(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024106134
(43)【公開日】2024-08-07
(54)【発明の名称】難消化性澱粉高含有イネ変異体、米粉製造方法、難消化性澱粉製造方法、米粉ゲル製造方法、食品製造方法、及び難消化性澱粉高含有イネ変異体の作出方法
(51)【国際特許分類】
A01H 1/00 20060101AFI20240731BHJP
A01H 6/46 20180101ALI20240731BHJP
A23L 7/10 20160101ALI20240731BHJP
C12N 9/10 20060101ALN20240731BHJP
【FI】
A01H1/00 Z
A01H6/46
A23L7/10 Z
C12N9/10
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023010264
(22)【出願日】2023-01-26
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 掲載日 令和4年6月4日 掲載アドレス https://doi.org/10.1186/s12284-022-00573-5
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.TWEEN
(71)【出願人】
【識別番号】306024148
【氏名又は名称】公立大学法人秋田県立大学
(74)【代理人】
【識別番号】100097113
【弁理士】
【氏名又は名称】堀 城之
(74)【代理人】
【識別番号】100162363
【弁理士】
【氏名又は名称】前島 幸彦
(74)【代理人】
【識別番号】100194283
【弁理士】
【氏名又は名称】村上 大勇
(72)【発明者】
【氏名】藤田 直子
(72)【発明者】
【氏名】クロフツ 尚子
(72)【発明者】
【氏名】三浦 聡子
【テーマコード(参考)】
2B030
4B023
4B050
【Fターム(参考)】
2B030AA02
2B030AB02
2B030AD08
2B030CA01
2B030CA05
2B030CB02
4B023LC09
4B023LE07
4B023LE30
4B023LP20
4B050CC10
4B050DD13
4B050DD14
4B050KK07
4B050KK15
4B050LL02
4B050LL10
(57)【要約】
【課題】遺伝子組み換え手法を用いず、難消化性澱粉含量が高く種子重量が大きい難消化性澱粉高含有イネ変異体を提供する。
【解決手段】
イネ枝作り酵素IIb型(BEIIb)が欠損し、澱粉粒結合型スターチシンターゼGBSSIの遺伝子がインディカ米由来の高発現型であり、スターチシンターゼSSIIaがジャポニカ米由来の低活性型であり、遺伝的に固定されており、スターチシンターゼSSIIIaが正常に発現しており、非遺伝子組み換え体である。このような変異体では、イネ変異体の玄米一粒当たりの平均重量が25mg以上である。さらに、イネ変異体の生米粉における難消化性澱粉の含有率が20%以上となる。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
イネ枝作り酵素IIb型(BEIIb)が欠損し、澱粉粒結合型スターチシンターゼGBSSIの遺伝子がインディカ米由来の高発現型であり、スターチシンターゼSSIIaがジャポニカ米由来の低活性型であり、スターチシンターゼSSIIIaが正常に発現しており、遺伝的に固定されており、非遺伝子組み換え体である
ことを特徴とする難消化性澱粉高含有イネ変異体。
【請求項2】
スターチシンターゼSSIIIaが優性ホモである
ことを特徴とする請求項1に記載の難消化性澱粉高含有イネ変異体。
【請求項3】
イネ変異体の玄米一粒当たりの平均重量が25mg以上である
ことを特徴とする請求項1に記載の難消化性澱粉高含有イネ変異体。
【請求項4】
イネ変異体の生米粉における難消化性澱粉の含有率が20%以上である
ことを特徴とする請求項3に記載の難消化性澱粉高含有イネ変異体。
【請求項5】
請求項1乃至4のいずれか1項に記載の難消化性澱粉高含有イネ変異体のイネ種子の胚乳を粉末化して米粉を製造する
ことを特徴とする米粉製造方法。
【請求項6】
請求項1乃至4のいずれか1項に記載の難消化性澱粉高含有イネ変異体のイネ種子の炊飯米、及び/又は該イネ種子が粉末化された米粉から難消化性澱粉を抽出する
ことを特徴とする難消化性澱粉製造方法。
【請求項7】
請求項1乃至4のいずれか1項に記載の難消化性澱粉高含有イネ変異体の米粉に加水、加熱して米粉ゲルを製造する
ことを特徴とする米粉ゲル製造方法。
【請求項8】
請求項1乃至4のいずれか1項に記載の難消化性澱粉高含有イネ変異体のイネ種子、該イネ種子を粉末化した米粉、該米粉から抽出された難消化性澱粉、及び前記米粉に加水、加熱して製造された米粉ゲルのいずれか又は任意の組み合わせを含んで製造する
ことを特徴とする食品製造方法。
【請求項9】
非遺伝子組み換えの方式により、イネ枝作り酵素IIb型(BEIIb)が欠損し、澱粉粒結合型スターチシンターゼGBSSIの遺伝子がインディカ米由来の高発現型であり、スターチシンターゼSSIIaがジャポニカ米由来の低活性型であり、スターチシンターゼSSIIIaが正常に発現しており、遺伝的に固定させる
ことを特徴とする難消化性澱粉高含有イネ変異体の作出方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、難消化性澱粉高含有イネ変異体、米粉製造方法、難消化性澱粉製造方法、米粉ゲル製造方法、食品製造方法、及び難消化性澱粉高含有イネ変異体の作出方法に係り、特に枝作り酵素とスターチシンターゼアイソザイムの特定の組み合わせにより難消化性澱粉高含有であり、且つ種子重量が高くなる難消化性澱粉高含有イネ変異体、米粉製造方法、難消化性澱粉製造方法、米粉ゲル製造方法、食品製造方法、及び難消化性澱粉高含有イネ変異体の作出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
澱粉は不溶性であり、植物に特有の貯蔵多糖である。また、地球上のほとんどの生物が炭水化物源として、澱粉を利用している。
化学物質としての澱粉は、グルコースのα1,4による直鎖及びα1,6グルコシド結合による枝分かれ構造を含むグルコースポリマーである。
また、澱粉は、主として直鎖からなるアミロースと枝分かれ構造をもつアミロペクチンの高分子の集合体でもある。
【0003】
澱粉の生合成には、少なくとも4種類の酵素が関与していることが分かっている。この4種類の酵素は、基質供給酵素であるADPグルコースピロホスホリラーゼ(AGPase)、α1,4グルコシド結合を伸長するスターチシンターゼ(SS)、α1,6グルコシド結合からなる枝分かれ構造を形成する枝作り酵素(BE)、アミロペクチンの特徴であるクラスター構造を維持するためにBEが付加した余分な枝分かれ構造をトリミングする枝切り酵素(DBE)である。なお、各酵素には異なる遺伝子にコードされた多数のアイソザイムが存在する。また、澱粉生合成に関与する酵素は、他にもあると考えられている(非特許文献1参照)。
【0004】
一方、澱粉には、αアミラーゼ等で容易に消化される成分の澱粉と、消化されにくい難消化性澱粉が存在する。難消化性澱粉(以下、「RS」ともいう。)は、ヒトがもつ消化液では分解されにくく、高分子のまま小腸を通過して大腸に到達する澱粉のことである。難消化性澱粉は、小腸でグルコースにまで分解されにくいため、カロリーオフ効果がある。難消化性澱粉は、アミロース含量が高い澱粉に多く含まれることがある。このため、高アミローストウモロコシが、ダイエット素材として、利用されている。
【0005】
特許文献1を参照すると、遺伝子組み換え手法を用いず、難消化性澱粉含量が高いイネ変異体が記載されている。この変異体では、イネ枝作り酵素IIb型(BEIIb)の遺伝子座が劣性ホモであり、インディカ米由来のSSIIa遺伝子及びGBSSI遺伝子を交配により導入した非遺伝子組み換え体のイネ変異体を得る。当該イネ変異体は、野生型と比べて、種子重量が8割以上維持され、農業形質が維持されている。さらに、このイネ変異体のイネ種子は、難消化性澱粉含量を含んでおり、炊飯米の難消化性澱粉の含有量が10%~30%となり、アミロースの割合が35%以上となる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Y. Nakamura、Towards a better understanding of the metabolic system for amylopectin biosynthesis in plants: rice endosperm as a model tissue.、Plant Cell Physiol.、日本、Japanese Society of Plant Physiology、2002年、43、p.718-725
【非特許文献2】N. Fujita他、Function and characterization of starch synthase I using mutants in rice.、Plant Physiol.、アメリカ合衆国、American Society of Plant Biologist、2006年、140、p.1070-1084
【非特許文献3】Y. Nakamura他、Essential amino acids of starch synthase IIa differentiate amylopectin structure and starch quality between japonica and indica rice cultivars.、Plant Mol Biol.、2005年、58、p.213-227
