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特開2024-108137抗菌部材、抗菌物品及び抗菌部材の製造方法
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  • 特開-抗菌部材、抗菌物品及び抗菌部材の製造方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024108137
(43)【公開日】2024-08-09
(54)【発明の名称】抗菌部材、抗菌物品及び抗菌部材の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C23F 1/20 20060101AFI20240802BHJP
   A01N 37/10 20060101ALI20240802BHJP
   A01N 43/40 20060101ALI20240802BHJP
   A01N 43/26 20060101ALI20240802BHJP
   A01N 43/42 20060101ALI20240802BHJP
   A01N 57/20 20060101ALI20240802BHJP
   A01P 3/00 20060101ALI20240802BHJP
【FI】
C23F1/20
A01N37/10
A01N43/40 101P
A01N43/26
A01N43/42 101
A01N57/20 C
A01N57/20 D
A01N57/20 E
A01P3/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】16
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024007665
(22)【出願日】2024-01-22
(31)【優先権主張番号】P 2023011909
(32)【優先日】2023-01-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000005887
【氏名又は名称】三井化学株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001519
【氏名又は名称】弁理士法人太陽国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】光永 新太郎
【テーマコード(参考)】
4H011
4K057
【Fターム(参考)】
4H011AA02
4H011AA03
4H011BB06
4H011BB08
4H011BB09
4H011BB17
4K057WA05
4K057WB05
4K057WC10
4K057WD05
4K057WE02
4K057WE08
4K057WK07
4K057WK10
(57)【要約】
【課題】長期にわたって抗菌性能が持続する抗菌部材、この抗菌部材を含む抗菌物品、及び抗菌部材の製造方法を提供する。
【解決手段】クリプトン吸着法により測定される真表面積(m)を幾何学的表面積(m)で除して得られる粗さ指数が4.0以上である表面を有し、前記表面は有機化合物で被覆されている、抗菌部材。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
クリプトン吸着法により測定される真表面積(m)を幾何学的表面積(m)で除して得られる粗さ指数が4.0以上である表面を有し、前記表面は有機化合物で被覆されている、抗菌部材。
【請求項2】
前記有機化合物は炭化水素基を含む、請求項1に記載の抗菌部材。
【請求項3】
前記有機化合物は環状の炭化水素基を含む、請求項2に記載の抗菌部材。
【請求項4】
前記環状の炭化水素基は芳香環又はヘテロ原子を含む脂環構造を含む、請求項3に記載の抗菌部材。
【請求項5】
前記有機化合物は極性基を含む、請求項1に記載の抗菌部材。
【請求項6】
前記有機化合物は前記表面に化学的に結合した状態である、請求項1に記載の抗菌部材。
【請求項7】
クリプトン吸着法により測定される真表面積(m)を幾何学的表面積(m)で除して得られる粗さ指数が4.0以上である表面を有し、前記表面は水の接触角が90°以上である、抗菌部材。
【請求項8】
金属を含む、請求項1~請求項7のいずれか1項に記載の抗菌部材。
【請求項9】
請求項1~請求項7のいずれか1項に記載の抗菌部材を含む、抗菌物品。
【請求項10】
基材の表面に対して粗化処理を行う工程と、
前記粗化処理が行われた表面に有機化合物を付与する工程と、を含む、抗菌部材の製造方法。
【請求項11】
前記粗化処理が行われた表面のクリプトン吸着法により測定される真表面積(m)を幾何学的表面積(m)で除して得られる粗さ指数が4.0以上である、請求項10に記載の抗菌部材の製造方法。
【請求項12】
前記有機化合物は炭化水素基を含む、請求項10に記載の抗菌部材の製造方法。
【請求項13】
前記有機化合物は環状の炭化水素基を含む、請求項11に記載の抗菌部材の製造方法。
【請求項14】
前記環状の炭化水素基は芳香環又はヘテロ原子を含む脂環構造を含む、請求項13に記載の抗菌部材の製造方法。
【請求項15】
前記有機化合物は極性基を含む、請求項10に記載の抗菌部材の製造方法。
【請求項16】
前記有機化合物は前記表面と化学的に結合しうる、請求項10に記載の抗菌部材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抗菌部材、抗菌物品及び抗菌部材の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
