(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024107931
(43)【公開日】2024-08-09
(54)【発明の名称】支台築造用デュアルキュア型コンポジットレジン
(51)【国際特許分類】
A61K 6/887 20200101AFI20240802BHJP
【FI】
A61K6/887
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023012133
(22)【出願日】2023-01-30
(71)【出願人】
【識別番号】391003576
【氏名又は名称】株式会社トクヤマデンタル
(72)【発明者】
【氏名】深谷 圭祐
(72)【発明者】
【氏名】三宅 秀明
(72)【発明者】
【氏名】高橋 歩
【テーマコード(参考)】
4C089
【Fターム(参考)】
4C089AA06
4C089BA05
4C089BC02
4C089BC06
4C089BC07
4C089BD02
(57)【要約】
【課題】 支台築造用デュアルキュア型コンポジットレジンにおいて、劇物に指定されたN,N-ジメチルアミノエチルメタクリレートを含むことなく、調製直後から光照射前の間において操作性が良好となる粘度を維持できる時間を数分程度確保することができ、且つ高強度の硬化体が得られるようにする。
【解決手段】 重合開始剤として、α-ジケトン化合物、及び置換基としてトリハロメチル基を有するs-トリアジン化合物又はジアリールヨードニウム塩化合物からなる化合物、並びに芳香族第3級アミン化合物含み、前記芳香族第3級アミン化合物がN,N-ジ(ヒドロキシアルキル)-p-トルイジン化合物及び、N,N-ジメチル-p-トルイジンなどの特定の構造を有する第1芳香族第3級アミン化合物及び、4-ジメチルアミノ安息香酸エチルなどの特定の構造を有する第2芳香族第3級アミン化合物を併用した重合開始剤を使用する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ラジカル重合性単量体(A):100質量部、及びフィラー(B):50~900質量部、及び有機過酸化物(C):0.01~10質量部、並びに化学重合開始剤及び光重合開始剤からなる重合開始剤を含み、N,N-ジメチルアミノエチルメタクリレートを含まない組成物からなる支台築造用デュアルキュア型コンポジットレジンであって、
前記重合開始剤は、α-ジケトン化合物(D):0.01~5質量部、及び置換基としてトリハロメチル基を有するs-トリアジン化合物又はジアリールヨードニウム塩化合物からなる化合物(E):0.01~5質量部、並びに芳香族第3級アミン化合物(F)を含み、
前記芳香族第3級アミン化合物(F)は、
N,N-ジ(ヒドロキシアルキル)-p-トルイジン化合物(f1):0.1~4質量部、及び
下記一般式(1)
【化1】
(式中、R
1は、炭素数1~6のアルキル基であり、nは0~3の整数である。)
で示される化合物からなる第1芳香族第3級アミン(f2):0.01~2質量部、及び
下記一般式(2)
【化2】
(式中、Aはアルキルオキシカルボニル基であり、R
2及びR
3は各々独立に、炭素数1~6のアルキル基であり、mは1~3の整数であり、mが2又は3の場合において複数存在するAは互いに異なっていてもよい。)
で示される化合物からなる第2芳香族第3級アミン化合物(f3):0.05~5質量部
を含む、
ことを特徴とする、支台築造用デュアルキュア型コンポジットレジン。
【請求項2】
請求項1に記載の支台築造用デュアルキュア型コンポジットレジンを調製するためのキットであって、
互いに物理的に接触不可な状態で包装された第一の部分組成物からなる第1剤と第二の部分組成物からなる第2剤の組み合わせによって構成され、
前記第1剤は、前記重合性単量体(A)の一部、前記フィラーの(B)一部、前記N,N-ジ(ヒドロキシアルキル)-p-トルイジン化合物(f1)、前記第1芳香族第3級アミン(f2)、及び第2芳香族第3級アミン(f3)含み、前記有機過酸化物(C)、前記化合物(E)を含まず、
前記第2剤は、前記重合性単量体(A)の残部、前記フィラー(B)の残部、前記有機過酸化物(C)、前記α-ジケトン化合物(D)及び前記化合物(E)を含み、前記N,N-ジ(ヒドロキシアルキル)-p-トルイジン化合物(f1)、前記第1芳香族第3級アミン(f2)、及び第2芳香族第3級アミン(f3)を含まない、
ことを特徴とする支台築造用デュアルキュア型コンポジットレジン調製用キット。
【請求項3】
着脱可能なキャップにより封止された吐出口を先端に有する筒状バレルと、先端部にガスケットを有する押し子と、を有し前記バレルの後端部より前記ガスケットを摺動可能に挿入することによりガスケットより先端側のバレル内に形成される流体収容空間に流体を保持することができるシリンジ2本を有し、その一方のシリンジの前記流体収容空間に前記第1剤が、他方のシリンジの前記流体収容空間に前記第2剤が夫々充填されることによって、前記第1剤と前記第2剤とが互いに物理的に接触不可な状態で包装された請求項2に記載の支台築造用デュアルキュア型コンポジットレジン調製用キット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、支台築造用デュアルキュア型コンポジットレジンに関する。
【背景技術】
【0002】
コンポジットレジン(以下、「CR」と略記することもある。)とは、補綴治療を行う際に使用される材料であり、重合性単量体及びフィラー(充填材)の混合物を主成分とし、更に前記重合性単量体を重合硬化させるための重合開始剤が配合された硬化性組成物からなる。そして、CRは、使用する重合開始剤の種類によって、光重合開始剤を用いる光硬化型、化学重合開始剤を用いる化学重合型、両重合開始剤を併用するデュアルキュア型に大別される。
【0003】
光重合型CRは、1ペーストで、光重合開始剤を活性化させる光を短時間照射するだけで高い重合率で重合硬化が起こる反面、光が到達し難い深部では効果が不十分となってしまうという特徴があり、化学硬化型CRは深部においても重合硬化するが、分離包装された2剤を混合する操作が必要であり、硬化速度も光重合型に比べると遅いという特徴を有する。デュアルキュア型CRは、2剤混合操作は必要であるが、光が届く範囲では光照射により素早く硬化し、光が届かない深部においても化学重合開始剤の作用により硬化するという特徴を有する。
【0004】
