2に示す。NFFSE培地を用いた条件以外では、より小さいコロニーが形成された。
【0065】
3次元培養を行った培養毛包上皮性細胞を含むゲルを回収し、Collagenase I(Worthington)消化、Trypsin(GIBCO)消化とDNase TypeI(Worthington)消化を行い、培地に懸濁後、35μmセルストレーナーを通し、マウス培養毛包上皮性細胞とした。
【0066】
3)マウス毛包由来培養毛包上皮性細胞の分化状態の解析
毛包上皮性細胞の分化能評価に先立ち、培養後の毛包上皮性細胞の分化状態をリアルタイムPCR解析により実施した。
【0067】
培養毛包上皮性細胞からのRNA抽出はRNeasy Plus Micro Kit(QUIAGEN)を用いて行い、得られたRNAより、SuperScript VILO MasterMix(Invitrogen)を用いてcDNAを合成した。リアルタイムPCRは、上記のcDNAをテンプレートとしTaqManFast Advanced Master Mix(applied biosystem)ならびに各種マーカーに対するTaqman primerの混合液をQuantStudio 12K Flex(applied biosystem)でPCR反応{95℃で20秒、(95℃で1秒、60℃で20秒) x 40サイクル)を行い、マーカー遺伝子の発現量を解析した。
【0068】
NFFSE培地、NFFS培地もしくはNFFS+Wnt+Notch培地を用いて培養された毛包上皮性細胞の幹細胞マーカーおよび分化マーカーの発現解析結果を
図3に示す。NFFS培地で培養された細胞では、二次毛芽マーカー(Lgr5、P-cadherin)、毛球部マーカー(Lef1)の発現が高く、NFFS+Wnt+Notch培地では皮脂腺マーカー(Blimp1、c-myc、PPAR-γ)、表皮マーカー(CK1、Loricrin)の強い誘導が認められ、NFFSE培地ではCD34、CD49fなどの幹細胞マーカーが維持されていた。
【0069】
4)マウス毛包上皮性細胞の器官誘導能評価
培養毛包上皮性細胞の器官誘導能を評価するために器官原基法を用いて再生毛包原基を再構成し、動物移植による発毛能を指標に解析を行った。
【0070】
再生毛包原基は器官原基法(特許第5932671号)に従って作製した。すなわち、取得したマウス毛包上皮性細胞と培養毛乳頭細胞とを、シリコーングリース(東レ・ダウコーニング)を塗布した1.5mlマイクロチューブ(エッペンドルフ)にそれぞれ別々に移し、遠心分離により沈殿として回収し、遠心後の培養液の上清をGELoader Tip 0.5-20μl(エッペンドルフ)を用いて完全に除去した。次に、シリコーングリースを塗布したペトリディッシュ上にCellmatrix type I-A (Nitta gelatin,Osaka,Japan)を30ml滴下してコラーゲンゲルドロップを作製し、上記にて調製した培養毛乳頭細胞を0.1-10μlのピペットチップ(Quality Scientific plastics)を用いて、0.2μl程度注入し細胞凝集塊を作製した。続いて、同ゲルドロップ内へ、上記にて調製した上皮性細胞を0.1-10μlのピペットチップ(Quality Scientific plastics)を用いて、培養毛乳頭細胞の凝集塊に密着させるように0.2μl程度注入し細胞凝集塊を作製した。さらに培養毛乳頭細胞と上皮性細胞との細胞凝集塊の上皮性細胞側より、全長5mmのナイロン糸(松田医科工業)を、細胞凝集塊の構造(特に上皮性細胞と間葉系細胞との接触面)を壊さず培養毛乳頭細胞の細胞画分と上皮性細胞画分との接触面を垂直に貫くように実体顕微鏡下で確認のうえで挿入し、その後37℃にて5分間静置し、ゲルドロップを固化させることにより、上皮性細胞と間葉性細胞の結合をより強固にすることでガイドを有する再生毛包原基を作製した。
