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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024106220
(43)【公開日】2024-08-07
(54)【発明の名称】正極層
(51)【国際特許分類】
   H01M 4/131 20100101AFI20240731BHJP
   H01M 4/62 20060101ALI20240731BHJP
   H01M 4/505 20100101ALI20240731BHJP
   H01M 4/525 20100101ALI20240731BHJP
【FI】
H01M4/131
H01M4/62 Z
H01M4/505
H01M4/525
【審査請求】有
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023010420
(22)【出願日】2023-01-26
(71)【出願人】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】520184767
【氏名又は名称】プライムプラネットエナジー&ソリューションズ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100101203
【弁理士】
【氏名又は名称】山下 昭彦
(74)【代理人】
【識別番号】100104499
【弁理士】
【氏名又は名称】岸本 達人
(74)【代理人】
【識別番号】100129838
【弁理士】
【氏名又は名称】山本 典輝
(72)【発明者】
【氏名】プロクター ももこ
(72)【発明者】
【氏名】野口 千佳
(72)【発明者】
【氏名】近藤 親平
【テーマコード(参考)】
5H050
【Fターム(参考)】
5H050AA07
5H050BA17
5H050CA08
5H050CA09
5H050CB08
5H050EA08
5H050EA12
5H050FA16
5H050HA13
(57)【要約】      (修正有)
【課題】リチウムイオン二次電池のサイクル特性を良好にできる正極層を提供する。
【解決手段】正極層は、正極活物質とカーボンナノチューブとを含有し、正極活物質は、タングステンを含有し、かつ、複数の一次粒子と複数の一次粒子の間に形成された空隙とを有する二次粒子であり、正極層は、二次粒子の空隙に少なくとも一部が包含された第1カーボンナノチューブを含有し、かつ、X線吸収微細構造解析で測定される、タングステンのL吸収端のピークの立ち上がり位置のスペクトルが、式(1):(a-b)/(c-b)≦0.79[式(1)中、aは、スペクトルの傾きが最も大きくなる時のエネルギー(eV)を表し、a(eV)におけるスペクトル強度をAとしたときに、bは、酸化タングステン(IV)のスペクトル強度がAとなるエネルギー(eV)を表し、cは、酸化タングステン(VI)のスペクトル強度がAとなるエネルギー(eV)を表す。]を満たす。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
リチウムイオン二次電池に用いられる正極層であって、
前記正極層は、正極活物質と、カーボンナノチューブと、を含有し、
前記正極活物質は、タングステンを含有し、かつ、複数の一次粒子と、前記複数の一次粒子の間に形成された空隙と、を有する二次粒子であり、
前記正極層は、前記カーボンナノチューブとして、前記二次粒子の前記空隙に少なくとも一部が包含された第1カーボンナノチューブを含有し、かつ、
X線吸収微細構造解析(XAFS)で測定される、タングステンのL吸収端のピークの立ち上がり位置(10195eV~10206eV)のスペクトルが、
式(1):(a-b)/(c-b)≦0.79
[式(1)中、aは、10195eV~10206eVの範囲においてスペクトルの傾きが最も大きくなる時のエネルギー(eV)を表し、
a(eV)におけるスペクトル強度をAとしたときに、
bは、WO(酸化タングステン(IV))の10195eV~10206eVの範囲においてスペクトル強度が上記Aとなるエネルギー(eV)を表し、
cは、WO(酸化タングステン(VI))の10195eV~10206eVの範囲においてスペクトル強度が上記Aとなるエネルギー(eV)を表す。]を満たす、正極層。
【請求項2】
前記正極層は、前記カーボンナノチューブとして、前記二次粒子の前記空隙に包含されていない第2カーボンナノチューブを含有する、請求項1に記載の正極層。
【請求項3】
前記式(1)が、0.22≦(a-b)/(c-b)≦0.79を満たす、請求項1に記載の正極層。
