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特開2024-106089鋼管杭継手用電縫鋼管、鋼管杭継手および鋼管杭
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024106089
(43)【公開日】2024-08-07
(54)【発明の名称】鋼管杭継手用電縫鋼管、鋼管杭継手および鋼管杭
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20240731BHJP
   C22C 38/58 20060101ALI20240731BHJP
   C22C 38/60 20060101ALN20240731BHJP
   C21D 8/10 20060101ALN20240731BHJP
   C21D 9/08 20060101ALN20240731BHJP
【FI】
C22C38/00 301F
C22C38/58
C22C38/00 301Z
C22C38/60
C21D8/10 A
C21D9/08 F
C21D9/08 D
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023010190
(22)【出願日】2023-01-26
(71)【出願人】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100184859
【弁理士】
【氏名又は名称】磯村 哲朗
(74)【代理人】
【識別番号】100123386
【弁理士】
【氏名又は名称】熊坂 晃
(74)【代理人】
【識別番号】100196667
【弁理士】
【氏名又は名称】坂井 哲也
(74)【代理人】
【識別番号】100130834
【弁理士】
【氏名又は名称】森 和弘
(72)【発明者】
【氏名】松本 晃英
(72)【発明者】
【氏名】岩田 直道
(72)【発明者】
【氏名】井手 信介
【テーマコード(参考)】
4K032
4K042
【Fターム(参考)】
4K032AA01
4K032AA02
4K032AA04
4K032AA05
4K032AA08
4K032AA11
4K032AA14
4K032AA16
4K032AA19
4K032AA21
4K032AA22
4K032AA23
4K032AA27
4K032AA29
4K032AA31
4K032AA35
4K032AA36
4K032AA39
4K032AA40
4K032BA01
4K032BA03
4K032CA02
4K032CA03
4K032CB02
4K032CC03
4K032CD02
4K032CD03
4K032CL03
4K042AA06
4K042BA01
4K042BA05
4K042BA11
4K042CA02
4K042CA03
4K042CA05
4K042CA06
4K042CA08
4K042CA09
4K042CA10
4K042CA12
4K042CA13
4K042CA14
4K042DA01
4K042DA02
4K042DB01
4K042DC01
4K042DC02
4K042DC03
4K042DD02
4K042DD03
4K042DD04
4K042DE02
(57)【要約】
【課題】切削性に優れる鋼管杭継手用電縫鋼管を提供する。
【解決手段】母材部と電縫溶接部を有する鋼管杭継手用電縫鋼管であって、電縫溶接部の内表面から1mm深さ位置、電縫溶接部の外表面から1mm深さ位置、母材部の内表面から1mm深さ位置、および母材部の外表面から1mm深さ位置において、それぞれ荷重10gfのビッカース試験を実施した場合に、前記各位置のそれぞれにおいて、平均硬さ+40HV以上の圧痕の個数割合が0.30以下であり、偏心度Eが0.20以上の圧痕の個数割合が0.40以下である、鋼管杭継手用電縫鋼管。ただし、前記偏心度Eは、圧痕の対角線の交点をO、各頂点を反時計回り順にA、B、C、Dとして、線分OA、線分OB、線分OC、線分ODの長さの最大値、最小値、平均値をそれぞれLmax、Lmin、Laveとしたとき、(1)式により求められる値である。
E=(Lmax-Lmin)/Lave ・・・(1)
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
母材部と電縫溶接部を有する鋼管杭継手用電縫鋼管であって、
電縫溶接部の内表面から1mm深さ位置、電縫溶接部の外表面から1mm深さ位置、母材部の内表面から1mm深さ位置、および母材部の外表面から1mm深さ位置において、それぞれ荷重10gfのビッカース試験を実施した場合に、
前記各位置のそれぞれにおいて、
平均硬さ+40HV以上の圧痕の個数割合が0.30以下であり、
偏心度Eが0.20以上の圧痕の個数割合が0.40以下である、鋼管杭継手用電縫鋼管。
ただし、前記偏心度Eは、圧痕の対角線の交点をO、各頂点を反時計回り順にA、B、C、Dとして、線分OA、線分OB、線分OC、線分ODの長さの最大値、最小値、平均値をそれぞれLmax、Lmin、Laveとしたとき、(1)式により求められる値である。
E=(Lmax-Lmin)/Lave ・・・(1)
【請求項2】
母材部の成分組成は、質量%で、
C:0.020%以上0.200%以下、
Si:0.50%以下、
Mn:0.30%以上2.00%以下、
P:0.050%以下、
S:0.0200%以下、
Al:0.005%以上0.100%以下、および
N:0.0100%以下を含有し、
さらに任意選択的に、
Nb:0.080%以下、
V:0.080%以下、
Ti:0.080%以下、
Cu:0.50%以下、
Ni:0.50%以下、
Cr:0.50%以下、
Mo:0.50%以下、
Ca:0.0050%以下、
B:0.0050%以下、
Mg:0.020%以下、
Zr:0.020%以下、
REM:0.020%以下のなかから選ばれる1種または2種以上を含有し、
残部がFeおよび不可避的不純物からなる、請求項1に記載の鋼管杭継手用電縫鋼管。
【請求項3】
母材部の肉厚中央における鋼組織は、
平均結晶粒径が15.0μm以下であり、
電縫溶接部の内表面から1mm深さ位置、電縫溶接部の外表面から1mm深さ位置、母材部の内表面から1mm深さ位置、および母材部の外表面から1mm深さ位置における鋼組織は、それぞれ、
KAM値が3.0以上5.0以下である高KAM値領域の数密度が1000個/mm以上であり、かつ円相当径が5.0μm以上の高KAM値領域の面積割合が0.050以下である、請求項1に記載の鋼管杭継手用電縫鋼管。
【請求項4】
母材部の肉厚中央における鋼組織は、
平均結晶粒径が15.0μm以下であり、
電縫溶接部の内表面から1mm深さ位置、電縫溶接部の外表面から1mm深さ位置、母材部の内表面から1mm深さ位置、および母材部の外表面から1mm深さ位置における鋼組織は、それぞれ、
KAM値が3.0以上5.0以下である高KAM値領域の数密度が1000個/mm以上であり、かつ円相当径が5.0μm以上の高KAM値領域の面積割合が0.050以下である、請求項2に記載の鋼管杭継手用電縫鋼管。
【請求項5】
鋼管を相互に連結するための機械的手段を備え、鋼管の端部に取り付けられる管状の継手であって、
請求項1~4のいずれかに記載の鋼管杭継手用電縫鋼管を用いた鋼管杭継手。
【請求項6】
請求項5に記載の鋼管杭継手を鋼管の端部に有する鋼管杭。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼管杭継手用電縫鋼管、鋼管杭継手および鋼管杭に関する。
【背景技術】
【0002】
鋼管杭を建設現場で機械的に接続するための機械式継手(鋼管杭継手)は、切削加工により製造されるために杭本体よりも薄肉となる。そのため、鋼管杭継手は、杭本体とは別に、杭本体よりも高強度の鋼管を素材として製造される。
【0003】
一方で、鋼管杭継手の素材として用いられる鋼管には、ねじ切り等の切削加工において、硬さの変動に起因する切削性の低下や工具の破損を抑制するため、硬さ分布が均一であることが求められる。
【0004】
