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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024107812
(43)【公開日】2024-08-09
(54)【発明の名称】電気触覚の提示方法
(51)【国際特許分類】
   G06F 3/01 20060101AFI20240802BHJP
【FI】
G06F3/01 560
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023011929
(22)【出願日】2023-01-30
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り (証明書1)開催日 令和4年2月8日 国立大学法人電気通信大学 2021年度 I類J系メディア情報学プログラム卒業論文発表会 (証明書2)発行日 令和4年5月22日 13th International Conference on Human Haptic Sensing and Touch Enabled Computer Applications,EuroHaptics 2022,Hamburg,Germany,May 22-25,2022,Proceedings,May 2022,Pages 180-188
(71)【出願人】
【識別番号】504133110
【氏名又は名称】国立大学法人電気通信大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000925
【氏名又は名称】弁理士法人信友国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】浜崎 拓海
(72)【発明者】
【氏名】齋藤 大雅
(72)【発明者】
【氏名】金子 征太郎
(72)【発明者】
【氏名】梶本 裕之
【テーマコード(参考)】
5E555
【Fターム(参考)】
5E555AA08
5E555BA08
5E555BB08
5E555DA24
5E555FA00
(57)【要約】
【課題】痒みや痛みを抑制し、強く鮮明な触覚提示が可能な電気触覚の提示方法を提供する。
【解決手段】電気触覚提示装置を用いた電気触覚の提示方法であって、皮膚に麻酔薬を塗布し、麻酔薬を塗布した皮膚に、電気触覚提示装置の電極形成面を接触させて、電極に電流を供給する。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
電気触覚提示装置を用いた電気触覚の提示方法であって、
皮膚に麻酔薬を塗布し、
前記麻酔薬を塗布した前記皮膚に、前記電気触覚提示装置の電極形成面を接触させて、電極に電流を供給する
電気触覚の提示方法。
【請求項2】
前記電気触覚提示装置は、マトリクス状に配置された複数の前記電極を有する
請求項1に記載の電気触覚の提示方法。
【請求項3】
前記電気触覚提示装置は、電流を供給する前記電極の位置を切り替えることにより、複数の前記電極を走査する
請求項2に記載の電気触覚の提示方法。
【請求項4】
前記麻酔薬は、有効成分としてリドカイン、プロピトカイン、ジカベリン、及び、アミノ安息香酸エチルから選ばれる1種以上を含む
請求項1に記載の電気触覚の提示方法。
【請求項5】
前記麻酔薬は、前記有効成分の濃度が0.5%~5%である
請求項4に記載の電気触覚の提示方法。
【請求項6】
前記麻酔薬は、前記有効成分の濃度が2%以下である
請求項5に記載の電気触覚の提示方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電気触覚の提示方法に係わる。
【背景技術】
【0002】
電気触覚提示装置は、電気刺激によって皮膚感覚を刺激する装置の一つであり、刺激の極性を変えることで振動や圧力などの感覚を与えることができる(例えば、特許文献1参照)。これらの刺激を組み合わせることで、様々な触感をデザインすることができる。例えば、電気触覚提示装置の一種である触覚ディスプレイは、VR空間中で触覚フィードバックを与えることにより、操作物体のリアリティを増加させることができる。また、電気触覚提示装置を用いることにより、遠隔操縦を高品位に行うことができるなど、電気触覚提示装置は、将来的な応用が期待されている。
【0003】
電気触覚提示装置は、皮膚表面に配置された電極から電流を流して電気刺激を与えるものであり、これにより機械受容器から伸びる神経軸索を直接刺激する手法が実現される。電気触覚提示装置は、機械的な触覚提示装置に比べ、薄型軽量、低消費電力、機械的な可動部がないなどの特徴がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2006-251948号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、電気刺激では、強い圧覚や振動覚を提示するために皮膚に流す電流量を増やすと、痒みや痛みを伴ってしまい、希望する触覚提示を行うことができない。
