(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024106919
(43)【公開日】2024-08-08
(54)【発明の名称】多孔質体の加工方法及び多孔質体
(51)【国際特許分類】
B23H 7/02 20060101AFI20240801BHJP
【FI】
B23H7/02 K
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023011422
(22)【出願日】2023-01-27
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り ・ウェブサイトへの掲載 掲載日:令和 4年 1月28日 ウェブサイトのアドレス:https://www.kanac-porous.com/blog ・ウェブサイトへの掲載 掲載日:令和 4年 1月28日 ウェブサイトのアドレス:https://www.youtube.com/watch?v=ZHSTWgDgKps&t=110s ・集会において発表 発表日:令和 4年 2月 2日 集会名:N-PLUS展2022(東京ビッグサイト 南3ホール) ・刊行物への発表 発行日:令和 4年 2月 2日 刊行物名:「ポリイミドの厚肉自由成形だと!?」(株式会社カナック)
(71)【出願人】
【識別番号】520157093
【氏名又は名称】株式会社カナック
(74)【代理人】
【識別番号】100146732
【弁理士】
【氏名又は名称】横島 重信
(72)【発明者】
【氏名】金澤 直一郎
【テーマコード(参考)】
3C059
【Fターム(参考)】
3C059AA01
3C059DA06
3C059DC03
3C059EA03
3C059HA01
(57)【要約】
【課題】多孔質体を放電加工によって加工する際に生じる不健全部位の厚みを低減可能な放電加工方法を提供すること。
【解決手段】多孔質体の少なくとも一部分に放電加工を行う温度において保形性を有する物質を含浸させる含浸工程と、当該含浸を行った多孔質体を被加工物として加工液中において工具電極との間で放電を生じさせることによって被加工物の加工を行う放電加工工程を有する多孔質体の放電加工方法。
【選択図】
図7
【特許請求の範囲】
【請求項1】
多孔質体の少なくとも一部分に放電加工に使用される加工液中において保形性を有する物質を含浸させる含浸工程と、
当該含浸を行った多孔質体を被加工物として加工液中において工具電極との間で放電を生じさせることによって被加工物の加工を行う放電加工工程を有することを特徴とする多孔質体の放電加工方法。
【請求項2】
上記放電加工工程の後に、多孔体に含浸させた物質を除去する除去工程を有することを特徴とする請求項1に記載の多孔質体の放電加工方法。
【請求項3】
上記工具電極はワイヤー電極であることを特徴とする請求項1に記載の多孔質体の放電加工方法。
【請求項4】
上記工具電極によって被加工物に型彫り放電加工を行うことを特徴とする請求項1に記載の多孔質体の放電加工方法。
【請求項5】
上記放電加工工程は、上記多孔質体に設けられた穴部内にネジ状の形状を有する工具電極を挿入して回動させることによって穴部の側面にネジ部を形成するものであることを特徴とする請求項4に記載の多孔質体の放電加工方法。
【請求項6】
放電加工によって形成された表面を有する多孔質体であって、当該表面を介して通気する際の通気率が、当該放電加工によって形成された表面を介さずに通気する際の通気率の50%以上であることを特徴とする多孔質体。
【請求項7】
放電加工によって形成された表面を有する多孔質体であって、当該表面の少なくとも一部分は放電加工に使用される加工液中において保形性を有する物質を含浸させた状態で放電加工がされたものであることを特徴とする多孔質体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多孔質体の加工方法及び多孔質体に関するものである。
【背景技術】
【0002】
各種の金属やセラミックスの粒子を焼結等することによって得られる多孔質体は、その材質の選択に応じて、所定の剛性や強度を有することによる寸法安定性や、各種の化学物質に対する化学的安定性と共に、当該多孔質の内部に連続した空隙を含むことによって所定の通気性を有することができる。当該多孔質体が有する特性を利用して、例えば、多孔質体を通じて減圧吸引することによって物品を固定する吸着ヘッド(特許文献1)や、熱可塑性樹脂シート用の真空成形型(特許文献2)、ブロー成形や縮合水等の生成を伴う熱硬化樹脂のトランスファー成形や射出成形のための金型の通気部等に使用されている。
【0003】
上記のような用途に使用される多孔質体を構成する材質は、主に各用途における要求を満たす観点から選択され、例えば、ステンレス鋼(特許文献1)、チタン系合金(特許文献3)、タングスカーバイド(特許文献4)等、多様な材質から選択されて使用される。
【0004】
上記のような各種の目的に使用される多孔質体は、一般的に、最終的に使用される大きさよりも大きなサイズを目標にして焼結等によって形成された後、又は、大きなサイズのバルク材としての多孔質体から、各種の加工手段によって所望の形状や大きさに加工され、また各種の形態が付与されて使用されることが通常である。
【0005】
上記の多孔質体は、各種の金属等の粒子の間に、各種のバインダー材や当該粒子の表面が部分的に溶融することによって形成されるネック部が存在し、当該ネック部によって金属等の粒子が連結されることによって所定の形態が保持されている。このため、当該多孔質体を研削等によって目的の形状に成形する場合には、当該多孔質体を構成する粒子内の強度と比較して、一般に上記粒子間を連結するネック部の強度が低いために、研削の際に各粒子に付加される応力によって当該ネック部が破損して、良好な加工が困難となる場合がある。
