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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024106505
(43)【公開日】2024-08-08
(54)【発明の名称】加工糸および繊維製品
(51)【国際特許分類】
   D02G 3/04 20060101AFI20240801BHJP
   D02G 3/34 20060101ALI20240801BHJP
【FI】
D02G3/04
D02G3/34
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023010787
(22)【出願日】2023-01-27
(71)【出願人】
【識別番号】000003159
【氏名又は名称】東レ株式会社
(72)【発明者】
【氏名】柴田 剛志
(72)【発明者】
【氏名】増田 正人
【テーマコード(参考)】
4L036
【Fターム(参考)】
4L036MA04
4L036MA05
4L036MA33
4L036MA39
4L036PA01
4L036PA03
4L036PA18
4L036PA26
4L036PA41
4L036PA43
4L036PA46
4L036PA49
4L036RA24
4L036RA27
4L036UA25
(57)【要約】
【課題】洗濯や使用経時においても持続可能で優れた防滑機能を発揮することができ、手袋、靴下等の衣料品や、敷布団、敷パッド、寝具カバー等の寝具用品、インテリアマットや靴の中敷き(インソール)等の生活用品の防滑性素材として好適に用いることのできる加工糸と、これを含む繊維製品を提供する。
【解決手段】繊維Aと、前記繊維Aよりも相対的に長い繊維Bを絡合により一体化した加工糸であり、繊維-金属間の動摩擦係数μkが0.60以上の加工糸。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
繊維Aと、繊維Aよりも相対的に長い繊維Bを絡合により一体化した加工糸であり、繊維-金属間の動摩擦係数μkが0.60以上の加工糸。
【請求項2】
前記繊維Aに対して、前記繊維Bが5倍以上50倍以下の糸長を有した加工糸である請求項1記載の加工糸。
【請求項3】
前記繊維Bがループを形成していることを特徴とする請求項1または2に記載の加工糸。
【請求項4】
前記繊維Aがポリエステル繊維であることを特徴とする請求項1または2に記載の加工糸。
【請求項5】
前記繊維Bがポリウレタン系繊維であることを特徴とする請求項4に記載の加工糸。
【請求項6】
請求項1または2に記載の加工糸を含む繊維製品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、防滑機能が要求される繊維製品に好適に用いることができる加工糸および前記加工糸を含む繊維製品に関するものである。
【背景技術】
【0002】
手袋、靴下等の衣料品や、寝具カバー、インテリアマットや靴の中敷き(インソール)等の生活用品において、製品と人体表皮との接触、製品と外衣等との接触、製品と床や構築物との接触等、周囲物との接触においてスリップが発生している。
【0003】
例えば、靴下においては、足と靴下の間でスリップが起こることによって歩行中に靴下が脱げて、靴擦れし易くなることや、足裏と靴内インソールとの間でスリップが起こることによって接地感が低減して、歩行が不安定になること等、日常生活への支障や健康を損ねる原因となる。また、床に設置したマットにおいては、踏んだ時にマットがスリップすると、転倒の危険性が高くなる。
【0004】
そこで、各種のスリップを防止するために、防滑機能を有する繊維製品(以下、防滑性素材)が使用されており、安全性の向上や、日常生活の質の向上に役立てられている。
【0005】
このような防滑性素材は、主に織編物等、布帛状で用いられており、防滑機能を高める方法として、ラテックス等の摩擦係数が大きく滑り難い成分を布帛状の素材に塗布する方法もあるが、防滑機能に耐久性が必要な場合は、この成分を大量に塗布する必要があり、製品が厚く、柔軟性に欠けるものとなる。
【0006】
また、摩擦係数の高い繊維、例えば、ポリウレタン系繊維やゴム糸のみを用いた繊維製品は、防滑機能において優れる一方で、ポリウレタン系繊維やゴム糸の伸びやすい特性に起因して、製品加工時に巻き付きや糸切れが発生し易いという課題がある。
【0007】
そこで、防滑機能を有した繊維を含む加工糸を用いた繊維製品が防滑性素材として使用されている。
【0008】
このような防滑機能を有した繊維を用いた加工糸として、特許文献1では、滑り止め剤を塗布する必要がなく、防滑機能に優れ、耐摩耗性、柔軟性、保温性、さらには美観にも優れた繊維製品を得ることができるポリウレタン混成糸が提案されている。
【0009】
また、特許文献2では、同様の複合糸の形態にて、芯糸に巻き付けた高摩擦材および高摩擦繊維を溶着により芯糸に固定して一体化した加工糸が提案されており、高摩擦材および高摩擦繊維の経時でのズレや脱落等を抑制する取り組みも行われている。
【0010】
特許文献3では、高摩擦繊維が低摩擦繊維の外側に捲きつく形態を特徴とする滑り防止性を有する複合撚糸が提案されており、高摩擦繊維として用いるポリウレタン糸やゴム糸の使用量を少なくしつつ、防滑機能を高度化する取り組みも行われている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開平6-200440号公報
【特許文献2】特開2003-253534号公報
【特許文献3】特開2005-60892号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
しかし、特許文献1は、芯糸にポリウレタン繊維を巻き付けた加工糸であり、使用時の擦過で巻き付けたポリウレタン繊維が動きやすく、加工糸の形態変化に伴って、防滑機能が低下し易いものであった。
【0013】
特許文献2は、特許文献1と同様の加工糸形態で、芯と鞘を溶着しており、耐久性が改善されたものであるが、芯糸の露出が起きやすく、また、溶着される高摩擦成分または高摩擦繊維が経時劣化して剥がれ易く、防滑機能が低下し易いものであった。
【0014】
特許文献3は、芯糸の外側に巻き付ける高摩擦繊維の量を低減しながらも高い摩擦が得られる複合撚糸であり、巻き付ける糸量を多くすることは可能であるが、高摩擦繊維の位置は動きやすく、耐久性の点で課題があった。また、製品の伸縮性と締付け力を抑制する目的で、巻き付けを緩くした場合には、高摩擦繊維がより動きやすくなり、防滑機能が低下しやすいものであった。