これらのタイプのCRは、用途によって使い分けられており、例えば、「支台築造用コンポジットレジン」、具体的には、根幹治療を行った後に歯冠修復を行う場合には、根管充填材を除去して形成したポスト孔に洗浄・前処理を施してから、必要に応じてファイバーポストを挿入してコンポジットレジンを注入硬化させることによりポスト(支柱)を形成し、更に同じコンポジットレジンを築盛して大まかな形状を整えた後に硬化させ、硬化後に研削加工を行ってコア(支台)を築造するという用途に使用されるCRにおいては、デュアルキュア型が使用されることが多い。
【0005】
支台築造用デュアルキュア型CRにおいては、深部における(化学重合による)硬化は十分に行われる必要がある。また、コア(支台)形成時において光照射を行う前の築盛・整形段階の操作性を良好とするために、2剤混合後において操作性が良好となる粘度を維持できる時間を数分程度確保することも重要である。このため、支台築造用デュアルキュア型コンポジットレジンに使用される化学重合開始剤としては、2剤を混合してから化学重合を開始するまでに適度な時間を要し、しかも、化学重合が開始すると、短時間で重合反応が完了するような高活性を示すものを使用することが好ましく、このような特徴を有する化学重合開始剤を使用した、支台築造用デュアルキュア型CRも開発されている。
【0006】
例えば、特許文献1には、支台築造用デュアルキュア型コンポジットレジンとして好適に使用できるデュアルキュア型硬化材料キットとして、ラジカル重合性単量体と;下記光重合開始剤成分と、下記化学重合開始剤成分を含み、下記条件を満足するような包装形態を有するデュアルキュア型硬化材料キットが開示されている。
【0007】
上記キットで用いられる光重合開始剤成分: [α-ジケトン化合物]、[3つの飽和脂肪族基が窒素原子に結合している第3級アミノ基を有しており、かつ、該飽和脂肪族基のうち1つが電子吸引性基を置換基として有している脂肪族第3級アミン化合物(以下、「特定脂肪族第3級アミン」と略記することもある。)]、及び[置換基としてトリハロメチル基を有するs-トリアジン化合物またはジアリールヨードニウム塩化合物(以下、「sトリアジン/ジアリールヨードニウム塩」と略記することもある。)]からなる光重合開始剤成分。
【0008】
上記キットで用いられる化学重合開始剤成分: 有機過酸化物]、及び[N,N-ジ(ヒドロキシアルキル)-p-トルイジン化合物(以下、「DHA-pトルイジン」と略記することもある。)]からなる化学重合開始剤成分。
【0009】
上記キットの包装形態が満足すべき条件: 前記[特定の脂肪族第3級アミン化合物]と[置換基としてトリハロメチル基を有するs-トリアジン化合物またはジアリールヨードニウム塩化合物]とが1つの包装に共存せず、且つ[有機過酸化物]と[N,N-ジ(ヒドロキシアルキル)-p-トルイジン化合物]とが1つの包装に共存しないように、少なくとも2包装に分割されてなること。
【0010】
ところで、デュアルキュア型コンポジットレジンと類似の組成を有する歯科用修復材料として、歯科治療においてインレー、クラウンなどの修復物を歯牙や支台歯に合着させるために使用されるデュアルキュア型歯科用レジンセメントが知られているが、このような用途に用いられるデュアルキュア型歯科用レジンセメントにおいては、所謂余剰セメント除去性を向上させるために余剰セメント除去操作を行う前に行う光照射において、重合速度を抑えてセメントを半硬化状態とする必要がある(特許文献2参照)。このため、たとえば特許文献2に開示されている、α―ジケトン化合部と第3級芳香族アミンの組み合わせからなる光重合開始剤系を使用するデュアルキュア型歯科用レジンセメントでは、高活性化を促す[sトリアジン/ジアリールヨードニウム塩]は使用されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】国際公開2010/067790号パンフレット
【特許文献2】特許第5773676号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
特許文献1によれば、[α-ジケトン化合物]、[sトリアジン/ジアリールヨードニウム塩]及び脂肪族第3級アミン化合物を組合せた光重合開始剤は、非常に高重合活性を有するものとして知られたものであり、このような光化学重合開始剤を、前記したような特長を有することが見いだされた[有機過酸化物]、及び[N,N-ジ(ヒドロキシアルキル)-p-トルイジン化合物]からなる前記「化学重合開始剤成分」を用いた場合には、前記脂肪族第3級アミン化合物が前記[DHA-pトルイジン]の機能を阻害することがあるところ、前記[特定脂肪族第3級アミン]を使用した場合には、特異的にこのような阻害効果が現れないとのことである。ここで、「特定脂肪族第3級アミン」としては、効果が高く、硬化体から溶出するリスクが低く、且つ工業的に入手が容易であると言った理由から、N,N-ジメチルアミノエチルメタクリレート(以下、「DMEM」と略記することもある。)が最適であると考えられており、特許文献1においてはDMEMを中心に検討がなされている。
【0013】
ところが、近年、DMEMが劇物に指定され、これを微量含む製剤は劇物の対象とはならないものの、歯科用材料としてはDMEMを含まないものが望まれている。
【0014】
そこで、本発明は、DMEMを含まない支台築造用デュアルキュア型コンポジットレジンであって、2剤混合後、光照射前において操作性が良好となる粘度を維持できる時間を数分程度確保することができ、このような時間の経過後に光照射を行った場合において、光が届かない深部においても速やかかつ十分に重合が進行し、高強度の硬化体を与えることができる支台築造用デュアルキュア型コンポジットレジンを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明は、上記課題を解決するものであり、本発明の第一の形態は、ラジカル重合性単量体(A):100質量部、及びフィラー(B):50~900質量部、及び有機過酸化物(C):0.01~10質量部、並びに化学重合開始剤及び光重合開始剤からなる重合開始剤を含み、N,N-ジメチルアミノエチルメタクリレートを含まない組成物からなる支台築造用デュアルキュア型コンポジットレジンであって、
前記重合開始剤は、α-ジケトン化合物(D):0.01~5質量部、及び置換基としてトリハロメチル基を有するs-トリアジン化合物又はジアリールヨードニウム塩化合物からなる化合物(E):0.01~5質量部、並びに芳香族第3級アミン化合物(F)を含み、
