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  • 特開-ブタ心臓組織標本 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024107533
(43)【公開日】2024-08-09
(54)【発明の名称】ブタ心臓組織標本
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/071 20100101AFI20240802BHJP
   C12Q 1/02 20060101ALI20240802BHJP
   G01N 33/15 20060101ALI20240802BHJP
   G01N 33/50 20060101ALI20240802BHJP
【FI】
C12N5/071
C12Q1/02
G01N33/15 Z
G01N33/50 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023011500
(22)【出願日】2023-01-30
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 1.電機通信回線を通じて発表 掲載アドレス https://ipjt2022.tems-system.com/exhiSearch/IPW/jp/DetailsForAD?id=7UKuPIl6L68%3D&type=4 掲載年月日 2022(令和4)年4月14日 展示会名、開催場所 第4回ファーマラボ EXPO[東京]アカデミックフォーラム 東京ビッグサイト 西ホール4階(東京都江東区有明3-11-1) 2.展示会で発表 展示会名、開催場所 第4回ファーマラボ EXPO[東京]アカデミックフォーラム 東京ビッグサイト 西ホール4階(東京都江東区有明3-11-1) 発表年月日 2022(令和4)年7月13日~2022(令和4)年7月15日 3.展示会で発表 展示会名、開催場所 第4回ファーマラボ EXPO[東京]アカデミックフォーラム 東京ビッグサイト 西ホール4階(東京都江東区有明3-11-1) 発表年月日 2022(令和4)年7月13日 4.電機通信回線を通じて発表 掲載アドレス https://www.azabu-u.ac.jp/cooperation/files/farmalabo2022_dr-aihara.pdf 掲載年月日 2022(令和4)年7月22日 掲載サイト 学校法人麻布獣医学園ホームページ 5.学術集会で発表 集会名、開催場所 第8回日本先進医工学ブタ研究会 川崎生命科学・環境研究センター 大会議室(神奈川県川崎市川崎区殿町三丁目25-13) 発表年月日 2022(令和4)年10月21日
(71)【出願人】
【識別番号】502341546
【氏名又は名称】学校法人麻布獣医学園
(74)【代理人】
【識別番号】100137512
【弁理士】
【氏名又は名称】奥原 康司
(72)【発明者】
【氏名】志賀 崇徳
(72)【発明者】
【氏名】相原 尚之
(72)【発明者】
【氏名】上家 潤一
(72)【発明者】
【氏名】野口 倫子
(72)【発明者】
【氏名】栃内 亮太
【テーマコード(参考)】
2G045
4B063
4B065
【Fターム(参考)】
2G045AA40
2G045CB17
2G045CB26
2G045FA19
2G045GC19
4B063QA01
4B063QA18
4B063QQ02
4B063QR41
4B063QR90
4B063QS39
4B063QX02
4B065AA90X
4B065AC20
4B065BA30
4B065BB40
4B065BC50
4B065BD21
4B065CA46
4B065CA60
(57)【要約】
【課題】本発明は、BMD心筋症モデルブタから摘出した心臓組織標本であって、ex vivoにおいて拍動し、薬剤を灌流することで不整脈が誘発される心臓組織標本の提供を課題とする。
【解決手段】ベッカー型筋ジストロフィー(Becker muscular dystrophy:BMD)心筋症モデルブタから摘出されたものであって、ex vivoにおいて拍動可能であり、薬剤を灌流することで不整脈が誘発されるブタ心臓組織標本を解決手段とする。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ブタ心臓組織標本であって、当該心臓がベッカー型筋ジストロフィー(Becker muscular dystrophy:BMD)心筋症モデルブタから摘出されたものである、前記ブタ心臓組織標本。
