(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024106047
(43)【公開日】2024-08-07
(54)【発明の名称】合成ダイヤモンドの製造方法およびセンサ素子
(51)【国際特許分類】
C30B 29/04 20060101AFI20240731BHJP
C23C 16/27 20060101ALI20240731BHJP
【FI】
C30B29/04 E
C23C16/27
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023010113
(22)【出願日】2023-01-26
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成30年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、研究成果展開事業 産学共創プラットフォーム共同研究推進プログラム事業「超スマート社会実現のカギを握る革新的半導体技術を基盤としたエネルギーイノベーションの創出に関する国立大学法人京都大学による研究開発」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】504132272
【氏名又は名称】国立大学法人京都大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】弁理士法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】水落 憲和
(72)【発明者】
【氏名】川島 宏幸
(72)【発明者】
【氏名】川瀬 凛久
【テーマコード(参考)】
4G077
4K030
【Fターム(参考)】
4G077AA03
4G077BA03
4G077DB07
4G077DB19
4G077EA04
4G077EA06
4G077HA20
4K030AA09
4K030AA17
4K030BA28
4K030FA01
4K030JA05
4K030JA09
(57)【要約】
【課題】合成ダイヤモンドに混入する不純物を抑制する。
【解決手段】化学気相堆積法により合成ダイヤモンドを製造する方法であって、反応容器内に原料ガスを導入する導入ステップと、原料ガスを化学的に活性化する活性化ステップと、を含み、活性化ステップを行う間の反応容器内の圧力は、15kPa以上大気圧以下である。
【選択図】
図7
【特許請求の範囲】
【請求項1】
化学気相堆積法により合成ダイヤモンドを製造する方法であって、
反応容器内に原料ガスを導入する導入ステップと、
前記原料ガスを化学的に活性化する活性化ステップと、
を含み、
前記活性化ステップを行う間の前記反応容器内の圧力は、15kPa以上大気圧以下である、合成ダイヤモンドの製造方法。
【請求項2】
前記導入ステップでは、前記原料ガスを含む前記反応容器内に導入する総反応ガスを、100sccmより高い総流量で前記反応容器内に導入する、請求項1に記載の合成ダイヤモンドの製造方法。
【請求項3】
前記活性化ステップを行う間の前記反応容器内の圧力は、15kPa以上60kPa以下である、請求項1に記載の合成ダイヤモンドの製造方法。
【請求項4】
前記活性化ステップでは、前記原料ガスの雰囲気内にプラズマ領域を生成することを含む、請求項1に記載の合成ダイヤモンドの製造方法。
【請求項5】
前記反応容器内にドーパントガスを導入するドーパントガス導入ステップをさらに含み、前記ドーパントガスは成分にリンまたは窒素を含む、請求項1に記載の合成ダイヤモンドの製造方法。
【請求項6】