金属などからなる部材の表面に粗化処理を行って微細な三次元構造を形成する方法が種々知られている。例えば、特許文献1には最初にマイクロメートルオーダーの三次元構造を金属部材の表面に形成し、次いでマイクロメートルオーダーの三次元構造の表面にナノメートルオーダーの三次元構造を形成する方法が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】国際公開2020/158820号広報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1では、樹脂部材に対する接合強度を高めるために金属部材の表面に対して粗化処理を行っているが、粗化処理された表面を他の部材との接合以外の目的に利用することが検討されている。例えば、粗化処理によって形成される微細な三次元構造を抗菌性能の付与に利用することが考えられる。
粗化処理された部材を抗菌用途に用いる場合には、長期にわたって抗菌性能が持続する必要がある。しかしながら、抗菌性能に寄与する表面の微細な三次元構造は、時間が経過するにしたがって消失するおそれがある。
【0005】
上記事情に鑑み、本開示の一実施形態は、長期にわたって抗菌性能が持続する抗菌部材、この抗菌部材を含む抗菌物品、及び抗菌部材の製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するための手段には、以下の実施態様が含まれる。
<1>クリプトン吸着法により測定される真表面積(m)を幾何学的表面積(m)で除して得られる粗さ指数が4.0以上である表面を有し、前記表面は有機化合物で被覆されている、抗菌部材。
<2>前記有機化合物は炭化水素基を含む、<1>に記載の抗菌部材。
<3>前記有機化合物は環状の炭化水素基を含む、<2>に記載の抗菌部材。
<4>前記環状の炭化水素基は芳香環又はヘテロ原子を含む脂環構造を含む、<3>に記載の抗菌部材。
<5>前記有機化合物は極性基を含む、<1>~<4>のいずれか1項に記載の抗菌部材。
<6>前記有機化合物は前記表面に化学的に結合した状態である、<1>~<5>のいずれか1項に記載の抗菌部材。
<7>クリプトン吸着法により測定される真表面積(m)を幾何学的表面積(m)で除して得られる粗さ指数が4.0以上である表面を有し、前記表面は水の接触角が90°以上である、抗菌部材。
<8>金属を含む、<1>~<7>のいずれか1項に記載の抗菌部材。
<9><1>~<8>のいずれか1項に記載の抗菌部材を含む、抗菌物品。
<10>基材の表面に対して粗化処理を行う工程と、
前記粗化処理が行われた表面に有機化合物を付与する工程と、を含む、抗菌部材の製造方法。
<11>前記粗化処理が行われた表面のクリプトン吸着法により測定される真表面積(m)を幾何学的表面積(m)で除して得られる粗さ指数が4.0以上である、<10>に記載の抗菌部材の製造方法。
<12>前記有機化合物は炭化水素基を含む、<10>又は<11>に記載の抗菌部材の製造方法。
<13>前記有機化合物は環状の炭化水素基を含む、<12>に記載の抗菌部材の製造方法。
<14>前記環状の炭化水素基は芳香環又はヘテロ原子を含む脂環構造を含む、<13>に記載の抗菌部材の製造方法。
<15>前記有機化合物は極性基を含む、<10>~<14>のいずれか1項に記載の抗菌部材の製造方法。
<16>前記有機化合物は前記表面と化学的に結合しうる、<10>~<15>のいずれか1項に記載の抗菌部材の製造方法。
【発明の効果】
【0007】
本開示の一実施形態によれば、長期にわたって抗菌性能が持続する抗菌部材、この抗菌部材を含む抗菌物品、及び抗菌部材の製造方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1】実施例で実施した高温高湿保管試験の結果を示す電子顕微鏡画像である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本開示において、「~」を用いて示された数値範囲は、「~」の前後に記載される数値をそれぞれ最小値および最大値として含む範囲を示す。
本開示に段階的に記載されている数値範囲において、ある数値範囲で記載された上限値または下限値は、他の段階的な記載の数値範囲の上限値または下限値に置き換えてもよく、また、実施例に示されている値に置き換えてもよい。
本開示において、材料中の各成分の量は、材料中の各成分に該当する物質が複数存在する場合は、特に断らない限り、材料中に存在する複数の物質の合計量を意味する。
【0010】
本開示において「抗菌部材」とは、抗菌性能を示す部材を意味する。本開示において「抗菌性能」には、細菌を死滅させるか増殖を抑制する性能(抗細菌性能)及びウイルスを不活化させる性能(抗ウイルス性能)が含まれる。すなわち、抗菌性能の対象には細菌及びウイルスが含まれる。
【0011】
<第1実施形態>
本開示の第1実施形態は、クリプトン吸着法により測定される真表面積(m)を幾何学的表面積(m)で除して得られる粗さ指数が4.0以上である表面を有し、前記表面は有機化合物で被覆されている、抗菌部材である。
【0012】
本実施形態の抗菌部材は、粗さ指数が4.0以上である表面を有していることで抗菌作用を発揮する。この抗菌部材が抗菌性能を示すメカニズムは、たとえば以下のように推察される。