特許文献1では、表面硬さのばらつきを制御したラインパイプ用鋼板が、特許文献2では、表面の硬さの絶対値を制御したラインパイプ用電縫鋼管が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第6521197号公報
【特許文献2】特開2017-179482号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、上記した特許文献1または特許文献2のように、鋼板または鋼管の表面の硬さを制御しても、一部の結晶粒や粒界近傍において局所的に硬い領域が生じて、切削性が低下する場合があった。
【0007】
上記の「局所的に硬い領域」は非常に微小な領域であるため、通常のビッカース硬さ試験では、周囲の低応力の領域により平均化されてしまい評価することが困難であった。
【0008】
本発明は、上記の事情を鑑みてなされたものであって、切削性に優れる鋼管杭継手用電縫鋼管を提供することを目的とする。
【0009】
なお、本発明でいう「切削性に優れる」とは、後述の切削試験において、1000m切削した時点での工具チップの逃げ面の摩耗幅が0.10mm以下であることを指す。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは鋭意検討を行った結果、所定のビッカース試験における圧痕(ビッカース試験を実施したことで被試験体にできる圧痕、ビッカース痕ともいう。)の形状が不均一であると、局所的な硬さのばらつきが大きく、切削性が低下することを知見した。
【0011】
また、硬さの高い高転位密度の組織の割合を低くし、かつそれらの連結度を低くすることにより、局所的な硬さのばらつきを小さくすることができることを見出した。
【0012】
本発明は、以上の知見に基づいて完成されたものであり、下記の要旨からなる。
[1]母材部と電縫溶接部を有する鋼管杭継手用電縫鋼管であって、
電縫溶接部の内表面から1mm深さ位置、電縫溶接部の外表面から1mm深さ位置、母材部の内表面から1mm深さ位置、および母材部の外表面から1mm深さ位置において、それぞれ荷重10gfのビッカース試験を実施した場合に、
前記各位置のそれぞれにおいて、
平均硬さ+40HV以上の圧痕の個数割合が0.30以下であり、
偏心度Eが0.20以上の圧痕の個数割合が0.40以下である、鋼管杭継手用電縫鋼管。
ただし、前記偏心度Eは、圧痕の対角線の交点をO、各頂点を反時計回り順にA、B、C、Dとして、線分OA、線分OB、線分OC、線分ODの長さの最大値、最小値、平均値をそれぞれLmax、Lmin、Laveとしたとき、(1)式により求められる値である。
E=(Lmax-Lmin)/Lave ・・・(1)
[2]母材部の成分組成は、質量%で、
C:0.020%以上0.200%以下、
Si:0.50%以下、
Mn:0.30%以上2.00%以下、
P:0.050%以下、
S:0.0200%以下、
Al:0.005%以上0.100%以下、および
N:0.0100%以下を含有し、
さらに任意選択的に、
Nb:0.080%以下、
V:0.080%以下、
Ti:0.080%以下、
Cu:0.50%以下、
Ni:0.50%以下、
Cr:0.50%以下、
Mo:0.50%以下、
Ca:0.0050%以下、
B:0.0050%以下、
Mg:0.020%以下、
Zr:0.020%以下、
REM:0.020%以下のなかから選ばれる1種または2種以上を含有し、
残部がFeおよび不可避的不純物からなる、[1]に記載の鋼管杭継手用電縫鋼管。
[3]母材部の肉厚中央における鋼組織は、
平均結晶粒径が15.0μm以下であり、
電縫溶接部の内表面から1mm深さ位置、電縫溶接部の外表面から1mm深さ位置、母材部の内表面から1mm深さ位置、および母材部の外表面から1mm深さ位置における鋼組織は、それぞれ、
KAM値が3.0以上5.0以下である高KAM値領域の数密度が1000個/mm以上であり、かつ円相当径が5.0μm以上の高KAM値領域の面積割合が0.050以下である、[1]または[2]に記載の鋼管杭継手用電縫鋼管。
[4]鋼管を相互に連結するための機械的手段を備え、鋼管の端部に取り付けられる管状の継手であって、[1]~[3]のいずれかに記載の鋼管杭継手用電縫鋼管を用いた鋼管杭継手。
[5]前記[4]に記載の鋼管杭継手を鋼管の端部に有する鋼管杭。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、切削性に優れる鋼管杭継手用電縫鋼管を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1図1は、ビッカース痕における各点を示す模式図である。
図2図2は、電縫溶接部におけるビッカース試験の位置を示す模式図である。
図3図3は、母材部におけるビッカース試験の位置を示す模式図である。
図4図4は、本発明の一実施形態に係る鋼管杭の模式図である。
図5図5は、管軸方向に垂直な断面における電縫溶接部を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下に、本発明の鋼管杭継手用電縫鋼管(以下、単に、電縫鋼管ともいう。)について説明する。
【0016】
まず、本発明の電縫鋼管の機械的特性を限定した理由について説明する。
【0017】
本発明の電縫鋼管は、母材部と電縫溶接部を有し、電縫溶接部の内表面から1mm深さ位置、電縫溶接部の外表面から1mm深さ位置、母材部の内表面から1mm深さ位置、および母材部の外表面から1mm深さ位置において、それぞれ荷重10gfのビッカース試験を実施した場合に、前記各位置のそれぞれにおいて、平均硬さ+40HV以上の圧痕の個数割合が0.30以下であり、偏心度Eが0.20以上の圧痕の個数割合が0.40以下であることを特徴とする。なお、以下、圧痕の個数割合を、単に、圧痕の割合ともいう。
前記偏心度Eは、図1のように、ビッカース痕の対角線の交点をO、各頂点を反時計回り順にA、B、C、Dとして、線分OA、線分OB、線分OC、線分ODの長さの最大値、最小値、平均値をそれぞれLmax、Lmin、Laveとしたとき、(1)式により求められる値である。
E=(Lmax-Lmin)/Lave ・・・(1)
【0018】
電縫鋼管の前記各所定の深さ位置において、荷重10gfで複数点のビッカース試験を実施した場合に、平均硬さ+40HV以上の圧痕の割合が高いと、電縫鋼管において硬さが高い領域の割合が高くなり、切削性が低下する。本発明においては、平均硬さ+40HV以上の圧痕の割合を0.30以下とする。平均硬さ+40HV以上の圧痕の割合は低いほど好ましいが、過度の低減は製造コストや製造負荷の増大を招くため、前記圧痕の割合は0.01以上であることが好ましい。前記圧痕の割合は、より好ましくは、0.02以上である。
【0019】
また、上記試験において、偏心度Eが0.20以上の圧痕の割合が高いと、電縫鋼管における局所的な硬さのばらつきが大きくなるため、切削性が低下する。本発明においては、偏心度Eが0.20以上の圧痕の割合を0.40以下とする。偏心度Eが0.20以上の圧痕の割合は低いほど好ましいが、過度の低減は製造コストや製造負荷の増大を招くため、前記圧痕の割合は0.01以上であることが好ましい。前記圧痕の割合は、より好ましくは、0.02以上である。
【0020】
ビッカース試験は、電縫溶接部、母材部ともに管軸方向に垂直な断面をそれぞれ測定面として、JIS Z 2244(2020)に記載の方法により、荷重10gfで実施する。電縫溶接部においては、図2のように、内表面から1mm深さ位置、外表面から1mm深さ位置において、電縫溶接部を中心として周方向に左右20mmずつの範囲を、0.2mm間隔で201点ずつ試験する。母材部においては、図3のように、電縫溶接部から周方向に90度の位置の内表面から1mm深さ位置、外表面から1mm深さ位置において、周方向に40mmの範囲を、0.2mm間隔で201点ずつ試験する。その後、各圧痕において、ビッカース硬さを算出するとともに、図1に示す線分OA、線分OB、線分OC、線分ODの長さをそれぞれ計測してLmax、Lmin、Laveを算出する。なお点Oは、圧痕の対角線の交点O’から平面ABCD上に下ろした垂線と平面ABCDの交点とする。すなわち、線分OA、線分OB、線分OC、線分ODの長さは、それぞれ顕微鏡画像上で計測することができる。その後、電縫溶接部の内表面から1mm深さ位置、電縫溶接部の外表面から1mm深さ位置、母材部の内表面から1mm深さ位置、および母材部の外表面から1mm深さ位置において、平均硬さ+40HV以上の圧痕の個数割合、偏心度Eが0.20以上の圧痕の個数割合をそれぞれ求める。なお、平均硬さは、それぞれの深さ位置において各圧痕から算出したビッカース硬さの平均値(算術平均値)である。
