(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024107436
(43)【公開日】2024-08-08
(54)【発明の名称】ステントの製造方法およびステント
(51)【国際特許分類】
A61F 2/915 20130101AFI20240801BHJP
【FI】
A61F2/915
【審査請求】有
【請求項の数】13
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024096425
(22)【出願日】2024-06-14
(62)【分割の表示】P 2021025065の分割
【原出願日】2021-02-19
(71)【出願人】
【識別番号】000109543
【氏名又は名称】テルモ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000671
【氏名又は名称】IBC一番町弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】海田 翔平
(72)【発明者】
【氏名】熊澤 隆
(72)【発明者】
【氏名】上田 亮輔
(72)【発明者】
【氏名】河本 有真
(72)【発明者】
【氏名】西ヶ谷 瑛里香
(57)【要約】
【課題】薬剤コート層の剥がれを抑制しつつ、薬効を好適に発揮できるステントの製造方法およびステントを提供する。
【解決手段】ステント10の製造方法は、ステントモデル10Mの微小要素の応力ひずみを数値解析する解析工程S01と、ステントモデルの径方向外側の縁線を含む微小要素における最小主ひずみの方向が縁線に沿う方向と同一であって、隣接する微小要素におけるそれぞれの主ひずみの最小値が連続して-0.3%以下となる圧縮領域を特定する特定工程S02と、特定工程において特定した圧縮領域における圧縮長さが0.041mm以上である高圧縮領域および0.041mm未満である低圧縮領域を算出する算出工程S03と、ステント本体に対して、高圧縮領域に相当する領域を包含する非コート領域には薬剤を塗布せず、低圧縮領域に相当する領域を包含するコート領域には薬剤を塗布する塗布工程S04と、を有する。
【選択図】
図10
【特許請求の範囲】
【請求項1】
径方向に拡張および収縮が可能な円筒形状のステント本体と、前記ステント本体の表面の一部に形成された薬剤コート層と、を有するとともに、パイプの一部を除去することによって形成されるステントの製造方法であって、
前記ステント本体と等価な寸法およびデザインのデータを有するステントモデルを複数の微小要素に分割して、前記ステントモデルに対して、前記パイプの外径からクリンプ径まで収縮する収縮挙動、および前記クリンプ径から拡張限界径まで拡張する拡張挙動をシミュレートして、前記拡張限界径の状態における前記微小要素の応力ひずみを数値解析する解析工程と、
前記ステントモデルの径方向外側の縁線を含む前記微小要素における最小主ひずみの方向が前記縁線に沿う方向と同一であって、隣接する前記微小要素におけるそれぞれの主ひずみの最小値が連続して負の所定の閾値以下となる圧縮領域を特定する特定工程と、を有するステントの製造方法。
【請求項2】
前記特定工程において特定した前記圧縮領域における圧縮長さが所定の閾値以上である高圧縮領域および前記所定の閾値未満である低圧縮領域を算出する算出工程と、
前記ステント本体に対して、前記高圧縮領域に相当する領域を包含する非コート領域には薬剤を塗布せず、前記低圧縮領域に相当する領域を包含するコート領域には前記薬剤を塗布することによって、前記薬剤コート層を形成する塗布工程と、をさらに有する、請求項1に記載のステントの製造方法。
【請求項3】
前記塗布工程において、前記ステントの表面上の、線幅と直交する方向である延在方向において、前記非コート領域の一端に接する一の前記コート領域、および前記非コート領域の他端に接する他の前記コート領域が互いに分離するように、前記薬剤を塗布する、請求項2に記載のステントの製造方法。
【請求項4】
前記塗布工程において、前記高圧縮領域に相当する領域の端部の位置の近傍を起点として、前記コート領域に前記薬剤を塗布する、請求項2または3に記載のステントの製造方法。
【請求項5】
前記ステントは、線状部および湾曲部が交互に連なり環状に形成された複数の環状体と、隣接する前記環状体を前記湾曲部の外湾側同士で接続したリンク部と、を有し、前記塗布工程において、前記リンク部に接続されない前記湾曲部には前記薬剤を塗布しない、請求項2~4のいずれか1項に記載のステントの製造方法。
【請求項6】
前記塗布工程において前記ステント本体の前記径方向の外側の外表面側にのみ前記コート領域を形成するように前記薬剤を塗布する、請求項2~5のいずれか1項に記載のステントの製造方法。
【請求項7】
前記塗布工程において、前記非コート領域に向かって厚さが漸減するように、前記コート領域に前記薬剤を塗布する、請求項2~6のいずれか1項に記載のステントの製造方法。
【請求項8】
径方向に拡張および収縮が可能な円筒形状のステント本体と、前記ステント本体の表面の一部に形成された薬剤コート層と、を有するとともに、パイプの一部を除去することによって形成されるステントであって、
前記ステント本体と等価な寸法およびデザインのデータを有するステントモデルを複数の微小要素に分割して、前記ステントモデルに対して、前記パイプの外径からクリンプ径まで収縮する収縮挙動、および前記クリンプ径から拡張限界径まで拡張する拡張挙動をシミュレートして、前記拡張限界径の状態における前記微小要素の応力ひずみを数値解析し、
前記ステントモデルの径方向外側の縁線を含む前記微小要素における最小主ひずみの方向が前記縁線に沿う方向と同一であって、隣接する前記微小要素におけるそれぞれの主ひずみの最小値が連続して負の所定の閾値以下となる圧縮領域を特定し、
特定された前記圧縮領域における圧縮長さが所定の閾値以上である高圧縮領域および前記所定の閾値未満である低圧縮領域を算出した際に、
前記ステント本体に対して、前記高圧縮領域に相当する領域を包含する非コート領域には、薬剤が塗布されず、前記低圧縮領域に相当する領域を包含するコート領域には、前記薬剤が塗布されたステント。
【請求項9】