上述した問題の解決のため、本発明においては、電気刺激の際に生じる痒みや痛みを抑制し、強く鮮明な触覚提示が可能な電気触覚の提示方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の電気触覚の提示方法は、電気触覚提示装置を用いた電気触覚の提示方法であって、皮膚に麻酔薬を塗布し、麻酔薬を塗布した皮膚に、電気触覚提示装置の電極形成面を接触させて、電極に電流を供給する。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、電気刺激の際に生じる痒みや痛みを抑制し、強く鮮明な触覚提示が可能な電気触覚の提示方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1】電気触覚提示装置のシステム全体図である。
図2】電気触覚提示装置の刺激電極部の構成の一例を示す図である。
図3】電気触覚提示装置の刺激電極部の構成の一例を示す図である。
図4】電気触覚提示装置のスイッチング回路に設けられたFETスイッチによる駆動を説明するための図である。
図5】マトリクス状に配置された電極において、一方向に電気触覚を与える場合の電極を駆動する例を示す図である。
図6】実験1による触覚閾値、痛覚閾値の結果を示す図である。
図7】実験1による触覚閾値、痛覚閾値の結果を示す図である。
図8】実験1による触覚閾値、痛覚閾値の結果を示す図である。
図9】実験1による痛覚閾値と触覚閾値の比率(ダイナミックレンジ)の結果を示す図である。
図10】実験2による触覚閾値、痛覚閾値の結果を示す図である。
図11】実験2による触覚閾値、痛覚閾値の結果を示す図である。
図12】実験2による痛覚閾値と触覚閾値の比率(ダイナミックレンジ)の結果を示す図である。
図13】実験2による痛覚閾値と触覚閾値の比率(ダイナミックレンジ)の結果を示す図である。
図14】実験3による痛覚閾値での刺激強さについてのリッカートスケールの回答の結果を示す図である。
図15】実験3による痛覚閾値での刺激強さについてのリッカートスケールの回答の結果を示す図である。
図16】実験4による触覚閾値、痛覚閾値の結果を示す図である。
図17】実験4による触覚閾値、痛覚閾値の結果を示す図である。
図18】実験4による痛覚閾値と触覚閾値の比率(ダイナミックレンジ)の結果を示す図である。
図19】実験4による痛覚閾値と触覚閾値の比率(ダイナミックレンジ)の結果を示す図である。
図20】実験5による触覚提示パターンの回答の正答率を示す図である。
図21】実験5による触覚提示パターンの回答の確信度についてのリッカートスケールの回答の結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本発明を実施するための形態の例を説明するが、本発明は以下の例に限定されるものではない。
【0010】
一般的に、電気刺激による触覚提示においては痛覚が発生する。これは、電気刺激における電気刺激による触覚の提示である「触覚閾値」と、痛みを感じ始める電流値である「痛覚閾値」が近いことが原因である。例えば1mAの電流値で触覚を生じ始める場合、典型的には2mA程度で痛覚を生じ始める。この触覚閾値と痛覚閾値との比率の差を、電気触覚による触覚提示が可能なダイナミックレンジとする。上記例であれば、電気刺激による触覚提示では、1mAから2mAの間の非常に狭い電流値がダイナミックレンジになり、この間で電流値を調整する必要がある。
【0011】
また、電気触覚提示に多くの電極を用いる場合、ある電極Aでは「触覚閾値が1mAで痛覚閾値が2mA」であるのに対して、別の電極Bでは「触覚閾値が2mAで痛覚閾値が4mA」という場合がある。この場合、電極Aと電極Bの両方を用いて電気触覚を提示することができない。例えば、電気触覚提示装置を1.5mAで駆動した場合には、電極Aでの電気触覚は提示できるが、電極Bでの電気触覚は提示できない。また、電気触覚提示装置を3mAで駆動した場合には、電極Bでの電気触覚は提示できるが、電極Aでは痛覚が発生してしまうため、電気触覚は提示できない。
【0012】
このように、電気触覚提示において、電流値のダイナミックレンジが狭いと、触覚提示とともに痛みや痒み等の不要な感覚が発生しやすく、安定した触覚提示ができない。このため、本形態の電気触覚の提示方法は、被験者の皮膚にリドカインとプロピトカイン等を含む局所麻酔薬を塗布した後、当該皮膚上に電気触覚提示装置の電極を接触させる。この手法により、電気刺激による痒みや痛みを抑制することで痛覚閾値を大きくし、電流値のダイナミックレンジを広くすることで、安定した電気触覚を提示することができる。
【0013】
