IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 京セラ株式会社の特許一覧

<>
  • 特開-人工関節用ステムおよび人工股関節 図1
  • 特開-人工関節用ステムおよび人工股関節 図2
  • 特開-人工関節用ステムおよび人工股関節 図3
  • 特開-人工関節用ステムおよび人工股関節 図4
  • 特開-人工関節用ステムおよび人工股関節 図5
  • 特開-人工関節用ステムおよび人工股関節 図6
  • 特開-人工関節用ステムおよび人工股関節 図7
  • 特開-人工関節用ステムおよび人工股関節 図8
  • 特開-人工関節用ステムおよび人工股関節 図9
  • 特開-人工関節用ステムおよび人工股関節 図10
  • 特開-人工関節用ステムおよび人工股関節 図11
  • 特開-人工関節用ステムおよび人工股関節 図12
  • 特開-人工関節用ステムおよび人工股関節 図13
  • 特開-人工関節用ステムおよび人工股関節 図14
  • 特開-人工関節用ステムおよび人工股関節 図15
  • 特開-人工関節用ステムおよび人工股関節 図16
  • 特開-人工関節用ステムおよび人工股関節 図17
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024105735
(43)【公開日】2024-08-06
(54)【発明の名称】人工関節用ステムおよび人工股関節
(51)【国際特許分類】
   A61F 2/36 20060101AFI20240730BHJP
【FI】
A61F2/36
【審査請求】有
【請求項の数】13
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024090164
(22)【出願日】2024-06-03
(62)【分割の表示】P 2022527454の分割
【原出願日】2020-05-29
(71)【出願人】
【識別番号】000006633
【氏名又は名称】京セラ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000338
【氏名又は名称】弁理士法人 HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK
(72)【発明者】
【氏名】野田 岩男
(57)【要約】      (修正有)
【課題】人工関節用ステムを提供する。
【解決手段】人工関節用ステム100は、表面に配された1つ以上の溝を有した基体10と、前記基体の前記表面の一部に配された、リン酸カルシウム系材料と抗菌材料とを含む被膜20と、を備える。前記1つ以上の溝のうち、前記被膜が配された領域に位置する前記溝を第1溝1とし、前記基体の前記表面が露出している領域に位置する前記溝を第2溝2としたときに、前記第1溝の長さの合計は、前記第2溝の長さの合計よりも小さい。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
表面に位置する溝を有する基体と、
前記基体の一部上に位置する、リン酸カルシウム系材料と抗菌材料とを含む被膜と、を備え、
前記溝のうち、前記被膜に覆われた溝を第1溝とし、前記溝の表面が前記被膜から露出している溝を第2溝としたときに、前記第1溝の幅は、前記第2溝の幅よりも小さい、人工関節用ステム。
【請求項2】
前記第1溝の長さの合計が、前記第2溝の長さの合計よりも小さい、請求項1に記載の人工関節用ステム。
【請求項3】
前記第1溝は、前記第2溝と接続している、請求項1または2に記載の人工関節用ステム。
【請求項4】
前記基体の一部上に位置する層状部材を有する、請求項1~3のいずれか1項に記載の人工関節用ステム。
【請求項5】
前記基体の前記層状部材が位置する領域には、前記第1溝のみが位置する、請求項4に記載の人工関節用ステム。
【請求項6】
前記層状部材の表面は粗面である、請求項4または5に記載の人工関節用ステム。
【請求項7】
前記層状部材はチタン合金で構成されている、請求項4~6のいずれか1項に記載の人工関節用ステム。
【請求項8】
前記層状部材の厚みは、前記被膜の厚みよりも大きい、請求項4~7のいずれか1項に記載の人工関節用ステム。
【請求項9】
前記基体は表面に位置する粗面を有し、前記粗面に位置する前記溝の内面の表面粗さは、前記粗面の溝以外の表面粗さよりも小さい、請求項1~8のいずれか1項に記載の人工関節用ステム。
【請求項10】
前記被膜中において前記抗菌材料の濃度勾配が存在する、請求項1~9のいずれか1項に記載の人工関節用ステム。
【請求項11】
前記基体の表面における被膜の有無によって規定された境界線は、前記溝に交差する方向に延びた第1部と、前記溝に沿う方向に延びた第2部と、を有する、請求項1~10のいずれか1項に記載の人工関節用ステム。
【請求項12】
表面に位置する凹みを有する基体と、
前記基体の一部上に位置する、リン酸カルシウム系材料と抗菌材料とを含む被膜と、を備え、
前記凹みのうち、前記被膜に覆われた凹みを第1凹みとし、前記凹みの表面が前記被膜から露出している凹みを第2凹みとしたときに、前記第1凹みの幅は、前記第2凹みの幅よりも小さい、人工関節用ステム。
【請求項13】
請求項1~12のいずれか1項に記載の人工関節用ステム、骨頭、及び寛骨臼カップを備え、前記人工関節用ステムは人工股関節用ステムである、人工股関節。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、人工関節用ステムに関する。
【背景技術】
【0002】
骨の傷害および疾病の双方の治療への生体インプラントの使用は、活動的な人口および老人人口の増加と共に絶えず拡大している。その中で、抗菌性および骨への固着性等の観点から、コーティングを施した生体インプラントが知られている。
【0003】
例えば、特許文献1には、医療用インプラントのためのコーティングであって、一部に骨結合剤を含有するとともに、銀を含む抗菌金属剤を含有するコーティングが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特表2011-512959号公報
【発明の概要】
【0005】
本開示に係る人工関節用ステムは、表面に配された1つ以上の溝を有した基体と、前記基体の前記表面の一部に配された、リン酸カルシウム系材料と抗菌材料とを含む被膜と、を備える。前記1つ以上の溝のうち、前記被膜が配された領域に位置する前記溝を第1溝とし、前記基体の前記表面が露出している領域に位置する前記溝を第2溝としたときに、前記第1溝の長さの合計は、前記第2溝の長さの合計よりも小さい。
