(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024010696
(43)【公開日】2024-01-25
(54)【発明の名称】保護シートの製造方法及び保護シート
(51)【国際特許分類】
C23C 14/06 20060101AFI20240118BHJP
B32B 9/00 20060101ALI20240118BHJP
C23C 14/20 20060101ALI20240118BHJP
B28B 11/24 20060101ALI20240118BHJP
【FI】
C23C14/06 F
B32B9/00 A
C23C14/20 A
B28B11/24
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022112122
(22)【出願日】2022-07-13
(71)【出願人】
【識別番号】592031444
【氏名又は名称】ナノテック株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】230100022
【弁護士】
【氏名又は名称】山田 勝重
(74)【代理人】
【識別番号】100084319
【弁理士】
【氏名又は名称】山田 智重
(74)【代理人】
【識別番号】100120204
【弁理士】
【氏名又は名称】平山 巌
(72)【発明者】
【氏名】中森 秀樹
(72)【発明者】
【氏名】平塚 傑工
(72)【発明者】
【氏名】坪井 仁美
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 哲也
(72)【発明者】
【氏名】中島 健
【テーマコード(参考)】
4F100
4G055
4K029
【Fターム(参考)】
4F100AD11B
4F100AE01C
4F100AK42A
4F100AT00A
4F100BA02
4F100BA03
4F100BA07
4F100EH66B
4F100GB07
4F100JD03B
4F100JL11C
4F100JN30B
4F100YY00B
4G055AA01
4G055BA10
4K029AA11
4K029AA25
4K029BA34
4K029BC00
4K029BC07
4K029BD00
4K029CA05
4K029DC02
4K029DC40
4K029EA03
4K029EA09
4K029JA10
4K029KA03
(57)【要約】
【課題】構造材料が外気にさらされることによって生じる、中性化、剥落等を効果的に防止可能であり、長期間の紫外線への暴露に対して、保護シート自体の変退色、粉化、成分変化等が生じにくく、かつ、構造材料上へ効率的かつ簡便に配置することができる保護シートを提供する。
【解決手段】対象物の表面に配置され、紫外線に対して所定範囲の光吸収係数を有するとともに、所定範囲の酸素透過率を有する保護シートの製造方法であって、アルゴンガスを導入し、所定範囲の真空到達時圧力とした真空チャンバ内において、ターゲット電極としての炭素原料電極にパルス電圧を印加することにより、基材上に炭素原料電極の炭素原子をスパッタリングし、炭素膜として堆積させるものであり、炭素膜はダイヤモンドライクカーボン膜であり、所定範囲の光吸収係数は5×104cm-1以上であり、所定範囲の酸素透過率は30cc/m2/day/atm以下である。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
対象物の表面に配置され、紫外線に対して所定範囲の光吸収係数を有するとともに、所定範囲の酸素透過率を有する保護シートの製造方法であって、
アルゴンガスを導入し、所定範囲の真空到達時圧力とした真空チャンバ内において、
ターゲット電極としての炭素原料電極にパルス電圧を印加することにより、基材上に前記炭素原料電極の炭素原子をスパッタリングし、炭素膜として堆積させるものであり、
前記炭素膜はダイヤモンドライクカーボン膜であり、
前記所定範囲の光吸収係数は5×104cm-1以上であり、
前記所定範囲の酸素透過率は30cc/m2/day/atm以下であることを特徴とする保護シートの製造方法。
【請求項2】
前記所定範囲の真空到達時圧力は、3.0×10-2Pa以下である請求項1に記載の保護シートの製造方法。
【請求項3】
前記所定範囲の真空到達時圧力は、7.0×10-3Pa以下である請求項2に記載の保護シートの製造方法。
【請求項4】
前記所定範囲の光吸収係数は、波長325nmの紫外線に対して5×104cm-1以上である請求項1に記載の保護シートの製造方法。