【0021】
また、本発明の電縫鋼管の母材部の成分組成は、質量%で、C:0.020%以上0.200%以下、Si:0.50%以下、Mn:0.30%以上2.00%以下、P:0.050%以下、S:0.0200%以下、Al:0.005%以上0.100%以下、およびN:0.0100%以下を含有し、任意成分として、Nb:0.080%以下、V:0.080%以下、Ti:0.080%以下、Cu:0.50%以下、Ni:0.50%以下、Cr:0.50%以下、Mo:0.50%以下、Ca:0.0050%以下、B:0.0050%以下、Mg:0.020%以下、Zr:0.020%以下、REM:0.020%以下のなかから選ばれる1種または2種以上を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなることが好ましい。
【0022】
以下、本発明の電縫鋼管の母材部の有する好ましい成分組成について説明する。本明細書において、特に断りがない限り、成分組成における元素の含有量を示す「%」は「質量%」を意味する。
【0023】
C:0.020%以上0.200%以下
Cは固溶強化により鋼の強度を上昇させる元素である。また、Cは鋼の焼入れ性を向上させることで、結晶粒を微細化させて、鋼の強度を上昇させるとともに、後述する高KAM値領域の数密度を高くする元素である。このような効果を得るためには、0.020%以上のCを含有することが好ましい。しかしCを過度に含有すると、硬質なパーライト、マルテンサイト、オーステナイトが過剰に生成し、平均硬さ+40HV以上の圧痕(ビッカース痕)の割合が高くなる。また、偏心度Eが0.20以上の圧痕の割合が高くなる。また、円相当径が5.0μm以上の高KAM値領域の面積割合が増加する。そのため、C含有量は0.200%以下が好ましい。C含有量は、より好ましくは0.025%以上であり、0.180%以下である。C含有量は、更に好ましくは0.030%以上であり、0.170%以下である。
【0024】
Si:0.50%以下
Siは固溶強化により鋼の強度を上昇させる元素である。このような効果を得るためには、0.02%以上のSiを含有することが好ましい。しかしSiを過度に含有すると、平均硬さ+40HV以上の圧痕の割合が高くなる。また、偏心度Eが0.20以上の圧痕の割合が高くなる。そのため、Si含有量は0.50%以下とすることが好ましい。Si含有量は、より好ましくは0.05%以上であり、0.40%以下である。Si含有量は、更に好ましくは0.08%以上であり、0.30%以下である。
【0025】
Mn:0.30%以上2.00%以下
Mnは固溶強化により鋼の強度を上昇させる元素である。また、Mnは鋼の焼入れ性を向上させることで、結晶粒を微細化させて、鋼の強度を上昇させるとともに、高KAM値領域の数密度を高くする元素である。このような効果を得るためには、0.30%以上のMnを含有することが好ましい。しかしMnを過度に含有すると、硬質なマルテンサイト、オーステナイトが過剰に生成し、平均硬さ+40HV以上の圧痕の割合が高くなる。また、偏心度Eが0.20以上の圧痕の割合が高くなる。また、円相当径が5.0μm以上の高KAM値領域の面積割合が増加する。そのため、Mn含有量は2.00%以下とすることが好ましい。Mn含有量は、より好ましくは0.40%以上であり、1.90%以下である。Mn含有量は、更に好ましくは0.50%以上であり、1.80%以下である。
【0026】
P:0.050%以下
Pは、粒界に偏析し靭性を低下させるため、不可避的不純物としてできるだけ低減することが好ましく、P含有量は0.050%以下の範囲内とすることが好ましい。P含有量は、より好ましくは0.040%以下であり、更に好ましくは0.030%以下である。なお、特にPの下限は規定しないが、過度の低減は製錬コストの高騰を招くため、P含有量は0.001%以上とすることが好ましい。
【0027】
S:0.0200%以下
Sは、鋼中では通常、MnSとして存在するが、MnSは、熱間圧延工程で薄く延伸され、延性および靭性に悪影響を及ぼす。このため、本発明ではSをできるだけ低減することが好ましく、S含有量は0.0200%以下とすることが好ましい。S含有量は、より好ましくは0.0100%以下であり、更に好ましくは0.0050%以下である。なお、特にSの下限は規定しないが、過度の低減は製錬コストの高騰を招くため、S含有量は0.0001%以上とすることが好ましい。
【0028】
Al:0.005%以上0.100%以下
Alは、強力な脱酸剤として作用する元素である。このような効果を得るためには、0.005%以上のAlを含有することが好ましい。しかしAlを過度に含有すると、溶接性が悪化するとともに、アルミナ系介在物が多くなり、表面性状が悪化する。このため、Al含有量は0.100%以下とすることが好ましい。Al含有量は、より好ましくは0.010%以上であり、0.080%以下である。Al含有量は、更に好ましくは0.015%以上であり、0.070%以下である。
【0029】
N:0.0100%以下
Nは、不可避的不純物であり、転位の運動を強固に固着することで延性および靭性を低下させる作用を有する元素である。本発明では、Nは不純物としてできるだけ低減することが望ましいが、Nの含有量は0.0100%までは許容できる。このため、N含有量は0.0100%以下とする。N含有量は、好ましくは0.0080%以下である。更に好ましくは0.0060%以下である。なお、特にNの下限は規定しないが、過度の低減は製錬コストの高騰を招くため、N含有量は0.0010%以上とすることが好ましい。
【0030】
本発明の電縫鋼管の母材部は、上記成分を基本成分(必須成分)とすることができる。また、残部はFeおよび不可避的不純物とすることができる。
【0031】
また、本発明の電縫鋼管の母材部は、さらに、任意選択的に、以下のなかから選ばれる1種または2種以上を含有することができる。
【0032】
Nb:0.080%以下
Nbは、鋼中で微細な炭化物、窒化物を形成することで鋼の強度向上に寄与する。また、Nbは、熱間圧延中のオーステナイトの粗大化を抑制することで組織の微細化にも寄与し、鋼の強度を上昇させるとともに、高KAM値領域の数密度を高くする元素であり、必要に応じて含有できる。上記した効果を得るため、Nbを含有する場合は、0.002%以上のNbを含有することが好ましい。しかしNbを過度に含有すると、高KAM値領域の数密度が低くなる。また、円相当径が5.0μm以上の高KAM値領域の面積割合が増加する。このため、Nbを含有する場合は、Nb含有量は0.080%以下とすることが好ましい。Nb含有量は、より好ましくは0.005%以上であり、0.070%以下である。Nb含有量は、更に好ましくは0.010%以上であり、0.060%以下である。
【0033】
V:0.080%以下
Vは、鋼中で微細な炭化物、窒化物を形成することで鋼の強度向上に寄与する元素であり、必要に応じて含有できる。上記した効果を得るため、Vを含有する場合は、0.002%以上のVを含有することが好ましい。しかしVを過度に含有すると、高KAM値領域の数密度が低くなる。また、円相当径が5.0μm以上の高KAM値領域の面積割合が増加する。このため、Vを含有する場合は、V含有量は0.080%以下とすることが好ましい。V含有量は、より好ましくは0.005%以上であり、0.070%以下である。V含有量は、更に好ましくは0.010%以上であり、0.060%以下である。
