(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024107478
(43)【公開日】2024-08-08
(54)【発明の名称】弾性熱量効果の測定方法
(51)【国際特許分類】
G01N 25/20 20060101AFI20240801BHJP
【FI】
G01N25/20 Z
【審査請求】有
【請求項の数】2
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024098221
(22)【出願日】2024-06-18
(62)【分割の表示】P 2020218997の分割
【原出願日】2020-12-28
(71)【出願人】
【識別番号】301023238
【氏名又は名称】国立研究開発法人物質・材料研究機構
(72)【発明者】
【氏名】内田 健一
(72)【発明者】
【氏名】井口 亮
(72)【発明者】
【氏名】平井 孝昌
(57)【要約】
【課題】単位入力応力あたりの弾性熱量効果が大きな材料の探索に用いて好適な弾性熱量効果の測定方法を提供すること。
【解決手段】測定試験片に対して、測定試験片10が熱的に非定常状態となる態様で引張応力又は引張ひずみを印加する工程(S102)と、測定試験片10の表面の熱画像を測定する工程(S104)と、測定試験片10の熱画像を読み込む工程(S106)と、前記読み込んだ測定試験片10の熱画像に対して、測定試験片10に対して印加される応力又は歪みに由来する温度変化を抽出する工程(S108)と、測定試験片10に生じた応力又はひずみに由来する温度変化信号から、前記応力又は歪みに同期して変化した温度変化のうち、振幅成分及び位相成分を抽出して画像化する工程(S110、S112)を備える。
【選択図】
図5
【特許請求の範囲】
【請求項1】
引張応力が作用するときに応力集中が生ずるような切り込みパターンが形成された弾性熱量効果を用いた温度変調部材であって、
前記応力集中する場所では、動的な変調引張応力による温度変調をする温度変調部材。
【請求項2】
前記温度変調部材は大略矩形状をしており、
前記切り込みパターンは、当該矩形状の領域の中央部又は左右の縁部の少なくとも一方に設けられると共に、前記切り込みパターンの切り込まれた方向は前記引張応力の印加方向に対して斜め方向又は大略直交する方向であることを特徴とする請求項1に記載の温度変調部材。
【請求項3】
前記切り込みパターンは、前記矩形状の領域の中央部に設けられた中央部切り込みパターンと、前記矩形状の領域の左右の縁部から内側方向に形成された縁部切り込みパターンとを有し、
前記中央部切り込みパターンは前記矩形状の長手方向に一定間隔で複数設けられ、
前記左右の縁部切り込みパターンは前記矩形状の長手方向に一定間隔で複数設けられると共に、前記中央部切り込みパターンとは互い違いに配置されていることを特徴とする請求項2に記載の温度変調部材。
【請求項4】
前記引張応力は、静的なオフセット引張応力と、動的な変調引張応力の組み合わせであって、前記動的な変調引張応力の振幅は、前記オフセット引張応力より小さいことを特徴とする請求項1乃至3の何れかに記載の温度変調部材。
【請求項5】
引張応力が作用するときに応力集中が生ずるような切り込みパターンが形成された弾性熱量効果の測定用試験片。
【請求項6】
前記測定用試験片は大略矩形状をしており、前記矩形状の長手方向に前記引張応力を作用させるための取付部を有し、
前記切り込みパターンは、当該矩形状の領域の中央部又は左右の縁部の少なくとも一方に設けられると共に、前記切り込みパターンの切り込まれた方向は前記引張応力の印加方向に対して斜め方向又は大略直交する方向であることを特徴とする請求項5に記載の測定用試験片。
【請求項7】
前記切り込みパターンは、前記矩形状の領域の中央部に設けられた中央部切り込みパターンと、前記矩形状の領域の左右の縁部から内側方向に形成された縁部切り込みパターンとを有し、
前記中央部切り込みパターンは前記矩形状の長手方向に一定間隔で複数設けられ、
前記左右の縁部切り込みパターンは前記矩形状の長手方向に一定間隔で複数設けられると共に、前記中央部切り込みパターンとは互い違いに配置されていることを特徴とする請求項6に記載の測定用試験片。
【請求項8】
前記引張応力は、静的なオフセット引張応力と、動的な変調引張応力の組み合わせであって、前記動的な変調引張応力の振幅は、前記オフセット引張応力より小さいことを特徴とする請求項5乃至7の何れかに記載の測定用試験片。
【請求項9】
測定試験片に対して、前記測定試験片が熱的に非定常状態となる態様で引張応力又は引張ひずみを印加する工程と、
前記測定試験片の表面の熱画像を測定する工程と、
前記測定試験片の熱画像を読み込む工程と、
前記読み込んだ前記測定試験片の熱画像に対して、前記測定試験片に対して印加される応力又はひずみに由来する温度変化を抽出する工程と、
前記測定試験片に生じた応力又はひずみに由来する温度変化信号から、前記応力又はひずみに同期して変化した温度変化のうち、振幅成分を抽出して画像化する工程と、
前記測定試験片に生じた応力又はひずみに由来する温度変化信号から、前記応力又はひずみに同期して変化した温度変化のうち、位相成分を抽出して画像化する工程と、
を備える弾性熱量効果の測定方法。
【請求項10】
さらに、前記測定試験片の一定の領域における振幅成分及び位相成分の温度変化を用いた温度変化プロファイルを用いて、前記測定試験片の組成物質の弾性熱量効果係数を算出する工程を備えることを特徴とする請求項9に記載の弾性熱量効果の測定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば弾性熱量効果と素子形状加工(例えば、切り紙加工)を組み合わせた温度変調部材に関し、特に材料に柔軟性・伸縮性を与えつつ局所的に加熱冷却でき、かつ任意の温度分布を実現できる温度変調部材に関する。