前記芳香族第3級アミン化合物(F)は、
N,N-ジ(ヒドロキシアルキル)-p-トルイジン化合物(f1):0.1~4質量部、及び
下記一般式(1)
【0016】
【0017】
(式中、R1は、炭素数1~6のアルキル基であり、nは0~3の整数である。)
で示される化合物からなる第1芳香族第3級アミン(f2):0.01~2質量部、及び
下記一般式(2)
【0018】
【0019】
(式中、Aはアルキルオキシカルボニル基であり、R2及びR3は各々独立に、炭素数1~6のアルキル基であり、mは1~3の整数であり、mが2又は3の場合において複数存在するAは互いに異なっていてもよい。)
で示される化合物からなる第2芳香族第3級アミン化合物(f3):0.05~5質量部
を含む、
ことを特徴とする、支台築造用デュアルキュア型コンポジットレジン(以下、「本発明の支台築造用デュアルキュア型CR」ともいう。)である。
【0020】
本発明の第二の形態は、前記支台築造用デュアルキュア型コンポジットレジン(以下、「本発明の支台築造用デュアルキュア型CR」ともいう。)を調製するためのキットであって、
互いに物理的に接触不可な状態で包装された第一の部分組成物からなる第1剤と第二の部分組成物からなる第2剤の組み合わせによって構成され、
前記第1剤は、前記重合性単量体(A)の一部、前記フィラーの(B)一部、前記N,N-ジ(ヒドロキシアルキル)-p-トルイジン化合物(f1)、前記第1芳香族第3級アミン(f2)、及び第2芳香族第3級アミン(f3)含み、前記有機過酸化物(C)、前記化合物(E)を含まず、
前記第2剤は、前記重合性単量体(A)の残部、前記フィラー(B)の残部、前記有機過酸化物(C)、前記α-ジケトン化合物(D)及び前記化合物(E)を含み、前記N,N-ジ(ヒドロキシアルキル)-p-トルイジン化合物(f1)、前記第1芳香族第3級アミン(f2)、及び第2芳香族第3級アミン(f3)を含まない、
ことを特徴とする支台築造用デュアルキュア型コンポジットレジン調製用キットである。
【0021】
上記形態のキット(以下、「本発明のキット」ともいう。)においては、着脱可能なキャップにより封止された吐出口を先端に有する筒状バレルと、先端部にガスケットを有する押し子と、を有し前記バレルの後端部より前記ガスケットを摺動可能に挿入することによりガスケットより先端側のバレル内に形成される流体収容空間に流体を保持することができるシリンジ2本を有し、その一方のシリンジの前記流体収容空間に前記第1剤が、他方のシリンジの前記流体収容空間に前記第2剤が夫々充填されることによって、前記第1剤と前記第2剤とが互いに物理的に接触不可な状態で包装されたものであることが好ましい。
【発明の効果】
【0022】
本発明の支台築造用デュアルキュア型CRは、DMEM、更には前記「特定脂肪族第3級アミン」を使用することなく、2剤混合後、光照射前において操作性が良好となる粘度を維持できる時間を数分程度確保することができ、このような時間の経過後に光照射を行った場合において、光が届かない深部においても速やかかつ十分に重合が進行し、高強度の硬化体を与えることができるという特長を有する。また本発明のキットによれば、本発明の支台築造用デュアルキュア型CRを調製するために必要な2つの剤を安定に保管することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
本発明者らは、前記課題を解決するために、α-ジケトン/第3級アミン化合物系光重合開始剤において、劇物である脂肪族第3級アミン化合物に代えて、これよりも高活性が期待されるとされている芳香族第3級アミン化合物を用い、[有機過酸化物](C)、及び[N,N-ジ(ヒドロキシアルキル)-p-トルイジン化合物:DHA-pトルイジン](f1)からなる、有機過酸化物/第3級アミン化合物系化学重合開始剤と併用したときに、該「化学重合開始剤」の前記特長を損なうことなく、且つ光重合開始剤が本来の活性を維持できる系について検討を行った。その結果、3種類の芳香族第3級アミン化合物、すなわち前記DHA-pトルイジン(f1)、及び前記第1芳香族第3級アミン(f2)、及び前記第2芳香族第3級アミン(f3)を併用した場合には、このような要求に応えることができることを見出し、本発明を完成するに至ったものである。
【0024】
なお、本発明者等の検討によれば、第1芳香族第3級アミン(f2)及び第2芳香族第3級アミン(f3)以外の芳香族第3級アミン化合物を用いた場合には、光による重合活性が低く、十分な硬化体の強度が得られなくなってしまう(後述の比較例5参照)。また、(f3)を用いず(f2)のみを用いた場合、少量では十分な光重合活性を得られず、十分量の(f2)を用いると、前記光照射前の操作時間が確保できなくなってしまう(後述の比較例3,4参照)。さらに、(f3)のみを用いて(f2)を用いない場合においては、光による重合活性が低く、十分な硬化体の強度が得られなくなってしまう(後述の比較例2参照)。
【0025】
本発明の支台築造用デュアルキュア型CRは、上記したような優れた効果を示すものである。その理由は必ずしも明らかではなく、本発明は何ら理論に拘束されるものではないが、前記特許文献1における知見及び上記事実から、本発明者等は次のようなものであると考えている。
【0026】
すなわち、光重合開始剤系においては、α-ジケトン化合物(D)と水素供与体として機能する芳香族第3級アミン化合物(F)とがエキサイプレックスと呼ばれる中間体を経由して進行すると考えられており、中間体の形成速度(活性化エネルギー)は、使用される(F)の種類、すなわち(f1)~(3)によって異なる。
【0027】
(f3)は、上記該中間体を形成する活性化エネルギーは高いものの、中間体形成後の水素引き抜き反応(ラジカルの生成)が速やかに生じるため、光重合活性が高い。一方(f1)は、化学重合において還元剤として機能し、有機過酸化物と混合された時からラジカルを生成するまで適度な時間があり、しかもラジカルが生成されるとその発生量が急速に増大するため、最適な還元剤である一方で、光重合活性は殆どない。その理由として(f1)は、光重合において前記中間体を形成する活性化エネルギーは低く、中間体を速やかに生じるが、中間体が比較的安定であることから水素引き抜き反応が起こり難く、ラジカルの生成まで時間がかかるためと考えている。したがって、化学重合開始剤としては最適な還元剤である(f1)は、光重合において(f3)よりも速く(D)と中間体を形成してしまうことで、(f3)の光重合活性を低下させてしまう。(f1)よりも(f3)を過剰に添加すれば、光活性は向上するが、化学重合活性を維持するには、ある程度の(f1)を添加する必要があり、その量に影響しない程の(f3)添加するとなると、通常の添加量ではなく、ラジカル重合性基を含まない成分が大量に存在することとなるため、理工学物性が低下してしまう。