【0034】
Ti:0.080%以下
Tiは、鋼中で微細な炭化物、窒化物を形成することで鋼の強度向上に寄与する元素であり、また、Nとの親和性が高いため鋼中の固溶Nの低減にも寄与する元素であり、必要に応じて含有できる。上記した効果を得るため、Tiを含有する場合は、0.002%以上のTiを含有することが好ましい。しかしTiを過度に含有すると、高KAM値領域の数密度が低くなる。また、円相当径が5.0μm以上の高KAM値領域の面積割合が増加する。このため、Tiを含有する場合は、Ti含有量は0.080%以下とすることが好ましい。Ti含有量は、より好ましくは0.005%以上であり、0.070%以下である。Ti含有量は、更に好ましくは0.010%以上であり、0.060%以下である。
【0035】
Cu:0.50%以下、Ni:0.50%以下
Cu、Niはそれぞれ、固溶強化により鋼の強度を上昇させる元素であり、また、鋼の焼入れ性を高め、組織の微細化にも寄与し、鋼の強度を上昇させるとともに、高KAM値領域の数密度を高くする元素であり、必要に応じて含有することができる。上記した効果を得るため、Cu、Niを含有する場合は、Cu、Niの含有量はそれぞれCu:0.01%以上、Ni:0.01%以上とすることが好ましい。しかしCu、Niを過度に含有すると、高KAM値領域の数密度が低くなる。また、円相当径が5.0μm以上の高KAM値領域の面積割合が増加する。よって、Cu、Niを含有する場合は、Cu、Niの含有量はそれぞれCu:0.50%以下、Ni:0.50%以下とすることが好ましい。より好ましくは、Cu:0.05%以上であり、Cu:0.40%以下であり、Ni:0.05%以上であり、Ni:0.40%以下である。更に好ましくは、Cu:0.10%以上であり、Cu:0.30%以下であり、Ni:0.10%以上であり、Ni:0.30%以下である。
【0036】
Cr:0.50%以下、Mo:0.50%以下
Cr、Moはそれぞれ、鋼の焼入れ性を高め、組織の微細化に寄与し、鋼の強度を上昇させるとともに、高KAM値領域の数密度を高くする元素であり、必要に応じて含有することができる。上記した効果を得るため、Cr、Moを含有する場合は、Cr、Moの含有量はそれぞれCr:0.01%以上、Mo:0.01%以上とすることが好ましい。しかしCr、Moを過度に含有すると、高KAM値領域の数密度が低くなる。また、円相当径が5.0μm以上の高KAM値領域の面積割合が増加する。よって、Cr、Moを含有する場合は、Cr、Moの含有量はそれぞれCr:0.50%以下、Mo:0.50%以下とすることが好ましい。より好ましくはCr:0.05%以上、Cr:0.40%以下、Mo:0.05%以上、Mo:0.40%以下であり、更に好ましくは、Cr:0.10%以上、Cr:0.30%以下、Mo:0.10%以上、Mo:0.30%以下である。
【0037】
Ca:0.0050%以下
Caは、熱間圧延工程で薄く延伸されるMnS等の硫化物を球状化することで鋼の靱性向上に寄与する元素であり、必要に応じて含有できる。上記した効果を得るため、Caを含有する場合は、0.0005%以上のCaを含有することが好ましい。しかしCaを過度に含有すると、鋼中にCa酸化物クラスターが形成され、靱性が悪化する。このため、Caを含有する場合は、Ca含有量は0.0050%以下とすることが好ましい。Ca含有量は、より好ましくは0.0008%以上であり、0.0040%以下である。Ca含有量は、更に好ましくは0.0010%以上であり、0.0035%以下である。
【0038】
B:0.0050%以下
Bは、変態開始温度を低下させることで組織の微細化に寄与し、鋼の強度を上昇させるとともに、高KAM値領域の数密度を高くする元素であり、必要に応じて含有できる。上記した効果を得るため、Bを含有する場合は、0.0002%以上のBを含有することが好ましい。しかしBを過度に含有すると、高KAM値領域の数密度が低くなる。また、円相当径が5.0μm以上の高KAM値領域の面積割合が増加する。このため、Bを含有する場合は、B含有量は0.0050%以下とすることが好ましい。B含有量は、より好ましくは0.0005%以上であり、0.0040%以下である。B含有量は、更に好ましくは0.0008%以上であり、0.0030%以下である。
【0039】
Mg:0.020%以下、Zr:0.020%以下、REM:0.020%以下
Mg、Zr、REMはそれぞれ、組織の微細化に寄与し、鋼の強度を上昇させるとともに、高KAM値領域の数密度を高くする元素であり、必要に応じて含有することができる。Mg、Zr、REMの含有量はそれぞれ0%でもよいが、Mg、Zr、REMを含有する場合は、Mg、Zr、REMの含有量はそれぞれMg:0.0005%以上、Zr:0.0005%以上、REM:0.0005%以上とすることが好ましい。しかしMg、Zr、REMを過度に含有すると、高KAM値領域の数密度が低くなる。また、円相当径が5.0μm以上の高KAM値領域の面積割合が増加する。よって、Mg、Zr、REMを含有する場合は、それぞれMg:0.020%以下、Zr:0.020%以下、REM:0.020%以下とすることが好ましい。より好ましくは、Mg:0.010%以下、Zr:0.010%以下、REM:0.010%以下である。なお、ここで、REMは、Sc、Y、およびランタノイド元素の合計17元素の総称である。これらの17元素のうちの1種以上を鋼に含有させることができ、REM含有量は、これらの元素の合計含有量を意味する。
【0040】
残部はFeおよび不可避的不純物である。残部における不可避的不純物としては、例えば、Sn、As、Sb、Bi、Co、Pb、Zn、Oが挙げられる。ただし、本発明の効果を損なわない範囲においては、Snを0.1%以下、As、SbおよびCoをそれぞれ0.05%以下、Bi、Pb、ZnおよびOをそれぞれ0.005%以下含有することを拒むものではない。
【0041】
本発明の電縫鋼管において、母材部の肉厚中央における鋼組織は、平均結晶粒径が15.0μm以下であり、電縫溶接部の内表面から1mm深さ位置、電縫溶接部の外表面から1mm深さ位置、母材部の内表面から1mm深さ位置、および母材部の外表面から1mm深さ位置における鋼組織は、それぞれ、KAM値が3.0以上5.0以下である高KAM値領域の数密度が1000個/mm以上であり、かつ円相当径が5.0μm以上の高KAM値領域の面積割合が0.050以下であることが好ましい。
【0042】
平均結晶粒径、KAM値の分布は、SEM/EBSD法を用いて測定する。測定領域は400μm×400μm、測定ステップサイズは0.1μmとし、5視野以上の測定値を平均する。得られたEBSDデータをもとに、結晶方位解析ソフトOIM Analysis(商標)を用いて、方位差が15°以上の境界を結晶粒界(大角粒界)として、粒界および粒径の分布を得る。また、KAM値の分布像(KAMマップ)を得る。平均結晶粒径は、測定した全面積を結晶粒数で除した値と等しい面積の円の直径(円相当径)として求める。なお、平均結晶粒径を求める際には、結晶粒径が1.0μm以下の結晶粒は測定ノイズとして除外する。
【0043】
ここで、KAM(Kernel Average Misorientation)値は、以下の方法により求められる。各測定点(正六角形のピクセル)において、それを中心として3個隣までのピクセル(全37ピクセル)を用いて各ピクセル間の方位差を求め、求めた方位差の平均値をその中心のピクセルのKAM値とする。この操作を視野中の全ピクセルに対して行い、KAMマップを得る。KAM値が高いほど、その測定点における転位密度が高い傾向となるため、硬さが高い傾向となる。
【0044】