【0015】
上述の通り、防滑性素材として用いられてきた従来の加工糸は、所謂、カバリングヤーンと呼ばれる加工糸であり、芯糸の外側に摩擦係数の高い繊維を巻き付けた形態を有するものである。このような構造の加工糸は、実用経時で外側に位置する高摩擦繊維の巻き付け位置が動きやすく、実用耐久性に劣るものであった。
【0016】
本発明は上記を鑑みてなされたものであり、本発明の加工糸は、使用経時や洗濯を繰り返した場合でも優れた防滑機能を維持することができ、手袋、靴下等の衣料品や、敷布団、敷パッド、寝具カバー等の寝具用品、インテリアマットや靴の中敷き(インソール)等の生活用品において、優れた防滑機能を有した繊維製品を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
上記した従来技術の課題は、以下によって解決される。
(1)繊維Aと、繊維Aよりも相対的に長い繊維Bを絡合により一体化した加工糸であり、繊維-金属間の動摩擦係数μkが0.60以上の加工糸。
(2)前記繊維Aに対して、前記繊維Bが5倍以上50倍以下の糸長を有した加工糸である(1)記載の加工糸。
(3)前記繊維Bがループを形成していることを特徴とする(1)または(2)のいずれかに記載の加工糸。
(4)前記繊維Aがポリエステル繊維であることを特徴とする(1)または(2)のいずれかに記載の加工糸。
(5)前記繊維Bがポリウレタン系繊維であることを特徴とする(4)に記載の加工糸。
(6)(1)または(2)のいずれかに記載の加工糸を含む繊維製品。
【発明の効果】
【0018】
本発明の加工糸は、芯糸と鞘糸を絡合させて一体化した加工糸とすることで、実用経時での摩擦等による加工糸形態の変化を抑制し、防滑機能の耐久性を高めることができる。
また、繊維-金属間の動摩擦係数μkが0.60以上とすることにより、加工糸として優れた防滑機能を発揮することが可能となり、耐久性と高い防滑機能を両立した繊維製品を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】本発明の加工糸の一例の概略側面図である。
図2】本発明の加工糸の中心線の確認方法を説明するための模式図である。
図3】本発明の加工糸を製造する方法の一例を模式的に示す概略工程図である。
図4】本発明の加工糸を製造する方法の一例で用いるサクションノズルを説明するための概略側面図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明について好ましい実施形態と共に記述する。
【0021】
本発明の加工糸は、繊維Aと、繊維Aよりも相対的に長い繊維Bから構成され、繊維Aが芯糸となり、その周囲に繊維Bが鞘糸として存在する構造を有している。この様な構造の加工糸とすることで、加工糸表面に存在する前記繊維Bによって防滑機能を発揮し、製品加工工程においては前記繊維Aによる優れた取扱い性を有する。
【0022】
繊維Aとしては、目的とする効果の発現をより際立たせるように設計されるものであり、加工糸における絡合の安定性や繊維製品への加工時の取り扱い性等から、合成繊維からなるマルチフィラメントであることが好ましい。
【0023】
前記合成繊維とはポリマーからなる繊維であり、例えば溶融紡糸や溶液紡糸などで製造したものを採用することができる。
【0024】
本発明のポリマーとしては、例えば、ポリエチレンテレフタレートあるいはその共重合体、ポリトリメチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート、ポリエチレンナフタレート等のポリエステル、ポリプロピレン、ポリエチレン等のポリオレフィン、ナイロン6、ナイロン66、ナイロン610、ナイロン12等のポリアミド、ポリカーボネート、ポリアクリレート、ポリ乳酸、などのポリマーが挙げられる。
【0025】
前記したポリマーの中でも、ポリエステルやポリアミドに代表される重縮合系ポリマーは、結晶性を有し、比較的高い融点を有している。このため、後加工等における熱処理工程及び実使用(クリーニングなど)の際に比較的高い温度で加熱された場合でも劣化やヘタリを起こすことがなく、本発明に利用するポリマーとして好適である。特にこれらの重縮合系ポリマーは、その融点が165℃以上であり優れた耐熱性を有するため好ましい。
【0026】
繊維Aに用いるポリマーとしては、加工糸を製造する際に糸切れし難く、当該加工糸を用いた繊維製品の製造工程においてもガイド擦過等による糸切れが起こり難い等の取り扱い性に優れたものとするため、引張強力に優れたものが好適であり、ポリエチレンテレフタレート等のポリエステル、ナイロン6、ナイロン66等のポリアミドがより好ましい。
【0027】
また、比較的高温でも後加工が可能であり、後加工による繊維物性の劣化や変色等が起こり難く、製品加工工程においても取扱い性に優れた加工糸とするためには、繊維Aを構成するポリマーはポリエチレンテレフタレート等のポリエステルであることがさらに好ましい。
【0028】
繊維Aを構成するポリマーには、本発明の効果を損なわない範囲で酸化チタン、シリカ、酸化バリウムなどの無機物質、カーボンブラック、染料や顔料などの着色剤、難燃剤、蛍光増白剤、酸化防止剤、あるいは紫外線吸収剤などの各種添加剤を含んでいても良い。
【0029】
なお、繊維Aは、単成分繊維であっても繊維断面に2成分以上のポリマーが配置された複合繊維であっても良く、加工糸の形態安定性を損ねない範囲で適宜選択することができる。
【0030】
繊維Aの断面形状は、いずれの形状を有するものであってもよい。例えば、紡糸口金の吐出孔形状を変更したり、吐出後に糸条を接合することで、丸断面から、三角断面、Y断面、扁平断面、多葉断面や多フィン型断面、中空部を有する断面などにすることもできる。
【0031】
本発明においては、繊維Aと繊維Bとを強固に絡合させる観点では、繊維Aと繊維Bの接触面が大きいほうが好ましく、この観点では、繊維Aは丸断面、三角断面、扁平断面およびこれらの中空部を有する断面であることが好ましい。
【0032】
また、単繊維間の隙間を低減させて緻密に収束しやすい構造とすることがより好適であり、丸断面、扁平断面、これらの中空部を有する断面がより好ましい。
【0033】
さらに、加工時の取り扱い性の観点では、引張強力に優れるものが好適であり、丸断面もしくは中空部を有する丸断面であることがさらに好ましい。
【0034】