また本発明は、弾性熱量効果を発揮する材料の探索に用いて好適な、弾性熱量効果の測定用試験片及び弾性熱量効果の測定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
弾性熱量効果とは、応力の印加・除荷に応じて、エントロピーの差に相当する発熱や吸熱が起こる効果をいう。弾性熱量効果はあらゆる固体材料が持つ普遍的な効果であり、環境負荷が大きなフロンガス等の気体冷媒を用いた蒸気圧縮式に代わる温度変調技術として注目を集めている。そこで、弾性熱量効果を用いた温度変調部材を利用することで、弾性熱量効果によって発生する温度分布・強度・符号を自在にデザイン可能となる。
【0003】
非特許文献1では、Cu-Al-Mn合金を用いて、形状記憶合金にみられる『大きく変形させる力を除くと元の形に戻る性質(超弾性)』を活用することで、極低温(4.2K)まで約7%の伸縮が可能な銅合金を開示している。そして、Cu-Al-Mn合金を低温用固体冷却素子として用いることで、超電導デバイスや液化ガス用の冷凍機等への応用が期待されると主張している。
【0004】
しかしながら、弾性熱量効果の測定は、例えば上記のCu-Al-Mn合金では、高温から極低温までの広域温度範囲での測定に当たって、熱電対による測定を必要としている。そして、熱電対のような接触式温度計を用いて試料の温度測定をしていたのでは、熱量が熱電対に流れて、試料の正確な温度測定ができず、そのため弾性熱量効果の測定が上手く行えないという課題があった。また、弾性熱量効果の測定では素子の変形(変位)を伴うため、温度計固定の安定性も温度測定に影響を及ぼすという課題があった。
【0005】
他方で、例えば特許文献1~3で提案されているように、赤外線カメラとプロセッサを用いたロックインサーモグラフィ装置(Lock-in thermography, LIT)を用いて、被検査対象物の熱画像を探索することで、被検査対象物の欠陥を非破壊検査により検知することが提案されている。
このような非接触式温度計測手法であるロックインサーモグラフィ装置を用いると、温度計測の際の侵襲を低減し、温度計固定も必要としない試料の正確な温度測定が可能で、弾性熱量効果の測定が比較的正確かつ円滑に行える。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】米国特許第5201582号公報
【特許文献2】米国特許第5376793号公報
【特許文献3】米国特許第5582485号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Cryogenic superelasticity with large elastocaloric effect, Kodai Niitsu, et.al., NPG Asia Materials (2018) 10, e457, doi:10.1038/am.2017.213
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
温度変調部材に用いて好適な単位入力応力あたりの弾性熱量効果が大きな材料の探索をする場合、一般的な線形弾性材料の弾性熱量効果の大きさは材料固有の熱弾性係数に制限され、出力は超弾性材料に比べて小さいという課題がある。
さらに、出力が小さいということは、LIT測定に必要な変動荷重負荷印加時における、弾性熱量効果由来の温度変化に対する位置変位由来の誤差の割合が大きくなり、弾性熱量効果の正確な測定に悪影響を及ぼす課題もある。
また、弾性熱量効果の研究に関しては、材料探索が主に行われており、温度変調部材の最適な形状は明らかになっていない。
【0009】
そこで、本発明では、弾性熱量効果によって発生する温度分布・強度・符号、超弾性材料に限らず、一般的な線形弾性材料においても、材料の伸縮性を自在にデザイン可能な温度変調部材を提供することを目的とする。
また、本発明では、単位入力応力あたりの弾性熱量効果が大きな材料の探索に用いて好適な弾性熱量効果の測定用試験片及び弾性熱量効果の測定方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
〔1〕本発明の弾性熱量効果を用いた温度変調部材は、例えば
図1に示すように、引張応力が作用するときに応力集中が生ずるような切り込みパターンが形成された弾性熱量効果を用いた温度変調部材であって、前記応力集中する場所では、動的な変調引張応力による温度変調をする。
〔2〕本発明の弾性熱量効果の温度変調部材において、好ましくは、前記温度変調部材は大略矩形状をしており、前記切り込みパターンは、当該矩形状の領域の中央部又は左右の縁部の少なくとも一方に設けられると共に、前記切り込みパターンの切り込まれた方向は前記引張応力の印加方向に対して斜め方向又は大略直交する方向であるとよい。
〔3〕本発明の弾性熱量効果の温度変調部材において、好ましくは、前記切り込みパターンは、前記矩形状の領域の中央部に設けられた中央部切り込みパターン(62c)と、前記矩形状の領域の左右の縁部から内側方向に形成された縁部切り込みパターン(62a、62b)とを有し、中央部切り込みパターン(62c)は前記矩形状の長手方向に一定間隔で複数設けられ、左右の縁部切り込みパターン(62a、62b)は前記矩形状の長手方向に一定間隔で複数設けられると共に、中央部切り込みパターン(62c)とは互い違いに配置されているとよい。
〔4〕本発明の弾性熱量効果の温度変調部材において、好ましくは、前記引張応力は、静的なオフセット引張応力と、動的な変調引張応力の組み合わせであって、前記動的な変調引張応力の振幅は、前記オフセット引張応力より小さいとよい。