高KAM値領域の数密度、および円相当径が5.0μm以上の高KAM値領域の面積割合は、得られたKAMマップを、画像解析ソフトImageJ 1.52pを用いて解析することによって求める。まず、KAMマップを、KAM値が3.0以上5.0以下の領域(高KAM値領域)と、その他の領域で二値化する。その後、画像解析ソフトImageJ 1.52pの「Analyze Particles」機能を用いて、KAMマップに存在する高KAM値領域の数、およびそれらの面積をそれぞれ求める。また、各高KAM値領域の面積から、各高KAM値領域の円相当径をそれぞれ求める。高KAM値領域の数密度は、高KAM値領域の数(個数)をKAMマップの面積で除して求める。ただし、円相当径が2.0μm未満の高KAM値領域は測定ノイズとして除外する。また、円相当径が5.0μm以上の高KAM値領域の面積割合は、円相当径が5.0μm以上の高KAM値領域の総面積を、KAMマップの面積で除して求める。
【0045】
母材部の肉厚中央の鋼組織における平均結晶粒径が大きくなると、電縫鋼管の強度が低下する。そのため、前記平均結晶粒径は15.0μm以下であることが好ましい。前記平均結晶粒径は、より好ましくは、10.0μm以下である。なお、母材部の肉厚中央の鋼組織における平均結晶粒径が小さくなると、電縫鋼管の内表面近傍および外表面近傍の硬さが高くなり、所定の深さ位置の鋼組織における円相当径が5.0μm以上の高KAM値領域の面積割合が高くなる。そのため、前記平均結晶粒径は2.0μm以上であることが好ましい。前記平均結晶粒径はより好ましくは、3.0μm以上である。
【0046】
電縫溶接部の内表面から1mm深さ位置、電縫溶接部の外表面から1mm深さ位置、母材部の内表面から1mm深さ位置、および母材部の外表面から1mm深さ位置の鋼組織において、高KAM値領域の数密度が小さくなると、前記各所定の深さ位置の組織において高硬度の領域の面積が大きくなり、局所的な硬さのばらつきが大きくなる。そのため、前記各所定の深さ位置において荷重10gfで複数点のビッカース試験を実施した場合に、平均硬さ+40HV以上の圧痕の割合が高くなる。また、偏心度Eが0.20以上の圧痕の割合が高くなる。そのため、前記各所定の深さ位置の組織における高KAM値領域の数密度は1000個/mm以上であることが好ましい。前記数密度はより好ましくは、2000個/mm以上である。高KAM値領域の数密度が過度に大きくなると、高硬度の領域の合計の面積割合が高くなり、局所的な硬さのばらつきが大きくなる。そのため、前記各所定の深さ位置において荷重10gfで複数点のビッカース試験を実施した場合に、平均硬さ+40HV以上の圧痕の割合が高くなる。また、偏心度Eが0.20以上の圧痕の割合が高くなる。そのため、前記各所定の深さ位置の組織における高KAM値領域の数密度は50000個/mm以下であることが好ましい。前記数密度はより好ましくは、30000個/mm以下である。
【0047】
電縫溶接部の内表面から1mm深さ位置、電縫溶接部の外表面から1mm深さ位置、母材部の内表面から1mm深さ位置、および母材部の外表面から1mm深さ位置の鋼組織において、円相当径が5.0μm以上の高KAM値領域の面積割合が大きくなると、前記各所定の深さ位置の組織において高硬度の領域の面積が大きくなり、局所的な硬さのばらつきが大きくなるため、前記各所定の深さ位置において荷重10gfで複数点のビッカース試験を実施した場合に、平均硬さ+40HV以上の圧痕の割合が高くなる。また、偏心度Eが0.20以上の圧痕の割合が高くなる。そのため、前記各所定の深さ位置の組織における円相当径が5.0μm以上の高KAM値領域の面積割合は、0.050以下であることが好ましい。前記面積割合は、より好ましくは、0.030以下である。前記面積割合は低いほど好ましいが、過度の低減は製造コストや製造負荷の増大を招くため、前記面積割合は0.001以上であることが好ましい。前記面積割合は、より好ましくは、0.002以上である。
【0048】
さらに、母材部の肉厚中央における鋼組織は、フェライトとベイナイトの合計の体積率が80%以上であり、残部がパーライト、マルテンサイトおよびオーステナイトのうちから選ばれた1種または2種以上を含むことが好ましい。より好ましくは、残部は、パーライト、マルテンサイトおよびオーステナイトのうちから選ばれた1種または2種以上からなる。
【0049】
フェライトは軟質な組織である。また、ベイナイトはフェライトよりも硬質であり、パーライト、マルテンサイトおよびオーステナイトよりも軟質な組織である。
【0050】
ベイナイトの体積率が低くなると、軟質なフェライトの割合が高くなり、強度が低下する。そのため、ベイナイトの体積率は10%以上とすることが好ましい。ベイナイトの体積率は、より好ましくは20%以上である。
【0051】
フェライトとベイナイトの合計の体積率が低くなると、電縫鋼管の内表面近傍および外表面近傍において硬質なパーライト、マルテンサイトおよびオーステナイトの割合が高くなる。その結果、前記各所定の深さ位置の組織において高KAM値領域の数密度が高くなり、円相当径が5.0μm以上の高KAM値領域の面積割合が高くなる。そのため、フェライトとベイナイトの合計の体積率は080%以上であることが好ましい。前記合計の体積率は、より好ましくは85%以上である。一方、硬質なパーライト、マルテンサイトおよびオーステナイトの割合が0%に近付くと延性が低下するため、フェライトとベイナイトの合計の体積率は、99%以下であることが好ましい。前記合計の体積率は、より好ましくは98%以下である。
【0052】
オーステナイトを除く上記の各種組織は、オーステナイト粒界またはオーステナイト粒内の変形帯を核生成サイトとする。熱間圧延において、オーステナイトの再結晶が生じにくい低温での圧下量を大きくすることで、オーステナイトに多量の転位を導入してオーステナイトを微細化し、かつ粒内に多量の変形帯を導入することができる。これにより、核生成サイトの面積が増加して核生成頻度が高くなり、鋼組織を微細化することができる。
【0053】
ここで、鋼組織の観察は、以下に記載の方法で行うことができる。まず、組織観察用の試験片を、観察面が電縫鋼管の管軸方向および肉厚方向の両方に平行な断面かつ肉厚中央部となるように採取し、研磨した後、ナイタール腐食して作製する。組織観察は、光学顕微鏡(倍率:1000倍)または走査型電子顕微鏡(SEM、倍率:1000倍)を用いて、肉厚中央部における組織を観察し、撮像する。次に、得られた光学顕微鏡像およびSEM像から、ベイナイトおよび残部(フェライト、パーライト、マルテンサイト、オーステナイト)の面積率を求める。各組織の面積率は、5視野以上で観察を行い、各視野で得られた値の平均値として算出する。なお、本発明では、組織観察により得られる面積率を、各組織の体積率とする。
【0054】
フェライトは、拡散変態による生成物のことであり、転位密度が低くほぼ回復した組織を呈する。ポリゴナルフェライトおよび擬ポリゴナルフェライトがこれに含まれる。
【0055】
ベイナイトは、転位密度が高いラス状のフェライトとセメンタイトの複相組織である。
【0056】
パーライトは、鉄と鉄炭化物の共析組織(フェライト+セメンタイト)であり、線状のフェライトとセメンタイトが交互に並んだラメラ状の組織を呈する。
【0057】
マルテンサイトは、転位密度が非常に高いラス状の低温変態組織である。SEM像では、フェライトやベイナイトと比較して明るいコントラストを示す。
【0058】
なお、光学顕微鏡像およびSEM像ではマルテンサイトとオーステナイトの識別が難しい。そのため、得られるSEM像からマルテンサイトあるいはオーステナイトとして観察された組織の面積率を測定し、その測定値から後述する方法で測定するオーステナイトの体積率を差し引いた値を、マルテンサイトの体積率とする。
【0059】
オーステナイトはfcc相であり、オーステナイトの体積率の測定は、上記試験片と同様の方法で作製した試験片を用いて、X線回折により行う。得られたfcc鉄の(200)、(220)、(311)面とbcc鉄の(200)、(211)面の積分強度からオーステナイトの体積率を求める。
【0060】
また、本発明の電縫鋼管は、内圧や軸方向の荷重に耐えるため、降伏強度が400MPa以上であることが好ましい。降伏強度は、より好ましくは、450MPa以上である。降伏強度が過度に高くなると電縫鋼管の切削性が低下する。そのため、降伏強度は1100MPa以下であることが好ましい。降伏強度は、より好ましくは、1000MPa以下である。強度測定に用いる試験片は、引張方向が管軸方向と平行になるように、JIS5号の全厚引張試験片を電縫鋼管の母材部から採取する。引張試験は、JIS Z 2241の規定に準拠して実施する。降伏強度(MPa)は、公称ひずみ0.5%における流動応力とする。