繊維Aの単繊維繊度は、0.5dtex以上であることが好ましい。当該単繊維繊度を0.5dtex以上とすることで、実使用時における糸切れ等の品位低下を抑制し、加工糸の製造工程や繊維製品に加工する際の取り扱い性にも優れる。
【0035】
また、繊維Aと繊維Bを強固に絡合させ、実用経時での摩擦等による加工糸形態の変化を抑制する観点では、繊維Aの表面積を大きくすることが好適であり、繊維Aの単繊維繊度は、3.0dtex以上であることがより好ましい。
【0036】
さらに、本発明の加工糸を好適に用いることができる靴下や靴のインソール、寝具などの比較的大きな荷重が継続的にかかる用途において、繊維Aと繊維Bの絡合形態を維持し、防滑機能の耐久性を高めるために、繊維Aの単繊維繊度は、5.0dtex以上とすることがさらに好ましい。
【0037】
一方、繊維Aの単繊維繊度は、100dtex以下であることが好ましい。当該単繊維繊度を100dtex以下とすることで、加工糸として曲げ等への柔軟性を確保し、繊維製品としても曲面に使用する場合に形状追従性に優れた製品とすることができる。
【0038】
ここで、単繊維繊度は、求めた繊維径、フィラメント数および密度から算出した値、もしくは、繊維の単位長さあたりの質量を複数回測定した単純な平均値から、10000m当たりの質量を算出した値として得ることができる。
【0039】
本発明において、加工糸の芯糸となる前記繊維Aの周囲に存在する繊維Bとしては、高摩擦繊維を用いることが好ましい。ここで、本発明における高摩擦繊維とは、繊維-金属間の動摩擦係数μkが0.50以上の繊維を言う。
【0040】
前記高摩擦繊維としては、天然ゴム、ポリウレタン系樹脂、ポリエステル系、ポリアミド系、ポリオレフィン系等の各種熱可塑性エラストマーからなる繊維が挙げられる。
【0041】
防滑機能の耐久性の観点からは、合成樹脂からなる合成繊維を用いることが好適であり、ポリウレタン系樹脂、ポリエステルやポリアミド、ポリオレフィン等の各種熱可塑性エラストマーからなる繊維が好ましい。
【0042】
防滑機能を高める観点では、高い伸長率を有する繊維とすることで、対象物表面に接触した際、繊維の伸長によって接触面積を大きくする効果が得られることから、ポリウレタン系樹脂からなるポリウレタン系繊維であることがより好ましい。
【0043】
ポリウレタン系繊維としては、通常の乾式紡糸が可能なポリエーテル系ポリウレタン・ウレア樹脂、溶融紡糸可能な熱可塑性ポリウレタン樹脂等があり、比較的高温でも後加工が可能であり、後加工による繊維物性の劣化や変色等が起こり難い加工糸とするためには、乾式紡糸で得られるポリエーテル系ポリウレタン・ウレア樹脂からなる繊維であることがさらに好ましい。
【0044】
繊維Bの断面形状は、いずれの形状を有するものであってもよい。例えば、紡糸口金の吐出孔形状を変更や吐出後に糸条を接合することで、丸断面から、三角断面、Y断面、扁平断面、多葉断面や多フィン型断面、中空部を有する断面などにすることもでき、防滑機能を高める観点では、摩擦対象物との接触面積を大きくすることが好ましく、この観点では、丸断面、三角断面、扁平断面およびこれらの中空部を有する断面であることが好ましい。
【0045】
繊維Bが、本発明の特に好ましい例であるポリウレタン系繊維である場合は、少なくとも2本の単繊維が合着した部分が繊維軸方向に連続的に存在していることが好ましい。
【0046】
ここで、合着とは糸束内の隣り合う単繊維同士が接合されて一つになっている状態を言う。また、この状態は、加工糸から採取したポリウレタン系繊維の横断面から確認することができる。具体的には、2本以上の単繊維が接合されて実質的に1本になっており、界面が消失している状態である。通常、乾式紡糸では、口金から吐出した後、乾式紡糸筒内を通過させ、紡糸筒下部に設けたエアー交絡装置で処理を施すことで仮撚りを付与し、乾式紡糸筒内において糸条を集束させる。前記紡糸筒内においては、繊維中に溶媒が残っているため、2本以上の単繊維間が集束時に互いに押し付けられることで繊維界面の存在しない、合着状態が形成される。その状態を保ったまま溶媒が揮発し、固化完了するため、乾式紡糸で得られる繊維には、合着部が形成されるのである。
【0047】
この様な合着部があることで、実質1本の異形断面繊維となっており、芯糸となる繊維Aと強固に絡合させ、加工糸の形態を崩れにくくすることができ、防滑機能の耐久性に優れたものとすることができる。
【0048】
また、ポリウレタン系繊維は、熱容量が大きい特長があり、この特長の効果として、人体と接触した際に、人体とポリウレタン系繊維の温度差の発生する時間が長くなり、この温度差によって冷感効果が得られる。そのため、人体に接触して用いられる繊維製品に使用することで、着用時の清涼感といった快適性に優れた繊維製品とすることができる。
【0049】
繊維Bを構成するポリマーには、本発明の効果を損なわない範囲で酸化チタン、シリカ、酸化バリウムなどの無機物質、カーボンブラック、染料や顔料などの着色剤、難燃剤、蛍光増白剤、酸化防止剤、あるいは紫外線吸収剤などの各種添加剤を含んでいても良い。
【0050】
特に、ポリウレタン系繊維として、アンモニアガスに対する消臭性を有する無機消臭剤を含有するものを用いることも好ましい。ポリウレタン系繊維にアンモニアガスに対する消臭性を有する無機消臭剤を含有させることで、ポリウレタン系繊維自体の特性である、酢酸ガス、ノネナールガス、イソ吉草酸ガスに対する消臭性に加え、アンモニアガスに対する消臭性を付与することができ、4大悪臭とされる各成分に対して、有効な消臭性能を発現することができ、悪臭に対する消臭性に優れた加工糸とすることができ、当該加工糸を用いることで消臭性を訴求した繊維製品とすることができる。
【0051】
ここで、無機消臭剤としては例えば、ジルコニウム、チタン、アルミニウム、カルシウムからなる金属リン酸塩、亜鉛含有シリカなどを用いることができる。中でも、アンモニアに対する消臭性という観点から、層状構造を有するリン酸ジルコニウム、リン酸チタン、トリポリリン酸二水素アルミニウムからなる群から選ばれる少なくとも1種を用いることが好ましく、特に好ましくはリン酸ジルコニウムが挙げられる。また、リン酸ジルコニウムなどの金属リン酸塩は、アンモニアに対する消臭性の観点から銀イオンや銅イオンといった金属イオンを担持していない物が好適に用いられる。
【0052】
ポリウレタン系繊維における消臭剤の含有量は、1質量%以上であることが好ましい。係る範囲であれば、前記悪臭成分の吸収・吸着作用が十分なものとなり、消臭機能を訴求することが可能となる。また、短時間でも消臭性を発揮させるなど、消臭機能を高めるには、前記消臭剤が多いほど優れた効果を発揮するものになるため、前記消臭剤の含有量は2質量%以上とすることがより好ましい。
