(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024106293
(43)【公開日】2024-08-07
(54)【発明の名称】光触媒付き自動車用アンモニアエンジン
(51)【国際特許分類】
F02M 27/06 20060101AFI20240731BHJP
F02M 25/00 20060101ALI20240731BHJP
F02M 21/02 20060101ALI20240731BHJP
F02B 43/04 20060101ALI20240731BHJP
F02D 19/02 20060101ALI20240731BHJP
C01B 3/04 20060101ALI20240731BHJP
【FI】
F02M27/06
F02M25/00 G
F02M21/02 301C
F02M21/02 K
F02B43/04
F02D19/02 B
F02D19/02 C
C01B3/04 B
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】書面
(21)【出願番号】P 2023021191
(22)【出願日】2023-01-26
(71)【出願人】
【識別番号】509288426
【氏名又は名称】中村 徳彦
(72)【発明者】
【氏名】中村 徳彦
【テーマコード(参考)】
3G092
【Fターム(参考)】
3G092AA01
3G092AB09
3G092AB19
3G092BA08
3G092BB02
3G092BB08
3G092BB20
3G092DE09S
3G092DE17S
3G092FA16
3G092FA40
3G092HB01Z
3G092HB03Z
3G092HB05Z
3G092HC01X
3G092HC09Z
3G092HD05Z
(57)【要約】
【課題】 アンモニアを燃料とする自動車用エンジンの燃焼改善に水素混入が効果がある事は知られている。しかし、自動車の厳しい使用条件を満足し、充分な走行距離を可能にする水素供給手段、燃焼改善に最適な水素の量とその正確な調整法は大きな課題であった。
【手段】 本発明ではLED光源で活性化する光触媒を燃料通路に設け、アンモニア燃料を一部分解してアンモニア・水素の混合気を作る。LEDの光強度、バイパスアンモニア量を水素濃度センサ、指圧センサの信号を用いて制御し、燃焼に最適な水素濃度を得る。これによりアンモニアエンジンの燃焼を改善する事が出来CO2ゼロの自動車用アンモニアエンジンが可能となる。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
アンモニアを燃料とする自動車用レシプロエンジン(以下エンジンと称す)に於いて、燃料をエンジンに供給する配管の途中にLED光で作動する光触媒を設け、アンモニア燃料の一部を分解させて発生する水素を混入して燃焼を改善する事を特徴とするエンジン。
【請求項2】
上記エンジンに於いて、アンモニア・水素混合気に混入する水素の体積濃度割合をエンジンの要求に合わせて5~30%の範囲に制御する事を特徴とするエンジン。
【請求項3】
請求項1のエンジンに於いて、エンジン燃焼上の要求に応じてLED光の照度、照射パルス、波長等を電気的に制御し、発生する水素量を変化させてエンジンに供給する混合気の水素濃度を制御する事を特徴とするアンモニア供給装置
【請求項4】
請求項1のエンジンに於いて、光触媒通路と並行してアンモニアバイパス通路を設け、バイパス量を変化させてエンジンに供給する混合気の水素濃度を制御する事を特徴とするアンモニア供給装置。
【請求項5】
請求項1のエンジンに於いて、エンジンに供給する混合気の水素濃度が予め設定した閾値に成った場合にのみエンジンを始動させる事を特徴とするエンジン。
【請求項6】