【0061】
また、本発明の電縫鋼管は、切削試験において、1000m切削した時点での工具チップの逃げ面の摩耗幅が0.10mm以下であることが好ましい。前記摩耗幅は、より好ましくは、0.08mm以下である。切削試験は、電縫鋼管を旋盤に設置し、P10種超硬工具(JIS B 4053)である直方体チップを用いて、切削速度100m/分、送り0.1mm/rev、切込み深さ0.5mmの条件で電縫鋼管の外周または内周を切削して実施する。1000m切削したところで切削を止め、工具チップの逃げ面の摩耗幅を測定する。
【0062】
本発明の電縫鋼管の肉厚は、一例として5mm以上である。また、本発明の電縫鋼管の肉厚は、一例として40mm以下である。
【0063】
次に、本発明の一実施形態における電縫鋼管の製造方法を説明する。
【0064】
本発明の電縫鋼管は、例えば、上記した成分組成を有する鋼素材を、以下の加熱工程、熱間圧延工程、冷却工程を施した後、コイル状に巻取り熱延鋼板とし、その後、前記熱延鋼板を冷間ロール成形により円筒状に成形し、電縫溶接した後、以下の熱処理工程を施すことにより製造される。
【0065】
なお、以下の製造方法の説明において、温度に関する「℃」表示は、特に断らない限り、鋼素材や鋼板(熱延板)の表面温度および鋼管の外表面温度とする。これらの表面温度は、放射温度計等で測定することができる。また、鋼板内部および鋼管内表面の温度は、鋼板断面内および鋼管断面内の温度分布を伝熱解析により計算し、その結果を鋼板の表面温度または鋼管の外表面温度によって補正することで求めることができる。また、「熱延鋼板」には、熱延板、熱延鋼帯も含むものとする。
【0066】
本発明において、鋼素材(鋼スラブ)の溶製方法は特に限定されず、転炉、電気炉、真空溶解炉等の公知の溶製方法のいずれもが適合する。鋳造方法も特に限定されないが、連続鋳造法等の公知の鋳造方法により、所望寸法に製造される。なお、連続鋳造法に代えて、造塊-分塊圧延法を適用しても何ら問題はない。溶鋼にはさらに、取鍋精錬等の二次精錬を施してもよい。
【0067】
次いで、得られた鋼素材(鋼スラブ)に加熱工程を施し、次いで熱間圧延工程を施し、次いで冷却工程を施し、次いでコイル状に巻取り熱延鋼板とする。
【0068】
加熱工程においては、例えば、加熱温度:1100℃以上1300℃以下に鋼素材を加熱する。
【0069】
加熱温度が低いと、被圧延材の変形抵抗が大きくなり圧延が困難となる。一方、加熱温度が高いと、オーステナイト粒が粗大化し、後の圧延(粗圧延、仕上圧延)において微細なオーステナイト粒が得られず、平均結晶粒径が大きくなる。このため、熱間圧延工程における加熱温度は、1100℃以上1300℃以下とすることが好ましい。前記加熱温度は、より好ましくは1120℃以上1280℃以下である。
【0070】
なお、本発明では、鋼スラブ(スラブ)を製造した後、一旦室温まで冷却し、その後再度加熱する従来法を採用できる。これに加えて、室温まで冷却しないで、温片のままで加熱炉に装入する、あるいは、わずかの保熱を行った後に直ちに圧延する、これらの直送圧延の省エネルギープロセスも問題なく適用できる。
【0071】
熱間圧延工程においては、例えば、1/4t(t:板厚)位置における温度が1000℃以上1100℃以下の範囲において、圧下率10%以上50%以下の圧下を50s以下の間隔で5回以上行い、仕上圧延における合計圧下率が50%以上、仕上圧延終了温度が750℃以上850℃以下となるように熱間圧延を施す。なお、1000℃以上1100℃以下の範囲における圧下は、粗圧延で施されてもよいし、仕上圧延で施されてもよいし、粗圧延と仕上圧延の両方で施されてもよい。
【0072】
1000℃以上1100℃以下における各圧下の圧下率が低いと、オーステナイトが粗大化し、平均結晶粒径が大きくなる。また、オーステナイトの再結晶が不十分となり、焼入れ性の高い粗大なオーステナイトが残存し、高KAM値領域の数密度が低くなり、円相当径が5.0μm以上の高KAM値領域の面積率が高くなる。一方、前記圧下率が高いと、被圧延材の変形抵抗が大きくなり圧延が困難となる。このため、前記圧下率は、10%以上50%以下とすることが好ましい。前記圧下率は、より好ましくは15%以上であり、45%以下である。
【0073】
1000℃以上1100℃以下における各圧下の間隔(時間の間隔)が長いと、オーステナイトが粗大化し、平均結晶粒径が大きくなる。また、オーステナイトの再結晶が不十分となり、焼入れ性の高い粗大なオーステナイトが残存し、高KAM値領域の数密度が低くなり、円相当径が5.0μm以上の高KAM値領域の面積割合が高くなる。このため、前記間隔は、50s以下とすることが好ましい。前記間隔は、より好ましくは45s以下である。前記間隔は短いほど好ましいが、過度の低減は製造コストや製造負荷の増大を招くため、前記間隔は5s以上であることが好ましい。ここで、圧下の間隔とは、被圧延材の同一箇所に対して、圧下を行ってから、次の圧下を行うまでの時間の間隔(圧延パス間の時間の間隔)である。なお、各圧下の間に冷却してもよく、この場合の冷却は、空冷でもよいが、必要に応じて水冷を施してもよい。
【0074】
1000℃以上1100℃以下における圧下の回数が少ないと、オーステナイトが粗大化し、平均結晶粒径が大きくなる。また、オーステナイトの再結晶が不十分となり、焼入れ性の高い粗大なオーステナイトが残存し、高KAM値領域の数密度が低くなり、円相当径が5.0μm以上の高KAM値領域の面積割合が高くなる。このため、前記圧下の回数は、5回以上とすることが好ましい。前記圧下の回数は、より好ましくは7回以上である。なお、前記圧下の回数が過度に多くなると各圧下における圧下率が低くなるため、前記圧下の回数は15回以下とすることが好ましい。
【0075】
仕上圧延における合計圧下率が低いと、オーステナイトが粗大化し、平均結晶粒径が大きくなる。このため、前記合計圧下率は、50%以上とすることが好ましい。前記合計圧下率は、より好ましくは55%以上である。前記合計圧下率が高いと、平均結晶粒径が小さくなる。このため、前記合計圧下率は、80%以下とすることが好ましい。前記合計圧下率は、より好ましくは75%以下である。
【0076】
上記した仕上圧延における合計圧下率とは、仕上圧延における各圧延パスの圧下率の合計をさす。
【0077】
仕上板厚は、必要圧下率の確保や鋼板温度管理の観点より、5mm以上40mm以下とすることが好ましい。
【0078】
仕上圧延終了温度が低いと、仕上圧延中にフェライト変態開始温度以下になり、多量の加工フェライトが生成し、延性が低下する。一方、仕上圧延終了温度が高いと、微細なオーステナイト粒が得られなくなり、平均結晶粒径が大きくなる。そのため、仕上圧延終了温度は、750℃以上850℃以下とすることが好ましい。仕上圧延終了温度は、より好ましくは770℃以上であり、830℃以下である。
【0079】
冷却工程においては、例えば、板厚中心位置における平均冷却速度:5℃/s以上40℃/s以下、冷却停止温度:400℃以上650℃以下である冷却を施す。
【0080】
平均冷却速度が低いと、組織が粗大化し、平均結晶粒径が大きくなる。また、ベイナイト分率が低くなる。平均冷却速度が高いと、表層におけるマルテンサイトの分率が高くなり、高KAM値領域の数密度が高くなり、円相当径が5.0μm以上の高KAM値領域の面積割合が高くなる。そのため、平均冷却速度は5℃/s以上40℃/s以下とすることが好ましい。平均冷却速度は、より好ましくは10℃/s以上であり、35℃/s以下である。なお、平均冷却速度は、特に断らない限り、[(冷却開始温度-冷却停止温度)/冷却開始温度から冷却停止温度までの冷却時間]とする。
【0081】