被験者の皮膚に塗布する局所麻酔薬は、末梢神経細胞の活動電位の発生と伝搬を抑止する働きを持つ。これは、痛みの神経伝達に深く関与していることが知られている。麻酔薬は、電位依存性ナトリウムチャネル(Naチャネル)による活動電位の伝搬を抑制するため、脳に対して神経信号が伝達されず、最終的に痛みの刺激を伝達しなくなる。
【0014】
局所麻酔薬を投与すると、痛覚や痒みを司る無髄線維であるC線維から始まり、細い有髄線維(知覚神経:Aδ線維は温痛覚、Aγ線維は固有感覚や筋緊張、Aβ線維は触覚・圧覚を司る)に進み、最後に太い有髄線維であるAα線維(運動神経)が麻酔されるとされている。また、遮断の回復は逆の順序で起こる。このため、麻酔薬による神経の遮断時間は、運動神経よりも、痛覚や痒みを司る無髄線維の方が長く続く。このような神経の遮断時間の差を利用することで、局所麻酔薬の塗布後に電気刺激を与えることにより、麻酔薬によって痛覚のみを阻害して、運動神経による触覚情報をより明瞭に感じさせることができる。
【0015】
また、電気刺激における触覚提示は、皮膚下に存在してそれぞれ異なった役割を果たすマイスナー小体、メルケル細胞、及びパチニ小体といった数種類の受容器に対し、それぞれの触覚受容器を選択的に刺激する。そして、各触覚受容器の刺激の組み合わせによって、任意の触覚を合成できると考えられる。
【0016】
[電気触覚提示装置]
以下、上述の電気刺激による触覚提示を実施可能な電気触覚提示装置の構成の例について説明する。図1に電気触覚提示装置のシステム全体図を示す。図1に示す電気触覚提示装置10は、制御部11、電源部12、スイッチング回路13、及び、刺激電極部20を有している。
【0017】
制御部11は、例えばパーソナルコンピューター(PC)等の演算装置によって構成される。制御部11は、演算装置によって各種プログラムを実行することにより、電源部12及びスイッチング回路13を制御する。また、制御部11は、刺激電極部20の刺激したい位置の電極へ電流のON/OFFを示す刺激パターンを生成し、スイッチング回路13へ出力する。
【0018】
スイッチング回路13は、刺激電極部20と電源部12に電気的に接続され、制御部11から入力された刺激パターンに基づいて、刺激電極部20の各電極のON/OFFの切り替えを行う。これにより、刺激電極部20が接触された被験者の皮膚下に、電流経路を形成し、人体の所望の位置に刺激を与えることができる。
【0019】
刺激電極部20は、被験者の皮膚に接触して電気刺激を与えるための電極を有する。図2に刺激電極部20の構成の一例を示す。図2に示す刺激電極部20は、アレイ状に配置された複数の電極21、電極21に電流を供給する接続端子22、及び電極21と接続端子22が形成される基板23とを有する。接続端子22は、スイッチング回路13に電気的に接続され、この接続端子22を介して、スイッチング回路13から各電極21に対して、ON/OFFの信号や供給する電流の向きを切り替える信号(刺激パターン)が入力される。
【0020】
電極21は、接続端子22を介して電源部12及びスイッチング回路13に電気的に接続されている。刺激電極部20では、制御部11からの制御信号(刺激パターン)に従って選択された位置の電極21に電流が供給される。そして、電流が供給された電極21から被験者の皮膚に電気刺激が入力される。すなわち、電気触覚提示装置10の刺激電極部20の電極形成面を被験者の皮膚に接触させ、刺激電極部20を構成する各電極間に電圧をかけることにより、電極21に接触している被験者の皮膚表面に微弱な電流が流れる。この電流量を適当な範囲にすることにより、刺激電極部20に接触している被験者は、触覚刺激として圧力等を取得できる。また、電流のON/OFFを繰り返すことにより、被験者は触覚刺激として振動を感じることができる。
【0021】
なお、刺激電極部20の電極21は、中央の電極21aと、周辺の電極21bとを有している。中央の電極21aは、周辺の電極21bから独立して駆動される。また、周辺の電極21bは、それぞれ互いに連動している。このため、中央の電極21aと、周辺の電極21bとは、互いに異なる極性の電極として駆動される。
電気刺激には、ある一点の電極から周囲の電極群に向けて電流を流す陽極刺激と、周囲の電極群から一点の電極に向け電流を流す陰極刺激がある。このため、刺激電極部20では、中央の電極21aから周辺の電極21b向けて電流を流すことで、陽極刺激を実施できる。また、刺激電極部20は、周辺の電極21bから中央の電極21aに向け電流を流すことにより、陰極刺激を実施できる。
【0022】
電気触覚提示装置10による電気刺激において、陽極刺激と陰極刺激とでは、触覚神経、特に指先において受容器ごとに異なる特徴的な神経走行を見せる。このため、電気触覚提示装置10では、陽極刺激と陰極刺激との神経走行の違いから、極性を変えるだけで電気刺激による感覚の質に違いを生じさせることができる。陰極刺激では主にMerkel細胞に起因すると考えられる圧覚が特徴的に生じ、陽極刺激では主にMeissner小体に起因すると考えられる振動覚が特徴的に生じる。これらの電気刺激を組み合わせることで、多様な触覚をデザインすることが可能である。