請求項1のエンジンに於いて、供給するアンモニアを予め蒸発器、気液分離装置を通して分離し気体のみを光触媒に供給する事を特徴とするアンモニア供給装置。
【請求項7】
請求項1のエンジンに於いて、蒸発器、光触媒の温度を適切に保つため、エンジン冷却水を蒸発器、触媒容器に循環させる事を特徴とするエンジン。
【請求項8】
請求項1のエンジンに於いて、光触媒入口の混合気圧力を設定値に保つため燃料タンクと蒸発器の間に流量制御弁を設け、圧力センサからの情報で蒸発器に流入するアンモニア流量を制御する事を特徴とするエンジン。
【請求項9】
請求項1のエンジンに於いて、燃焼室に指圧センサを設け車載コンピュータによって燃焼圧力を測定・解析し、燃焼が適切になる様に混合気の水素濃度、及び点火時期を直ちに制御する事を特徴とするエンジン。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は液体アンモニアを燃料とし、光触媒によってアンモニアを分解して水素を発生させ燃焼改善を図ったレシプロエンジン(以下エンジンと称す)に関するものである。将来の自動車用原動機としてEV,FCVが本命と見られているが、資源問題も有り普及は容易ではない。又、経済的観点から現在世界中に約8億台あるエンジン車の改造も考慮すると、安価なアンモニア燃料を使用する自動車用アンモニアエンジンが強く求められる。
【背景技術】
【0002】
近年、地球温暖化に起因する自然災害が世界各地で頻発し、このままでは将来人類の生存すら脅かすと言われている。この為、温暖化ガスの排出規制は増々厳しく成り、国連傘下のIPCCは更なる規制強化を求めている。
温暖化ガスの中でもCO2は排出量が膨大であり2050年には排出量ゼロを目指して各国が削減計画を相次いで発表しているが、その実現は容易ではない。CO2の主な発生源である炭化水素燃料は今日の社会生活に欠くことの出来ない電力、運輸、産業等に膨大なエネルギーを供給しており、代替燃料無しでは現代社会は成り立たない。
【0003】
この代替燃料の有力な候補として砂漠等の太陽子エネルギーが豊富の地域で再生可能エネルギーを使って水と空気から大量にアンモニアを製造し、それをエネルギー需要の多い地域に輸送し燃料として使う事を本発明者は提案して来た。(特許文献1)
アンモニアは窒素肥料として古くから広く使われてきたが、分類上は不燃物質に相当し着火、燃焼は極めて困難な物質であり従来は燃料としては殆ど認知されて居なかった。
しかし、本発明者らはCO2排出ゼロを目指しこのように燃焼が困難なアンモニアをガスタービン、ボイラ、ピストンエンジン等の各種熱機関の燃料として使用する事を研究して来た。その結果、電力供給の主流であるガスタービンをアンモニアで運転する事に成功した。(特許文献2)
【0004】
これらの成果を経産省、文科省、内閣府等に報告しアンモニア燃料の研究が国プロSIPに採択され多くの知見が得られた。その後、研究成果を産業に発展させる目的でクリーン燃料アンモニア協会(CFAA)が発足した。国内外の多数の有力会社が参加し技術開発に研鑽しており、発電用ガスタービン、ボイラ等でアンモニア利用技術は目覚ましい発展を遂げている。一方、CO2の大きな発生源の一つである自動車用レシプロエンジン分野ではアンモニア適用技術に大きな進展が見られない。
【0005】
その原因はエンジンのアンモニア燃焼が格段に困難である為である。エンジンの燃焼改善に関しては数々の研究開発の努力がなされているが壁は高く未だに実用化への道は拓けていない。舶用エンジン等ではアンモニア燃料に加えて、副燃料として従来の軽油、重油等の炭化水素燃料を別の燃料タンクから直接エンジン燃焼室に高圧で噴射して燃焼改善を行う研究もあるが、この副燃料からCO2が発生するので究極のCO2対策には繋がらない。更に、燃料が二種類に成る事で供給、保守等インフラも含めて煩雑となるので自動車用には適用は困難である。将来の厳しい規制、ユーザー利便性を睨むとアンモニア燃料のみでCO2ゼロが達成できる自動車用アンモニアエンジンの開発が求められる。