【0011】
〔5〕本発明の弾性熱量効果の測定用試験片は、例えば
図2に示すように、引張応力が作用するときに応力集中が生ずるような切り込みパターンが形成されたものである。
〔6〕本発明の弾性熱量効果の測定用試験片において、好ましくは、測定用試験片(10b)は大略矩形状をしており、前記矩形状の長手方向に前記引張応力を作用させるための取付部を有し、前記切り込みパターンは、当該矩形状の領域の中央部又は左右の縁部の少なくとも一方に設けられると共に、前記切り込みパターンの切り込まれた方向は前記引張応力の印加方向に対して斜め方向又は大略直交する方向であるとよい。
〔7〕本発明の弾性熱量効果の測定用試験片において、例えば
図2に示すように、好ましくは、前記切り込みパターンは、前記矩形状の領域の中央部に設けられた中央部切り込みパターン(12c)と、前記矩形状の領域の左右の縁部から内側方向に形成された縁部切り込みパターン(12a、12b)とを有し、中央部切り込みパターン(12c)は前記矩形状の長手方向に一定間隔で複数設けられ、左右の縁部切り込みパターン(12a、12b)は前記矩形状の長手方向に一定間隔で複数設けられると共に、中央部切り込みパターン(12c)とは互い違いに配置されているとよい。
〔8〕本発明の弾性熱量効果の測定用試験片において、好ましくは、前記引張応力は、静的なオフセット引張応力と、動的な変調引張応力の組み合わせであって、前記動的な変調引張応力の振幅は、前記オフセット引張応力より小さいとよい。
【0012】
〔9〕本発明の弾性熱量効果の測定方法は、例えば
図5に示すように、測定試験片に対して、測定試験片10が熱的に非定常状態となる態様で引張応力又は引張ひずみを印加する工程(S102)と、測定試験片10の表面の熱画像を測定する工程(S104)と、測定試験片10の熱画像を読み込む工程(S106)と、前記読み込んだ測定試験片10の熱画像に対して、測定試験片10に対して印加される応力又は歪みに由来する温度変化を抽出する工程(S108)と、測定試験片10に生じた応力又はひずみに由来する温度変化信号から、前記応力又は歪みに同期して変化した温度変化のうち、振幅成分を抽出して画像化する工程(S110)と、測定試験片10に生じた応力又はひずみに由来する温度変化信号から、前記応力又は歪みに同期して変化した温度変化のうち、位相成分を抽出して画像化する工程と(S112)、を備えるものである。
〔10〕本発明の弾性熱量効果の測定方法〔9〕において、好ましくは、さらに、測定試験片10の一定の領域における振幅成分及び位相成分の温度変化を用いた温度変化プロファイルを求める工程(S114)と、前記温度変化プロファイルを用いて測定試験片10の組成物質の弾性熱量効果係数を算出する工程(S116)を備えるとよい。
【発明の効果】
【0013】
本発明の弾性熱量効果を用いた温度変調部材によれば、切り込みパターンが形成されているため、切り込みパターンの近傍で応力集中が生じ、弾性熱量効果による温度変動が局所的に生じ、この温度変動は温度変調部材全体で生じる温度変動と比較して数倍から数十倍大きいので、応力集中部近傍で大きな温度変調が実現できる。温度変調部材に設けられる切り込みパターンによっては、局所的に引張が生じたり圧縮されたりするため、温度変調の空間分布・符号もデザインすることができる。
本発明の弾性熱量効果の測定用試験片によれば、切り込みパターンが形成されているため、切り込みパターンの近傍で応力集中が生じ、弾性熱量効果による温度変動が局所的に生じ、この温度変動は測定用試験片全体で生じる温度変動と比較して数倍から数十倍大きいので、切り紙加工して不均一な温度変化が生じても、LITを用いることでその振る舞いを正確に測定できる。
本発明の弾性熱量効果の測定方法によれば、LIT測定を用いているので、切り込みパターンの近傍で応力集中が生じ、弾性熱量効果による温度変動が局所的に生じても、応力集中部近傍で大きな温度変調を正確に検出できる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】本発明の一実施形態を示す温度変調部材の形状の一例を示す構成図で、併せて低周波ひずみ変形による弾性熱量効果を視覚化した温度変動分布図を示している。
【
図2】本発明の一実施形態を示す測定試験片の形状の一例を示す構成図である。
【
図3】弾性熱量効果のロックインサーモグラフィ測定のための実験装置の概念的構成図である。
【
図4】
図3に示す解析用コンピュータの機能ブロック図である。
【
図5】本発明の弾性熱量効果の測定方法の一実施例を示すフローチャートである。
【
図6】本発明の比較例を示す、平板型測定試験片の低周波ひずみ変形による弾性熱量効果を視覚化した説明図である。
【
図7】本発明の一実施形態を示す、切り紙型測定試験片の低周波ひずみ変形による弾性熱量効果を視覚化した説明図である。
【
図8】切り紙型測定試験片の引張応力による応力分布の説明図である。
【
図9】本発明の変形実施形態を示す、切り紙型測定試験片の低周波ひずみ変形による発熱分布を視覚化した説明図で、板厚が0.2mmと0.3mmの場合を示している。
【
図10】本発明の実施例としての切り紙型測定試験片と、比較例の平板型測定試験片の、応力-ひずみ曲線の説明図である。
【
図11】本発明の実施例としての切り紙型測定試験片と、比較例の平板型測定試験片の、単位入力応力あたりの弾性熱量効果の比較説明図である。
【
図12】各種プラスチック材料における弾性熱量効果を比較した説明図である。
【
図13】各種プラスチック材料における弾性熱量効果を比較した説明図で、単位入力応力あたりの弾性熱量効果を比較してある。
【
図14】格子型にドット穴が形成されている温度変調部材の説明図である。
【
図15】千鳥型にドット穴が形成されている温度変調部材の説明図である。
