(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024107546
(43)【公開日】2024-08-09
(54)【発明の名称】メカニカルシール
(51)【国際特許分類】
F16J 15/34 20060101AFI20240802BHJP
【FI】
F16J15/34 G
F16J15/34 H
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023011526
(22)【出願日】2023-01-30
(71)【出願人】
【識別番号】000229737
【氏名又は名称】株式会社PILLAR
(74)【代理人】
【識別番号】110000280
【氏名又は名称】弁理士法人サンクレスト国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】冨田 優記
(72)【発明者】
【氏名】奥村 淳矢
【テーマコード(参考)】
3J041
【Fターム(参考)】
3J041BA01
3J041BA03
3J041BB01
3J041BC03
3J041DA01
(57)【要約】
【課題】シール面間の潤滑状態を良好な状態で維持することができる技術を提供する。
【解決手段】メカニカルシール1は、回転側シール面60を有する回転密封環13と、回転側シール面60に対向する静止側シール面62を第1端面35bに有する静止密封環35と、第1端面35bの反対面である静止密封環35の第2端面35cに接触して静止密封環35を保持するリテーナ34と、を備える。第1端面35bは、回転側シール面60に向けて突出するとともに先端に静止側シール面62を有する第1環状突起66を備える。第2端面35cは、リテーナ34に接触する環状接触面74を備える。第1環状突起66の外径は、環状接触面74の外径よりも大きい。
【選択図】
図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
回転側シール面を有する回転密封環と、
前記回転側シール面に対向する静止側シール面を第1端面に有する静止密封環と、
前記第1端面の反対面である前記静止密封環の第2端面に接触して前記静止密封環を保持するリテーナと、を備え、
前記第1端面は、前記回転側シール面に向けて突出するとともに先端に前記静止側シール面を有する第1環状突起を備え、
前記第2端面は、前記リテーナに接触する環状接触面を備え、
前記第1環状突起の外径が、前記環状接触面の外径よりも大きい
メカニカルシール。
【請求項2】
前記第2端面は、前記リテーナに向けて突出するとともに先端に前記環状接触面を有する第2環状突起を備える
請求項1に記載のメカニカルシール。
【請求項3】
前記リテーナは、前記第2端面に対向する第3端面を有し、
前記第3端面は、前記第2端面に向けて突出するとともに先端面が前記第2端面に接触する第3環状突起を有し、
前記環状接触面は、前記第2端面のうち前記先端面が接触する面である
請求項1に記載のメカニカルシール。
【請求項4】
前記静止側シール面の半径方向に沿う幅に対する、前記第1環状突起の外半径と前記環状接触面の外半径との差の割合は、2%以上、27%以下である
請求項1から請求項3のいずれか一項に記載のメカニカルシール。
【請求項5】
前記環状接触面、および、前記環状接触面に接触するリテーナの接触面のうち、いずれか一方の算術平均粗さが0.3μm以上、0.5μm以下の範囲であり、いずれか他方の算術平均粗さが0.1μm以上、0.2μm以下の範囲である
請求項1から請求項3のいずれか一項に記載のメカニカルシール。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、メカニカルシールに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、回転流体機器等の内部の被密封流体をシールするためにメカニカルシールが用いられる。
図8は、従来のメカニカルシールを示す図である。
図8に示すように、メカニカルシール100は、回転軸102側に一体回転可能に設けられる回転密封環104と、静止密封環106と、静止密封環106を保持するハウジング108と、を備える。
回転密封環104は、回転側シール面104aを有する。静止密封環106は、静止側シール面106aを有する。回転側シール面104aと、静止側シール面106aと、は互いに摺接する。これによって、外周側の機内空間を内周側の機外空間に対して密封する。
静止密封環106は、ハウジング108の内端面108aに接触して保持されている。
【0003】
上記従来例では、静止密封環106の端面106bが、ハウジング108に向けて突出する支持突起110を有する。端面106bは、静止側シール面106aの反対側の端面であって、ハウジング108に向く端面である。