【請求項5】
前記ターゲット電極に与える平均電力は2000W以上である請求項1に記載の保護シートの製造方法。
【請求項6】
前記所定範囲の酸素透過率は3cc/m2/day/atm以下である請求項1に記載の保護シートの製造方法。
【請求項7】
前記対象物は、アルカリ性を有する結合剤で結合された、コンクリート又はモルタルである請求項1に記載の保護シートの製造方法。
【請求項8】
対象物の表面に配置され、紫外線に対して所定範囲の光吸収係数を有するとともに、所定範囲の酸素透過率を有する保護シートであって、
ターゲット電極としての炭素原料電極にパルス電圧を印加することによって、基材上に、前記炭素原料電極の炭素原子をスパッタリングし、ダイヤモンドライクカーボン膜を形成した構成を有し、
前記所定範囲の光吸収係数は5×104cm-1以上であり、
前記所定範囲の酸素透過率は30cc/m2/day/atm以下であり、
前記対象物は、アルカリ性を有する結合剤で結合された、コンクリート又はモルタルであることを特徴とする保護シート。
【請求項9】
前記基材はポリエチレンテレフタレートを含む請求項8に記載の保護シート。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、構造材料、特に、セメント、石灰その他のアルカリ性の結合剤によって結合させてなる、コンクリートやモルタルの中性化等を防止するための保護シートの製造方法、及び、この製造方法で製造する保護シートに関する。
【背景技術】
【0002】
コンクリート、モルタルなどのアルカリ性を有する構造材料は、空気中の二酸化炭素等によって徐々に中性化されるため、このような材料を用いた建造物においては、時間の経過とともに構造材料に、ひび割れの発生、強度の低下、材料片の剥落等が生じるおそれがある。これに対し、構造材料を入れ替えることなく、中性化による上記不具合の発生を防止するために、特許文献1~3に記載の方法等が提案されている。
【0003】
特許文献1に記載の補修用セメント組成物は、セメント、高炉徐冷スラグ、骨材、及び、粘調剤を含有するセメントモルタルと、酸性物質とを含有してなるものであり、コンクリートの表面に吹き付けることによって、セメントモルタルの剥落等を防ぎ、コンクリート構造物の耐久性を向上させようとするものである。
【0004】
特許文献2に記載の改修方法では、亀裂追従性、遮塩性、及び、中性化阻止性を有する塗膜層を、延命層として、モルタル又はコンクリートからなる保護層の表面に積層し、さらに、保護層と延命層との間にはプライマー層を形成し、延命層上にはトップコート層を形成している。このような層構成により、モルタル又はコンクリートからなる保護層に発生した亀裂からの雨水等の侵入を防止し、保護層の塩害や中性化等の劣化を抑制し、このような劣化による保護層の剥落を防止することを目的としている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2006-169042号公報
【特許文献2】特開2016-17281号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1に記載の補修用セメント組成物は、吹き付けによってコンクリートの表面に層を形成するため、速乾性を考慮しつつ所望の層厚で均等に形成するには、吹き付けの直前にセメントモルタルと酸性物質とを混合し、所定の時間内に吹き付け作業を完了することが求められることから、作業工程や作業時間に制約が生じやすかった。さらに、広い面積に渡って層を形成する場合には、セメントモルタルと酸性物質との混合と塗布を繰り返し行う必要があり、作業効率が低下しやすかった。
【0007】
特許文献2に記載の改修方法では、プライマー層として、ウレタン系樹脂やエポキシ系樹脂が用いられ、トップコート層には、アクリルウレタン樹脂やアクリル樹脂が用いられる。これらの樹脂は、紫外線に晒されることによって、変退色、粉化(白亜化)、分解などの成分変化等の劣化が生じるため、例えば、プライマー層では、劣化によって、モルタル又はコンクリートからなる保護層からの剥離が生じやすくなり、トップコート層では、その剥離により、延命層が外気に晒され劣化しやくなってしまう恐れがある。
【0008】