【請求項4】
前記正極活物質が、リチウム金属複合酸化物を含有する、請求項1から請求項3までのいずれかの請求項に記載の正極層。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、リチウムイオン二次電池に用いられる正極層に関する。
【背景技術】
【0002】
リチウムイオン二次電池は、携帯電話用途やノートパソコン用途などの小型電源だけでなく、自動車用途や電力貯蔵用途などの中・大型電源においても、実用化が進んでいる。
【0003】
リチウムイオン二次電池の性能向上のために正極活物質に着目した研究が試みられている。例えば、特許文献1には、初期抵抗が低く、かつ充放電を繰り返した際の抵抗増加が抑制された非水電解質二次電池を提供することを目的として、特定の空隙率を有し、特定の空隙を2個以上含む、リチウム複合酸化物の多孔質粒子であって、その表面に酸化タングステン(WO、6価タングステン)およびタングステン酸リチウムを含有する被覆を備える多孔質粒子を、正極活物質として含む正極を備える、非水電解質二次電池が開示されている。なお、特許文献1においてタングステン酸リチウムにおけるタングステンの価数は規定されていない。
【0004】
また、特許文献2においては、正極活物質の表面の一部を、導電材であるカーボンナノチューブで被覆することが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2021-018895号公報
【特許文献2】特開2020-184490号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
リチウムイオン二次電池の性能向上の観点から、サイクル特性が良好であることが好ましい。本開示は、上記実情に鑑みてなされたものであり、リチウムイオン二次電池のサイクル特性を良好にできる正極層を提供することを主目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
[1]
リチウムイオン二次電池に用いられる正極層であって、上記正極層は、正極活物質と、カーボンナノチューブと、を含有し、上記正極活物質は、タングステンを含有し、かつ、複数の一次粒子と、上記複数の一次粒子の間に形成された空隙と、を有する二次粒子であり、上記正極層は、上記カーボンナノチューブとして、上記二次粒子の上記空隙に少なくとも一部が包含された第1カーボンナノチューブを含有し、かつ、X線吸収微細構造解析(XAFS)で測定される、タングステンのL吸収端のピークの立ち上がり位置(10195eV~10206eV)のスペクトルが、式(1):(a-b)/(c-b)≦0.79[式(1)中、aは、10195eV~10206eVの範囲においてスペクトルの傾きが最も大きくなる時のエネルギー(eV)を表し、a(eV)におけるスペクトル強度をAとしたときに、bは、WO(酸化タングステン(IV))の10195eV~10206eVの範囲においてスペクトル強度がAとなるエネルギー(eV)を表し、cは、WO(酸化タングステン(VI))の10195eV~10206eVの範囲においてスペクトル強度がAとなるエネルギー(eV)を表す。]を満たす、正極層。
【0008】
[2]
上記正極層は、上記カーボンナノチューブとして、上記二次粒子の上記空隙に包含されていない第2カーボンナノチューブを含有する、[1]に記載の正極層。
【0009】
[3]
上記式(1)が、0.22≦(a-b)/(c-b)≦0.79を満たす、[1]または[2]に記載の正極層。
【0010】
[4]
上記正極活物質が、リチウム金属複合酸化物を含有する、[1]から[3]までのいずれかに記載の正極層。
【発明の効果】
【0011】
本開示においては、リチウムイオン二次電池のサイクル特性を良好とすることができるという効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】本開示における正極活物質を例示する概略断面図である。
図2】本開示における式(1)を説明するための図である。
図3】本開示における式(1)を説明するための図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本開示における正極層について、詳細に説明する。なお、本明細書において数値範囲を示す「~」とは、その前後に記載された数値を下限値および上限値として含む意味で使用される。
【0014】
1.正極層