【0053】
靴のインソールや寝具等の交換頻度が少ない繊維製品に用いる場合は、消臭性を効果的に発揮させる観点で、消臭剤の含有量は3質量%以上とすることがさらに好ましい。また、ポリウレタン系繊維の強度や伸長回復性等の力学特性および弾性特性が低下せず、実用耐久性を損ねない範囲として、消臭剤の含有量は10質量%以下であることが好ましい。
【0054】
ここで言う消臭性は、消臭機能として、一般社団法人繊維評価技術協議会の定めるSEKマーク繊維製品認証基準(2022年4月1日改定版)21項に記載の消臭性試験方法に準じ、汗臭、加齢臭、排せつ臭、タバコ臭、生ゴミ臭、アンモニア臭の全臭気カテゴリーに含まれる成分であるアンモニアに対して、消臭率が70%以上を示すことを言う。
【0055】
繊維Bの単繊維繊度は、糸加工時に糸切れ等の工程トラブルを抑制する観点で、1.0dtex以上であることが好ましい。また、繊維Aと同様に、繊維Aと繊維Bを強固に絡合させる観点では、繊維Bの表面積としても大きいことが好適であり、繊維Bの単繊維繊度は、3.0dtex以上であることがより好ましい。
【0056】
さらに、本発明の加工糸を好適に用いることができる靴下や靴のインソール、寝具などの比較的大きな荷重が継続的にかかる用途においては、加工糸の絡合形態を維持し、防滑機能の耐久性を高めることに加え、繊維Bと摩擦対象物との接触面積を大きくすることによって、優れた防滑機能を発揮できる観点から、繊維Bの単繊維繊度は、5.0dtex以上とすることがさらに好ましい。
【0057】
また、繊維Bの単繊維繊度は、100dtex以下であることが好ましい。当該単繊維繊度を100dtex以下とすることで、異物感がなく、表面触感が柔軟な繊維製品とすることができる。
【0058】
本発明の加工糸において、繊維Bは単繊維がそれぞれループを形成し、加工糸の長手方向に均一にループを形成していることが、防滑機能を高める点で好ましい。そのため、繊維Bのフィラメント数は50フィラメント以下とすることが好ましい。また、鞘糸の単繊維を十分に開繊させ、かつ糸加工において鞘糸単繊維同士の不要な絡みを抑制するためには、40フィラメント以下であることがより好ましい。さらに、ループを加工糸の長手方向にムラなく形成させる観点では、20フィラメント以下とすることがさらに好ましい。
【0059】
本発明の加工糸は、繊維Aと、繊維Aよりも相対的に長い繊維Bとを絡合により一体化した加工糸であり、加工糸の態様としては、空気等の流体を利用した流体加工によって絡合させた加工糸である。
【0060】
本発明において、絡合により一体化された状態とは、繊維Bが繊維Aに挟まれて固定された固定点を有し、該固定点を起点として繊維Bによる放射状の弛みやループを有した形態を言う。
【0061】
本発明の加工糸は、繊維Aと繊維Bとが絡合によって一体化しているため、摩擦を繰り返し受けることや、洗濯等での実用時に加工糸の形態が崩れにくく、防滑機能の耐久性に優れる。また、溶着や接着成分等を必要としないため、繊維製品としての触感を阻害することなく使用することができる。
【0062】
本発明の加工糸は、繊維Bが繊維Aよりも相対的に長いことにより、繊維Bが弛みやループを形成している。繊維Bは、繊維Aと絡合して固定され、この固定点(交錯点)を起点として放射状に弛みやループが自立して形成された形態を有している。
【0063】
弛みやループが自立して外側に突出しているほど繊維Bが摩擦対象物の表面に接触した際に、接触面積を高めることができ、優れた防滑機能を発揮することができる。
【0064】
特に、ループである場合には、ランダムな方向性を持って加工糸表面に突出する形態となるため、繊維Bがループを形成している加工糸は、全摩擦方向に均一に抵抗を持つ素材とすることができる点で、より好ましい形態である。
【0065】
ここで、図1では、繊維B(図1中2)が繊維A(図1中1)と絡合し、ループが突出した形態を構成している。
【0066】
本発明の加工糸はそのループの大きさが1.0mm以上であることが好ましい。ループの大きさは、加工糸の中心線(図2中3)から、ループの頂点までの距離(図2中5)で定義される。
【0067】
本発明の加工糸は、そのループが加工糸の繊維軸方向に1個/mm以上、30個/mm以下の頻度で存在することが好ましい。ループの頻度を1個/mm以上、より好ましくは2個/mm以上、さらに好ましくは5個/mm以上とすることで、突出するループの大きさを均一なものとし、防滑機能を均質に発揮させることができる。また、ループに圧力がかかった場合にループが倒れることで摩擦対象物との接触面積が増加し、防滑機能を高めることができる。さらに、ループを形成する繊維Bが摩擦抵抗を受けて伸長することによっても接触面積が増加し、防滑機能を高めるために好適である。
【0068】
また、ループの頻度を30個/mm以下、より好ましくは20個/mm以下、さらに好ましくは15個/mm以下とすることで、過度に絡合した部分を形成することなく、ループがそれぞれ自立した構造を形成し、繊維Bの使用量を少なくした場合でも、繊維Bの単繊維がそれぞれ防滑機能を高めることに有効に作用する点で好適である。
【0069】
本発明の加工糸において、ループの大きさを変化させるためには、繊維Aと繊維Bの糸長差を制御することが好ましい。
【0070】
本発明の加工糸において、芯糸となる繊維Aに対する繊維Bの糸長、すなわち糸長差は、3倍以上であることが好ましい。糸長差を3倍以上とすることで、繊維Bが形成する弛みは少なくなり、繊維Bのほとんどがループを形成した加工糸となり、防滑機能を高められる。繊維Bが形成するループが加工糸の長手方向に連続して存在する状態となり、防滑機能を均質化することができる点で、より好ましくは5倍以上であり、ループを大きく突出させ、かつループの頻度を高めることで防滑機能がさらに高められることから、10倍以上であることがさらに好ましい。
【0071】
また、糸長差を100倍以下、より好ましくは70倍以下とすることで、芯糸の繊維Aから自立する繊維Bの長さが揃い易く、防滑機能を均質化することができる。
【0072】
繊維Bとしてポリウレタン系繊維を用いる場合は、繊維Aに対する繊維Bの糸長差は、5倍以上50倍以下の範囲とすることがより好ましい。この範囲内とすることで、比較的柔軟な繊維であるポリウレタン系繊維を繊維Bとして用いても、繊維Aを中心として放射状に開繊させ、防滑機能の向上に有効に作用させるとともに、製品加工工程などでの取り扱い性に優れた加工糸とすることができる。