そこで本発明は、構造材料が外気にさらされることによって生じる、中性化、剥落等を効果的に防止可能な保護シートであって、長期間の紫外線への暴露に対して、保護シート自体の変退色、粉化、成分変化等が生じにくく、かつ、構造材料上へ効率的かつ簡便に配置することができる保護シートの製造方法、及び、保護シートを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するために、本発明の保護シートの製造方法は、対象物の表面に配置され、紫外線に対して所定範囲の光吸収係数を有するとともに、所定範囲の酸素透過率を有する保護シートの製造方法であって、アルゴンガスを導入し、所定範囲の真空到達時圧力とした真空チャンバ内において、ターゲット電極としての炭素原料電極にパルス電圧を印加することにより、基材上に炭素原料電極の炭素原子をスパッタリングし、炭素膜として堆積させるものであり、炭素膜はダイヤモンドライクカーボン膜であり、所定範囲の光吸収係数は5×104cm-1以上であり、所定範囲の酸素透過率は30cc/m2/day/atm以下であることを特徴としている。
【0010】
本発明の保護シートの製造方法において、上記所定範囲の真空到達時圧力は、3.0×10-2Pa以下であることが好ましく、さらには、7.0×10-3Pa以下であることが好ましい。
【0011】
本発明の保護シートの製造方法において、上記所定範囲の光吸収係数は、波長325nmの紫外線に対して5×104cm-1以上であることが好ましい。
【0012】
本発明の保護シートの製造方法において、ターゲット電極に与える平均電力は2000W以上であることが好ましい。
【0013】
本発明の保護シートの製造方法において、上記所定範囲の酸素透過率は3cc/m2/day/atm以下であることが好ましい。
【0014】
本発明の保護シートの製造方法において、対象物は、アルカリ性を有する結合剤で結合された、コンクリート又はモルタルとすることができる。
【0015】
本発明の保護シートは、対象物の表面に配置され、紫外線に対して所定範囲の光吸収係数を有するとともに、所定範囲の酸素透過率を有する保護シートであって、ターゲット電極としての炭素原料電極にパルス電圧を印加することによって、基材上に、炭素原料電極の炭素原子をスパッタリングし、ダイヤモンドライクカーボン膜を形成した構成を有し、所定範囲の光吸収係数は5×104cm-1以上であり、所定範囲の酸素透過率は30cc/m2/day/atm以下であり、対象物は、アルカリ性を有する結合剤で結合された、コンクリート又はモルタルであることを特徴としている。
【0016】
本発明の保護シートにおいて、基材はポリエチレンテレフタレートを用いることができる。
【発明の効果】
【0017】
本発明によると、構造材料が外気にさらされることによって生じる、中性化、剥落等を効果的に防止可能な保護シートを提供することができる。また、長期間の紫外線への暴露に対して、保護シート自体の変退色、粉化、成分変化等が生じにくく、かつ、構造材料上へ効率的かつ簡便に配置することができる保護シートを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】(a)は本発明の実施形態に係る保護シートの製造装置(成膜装置)の概略構成を示す図、(b)は(a)とは別の実施形態に係る保護シートの製造装置(成膜装置)の概略構成を示す図である。
【
図2】本発明の実施形態に係る保護シートを対象物上に配置したときの状態を示す断面図である。
【
図3】炭素原料電極に与える平均電力(W)と成膜レート(nm/min)の関係を示すグラフである。
【
図4】波長325nmにおける光吸収係数(cm-1)と成膜レート(nm/min)の関係を示すグラフである。
【
図5】膜厚100nmのDLC膜について波長(nm)と光透過率(%)の関係を示すグラフである。
【
図6】Gバンドのピーク位置(単位cm-1、横軸)とGバンドのピーク半値幅(単位cm-1、縦軸)の関係を示すグラフである。
【
図7】実施例についてのラマンスペクトルを示すグラフである。
【
図8】分光エリプソメトリーによって測定したDLC膜の屈折率nと消衰係数κの関係を示すグラフである。
【
図9】DLC膜を形成していない基材のみのサンプルと、DLC膜を形成した実施例と、における平均電力(W)と酸素透過率(cc/m2/day/atm)との関係を示すグラフである。
【
図10】DLC膜を形成していない基材のみのサンプルと、DLC膜を形成した実施例と、における膜厚(nm)と酸素透過率(cc/m2/day/atm)との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0019】
<成膜装置>
以下、本発明の実施形態に係る保護シートの製造方法及び保護シートについて図面を参照しつつ詳しく説明する。まず、保護シートの製造装置としての成膜装置の構成について説明する。