【0006】
これに対して、放電加工を使用することで、多孔質体を構成する各粒子に対して実質的に応力が付加されず、ネック部が破損する等の加工不良が防止されるため、多孔質体の加工において放電加工が広く使用されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2022-134962号公報
【特許文献2】特開平7-108348号公報
【特許文献3】特開2018-70985号公報
【特許文献4】特開平3-197627号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
放電加工では、一般に加工液の中で、金属等の導電性の被加工物に対して導電性の工具電極やワイヤー電極等を非接触の状態を維持しながら近接させると共に、当該被加工物と工具電極等との間に高電圧を印加することで、当該被加工物と工具電極との間に放電を生じさせ、当該放電によって被加工物の表面部を局所的に加熱することで当該部位を融解等させて脱落させることによって除去することで加工が進展する。
【0009】
上記のような放電加工においては、被加工物と工具電極等との間の放電による加熱によって、主に被加工物から融解して脱落した部分は、加工液等によって冷却されて再凝固する過程で被加工面に再付着して再凝固組織と呼ばれる薄層を形成すると共に、その一部は微小な独立した粒子(デブリ)となって加工液内に散乱することで加工部の系外に除去される。このため、特に内部に空孔等を有しない緻密な材料を放電加工によって加工した際には、放電加工によって当該被加工物に生じる痕跡は放電加工された表面に生成する再凝固組織に限定され、必要に応じて当該再凝固組織を研削等によって除去することによって、容易に放電加工による影響部を含まない状態とすることが可能である。
【0010】
一方、多孔質体に対して放電加工による加工を行った際には、例えば、放電加工によって新たに生成した表面だけでなく、当該被加工面に向けて開口した細孔の内部等に放電加工に起因して生成した物質が充填等され、被加工面の近傍において実質的な開口率が低下した不健全部位が生成する現象が観察される。
【0011】
上記のような、多孔質体を放電加工することにより被加工面の近傍の開口率が低下する現象は、放電加工によって生じた融解物が多孔質体の内部の細孔内にまで飛散して、細孔の内部に再凝固組織を形成したり、加工液の流れによって微小なデブリが多孔質の内部に流入して付着する等によって細孔が閉塞された結果であると考察される。
【0012】
上記多孔質体を放電加工した際に生じる不健全部位は、細孔の大きさ等に応じて被加工面から数mm程度の厚みを有する場合があり、当該不健全部位を除去しようとした際には、当該厚みの分を研削等によって除去する必要が生じる。その結果、細孔等を有しない緻密な材料を放電加工した際に比べて、放電加工された多孔質体では、不健全部位を除去するための研削量が大きくなることが避けられない。
【0013】
上記の現象は、特に多孔質体が有する通気性を利用する用途等に使用される多孔質材の加工において、放電加工後の研削加工時間の増加や多孔質体の歩留まり低下等の原因となっている。また、特に放電加工によって生じる不健全部位を研削等により除去することが困難な部位については、製品において通気性の低い部位が多く残留すると共に、放電加工時のデブリ等に起因する汚染が問題となる。
本発明は、上記の問題を解決するために、多孔質体を放電加工によって加工する際に生じる不健全部位の厚みを低減可能な放電加工方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記課題を解決するために、本発明は以下の手段を提供する。
(1)多孔質体の少なくとも一部分に放電加工に使用される加工液中において保形性を有する物質を含浸させる含浸工程と、当該含浸を行った多孔質体を被加工物として加工液中において工具電極との間で放電を生じさせることによって被加工物の加工を行う放電加工工程を有する多孔質体の放電加工方法。
(2)上記放電加工工程の後に、多孔体に含浸させた物質を除去する除去工程を有する上記の多孔質体の放電加工方法。
(3)上記工具電極はワイヤー電極である上記の多孔質体の放電加工方法。
(4)上記工具電極によって被加工物に型彫り放電加工を行う上記の多孔質体の放電加工方法。
(5)上記放電加工工程は、上記多孔質体に設けられた穴部内にネジ状の形状を有する工具電極を挿入して回動させることによって穴部の側面にネジ部を形成するものである上記の多孔質体の放電加工方法。
(6)放電加工によって形成された表面を有する多孔質体であって、当該表面を介して通気する際の通気率が、当該放電加工によって形成された表面を介さずに通気する際の通気率の50%以上である多孔質体。
(7)放電加工によって形成された表面を有する多孔質体であって、当該表面の少なくとも一部分は放電加工に使用される加工液中において保形性を有する物質を含浸させた状態で放電加工がされたものである多孔質体。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、放電加工によって多孔質体を加工する際に生じる不健全部位の厚みを低減することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】従来の方法で放電加工を行った多孔質体についてのSEM像である。
【
図2】従来の方法で放電加工を行った多孔質体についてのSEM像である。
【