抗菌部材の粗さ指数が4.0以上である表面(以下、粗化面ともいう)には、微細な三次元構造が形成されている。このため、細菌が粗化面に付着した場合には、粗化面の三次元構造により細菌の細胞壁が損傷し、好ましい態様では細菌が死滅すると考えられる。
ウイルスが粗化面に付着した場合は、粗化面の三次元構造によって捕捉されたウイルスの活性が弱まり、好ましい態様ではウイルスが不活性化すると考えられる。
さらに、粗さ指数が4.0以上である粗化面は微視的な表面積が大きい。このため、限られた面積に大量の細菌又はウイルスを付着させ、抗菌作用を効果的に発揮することができる。
【0013】
さらに、本実施形態の抗菌部材は、粗化面が有機化合物で被覆されていることで粗化面に形成された三次元構造が長期にわたって維持される。これは、粗化面の表面を被覆する有機化合物によって粗化面と外的環境に存在する物質(例えば、空気中の水分)との接触が抑制され、時間の経過に伴う三次元構造の消失(例えば、水分との反応で生成する水酸化物による三次元構造の消失)が抑制されるためと考えられる。
【0014】
(粗化面)
抗菌部材の抗菌性能を高める観点からは、粗化面の粗さ指数は10.0以上であることが好ましく、25.0以上であることがより好ましく、50.0以上であることが更に好ましく、95.0以上であることが特に好ましい。
粗化面の粗さ指数の上限値は特に制限されないが、抗菌性能の持続性の観点からは、150.0以下であってもよく、125.0以下であってもよく、110.0以下であってもよい。
【0015】
表面粗さの算出に用いる真表面積は、クリプトン吸着法により得られた試料(すなわち、抗菌部材)の比表面積(m/g)に、試料の質量を乗じて算出される値である。
比表面積は、試料を真空加熱脱気(100℃)した後、液体窒素温度下(77K)におけるクリプトン吸着法にて吸着等温線を測定し、BET法によって求められる。吸着等温線は、ガス吸着量測定装置を用いて測定することができる。ガス吸着量測定装置として、例えば、BELSORP-max(マイクロトラック・ベル株式会社製)を使用してよい。
試料の質量としては、粗化処理を施した後の試料の質量を用いてもよい。粗化処理の前後における試料の質量の変化が無視できるほど小さい場合は、粗化処理を施す前の質量を試料の質量として用いてもよい。
【0016】
表面粗さの算出に用いる幾何学的表面積は、測定対象の寸法から求められる値である。例えば、測定対象が長さX、幅Y、高さZの直方体である場合の幾何学的表面積Sは、S=2XY+2YZ+2ZXとして求められる。
幾何学的表面積の測定対象は、抗菌部材の一部又は全体の表面である。
幾何学的表面積の測定対象は、粗化処理を施した後の抗菌部材であっても粗化処理を施す前の抗菌部材であってもよい。
【0017】
抗菌部材の材質は、特に制限されない。粗化処理のしやすさ及び耐久性の観点からは、抗菌部材は金属を含むことが好ましい。
抗菌部材に含まれる金属の種類は特に限定されず、アルミニウム、鉄、銅、ニッケル、金、銀、プラチナ、コバルト、亜鉛、鉛、スズ、ジルコニウム、チタン、ニオブ、クロム、アルミニウム、マグネシウム、マンガン、上記金属を含む合金等が挙げられる。抗菌部材は、上述した金属からなる層(例えば、メッキ層)を表面に有していてもよい。
【0018】
抗菌部材は、アルミニウム、マグネシウム、銀、銅、鉄、チタン、合金、及びメッキ材からなる群から選択される少なくとも1つを含んでよく、アルミニウム、マグネシウム、銀、銅、鉄、チタン、合金、及びメッキ材からなる群から選択される少なくとも1つを主成分(すなわち、金属全体の50質量%以上を占める成分)として含んでもよい。
抗菌部材は、それ自体が抗菌性能を示す金属を含んでもよい。このような金属としては、銀及び銅が挙げられる。
【0019】
抗菌部材は1種の材質からなっていても、2種以上の材質の組み合わせからなっていてもよい。例えば、抗菌部材は金属からなっていても、金属と金属以外の材質の組み合わせからなっていてもよい。
【0020】
抗菌部材の粗化面における三次元構造の状態は、粗化面が粗さ指数の条件を満たすのであれば特に制限されない。例えば、抗菌部材の粗化面は後述する多孔質構造又は平均厚みが10nm~5000nmである凹凸構造層を有していてもよい。
【0021】
本開示において「多孔質構造」とは、複数の孔を有する構造を示す。詳しくは、「多孔質構造」とは、抗菌部材の粗化面に対して水平に抗菌部材を切断して得られる断面を観察したときに、観察領域に孔が存在する構造を示す。
本開示において「孔」とは、開気孔(外気と接続している孔)を意味する。孔の孔径は、孔の入口において測定される値である。
【0022】
抗菌部材の粗化面における多孔質構造の存在は、電子顕微鏡又はレーザー顕微鏡を用いて、抗菌部材の粗化面及び粗化面に垂直な断面を観察することにより確認することができる。
【0023】
抗菌部材の粗化面は、表面が多孔質構造であるめっき層を有していてもよい。
【0024】
抗菌部材の多孔質構造に含まれる孔の少なくとも一部は、開口部の径が、孔の内部の最大内径より小さい形状(以下、インクボトル形状ともいう)を有してよい。本開示において、孔の「開口部の径」とは、孔の入り口において測定される値である。
抗菌部材の粗化面がインクボトル形状の孔を有していると、粗化面に細菌又はウイルスを効果的に付着させることができ、抗菌性能が効果的に発現する。
【0025】
抗菌部材の粗化面は、以下の(1)~(3)の少なくとも1つを満たしていてもよい。(1)算術平均粗さ(Ra)の平均値が、0.2μm~20μmである。