図1(a)は、本実施形態に係る保護シートの製造装置としての成膜装置10の概略構成を示す図である。
【0020】
図1(a)に示すように、成膜装置10は、真空チャンバ11内に、ターゲット電極としての炭素原料電極12と金属基板15とが互いに平行になるよう配置され、さらに金属基板15上には、炭素原料電極12に対向するように、シート状の基材16が載置されている。基材16は、対象物S(
図2参照)の表面を確実に被覆できる、柔軟性と形態安定性を有する合成樹脂製のシート材であり、例えば、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリエチレン、ポリエステル、ポリイミドを用いる。
【0021】
対象物Sは、例えば、構造材料、特に、セメント、石灰その他のアルカリ性の結合剤によって結合させてなる、コンクリートやモルタルが挙げられる。また、長期間外光に晒されるものとして、例えば、建物の屋根や外壁、太陽光パネル、屋外サイネージも対象物Sに含まれる。さらにまた、飲食物のパッケージ等にも適用することができる。
【0022】
真空チャンバ11には、アルゴンガス(Arガス)が導入される導入口17と、真空チャンバ11内の空気を排出する排気口18とが設けられている。
【0023】
炭素原料電極12は、バッキングプレート13上に載置される。バッキングプレート13の背面には、複数の永久磁石14が所定の位置に、所定の磁極を向けてそれぞれ配置され、これらによって形成される磁場により、導入口17から導入されたアルゴンガスのアルゴン原子が炭素原料電極12に衝突する確率を高めることができ、基材16上に炭素原子を付着させるスピードを高めることができる。
【0024】
炭素原料電極12には、パルス電源19からパルス電圧が印加され、金属基板15には直流電源20から負のバイアス電圧がかけられる。
【0025】
<製造工程>
以上の構成の成膜装置10では、真空ポンプ(不図示)によって排気口18から排気することで真空チャンバ11内を所定の圧力(真空到達時圧力)とした後に、導入口17から真空チャンバ11内にアルゴンガスを導入する。そして、炭素原料電極12に、パルス電源19からパルス電圧を印加すると、アルゴンガスが電離し、炭素原料電極12の近傍にプラズマが発生し、このプラズマによって、基材16上に、炭素原料電極12の炭素原料の炭素原子がスパッタされる。ここで、パルス電源19から高電圧のパルス電圧を印加することでプラズマの密度が高くなり、スパッタされた炭素原子もイオン化されやすくなる。そして、金属基板15に負バイアス電圧をかけることにより炭素イオンを引きつけ、炭素膜として堆積させることができる。このような工程によって、基材16上に炭素膜を形成した保護シート40(
図2参照)が製造される。
【0026】
図2は、保護シート40を対象物S上に配置したときの状態を示す、厚さ方向に切断した断面図である。
図2に示すように、製造された保護シート40は、対象物S上に配置される。
図2に示す保護シート40は、基材16上に炭素膜41が形成された構成を有し、接着等によって対象物S上に固定される。
【0027】
<ほかの実施形態>
図1(a)に示す成膜装置10に代えて、
図1(b)に示す成膜装置100を用いて保護シートを製造することもできる。
図1(b)は、
図1(a)とは別の実施形態に係る保護シートの製造装置としての成膜装置100の概略構成を示す図である。
図1(b)に示す成膜装置100では、
図1(a)の成膜装置10と同様に、真空チャンバ21に、アルゴンガスが導入される導入口27と、真空チャンバ21内の空気を排出する排気口28とが設けられ、さらに、真空チャンバ21内に、ターゲット電極としての炭素原料電極22がバッキングプレート23上に載置されている。バッキングプレート23の背面には、
図1(a)の成膜装置10と同様に、複数の永久磁石24が所定の位置に、隣り合う磁極が異なるようにそれぞれ配置されており、これによって形成される磁場により、導入口27から導入されたアルゴンガスのアルゴン原子が炭素原料電極22に衝突する確率を高めることができる。
【0028】
図1(b)に示す成膜装置100では、上記金属基板15に代わる金属製の円筒材25の外周面上にシート状の基材26が配置される。円筒材25は、その中心軸25aの回りを回転するように駆動装置31によって駆動される。円筒材25の中心軸25aはバッキングプレート23の面内方向と平行に延びており、円筒材25が駆動装置31によって回転することにより、基材26は円筒材25の周方向に沿って移動し、炭素原料電極22と対向する範囲が順次変わる。