【0073】
本発明の加工糸は、繊維-金属間の動摩擦係数μkが0.60以上であることが重要であり、高摩擦繊維を単独で用いる場合よりも高い防滑機能を有した繊維製品が得られる。
【0074】
本発明の加工糸は、用いられる製品によってそれぞれ異なった素材との摩擦が想定され、対象物の素材や表面形態、使われ方等によって摩擦係数の値が変化するため、防滑性素材としての防滑機能の指標として、本発明においては、平滑で滑り易い素材の代表例として金属を用いて評価した繊維-金属間の動摩擦係数μkを用いた。
【0075】
前記動摩擦係数μkが高いほど防滑機能に優れるため、0.80以上であることがより好ましく、本発明の加工糸の使用本数を少なくした場合でも、十分な防滑機能を発揮する繊維製品を得ることができる。
【0076】
また、本発明の加工糸を好適に用いることができる靴下や靴のインソール、寝具などの比較的大きな荷重がかかる用途においては、1.00以上とすることがさらに好ましい。
【0077】
本発明の加工糸は、糸長差等の調整によって防滑機能を調整することができるため、従来の防滑性素材に適用されてきた加工糸に対して、耐久性を維持したまま、防滑機能を容易に調整することができる。また、糸長差を大きくすることも容易であり、防滑機能の調整幅が広い点でも優れる。
【0078】
本発明における繊維-金属間の動摩擦係数μkは、実施例の欄に記載した方法(もしくはそれに相当する方法)で測定した値をいう。
【0079】
本発明の加工糸は、そのまま用いても良いし、複数本を束ねたトウや、カットファイバー、織編物、不織布などのシート状物など多様な繊維構造体とし、繊維製品として用いることが可能である。
【0080】
本発明の加工糸は、洗濯や使用経時においても持続可能で優れた防滑機能を発揮することができ、手袋、靴下等の衣料品や、敷布団、敷パッド、寝具カバー等の寝具用品、インテリアマットや靴の中敷き(インソール)等の生活用品の防滑性素材として好適に用いることができる。
【0081】
また、織編によって得られたシート状物とした場合、シート状物を任意の形状に裁断して、接着剤で貼り付けることや、縫い糸で縫い付けることなどによって、各種製品に防滑機能を付与することができる。
【0082】
本発明において、繊維Bとしてポリウレタン系繊維を用いた場合には、接触冷感や消臭性といった機能を付与することが可能であり、洗濯の頻度が少ない製品や、洗濯が困難な形状、大きさの製品に用いることや、人体と接触する製品に好適に用いることができる。
【0083】
特に、靴のインソール等については、使用経時で悪臭が蓄積するものの、基本的に洗う回数が少ないため、その解消は困難である。防滑機能に加えて消臭性も有することにより、蓄積する汗臭や加齢臭等の悪臭の発生がそもそも抑制されることに加えて、防滑性素材としての防滑機能を発揮するため、作業用安全靴等、各種作業中における体勢の安定化にも好適な製品を提供することができる。
【0084】
以下、本発明の加工糸を製造する方法の例を説明する。
【0085】
まずは公知の方法によって繊維Aおよび繊維Bを準備する。
【0086】
繊維Aおよび繊維Bを一体化させて加工糸とする方法は、流体を利用して絡合させる公知の方法を用いることができ、エアー交絡ノズルによる混繊交絡加工、流体の乱流を利用して繊維Aと繊維Bをノズル内で絡合させるタスラン加工、サクションノズルを用いてノズルから噴出させた後にノズル外の広い空間で繊維Aの周囲に繊維Bを旋回させて絡合させる流体加工方法等を採用することが好ましい。
【0087】
これらの糸加工技術の中でも、本発明において好適な加工糸形態である繊維Bが弛みやループを形成した加工糸の製造方法としては、タスラン加工やサクションノズルから噴出させた後にノズル外の広い空間で繊維Aの周囲に繊維Bを旋回させて絡合させる流体加工方法がより好ましい。
【0088】
特に、防滑機能を高めるために、繊維Aに対する繊維Bの糸長差を大きくして、加工糸表層に繊維Bを多く配置させる観点では、サクションノズルから噴出させた後にノズル外の広い空間で繊維Aの周囲に繊維Bを旋回させて絡合させる流体加工方法がさらに好ましい。
【0089】
本発明において、前記流体加工によって繊維Aと繊維Bを絡合させて加工糸を得た後、必要に応じて、加工糸の構造固定や、各種繊維処理剤を付与して固定するための熱処理を施すこともできる。
【0090】
加工糸の製造方法の一例として、サクションノズルから噴出させた後にノズル外の広い空間で繊維Aの周囲に繊維Bを旋回させて絡合させる流体加工方法について、図3の概略工程図および図4のサクションノズルの概略側面図に基づいて説明する。
【0091】
第1工程では、原料となる合成繊維である繊維A(図3中1)、繊維B(図3中2)はニップローラなどを有した供給ローラ13により規定量引き出され、圧空の噴射が可能なサクションノズル6によって吸引される。
【0092】
加工糸の繊維構成においては、垂直ジェット流で加工した場合、繊維Aおよび繊維Bが単繊維レベルで高度に絡合した混繊交絡となり、ループの糸切れや折れ曲がりが発生し易く、繊維Aに対する繊維Bの糸長差が大きい場合には、ノズル内で詰まりが生じ易く、工程通過性が悪化する場合がある。また、加工糸の防滑機能を担う繊維Bとして好適に用いられるポリウレタン系繊維においては、糸特性としてちょっとした歪みにより大きく伸長するものであるため、垂直ジェット流を受けた際にノズル内で伸長し、滞留し易い。このため、糸条の走行方向に圧縮空気を噴射する推進ジェット流を用いる糸加工が好ましい。推進ジェット流により、詰め物に使用した場合の繊維塊等の製品欠陥や、繊維Bからなるループの糸切れが抑制された加工糸を形成することが可能となる。
【0093】
また、このサクションノズル内での加工糸の過剰な撹乱、開繊を予防するという観点から、圧縮空気の噴射角度(図4中14)は、走行糸条に対して60°未満することが好ましい。当該噴射角度を60°未満、より好ましくは45°以下、さらに好ましくは20°以下とすることで、推進力を高く保ちつつ、サクションノズル内の狭い空間での撹乱、開繊を抑制して、繊維Bからなるループを安定して形成することができる。
【0094】