図3】従来の方法で多孔質体の放電加工を行う際の状態を示す模式図である。
【
図4】本発明に係る方法で多孔質体の放電加工を行う際の状態を示す模式図である。
【
図5】本発明に係る方法で放電加工を行った多孔質体における通気率の変化を示すグラフである。
【
図6】通気率の評価に使用した測定装置の構成を示す模式図である。
【
図7】本発明に係る方法で放電加工を行った多孔質体についてのSEM像である。
【
図8】本発明に係る方法で放電加工を行った多孔質体における通気性を示すグラフである。
【
図9】本発明に係る方法で放電加工により雌ネジ部を形成した多孔質体についてのSEM像である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
各種の粒子を焼結等させて得られる多孔質体1は、多孔質体を構成する粒子がネック部で結合されることで、当該焼結前の粒子とネック部によって構成される3次元のネットワーク状の多孔質体実部2によって囲まれた細孔部3を包含し、当該細孔部3が相互に連通することによって全体として通気性を示すものと考えられる。
【0018】
図1には、粒子径が100μm程度の炭化タングステン粒子を金属コバルトをバインダーとして焼結して得られる多孔質体(冨士ダイス製:PC20。気孔率:30%程度)に対して、銅-タングステン製の工具電極を用いて放電加工(型彫り放電)することで得られた放電加工面と、当該面と略垂直に研削加工によって表出させた断面のSEM像を示す。また、
図2には、
図1に示すSEM像の拡大像を示す。
【0019】
図1に示すように、放電加工によって型彫りした際の放電加工面(SEM像、右端)では、多孔質体と工具電極との間の放電によって局所的に溶融して、その後に再凝固した金属等によって構成される微小な凹凸を有する再凝固組織と、当該再凝固組織に囲まれた凹部が観察される。当該凹部は、放電加工された多孔質体が内部に有する細孔部3が加工表面に露出したものであると考えられる。
【0020】
また、
図1に示すように、当該放電加工面と略垂直に研削加工した断面(SEM像、左側)では、多孔質体を構成する旧炭化タングステン粒子等がネットワーク状の平滑な表面として観察されると共に、特に放電加工面から1000μm程度の範囲では、当該ネットワーク状の組織に囲まれて、微細な凹凸を有する組織が観察される。一方、当該研削加工した断面内の、放電加工面から離れた部位では、当該ネットワーク状の組織に囲まれた箇所は凹部になっていることが観察される。
【0021】
図2に示すように、ネットワーク状の組織(多孔質体実部2)は試料調製の際の研削加工により平滑な表面が形成されるのに対して、当該ネットワーク状の組織に囲まれた部位は異なる表面形態を有していること、及び、放電加工面から離れた部位では当該組織が観察されず、対応する箇所には細孔部の開口による凹部が観察される。このことから、当該ネットワーク状の組織に囲まれて存在する微細な凹凸を有する組織は、放電加工の際に多孔質体の一部が溶融した融解物が再凝固した組織やデブリ等によって構成されていると推察される。
【0022】
図3には、多孔質体1を工具電極11を使用した型彫り放電等の放電加工をする際に生じると考えられる現象(
図3(b))を、緻密な金属体10を被加工物とする場合(
図3(a))と比較して模式的に示す。
図3(a)に示すように、緻密な金属体10に対して、工具電極11を使用して放電加工を行った場合、放電に伴う熱によって加熱・融解した金属体10の部分は、その一部が金属体10の表面に再付着して層を形成し、放電加工の終了時には金属体10の表面で凝固して再凝固組織7を形成するものと考えられる。一方、融解した金属体10の部分が金属体10の表面に再付着して形成される層の厚みは、放電加工の過程で略一定に保たれると考えられることから、放電加工により融解して除去される金属体10の大部分は、加工液などによって冷却されてデブリを形成し、加工液の流れによって系外に放出除去されるものと考えられる。
【0023】
一方、
図1,2に示すような多孔質体1を放電加工した際の放電加工面の近傍においては、
図3(b)に模式的に示すように、多孔質体1の内部の細孔部3に放電加工の際に発生した物質が充満する等して閉塞された細孔部4を生じると共に、細孔部3内に放電加工によって生じたデブリが付着しているものと考えられる。
【0024】
多孔質体1を放電加工した際の放電加工面の近傍において
図1,2に示すような細孔部3の封鎖等を生じる機構は以下のように考察される。
ネットワーク形状の多孔質体実部2によって相互に連通した細孔部3を包含する多孔質体1を加工液に浸した状態で工具電極等を使用して放電加工する際には、工具電極11と当該電極に近接する多孔質体実部2の部分との間で放電を生じ、当該放電によって局所的に加熱された部分が溶融物となって脱落・除去されることで加工が進展すると考えられる。そして、
図1,2に示す旧粒子部の間の細孔部に観察される再凝固組織は、上記放電加工によって生じた溶融物が多孔質体内部に侵入することによって形成されるものと考えられる。
【0025】
つまり、多孔質体の放電加工においては、放電により溶融・脱離した溶融物が放電加工した表面で再凝固する以外に、当該表面に向けて開口した細孔部3や、当該細孔部に連通した多孔質1の内部の細孔部3に溶融物やデブリの形態で流入することにより閉塞された細孔部4を生じ、この結果として
図1,2に示すように、放電加工面から所定の距離においてネットワーク形状の多孔質体実部2の内部に再凝固組織が観察されるものと推察された。
【0026】
金型の通気部に使用される多孔質体等、その通気性を利用する用途に使用される多孔質体の加工においては、例えば、