請求項1から5のいずれか一項に記載の方法により製造され、かつ1つ以上の窒素-空孔中心を結晶構造中に含んでいる合成ダイヤモンドからなるセンサ素子。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、化学気相堆積法により合成ダイヤモンドを製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ダイヤモンドは、その優れた光学的、電気的、熱的特性から、光学素子やエレクトロニクスデバイス等への応用が期待されている。特に近年、ダイヤモンド内部に存在するNV中心(Nitrogen Vacancy center)と呼ばれている窒素-空孔中心が注目を集めている。NV中心は、ダイヤモンド内部の窒素不純物とそれに隣接する空孔欠陥との対からなり、空孔に電子が捕獲された状態において、電子スピンと呼ばれる磁気的な性質を示す。NV中心中の電子スピンは、室温下でも長いコヒーレンス時間を有し、そのスピン状態は室温下で制御および検出可能であることから、量子コンピューティングへの応用や、磁場、電場等の高感度量子センサー等としての応用が期待されている。
【0003】
合成ダイヤモンドは、天然に産出されるダイヤモンドに対して、科学技術により人工的に作製されるダイヤモンドである。天然ダイヤモンドと比べて不純物や結晶欠陥が少ないことから、合成ダイヤモンドは幅広い工業用途で利用されており、NV中心を提供するためのベースとしても利用されている。合成ダイヤモンドを製造する方法としては、例えば、高温高圧法(HPHT: High Pressure and High Temperature)、化学気相堆積法(CVD: Chemical Vapor Deposition)、および爆轟(detonation)法等の種々の方法が知られている。例えば下記特許文献1には、マイクロ波プラズマCVD法により合成ダイヤモンドを製造する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ダイヤモンドのNV中心の性能を評価する指標の一つとして、スピンコヒーレンス時間T2がある。例えば量子センサーへの応用では、スピンコヒーレンス時間T2が長いほど、量子センサーの感度は向上する。しかしながら、化学気相堆積法によりダイヤモンドを合成する間、合成ダイヤモンド内には様々な不純物が混入する。不純物が合成ダイヤモンド内に混入すると、スピンコヒーレンス時間T2が短くなり、量子センサーの感度が低下するという問題がある。合成ダイヤモンドのNV中心を、量子コンピューティングや、高感度量子センサー等に利用してそれらの応用を促進するために、合成ダイヤモンドに混入する不純物を抑制することが求められている。
【0006】
本発明は、合成ダイヤモンドに混入する不純物を抑制することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するための本発明は、例えば以下に示す態様を含む。
【0008】
(項1)
化学気相堆積法により合成ダイヤモンドを製造する方法であって、
反応容器内に原料ガスを導入する導入ステップと、
前記原料ガスを化学的に活性化する活性化ステップと、
を含み、
前記活性化ステップを行う間の前記反応容器内の圧力は、15kPa以上大気圧以下である、合成ダイヤモンドの製造方法。
(項2)
前記導入ステップでは、前記原料ガスを含む前記反応容器内に導入する総反応ガスを、100sccmより高い総流量で前記反応容器内に導入する、項1に記載の合成ダイヤモンドの製造方法。
(項3)
前記活性化ステップを行う間の前記反応容器内の圧力は、15kPa以上60kPa以下である、項1または2に記載の合成ダイヤモンドの製造方法。
(項4)
前記活性化ステップでは、前記原料ガスの雰囲気内にプラズマ領域を生成することを含む、項1から3のいずれか一項に記載の合成ダイヤモンドの製造方法。
(項5)
前記反応容器内にドーパントガスを導入するドーパントガス導入ステップをさらに含み、前記ドーパントガスは成分にリンまたは窒素を含む、項1から4のいずれか一項に記載の合成ダイヤモンドの製造方法。
(項6)
項1から5のいずれか一項に記載の方法により製造され、かつ1つ以上の窒素-空孔中心を結晶構造中に含んでいる合成ダイヤモンドからなるセンサ素子。
【発明の効果】
【0009】
本発明によると、合成ダイヤモンドに混入する不純物を抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】合成ダイヤモンドの製造に用いるCVD装置の概略的な構成を示す断面図である。
【
図2】合成ダイヤモンドのNV中心の評価に用いる測定システムの模式的な構成を示す図である。
【