線幅と直交する方向である延在方向において、前記非コート領域の一端に接する一の前記コート領域、および前記非コート領域の他端に接する他の前記コート領域が互いに分離するように、前記薬剤が塗布された、請求項8に記載のステント。
【請求項10】
前記高圧縮領域に相当する領域の端部の位置の近傍を起点として、前記コート領域に前記薬剤が塗布された、請求項8または9に記載のステント。
【請求項11】
線状部および湾曲部が交互に連なり環状に形成された複数の環状体と、隣接する前記環状体を前記湾曲部の外湾側同士で接続したリンク部と、を有し、前記リンク部に接続されない前記湾曲部には前記薬剤が塗布されない、請求項8~10のいずれか1項に記載のステント。
【請求項12】
前記ステント本体の前記径方向の外側の外表面側にのみ前記コート領域を形成するように前記薬剤が塗布された、請求項8~11のいずれか1項に記載のステント。
【請求項13】
前記非コート領域に向かって厚さが漸減するように、前記コート領域に前記薬剤が塗布された、請求項8~12のいずれか1項に記載のステント。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ステントの製造方法およびステントに関する。
【背景技術】
【0002】
ステントは、例えば、心筋梗塞あるいは狭心症に用いられる経皮的冠状動脈血管形成術(PTCA:Percutaneous Transluminal Coronary Angioplasty、PCI:Percutaneous Coronary Intervention)において再狭窄防止のために適用される。
【0003】
このようなステントとして、血管壁に接触する外表面側に、血管平滑筋細胞の遊走および増殖を抑制する薬剤を被覆し、当該薬剤をステント留置後に溶出させて再狭窄を防止する薬剤溶出性ステント(DES:Drug Eluting Stent)の開発が行われている。
【0004】
ところが、薬剤溶出性ステントを管腔内に留置するには、一旦ステントを縮径した状態で管腔内の目的部位に到達させた後、ステントを拡張して留置するため、湾曲部やリンク部などの拡張および収縮に伴い応力集中が起きる場所にコーティングされている薬剤コート層が、ステントの拡張および収縮に伴って環状体の表面から脱落するという問題が生じる。
【0005】
これに関連して、例えば下記の特許文献1には、薬剤コート層の剥がれを防止するために、湾曲部およびリンク部を避けて薬剤コート層が形成されたステントが開示されている。一方、下記の特許文献2には、湾曲部のみを避けて薬剤コート層が形成されたステントが開示されている。このようなステントによれば、薬剤コート層の剥離耐性が向上する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】国際公開第2015/046168号
【特許文献2】国際公開第2011/040218号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
剥離耐性を向上させるためには、剥離のリスクがある領域には薬剤をコートすべきでないが、薬剤分布の均一性を向上させて薬効を向上させるためには、ステント全体をコートすべきである。2つの要求を満たすには、剥離を予想するためのパラメータと、剥離のリスクの有無が分離される規定値を設定し、パラメータの値が剥離のリスクのある値となる領域のみ薬剤コートを避けることが望ましい。しかしながら、従来技術においては、剥離を予想するためのパラメータが確立していなかったため、薬剤を塗布すべきである薬剤剥離のリスクが低い領域に薬剤をコートしていない可能性、および薬剤を塗布すべきでない薬剤剥離のリスクが高い領域に薬剤をコートしている可能性があった。
【0008】
本発明は、上記の課題を解決するためになされたものであり、剥離を予想するためのパラメータと、剥離のリスクの有無が分離される規定値を設定し、パラメータが高い値となる剥離のリスクが高い領域では薬剤コートを避けることで、薬剤コート層の剥がれを抑制しつつ、パラメータが低い値となる剥離のリスクが低い領域では薬剤コートをすることで、薬剤搭載量の過度の減少を防止して薬効を好適に発揮できるステントの製造方法およびステントを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意検討を行った。その結果、薬剤コートの剥離の起点は、拡張および収縮でステントが大きく圧縮される場所であり、薬剤コートの圧縮がステントの圧縮に追従できないことにより、薬剤コートが剥離し始めることを見出した。そして、ある領域内に圧縮ひずみが発生する場合、剥離しやすさは、領域内の局所的な圧縮ひずみの大きさより、領域内の圧縮長さに影響されることを見出した。これは、ステント表面の微細な凹凸や付着物の存在により、薬剤コートの剥離しやすさが圧縮領域内でバラついており、圧縮長さを解析する領域が長いほどバラつきの影響が小さくなるためと考えられる。そして、以下のステントの製造方法およびステントによれば、上記課題が解決されうることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0010】
上記目的を達成するステントの製造方法は、径方向に拡張および収縮が可能な円筒形状のステント本体と、前記ステント本体の表面の一部に形成された薬剤コート層と、を有するとともに、パイプの一部を除去することによって形成されるステントの製造方法である。ステントの製造方法は、前記ステント本体と等価な寸法およびデザインのデータを有するステントモデルを複数の微小要素に分割して、前記ステントモデルに対して、前記パイプの外径からクリンプ径まで収縮する収縮挙動、および前記クリンプ径から拡張限界径まで拡張する拡張挙動をシミュレートして、前記拡張限界径の状態における前記微小要素の応力ひずみを数値解析する解析工程と、前記ステントモデルの径方向外側の縁線を含む前記微小要素における最小主ひずみの方向が前記縁線に沿う方向と同一であって、隣接する前記微小要素におけるそれぞれの主ひずみの最小値が連続して負の所定の閾値以下となる圧縮領域を特定する特定工程と、を有する。
【0011】