【0006】
あるいは、本開示に係る人工関節用ステムは、表面に配された1つ以上の凹みを有した基体と、前記基体の前記表面の一部に配された、リン酸カルシウム系材料と抗菌材料とを含む被膜と、を備える。前記被膜が配された領域に位置する前記凹みを第1凹みとし、前記基体の前記表面が露出している領域に位置する前記溝を第2凹みとしたときに、前記第1凹みの開口面積の合計は、前記第2凹みの開口面積の合計よりも小さい。
【図面の簡単な説明】
【0007】
図1】一実施形態に係る人工関節用ステムを示す模式図である。
図2】一実施形態に係る人工関節用ステムを示す模式図である。
図3】一実施形態に係る人工関節用ステムの断面を示す模式図である。
図4】一実施形態に係る人工関節用ステムの断面を示す模式図である。
図5】一実施形態に係る人工関節用ステムを示す模式図である。
図6】一実施形態に係る人工関節用ステムを示す模式図である。
図7】一実施形態に係る人工関節用ステムを示す模式図である。
図8】一実施形態に係る人工関節用ステムの断面を示す模式図である。
図9】一実施形態に係る人工関節用ステムを示す模式図である。
図10】一実施形態に係る人工関節用ステムの製造方法を示す工程図である。
図11】一実施形態に係る人工股関節を示す模式図である。
図12】一実施形態に係る人工関節用ステムを示す模式図である。
図13】一実施形態に係る人工関節用ステムを示す模式図である。
図14】一実施形態に係る人工関節用ステムの断面を示す模式図である。
図15】一実施形態に係る人工関節用ステムを示す模式図である。
図16】一実施形態に係る人工関節用ステムを示す模式図である。
図17】一実施形態に係る人工関節用ステムを示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0008】
以下、一実施形態について、詳細に説明する。なお、本明細書において特記しない限り、数値範囲を表す「A~B」は、「A以上B以下」を意味する。
【0009】
〔1.人工関節用ステム〕
まず、図1を参照して、一実施形態に係る人工関節用ステム100の構成を説明する。人工関節用ステム100は、基体10と、基体10の表面の一部に配された被膜20と、を備える。被膜20は、リン酸カルシウム系材料および抗菌材料を含む。また、人工関節用ステム100は、骨に埋設される埋設部40と、骨から露出する露出部50とを有する。図1では、埋設部40のうち、露出部50に近い領域に被膜20が形成されており、露出部50から遠い領域は被膜20から露出している。なお、リン酸カルシウム系材料は、骨への固着性を向上させる効果がある。また、抗菌材料は、細菌の付着および増殖を低減させる効果がある。
【0010】
ここで、被膜20は、基体10の表面の一部に配されている。すなわち、基体10の表面の他の一部は被膜20から露出している。例えば、人工関節用ステム100表面の全てが、骨結合剤および抗菌金属剤を含むコーティングに覆われている場合、人工関節用ステム100と骨への固着性を制御することが難しかった。この場合、術後に人工関節用ステムの抜去が必要となった際に、抜去が困難になる可能性があった。例えば、埋設部40がコーティングを介して骨へ過度に固着するおそれがあった。基体10が被膜20に覆われている領域と被膜20から露出している領域とを有していれば、骨への過度な固着を低減することができる。つまり、骨への固着性および抗菌性を両立することができる。
【0011】
また、基体10には、表面に1つ以上の溝が配されている。この溝は人工関節用ステム100の骨への挿入を容易化することに寄与する。ここで、前記1つ以上の溝のうち、被膜20が配された領域に位置する前記溝を第1溝1とし、基体10の表面が被膜20から露出している領域に位置する前記溝を第2溝2としたときに、第1溝1の長さの合計が、第2溝2の長さの合計よりも小さい。
【0012】
本明細書において、「第1溝1の長さの合計」は、必ずしも第1溝1が複数存在することを意味しない。前記溝は、第1溝1を1つ含んでいてもよく、複数含んでいてもよい。なお、第1溝1が曲線的な溝である場合は、その曲線に沿った長さを測定する。第1溝1が分岐している場合、その分岐した溝の長さも合計する。以上は「第2溝2の長さの合計」についても同様である。また、「第1溝1の長さの合計が、第2溝2の長さの合計よりも小さい」とは、第1溝1の長さの合計が0である場合も包含する。すなわち、前記溝は、第1溝1を含んでいてもよく、含んでいなくてもよい。前記溝は、少なくとも第2溝2を含んでいればよく、第2溝2のみを含んでいてもよい。その結果、人工関節用ステム100の骨への固着性などを調整することができる。
【0013】
図1に示された人工関節用ステム100では、基体10が第1溝1および第2溝2の両方を有する。また、図1では、基体10が複数の第1溝1を有する。また、図1では、基体10が1つの第2溝2を有する。その結果、人工関節用ステム100の骨への挿入を容易化することができる。図2図1とは別の一例を示している。図2に示された人工関節用ステム100では、基体10が第1溝1を有さず、第2溝2のみを有する。基体10が第1溝1を有さない場合、被膜20が配された領域側からの細菌の侵入をより低減することができる。
【0014】
換言すれば、人工関節用ステム100において、前記溝は、被膜20が配された領域に位置する第1溝1と、基体10の表面が被膜20から露出している領域に位置する第2溝2とを含み、第1溝1の長さの合計が、第2溝2の長さの合計よりも小さくてもよい。あるいは、前記溝は、基体10の表面が被膜20から露出している領域に位置する第2溝2のみを含み、被膜20が配された領域には溝が形成されていなくてもよい。
【0015】
第1溝1は、第2溝2に接続していてもよく、接続していなくてもよい。すなわち、第1溝1と第2溝2とが一続きの溝として形成されていてもよい。換言すれば、前記溝は、被膜20が配された領域および被膜20から露出している領域を跨いで配されていてもよい。前記溝は、被膜20の上端部まで延びていてもよい。また、図1に示すように複数の第1溝1の一部のみが第2溝2と接続していてもよい。第2溝2が複数存在する場合も同様である。第1溝1が第2溝2と接続していれば、人工関節用ステム100を骨へ挿入することをより容易化できる。一方、第1溝1が第2溝2と接続していなければ、第1溝1側からの細菌の侵入をより低減することができる。
【0016】