図3】実施例1に係る測定結果であり、製造した合成ダイヤモンド内に生成されているNV中心のスピンコヒーレンス時間T
2の測定結果を合成条件毎に示すグラフである。
【
図4】実施例2において基板上に形成した合成ダイヤモンドの4つの層を示す模式的な図である。
【
図5】実施例2において合成ダイヤモンドの4つの層を形成する間に撮像した反応容器内の写真である。
【
図6】実施例2に係る測定結果であり、二次イオン質量分析(SIMS)法により合成ダイヤモンドの4つの層のそれぞれについて不純物濃度を定量的に測定した結果のグラフである。
【
図7】実施例2に係る測定結果であり、合成ダイヤモンド内の不純物濃度の測定結果を、ダイヤモンドを合成する間の反応容器内の圧力毎に、不純物の元素毎にプロットしたグラフである。
【
図8】ダイヤモンド内の窒素濃度とNV中心のスピンコヒーレンス時間T
2との相関を説明するためのグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明の実施形態を、添付の図面を参照して詳細に説明する。なお、以下の説明および図面において、同じ符号は同じまたは類似の構成要素を示すこととし、よって、同じまたは類似の構成要素に関する重複した説明を省略する。
【0012】
[発明の概略]
本発明の第1の態様によると、化学気相堆積法により合成ダイヤモンドを製造する方法が提供される。本発明の第2の態様によると、第1の態様による合成ダイヤモンドの製造方法により製造される合成ダイヤモンドからなるセンサ素子が提供される。
【0013】
一実施形態に係る方法は、化学気相堆積法により合成ダイヤモンドを製造する方法であって、反応容器内に原料ガスを導入する導入ステップと、原料ガスを化学的に活性化する活性化ステップと、を含み、活性化ステップを行う間の反応容器内の圧力は、15kPa以上大気圧以下である。
【0014】
一実施形態に係る方法では、導入ステップでは、原料ガスを含む反応容器内に導入する総反応ガスを、100sccmより高い総流量で反応容器内に導入する。より好ましくは、反応容器内に導入する総反応ガスの流量は、400sccm以上である。
【0015】
一実施形態に係る方法では、活性化ステップを行う間の反応容器内の圧力は、15kPa以上60kPa以下である。より好ましくは、活性化ステップを行う間の反応容器内の圧力は、25kPa以上50kPa以下である。
【0016】
一実施形態に係る方法では、活性化ステップでは、原料ガスの雰囲気内にプラズマ領域を生成する。
【0017】
一実施形態に係る方法では、反応容器内にドーパントガスを導入するドーパントガス導入ステップをさらに含む。より好ましくは、ドーパントガスは成分にリンまたは窒素を含む。
【0018】
一実施形態に係る方法では、ダイヤモンドを合成する間に混入を防止する不純物は窒素であり、製造される合成ダイヤモンドは、最適な量を超えて混入する窒素が抑制されることにより、NV中心のスピンコヒーレンス時間T2が向上された、量子コンピューティングや高感度量子センサ―への応用に適した合成ダイヤモンドである。
【0019】
化学気相堆積法による合成ダイヤモンドの製造では、不純物の混入を抑制するために、これまでは反応容器内の圧力を約5kPa~約15kPa程度と比較的低圧(低真空領域のうち中真空領域寄り)にしていた。これに対し、本発明に係る、化学気相堆積法による合成ダイヤモンドの製造方法では、活性化ステップを行う間の反応容器内の圧力を従来よりも高めて、15kPa以上大気圧以下(低真空領域のうち大気圧寄り)とする。このように、反応容器内の圧力を高めて、反応容器内の圧力と大気圧(約101.3kPa)との圧力差を低減することにより、合成ダイヤモンドに混入する不純物を抑制することが可能となる。また、反応容器内の圧力が高まることにより、例えばプラズマCVD法であればプラズマ密度が増加し、合成ダイヤモンドをさらに高品質化することが可能となる。合成ダイヤモンドに混入する不純物が抑制されると、NV中心の性能評価指標であるスピンコヒーレンス時間T2が長くなり、例えば量子センサーへの応用では、量子センサーの感度が向上する。
【0020】