支持突起110は、端面106bの内周側に設けられている。このため、支持突起110の外周側の端面106b1と、内端面108aとの間には空間109が形成される。
【0004】
ここで、回転密封環104が静止密封環106へ向けて軸方向に押圧されるとともに、機内の流体圧力と外部圧力との差が大きくなると、静止密封環106には、図中の矢印Y10に示すような回転モーメントが生じる。すると、静止密封環106においては、空間109によって、外周側端面106b1が端面108aに接近するような弾性変形が助長される。
この弾性変形によって、静止側シール面106aの径方向外側の端縁部分が回転側シール面104aから離間しようとする。
この結果、回転側シール面104aと静止側シール面106aとの間に、径方向外側に開口する断面くさび状の微小隙間が形成される。
この微小隙間によって、回転側シール面104aと静止側シール面106aとの間に、機内空間の流体の流通が促され、両シール面間の潤滑状態が良好な状態で維持される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、静止密封環106の静止側シール面106aは、回転側シール面104aに向けて突出した環状突起112の先端に設けられている。
このため、支持突起110と、環状突起112との径方向の位置関係によっては、静止側シール面106aの径方向外側の端縁部分が、静止側シール面106aの径方向内側の端縁部分と比較して、非常に強く押圧されることがある。
この場合、微小隙間が十分に形成されず、両シール面間の潤滑状態を悪化させるおそれがある。
【0007】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたものであり、メカニカルシールにおいて、シール面間の潤滑状態を良好な状態で維持することができる技術の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
(1)実施形態であるメカニカルシールは、回転側シール面を有する回転密封環と、前記回転側シール面に対向する静止側シール面を第1端面に有する静止密封環と、前記第1端面の反対面である前記静止密封環の第2端面に接触して前記静止密封環を保持するリテーナと、を備える。前記第1端面は、前記回転側シール面に向けて突出するとともに先端に前記静止側シール面を有する第1環状突起を備える。前記第2端面は、前記リテーナに接触する環状接触面を備える。前記第1環状突起の外径は、前記環状接触面の外径よりも大きい。
【0009】
上記構成によれば、第1環状突起の外径が、環状接触面の外径よりも大きいので、静止側シール面の径方向外側の端縁部分が、径方向内側の端縁部分と比較して極端に強く押圧されるのを抑制することができる。この結果、回転側シール面と静止側シール面との間において径方向外側に開口する断面くさび状の微小隙間の形成を促すことができ、回転側シール面と静止側シール面との間の潤滑状態を良好な状態で維持することができる。
【0010】
(2)上記メカニカルシールにおいて、前記第2端面は、前記リテーナに向けて突出するとともに先端に前記環状接触面を有する第2環状突起を備えるものであってもよい。
この場合、第2環状突起の外径を第1環状突起の外径よりも小さくすることで、第1環状突起の外径を、環状接触面の外径よりも大きくすることができる。
【0011】
(3)上記メカニカルシールにおいて、前記リテーナが、前記第2端面に対向する第3端面を有し、前記第3端面が、前記第2端面に向けて突出するとともに先端面が前記第2端面に接触する第3環状突起を有する場合、前記環状接触面は、前記第2端面のうち前記先端面が接触する面であってもよい。
この場合、第3環状突起の外径を第1環状突起の外径よりも小さくすることで、第1環状突起の外径を、環状接触面の外径よりも大きくすることができる。
【0012】
(4)上記メカニカルシールにおいて、前記静止側シール面の半径方向に沿う幅に対する、前記第1環状突起の外半径と前記環状接触面の外半径との差の割合は、2%以上、27%以下であってもよい。
前記割合が2%よりも小さいと、静止側シール面の径方向外側の端縁部分が、径方向内側の端縁部分よりも強く押圧されるのを抑制する効果を十分に得ることができない。
前記割合が27%よりも大きいと、静止側シール面と、回転側シール面と、を離間させようとする力の作用が顕著になり、両シール面間における面圧が十分に得られない。
前記割合を、2%以上、27%以下とすることで、両シール面間における面圧を適度に確保しつつ、静止側シール面の径方向外側の端縁部分が、径方向内側の端縁部分よりも強く押圧されるのを抑制することができる。
【0013】