第1溝1の深さD1と第2溝2の深さD2とは、同じであってもよく、いずれかが大きくてもよい。第1溝1の幅W1と第2溝2の幅W2との関係も同様である。ここで、第1溝1の深さD1は、第1溝1の任意の数か所の深さの平均値として算出することができる。第1溝1の幅W1も同様の方法で算出できる。また、第2溝2の深さD2および幅W2についても同様である。なお第1溝1の深さD1および幅W2は、被膜20上の深さおよび幅を表す。図3は、図1の第1溝1を含むA-A’断面および第2溝2を含むB-B’断面を示している。図3では、第1溝1の深さD1が、第2溝2の深さD2よりも小さい。また、図3では、第1溝1の幅W1が、第2溝2の幅W2よりも小さい。第1溝1の深さD1が第2溝2の深さD2よりも小さい場合および/または第1溝1の幅W1が第2溝2の幅W2よりも小さい場合、第1溝1側からの細菌の侵入をより低減することができる。
【0017】
また、前記溝は、前記溝の幅方向において、両端部の深さが同じであってもよいし、一端部の深さが他端部の深さよりも小さくてもよい。図4は、図1の第1溝1を含むA-A’断面であって、図3とは別の例を示している。図4では、第1溝1の幅方向において、第1溝1の一端部の深さD1aが他端部の深さD1bよりも小さい。
【0018】
前記溝を基体10の幅方向に沿う成分と、幅方向に直交する方向に沿う成分とに分解することもできる。以下、図5を参照して、前記溝が有する成分について説明する。図5に示す基体10は、上下方向に延びている形状を有する。基体10に関する上下方向の上は人体における近位側、下は人体における遠位側に対応しているとも言える。基体10の幅方向は、この上下方向に直交する方向とも言える。すなわち、幅方向に直交する方向は基体10の上下方向でもあり得る。図5では、基体10の幅方向をX軸方向、幅方向に直交する方向をY軸方向として表す。
【0019】
ここで、第1溝1中、距離が最大となる端部同士を結んだ直線αについて検討する。直線αがX軸に平行である場合、第1溝1は、基体10の幅方向に沿う成分のみを有すると言える。直線αがY軸に平行である場合、第1溝1は、基体10の幅方向に直交する方向に沿う成分のみを有すると言える。直線αがXY座標上で傾きを有する直線として表される場合、第1溝1は、基体10の幅方向に沿う成分と、幅方向に直交する方向に沿う成分とを両方有していると言える。
【0020】
図5に示す第1溝1は、基体10の幅方向に沿う成分と、幅方向に直交する方向に沿う成分とを両方有しているが、いずれか一方のみを有していてもよい。第1溝1は、基体10の幅方向に沿う成分と、前記幅方向に直交する方向に沿う成分との少なくともいずれか一方を有しているとも言える。第1溝1が基体10の幅方向に沿う成分を有しているとは、換言すれば、第1溝1が上下方向に平行でないことを表す。さらに換言すれば人工関節用ステム100の骨への挿入方向に対して第1溝1が平行ではなく、傾斜していることを表す。第1溝1が基体10の幅方向に沿う成分を有していれば、人工関節用ステムの挿入後に下方に沈み込む現象のシンキングに抵抗することができる。なお、第2溝2も、基体10の幅方向に沿う成分と、幅方向に直交する方向に沿う成分とを両方有していてもよい。
【0021】
基体10の幅方向に沿う成分と、幅方向に直交する方向に沿う成分との大きさが同じであってもよく、いずれか一方が大きくてもよい。例えば図5に示すように第1溝1は、基体10の幅方向に沿う成分が、幅方向に直交する方向に沿う成分よりも小さくてもよい。ここで、「基体10の幅方向に沿う成分が、幅方向に直交する方向に沿う成分よりも小さい」とは、直線αの傾きの絶対値が1より大きいことを意味する。この場合、人工関節用ステム100を骨へ挿入することをより容易化できる。第2溝2も同様に、基体10の幅方向に沿う成分が、幅方向に直交する方向に沿う成分よりも小さくてもよい。
【0022】
前記溝は、直線部を有していてもよいし、曲線部を有していてもよい。例えば、第1溝1は、複数の直線部を有していてもよい。また、複数の直線部は、互いに平行であってもよく、互いに直角に交わっていてもよく、ランダムに配置されていてもよい。図6は、第1溝1が複数の直線部を有し、複数の直線部が互いに直角に交わっている人工関節用ステム100を示している。
【0023】
基体10の表面のうち、被膜20が配された領域の面積と、基体10の表面が被膜20から露出している領域の面積との割合は、用途等に応じて適宜決定することができる。被膜20が配された領域の面積と、基体10の表面が被膜20から露出している領域の面積とが同じであってもよく、いずれかが大きくてもよい。例えば図1では、被膜20が配された領域の面積は、基体10の表面が被膜20から露出している領域の面積よりも小さい。この場合、人工関節用ステム100を骨へ挿入することをより容易化できる。一方、図7は、被膜20が配された領域の面積が、基体10の表面が被膜20から露出している領域の面積よりも大きい人工関節用ステム100を示している。この場合、抗菌性を向上させることができる。
【0024】
基体10の表面のうち、被膜20が配された領域における基体10の幅方向に直交する直交方向に沿った長さL1と、基体10の表面が被膜20から露出した領域における直交方向に沿った長さL2との割合も、用途等に応じて適宜決定することができる。長さL1と、長さL2とが同じであっても、いずれかが大きくてもよい。例えば図5では、長さL1は、長さL2よりも小さい。この場合、人工関節用ステム100を骨へ挿入することをより容易化できる。ここで、長さL1は、被膜20が配された領域におけるY軸方向に沿った長さの最大値を表す。つまり、長さL1は、被膜20が配された領域中のY座標が最大になる点と、Y座標が最小になる点との間のY座標の差を表す。また、長さL2も基体10の表面が被膜20から露出した領域におけるY軸方向に沿った長さの最大値を表す。つまり、長さL2は、基体10の表面が被膜20から露出した領域中のY座標が最大になる点と、Y座標が最小になる点との間のY座標の差を表す。
【0025】
基体10には、金属、セラミックスまたはプラスチックを用いることができる。金属としては、ステンレス合金、コバルト・クロム合金、チタンおよびチタン合金等が挙げられる。チタン合金としては、アルミニウム、スズ、ジルコニウム、モリブデン、ニッケル、パラジウム、タンタル、ニオブ、バナジウムおよび白金等のうちの少なくとも1種をチタンに添加した合金を用いることができる。また、セラミックスとしては、例えば、アルミナ、ジルコニアおよびアルミナ・ジルコニア複合セラミックス等が挙げられる。また、プラスチックとしては、ポリエチレン、フッ素系樹脂、エポキシ樹脂、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)樹脂およびベークライト等が挙げられる。なお、本実施形態では、基体10は、チタン合金で形成されている。