(2)十点平均粗さ(Rz)の平均値が、2μm~100μmである。
(3)粗さ曲線要素の平均長さ(RS)の平均値が、10μm~400μmである。
以下、算術平均粗さ(Ra)の平均値、十点平均粗さ(Rz)の平均値及び粗さ曲線要素の平均長さ(RS)の平均値を、まとめて「巨視的な表面性状」と呼ぶことがある。
【0026】
算術平均粗さ(Ra)は、JIS B 0601:2001(対応国際規格:ISO4287)に準拠して測定される値である。
算術平均粗さ(Ra)の平均値は、0.2μm~10μmであってよく、0.3μm~7μmであってよく、3μm~6μmであってよい。
【0027】
十点平均粗さ(Rz)は、JIS B 0601:2001(対応国際規格:ISO4287)に準拠して測定される値である。
十点平均粗さ(Rz)の平均値は、5μm~100μmであってよく、6μm~80μmであってよく、8μm~50μmであってよく、20μm~35μmであってよい。
【0028】
粗さ曲線要素の平均長さ(RS)は、JIS B 0601:2001(対応国際規格:ISO4287)に準拠して測定される値である。
粗さ曲線要素の平均長さ(RS)の平均値は、50μm~350μmであってよく、80μm~250μmであってよく、90μm~150μmであってよく、100μm~130μmであってよい。
【0029】
抗菌性能の観点からは、抗菌部材の粗化面は、算術平均粗さ(Ra)の平均値が3μm以上であり、十点平均粗さ(Rz)の平均値が20μm以上であり、粗さ曲線要素の平均長さ(RS)の平均値が100μm以上であることが好ましい。
【0030】
抗菌部材の粗化面は、平均厚みが10nm~5000nmである凹凸構造層を有していてもよい。
【0031】
凹凸構造層の平均厚みは、20nm以上4000nm未満であってよく、30nm~2000nmであってよく、50nm~800nmであってよく、100nm~700nmであってよく、150nm~600nmであってよく、200nm超600nm以下であってもよく、350nm~600nmであってもよい。
【0032】
凹凸構造層の平均厚みは、走査型電子顕微鏡(SEM)による断面プロファイルから算出される。具体的には、走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて、抗菌部材の粗化面の無作為に選択した10点について、SEM写真を撮影した後、各写真につき任意の2スポットについて1μm長さにおける平均厚みを計測し、他の9点についても同様な計測を行う。そして、合計20点の測定値の平均値を第2微細構造の平均厚みとする。
【0033】
凹凸構造層の形状としては、樹枝状層、網目状層(「スポンジ状層」とも呼ぶ場合がある)、剣山状層などが挙げられる。
【0034】
樹枝状層は、粗化処理を施された抗菌部材に由来する物質からなる幹が表面に林立した状態の層をいう。幹は、幹から分かれた枝を有してよく、枝は、枝から分かれた側枝を有してよい。
網目状層は、粗化処理を施された抗菌部材に由来する物質からなる網目状或いはスポンジ状の形状を有する層をいう。
剣山状層は、粗化処理が施された抗菌部材に由来する物質からなる鋭利で不規則な形状の凹凸を有する層をいう。
【0035】
粗化処理が施された抗菌部材に由来する物質としては、抗菌部材に含まれる元素からなる物質及び抗菌部材に含まれる元素を含む化合物が挙げられる。抗菌部材に含まれる元素を含む化合物としては、抗菌部材に含まれる金属元素を含む酸化物及び水酸化物が挙げられる。
高温高湿の環境での耐久性の観点から、凹凸構造層は、酸化アルミニウムからなる樹枝状層を含むことが好ましい。
【0036】
抗菌部材の粗化面における凹凸構造層の存在は、樹枝状層及び網目状層は、電子顕微鏡又はレーザー顕微鏡を用いて、抗菌部材の表面及び表面に垂直な断面を観察することにより確認することができる。
【0037】
抗菌部材の粗化面に形成される三次元構造は、上述した具体的形態から選択される1種のみでも2種以上の組み合わせであってもよい。
【0038】
抗菌部材の粗化面の状態は、抗菌性能を発揮する対象となる細菌又はウイルスの性質、サイズ等に応じて選択してもよい。
【0039】
抗菌部材の粗化面は、抗菌部材となる基材の表面に粗化処理を施すことにより得られる。粗化処理は、例えば、後述する抗菌部材の製造方法に記載した方法により行うことができる。
【0040】
(有機化合物)
抗菌部材の粗化面を被覆する有機化合物の種類は、特に制限されない。
粗化面の三次元構造に与える影響を抑制しながら被覆を形成する観点からは、有機化合物の分子量は1,000以下であることが好ましく、500以下であることが好ましく、300以下であることがより好ましい。
【0041】
粗化面の三次元構造を長期にわたって維持する観点からは、有機化合物は炭化水素基のような疎水性の官能基を持つことが好ましい。疎水性の官能基を持つ有機化合物で粗化面を被覆することで、粗化面と外的環境に存在する物質との接触が効果的に抑制される。
【0042】
有機化合物が持つ炭化水素基は鎖状又は環状のいずれであってもよい。鎖状の炭化水素基としてはアルキル基が挙げられる。アルキル基は二重又は三重結合を含んでいても、二重又は三重結合を含んでいなくてもよい。環状の炭化水素基としてはシクロアルキル基、芳香族基、複素環を含む置換基、芳香環を含む置換基等が挙げられる。有機化合物は窒素原子、酸素原子、硫黄原子等のヘテロ原子を含んでいてもよい。例えば、炭化水素基中の炭素原子がヘテロ原子に置き換わっていてもよい。