【0071】
8から16時間の培養後の毛包原基を、従来法に従いマウスの皮内に移植した。すなわち、ヌードマウスを定法に従って麻酔を行い、背部をイソジン消毒した後に自然横臥位をとらせた。Vランスマイクロメス(日本アルコン)を用いて穿刺し、皮膚表皮層から真皮層下層部に至る移植創を形成した。移植創は体表面より垂直方向に約400μmの深度までとし、水平方向は約1mm程度とした。ナイロン糸製ガイドを挿入した再生毛包原基を、移植創の体表側に上皮性細胞成分が向くように、先鋭ピンセットNo.5(夏目製作所)を用いて挿入した。移植創上端部に再生毛包原基の上皮性細胞成分の上端部が露出するよう移植深度を調節し、ナイロン糸製ガイドが体表面に露出するように位置させた。ナイロン糸製ガイドを移植創に近接した皮膚表面にステリストリップ(スリーエム)で固定し、その後、ナースバンおよびサージカルテープ(スリーエム)で移植創を保護した。移植後5から7日で保護テープを除去し、ナイロン糸製ガイドを移植部位に残存させ、1日後に残存している場合は抜去した。移植物の生着を目視または蛍光実体顕微鏡で判定した後に経過観察を行った。経過観察は、麻酔下のマウスの移植部位を目視、蛍光実体顕微鏡、実体顕微鏡による観察・撮影を行い、再生毛包の発毛を評価した。
その結果、NFFSE培地ならびにNFFS培地で培養した細胞からは発毛が確認されたが、NFFS+Wnt+Notch培地で培養した細胞からは発毛が認められず、NFFSEもしくはNFFS培地で器官誘導能を有する毛包上皮性細胞の培養が可能であることが示された(
図4)。
【0072】
[実施例2]ヒト毛包由来毛包上皮性細胞の培養
1)ヒト頭皮組織からの毛包バルジ上皮性細胞の回収
摘出したヒト頭皮組織をポビドンヨード(明治製菓ファルマ)、PBS(ナカライテスク)、組織回収液(10%ウシ血清、50μg/mLゲンタマイシン、1% HEPES含有DMEM)の順番で洗浄した。メスを用いて毛包が1列に並ぶように短冊状に切断後、各断片について更に真皮層と皮下脂肪層の境界面で上下に分断した。バルジ上皮性細胞を含む真皮層(上部組織)を培養皿に回収し、単一毛穴を含むように上部組織を細切した。単毛包化した組織に対して1000U/mL Dispase(和光純薬)とコラゲナーゼ(Worthington)を混合して添加し、37℃で10-20分間インキュベートした。組織回収液2mLで洗浄後、組織回収液2mLとDNaseI(Worthington)1 μLを添加し、室温で1-2分静置した。ピンセットを用いて毛包を上方に引き抜き、皮脂腺下部で切断した下方部分を遠心チューブに集めた。下方部分を、遠心操作によりPBSで2回洗浄した。2.5%トリプシン(SAFC Bioscience)100μLとPBS4.9mLを混合して添加し、37℃で15分間インキュベート後、組織回収液5mLとDNaseI 5μLを添加し、穏やかに混合した。得られた細胞懸濁液を40μm径のセルストレーナーに通し、ストレーナーの上から組織回収液2mLを2回添加した。細胞懸濁液を590g、4℃で3分間遠心して上清を除去し、組織回収液を1mL添加した。細胞濃度を測定後、6×104細胞/チューブになるように細胞懸濁液を1.5mLエッペンドルフチューブに分取した。チューブを310g、4℃で3分間遠心して上清を除去し、600μL/チューブの1%アテロコラーゲン溶液(高研)を加え、混合した。遠心により気泡を除去後、細胞懸濁液を6ウェルプレートに90μL/ウェルずつ播種した。