【0026】
基体10の形状は例えば略棒状であってもよいが、適用する人工関節の形状に応じて適宜変更することができる。
【0027】
被膜20は、リン酸カルシウム系材料および抗菌材料を含む。リン酸カルシウム系材料としては、例えばヒドロキシアパタイト、α-第3リン酸カルシウム、β-第3リン酸カルシウム、第4リン酸カルシウム、リン酸8カルシウム、およびリン酸カルシウム系ガラスからなる群から選択される1種または2種以上の混合物を用いることができる。抗菌材料としては、天然系抗菌剤、有機系抗菌剤、無機系抗菌剤を用いることができる。天然系抗菌剤としては例えばヒノキチオール、有機系抗菌剤としては例えば塩化ベンザルコニウム、無機系抗菌剤としては金属を用いることができ、金属としては、例えば銀、銅、亜鉛などを用いることができる。被膜20はリン酸カルシウム系材料および抗菌材料のほかに、ガラスセラミックスを含んでいてもよく、ペニシリン、バンコマイシンといった抗菌薬を含んでいてもよい。
【0028】
被膜20中の抗菌材料の濃度は、例えば、0.05重量%~3.00重量%、0.05重量%~2.50重量%、0.05重量%~1.00重量%、または0.1重量%~1.00重量%であってもよい。抗菌材料の濃度が0.05重量%以上であれば、十分な抗菌性を得られる。また、抗菌材料の濃度が3.00重量%以下であれば、生体組織に対する負担を低減することができる。
【0029】
被膜20中において抗菌材料の濃度勾配が存在してもよい。例えば被膜20の上端部に含まれる抗菌材料の濃度は、被膜の下端部に含まれる抗菌材料の濃度よりも大きくてもよい。これにより、被膜20の上端部側からの細菌の侵入をより効果的に低減することができる。抗菌材料は、被膜20の上端部にのみ含まれていてもよい。
【0030】
基体10上には、被膜20の有無によって定義された境界線が存在し得る。当該境界線が基体10を一周した長さは、その境界線の上下に位置する基体10の一部の周囲の長さより大きくてもよい。例えば当該境界線の存在する部分が基体10上に節状に盛り上がっていてもよい。
【0031】
被膜20が配されている領域と被膜20から露出している領域との識別は、各領域の表面の元素分析によって可能である。元素分析の方法は、例えば一般的な走査電子顕微鏡(SEM)の付属装置であるエネルギー分散型X線分析(EDX)装置による表面元素のマッピングで実施できる。また、X線光電子分光法、オージェ電子分光法、二次イオン質量分析法等の表面分析法を用いてもよい。また、各領域の表面を機械的に削り落として得られた試料を化学分析して、元素を確認してもよい。例えば、被膜20が配されている領域では、リン、カルシウム、抗菌成分等が検出される。被膜20から露出している領域の表面では、基体10を構成する元素が検出され、リン、カルシウム、抗菌成分等は検出されない、または、ノイズレベル以下である。
【0032】
基体10は、表面に位置した粗面を有していてもよい。粗面は被膜20に覆われていてもよく、被膜20から露出していてもよい。また、粗面の一部のみが被膜20に覆われていてもよく、粗面の他の一部が被膜20から露出していてもよい。粗面には、前記溝が位置していてもよく、位置していなくてもよい。例えば、粗面に第1溝1のみが位置していてもよい。粗面に位置する溝の内面の表面粗さは、基体10の粗面の表面粗さより小さくてもよい。
【0033】
粗面の表面粗さの指標としては、例えば算術平均粗さSa(ISO 25178)が挙げられる。粗面の表面粗さ(Sa)は、例えば、10~80μmに設定されてもよいし、20~80μmに設定されてもよいし、30~70μmに設定されてもよい。なお、粗面の表面粗さ(Sa)は、例えば、人工関節用ステム100を切断し、その切断面をSEMなどによって観察することで、測定することができる。
【0034】
表面粗さ(Sa)は、例えば、触針式または光学式の形式で測定されていればよい。また、表面粗さ(Sa)は、例えば「ISO 25178」に従って、測定されていればよい。なお、表面粗さ(Sa)の測定は、上記の手法に限られない。
【0035】
人工関節用ステム100は、層状部材30をさらに備えていてもよい。本明細書において「層状部材」とは、基体10上に積層された、被膜20とは異なる部材を意味する。例えば、層状部材30の表面を粗面としてもよい。これにより、骨と主に接触する領域を粗面とすることができる。後述のように溶射法によって層状部材30を形成してもよい。または、多孔質構造として層状部材30を形成してもよい。
【0036】
図8は、第1溝1を含むA-A’断面であって、図3および図4とは別の例を示している。図8では、粗面として層状部材30が配されている。これにより、層状部材30が設けられた領域は、層状部材30が設けられていない領域よりも高くなる。よって、人工関節用ステム100を骨に埋設した際、主に層状部材30を骨に接触させることができる。図8では、その層状部材30上に、被膜20が形成されるとともに前記溝として第1溝1のみが位置している。
【0037】
なお、層状部材30の高さは、例えば、下限が100μm以上に設定されていればよく、300μm以上に設定されてもよい。また、上限は、例えば、1000μm以下に設定されていればよく、700μm以下に設定されてもよい。また、層状部材30の表面粗さは、例えば、10~80μmに設定されてもよいし、20~80μmに設定されてもよいし、30~70μmに設定されてもよい。
【0038】
層状部材30の材料としては、基体10の材料として例示した材料を用いることができる。例えば層状部材30は、金属からなってもよい。これにより、十分な強度を確保できる。層状部材30の材料と基材10の材料は、同じ材料を用いてもよいが、異なっていてもよい。なお、本実施形態では、層状部材30は、チタン合金で形成されている。
【0039】
層状部材30の高さは、被膜20の厚みより大きくてもよい。これにより、層状部材30が形成された領域は、被膜20のみが形成された領域よりも高くなるため、層状部材30が形成された領域を主に骨と接触させることができる。被膜20の厚みは、例えば、100μm未満に設定されていればよく、50μm未満に設定されてもよい。また、被膜20の厚みは、例えば、5μm以上に設定されていればよい。
【0040】