【先行技術文献】
【0006】
【特許文献1】特許第5012559号
【特許文献2】特許第5115372号
【特許文献3】特開2015―135067
【特許文献4】特願2019-562257
【特許文献5】特開2020―159211
【特許文献6】特開2020―195241
【特許文献7】特開2021-139344
【特許文献8】特開2023-006120
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
自動車用レシプロエンジン(以下自動車用エンジンと称す)での進展が困難な理由は同じアンモニア燃料を使っても自動車エンジンの間欠燃焼とガスタービン、ボイラ等の連続燃焼とでは燃焼形態が全く異なり、アンモニアの様な燃焼し難い燃料ではその違いは大きな違いとなる。連続燃焼の場合には一度着火すればその後は連続して安定的に燃焼が行われるが、自動車用エンジンの場合には毎サイクルごとに燃焼を繰り返す必要があり、6000rpmの様なエンジン高回転時には1秒間に50回も燃焼を繰り返す必要がある。4ストロークエンジンではごく短時間に吸入、圧縮、燃焼、排気の動作を行わなければ成らないので燃焼に与えられる時間は極めて僅かである。又、エンジンの場合にはピストンが上下運動をしているので燃焼室の形も常に変化しており、ガスタービンやボイラの様に燃焼に最適な燃焼空間を形成する事は出来ない。その上、燃焼上極めて重要な因子である混合気の気流はエンジン回転数、空気量、バルブ開閉時期、点火時期によって複雑に変化するので燃焼の視点からは極めて困難な燃焼と云える。更に、自動車用エンジンに要求される項目として高出力、低燃費、低エミッション、低燃焼音等が有り、特に乗用車用エンジンに於いては極寒・酷暑の様な厳しい気象条件下でもキーを捻れば待つことなく直ちに始動し、失火、燃焼変動、ノッキング等の異常燃焼が無い事が求められる。
【0008】
自動車エンジンに当初から使用されて来たガソリン、軽油、LPG、天然ガス等の炭化水素系燃料は燃料毎に多少の違いは有るものの基本的には素晴らしい性質を有し、CO2と資源問題さえ無ければエンジンとの相性は極めて優れていると言える。それに対しアンモニアは難燃性で分類上は不燃物とされているくらい着火、火炎伝播性は悪く、爆発・火災の危険性は低いものの燃焼上の課題の大きさから燃料としては殆ど着目されて来なかった。アンモニア燃料の様な燃え難い燃料を自動車エンジンに採用する為には着火、火炎伝搬と言う燃焼上の二つの大きな課題を解決しなければ成らない
【0009】
先ず重要な事はアンモニアと空気の混合気を確実に着火させる事である。全ての燃焼は着火から開始されるが、そのためには混合気が可燃範囲に無ければ成らない。可燃範囲は燃料毎に異なり、混合気の均一性、流速、乱れ、圧力、温度等に影響を受けるが、燃焼上特に重要な項目として燃料と空気の混合比がある。専門用語では当量比又は空燃比と呼ばれている項目である。アンモニア燃料エンジンの場合でもこれらの諸条件を従来のガソリンエンジン並みに揃える事は必須であるが、それでも尚、炭化水素系燃料に比べるとアンモニア混合気の着火は容易ではない。
【0010】
その理由は燃料毎に決まる最小着火エネルギーが大きく異なる為である。