【0043】
抗菌作用の早期発現の観点からは、有機化合物は環状の炭化水素基を含むことが好ましく、芳香環又はヘテロ原子を含む脂環構造を含むことがより好ましい。芳香環として具体的には、ベンゼン環、ナフタレン環、ベンゼン環又はナフタレン環の炭素原子の一部がヘテロ原子に置き換わった環(キノリン環等)などが挙げられる。芳香環は置換基を有してもよく、置換基としては環状の炭化水素基(フェニル基、ピペリジニル基等)が好ましい。ヘテロ原子を含む脂環構造として具体的には、1個又は2個のヘテロ原子と3個~5個の炭素原子とからなる環状構造が挙げられる。
【0044】
炭化水素基の炭素数は特に制限されない。例えば、炭化水素基の炭素数は1~20の範囲内であってもよく、3~12の範囲内であってもよい。
有機化合物がもつ炭化水素基の数は1つでも2つ以上であってもよく、1つであることが好ましい。
【0045】
有機化合物から形成される被覆の耐久性の観点からは、有機化合物は抗菌部材の粗化面と化学的に結合した状態であることが好ましい。すなわち、抗菌部材の粗化面と化学的に結合しうる有機化合物で粗化面を被覆することが好ましい。
【0046】
抗菌部材の表面と化学的に結合しうる有機化合物の種類は特に制限されず、抗菌部材の粗化面の材質等に応じて選択できる。例えば、抗菌部材の粗化面に水酸基が存在する場合は、水酸基と反応する官能基を持つ有機化合物を選択できる。
【0047】
抗菌部材の粗化面と化学的に結合する有機化合物として具体的には、ホスホン酸化合物、シラン化合物、カルボン酸誘導体、フッ化炭化水素、チオール誘導体等が挙げられる。
【0048】
有機化合物は、抗菌部材の粗化面に自己組織化単分子膜を形成しうることが好ましい。
自己組織化単分子膜は、厚みが1~2ナノメートル程度と極めて薄い。したがって、有機化合物からなる被覆が粗化面の三次元構造に与える影響が小さい。
【0049】
抗菌部材の粗化面に自己組織化単分子膜を形成しうる有機化合物として具体的には、炭化水素を持つホスホン酸化合物及び炭化水素基を持つシラン化合物が挙げられる。炭化水素基としては鎖状の炭化水素基が好ましく、アルキル基がより好ましい。
【0050】
自己組織化単分子膜の安定性の観点からは、有機化合物としては炭化水素基を持つホスホン酸化合物が好ましい。
ホスホン酸化合物は、シラン化合物よりも高密度な自己組織化単分子膜を形成する。これは例えば、シラン化合物は抗菌部材の粗化面に存在する水酸基(OH)とのみ反応するのに対し、ホスホン酸化合物は抗菌部材の粗化面にプロトン(H)を供給することでOHを再生し、連鎖的に反応するためと考えられる。したがって、炭化水素基を持つホスホン酸化合物を用いて形成される自己組織化単分子膜は安定性により優れると考えられる。
【0051】
粗化面を被覆する有機化合物は極性基を有していてもよい。
有機化合物が極性基を有していると、例えば、抗菌部材の粗化面への細菌又はウイルスの付着、これらの死滅や不活性化などが促進される場合がある。
本開示において、有機化合物が有してもよい極性基とは、有機化合物を抗菌部材の粗化面に化学的に結合させるための官能基以外の極性基を意味する。
有機化合物が有してもよい極性基として具体的には、アミノ基、カルボキシ基、ヒドロキシ基、スルホ基、スルホンイミド基、硫酸基、ホスホン酸基、リン酸基、アミノ基、アンモニウム基、エポキシ基、チオール基等が挙げられる。
【0052】
有機化合物が極性基を有する場合、有機化合物は炭化水素基と極性基の両方を有することが好ましい。炭化水素基と極性基の両方を有する有機化合物を用いることで、例えば、有機物からなる被覆の内側に炭化水素基が配置され、外側に極性基が配置された状態を形成することができる。その結果、優れた抗菌性能が長期にわたって維持される場合がある。
【0053】
有機化合物が極性基を有する場合、極性基の位置は特に制限されない。例えば、有機化合物が炭化水素基を持つ場合は、極性基は炭化水素基に結合していてもよく、炭化水素基の末端に結合していてもよい。
有機化合物が極性基と、有機化合物を抗菌部材の粗化面に化学的に結合させるための官能基とを有する場合、極性基及び官能基の位置は特に制限されない。例えば、有機化合物が炭化水素基を持つ場合は、炭化水素基の異なる部位に極性基と官能基とが結合していてもよく、炭化水素基の両末端に極性基と官能基とがそれぞれ結合していてもよい。
【0054】
有機化合物が極性基を有する場合、極性基の数は特に制限されない。例えば、極性基の数は1~3であってもよく、1又は2であってもよく、1であってもよい。有機化合物が2つ以上の極性基を有する場合、2つ以上の極性基は同じ種類であっても異なる種類であってもよい。
【0055】
有機化合物で被覆された粗化面は疎水性であっても、親水性であってもよい。
有機化合物で被覆された粗化面が疎水性である場合としては、粗化面の被覆に用いる有機化合物が炭化水素基のような疎水性の官能基を持つ場合が挙げられる。
有機化合物で被覆された粗化面が親水性である場合としては、粗化面の被覆に用いる有機化合物が極性基のような親水性の官能基を持つ場合が挙げられる。
有機化合物で被覆された粗化面が親水性である場合、被覆に用いる有機化合物は親水性官能基(例えば、上述した極性基)と疎水性官能基(例えば、上述した炭化水素基)を含んでいてもよい。被覆に用いる有機化合物が疎水性官能基を含むことで、有機化合物から形成される被覆の内側に疎水性官能基が配置される。その結果、粗化面の表面(すなわち、被覆の外側)が親水性であっても粗化面と外的環境との接触を効果的に抑制できる。