以上、前記溝を有する人工関節用ステム100について説明したが、前記溝の形状は特に限定されない。例えば、溝の代わりに円形、多角形、または不定形の凹みが形成されていてもよい。そのような凹みが形成された人工関節用ステム100も本開示に包含される。例えば、本開示に係る人工関節用ステム100は、表面に配された1つ以上の凹みを有した基体10と、基体10の前記表面の一部に配された、リン酸カルシウム系材料と抗菌材料とを含む被膜20と、を備える。被膜20が配された領域に位置する前記凹みを第1凹みとし、基体10の前記表面が被膜20から露出している領域に位置する前記凹みを第2凹みとしたときに、前記第1凹みの開口面積の合計が、前記第2凹みの開口面積の合計よりも小さくてもよい。第1凹みおよび第2凹みの関係は上述の第1溝1および第2溝2の関係と同様とすることができる。また、第1凹みおよび第2凹みの開口面積は画像解析ソフトウェア等を用いることにより算出できる。
【0041】
また、上述のように基体10は、骨に埋設される埋設部40と、骨から露出する露出部50とを有し得る。骨としては、例えば大腿骨が挙げられる。埋設部40の周壁の一部に被膜20が形成されていてもよい。これにより、実際に骨と接触し得る埋設部40において、望ましい固着性および抗菌性を発揮できる。
【0042】
例えば、図9に示すように、被膜20の少なくとも一部は、埋設部40と露出部50との境界を含む境界領域60に配されていてもよい。すなわち、埋設部40の、露出部50に近い側の領域に被膜20が配されていてもよい。これにより、露出部50側からの細菌の侵入をより効果的に低減することができる。
【0043】
境界領域60に配されている被膜20は、埋設部40のみに配されていてもよい。すなわち、被膜20は露出部50に配されていなくてもよい。これにより、露出部50が接触し得る軟組織への刺激を低減することができる。
【0044】
なお、第1溝1は、埋設部40と露出部50との境界に達していなくてもよい。言い換えれば、第1溝1の端は、埋設部40に位置していてもよい。この場合、細菌の侵入をより低減することができる。
【0045】
また、図9に示すように、基体10は、本体部40´と、本体部40´の上端部に接続したネック部50´とを備えていてもよい。本体部40´は、大腿骨に埋設され得る。ネック部50´は、大腿骨から露出し得る。ネック部50´には、骨頭が設けられ得る。骨頭は、人工関節用ステムの対になる寛骨臼カップに嵌め込まれ得る。
【0046】
本体部40´は、上下方向に沿って延びた中心軸Cを有する下部40´aと、下部40´aから連続して上下方向に延びるとともに、上方向に向かうにつれて中心が中心軸Cから離れるように湾曲した形状を有した上部40´bとを有している。また、上部40´bは、中心軸Cからずれて配された上端面を有しており、上端面には、ネック部50´が接続している。ネック部50´は、本体部40´の上端面よりも幅が小さい。言い換えれば、ネック部50´は、本体部40´の中心軸Cから傾いた斜めの方向に突出した凸部50´ともいえる。
【0047】
また、基体10は、本体部40´とネック部50´との接続部に設けられたカラー60´をさらに有していてもよい。カラー60´は、上端面の面方向に向かって上記接続部から突出した突出部である。カラー60´は、人工関節用ステムを骨に挿入する手術時に、本体部40´が骨に入り込みすぎることを低減することができる。
【0048】
図12に示す人工関節用ステム101も本開示に係る人工関節用ステムに包含される。例えば、基体10は、凹状に湾曲する内側部13と、凸上に湾曲する外側部14を有していてもよい。第1溝1の上端部は、内側部側の湾曲部に位置してもよい。ここで、第1溝1の上端部が内側部13側へ折れていてもよい。換言すれば、第1溝1は、基体10の上下方向に延びる第1部1aと、第1部1aに接続して基体10の幅方向に沿う成分を有する第2部1bとを有していてもよい。第2溝2の深さが、第1溝1の深さより小さくてもよい。
【0049】
また、基体10は、第1溝1と第2溝2とが接続した第1の溝セット15と、第1溝1と第2溝2とが接続しており、且つ第1の溝セット15よりも第1溝1が被膜20の上端部へ延びている第2の溝セット16とを備えていてもよい。
【0050】
さらに基体10が第1の溝セット15を複数備えていてもよい。複数の第1の溝セット15は基体10の幅方向に並んでいてもよい。複数の第1の溝セット15のうち、外側部14側に位置する第1の溝セット15は、内側部13側に位置する第1の溝セット15よりも上方に位置してもよい。
【0051】
図13に示す人工関節用ステム102も本開示に係る人工関節用ステムに包含される。例えば、基体10は、複数の溝を備え、基体10の上部に位置する溝は、基体10の下部に位置する溝よりも幅が大きくてもよい。当該溝は、基体10の幅方向に沿う成分を有していてもよい。図14は、図13のC-C’断面を示している。図14に示すように基体10の幅方向に沿う溝(第1溝1の第2部1b)は、上方に向かって浅くなってもよい。
【0052】
被膜20の有無によって規定された境界線は、被膜20に対して基体10の下方側に位置した第1境界線21を含み得る。また、当該境界線は、被膜20に対して基体10の上方側に位置した第2境界線22を含み得る。第1境界線21は、前記溝の直線部と交差してもよい。ここで、第1境界線21は、前記溝の直線部と斜めに交差してもよい。すなわち、第1境界線21は、前記溝の直線部と直交していなくてもよい。
【0053】
前記境界線は、上下方向に沿った成分が基体10の幅方向に沿った成分よりも大きくてもよい。すなわち、図13のXY平面に垂直な方向から平面視した場合に、前記境界線の両端を結んだ直線のXY座標上の傾きが1を超えてもよい。図13では、第1境界線1の両端を結んだ直線βのXY座標上の傾きが1を超えている。
【0054】
また、第1境界線21は、前記溝に交差する方向に延びた第1部21aと、前記溝に沿う方向に延びた第2部21bとを有していてもよい。第1境界線21の第2部21bは前記溝と離れて配されていてもよい。すなわち、第1境界線21の第2部21bは前記溝と接していなくてもよい。第2境界線22も同様である。
【0055】
第1溝1と第2溝2とが接続されており、且つ第1溝1は、基体10の上下方向に延びる第1部1aと、第1部1aに接続して基体10の幅方向に沿う成分を有する第2部1bとを有していてもよい。図13に示すように、第2境界線22は、第1溝1の第2部1bに沿った方向に延びていてもよい。
【0056】