着火エネルギーが最も小さい水素は僅か0.017mJで容易に火が付くので危険とされて居る。従来の自動車用エンジンで広く使用されているガソリンは0.2mJであり比較的簡単に着火できる。一方アンモニアは170mJとガソリンに対して850倍も大きく混合気に確実に着火させるためには原理的に大きなエネルギー源が必要な事が判る。この為エンジンの点火コイルを大きくし蓄えられる電気エネルギーを何倍も増やして点火時にこれを一気に放電すれば着火性は改善できるが、放電時の電圧が数十キロボルトと材料の絶縁限界を超え、更に落雷の様な強烈な火花で点火プラグの電極消耗限界を超えるので実用上は点火エネルギ増強には限度がある。更に、自動車には点火時にコイルから発生する電波雑音の規定もあるので其れも強力点火の制約となる。
【0011】
この様に自動車エンジンで難燃性のアンモニア燃料に着火する為には強力点火のみでは不十分である。勿論エンジン燃焼室形状等の変更によって着火性を多少改善する可能性は有るが、この研究は現在のガソリンエンジンでも多くの技術者によって永年行われて来ており改善の余地は少ない。
【0012】
最も確実に着火性を高め、アンモニアエンジンの燃焼を改善するためには燃料特性を変える事である。先に述べたように水素の着火性は驚くほど高いのでアンモニアに少量の水素を混入させるとそれが火種となってアンモニア・水素混合気の着火性も著しく向上する。実験では僅か5%程度の水素を混入すればアンモニア・水素混合気が容易に着火する事が確認された。但し、混入する水素の濃度により火花点火から着火に至るまでの点火遅れ時間が変わり、エンジンの最適点火時期(MBT)に大きな影響を与えるので混入水素濃度の管理はエンジンの性能上重要である。
【0013】
アンモニア燃料を自動車エンジンに使用するための次の燃焼課題は火炎伝搬速度の向上である。着火後、火炎は燃焼室内の混合気全体に素早く広がって行く事が求められる。火炎伝搬が遅いと高速回転するエンジンの短時間では燃焼が完了せず、だらだらと燃焼が続き場合によっては燃焼途中で排気されてしまい不完全燃焼となる。この場合には燃料消費や排気エミッションが著しく増加する。火炎伝搬速度にも燃料固有の値が有り水素は290cm/sと極めて速いのでロケットの様に高速燃焼が求められる場合には最適である。しかし、通常のレシプロエンジンではピストンの動きに対して燃焼が速すぎ、燃焼室内の混合気が一気に燃焼し急激な燃焼圧上昇を招いてNOx増加や甲高い燃焼騒音を生じたり、燃焼室壁面からの熱損失を増やして燃費を悪化させる。又、燃焼時に発生する高温、高圧のガスによりピストン頂面やスパークプラグ電極の温度が過熱し、エンジン本体の耐久性にも悪影響が有るので燃焼速度には適正値が有る。ガソリンの火炎伝搬速度は43cm/sであり、現在の自動車エンジンでは若干遅い場合もあるが概ね適している。一方、アンモニアの火炎伝搬速度は7cm/sと大変に遅く、通常の燃焼期間では燃焼は完了出来ない。尚これらの燃焼速度は物性比較の為に行われる層流燃焼時の値であってエンジン実機内の乱流燃焼速度は数十m/sと桁違いに速くなるが基本的燃焼特性はそのまま反映される。
【0014】
自動車エンジンにとっては遅すぎるアンモニア燃料の火炎伝搬速度を高めるために水素を混入させる事が大変有効である事は論を待たない。しかし、先に述べたように適切な自動車エンジンの燃焼速度を得るためには、運転状態に応じて混合気の水素濃度を適切に設定する事が重要となる。
水素濃度が低すぎる場合には着火も火炎伝搬も十分な効果を得る事が出来ないのは当然であるが、水素濃度が高すぎても火炎伝搬が速すぎて課題が発生する。更に実用的には高濃度を得るためには多量の水素が必要に成り水素供給が課題となる。従って混合気の適正な水素濃度を求める事は非常に重要である。水素濃度を変えて行った実験とその詳細な解析結果から発明者はこれが通常の自動車用エンジンでは体積濃度基準で5~30%の範囲にある事を発見した。この最適値はエンジンの燃焼室サイズと共にエンジンの回転数、空気量等の運転状態に強く影響を受けるがシリンダ径が6~9cm程度の自動車用アンモニアエンジンに於いてはこの範囲の水素濃度が全運転域を通して適正であった。