本開示における正極層は、リチウムイオン二次電池に用いられる正極層であって、正極活物質と、カーボンナノチューブと、を含有する。また、上記正極活物質は、タングステンを含有し、かつ、複数の一次粒子と、上記複数の一次粒子の間に形成された空隙と、を有する二次粒子である。また、上記正極層は、上記カーボンナノチューブとして、上記二次粒子の上記空隙に少なくとも一部が包含された第1カーボンナノチューブを含有する。さらに、本開示における正極層は、X線吸収微細構造解析(XAFS)で測定した場合、式(1):(a-b)/(c-b)≦0.79をみたす。なお、本明細書において、「一次粒子の間に形成された空隙」を、「二次粒子の空隙」と称する場合がある。また、「二次粒子の空隙」は、通常、複数の一次粒子に囲まれた、二次粒子の内部空間を意味する。
【0015】
本開示によれば、正極層が、二次粒子の空隙に少なくとも一部が包含された第1カーボンナノチューブを含有するため、リチウムイオン二次電池に用いた場合、サイクル特性を良好にすることができる。
【0016】
電池を繰り返し充放電した場合、正極活物質が膨張収縮して割れる場合がある。特に、高負荷条件で充放電した場合、正極活物質の割れが生じやすくなることが懸念される。割れが生じると、正極活物質とカーボンナノチューブなどの導電材との接触が切れ、良好な電子伝導パスが維持されなくなる恐れがある。その結果、電池抵抗が増加する恐れがある。これに対して本開示における正極層は、正極活物質の二次粒子の空隙に少なくとも一部が包含された第1カーボンナノチューブを含有するため、正極活物質に割れが生じても、割れた正極活物質のかけらが第1カーボンナノチューブと接触でき、電子伝導パスが維持できると考えられる。その結果、リチウムイオン二次電池のサイクル特性の低下を抑制できると考えられる。
【0017】
また、本開示における正極層では、X線吸収微細構造解析(XAFS)で測定した場合、所定の式(1)をみたすため、電池抵抗を低減することもできる。詳しくは後述するが、正極層中のタングステンが4価であるか、4価と6価の間の平均価数を有すると、タングステンが高い導電性と活性エネルギーを下げる効果を発揮すると考えられる。その結果、本開示における正極層をリチウムイオン電池に用いた場合、電池抵抗を下げることができると考えられる。
【0018】
(1)正極活物質
本開示における正極活物質は、タングステンを含有する。
【0019】
タングステンは、正極活物質における一次粒子の内部に存在していてもよい。すなわち、タングステンは、一次粒子の組成を構成する一成分として、存在していてもよい。また、タングステンは、一次粒子の表面に存在していてもよい。すなわち、一次粒子(例えば、後述するリチウム金属複合酸化物の一次粒子)の表面を被覆するように、タングステン(タングステン化合物)が存在していてもよい。この場合、タングステンは、一次粒子と一次粒子との間に存在していてもよい。また、タングステンは、正極活物質における二次粒子の表面に存在していてもよい。すなわち、二次粒子(例えば、後述するリチウム金属複合酸化物の二次粒子)の表面を被覆するように、タングステン(タングステン化合物)が存在していてもよい。例えば、二次粒子を作製した後に、二次粒子の表面を、タングステン(タングステン化合物)で被覆してもよい。この場合、二次粒子を構成する、隣り合う一次粒子の接触界面に、通常、タングステンは存在しない。
【0020】
正極活物質に含有されるタングステンは、4価のタングステンであってもよく、タングステンのL吸収端のピークの立ち上がり位置(10195eV~10206eV)を含むスペクトルが後述する式(1)を満たす範囲の4価のタングステンと6価のタングステンの混合物であってもよい。
【0021】
4価のタングステン化合物としては、WO、4価のタングステンを含むタングステン酸リチウム、4価のタングステンを含むリチウムニッケルコバルトマンガン系複合酸化物等が挙げられる。
【0022】
6価のタングステン化合物としては、WO、LiWO等の6価のタングステンを含むタングステン酸リチウム、6価のタングステンを含むリチウムニッケルコバルトマンガン系複合酸化物等が挙げられる。
【0023】
タングステンの含有率(正極活物質全体におけるタングステンの含有率)は、特に制限はないが、例えば0.1質量%以上であり、0.3質量%以上であってよく、0.5質量%以上であってもよい。一方、タングステンの含有率は、例えば1.0質量%以下であり、0.8質量%以下であってもよく、0.6質量%以下であってもよい。タングステンの含有率が上記範囲であれば、リチウムイオン二次電池の電池抵抗をより低減することができる。タングステンの含有率は、ICP(高周波誘導結合プラズマ)発光分光分析による元素分析により求めることができる。
【0024】
正極活物質は、さらに、必須成分としてリチウム金属複合酸化物を含有してもよく、層状構造のリチウム金属複合酸化物を含有してもよい。