【0023】
図3に、刺激電極部20の別の例を示す。図3に示す刺激電極部20は、被験者の皮膚に接触して電気刺激を与えるための電極21として、2次元マトリクス状に配置された複数(61点)の電極21cと、この電極21cの周囲を囲むように連続して形成された電極21dとを有する。これらの電極21c及び電極21dは、基板23上に形成されている。また、基板23上には、電極21に電流を供給するとともに、スイッチング回路13から各電極21に対して、ON/OFF信号や供給する電流の向きを切り替える信号(刺激パターン)が入力される、不図示の接続端子が形成されている。
【0024】
図2に示す構成の刺激電極部20では、電気刺激を行う電極21が中央の電極21aの一点であるが、図3に示す構成の刺激電極部20では、電気刺激を行う電極21の位置を、マトリクス上に配置された複数の電極21cから選択することができる。また、図3に示す構成の刺激電極部20でも、刺激パターンとして電流刺激(陽極刺激、陰極刺激)が行われるのは、マトリクス状に配置された電極21cのいずれか1点である。そして、この一点の電極21cとこれを除く他の電極21cは、それぞれ異なる極性の電極として駆動される。また、周囲の電極21dも、刺激パターンとして選択された一点の電極21cと、常に異なる極性の電極として駆動される。
【0025】
このため、図3に示す構成の刺激電極部20では、刺激パターンとして電流(陽極刺激、陰極刺激)を供給する電極21cの位置を連続的に変更することにより、電極21内で、電気刺激を行う電極21cを走査することができる。
例えば、図4に示すように、スイッチング回路13に設けられたFET(Field effect transistor)スイッチ131を駆動することにより、電極21cを走査することができる。図4に示す構成では、スイッチング回路13のFETスイッチ131は、電源部12及び基準電位に接続されている。また、図4ではFETスイッチ131として、FETスイッチ131a,131b,131c,131dを例示している。このため、FETスイッチ131a,131b,131c,131dを駆動して電源部12の接続を切り替えることにより、各スイッチに対応する電極21cの一点にのみ電源部12から電流を供給することができる。
【0026】
図4に示す構成では、まずFETスイッチ131aのみを電源部12に接続し、このFETスイッチ131aに対応する電極21eに電流を供給する。このとき、他の電極21cは基準電位に接続されている。これにより、電極21eのみに電源部12から電流を供給することができる。次に、FETスイッチ131bのみを電源部12に接続し、このFETスイッチ131bに対応する電極21fのみに電源部12から電流を供給する。さらに、FETスイッチ131cのみを電源部12に接続し、このFETスイッチ131cに対応する電極21gのみに電源部12から電流を供給する。このように、FETスイッチ131を連続して順番に切り替えることにより、電極21cを走査することができる。
【0027】
例えば、図5に示すように、電極21cの行ごとに電流を供給することにより、一方の方向に移動する電気触覚を被験者に与えることができる。図5に示す例では、マトリクス状に配置された電極21cのうち、図面の上方の行を構成する電極21cから、下方の行を構成する電極21cに向けて電気触覚を与える場合に、電極21cを駆動する例である。このとき、各行における電極21cの走査駆動は、上述の図4に示すように、1つの電極21cのみに電源部12から電流を供給し、他の電極21cは基準電位に接続して行われる。
【0028】
すなわち、同じ行内の電極21cでは短い間隔(例えば50μs~10ms程度)で、連続して順番に切り替えて電流を供給する。これにより電気触覚提示の電極21cの一行の走査が行われる。そして、上記に対して長い間隔(例えば、0.1s~1s程度)の経過後、次の行の電極21cに対して電流の供給を開始し、行内の電極21cでは短い間隔で連続して順番に切り替えて電流を供給する。これを繰り返すことにより、図5に示すように、電極21cの行ごとに走査されるので、被験者に一方向に移動する電気触覚を与えることができる。
なお、電極21cに対する走査は上記の例に限らず、任意の方法で行うことができる。
【0029】
[麻酔薬]