【
図16】全幅の半分程度の内径を有するドット穴が形成されている温度変調部材の説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、添付の図面を参照しながら、本発明の実施の形態を説明する。
[温度変調部材]
図1は、本発明の一実施形態を示す、温度変調部材の形状の一例を示す構成図で、併せて低周波ひずみ変形による弾性熱量効果を視覚化した温度変動分布図を示している。
図1において、(A)は切り紙型温度変調部材60の外形図、(B)は振幅画像による温度変動分布図、(B2)は温度変動分布の濃淡目盛、(C)は位相画像による温度変動分布図、(C2)は位相差の濃淡目盛である。
図において、切り紙型温度変調部材60は、外形形状は幅7mm、長さ20mm、板厚0.3mmの平板スラブで、左右の縁部に縁側切込み部62a、62bが設けてあると共に、幅方向の中央部に中央切込み部62cが設けてある。縁側切込み部62a、62bの長さは、例えば2mmで、左右に4本ずつ等間隔の4mmで平行に設けてある。中央切込み部62cの長さは、例えば3mmで、長手方向に等間隔の4mmで平行に5本設けてある。切り紙型温度変調部材10bでは、長手方向に縁側切込み部62a、62bと中央切込み部62cが交互に設けてあるので、縁側切込み部62a、62bと中央切込み部62cの間隔は2mmとなっている。
【0016】
このような構成された切り紙型温度変調部材によれば、静的なオフセット引張応力と、動的な変調引張応力の組み合わせた引張応力を印加することで、弾性熱量効果による温度変動が局所的に生じる。
即ち、引張試験機を用いて、切り紙型温度変調部材60に対して初期ひずみε0として1.5%の引張ひずみを付与し、駆動周波数1Hzでひずみ1.0%の振幅で往復引張試験を行ない、一分間にわたって熱画像信号を積算することでノイズを低減している。切り紙型温度変調部材60には、縁側切込み部62a、62bと中央切込み部62cの隣接部位に応力集中が生じているため、温度変動振幅の分布として、中心強度400mK程度の輝点があらわれる。この輝点は、中央切込み部62cを中心として六角形の頂点に相当する位置に存在している。
他方で、位相成分は中央切込み部62cを中心として六角形の辺に相当する部位の位相が180°であるのに対して、中央切込み部62cの中心部と縁側切込み部62a、62bを含む縁部は位相が0°であり、これらの位相差が180°である。即ち、切り紙型温度変調部材60の局所的な場所に応じて、位相反転が観察される。このことは、吸熱と放熱の両方が1つの切り紙型温度変調部材60に存在することを示している。
【0017】
[弾性熱量効果の測定試験片]
図2は、本発明の一実施形態を示す、測定試験片の形状の一例を示す構成図で、(A)は平板型測定試験片、(B)は切り紙型に切り込みが設けられた平板を示してある。
図において、平板型測定試験片10aは、例えば材料としてプラスチックの一例であるポリスチレン板を用い、形状は幅7mm、長さ20mm、板厚0.3mmの平板スラブである。測定試験片の形状はこれに限定されるものではないが、弾性熱量効果の高い材料探索という用途では、測定試験片の形状は標準化しておくことが好ましい。
切り紙型測定試験片10bは、外形形状は平板型測定試験片10aと同様であるが、左右の縁部に縁側切込み部12a、12bが設けてあると共に、幅方向の中央部に中央切込み部12cが設けてある。縁側切込み部12a、12bの長さは、例えば2mmで、左右に4本ずつ等間隔の4mmで平行に設けてある。中央切込み部12cの長さは、例えば3mmで、長手方向に等間隔の4mmで平行に5本設けてある。切り紙型測定試験片10bでは、長手方向に縁側切込み部12a、12bと中央切込み部12cが交互に設けてあるので、縁側切込み部12a、12bと中央切込み部12cの間隔は2mmとなっている。なお、測定試験片には、矩形状の長手方向に引張応力を作用させるための取付部を設けると、引張試験機20への装着が容易になる。
【0018】
[弾性熱量効果の測定装置]
図3は、弾性熱量効果の測定試験片に対して用いる、弾性熱量効果のロックインサーモグラフィ測定のための実験装置の概念的構成図である。
図3に示すように、弾性熱量効果の測定装置は、測定試験片10の引張試験を行う引張試験機20、赤外線カメラ30、解析用コンピュータ40、フーリエ解析部50、振幅画像部52、及び位相画像部54を備えている。
【0019】
図3に示す態様では、引張試験機20は、平板状の測定試験片10の長手方向の両端を挟み、一定速度で引張応力を増大させる。この場合、一定速度の対象は、測定試験片10の変形速度であるひずみ速度と、測定試験片10に印加される応力の速度とがある。
なお、本発明の弾性熱量効果の測定方法では、測定試験片10から引張試験機20への熱伝導は無視できるものとする仮定を設けるため、引張試験機20の上面に測定試験片10が直接接触する場合には、当該接触部は適切な断熱性を有する物質で構成するか、或いは熱抵抗の大きな接続構造を有することが好ましい。
【0020】
引張試験機20は、測定試験片10に、所定の応力又はひずみ速度及び所定の周波数で、応力又はひずみを印加可能とされている。所定の応力又はひずみ速度とは、静的な平衡状態における引張応力が伸びを測定できると共に、測定時間が過度に長くならないように、調整した応力又はひずみ速度である。なお、引張試験機20は、通常の引張試験機のように、測定試験片10に、所定の応力又はひずみ速度で直線的に応力又はひずみを加えて、破断応力と破断伸びを測定するように、構成されていてもよい。
【0021】
また、引張試験機20は、解析用コンピュータ40と電気的に接続されており、引張試験機20から解析用コンピュータ40に対して参照信号(測定試験片10に印加される応力又はひずみの周期に相当する信号)を送信可能に構成されている。