【請求項2】
前記BMD保因ブタが、エクソン21~28領域が欠損した変異ジストロフィン遺伝子を有するものである、請求項1に記載のブタ心臓組織標本。
【請求項3】
前記心臓組織標本が灌流されたものである、請求項1または請求項2に記載のブタ心臓組織標本。
【請求項4】
薬剤を灌流することにより不整脈を誘発した、請求項3に記載のブタ心臓組織標本。
【請求項5】
前記薬剤が揮発性麻酔薬およびカテコールアミンである請求項4に記載のブタ心臓組織標本。
【請求項6】
前記揮発性麻酔薬およびカテコールアミンが、同時に、または揮発性麻酔薬の次にカテコールアミンが灌流されることを特徴とする、請求項5に記載のブタ心臓組織標本。
【請求項7】
抗不整脈薬のスクリーニングまたは評価方法であって、請求項4に記載のブタ心臓組織標本に候補物質を灌流する工程、該ブタ心臓組織標本の心筋膜電位を指標として、該候補物質の不整脈の治療効果を評価することを含む、前記スクリーニングまたは評価方法。
【請求項8】
前記心筋の膜電位を光学マッピングにより検出することを特徴とする、請求項7に記載のスクリーニングまたは評価方法。
【請求項9】
不整脈治療トレーニング方法であって、請求項4に記載のブタ心臓組織標本用いることを特徴とする、前記トレーニング方法。
【請求項10】
前記不整脈治療が、カテーテルアブレーションである、請求項9に記載のトレーニング方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ブタ心臓組織標本、より具体的には、ベッカー型筋ジストロフィー心筋症ブタから摘出した心臓組織標本であって、当該心臓組織標本に薬剤を灌流することにより不整脈を誘発し得るブタ心臓組織標本に関する。
【背景技術】
【0002】
筋ジストロフィーは、筋線維の破壊・変性(筋壊死)と再生を繰り返しながら、次第に筋萎縮と筋力低下が進行していく遺伝性筋疾患の総称であり、骨格筋の変性、壊死を主病変とし、臨床的には進行性の筋低下が認められる。発症年齢や遺伝形式、臨床的経過等から様々な病型に分類され、2015年7月には難病指定されている。該疾患はその遺伝形式から細分類されるが、最も頻度が高いものはジストロフィン遺伝子の変異によるものである。
【0003】
ヒトの筋ジストロフィーは、ジストロフィン完全欠損による重症のDuchenne型(DMD)と、部分欠損による軽症のBecker型(BMD)に大別されるが、いずれも骨格筋の障害に始まり、やがて呼吸障害や心不全を発症する。DMD患者の多くが25~30歳で死亡するが、遺伝子治療によりDMD患者においてもBMD患者のように軽症のままで維持できるようになってきている。近年ではエクソン・スキップ療法が開発され、日本では2020年5月にDMD治療薬ビルトラルセン(ビルテプソ)が発売された。この薬は、DMD患者体内でエクソン53をスキップしたジストロフィンの産生を回復させることにより、疾患の進行の抑制や状態の改善を期待するものである。
【0004】
一方で、BMD患者では骨格筋機能や呼吸機能が保たれた状態でも、重症心筋症を発症することから、BMD患者の死因の約半数は心筋症である。また、無症状のBMD患者が激しい運動や麻酔処置を契機に不整脈を発症し、突然死する事例も報告されている。現在の医療では心筋症初期段階での突然死を予防できず、ジストロフィン欠損による心筋症の初期病態は不明な点が多い。
【0005】
本発明者らは、これまでに筋ジストロフィーの病態解明および治療法の確立のために、BMDブタ心筋症モデルを効率的に選別する方法を見出している(特許文献1)。本発明者らが報告した方法によれば、BMD心筋症モデルブタを出産する母ブタを選別することができ、従来見出すことの困難であった、BMD心筋症モデル雄ブタおよび/または該モデル雄ブタを出産する、BMD心筋症の保因雌ブタを確保することが可能となった。
【0006】