【0015】
大型船舶等の100~200cmもの巨大なシリンダ径を持つ舶用エンジンに於いては着火現象は略同様で有っても必要な火炎伝搬距離が長いので更なる水素混入が必要であろうと推定される。しかし一方、エンジン回転数も50rpm程度と極端に遅いので燃焼に与えられる時間は長く成り火炎伝搬速度はそんなに速める必要はないとも考えられる。巨大なシリンダを持つエンジンではどのくらいの水素濃度が適切かは実機エンジンの詳細な実験と解析からしか得られない。
【0016】
以上述べて来た様に自動車用アンモニアエンジンの燃焼を改善する為にはアンモニア燃料に水素を5~30%混入する事が極めて有効であり、アンモニア燃焼上の二つの課題が解決できる。
【0017】
水素混入式自動車用アンモニアエンジンを実用化する為に新たに生じた大きな課題は水素の供給法である。アンモニアエンジンの燃焼改善の為に水素を高圧ボンベに詰めて車載し、供給する手法は古くから知られている。しかし、この水素供給方法では燃料が2種類必要に成り燃料供給インフラ上の課題が多い。特に水素を200気圧程の高圧に圧縮して車両に短時間で供給する為の設備は爆発の危険性が高いので法律で厳しく規制を受けている。このような設備の保守には多額の経費が掛かり、設置場所の制約も大きい。この結果、燃料コストの上昇は避けられず使用者の燃料補給の利便性は大きく損なわれる。更に圧縮水素は気体であるのでタンク容量を大きくしても航続距離に限りがあり、普及上の大きな障害になる。車両衝突時のガス漏れを防止するため車両設計時の入念な配慮が必要な事は言うまでもない。
【00018】
圧縮水素の代わりに液体水素を使う試みも過去にあったがこちらはー253℃の液体を扱う事に成り、インフラも取り扱いも到底一般に広く普及出来るものでは無い。発明者らの実験では断熱を限界まで施したタンクでも僅か1週間で満タンの液体水素が蒸発し完全に空に成っていた。過去には欧州の名門自動車会社が液体水素を搭載した試験車を多数試作し大規模の社会実験を行ったが、上記理由で販売までには至らなかった。このような理由からに水素燃料を使った自動車が実用化されないのはエンジンの問題に加え、水素供給の困難さが大きな要因である。
【0019】
この様な歴史的背景に基づき近年、車両上でアンモニア燃料の一部を分解して水素を発生させ、其の水素を用いてアンモニア・水素混合気を作ってエンジンに供給する試みが行われている。重要なポイントはどのような手法でアンモニアを分解するかである。これらの試みでは熱分解型触媒を用いてアンモニアを分解し水素を得ている。発明者らも過去に同様の手法でアンモニア分解によって得られた水素で自動車用アンモニアエンジン車を走らせた事が有る。
【0020】
この手法の最大の課題はエンジン始動時に電気ヒータで加熱する熱分解触媒の温度が触媒活性が開始される約500℃に達するまでの待ち時間である。始動実験ではキーオンからエンジンが始動できるまでの待ち時間は凡そ10分を必要とした。熱分解触媒活性温度の低温化、加熱電気ヒータの能力向上、触媒の熱容量削減等の改良を行っても、物理的限界があるのでエンジン始動開始までの待ち時間は数分かかる事が推定される。寒冷地の厳しい気象条件まで考慮するとキーを捻って直ぐにエンジンを始動させると言う厳しい要求のある乗用車では実用化の壁は極めて高い。
【0021】
更に、この熱触媒方式では触媒の温度を常に500℃以上の高温に保つ必要があるが、電力消費の大きい電気ヒータの加熱は長時間は続けられない。そこで、一般的には触媒に供給するアンモニアの一部を触媒上で触媒燃焼させ、発生する熱を加熱に使う部分酸化方式が使われる。自動車用エンジンでは運転状態に応じて触媒を通過するアンモニア量が急激に変化するが、触媒には熱容量が有るのでこの様な急激の変化に追従して発生する水素量を変える事は難しい。従って、種々の運転条件下でアンモニア・水素混合気の水素濃度をエンジンが要求する様に保つことは大変困難である。又、安全上の視点からは発生した水素を含む混合気が高温の触媒に触れて居る事は好ましいものでは無い。