【0022】
弾性熱量効果の測定装置では、引張試験機20から所定の周波数で測定試験片10に応力又はひずみが印加されることにより、その応力又はひずみ印加に応答して測定試験片10に温度変化が生じる。この温度変化は、赤外線カメラ30によって撮影される。より具体的には、引張試験機20により、測定対象物質が熱的に非定常状態となる周波数で、測定試験片10に応力又はひずみを印加しながら、赤外線カメラ30を用いて測定試験片10の表面の温度分布が測定される。そして、測定された温度分布は、熱画像信号として、赤外線カメラ30と電気的に接続された解析用コンピュータ40に送信される。
【0023】
解析用コンピュータ40では、赤外線カメラ30から送信された熱画像信号と、引張試験機20から送信された参照信号を用いて、応力又はひずみによって生じた温度変化を示す熱画像が生成される。
フーリエ解析部50は、測定試験片10に印加された応力又はひずみと同じ周波数で時間変化する温度変化信号を選択的に抽出するもので、解析画像を振幅画像部52と位相画像部54で表示する。
具体的には、ロックインサーモグラフィと呼ばれる手法を用い、赤外線カメラ30から送信された熱画像信号から、解析用コンピュータ40を介してフーリエ解析部50によるフーリエ解析を行なう。赤外線カメラ30から送信される熱画像信号には、測定試験片10に生じた応力又はひずみに由来する温度変化信号が、応力又はひずみに同期して周期変化するように応力又はひずみ印加条件を設定することで、測定試験片10に生じた弾性熱量効果に由来する温度変化信号成分を抽出して、振幅画像と位相画像が生成される。
【0024】
そして、解析用コンピュータ40では、このようにして得られる振幅画像及び位相画像について、測定試験片10の一定の範囲における振幅成分及び位相成分の温度変化を用いた温度変化プロファイルを用いて、測定対象物質の弾性熱量効果係数を算出する。ここで、温度変化プロファイルは、例えば熱画像のあるエリア内の平均値をとって温度変化を見積もったものであり、信号が大きければ必ずしも平均化する必要はなく、温度変化の大きさを見積もれれば一次元プロファイルでもよく、所定幅の二次元プロファイルでもよい。温度変化プロファイルは、加工パターンを避けるように定義した任意のラインプロファイルでも良いし、ラインプロファイルを出さずに熱画像から直接温度変化を見積もってもよい。
【0025】
また、弾性熱量効果の測定装置では、引張試験機20は、測定試験片10に、所定の応力又はひずみ値で定常的に応力又はひずみを印加することも可能であるため、解析用コンピュータ40では、測定試験片10に一方向に定常的に応力又はひずみを印加して得られた温度変化信号と、逆方向に定常的に応力又はひずみを印加して得られた温度変化信号を用いて、測定試験片10での弾性熱量効果を算出することができる。
【0026】
なお、ロックイン周波数は、力学的に安定な状態であって、熱的に非定常状態であることを考慮して、例えば1Hzとすればよいが、これに限定されるものではなく、0.1Hz~100Hzの範囲でもよく、より好ましくは0.1Hz~10Hzの範囲でもよい。ここでは、引張試験機20とロックインサーモグラフィを実行する解析用コンピュータ40とは、ロックイン周波数について完全に一致している必要がある。位相に関しては同期していなくても測定可能であるが、同期していることが望ましい。両者が同期していれば、位相画像は固定位相となり、熱源は0または180°近傍の位相を示し、熱拡散による時間遅れも含めた位相画像が得られる。他方で、両者が同期していなければ、位相は必ずしも0または180°とは限定されない。
弾性熱量効果の本質は、外部駆動場の変化による断熱温度変化あるいは等温エントロピー変化である。そこで、弾性熱量効果は、ロックインサーモグラフィを使用して、パターン化された測定試験片10での弾性熱量効果の可視化が行える。
【0027】
図4は、本実施形態の弾性熱量効果の評価システム用の解析用コンピュータ40の構成例を示すブロック図である。
図4に示すように、解析用コンピュータ40は、赤外線カメラ30から送信される熱画像信号(すなわち、測定試験片10に印加された応力又はひずみに起因する測定試料の表面の温度分布を測定した熱画像信号)が入力される入力部41と、当該熱画像信号を用いて熱画像を生成し、当該熱画像を用いて、測定試験片10の弾性熱量効果を算出する演算部42と、演算部42で実行されるプログラムが記憶される記憶部43と、上記熱画像、及び、測定試験片10の弾性熱量効果の算出結果を含む演算結果を出力する出力部44と、を備える。
【0028】
演算部42は、入力部41に入力された熱画像信号を記憶部43に格納する。記憶部4
3には、後述する弾性熱量効果の評価方法を実行するためのコンピュータプログラム(弾
性熱量効果の解析プログラム)が記憶されているとともに、プログラム実行中に格納及び参照される種々の解析データ記憶領域が確保されている。解析データ記憶領域には、例えば、振幅画像43a、位相画像43b(これらの振幅画像及び位相画像から得られる振幅成分及び位相成分の温度変化に関する温度変化プロファイル、及び、それらの特徴量を含む。)、弾性熱量効果係数43c等が含まれる。
【0029】
演算部42は、コンピュータプログラム(弾性熱量効果の解析プログラム)に基づいて所定の処理を実行し、実行結果が出力部44に出力される。出力部44としては、例えば、液晶表示装置、プリンタ等が用いられる。なお、出力部44には、実行結果をフロッピディスク、USBメモリ等の記録媒体に記録する記録装置を用いてもよい。
【0030】
[弾性熱量効果の測定方法]
弾性熱量効果の測定試験片に対して用いる、弾性熱量効果の測定方法は、
図3に示す弾性熱量効果の測定装置を用いて、以下のようにして行われる。