また、上記選別方法により得られるBMD心筋症モデル雄ブタは、心臓に顕著な形態的変化を認めない生後3か月齢において、イソフルラン吸入麻酔負荷により、不整脈を示す。すなわち、BMD心筋症の初期病態の1つである不整脈が再現される特色ある動物モデルである。一般に、疾患の機序や予防・治療方法等を研究する上で、該疾患を模した動物モデルは大変有用なツールとなることが知られており、その意味において、発明者らによって確立された方法により取得されるBMD心筋症モデルブタは、BMD心筋症の治療方法の確立等に大いに資することが期待される。
BMD心筋症の初期病態と考えられる不整脈の治療に有効な抗不整脈薬の開発には、上記BMD心筋症モデルブタに加え、不整脈を誘発した心臓を生体外で拍動させるex vivo評価系が、望まれるところであるが、これまでに、そのような評価系の報告はない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2022-153749
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上記事情に鑑み、本発明は、BMD心筋症モデルブタから摘出した心臓組織標本であって、ex vivoにおいて拍動し、薬剤を灌流することで不整脈が誘発される心臓組織標本の提供を課題とする。
また、本発明は、当該心臓組織標本を用いた、抗不整脈薬のスクリーニング方法または抗不整脈薬の評価方法の提供、ならびに、ex vivoにおける不整脈治療トレーニング方法の提供を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
発明者らは、ジストロフィン遺伝子のエクソン21~28領域が欠損しているBMD心筋症モデルブタ(特許文献1)から心臓組織を摘出して灌流したところ、ex vivoにおいて拍動させることに成功した。さらに、当該灌流心に揮発性麻酔薬(例えば、イソフルラン)とカテコールアミン(例えば、アドレナリン)を、この順序で灌流したところ、不整脈が誘発されることを見出した。
本発明は、上記知見に基づいて完成されたものである。
【0010】
すなわち、本発明は以下の(1)~(10)に関するものである。
(1)ブタ心臓組織標本であって、当該心臓がベッカー型筋ジストロフィー(Becker muscular dystrophy:BMD)心筋症モデルブタから摘出されたものである、前記ブタ心臓組織標本。
(2)前記BMD保因ブタが、エクソン21~28領域が欠損した変異ジストロフィン遺伝子を有するものである、上記(1)に記載のブタ心臓組織標本。
(3)前記心臓組織標本が灌流されたものである、上記(1)または(2)に記載のブタ心臓組織標本。
(4)薬剤を灌流することにより不整脈を誘発した、上記(3)に記載のブタ心臓組織標本。
(5)前記薬剤が揮発性麻酔薬およびカテコールアミンである上記(4)に記載のブタ心臓組織標本。
(6)前記揮発性麻酔薬およびカテコールアミンが、同時に、または揮発性麻酔薬の次にカテコールアミンが灌流されることを特徴とする、上記(5)に記載のブタ心臓組織標本。
(7)抗不整脈薬のスクリーニングまたは評価方法であって、上記(4)に記載のブタ心臓組織標本に候補物質を灌流する工程、該ブタ心臓組織標本の心筋膜電位を指標として、該候補物質の不整脈の治療効果を評価することを含む、前記スクリーニングまたは評価方法。
(8)前記心筋の膜電位を光学マッピングにより検出することを特徴とする、上記(7)に記載のスクリーニングまたは評価方法。
(9)不整脈治療トレーニング方法であって、上記(4)に記載のブタ心臓組織標本用いることを特徴とする、前記トレーニング方法。
(10)前記不整脈治療が、カテーテルアブレーションである、上記(9)に記載のトレーニング方法。
なお、本明細書中、「~」の符号は、その左右の値を含む数値範囲を示す。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、不整脈が誘発された心臓組織標本をex vivoで拍動させることが可能である。当該心臓組織標本を用いることで、不整脈の発生メカニズムの解明が可能となる。さらに、当該心臓組織標本を用いることで、抗不整脈薬の候補物質のスクリーニングおよび当該候補物質の薬効の評価を行うことが可能となる。さらにまた、当該心臓組織標本を用いることで、ex vivoにおける不整脈治療のトレーニングの実施が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1図1は、BMD心筋症モデルブタから摘出した心臓組織標本を灌流(ランゲンドルフ灌流)し、不整脈を誘発するための装置の概略を示す。