合成ダイヤモンドに混入する不純物とは、例えば空気のリークにより反応容器内に流入する空気中の窒素(nitrogen)や、例えば反応容器内に付着しているドーパントガスに起因する元素(例えば、リン(phosphorus))である。窒素(N)は、ダイヤモンドのNV中心を構成するうえで最適な窒素の量を超えた量が、不純物となる。リン(P)は、ダイヤモンドをn型にするためのドーパントであり、最適なリンの量を超えた量が不純物となる。本発明によると、このような最適な量を超えて混入する不純物が抑制された合成ダイヤモンドを製造することができる。
【0021】
図8は、ダイヤモンド内の窒素濃度とNV中心のスピンコヒーレンス時間T
2との相関を説明するためのグラフである。グラフに示す測定点は本発明者らによるものである。
【0022】
J. F. Barry, et al., “Sensitivity optimization for NV-diamond magnetometry”, Rev. Mod. Phys. 92, 68 (2020) (DOI: https://doi.org/10.1103/RevModPhys.92.015004)などに記載されている最近の研究によると、NV中心のスピンコヒーレンス時間T2はダイヤモンド内の窒素濃度に制限されると考えられている。窒素濃度を[N]としスピンコヒーレンス時間をT2すると、これらの間には経験的に次の数式に示す関係があると考えられている。
[N]・T2=160±12μs・ppm (式1)
【0023】
よって、ダイヤモンドを合成する間に混入する様々な不純物のうち、特に窒素の混入を抑制すれば、合成ダイヤモンドのNV中心のスピンコヒーレンス時間T2を、特に長くできることが期待される。これにより、量子コンピューティングへの応用や、高感度量子センサー等としての応用が促進されることが期待される。
【0024】
以上のように、合成ダイヤモンドに混入する不純物を抑制するために、これまでは反応容器内の圧力を5kPa~約15kPa程度と比較的低圧(低真空領域のうち中真空領域寄り)にしていたところ、本発明者らは、ダイヤモンド内の窒素濃度とスピンコヒーレンス時間T2との相関に着目して、ダイヤモンドを合成する間に空気のリークにより反応容器内に流入する空気中の窒素を低減するという発想に至り、反応容器内の圧力を従来よりも高めて、15kPa以上大気圧以下(低真空領域のうち大気圧寄り)にするという手段に至った。
【0025】
[合成ダイヤモンドの製造]
図1は、合成ダイヤモンドの製造に用いるCVD装置の概略的な構成を示す断面図である。
【0026】
一実施形態に係る合成ダイヤモンドの製造方法では、
図1に例示するCVD装置10を用いて合成ダイヤモンドを製造する。本実施形態では、CVD装置10は、マイクロ波プラズマCVD法により合成ダイヤモンドを製造する。
【0027】
例示するCVD装置10は、反応容器11と、アンテナ12と、基板ホルダ13と、導波管14とを主に備えている。
【0028】
反応容器11は、内部に導入される原料ガス(SRC)をプラズマ化させて科学的に活性化させることにより、内部に配置された基板9の表面に合成ダイヤモンドを薄膜状に形成する。好ましくは、反応容器11は略球状であり、反応容器11の寸法は、マイクロ波が基板9の位置において共振を起こす寸法である。
【0029】
原料ガスは、ポート111を通じて反応容器11内に導入される。反応容器11内には任意でドーパントガスを導入することができる。原料ガスは、本実施形態ではメタン(CH4)および水素(H2)の混合ガスであり、ドーパントガスは例えばTBPガスである。原料ガスおよびドーパントガスを含む反応容器11内の反応ガスは、排気ポート112を通じて排気される。排気ポート112には図示しない真空ポンプ(VAC)が接続されており、反応容器11内は所定の圧力に維持される。
【0030】
アンテナ12は、導波管14から送信されるマイクロ波(MW)を反応容器11の内部へ供給し、基板9の周囲に存在する原料ガスの雰囲気にプラズマ領域8を生成する。アンテナ12の先端を除くアンテナ12の周囲には、絶縁部材121がアンテナ12と同軸に配置される。本実施形態では、放電はアンテナ12の先端部分のみで選択的に生じる。
【0031】