【非特許文献4】N. Crofts他、Lack of starch synthase IIIa and high expression of granule-bound starch synthase I synergistically increase the apparent amylose content in rice endosperm.、Plant Sci、2012年、193、194、p.62-69
【非特許文献5】A. Nishi他、Biochemical and genetic analysis of the effects of amylose-extender mutation in rice endosperm.、Plant Physiol.、アメリカ合衆国、American Society of Plant Biologist、2001年、127、p.459-472
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
ここで、難消化性澱粉の含有率と米の種子重量は、トレードオフの関係にあり、つまり、難消化性澱粉の含有率が高い系統は、種子が小さくなる。
このため、特許文献1に記載された難消化性澱粉の含有率が高いイネ変異体と同等以上の難消化性澱粉の含有率でありつつ、且つ、種子重量が高いイネ変異体の開発が望まれていた。
【0009】
本発明は、このような状況に鑑みてなされたものであり、上述の課題を解消することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の難消化性澱粉高含有イネ変異体は、イネ枝作り酵素IIb型(BEIIb)が欠損し、澱粉粒結合型スターチシンターゼGBSSIの遺伝子がインディカ米由来の高発現型であり、スターチシンターゼSSIIaがジャポニカ米由来の低活性型であり、スターチシンターゼSSIIIaが正常に発現しており、遺伝的に固定されており、非遺伝子組み換え体であることを特徴とする。
本発明の難消化性澱粉高含有イネ変異体は、スターチシンターゼSSIIIaが優性ホモであることを特徴とする。
本発明の難消化性澱粉高含有イネ変異体は、イネ変異体の玄米一粒当たりの平均重量が25mg以上であることを特徴とする。
本発明の難消化性澱粉高含有イネ変異体は、イネ変異体の生米粉における難消化性澱粉の含有率が20%以上であることを特徴とする。
本発明の米粉製造方法は、前記難消化性澱粉高含有イネ変異体のイネ種子の胚乳を粉末化して米粉を製造することを特徴とする。
本発明の難消化性澱粉製造方法は、前記難消化性澱粉高含有イネ変異体のイネ種子の炊飯米、及び/又は該イネ種子が粉末化された米粉から難消化性澱粉を抽出することを特徴とする。
本発明の米粉ゲル製造方法は、前記難消化性澱粉高含有イネ変異体の米粉に加水、加熱して米粉ゲルを製造することを特徴とする。
本発明の食品製造方法は、前記難消化性澱粉高含有イネ変異体のイネ種子、該イネ種子を粉末化した米粉、該米粉から抽出された難消化性澱粉、及び前記米粉に加水、加熱して製造された米粉ゲルのいずれか又は任意の組み合わせを含んで製造することを特徴とする。
本発明の難消化性澱粉高含有イネ変異体の作出方法は、非遺伝子組み換えの方式により、イネ枝作り酵素IIb型(BEIIb)が欠損し、澱粉粒結合型スターチシンターゼGBSSIの遺伝子がインディカ米由来の高発現型であり、スターチシンターゼSSIIaがジャポニカ米由来の低活性型であり、スターチシンターゼSSIIIaが正常に発現しており、遺伝的に固定させることを特徴とする。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、イネ枝作り酵素IIb型(BEIIb)が欠損し、インディカ米由来の澱粉粒結合型スターチシンターゼGBSSIの遺伝子が高発現型であり、ジャポニカ米由来のスターチシンターゼSSIIaが低活性型であり、スターチシンターゼSSIIIaが正常に発現することで、従来と同等以上のイネ種子の難消化性澱粉の含有率で、且つ、種子重量が高いイネ変異体を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】本発明の実施例に係る完熟胚乳から抽出したタンパク質のウエスタンブロッティングの結果を示す写真である。
【
図2】本発明の実施例に係る各系統の玄米の形態を示す写真である。
【
図3】本発明の実施例に係る枝切り澱粉を用いたゲル濾過クロマトグラフィーによる(a)見かけのアミロース含量、(b)アミロペクチンの短鎖と長鎖の比率を示すグラフである。
【
図4A】本発明の実施例に係る#1203(BC
3)、秋田63号、カサラス、及びEM10(BC
3)の胚乳アミロペクチンの鎖長分布パターンの比較を示すグラフである。
【
図4B】本発明の実施例に係る#1203(BC
3)の鎖長分布の差分曲線のグラフである。
【
図4C】本発明の実施例に係る(a)#1203(BC
3)、(b)#1206(BC
3)の鎖長分布の差分曲線のグラフである。
【
図5A】本発明の実施例に係る#1206(BC
3)、秋田63号、カサラス、及び#4019(BC
3)の胚乳アミロペクチンの鎖長分布パターンの比較を示すグラフである。
【
図5B】本発明の実施例に係る#1206(BC
3)と秋田63号との差分曲線のグラフである。
【
図5C】本発明の実施例に係る(a)#1203(BC
3)、(b)#1206(BC
3)との差分曲線のグラフである。
【
図6】本発明の実施例に係る、それぞれ異なる方法で処理された米のRS値を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
<実施の形態>
以下で図面を参照して、本発明の実施の形態について説明する。
本発明者らは、健康に資する機能性米の開発と普及を目指して、食後の血糖値上昇抑制や整腸作用が期待できる難消化性澱粉の含有量(以下、「RS値」という。)を多く含む実用的なイネ変異体の作出を行っていた。加工食品を製造する際、混合割合が少量でより高い機能性を発揮させるためには、さらにRS値が高い品種の開発が必要であった。
具体的には、特許文献1に記載されたようなRS値の高いイネ変異体の系統において、RS値と米の種子重量は、トレードオフの関係にあった。つまり、RS値が高い系統は、種子が小さくなり、種子重量が低くなっていた。種子重量が低いことで、収量の低下につながり、精米効率も低下していた。従って、RS値が高く、且つ、種子重量が高い系統の開発が必要であるという技術的な要求があった。
【0014】
これに対して、本発明者らは、澱粉生合成に関する研究及び試験を鋭意行ってきた。その過程で、澱粉生合成に関与する酵素のうち、枝作り酵素(BE)IIbが欠損すると種子のRS値が著しく上昇することを発見した。さらに、BEIIb以外の澱粉生合成に関与する酵素の欠損や強発現を組み合わせることで、澱粉構造やその性質を制御できることを見出してきた。その試行錯誤の過程で、BEIIbが欠損し、澱粉粒結合型スターチシンターゼ(GBSSI)がインディカ米由来で発現が強く、スターチシンターゼ(SS)IIaの活性は弱く、SSIIIaの活性が正常という組み合わせが、RS値が高く、且つ種子重量が高い組み合わせであることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0015】
すなわち、本発明の実施の形態に係るイネ変異体は、イネ枝作り酵素IIb型(BEIIb)が欠損し(「be2b」。以下、遺伝子型の欠損型を小文字の遺伝子名で示す。)、澱粉粒結合型スターチシンターゼGBSSIの遺伝子がインディカ米由来の高発現型(「GBSS1」。以下、遺伝子型の高活性型又は高発現型を大文字の遺伝子名で示す。)であり、スターチシンターゼSSIIaがジャポニカ米由来の低活性型(「ss2aL」。以下、遺伝子型の低活性型を上付きの「L」で示す。)であり、SSIIIaが正常に発現しており、遺伝的に固定されており、非遺伝子組み換え体であることを特徴とする。
【0016】
ここで、SSIIa遺伝子は、インディカ米を野生型(SS2a)と考えたときに、ジャポニカ米のSSIIa遺伝子(ss2aL)では、4か所にアミノ酸置換が生じており、それらが原因で活性が弱くなった酵素を発現する。したがって、本実施形態においては、それぞれ、インディカ米由来のSS2aを「高活性型」、ジャポニカ米由来のss2aLを「低活性型」と呼ぶ。
一方、GBSSI遺伝子は、野生型(GBSS1)であるインディカ米に対して、ジャポニカ米のGBSSI遺伝子(gbss1L)では、イントロン1の最後の塩基に変異が生じており、そのせいでタンパク質の発現が低くなっている。したがって、本実施形態においては、それぞれ、インディカ米由来のGBSS1を「高発現型」、ジャポニカ米由来のgbss1Lを「低発現型」と呼ぶ。
また、SSIIIa遺伝子は、劣性ホモであればss3aと示し、活性を示すもの(正常に発現しているもの、優性ホモ)をSS3aと示す。
【0017】
具体的には、本実施形態に係るイネ変異体は、特定の酵素に対する抗体、分子マーカー、澱粉形質の特定等の技術を用いて、非組み換え(非遺伝子組み換え)の手法で、上述の組み合わせ(ss2aL SS3a GBSS1 be2b)の変異体米として、SS3a be2b変異体とGBSS1をもつインディカ米との交配を行ったものを取得し、分子マーカーにより選抜した。この上で、超多収米品種であり、秋田地方で栽培適性がある「秋田63号」を3回戻し交配した。最終的には、BEIIbが欠損し、且つ、GBSSIがインディカ米由来である系統を、RS値が高く且つ種子重量が高い系統として確立した。具体的には、後述する実施例で示すように、その農業形質を「秋田63号」に類似させた「#1203B-BC3」(実施例では、「#1203B(BC3)」のようにカッコ付けで記載する。)系統を、2系統分、単離した。この#1203B-BC3系統は、特許文献1に記載の従来のRS値が高いのイネ変異体種子と比べても、RS値が高く、種子重量が1.35倍程度、高かった。