【0028】
これに対し、本発明では前記中間体を生成するための活性化エネルギーが(f1)と同等またはそれ以下である(f2)を添加することで、(f1)に阻害されずに中間体を生成し、ラジカルを生成することが可能となる。しかしながら、(f2)は化学重開始剤の還元剤としても機能することから、光重合活性を十分に得る量を添加した場合、化学重合が速く進行してしまい、操作時間が非常に短くなり、使い難い製品となってしまう。そのため、化学重合に大きく寄与しない程度の量を添加することで、光活性を高めると共に、操作時間を確保することが可能となる。本発明では、上記3種類の第3級アミン化合物を所定の量含むことで、化学重合が開始される前のフリーな(f1)が共存していても、光照射して間もない時間においては、(f2)が優先的に機能し、少し遅れて(f2)が機能することによって、光重合活性を高くすることができ、且つ(f2)が化学重合活性に大きく機能することなく、操作時間を保つことができるようになったものと考えられる。
【0029】
本発明の支台築造用デュアルキュア型CR及び本発明のキットについて、以下に詳しく説明する。なお、本明細書においては特に断らない限り、数値x及びyを用いた「x~y」という表記は「x以上y以下」を意味するものとする。かかる表記において数値yのみに単位を付した場合には、当該単位が数値xにも適用されるものとする。また、本明細書において、「(メタ)アクリレート」との用語は「アクリレート」及び「メタクリレート」の両者を意味する。
【0030】
1.発明の支台築造用デュアルキュア型CR
本発明のデュアルキュア型CRは、化学重合始剤として(C)及び(F)を使用し、且つ光重合開始剤として(D)~(F)を使用することにより、劇物に指定されたDMEMを含むことなく、特許文献1に開示されている、デュアルキュア型硬化材料キットを用いて調製される組成物と同様の効果、すなわち光照射前において操作性が良好となる粘度を維持できる時間(操作時間)を数分程度確保することができ、このような時間の経過後に光照射を行った場合において、光が届かない深部においても速やかかつ十分に重合が進行し、高強度の硬化体を与える、という効果を得ることができる。
【0031】
本発明の支台築造用デュアルキュア型CRを構成する組成物は、N,N-ジメチルアミノエチルメタクリレート(DMEM)を含まない点、光重合開始剤として(E)を用いる点、及び用途が支台築造用デュアルキュア型CRに限定される点を除けば、特許文献1に開示されている、デュアルキュア型硬化材料キットを用いて調製される組成物と特に変わる点は無く、ラジカル重合性単量体、フィラー及び化学重合開始剤等の成分については、上記キットで使用できるとされるものを使用することができる。これらを含めて発明の支台築造用デュアルキュア型CRを構成する組成物の成分について、以下に説明する。
【0032】
(1)ラジカル重合性単量体(A)
本発明の支台築造用デュアルキュア型CRに用いられるラジカル重合性単量体としては、CR用に使用可能なラジカル重合性単量体が特に制限が無く使用できる。一般に、CRに用いられるラジカル重合性単量体としては、硬化速度、硬化体の機械的物性、耐水性、耐着色性、保存安定性等が良好であるという理由から、スルホン酸基、カルボキシル基、リン酸残基等の酸性基を有さず、且つラジカル重合性基としてアクリロイル基、メタクリロイル基、アクリルアミド基、メタクリルアミド基、ビニル基、アリル基、エチニル基、スチリル基等を有するラジカル重合性単量体、特にアクリロイル基及び/又はメタクリロイル基を有する(メタ)アクリレート系ラジカル重合性単量体が好適に使用されている。また、硬化体の機械的強度を向上させる観点から、上記ラジカル重合性基を複数有する多官能重合性単量体を含むことが好適であるとされている。本発明で使用するラジカル重合性単量体(A)においてもこの点は同様である。
【0033】
(2)フィラー(B)
本発明の支台築造用デュアルキュア型CRに用いられるフィラー(B)としては、CR用の充填材として使用されるものが特に制限なく使用できるが、無機充填材を配合することが好ましい。好適に使用できる無機充填剤を例示すれば、シリカガラス、ホウケイ酸ガラス、ソーダガラス、アルミノシリケートガラス、及びフルオロアルミノシリケートガラス、重金属(例えばバリウム、ストロンチウム、ジルコニウム)を含むガラス;それらのガラスに結晶を析出させた結晶化ガラス、ディオプサイド、リューサイト等の結晶を析出させた結晶化ガラス等のガラスセラミックス;シリカ-ジルコニア、シリカ-チタニア、シリカ-アルミナ等の複合無機酸化物;あるいはそれらの複合酸化物にI族金属酸化物を添加した酸化物;シリカ、アルミナ、チタニア、ジルコニア等の金属無機酸化物が挙げられる。これらは一種または二種以上を混合して用いても何ら差し支えない。
【0034】
これらの無機充填材の粒径は特に限定されない。一般的に歯科用材料用途に使用されている0.01μm~100μm(特に好ましくは0.01~6μm)の平均粒径を有する無機充填材が、使用目的に応じて適宜選択される。
【0035】
また、これらの無機充填材は、ラジカル重合性単量体との親和性を高め、機械的強度や耐水性を向上させるために、ビニルトリエトキシシラン、ビニルトリス(β-メトキシエトキシ)シラン、γ-メタクリロイルオキシプロピルトリメトキシシラン、γ-クロロプロピルトリメトキシシラン、γ-グリシドキシプロピルトリメトキシシラン、ヘキサメチルジシラザン等のシランカップリング剤で表面処理して使用することが好ましい。
【0036】
さらに、これら無機充填材に重合性単量体を予め添加し、ペースト状にした後、重合性単量体を重合させ、得られる硬化物を粉砕することにより製造される粒状の有機-無機複合充填材を用いることもできる。
【0037】
無機充填剤の配合量は、ラジカル重合性単量体と混合したときの粘度(操作性)や、硬化体の機械的物性の観点からラジカル重合性単量体100質量部に対して50~900質量部であり、100~500質量部がより好ましい。
【0038】
(3)[有機過酸化物](C)