【0029】
炭素原料電極22には、パルス電源29からパルス電圧が印加され、金属製の円筒材25には直流電源30から負のバイアス電圧がかけられる。
【0030】
図1(b)に示す成膜装置100では、導入口27から真空チャンバ21内にアルゴンガスが導入され、炭素原料電極22に、パルス電源29からパルス電圧が印加されると、アルゴンガスが電離し、炭素原料電極22の近傍にプラズマが発生し、このプラズマによって、基材26上に、炭素原料電極22の炭素原料の炭素原子がスパッタされる。パルス電源29からのパルス電圧の周波数やパルス幅に基づいて、駆動装置31によって、円筒材25の回転速度を制御しつつ回転させることで、基材26上に均一の厚さでスパッタすることができる。また、パルス電源29から高電圧のパルス電圧を印加することでプラズマの密度が高くなり、スパッタされた炭素原子もイオン化されやすくなり、円筒材25に負バイアス電圧をかけることにより炭素イオンを引きつけ、炭素膜41として堆積させることができる。このような工程によって、基材26上に炭素膜41を形成した保護シート40が製造される。
【0031】
図1(b)に示す成膜装置100では、
図1(a)に示す成膜装置10と同様に高真空状態で成膜できることに加え、円筒材25を熱容量の大きな構造にできることから、
図1(a)の成膜装置10の金属基板15と比べて放熱しやすくなっている。このため、基材26が高温になりにくいことから、印加する電力を大きくすることができるとともに、電力を大きくしてもクラックの発生は起こりづらく、基板26に対するDLC膜の密着性も確保することができる。
【0032】
<変形例>
図1(b)の成膜装置100に対して、基材26に代えて、破線で示す長尺状又はロール状の基材36を、真空チャンバ21の外部から導入して、円筒材25に掛け回し、炭素原料電極22によるスパッタリング終了後に、外部へ排出させるようにしてもよい。この場合、基材36は、少なくとも炭素原料電極22と対向する範囲で円筒材25に掛け回されており、円筒材25を回転させることにより順に搬送されるため、基材36上に炭素原子が均一の厚さでスパッタされる。これにより、長尺の基材36上に炭素膜が形成された、サイズの大きな保護シートを効率良く製造することができる。
【0033】
<成膜条件>
基材16、26上に炭素膜を形成する成膜条件は次のとおりであり、この条件で成膜することにより、炭素膜(炭素被膜)として、高い紫外線遮蔽性と高いガスバリア性を有するダイヤモンドライクカーボン膜を、高い成膜速度で形成することができる(パルススパッタリング法)。
なお、以下の説明において、ダイヤモンドライクカーボン膜をDLC膜と称することがある。
【0034】
真空チャンバ内の真空到達時圧力:1.0×10-3Pa~3.0×10-2Pa
炭素原料電極12、22と基材16、26との距離(最短距離)(T-S距離):50~110mm
アルゴンガス流量:40sccm~200sccm
アルゴンガス圧力:0.38Pa~3.5Pa
ここで、単位sccmとSI単位の関係は次の通りである。
1sccm=1.667×10-8m3/s
【0035】
真空到達時圧力は、7.0×10-3Pa以下とすると、sp2結合がより高密度となり、水素含有量がより少なくなるため、紫外線遮蔽性がさらに高まることからより好ましい。
【0036】
パルス電圧の周波数:1kHz~15kHz
パルス電圧(Target電圧):600V~1000V
パルス電圧のパルス幅:4μs~320μs
バイアス電圧(Substrate電圧):0以下
成膜時間:3~90分(パルス電圧の印加時間)
パルス電圧の1秒当たりの平均電力(W):69W~2902W
【0037】
(実施例)
以下、実施例1、2、3について説明する。表1は実施例1(実施例1-1~1-10、Type1)におけるDLC膜の成膜条件とDLC膜の特性の測定結果を示す表、表2と表3は、実施例2(実施例2-1~2-18、Type2)におけるDLC膜の成膜条件とDLC膜の特性の測定結果を示す表、表4は、実施例3(実施例3-1~3-10、Type3)におけるDLC膜の成膜条件とDLC膜の特性の測定結果を示す表である。
表1~表4において、未測定の項目については「-」で示している。
【0038】
【0039】
【0040】
【0041】
【0042】
表1~表4に示すように、各実施例では真空到達時圧力を次のように設定している。
実施例1(実施例1-1~1-10):1.0×10-2Pa~3.0×10-2Pa
実施例2(実施例2-1~2-18):1.0×10-3Pa~5.0×10-3Pa