上記目的を達成するステントは、径方向に拡張および収縮が可能な円筒形状のステント本体と、前記ステント本体の表面の一部に形成された薬剤コート層と、を有するとともに、パイプの一部を除去することによって形成されるステントである。ステントは、前記薬剤コート層を除いた前記ステントと等価な寸法およびデザインのデータを有するステントモデルを複数の微小要素に分割して、前記ステントモデルに対して、前記パイプの外径からクリンプ径まで収縮する収縮挙動、および前記クリンプ径から拡張限界径まで拡張する拡張挙動をシミュレートして、前記拡張限界径の状態における前記微小要素の応力ひずみを数値解析し、前記ステントモデルの径方向外側の縁線を含む前記微小要素における最小主ひずみの方向が前記縁線に沿う方向と同一であって、隣接する前記微小要素におけるそれぞれの主ひずみの最小値が連続して負の所定の閾値以下となる圧縮領域を特定し、特定された前記圧縮領域における圧縮長さが所定の閾値以上である高圧縮領域および前記所定の閾値未満である低圧縮領域を算出した際に、前記ステント本体に対して、前記高圧縮領域に相当する領域を包含する非コート領域には、薬剤が塗布されず、前記低圧縮領域に相当する領域を包含するコート領域には、前記薬剤が塗布されたステントである。
【発明の効果】
【0012】
上記の製造方法および上記の製造方法によって製造されたステントによれば、ステントの特定の領域ごとの薬剤コート層の剥離のリスクを定量的に評価して、剥離のリスクの高い領域を非コート領域とすることによって、薬剤コート層の剥がれが抑制されつつ、剥離のリスクの低い領域をコート領域とすることによって、薬剤搭載量の過度の減少が防止されて薬効が好適に発揮される。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】本発明の実施形態に係るステントが適用されるステントデリバリーシステムを説明するための概略図である。
【
図2】本実施形態に係るステントを示す平面図である。
【
図3】本実施形態に係るステントを示す部分拡大図である。
【
図4】本実施形態に係るステントのコート領域および非コート領域を示す平面図である。
【
図5】本実施形態に係るステントの湾曲部近傍を示す平面図である。
【
図6】本実施形態に係るステントの湾曲部近傍を示す平面図である。
【
図7】本実施形態に係るステントの湾曲部近傍を示す平面図である。
【
図10】本実施形態に係るステントの製造方法を示すフローチャートである。
【
図11】本実施形態に係るステントの製造方法の解析工程において、ステントモデルの所定の領域を複数の微小要素に分割する様子を示す概略図である。
【
図12】本実施形態に係るステントの製造方法の特定工程において、圧縮領域と特定された5か所の領域を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の実施の形態を、図面を参照しつつ説明する。なお、図面の寸法比率は、説明の都合上誇張されており、実際の比率とは異なる場合がある。
【0015】
図1は、本発明の実施形態に係るステント10が適用されるステントデリバリーシステム100を説明するための概略図である。
【0016】
本発明の実施形態に係るステント10は、外表面側に薬剤を含む薬剤コート層が形成された薬剤溶出性ステント(DES)からなる。ステント10は、狭窄部の内面に密着させて留置されることで管腔を保持する生体内留置物として機能する。ステント10は、例えば、
図1に示すように、ステントデリバリーシステム100に適用され、再狭窄防止を目的とした治療に利用される。
【0017】
本実施形態において、ステントデリバリーシステム100は、ハブ110と、シャフト140と、バルーン130と、ステント10と、を有する。
【0018】
ハブ110は、
図1に示すように、バルーン130を拡張させる装置を連結するためのルアーテーパーが形成された開口部112を有する。
【0019】
シャフト140は、外管シャフトと、内管シャフトと、ガイドワイヤーポート152と、を有する。
図1に示すステントデリバリーシステム100は、ガイドワイヤーポート152がシャフト140の中間にあり、
図1に示すステントデリバリーシステム100は、ガイドワイヤー150がシャフト140の先端から中間まで通過する、ラピッドエクスチェンジ(RX)タイプである。
【0020】
バルーン130は、外周にステント10が配置され、折り畳まれた状態(あるいは収縮された状態)で配置される。バルーン130は、ハブ110の開口部112から導入されるバルーン拡張流体によって拡張される。
【0021】
ステントデリバリーシステムは、ラピッドエクスチェンジタイプに限定されず、ガイドワイヤーがステントデリバリーシステムの全長を通過する、オーバーザワイヤ(OTW)タイプに適用することも可能である。また、ステントデリバリーシステムは、心臓の冠動脈に生じた狭窄部に適用する形態に限定されず、その他の血管、胆管、気管、食道、尿道等に生じた狭窄部に適用することも可能である。
【0022】
本実施形態に係るステントデリバリーシステム100によるステント10の留置は、例えば、以下のように実施される。
【0023】
まず、ステントデリバリーシステム100の先端部を、患者の管腔に挿入し、シャフト140の開口部142から突出させたガイドワイヤー150を先行させながら、目的部位である狭窄部に位置決めする。そして、ハブ110の開口部112からバルーン拡張流体を導入して、バルーン130を拡張させて、ステント10の拡張および塑性変形を引き起こし、狭窄部に密着させる。
【0024】
その後、バルーン130を減圧して収縮させることにより、ステント10とバルーン130との係合を解除し、ステント10をバルーン130から分離する。これにより、ステント10は狭窄部に留置される。そして、ステント10が分離されたステントデリバリーシステム100は、後退させられ、管腔から取り除かれる。
【0025】
次に、
図2~
図9を参照して、ステント10の構成について詳述する。
【0026】
図2は、本実施形態に係るステント10を示す平面図である。
図3は、本実施形態に係るステント10を示す部分拡大図である。
図4は、本実施形態に係るステント10の薬剤コート層CLが形成されるコート領域および薬剤コート層CLが形成されない非コート領域を示す平面図である。
図5は、本実施形態に係るステント10の湾曲部24近傍を示す平面図である。
