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特開2024-105628正極性MAG溶接用ワイヤを用いた正極性MAG溶接方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024105628
(43)【公開日】2024-08-06
(54)【発明の名称】正極性MAG溶接用ワイヤを用いた正極性MAG溶接方法
(51)【国際特許分類】
   B23K 35/30 20060101AFI20240730BHJP
   B23K 9/173 20060101ALI20240730BHJP
   B23K 35/40 20060101ALN20240730BHJP
【FI】
B23K35/30 320A
B23K9/173 A
B23K35/40 330
【審査請求】有
【請求項の数】2
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024080819
(22)【出願日】2024-05-17
(62)【分割の表示】P 2023523577の分割
【原出願日】2023-01-20
(31)【優先権主張番号】P 2022016059
(32)【優先日】2022-02-04
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001542
【氏名又は名称】弁理士法人銀座マロニエ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】長尾 涼太
(72)【発明者】
【氏名】上月 渉平
(72)【発明者】
【氏名】岡部 能知
(57)【要約】
【課題】スパッタの発生を低減させるだけでなく、優れたビード形状が得られる正極性MAG溶接用技術を提供する。
【解決手段】質量%で、C:0.020~0.080%、Si:0.50~0.97%、Mn:1.50~2.00%、P:0.001~0.050%、S:0.001~0.025%、Ti:0.10~0.30%、Al:0.010~0.050%、Cr:0.05~0.20%、Ni:0.01~0.10%、Mo:0.05~0.30%、Ca:0.0016%以下、REM:0.020~0.055%、B:0.0005~0.0030%、N:0.0100%以下を含有し、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成を有する正極性MAG溶接用ワイヤを用いて、シールドガスにCOおよびOのうち1種または2種を5~30体積%とし、残部がAr、HeおよびHのうち1種以上を混合したガスによりMAG溶接を行う、方法である。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.020~0.080%、Si:0.50~0.97%、Mn:1.50~2.00%、P:0.001~0.050%、S:0.001~0.025%、Ti:0.10~0.30%、Al:0.010~0.050%、Cr:0.05~0.20%、Ni:0.01~0.10%、Mo:0.05~0.30%、Ca:0.0016%以下、REM:0.020~0.055%、B:0.0005~0.0030%、N:0.0100%以下を含有し、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成を有する正極性MAG溶接用ワイヤを用いて、シールドガスにCOおよびOのうち1種または2種を5~30体積%とし、残部がAr、HeおよびHのうち1種以上を混合したガスによりMAG溶接を行う、正極性MAG溶接方法。
【請求項2】