実施例3(実施例3-1~3-10):4.0×10-3Pa~7.0×10-3Pa
【0043】
実施例1と実施例2は、
図1(a)に示す成膜装置10で成膜し、実施例3は
図1(b)に示す成膜装置100で成膜した。
【0044】
基材16、26として厚さ125μmのPET基板を用い、このPET基板上にDLC膜を形成した。このPET基板は、東レ株式会社製のルミラー(登録商標)のX10S(品番)である。このPET基板は、単体で、波長325nmにおける光透過率が36.668%であった。
【0045】
表1~表4における略語等の定義、意義は次のとおりである。
「周波数」、「パルス幅」、「duty比」、「Target電圧」:炭素原料電極12、22に印加するパルス電圧についての数値である。
「Substrate電圧」:金属基板15、円筒材25に印加するバイアス電圧
「Average[膜厚]」:DLC膜の3回の膜厚測定の平均値
「STDEV[膜厚]」:DLC膜の3回の膜厚測定における標準偏差
「Ave I(D)/I(G)」:ラマン分光法によるDLC膜の膜構造分析におけるDバンド(1350cm-1付近)とGバンド(1600cm-1付近)のピーク強度比
「Ave position(G)」:ラマン分光法によるDLC膜の膜構造分析におけるGバンドのピーク位置(cm-1)
「Ave FWHM(G)」:ラマン分光法によるDLC膜の膜構造分析におけるGバンドのピーク半値幅(cm-1)
【0046】
DLC膜の特性の測定方法は次のとおりである。
(1)紫外線遮蔽性(光吸収係数、光透過率):紫外・可視分光法
測定はダブルビーム方式の装置(株式会社島津製作所製、UV-3600(型番))を用い、参照側に、DLC膜を成膜していないPET基板を配置し、試料側に、PET基板上にDLC膜を成膜した保護シートを配置した。ハーフミラー等によって検査光を分岐させて参照側と試料側に入射させ、それぞれにおける測定結果に基づいて、DLC膜単体の紫外線遮蔽性を分析した。
(2)成膜速度:針触式段差計
測定は、ブルカーコーポレーション社製(ブルカージャパン株式会社)、DektakXT(型番)を用いて行った。
(3)ガスバリア性(酸素透過率):等圧法(モコン法)
測定は、等圧法(モコン法)として、MOCON社製、OX-TRAN(商品名)を用いてDLC膜の酸素透過率(cc/m2/day/atm)を測定した。なお、DLC膜の基板には、厚さ125μmのPETを用いた。測定環境は、室温37℃、相対湿度70%RHである。酸素透過率測定ではベースライン補正に60分、測定時間60分で1サイクルとした。測定値が安定した状態での測定値を酸素透過率として用いた。
(4)膜表面観察:レーザー顕微鏡
測定は、株式会社キーエンス製、VK-X1000(型番)を用いた。
(5)膜構造解析:ラマン分光法
測定には、RENISHAW社製、InVia(商品名)を用いてシリコン上に成膜したDLC膜に波長532nmのレーザー光を3秒間、10回の計30秒間照射して行った。
【0047】
図3は、炭素原料電極12(ターゲット電極)に与える平均電力(W)と成膜レート(nm/min)の関係を示すグラフである。
図4は、波長325nmにおける光吸収係数(cm-1)と成膜レート(nm/min)の関係を示すグラフである。
図5は、膜厚100nmのDLC膜について波長(nm)と光透過率(%)の関係を示すグラフである。
図6は、Gバンドのピーク位置(単位cm-1、横軸)とGバンドのピーク半値幅(単位cm-1、縦軸)の関係を示すグラフである。
図7は、ラマン分光による膜構造分析として、ラマンスペクトル(横軸:ラマンシフト(cm-1)、縦軸:任意強度(散乱光強度))を示すグラフである。
図8は、分光エリプソメトリーによって測定したDLC膜の屈折率nと消衰係数κの関係を示すグラフである。
図9は、DLC膜を形成していない基材のみのサンプル(「未成膜」)と、DLC膜を形成した実施例(実施例3)と、における平均電力(W)と酸素透過率(cc/m2/day/atm)との関係を示すグラフである。
図10は、DLC膜を形成していない基材のみのサンプル(「未成膜」)と、DLC膜を形成した実施例(実施例2)と、における膜厚(nm)と酸素透過率(cc/m2/day/atm)との関係を示すグラフである。
【0048】
ここで、酸素透過率の単位cc/m2/day/atmとSI単位との関係は次の通りである。
1cc/m2/day/atm=9.87ml/m2/day/Mpa
【0049】
