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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024106474
(43)【公開日】2024-08-08
(54)【発明の名称】オーステナイト系ステンレス鋼板
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20240801BHJP
   C22C 38/58 20060101ALI20240801BHJP
   C21D 9/46 20060101ALI20240801BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
C22C38/58
C21D9/46 Q
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023010741
(22)【出願日】2023-01-27
(71)【出願人】
【識別番号】503378420
【氏名又は名称】日鉄ステンレス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000637
【氏名又は名称】弁理士法人樹之下知的財産事務所
(72)【発明者】
【氏名】今川 一成
(72)【発明者】
【氏名】稲田 拓哉
(72)【発明者】
【氏名】平川 直樹
【テーマコード(参考)】
4K037
【Fターム(参考)】
4K037EA01
4K037EA02
4K037EA05
4K037EA06
4K037EA09
4K037EA10
4K037EA12
4K037EA13
4K037EA14
4K037EA15
4K037EA16
4K037EA17
4K037EA18
4K037EA19
4K037EA21
4K037EA27
4K037EA28
4K037EA29
4K037EA31
4K037EA32
4K037EA33
4K037EA35
4K037EA36
4K037EB05
4K037EB07
4K037EB09
4K037FG00
4K037FJ01
4K037FJ05
4K037FJ06
4K037JA06
4K037JA07
(57)【要約】
【課題】0.02%以上の炭素を含有する汎用のオーステナイト系ステンレス鋼において、結晶粒微細化による高強度とクロム炭化物の析出抑制による耐食性の向上を両立する鋼板を提供する。
【解決手段】質量%にて、C:0.02%以上、0.15%以下、Si:2.0%以下、Mn:3.0%以下、Cr:16.0%以上、20.0%以下、Ni:5.0%以上、15.0%以下、N:0.2%以下を含有し、残部がFeおよび不純物からなり、平均結晶粒径が10μm以下、かつ、断面硬さが300HV以上、かつ、JIS G0580:2003で規定するEPRが2.0%以下であることを特徴とするオーステナイト系ステンレス鋼板。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%にて、
C:0.02%以上、0.15%以下、
Si:2.0%以下、
Mn:3.0%以下、
Cr:16.0%以上、20.0%以下、
Ni:5.0%以上、15.0%以下、
N:0.20%以下、
を含有し、残部がFeおよび不純物からなり、
平均結晶粒径が10μm以下、かつ、断面硬さが300HV以上、かつ、JIS G0580:2003で規定するEPRが2.0%以下であることを特徴とするオーステナイト系ステンレス鋼板。
【請求項2】
前記Feの一部に代えて、さらに質量%にて、
Mo:3.0%以下、
Cu:3.0%以下、
W:1.0%以下、
Co:1.0%以下、
の1種以上、及び/又は、
Nb、Ti、V、Zr、Hf、Taのいずれか、あるいはそれらの2つ以上を合計で0.30%以下、
を含有することを特徴とする請求項1に記載のオーステナイト系ステンレス鋼板。
【請求項3】
前記Feの一部に代えて、さらに質量%にて、
Al:0.20%以下、
Ca:0.10%以下、
Mg:0.10%以下、
REM:0.10%以下、
B:0.004%以下、