正極性MAG溶接用ワイヤが、前記組成に加えて、さらに、質量%で、Nb:0.050%以下、V:0.050%以下、Zr:0.300%以下およびK:0.0150%以下のうちから選ばれた1種以上を含有する、請求項1に記載の正極性MAG溶接方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、MAG溶接に使用する溶接用ワイヤを用いたMAG溶接方法に関し、特に、溶接用ワイヤをマイナス極で使用する正極性MAG溶接用ワイヤを用いた正極性MAG溶接方法に関する。
【背景技術】
【0002】
シールドガスとして、ArガスとCOガスとの混合ガスを使用するMAG溶接法は、もっとも普及した溶接法であり、高能率な溶接法であることから、鉄鋼材料の溶接に広く利用されている。特に、造船、建築、橋梁、自動車、建設機械等の分野で広く使用されるようになっている。造船、建築、橋梁を中心とする分野では、厚鋼板の高電流多層溶接に使用され、一方、自動車、建設機械を中心とする分野では、薄鋼板の隅肉溶接に使用されることが多い。
【0003】
従来からMAG溶接では、消耗電極である溶接用ワイヤをプラス側(逆極)とする逆極性の直流溶接法が用いられている。その方法は、低電流域から高電流域までアークが安定していることから、広く実用化されている。この逆極性の直流溶接法では、マイナス側である鋼板側への熱影響が大きく、鋼板の溶込みが深いという特徴があり、厚鋼板の多層溶接に好適である。しかし、薄鋼板の隅肉溶接に逆極性の直流溶接法を適用すると、鋼板側への熱影響が大きく鋼板の溶込みが深いので、溶落ちによる溶接欠陥が発生しやすいという問題がある。薄鋼板の隅肉溶接では、溶落ちによる溶接欠陥の防止、溶接速度の向上が重要視されており、逆極性直流溶接法を薄鋼板の隅肉溶接に適用するのは、上記のような課題が残されていた。
【0004】
一方、逆極性とは反対に、溶接用ワイヤをマイナス側とする正極性の直流溶接法では、鋼板への熱影響が少なく、鋼板の溶込みが浅くなり、溶接用ワイヤの溶融速度が速く溶着量が多いという特徴がある。しかし、正極性の直流溶接法では、溶接用ワイヤ先端に懸垂する溶滴が粗大でアークが不安定になりやすく、スパッタが多量に発生するという問題がある。さらに、高速溶接においては、溶接ビードのハンピングやビード形状の不揃い等の問題もあった。
【0005】
これに対し、特許文献1には、REM(希土類元素)を添加した溶接用鋼ワイヤを用いて溶接することによって、正極性MAG溶接でスパッタ発生量を低減する方法が開示されている。しかしながら、この技術では、シールドガスにCOを60体積%以上含有しており、COの割合が小さいシールドガスを用いた場合の溶接においてスパッタ発生を抑制する効果は十分ではない。
【0006】
また、特許文献2では、希土類元素(REM)を添加し、Si、Mn、Ti、Zr、AlおよびCrの含有量から下記の(1)式で算出されるD2値が1.2~2.1の範囲内を満足することを特徴とする正極性MAG溶接用鋼ワイヤを使用するMAG溶接方法が開示されている。
D2=([Si〕/2)+(〔Mn〕/3)+(〔Ti〕+〔Zr〕+〔Al〕)+(〔Cr〕/10) ・・・(1)
ここで、〔元素〕は、溶接用ワイヤ中の元素含有量(質量%)を示す。
【0007】
しかしながら、この技術においても、高電圧条件で溶接を行う場合に、十分なスパッタ発生抑制効果が得られていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2005-246386号公報
【特許文献2】特開2002-144081号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上記したように、ArガスとCOガスとの混合ガスをシールドガスとして使用する正極性MAG溶接では、溶接用ワイヤをマイナス極で使用する正極性で溶接を行ってもアークが不安定になりやすく、スパッタの発生が多くなるという問題があった。
【0010】
本発明は、このような現状に鑑みてなされたもので、MAG溶接を行うにあたり、スパッタの発生を低減させるだけでなく、優れたビード形状が得られる正極性MAG溶接用ワイヤ(以下、単に「溶接用ワイヤ」という。)を用いた正極性MAG溶接方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、正極性MAG溶接におけるアークの安定性に対するワイヤ組成の影響を鋭意検討した。その結果、以下に述べる知見を得た。