図6は、本実施形態に係るステント10の湾曲部28近傍を示す平面図である。
図7は、本実施形態に係るステント10の湾曲部29近傍を示す平面図である。
図8は、
図5の8-8線に沿う断面図である。
図9は、
図5の9-9線に沿う断面図である。
【0027】
ステント10は、
図2、
図3に示すように、軸方向D1に沿って複数設けられる環状体20と、軸方向D1に沿って隣接する環状体20同士を接続するリンク部30と、を有する。ステント10の所定の位置には、
図4に示すように、薬剤コート層CLが形成されている。以下の説明において、薬剤コート層CLが形成される前のステント10をステント本体10Aと称する場合がある。本実施形態に係るステント本体10Aは、パイプ(不図示)の一部を除去することによって形成される。
【0028】
ステント本体10Aは、生体適合性を有する材料から構成される。生体適合性を有する材料は、例えば、鉄、チタン、アルミニウム、スズ、タンタルもしくはタンタル合金、プラチナもしくはプラチナ合金、金もしくは金合金、チタン合金、ニッケル-チタン合金、コバルトベース合金、コバルト-クロム合金、ステンレス鋼、亜鉛-タングステン合金、ニオブ合金等である。その他、ステント本体10Aを構成する材料は高分子材料でもよく、ポリ乳酸やポリカプロラクトンなどの生分解性を有する材料であってもよい。
【0029】
環状体20は、
図2、
図3に示すように、波状に折り返されつつ周方向D2に延在して、無端の環状形状を形作っている。環状体20は、
図3に示すように、線状部21、22、23と、線状部21、22同士を接続する湾曲部24と、線状部21、23同士を接続する湾曲部25と、線状部27と、線状部23、27同士を接続する湾曲部28と、線状部26、27同士を接続する湾曲部29と、を有するユニットが、軸方向D1に垂直な周方向に連続して形成される。
【0030】
ステント10は、
図4、
図5に示すように、湾曲部24の近傍において、ステント本体10Aの表面に薬剤コート層CLが形成された第1コート領域(コート領域に相当)51と、ステント本体10Aの表面に薬剤が被覆されていない第1非コート領域(非コート領域に相当)52と、を有する。第1非コート領域52は、ステント10内の湾曲部24の一部または全てに形成される。
【0031】
ここで、
図4に示すように、湾曲部24の中央部24Aから、線状部22上の第1コート領域51の端部までの長さ(塗り飛ばし距離)L1は、例えば、20~500μmであることが好ましく、40~280μmであることがより好ましい。また、湾曲部24の中央部24Aから、線状部21上の第1コート領域51の端部までの長さ(塗り飛ばし距離)L2は、例えば、20~500μmであることが好ましく、40~280μmであることがより好ましい。
【0032】
ステント10は、
図4、
図6に示すように、湾曲部28の近傍において、環状体20の表面に薬剤コート層CLが形成された第2コート領域(コート領域に相当)61と、環状体20の表面に薬剤が被覆されていない第2非コート領域(非コート領域に相当)62と、を有する。第2非コート領域62は、ステント10内の湾曲部28の一部または全てに形成される。
【0033】
ここで、
図4に示すように、湾曲部28の中央部28Aから、線状部27上の第2コート領域61の端部までの長さ(塗り飛ばし距離)L3は、例えば、20~500μmであることが好ましく、50~290μmであることがより好ましい。また、湾曲部28の中央部28Aから、線状部23上の第2コート領域61の端部までの長さ(塗り飛ばし距離)L4は、例えば、20~500μmであることが好ましく、50~290μmであることがより好ましい。
【0034】
ステント10は、
図4、
図7に示すように、湾曲部29の近傍において、環状体20の表面に薬剤コート層CLが形成された第3コート領域(コート領域に相当)71と、環状体20の表面に薬剤が被覆されていない第3非コート領域(非コート領域に相当)72と、を有する。第3非コート領域72は、ステント10内の湾曲部29の一部または全てに形成される。
【0035】
ここで、
図4に示すように、湾曲部29の中央部29Aから、線状部26上の第3コート領域71の端部までの長さ(塗り飛ばし距離)L5は、例えば、20~500μmであることが好ましく、40~280μmであることがより好ましい。また、湾曲部29の中央部29Aから、線状部27上の第3コート領域71の端部までの長さ(塗り飛ばし距離)L6は、例えば、20~500μmであることが好ましく、40~280μmであることがより好ましい。なお、
図7の線状部27上の第3コート領域71は、
図6の線状部27上の第2コート領域61と同じ領域を示している。
【0036】
ステント本体10Aの外側表面に被覆される薬剤は、ポリマーに担持されて薬剤コート層CLを構成していてもよい。薬剤コート層CLがポリマーに担持される場合、生体内にステント10を留置した後、薬剤は徐々に放出されるため、薬効が長期にわたり持続し、ステント留置部での再狭窄が確実に防止される。また、ポリマーが残存すると炎症反応が起きる可能性があるため、ポリマーは生分解性ポリマーであることが好ましい。
【0037】
薬剤コート層CLがポリマーに担持される場合、薬剤およびポリマーが溶媒に溶解されて調製された塗布液をステント本体10Aに塗布することによって形成されている。
【0038】
ステント本体10Aの外側表面に被覆される薬剤(生理活性物質)は、例えば、抗癌剤、免疫抑制剤、抗生物質、抗リウマチ剤、抗血栓薬、HMG-CoA還元酵素阻害剤、ACE阻害剤、カルシウム拮抗剤、抗高脂血症薬、インテグリン阻害薬、抗アレルギー剤、抗酸化剤、GPIIbIIIa拮抗薬、レチノイド、フラボノイド、カロチノイド、脂質改善薬、DNA合成阻害剤、チロシンキナーゼ阻害剤、抗血小板薬、抗炎症薬、生体由来材料、インターフェロン、NO産生促進物質からなる群から選択される少なくとも1つの化合物である。
【0039】