Sn:0.10%以下、
の1種以上を含有することを特徴とする請求項1または請求項2に記載のオーステナイト系ステンレス鋼板。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、オーステナイト系ステンレス鋼板に関する。
【背景技術】
【0002】
ステンレス鋼は必須添加元素であるクロムの酸化皮膜により優れた耐食性を発現する。更に言えば、ニッケルを含有するオーステナイト系ステンレス鋼はその中でも一般に強度と加工性のバランスに優れ、安定した特性を得られるため、広く活用され、材料のリサイクルも進んでいる。更に言えば、汎用鋼であるSUS304に代表される準安定オーステナイト系ステンレス鋼は加工により加工誘起マルテンサイトが生成し、生成したマルテンサイトを逆変態させることで、結晶粒微細化強化による高強度化が図れることから、幅広い用途に適用されている。例えば、特許文献1にはガスケット用途に適する強度と疲労特性に優れるオーステナイト系ステンレス鋼が開示されている。また、特許文献2には電子機器や精密機器用途に適する高強度で平坦性に優れるオーステナイト系ステンレス鋼が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2017-122244号公報
【特許文献2】特開2001-226718号公報
【特許文献3】特開2020-050940号公報
【特許文献4】国際公開第2021/75022号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上記記載のいずれの特許文献も粒成長抑制のため、比較的低温の熱処理となっており、Cr炭化物の析出域であるため、鋭敏化による耐食性低下が懸念される。
【0005】
微細結晶粒を維持しつつ、耐食性を確保する技術として、特許文献3や特許文献4が開示されている。しかし、特許文献3では焼鈍時間が長時間となること、焼鈍酸洗連続ラインでの技術適用が困難なため、生産性が低くなってしまう。特許文献4では、低炭素化に加え、NbやTiといった炭化物生成元素を添加する必要があり、材料コスト増につながる。更に言えば、高価な希少元素を添加した鋼種が細分化し、リサイクルを阻害する一因ともなっていた。
【0006】
すなわち、本発明では、材料コスト増につながる低炭素鋼にNbやTiといった炭化物生成元素を加えることなく、少なくとも0.02%以上の炭素を含有する汎用のオーステナイト系ステンレス鋼を用いて、クロム炭化物の析出を抑制、結晶粒微細化と加工硬化を効率的に活用し、従来以上の耐食性かつ高強度を有する汎用オーステナイト系ステンレス鋼板を工業的に安定して提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
冷延したオーステナイト系ステンレス鋼の焼鈍条件を鋭意検討した結果、
1)冷延で生成した加工誘起マルテンサイトは、昇温速度が100℃/s未満では昇温途中に加工誘起マルテンサイトに過飽和固溶した炭素がCr炭化物として析出し、加工誘起マルテンサイトからの逆変態を遅延させることに加え、耐食性を低下させること、昇温速度100℃/s以上ではCr炭化物の析出を回避することで、早期に逆変態が生じ、固溶度の大きいオーステナイト相になることで耐食性を確保できること、
2)昇温速度100℃/s以上では、冷加工誘起マルテンサイトのオーステナイトへの逆変態と、冷延により加工を受けたオーステナイト相の再結晶では、逆変態の方が早期に起こること、
を見出した。それにより、加工誘起マルテンサイトは微細なオーステナイトへ相変態し、結晶粒微細化強化に寄与し、冷延時に導入された歪みの回復を抑制することで、再結晶した微細オーステナイト組織と高歪が残存した加工オーステナイト組織とすることで、結晶粒微細化と加工硬化との両立により高強度も維持できることを見出した。
【0008】
上記知見に基づき完成された本発明の要旨は、以下の通りである。
[1]質量%にて、
C:0.02%以上、0.15%以下、
Si:2.0%以下、
Mn:3.0%以下、
Cr:16.0%以上、20.0%以下、
Ni:5.0%以上、15.0%以下、
N:0.20%以下、