冷却停止温度が低いと、表層におけるマルテンサイトの分率が高くなり、高KAM値領域の数密度が高くなり、円相当径が5.0μm以上の高KAM値領域の面積割合が高くなる。冷却停止温度が高いと、組織が粗大化し、平均結晶粒径が大きくなる。また、ベイナイト分率が低くなる。そのため、冷却停止温度は400℃以上650℃以下とすることが好ましい。冷却停止温度は、より好ましくは450℃以上であり、600℃以下である。
【0082】
次いで、前記熱延鋼板を冷間ロール成形により円筒状に成形し、電縫溶接した後、熱処理工程を施す。
【0083】
熱処理工程においては、例えば、電縫溶接部の外表面における900℃以上の合計加熱時間:100s以下、かつ電縫溶接部の内表面における昇温速度:3℃/s以上となるように、電縫溶接部の外表面から誘導加熱を施す。なお、加熱方法は前記の方法に限定されず、加熱炉により管全体を加熱してもよいし、誘導加熱により管全体を加熱してもよい。その場合、管全体の温度履歴が均一になるように制御する。また、前記昇温速度は、400~800℃の温度域における平均昇温速度とする。次いで、例えば、電縫溶接部の内表面における平均冷却速度:10℃/s以上50℃/s以下となるように、電縫溶接部の外表面から水冷を施す。なお、冷却方法は前記の方法に限定されず、内面から冷却してもよいし、水槽により管全体を冷却してもよいし、内外面からスプレーにより管全体を冷却してもよい。その場合、管全体の温度履歴が均一になるように制御する。また、前記平均冷却速度は、400~700℃の温度域における平均冷却速度とする。次いで、必要に応じて、硬さを調整するために焼戻しを実施してもよい。
【0084】
電縫溶接部の外表面における900℃以上の合計加熱時間が長いと、組織が粗大化し、平均結晶粒径が大きくなる。また、外表面における粗大なマルテンサイトの分率が高くなり、マルテンサイト同士が連結し、高KAM値領域の数密度が低くなり、円相当径が5.0μm以上の高KAM値領域の面積割合が高くなる。そのため、前記合計加熱時間は100s以下とすることが好ましい。前記合計加熱時間はより好ましくは90s以下である。前記合計加熱時間が短いと、加熱時に組織が完全にオーステナイト化しなくなる恐れがあるため、前記合計加熱時間は10s以上とすることが好ましい。
【0085】
電縫溶接部の内表面における昇温速度が低いと、組織が粗大化し、平均結晶粒径が大きくなる。また、外表面における高KAM値領域の数密度が低くなり、円相当径が5.0μm以上の高KAM値領域の面積割合が高くなる。そのため、前記昇温速度は3℃/s以上とすることが好ましい。前記昇温速度はより好ましくは5℃/s以上である。前記昇温速度が高いと、加熱時に組織が完全にオーステナイト化しなくなる恐れがあるため、前記昇温速度は50℃/s以下とすることが好ましい。
【0086】
電縫溶接部の内表面における平均冷却速度が低いと、組織が粗大化し、平均結晶粒径が大きくなる。また、ベイナイト分率が低くなる。そのため、前記平均冷却速度は10℃/s以上とすることが好ましい。前記平均冷却速度はより好ましくは15℃/s以上である。前記平均冷却速度が高いと、内表面におけるマルテンサイトの分率が高くなり、高KAM値領域の数密度が高くなり、円相当径が5.0μm以上の高KAM値領域の面積割合が高くなる。そのため、前記平均冷却速度は50℃/s以下とすることが好ましい。前記平均冷却速度はより好ましくは40℃/s以下である。
【0087】
なお、鋼管が電縫鋼管であるかどうかは、電縫鋼管を管軸方向と垂直に切断し、溶接部(電縫溶接部)を含む切断面を研磨後腐食し、光学顕微鏡で観察することにより判断できる。溶接部(電縫溶接部)の溶融凝固部の管周方向の幅が、管全厚にわたり1.0μm以上1000μm以下であれば、電縫鋼管である。
【0088】
ここで、腐食液は鋼成分、鋼管の種類に応じて適切なものを選択すればよい。また、溶融凝固部は、腐食後の前記断面を図5に模式図で示すように、図5において母材部5および溶接熱影響部6と異なる組織形態やコントラストを有する領域7として視認できる。例えば、炭素鋼および低合金鋼の電縫鋼管の溶融凝固部は、ナイタールで腐食した前記断面において、光学顕微鏡で白く観察される領域として特定できる。また、炭素鋼および低合金鋼のUOE鋼管の溶融凝固部は、ナイタールで腐食した前記断面において、光学顕微鏡でセル状またはデンドライト状の凝固組織を含有する領域として特定できる。
【0089】
本発明の鋼管杭継手は、前記電縫鋼管を切断し所定の長さにした後、切削加工により適宜の機械的継手手段(鋼管を相互に連結するための機械的手段)を与えて、管状等の目的形状の継手とすることで作製される。
【0090】
本発明の鋼管杭は、前記鋼管杭継手を杭本体となる鋼管に取り付けることで作製される。具体的には、本発明の鋼管杭は、前記鋼管杭継手を杭本体となる鋼管の端部に溶接して接合することで作製される。一般的には、鋼管杭の一方の端部にピン継手、他方の端部にボックス継手をそれぞれ接合する。
【0091】
鋼管杭継手の形状は、対となる継手同士が機械的に接合される構造を有していればよい。例えば、ねじ式の継手構造が考えられる。図4に示す鋼管杭は、前記鋼管杭の施工時に、図4に示すように、鋼管杭2の上端側がボックス継手4および鋼管杭1の下端側がピン継手3となるように、地中に打設する。地中に打設された下側鋼管杭2に上側鋼管杭1を接続する場合、クレーン等によって下端がピン継手3となるように上側鋼管杭1を吊る。そして、上側鋼管杭1を下降させて、上側鋼管杭1の下端のピン継手3を下側鋼管杭2の上端のボックス継手4に挿入し、その状態で上側鋼管杭1を回転させてピン継手3をボックス継手4にねじ込むことにより両鋼管杭を連結する。
【実施例0092】
以下、実施例に基づいてさらに本発明を詳細に説明する。なお、本発明は以下の実施例に限定されない。
【0093】
表1に示す成分組成を有する溶鋼を溶製し、スラブ(鋼素材)とした。得られたスラブに表2に示す条件の加熱工程、熱間圧延工程、冷却工程を施して、表2に示す仕上板厚(mm)の熱延鋼板とした。その後、前記熱延鋼板をロール成形により円筒状の丸型鋼管に成形し、その突合せ部分を電縫溶接した。その後、表3に示す条件で電縫溶接部に熱処理工程を施し、丸型鋼管の上下左右に配置したロールにより縮径を加え、表3に示す外径(mm)および肉厚(mm)の鋼管杭継手用電縫鋼管を得た。
【0094】
【表1】
【0095】
【表2】
【0096】
【表3】
【0097】
得られた電縫鋼管から試験片を採取して、以下に示す平均結晶粒径測定、高KAM値領域の数密度の測定、円相当径が5.0μm以上の高KAM値領域の面積割合の測定、組織観察、引張試験、ビッカース試験、切削試験をそれぞれ実施した。なお、以下の「母材部」は、電縫溶接部から管周方向に90°離れた母材部のことを指す。
【0098】
〔平均結晶粒径測定〕
平均結晶粒径は、SEM/EBSD法を用いて測定した。測定領域は400μm×400μm、測定ステップサイズは0.1μmとし、母材部の肉厚中央において、5視野の測定値を平均した。得られたEBSDデータをもとに、結晶方位解析ソフトOIM Analysis(商標)を用いて、方位差が15°以上の境界を結晶粒界(大角粒界)として、粒界および粒径の分布を得た。平均結晶粒径は、測定した全面積を結晶粒数で除した値と等しい面積の円の直径(円相当径)として求めた。なお、平均結晶粒径を求める際には、結晶粒径が1.0μm以下の結晶粒は測定ノイズとして除外した。
【0099】
〔高KAM値領域の数密度の測定〕