図3に示すように、実施例1(Type1)、実施例2(Type2)、及び、実施例3(Type3)のいずれにおいても、炭素原料電極12(ターゲット電極)に与える平均電力と成膜レートとの間には、線形関係が成立することが分かる。したがって、成膜速度を高めるためには、印加する平均電力を大きくすれば良いことが分かる。
【0050】
図4に示すように、波長325nm(紫外線領域)における光吸収係数は、各実施例において次の範囲に分布しており、紫外線遮蔽性に優れることが分かる。
実施例1(Type1):5.6×104~1.8×105cm-1
実施例2(Type2):2.5×105~3.9×105cm-1
実施例3(Type3):1.8×105~2.9×105cm-1
これらの結果から、紫外線の遮蔽性としては、実施例2が最も高く、実施例1が最も低いことが分かった。実施例3においては、2043W、2902Wという高い電力を与えることによって、高い紫外線遮蔽性と高い成膜レートを同時に実現できることが分かる。
【0051】
実施例1~3の光吸収係数は、5.0×104cm-1以上であるため、対象物S上に配置すると外光に含まれる紫外線を十分に遮蔽することができることから、対象物Sとして例えばコンクリートやモルタルを用いた場合に、変退色、粉化(白亜化)、分解などの成分変化等の劣化を抑えることができる。さらに、実施例2、3のように、1.8×105cm-1以上の光吸収係数とすると、紫外線遮蔽による劣化を抑える効果がいっそう高くなる。またさらに、実施例3で印加する平均電力が2000Wを超える場合や、実施例2のように、2.5×105cm-1以上とすると上記効果をよりいっそう高めることができるため好ましい。
【0052】
図5においては、パルススパッタリング法で成膜した実施例の測定結果のほか、高周波プラズマCVD法(PE-CVD)を用いて合成したDLC膜の測定結果も示している。実施例については、具体的には次のサンプルの測定結果を示している。
「Type1(483W):実施例1-1(平均電力483.9W)
「Type2(440W)」:実施例2-11(平均電力440.5W)
「Type3(255W)」:実施例3-5(平均電力255.8W)
「Type3(2902W)」:実施例3-8(平均電力2902.0W)
なお、
図5においては、Lambert-Beerの法則により膜厚を100nmに補正した場合の光透過率を示している。
【0053】
図5から分かるように、パルススパッタリング法によるDLC膜は、PE-CVD法のDLC膜と比べ、紫外線遮蔽性(UV領域の遮蔽性)に優れている。また、実施例2と実施例3の方が、実施例1よりも、紫外線遮蔽性が優れており、成膜条件により光透過率に違いがあることも分かる。
【0054】
また、
図5から分かるように、実施例1~3においては、高い紫外線遮蔽性を発揮する一方で、可視領域については光透過性を有している。このため、保護シートが配置された対象物Sへの可視光の入射、又は、対象物Sからの可視領域の反射光や出射光を遮ることなく、紫外線領域の入射を遮ることができる。よって、例えば、対象物Sが建物やパッケージである場合にはその外観を損ねることがなく、太陽光パネルの場合はパネルへの光の入射を妨げることがなく、屋外サイネージの場合は表示内容の視認性を低下させることなく、紫外線によるダメージを防止することができる。また、高いガスバリア性も有するため、対象物Sの劣化を抑えることも可能となる。
【0055】
図6において、Gピーク位置が大きくなるほどグラファイト状の膜となり、sp2結合/sp3結合の比が大きくなり、sp2結合の割合が大きな膜になる。実施例1~3では、sp2結合の割合が大きな範囲に分布しており、DLC膜として高い紫外線遮蔽性を発揮する。
【0056】
実施例3において、平均電力162.0Wの実施例3-4ではGピーク位置(
図6のAve position(G))が1546.2cm-1であるのに対し、平均電力がより大きな、実施例3-8(平均電力2902.0W)や実施例3-9(平均電力2043.9W)では、Gピーク位置がそれぞれ、1560.0cm-1、1567.2cm-1となっている。この違いは、まず、電力が大きいほど成膜時の温度が上昇することに起因すると考えられる。さらには、電力が大きいほど、プラズマ密度が上昇し、炭素原料電極12からの炭素原子(スパッタカーボン)の持つエネルギーが上昇することで、sp2結合が形成されやすくなると考えられる。
【0057】
図7に示す各実施例は
図5に示す各実施例にそれぞれ対応する。