図2図2は、BMD非保因雄ブタ(A)またはBMD保因雄ブタ(B)から摘出した心臓組織標本に、イソフルランおよびアドレナリンを注入した後に測定した心電図の結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の実施形態について説明する。
第1の実施形態は、ブタ心臓組織標本であって、当該心臓がベッカー型筋ジストロフィー(Becker muscular dystrophy:BMD)心筋症モデルブタから摘出されたものである、ブタ心臓組織標本である(以下「本実施形態にかかるブタ心臓組織標本」とも記載する)。
本実施形態において、「心臓組織」とは、拍動可能な心臓全体であっても、その一部であって、例えば、膜電位の変化を検出し得る心筋膜であってもよい。
【0014】
本実施形態において、「ブタ」とは、哺乳綱鯨偶蹄目イノシシ科の動物であり、いずれの種類に属するものでもよく、特に限定はしないが、例えば、大ヨークシャー種、ランドレース種、デュロック種、バークシャー種、ハンプシャー種等およびこれらの交雑種などの家畜ブタ、ポットベリー種、ゲッティンゲン種等の小型ブタおよび小型ブタと家畜ブタの交雑種などが挙げられる。さらに、本実施形態の「ブタ」には、小型ブタを品種改良し、さらに小型化したミニブタやマイクロブタ等も含まれるが、特にこれらに限定するものではない。
【0015】
ベッカー型筋ジストロフィー(Becker muscular dystrophy:BMD)とは、ジストロフィン遺伝子に変異を有し、筋線維の破壊または変性と再生を繰り返しながら、次第に筋萎縮および筋力低下が進行していく遺伝性筋疾患の総称である。BMD心筋症モデルブタとは、BMDに起因して生じる心筋症を模したモデルとなるブタである。ジストロフィン遺伝子はX染色体上に局在しているため、劣性遺伝し、基本的に男性でのみ発症することが知られている。従って、BMD心筋症を模したBMD心筋症モデルブタは、雄ブタである。他方、BMD心筋症の原因となるジストロフィン遺伝子変異をヘテロに有する雌ブタでは基本的に発症せず、該雌ブタは、継代維持することが可能である。
【0016】
ここで、「変異を有するジストロフィン遺伝子」とは、ゲノム上にコードされているジストロフィン遺伝子自体の変異であるだけでなく、ジストロフィン遺伝子からmRNAへの転写段階、および/または、mRNAから蛋白質への翻訳段階での不具合により、ジストロフィンタンパク質として何らかの変異(例えば、ジストロフィンタンパク質の構造や発現量など)を伴うものの全てが含まれる。例えば、「変異を有するジストロフィン遺伝子」として、エクソン21~28領域を欠損したジストロフィン変異遺伝子を挙げることができる。ここで、「エクソン21~28領域を欠損したジストロフィン変異遺伝子」とは、ゲノム上にコードされているジストロフィン遺伝子において、エクソン21~28領域を欠損しているもの(この場合、残存しているイントロンに差異のある全てのものを含みうる)であってもよいが、これだけでなく、ジストロフィン遺伝子からジストロフィン蛋白質に転写・翻訳されるプロセスにおける何らかの不具合により、結果として、エクソン21~28領域に対応する蛋白質上の部位を欠損したジストロフィン蛋白質を発現する場合も含まれる。
【0017】
本実施形態におけるBMD心筋症モデルブタは、特許文献1に開示された方法で選別された、BMD心筋症モデルブタを出産する母ブタの子孫から選択することができる。当該母ブタの子孫の雄ブタに対し、正常ジストロフィン発現の有無を判断する方法、例えば、筋肉でのジストロフィン発現解析および/または筋肉の病理組織検査を実施し、正常ジストロフィン発現の有無を判断指標とする方法など実施し、ジストロフィン遺伝子に異常が認められた雄ブタを、BMD心筋症モデルブタとして選択してもよい。
【0018】
これまでに、本発明者らは、エクソン21~28領域を欠損したジストロフィン変異遺伝子をヘテロに有する雌ブタが、BMD心筋症モデルブタを出産する母ブタとなり得ることを見出している(特許文献1)。さらに、本発明者らは、当該母ブタが出産した仔ブタに対し、特許文献1に開示される方法によって選別された仔ブタを解析した結果、エクソン21~28領域を欠損したジストロフィン変異遺伝子を有する雄仔ブタはBMD心筋症モデルブタとなり、当該欠損遺伝子を有する雌仔ブタはBMD心筋症を保因する雌ブタとなることを確認した(特許文献1)。