基板9は、基板ホルダ13上に載置されて反応容器11内に配置されている。基板ホルダ13はアンテナ12の先端に載置されており、本実施形態では、マイクロ波はアンテナ12から基板ホルダ13を通じて基板9に直接印加される。反応容器11の密閉性を維持するために、反応容器11の内部空間と導波管14の内部空間とが通じる部分には封止部材122が配置されている。
【0032】
なお、本発明に係る合成ダイヤモンドの製造方法は、例示するCVD装置10によって実現されるものに制限されない。本発明に係る合成ダイヤモンドの製造方法は、例示するCVD装置10とは構成が異なる他のCVD装置によっても実現することができる。
【0033】
[性能評価]
合成ダイヤモンドは天然ダイヤモンドと比べて結晶欠陥が少ないものの、ダイヤモンドの合成時には、ダイヤモンド内にNV中心が生成されている。本実施形態では、基板9上に形成した合成ダイヤモンドのNV中心のスピンコヒーレンス時間T2を測定することにより、製造した合成ダイヤモンドの性能を評価する。
【0034】
図2は、合成ダイヤモンドのNV中心の評価に用いる測定システムの模式的な構成を示す図である。
【0035】
基板9上に形成した合成ダイヤモンドのNV中心は、
図2に示す測定システム20を用いて、公知の光検出磁気共鳴(Optically Detected Magnetic Resonance: ODMR)法により評価することができる。例示的には、測定システム20は公知の共焦点蛍光顕微鏡を用いて構成することができる。
【0036】
光検出磁気共鳴(ODMR)法による測定を行うにあたり、基板9には磁石30により約30ガウスの静磁場が印加され、量子化軸が規定される。励起光源21から出力される励起光22は、基底状態にあるNV中心を励起状態に遷移させるための光であり、波長が532nm(緑色)のレーザー光である。励起光22は、ダイクロイックミラー23により反射され、対物レンズ24Aにより集光されて基板9に照射される。基板9にNV中心が形成されていると、基底状態にあるNV中心が励起状態に遷移し、その後基底状態に緩和する。基底状態に緩和する際には、波長が700nm前後の赤色の蛍光25が放出される。放出される蛍光25の強度はフォトダイオード26により測定される。基板9には、銅製のワイヤ27(直径30μm)を用いてマイクロ波ソース28からマイクロ波MWが印加されている。掃引されるマイクロ波MWの周波数はマイクロ波測定器29により測定される。光検出磁気共鳴(ODMR)法によると、マイクロ波の周波数を2.87GHz前後で掃引した際の、赤色の蛍光強度が変化した点として、磁気共鳴信号を検出することができる。
【0037】
基板9の共焦点画像はフォトダイオード26により取得することができる。対物レンズ24Aは3軸のピエゾステージ24Bにより位置が調節され、基板9上の異なる位置に励起光22を集光照射することができる。
【0038】
[その他の形態]
以上、本発明を特定の実施形態によって説明したが、本発明は上記した実施形態に限定されるものではない。
【0039】
上記した実施形態では、CVD装置10は、マイクロ波プラズマCVD法により合成ダイヤモンドを製造しているが、合成ダイヤモンドの製造に用いるCVD装置は、マイクロ波プラズマCVD法によるものに制限されない。合成ダイヤモンドの製造に用いるCVD装置は、反応容器内に大気圧以下で原料ガスを導入して合成ダイヤモンドを製造することができればよい。すなわちCVD装置は、上記した実施形態において例示するマイクロ波プラズマCVD法に代えて、例えば直流プラズマCVD法や、熱フィラメントCVD法、アーク放電プラズマジェットCVD法などにより、合成ダイヤモンドを製造するCVD装置であってもよい。
【0040】
上記した実施形態に加えて、ドーパントガスとして反応容器11内にn型ドーパントガスであるTBPを任意で導入することができるが、反応容器11内に導入するドーパントガスはこれに限定されない。合成しようとするダイヤモンドの特性に応じて、反応容器11内には種々のドーパントガスを導入することができる。
【0041】