サクションノズルでは、ノズルから噴射する圧縮空気の流量は、供給ローラからノズルに挿入する糸条が必要最低限の張力を有し、供給ローラからノズルの間及びノズル内で糸揺れ等を起こさず安定的に走行する流量を噴射することが好ましい。この流量は、使用するサクションノズルの孔径により最適量が変化するが、糸張力を付与でき、後述するループの形成が円滑にできる範囲としては、ノズル内での気流速度が100m/s以上であることが好ましい。また、気流速度は700m/s以下が好ましく、係る範囲であれば、過剰に噴射された圧空により走行糸条が糸揺れ等を起こすことなく、安定的にノズル内を走行させることができる。
【0095】
次に、圧縮空気が付与された糸条をノズル外で旋回させて、繊維Bからなるループを形成させる。ここでは、ノズルから噴射された後、所定の位置で供給された糸を旋回させるため、気流速度と糸速度の比(気流速度/糸速度)が100~6000となるように調整する。
【0096】
ここでの気流速度とは、サクションノズル出口から走行糸条とともに噴射された気流の速度であり、ノズル吐出口の断面積と圧縮空気の流量により制御できる。また、糸速度は、サクションノズルを出た後に、糸を引き取る引取ローラ(図3中9)の周回速度等により制御することが可能である。
【0097】
繊維Bのループを形成させるための旋回力は、気流速度と糸速度の速度比に依存して増減するため、繊維Aとの交錯点を増やし、繊維Bからなるループの固定を強くしたい場合は、この速度比を6000に近づければよく、緩慢にしたい場合には逆に100に近づければよい。
【0098】
本発明においては、防滑機能の耐久性を高める点で、気流速度と糸速度の速度比を700以上とすることが好ましく、より好ましくは1000以上、さらに好ましくは2000以上であり、本発明の加工糸を用いる用途に合わせて適宜調整すればよい。
【0099】
気流による旋回力が発現するのは、随伴気流が走行糸条を離脱した箇所であり、糸道を変更する旋回点7を配置する。具体的には、バーガイド等で糸道を変更することで良く、糸条を所定の速度で引き取ることにより、芯糸となる繊維Aの周囲に旋回した繊維Bが、繊維Aと交錯して固定された点を起点にループを形成する。この旋回を起こすためのスペースを確保するため、走行糸条の旋回点は、ノズル吐出口から離れた位置にあることが好ましい。
【0100】
ここで、加工糸を製造するために適したノズル-旋回点間の距離は噴出した気流速度により変化する。気流の拡散とのバランスで適度な周期で繊維Aと繊維Bとの交錯点を形成させるために、ノズル-旋回点間の距離は、噴出気流が適度な旋回力を保つことができる1.0×10-5~1.0×10-3秒間走行する間に旋回点7が存在することが好ましく、2.0×10-5~5.0×10-4秒間走行する間に旋回点7が存在することがより好ましい。このように旋回点の位置を調整することで、繊維Aに対する繊維Bの旋回数や交錯点数を制御することができる。また、旋回させる繊維Bの繊度や、繊維Bの剛性等によっても旋回数や交錯点数を調整することができ、繊維Bのフィラメント数も含めて、適宜調整することが好ましい。
【0101】
繊維Aと繊維Bとの糸長差は、繊維Aおよび繊維Bの供給速度により設定することができる。
【0102】
繊維Bを供給する際に、原糸の解舒や走行時の擦過などによる糸切れを抑制する観点で、繊維Bの供給速度としては1000m/min以下とすることが好ましく、800m/min以下であることがより好ましく、600m/min以下とすることがさらに好ましい。
【0103】
ここで、糸長差は実施例に記載の方法で加工糸の繊維Aと繊維Bの長さを測定することにより確認することができる。
【0104】
高摩擦繊維である繊維Bの供給ローラについては、糸離れ性を高めるため、梨地表面のローラとすることが好ましく採用することができ、この場合、実際の加工糸の糸長差を確認した上で、供給ローラでの糸の滑りを考慮し、繊維Aおよび繊維Bの供給速度の設定を調整すればよい。
【0105】
本発明の繊維Bからなるループが形成された加工糸8は、引取ローラ9で引き取られる。加工糸の構造固定や、各種繊維処理剤を固定する等の目的で、一旦巻き取った後あるいは流体加工に引き続いて、熱処理を施すことが好ましい。
【0106】
図3においては、嵩高加工に引き続き熱処理を行う加工工程を例示している。この熱処理は、例えばヒータ10によって行うものである。熱処理温度は、加工糸を構成する繊維に使用するポリマーのうち、結晶化温度が最も低いポリマーの結晶化温度±30℃がその目安となる。この温度範囲での処理であれば、ポリマーの融点から処理温度が離れているため、加工糸を構成する繊維間で融着して硬化した箇所はなく、本発明の加工糸を繊維製品に用いた際に、異物感や触感の硬さ等を抑制することができる。
【0107】
この熱処理工程に用いるヒータは一般的な接触式あるいは非接触式のヒータを採用することができ、熱処理前の嵩高性維持や構成繊維の劣化抑制という観点では、非接触式のヒータを使用することが好ましい。非接触式のヒータの例としては、スリット型ヒータやチューブ型ヒータ等の空気加熱式ヒータ、高温蒸気により加熱するスチームヒータ、輻射加熱を利用したハロゲンヒータやカーボンヒータ、マイクロ波ヒータ等が挙げられる。なかでも、加熱効率という観点から、輻射加熱を利用したヒータが好ましい。
【0108】
熱処理工程における加熱時間に関しては、例えば、結晶化が進み加工糸を構成する繊維の構造固定や、加工糸の形態固定および各種繊維処理剤を付与した場合の処理剤の固定が完了するための時間を考慮し、処理温度及び時間を求められる特性に応じて調整するとよい。
【0109】
熱処理工程が完了した加工糸はデリバリーローラ11を介して速度を規制し、張力制御機能を具備したワインダ12で巻き取ればよい。この巻き形状に関しては、特に限定されるものではなく、いわゆるチーズ巻きやボビン巻きとすることが可能である。また、最終的な製品への加工を考慮して、複数本を予め合糸し、トウとすることや、そのままカセ枠に巻き取った上で、束ねて用いることも可能である。
【0110】
本発明の加工糸は、防滑性素材として布帛状の繊維製品として使用することが好ましく、加工糸を一方向に隙間なく並べたシート状に成形しても良いし、本発明の加工糸を地糸に用いた編物やインレイ糸として挿入した編物としても良い。中でも編物とすることで、組織としての形態安定性を付与することができ、製品を加工する際の取り扱い性に優れたものとすることができるため好適である。
【0111】
また、編物とする場合は、従来公知の編機を用いて加工可能であり、いずれの編み組織でも良いが、緯編であることが好ましく、編み上がりの時点で繊維製品としての使用形状を形成することにより、実用経時における形態安定性を高め、防滑機能の耐久性を向上させることができる。
【0112】