(5)メカニカルシールを高圧流体の密封に用いた場合、流体圧力と外部圧力との差によって、微小隙間をより大きくする方向に静止密封環が弾性変形しようとし、微小隙間が極端に大きくなることで、流体漏れが生じることがある。
この点、上記メカニカルシールにおいて、前記環状接触面、および、前記環状接触面に接触するリテーナの接触面のうち、いずれか一方の面の算術平均粗さを0.3μm以上、0.5μm以下の範囲とし、いずれか他方の面の算術平均粗さを0.1μm以上、0.2μm以下の範囲とすることが好ましい。
この場合、一方の面が他方の面よりも粗面であるため、両面が適度に噛み合い摩擦係数を高めることができる。この結果、流体圧力と外部圧力との差によって、微小隙間をより大きくする方向に静止密封環が弾性変形しようとしたとしても、静止密封環の環状接触面と、リテーナの接触面との間の摩擦によって、静止密封環の弾性変形を抑制することができる。この結果、微小隙間が極端に大きくなるのを抑制することができ、流体漏れの発生を抑制することができる。
【0014】
一方の面の算術平均粗さが0.3μmより小さいと、必要な摩擦係数が得られないおそれがある。一方の面の算術平均粗さが0.5μmより大きいと、両面が適切に噛み合わず、必要な摩擦係数が得られないおそれがある。
他方の面の算術平均粗さが0.1μmより小さいと、加工に要するコストの上昇を招き好ましくない。他方の面の算術平均粗さが0.2μmより大きいと、両面が適切に噛み合わず、必要な摩擦係数が得られないおそれがある。
両接触面のうち、いずれか一方の面の算術平均粗さを0.3μm以上、0.5μm以下の範囲とし、いずれか他方の面の算術平均粗さを0.1μm以上、0.2μm以下の範囲とすることで、静止密封環の極端な弾性変形を抑制することができ、流体漏れの発生を抑制することができる。
【発明の効果】
【0015】
本開示によれば、シール面間の潤滑状態を良好な状態で維持することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】
図1は、第1実施形態に係るメカニカルシールを示す断面図である。
【
図3】
図3は、静止密封環の周辺を示す拡大断面図である。
【
図4】
図4は、第2実施形態に係るメカニカルシールの要部断面図である。
【
図5】
図5は、試験に用いた静止密封環の寸法を説明するための図である。
【
図6】
図6は、割合Pと、静止側シール面における最大面圧と、の関係を示すグラフである。
【
図7】
図7は、試験例1,6および比較例の静止側シール面の面圧の分布を示す図であり、
図7(a)は比較例の面圧分布を示しており、
図7(b)は試験例1の面圧分布を示しており、
図7(c)は試験例6の面圧分布を示している。
【
図8】
図8は、従来のメカニカルシールを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、好ましい実施形態について図面を参照しつつ説明する。
〔第1実施形態について〕
図1は、第1実施形態に係るメカニカルシールを示す断面図である。
図1において、メカニカルシール1は、ポンプ、撹拌機等の回転機器に用いられ、回転機器の内部において被密封流体(溶剤、水又は油等)を密封するものである。メカニカルシール1は、回転機器の回転軸71と、回転軸71を包囲しているケーシング72との間において、回転軸71の軸方向(以下、単に「軸方向」という)に沿って配置されている。
【0018】
本実施形態のメカニカルシール1は、高圧及び高周速等の高負荷条件で使用される。メカニカルシール1は、回転側ユニット2と、静止側ユニット3と、を備える。回転側ユニット2は、回転軸71に一体回転可能に設けられる。静止側ユニット3は、ケーシング72に設けられる。なお、本明細書では、便宜上、
図1の左側に向く方向を第1軸方向といい、
図1の右側に向く方向を第2軸方向という。
【0019】
<回転側ユニット>
回転側ユニット2は、スリーブ11、回転密封環13、及びリテーナ14を備えている。スリーブ11は、スリーブ本体11aと、円環部11bと、円筒部11cと、を有している。スリーブ本体11aは、回転軸71の外周に嵌合して固定される。円環部11bは、スリーブ本体11aの第2軸方向側の他端部から径方向外側に延びる部分である。円筒部11cは、円環部11bの径方向外端から第1軸方向側へ延びる部分である。
【0020】
スリーブ本体11aは、図示しないキー部材やストッパリング等によって回転軸71に固定されている。よって、スリーブ11は、回転軸71に対して軸方向及び周方向に相対移動しないように固定されている。
スリーブ本体11aの軸方向他端部の内周面と回転軸71の外周面との間は、Oリング17によりシール(二次シール)されている。
【0021】