【課題を解決するための手段】
【0022】
本発明は以上述べて来た自動車用アンモニアエンジンの燃焼改善と水素供給に関する課題を解決してCO2ゼロエミッション自動車を可能にするものである。
燃焼が困難なアンモニアエンジンの燃焼を改善するために燃料に水素を混入すれば効果がある事は知られている。しかし、その水素量が少な過ぎても、多過ぎても燃焼上の課題があり適正な量の水素混入が重要である事は先に述べた。発明者らは実験でアンモニア・水素混合気の水素濃度を運転状態に応じて体積基準で5~30%に保つことで着火、火炎伝搬が適正に行われ、燃焼が著しく改善される事を発見した。これは自動車用アンモニアエンジンの実機を用いて行った詳細な実験と解析によって発見した重要な情報である。
【0023】
水素混入に必要な水素供給手段として圧縮水素、液体水素等があるが先に述べた様に課題が多い。燃料のアンモニアを一部分解して水素を得る方式がより実現可能な方法であるが従来から知られている熱分解触媒によるアンモニア分解では触媒が活性化するために500℃以上の高温を必用としエンジン始動に基本的課題がある。更に、触媒の熱応答性も緩慢であるので運転状態に応じて遅滞なく水素濃度を制御する事は容易ではない。高温の活性温度を必要としない別の分解触媒が求められる。
【0024】
光触媒は其の活性プロセスが熱触媒とは全く異なりプラズモン共鳴効果に基づく反応で反応の温度依存性は殆ど無い。高温に加熱する必要が無いのが大きな特徴である。光触媒の存在は広く知られているが、活性の低さから産業分野での利用は少なく、主に脱臭、防汚、除菌等の生活用品分野で使われて来た。2022年米国ライス大学がLED光を使った銅―鉄系光触媒を発表し権威ある雑誌サイエンスにも掲載された。これは将来の水素社会到来を睨んで、輸送が容易なアンモニアを水素消費地に輸送しオンサイトで大量の水素を得る水素プラントに使う事を目的としたものである。反応に500℃以上の高温を必要とする熱触媒に比べ効率の高いLEDを使用する光触媒の方がより少ないエネルギーで水素を得られとしている。
【0025】
本発明はこの新たに登場した光触媒を自動車用アンモニアエンジンに使う事に着目し、それによって従来の諸課題を解決しようとするものである。しかし、当然の事であるがこの光触媒の特性を自動車用エンジンで十分に活用するためには幾つかの重要な工夫が必要である。最も重要な事は、自動車エンジンの様々な運転状態に応じてエンジンに供給するアンモニア・水素混合気の水素濃度を適切に制御する工夫である。本発明では水素濃度センサ、圧力センサ、O2センサ、指圧センサからの情報に基づいて光触媒のLED光制御、バイパスバルブ制御、アンモニア流量制御を車載コンピュータで総合的に行いこれを可能とした。その詳細については発明の実施例で説明する。
【発明の効果】
【0026】
本発明は光触媒を自動車用アンモニアエンジンのアンモニア分解手段として適用したものである。高圧ボンベ等の煩雑な外部からの水素供給を不要とし、種々の手段でアンモニア・水素混合気の水素濃度を制御して従来困難とされて来たアンモニアエンジンの燃焼を改善した。更に光触媒によって寒冷地でのエンジン始動性を高め使用者の利便性を確保した。これ等の工夫により自動車用アンモニアエンジンの将来への道が開けることに成り、自動車メーカ、エンジンメーカ、部品メーカ、販売店、修理工場等へ及ぼす恩恵は計り知れない。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【