被験者の皮膚に塗布する局所麻酔薬としては、被験者の皮膚上に塗布可能な従来公知の麻酔薬を成分として含むものを使用できる。例えば、有効成分としてリドカイン(キシロカイン)、プロピトカイン、ジカベリン、及び、アミノ安息香酸エチルから選ばれる1種以上を含む麻酔薬を用いることができる。特に、痛覚阻害及び電気刺激による触覚情報の提示の起こりやすさの観点から、リドカイン(キシロカイン)やプロピトカインを有効成分として含むものが好ましい。また、使用する麻酔薬に含まれる有効成分の濃度は、通常の市販されている濃度である0.5%~5%、特に2%以下のものが入手の容易さから好ましい。有効成分の濃度が高いほど痛覚阻害が起きやすく痛覚閾値が大きくなりやすい。また、有効成分の濃度を高くしても触覚閾値の増加率も痛覚閾値より小さいため、痛覚閾値と触覚閾値の比率の差であるダイナミックレンジを大きくすることができる。このため、上記範囲においてより有効成分の濃度が高い麻酔薬用いることが好ましい。麻酔薬の塗布量は、使用する薬剤の用量に従う。
【0030】
麻酔薬は、少なくとも電気触覚提示装置10の刺激電極部20の電極21が接触する部分よりも広い領域に塗布することが好ましい。また、麻酔薬を塗布した直後では麻酔薬による痛覚遮断効果が顕在しにくいため、麻酔薬を塗布してから所定の時間が経過した後に、電気触覚提示装置10による電流の印加や触覚提示を行うことが好ましい。麻酔薬の塗布から電気触覚提示までの時間は薬剤の種類によって異なるが、塗布から数分程度経過した後、被験者への麻酔薬の効果の発現を確認し、電気触覚を行うことが好ましい。
また、時間経過によって麻酔薬の効果が低下、消失した場合には、被験者から刺激電極部20を取り外し、再度麻酔薬と塗布してもよい。このように、麻酔薬の塗布と、電気触覚提示装置10による電気触覚提示とを繰り返してもよい。但し、連続した使用回数や、合計の使用時間等については、使用する麻酔薬の用法に従う。
【実施例0031】
〈実験1〉
麻酔の塗布による電気触覚提示のダイナミックレンジの変化を調査するため、3つの塗布条件で実験を行った。このとき皮膚の厚み等の身体部位ごとの違いに依存して麻酔の効果が変化する可能性を検討するため、3つの部位を使用して実験を行った。
【0032】
(1)実験条件
何も塗らない場合(C1)、コントロール条件(C2)、濃度2%局所麻酔クリーム(C3)を塗布する3条件で実験を行った。局所麻酔クリーム(C3)は、日本で市販されている軟膏(第一三共ヘルスケア、リドカイン濃度2%)を使用した。また、コントロール条件(C2)としては、リドカイン軟膏と同様の基材から構成され、麻酔成分の含まれないひまし油クリーム(Casoda Heritage Products、USA)を使用した。
刺激個所はa指先(腹側)、b前腕(内側)、c額の3か所で行った。これらの部位は、前腕は腕時計型のウエアラブル機器を想定し、額はHMD(Head Mounted Display)への内蔵を想定して選定した。
【0033】
(2)装置
使用した電気触覚提示装置は、上述の図2に示す構成の9点の電極によって構成された刺激電極部を用いた。各電極は、電極直径が1.5mm、電極中心間距離が2.5mmである。陽極刺激の場合は中心電極が陽極となり、陰極刺激の場合は中心電極が陰極となる。本実験では直列に接続した1kΩ抵抗にかかっている電圧をオシロスコープで計測することで皮膚に流れている電流値をモニタリングした。
【0034】
(3)手順
21歳から27歳の男性6名を対象に実験を行った。実験を行う順番は塗布物質の順序効果を除くため、被験者間でカウンターバランスを取った。実験は3日に分けて行い、1日あたり各部位に1条件の測定を行った。
まず実験条件として指定した、指、前腕、額の三箇所に軟膏を10cmあたり1.0g皮膚に塗布し、その上からラップ、マスキングテープを張ることで密閉した。これは薬剤を皮膚に浸透させるためである。この状態で麻酔の効果が確実に現れるように、被験者は1時間待機した。なお、塗布しない条件を実施する際にはこの手順は省略した。
【0035】
塗布から1時間経過した後、塗布部をガーゼで拭き取り、電気触覚提示の試験を開始した。電気触覚提示の試験では、陽極刺激を行った。被験者は、装置に設けられた上下キーを押下して操作することで、電極に供給される電流値の大小を調整し、刺激を知覚することができる電流値の閾値(触覚閾値)と、痛みを感じ始める電流値の閾値(痛覚閾値)を順番に回答した。この計測は各部位に対して、1条件当たり3回行い、1試行終了する度に30秒の休憩を設けた。
【0036】
(4)結果
各条件C1~C3における触覚閾値、痛覚閾値の分布を図6から図8に示す。図6は,a指先(腹側)での結果、図7は、b前腕(内側)での結果、図8は、c額での結果を示し、縦軸は電流値(mA)、横軸は各条件C1~C3を示す。また、図6~8では、各条件C1~C3のそれぞれについて、左側が触覚閾値の結果を示し、右側が痛覚閾値の結果を示している。図6~8において、棒グラフは回答の平均値を示し、エラーバーは全回答のばらつきを示している。
【0037】
図6~8に示す結果によりいずれの部位a~cにおいても、何も塗らない条件C1、及び、ひまし油を塗布した条件C2に比べ、麻酔クリームを塗布した条件C3は、痛覚閾値が高いことが分かった。この結果から、局所麻酔クリームによる痛覚阻害の効果を確認することができる。また、条件C3は、回答値の分散が大きく、痛覚閾値は個人差が大きいことが観察された。