を含有し、残部がFeおよび不純物からなり、
平均結晶粒径が10μm以下、かつ、断面硬さが300HV以上、かつ、JIS G0580:2003で規定するEPRが2.0%以下であることを特徴とするオーステナイト系ステンレス鋼板。
[2]前記Feの一部に代えて、さらに質量%にて、
Mo:3.0%以下、
Cu:3.0%以下、
W:1.0%以下、
Co:1.0%以下、
の1種以上、及び/又は、
Nb、Ti、V、Zr、Hf、Taのいずれか、あるいはそれらの2つ以上を合計で0.30%以下、
を含有することを特徴とする[1]に記載のオーステナイト系ステンレス鋼板。
[3]前記Feの一部に代えて、さらに質量%にて、
Al:0.20%以下
Ca:0.10%以下
Mg:0.10%以下
REM:0.10%以下
B:0.004%以下
Sn:0.10%以下
の1種以上を含有することを特徴とする[1]または[2]に記載のオーステナイト系ステンレス鋼板。
【発明の効果】
【0009】
クロム炭化物の析出を抑制、結晶粒微細化と加工硬化を効率的に活用し、従来以上の耐食性かつ高強度を有する汎用オーステナイト系ステンレス鋼板を工業的に安定提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明の好適な実施の形態について詳細に説明する。
まず、成分の限定理由を以下に説明する。なお、各元素の含有量の「%」表示は「質量%」を意味する。
【0011】
C:0.02%以上、0.15%以下
CはN(後述)とともに、強力なオーステナイト安定化元素であることに加え、固溶強化元素である。一方、熱処理条件によっては耐食性に重要なCrと結合して鋭敏化をもたらすため、低いほうが好ましいが、ステンレス鋼においてはC含有量を低減するためには精錬時間の増加をもたらすため、製造コスト増につながる。したがい、C含有量の下限は0.02%とし、好ましくは0.03%である。一方、本発明では冷延後の焼鈍における焼鈍速度を管理することにより、鋭敏化を回避できることを見出しており、C含有量は0.15%以下まで許容される。好ましくは0.07%以下である。
【0012】
Si:2.0%以下
Siは、溶製時の脱酸剤として機能する元素で、また、フェライト安定化元素である。ただし、過度に添加すると、粗大な介在物が生成して、加工性が劣化するし、また、オーステナイト相が不安定となるので、上限を2.0%とする。好ましいSi含有量の上限は、1.5%である。下限は特に定めないが、脱酸効果を確実に得るためには、0.05%が好ましく、0.10%がより好ましい。
【0013】
Mn:3.0%以下
Mnは、比較的安価でかつ有効なオーステナイト安定化合金元素である。ただし、過度に添加すると、粗大介在物が生成して、加工性が劣化するので、上限を3.0%とする。好ましいMn含有量の上限は2.6%、より好ましくは2.0%である。下限は特に定めないが、オーステナイト相の確実な安定化の点で、0.1%が好ましく、0.3%がより好ましい。
【0014】
Cr:16.0%以上、20.0%以下
Crは、ステンレス鋼の基本元素であり、有効な耐食性を得るための元素である。添加効果を得るため、16.0%以上添加する。好ましくは16.5%以上である。ただし、Crはフェライト安定化元素であり、過度の添加で、オーステナイト相が不安定になり、製造性の低下をもたらすため、上限は20.0%とする。好ましいCr含有量の上限は19.4%である。
【0015】
Ni:5.0%以上、15.0%以下
Niは、最も強力なオーステナイト安定化合金元素である。C、Nの添加を含めて、オーステナイト相を室温まで安定化して存在させるために、5.0%以上添加する。好ましくは6.0%以上である。ただし、過度の添加は合金コストの上昇、加工誘起マルテンサイト量の低下を招くため、上限を15.0%とする。好ましいNi含有量の上限は13.0%であり、より好ましくは11.0%である。
【0016】
N:0.20%以下