このように、本実施形態に係るイネ変異体は、RS値の高い高RSのイネ変異体を加工食品として利用するに当たって、より多くのRSを含み、且つ、種子の大きさや収量などの農業形質がより高いものなるという効果が得られる。
【0018】
ここで、秋田63号は、高収量、大粒、早生のエリートイネ品種である。秋田63号の種子サイズの拡大は、種子サイズを決定するGS3及びqSW5遺伝子の機能喪失変異によるものである。さらに、秋田63号は優れた窒素吸収能力も示しており、その収量は、同じ施肥条件下で一般的に消費されるジャポニカ米品種である、あきたこまちの150%である。このため、本実施形態に係るイネ変異体では、秋田63号を使用して逐次戻し交雑を行うことで、肥料由来の窒素の環境中への放出を抑え、環境にやさしいイネ品種の開発にもつながる。
なお、アミロペクチンの構造とアミロース含量は、種子の登熟中の周囲温度の影響を受ける可能性があるため、本実施形態に係るイネ変異体の作出時に、戻し交配するエリートイネ品種は、成長環境に基づいて選択し、秋田63号以外のものを選択することも可能である。この場合も、同じ(ss2aL SS3a GBSS1 be2b)の遺伝子型とすることで、当該エリートイネ品種の特質を持ちつつ、RS値を高めることが可能となる。
【0019】
なお、いずれにしても、種子内でSSIIaの活性が低く、GBSSIの発現が高ければ、同様の効果を示す。よって、上述の#1203B-BC3系統以外の変異体であっても、同様の表現型の系統を当業者が作出することが可能である。
さらに、BEIIbに関しても、欠損によりBEIIbの活性がゼロである変異体であれば、同様の表現型となることは言うまでもない。このBEIIb遺伝子への欠損の入り方(塩基置換等)は、特に限定されず、活性がゼロになれば同様の効果が得られる。
また、他の遺伝子についても同様に、塩基置換等は特に限定されず、活性の高さ又は低さについて、同様の効果が得られる程度に有性又は劣性であればよい
【0020】
これに加えて、本発明の実施の形態に係るイネ変異体はSSIIIaが正常に発現していることを特徴とする。具体的には、SSIIIaが野生型、優性ホモ(SS3a)であることを特徴とする。
ここで、上述した#1203B-BC3系統は、スターチシンターゼSSIIIaが野生型の優性ホモ(SS3a)であるのに対して、実施例で示すSSIIIa遺伝子が欠損している#1206-BC3系統はSSIIIaが欠損している(ss3a)。これらを比較したところ、#1203B-BC3系統の方が、#1206-BC3系統よりもRS値が高く、種子が大きくなっていた。すなわち、スターチシンターゼSSIIIa遺伝子が優性ホモである方が、RS値が高く、種子重量も大きくなることが期待できる。
【0021】
また、本発明の実施の形態に係るイネ変異体は、イネ変異体の玄米一粒当たりの平均重量が25mg以上であることを特徴とする。
具体的には、本実施形態に係るイネ変異体は、秋田63号との戻し交配後、すべての系統の種子重量が大幅に増加した。後述する実施例で示すように、#1203B-BC3系統の種子は、典型的な野生型のジャポニカ米の種子(1粒あたり19~20mg)よりも150%重かった(1粒あたり28~29mg)。
このように、本実施形態のイネ変異体は、従来のRS値が高いイネ変異体よりも種子重量が大きいため、精米する上で大きなメリットとなる。また、本発明の実施の形態に係るイネ変異体は、超多収米品種と戻し交配することで、その形質を備えさせることができ、収量が高くなり、生産性の高さが経済性にも貢献する。
これにより、RSを取得したり食品を製造したりする際に低コスト化につながる。このため、実際に食品等を製造する際、又は、炊飯米として提供する際の実用性を高めることができる。
【0022】
また、本発明の実施の形態に係るイネ変異体は、イネ変異体の生米粉におけるRS値が20%以上であることを特徴とする。
このように、本実施形態に係るイネ変異体は、特許文献1のイネ変異体と比べて、#1203B-BC
3系統のように種子重量が大きくてもRS値を高めることができる。さらに、本実施形態に係るイネ変異体は、米粉及び炊飯米のRS値も高くなる。実際に、後述する実施例で示すように、野生型の秋田63号ではRS値がごくわずか(0.4%)であったものの、本実施形態に係る#1203B-BC
3系統では、
図6で示すように、生米粉のRS値は20~29%、すり潰していない炊飯米のRS値は30~35%と高くなった。なお、本実施形態においては、特に記載がない場合、「米粉」は「生米粉」である例について記載する。
また、本実施形態に係るイネ変異体では、特許文献1のイネ変異体よりも、戻し交配により開花が早くなる。これにより、種子の登熟中の温度が高くなることで、RS生合成に最適な温度が確保されることが期待できる。これにより、RSの性質をより好適なものに変化させつつ、RS値をより高めることが期待できる。
【0023】
なお、RS値は、調理方法によって大きく異なる。これに対して、本実施形態の変異体米においては、生米粉、米粉ゲル(糊化米粉)、炊飯米、及びすり潰した炊飯米(米ゲル)において、特許文献1に記載のイネ変異体と同等以上のRS値となる。このため、食品中のRS値も調理方法により変化するものの、本実施形態の変異体米を米粉又は精製澱粉として添加して食品を製造した場合、従来より少ない添加量で、所定のRS値とすることが可能という効果を得ることができる。すなわち、この場合でも、本実施形態のイネ変異体では、種子重量が大きいことから、加える種子の数自体を少なくし、つまりコストを下げることができる。
【0024】
さらに、本発明の実施の形態に係るss2aL SS3a GBSS1 be2bのイネ変異体は、既に遺伝的に固定された系統であり、この種子を植えて自殖によって稔った種子は、全て同型質になる。このため、安定して生産が可能である。
さらに、本実施形態のイネ変異体は、非遺伝子組み換え体(非組換え体)であるため、一般の水田での栽培も可能となり、大規模栽培も可能である。結果として、栽培用作物として実用性が高いRS値を含むイネ変異体を提供することができる。
また、本実施形態に係る#1203B-BC3系統のイネ変異体のように、ss2aL SS3a GBSS1 be2bのイネ変異体の農業形質等を確定し品種育成への適性を見極め、品種化することで、より農業的な生産体制を確立することが可能となる。
【0025】
また、本発明の実施の形態に係るイネ種子の胚乳から製造される澱粉は、特許文献1のイネ変異体種子と同様に、アミロペクチンの鎖長分布のうち、DP13以下が減少され、DP14以上が増加されることを特徴とする。
また、本発明の実施の形態に係るイネ種子の胚乳から製造される澱粉は、特許文献1のイネ変異体種子と同様に、EM10を用いて製造される澱粉よりも1℃以上、典型的には約7℃程度高い、糊化温度であることを特徴とする。
【0026】
また、本発明の実施の形態に係る米粉製造方法として、本実施形態に係るイネ変異体のイネ種子の胚乳を粉末化して米粉を製造することが可能である。すなわち、本発明の実施の形態に係るイネ変異体のイネ種子は、粉末化することで米粉としても利用可能であることを特徴とする。
具体的には、本実施形態に係るイネ変異体の種子(変異体米)は、粉砕機等で粉砕して、米粉として使用することができる。この米粉は、生米粉として用いることで、RS値を高めることができる。すなわち、本実施形態に係る米粉製造方法は、生米粉の製造方法であってもよい。
【0027】
また、本実施形態の変異体米から抽出した澱粉自体を、RSを含む澱粉として使用することも可能である。
さらに、本発明の実施の形態に係るRS製造方法として、本実施形態に係るイネ変異体のイネ種子の炊飯米、及び/又は該イネ種子が粉末化された米粉からRS自体を抽出することも可能である。
【0028】
さらに、本発明の実施の形態に係る米粉ゲル製造方法として、本実施形態に係るイネ変異体の米粉に加水、加熱して米粉ゲルを製造することも可能である。この米粉ゲルは、後述する実施例の「糊化米粉」と同様な手法で製造し、提供することが可能である。さらに、この米粉ゲルは、モチや団子のようなもの及びこの材料となる加工品も含む。
また、米粉そのものではなく、加水した米自体を炊飯し、高速せん断撹拌することで、ゲル状に加工して米ゲルとして加工することも可能である。この場合、後述する実施例の「すりつぶした炊飯米」と同様な手法で製造可能である。
【0029】
さらに、本実施形態に係る食品製造方法として、本実施形態に係るイネ変異体のイネ種子、該イネ種子を粉末化した生米粉、該生米粉から抽出されたRSを含む澱粉、米粉に加水、加熱して製造された米粉ゲル(糊化米粉)、炊飯米、米ゲル(すりつぶした炊飯米)のいずれか又は任意の組み合わせを含んで食品を製造することが可能である。
【0030】
具体的には、本実施形態に係る変異体米は、玄米のまま又は精米して機能性米として提供することが可能である。また、変異体米の米粉、及びRSを含む澱粉、米粉ゲルは、食品に混合させて利用することができる。
より具体的には、本実施形態のイネ種子、イネ種子から製造される米粉、及びRSを含む澱粉、米粉ゲルは、精米、レトルトの炊飯米、その他の様々な食品(パン、麺、菓子等)、グルテンフリー食品、RSを精製したサプリメント等に利用できる。さらに具体的には、本実施形態のイネ種子、米粉、及びRSを含む澱粉、米粉ゲルは、ピラフ若しくはリゾット、米菓、グラノーラ等の食品に好適に用いることができ、味わい、口触り、食感、咀嚼感、風味等で特徴ある食品を製造することができる。すなわち、この特徴を食品に付加する等の処理剤として使用できる。このため、本実施形態に係るイネ種子、米粉、及びRSを含む澱粉、米粉ゲルは、食感改良剤としても使用することができる。
【0031】