また、図13に示すように、第2境界線22は、内側部13から外側部14に向かって上方に傾いて配されていてもよい。また、図13に示すように、第1境界線21は、内側部13において凹部の頂点13aよりも下方に位置していてもよい。第1境界線21は、外側部14において凸部の頂点14aよりも下方に位置していてもよい。あるいは、第1境界線21は、外側部14において凸部の頂点14aよりも上方に位置していてもよい。
【0057】
図15に示す人工関節用ステム103も本開示に係る人工関節用ステムに包含される。例えば、前記境界線と前記溝とが鋭角で交わっていてもよい。図15では、第1境界線21と第2溝2とがなす角のうち、内側部13側の角γが鋭角となっている。
【0058】
図16に示す人工関節用ステム104も本開示に係る人工関節用ステムに包含される。例えば、基体10は、上方から順に粗面領域70、非粗面領域80、溝領域90を備えている。粗面領域70には粗面が配されている。非粗面領域80は粗面が配されていない領域である。溝領域90には溝が配されている。例えば、粗面領域70は粗面が配されているが溝が配されていない領域、非粗面領域80は粗面および溝のいずれも配されていない領域、溝領域90は粗面が配されておらず溝が配されている領域であってもよい。被膜20は粗面領域70、非粗面領域80および溝領域90の少なくともいずれかを覆っていてもよい。粗面領域70の面積は、非粗面領域80の面積より小さくてもよい。基体10の幅方向において、粗面領域70の長さは非粗面領域80の長さよりも大きくてもよい。粗面領域70と非粗面領域80との境界線23は、内側部13から外側部14に向かって上方に傾いていてもよい。粗面領域70の内側部13側の長さL3は、粗面領域70の外側部14側の長さL4より小さくてもよい。ここで、図16のXY平面に垂直な方向から平面視した場合に、長さL3は、粗面領域70の内側部13側においてY座標が最大になる点と、Y座標が最小になる点との間のY座標の差を表す。長さL4は、粗面領域70の外側部14側においてY座標が最大になる点と、Y座標が最小になる点との間のY座標の差を表す。
【0059】
図17に示す人工関節用ステム105、106、107も本開示に係る人工関節用ステムに包含される。例えば、人工関節用ステム105のように、第2溝2のみが第1境界線21の一部に沿っていてもよい。人工関節用ステム106のように、第2溝2が、基体10の先端部に、周方向に複数並んで配されていてもよい。また、被膜20と第2溝2とが接していなくてもよい。人工関節用ステム107のように、溝が内側部13および外側部14のいずれかに寄っていてもよい。図17では、人工関節用ステム107の第1溝1および第2溝2は外側部14に寄っている。
【0060】
〔2.人工関節用ステムの製造方法〕
一実施形態に係る人工関節用ステムの製造方法は、例えば、準備工程、溝形成工程と、被膜形成工程とを含む。準備工程は、第1領域および第2領域を含む表面を有する基体10を準備する。溝形成工程は、基体10の表面に1つ以上の溝を形成する工程である。被膜形成工程は、基体10の表面の一部(第1領域)に、リン酸カルシウム系材料と抗菌材料とを含む被膜20を形成する工程である。
【0061】
本開示の人工関節用ステムでは、被膜20が配された領域に位置する前記溝は第1溝1となり、基体10の表面が被膜20から露出している領域に位置する前記溝は第2溝2となる。すなわち、溝形成工程において、第1領域に形成された溝は、第1溝1となり、第2領域に形成された溝は第2溝となる。溝形成工程では、第1溝1の長さの合計が、第2溝2の長さの合計よりも小さくなるように溝を形成する。被膜形成工程では、第1溝1が形成された基体10の表面の第1領域に被膜20を形成する。これにより、上述のような人工関節用ステム100を得ることができる。
【0062】
準備工程において、金型や積層造形法などをよって金属材料を、所望の形状に成形して基体10を準備することができる。
【0063】
溝形成工程において、切削加工法、圧延加工法およびプレス加工法の少なくともいずれか一つの方法によって溝を形成することができる。なお、本実施形態では、例えば、切削加工法の1種であるフライス加工を行なって溝を形成している。また、人工関節用ステムが上述した凹みを有する場合には、溝形成工程と同様の方法によって、溝形成工程の代わりに凹み形成工程を有していればよい。
【0064】
溝形成工程の後に被膜形成工程を行うことができる。被膜20の形成は、例えば、フレーム溶射、高速フレーム溶射およびプラズマ溶射等の溶射法;スパッタリング、イオンプレーテイング、イオンビーム蒸着およびイオンミキシング法等の物理的蒸着法または化学的蒸着法;ゾルゲル法等の湿式コーティング法によって行うことができる。なお、被膜を構成する材料を被覆材料とも称する。
【0065】
第1領域のみに被膜20を形成するために、第1保護材を用いてもよい。この場合、被膜形成工程の前に、第2領域に被膜が形成されないよう、第1領域を露出させつつ第2領域を保護するように第1保護材を配置する工程をさらに有していてもよい。第1保護材としては、例えば、マスキングテープまたは衝立を用いてもよい。または、第1保護材として、基体10を覆う治具を用いてもよい。これらの第1保護材の材料としては、金属、ガラス、樹脂およびそれらの複合材料等が挙げられる。なお、第1保護材は、基体10と接触していてもよく、接触していなくてもよい。第1保護材として、例えばマスキングテープを使用する場合には、第1保護材を第2領域状に配置すればよい。基体10を覆う治具を用いる場合、当該治具の形状は特に限定されないが、例えば筒状であってもよい。筒状の治具の断面は多角形であってもよく、円形であってもよい。
【0066】
衝立を配置する場合は、衝立を所定の位置に設置することにより、特定の領域に被膜20を形成することができる。治具を用いる場合は、治具を所定の位置に設置することにより、特定の領域に被膜20を形成することができる。この場合、例えば、溶射材料、積層造形材料、化学エッチング材料、ブラスト材料、または被覆材料を吐出する吐出ノズルと衝立の位置関係を調整することにより、所望の領域のみに選択的に被膜20を形成することもできる。この場合、吐出ノズル先端は、例えば、所望の領域の表面と、衝立を隔てずに一直線に配置すればよい。また、以下では、吐出ノズルから吐出する溶射材料、積層造形材料、化学エッチング材料、ブラスト材料、または被覆材料を吐出材料とも称する。これらに限定されず、基体10、衝立、および吐出ノズルを固定した状態で、被膜20を形成させてもよいし、少なくとも一つを動かしながら、被膜20を形成させてもよい。また、吐出ノズルの角度は固定してもよいし、変化させながら被膜20を形成させてもよい。