以上の知見に基づいて、本実施形態におけるBMD心筋症モデルブタとして、エクソン21~28領域の欠損を人為的に誘導した変異ジストロフィン遺伝子を有する雄ブタを使用してもよい。従って、当業者において周知の手法を用いることにより、BMD心筋症モデルブタを作製することができる。例えば、特に限定はしないが、受精卵の段階でCRISPR/Cas9システムを構成するCas9タンパク質およびガイドRNAを受精卵内に導入する方法や、マイクロインジェクション、エレクトロポレーション、トランスフェクション、リポフェクションなど受精卵へ外来遺伝子を導入する方法などにより、エクソン21~28領域を欠損した変異ジストロフィン遺伝子を有するブタを人為的に作製することが可能である。
【0019】
本実施形態にかかるブタ心臓組織標本は、灌流された状態の標本(以下「本実施形態にかかる灌流心標本」とも記載する)であってもよい。当該標本は、上述のとおり、心臓組織の全体または一部のいずれであってもよく、使用目的に応じて、種々の灌流方法を選択し得る。灌流心標本として、例えば、ランゲンドルフ灌流心標本、動脈灌流ウェッジ標本、血液灌流心室筋標本などがよく知られているが、これらの標本に限定されない。なかでも、ランゲンドルフ灌流心標本は、摘出した心臓の大動脈からカニューレを挿入して冠動脈から灌流した標本で、比較的実験操作が簡便であり、心臓全体を拍動させることが可能であることから、薬物などの薬理学的作用の評価に用いられることが多い。上記に例示した心臓組織(全体または一部)の灌流方法およびそれ以外の灌流方法は、専門書籍(心臓薬理実験法、田辺恒義ほか、丸善株式会社、1981)などを参照することで、当業者であれば、容易に実施することができる。
【0020】
本実施形態にかかるブタ心臓組織標本は、当該標本に対して適切な薬剤を灌流することにより、不整脈を誘発することができる。ここで不整脈とは、刺激伝導系に異常が生じ、心臓の脈拍が正常時とは異なるタイミングで生じる状態のことで、例えば、脈が速くなる頻脈、脈が遅くなる徐脈、予定外のタイミングで生じる期外収縮などが知られている。不整脈には、治療を要しないものもあるが、突然死を引き起こす危険なものもある。なかでも心室細動などは、虚血性心疾患、心臓弁膜症、心筋症などの原因にもなる危険な不整脈として知られている。
【0021】
本実施形態において使用する灌流液は、心臓の灌流に使用し得るものであれば、いかなる液体であってもよいが、例えば、クレブス・ヘンゼライト(Krebs-Henseleit)溶液(心臓薬理実験法、田辺恒義ほか、丸善株式会社、1981)を約95% O2および約5% CO2で飽和させた液体がよく用いられている。その他、例えば、クレブス・リンガー(Krebs-Ringer)溶液なども使用することができる。灌流液の流量は、当業者により、適宜選択することができるが、豚の心臓では140 ml/min~180 ml/min程度である。
【0022】
本実施形態にかかるブタ心臓組織標本に対し、心臓の刺激伝導系(洞房結節および房室結節など)の活動抑制や興奮伝導異常を誘発する作用を有する物質(以下「物質A」とも記載する)と、興奮伝導時間の短縮や伝導速度の低下を引き起こす作用を有する物質(以下「物質B」とも記載する)を併用して灌流することにより不整脈を誘発することができる。上記物質Aとして、特に限定はしないが、ハロゲン化エーテルなどの揮発性麻酔薬、より具体的には、例えば、イソフルラン、エンフルラン、デスフルラン、セボフルランなどを挙げることができる。また、物質Bとして、特に限定はしないが、例えば、アドレナリン、ノルアドレナリン、ドパミン、レボドパなどのカテコールアミンを挙げることができる。
【0023】
本実施形態にかかるブタ心臓組織標本に不整脈を誘発する場合、物質Aと物質Bの灌流の順序は、特に限定はしないが、好ましくは同時、より好ましくは物質A、次に物質Bの順序である。また、物質Aと物質Bの灌流量および灌流時間は、調製した心臓組織標本の状態等を考慮して、当業者であれば適宜適切な量および灌流時間を選択することができる。特に限定はしないが、例えば、物質Aとしてイソフルランを用いる場合、5mM~10 mMを3~5分間程度、物質Bとしてアドレナリンを用いる場合、0.4 mg/10 mL~0.6 mg/10mLを20~40秒間程度灌流してもよい。なお、イソフルランなどのように、水不溶性の物質を灌流する場合には、脂肪乳剤などで乳化させたのち、灌流してもよい。