(1)溶接用ワイヤに、希土類元素(以下、「REM」という)を適量(特定量)含有することによって、低電圧領域でのアーク切れを防止し、溶滴の安定した移行が可能となる。
(2)溶接用ワイヤに、Ti、Al、CrおよびCaを適量(特定量)含有することによって、アーク発生点をさらに安定させ、かつ溶滴の表面張力を好適範囲に調整して溶滴挙動を安定させることが可能となる。その結果、スパッタの発生量を大幅に低減できる。
(3)さらに、溶接用ワイヤに、Si、MnおよびSを適量(特定量)含有することによって、特に安定した溶接性が得られる。
【0012】
本発明は、かかる知見に基づき、さらに検討を加えて完成されたものであり、本発明の要旨は、次のとおりである。
〔1〕質量%で、C:0.020~0.080%、Si:0.50~0.97%、Mn:1.50~2.00%、P:0.001~0.050%、S:0.001~0.025%、Ti:0.10~0.30%、Al:0.010~0.050%、Cr:0.05~0.20%、Ni:0.01~0.10%、Mo:0.05~0.30%、Ca:0.0016%以下、REM:0.020~0.055%、B:0.0005~0.0030%、N:0.0100%以下を含有し、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成を有する正極性MAG溶接用ワイヤを用いて、シールドガスにCOおよびOのうち1種または2種を5~30体積%とし、残部がAr、HeおよびHのうち1種以上を混合したガスによりMAG溶接を行う、正極性MAG溶接方法。
[2]上記[1]において、正極性MAG溶接用ワイヤが、前記組成に加えて、さらに、質量%で、Nb:0.050%以下、V:0.050%以下、Zr:0.300%以下およびK:0.0150%以下のうちから選ばれた1種以上を含有する、正極性MAG溶接方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明にかかる正極性MAG溶接方法によれば、正極性MAG溶接を行うにあたって、スパッタの発生を低減し、かつ、優れたビード形状が得られた溶接を安定して実施できるという産業上格段の効果を有する。
【発明を実施するための形態】
【0014】
[溶接用ワイヤの基本組成]
本発明のMAG溶接用ワイヤの組成の限定理由について説明する。なお、以下、組成における「%」は、特にことわらない限り「質量%」であることを意味する。
【0015】
[C:0.020~0.080%]
Cは、溶接金属の強度を確保するために重要な元素であり、さらに溶鋼の粘性を低下させて流動性を向上する効果がある。Cが0.020%未満の場合、このような効果は得られない。一方、Cが0.080%を超えると、溶滴および溶融プールの挙動が不安定となるのみならず、溶接金属の靭性低下を招く。したがって、Cは、0.020~0.080%の範囲と限定した。なお、好ましくは、0.025~0.075%の範囲であり、より好ましくは、0.030~0.070%の範囲である。
【0016】
[Si:0.50~0.97%]
Siは、脱酸作用を有し、溶接金属の脱酸のためには不可欠な元素である。さらに正極性溶接におけるアークの広がりを抑え、溶滴の移行回数を増大させる作用を有する。Siが0.50%未満では、このような効果は得られない。一方、0.97%を超えると、アークが不安定となり、スパッタが増加する。したがって、Siは、0.50~0.97%の範囲内を満足する必要がある。なお、好ましくは、0.55~0.95%の範囲であり、より好ましくは、0.60~0.90%の範囲である。
【0017】
[Mn:1.50~2.00%]