上記した実施形態では、反応容器内の圧力を従来よりも高めることにより、最適な量を超えて混入する不純物を抑制するように合成ダイヤモンドを製造しているが、目的や用途に応じて意図的に不純物を加えてもよい。例えば上記した実施形態において、成分にリンを含むドーパントガスであるTBPガスを反応容器11内にさらに導入することができる。また、アンサンブル系とも呼称される多くの(1つより多い)NV中心を生成することを目的として、例えばドーパントガスとして意図的に窒素を加えてもよい。これにより、例えば量子センサー向けの用途として、合成ダイヤモンド内により多くのNV中心を生成することが可能となる。そのような多量のNV中心が生成された合成ダイヤモンドでは、多くのNV中心によりセンサの高感度化が可能となる。
【0042】
以下に本発明の実施例を示し、本発明の特徴をより明確にする。なお、各実施例の説明において特に言及しない限り、合成に用いる装置や原料ガス等の合成条件は各実施例において共通である。
【実施例0043】
実施例1では、空気のリークによる窒素の混入を抑制することを目的として、合成条件を徐々に改良してダイヤモンドを合成した。合成条件を表1に示す。表1に示す合成条件1から合成条件6のそれぞれについて合成ダイヤモンドを得た。
【0044】
ダイヤモンドの合成は、
図1に例示するCVD装置を用いて、マイクロ波プラズマCVD法により行った。反応容器内に導入する原料ガスには、メタン(CH
4)および水素(H
2)の混合ガスを用いた。反応容器内には、n型ドーパントガスとしてTBP(ターシャリーブチルホスフィン:P(C
4H
9)H
2)ガスをさらに導入した。
【0045】
【0046】
合成条件3では、反応容器内の窒素の比率を減少させるために、反応容器内に導入する総反応ガスの流量を、合成条件1の100sccmから400sccmに増加させた。合成条件5では、空気のリークにより反応容器内に流入する空気中の窒素を低減するために、反応容器内の圧力を、合成条件4の25kPaから50kPaに増加させた。これにより、反応容器内の圧力と大気圧(約101.3kPa)との圧力差を低減した。合成条件6では、合成条件5のメタン流量の割合を0.25%から1.0%に変化させた。
【0047】
合成条件1から合成条件6のそれぞれの条件で合成ダイヤモンドを製造した。製造した合成ダイヤモンドのNV中心のそれぞれについて、
図2に例示する測定システムを用いてスピンコヒーレンス時間T
2を測定した。測定結果を
図3および表2に示す。
図3のグラフにおいて、プロット記号「○」(白丸)はスピンコヒーレンス時間の測定値であり、プロット記号「×」はスピンコヒーレンス時間の計算値である。スピンコヒーレンス時間の計算値は、上記した実施形態において式1で表している、窒素濃度[N]とスピンコヒーレンス時間T
2との間の経験的な関係式と、二次イオン質量分析(SIMS)法により測定された窒素濃度の測定値とから算出した。なお、合成条件5および6については、計算値が実測値よりも大幅に大きかった(約4ms)ことから、
図3にはプロット記号「×」は示していない。
【0048】
【0049】
図3および表2に示すように、合成条件を徐々に改良することにより、スピンコヒーレンス時間T
2も徐々に長くなった。総反応ガスの流量を400sccmに増加させた合成条件3では、スピンコヒーレンス時間T
2は約1.38ms(ミリ秒)であった。さらに反応容器内の圧力を50kPaに増加させた合成条件5では、スピンコヒーレンス時間T
2は約1.79msであった。合成条件5のメタン流量の割合を0.25%から1.0%に変化させた合成条件6では、スピンコヒーレンス時間T
2は約2.23msであった。また、
図3においてプロット記号「○」および「×」で示されているように、スピンコヒーレンス時間T
2について、測定値「○」の最大値と計算値「×」との間には相関があることが示されており、窒素濃度がスピンコヒーレンス時間T
2を限定する要因であることが示された。
【0050】
以上、実施例1では、ミリ秒以上のスピンコヒーレンス時間T2を有するNV中心を形成することができた。表2中の合成条件3から合成条件5に示すミリ秒以上のスピンコヒーレンス時間T2は、室温の環境下において現時点では最長レベルであった。合成条件3から合成条件5によると、このようなスピンコヒーレンス時間T2が長いNV中心を有する合成ダイヤモンドを、コンスタントに製造できることが確認された。