Nは、前述のCとともに、最も強力なオーステナイト安定化元素かつ固溶強化元素である。ただし、過度の添加は、鋼板の製造過程で粗大な窒化物が多数生成し、破壊起点となって、熱間加工性を顕著に劣化させ、鋼板の製造を困難にすること、加工誘起マルテンサイト量の低下を招くため、上限を0.20%とする。好ましいN含有量の上限は0.12%、より好ましくは0.10%である。N含有は必須ではないので下限は定めない。
【0017】
本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼板は、下記式(1)で表されるMd30が0℃以上とすることが好ましい。
Md30=551-462(C+N)-9.2Si-8.1Mn-13.7Cr-29Ni-29Cu-18.5Mo
式中、C、N、Si、Mn、Cr、Ni、Cu、Moは各元素の含有量(質量%)を表し、無添加の場合は0を代入する。
【0018】
Md30を上記の範囲にすることにより、冷延時の加工誘起マルテンサイト生成を促進し、逆変態後のγ粒径を微細化することができる。
【0019】
本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼板は、上記成分を含有し、残部がFeおよび不純物からなる。さらに、上記の基本組成に加えて、前記Feの一部に代えて、下記の元素群のうち1種または2種以上を選択的に含有させてもよい。
つまり、以下の元素は、必要に応じて添加される任意元素であり、その下限は0%である。
【0020】
Mo:3.0%以下
Moは材料の耐食性を向上させる元素であり、また、フェライト安定化元素である。ただし、過度に添加すると、Laves相と呼ばれる脆化相が析出しやすくなるのに加え、コストの上昇にもつながるため、上限を3.0%とすることが好ましい。さらに好ましいMo含有量の上限は、2.0%とする。
【0021】
Cu:3.0%以下
CuはNiと同様にオーステナイト生成元素であり、Niより安価にオーステナイト相の安定度を調整可能な元素である。一方、Cu含有量が過度に多くなると、製造過程で粒界に偏析し、熱間加工性を顕著に劣化させ、製造が困難になる。よって、Cu含有量の上限は3.0%とする。好ましいCu含有量の上限は2.0%、さらに好ましくは、1.0%とする。0.5%以下であっても効果がある。
【0022】
W:1.0%以下
Wは、高温強度及び耐食性を向上させるために必要に応じて添加される元素である。一方、Wの含有量は多すぎると、オーステナイト系ステンレス鋼の加工性が低下するとともに、製造コストが上昇してしまう。そのため、Wの含有量の上限は、1.0%、好ましくは0.8%、より好ましくは0.5%とする。
【0023】
Co:1.0%以下
Coは、耐食性を向上させるために必要に応じて添加される元素である。一方、Coの含有量は多すぎると、オーステナイト系ステンレス鋼の加工性が低下するとともに、製造コストが上昇してしまう。そのため、Coの含有量の上限は、1.0%、好ましくは0.8%、より好ましくは0.5%とする。
【0024】
Nb、Ti、V、Zr、Hf、Ta:いずれか、あるいはそれらの2つ以上を合計で0.30%以下
Nb,Ti,V、Zr、Hf、Taはいずれも微細な炭化物、窒化物あるいは複合炭窒化物を生成し、Cr炭窒化物の析出を抑制することに加え、ピン止め効果により結晶の粒成長を抑制する。すなわち、結晶粒の微細化に有効な元素である。しかし、これらの元素の合計含有量が多くなりすぎると、溶解時に粗大な介在物として晶出し、製造性を著しく劣化させたり、再結晶を抑制し、焼鈍後に未再結晶部を多量に残存させたりする悪影響がある。また、これらの元素の多量に含有させることは、素材のコストアップに直結する。よって、上限値はこれらの元素の合計で0.30%とする。好ましくは、0.25%とする。
【0025】
Al:0.20%以下
Alの含有量は多すぎると、介在物の生成量が増加して品質を低下させてしまう。そのため、Alの含有量の上限は、0.20%、好ましくは0.10%、より好ましくは0.05%とする。
【0026】
Ca:0.10%以下
Caは、熱間加工性を向上させるために必要に応じて添加される元素である。一方、Caの含有量は多すぎると、介在物の生成量が増加して品質を低下させてしまう。そのため、Caの含有量の上限は0.10%、好ましくは0.05%、より好ましくは0.01%とする。