化学重合開始剤の酸化剤となる有機過酸化物(C)としては、化学重合開始剤として使用されるケトンパーオキサイド類、パーオキシケタール類、ハイドロパーオキサイド類、ジアルキルパーオキサイド類、ジアシルパーオキサイド類、パーオキシジカーボネート類、パーオキシエステル類等が特に制限されずに使用できる。
【0039】
重合活性が高い点で、ケトンパーオキサイド類、パーオキシエステル類、ジアシルパーオキサイド類が好ましく、ジアシルパーオキサイド類又はハイドロパーオキサイド類がより好ましく、ジアシルパーオキサイド類が最も好ましい。
【0040】
本発明で好適に使用される有機過酸化物(C)を例示すれば、イソブチリルパーオキサイド、ベンゾイルパーオキサイド等を挙げることができる。
【0041】
有機過酸化物(C)の配合量は、ラジカル重合性単量体100質量部に対して、0.01~10質量部であり、1~5質量部がより好ましい。有機過酸化物の配合量は多いほど硬化活性が向上する。ただし、有機過酸化物の配合量が過剰である場合は、硬化までの時間が短縮し、操作時間が短くなるため使用し難い製品となるため好ましくない。
【0042】
(4)α-ジケトン化合物(D)
光重合開始剤の主要成分となるα-ジケトン化合物(D)としては、カンファーキノン、カンファーキノンカルボン酸、カンファーキノンスルホン酸等のカンファーキノン類;ジアセチル、アセチルベンゾイル、2,3-ペンタジオン、2,3-オクタジオン、9,10-フェナンスレンキノン、アセナフテンキノン等の化合物の中から重合の際に照射する光の波長や強度、光照射時間、あるいは組み合わせる他の成分の種類や量によって適宜選択して使用すればよく単独または2種以上を混合して使用することもできる。人体への安全性等照射する光としては、通常可視光であるため、可視光域に極大吸収波長を有している化合物、特にカンファーキノンが好適に使用される。
【0043】
α-ジケトン化合物(D)の使用量は、ラジカル重合性単量体100質量部に対して、0.01~5質量部であり、0.03~2質量部が好ましい。α-ジケトン化合物の使用量が多いほど、活性光による硬化時間が短くなり、少ないほど環境光安定性に優れる。
【0044】
(5)[sトリアジン/ジアリールヨードニウム塩](E)
光重合開始剤の成分となる[sトリアジン/ジアリールヨードニウム塩](E)の内のsトリアジン;トリハロメチル基を置換基として少なくとも1つ有するs-トリアジン化合物としては、トリクロロメチル基、トリブロモメチル基等のトリハロメチル基を有するs-トリアジン化合物を制限なく使用できる。アミン化合物との反応において、ラジカルを素早く生成できるという理由から、下記一般式(3)で示される化合物を使用することが好ましい。
【0045】
【0046】
なお、上記式中のR4及びR5は、トリアジン環と共役可能な不飽和結合を有する有機基、ハロゲン原子により置換されていても良いアルキル基、またはアミノ基により置換されていても良いアルコキシ基であり、Xはハロゲン原子を意味する。
【0047】
重合活性や入手容易性の観点から、Xで表されるハロゲン原子は、塩素であることが好ましく、
R4及びR5の少なくとも一方はハロゲン置換アルキル基であることが好ましい。
【0048】
好適に使用できる上記一般式(3)で表されるトリハロメチル基置換トリアジン化合物を例示すれば、2,4,6-トリス(トリクロロメチル)-s-トリアジン、2-フェニル-4,6-ビス(トリクロロメチル)-s-トリアジン、2-(p-クロロフェニル)-4,6-ビス(トリクロロメチル)-s-トリアジン、及び2-(4-ビフェニリル)-4,6-ビス(トリクロロメチル)-s-トリアジンを挙げることができる。これらのトリハロメチル基置換トリアジン化合物は、1種または2種以上を混合して用いても構わない。
【0049】
[sトリアジン/ジアリールヨードニウム塩](E)の内のジアリールヨードニウム塩化合物としては、下記一般式(4)で示されるカチオンと、後述するアニオンとの塩が好適に使用できる。
【0050】
【0051】
なお、上記式中のR6、R7、R8、及びR9は、各々独立に、水素原子、ハロゲン原子、アルキル基、アリール基、アルケニル基、アルコキシ基、アリールオキシ基、又はニトロ基を表す。
【0052】
好適に使用できる上記ジアリールヨードニウム塩を具体的に例示すると、ジフェニルヨードニウム、ビス(p-クロロフェニル)ヨードニウム、ジトリルヨードニウム、ビス(p-tert-ブチルフェニル)ヨードニウム、p-イソプロピルフェニル-p-メチルフェニルヨードニウム、ビス(m-ニトロフェニル)ヨードニウム、p-tert-ブチルフェニルフェニルヨードニウム、p-メトキシフェニルフェニルヨードニウム、ビス(p-メトキシフェニル)ヨードニウム、p-オクチルオキシフェニルフェニルヨードニウム等のカチオンと、クロリド、ブロミド、p-トルエンスルホナート、トリフルオロメタンスルホナート、テトラフルオロボレート、テトラキスペンタフルオロフェニルボレート、テトラキスペンタフルオロフェニルガレート、ヘキサフルオロフォスフェート、ヘキサフルオロアルセナート、ヘキサフルオロアンチモネート等のアニオンからなるジアリールヨードニウム塩を挙げることができる。
【0053】
ラジカル重合性単量体に対する溶解性が高く、更に保存安定性が良いという理由から、テトラキスペンタフルオロフェニルボレート、テトラキスペンタフルオロフェニルガレート、ヘキサフルオロアンチモネート塩を使用することが特に好ましい。
【0054】
[sトリアジン/ジアリールヨードニウム塩](E)、すなわち、トリハロメチル基置換トリアジン化合物またはジアリールヨードニウム塩化合物の配合量は、ラジカル重合性単量体100質量部当り、0.01~5質量部であり、0.03~2質量部がより好ましい。
【0055】
(6)芳香族第3級アミン化合物(F)
(6-1)[DHA-pトルイジン](f1)
化学重合開始剤において還元剤として機能する、DHA-pトルイジン(f1)として使用されるN,N-ジ(ヒドロキシアルキル)-p-トルイジン化合物は、上記有機過酸化物(C)から重合活性種(ラジカル)を生成させるための反応種として配合される。
【0056】
N,N-ジ(ヒドロキシアルキル)-p-トルイジン化合物(f1)としては、ヒドロキシアルキル基におけるアルキル基の炭素数が1~6のものが好ましく、1~3のものがより好ましい。具体的には、N,N-ジ(ヒドロキシメチル)-p-トルイジン、N,N-ジ(ヒドロキシエチル)-p-トルイジン、N,N-ジ(ヒドロキシプロピル)-p-トルイジン、N,N-ジ(ヒドロキシへキシル)-p-トルイジン等が例示される。これらの中でも、重合活性が最も高いことから、N,N-ジ(ヒドロキシエチル)-p-トルイジンが、特に好ましい。