生分解性ポリマーは、例えば、ポリエステル、脂肪族ポリエステル、ポリ酸無水物、ポリオルソエステル、ポリカーボネート、ポリホスファゼン、ポリリン酸エステル、ポリビニルアルコール、ポリペプチド、多糖、タンパク質、およびセルロースからなる群から選択される少なくとも1つの重合体、前記重合体を構成する単量体が任意に共重合されてなる共重合体、並びに前記重合体および/または前記共重合体の混合物である。脂肪族ポリエステルは、例えば、ポリ乳酸(PLA)、ポリグリコール酸(PGA)、乳酸-グリコール酸共重合体(PLGA)、ポリカプロラクトン(PCL)、乳酸とカプロラクトンの共重合体である。ここでは、乳酸とカプロラクトンの共重合体が好ましい。
【0040】
なお、ステント本体10Aと薬剤コート層CLの間に、ステント本体10A上の薬剤コート層CLの剥離しやすさのバラつきを低減するためのプライマー被覆層(不図示)が配置されていてもよい。プライマー被覆層の材料として、例えば、上記の薬剤コート層CLがポリマーに担持される場合の生分解性ポリマー材料が利用できる。
【0041】
本実施形態では、薬剤コート層CLは、ステント10の外表面側にのみ配置されている。すなわち、薬剤コート層CLは、ステント10の内表面側には設けられていない。
【0042】
この構成によれば、ステント10が血管内に留置された場合、内表面側にも薬剤コート層が設けられているステントと比較して、ステント10が早期に血管組織内に包み込まれる。
【0043】
なお、薬剤コート層CLが、ステント10の外表面側に加えて側面側または/および内表面側に設けられている構成も、本発明に含まれるものとする。
【0044】
第2コート領域61および第3コート領域71は、第1コート領域51と同様の構成であって、第2非コート領域62および第3非コート領域72は、第1非コート領域52と同様の構成であるため、以下では、第1コート領域51および第1非コート領域52の構成について説明する。
【0045】
第1コート領域51は、薬剤およびポリマーが溶媒に溶解されて調製された塗布液を重ね塗りすることによって形成されている。第1コート領域51において、薬剤コート層CLは、
図9に示すように、第1非コート領域52に向かって厚さが漸減するように構成された傾斜部51Tを有する。
【0046】
傾斜部51Tは、上層側のコート長が下層側のコート長より短くなるように重ね塗りすることによって形成される。このように傾斜部51Tが設けられることによって、傾斜部がない場合と比較して、薬剤コート層CLがより剥がれにくくなる。
【0047】
第1コート領域51における薬剤コート層CLの厚みT(
図8、
図9参照)は、例えば1~50μmであることが好ましく、2~30μmであることがより好ましい。
【0048】
次に、
図10~
図13を参照して、本実施形態に係るステント10の製造方法について説明する。
図10は、本実施形態に係るステント10の製造方法を示すフローチャートである。
図11は、本実施形態に係るステント10の製造方法の解析工程S01において、ステントモデル10Mの所定の領域を複数の微小要素に分割する様子を示す概略図である。
図12は、本実施形態に係るステント10の製造方法の特定工程S02において、圧縮領域と特定された5か所の領域を示す図である。
図13は、塗布装置90を示す概略図である。
【0049】
本実施形態に係るステント10の製造方法は、
図10に示すように、解析工程S01と、特定工程S02と、算出工程S03と、塗布工程S04と、を有する。以下、各工程について説明する。
【0050】
<解析工程S01>
解析工程S01では、まず、ステント本体10Aと等価な寸法およびデザインのデータを有するステントモデル10Mをモデリングする。
【0051】
そして、ステントモデル10Mを、
図11に示すように、ステント骨格の延在方向、線幅方向、厚さ方向のそれぞれに有限な大きさを有する多数の微小要素に分割する。
【0052】
そして、ステントモデル10Mに対して、ステントの材料であるパイプの外径からクリンプ径まで収縮する収縮挙動、およびクリンプ径から拡張限界径まで拡張する拡張挙動をシミュレートして、拡張限界径の状態における微小要素の応力ひずみを数値解析する。
【0053】
ここで、ステントの材料であるパイプの外径は、薬事申請書類やテクニカルドキュメントに記載される原材料情報より取得することができる。クリンプ径は、クリンプ後のステント本体10Aの外径であり、テクニカルドキュメントや薬事申請書類に記載される値、または複数の製品を実際に測定した際の平均値などを適宜用いることができる。拡張限界径は、有効性および安全性が担保される拡張径の限界値であり、添付文書やIFU(Instruction for Use)などに記載される情報より取得することができる。
【0054】
なお、以後、圧縮領域の圧縮長さを導出するが、これは圧縮領域内にある微小要素のそれぞれの圧縮長さの和を取ることで導出される。微小要素の圧縮長さは、微小要素が圧縮される方向の圧縮ひずみと要素長の積を取ればよい。微小要素が圧縮される方向の圧縮ひずみは、微小要素の主ひずみの最小値となって表れる。
【0055】
<特定工程S02>
特定工程S02では、ステントモデル10Mの径方向外側の縁線を含む微小要素における最小主ひずみの方向が、ステントモデル10Mの径方向外側の縁線に沿う方向と同一であって、隣接する微小要素におけるそれぞれの主ひずみの最小値が連続して-0.3%以下となる圧縮領域が特定される。例えば、湾曲部の場合、ステント拡張時の最小主ひずみの方向は湾曲部の外湾側の縁線に沿う方向となるため、圧縮領域は、径方向外側の表面で、外湾側の縁線を含む、連続する微小要素の群となる。
【0056】
<算出工程S03>
算出工程S03では、特定工程において特定した5つの圧縮領域における圧縮長さSが0.041mm以上である高圧縮領域および0.041mm未満である低圧縮領域が算出される。圧縮長さSの算出にあたり、
図11に示すように、圧縮領域内の微小要素iの縁線の要素長をXiとして、微小要素iの最小主ひずみをEiとする。このとき、圧縮長さSは、Ei×Xiを圧縮領域内の全ての微小要素で足し合わせることによって、算出される。
【0057】
<塗布工程S04>