回転密封環13は、例えば、SiCを用いて形成された環状の焼結部材である。回転密封環13は、スリーブ本体11aと円筒部11cとの間に配置されている。回転密封環13は、第1軸方向側の端面には回転側シール面60を有する。
回転密封環13は、円筒状のリテーナ14を介して円筒部11cに同心状に取り付けられている。具体的には、回転密封環13の外周面は、リテーナ14の内周面に嵌合して固定されている。リテーナ14の外周面は、円筒部11cの内周面に嵌合されている。また、リテーナ14と、円筒部11cとは、キー等によって、相対回転が規制されている。
リテーナ14の第2軸方向側にはOリング18が配置されている。Oリング18は、円筒部11cの内周面と回転密封環13の外周面との間をシール(二次シール)している。
【0022】
<静止側ユニット>
静止側ユニット3は、シールケース30、リテーナ34、及び静止密封環35を備えている。シールケース30は、ケーシング72に固定された円環状の第1ケース体31と、第1ケース体31に固定された円環状の第2ケース体32と、第2ケース体32に固定された円筒状の第3ケース体33と、を有している。
【0023】
第1ケース体31の径方向外側部は、ケーシング72の軸方向一方側の側面に当接した状態で、ボルト(図示せず)によりケーシング72に固定されている。第1ケース体31の径方向内側には、環状溝31aが形成されている。第1ケース体31の軸方向他方側の側面とケーシング72の軸方向一方側の側面との間は、Oリング38によりシール(二次シール)されている。
【0024】
第2ケース体32は、第1ケース体31の環状溝31aに嵌め込まれた状態で、ボルト(図示せず)により第1ケース体31に固定されている。第2ケース体32の外周面と環状溝31aの内周面との間は、Oリング40によりシール(二次シール)されている。
【0025】
第3ケース体33は、ケース本体33aと、ケース本体33aから軸方向一方側に延びる連結筒部33bと、を有している。ケース本体33aの外周面は、ケーシング72の内周面に嵌合されている。ケース本体33aの外周面の軸方向両側それぞれとケーシング72の内周面との間は、Oリング42によりシール(二次シール)されている。
【0026】
連結筒部33bは、円筒状に形成されている。連結筒部33bの第1軸方向側の内周面は、第2ケース体32の外周面に嵌合されている。また連結筒部33bは図示しないビスにより第2ケース体32に固定されている。また、連結筒部33bの第1軸方向側は、第2ケース体32に固定された状態で、第1ケース体31の環状溝31aに嵌め込まれている。
【0027】
リテーナ34は、円環状に形成されたリテーナ本体340と、リテーナ本体340の内周端部から第1軸方向側に延びる第2円筒部342と、円筒部材343と、を有している。リテーナ本体340は、例えば、ステンレス鋼を用いて形成された環状の部材である。リテーナ本体340は、第3ケース体33の内周側において軸方向に移動可能に配置されている。
【0028】
図1に示すように、第2ケース体32とリテーナ本体340との間には、スプリング47が周方向に所定間隔をあけて複数(
図1では1個のみ図示)設けられている。スプリング47は、第2ケース体32に対してリテーナ本体340を第2軸方向側へ付勢している。
【0029】
図2は、
図1の要部を拡大した断面図である。
リテーナ本体340の第1側面340aには、ピン45が第2軸方向側へ突出して設けられている。リテーナ本体340の第2側面340bには、ピン46が第1軸方向側へ突出して固定されている。第1側面340aは、リテーナ本体340の第2軸方向へ向く面であり、静止密封環35の第2端面35c(後に説明する)に対向する面(第3端面)である。第2側面340bは、リテーナ本体340の第1軸方向へ向く面である。
【0030】
ピン46は、第2ケース体32に形成されたピン溝32aに挿入されている。これにより、リテーナ34は、ケーシング72側であるシールケース30に対して軸方向へ移動可能に取り付けられるとともに、シールケース30に対する相対回転が規制されている。
【0031】
第2円筒部342は、第2ケース体32の内周側に挿入されている。第2円筒部342の外周面と第2ケース体32の内周面との間は、Oリング48によりシール(二次シール)されている。
【0032】
円筒部材343は、リテーナ本体340の外周面に固定されている。円筒部材343は、大径内周面343aと、小径内周面343bと、を有する。大径内周面343aは、円筒部材343の第1軸方向側の端部に繋がっている。小径内周面343bは、大径内周面343aの第2軸方向側に隣接して設けられている。大径内周面343aは、リテーナ本体340の外周面に外嵌しており、リテーナ本体340に固定されている。