【0057】
N,N-ジ(ヒドロキシアルキル)-p-トルイジン化合物(f1)の配合量は、ラジカル重合性単量体成分の種類等によって異なる。通常は、ラジカル重合性単量体100質量部に対して、0.1~4質量部であり、0.5~3質量部がより好ましい。ここで、N,N-ジ(ヒドロキシアルキル)-p-トルイジン化合物(f1)の使用量が多いほど化学重合による硬化活性が向上する。配合量が過剰である場合は、光重合時の硬化活性を低下させる。
【0058】
(6-2)第1芳香族第3級アミン(f2)
本発明では、光重合開始剤の水素供与体及び化学重合開始剤の還元剤として機能する第1芳香族第3級アミン(f2)、すなわち下記一般式(1)で示される化合物をラジカル重合性単量体(A)100質量部に対して0.01~2質量部含む必要がある。第1芳香族第3級アミン(f2)を含まない、或いは含んでもその含有量が上記下限値未満の場合には、十分な光硬化を起こすことができない。また、上記上限値を超えて含む場合には、化学重合活性が過剰となり、光照射前において操作性が良好となる粘度を維持できる時間が確保できなくなってしまう。第1芳香族第3級アミン(f2)のラジカル重合性単量体(A)100質量部に対する配合量は、0.1~1質量部であることが好ましい。
【0059】
【0060】
なお、上記式中のR1は、炭素数1~6のアルキル基を表し、nは0~3の整数を表す。
【0061】
芳香環に対するR1の置換数を示すnは0~3の整数であり、特に1であるのが好ましい。R1は、パラ位に置換しているのが、その活性の高さから好ましい。
【0062】
第1芳香族第3級アミン(f2)としては、N,N-ジメチル-p-トルイジン(N,N,4-トリメチルアニリン)、4-t-ブチル-N,N-ジメチルアニリン、N,N-ジメチル-アニリンを使用することが好ましく、入手が容易であり、かつ化合物の化学的な安定性および重合性単量体への溶解性に優れること、高沸点であり揮発しにくい等の理由から、4-t-ブチル-N,N-ジメチルアニリンを用いることが特に好ましい。
【0063】
(6-3)第2芳香族第3級アミン化合物(f3)
本発明では、光重合開始剤の水素供与体として機能する第2芳香族第3級アミン(f3)、すなわち下記一般式(2)で示される化合物をラジカル重合性単量体(A)100質量部に対して0.05~5質量部含む必要がある。第2芳香族第3級アミン(f3)を含まない、或いは含んでもその含有量が上記範囲外である場合には、十分な光硬化を起こすことができない。第2芳香族第3級アミン(f3)のラジカル重合性単量体(A)100質量部に対する配合量は、0.1~2質量部であることが好ましい。
【0064】
【0065】
なお、上記式中のAはアルキルオキシカルボニル基を表し、R2及びR3は各々独立に、炭素数1~6のアルキル基を表し、mは1~3の整数を表し、mが2又は3の場合において複数存在するAは互いに異なっていてもよい。
【0066】
R2およびR3は、メチル基またはエチル基であることが好ましく、芳香環に対するAnはパラ位に1つ(n=1)置換しているのが、その活性の高さから好ましい。
【0067】
好適に使用できる第2芳香族第3級アミン(f3)を具体的に例示すると、4-ジメチルアミノ安息香酸、p-ジメチルアミノ安息香酸2-エチルヘキシル、4-ジメチルアミノ安息香酸エチル、4-ジメチルアミノ安息香酸メチル、3-(ジメチルアミノ)安息香酸メチル等が挙げられる。これらの中でも、入手または合成が容易であり、かつ化合物の化学的な安定性および重合性単量体への溶解性に優れること等の理由から、4-ジメチルアミノ安息香酸エチルまたは4-ジメチルアミノ安息香酸メチルを用いることが好ましい。
【0068】
(7)その他任意成分
本発明の支台築造用デュアルキュア型CRは、本発明の効果を阻害しない範囲で、パラトルエンスルフィン酸ナトリウム、酸化バナジウム(IV)アセチルアセトナート、ビス(マルトラート)オキソバナジウム等の金属塩等の重合促進剤を更に含むことができる。
【0069】
2.本発明のキット
本発明の支台築造用デュアルキュア型CRは、化学重合開始剤を含むため、市場の流通段階では、保存安定性を考慮して化学重合が開始しないように、2剤に分けて、各剤が互いに物理的に接触不可な状態で包装(分包)され、使用時に調製(用事調製)される。本発明のキットは、本発明の支台築造用デュアルキュア型CRを用事調製するためのキットであり、第一の部分組成物からなる第1剤と第二の部分組成物からなる第2剤の組み合わせによって構成され、下記包装要件1および2を満たすように分包されたものである。
【0070】
包装要件1: 前記第1剤(第一の部分組成物)は、前記重合性単量体(A)の一部、前記フィラーの(B)一部、前記N,N-ジ(ヒドロキシアルキル)-p-トルイジン化合物(f1)、前記第1芳香族第3級アミン(f2)、及び第2芳香族第3級アミン(f3)含み、前記有機過酸化物(C)、前記化合物(E)を含まない。
【0071】
包装要件2: 前記第2剤(第二の部分組成物)は、前記重合性単量体(A)の残部、前記フィラー(B)の残部、前記有機過酸化物(C)、前記α-ジケトン化合物(D)及び前記化合物(E)を含み、前記N,N-ジ(ヒドロキシアルキル)-p-トルイジン化合物(f1)、前記第1芳香族第3級アミン(f2)、及び第2芳香族第3級アミン(f3)を含まない。
【0072】
このような分包形態とするのは、次の様な理由による。すなわち、化学重合開始剤であるDHA-pトルイジン(f1)及び、第1芳香族第3級アミン(f2)は、有機過酸化物(C)を1つの包装に共存させると、保存中に重合活性種が発生し、各種重合開始剤が消耗される。また光重合開始剤である第1芳香族第3級アミン化合物(f2)成分及び、第2芳香族第3級アミン化合物(f3)は、前記化合物(E)と1つの包装に共存させると、保存中に重合活性種が発生し、各種重合開始剤が消耗される。その結果、支台築造用デュアルキュア型コンポジットレジンを使用する際に、重合開始機能が発現しなくなる。さらに、この包装にラジカル重合性単量体(A)が含有されている場合には、保存中に単量体成分が重合してゲル化する。
【0073】
前記α-ジケトン化合物(D)は前記第1剤あるいは前記第2剤のどちらに含有されていても保存への影響はないが、環境光安定性を考慮するのであれば、第2剤に含有されることが好ましい。