本実施形態にかかるブタ心臓組織標本に上述の方法で物質Aと物質Bを灌流することで、ex vivoにおいて不整脈が誘発された心臓組織標本を製造することができる。
【0024】
第2の実施形態は、抗不整脈薬のスクリーニングまたは評価方法であって、BMDモデルブタから摘出されたブタ心臓組織標本に候補物質を灌流する工程、該ブタ心臓組織標本の心筋膜電位を指標として、該候補物質の不整脈の治療効果を評価することを含む、スクリーニングまたは評価方法である。
本実施形態にかかるブタ心臓標本は、上述の通り不整脈を誘発することができる。そのため、不整脈が誘発された当該ブタ心臓標本に抗不整脈薬(不整脈の治療剤)の候補物質を灌流した後、候補物質の灌流前と灌流後における心臓標本の状態(電気的または物理的特性)を比較し、灌流後の状態がより正常な心臓の状態に変化するかどうかを検出することで、当該候補物質が抗不整脈薬としての効果を有しているかどうかを判断することができる。ここで、心臓標本の状態の変化の指標として、例えば、灌流量、灌流圧、左心圧などの物理的特性、心筋の膜電位の変化などの電気生理学的特性などがある。特に、心筋の膜電位の変化を検出することにより、心臓機能の詳細な変動を検出することができ、候補物質の効果をより正確に判断することができる。
【0025】
心筋の膜電位を計測する方法としては、例えば、ガラス電極法や多電極マッピング法などのように電極から直接膜電位を計測する方法、光学マッピング法のように膜電位感受性色素によって光シグナルに変換された膜電位を計測する方法などが挙げられる。特に、光学マッピング法は、非侵襲的に心臓の興奮状態を検出できる点、計測系と標本系が電気的に絶縁されているため電極計測と異なり、強い電気刺激を加えた場合でも連続的な計測が可能である点などの利点を有している。そのため、光学マッピング法は、致死性頻脈不整脈である心室細動などの発生に重要な役割を果たしていると考えられるスパイラル・リエントリー(渦巻き型興奮旋回)を鮮明に計測することが可能であるため、抗不整脈薬のスクリーニングおよび評価において、非常に有効なツールになると考えられる。
【0026】
第3の実施形態は、不整脈治療トレーニング方法であって、BMDモデルブタから摘出されたブタ心臓組織標本を用いることを特徴とするトレーニング方法である。
心臓の手術は、正確な手術手技と判断力が必要とされるため、実際の手術を行う前に十分なトレーニングが必要とされる。これまで、三次元心臓モデルがトレーニングに用いられているが、病的な状態により近い心臓モデルを用いた方が、高いトレーニング効果を得ることができると考えられる。この点、ブタの心臓はその大きさや解剖学的特性がヒトの心臓に類似していることもあり、不整脈を誘発することができる本実施形態にかかる心臓標本は、既存の心臓モデルと比較して、不整脈治療のトレーニング用の心臓モデルとして優れていると言える。
【0027】
投薬やペースメーカーによる治療以外に、不整脈を根本的に治す治療としてカテーテルアブレーション(心筋焼灼術)がある。この方法は、心臓に入れたカテーテルの先から高周波を流し、心筋の一部に熱を加えて火傷させ、不整脈の原因をなくす治療方法である。不整脈を誘発させるブタ心臓標本を用いた場合、上述した心臓標本の状態の変化を指標にして、その治療効果を確認しながらトレーニングができることから、正確な手術手技をより短期間で身につけることが可能である。
【0028】
本明細書が英語に翻訳されて、単数形の「a」、「an」および「the」の単語が含まれる場合、文脈から明らかにそうでないことが示されていない限り、単数のみならず複数のものも含むものとする。また、本明細書において、「約」とは±10%の数値範囲を意味する。
以下に実施例を示してさらに本発明の説明を行うが、本実施例は、あくまでも本発明の実施形態の例示にすぎず、本発明の範囲を限定するものではない。
【実施例0029】
1.方法
1-1.BMD心筋症モデルブタ