図1,2に示すように、内部の細孔部3が封鎖された不健全部位が存在することによって通気率が低下するため、機械的な手段研削によって当該不健全部位を研削して除去する等の必要を生じる。
【0027】
また、
図2に示すような再凝固組織は、放電加工の際に多孔質体や工具電極の一部が溶融・脱離した物質で構成されると考えられると共に、必ずしも多孔質体内部の細孔部内に強固に結合しておらず、その後の使用中に脱離を生じることが考えられる。このため、多孔質体を通気部材として使用する吸着ヘッド等の用途においては、コンタミネーションの原因となることが考えられ、この点からも放電加工によって生じる不健全部位を研削等により除去することが望まれる。更に、放電加工によって生じる不健全部位を研削等により除去することが困難な部位については、最終の製品において通気性の低い部位が多く残留すると共に、放電加工時のデブリ等に起因する汚染が問題となる。
【0028】
一方、放電加工による不健全部位を研削等により除去した場合、当該研削の工数が増加すると共に、いわゆる切り代が増加して製品歩留まりが低下することから、放電加工により生じる不健全部位の縮小が望まれている。
【0029】
本発明者が、多孔質体を放電加工によって加工する際に、放電加工によって多孔質体に新たに生じる表面付近の不健全部位を縮小する手段を検討したところ、意外にも、予め加工される多孔質体にワックスや樹脂等を含浸させて、多孔質体の内部の細孔部3を封孔することによって、放電加工後に生じる不健全部位の厚みを減少可能であることを見出し、本発明に至ったものである。
【0030】
予め多孔質体に樹脂を含浸させることにより放電加工によって生じる不健全部位の厚み等が縮小する理由は必ずしも明らかではないが、多孔質体に含浸させた樹脂等によって、多孔質体や工具電極の溶融等に起因する物質が放出される範囲が限定され、この結果として放電加工後に生じる不健全部位の厚みが減少するものと推察される。
【0031】
放電加工においては、被加工物や工具電極の冷却、加工屑の除去、放電雰囲気の調整等を目的として、一般に鉱物系や剛性高分子系の加工油や、水等の加工液が使用され、加工液の中に高電圧を印加した被加工物と工具電極を設置して、加工液を絶縁物として両者の非接触状態を維持しながら近接させることで両者の間に放電を生じて加工が進行するものと考えられる。
【0032】
上記放電加工の際には、被加工物と工具電極の間に存在する加工液の内部で絶縁破壊が生じて放電が維持され、当該放電部位においては、放電によって生じる熱等によって加工油の気化や解離(イオン化)等が生じて局所的に液相(加工液)が排除されて気相が生成しているものと考えられる。そして、放電の熱によって被加工物等の一部が溶解して生成される溶融物は当該気相中を飛翔し、被加工物の表面に到達した溶融物は再凝固して被加工物の表面に再凝固組織を形成すると共に、加工液に到達した溶融物は加工液内部で再凝固して加工屑(デブリ)となって加工部から排出されるものと考えられる。
【0033】
内部に細孔等を有しない一般的な金属等の放電加工においては、上記のような放電によって加工油が気化する等によって生成する気相は、放電によって被加工物が溶融・除去されて生じる空間内に閉じ込められ、放電加工によって生成する不健全部位の厚みは、溶融物が被加工物の表面で再凝固して生成する再凝固組織に限定されるものと考えられる。
【0034】
一方、
図1に示すように、内部に相互に連通した細孔部を含む多孔質体を放電加工した際には、放電加工によって生成した表面から1000μm程度の深さにまで再凝固組織が到達して不健全部位が生成することが観察される。放電加工によって生成した表面から、多孔質体実部2によって構成されるネットワーク内部にまで再凝固組織が侵入して生成する理由は以下のように考えられる。
図1に示す放電加工は、加工液の内部に多孔質体を浸漬した状態で行ったものであり、多孔質体に含まれる細孔部の内部にも加工液が充填された状態で工具電極との間の放電により放電加工が進展したものと考えられる。一方、放電によって被加工物等が溶解して生成する溶融物の飛翔に着目した場合、融点の高い溶融物が溶融状態を維持しながら加工液等の液相の内部を通過して、多孔質体のネットワーク内まで飛翔して再凝固組織を形成することは考え難い。このことから、被加工物等から生成した溶融物は、主に気相中を飛翔して多孔質体のネットワーク内に到達したことが推察される。
【0035】
つまり、
図1に示すように、放電加工によって生成した表面から多孔質体のネットワーク内部にまで再凝固組織が侵入する理由は、放電部で加工油が気化等して気相を生じた際に、当該気相が切断面等に開口した細孔部や、細孔部間の連通部を介して多孔質体の内部の細孔部内にも充満する結果、被加工物等から生成した溶融物が飛翔可能な範囲が拡大することにあり、その結果として放電加工によって生成した表面の深部にまで再凝固組織が侵入するものと考えられた。
【0036】
これに対して、本発明に係る放電加工方法においては、多孔質体に含浸させた樹脂等によって、当該放電加工における放電部において加工液の蒸発等に起因して生じる気相が多孔質体内部に浸透することを抑制することによって、不健全部位の厚みを抑制するものと推察される。
図4には、本発明に係る放電加工方法によって、予め保形性を有する樹脂等を含浸させた多孔質体1を工具電極10を使用した放電加工によって加工する際に生じると考えられる現象を模式的に示す。
図4に示すように、多孔質体の細孔部3の内部に樹脂等を含浸させ、樹脂等が含浸された細孔部6とした状態で放電加工を行った場合には、当該含浸された樹脂等が存在することによって、放電加工の放電部において加工液が気化等した場合にも、当該気相が多孔質体の内部に侵入することが抑制されて、被加工物等から生成した溶融物が飛翔可能な範囲が抑制される結果として、放電加工面から再凝固組織が侵入する侵入深さが抑制されるものと考えられる。