繊維製品としては、前記編物等としてそのまま用いることや、他の布帛製品の裏面に縫い付けて一体化すること、接着剤を用いて貼り付けて一体化することができる。中でも、編物としてそのまま用いることが、実用耐久性の観点で好ましい。また、本発明の加工糸が裏面に配置された編物とすることで、表面の意匠性を阻害することなく、防滑機能を有した製品とすることができる点で好適である。
【実施例0113】
以下実施例を挙げて、本発明の加工糸およびその効果について具体的に説明する。各物性等は、以下の測定方法による。
【0114】
(1)繊度
加工糸を、採取した試料の長さの総量が1m以上となるまで抽出して、加工糸を解体し、加工糸を構成する各繊維の質量を測定し、10000mあたりに換算することで繊度を算出した。これを10回繰り返し、その平均値の小数点第1位を四捨五入した値をその繊維の繊度(dtex)とした。
【0115】
(2)糸長差
上記(1)のとおり抽出した加工糸を構成する繊維の長さを測定して、繊維Aおよび繊維Bの糸長差(繊維Bの長さ/繊維Aの長さ)を算出した。これを10回繰り返し、その平均値の小数点第1位を四捨五入した値を糸長差(倍)とした。
【0116】
(3)ループの大きさと個数(頻度)
試料となる加工糸としてたるみが出ないように、図2に例示されるように定長で一対の糸道ガイド4に糸掛けした。糸掛けした加工糸の側面を、(株)キーエンス製マイクロスコープVHX-6000で、ループを10箇所以上観察できる倍率で撮影した。この画像から無作為に抽出したループ10箇所について、加工糸中心線3からループ頂点までの距離5を測定し、計10箇所の平均値について、小数点以下一桁目を四捨五入した値をループの大きさとした。
【0117】
また、同様の画像で、加工糸中心線3から1.0mm以上にループ頂点を形成する鞘糸が、加工糸中心線3から0.5mmに位置した直線と交差する点を交錯点とし、加工糸1ミリメートル当たりでカウントした。計10画像について交錯点(個/mm)を測定して2で除した値をループ個数とし、計10箇所の平均値について、小数点以下一桁目を四捨五入した値をループの個数とした。なお、評価値が1を超えない場合は、小数点以下一桁目までを表記した。
【0118】
(4)繊維-金属間の動摩擦係数μk
測定には、回転ドラム式摩擦抵抗測定器(新東科学(株)製“トライボギア”TYPE16)を用いた。
【0119】
長さ20cmにカットした加工糸の一端をセロハンテープで留め、テープの付いた先端を計測器のバネに引っ掛け、反対の糸端に0.3gの荷重を取り付けて、直径52mm、梨地金属ドラム(JIS B0601:2013の規定による算術平均粗さRa=0.3~5μmの梨地表面)に糸を掛け、金属摩擦用ドラムを210rpmで回転させて、計測器で荷重を検出することにより動摩擦係数μkを測定した。
【0120】
前記の測定を、試料を換えて5回実施し、その平均値の小数点第3位を四捨五入した値を動摩擦係数μkとした。
【0121】
(5)洗濯耐久性
加工糸の実用耐久性評価として、洗濯耐久性を評価した。
【0122】
長さ30cmでカットした加工糸を10本1cm間隔で並べ、加工糸の上端と下端を、幅2cmの短冊状に切り出したポリプロピレン不織布(目付20g/m)で挟み、熱接着して固定した。
【0123】
前記の試料を市販の洗濯ネット(幅23cm×長さ30cm)に加工糸を折り曲げないように収納し、上端と下端の不織布を洗濯ネット両面で挟んだ状態で縫い合わせて仮止めし、洗濯用試料を調整した。
【0124】
前記洗濯用試料をJIS C4M法で10回洗濯を行い、吊り干し乾燥した。洗濯を実施した後、加工糸の上端と下端の不織布を仮止めした糸を外し、ネットから加工糸を取り出し、洗濯後の加工糸を得た。
【0125】
洗濯後の加工糸について、長さ20cmで切り出し、(3)と同様に動摩擦係数μkを測定した。
【0126】
[実施例1]
(繊維A)
固有粘度(IV)が0.6dL/gのポリエチレンテレフタレート(以下「PET」)を290℃で溶融後、計量し、紡糸パックに流入させ、吐出孔が同心円状に配置された紡糸口金から吐出した。吐出された糸条に20℃の冷却風を30m/minの流れで片側から吹き付けて冷却固化後、紡糸油剤付与し、紡糸速度1500m/minで未延伸糸を巻き取った。巻き取った未延伸糸を90℃と140℃に加熱したローラ間で延伸速度800m/minで3.0倍延伸し、総繊度80dtex、フィラメント数12本のPET繊維を繊維Aとして用いた。当該PET繊維の繊維-金属間の動摩擦係数μkは0.29であった。
【0127】
(繊維B)
繊維-金属間の動摩擦係数μkが0.52の高摩擦繊維であり、繊度22dtexのポリウレタン系繊維(東レ・オペロンテックス(株)製“ライクラ”(登録商標)ファイバーT-327C、以下「PU」)を9本合糸して合計繊度198dtexとし、繊維Bとして用いた。
【0128】
(加工糸)
図3に示される工程において、前記繊維Aを図3中1から供給ローラ速度10m/minで供給した。また、前記繊維Bを図3中2から供給ローラ速度100m/minで供給した。すなわち、繊維Aが芯糸、繊維Bが鞘糸となるよう、繊維B/繊維Aの供給速度差を10倍としてサクションノズルに供給した。サクションノズルでは走行糸条に対して20°で気流速度400m/sとなるように圧空を噴射し、芯糸と鞘糸がノズル内で交錯、開繊して絡合しないように随伴気流とともにノズルから噴出させた。ノズルから噴射した糸条を気流と共に走行させ、セラミックガイドを利用して糸道を変更し、鞘糸からなるループを形成した加工糸を引取ローラ速度9.5m/minで引き取った。連続して、ローラを介して該加工糸をチューブヒータに導き、140℃の加熱空気で10秒間熱処理し、加工糸の形態をセットした。該加工糸を、チューブヒータの下流側に設置された張力制御式巻取り機によりドラムに巻き取った。
【0129】
ドラムに巻き取った加工糸は、芯糸に鞘糸が旋回して巻き付いており、繊維Aからなる芯糸を軸として、芯糸との交錯点を起点に繊維Bからなる鞘糸がループを形成した旋回加工糸であり、鞘糸からなるループが突出した構造を有していた。実施例1の加工糸は、ループの大きさは3mmであり、ループの個数は13個/mmとなった。
【0130】
洗濯前の動摩擦係数μkは1.16、洗濯後の動摩擦係数μkは1.19であり、洗濯後も加工糸形態は安定しており、優れた動摩擦係数を維持していた。結果を表1に示す。
【0131】
[実施例2~4]
繊維Aと繊維Bを実施例1と同様として、糸長差を表1に示すように変更したこと以外は、実施例1と同様に加工糸を得た。