Mnは、Siと同様に脱酸作用を有し、溶接金属の脱酸のためには不可欠な元素である。Mnが1.50%未満では、脱酸が不足して溶接金属にブローホールの欠陥が発生する。一方、2.00%を超えると、溶接金属の靭性が低下する。したがって、Mnは、1.50~2.00%の範囲内を満足する必要がある。なお、好ましくは、1.55~1.95%の範囲である。
【0018】
[P:0.001~0.050%]
Pは、鋼の融点を低下させるとともに電気抵抗率を向上させる作用を有する元素である。したがって、溶融効率が向上するので、正極性のMAG溶接においてアークが安定する。0.001%未満では、このような効果は得られない。一方、0.050%を超えると、正極性MAG溶接においては、溶鋼の粘性を低下させ、アークが不安定となり、小粒のスパッタの発生が増加する。しかも、溶接金属に高温割れが発生する危険性が増大する。したがって、Pは、0.001~0.050%の範囲を満足する必要がある。なお、好ましくは、0.002~0.030%の範囲である。
【0019】
[S:0.001~0.025%]
Sは、溶鋼の粘性を低下させ、溶接用ワイヤ先端に懸垂した溶滴が容易に離脱できるようにして、正極性のMAG溶接においてアークを安定させる作用を有する元素である。また、Sは、溶鋼の粘性を低下させることによって、ビードを平滑にし、上板の溶落ちを抑制する作用も有する。Sが0.001%未満では、このような効果は得られない。一方、0.025%を超えると、小粒のスパッタが増加するとともに、溶接金属の靭性が低下する。 したがって、Sは、0.001~0.025%の範囲を満足する必要がある。なお、好ましくは、0.001~0.010%の範囲である。
【0020】
[Ti:0.10~0.30%]
Tiは、脱酸作用を有するとともに、溶接金属の強度を高める元素である。Tiが0.10%未満では、このような効果は得られない。一方、0.30%を超えると、粗大な溶滴が生じて大粒のスパッタが増加する。したがって、Tiは、0.10~0.30%の範囲と限定した。なお、好ましくは、0.13~0.25%の範囲である。
【0021】
[Al:0.010~0.050%]
Alは、溶接金属の強度、靭性を向上し、アークの安定性を高める元素である。Alが0.010%未満では、このような効果は得られない。一方、0.050%を超えると、溶接金属の靭性低下を招く。したがって、Alは、0.010~0.050%の範囲と限定した。なお、好ましくは、0.017~0.040%の範囲である。
【0022】
[Cr:0.05~0.20%]
Crは、溶接金属の強度を向上し、耐候性を高める元素である。Crが0.05%未満では、このような効果は得られない。一方、0.20%を超えて含有すると、溶接金属の靭性低下を招く。したがって、Crは、0.05~0.20%の範囲と限定した。なお、好ましくは、0.07~0.15%の範囲である。より好ましくは0.07~0.14%の範囲である。
【0023】
[Ni:0.01~0.10%]
NiもCrと同様に、溶接金属の強度を向上し、耐候性を高める元素である。Niが0.01%未満では、このような効果は得られない。一方、0.10%を超えて含有すると、溶接金属の靭性低下を招く。したがって、Niは、0.01~0.10%の範囲と限定した。なお、好ましくは、0.01~0.08%の範囲である。より好ましくは、0.02~0.08%の範囲である。
【0024】
[Mo:0.05~0.30%]
MoもCrやNiと同様に、溶接金属の強度を向上し、耐候性を高める元素である。Moが0.05%未満では、このような効果は得られない。一方、0.30%を超えて含有すると、溶接金属の靭性低下を招く。したがって、Moは、0.05~0.30%の範囲と限定した。なお、好ましくは、0.05~0.20%の範囲である。より好ましくは、0.05~0.17%の範囲である。
【0025】
[Ca:0.0016%以下]