塗布工程S04では、ステント本体10Aに対して、算出工程において算出されたステントモデル10Mの高圧縮領域に相当する領域を包含する非コート領域には薬剤を塗布せず、ステントモデル10Mの低圧縮領域に相当する領域を包含するコート領域のみに薬剤を塗布することによって、薬剤コート層CLを形成する。なお、ステント本体10A上の、ステントモデル10Mの高圧縮領域および低圧縮領域に相当する領域の範囲を示す絶対座標は、ステント本体10Aの製造時のバラつきにより、ステントモデル10Mの高圧縮領域および低圧縮領域の範囲を示す絶対座標と厳密には同じではない。一方、ステント本体10A上の、ステントモデル10Mの高圧縮領域および低圧縮領域に相当する領域の範囲を表す骨格の延在方向の長さは、ステントモデル10Mの高圧縮領域および低圧縮領域の範囲を表す骨格の延在方向の長さと同じである。この長さは、ステント本体10Aとステントモデル10Mのそれぞれの領域内の特定の位置から測定され、特に領域が湾曲部である場合は、
図4のL1~L6に示されるように、湾曲部の中央部から測定される。
【0058】
薬剤コート層CLの形成は、例えば、浸漬法、スプレー法、インクジェット法、ノズル噴射法など種々の方法を使用することができる。このうち、ノズル噴射法は、薬剤をノズルよりステント本体10Aの外表面に塗布する方法であり、本発明における薬剤コート層CLの形成に適している。以下では、ノズル噴射法により薬剤コート層CLを形成する方法を述べるが、国際公開第2015/046168号に開示されている方法と同様であるため、詳細な説明は省略する。
【0059】
ノズル噴射法では、
図13に示す塗布装置90を使用して、ステント本体10Aのコート領域に薬剤が塗布されて、薬剤コート層CLが形成される。塗布装置90は、
図13に示すように、ステント本体10Aを保持する保持部91と、保持部91を移動させる移動手段92と、ステント本体10Aの所定の位置に薬剤を塗布する塗布部93と、を有する。移動手段92、および塗布部93は、不図示の制御部によって制御され、移動手段92または塗布部93が、ステント本体10Aに対し、所定のパターンに沿って移動しながら、コート領域において塗布部93のノズル93Aから薬剤を吐出して、層状の薬剤コート層CLが形成される。
【0060】
薬剤コート層CLは、単層でも複数層でもよい。複数層の場合、既に形成された薬剤コート層の上から、さらに薬剤を吐出することで2層目以降が形成される。このとき、上層側のコート長が下層側のコート長よりも短く形成されることで、傾斜部51Tが形成されてもよい。薬剤コート層CLの端部が傾斜部51Tを有することで、薬剤コート層がより剥がれにくくなる。
【0061】
薬剤コート層CLが複数層の場合、複数の薬剤コート層は層状の縞模様が生じていてもよい。このとき、ステント本体10Aの骨格の延在方向または線幅方向における複数の薬剤コート層のそれぞれの中心位置がずれていてもよい。
【0062】
上記のノズル噴射法の例では、ステント本体10Aの径方向外側の外表面に薬剤コート層CLが形成されるが、薬剤コート層は側面および/または径方向内側の内表面にも及んでいてもよい。薬剤コート層がステント本体10Aの径方向外側の外表面のみに形成される場合は、ステントの生体内留置後の内皮化に要する時間が短縮されることにより、血栓付着のリスクを低減することができる。
【0063】
コート領域は、非コート領域以外の全ての領域でも、一部の領域でもよい。非コート領域以外の領域において、ステント本体10Aの骨格の線幅方向の端部に薬剤コートのない領域があってもよい。リンク部30の線幅方向の端部の縁線に沿って薬剤コートのない領域が三日月形状となっていてもよい。湾曲部25の内湾側の縁線に沿って薬剤コートのない領域があってもよく、その領域が三日月形状となっていてもよい。
【0064】
非コート領域を線幅方向の一部の領域に限定し、線幅方向の他の領域はコート領域として薬剤を塗布してもよい。例えば、ステントモデル10M上の湾曲部が高圧縮領域を有する場合、ステント本体10A上の当該湾曲部の外湾側を非コート領域とし、内湾側をコート領域としてもよい。線幅方向の全ての領域で薬剤が塗布されない非コート領域が存在する場合、すなわち、線幅と直交する方向である延在方向において非コート領域の一端に接するコート領域と他端に接するコート領域が互いに分離している場合、高圧縮領域に相当する領域に薬剤が塗布されるリスクが減り、薬剤コート層の剥離をより好適に抑制することができる。
【0065】
コート領域の起点は、高圧縮領域に相当する領域の端部の近傍の位置でも、端部から離れた位置でもよい。コート領域の起点が高圧縮領域に相当する領域の端部の位置の近傍である場合、非コート部が減少し、薬剤分布均一性が向上して、薬効をより好適に発揮することができる。
【0066】
<ステント本体10Aの製造方法>
ステント本体10Aは、下記の方法によって形成される。すなわち、管体(具体的には、金属パイプ)からステント本体10A以外の部分を除去して所定のパターンが形成される。形成工程では、例えば、フォトファブリケーションと呼ばれるマスキングと化学薬品を使用したエッチング方法、型による放電加工法、切削加工法(例えば、機械研磨、レーザー切削加工)などによって、金属パイプから所定のパターンを形成することができる。このように成形した後、化学研磨あるいは電解研磨によって環状体20のエッジを除去し、滑らかな面となるように仕上げる。さらに所定のパターンに成形した後、焼きなましを行ってもよい。焼きなましによって、ステント本体10A全体の柔軟性および可撓性が向上し、屈曲した血管内での留置性が良好となり、血管内壁に与える物理的な刺激も減少し、再狭窄の要因を減少させることができる。
【0067】
以下、本発明を実施例により具体的に説明するが、本発明の範囲は下記の実施例に限定されるものではない。
【0068】
<シミュレーション試験の方法>
図2~
図9に参照されるデザインを有するステントとして、表1の寸法を有するステントの図面を作成した後、FEM解析アプリケーションソフト「Abaqus(Dassault Systems社製)」を用いて、この寸法を有する外径2mmのステントモデル10Mをモデリングした。そして、微小要素の応力ひずみを解析工程S01に従って数値解析し、圧縮領域を特定工程S02に従って特定し、圧縮長さを算出工程S03に従って算出した。解析工程S01におけるクリンプ径を1.0mm、拡張限界径を3.5mmと設定した。
【0069】
【0070】
収縮および拡張挙動のシミュレート、および応力ひずみの数値解析を実施するにあたり使用した条件を以下に示す。