図1】本発明の装置、アンモニア燃料の流れ、吸入空気の流れ、エンジン冷却水の流れ、制御等全体を示すブロック図である。
【発明を実施する為の形態】
【0028】
以下、図面を参照して本発明の実施形態について詳細に説明する。燃料タンク1内の液体アンモニア燃料はエンジン始動の為にキーを回すと電気的に開くタンク元栓2を通って流出し液体アンモニア流3となって液体アンモニア流制御バルブ4に入る。このバルブにより流量を制御された液体アンモニアは燃料蒸発器5に入り、其処で外部からの熱を受け取って気化し、気体アンモニア流6となって気液分離器7に入る。液体アンモニアの沸点は-33℃と低いので蒸発器で容易に気化させる事が出来るが、アンモニアの気化熱は1.37MJ/kと大変大きいので外部からエンジン冷却水24を循環させその熱によって蒸発器の温度を保ち気化を行う。エンジン冷却水は通常のエンジンと同様にラジェータ循環流25によってラジエータ26で水温をコントロールされる。光触媒、蒸発器に熱を供給しているのでラジエータは従来製品より小型化が可能となり、車のラジエータグリルを小さく出来る事でデザインに自由度が生まれ、商品価値を高められると言う副次的効果もある。
【0029】
寒冷地に於けるエンジン始動時や車両急加速時等には蒸発器での気化が完全に行われず少量のアンモニア液滴が気体アンモニア中に混入する場合がある。この様な厳しい状況でも気液分離器によって液体アンモニアは排除され気体として光触媒8に流入させる事が出来る。液体アンモニアは腐食性が高く光触媒の性能劣化の原因に成るのでしっかり除去して置く必要がある。
【0030】
気液分離器を出た気体アンモニアはLED光源20によって活性化している光触媒に流入し、触媒作用によって気体アンモニア(2NH3)は窒素ガス(N2)と水素(3H2)に分解される。この分解割合はLED光源の光照度、波長、照明パルス周波数等で電気的に短時間で変える事が出来るので、エンジンが必要とするアンモニア・水素混合気の水素濃度を5~30%に制御する事は容易である。光触媒のこの特徴が本発明の肝である。
【0031】
しかし、光触媒は原理上、光が当たった面しか活性化されない。このため触媒反応層を照射する光はあらゆる角度から当たる様に設計されているが、それでも高温度下で触媒全体が立体的に反応する熱触媒に比較すると流入ガス全体での反応率は低く成る。この事からアンモニア燃料供給装置の設計では光触媒を通過する気体アンモニア流が主体となり、混合気の水素濃度を調整するためのバイパス流18は従となってバイパス制御バルブ19によってその量が制御される。
【0032】
光触媒は蒸発直後の低温のアンモニア気体、分解反応に伴う反応熱、LEDの発熱等で触媒床温度が変化するが基本的に光触媒は温度依存性が無いのでアンモニアの分解割合は変わらない。しかし、蒸発器、触媒の温度を適切に保つことは蒸発の確保に加え光触媒の反応を安定化させ、更には装置への結露等の障害防止上重要であり、エンジン冷却水の循環は必須である。
【0033】
光触媒を出たアンモニアと水素の混合気9は燃料流量制御バルブ10を通ってエンジン11に吸入される。一方、燃焼に必要な空気はエアクリーナ12で濾過され空気流13となり吸入空気制御バルブ14を通ってエンジンに吸入される。その後エンジン吸気管内でアンモニア・水素の混合気と混合し、吸入、圧縮、燃焼、排気のプロセスを経てエンジン排気ガス15として排出され3元触媒16に流入する。ここでNOx、未燃アンモニアは浄化され、有害成分を含まないクリーンな排気ガス17として大気に放出される。
【0034】