【0074】
なお、本発明のデュアルキュア型CRは前記した必須成分以外の任意成分を含む場合、当該任意成分は、新たに別包装にして本キットに追加することもできる。しかし、本発明のキットでは効率性の観点から、本発明の効果の発現を損なう副反応等が起こらないようにして、前記第1剤もしくは前記第2剤のいずれかに配合する。
【0075】
第1剤及び第2剤それぞれの組成は、基本的には、両者を等量で混合したとき{1剤と2剤との混合比(1剤の量/2剤の量):1/1、あるいは、1剤と2剤との混合比率(100×1剤の量/2剤の量):100%で混合したとき}に、本発明の支台築造用デュアルキュア型CRの組成となるように決定される。そして、このようにして決定された組成に従い、各成分を秤量し混合することにより容易に第1剤及び第2剤を調製することができる。
【0076】
前記したように、本発明のキットでは、第1剤及び第2剤は、互いに物理的に接触不可な状態で包装(分包)される。ここで、「物理的に接触不可能な状態で包装される」とは、1剤と他の剤とが両者間での分子拡散を阻害する阻害部材(包装部材)によって分離されて包装されている状態を意味する。
【0077】
分包の際に用いる包装部材としては、一般的には、容器や袋の素材として好適に用いられる樹脂等が用いられる。「物理的に接触不可能な状態」の典型例としては、たとえば、外気および外光を遮断する容器内に密封された状態で1種類の組成物が保管されている状態が挙げられる。具体的な包装形態としては、ボトル、チューブ、シリンジなどの容器内に充填された形態を挙げることができる。本発明のキットを用いて本発明の支台築造用デュアルキュア型CRを調製する方法としては、たとえば、i)練和紙上に第1剤と、第2剤と適量採取して、両者をヘラで練和する方法、ii)先端にミキシングチップを接続したシリンジから第1剤と第2剤とを同時に押出す方法等が採用できる。
【0078】
利便性の観点から上記ii)方法を採用するのが好ましく、分包容器としても該方法が採用できる以下に示すようなシリンジタイプのものを用いることが好ましい。すなわち、着脱可能なキャップにより封止された吐出口を先端に有する筒状バレルと、先端部にガスケットを有する押し子と、を有し前記バレルの後端部より前記ガスケットを摺動可能に挿入することによりガスケットより先端側のバレル内に形成される流体収容空間に流体を保持することができるシリンジ2本を有する、所謂「ダブルシリンジ」タイプの容器を用い、その一方のシリンジの前記流体収容空間に前記第1剤が、他方のシリンジの前記流体収容空間に前記第2剤が夫々充填されることによって、前記第1剤と前記第2剤とが互いに物理的に接触不可な状態で包装することが好ましい。
【0079】
「ダブルシリンジ」タイプの容器を用いた本発明のキットにおいては、容器を必要に応じてディスペンサーと呼ばれる押し子を押し込むための治具にセットした後に、前記キャップが外された2つの吐出口にミキシングチップ等の混合器装着機構を取り付けてから、前記2つのシリンジの両押し子を連動させて各押し子を同時に各バレル内に押し込み、第1剤及び第2剤を各吐出口より同時に、所定の量比(通常は等量)で流出させて、各吐出口より流出したこれら剤を前記混合器により混合することによって、本発明の支台築造用デュアルキュア型CRを(用事)調製することができる。
【0080】
本発明のキットの第1剤と第2とを混合して本発明の支台築造用デュアルキュア型CRを用事調製すると、前記混合により、有機過酸化物(C)とDHA-pトルイジン化合物(f1)及び第2芳香族第3級アミン化合物(f2)とが接触する。その結果、所定の時間(通常2~10分間)が経過した後、速やかに化学重合が開始する。所定の時間は、化学重合開始剤の配合量、重合促進剤等を調節することにより達成できる。
【0081】
更に、一定以上の高強度の光照射を行うことにより、光重合を進行させて急速に硬化させることができる。照射する光は、α-ジケトン系の光重合開始剤で単量体を硬化させるために通常用いられる光の光源と同じ公知の光源を用いることができる。具体的には、カーボンアーク、キセノンランプ、メタルハライドランプ、タングステンランプ、LED、ハロゲンランプ、ヘリウムカドミウムレーザー、アルゴンレーザー等の可視光線を照射する光源(好ましくは400~600nmの波長の光を中心波長とするもの)を好適に使用できる。照射時間は、光源の照射する光の波長、強度、及び硬化体の形状や材質に応じて適宜決定すればよい。例えば、本キットを歯科用コンポジットレジンとして使用する場合は、5秒以上、好ましくは10秒~1分間の照射を行えば充分に硬化する。
【実施例0082】
以下、実施例により、さらに具体的に本発明を説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されない。
【0083】
まず、各実施例および比較例で用いた化合物、材料の略号または性状等を以下に示す。
【0084】
1.ラジカル重合性単量体(A)
・3G:トリエチレングリコールジメタクリレート
・E.6E:2,2′-ビス(4-(メタクリロキシエトキシ)フェニル)プロパン
・BisGMA:2.2′-ビス[4-(2-ヒドロキシ-3-メタクリルオキシプロポキシ)フェニル]プロパン。
【0085】
2.フィラー(B)
・球状シリカ-ジルコニア、平均粒径;0.15μm
・不定形シリカ-ジルコニア、γ-メタクリロキシプロピルトリメトキシシラン表面処理物、平均粒径;3.5μm
・微粉末シリカ、平均粒径;20nm。
【0086】
3.[有機過酸化物(C)]
・BPO:過酸化ベンゾイル
【0087】
4.[α-ジケトン化合物(D)]
・CQ:カンファーキノン
【0088】
5.[置換基としてトリハロメチル基を有するs-トリアジン化合物(E)]
・TCT:2,4,6-トリス(トリクロロメチル)-s-トリアジン
・PBCT:2-フェニル-4,6-ビス(トリクロロメチル)-s-トリアジン
・CBCT:2-(p-クロロフェニル)-4,6-ビス(トリクロロメチル)-s-トリアジン
[ジアリールヨードニウム塩化合物(E)]
・IPDPI:p-イソプロピルフェニル-p-メチルフェニルヨードニウムテトラキスペンタフルオロフェニルボレート
・DPI:ジフェニルヨードニウムヘキサフルオロホスフェート
【0089】
6.芳香族第3級アミン化合物(F)
[DHA-pトルイジン(f1)]
・DEPT:N,N-ジヒドロキシエチル-p-トルイジン
・DPPT:N,N-ジヒドロキシプロピル-p-トルイジン