【0037】
また、多孔質体の内部に樹脂等が含浸されていることにより、被加工物等から生成した溶融物が粒状に凝固して形成されるデブリを含む加工液が多孔質体の内部に侵入することが防止されて、当該デブリが多孔質体の内部に蓄積することが防止されるものと考えられる。
【0038】
つまり、多孔質体を通常の方法で放電加工する際には、多孔質体の細孔部内が加工液によって充填された状態で加工されるのに対して、本発明は、加工液と比較して流動抵抗が高い等、一定の保形性を有する物質を細孔部内に充填するものであって、当該構成とすることで放電加工の放電部で生じる気相の圧力によって当該充填物が排除される体積を減少し、またデブリ等を含む加工液が多孔質の内部を流通することを抑制することが可能であり、放電加工によって多孔質体に生じる不健全部位を減少するものと考えられる。
【0039】
また、多孔質体の細孔部内に充填された樹脂等は、当該細孔部に隣接する多孔質体実部2と工具電極11の間での放電に起因する熱等によって容易に溶解や分解を生じることで放電加工を阻害しない一方で、放電部位から所定の距離を有する部位においては、周囲からの冷却によって細孔部内に充填された樹脂が残存して被加工物等から生成した溶融物やデブリ等の侵入を防止するものと考えられる。
【0040】
本発明に係る放電加工方法によって加工された多孔質体においては、上記のような機構によって放電加工面からの溶融物やデブリ等の侵入が抑制されるため、当該溶融物やデブリ等によって多孔質体の内部の細孔が閉塞される程度を軽減可能であって、その結果として、当該放電加工面を介して気体を流通させる際の通気率の低下を抑制することができるものと考えられる。
【0041】
つまり、以下の実施例で示すように、多孔質体の内部に樹脂等を含浸しない状態で放電加工を行った表面においては、放電加工後の通気率が、放電加工前と比較して30%程度まで低下するのに対して、本発明に係る放電加工方法によって加工された多孔質体においては、放電加工前と比較して放電加工後の通気率を50%以上に維持可能であって、特に放電加工によって形成された表面を残した状態で使用する多孔質体を加工する手段として、本発明に係る放電加工方法を有用に用いることができる。
【0042】
本発明に係る放電加工方法によって加工された多孔質体において、放電加工によって形成された表面を介して通気する際の通気率は、放電加工の際の電流密度や、多孔質体の充填に用いる樹脂等の選択等により調整可能である。例えば、放電加工の前後における通気率の比として、放電加工によって形成された表面を介した通気率が、放電加工前の通気率に対して60%以上である多孔質体を形成可能であり、特に当該通気率の比が70%以上、或いは80%以上の多孔質体を形成することが、特に耐熱性の高い樹脂等によって多孔質体を充填して使用する等により、当該通気率の比を90%、或いは95%程度とすることができる。
【0043】
本発明に係る放電加工方法は、放電加工の形態によらず、加工液に浸漬した状態で工具電極と多孔質体(被加工物)との間で放電を生じさせることによって多孔質体を加工する際に広く用いることができる。一方、工具電極としてワイヤーを使用して多孔質体を切断等する場合と比較して、工具電極を被加工物に貫入するように放電加工が行われる型彫り加工やネジ部の形成加工では、放電加工によって多孔質体に新たに形成される表面に対して、その単位表面積辺りに流入する可能性があるデブリ等の量が一般に大きくなることから、多孔質体の内部の細孔の閉塞を生じ易いと考えられ、それを抑制する目的で本発明に係る放電加工方法は特に有効に使用することができる。
【0044】
本発明に係る放電加工方法において、多孔質体の細孔部内の充填には、放電加工を行う際に使用する加工液内において一定の粘度等を有することで、放電加工の間に多孔質体の内部の細孔部等から巨視的な流失を生じないような保形性を有するものであれば特に制限無く使用することができる。例えば、いわゆるワックスと呼ばれる各種の物質やパラフィン等、植物や動物から採取された物質や、石油や鉱物から分離精製・合成された物質であって、室温付近では固体状であり一定の保形性を有し、加熱によって溶融して流動性を示す物質を使用して、当該物質を加熱して流動性を高めた状態で多孔質体の内部に含浸させて使用することができる。
【0045】
上記ワックスの例として、オレイン酸アミド(融点:約76℃)、ステアリン酸アミド(融点:約120℃)、エルカ酸アミド(融点:約100℃)等のアミド系ワックスや、各種の脂肪酸エステルを含むエステル系ワックスが挙げられる。
また、各種の合成ポリマーであって、多孔質体の内部に含浸させた後に重合や架橋を生じさせることによって保形性を付与して使用することができる。また、各種のゲル化剤を使用して、水等の液体と共にゲルを構成することで保形性を示す物質を使用してもよい。更に、水を含浸させた多孔体を氷点下に冷却して細孔部内に氷を充填し、氷点下の加工液中で放電加工することも可能である。
【0046】
また、放電加工に使用する加工液として、上記のように多孔質体の細孔部内に充填した物質を溶解しない液体を使用することにより、安定して放電加工を行うことができる。
本発明に係る放電加工方法において、上記多孔質体の細孔部内に充填された状態で一定の保形性を示す物質として、加熱や燃焼、相溶性を示す溶剤等に溶解することによって容易に多孔質体の内部から除去できる物質を選択して使用することが望ましい。また、各種のコンタミネーションの原因となることを防止する観点からは、各種のヘテロ原子等を含む炭化水素から主に構成される物質であって、150℃以下、より好ましくは100℃以下の温度で流動性を示して多孔質体に充填可能な物質が好ましく使用される。