図7によれば、実施例1は、ラマンスペクトルのベースライン(細破線)の勾配が大きいことから、水素を比較的多く含む膜であると考えられる。これに対して、実施例2、3はベースラインの勾配が小さく、強度も小さくなっており、水素をほとんど含まない膜であると考えられ、sp2結合を高密度に含むことで高い紫外線遮蔽性を発揮しうると考えられる。
【0058】
図8に示すように、実施例1(Type1)は、実施例2(Type2)と比較して、屈折率n・消衰係数κともに小さい範囲で分布している。実施例3(Type3)では、平均電力の大きなサンプル(平均電力847.5W以上)では消費係数が0.55以上と大きくなっており入射光の減衰が大きくなっている。一方、平均電力の小さなサンプル(平均電力390.8W以下)では消費係数が0.15以下と小さくなっており、平均電力の大きなサンプルと比べて、入射光の減衰はやや小さくなっている。
【0059】
図9において、「未成膜」と表示されたのは実施例3の条件下でDLC膜を成膜していないPET基板についての測定結果である。「未成膜」以外の実施例については、具体的には次のサンプルの測定結果を示している。
「847W」:実施例3-10(平均電力847.5W)
「2043W」:実施例3-9(平均電力2043.9W)
「2902W」:実施例3-8(平均電力2902.0W)
【0060】
図9によれば、未成膜のサンプルに比べて、パルススパッタリング法で成膜した各実施例においては、酸素透過率が大幅に小さく、3%未満に抑えることができており、DLC膜によって高いガスバリア性が得られることが分かる。
【0061】
図10において、「未成膜」と表示されたのは実施例2の条件下でDLC膜を成膜していないPET基板についての測定結果である。「未成膜」以外の実施例については、具体的には次のサンプルの測定結果を示している。
「100nm」:実施例2-4(平均膜厚100.8nm)と同じ条件で成膜した実施例2-15(推定膜厚100nm)における測定結果
「50nm」:実施例2-4の半分の成膜時間(実施例2-5と同じ条件)で成膜した実施例2-16(推定膜厚50nm)における測定結果
「25nm」:実施例2-5の半分の成膜時間で成膜した実施例2-17(推定膜厚25nm)における測定結果
図10によれば、未成膜のサンプルに比べて、各実施例においては酸素透過率が小さくなっていることが分かる。
【0062】
図10においては、DLC膜を成膜していないサンプルに対して、DLC膜を形成することによって、30cc/m2/day/atm以下の酸素透過率を実現しており、未成膜のサンプルよりもガスバリア性が高くなっている。したがって、保護シート40の対象物Sを、例えばコンクリートやモルタルにした場合に、二酸化炭素等の外気が保護シートを通過してコンクリート等に到達する量を低下させることができるため、中性化等の不具合の発生を抑えることができる。
図9に示す、パルススパッタリング法によるDLC膜では、酸素透過率をさらに低下させ、3cc/m2/day/atm以下にできるため、ガスバリア性をいっそう高めており、対象物Sの耐久性をさらに高めることが可能となっている。
【0063】
以上の結果から、実施例1~3は、少なくとも波長325nmにおいて光吸収係数5×104cm-1以上を実現しており、保護シート40を配置した対象物Sへの紫外線を遮蔽することができる(
図4参照)。さらに、大電力を用いたパルススパッタリング法で成膜した、実施例3-8と実施例3-9においては、それぞれ、波長325nmにおける光透過率が3.346%、2.041%と低くなっており、かつ、酸素透過率が3cc/m2/day/atm以下に抑えられており、さらに、成膜レートがそれぞれ58.2nm/min、49.6nm/minという高い数値になっている。したがって、これら実施例3-8と実施例3-9においては、紫外線遮蔽性、ガスバリア性、及び、成膜速度のすべてにおいて高いレベルを実現しており、高速で成膜することができ、かつ、ガスバリア性と紫外線遮蔽性を非常に高いレベルで実現した保護シートを提供することを可能としている。
本発明について上記実施形態を参照しつつ説明したが、本発明は上記実施形態に限定されるものではなく、改良の目的または本発明の思想の範囲内において改良または変更が可能である。
【符号の説明】
【0064】
10、100 成膜装置
11、21 真空チャンバ
12、22 炭素原料電極(ターゲット電極)
13、23 バッキングプレート
14、24 永久磁石
15 金属基板
16、26 基材
17、27 導入口
18、28 排気口
19、29 パルス電源
20、30 直流電源
25 円筒材
25a 中心軸
31 駆動装置
36 長尺状又はロール状の基材
40 保護シート
41 炭素膜