【0067】
なお、保護材を用いずに所望の領域のみに被膜20を形成することもできる。例えば、吐出材料を吐出する吐出ノズルの形状、角度または位置等を調整することにより、所望の領域のみに選択的に被膜20を形成することもできる。例えば、吐出ノズルが、所望の領域の表面より上方向に位置する状態で、吐出材料を吐出させてもよい。この場合、基体10を固定し、吐出ノズルの位置および角度を動かしながら被膜20を形成してもよいし、吐出ノズルを固定し、基体10の位置および角度を動かしながら、被膜20を形成してもよい。吐出ノズルは一定速度で動かしてもよいし、速度を変化させて動かしてもよい。また、吐出材料の吐出方向は、吐出ノズルの先端から吐出ノズルの先端に対して最短距離にある基体10または粗面の表面に向けて伸ばしたベクトルと、90°の角度を成していてもよいし、90°未満の角度を成していてもよい。
【0068】
溝形成工程の前に粗面化工程を行うこともできる。粗面化工程は、基体10に粗面を形成する工程である。具体的には、準備工程において、第1領域および第2領域の他に、粗面化領域をさらに含む表面を有する基体10を準備し、粗面化工程において、基体10の粗面化領域に粗面を形成する。
【0069】
粗面化工程において、溶射法、積層造形法、化学エッチング法およびブラスト法の少なくともいずれか一つの方法によって粗面を形成することができる。ブラスト法に比べると、溶射法、積層造形法または化学エッチング法は、表面粗さを大きくすることができる。なお、溶射法において基体10に向かって吐出する材料を溶射材料と称する。同様に、積層造形法において基体10に向かって吐出する材料を積層造形材料と称する。また、化学エッチング法による加工を行う場合に基体10に向かって吐出する材料を化学エッチング材料と称する。同様に、ブラスト法による加工を行う場合に基体10に向かって吐出する材料をブラスト材料と称する。溶射材料、積層造形材料としては、基体10の材料として例示した材料を用いることができる。溶射法、積層造形法により、上述の層状部材を形成してもよい。化学エッチング法としては、アルカリ処理等が挙げられる。ブラスト法としてはサンドブラスト等が挙げられる。
【0070】
所望の領域のみに粗面を形成するために、第2保護材を用いてもよい。この場合、粗面化工程の前に、粗面化領域以外に粗面が形成されないよう、粗面化領域を露出させつつ、その他の領域を保護するように第2保護材を配置する工程をさらに有していてもよい。なお、粗面化領域は、第1領域の内側に位置していてもよく、第1領域および第2領域を跨いで位置していてもよい。すなわち、第2保護材は、第1領域の一部及び第2領域、または第2領域を保護するように配置されていればよい。
【0071】
第2保護材としては、例えば、マスキングテープまたは衝立を用いてもよい。または、第2保護材として、基体10を覆う治具を用いてもよい。これらの第2保護材の材料としては、金属、ガラス、樹脂およびそれらの複合材料等が挙げられる。なお、保護材は、基体10と接触していてもよく、接触していなくてもよい。第2保護材として、基体10を覆う治具を用いる場合、当該治具の形状は特に限定されないが、例えば筒状であってもよい。筒状の治具の断面は多角形であってもよく、円形であってもよい。
【0072】
衝立を配置する場合は、衝立を所定の位置に設置することにより、特定の領域に粗面を形成することができる。治具を用いる場合は、治具を所定の位置に設置することにより、特定の領域に粗面を形成することができる。この場合、例えば、溶射材料、積層造形材料、化学エッチング材料、ブラスト材料、または被覆材料を吐出する吐出ノズルと衝立の位置関係を調整することにより、所望の領域のみに選択的に粗面を形成することもできる。この場合、吐出ノズル先端は、例えば、所望の領域の表面と、衝立を隔てずに一直線に配置すればよい。また、以下では、吐出ノズルから吐出する溶射材料、積層造形材料、化学エッチング材料、ブラスト材料、または被覆材料を吐出材料とも称する。これらに限定されず、基体10、衝立、および吐出ノズルを固定した状態で、粗面を形成させてもよいし、少なくとも一つを動かしながら、粗面を形成させてもよい。また、吐出ノズルの角度は固定してもよいし、変化させながら粗面を形成させてもよい。なお、被膜20と同様に、保護材を用いずに所望の領域のみに粗面を形成してもよい。
【0073】
以上より、本開示の人工関節用ステムが粗面を有する場合には、例えば、粗面化工程において、基体10に対して、基体10の一部の表面を露出させつつ、基体10の他の一部を保護するように第2保護材を配置し、露出した一部の表面に粗面を形成してもよい。また、本開示に係る製造方法は、粗面化工程の後で、且つ溝形成工程の前に、第2保護材を除去する工程をさらに有していてもよい。
【0074】
また、第2保護材を除去した後に、粗面の縁、例えば層状部材30の縁を削る工程を行ってもよい。これにより、層状部材30の縁における応力の集中を避け、生体組織への刺激を低減することができる。
【0075】
第2保護材として、第2マスキングテープを用いてもよい。この場合、本開示に係る製造方法は、粗面化工程の前に、基体10の一部の表面を露出させつつ、基体10の他の一部に第2マスキングテープを貼り付ける工程をさらに含んでいてもよい。
【0076】
また、被膜形成工程において、基体10に対して、基体10の一部の表面を露出させつつ、基体10の他の一部を保護するように第1保護材を配置し、露出した一部の表面上に被膜20を形成してもよい。第1保護材は、被膜形成工程の後に除去することができる。ここで、第1保護材として、第1マスキングテープを用いてもよい。この場合、本開示に係る製造方法は、被膜形成工程の前に、基体10の一部の表面を露出させつつ、基体10の他の一部に第1マスキングテープを貼り付ける工程をさらに含んでいてもよい。
【0077】
第2保護材として、第1保護材よりも耐熱性が高いものを用いることができる。例えば、8000℃の溶射条件で1分間溶解または熱分解しない材料を第2保護材、3000℃の溶射条件で1分間溶解または熱分解しない材料を第1保護材として用いてもよい。そのような材料として具体的には、ガラスと樹脂の複合材料が挙げられる。
【0078】
また粗面化工程においてブラスト法による加工を行う場合、第2保護材として室温で溶解または熱分解しない材料を用いてもよい。そのような材料として具体的には、樹脂が挙げられる。
【0079】