また、本実施形態に係るイネ種子、米粉、RSを含む澱粉、及び米粉ゲルは、これらを用いた各種健康食品やダイエット食品等に利用可能である。特に、後述するように、#1203B-BC3系統の一部系統のように果皮の赤い系統の玄米は、ポリフェノールを多く含むため、抗酸化活性等が期待できる。このため、食品加工、健康食品メーカー、病院、老人介護施設の給食、弁当、牛丼メーカー、コンビニ、ドラッグストアー等で利用可能である。
【0032】
また、このような本実施形態に係る変異体米及びこの粉末等を用いた食品は、麺、パン、ピラフ、かゆ、米菓等の米由来のダイエット素材として用いることが可能である。また、これらの食品は、習慣的に摂取することにより、低カロリー性を備え、大腸環境を整えるため糖尿病、大腸癌、便秘の予防等の効果が期待される。
【0033】
すなわち、本発明の実施の形態に係るイネ種子、米粉、及びRSを含む澱粉、米粉ゲルは、従来のEM10よりアミロース含量が増加していることで、EM10とは違った物性を示す。ここで、本実施形態のイネ種子、イネ種子から製造される米粉、及びRSを含む澱粉、米粉ゲルは、高アミロース含量及びアミロペクチンの長鎖が多いことに起因する老化性の高さから、老化性が有利に働く調理法において、調理性を高めることができる。
【0034】
ここで、RSは、消化酵素によって容易に分解されない澱粉として単純に定義されているものの、RS構造が異なる変異体イネ系統間で異なることを示す証拠が増えている。消化酵素による分解後の残留澱粉の構造分析によって、アミロペクチン分岐が少ないものの長い(DP>15)ことと、アミロース含量が高いことが、消化酵素による分解に対する耐性の高さと相関することが示唆されている。これは、隣接するグルカン鎖が二重らせんを形成するためであり、不完全ではあるが、澱粉が消化されにくくなっているためである。残留澱粉中の長いグルカン鎖の含有量は、生米粉よりも、糊化米粉の方が高くなる。これは、老化したアミロペクチンが近くの枝やアミロースと二重らせんを形成する可能性が高く、消化酵素によって分解されにくくなるためである。
【0035】
健康のために澱粉を改良するのに考慮すべきこととして、澱粉構造は、血流へのグルコースの放出速度に影響を与える。したがって、本実施形態に係るイネ変異体の種子による米粉のように、RSに加えて消化速度の遅い澱粉の割合が増えることで、食後の血糖値スパイクを防ぐのに有益である可能性がある。消化後の残留グルカン鎖からなるRSは、繊維のようにプレバイオティクス様に機能し、大腸フローラによる短鎖脂肪酸の産生を促進し、結腸癌やアレルギーを予防し得るという効果が期待できる。
【0036】
加えて、本実施形態に係る#1203B-BC3は、現時点で2系統あり、そのうち1系統は果皮が赤く、玄米で加工した場合、ポリフェノールが豊富であるため、抗酸化活性が強いと予想される。このため、玄米で使用する場合、RSによる機能性に加えて、新たな機能性を付与することが可能である。
【0037】
また、本実施形態のイネ変異体の米粉や澱粉は、アミロースの含量が高いことにより、工業的な用途にて使用可能である。これは、生分解性プラスチック等、成形が必要な場合は、老化性が高い方が有利であるためである。たとえば、アミロースは温水に溶けるため、フィルム状に成形して、生分解性フィルム、医療用材料、縫合糸のような用途に用いることができる。また、体内で吸収分解される性質を用いて、再生医療の「足場」用の部材として用いることが可能である。
さらに、グラスファイバー作成時の資材、工業用糊、建築材料の配合剤、植物栽培用の資材等、様々な工業用途に利用可能である。
このように、本実施形態に係るイネ変異体は産業上利用することができる。
【0038】
以上のように、本発明の実施の形態に係るイネ変異体の作出方法においては、高いRS値をもつイネ変異体及びその製造方法、並びに該イネ変異体に由来するRS値が高い澱粉、米粉ゲル、及びその製造方法を得ることができる。さらに、本発明は、当該澱粉を利用する飲食品及び工業製品に用いることができる。
【実施例0039】
以下で、図を参照しながら本発明の実施例について説明するが、本発明はこれらの実施例によって何ら制限されるものではない。
【0040】
〔実験方法と材料〕
(植物材料)
イネ(Oryza sativa L.)be2b単一変異体、EM10(ss2aL SS3a gbss1L be2b)は、ジャポニカ米の野生型(WT)品種であるKinmaze(ss2aL SS3a gbss1L BE2b)のN-methyl-N-nitrosourea(メタンニトロソウレア、MNU)変異誘発集団から、特許文献1に記載されたように分離されたものである。なお、上述の各系統の遺伝子を示す小文字は劣性、大文字は優性を示す。また、各遺伝子の「L」は、活性又は発現量が低い低活性型であることを示し、「L」のついていないものは活性又は発現量が通常又は高い活性型(高発現型)であることを示す。たとえば、EM10の(ss2aL SS3a gbss1L be2b)は、SSIIa遺伝子がジャポニカ米由来の低活性型で、SS3aはSSIIIa遺伝子が優性型、gbss1L は、GBSSI遺伝子が劣性で低発現型、be2b遺伝子が劣性で発現がゼロであることを示す。EM10は、BEIIbのイントロン9の最後のヌクレオチドに変異を持っており、これがスプライシングを阻害し、タンパク質を産生しない。
【0041】
ss3a be2b変異体の#4019系統(ss2aL ss3a gbss1L be2b)は、ジャポニカ米品種である日本晴のTos17挿入変異体であるss3a変異体(e1、ss2aL ss3a gbss1L BE2b)とbe2b変異体のEM10とを交配することによって生成された。
また、e1系統は、SSIIIaの最初のエクソン1にTos17が挿入されており、SSIIIaタンパク質を生成しない。
【0042】
SS2a及び/又はGBSS1対立遺伝子を導入するために、be2b又はss3a be2bの系統を、インディカ米品種であるカサラス(SS2a SS3a GBSS1 BE2b)と交配し、それぞれ#1203又は#1206と名付けた。
次に、インディカ米由来の高活性型SSIIaと高発現レベルのGBSSIを持つ#1206系統、#1206C(SS2a ss3a GBSS1 be2b)系統を、超多収のエリートジャポニカ米品種である秋田63号(ss2aL SS3a gbss1L BE2b)と交配した。得られたF1種子を成長させ、自家受粉させてF2種子を得た。F2種子からDNAを分離し、分子マーカーによって、SSIIa遺伝子及びGBSSI遺伝子がインディカ米品種に由来するパターンを示す個体を選抜し、更にSSIIIa遺伝子及びBEIIb遺伝子型において、求める遺伝子型をもつもの(つまり、#1203系統はSSIIIa遺伝子が優性型でBEIIb遺伝子が劣性、#1206系統は両遺伝子が劣性の遺伝子をもつものである)を選抜し、栽培を続けた。
【0043】
このようにして、ホモ接合体である#1203A(BC3)、#1203B(BC3)、及び#1203C(BC3)系統が単離された。また、#1203B(BC3)系統は、#1203B(BC3)-1及び#1203B(BC3)-2の二つを用いた。#1203C(BC3)も、#1203C(BC3)-1及び#1203C(BC3)-2の二つを用いた。また、#1206A(BC3)、#1206B(BC3)、#1206C(BC3)の系統も単離された。この本実施例で使用された系統の遺伝子型は、後述する表1に示す。さらに、自殖を繰り返したF3種子及びF4種子をその後の分析に使用した。すべてのイネ系統は秋田県立大学の実験水田で夏の間、自然光条件下で栽培された。
【0044】
(DNA抽出方法)
上述の分子マーカーによる選抜のため、幼植物からのDNAを抽出した。具体的には、培地からセルトレイに移植した幼植物の葉身2cm程度をマルチビーズショッカー用のチューブに移し、液体窒素に入れ、凍らせてマルチビーズショッカーで粉砕した(SPEED METER:1600rpm、ON TIME:20秒、CYCLE:1回)。400μLのDNA抽出バッファー(200mM Tris-HCl(pH7.5)、250mM NaCl、25mM EDTA、0.5%SDS)を加えてボルテックスし、15000rpm、20℃で5分間、遠心分離した。上清300μLを新しい1.5mLチューブに移し、300μLのイソプロパノールを加えよく混合し、15分間静置した。その後、上述のものと同じ条件で遠心分離し、チューブの底に半透明な沈殿があるか確認した後、70%エタノール1mLを加えて攪拌し、遠心分離後、上清を除去した。残った沈殿を減圧乾燥し、氷上で25μLのTEバッファー(10mM Tris-HCl(pH 7.5)、1mM EDTA-2Na)を加え懸濁した。その後、実験に用いるまで-30℃で冷凍保存した。
【0045】
(ウエスタンブロッティング)
ウエスタンブロッティングのため、各タンパク質は、特許文献1に記載の手法に、わずかな変更を加えて分画した。
具体的には、成熟した米粒を細かい粉末に粉砕した。可溶性タンパク質(Soluble Protein)及び澱粉にゆるく結合したタンパク質(Proteins Loosely Bound to the starch granule)(以下、これらを「SP+LBP」という。)は、55mM Tris-HCl(pH6.8)、8M 尿素、2.3%(w/v)のドデシル硫酸ナトリウム(SDS)、及び5%(v/v)β-メルカプトエタノール、10%(w/v)グリセロールを含む20ボリューム(w/v)のバッファーを使用して抽出された。遠心分離後、上清に0.1M Tris-HCl(pH6.8)、10%SDS、12% β-メルカプトエタノール、20%グリセロール、0.2% ブロモフェノールブルーを含む3×SDS-サンプルバッファーを半量加え、5分間、煮沸した。SP+LBPを抽出した後に得られた残りの澱粉ペレットを、