図5は、本発明の弾性熱量効果の測定方法の一実施例を示すフローチャートで、解析用コンピュータ40の演算部42で実行される弾性熱量効果の解析プログラムの内容の一例を示している。
【0031】
まず、測定試験片10を引張試験機20にセットする(S102)。次に、引張試験機20により測定試験片10に対して、測定試験片10が熱的に非定常状態となる態様で引張応力又は引張ひずみを印加する(S102)。熱的に非定常状態とは、熱的に定常状態にいたる応答時間よりも速い速度で引張応力又は引張ひずみを印加することをいう。
赤外線カメラ30を用いて測定試験片10の熱画像を取得する(S104)。次に、赤外線カメラ30から送信された測定試験片10の熱画像を、解析用コンピュータ40の入力部41に入力して、測定試験片10に印加された応力又はひずみに起因する測定試料の表面の温度分布を測定した熱画像信号を、読み込む(S106)。
【0032】
次に、読み込んだ測定試験片10の熱画像に対して、測定試験片10に対して印加される応力又はひずみに由来する温度変化を抽出する(S108)。具体的には、ロックインサーモグラフィと呼ばれる手法を用い、赤外線カメラ30から送信された熱画像信号から、フーリエ解析部50によるフーリエ解析により、測定試験片10に印加された応力又はひずみと同じ周波数で時間変化する温度変化信号を選択的に抽出する。
【0033】
そして、解析用コンピュータ40では、測定試験片10に生じた応力又はひずみに由来する温度変化信号から、前記応力又はひずみに同期して変化した温度変化のうち、振幅成分を抽出して画像化し(S110)、測定試験片10に生じた応力又はひずみに由来する温度変化信号から、前記応力又はひずみに同期して変化した温度変化のうち、位相成分を抽出して画像化する(S112)。なお、ロックインサーモグラフィには、熱画像の測定中にピクセル毎にリアルタイムにフーリエ解析を行う方式と、熱画像の動画を撮影して測定完了後にフーリエ解析を行う方式があるが、いずれを用いても良い。
【0034】
続いて、演算部42では、測定試験片10の一定の領域における振幅成分及び位相成分の温度変化を用いた温度変化プロファイルを求める(S114)。そして、前記温度変化プロファイルを用いて測定試験片10の組成物質の弾性熱量効果係数を算出する(S116)。
なお、温度変化プロファイルを取得する際の範囲は、熱画像のサイズ(ピクセル数)やピクセルサイズ(粒子径)を考慮して、任意の値を設定することができる。後述する実施例では、640×512ピクセルの熱画像(ピクセルサイズ:11μm×11μm)において、関心領域(ROI: region of interest)を7×7ピクセルまたは300×240ピクセルと設定して温度変調プロファイルを取得する例について説明する。
【実施例0035】
図6は、本発明の比較例を示す、平板型測定試験片の低周波ひずみ変形による弾性熱量効果を視覚化した説明図である。
図6(A)は平板型測定試験片10aの外形図、(B)は振幅画像による温度変動分布図、(B2)は温度変動分布の濃淡目盛、(C)は位相画像による温度変動分布図、(C2)は位相差の濃淡目盛である。
図において、平板型測定試験片10aは、厚さ0.3mmのポリスチレン製の平板スラブである。引張試験機20は平板型測定試験片10aに対して初期ひずみε0として1.0%の引張ひずみを付与し、駆動周波数1Hzでひずみ0.5%の振幅で往復引張試験を行ない、一分間にわたって熱画像信号を積算している。平板型測定試験片10aには、温度変動振幅の分布として、50~70mK程度の等方性の温度変動分布の振幅成分が観察されている。他方で、位相成分は180°と一様である。
【0036】
これに対して、平板型測定試験片10aにひずみを加えない場合、引張試験機20が1Hzで移動しても、温度変動分布図は一様となり(図示せず)、弾性熱量効果を視覚化した振幅画像に温度変動分布信号はみられない。即ち、この熱画像信号は、弾性変形の熱応答に対応し、弾性熱量効果が視覚化される。また、この熱画像信号では、少なくとも10分経過しても、経時変化が見られなかった。
【0037】
図7は、本発明の一実施形態を示す、切り紙型ポリスチレン板の低周波ひずみ変形による弾性熱量効果を視覚化した説明図である。
図7(A)は切り紙型測定試験片10bの外形図、(B)は振幅画像による温度変動分布図、(B2)は温度変動分布の濃淡目盛、(C)は位相画像による温度変動分布図、(C2)は位相差の濃淡目盛である。
図において、切り紙型測定試験片10bは、厚さ0.3mmのポリスチレン製の平板スラブで、縁側切込み部12a、12bと中央切込み部12cの長手方向の間隔は2mmとなっている。引張試験機20は切り紙型測定試験片10bに対して初期ひずみε0として1.5%の引張ひずみを付与し、駆動周波数1Hzでひずみ1.0%の振幅で往復引張試験を行ない、一分間にわたって熱画像信号を積算することでノイズを低減している。切り紙型測定試験片10bには、縁側切込み部12a、12bと中央切込み部12cの隣接部位に応力集中が生じているため、温度変動振幅の分布として、中心強度400mK程度の輝点があらわれる。この輝点は、中央切込み部12cを中心として六角形の頂点に相当する位置に存在している。
他方で、位相成分は中央切込み部12cを中心として六角形の辺に相当する部位の位相が180°であるのに対して、中央切込み部12cの中心部と縁側切込み部12a、12bを含む縁部は位相が0°であり、これらの位相差が180°である。即ち、切り紙型測定試験片10bの局所的な場所に応じて、位相反転が観察される。このことは、吸熱と放熱の両方が1つの切り紙型測定試験片10bに存在することを示している。
【0038】