また、本開示に係る製造方法の粗面または被膜20を形成する工程において、上述の第1保護材、第2保護材の他に、保護材を配置してもよい。例えば、粗面または被膜20を形成する工程において、露出部50の一部または全てに保護材が配置されていてもよい。これにより、露出部50における粗面または被膜20の形成の有無を適宜制御できる。例えば、露出部50の、埋設部40から遠い側の領域に保護材を配置し、露出した領域に被膜20を形成することで、露出部50の埋設部40に近い側の領域上に被膜20を形成することができる。
【0080】
以上の事項を総括すると、例えば図10に示す順序にて各工程を行うことができる。図10は、一実施形態に係る人工関節用ステム100の製造方法を示す工程図である。まず、第2保護材を配置し、次いで粗面化工程を行った後、第2保護材を除去することができる。その後、溝形成工程を行うことができる。そして、第1保護材を配置し、次いで被膜形成工程を行うことができる。
【0081】
さらに、本開示に係る製造方法は、各工程の間に洗浄工程を含んでいてもよく、含んでいなくてもよい。例えば、本開示に係る製造方法は、粗面化工程の後に、基体10、または、基体10および層状部材30、の洗浄を行う工程を含んでいてもよい。洗浄方法は、特に限定されないが、例えば、水、またはアルコール等の有機溶媒等の液体に浸漬する方法であってもよく、当該液体を用いたシャワリング等であってもよい。あるいは、空気、窒素、またはアルゴン等の気体を吹き付ける方法であってもよい。これにより、粗面化工程によって生じた余分な溶射材料等および/または削りかす等を除去することができる。
【0082】
以上、前記溝を有する人工関節用ステム100の製造方法について説明したが、本開示に係る製造方法は、上記の工程には特に限定されない。例えば、上記の製造方法では、基体10の表面を粗面化する粗面化工程の後に、溝を形成する溝形成工程を行い、次いで被膜を形成する被膜形成工程を行う例を記載したが、溝形成工程の後に、粗面化工程を行い、次いで被膜形成工程を行ってもよい。
【0083】
また、粗面化工程は、溶射法によって第1粗面を形成する第1粗面化工程と化学エッチング法またはブラスト法によって第2粗面を形成する第2粗面化工程とを順に含んでいてもよい。ここで、溶射法によって第1粗面が形成される領域を第1粗面化領域、化学エッチング法またはブラスト法によって第2粗面が形成される領域を第2粗面化領域、粗面が形成されない領域を非粗面化領域と称する。
【0084】
第1粗面化工程では、基体10に対して、第1粗面化領域を露出させつつ、第2粗面化領域および非粗面化領域を保護するように第3保護材(上述した第2保護材)を配置し、露出した第1粗面化領域に第1粗面を形成してもよい。また、本開示に係る製造方法は、第1粗面化工程の後で、且つ第2粗面化工程の前に、第3保護材を除去する工程をさらに有していてもよい。第2粗面化工程では、基体10に対して、第2粗面化領域を露出させつつ、非粗面化領域を保護するように第4保護材を配置し、露出した第2粗面化領域に第2粗面を形成してもよい。第2粗面化工程で形成する第2粗面の表面は、第1粗面化領域における第1粗面の表面よりも表面粗さが小さくなるように、第2粗面化工程が行われてもよい。また、本開示に係る製造方法は、第2粗面化工程の後で、且つ被膜形成工程の前に、第4保護材を除去する工程を有していてもよい。第4保護材としては、例えば、第4マスキングテープを用いてもよい。この場合、本開示に係る製造方法は、第2粗面化工程の前に、第1粗面化領域および第2粗面化領域を露出させつつ、非粗面化領域に第4マスキングテープを貼り付ける工程をさらに含んでもよい。第4保護材としては、上述の第3保護材よりも耐熱性が低いものを用いてもよい。例えば室温で溶解または熱分解しない材料を第4保護材として用いてもよい。具体的には、第4保護材として樹脂を用いてもよい。
【0085】
第2粗面化工程において、非粗面化領域は、保護材によって覆われていてもよく、覆われていなくてもよい。第1粗面化領域および非粗面化領域を保護して、第2粗面化領域のみに化学エッチング法による加工、およびブラスト法による加工の少なくともいずれか一方を行ってもよい。または、第1粗面化領域を露出させるように、第4保護材を配置し、露出した第1粗面化領域の粗面および第2粗面化領域に化学エッチング法による加工、およびブラスト法による加工の少なくともいずれか一方を行ってもよい。これにより、第1粗面化領域の粗面に残存する余分な溶射材料等を除去するとともに、第2粗面化領域に粗面を形成することもできる。
【0086】
また、人工関節用ステム100の製造方法は、第1粗面化領域、第2粗面化領域、非粗面化領域が順に位置する基体10を準備する工程を最初に含んでいてもよい。
【0087】
〔3.人工関節用ステムの利用〕
図1に示す人工関節用ステム100は、主に人工股関節用ステムを想定した形状であるが、本開示に係る人工関節用ステムが適用される人工関節は人工股関節に限定されない。人工関節としては、例えば人工股関節、人工膝関節、人工足関節、人工肩関節、人工肘関節および人工指関節等が挙げられる。
【0088】
以下に、図11を参照して人工関節用ステム100を人工股関節1000の一部として利用する例を説明する。人工股関節1000は、人工関節用ステム100に加えて、骨頭110および寛骨臼カップ120を備え得る。骨頭110および寛骨臼カップ120は、人工関節用ステム100の基体10と同じ材料で形成されていてもよく、異なる材料で形成されていてもよい。人工関節用ステム100は、大腿骨91に埋設される。骨頭110は、人工関節用ステム100の露出部50に配置される。寛骨臼カップ120は、寛骨93の寛骨臼94に固定される。寛骨臼カップ120の窪みに骨頭110を嵌め込んで摺動させることにより、股関節として機能する。
【0089】
以上、本開示に係る発明について、諸図面および実施例に基づいて説明してきた。しかし、本開示に係る発明は上述した各実施形態に限定されるものではない。すなわち、本開示に係る発明は本開示で示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本開示に係る発明の技術的範囲に含まれる。つまり、当業者であれば本開示に基づき種々の変形または修正を行うことが容易であることに注意されたい。また、これらの変形または修正は本開示の範囲に含まれることに留意されたい。
【符号の説明】
【0090】
1 第1溝
2 第2溝
10 基体
20 被膜
100 人工関節用ステム
1000 人工股関節
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17