55mM Tris-HCl(pH6.8)、2.3%(w/v)のドデシル硫酸ナトリウム(SDS)、及び5%(v/v) β-メルカプトエタノール、10%(w/v)グリセロールを含む1mLのバッファーで洗浄した。澱粉に強固に結合したタンパク質(Proteins Tightly Bound to Starch。以下、「TBP」という。)は、125mM Tris-HCl(pH6.8)、8M 尿素、4%(w/v) SDS、5%(v/v) β-メルカプトエタノール、及び0.05%(w/v) ブロモフェノールブルーを含む30ボリューム(w/v)のバッファーを用いて、室温で一晩抽出した。遠心分離後、上清を使用した。
【0046】
すべてのタンパク質サンプルは、7.5%アクリルアミドゲルでのSDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動によって分離され、メンブレン(PVDF膜、MILLIPORE社製、IPVH0010)にブロットされた。メンブレンを4% スキムミルク/TBS(10mM Tris-HCl(pH7.5)、500mM NaCl)10mLで振盪し、10分間ブロッキングを行った。ブロッキング後に、抗GBSSI(1:5000希釈、非特許文献2)、抗SSIIa(1:1000希釈、非特許文献3)、抗SSIIIa(1:1000希釈、非特許文献4)、及び抗BEIIb(1:5000、非特許文献5)を添加し、4℃で一晩インキュベートした。
【0047】
翌日、メンブレンを約50mLの蒸留水で3回すすぎ、約50mLのTBST2(10mM Tris-HCl(pH7.5)、500mM NaCl、0.02% Tween20)で1回、洗浄した。その後、パーオキシダーゼ標識二次抗体(Bio Rad社製)を4% スキムミルク/TBS(10mM Tris-HCL(pH7.5)、500mM NaCl)で5000倍希釈した二次抗体溶液10mLに浸し、約2時間ゆっくり浸とうさせた。その後、メンブレンを約50mLの蒸留水で3回すすぎ、約50mLのTBST2で1回洗い、TBSで3回洗った後、新しいTBSに浸し、検出に用いた。
【0048】
洗浄したメンブレンにECL溶液(Pierece West Pico Chrmiluminescnt substrate)を1mLかけることで発光させ、Fuji LAS4000(富士フイルム株式会社製)で発光したバンドを写真に撮り、その画像データをソフトウェア:MultiGaugeを用いて、検出したバンドの明るさやコントラストを編集した。
【0049】
(種子の形態観察)
玄米の種子の形態観察は、実体顕微鏡(SZX7-ILST-0(SP)、OLYMPUS製)を使用して、光源を上下に配置して観察した。写真は、デジタルカメラを使用して撮影された。
【0050】
(澱粉の精製方法)
澱粉の精製は、冷アルカリ浸漬法(Yamamoto他、Denpun Kagaku 28:241-244(1981))を用いて、精白米粒から澱粉を精製した。
10gの玄米を80%まで精米し、0.1% NaOHを100mL加えて一晩4℃で静置した。
翌日、上清を捨て、氷上で、50mLの0.1% NaOHとともに乳鉢ですりつぶし、100μmのメッシュに通すことを5回繰り返した後、3000g、4℃で10分間遠心分離した。
沈殿に0.1% NaOHを150mL加えて氷中で3時間振とうし、3000g、4℃で10分間遠心分離した。沈殿を、0.1% NaOH 200mLで懸濁し、一晩4℃で静置した。翌日、上清を捨て、蒸留水で懸濁し、1Nの塩酸で中和した。さらに、蒸留水で5回洗浄し、乾燥させ、乳鉢で粉体にした。
【0051】
(澱粉の枝切り及びゲル濾過)
精製した澱粉5mgに蒸留水0.25mLを加えて混合し、2NのNaOHを0.25mL加えて、37℃で2時間糊化させた。
これに蒸留水3.65mLを加え、5N HClを95μL加えて中和させた。次に、100mMの酢酸緩衝液(pH3.5)を1.5mL加え、シュードモナスイソアミラーゼ(EC3.2.1.68、林原生物化学研究所製)を12.5μL(約875unit)加え、37℃で24時間、振盪しながら反応させた。
そして、エタノールを5mL加え、ロータリーエバポレーターで乾固させた。これに蒸留水を0.4mL及び2NのNaOHを0.4mL加えて、4℃で30分間糊化させ、5μmのフィルターで濾過した後、ろ液をゲル濾過カラムにアプライした。
【0052】
使用したカラムは、TSKgel Toyopearl HW55S(300×20mm)1本にTSKgel Toyopearl HW50S(300×20mm)3本(両カラムとも、TOSOH社製)を直列に接続したものであり、溶離液は0.2% NaCl/0.05NのNaOHを用いた。糖量は、カラムに接続したRIディテクター(RI8020、東ソー社製)で検出した。
【0053】
(アミロース含量)
澱粉は、シュードモナスイソアミラーゼ(林原生物化学研究所製)を使用して枝切りし、ゲル濾過クロマトグラフィー(Toyopearl HW-55S及びHW-50S×3、東ソー社製)で分析した。アミロース(Fraction I)、長いアミロペクチン鎖(Fraction II)、短いアミロペクチン鎖(Fraction III)の各ピークを、特許文献1に記載されたものと同様に定量化した。
【0054】
(アミロペクチンの鎖長分布解析)
成熟したイネ種子から澱粉を抽出し、シュードモナスイソアミラーゼ(林原生物化学研究所製)を使用して枝切りした。次に、枝切りされた澱粉を蛍光標識し、キャピラリー電気泳動(P/ACE MDQ Plus Carbohydrate System、AB Sciex社製)で分析した。
【0055】
具体的に説明すると、試料は、完熟種子1粒から外内穎及び胚を取り除き、ペンチで胚乳を粉砕した後、エッペンドルフチューブ内でプラスチック製ホモジナイザー(グライナー社製)を用いてさらに磨砕した粉末を用いた。
各々に5mLのメタノールを加え、10分間煮沸した。次に、2500gで10分間遠心分離し、上清を除去し、90% メタノールを5mL加え2度洗浄した。
さらに、沈殿に0.3N NaOHを300μL加え、5分間煮沸して澱粉を糊化させた。
その糊化液を氷酢酸19μLで中和した後、蒸留水を1100μL、0.6Mの酢酸緩衝液(pH4.4)を100μL、2% アジ化ナトリウムを15μL、シュードモナスイソアミラーゼ(EC3.2.1.68、林原生物化学研究所製)を2μL(約210unit)加え、スターラーバーで撹拌しながら37℃で8時間以上反応させた。
【0056】
次に、イソアミラーゼを2μL追加して8時間以上反応した後、15分沸騰し、常温において10000gで遠心分離し、上清に脱イオンレジン(AG501-X8(D)、Bio-Rad社製)を加えて、30分間、せん回し、脱イオンした。
次に、α-グルカン鎖の非還元末端を蛍光標識するため試料中の糖含量を定量し5~10nmol相当の還元末端をもつα-グルカン鎖を遠心濃縮機で乾燥させ、1-アミノピレン-3,6,8-三硫酸塩(APTS)溶液(2.5% APTS、15% 酢酸)を2μL、シアン化ホウ素ナトリウム溶液(1Mのシアン化ホウ素ナトリウム)を2μL添加し、55℃で90分間反応させた。蒸留水46μLを添加し、反応を停止した。
分析時には20倍に蒸留水で希釈して用いた。鎖長分布解析は、キャピラリー電気泳動装置(P/ACE MDQ、AB Sciex社製)を用いて行った。
グルコース重合度(DP)5以上の各ピーク面積を数値化し、DP70までのピーク面積の合計を100%としたときの各DPの割合(Molar%)を算出した。また、各変異体イネから野生型イネのパターンを引いた差分(ΔMolar%)のグラフを作成した。
【0057】
(RS値の測定)
さまざまな形態の試料(生米粉、糊化米粉、すり潰していない炊飯米、すり潰した炊飯米)のRS含量は、特許文献1と同様に決定された。
まず、炊飯方法について述べる。15mLフタ付き遠沈管に約100mgの精米(5~8粒)を秤量し、パスツールピペットを用いて遠沈管内でサンプルを2回水洗した。遠沈管内の水分が精米重量の1.5倍±0.3mgの水量になるように蒸留水を加えた。すなわち、遠沈管内の全重量が精米の2.5倍になるようにした。遠沈管側面に付いた水を遠心分離機にかけて落とした。5合炊き炊飯器の炊飯釜に約250mLの水道水を入れ、マイクロチューブスタンドとガラスシャーレ(直径12cm)を置き、その上にサンプルの入った15mL遠沈管をななめに置いて、5合炊き炊飯器で炊飯した。
次に、RS含量は、メガザイム社が販売しているRS Assay Kit(以下、「RS測定キット」という。)により測定した。
【0058】
RS測定キットの測定用のパンクレアチンα-アミラーゼ(10mg/mL)+アミログルコシターゼ(3U/mL)の作成方法は以下の通りである。
50mL遠沈管に0.1Mマレート・ナトリウム・バッファー(pH 6.0)50mLとRS測定キットに付属のブタ膵臓α-アミラーゼ0.5gを溶かし、氷上で5分間振とう機で撹拌した。300U/mLに希釈したアミログルコシターゼ(AMG)溶液0.5mLを加え撹拌し3000rpm、25℃、10分遠心分離し、上清を新しい50mL遠沈管に移した。この試薬は必要分等倍に変化させ、その都度作成した。
【0059】
このように準備したパンクレアチンα-アミラーゼ(10mg/mL)+AMG(3U/mL)4mLを各炊飯米に加え、恒温振とう機(MH-10,TAITEC社製)を用いて164rpm、37℃で16時間、激しく振とうさせた。100%エタノール4mLを加えて撹拌し、3000rpm、25℃、10分間で遠心分離し、50mL遠沈管に、すばやく上清を回収した。沈殿物に50%エタノールを2mL入れて撹拌した後、再度50%エタノールを8mL加え、全体量を10mLにし、撹拌した。3000rpm、25℃、10分間で遠心分離して、上記の50mL遠沈管にすばやく上清を移した。この作業をもう一度行い、沈殿(この中に含まれる難消化性澱粉をrsとする)と上清(この中に含まれる可溶化した澱粉量をnon-rsとする)を分離した。なお、この一連の操作の際に用いた遠心分離機は(Allegra X-30R、BECKMAN社製)であり、スイングローター(SX4400)のバケットを用いた。