【0027】
Mg:0.10%以下
Mgは、熱間加工性を向上させるために必要に応じて添加される元素である。一方、Mgの含有量は多すぎると、介在物の生成量が増加して品質を低下させてしまう。そのため、Mgの含有量の上限は、0.10%、好ましくは0.05%、より好ましくは0.01%とする。
【0028】
REM:0.10%以下
REMは、熱間加工性を向上させるために必要に応じて添加される元素である。一方、REMは高価であるため、REMの含有量が多すぎると、製造コストの上昇につながる。そのため、REMの含有量の上限は、0.10%、好ましくは0.05%、より好ましくは0.01%とする。
【0029】
B:0.004%以下
Bは、熱間加工性を向上させるために必要に応じて添加される元素である。一方、Bの含有量が多すぎると、オーステナイト系ステンレス鋼の耐食性を低下させてしまう。そのため、Bの含有量の上限は、0.004%、好ましくは0.003%、より好ましくは0.002%とする。
【0030】
Sn:0.10%以下
Snは、耐食性を向上させるために必要に応じて添加される元素である。一方、Snの含有量は多すぎると、オーステナイト系ステンレス鋼の製造性が低下してしまう。そのため、Snの含有量の上限は、0.10%、好ましくは0.05%、より好ましくは0.01%とする。
【0031】
平均結晶粒径
平均結晶粒径が小さくなると、結晶粒微細化強化により高強度化できる。その強化量は結晶粒径の1/2乗の逆数で整理でき、本発明で必要強度を得やすくするために、平均結晶粒径を10μm以下とする必要がある。
【0032】
平均結晶粒径は、鋼板のL断面(板幅方向に垂直な断面)をコロイダル研磨後、研磨ひずみを除去するため電解研磨した後、板厚中心部を走査型電子顕微鏡を用いた電子線後方散乱回折(EBSD)法によって方位差マップを求め、この方位差マップから求積法で算出した平均結晶粒面積と同じ面積を有する円の直径を表す。また結晶粒界は、結晶方位差が15°以上の境界と定義する。
【0033】
断面硬さ
断面硬さは300HV以上とする。300HV未満であると、精密部品として強度が不足し、板厚増加や剛性確保のための部品設計自由度の低下をもたらす可能性がある。断面硬さは好ましくは330HV以上、さらに好ましくは360HV以上である。
【0034】
断面硬さは、鋼板のL断面(板幅方向に垂直な断面)が露出するように樹脂に埋め込み、露出した断面を研磨、電解エッチングした後、板厚中央部について測定する。硬さ測定は、JIS Z 2244:2009 ビッカース硬さ測定に準拠して測定し、HV1.0(9.8N)で測定する。板厚中央部にて5点測定し、その平均値を以って代表値とする。
【0035】
耐食性
耐食性はJIS G0580:2003 電気化学活性化率測定に準拠して評価し、再活性化率(EPR)を算出した。評価後の表面を詳細に観察した結果、EPRが2.0%以下で粒界を起点とする腐食が認められないことから、鋭敏化を回避できると判断し、本発明ではEPRの上限を2.0%とする。
【0036】
次に、本発明のオーステナイト系ステンレス鋼の製造方法について説明する。
【0037】
まず、加工率50%以上で冷間圧延または調質圧延を行う。一般的な鉄鋼材料では、加工率の増大により結晶粒微細化が促進される。したがい、加工率50%以上で圧延を行う。好ましくは、60%以上、さらに好ましくは、70%以上である。また、オーステナイト相の安定度を調整することで、加工誘起変態を利用した結晶粒微細化の促進も図れる。十分に加工誘起変態をさせ、マルテンサイト量を飽和させるためには、少なくとも加工率が50%以上である。好ましくは、70%以上、さらに好ましくは、80%以上である。ここで、加工率は冷間加工の加工率であり、冷間加工の途中で中間焼鈍を行った場合には、中間焼鈍後の最終冷間加工の加工率を意味する。
【0038】