【0056】
本開示において、ある物体の表面が疎水性である場合とは、当該表面の水の接触角が90°以上である場合を意味する。水の接触角は、後述する実施例に記載した方法で測定される。
【0057】
抗菌部材の粗化面を有機化合物で被覆する方法は、特に制限されない。具体的には、有機化合物を溶解又は分散させた液体を抗菌部材の粗化面に塗布する方法、前記液体に抗菌部材を浸漬する方法などが挙げられる。
【0058】
有機化合物で抗菌部材の粗化面を被覆した後、加熱処理を行ってもよい。加熱処理を行うことで、例えば、有機化合物と抗菌部材の粗化面との化学的な結合を促進させることができる。
【0059】
<第2実施形態>
本開示の第2実施形態は、クリプトン吸着法により測定される真表面積(m)を幾何学的表面積(m)で除して得られる粗さ指数が4.0以上である表面を有し、前記表面は水の接触角が90°以上である、抗菌部材である。
【0060】
本実施形態の抗菌部材は、粗さ指数が4.0以上である表面(粗化面)を有していることで抗菌作用を発揮する。さらに、粗化面における水の接触角が90°以上であることで粗化面に形成された凹凸構造が長期にわたって維持される。これは、粗化面における水の接触角が90°である(すなわち、疎水性である)ことで、粗化面と外的環境に存在する物質(例えば、空気中の水分)との接触が抑制され、粗化面における凹凸構造の消失(例えば、水分との反応で生成する水酸化物による凹凸構造の消失)が抑制されるためと考えられる。
【0061】
本実施形態の抗菌部材の詳細及び好ましい態様は、上述した第1実施形態の抗菌部材の詳細及び好ましい態様と同様である。
【0062】
粗化面の凹凸構造を良好に維持する観点からは、粗化面における水の接触角は100°以上であることが好ましく、110°以上であることがより好ましい。
【0063】
粗化面における水の接触角を90°以上にする方法は特に制限されない。例えば、粗化面を炭化水素基のような疎水性の官能基を持つ有機化合物で被覆してもよい。
粗化面の被覆に使用する有機化合物の詳細及び好ましい態様は、上述した第1実施形態で使用する有機化合物の詳細及び好ましい態様と同様である。
【0064】
<第3実施形態>
本開示の第3実施形態は、上述した抗菌部材を含む抗菌物品である。
抗菌物品は全体が抗菌部材からなっても、一部が抗菌部材からなってもよい。
【0065】
抗菌物品は特に制限されず、例えば、医療・医薬用品(医療用パッド、手術器具、薬品用瓶の蓋、歯科材等);住宅関連用品(ドアノブ、手すり等);食品・調理関連用品(食器、調理器具、シンク、蛇口、配膳用トレー等);インフラ関連用品(水処理又は工場施設に用いる配管等);自動車関連用品(ドアノブ等);雑貨類(筆入れ、定規、シャープペンシル、電卓等);電子機器類(パーソナルコンピュータ、スマートフォン等);及び娯楽関連用品(遊技機で用いるメダル等)のような様々な物品が挙げられる。
【0066】
<第4実施形態>
本開示の第4実施形態は、基材の表面に対して粗化処理を行う工程と、前記粗化処理が行われた表面に有機化合物を付与する工程と、を含む、抗菌部材の製造方法である。
【0067】
上記方法によれば、長期にわたって抗菌性能が維持される抗菌部材を製造することができる。
上記方法で使用する基材及び有機化合物の詳細及び好ましい態様は、上述した抗菌部材及び有機化合物の詳細及び好ましい態様と同様である。
【0068】
抗菌性能に優れる抗菌部材を得る観点からは、基材の粗化処理は、基材の表面のクリプトン吸着法により測定される真表面積(m)を幾何学的表面積(m)で除して得られる粗さ指数が4.0以上となるように行うことが好ましい。
【0069】
基材の表面に対して粗化処理を行う方法は、特に制限されない。
例えば、基材が金属を含む場合は、特許第4020957号に開示されているようなレーザーを用いる方法;NaOH等の無機塩基、又はHCl、HNO等の無機酸の水溶液に金属材料の表面を浸漬する方法;特許第4541153号に開示されているような、陽極酸化により金属材料の表面を処理する方法;国際公開第2015-8847号に開示されているような、酸系エッチング剤(好ましくは、無機酸、第二鉄イオン又は第二銅イオン)および必要に応じてマンガンイオン、塩化アルミニウム六水和物、塩化ナトリウム等を含む酸系エッチング剤水溶液によってエッチングする置換晶析法(以下、「粗化処理法1」と呼ぶことがある);国際公開第2009/31632号に開示されているような、水和ヒドラジン、アンモニア、および水溶性アミン化合物から選ばれる1種以上の水溶液に金属材料の表面を浸漬する方法(以下、「粗化処理法2」と呼ぶ場合がある);国際公開第2020/158820号に開示されているような、所定の金属カチオンを含む酸化性酸性水溶液と接触させて金属材料の表面を化学粗化する方法(以下、「粗化処理法3」と呼ぶ場合がある);特開2008-162115号公報、特開2019-018547号公報等に開示されているような温水処理法;ブラスト処理等の粗化処理が挙げられる。
【0070】
金属を含む基材の表面の粗さ指数を4.0以上にする観点からは、後述する粗化処理法1~粗化処理法3を好適に用いることができる。更に、これらの粗化処理方法の2つ以上を組み合わせた処理(例えば、粗化処理法1と粗化処理法3とを組み合わせた粗化処理方法)も好適に用いることができる。
【0071】
[粗化処理法1]
粗化処理法1として、例えば、下記工程(1)~(4)をこの順に実施する方法が挙げられる。
【0072】