【0038】
次に、上記の結果から求めた痛覚閾値と触覚閾値の比率(ダイナミックレンジ)を図9に示す。なお、図9では、何も塗らない条件C1を1.0とし、条件C1で正規化した結果を、条件C2と条件C3として示している。
ダイナミックレンジは、痛覚を提示しない範囲で触覚を提示する際の調整の容易さを示す。図9に示すダイナミックレンジの結果では塗布条件に主効果が観察された(p<0.001)。塗布部位a,b,cでも同様に主効果が観察された(p<0.01)。また、麻酔クリームを塗布する条件の効果量は、塗布部位(a,b,c)の効果量よりもはるかに高いことから、麻酔クリームの塗布がダイナミックレンジの拡大に最も寄与していることが分かった。
【0039】
Bonferroni補正t-testを用いた結果、b前腕の条件C2と条件C3間で有意差(p<0.05)があり、c額の条件C2と条件C3とに有意差(p<0.001)が見られた。また、c額の条件C1と条件C2、条件C2とでのc額とb前腕の条件に有意傾向(p<0.1)が観察された。この結果、条件C3はダイナミックレンジが塗布条件間で最も広いということが結論付けられた。また、有意差は見られなかったもののb腕におけるダイナミックレンジの変化が大きく、a指におけるダイナミックレンジの変化が小さいことが示された。
【0040】
〈実験2〉
次に、電気刺激における極性の影響を調査した。上記実験1の結果より、麻酔薬を塗布することによる感覚閾値のダイナミックレンジの変化、及びダイナミックレンジの塗布部位毎の変化がわかった。上記実験1では陽極刺激を用いていたが、陽極刺激と陰極刺激は異なる触覚を提示できる手法である。このため、その双方において麻酔薬の塗布がダイナミックレンジの拡大に有効であるかどうかを確認することとした。
【0041】
実験2では、実験時間の節約のため、刺激する部位を固定した条件下で電気刺激の種類を変化させた。また、実験2では、より強い麻酔薬を使用する条件C4として、5%濃度局所麻酔クリーム(C4)を塗布した条件を追加して実験を行った。条件C4では、麻酔クリームとして、エムラクリーム(佐藤製薬株式会社、リドカイン濃度2.5%、プロピトカイン濃度2.5%。以降本文中では5%局所麻酔クリームと呼ぶ)を使用した。
陽極刺激、陰極刺激の2種類の刺激の触覚閾値、痛覚閾値を測定し比較した。
【0042】
(1)条件
実験条件は、陽極刺激、陰極刺激の2条件、塗布条件は何も塗らない場合(C1)、コントロール条件(C2)、2%局所麻酔クリーム(C3)、5%局所麻酔クリーム(C4)を塗布した場合の4条件で、b前腕部に行った。
【0043】
(2)被験者
被験者は21歳から29歳の男性17名、女性3名の計20名を対象に行った。実験は4日に分けて行い、1日あたり1条件の測定を行った。実験の手順は実験1と同様である。
【0044】
(3)結果
各条件C1~C4における触覚閾値、痛覚閾値の分布を図10図11に示す。また、図10及び図11の結果からからダイナミックレンジを求め、条件C1で正規化を行った結果を図12図13に示す。なお、図10図11は、上述の図6~8と同様のエラーバー付き棒グラフであり、図12図13は上述の図9と同様のエラーバー付き棒グラフである。
【0045】
図10図11に示す触覚閾値と痛覚閾値の分布から、各条件1~4において、触覚閾値と痛覚閾値は線形的に上昇していることが観察された。条件C1に対して条件C4では、触覚閾値が約2倍に上昇していのに対し、痛覚閾値は約3.5倍に上昇している。この分布からも極性に依存せず刺激範囲(ダイナミックレンジ)が拡大したことが考えられる。
【0046】
図12図13に示す正規化されたダイナミックレンジの統計結果は、塗布条件C1~4で主効果が認められた(p<0.001)のに対し、刺激種類(陽極刺激、陰極刺激)には主効果が認められなかった(Not Significant(n.s.))。加えて、交互作用も観察されなかった(n.s.)。また、塗布条件の結果に対してBonferroni補正t-testを用いた結果、条件C2と条件C3との間を除いたすべての組み合わせで有意差が観察された。この結果、皮膚に塗布する麻酔薬の濃度によって、ダイナミックレンジが拡大されることが示された。
【0047】
〈実験3〉
上記実験1、実験2では、麻酔薬の塗布によって痛覚閾値と触覚閾値との比率(ダイナミックレンジ)が大きくなることを確認した。しかし、局所麻酔クリームの影響で触覚閾値の電流値が上昇したため、電流刺激による圧覚や振動感覚が抑制されている可能性が考えられる。このため、実験3では、主観的な刺激の強度に着目した試験を行い、麻酔クリームの塗布が電気刺激に有用であるかどうかを検証した。
【0048】
(1)条件
刺激条件(陽極刺激、陰極刺激)、塗布条件(C1~4)は実験2と同様に行った。
【0049】
(2)手順
被験者は実験2と同様の20名を対象に行った。実験は4日に分けて行った。実験手順は、電機刺激を行うまでは実験1、2と同様に行った。