・材料特性:原材料となるCoCr合金の引張試験により得られた真応力と真ひずみの相関関係を有する材料とした。
・要素特性:弾塑性体とした。
要素タイプ:3次元低減積分要素に3次元低減要素をラップしたC3D8R+M3D4Mを利用した。
・境界条件:ステントの外径より大きな内径を有する円筒形のパート(A)をステントの周囲に配置し、ステント外径が1.0mmになるまでパート(A)を収縮させた。その後、このパート(A)を除去して、ステントの内径より小さな外径を有する円筒形のパート(B)を収縮させたステント内部に配置し、ステント内径が3.5mmになるまでパート(B)を拡張させた。パート(A)とパート(B)の材料特性は超弾性特性とした。
【0071】
<シミュレーション試験の結果>
特定工程S02において特定された5つの圧縮領域は
図12に示す、第1圧縮領域R1、第2圧縮領域R2、第3圧縮領域R3、第4圧縮領域R4、第5圧縮領域R5であった。第1圧縮領域R1は湾曲部29の外湾、第2圧縮領域R2は湾曲部28の外湾、第3圧縮領域R3は線状部23に接続するリンク部30の縁線、第4圧縮領域R4は線状部21に接続するリンク部30の縁線、第5圧縮領域R5は湾曲部24の外湾にそれぞれ相当する。
【0072】
算出工程S03において算出された5つの圧縮領域R1、R2、R3、R4、R5における圧縮長さSは、それぞれ、0.041mm、0.052mm、0.018mm、0.034mm、0.047mmであった。これより、R1、R2、R5が高圧縮領域、R3、R4が低圧縮領域と判定された。
【0073】
<サンプル試験の方法>
環状体の数が9、その他の寸法が表1に記載の値であるステントの図面を基に、外径2.0mmのCoCr合金のパイプからレーザー切削加工によってステント形状を切り出した後、研磨、焼きなましを行って、ステント本体10Aのサンプルを2つ作製した。それぞれのサンプルをS-1、S-2と称する。それぞれのサンプルの径方向外側の表面全体にノズル噴射法によってプライマー被覆層を形成した。サンプルS-1では、プライマー被覆層上で、径方向外側の表面全体にノズル噴射法によって薬剤コート層を形成した。サンプルS-2では、プライマー被覆層上で、シミュレーション試験の結果で高圧縮領域と判定された領域を除いた径方向外側の表面にノズル噴射法によって薬剤コート層を形成した。両サンプルにおいて、プライマー被覆層の材料はポリ(DL-乳酸-カプロラクトン)共重合体、薬剤コート層の材料はポリ(DL-乳酸-カプロラクトン)共重合体とシロリムスの混合物を用いた。また、両サンプルにおいて、プライマー被覆層の厚さは2μm、薬剤コート層の厚さは20μmであった。両サンプルをそれぞれ、11atmの拡張径が2.5mmのバルーンカテーテルのバルーン部分にクリンプし、その後11atmでバルーンを拡張してステントを拡張させたのち、バルーンを収縮させた。続いて、サンプルS-1に対しては、拡張させたステントの内腔に、11atmの拡張径が3.0mmのバルーンカテーテルを通し、その後、11atmでバルーンを拡張してステントを拡張させたのち、バルーンを収縮させた。サンプルS-2に対しては、拡張させたステントの内腔に、11atmの拡張径が3.5mmのバルーンカテーテルを通し、その後、11atmでバルーンを拡張してステントを拡張させたのち、バルーンを収縮させた。最後に、両サンプルにおいて、ステント表面の薬剤コート層の剥離の有無を確認した。
【0074】
<サンプル試験の結果>
外表面全体に薬剤コート層が形成されるサンプルS-1は、ステント内の全ての高圧縮領域に相当する領域上の薬剤コート層が剥離した。それ以外の領域では、薬剤コート層の剥離は確認されなかった。高圧縮領域に相当する領域を除いて薬剤コート層が形成されるサンプルS-2は、薬剤コート層の剥離は確認されなかった。これより、ステントモデル上で圧縮領域が低圧縮領域に属す場合、ステント本体上でこの領域に相当する領域の薬剤コートの剥離のリスクが低いことがわかる。また、ステントモデル上で圧縮領域が高圧縮領域に属す場合、ステント本体上でこの領域に相当する領域の薬剤コートの剥離のリスクが高いことがわかる。
【0075】
以上説明したように、ステント10の製造方法は、径方向に拡張および収縮が可能な円筒形状のステント本体10Aと、ステント本体10Aの表面の一部に形成された薬剤コート層CLと、を有するとともに、パイプの一部を除去することによって形成されるステント10の製造方法である。ステント10の製造方法は、ステント本体10Aと等価な寸法およびデザインのデータを有するステントモデル10Mを複数の微小要素に分割して、ステントモデル10Mに対して、パイプの外径からクリンプ径まで収縮する収縮挙動、およびクリンプ径から拡張限界径まで拡張する拡張挙動をシミュレートして、拡張限界径の状態における微小要素の応力ひずみを数値解析する解析工程S01と、ステントモデル10Mの径方向外側の縁線を含む微小要素における最小主ひずみの方向が縁線に沿う方向と同一であって、隣接する微小要素におけるそれぞれの主ひずみの最小値が連続して-0.3%以下となる圧縮領域を特定する特定工程S02と、特定工程S02において特定した圧縮領域における圧縮長さSが0.041mm以上である高圧縮領域および0.041mm未満である低圧縮領域を算出する算出工程S03と、ステント本体10Aに対して、高圧縮領域に相当する領域を包含する非コート領域には薬剤を塗布せず、低圧縮領域に相当する領域を包含するコート領域には薬剤を塗布することによって、薬剤コート層CLを形成する塗布工程S04と、を有する。この製造方法によって製造されたステント10によれば、特定の領域ごとの薬剤コート層の剥離のリスクを定量的に評価して、剥離のリスクの高い領域を非コート領域とすることによって、薬剤コート層の剥がれが抑制されつつ、剥離のリスクの低い領域をコート領域とすることによって、薬剤搭載量の過度の減少が防止されて薬効が好適に発揮される。
【0076】
また、塗布工程S04において、ステント10の表面上の、線幅と直交する方向である延在方向において、非コート領域の一端に接する一のコート領域、および前記非コート領域の他端に接する他の前記コート領域が互いに分離するように、薬剤を塗布する。この製造方法によれば、コート領域が互いに独立して形成されるため、高圧縮領域に相当する領域に薬剤が塗布されるリスクが減り、より好適に剥離が防止される。