(1)前処理工程
工程(1)では、基材の表面に存在する酸化膜や水酸化物等からなる被膜を除去するための前処理を行う。前処理として、通常、機械研磨や化学研磨処理が行われる。基材の表面に機械油等の著しい汚染がある場合は、水酸化ナトリウム水溶液や水酸化カリウム水溶液等のアルカリ性水溶液による処理や、脱脂を行ってもよい。
【0073】
(2)亜鉛イオン含有アルカリ水溶液による処理工程
工程(2)では、水酸化アルカリ(MOH又はM(OH))と亜鉛イオン(Zn2+)とを質量比((MOH又はM(OH))/Zn2+)1~100の割合で含む亜鉛イオン含有アルカリ水溶液中に、前処理後の基材を浸漬し、表面に亜鉛含有被膜を形成する。なお、上記MOH及びM(OH)のMはアルカリ金属又はアルカリ土類金属である。
【0074】
(3)酸系エッチング剤による処理工程
工程(3)では、上記工程(2)の実行後に、基材を、第二鉄イオンと第二銅イオンの少なくとも一方と、酸を含む酸系エッチング剤により基材を処理する。工程(3)を実行することで、基材の表面上の亜鉛含有被膜を溶離させると共に、例えば、4μm~6μmのRa、20μm~35μmのRz、及び90μm~120μmのRSの少なくとも1つを有する多孔質構造を形成することができる。
【0075】
(4)後処理工程
工程(4)では、上記工程(3)の実行後に、基材を洗浄する。基材を洗浄する方法は、特に限定されず、通常は、水洗および乾燥操作からなる。基材を洗浄する方法は、スマット除去のために超音波洗浄操作を含んでもよい。
【0076】
[粗化処理法2]
粗化処理法2では、塩酸、水酸化ナトリウム、硝酸等による前処理を行い、水和ヒドラジン等の弱塩基性アミン系水溶液に基材を浸漬し、その後、水洗して、例えば、70℃以下で乾燥する。浸漬温度及び浸漬時間は、所望の粗さ指数、所望の平均孔径等に応じて、適宜調節してよい。
【0077】
上記方法により、例えば、数百nmの多孔質構造と、多孔質構造の上に更に付与された、数十nmの平均厚みの網目状構造とを基材の表面に形成することができる。
【0078】
[粗化処理法3]
粗化処理法3として、例えば、基材を特定の酸化性酸性水溶液と接触させる方法が挙げられる。特定の酸化性酸性水溶液は、25℃における標準電極電位Eが-0.2超え0.8以下、好ましくは0超え0.5以下の金属カチオンを含む。
上記酸化性酸性水溶液は、上記Eが-0.2以下の金属カチオンを含まないことが好ましい。
【0079】
25℃における標準電極電位Eが-0.2超え0.8以下である金属カチオンとしては、Pb2+、Sn2+、Ag、Hg2+、Cu2+等が挙げられる。これらの中では、金属の希少性の視点、対応金属塩の安全性・毒性の視点からは、Cu2+が好ましい。
【0080】
Cu2+を発生させる化合物としては、水酸化銅、酸化第二銅、塩化第二銅、臭化第二銅、硫酸銅、硝酸銅、グルコン酸銅などの無機化合物が挙げられる。
【0081】
酸化性酸性水溶液としては、硝酸、混合酸、過カルボン酸水溶液(例えば、過酢酸、過ギ酸等)を例示することができる。混合酸は、硝酸に対し、塩酸、弗酸、及び硫酸のいずれかを混合して得られる。酸化性酸性水溶液として硝酸を用い、金属カチオン発生化合物として酸化第二銅を用いる場合、水溶液を構成する硝酸濃度は、例えば10質量%~40質量%、好ましくは15質量%~38質量%、より好ましくは20質量%~35質量%である。水溶液を構成する銅イオン濃度は、例えば1質量%~15質量%、好ましくは2質量%~12質量%、より好ましくは2質量%~8質量%である。
【0082】
基材を酸化性酸性水溶液と接触させる際の温度は、特に制限されないが、発熱反応を制御しつつ経済的なスピードで粗化を完結するために、例えば常温~60℃、好ましくは30℃~50℃である。この際の処理時間は、例えば1分~15分、好ましくは2分~10分の範囲にある。
【0083】
上記方法により、例えば、数nm~数百nmの平均厚みの樹枝状層を基材の表面に形成することができる。
【実施例0084】
以下、実施例を挙げて本開示をより具体的に説明する。但し、本開示は、これらの実施例に限定されない。
【0085】
(試験片の準備)
JIS H 4000:2014に規定された合金番号A5052のアルミニウム合金板(厚み:0.2cm)を、長さ4.5cm、幅2.0cmに切断して試験片を作製した。この試験片の幾何学的表面積は20.6cmであり、密度は2.68g/cmであり、体積は1.8cmであり、質量は4.8gであった。
【0086】
試験片に対し、下記の条件で脱脂処理を実施した。
・組成:メルテックス(株)製アルミニウムクリーナー「NE-6」 5質量%、水 95質量%
・温度:60℃
・浸漬時間:5分
【0087】
脱脂処理後の試験片に対し、処理1から処理3を実施する粗化処理を行い、試験片Aを得た。具体的には、亜鉛イオン含有アルカリ水溶液を用いる処理1を行って試験片の表面に亜鉛含有被膜を形成した。次いで、酸系エッチング剤を用いる処理2を行って亜鉛含有被膜を溶離させ、水洗した。次いで、硫酸銅を含む水溶液を用いる処理3を行い、試験片を水洗した。各処理の条件は下記の通りである。
【0088】
(処理1)
・亜鉛イオン含有アルカリ水溶液:水酸化ナトリウム 19質量%、酸化亜鉛 3.2質量%、水 77.8質量%
・温度:30℃
・浸漬時間:2分
【0089】
(処理2)
・酸系エッチング剤:硫酸 4.1質量%、塩化第二鉄 3.9質量%、塩化第二銅 0.2質量%、水 91.8質量%
・温度:30℃
・浸漬時間:250秒
【0090】