【0060】
沈殿に残っている上清をピペットでできるだけ取り除き、15mL遠沈管に入っているrsをプラスチックペッスルで潰しながら、2mLの2M KOHを加えた。スターラーバーを入れ、氷中で20分撹拌した。1.2M酢酸バッファー(pH3.8)を8mL、AMG(3300U/mL)を0.1mL加えて、rsをグルコースまで分解させた。5分に1回ボルテックスで撹拌しながら、50℃で30分加熱し、3000rpm、25℃、10分間で遠心分離した。
グルコースまで分解されたrsは遠沈管の目盛11mL、non-rsは目盛30mLまで、蒸留水でメスアップした。rsは難消化性澱粉の含量が高いサンプル(難消化性澱粉が15%を超えるもの)及び、non-rsは0.1M酢酸ナトリウムバッファー(pH4.5)で10倍希釈した。各溶解液及び希釈液10μLとグルコース測定試薬(GOPOD溶液)150μLとをそれぞれ2ホールずつ96穴のマイクロプレートの各穴にアプライした。また、別の穴に、検量線作成のためのグルコース溶液標準液(mg/mL)、その上から、0.1M酢酸ナトリウムバッファー(pH4.5)、グルコース測定試薬(GOPOD溶液)をアプライした。マイクロプレートシートでふたをし、ハイブリオーブン(TAITEC HB-80)で50℃、20分間反応させた。反応後、マイクロプレートリーダーを用いて、510nmの吸光度を測定した。
グルコース溶液の測定値から検量線を引き、各サンプルのグルコース濃度(mg/mL)を求め、100mg精米中のrs及びnon-rs量を算出した。RS値(%)は以下の式(1)により算出した。
RS値(%)=rs(mg)/[rs(mg)+non-rs(mg)]……式(1)
【0061】
(糊化温度の測定)
105℃で2時間乾燥させた澱粉、約3mgに蒸留水9μLを加えて混合し、昇温速度3℃/分で5℃から200℃までの温度変化させたときの示差走査熱量が、示差走査熱量測定器DSC(Differential Scanning Calorimetry)であるDSC6100(セイコーインスツル株式会社製)で測定された。
その後、同機種のアプリケーションソフトを用いて、糊化開始温度、糊化ピーク温度、糊化終了温度、及び糊化熱量が算出された。
【0062】
(データ分析)
種子の重量、アミロース含量、熱糊化特性、及びRS値は、Tukey-Kramer法によって統計的に分析された(P<0.05)。
【0063】
〔結果〕
(SSとBEの有無)
高RS値の性質をもち、且つ、種子重が大きいイネ系統を育成するため、SSIIa遺伝子型が高活性型(SS2a)か低活性型(ss2aL)か、GBSSI遺伝子型が高発現型(GBSS1)か低発現型(gbss1L)か、SSIIIa遺伝子型並びにBEIIb遺伝子型が優性型(それぞれ、SS3a並びにBE2b)か劣性型(それぞれ、ss3a並びにbe2b)か、についてのあらゆる組み合わせの材料を作出し、それらを超多収米品種である秋田63号と3回戻し交配した系統を単離した。
これらの本実施例で使用したすべての系統の遺伝子型と、その粒重関連データを、下記の表1に示す。
【0064】
【0065】
具体的には、表1は、それぞれ、系統(Line)、遺伝子型(Genotype)、粒重(Grain weight)、平均値±標準誤差%(Mean±SE)、戻し交配後の増加率(Rate of increase)(%)を示す。
表中において、粒重は、各イネ系統の玄米1個の重量(mg)であり、平均±標準誤差(SE、n=20)及び野生型(WT)品種の金南風(Kinmaze)の種子重量のパーセントとして示す。異なる小文字は、異なる系統間の有意差を示す(P<0.05、Tukey-Kramer法)。
また、増加率は、戻し交配前の種子重量に対する戻し交配後の種子重量の増加率を示す。同じ遺伝子型を持つ複数の系統が利用可能な場合、平均種子重量を使用した。
【0066】
この戻し交配系統の#1203A(BC3)は、SS2a SS3a gbss1L be2bであった。#1203B(BC3)は、ss2aL SS3a GBSS1 be2bであった。#1203C(BC3)は、SS2a SS3a GBSS1 be2bである。加えて、#1203B(BC3)の2系統を、#1203B(BC3)-1、#1203B(BC3)-2とし、#1203C(BC3)の2系統を#1203C(BC3)-1、#1203C(BC3)-2とした。
戻し交配系統#1206A(BC3)は、SS2a ss3a gbss1L be2bであった。#1206B(BC3)は、ss2aL ss3a GBSS1 be2bであった。#1206C(BC3)は、SS2a ss3a GBSS1 be2bであった。
【0067】
図1に、この完熟胚乳の抽出物を用いた澱粉生合成酵素SSIIa、SSIIIa、GBSSI、BEIIbのウエスタンブロッティング解析の結果を示す。
図1(a)は可溶性タンパク質及び澱粉にゆるく結合したタンパク質(SP+LBP)、
図1(b)は澱粉に強固に結合したタンパク質(TBP)の結果を示す。
【0068】
SSIIIaはe1、#4019、及び3つの#1206(BC3)系統すべてに存在しないことが示された。同様に、抗BEIIb抗体を用いたウエスタンブロッティングにより、EM10、#4019、及びすべての#1203(BC3)及び#1206(BC3)系統でBEIIbが存在しないことが確認された。
【0069】
GBSSIと活性型SSIIaとは、澱粉と強固に結合していることが知られている。抗SSIIa抗体を使用したTBPのウエスタンブロッティングでは、秋田63号、e1、#1203B(BC3)、及び#1206B(BC3)等のss2aL遺伝子型を持つ系統よりも、野生型のカサラス(Kasalath)、#1203A(BC3)、#1203C(BC3)、#1206A(BC3)、及び#1206C(BC3)等のSS2a遺伝子型(すなわち、活性型SSIIaを含む)を持つイネ系統の方が、SSIIaがより豊富に存在することが明らかになった。BEIIbが存在しない場合も、EM10及び#4019のTBP画分のSSIIaタンパク質の量が増加した。
【0070】
GBSSIは、TBP画分に富んでいた。カサラス、#1203B(BC3)、#1203C(BC3)、#1206B(BC3)、及び#1206C(BC3)等のGBSS1遺伝子型を持つ系統には、秋田63号、EM10、e1、#4019、#1203A(BC3)、#1206A(BC3)等のgbss1L遺伝子型を持つ系統よりもより高いレベルのGBSSIタンパク質が含まれていた。
これらの結果は、本実施例で使用されたすべての系統が正しい遺伝子型を持ち、SSIIa、SSIIIa、GBSSI、及びBEIIbタンパク質存在量についても予想されるパターンを示すことを確認するものであった。
【0071】
(種子の形態と種子の重さ)
図2に、各イネ系統の完熟玄米(脱皮成熟種子)の形態を示す。各系統において、上図は完熟玄米の上から光を当てて撮影した写真、下図は完熟玄米の下から光を当てて撮影した写真である。スケールバーは5mmである。玄米が白濁していると、下から光を当てると黒く見える。
【0072】
BEIIbを欠くすべてのイネ系統の種子は白濁であったが、WT、秋田63号、及びカサラスの種子は半透明であった。#1203B(BC3)-2及び#1203C(BC3)-2の種子は、カサラスから継承された特性である赤い果皮を示した。長粒種子を生成したカサラスと、種子が他の系統の種子よりも小さく、時には扁平であった#1203A(BC3)を除き、BC3系統は全て大きな短粒種子を形成した。
【0073】
上述した表1に示したように、秋田63号の種子重量は大きく(1粒あたり28mg)、典型的なジャポニカイネ品種である金南風の種子重量(1粒あたり19mg)の149%であった。戻し交配後のすべてのRS高含量の系統の種子重量は、戻し交配前のRS高含量系統と比較して大幅に改善され、約132~190%増加した(EM10は181%、#4019は134%、#1203Aは135%、#1203Bは最大190%、#1203Cは153%、#1206Aは145%、#1206Bは132%、及び#1206Cは145%)。すなわち、#1203B系統は、種子重量が、ほぼ25mg以上となった。
【0074】
#1203A(BC3)を除く、ほぼすべての系統の戻し交配後の種子重量は、典型的なジャポニカ米である金南風の重量と同等かそれより重かった。#1203B(BC3)系統は、全ての戻し交配系統の中で最大の種子を生産し、種子あたりの平均重量は28~29mgで、秋田63号の種子重量とほぼ同じであった。#1203Aの種子重量は、種子あたり平均12.7mgであった。戻し交配前に比べて戻し交配後の種子重量は135%増加したが、これはすべての戻し交配系統の中で最も低かった。これらの結果は、戻し交配がRS高含量の系統の種子重量を首尾よく増加させたことを示している。これは、おそらく、種子サイズが大きいだけでなく、澱粉合成中の最適温度を確保する早期開花にも関与する遺伝子座の継承によって引き起こされたものである。戻し交配系統は、戻し交配前の系統の開花時期よりも約10~30日早く、8月の初めに開花した。早期の開花は、胚乳澱粉生合成がピークに達する開花後5~30日(DAF)での累積温度の上昇が伴った。戻し交配後の累積温度は680~693°Cであったが、戻し交配前の累積温度は452~640°Cであった。
【0075】
(アミロース含量とアミロペクチンの短鎖と長鎖の比率)
GBSSIの発現レベルは、種子登熟中の温度の影響を受ける。種子登熟中の温度が高いと、GBSSIのRNAスプライシングが損なわれ、成熟したGBSSIのmRNAの転写量が低下し、結果としてGBSSIタンパク質のレベルが低下し、アミロース含量が減少する。高アミロース含量は、RS値の上昇に寄与することが知られているため、戻し交配後のRS高含量の系統の見かけのアミロース含量をゲル濾過クロマトグラフィーで分析した。