【0025】
リチウム金属複合酸化物の例としては、リチウムニッケル系複合酸化物、リチウムマンガン系複合酸化物、リチウムコバルト系複合酸化物、リチウムニッケルコバルトアルミニウム系複合酸化物、リチウム鉄ニッケルマンガン系複合酸化物、リチウムニッケルコバルトマンガン系複合酸化物等が挙げられる。なかでも、より抵抗特性に優れることから、リチウムニッケルコバルトマンガン系複合酸化物であってよい。
【0026】
なお、本明細書において「リチウムニッケルコバルトマンガン系複合酸化物」とは、Li、Ni、Co、Mn、Oを構成元素とする酸化物の他に、それら以外の1種または2種以上の添加的な元素を含んだ酸化物をも包含する用語である。かかる添加的な元素の例としては、Mg、Ca、Al、Ti、V、Cr、Si、Y、Zr、Nb、Mo、Hf、Ta、W、Na、Fe、Zn、Sn等の遷移金属元素や典型金属元素等が挙げられる。また、添加的な元素は、B、C、Si、P等の半金属元素や、S、F、Cl、Br、I等の非金属元素であってもよい。これらの添加的な元素の含有量は、好ましくは、リチウムに対して0.1モル以下である。このことは、上記したリチウムニッケル系複合酸化物、リチウムコバルト系複合酸化物、リチウムマンガン系複合酸化物、リチウムニッケルコバルトアルミニウム系複合酸化物、リチウム鉄ニッケルマンガン系複合酸化物等についても同様である。
【0027】
また、本開示における正極活物質は、複数の一次粒子と、上記複数の一次粒子の間に形成された空隙と、を有する二次粒子である。
【0028】
一次粒子は、上述したタングステンを含有することが好ましい。また、一次粒子は、上述したタングステンおよびリチウム金属複合酸化物を含有することがより好ましい。
【0029】
一次粒子は、空隙を有していてもよい。言い換えると、一次粒子は多孔質粒子であってもよい。空隙については、後述する二次粒子における空隙と同様である。
【0030】
一次粒子の平均粒子径(D50)は、例えば0.01μm以上、100μm以下である。なお、平均粒子径(D50)は、レーザー回折式粒度分布測定装置による体積基準の粒子径分布における累積50%粒子径をいう。
【0031】
二次粒子は、上述したタングステンを含有する一次粒子のみからなる粒子であってもよく、上述したタングステンを含有する一次粒子と、それ以外の一次粒子(例えば、タングステンを含有せず、リチウム金属複合酸化物を含有する粒子)を含有する粒子であってもよい。
【0032】
また、二次粒子は空隙を有する。空隙の割合(空隙率)は特に限定されないが、例えば、20%以上、50%以下である。空隙率は、例えば、走査型電子顕微鏡(SEM)による正極活物質の断面観察により求めることができる。また、空隙率は水銀ポロシメーターを用いた細孔分布測定によって求めることもできる。
【0033】
また、空隙は、所定の平均細孔サイズ(半径)を有していてもよい、平均細孔サイズは、例えば1nm以上、500nm以下である。平均細孔サイズは、例えば、水銀ポロシメーター測定により求めることができる。
【0034】
二次粒子系の平均粒子径(D50)は、例えば0.1μm以上、1000μm以下である。平均粒子径については上記と同様である。
【0035】
正極層における正極活物質の割合は特に限定されないが、例えば、50質量%以上、90質量%以下である。
【0036】
本開示における正極活物質の製造方法としては、上述した正極活物質が得られれば特に限定されないが、例えば後述する実施例に記載した方法を挙げることができる。
【0037】
(2)カーボンナノチューブ(CNT)
本開示における正極層は、カーボンナノチューブを含有する。カーボンナノチューブは導電材として機能する。
【0038】
正極層は、カーボンナノチューブとして、二次粒子の空隙に少なくとも一部が包含された第1カーボンナノチューブを含有する。ここで、図1を用いてカーボンナノチューブの存在位置について説明する。図1は、本開示における正極活物質を例示する概略断面図である。図1(a)に示すように、正極活物質10において、第1カーボンナノチューブ11は、その全てが一次粒子1の凝集により形成された二次粒子2の空隙α(内部)に包接されていてもよい。一方、図1(b)に示すように、第1カーボンナノチューブ11は、一部が二次粒子2の空隙α(内部)に存在し、一部が二次粒子の外部(外表面)に存在していてもよい。
【0039】
二次粒子の空隙に第1カーボンナノチューブを含有させる方法としては、例えば後述する実施例に記載した方法を挙げることができる。
【0040】
また、正極層は、カーボンナノチューブとして、二次粒子の空隙に包含されていない第2カーボンナノチューブを含有していてもよい。