【0047】
図1に示すように、放電加工によって多孔質体の加工を行うことで被加工物に生じる表面では、当該表面から深さ方向に被加工物等から飛翔した溶融物が細孔内部に付着して凝固することで再凝固組織等を生じ、加工前の多孔質体を基準として不健全部位を生じる。
【0048】
当該不健全部位において、上記表面に近い部分では、被加工物等から飛翔した溶融物が細孔内部に付着した状態で凝固し、多孔質体に対して比較的強く結合した組織が発達すると考えられる。一方、表面からの距離が増加するに従って、飛翔中に冷却されて凝固し、デブリ等を形成した後に細孔内部に堆積した物質を含む割合が増加するものと考えられ、このような組織は多孔質体との結合力が小さいため、当該多孔質体をフィルター等として使用し、内部に気体や液体などを流通させた際に脱離して、コンタミネーションの原因となることが考えられる。
【0049】
このため、コンタミネーションの防止の観点からは、従来の放電加工方法によって加工された多孔質体においては、加工によって生じた不健全部位を研削等によって除去した後に、内部のデブリ等を洗浄によって除去することが求められた。
【0050】
一方、本発明に係る放電加工方法においては、予め多孔質体の内部の細孔部内に保形性を有する樹脂等を含浸することで、放電加工の放電部において加工液が気化等して生成する気相が多孔質体の内部に侵入する侵入深さを抑制することで、放電によって被加工物等から飛翔した溶融物が当該樹脂等の内部で凝固してデブリとして固定され、溶融状態のままで細孔内の深部に到達して付着・凝固して再凝固組織を生成することが防止されると考えられる。更に、細孔内に浮遊して存在するデブリの発生が防止されると共に、加工液の流れ等によって更に多孔質体の内部に侵入することが防止できると考えられる。
【0051】
このため、当該樹脂等の内部に固定されたデブリは、樹脂等を溶解(融解)して除去する際に当該樹脂等と共に多孔質内部から排除することにより、当該多孔質体をフィルター等として使用する際にコンタミネーションの原因となるデブリを減少することができる。
【0052】
上記の特徴を利用することにより、本発明に係る放電加工方法によって加工した表面においては、不健全部位を除去するための研削量を減少することができる。また、通気率の調整等を目的として不健全部位の一部を残留させる場合にも、内部に含まれるデブリ量が少ないことによってコンタミネーション等の程度を低減することができる。
更に、多孔質体の内部に放電加工によって雌ネジを形成する場合など、放電加工によって生じた表面の研削等が困難な場合にも、本発明に係る放電加工方法によって加工を行い、その後に放電加工時に発生したデブリ等を細孔部の充填に使用した樹脂等と共に除去することによって、その後の使用する際のコンタミネーション等の程度を低減することができる。
【0053】
つまり、多孔質体の内部に放電加工によって雌ネジを形成する際には、多孔質体の表面に雌ネジが形成される下穴の周囲に樹脂等を含浸した状態で、加工液内で雌ネジの表面形状を有する工具電極(ネジ電極)を当該下穴に挿入し、下穴の中心線(軸)から所定の距離を維持した状態でネジ電極を当該中心線の周囲に回動させながら放電を生じさせ、当該中心線とネジ電極の距離を順次拡大することにより穴部の側面にネジ部を形成することができる。
【0054】
本発明に係る放電加工方法によって上記のように多孔質体内部に形成させる雌ネジ部においても、雌ネジ部の周囲の細孔部に再凝固組織等が生成することが抑制されることで通気性が確保されると共に、コンタミネーションの原因となるデブリの残留を減らすことができる。
【0055】
本発明に係る放電加工方法は、主に金属やセラミックス等によって構成される多孔質体を放電加工する際に好ましく使用され、特に、多孔質体に含まれる細孔部が相互に連通していることで通気性を示す多孔質体を放電加工する際に、放電加工によって生じる再凝固組織等によって細孔部が充満されることによる通気性の低下を抑制することができる。また、再凝固組織等によって細孔部が充満されることで生じる不健全部位の生成厚み等が抑制可能であり、当該不健全部位を研削等によって除去する際の研削量が減少することで製品歩留まりを高めることができる。
【0056】
本発明に係る放電加工方法は、放電加工によって不健全部位が生成し易い空孔率の高い多孔質体の加工において特に効果的であり、空孔率が10%以上又は20%以上の多孔質体に対して使用することが可能であり、特に空孔率が30%以上であることで高い通気性を有する多孔質体の加工に好ましく使用される。
【0057】
本発明に係る放電加工方法により加工される多孔質体を構成する材質は特に限定されず、特に導電性を有する金属等で構成される多孔質体であれば、通常の放電加工を行う際に、予め放電加工される部位の少なくとも一部に樹脂等を含浸することにより、本発明に係る放電加工方法を実施することができる。また、導電性を有しないセラミックスで構成される多孔質体の放電加工においては、予め放電加工される部位の少なくとも一部に樹脂等を含浸した後に、被加工物の表面に蒸着などの手段によって導電層を設けて放電加工を行い、又は、工具電極として放電によって消耗して被加工物表面に継続して導電層を生成することで放電を継続可能な電極を使用する等により放電加工を行うことができる。
【0058】