図8は、切り紙型測定試験片10bの引張応力による応力分布の説明図である。切り紙型測定試験片10bでは、初期ひずみε0を付与し、この初期ひずみε0よりも小さな振幅で往復引張ひずみを付与している。このような応力状況では、中央切込み部12cの開口部には圧縮応力が作用し、隣接する中央切込み部12cの境界となる領域では、引張応力が作用する。なお、隣接する中央切込み部12cの境界となる領域は、左右の縁側切込み部12a、12bで挟まれた領域でもある。
図7(C)の位相図で現れた位相反転の観察された領域は、中央切込み部12cを中心として六角形の辺に相当する部位と、中央切込み部12cの中心部と縁側切込み部12a、12bを含む縁部において、作用する応力の方向に対応するものであると解される。
【0039】
図9は、本発明の変形実施形態を示す、切り紙型測定試験片10c、10dの低周波ひずみ変形による発熱分布を視覚化した説明図である。
図9(A)は切り紙型測定試験片10c、10dの外形図、(B)は厚さ0.2mmのポリスチレン製の切り紙型測定試験片10cにおける振幅画像による温度変動分布図、(B2)は温度変動分布の濃淡目盛、(C)は厚さ0.3mmのポリスチレン製の切り紙型測定試験片10dにおける振幅画像による温度変動分布図、(C2)は温度変動分布の濃淡目盛である。
【0040】
図9(A)において、切り紙型測定試験片10cは、厚さ0.2mmのポリスチレン製の平板スラブである。縁側切込み部12d、12eの長さは、例えば3mmで、左右に8本ずつ等間隔の2mmで平行に設けてある。中央切込み部12fの長さは、例えば5mmで、長手方向に等間隔の2mmで平行に9本設けてある。切り紙型測定試験片10cでは、長手方向に縁側切込み部12d、12eと中央切込み部12cが交互に設けてあるので、縁側切込み部12d、12eと中央切込み部12fの間隔は1mmとなっている。
切り紙型測定試験片10dは、厚さ0.3mmのポリスチレン製の平板スラブである。縁側切込み部12d、12eと中央切込み部12fの位置関係は、切り紙型測定試験片10cと同様である。
【0041】
図9(B)において、引張試験機20は切り紙型測定試験片10cに対して初期ひずみε0として1.5%の引張ひずみを付与し、駆動周波数1Hzでひずみ1.0%の振幅Δεで往復引張試験を行ない、一分間にわたって熱画像信号を積算している。
切り紙型測定試験片10cでは、ひずみ1.0%の振幅Δεでの温度変動振幅Aが、切り紙型測定試験片10bでのひずみ1.0%の振幅Δεでの温度変動振幅Aよりも低くなる。ただし、必要な応力は低くなる。即ち、ひずみε=1%を生じさせるのに必要な引張応力は、次のようになる。
(i)切込みパターンのない平板型測定試験片10aでは13MPa、
(ii)縁側切込み部12a、12bと中央切込み部12cの間隔が2mmピッチの切り紙型測定試験片10bでは4MPa、
(iii)縁側切込み部12d、12eと中央切込み部12fの間隔が1mmピッチの切り紙型測定試験片10cでは0.8MPa。
【0042】
図9(C)において、引張試験機20は切り紙型測定試験片10dに対して初期ひずみε0として6%の引張ひずみを付与し、駆動周波数1Hzでひずみ5.0%の振幅Δεで往復引張試験を行ない、一分間にわたって熱画像信号を積算している。
【0043】
続いて応力σ-ひずみε曲線について説明する。次式で示すように、応力σは引張試験機20のロードセルの荷重値Fを、測定試験片10の幅wと厚さtを乗じて得た断面積で除したものである。
【0044】
【0045】
図10は、本発明の実施例としての切り紙型測定試験片と、比較例の平板型測定試験片10aの、応力-ひずみ曲線の説明図である。
図10(A)は厚さ0.2mmのポリスチレン製の切り紙型測定試験片と平板型測定試験片10aの応力-ひずみ曲線、(B)は厚さ0.3mmのポリスチレン製の切り紙型測定試験片と平板型測定試験片10aの応力-ひずみ曲線、(C)は印加と除荷を繰り返したヒステリシス曲線を表している。
応力σはひずみεとともに単調に増加し、フックの法則に対応する。即ち、弾性変形である。切り紙型測定試験片10bに顔料を塗布している場合には、当該顔料は弾力性に影響を与える可能性がある。
切り紙型測定試験片10bに設けられる縁側切込み部12a、12bと中央切込み部12cの形状は、測定試験片10の実効ヤング率の低下に寄与するが、完全に線形の相関ではない。また、周期的なひずみの適用によって生成されるヒステリシスは小さい。
【0046】
図11において、(A)は本発明の実施例としての切り紙型測定試験片10b、10c、10dと、比較例の平板型測定試験片10a、並びにNi-Ti合金との単位入力応力あたりの弾性熱量効果の比較説明図、(B)は振幅画像による温度変動分布図である。単位入力応力あたりの弾性熱量効果は、単位応力偏差Δσあたりの温度変動振幅A(=A/Δσ)で表される。ここで、A/Δσはひずみ振幅Δεが0.5%の値を使用して計算された。また、切り紙型測定試験片10bの切り紙サンプルの温度変動振幅Aは、縁側切込み部12a、12bの縁で測定された。ここでは、温度変動振幅Aを取得する関心領域(ROI: region of interest)を7×7ピクセルに取っている。
単位入力応力あたりの弾性熱量効果A/Δσ[K/MPa]は、平板型測定試験片10aであって、板厚0.2mm、0.3mm共に0.02[K/MPa]である。これに対して、切り紙型測定試験片10bであって、板厚0.2mmは0.10[K/MPa]、板厚0.3mmは0.18[K/MPa]である。切り紙型測定試験片10cは板厚0.2mmで0.14[K/MPa]、切り紙型測定試験片10dは板厚0.3mmで0.28[K/MPa]である。超弾性Ni-Ti合金は0.07[K/MPa]である。
【0047】