【0041】
第2カーボンナノチューブは、後述する正極合材の作製時にカーボンナノチューブを添加すること正極層に含有させることができる。
【0042】
正極層における、第1カーボンナノチューブと第2カーボンナノチューブの割合は特に限定されない。第1カーボンナノチューブの質量をX1とし、第2カーボンナノチューブの質量をX2とした場合、X1/X2は例えば、0.1以上、3以下である。
【0043】
正極層におけるカーボンナノチューブの割合は特に限定されないが、例えば、0.5質量%以上、20質量%以下である。
【0044】
(3)正極層
本開示における正極層は、X線吸収微細構造解析(XAFS)で測定される、タングステンのL吸収端のピークの立ち上がり位置(10195eV~10206eV)のスペクトルが、
式(1):(a-b)/(c-b)≦0.79
[式(1)中、aは、10195eV~10206eVの範囲においてスペクトルの傾きが最も大きくなる時のエネルギー(eV)を表し、
a(eV)におけるスペクトル強度をAとしたときに、
bは、WO(酸化タングステン(IV))の10195eV~10206eVの範囲においてスペクトル強度がAとなるエネルギー(eV)を表し、
cは、WO(酸化タングステン(VI))の10195eV~10206eVの範囲においてスペクトル強度がAとなるエネルギー(eV)を表す。]を満たす。
【0045】
ここで、上記式(1)について、図2および図3を用いて説明する。図2は、本開示における正極層(正極サンプル)、WOおよびWOのXAFS測定スペクトルを示す図である。具体的には、図2には、正極サンプル、WO(酸化タングステン(IV))およびWO(酸化タングステン(VI))のXAFS測定による、タングステンのL吸収端のピークの立ち上がり位置(10195eV~10206eV)を含むスペクトルが示されている。また、図3は、正極サンプル、WOおよびWOのXAFS測定スペクトルのタングステンのL吸収端のピークの立ち上がり位置を一部拡大した図である。
【0046】
XAFS測定スペクトルのタングステンのL吸収端のピークの立ち上がり位置は、タングステンの元素の価数を表すとされる。本開示においては、正極サンプルのXAFS測定スペクトルのタングステンのL吸収端のピークの立ち上がり位置(10195eV~10206eV)において、スペクトルの傾きが最も大きくなる時のエネルギー(eV)をaとし、ピーク立ち上がり位置の指標とする。aは、10195eV~10206eVの範囲のスペクトルを微分して、微分のピークトップとなるエネルギーとして特定することができる。a(eV)におけるスペクトル強度をAとしたときに、WO(酸化タングステン(IV))の10195eV~10206eVの範囲においてスペクトル強度がAとなるエネルギー(eV)をbとし、WO(酸化タングステン(VI))の10195eV~10206eVの範囲においてスペクトル強度がAとなるエネルギー(eV)をcとする。ここで、WOは4価タングステンの標準試料、WOは6価タングステンの標準試料として用いる。
【0047】
式(1)において、(a-b)/(c-b)=1の場合、正極層中(正極活物質中)のタングステンが6価であると解釈される。また、式(1)において、(a-b)/(c-b)=0の場合、正極層中のタングステンが4価であると解釈される。また、式(1)において、(a-b)/(c-b)≦0.79を満たす場合、正極層中のタングステンは4価であるか、4価と6価の間の平均価数を有すると解釈される。
【0048】
4価と6価の間の平均価数を有するタングステンは、4価のタングステンと6価のタングステンの混合物と考えられ、6価のタングステンに比べて平均価数が低く、高い導電性と、活性エネルギーを下げる効果を有する。そのため、正極層中のタングステンが4価であるか、4価と6価の間の平均価数を有すると、タングステンが、高い導電性と活性エネルギーを下げる効果を発揮することにより、セル抵抗を低減することができると考えられる。また、価数の低いタングステンは、正極活物質に用いられるNi、Co、Mn等に固溶しやすく、固溶する場合、正極活物質の結晶構造の結晶軸を広げることにより、リチウムイオンの拡散抵抗を低減できると考えられる。上述した理由から、本開示における正極層をリチウムイオン電池に用いた場合、電池抵抗を下げることができると考えられる。
【0049】
式(1)における(a-b)/(c-b)は、0.70以下であってもよく、0.60以下であってもよく、0.50以下であってもよい。一方、式(1)における(a-b)/(c-b)は、例えば0.20以上であり、0.30以上であってもよく、0.40以上であってもよい。なお、式(1)における(a-b)/(c-b)を求めるための、XAFS測定については、後述の実施例に記載する。