高KAM値領域の数密度は、SEM/EBSD法を用いて測定した。測定領域は400μm×400μm、測定ステップサイズは0.1μmとした。得られたEBSDデータをもとに、結晶方位解析ソフトOIM Analysis(商標)を用いて、KAM値の分布像(KAMマップ)を得た。ここで、KAM(Kernel Average Misorientation)値は、以下の方法により求めた。各測定点(正六角形のピクセル)において、それを中心として3個隣までのピクセル(全37ピクセル)を用いて各ピクセル間の方位差を求め、求めた方位差の平均値をその中心のピクセルのKAM値とした。この操作を視野(測定領域)中の全ピクセルに対して行い、KAMマップを得た。高KAM値領域の数密度は、得られたKAMマップを、画像解析ソフトImageJ 1.52pを用いて解析することによって求めた。まず、KAMマップを、KAM値が3.0以上5.0以下の領域(高KAM値領域)と、その他の領域で二値化した。その後、画像解析ソフトImageJ 1.52pの「Analyze Particles」機能を用いて、KAMマップに存在する高KAM値領域の数を求めた。高KAM値領域の数密度は、高KAM値領域の数(個数)をKAMマップの面積で除して求めた。ただし、円相当径が2.0μm未満の高KAM値領域は測定ノイズとして除外した。電縫溶接部の内表面から1mm深さ位置、電縫溶接部の外表面から1mm深さ位置、母材部の内表面から1mm深さ位置、および母材部の外表面から1mm深さ位置において、それぞれ上記測定領域について5視野で測定を行い、平均値を算出した。この平均値を、それぞれの深さ位置の組織における高KAM値領域の数密度とした。その後、電縫溶接部の内表面から1mm深さ位置、電縫溶接部の外表面から1mm深さ位置、母材部の内表面から1mm深さ位置、および母材部の外表面から1mm深さ位置における高KAM値領域の数密度の最大値と最小値をそれぞれ求めた。
【0100】
〔円相当径が5.0μm以上の高KAM値領域の面積割合の測定〕
円相当径が5.0μm以上の高KAM値領域の面積割合は、高KAM値領域の数密度の測定の際に得られたKAMマップを、画像解析ソフトImageJ 1.52pを用いて解析することによって求めた。まず、KAMマップを、KAM値が3.0以上5.0以下の領域(高KAM値領域)と、その他の領域で二値化した。その後、画像解析ソフトImageJ 1.52pの「Analyze Particles」機能を用いて、KAMマップに存在する高KAM値領域の面積を求めた。また、各高KAM値領域の面積から、各高KAM値領域の円相当径をそれぞれ求めた。円相当径が5.0μm以上の高KAM値領域の面積割合は、円相当径が5.0μm以上の高KAM値領域の総面積を、KAMマップの面積で除して求めた。電縫溶接部の内表面から1mm深さ位置、電縫溶接部の外表面から1mm深さ位置、母材部の内表面から1mm深さ位置、および母材部の外表面から1mm深さ位置において、それぞれ上述の測定領域について5視野で測定を行い、平均値を算出した。この平均値を、それぞれの深さ位置の組織における円相当径が5.0μm以上の高KAM値領域の面積割合とした。その後、電縫溶接部の内表面から1mm深さ位置、電縫溶接部の外表面から1mm深さ位置、母材部の内表面から1mm深さ位置、および母材部の外表面から1mm深さ位置における円相当径が5.0μm以上の高KAM値領域の面積割合の最大値と最小値をそれぞれ求めた。
【0101】
〔組織観察〕
組織観察用の試験片は、観察面が電縫鋼管の管軸方向および肉厚方向の両方に平行な断面かつ肉厚中央部となるように、母材部から採取し、研磨した後、ナイタール腐食して作製した。組織観察は、光学顕微鏡(倍率:1000倍)または走査型電子顕微鏡(SEM、倍率:1000倍)を用いて、肉厚中央部における組織を観察し、撮像した。次に、得られた光学顕微鏡像およびSEM像から、ベイナイトおよび残部(フェライト、パーライト、マルテンサイト、オーステナイト)の面積率を求めた。各組織の面積率は、5視野で観察を行い、各視野で得られた値の平均値として算出した。なお、本発明では、組織観察により得られる面積率を、各組織の体積率とした。
【0102】
〔引張試験〕
引張方向が管軸方向と平行になるように、JIS5号の全厚引張試験片を電縫鋼管の母材部から採取した。引張試験は、JIS Z 2241の規定に準拠して実施した。降伏強度(MPa)は、公称ひずみ0.5%における流動応力とした。
【0103】
〔ビッカース試験〕
ビッカース試験は、電縫溶接部、母材部ともに管軸方向に垂直な断面をそれぞれ測定面として、JIS Z 2244(2020)に記載の方法により、荷重10gfで実施した。電縫溶接部においては、図2のように、内表面から1mm深さ位置、外表面から1mm深さ位置において、電縫溶接部を中心として周方向に左右20mmずつの範囲を、0.2mm間隔で201点ずつ試験した。母材部においては、図3のように、電縫溶接部から周方向に90度の位置の内表面から1mm深さ位置、外表面から1mm深さ位置において、周方向に40mmの範囲を、0.2mm間隔で201点ずつ試験した。その後、各圧痕において、ビッカース硬さを算出するとともに、図1に示す線分OA、線分OB、線分OC、線分ODの長さをそれぞれ計測してLmax、Lmin、Laveを算出した。その後、電縫溶接部の内表面から1mm深さ位置、電縫溶接部の外表面から1mm深さ位置、母材部の内表面から1mm深さ位置、および母材部の外表面から1mm深さ位置において、それぞれの深さ位置における総圧痕数(201個)に対する、平均硬さ+40HV以上の圧痕の個数割合、偏心度Eが0.20以上の圧痕の個数割合をそれぞれ求めた。なお、平均硬さは、それぞれの深さ位置において各圧痕から算出したビッカース硬さの平均値(算術平均値)である。その後、電縫溶接部の内表面から1mm深さ位置、電縫溶接部の外表面から1mm深さ位置、母材部の内表面から1mm深さ位置、および母材部の外表面から1mm深さ位置における平均硬さ+40HV以上の圧痕の個数割合の最大値と最小値をそれぞれ求めた。
【0104】
〔切削試験〕
切削試験は、電縫鋼管を旋盤に設置し、P10種超硬工具(JIS B 4053)である直方体チップを用いて、切削速度100m/分、送り0.1mm/rev、切込み深さ0.5mmの条件で前記電縫鋼管の外周または内周を切削して実施した。1000m切削したところで切削を止め、工具チップの逃げ面の摩耗幅を測定した。
【0105】
得られた結果を表4および表5に示す。
【0106】
【表4】
【0107】
【表5】
【0108】
表4および5中、No.1、2、5、7、9、10の電縫鋼管は本発明例であり、No.3、4、6、8の電縫鋼管は比較例である。
【0109】
本発明例の電縫鋼管は、いずれも電縫溶接部の内表面から1mm深さ位置、電縫溶接部の外表面から1mm深さ位置、母材部の内表面から1mm深さ位置、および母材部の外表面から1mm深さ位置において、それぞれ平均硬さ+40HV以上の圧痕の割合が0.30以下であり、偏心度Eが0.20以上の圧痕の割合が0.40以下(表5中、「平均硬さ+40HV以上の圧痕の割合の最大値」が0.30以下、かつ「偏心度Eが0.20以上の圧痕の割合の最大値」が0.40以下)であった。
【0110】
一方、比較例のNo.3の電縫鋼管は、熱間圧延工程において1000℃以上1100℃以下における圧下率の最小値が小さかった。そのため、円相当径が5.0μm以上の高KAM値領域の面積割合が高くなり、平均硬さ+40HV以上の圧痕の割合が本発明の範囲を上回った。その結果、所望の切削性が得られなかった。
比較例のNo.4の電縫鋼管は、熱間圧延工程において1000℃以上1100℃以下における圧下の間隔(圧延パス間の時間の間隔)の最大値が大きかった。そのため、円相当径が5.0μm以上の高KAM値領域の面積割合が高くなり、偏心度Eが0.20以上の圧痕の割合が本発明の範囲を上回った。その結果、所望の切削性が得られなかった。
比較例のNo.6の電縫鋼管は、熱間圧延工程において1000℃以上1100℃以下における圧下の回数が少なかった。そのため、高KAM値領域の数密度が低くなり、偏心度Eが0.20以上の圧痕の割合が本発明の範囲を上回った。その結果、所望の切削性が得られなかった。
比較例のNo.8の電縫鋼管は、熱処理工程において内表面における平均冷却速度が高かった。そのため、高KAM値領域の数密度が高くなり、フェライトとベイナイトの合計の体積率が低くなり、平均硬さ+40HV以上の圧痕の割合が本発明の範囲を上回り、偏心度Eが0.20以上の圧痕の割合が本発明の範囲を上回った。その結果、所望の切削性が得られなかった。
【符号の説明】
【0111】
1 鋼管杭(上側鋼管杭)
2 鋼管杭(下側鋼管杭)
3 ピン継手
4 ボックス継手
5 母材部
6 溶接熱影響部
7 溶融凝固部
図1
図2
図3
図4
図5