また、タングステンや、タングスカーバイド等の硬度が特に高い粒子を含み、通常の機械的な切削ではネジ部の形成が困難な多孔質体に対して放電加工によってネジ部を形成する際に、本発明に係る放電加工方法により、ネジ部を形成するための下穴の付近に樹脂等を充填することにより、ネジ部の周囲の細孔部内に再凝固組織が発達することが抑制され、ネジ部を形成することによる通気性の低下を抑制することが可能である。
【0059】
本発明に係る放電加工方法においては、放電加工される多孔質体の少なくとも一部に、放電加工を行う温度において一定の粘度等を有することで保形性を有する物質を含浸させた状態で、当該物質を含浸させた領域を含む範囲に対して、市販の放電加工機を使用する等して放電加工を行うことができる。
【0060】
当該放電加工においては、多孔質体に含浸させた物質の溶解度が低い加工液を使用すると共に、必要に応じて加工液の温度が上昇しないようにすることによって、加工中に多孔質体に含浸させた物質が溶解する等によって脱離する程度を低減可能であって、加工後の多孔質体に生じる不健全部位の厚み等を減少することができる。
【0061】
本発明に係る放電加工方法を実施する際に使用される工具電極の形態などは特に限定されず、例えば、真鍮などのワイヤーを工具電極として多孔質体を切断等することができる。また、所定の形状を有するバルク状、又は多孔質体によって構成される放電電極を利用して、多孔質体に対して所定の表面形状を設けたり、所定の断面形状の穴部を穿孔する、いわゆる型彫り放電加工を行う際にも本発明に係る放電加工方法を使用することができる。
【0062】
特に、本発明に係る放電加工方法を、所望の雌ネジの表面形状を有する工具電極を使用して、これを被加工物に設けた孔(下穴)の内部で径を拡大しながら円周運動をさせることで被加工物に雌ネジ部を形成する放電加工の際に使用することにより、形成される雌ネジ部の周囲の細孔部を良好に維持することが可能となる。
【0063】
本発明に係る放電加工方法により加工される多孔質体を構成する材質は特に限定されず、各種の金属を焼結等することによって形成される多孔質体に対して放電加工を行うことができる。また、導電性を有しないセラミックス等によって構成される多孔質体については、予めその表面に導電層を蒸着する等によって放電加工を行うことができる。
以下、実施例によって本発明をより詳細に説明するが、本発明は当該実施例に限定して把握されるものではない。
【実施例0064】
(実施例1)
粒子径が100μm程度の炭化タングステン粒子を、金属コバルトをバインダーとして、30%程度の気孔率を有するように焼結した多孔質体(冨士ダイス製:PC20)を使用して、当該多孔質体の内部にワックスを含浸させた状態で放電加工(銅-タングステン製の工具電極を用いた型彫り放電)を行った。
【0065】
表面を研削処理で形成した上記多孔質体(30mm×30mm,t=4mm)を被加工物として、含浸用ワックスとして95℃で融解したオレイン酸アミド(花王製、脂肪酸アマイドO-N)の中に、上記多孔質体を浸漬(約30分)して多孔質体の内部にオレイン酸アミドを含浸させ、その後に多孔質体を取り出して大気中で放冷を行って常温にした。
【0066】
上記ワックスを含浸させた多孔質体の底面に対して、工具電極として銅-タングステン製の電極を使用して、型彫放電加工装置(三菱電機製、SV8P)を使用して、加工油中で3時間程度の放電加工によって約0.5mmの型彫り加工を行った。その後、多孔質体をイソプロピルアルコール中に浸漬して含浸したオレイン酸アミドを溶解して除去してから、乾燥させた。
【0067】
(比較例1)
上記ワックスの含浸/除去を行わない以外は実施例1と同じ条件で、多孔質体を銅-タングステン製の電極を使用して加工油中で型彫り加工を行った。
【0068】
図5と表1には、上記実施例1、比較例1に相当する処理を行った試料(各4個)について、放電加工前(切削加工後)/放電加工後/放電加工後にイソプロピルアルコール中で超音波洗浄した後のそれぞれの通気率を示す。当該通気率は、
図6に示す測定装置を用いて以下のようにして評価した。
図6に示す通気性の測定装置は、内径がφ10mmの通気管22を平滑なテーブル21に貫通して設けたものであり、当該テーブル21の上面上に通気管22の開口部を塞ぐように測定サンプルである多孔質体1をOリング23を介して配置した状態で、通気管22を通じて所定の体積速度で排気を行う際に、圧力計20を用いて当該通気管22の内部の圧力を測定するものである。測定の際には、放電加工面を下側にしてテーブル21の面に接するように配置した。
【0069】
通気率(μ/10-12m2)は、以下の式(1)によって算出した。
μ=η・V/T・t/A・2P0/(P0
2-P1
2) …(1)
但し、 η:試験温度におけるガスの粘度(Pa・s)
V:物質を通過した圧力P0におけるガス量(m3)
T:ガス量(V)が物質を通過するのに要した時間(s)
t:ガスが通過する物質の厚み(m)
A:ガスが通過する物質の断面積(m2)
P0:大気圧(1atm=101.325kPa)
P1:圧力計20による測定値(Pa)
【0070】
図5、表1に示すように、ワックスを含浸させた状態で放電加工を行った多孔質体(実施例1)においては、放電加工前と比較した際の通気率(比通気率)が70%以上であるのに対して、ワックスを含浸させずに放電電加工を行った多孔質体(比較例1)においては、比通気率が30%以下に低下することが示された。また、放電加工後にイソプロピルアルコール中での超音波洗浄を行った場合にも通気率の大きな回復が見られないことから、当該通気率を低下させる原因は、多孔質の内部に固着などした物質によるものと考察された。
【0071】
【0072】
図7には、上記実施例1、比較例1に係る多孔質体1の、放電加工面と略垂直な面のSEM像を示す。