【0050】
本開示における正極層は、上述した正極活物質およびカーボンナノチューブに加え、電解質およびバインダーの少なくとも一方を含有していてもよい。また、正極層は、上記カーボンナノチューブ以外の導電材を含有していてもよい。
【0051】
電解質は、液系電解質であっても固体電解質であってもよい。液系電解質としては、例えば、エチレンカーボネート(EC)とジメチルカーボネート(DMC)とエチルメチルカーボネート(EMC)等の有機溶媒と、LiPF等の支持塩を含有する電解質が挙げられる。固体電解質としては、例えば、酸化物固体電解質、硫化物固体電解質等の無機固体電解質が挙げられる。また、バインダーとしては、例えば、ゴム系バインダー、フッ化物系バインダーが挙げられる。カーボンナノチューブ以外の導電材としては、例えば、アセチレンブラック(AB)、ケッチェンブラック(KB)等の粒子状炭素材料、カーボンナノファイバー(CNF)等の繊維状炭素材料が挙げられる。
【0052】
正極層の厚さは特に限定されないが、例えば、例えば、0.1μm以上、1000μm以下である。
【0053】
正極層の製造方法は特に限定されないが、例えば、少なくとも上述した正極活物質(二次粒子の空隙に第1カーボンナノチューブが包接された正極活物質)および溶媒を含有する正極合材を、正極集電体などの基板に塗布して乾燥する方法を挙げることができる。正極合材には、カーボンナノチューブ(第2カーボンチューブ)、バインダー、導電材および電解質の少なくとも一つを加えることができる。
【0054】
2.リチウムイオン二次電池
本開示における正極層は、リチウムイオン二次電池に用いられる。そのため、本開示においては、正極層と、負極層と、上記正極層および上記負極層の間に配置された固体電解質層を有する、固体リチウムイオン二次電池であって、上記正極層が上述した正極層であるリチウムイオン二次電池を提供することもできる。また、リチウムイオン二次電池は、通常、正極層の集電を行う正極集電体と、負極層の集電を行う負極集電体を備えている。リチウムイオン二次電池は、電解質として液系電解質を含有する液系電池であってもよく、電解質として固体電解質を含有する固体電池であってもよい。
【0055】
正極層は、「1.正極層」に記載したとおりである。負極層、電解質層、正極集電体および負極集電体としては、リチウムイオン二次電池に用いられる従来公知の部材とすることができる。
【0056】
リチウムイオン二次電池の用途としては、例えば、ハイブリッド車(HEV)、プラグインハイブリッド車(PHEV)、電気自動車(BEV)、ガソリン自動車、ディーゼル自動車等の車両の電源が挙げられる。特に、ハイブリッド車(HEV)、プラグインハイブリッド車(PHEV)または電気自動車(BEV)の駆動用電源に用いられることが好ましい。また、電池は、車両以外の移動体(例えば、鉄道、船舶、航空機)の電源として用いられてもよく、情報処理装置等の電気製品の電源として用いられてもよい。
【0057】
なお、本開示は、上記実施形態に限定されるものではない。上記実施形態は、例示であり、本開示における特許請求の範囲に記載された技術的思想と実質的に同一な構成を有し、同様な作用効果を奏するものは、いかなるものであっても本開示における技術的範囲に包含される。
【実施例0058】
[実施例1]
(正極活物質の調製)
硫酸ニッケル、硫酸コバルト、および硫酸マンガンを、1:1:1のモル比で含有する原料水溶液を調製した。一方、反応容器内に、硫酸およびアンモニア水を用いてpHを調整した反応液を準備した。また、水酸化ナトリウム水溶液をpH調整液として準備した。次に、撹拌下、原料水溶液を反応液に所定の速度で添加し、pH調整液により中和した。晶析物を水洗後、ろ過し乾燥して、複合水酸化物粒子(前駆体粒子)を得た。
【0059】
得られた前駆体粒子と、炭酸リチウムと、を混合した。なお、ニッケル、コバルトおよびマンガンの合計(Me)に対するリチウム(Li)のモル比(Li/Me)は1.1とした。この混合物を、電気炉中、870℃で15時間焼成した。室温まで炉内で冷却した後、解砕処理を行い、一次粒子が凝集した球状焼成粉末(二次粒子)である、リチウム金属複合酸化物(LiNi1/3Co1/3Mn1/3)を得た。なお、得られたリチウム複合酸化物を顕微鏡観察したところ、一次粒子間に十分な隙間(二次粒子の空隙)が存在していることを確認した。
【0060】