大径内周面343aと小径内周面343bとの間には段差部343cが設けられている。段差部343cと、リテーナ本体340の段差部340cとの間には、Oリング50が介在している。
【0033】
小径内周面343bは、段差部343cから円筒部材343の第2軸方向側の端部に亘って設けられている。円筒部材343の第2軸方向側の端部には、小径内周面343bから径方向内方へ突出する鍔部343dが設けられている。
鍔部343dと、静止密封環35の外周段差部35aと、の間には、Oリング51が設けられている。これにより、静止密封環35は、鍔部343dと、第1側面340aとの間で軸方向に保持される。
【0034】
静止密封環35は、カーボンを焼結成形することで得られる環状の部材である。静止密封環35は、静止密封環35は、リテーナ34の第2軸方向側に配置されている。静止密封環35の第1端面35bに静止側シール面62が設けられている。第1端面35bは、静止密封環35において第2軸方向に向く端面である。
静止密封環35の第2端面35cは、リテーナ本体340の第1側面340aに接触する。第2端面35cは、静止密封環35において第1軸方向に向く端面であり、第1端面35bの反対面である。
静止密封環35の第2端面35cにおける径方向外側には、ピン溝35dが設けられている。ピン溝35dには、リテーナ本体340に固定されたピン45が挿入されている。静止密封環35は、ピン45によって、リテーナ34に対する相対回転が規制されている。
このように、静止密封環35は、リテーナ34によって、軸方向及び周方向に保持される。
【0035】
静止側シール面62は、回転側シール面60に対向し、接触する。これにより、ケーシング72内における回転密封環13及び静止密封環35の両シール面60,62よりも径方向外側に、被密封流体が密封される機内領域73が形成されている。
【0036】
図3は、静止密封環35の周辺を示す拡大断面図である。
図3では、理解を容易にするために、ハッチングを省略して示している。また、
図3では、ピン溝35d及びピン45を省略して示している。
上述したように、静止密封環35は、静止側シール面62を第1端面35bに有する。
第1端面35bは、外側端面64と、第1環状突起66と、内側端面68と、を有する。
【0037】
第1端面35bにおける、外側端面64、第1環状突起66、内側端面68は、径方向外側から順番に設けられている。
外側端面64は、外径端が外周段差部35aに繋がる径方向に沿う環状の面である。外周段差部35aは、静止密封環35の外周面と第1端面35bとの間に亘って設けられた環状の段差部である。
【0038】
内側端面68は、内径端が静止密封環35の内周縁に繋がる径方向に沿う環状の面である。
第1環状突起66は、外側端面64及び内側端面68から回転側シール面60に向けて突出している。
静止側シール面62は、第1環状突起66の先端に設けられている。
静止密封環35の第2端面35cは、外側端面70と、第2環状突起75と、を有する。
外側端面70は、静止密封環35の外周縁に繋がる径方向に沿う環状の面である。
第2環状突起75は、外側端面70と、静止密封環35の内周面との間に設けられている。第2環状突起75は、外側端面70からリテーナ34の第1側面340aに向けて突出している。
第2環状突起75の先端は、リテーナ34の第1側面340aに接触している。つまり、第2環状突起75の先端は、リテーナ34に接触する環状接触面74である。
【0039】
本実施形態において、第1環状突起66の外周面66aの外径は、第2環状突起75の外周面75aの外径よりも大きい。
よって、
図3に示すように、第1環状突起66の外半径R1と、第2環状突起75の外半径R2と、の間には、差Zが生じる。
【0040】
第1環状突起66の外径は、環状接触面74の外径よりも大きいので、静止側シール面62において、外端縁62aが内端縁62bよりも極端に強く押圧されるのを抑制することができる。外端縁62aは静止側シール面62の径方向外側の端縁である。内端縁62bは静止側シール面62の径方向内側の端縁である。
【0041】
すなわち、第1環状突起66の外径が、環状接触面74の外径以下の場合、静止密封環35には、
図3中の矢印Y1の方向に回転モーメントが生じることがあり、外端縁62aが内端縁62bよりも極端に強く押圧されることがある。矢印Y1の方向の回転モーメントは、静止密封環35の断面における重心G回りに生じる回転モーメントである。
この点、本実施形態では、第1環状突起66の外径が、環状接触面74の外径よりも大きいので、矢印Y1の方向の回転モーメントの発生を抑制することができる。
【0042】
この結果、回転側シール面60と静止側シール面62との間において径方向外側に開口する微小隙間Sの形成を促すことができ、回転側シール面60と静止側シール面62との間の潤滑状態を良好な状態で維持することができる。