[第1芳香族第3級アミン(f2)]
・DMPT:N,N-ジメチル-p-トルイジン
・DATB:4-t-ブチル-N,N-ジメチルアニリン
[第2芳香族第3級アミン(f3)]
・DMBE:4-ジメチルアミノ安息香酸エチル。
【0090】
7.その他成分
・BHT:2,6-ジ-t-ブチル-4-メチルフェノール(重合禁止剤)
・MDEOA:N-メチルジエタノールアミン(電子吸引性飽和脂肪族基2置換型脂肪族第3級アミン)
・DMEM:N,N-ジメチルアミノエチルメタクリレート(電子吸引性飽和脂肪族基1置換型脂肪族第3級アミン)
・PEAT:N,N-ジエチル-p-トルイジン(f2およびf3に含まれない芳香族第3級アミン)。
【0091】
実施例1
35gの3G、50gのE.6E、15gのBis-GMAを量り取り、0.3gのDATB、0.8gのDMBE、1.4gのDEPT、0.01gのBHTを加えて調製した液状組成物から25gを計り採り、これに不定形シリカ-ジルコニアを50g、球状シリカ-ジルコニアを24g、微粉末シリカ1gを加えて乳鉢で混練し、ペースト状の第一の部分組成物からなる第1剤を調製した。
【0092】
次に、35gの3G、50gのE.6E、15gのBis-GMAを量り取り、0.8gのCQ、0.3gのTCT、3.3gのBPO、0.01gのBHTを加えて調製した液状組成物から25gを計り採り、これに不定形シリカ-ジルコニアを50g、球状シリカ-ジルコニアを24g、微粉末シリカ1gを加えて乳鉢で混練し、ペースト状の第二の部分組成物からなる第2剤を調製した。
【0093】
第1剤(第一の部分組成物)及び第2剤(第二の部分組成物)に配合された化学重合開始剤成分及び光重合開始剤の種類と量を表1に示す。
【0094】
このようにして調製した第1剤及び第2剤を、独立した2つのシリンジを有するダブルシリンジ(ミックスパック社製 SDL X10-01-52)の各シリンジにそれぞれ充填し、ディスペンサー(ミックスパック社製 DL 10-01-00)にセットした。ダブルシリンジ先端にミキシングチップ(ミックスパック社製 ML 2.5-08-D)及び先端ノズル(ミックスパック社製 IOR 209-20)を装着することにより、各シリンジの内容物を同時に押し出すと共にこれらが自動練和される状態としてから、押出を行って測定試料となる(練和された混合物からなる)ペースト状組成物(CR)を調製し、下記(1)~(3)に示す方法により評価を行った。その結果を表2に示す。
【0095】
(1)光重合における硬化体の表面硬度(ヴィッカース硬度)
直径7mm×深さ1mmの孔を有するポリテトラフルオロエチレン製のモールドの前記孔の内部に測定試料となる前記ペースト状組成物を充填した。充填後、直ちにポリプロピレンフィルムで孔の上面を覆ってモールドに圧接した。その後、直ちに歯科用光照射器(トクヤマデンタル社製、トクソーパワーライト;光出力密度700mW/Cm2)をポリプロピレンフィルムに密着させてペーストを10秒光照射し、硬化させた。得られた硬化体の硬度を、微小硬度計(松沢精機製MHT-1型)を用いて測定した。測定は、ヴィッカース圧子を、荷重100gf、荷重保持時間30秒間の条件で硬化体に押しつけ、硬化体にできたくぼみの対角線長さを測定し、その値(μm)からヴィッカース硬度を求めた。なお、以上の操作は、化学重合に起因して生じるペーストの硬化を避けるため、ペーストを自動練和した後、3分以内に終了するように操作した。
【0096】
(2)化学重合における硬化性(硬化開始時間、硬化時間)の評価
内径6mm、厚さ1.5mmのシートワックス2枚で作製した孔の内部に測定試料となる前記ペースト状組成物を充填し、充填された試料の中心に熱電対を挿入した。次いで、ペーストの練和開始から1分後に、孔にペーストを充填したシートワックスを37℃の恒温水槽に投入し、ペンレコーダーで熱起電力の変化を記録した。練和開始から発熱開始までに要した時間をチャートから読み取り、硬化開始時間とした。混和開始から発熱ピークの頂点に至るまでに要した時間を硬化時間とした。なお、上記試験は23℃の恒温室内で行った。
【0097】
(3)23℃における試料調製から化学重合開始までの時間(操作時間)の評価
23℃の恒温室内において、内径6mm、厚さ1.5mmのシートワックス2枚で作製した孔の内部に試料調製から30秒経過後の試料を充填し、充填された試料の中心に熱電対を挿入した。ペーストの練和開始からペンレコーダーで熱起電力の変化を記録し、練和開始から発熱開始までに要した時間をチャートから読み取り、操作時間とした。
【0098】
実施例1~8、比較例1~6
実施例1における第1剤及び第2剤に配合する化学重合開始剤成分及び光重合開始剤の種類と量を表1に示されるように変更した他は実施例1と同様にして、第1剤となる組成物及び第2剤となる組成物を調製した。次いで、これら組成物を用いて実施例1と同様にして測定試料を調製し、実施例1と同様の評価を行った。評価結果を表2に示す。
【0099】
【0100】
【0101】
表2に示されるように、実施例1~8においては、いずれの評価とも良好であった。なお、比較例1は、DATBの代わりにDMEMを用いた例であり、光重合による表面硬度および、化学硬化性が良好であることが知られている。DMEMは劇物であるため、健康や安全性の面で問題があるが、参考として評価したものである。
【0102】
一方、第1芳香族第3級アミン化合物(f2)を含まない比較例2では、光重合における硬化体の表面硬度は、作製直後がHv6であり、37℃1週間後がHv6であり、共に低かった。また、比較例3、4は、第2芳香族第3級アミン化合物(f3)を含まない場合の例であるが、(f2)の量が0.5質量部である比較例3の光重合における硬化体の表面硬度は、作製直後がHv17であり、37℃1週間後がHv16であり、共に低く、(f2)の量を3.0質量部と増やした比較例4の光重合における硬化体の表面硬度は、作製直後がHv58であり、37℃1週間後がHv57であったが、操作時間が短く2分であった。また、第1芳香族第3級アミン化合物(f2)および第2芳香族第3級アミン化合物(f3)が共に含まず、これら以外の芳香族第3級アミンであるPEATを用いた比較例5では、光硬化しなかったため、光重合における硬化体の表面硬度が測定不能であった。さらに、有機過酸化物とN,N-ジ(ヒドロキシアルキル)-p-トルイジン化合物および第1芳香族第3級アミン化合物を同一包装に共存させた比較例6では、第1剤用の組成物を調製する際に硬化したため、硬化材料として評価できなかった。