得られたリチウム金属複合酸化物と、酸化タングステン(IV)(WO)と、酸化タングステン(VI)(WO)とを、タングステンの割合(W/(リチウム金属複合酸化物+WO+WO))が0.5質量%となる割合で混合した。混合物をメカノケミカル装置にて3000rpmで30分間処理し、さらに150℃で1時間加熱処理することにより、酸化タングステン(WO、WO)の被覆を有するリチウム金属複合酸化物として正極活物質を得た。
【0061】
得られた正極活物質を透過型電子顕微鏡-エネルギー分散型X線分析(TEM-EDX)で分析した。結果、リチウム金属複合酸化物の一次粒子内にタングステンが取り込まれていることが明らかになった。
【0062】
(正極層の作製)
得られた正極活物質と、導電材(カーボンナノチューブ)およびバインダー(ポリフッ化ビニリデン)とを、質量比で、正極活物質:導電材:バインダー=88:10:2の割合で秤量し、これらを混合した。得られた混合物に分散媒を添加し、撹拌することで、正極スラリーを得た。得られた正極スラリーを、フィルムアプリケーター(膜厚調整機能付き、オールグッド株式会社)にて、正極集電体(Al箔)上に塗工し、その後、80℃で5分間乾燥させた。これにより、正極集電体および正極層を有する正極構造体を得た。
【0063】
(評価用電池(リチウムイオン二次電池)の作製)
負極活物質として天然黒鉛(C)と、バインダーとしてスチレンブタジエンラバー(SBR)と、増粘剤としてのカルボキシメチルセルロース(CMC)とを、C:SBR:CMC=98:1:1の質量比で、イオン交換水中で混合して、負極活物質層形成用ペーストを調製した。このペーストを、厚さ10μmの負極集電体(Cu箔)の両面に塗布し、乾燥した後、プレスすることにより負極集電体の両面に負極層を有する負極構造体を作製した。
【0064】
また、セパレータシートとして、PP/PE/PPの三層構造を有する2枚の厚さ24μmの多孔性ポリオレフィンシートを用意した。作製した正極構造体と負極構造体と用意した2枚のセパレータシートとを重ね合わせ、捲回して捲回電極体を作製した。作製した捲回電極体の正極と負極にそれぞれ電極端子を溶接により取り付け、これを、注液口を有する電池ケースに収容した。
【0065】
続いて、電池ケースの注液口から非水電解液を注入し、当該注液口を気密に封止した。なお、非水電解液には、エチレンカーボネート(EC)とジメチルカーボネート(DMC)とエチルメチルカーボネート(EMC)とを3:4:3の体積比で含む混合溶媒に、支持塩としてのLiPFを1.0mol/Lの濃度で溶解させたものを用いた。以上のようにして、評価用電池(リチウムイオン二次電池)を得た。
【0066】
[実施例2~実施例4]
正極活物質の作製において、タングステンの量(W/(リチウム金属複合酸化物+WO+WO)が表1の値となるように、各材料の割合を調整したこと以外は、実施例1と同様にして正極活物質および評価用電池を作製した。
【0067】
[比較例1]
リチウム複合酸化物の調製条件を変更し、一次粒子間に隙間(二次粒子の空隙)がない、または極めて少ない、リチウム複合酸化物を調製した。また、酸化タングステンとして酸化タングステン(VI)(WO)のみを用いた。これら以外は実施例1と同様にして正極活物質および評価用電池を作製した。
【0068】
[比較例2、比較例4]
リチウム複合酸化物の調製条件を変更し、一次粒子間に隙間(二次粒子の空隙)がない、または極めて少ない、リチウム複合酸化物を調製した。また、正極活物質における(a-b)/(c-b)が表1の値となるように、WOとWOの添加割合を変更し、かつ、加熱処理温度(100℃~200℃)および加熱処理時間(0.5時間~2.0時間)の少なくとも一方を変更した。これら以外は、実施例1と同様にして正極活物質および評価用電池を作製した。
【0069】
[比較例3]
正極活物質における(a-b)/(c-b)が表1の値となるように、WOとWOの添加割合を変更し、かつ、加熱処理温度(100℃~200℃)および加熱処理時間(0.5時間~2.0時間)の少なくとも一方を変更したこと、以外は、実施例1と同様にして正極活物質および評価用電池を作製した。
【0070】
[評価]
(SEM観察)
各実施例および各比較例で得られた正極層を断面SEMにて観察し、正極活物質におけるカーボンナノチューブの存在位置を確認した。結果を表1に示す。なお、表1において「表面のみ」とは、第1カーボンナノチューブが観察されず、第2カーボンナノチューブのみが観察されたことを意味する。比較例1、2および4において第1カーボンナノチューブが観察されなかった理由としては、作製したリチウム複合酸化物において、カーボンナノチューブが正極活物質(二次粒子)の内部に入る十分な空隙がなかったためと推察される。
【0071】
(正極活物質中のタングステン含有率の測定)