【0132】
実施例2は、糸長差を5倍としたものであり、ループの大きさは3mmと実施例1と同様であったが、ループの個数は8個/mmと少なくなったが、洗濯前の動摩擦係数μkは0.81、洗濯後の動摩擦係数μkは0.80であり、加工糸形態は安定しており、良好な動摩擦係数を維持していた。
【0133】
実施例3は、糸長差を15倍としたものであり、ループの大きさは4mmと実施例1よりも大きく、ループの個数も17個/mmと頻度が多くなった。洗濯前の動摩擦係数μkは1.44、洗濯後の動摩擦係数μkは1.45であり、加工糸形態は安定しており、優れた動摩擦係数を維持していた。
【0134】
実施例4は、糸長差を30倍としたものであり、ループの大きさは5mmと実施例3よりも大きく、ループの個数も24個/mmと頻度が多くなった。洗濯前の動摩擦係数μkは2.18、洗濯後の動摩擦係数μkも2.18であり、加工糸形態は安定しており、優れた動摩擦係数を維持していた。結果を表1に示す。
【0135】
[実施例5]
繊維Bを繊度22dtexのポリウレタン系繊維(東レ・オペロンテックス(株)製“ライクラ”(登録商標)ファイバーT-327C、以下「PU」)を4本合糸して合計繊度88dtexとした。
【0136】
繊維Aを実施例1と同様として、糸長差が10倍となるように、繊維Bの供給ローラ速度を調整して加工糸を得た。
【0137】
実施例5は、加工時の繊維Bの旋回範囲が小さくなっており、ループの大きさは2mmと実施例1よりも小さくなった。また、ループの個数は10個/mmで実施例1よりも少なくなった。洗濯前の動摩擦係数μkは0.93、洗濯後の動摩擦係数μkは0.95であり、加工糸形態は安定しており、良好な動摩擦係数を維持していた。結果を表1に示す。
【0138】
[実施例6]
繊維Aとして、24holeの紡糸口金を用いて実施例1と同様に紡糸、延伸を行って繊度160dtex、フィラメント数24本のPET繊維を繊維Aとして用いた。
【0139】
繊維Bを実施例1と同様として、糸長差が10倍となるように、繊維Bの供給ローラ速度を調整して加工糸を得た。
【0140】
実施例6は、加工時の繊維Bの旋回範囲が大きくなっており、ループの大きさは5mmと実施例1よりも大きくなった。また、ループの個数は16個/mmで実施例1よりも多くなった。洗濯前の動摩擦係数μkは1.22、洗濯後の動摩擦係数μkは1.26であり、加工糸形態は安定しており、優れた動摩擦係数を維持していた。結果を表1に示す。
【0141】
[実施例7~9]
繊維Aと繊維Bを実施例1と同様とした。
【0142】
実施例7~9の糸加工については、実施例1と同様の設備において、糸加工ノズルをタスラン加工ノズル(HEBERLINE(株)製“HemaJet”LB-02、ノズルコアT351)に変更して実施した。
【0143】
圧空圧力0.45MPaにてノズル内に供給し、糸長差を表1に示すように変更して、実施例7~9の加工糸を得た。
【0144】
実施例7は、実施例1と同様に糸長差を10倍としたものであり、ループの大きさは2mmと実施例1より小さく、ループの個数は11個/mmであった。実施例7については、加工糸のループの大きさは、糸長差が同じ実施例1よりも均一性が高いものであった。洗濯前の動摩擦係数μkは0.93、洗濯後の動摩擦係数μkは0.95であり、加工糸形態は安定しており、良好な動摩擦係数を維持していた。
【0145】
実施例8は、糸長差を5倍としたもので、ループの大きさは2mmであり、糸長差が同じ実施例2より小さく、ループの個数は7個/mmであった。実施例8についても実施例7と同様、加工糸のループの大きさは、糸長差が同じ実施例2よりも均一性が高いものであった。洗濯前の動摩擦係数μkは0.65、洗濯後の動摩擦係数μkは0.66であり、加工糸形態は安定しており、良好な動摩擦係数を維持していた。
【0146】
実施例9は、糸長差を15倍としたもので、ループの大きさは3mmであり、糸長差が同じ実施例3より小さく、ループの個数は14個/mmであった。実施例9についても実施例7および実施例8と同様、加工糸のループの大きさは、糸長差が同じ実施例3よりも均一性が高いものであった。洗濯前の動摩擦係数μkは1.21、洗濯後の動摩擦係数μkは1.22であり、加工糸形態は安定しており、優れた動摩擦係数を維持していた。結果を表1に示す。
【0147】
[比較例1]
比較例1は、実施例1の繊維Aとして用いたPET繊維を繊維Aと繊維Bの両方に用いた。
【0148】
実施例1と同様に糸長差が10倍となるように繊維Bの供給ローラ速度を調整し、加工糸を得た。
【0149】
比較例1の加工糸は、大きく自立したループが連続して形成された嵩高い形態を有しており、ループの大きさは11mmであり、ループの個数は10個/mmであった。洗濯前の動摩擦係数μkは0.29、洗濯後の動摩擦係数μkは0.29であり、加工糸形態は安定しているものの、動摩擦係数は低いものであった。結果を表1に示す。
【0150】
[比較例2]
比較例2は、繊維Aと繊維Bを実施例1と同様とした。
【0151】
公知のカバリング機を用いて、繊維Aを装置下部のボビンから供給し、繊維Bのボビン中心から引き出して、繊維Aに繊維Bを300T/mで巻き付けてカバリング加工糸を得た。
【0152】
加工時は、繊維Bが伸びるために巻き付けが不安定であり、糸長差の調整が困難であった。なお、比較例2の加工糸の糸長差は2倍(実測値2.2倍)であった。
【0153】
比較例2の加工糸は、繊維Bによる被覆状態にムラがあり、かつ、繊維Bの位置が動きやすく、繊維Aが露出した部分が多く見られた。
【0154】
前記のように被覆状態にムラがあるため、繊維Bは弛みを持っていた。突出が小さく、本発明の方法で評価することは困難であったが、評価可能であったループの大きさは1mmであり、ループの個数は0.1個/mmとなった。
【0155】
動摩擦係数μkの測定においては、測定中に繊維Bが動いて正しく測定することが困難であったが、洗濯前の動摩擦係数μkは0.38であった。また、洗濯後については、加工糸形態がさらに崩れており、動摩擦係数μkは0.31であり、動摩擦係数が低いものであった。結果を表1に示す。
【0156】
【表1】
【符号の説明】
【0157】
1 繊維A(芯糸)
2 繊維B(鞘糸)
3 加工糸中心線
4 糸道ガイド
5 加工糸中心線からループ頂点までの距離
6 サクションノズル
7 旋回点
8 加工糸
9 引取ローラ
10 ヒータ
11 デリバリーローラ
12 ワインダ
13 供給ローラ
14 圧空の噴射角度
図1
図2
図3
図4