具体的には、枝切り澱粉を使用して、戻し交配前のものと、澱粉生合成酵素の異なる組み合わせを含むイネ系統のものと比較した。
【0076】
図3に、枝切り澱粉を用いたゲル濾過クロマトグラフィーによる見かけのアミロース含量の測定結果と、アミロペクチンの短鎖と長鎖の比率とを示す。
澱粉を枝切りしたもののゲル濾過クロマトグラフィーのパターンは、3つのピークにわかれ、最も速く検出されるピーク(Fr.I、画分I)が見かけのアミロース、2番目に検出されるピーク(Fr.II、画分II)がクラスターを連結するB2鎖より長いアミロペクチンの長鎖、3番目に検出されるピーク(Fr.III、画分III)がアミロペクチンのクラスター内の短鎖である。すなわち、このゲル濾過クロマトグラフィーでは、画分Iには、アミロースとアミロペクチンの超長鎖が含まれているものの、主にアミロースを含んでいる。画分IIにはアミロペクチンの長鎖が含まれている。画分IIIにはアミロペクチンの短鎖が含まれている。
図3は、これらを数値化したものを示す。
【0077】
図3(a)は、見かけのアミロース含量(画分I)を示す。
図3(b)は、短いアミロペクチン鎖と長いアミロペクチン鎖の比率(画分III/画分II)を示す。すなわち、画分IIIの値を画分IIの値で割って計算した、短いアミロペクチン鎖と長いアミロペクチン鎖の比である。
いずれも、異なる小文字は有意差を示す(P<0.05;Tukey-Kramer法)
【0078】
結果として、#4019や#1206等のss3a be2b系統の見かけのアミロース含量は、EM10や#1203等のbe2b系統よりも戻し交配の前後で高かった。EM10や#1203等のbe2b系統の短いアミロペクチン鎖と長いアミロペクチン鎖の比率は、戻し交雑に関係なく、#4019や#1206等のss3a be2b系統(1.1~1.5)よりも低かった(0.8~1.2)。これらの結果は、#1203系統が#1206系統よりも長いアミロペクチン鎖を含むことを示している。
be2b系統のうち、#1203Bや#1203C等のGBSS1遺伝子型を持つ系統のアミロース含量(35~39%)は、EM10(20~27%)や#1203A(15-16%)等のgbss1L系統よりも高かった、#1203Aの見かけのアミロース含量は、戻し交雑に関係なく、EM10よりも低かった。
【0079】
すべてのss3a be2b系統の見かけのアミロース含量は高く、GBSS1又はgbss1L対立遺伝子を持つ系統間で有意差は観察されなかった。これは、SSIIIaが存在しないとAGPase活性が上昇し、GBSSIを含むスターチシンターゼ(SS)の基質であるADP-グルコースレベルが上昇すると、GBSSIの発現レベルが低い場合でもアミロース生合成が促進されるためと考えられる。さらに、GBSSIの高発現レベルは、ADP-グルコースの量の制限のために、見かけのアミロース含量をさらに増加させることができない場合がある。
ほとんどすべての系統の見かけのアミロース含量は、戻し交配後にわずかに減少した。これはおそらく、種子登熟中の高温のためである。
【0080】
(アミロペクチン分岐構造)
次に、詳細なアミロペクチン分岐構造を明らかにするために、澱粉を枝切りし、キャピラリー電気泳動で分析した。
【0081】
図4Aに、#1203(BC
3)、秋田63号、カサラス、及びEM10(BC
3)の胚乳アミロペクチンの鎖長分布パターンの比較結果を示す。
図4A(a)は、#1203A(BC
3)、(b)は#1203B(BC
3)、(c)は#1203C(BC
3)の鎖長分布パターンをそれぞれ示す。各グラフは、少なくとも三回の試行結果から得られた典型的なパターンを示す。
【0082】
結果として、秋田63号の鎖長分布パターンと比較し、BEIIbを欠くEM10(BC3)及び#1203(BC3)系統のピークアミロペクチン鎖長は、DP11からDP14まで、3グルコース鎖分、増加した。また、これらのピークの高さは秋田63号のものよりも、かなり低かった。これは、EM10(BC3)及び#1203(BC3)系統にて、秋田63号の分布と比較して、BEIIbの損失が短鎖の数を減少させ、長鎖の数を増加させたことを示している。#1203(BC3)系統の鎖長分布パターンは、戻し交配前と基本的に同じであり、わずかな増加のみが見られた(DP<20)。
【0083】
ここで、#1203(BC
3)系統と秋田63号系統の鎖長分布パターンの違いをより詳しく調べた。
図4Bに、BEIIb損失の影響を判断するため、#1203(BC
3)系統の値から秋田63号の値を差し引いて差分曲線を作成したものを示す。
図4B(a)は「#1203A(BC
3)-秋田63号」、(b)は「#1203B(BC
3)-秋田63号」、(c)は「#1203C(BC
3)-秋田63号」の結果をそれぞれ示す。
結果として、短鎖(DP<13)の数は大幅に減少したが、長鎖(DP>15)の数は秋田63号の数と比較して#1203(BC
3)系統で増加していた。
【0084】
図4C(a)は、be2b遺伝子型でのアミロペクチン構造に対する活性型SSIIaの効果を調べるため、差分曲線を作成したものを示す。
図4C(a)は「#1203A(BC
3)-EM10(BC
3)」及び「#1203C(BC
3)-#1203B(BC
3)」を、「カサラス-秋田63号」と比較したものである。
【0085】
また、カサラスの鎖長分布パターンは、秋田63号に比べて2グルコース鎖分、大きい側にシフトしており、カサラスの値から秋田63号の値を差し引いた差分曲線は、秋田63号の短鎖がカサラスより多いことを示し、従来の結果と一致していた。これは、活性型SSIIaはアミロペクチン分岐をDP6~12からDP12~24に伸長するように機能するためである。
【0086】
このように、秋田63号に対する短鎖の減少率は、#1203B(BC3)よりも#1203A(BC3)と#1203C(BC3)の方が大きく、活性型SSIIaは短鎖を利用し、より長い鎖を生成することが示された。
【0087】
結果として、活性型SSIIaを持つ系統には、短いアミロペクチン枝(DP≦12)が少なく、長いアミロペクチン枝(13<DP<30)が含まれており、活性型SSIIaが短いアミロペクチン鎖(DP≦12)から長いアミロペクチン枝(13<DP<30)を合成することを示していた。ただし、「カサラス-秋田63号」と比較して、BEIIbの非存在下ではモル%の絶対値がはるかに小さかった。これはおそらく、BEIIb損失による短い分岐が欠如しており、これがSSIIaのプライマーとして機能するためであった。
【0088】
次に、
図5Aにより、#1206系統(BC
3)と、秋田63号系統、カサラス系統、及び#4019系統(BC
3)との胚乳アミロペクチンの鎖長分布パターンの比較について説明する。
図5(a)は#1206A(BC
3)、(b)は#1206B(BC
3)、(c)は#1206C(BC
3)の鎖長分布パターンを、それぞれ示す。各グラフは、少なくとも三回の試行結果から得られた典型的な一つパターンを示す。
【0089】
結果として、SSIIIaとBEIIbを欠く#4019(BC3)系統と#1206(BC3)系統の鎖長分布パターンも、DP11からDP12または14へと、秋田63号と比較して約2グルコース鎖分、大きな側にシフトしていた。
#4019(BC3)系統及び#1206(BC3)系統はDP14でより高いピークを示し、#1203(BC3)とは対照的に、DP19で特徴的な下がり方を示した。#1206(BC3)系統の鎖長分布パターンは、戻し交配前とほぼ同じであり、わずかな増加(DP<20)のみが検出された。
【0090】
図5Bは、SSIIIa及びBEIIbの欠損の影響を決定するため、#1206(BC
3)系統の値から秋田63号の値を差し引いて差分曲線を作成したものを示す。
図5B(a)は、#1206A(BC
3)、(b)は#1206B(BC
3)、(c)は#1206(BC
3)の差分曲線をそれぞれ示す。
結果として、短鎖(DP≦12)の数は大幅に減少し、長鎖(DP>15)の数は秋田63号の数と比較して#1206(BC
3)系統で増加した。#1206B(BC
3)系統よりも#1206A(BC
3)系統と#1206C(BC
3)系統の方が、秋田63号系統と比較して短鎖の減少率が大きくなるため、活性型SSIIaは短鎖を利用し、より長い鎖を生成することが示された。
【0091】
次に、ss3a be2b遺伝子型のアミロペクチン構造に対する活性SSIIaの効果を求めた。
再び
図4Cを参照すると、
図4C(b)は、「#1206A(BC
3)-#4019BC
3」及び「#1206C(BC
3)-#1206B(BC
3)」の差分曲線を作成し、「カサラス-秋田63号」と比較したものを示す。
結果として、活性型SSIIaを持つ系統は、より短いアミロペクチン枝(DP≦12)が少なく、より長いアミロペクチン枝(15<DP<30)を多く含んでおり、これらの系統における活性SSIIaの効果はカサラスのものよりも穏やかであったが、#1203(BC
3)のものよりも強かった。
【0092】
図5Cは、差分曲線を生成し、BEIIbのみ、又はBEIIbとSSIIIaの両方が存在しない場合のGBSS1又はgbss1
L対立遺伝子の効果を比較したものを示す。すると、GBSS1を保有するがBEIIbを欠く系統では、「#1203B(BC
3)-EM10(BC
3)」及び「#1203C(BC
3)-#1203A(BC
3)」は、8<DP<20のアミロペクチン鎖が多く、DP>20のアミロペクチン鎖が少ないことを示した。対照的に、「#1206B(BC
3)-#4019(BC
3)」及び「#1206C(BC
3)-#1206A(BC