インキュベーター内で30分程度ゲルを固化させた後、以下の組成を有するヒトNFFSE培地あるいはNFFSE培地からEGFを除いたNFFS培地を3mL/ウェルで添加し、CO2インキュベーターで培養を開始した:ADVANCED DMEM/F-12(ThermoFisher)、1M HEPES、Glutamax(Thermo Fisher Scientific)、N2 supplement(Thermo Fisher Scientific)、B27 supplement(Thermo Fisher Scientific)、10mM Y-27632(和光純薬)、250μg/mL Noggin(シグマ)、100μg/mL FGF-7(Millipore)、100μg/mL FGF-10(和光純薬)、20ng/mL EGF(Peprotech)および500μg/mL SAG(Millipore)。
【0073】
2)ヒト毛包バルジ上皮性細胞の継代
細胞がコロニー形成しているゲルについて、セルスクレーパーでゲルを培養皿から剥離した。剥離したゲルを50mLチューブに回収し、ヒト上皮性細胞用培地(前掲)10mLを添加した。ピペッティングによりゲルを物理的に細断し、コラゲナーゼを添加した。ゲルが完全に溶解するまで37℃で最長60分インキュベートした。PBSを10mL添加して590g、4℃で3分間遠心し、上清を除去することを3回繰り返した。タッピングでペレットをほぐした後、0.125%トリプシン/10μg/mL DNaseI溶液を添加し、37℃で15分間インキュベートした。ヒト上皮性細胞用培地を10mL添加して590g、4℃で3分間遠心し、上清を除去した。タッピングにより細胞をほぐし、5μL DNaseI入りのヒト上皮性細胞用培地を添加した。得られた細胞懸濁液を40μm径のセルストレーナーに通し、590g、4℃で3分間遠心した。上清を除去後、ヒト上皮性細胞用培地を1mL添加して細胞懸濁液を得た。細胞濃度を測定後、6×10
4細胞/チューブになるように細胞懸濁液を1.5mLエッペンドルフチューブに分取した。チューブを310g、4℃で3分間遠心して上清を除去し、600μL/チューブの1%アテロコラーゲン溶液を加え、混合した。遠心により気泡を除去後、細胞懸濁液を6ウェルプレートに90μL/ウェルずつ播種した。インキュベーター内で30分程度ゲルを固化させた後、ヒト上皮性細胞用培地を3mL/ウェルで添加し、CO
2インキュベーターでさらに培養を行った。培養10日目および20日目の培養像と、1毛包あたりの取得細胞数を
図5に示す。
【0074】
3)ヒト毛包由来培養毛包上皮性細胞の分化状態の解析
ヒト由来培養毛包上皮性細胞の分化状態をフローサイトメトリー解析により評価した。
【0075】
3-1)細胞内マーカー解析
培養毛包上皮性細胞(培養20日目)をPBS-0.2mMEDTA-0.05%BSAに懸濁後、590g、5分間、4℃で遠心し上清を除去し、細胞を4%PFAあるいは80%MeOHに再懸濁した。細胞懸濁液は4℃、10分間インキュベートさせることにより細胞内タンパク質の固定を行った。固定後の細胞はPBS-0.2mMEDTA-0.05%BSAで再懸濁したのち、1100g、5分間、4℃)を行う洗浄操作を2回繰り返したのち、0.1% Triton X-100に再懸濁し、4℃で10分間インキュベートさせることにより、透過処理を行った。処理後の細胞は2回洗浄操作を行ったあと、PE-Cy7標識抗ヒトCD34抗体(BD)またはeFlour660標識抗ヒトCD49f抗体(eBioScience)を含むPBS-0.2mM EDTA-0.05%BSA溶液に再懸濁し、4℃で15分間インキュベートした。反応後の細胞は2回洗浄操作を行ったあと、フローサイトメーターで解析した。上記と同様の操作を、培養マウス頬髭組織由来細胞についても行った。