Caは、製鋼および鋳造時に溶鋼に混入、あるいは伸線加工時に鋼素線に混入する不純物である。Caが0.0016%を超えると、REM添加による安定なスプレー移行が得られない。したがって、Caは、0.0016%以下と限定した。一方、Caを0.0001%未満に低減するには過度の負荷の工程管理を必要とするので、好ましくは、0.0001~0.0008%の範囲である。
【0026】
[REM:0.020~0.055%]
REM(希土類元素)は、溶接用ワイヤの素材の製鋼工程および鋳造工程における介在物の微細化および溶接施工時の溶接金属の靭性向上に有効な元素である。特に、正極性MAG溶接においては、低電圧領域での溶滴の移行(スプレー移行)を安定させる。REMが0.020%未満では、このような効果は得られない。一方、0.055%を超えると、アークの安定化を阻害し、溶接用ワイヤの溶融速度の低下, 薄板溶接における溶落ちの危険性の増大を招く。したがって、REMは、0.020~0.055%の範囲内を満足する必要がある。なお、好ましくは、0.025~0.055%の範囲である。
【0027】
[B:0.0005~0.0030%]
Bも溶接金属の強度を溶接金属の強度を向上し、耐候性を高める元素である。Bが0.0005%未満では、このような効果は得られない。一方、0.0030%を超えて含有すると、溶接金属の靭性低下を招く。したがって、Bは、0.0005~0.0030%の範囲と限定した。なお、好ましくは、0.0010~0.0025%の範囲である。より好ましくは、0.0016~0.0025%の範囲である。
【0028】
[N:0.0100%以下]
Nは、TiやNbと窒化物を形成し、溶接部の結晶粒を微細化させる。ただし、0.0100%を超えて過剰に含有させると、溶接部の耐割れ性や延性・靭性が低下しやすくなる。したがって、Nは、0.0100%以下と限定した。なお、好ましくは、0.0020~0.0050%の範囲である。
【0029】
[任意的選択組成]
本発明の溶接用ワイヤは、上述した組成が基本組成であり、本発明では、この基本組成に加えてさらに、任意的選択組成として、必要に応じて、Nb:0.050%以下、V:0.050%以下、Zr:0.300%以下およびK:0.0150%以下のうちから選ばれた1種以上を含有することができる。
【0030】
[Nb:0.050%以下]
Nbは、溶接金属の強度、靭性を向上し、アークの安定性を高める元素である。しかし、過剰に添加すると、溶接金属の靭性低下を招く。したがって、Nbは、0.050%以下とするのが好ましい。
【0031】
[V:0.050%以下]
Vも、Nbと同様に、溶接金属の強度、靭性を向上し、アークの安定性を高める元素である。しかし、過剰に添加すると、溶接金属の靭性低下を招く。したがって、Vは、0.050%以下とするのが好ましい。
【0032】
[Zr:0.300%以下]
Zrも、Nb、Vと同様に、溶接金属の強度、靭性を向上し、アークの安定性を高める元素である。しかし、0.300%を超えると、溶接金属の靭性低下を招く。したがって、Zrは、0.300%以下とするのが好ましい。
【0033】
[K:0.0150%以下]
Kは、正極性MAG溶接において、低電流でも溶滴の移行を安定化する元素であり、溶滴そのものを微細化する作用を有する。そこで、必要に応じて鋼素線にKを含有させることが好ましい。ただし、Kを含有する場合、0.0150%を超えると、溶接を行なう際にアーク長が増加し、溶接用ワイヤの先端に懸垂した溶滴が不安定となり、スパッタが多量に発生する。したがって、Kは、0.0150%以下とするのが好ましい。
【0034】
[残部組成]
上記した組成以外の残部組成は、Feおよび不可避的不純物からなる。不可避的不純物としては、例えば、O(酸素)、Sn、Sb、As、Pb、Biなどが挙げられる。ワイヤ中のO(酸素)量は、0.0100%以下とするのが好ましい。このO(酸素)は、溶接用ワイヤ素材の溶製時または溶接用ワイヤの伸線加工時において不可避的に混入するが、溶滴の移行形態を微細化するのに効果があるので、0.0020~0.0080%の範囲とするのがより好ましい。さらに、Sn、Sb、Asは、それぞれ0.005%以下とし、Pb、Biは、それぞれ0.001%以下とするのが好ましい。