3)」の絶対値は小さく、SSIIIa及びBEIIbの非存在下でもGBSSIタンパク質レベルがアミロペクチン構造に影響を与えなかったことを示唆している。
【0093】
(澱粉の熱糊化特性)
アミロペクチンの枝の長さの違いは、澱粉の糊化温度と老化のしやすさと強く相関しており、どちらも種子登熟中の温度の影響を受ける。老化した澱粉はRSとしても機能するため、精製澱粉の熱糊化特性を示差走査熱量測定法で分析し、戻し交配の前後で澱粉生合成遺伝子のさまざまな組み合わせを含む系統間で比較した。
この各系統の示差走査熱量計で分析した澱粉の熱特性を、下記の表2に示す:
【0094】
【0095】
表2中の各系統(Line)、遺伝子型(Genotype)について、TO(℃)は糊化開始温度、TP(℃)は糊化ピーク温度、TC(℃)は糊化最終温度、ΔH(J/g)は澱粉の糊化熱量を、それぞれ示す。各データは平均±SE(n=3)を示す。異なる小文字は、イネ遺伝子型間の有意差を示す(P<0.05、Tukey-Kramer法)。
【0096】
結果として、EM10(BC3)のBEIIbの欠損とカサラスのSS2a対立遺伝子の存在により、秋田63号よりも糊化温度が高くなった。EM10(BC3)及び#1203(BC3)の糊化ピーク温度は、#4019(BC3)及び#1206(BC3)よりも約7℃高かった。これは、EM10(BC3)及び#1203(BC3)系統は、#4019(BC3)および#1206(BC3)系統と比較して、短いアミロペクチン鎖(DP≦12)が少なく、長いアミロペクチン鎖(DP>13)が多かったためと考えられる。#1203A(BC3)の糊化ピーク温度は、EM10(BC3)及び他の#1203(BC3)系統の糊化温度より約3℃高かった。一方、#1206B(BC3)の糊化ピーク温度は、他の#1206(BC3)系統の糊化ピーク温度より約3℃低かった。これらの結果は、DP>13のアミロペクチン鎖の量が#1203B(BC3)又は#1203C(BC3)よりも#1203A(BC3)の方が高かったためと考えられる。また、DP>13のアミロペクチン鎖の量は、#1206A(BC3)又は#1206C(BC3)よりも#1206B(BC3)の方が少なかった。これらの結果から、13<DP<25のアミロペクチン鎖の存在量の増加が糊化温度の上昇をもたらしたと考えられる。全ての系統の澱粉の糊化ピーク温度は、戻し交配後に2~4℃上昇したが、これは、開花時期が早くなることで登熟温度が高くなったためと考えられる。
【0097】
(RS値)
米粒のRS値は、消化酵素の澱粉へのアクセス可能性を変える調理方法に応じて大幅に変化する。そこで、生米粉、糊化米粉、すり潰していない炊飯米、及びすり潰した炊飯米を用いて、全澱粉中のRS値を測定した。
【0098】
図6は、異なる方法で処理された米のRS値の結果を示す。
図6(a)は生米粉、(b)糊化米粉、(c)すり潰していない炊飯米、及び(d)すり潰した炊飯米のRS値である。データは平均±標準誤差(SE、n=3)を示す。異なる小文字は、系統間の有意差を示す(P<0.05、Tukey-Kramer法)。
【0099】
全体として、EM10(BC3)、#4019(BC3)、#1203(BC3)、及び#1206(BC3)系統等の高RS系統のRS値は、秋田63号と比べて、処理方法に関係なく、かなり高かった(最大290倍)。米を糊化処理及びすりつぶし処理するとRS値が減少した。生米粉(5~29%)、すり潰していない炊飯米(15~35%)のRS値は、それぞれ、糊化米粉(1~11%)、すり潰した炊飯米(3~15%)よりも高かった。
より具体的には、#1203B(BC3)の生米粉のRS値は、20%以上であった。
一方、処理方法に関係なく、秋田63号のRS値はごくわずか(<0.7%)で、カサラスも低かった(<2.7%)。
【0100】
活性型SSIIaを有する#1203A(BC3)及び#1206A(BC3)の生米粉サンプルのRS値は、活性型SSIIaの少ないEM10(BC3)及び#4019(BC3)のサンプルより、それぞれ高かった。GBSSI活性の高い#1206C(BC3)の生米粉のRS値も、GBSSI活性の低い#1206A(BC3)よりも高かった。これらの結果は、長鎖アミロペクチン及びアミロースの含有量が増加すると、生米粉のRS値が上昇することを示唆している。米粉を糊化、又は米飯をすり潰すと、EM10(BC3)と#1203A(BC3)のRS値は、#1203B(BC3)と#1203C(BC3)に比べてかなり低くなった。また、#4019(BC3)の糊化米粉及びすりつぶした炊飯米のRS値は、他の#1206(BC3)系統よりも低かった。BEIIbが存在しない場合、アミロースと長いアミロペクチンの分岐が相互作用して、老化の際に不完全なヘリックスを形成し、消化酵素による分解を防ぎ、RSの一種である「RS2」及び「RS3」として機能すると推測できる。対照的に、長いアミロペクチン鎖の数は、BEIIbのみを欠く系統と比較して、SSIIIaとBEIIbの両方を欠く系統では少なく、消化が容易になる。試験したすべての処理方法の中で、すり潰していない炊飯米のRSは、RS1だけでなく、RS2及びRS3の側面も示すため、遺伝子型に関係なく、すり潰していない炊飯米が最も高いRS値を示した。EM10(BC3)やすべての#1203(BC3)等のすりつぶしていない炊飯米サンプルのRS値は高く、類似していた。
【0101】
戻し交配前のEM10系統、#1203B系統、#1203C系統の玄米のRS値は20~26%であり、戻し交配によりRS値がわずかに増加した。
本実施例の結果から、特定の食品用途向けのイネ品種の選択は、RS値だけでなく、澱粉とRS構造にも基づく必要があることを示唆している。
【0102】
(アミロペクチンの構造、熱特性、及びアミロース含量がRS値に及ぼす影響)
戻し交配前後の高RSイネ系統の鎖長分布パターンは本質的に同じであり、戻し交配後のDPはわずかに増加した。戻し交配後、すべての系統の糊化温度がわずかに(2~4℃)上昇した。これは、おそらく開花時期が早かったことに伴う熟成温度が高いためである。具体的には、8<DP<20のアミロペクチン鎖の割合を増加させたSSI等の他の澱粉生合成酵素の発現レベル及び/又は活性が高まった可能性がある。
【0103】
EM10(BC3)及び#1203(BC3)では、秋田63号と比較して、短いアミロペクチン鎖(DP≦12)が大幅に減少し、長いアミロペクチン鎖(12<DP<30)が増加した。ただし、#4019(BC3)と#1206(BC3)は、EM10(BC3)及び#1203(BC3)よりも短鎖が多く、長鎖が少なかった。SSIIIaの欠損によりSSI発現が高まったことで、#4019(BC3)と#1206(BC3)が、EM10(BC3)と#1203(BC3)に比べて短鎖(DP≦12)数の量が高いことを説明できると考えられる。表2に示したように、EM10(BC3)及び#1203(BC3)系統の短鎖の割合の減少は、それらの糊化温度に影響し、#4019(BC3)及び#1206(BC3)系統よりも約7℃高くなった。鎖長分布パターンの違いもRS値に影響を与えた。BEIIb欠損系統(#1203)の米粉及び糊化米粉でのRS値は、SSIIIaとBEIIbの両方を欠損している系統(#1206)よりもが高かった。
【0104】
加えて、GBSSIの高発現レベルもRS値の増加に貢献した。EM10(BC
3)と#1203B(BC
3)との比較、及び#1203A(BC
3)と#1203C(BC
3)との比較によれば、高発現GBSS1対立遺伝子を持つ系統が、低発現gbss1
L対立遺伝子を持つ系統よりも、高いアミロース及びRS値を含むことを示した。#4019(BC
3)及び#1206(BC
3)のようなss3a be2bの遺伝子型の系統では、アミロース含量は、GBSSI対立遺伝子に関係なく高かった(37~42%)。これは、遺伝子型(GBSS1又はgbss1
L)に関係なく、SSIIIaの非存在下でGBSSIタンパク質のレベルが増加するためである。SSIIIaの欠損もAGPase活性を増加させる。すなわち、
図1に示すように、GBSSIタンパク質レベルが#1206B(BC
3)及び#1206C(BC
3)系統よりも低いにもかかわらず、#4019(BC
3)及び#1206A(BC
3)系統でアミロースが効率的に合成されたことを示唆している。それにもかかわらず、
図6に示すように、ss3a be2b系統の中で、高発現GBSS1対立遺伝子を持つものは、低発現gbss1
L対立遺伝子を持つものよりも高いRS値を示した。ゲル濾過クロマトグラフィーの溶出パターンにおける画分Iと画分IIの間の谷は、gbss1
L対立遺伝子を保有する系統よりもGBSS1対立遺伝子を保有する系統の方が高かった。長いアミロペクチン鎖又は短いアミロース等のグルカン鎖は、GBSSIによって合成されているため、RSの形成に貢献している。このため、GBSSIの高発現レベルが戻し交配前の#1203B及び#1203C系統のアミロペクチン超長鎖の伸長に寄与した可能性があると考えられる。
【0105】
特許文献1に示すように、戻し交配前のEM10系統、#1203B系統、#1203C系統の精米のRS値は20~26%であり、戻し交配によりRS値がわずかに増加した。アミロース含量は戻し交配後にわずかに減少したが、長いアミロペクチン鎖の割合がわずかに増加したため、戻し交配によってRS値のレベルがわずかに増加した。すり潰していない炊飯米のRS値は、粒度、精米度、及び炊飯に加える水の量によっても影響を受ける可能性がある。しかしながら、戻し交配により開花が早くなり、その結果として種子の登熟中の温度が高くなり、RS生合成に最適な温度が確保されたためと考えられる。
【0106】
なお、上記実施の形態の構成及び動作は例であって、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で適宜変更して実行することができることは言うまでもない。