【0076】
結果を
図6に示す。培養毛包上皮性細胞はCD34陽性CD49f陽性を含む細胞集団であることが確認された(
図6)。
【0077】
4)ヒト毛包上皮性細胞の器官誘導能評価
ヒト培養毛包上皮性細胞の器官誘導能を評価するために、器官誘導能を有することが知られているマウス胎児皮膚間葉組織を用いて器官原基法により、再生毛包原基を再構成し、生体外培養による発生能を指標に解析を行った。
【0078】
従来法に従いマウス胎児から皮膚間葉系細胞を調製した。すなわち、胎齢18.0から18.5日齢のEGFPマウス胎児より背部皮膚を採取し、中尾等が報告した方法(Nakao K et al., Nat. Methods, 4(3), 227-30, 2007)を一部改変し、ディスパーゼ処理を1時間、4℃、55rpmの震とう条件で行い、上皮層と真皮層を分離した。真皮層をさらに、37℃で40分間の100units/mlのcollagenase I(Worthington)処理を2回行い、その後、単一細胞化処理を行い、マウス胎児皮膚間葉系細胞を取得した。取得したヒト毛包上皮性細胞とマウス胎児皮膚間葉系細胞とを、シリコーングリースを塗布した1.5mlマイクロチューブ(エッペンドルフ)にそれぞれ別々に移し、遠心分離により沈殿として回収し、遠心後の培養液の上清をGELoader Tip 0.5-20μl(エッペンドルフ)を用いて完全に除去した。次に、シリコーングリースを塗布したペトリディッシュ上にCellmatrix type I-A(Nitta gelatin,Osaka,Japan)を30μl滴下してコラーゲンゲルドロップを作製し、上記にて調製した培養毛乳頭細胞を0.1-10μlのピペットチップ(Quality Scientific plastics)を用いて、0.2μl程度注入し細胞凝集塊を作製した。続いて、同ゲルドロップ内へ、上記にて調製した上皮性細胞を0.1-10μlのピペットチップ(Quality Scientific plastics)を用いて、培養毛乳頭細胞の凝集塊に密着させるように0.2μl程度注入し細胞凝集塊を作製した。さらに培養毛乳頭細胞と上皮性細胞との細胞凝集塊の上皮性細胞側より、全長5mmのナイロン糸(松田医科工業)を、細胞凝集塊の構造(特に上皮性細胞と間葉系細胞との接触面)を壊さず培養毛乳頭細胞の細胞画分と上皮性細胞画分との接触面を垂直に貫くように実体顕微鏡下で確認のうえで挿入し、DMEM10%FBSを1ml加えた6well Plate(ベクトン・ディッキンソン)にセットした0.4ml pore sizeのCell Culture Insert(ベクトン・ディッキンソン)上にコラーゲンゲルごと移して37℃-5%CO2インキュベーター内にて7日間器官培養を行い、再生毛包原基を作製した。
【0079】
培養後の再生毛包をゲルから取り出し、4%パラホルムアルデヒドで固定後、ティッシュプロセッサー(Leica、ASP300S)と包埋装置(Sakura、Tissue-Tek TEC)を用いてパラフィン包埋を行ったのち、ミクロトームを用いて5μm切片を作製し、抗ヒトミトコンドリア抗体(Millipore)を用いて免疫染色を行った。染色後の切片は、共焦点レーザー顕微鏡LSM-780(Carl-Zeiss)を用いて解析した。結果を
図7に示す。培養7日目には、マウス由来細胞を取り囲むようにヒト由来細胞が配置し、毛乳頭細胞を毛母細胞が取り囲む、毛包組織様構造を示していた。以上の結果から、ヒト培養毛包上皮性細胞は、マウス胎仔皮膚間葉組織由来細胞との上皮間葉相互作用により毛包組織を形成したと考えられ、ヒト培養毛包上皮性細胞は、器官誘導能を有することが示された。