【0077】
また、塗布工程S04において、高圧縮領域に相当する領域の端部の位置の近傍を起点として、コート領域に薬剤を塗布する。この製造方法によれば、非コート部が減少し、薬剤分布均一性が向上して、薬効が好適に発揮される。
【0078】
また、ステント10は、線状部21、22、23、26、27および湾曲部24、25、28、29が交互に連なり環状に形成された複数の環状体20と、隣接する環状体20を湾曲部の外湾側同士で接続したリンク部30と、を有し、塗布工程S04において、リンク部30に接続されない湾曲部には薬剤を塗布しない。この製造方法によれば、リンク部に接続されない湾曲部が低圧縮領域に判定される場合でも、ここに薬剤が塗布されないため、より確実に薬剤コート層CLの剥がれが抑制される。
【0079】
また、塗布工程S04においてステント本体10Aの径方向外側の外表面側にのみコート領域を形成するように薬剤を塗布する。この製造方法によれば、ステント10が生体内に留置された場合、外表面側に加えて側面側または/および内表面側にも薬剤コート層が設けられているステントと比較して、ステント留置後の内皮化に要する時間が短縮されることにより、血栓付着のリスクが低減される。
【0080】
また、塗布工程S04において、非コート領域に向かって厚さが漸減するように、コート領域に薬剤を塗布する。この製造方法によれば、傾斜部がない場合と比較して、薬剤コート層CLがより剥離しにくくなる。
【0081】
また、以上説明したように、本実施形態に係るステント10は、径方向に拡張および収縮が可能な円筒形状のステント本体10Aと、ステント本体10Aの表面の一部に形成された薬剤コート層CLと、を有するとともに、パイプの一部を除去することによって形成されるステント10である。ステント10は、ステント本体10Aと等価な寸法およびデザインのデータを有するステントモデル10Mを複数の微小要素に分割して、ステントモデル10Mに対して、パイプの外径からクリンプ径まで収縮する収縮挙動、およびクリンプ径から拡張限界径まで拡張する拡張挙動をシミュレートして、拡張限界径の状態における微小要素の応力ひずみを数値解析し、ステントモデル10Mの径方向外側の縁線を含む微小要素における最小主ひずみの方向が前記縁線に沿う方向と同一であって、隣接する微小要素におけるそれぞれの主ひずみの最小値が連続して-0.3%以下となる圧縮領域を特定し、特定された圧縮領域における圧縮長さSが0.041mm以上である高圧縮領域および0.041mm未満である低圧縮領域を算出した際に、ステント本体10Aに対して、高圧縮領域に相当する領域を包含する非コート領域には、薬剤が塗布されず、低圧縮領域に相当する領域を包含するコート領域には、薬剤が塗布されたステント10である。このステント10によれば、特定の領域ごとの薬剤コート層の剥離のリスクを定量的に評価して、剥離のリスクの高い領域を非コート領域とすることによって、薬剤コート層の剥がれが抑制されつつ、剥離のリスクの低い領域をコート領域とすることによって、薬剤搭載量の過度の減少が防止されて薬効が好適に発揮される。
【0082】
また、ステント10においては、線幅と直交する方向である延在方向において、非コート領域の一端に接する一のコート領域、および前記非コート領域の他端に接する他の前記コート領域が互いに分離するように、薬剤が塗布される。このステント10によれば、コート領域が互いに独立して形成されるため、高圧縮領域に相当する領域に薬剤が塗布されるリスクが減り、より好適に剥離が防止される。
【0083】
また、ステント10においては、高圧縮領域に相当する領域の端部の位置の近傍を起点として、コート領域に薬剤が塗布される。このステント10によれば、非コート部が減少し、薬剤分布均一性が向上して、薬効が好適に発揮される。
【0084】
また、ステント10は、線状部21、22、23、26、27および湾曲部24、25、28、29が交互に連なり環状に形成された複数の環状体20と、隣接する環状体20を湾曲部の外湾側同士で接続したリンク部30と、を有し、リンク部30に接続されない湾曲部には薬剤が塗布されない。このステント10によれば、リンク部に接続されない湾曲部が低圧縮領域に判定される場合でも、ここに薬剤が塗布されないため、より確実に薬剤コート層CLの剥がれが抑制される。
【0085】
また、ステント10においては、ステント本体10Aの径方向外側の外表面側にのみコート領域を形成するように薬剤が塗布される。このステント10によれば、ステント10が生体内に留置された場合、外表面側に加えて側面側または/および内表面側にも薬剤コート層が設けられているステントと比較して、ステント留置後の内皮化に要する時間が短縮されることにより、血栓付着のリスクが低減される。
【0086】
また、ステント10においては、非コート領域に向かって厚さが漸減するように、コート領域に薬剤が塗布される。このステント10によれば、傾斜部がない場合と比較して、薬剤コート層CLがより剥離しにくくなる。
【0087】
以上、実施形態を通じて本発明に係るステント10の製造方法を説明したが、本発明は実施形態において説明した構成のみに限定されることはなく、特許請求の範囲の記載に基づいて適宜変更することが可能である。
【0088】
例えば、上述した実施形態では、ステント10は、波状に折り返された無端の環状形状である環状体20が、リンク部30により軸方向に連続して接続された円筒形状であった。しかしながら、ステントは、波線状に連続する構成要素をらせん状に巻いて円筒形状に形作られてもよい。また、当形状においてもリンク部により構成要素が軸方向に接続されていてもよい。
【符号の説明】
【0089】
10 ステント、
10A ステント本体、
10M ステントモデル、
20 環状体、
21、22、23、26、27 線状部、
24、25、28、29 湾曲部、
30 リンク部、
51 第1コート領域(コート領域)、
51T 傾斜部、
52 第1非コート領域(非コート領域)、
61 第2コート領域(コート領域)、
62 第2非コート領域(非コート領域)、
71 第3コート領域(コート領域)、
72 第3非コート領域(非コート領域)、
CL 薬剤コート層、
S01 解析工程、
S02 特定工程、
S03 算出工程、
S04 塗布工程。