平板型測定試験片10aと比較すると、切り紙型測定試験片10b、10c、10dの応力集中点近傍の方が単位入力応力あたりの弾性熱量効果が良い。また、切り紙型測定試験片に設けられる縁側切込み部と中央切込み部の形状を最適化すると、単位入力応力あたりに局所的に発生する弾性熱量効果による温度変化は大きくなる。例えば有限要素法を用いた弾塑性力学解析を併用して、応力集中部での正確な作用応力と試験片の最適構造を求めるとよい。
単位入力応力あたりの弾性熱量効果に関して、超弾性Ni-Ti合金(約10K/250MPa:Δε=3%)と切り紙型測定試験片10bとの非常に大まかな比較をすると、切り紙型測定試験片10bの性能が高くなっている。
【0048】
図12は、各種プラスチック材料における弾性熱量効果を比較した説明図で、ポリプロピレン(PP)、ポリ塩化ビニル(PVC)、高密度ポリエチレン(HDPE)、ポリエチレン・テレフタレート(PET)、ポリスチレン(PS)、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)について化学式、ヤング率[GPa]、比熱[J/g・K]、密度[g/cm
3]、熱膨張係数[10
-5/K]を示してある。
【0049】
図13は、各種プラスチック材料における弾性熱量効果を比較した説明図で、単位入力応力あたりの弾性熱量効果を比較してある。ここでは、弾性熱量効果による温度変調量を取得するROIを240×300ピクセルに取っている。振幅画像での、応力振幅Δσは±0.5%を使用した。各種プラスチック材料における平板型測定試験片の板厚は1mmであって、幅は6mmであった。但し、PVDFについては、板厚を50μm、幅を6mmとした。
単位応力偏差Δσあたりの温度変動振幅A(=A/Δσ)は、PPが0.08[K/MPa]、PVCが0.09[K/MPa]、HDPEが0.20[K/MPa]、PETが0.14[K/MPa]、PSが0.15[K/MPa]、PVDFが0.12[K/MPa]であった。
即ち、単位入力応力あたりの弾性熱量効果は、HDPE>PS>PET、PVDF、PVC、PPの順であった。以上から、弾性熱量効果の測定装置を評価するプラスチック材料として、ポリスチレンPSは比較的適していることが分かった。
【0050】
[温度変調部材の比較例]
続いて、温度変調部材の比較例を説明する。
図14は、格子型にドット穴が形成されている温度変調部材の説明図で、(A)は温度変調部材の外形図、(B)は要部の振幅画像による温度変動分布図、(B2)は温度変動分布の濃淡目盛である。
図15は、千鳥型にドット穴が形成されている温度変調部材の説明図で、(A)は温度変調部材の外形図、(B)は要部の振幅画像による温度変動分布図、(B2)は温度変動分布の濃淡目盛である。
図16は、全幅の半分程度の内径を有するドット穴が形成されている温度変調部材の説明図で、(A)は温度変調部材の外形図、(B)は要部の振幅画像による温度変動分布図、(B2)は温度変動分布の濃淡目盛である。
【0051】
格子型、千鳥型にドット穴が形成されている温度変調部材では、縁側切込み部や中央切込み部が設けられた切り紙型温度変調部材と比較して、応力集中は低い。全幅の半分程度の内径を有するドット穴が形成されている温度変調部材についても同様である。そこで、
図14~
図16に開示された温度変調部材では、温度変動振幅の分布として、50~70mK程度の等方性の温度変動分布の振幅成分が観察されており、平板型測定試験片10aと大差ないものとなっている。
【0052】
続いて、本発明の弾性熱量効果を用いた温度変調部材についてさらに説明を追加する。
本発明の弾性熱量効果を用いた温度変調部材は、本発明の弾性熱量効果の測定用試験片と同様な形状でもよいが、外形形状は大略矩形に限定されるものではなく、丸形や楕円形でもよく、各種の任意の形状が選択できる。本発明の実施例ではプラスチック材料を用いたが、弾性熱量効果を示す材料であればプラスチック材料に限らず同様の効果が期待できる。特に、超弾性材料の場合、通常の弾性変形に伴うエントロピー変化に加えて、マルテンサイト相変化に伴うエントロピー変化も重畳し得るため、弾性熱量効果により大きな断熱温度変化を起こすことができる。
切り紙加工をすると素子全体としてみた時の伸縮性を向上できるので、この点においてもウェアラブルデバイス・フレキシブルエレクトロニクスデバイスとの親和性が高い。
切り紙加工をすると弱い力で引っ張れるようになるので、例えば板材のままでは引張圧縮が容易ではない超弾性金属における弾性熱量効果の用途拡大が期待できる。なお、引張応力の範囲は弾性変形の範囲内とするのが好ましいが、多少の塑性変形が許容される用途では、引張強度を多少超えてもよい。
【0053】
本発明の弾性熱量効果を用いた温度変調部材によれば、切り込みパターンが形成されているため、切り込みパターンの近傍で応力集中が生じ、弾性熱量効果による温度変動が局所的に生じ、この温度変動は測定用試験片全体で生じる温度変動と比較して数倍から数十倍大きいので、応力集中部近傍で大きな温度変調が実現できる。
本発明の弾性熱量効果を用いた温度変調部材によれば、温度変調部材に柔軟性・伸縮性を与えつつ局所的に加熱冷却でき、かつ温度分布を色々デザインできるので、ウェアラブルデバイスやフレキシブルエレクトロニクス向けの冷却に用いて好適である。
本発明の弾性熱量効果の測定用試験片及び弾性熱量効果の測定方法は、LIT測定を用いているので、切り込みパターンの近傍で応力集中が生じ、弾性熱量効果による温度変動が局所的に生じても、応力集中部近傍で大きな温度変調を正確に検出でき、単位入力応力あたりの弾性熱量効果が大きな材料が探索に用いて好適である。
さらに、前記測定試験片の一定の領域における振幅成分及び位相成分の温度変化を用いた温度変化プロファイルを用いて、前記測定試験片の組成物質の弾性熱量効果係数を算出する工程を備えることを特徴とする請求項1に記載の弾性熱量効果の測定方法。