【0043】
微小隙間Sは、静止密封環35に、
図3中の矢印Y2の方向に回転モーメントが生じ、静止密封環35の弾性変形等によって静止側シール面62が破線Hに示すように回転側シール面60から離間したときに、回転側シール面60と、静止側シール面62との間に生じる断面くさび状の隙間である。微小隙間Sは、外端縁62aが回転側シール面60から離間することで、径方向外側に開口する。
【0044】
ここで、幅Wに対する差Zの割合Pは、2%以上、27%以下に設定することができる。幅Wは、静止側シール面62の半径方向に沿う幅寸法である。
割合Pが2%よりも小さいと、外端縁62a側が内端縁62b側よりも強く押圧されるのに対する抑制効果を十分に得ることができない。
割合Pが27%よりも大きいと、静止側シール面62と、回転側シール面60と、を離間させようとする力の作用が顕著になり、両シール面60,62間における面圧が十分に得られない。
割合Pを、2%以上、27%以下とすることで、両シール面60,62間における面圧を適度に確保しつつ、外端縁62a側が内端縁62b側よりも強く押圧されるのを抑制することができる。
【0045】
なお、割合Pは、5%以上、25%以下であることがより好ましい。割合Pを5%以上とすることで、外端縁62a側が内端縁62b側よりも強く押圧されるのをより効果的に抑制することができる。また、割合Pを25%以下とすることで、両シール面60,62間における面圧をより好適な状態とすることができる。
【0046】
本実施形態のメカニカルシール1を高圧流体の密封に用いた場合、流体圧力と外部圧力との差によって、微小隙間Sをより大きくする方向に静止密封環35が弾性変形しようとし、微小隙間Sが極端に大きくなることで、流体漏れが生じることがある。
つまり、
図3に示すように、機内領域73における流体圧力がより高い場合、静止密封環35には、流体圧力が
図3中の矢印Y3の方向に作用する。このため、静止密封環35において、
図3中の矢印Y2の方向の回転モーメントが助長され、微小隙間Sが極端に大きくなるおそれが生じる。
【0047】
この点、本実施形態のメカニカルシール1では、環状接触面74の算術平均粗さを0.3μm以上、0.5μm以下の範囲とし、環状接触面74に接触するリテーナ34の接触面である第1側面340aの算術平均粗さを0.1μm以上、0.2μm以下の範囲としている。
このように、環状接触面74が第1側面340aよりも粗面であるため、両面が適度に噛み合い摩擦係数を高めることができる。この結果、流体圧力と外部圧力との差によって、矢印Y2の方向の回転モーメントが助長され、微小隙間Sをより大きくする方向に静止密封環35が弾性変形しようとしたとしても、静止密封環35の環状接触面74と、リテーナ34の第1側面340aとの間の摩擦によって、静止密封環35の弾性変形を抑制することができる。この結果、微小隙間Sが極端に大きくなるのを抑制することができ、流体漏れの発生を抑制することができる。
【0048】
環状接触面74の面の算術平均粗さが0.3μmより小さいと、必要な摩擦係数が得られないおそれがある。環状接触面74の算術平均粗さが0.5μmより大きいと、両面が適切に噛み合わず、必要な摩擦係数が得られないおそれがある。
第1側面340aの算術平均粗さが0.1μmより小さいと、加工に要するコストの上昇を招き好ましくない。第1側面340aの算術平均粗さが0.2μmより大きいと、両面が適切に噛み合わず、必要な摩擦係数が得られないおそれがある。
環状接触面74の算術平均粗さを0.3μm以上、0.5μm以下の範囲とし、第1側面340aの算術平均粗さを0.1μm以上、0.2μm以下の範囲とすることで、静止密封環35の極端な弾性変形を抑制することができ、流体漏れの発生を抑制することができる。
【0049】
なお、本実施形態では、環状接触面74が第1側面340aよりも粗面である場合を例示したが、第1側面340aが環状接触面74よりも粗面であってもよい。つまり、第1側面340aの算術平均粗さを0.3μm以上、0.5μm以下の範囲とし、環状接触面74の算術平均粗さを0.1μm以上、0.2μm以下の範囲としてもよい。
【0050】
〔第2実施形態について〕
図4は、第2実施形態に係るメカニカルシールの要部断面図である。
本実施形態は、リテーナ34の第1側面340aが、第3環状突起76を有しており、静止密封環35の第2端面35cが第2環状突起75を有していない点において第1実施形態と相違する。
【0051】
リテーナ34の第1側面340aは、外側端面78と、第3環状突起76と、を有する。
外側端面78は、リテーナ本体340の外周縁に繋がる径方向に沿う環状の面である。