被験者は実験1と同様の方法で電流値を調整し、痛覚閾値での刺激強さについて1から7の7段階リッカートスケール(1:”非常に弱い刺激”、7:”非常に強い刺激”)で回答を行った。痛覚閾値は痛覚をぎりぎり感じない電流値であり、この痛覚閾値での刺激の主観的感覚の強さは、触覚の強さであると考えられる。また、上記実験2に示すように痛覚閾値は条件C1~4でそれぞれ異なるため、実験3においても、条件C1~4毎かつ被験者毎にそれぞれの電極に供給される痛覚閾値での電流値は異なり、各条件において痛覚をぎりぎり感じない電流値とした。そして、上記被験者からの回答により、どの程度の強さの触覚を提示できたかを計測した。
【0050】
(3)結果
被験者のリッカートスケールの回答を図14図15に示す。図14は陽極刺激による結果であり、図15は陰極刺激による結果である。その結果、塗布条件C1~4、及び、刺激条件(陽極刺激、陰極刺激)の主効果および交互作用は認められなかった。この結果、局所麻酔クリームの影響によっても電流刺激による圧覚や振動感覚は抑制されにくく、麻酔クリームの塗布が電気刺激に有用であることが確認された。
実験後の参加者のコメントからは、「刺激が塗布前と比べ強くなっている」、「純粋な振動感、圧覚を感じた」、「針に刺されるような刺激から棒で押されているような刺激に変化した」といった肯定的なコメントが見られた。また、「大きな変化は感じなかった」、「刺激できる幅が広くなったことはわかるが刺激の強さとしての変化は感じない」のように、塗布による影響を感じないというコメントもあった。
【0051】
〈実験4〉
実験1、実験2、実験3は一点の電極で実験を行ったが、電気刺激における痛覚の問題は一点の電極よりも多点電極でより顕著に現れやすい。このため、実験4では、麻酔クリームが多点刺激に対しても有効であるか否かを検証した。実験4でも、実験2と同様に塗布条件における陽極刺激、陰極刺激の2種類の刺激の触覚閾値、痛覚閾値を測定し、比較した。
【0052】
(1)条件
刺激条件(陽極刺激、陰極刺激)、塗布条件(C1~4)は実験2、3と同様に行った。刺激条件である陽極刺激、陰極刺激はすべての電極がどちらか一方の刺激を行い、1度の刺激で61点すべての電極で刺激を提示した。
【0053】
(2)装置
電気触覚提示装置の刺激電極部として、上述の図3に示す構成のマトリクス状に配置された電極21cと周辺に形成された電極21dとを有する刺激電極部20を用いた。刺激電極部は、61点の六方最密充填配置の電極によって構成され、電極直径は1.4mm、電極中心間距離は2.0mmである。陽極刺激と陰極刺激のメカニズムは実験1~3で使用したものと同様に行った。これらのメカニズムは多点での刺激も可能である。
また、実験4では、直列に接続した1kΩ抵抗にかかっている電圧をオシロスコープで計測することで皮膚に流れている電流値をモニタリングした。
【0054】
(3)手順
被験者は20歳から27歳の男性7名、女性3名の計10名を対象に行った。実験は4日に分けて行った。実験手順は実験1、2と同様に行った。
【0055】
(4)結果
各条件C1~C4における触覚閾値、痛覚閾値の分布を図16図17に示す。また、図16及び図17の結果からからダイナミックレンジを求め、条件C1で正規化を行った結果を図18図19に示す。なお、図16図17は、上述の図6~8と同様のエラーバー付き棒グラフであり、図18図19は上述の図9と同様のエラーバー付き棒グラフである。
【0056】
図16図17に示すように、触覚閾値と痛覚閾値の分布は、各条件において触覚閾値の大きな差は観察されなかった。一方、痛覚閾値は、条件C3でわずかに上昇し、条件C4で大きな上昇が観察された。条件C1と条件C4とを比較すると、触覚閾値が大きく変わらないことに対し、痛覚閾値は約2.0倍も上昇している。この分布からも、極性に依存せず、刺激範囲が拡大したことが考えられる。
【0057】
また、図18図19に示す正規化されたダイナミックレンジの統計結果から、塗布条件に主効果が認められ(p<0.001)、刺激種類には主効果が認められず(n.s.)、交互作用も観察されなかった(n.s.)。また、塗布条件の結果に対してBonferroni補正t-testを用いた結果、条件C1、条件C2間を除いたすべての組み合わせで有意差が観察された。この結果、皮膚への麻酔クリームの塗布は、電極の刺激点の数に依存することなく、ダイナミックレンジを拡大させることが示された。
【0058】
〈実験5〉
上記実験4では、多点電気刺激であっても麻酔薬の塗布によって痛覚閾値と触覚閾値との比率(ダイナミックレンジ)が大きくなることを確認した。
多点電気刺激は、1点の電気刺激とは異なり、パターンの提示やそれらのパターンが移動する感覚の提示も可能になる。多点電気刺激による代表的な提示パターンとしては、流れ場のような動きを提示することが可能である。そこで、実験5では、多点刺激を行うことによって、実応用の場面でも、多点電気刺激によるパターン提示の手法が有効であることを確認した。実験5では、多点を使う実応用の一つの場面として、運動方向提示を行った。また、実験5では、麻酔クリームが動的パターンの知覚能力に対して影響を及ぼすかを検証するため、刺激の方向識別精度の計測、及び被験者の回答に対する確信度を計測した。