【0035】
なお、前述の基本組成および任意的選択組成を満足する限り、これら以外の不可避的不純物元素が含有することを妨げるものではなく、そのような実施態様も本発明の技術的範囲に含まれる。
【0036】
[溶接用ワイヤの製造方法]
次に、本発明に係る溶接用ワイヤの好適な製造方法について説明する。
前述した組成を有する溶鋼を、転炉や電気炉等で溶製した後、連続鋳造法によって製造した鋼素材(例えば、ビレットなど)を熱間圧延して直径5.5~7.0mmの範囲の線材とした後、冷間圧延(例えば、伸線加工)を施して直径2.0~2.8mmの範囲の鋼素線とする。ここで、熱間圧延および冷間圧延は、所定の寸法形状の鋼素線を製造すれば良いので、その圧延等の設定条件は特に限定されない。
【0037】
圧延後の鋼素線は、焼鈍工程、酸洗工程、Cuめっき工程および伸線加工工程の各工程を順次施されて、所定の線径の溶接用ワイヤとなる。本発明の溶接用ワイヤを製造する際には、焼鈍前の溶接用ワイヤ表面にカリウム(K)塩溶液を塗布してから焼鈍を行うのが好ましい。カリウム塩溶液としては、クエン酸3カリウム水溶液、炭酸カリウム水溶液、水酸化カリウム水溶液などを用いる。ワイヤ表面に塗布するカリウム塩溶液の濃度は、カリウム量に換算して2~30質量%の範囲とするのが好ましく、塗布量は、鋼素線1kgあたり30~50gの範囲とするのが好ましい。カリウムは、スパッタの発生を低下させる効果を有しており、カリウム塩溶液を表面に塗布した溶接用ワイヤを焼鈍することにより、焼鈍中に生成する内部酸化層内にカリウムが安定して保持されて、溶接時のスパッタ発生を低減できるからである。
【0038】
次いで、焼鈍工程では、この鋼素線を軟化させ、さらには、上述の溶接用ワイヤの内部酸化層内にカリウムを保持させるために焼鈍処理を行う。具体的な焼鈍条件としては、例えば、露点-2℃以下のN雰囲気(O:200体積ppm以下、CO:0.1体積%以下)などが挙げられる。焼鈍温度は、内部酸化の反応の進行が調整しやすい750~950℃の範囲とするのが好ましい。このとき、鋼素線の線径、カリウム塩溶液の濃度、焼鈍温度および焼鈍時間を調整して、鋼素線の内部酸化によるO(酸素)とKの含有量を所定の範囲に調整することができる。
【0039】
上記の焼鈍の後、鋼素線に酸洗を施し、さらにCuめっきを施す。このCuめっきを行うことで、溶接時の給電不良に起因するアークの不安定化を防止できる。めっき厚としては、0.60μm以上とすることが好ましい。一方、Cu含有量が増えると、溶接金属の靭性が低下するので、溶接用ワイヤ中のCu含有量も含めて、Cu含有量を3.0%以下とすることが好ましく、Cuめっき厚としては、0.60~1.00μmの範囲とするのがより好ましい。
【0040】
その後、冷間で伸線加工を施して直径0.9~1.6mmの範囲の溶接用ワイヤとする。この溶接用ワイヤの表面にワイヤの送給性を向上するために、潤滑油を塗布(塗布量:溶接用ワイヤ10kgあたり0.4~1.7gの範囲)して所定の径の溶接用ワイヤの製品が得られる。
【0041】
[MAG溶接方法]
MAG溶接方法は、アーク溶接法の中で広く使用されているもので、アークと溶融金属を大気中の窒素から保護(シールド)するために、Ar、HeおよびHのうち1種以上のガスと、COおよびOのうちの1種または2種のガスとを混合した混合ガスを使用する溶接方法である。本発明の正極性MAG溶接のシールドガスにおけるガスの混合割合は、COおよびOのうち1種または2種のガスを5~30体積%の範囲とし、残部がAr、HeおよびHのうち1種以上のガスを用いるのが好ましい。より好ましくは、COおよびOのうち1種または2種のガスの割合が10~20体積%の範囲である。
【0042】
以下に溶接条件について説明する。
シールドガスである混合ガスの流量は、10~30L/minの範囲である。