アンモニアNH3は炭素Cを含まないのでCO2を始め、有害成分であるCO,HC,煤、パテキュレート微粒子は一切排出されない。燃焼時に生成されるNOxはアンモニアの燃焼温度がガソリン燃焼温度より約300℃低いのでサーマルNOxの生成量が減り、ガソリンエンジンのNOxと同程度であることが実験によって確認されている。しかし、混合気の水素濃度を高くし過ぎると燃焼温度が高くなりNOxが増加するので水素濃度の制御が重要である。このNOxは燃焼室壁面のクエンチ層から発生する還元力の強い未燃アンモニアと3元触媒で反応し、当量比を合わせると両者は共に完全に浄化できる事が確認されている。
【0035】
以上述べて来た様なプロセスを行う為にはエンジンの制御が極めて重要となる。
光触媒により水素を発生させ、アンモニア・水素混合気を作るが其の水素濃度をエンジンの燃焼上必要な5~30%に保つためにはLED光源の制御及びバイパス制御バルブによるバイパスアンモニア流の制御が必要である。この2種類の制御はそれぞれ独立して行う事が可能であるが系の応答性に違いがある。エンジン入り口に設けられた水素濃度センサ22の信号によって車載したコンピュータ28が最も適切な制御を行う。
【0036】
エンジンによって要求される水素濃度の精度に余裕がある場合には、水素センサー22を省略してプログラム制御によるオープン制御も可能である。この為の条件としては光触媒のアンモニア分解特性が安定している事が求められる。オープン制御で求められる光触媒の分解特性を安定させるためには触媒入口の混合気圧力の変動を少なくすることが有効である。この為に燃料通路に圧力レギュレータを挿入する方法もあるが本体が大きいので本発明では圧力センサー21を触媒入口に設け元栓下流の液体アンモニア流量を制御する。温度によって大きく変わる液体アンモニアの飽和蒸気圧変化も本制御で制御可能になる。
【0037】
排気系の三元触媒によってNOXと残存アンモニアを同時に浄化する為には吸入空気量と混合気燃料量の比率、当量比又は空燃比を正確に理論空燃比に合わさなければならない。この制御は現在のガソリンエンジン車で広く実施されている制御方法と同じで良い。すなわち、排気系に設けられたO2センサ23の信号に基づいて燃料量制御バルブ10を吸入空気制御バルブ(別名エンジンスロットルバルブ)に従属的に制御して燃料量を常に理論空燃比に成る様に調整すればよい。この制御手法は多くの実績があり殆ど課題は無い。
【0038】
アンモニアエンジンの燃焼を改善する為のより高度の制御としてエンジン燃焼室の筒内圧力を指圧センサ27で直接計測し、そのデータをリアルタイムで解析して、エンジン燃焼が最も望ましく成る様にLED光源、バイパスバルブを制御し水素濃度を調整する手段がある。指圧センサで直接燃焼圧を測定するので多くの燃焼情報が瞬時に得られ、水素濃度が適正値になるまでの数サイクルの燃焼を点火時期を即座に変更する事で補う事が可能に成る。自動車に特有の加減速等の急激なエンジン運転に対する制御法としては最も望ましい。
【0039】
以上本発明は自動車用アンモニアエンジンの燃焼改善に関して述べてきたが、それ以外の船舶用大型エンジン、発電用エンジン、産業用エンジンについてもエンジン実機を用いたアンモニア燃料の実験で要求水素濃度等の必要条件を求めれば本発明の全部又は一部が利用可能である。
【符号の説明】
【0040】
1 アンモニア燃料タンク 16 三元触媒
2 タンク元栓 17 クリーン排気ガス流
3 液体アンモニア流 18 バイパスアンモニア流
4 液体アンモニア流制御バルブ 19 バイパス制御バルブ
5 燃料蒸発器 20 LED光源
6 気体アンモニア流 21 触媒入口圧力センサ
7 気液分離機 22 水素濃度センサ
8 光触媒 23 O2センサ
9 アンモニア・水素混合気流 24 エンジン冷却水流
10 燃料流量制御バルブ 25 ラジェータ循環流
11 エンジン 26 ラジェータ
12 エアクリーナ 27 指圧センサ
13 空気流 28 車載コンピュータ
14 吸入空気制御バルブ
15 エンジン排気ガス流