【0059】
(1)条件
陽極刺激では範囲がより狭く、集中した感覚が発生するのに対し、陰極刺激では広い範囲に感覚が発生する。そのため、実験5では、刺激条件は陽極刺激でのみ行い、図5に示すように、電気触覚の提示として線が右、又は、左に移動する刺激を提示した。
また、塗布条件(C1~4)は、実験2~4と同様に行った。
【0060】
(2)手順
被験者は20歳から27歳の男性7名、女性3名の計10名を対象に行った。実験は4日に分けて行った。実験手順は、電気刺激の開始までは実験1、2と同様に行った。被験者は実験1と同様の方法で電流値を調整し、痛覚閾値での刺激強さにおいてランダムで左右の刺激を12試行行った。被験者は提示されたと感じた刺激の方向を回答し、さらに回答の確信度を1から7の7段階リッカートスケール(1:”全く自信がない”、7:”非常に自信がある”)で回答した。
【0061】
(3)結果
回答の正答率を図20に示す。また、被験者のリッカートスケールの回答を図21に示す。
図20に示すように、流れ場における正答率は条件C3、条件C4で上昇することが観察された。チャンスレートである0.5との一標本t検定を各条件で行うと、条件C1(効果量d=0.2330、n.s.)と条件C2(d=0.2095、n.s.)では有意差が認められず、条件C3(d=0.1360、p<0.01)、条件C4(d=0.1894、p<0.01)で有意差が認められた。
【0062】
また、図21に示すように、正答時に得られた確信度では、塗布条件(C1~4)(p<0.001)における主効果が認められた。Bonferroni補正t-testで多重比較を行った結果、条件C1と条件C2間を除いた、すべての組み合わせで有意差が観察された。この結果、麻酔クリームを塗布することにより、正答率が高まり、かつ被験者の確信度も高くなることが確認された。
【0063】
上述の実験1~5の結果から、電気刺激による触覚提示をする前に、麻酔クリームを塗布することで、電流量の物理的なダイナミックレンジを広げる効果があることが分かった。また、コントロール条件であるひまし油(C2)の結果との比較により、本現象は単にクリームを塗ることによる発汗等の効果ではなく、麻酔成分によるものであることが示唆された。以上の結果から、麻酔クリームを塗布することによって、電気刺激による痛みを抑制し、電気触覚のみを明瞭に提示することが可能である。
上述したように、麻酔クリームを塗布する手法では、電気刺激での痛覚を感じる電流値が上昇した。この結果は、麻酔成分により痛みを伝達するC線維から阻害されるという結果と一致している。対して触覚閾値には大きな変化が見られなかった。
【0064】
また、上記実験2では、条件C3では条件C2と比較し痛覚閾値、触覚閾値が上昇していることから麻酔成分である化学物質における影響は確認された。さらに、条件C3より濃度の高い条件C4は、すべての条件間に有意差が認められた。このため、条件C4のように麻酔成分の濃度が高い条件がダイナミックレンジの拡大に適していると考えられる。
【0065】
実験4では、麻酔効果がある条件C3、条件C4で有意差が確認された。このため、多点電気刺激であっても、局所麻酔クリームを塗布することで電気刺激の極性に依存せずダイナックレンジが拡大することが確認された。
【0066】
実験5の正答率では、条件C1と条件C2ではチャンスレートとの有意差は認められず、条件C3と条件C4とにチャンスレートとの有意差がみられた。この結果から、局部麻酔クリームの塗布によって電気刺激による流れ場の左右識別が可能になったことが示唆された。また、正答時の確信度は実験4と同様、条件C1と条件C2間を除いた、すべての条件間で有意差があったことからも麻酔作用における、流れ場の左右識別が可能になったと考えらえる。
これらの結果は実験3の局部麻酔クリームを塗布することで触覚を鮮明に感じるという被験者のコメントを裏付けするものである。したがって、電気刺激における流れ場などの動的なパターン知覚は、麻酔によって阻害されずに向上する。
【0067】
なお、本発明は上述の実施形態例において説明した構成に限定されるものではなく、その他本発明の構成を逸脱しない範囲において種々の変形、変更が可能である。
【符号の説明】
【0068】
10 電気触覚提示装置、11 制御部、12 電源部、13 スイッチング回路、20 刺激電極部、21,21a,21b,21c,21d,21e,21f 電極、22 接続端子、23 基板、131,131a,131b,131c FETスイッチ
図1
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