エクソン21~28領域の1041bp(NM_001012408.1 Sus scrofa dystrophin (DMD) mRNA、2966-4006)を欠損したジストロフィンが産生されるBMD心筋症保因雄ブタを、既報(特許文献1)に開示される選別方法に従って取得した。具体的には、ジストロフィン異常症であることを確認した雌ブタ1頭を選抜、交配させ、11頭の産子を得て、このうち5頭(雌非保因1頭、雌保因1頭、雄非保因2頭、雄保因1頭)を選抜した。
【0030】
1-2.ランゲンドルフ法による灌流心の作製
上記1-1で選抜したBMD心筋症モデルブタに、3種混合麻酔(塩酸メデトミジン、ミダゾラム、酒石酸ブトルファノール(塩酸メデトミジン:ミダゾラム:酒石酸ブトルファノール=3:2:2 (mL)、0.1ml/kg)の筋肉内投与の鎮静下で、ペントバルビタール10mL(60mg/mL)を静脈内投与した。続けて、ヘパリン3mL(1000U/mL)を投与した。呼吸停止後速やかに、胸部皮膚、横隔膜および肋骨を切開し、心臓を摘出した。
【0031】
摘出心を氷冷した心停止液(デルニド液:NaCl 90.0 mM, C6H11NaO7 23.0 mM, C2H3NaO2・3H2O 27.0 mM, KCl 8.5 mM, MgCl2 1.5 mM, NaHCO3 154.7 mM, C6H14O6 89.5 mM, MgSO4 33.2 mM)に漬け、ヘパリン3mL(1000U/mL)摘出心に注入した。大動脈からカニューレを挿入し、臍帯結紮糸で結紮した。灌流装置に摘出心を装着し、95%O2、5%CO2混合ガスで飽和させ、37℃に加温した栄養液(クレブス・ヘンゼライト液:NaCl 118.5 mM, NaHCO3 25.0 mM, KCl 4.7 mM, CaCl2 2.5 mM, MgSO4 1.2 mM, KH2PO4 1.2 mM, Glucose 11 mM)で灌流を開始した。クレンメで腕頭動脈等を塞ぎ、心臓全体に灌流液が行き渡るようにした。血液が洗い流され、心臓の色が変化した後、除細動器(日本光電、TEC-5521)による電気ショック(5~15J)で摘出心を再拍動させた。その後、電極を心尖部および心底部に装着し、心電図記録開始し、拍動が安定するまで待機した(5~10分程度)。
【0032】
1-3.薬剤による不整脈の誘発
本実施例においては、揮発性麻酔薬(前述の物質Aに相当する)として、ハロゲン化エーテル系のイソフルランを使用した。イソフルランは、水不溶性である。そこで、イソフルランを含む試験薬として、クレブス・ヘンゼライト液にイントラリポス(静注用脂肪乳剤、大塚製薬)で乳化したイソフルランを混和したものを使用した。栄養液は、試験薬と同濃度になるようにイントラリポスを混和した物を使用した。
拍動が安定した灌流心に対して、臨床用量の10倍濃度(5mM)の試験薬(イソフルラン含有)を5分間灌流し、次いで、アドレナリン(0.5mg/10ml)(上述の物質Bに相当する)を30秒間で注入し、頻脈性不整脈を誘起した(図1)。
【0033】
2.結果
ジストロフィン異常症であることを確認した雌豚1頭を選抜、交配させ、11頭の産子を得て、このうち5頭(非保因雌1頭、保因雌1頭、非保因雄2頭、保因雄1頭)を選抜した。5頭(35日齢、11.8~15.2kg)から心臓(103.9~124.0g)を摘出し、ランゲンドルフ法による灌流心を作成、心電図を記録した。
5頭全ての灌流心において、イソフルラン灌流のみでは不整脈が誘発されなかった。非保因雌、保因雌、非保因雄の4頭では、アドレナリン注入後に頻拍を示し(図2A)、稀に期外収縮が認められたが、心室細動には至らなかった。一方で、保因雄の1頭では、アドレナリン注入後に多形性心室頻拍を示し、心室細動に至った(図2B)。
以上の通り、BMD心筋症モデルブタから摘出した心臓組織標本を、ex vivoで拍動させ、致死的頻脈性不整脈(心室細動)を誘発することに成功した。
【産業上の利用可能性】
【0034】
本発明により、ex vivoにおいて不整脈を誘発することができるブタ心臓組織標本が提供される。当該心臓組織標本を用いることで、抗不整脈薬等のスクリーニングおよび評価が可能であり、また、アブレーションなどの手術手技のトレーニングが可能となる。さらに、不整脈を誘発させた本発明にかかるブタ心臓組織標本に、光学マッピングを適用することで、不整脈の原因となる心臓興奮伝播やカルシウムイオン動態の異常を可視化することができる。従って、本発明は、BMD心筋症の診断、予防治療などの医学分野においての利用が期待される。
図1
図2