得られた正極活物質を1g秤量し、それぞれを市販されている硝酸5mlおよび過酸化水素水10mlとの混合液中でヒータを用い、目視で全溶解を確認できるまで300℃で加熱した。残渣をろ過して純水で100mlに定容し、ICP発光分光分析法に基づきタングステン元素の含有率(質量%)を測定した。結果を表1に示す。なお、ICP発光分光分析装置としては、日立ハイテクサイエンス社製のICP発光分光分析装置を使用した。
【0072】
(正極層のX線吸収微細構造解析(XAFS)測定)
各実施例および各比較例で得られた正極について、下記装置を用いてXAFS測定を行った。また、標準試料の酸化タングステン(IV)(WO)と、酸化タングステン(VI)(WO)についても、下記装置を用いてXAFS測定を行った。XAFSで測定される、タングステンのL吸収端のピークの立ち上がり位置(10195eV~10206eV)のスペクトルから、上記式(1)における(a-b)/(c-b)の値を求めた。実施例1から実施例4および比較例1から比較例4における(a-b)/(c-b)の結果を、表1に示す。
装置:(公財)科学技術交流財団 あいちシンクロトロン光センター内 硬X線XAFS
測定範囲:9897-11297 eV(タングステンのL吸収端のピーク位置)
測定法:正極は蛍光法で測定し、タングステン化合物は透過法で測定した。
なお、標準物質のタングステン化合物を測定する透過法は入射X線を照射した時の透過X線を検出し、正極を測定する蛍光法は入射X線を照射した時に発生する蛍光X線を検出しており、測定法が異なっていても同じスペクトルとして表すことが可能である。XAFSの測定データを、解析ソフトウェアAthenaを用いて規格化することにより、標準物質のタングステン化合物のタングステンと正極中のタングステンの比較が可能である。
式(1)の再現性を取るため、正極サンプルの測定ごとに標準試料の測定を行い、微小なずれを補正した。
【0073】
(初期抵抗評価)
各実施例及び比較例で作製した評価用電池について、以下のように活性化処理を行った後、初期抵抗を測定した。評価用電池を25℃の環境下に置いた。活性化(初回充電)は、定電流-定電圧方式とし、各評価用電池を1/3Cの電流値で4.2Vまで定電流充電を行った後、電流値が1/50Cになるまで定電圧充電を行い、満充電状態にした。その後、各評価用電池を1/3Cの電流値で3.0Vまで定電流放電した。このようにして各評価用電池の活性化処理を行った。
【0074】
活性化処理を行った各評価用電池を、3.70Vの開放電圧に調整した。これを、-28℃の温度環境下に置いた。20Cの電流値で8秒間放電し、電圧降下量ΔVを求めた。次に、かかる電圧降下量ΔVを放電電流値(20C)で除して、電池抵抗を算出し、これを初期抵抗とした。比較例1の初期抵抗を1.00とした場合の、各実施例および各比較例の初期抵抗の比を求めた。結果を表1に示す。
【0075】
(抵抗増加率評価(サイクル試験))
初期抵抗を測定した各評価用電池を、60℃の環境下に置き、10Cで4.2Vまで定電流充電および10Cで3.3Vまで定電流放電を1サイクルとする充放電を500サイクル繰り返した。500サイクル目の電池抵抗を、上記と同じ方法で測定した。抵抗増加の指標として、式:(充放電500サイクル目の電池抵抗-初期抵抗)/初期抵抗より、抵抗増加率を求めた。そして、比較例1の抵抗増加率を1とした場合の、各実施例および各比較例の抵抗増加率の比を求めた。結果を表1に示す。なお、サイクル試験後の評価用電池から正極層を取り出し、断面SEMで確認したところ、各実施例および各比較例のいずれにおいても割れが生じている正極活物質が存在することが確認された。
【0076】
【表1】
【0077】
比較例2および3と、各実施例から、(a-b)/(c-d)が0.79以下であり、かつ、CNTが活物質の内部(二次粒子の空隙)にも存在している場合(つまり、正極層が第1カーボンナノチューブを含有する)場合に、初期抵抗が顕著に低下していた。これは、活物質に割れが生じていない状態で、十分に活物質の内部にまで電子を伝導できたためであると考えられる。また、実施例1から4および比較例3は、比較例1、2および4に比べてサイクル試験後の抵抗増加率が抑制されていた。これは、厳しい条件下のサイクル試験により活物質に割れが生じていても、電子伝導パスが維持されていたためと考えられる。このことから、本開示における正極層をリチウムイオン電池に用いれば、リチウムイオン二次電池の抵抗(初回抵抗)を小さくでき、かつ、良好なサイクル特性を示すことが示された。
【符号の説明】
【0078】
1 …一次粒子
2 …二次粒子
10 …正極活物質
11 …第1カーボンナノチューブ
図1
図2
図3