図7に示すように、実施例1に係る多孔質体1では、放電加工面の近傍まで細孔が残留しているのに対して、比較例1に係る多孔質体1では、細孔の部分が閉塞されていることが観察された。
【0073】
図5,
図7に示す結果から、ワックスを含浸させずに放電電加工を行った多孔質体(比較例1)においては、放電加工中に多孔質体や工具電極の表面が融解等することによって生じた物質が細孔内に散乱して再凝固組織を形成し、及び、加工液内に生じたデブリが加工液の流れによって多孔質の内部に流入する等して、多孔質体の細孔を閉塞することが考えられた。
【0074】
一方、ワックスを含浸させた状態で放電電加工を行った多孔質体(実施例1)においては、放電加工の間に当該ワックスが放電加工面の近傍で維持されることにより、放電加工中に多孔質体や工具電極の表面が融解等することによって生じた物質が多孔質体の内部に流入することが抑制され、細孔の閉塞が抑制されることによって通気率が維持されたものと考えられた。
【0075】
(実施例2)
表面を研削処理で形成した上記多孔質体(30mm×30mm×4mm)を被加工物として、銅-タングステン製の工具電極を使用して加工油中で型彫り加工を行う量を0.3mm分とした以外は実施例1と同様にして、多孔質体の放電加工を行った。
(比較例2)
ワックスの含浸/除去を行わない以外は実施例2と同じ条件で、多孔質体を銅-タングステン製の電極を使用して加工油中で型彫り加工を行った。
【0076】
上記実施例2、比較例2に係る多孔質体について、放電加工によって影響を受ける深さを評価する目的で、
図6に示す測定装置を使用し、通気管22の内部をアスピレーターを使用することによって減圧状態として、実施例2,比較例2を介して通気を行った際の到達圧力を圧力計20によって測定することで実施例2,比較例2が有する通気性を評価した。なお、通気管22の内部を減圧するアスピレーターは、通気管22の開口部を閉じた際に、通気管22の内部が約80hPaの負圧になるように調整して使用した。
【0077】
評価は、放電加工前(切削加工後)の状態の試料をテーブルに設置した際に圧力計20によって測定される圧力(到達圧力)を予め測定して基準値とし、当該試料に上記の放電加工を行った後、放電加工面を0.1mm研削する毎に同様の測定を行って、当該基準値になるまで放電加工面を研削除去することで行った。
【0078】
図8には、上記各多孔体を配置した際の通気管22の内部の到達圧力を示す。
図8に示すように、上記基準値が43hPaである多孔質体を、ワックスを含浸した状態で放電加工を行った場合(実施例2)には、加工後に当該圧力が47hPaとなり若干の通気性の低下が見られる一方で、0.4mm程度の研削を行うことで放電加工前と同様の到達圧力が回復することが観察された。
【0079】
一方、上記基準値が59hPaである多孔質体を、ワックスを含浸せずに放電加工を行った場合(比較例2)には、加工直後に当該圧力が74hPaとなり、通気管22の開口部を閉じた際の圧力(80hPa)に近い圧力となって、大きな通気性の低下が見られた。また、到達圧力を回復するためには1.2mm程度の研削が必要であり、放電加工面から深さ方向に大きく離れた位置にも放電加工による影響が及んでいることが推察された。
上記の結果は、ワックスの含浸によって放電加工による影響部の厚みが抑制されることを示すものである。
【0080】
(実施例3)
実施例1で使用した多孔質体(15mm×15mm,t=5mm)に対して、以下に説明する方法で雌ネジ形成用の工具電極(ネジ電極)を使用した放電加工によってM6に相当する雌ネジ部を形成した。
【0081】
上記多孔質体に対して、φ5.0mmのドリルを使用して雌ネジ部を形成する際の下穴として貫通穴を形成した後、実施例1と同様に多孔質体にオレイン酸アミドを含浸させ、冷却することで多孔質体内部の細孔部にオレイン酸アミドを充填した。その後、雌ネジ形成用の工具電極(ネジ電極)を使用して、放電加工装置(日立精工製、H-DS02S-MP30)を使用して加工油内において上記下穴の軸を中心としてネジ電極を公転させ、加工の進展に伴って公転の直径を順次拡大することにより15分程度の加工時間で多孔質体に雌ネジ部を形成した。その後、イソプロピルアルコール内に浸漬することでオレイン酸アミドを除去した。
(比較例3)
ワックスの含浸/除去を行わない以外は実施例3と同様にして、多孔質体に雌ネジ部を形成した。
【0082】
図9には、上記で形成した雌ネジの軸を含む面内で多孔体を切断した際の断面のSEM像を示す。
図9に示すように、ワックスを含浸した状態で放電加工により雌ネジを形成した場合(実施例3)には、ネジ部の表面付近においても多孔質体の細孔が残留していることが確認される。一方、ワックスを含浸せずに放電加工により雌ネジを形成し場合(比較例3)には、ネジ部の表面から数mmの深さまで細孔部が閉塞されることが観察された。
【0083】
放電加工によって形成された雌ネジ部の表面は、その後の研削等によって再凝固組織等の放電加工の影響を受けた部位を除去することが困難であり、放電加工によって形成された表面が最終の製品に残留することが一般的である。本発明に係る多孔質体の放電加工方法によれば、当該雌ネジ部等の追加工が困難な部位においても放電加工の影響を受けた不健全部位の発生を抑制可能であり、放電加工による多孔質体の通気性の低下等を有効に抑制することが可能である。また、放電加工の影響を受けた不健全部位に含まれるデブリ等の残留量を抑制することで、多孔質体を通気材として使用した際のコンタミを抑制することが可能となる。
本発明に係る多孔質体の放電加工方法によれば、多孔質体を放電加工によって加工する際に生じる不健全部位の厚みを低減することが可能であり、加工の歩留まりの向上等が可能となる。