溶接する際の電源は、直流電源を用いて、ワイヤ(溶接棒)をマイナス極、母材(溶接物)をプラス極とする正極性で印加する。工場などで使用されるインバータ電源を用いる場合には、コンバータなどで直流にして使用する。
【0043】
電流は、170A以上が好ましく、より好ましくは、200~350Aの範囲である。電圧は、15V以上が好ましく、より好ましくは、20~35Vの範囲である。
また、溶接速度は、20~70cm/minの範囲が好ましい。
【0044】
なお、溶接する母材同士が所定の開先形状を形成するように、開先加工を行う。形成する開先形状は、特に限定する必要はなく、溶接鋼構造物用として通常のV開先、レ開先、X開先、K開先等を例示することができる。
【実施例0045】
以下、実施例に基づいて本発明を説明する。ただし、下記の実施例は、本発明を例示してより詳細に説明するためのものにすぎず、本発明の権利範囲を限定するものではない。
【0046】
まず、連続鋳造で製造した鋼素材(ビレット)を熱間圧延して直径5.5~7.0mmの範囲の線材とした後、冷間圧延(伸線加工)を施して直径2.0~2.8mmの範囲の鋼素線とした。この鋼素線に濃度2~30質量%の範囲のクエン酸3カリウム水溶液を塗布した。塗布量は、鋼素線1kgあたり30~50gの範囲とした。
【0047】
次いで、鋼素線を露点-2℃以下のN雰囲気(O:200体積ppm以下、CO:0.1体積%以下)で焼鈍した。焼鈍温度は750~950℃の範囲とした。
【0048】
このとき、鋼素線の直径、クエン酸3カリウム水溶液の濃度、焼鈍温度および焼鈍時間を調整して、鋼素線の内部酸化によるO(酸素)とKの含有量を所定の範囲に調整した。
【0049】
焼鈍の後、 鋼素線に酸洗を施し、さらにCuめっきを施した。次いで、冷間で伸線加工を施して直径0.9~1.6mmの範囲の溶接用ワイヤとした。この溶接用ワイヤの表面に潤滑油を塗布(塗布量:溶接用ワイヤ10kgあたり0.4~1.7gの範囲)した。得られた溶接用ワイヤの化学組成とCuめっき厚を表1に示す。
【0050】
【表1】
【0051】
これらの溶接用ワイヤを用いてMAG溶接試験を行ない、スパッタ発生量、ビード形状を評価した。
【0052】
ここで、前記の溶接試験における溶接条件は、次のとおりである。
シールドガスの成分:Ar80体積%+CO20体積%、シールドガスの流量:20L/min、
溶接電源:インバータ電源、溶接電流:300A、溶接電圧:32V、溶接極性:正極性、溶接速度:30cm/min。
次に、評価項目の概要は以下のとおりである。
【0053】
〔スパッタ発生量〕
厚さ20mmの鋼板にビードオン溶接を行ない、Cu製捕集治具を用いて、直径0.5mm以上のスパッタを捕集し、スパッタ発生量を調査した。スパッタ発生量が溶着量100gあたり0.20g/min以下を良(○)、0.20g/min超え~0.30g/min以下を可(△)、0.30g/min超えを不可(×)として評価した。なお、溶接時間は1minとした。
【0054】
〔ビード形状〕
厚さ20mmの鋼板にビードオン溶接を行い、溶接後、溶接ビードの断面を観察し、ビード幅W(mm)とビード高さH(mm)を測定した。その結果、H/Wが0.5以下を良(○)、0.5超え~0.7以下を可(△)、0.7超えを不可(×)として評価した。
【0055】
これらの評価結果を表2に示す。
【0056】
【表2】
【0057】
発明例では、スパッタ発生量が0.30g/min以下と少なく、スパッタ低減効果が発揮されるとともに、良好な形状のビードが得られた。特にREMを添加し、Ti、Zr、Al、CrおよびCaを適量(特定量)含有することで、スパッタ低減効果およびビード形状改善効果が一層顕著に現れた。一方、化学組成が本発明の範囲を外れる比較例では、スパッタ発生量が多量(すなわち 0.30g/min超え)に発生し、しかもビード形状が劣化した。
【0058】
本明細書中で用いる気体の体積の単位「L」は、常温、常圧における10-3を意味する。