次いで、実施する熱処理(最終焼鈍)は、常温から700℃まで平均100℃/s以上の昇温速度にて加熱する。加工後の再結晶および加工誘起マルテンサイトからオーステナイトへの逆変態挙動を詳細に検討した結果、加工誘起マルテンサイトからの逆変態挙動には、昇温速度が大きく関係し、昇温速度が100℃/s未満では700℃到達時点では逆変態より先にCr炭化物の析出が起こり、逆変態を遅延させること、Cr炭化物の析出により、耐食性の低下が生じる。加えて、加工誘起変態していない加工オーステナイト相は再結晶し、微細化されるものの、再結晶により早期に軟質化してしまう。したがって、加熱の昇温速度は本発明に規定する特性を得るために限定が必要不可避であり、好ましくは、300℃/s以上、さらに好ましくは、500℃/s以上である。
【0039】
熱処理温度(焼鈍温度)は、700℃以上900℃以下で実施する。成分により変化するが、逆変態開始温度はおおむね700℃である。上限は、不要な結晶粒成長(粗大化)の抑制が好ましいため、900℃とするが、好ましくは、870℃以下、さらに好ましくは、850℃以下である。
【0040】
熱処理時間(焼鈍時間)は、1秒以上、60秒以下とする。時間は、再結晶粒の不要な成長を避けるために基本的には短いことが好ましい。ただし、安定した特性を得るため、保持が必要であり、1秒以上とする。上限はコイル等での連続的な処理を想定し、60秒以下とした。好ましくは、40秒以下、さらに好ましくは30秒以下である。
【実施例0041】
次に本発明の実施例を示すが、実施例での条件は、本発明の実施可能性及び効果を確認するために採用した一条件例であり、本発明は、以下の実施例で用いた条件に限定されるものではない。本発明は、本発明の要旨を逸脱せず、本発明の目的を達成する限りにおいて、種々の条件を採用し得るものである。
【0042】
【表1】
【0043】
表1に示す化学組成の鋼を溶製して鋼片とし、熱間圧延、熱延板の焼鈍、冷間圧延、中間焼鈍を施し、1.2mmtの中間焼鈍板を作製した。その後、冷間圧延を施し、0.5mmtの冷延板を作製した。中間焼鈍後の冷間圧延(最終冷間加工)での加工率は58%であった。得られた冷延板を通電加熱により、表2に示すように昇温速度、焼鈍温度、焼鈍時間を変化させて最終焼鈍を実施した。
【0044】
得られた製品板に対して、L断面(板幅方向に垂直な断面)での結晶粒径、断面硬さを測定した。また、得られた製品板から小片を切り出し、EPRを測定した。結晶粒径、断面硬さ、耐食性(EPR)の測定方法は前述のとおりである。
【0045】
【表2】
【0046】
表2に焼鈍条件およびこれらの評価結果を示す。表2において、本発明の好適な焼鈍条件から外れる数値、本発明の規定から外れる数値に下線を付している。
【0047】
昇温速度が100℃/s未満である欄No.1、欄No.2では結晶粒径、断面硬さは満足するものの、昇温時にCr炭窒化物が生成し、耐食性が不足している。また、焼鈍温度が900℃を超える欄No.6、欄No.7では、Cr炭窒化物が溶解するため、耐食性は満足するものの、結晶粒径が大きく、断面硬さが低下している。
【0048】
Md30が低くオーステナイト相の安定度の高い鋼3を用い、昇温速度が40℃/sと遅い欄No.11では、加工誘起マルテンサイトが生じにくいことから、Cr炭窒化物が生成しにくく耐食性は満足するものの、昇温時に加工オーステナイト相中の転位密度が低下することから、結晶粒径が大きくなっている。
【0049】
Cを低減した比較鋼である鋼8で昇温速度が40℃/sと遅い欄No.17では、わずかに耐食性が低下しているものの、欄No.18のように昇温速度を400℃/sまで上昇すると、耐食性は満足している。しかし、固溶強化の大きいCを低減したため、逆変態後のオーステナイト相が軟質化し、断面硬さが不足している。
【0050】
Cを低減した比較鋼で、かつMd30が低い鋼9を用い、昇温速度が40℃/sと遅い欄No.19では、欄No.11同様、耐食性は満足するものの結晶粒径が大きくなり、Cを低減しているため、断面硬さも満足できていない。
【0051】
同様にCを低減した鋼9(欄No.20)、鋼10(欄No.21)においても、耐食性は満足するものの、断面硬さが満足できていない。
【0052】
一方、本発明の請求範囲を満たす成分範囲で、昇温速度が100℃/s以上かつ焼鈍時間が本発明の好適範囲を満たすオーステナイト系ステンレス鋼(表2の本発明例)は、結晶粒径、断面硬さ、耐食性の全てを満足していた。