第3環状突起76は、外側端面78と、静止密封環35の内周面との間に設けられている。第3環状突起76は、外側端面78から静止密封環35の第2端面35cに向けて突出している。
第3環状突起76の先端面76aは、第2端面35cに接触している。
よって、静止密封環35の第2端面35cのうち、先端面76aに接触される面が環状接触面74である。
【0052】
本実施形態では、第1環状突起66の外周面66aの外径は、第3環状突起76の外周面76bの外径よりも大きい。
よって、
図4に示すように、第1環状突起66の外半径R1と、第3環状突起76の外半径R3と、の間には、差Zが生じる。
【0053】
本実施形態では、第3環状突起76の外径を第1環状突起66の外径よりも小さくすることで、第1環状突起66の外径を、環状接触面74の外径よりも大きくすることができる。
よって、本実施形態においても、回転側シール面60と静止側シール面62との間において径方向外側に開口する微小隙間Sの形成を促すことができ、回転側シール面60と静止側シール面62との間の潤滑状態を良好な状態で維持することができる。
【0054】
〔検証試験について〕
次に、メカニカルシール1による効果に関する検証試験について説明する。
試験に用いたメカニカルシール1の静止密封環35の寸法は、下記の通りである。
図5は、試験に用いた静止密封環35の寸法を説明するための図である。
図5中、L1は第2環状突起の突出寸法、L2は第1端面35bと第2端面35cとの軸方向寸法、L3は第1環状突起66の突出寸法、C1は静止密封環35の内周面と外周面との間の径方向の幅寸法、C2は内側端面68の径方向の幅寸法を示している。
以下の寸法は、各試験例品及び比較例品で共通である。
L1:2mm
L2:17mm
L3:3mm
C1:17.1mm
C2:2mm
幅W:5mm
【0055】
(試験例1)
差Zを0.5mmとした。よって、割合Pは10%である。
また、静止密封環35の環状接触面74の算術平均粗さRaを0.33μmとし、環状接触面74に接触するリテーナ34の第1側面340aの算術平均粗さRaを0.13μmとした。
【0056】
(試験例2)
差Zを0.5mmとした。よって、割合Pは10%である。
また、静止密封環35の環状接触面74の算術平均粗さRaを0.45μmとし、環状接触面74に接触するリテーナ34の第1側面340aの算術平均粗さRaを0.15μmとした。
【0057】
(試験例3)
差Zを1.5mmとした。よって、割合Pは30%である。
また、静止密封環35の環状接触面74の算術平均粗さRaを0.42μmとし、環状接触面74に接触するリテーナ34の第1側面340aの算術平均粗さRaを0.14μmとした。
【0058】
(試験例4)
差Zを0.5mmとした。よって、割合Pは10%である。
また、静止密封環35の環状接触面74の算術平均粗さRaを0.08μmとし、環状接触面74に接触するリテーナ34の第1側面340aの算術平均粗さRaを0.14μmとした。
【0059】
(試験例5)
差Zを0.25mmとした。よって、割合Pは5%である。
【0060】
(試験例6)
差Zを1.0mmとした。よって、割合Pは20%である。
【0061】
(試験例7)
差Zを1.25mmとした。よって、割合Pは25%である。
【0062】
(比較例)
差Zを0mmとした。よって、割合Pは0%である。
また、静止密封環35の環状接触面74の算術平均粗さRaを0.36μmとし、環状接触面74に接触するリテーナ34の第1側面340aの算術平均粗さRaを0.17μmとした。
【0063】
(評価試験)
(1)漏れ量及び摩耗量の評価
試験流体を密封したときの漏れ量を評価するための試験機にメカニカルシールを装着し、試験流体が一定の圧力であるときに回転軸71を回転させたときの漏れ量および両密封環の摩耗量を評価した。
試験流体としては、工業用水を用いた。
この評価試験機を用いて、試験例1,2,3,4および比較例の漏れ量及び摩耗量を得た。
下記表1に試験結果を示す。
【0064】
【0065】
表1中、流体圧力は、試験流体の圧力である。周速は、静止密封環35と回転密封環13との間の周速である。
表1に示すように、試験例1から試験例4では、静止密封環35及び回転密封環13の摩耗量は、比較例と比較して非常に少ないことが明らかである。
【0066】
割合Pが30%(差Zが1.5mm)である試験例3では、摩耗量は非常に少ないが、漏れ量が試験例1、2と比較して多くなっている。これは、割合Pが27%よりも大きいため、静止側シール面と、回転側シール面と、を離間させようとする力の作用が顕著になり、両シール面間における面圧が十分に得られず、漏れ量が多くなっている。
【0067】
また、静止密封環35の環状接触面74の算術平均粗さRaが0.08μmである試験例4においても、摩耗量は非常に少ないが、漏れ量が試験例1、2と比較して多くなっている。これは、環状接触面74の算術平均粗さが0.3μmより小さいため、環状接触面74と、第1側面340aとの間において必要な摩擦係数が得られず、両シール面60,62間の微小隙間Sが極端に大きくなるのを抑制することができず、漏れ量が多くなっている。
【0068】
表1から、割合P(差Z)、および、環状接触面74、第1側面340aの表面粗さを適切に設定することで、漏れ量及び摩耗量を抑制できることが明らかである。
【0069】
(2)割合Pが静止側シール面62の面圧に与える影響
試験例1,3,5,6,7および比較例の静止密封環35のモデルを構築し、これらモデルを用い、コンピュータによるシミュレーションによってそれぞれの面圧を求め、割合P(差Z)が静止側シール面62の面圧に与える影響について評価した。
【0070】
図6は、割合Pと、静止側シール面62における最大面圧と、の関係を示すグラフである。
図6中、割合Pが5%である試験例5では、静止側シール面62の最大面圧は、2.3MPaであった。
割合Pが10%である試験例1では、最大面圧は、1.6MPaであった。
割合Pが20%である試験例6では、最大面圧は、0.4MPaであった。
割合Pが25%である試験例7では、最大面圧は、0.1MPaであった。
割合Pが30%である試験例3では、最大面圧は、0MPaであった。
割合Pが0%である比較例では、最大面圧は、3.0MPaであった。
【0071】
図7は、試験例1,6および比較例の静止側シール面62の面圧の分布を示す図である。
図7(a)は比較例の面圧分布を示しており、
図7(b)は試験例1の面圧分布を示しており、
図7(c)は試験例6の面圧分布を示している。
図7に示す静止側シール面62において、ハッチングの濃度が最も薄い領域A1は、面圧が2MPa以上の領域である。ハッチングが中間の濃度である領域A2は、面圧が2MPよりも小さく0.4MPa以上の領域である。ハッチングの濃度が最も濃い領域A3は、面圧が0.4MPaより小さい領域である。
【0072】
図7(a)に示すように、比較例では、静止側シール面62の径方向外側の端縁部分の面圧が高くなっていることが判る。
図7(b)に示すように、試験例1では、静止側シール面62の径方向外側の端縁部分の面圧が僅かに高くなっているが、全体的に均一である。
図7(c)に示すように、試験例6では、静止側シール面62の径方向内側の端縁部分の面圧が高くなっていることが判る。また、シール面全体の面圧が低くなっていることが判る。
【0073】
図6に示すように、割合Pが30%となると、静止側シール面62の面圧が十分に得られないことが判る。
また、割合Pが0%であると、静止側シール面62の径方向外側の端縁部分の面圧が非常に高く、静止側シール面62の径方向外側の端縁部分が、径方向内側の端縁部分よりも強く押圧されるのを抑制する効果が得られていないことが判る。
【0074】
これら結果から、割合Pを、2%以上、27%以下とすれば、両シール面60,62間における面圧を適度に確保しつつ、静止側シール面62の径方向外側の端縁部分が、径方向内側の端縁部分よりも強く押圧されるのを抑制することができることが判る。
【0075】
〔その他〕
今回開示した実施形態はすべての点で例示であって制限的なものではない。
本発明の権利範囲は、上述の実施形態に限定されるものではなく、特許請求の範囲に記載された構成と均等の範囲内でのすべての変更が含まれる。
【符号の説明】
【0076】
1 メカニカルシール
2 回転側ユニット
3 静止側ユニット
11 スリーブ
11a スリーブ本体
11b 円環部
11c 円筒部
13 回転密封環
14 リテーナ
17 Oリング
18 Oリング
30 シールケース
31 第1ケース体
31a 環状溝
32 第2ケース体
32a ピン溝
33 第3ケース体
33a ケース本体
33b 連結筒部
34 リテーナ
35 静止密封環
35a 外周段差部
35b 第1端面
35c 第2端面
35d ピン溝
38 Oリング
40 Oリング
42 Oリング
45 ピン
46 ピン
47 スプリング
48 Oリング
50 Oリング
51 Oリング
60 回転側シール面
62 静止側シール面
62a 外端縁
62b 内端縁
64 外側端面
66 第1環状突起
66a 外周面
68 内側端面
70 外側端面
71 回転軸
72 ケーシング
73 機内領域
74 環状接触面
75 第2環状突起
75a 外周面
76 第3環状突起
76a 先端面
76b 外周面
78 外側端面
340 リテーナ本体
340a 第1側面
340b 第2側面
340c 段差部
342 第2円筒部
343 円筒部材
343a 大径内周面
343b 小径内周面
343c 段差部
343d 鍔部