(処理3)
・硫酸銅を含む水溶液:硝酸30質量%、硫酸銅5.03質量%、水64.97質量%
・温度:40℃
・浸漬時間:5分
【0091】
日立ハイテクノロジーズ社製の走査型電子顕微鏡「Regulus8220」を用いて粗化処理後の試験片Aの表面を観察したところ、インクボトル形状の細孔を含む多孔質構造と、樹枝状構造とを含む三次元構造が形成されていた。
【0092】
粗化処理後の試験片Aを真空加熱脱気(100℃)した後、BELSORP-max(マイクロトラック・ベル株式会社製)を用いて、液体窒素温度下(77K)におけるクリプトン吸着法にて吸着等温線を測定し、BET法により比表面積を求めた。測定された比表面積と試験片の質量とから試験片の真表面積(m)を算出した。試験片の真表面積(m)を試験片の幾何学的表面積(m)で除することにより、粗化面の粗さ指数を求めた。
なお、粗化処理の前後における幾何学的表面積及び質量の変化が非常に小さく、粗さ指数の算出値への影響が無視できる程度であるため、試験片の幾何学的表面積及び質量としては粗化処理前の値を用いた。
【0093】
粗化面における算術平均粗さ(Ra)の平均値、十点平均粗さ(Rz)の平均値、及び粗さ曲線要素の平均長さの平均値(RS)を、東京精密社製の表面粗さ測定装置「サーフコム1400D」を使用し、JIS B 0601:2001に準拠して測定した。
【0094】
樹枝状構造の平均厚みは、走査型電子顕微鏡(SEM)による断面プロファイルから算出した。多孔質構造に含まれる細孔の開口部の径は約10μmであり、孔の内部の最大内径は約15μmであった。
【0095】
(抗細菌試験1)
粗化処理を行った試験片Aと、粗化処理を行っていないこと以外は試験片Aと同じである試験片Bとに対し、ISO 21702:2019に準拠した抗細菌試験を行った。試験では、試験片に細菌を接種してから30分後及び24時間後の生菌数割合を測定した。細菌としては黄色ブドウ球菌を使用し、細菌の濃度は2.5×10個/mL~10個/mLとし、培養液は1/25NBとした。結果を表1に示す。
【0096】
表1に示す生菌数割合(%)は、試験片に細菌を接種した時点の生菌数に対する、試験片に細菌を接種した時点から30分又は24時間後の生菌数の割合を示す。
【0097】
(抗ウイルス試験1)
粗化処理を行った試験片Aと、粗化処理を行っていないこと以外は試験片Aと同じである試験片Bとに対し、ISO 21702:2019に準拠したウイルス不活性化試験を行った。試験では、試験片にウイルスを接種してから30分後及び24時間後の感染価を測定し、ウイルス不活性化率を算出した。ウイルスとしてはネコカリシウイルス(サイズ:27nm~32nm、エンベロープ無し)を用いた。結果を表1に示す。
【0098】
感染価はウイルス不活性化の程度を表す指標であり、TCID50(50% tissue culture infectious dose)によって測定した値である。
ウイルス不活性化率は、試験片にウイルスを接種した時点の感染価に対する、試験片にウイルスを接種した時点から30分後又は24時間後の感染価の割合(%)である。
【0099】
【表1】
【0100】
表1に示すように、表面の粗化処理を実施した試験片Aは、表面の粗化処理を実施していない試験片Bと比べて優れた抗菌性能を示した。
以上の結果から、粗化処理によって付与された表面の微細な三次元構造が試験片の抗菌性能の発現に寄与することがわかる。
【0101】
(有機物による被覆)
上述した粗化処理を実施した試験片Aを、下記に示す有機化合物1~9のエタノール溶液(5mmol/L)に1分間浸漬した。その後、試験片をエタノールで洗浄し、80℃で20分間乾燥して、粗化面が有機化合物で被覆された試験片A-1~A-9を準備した。
有機化合物1:プロピルホスホン酸
有機化合物2:10-カルボキシデシルホスホン酸
有機化合物3:11-アミノウンデシルホスホン酸
有機化合物4:11-ヒドロキシウンデシルホスホン酸
有機化合物5:α-リポ酸
有機化合物6:2-ナフトエ酸
有機化合物7:4-ビフェニルカルボン酸
有機化合物8:4-(1-ピペリジニル)安息香酸
有機化合物9:2-キノリンカルボン酸
【0102】
有機化合物で被覆した試験片A-1~A-9又は試験片Bの表面にイオン交換水(2μL)を滴下し、滴下から1分後に接触角を測定した。測定は24℃、相対湿度31%の条件で行った。デジタルカメラで撮影した水滴の画像から接線法で接触角を算出した。結果を表2に示す。
【0103】
【表2】
【0104】
(抗細菌試験2)
有機化合物で被覆した試験片A-1~A-4に対し、抗細菌試験を行った。有機化合物で被覆した試験片の表面が疎水性を示す場合はISO 21702:2019に準拠した抗細菌試験をそのまま実施できないため、下記の手法で試験を実施した。比較のため、粗化処理及び有機化合物による被覆を実施していない試験片Bについても同様の試験を実施した。結果を表3に示す。
【0105】
試験片をハイブリダイゼーションバッグに入れ、ヒートシーラーでバッグの3辺を圧着し、細菌液(1.0mL)を添加した。未圧着の辺をヒートシーラーで圧着し、バッグを密閉した。その後、設定条件で指定時間(30分又は24時間)静置した。指定時間経過後、試験片をチューブに移して細菌液を回収した。チューブとしては、細菌液が予備試験により決定した希釈倍率(25倍)に希釈される量の培養培地を分注したものを使用した。回収した細菌液を0.22μmのフィルターでろ過し、生菌数割合(%)を調べた。細菌としては黄色ブドウ球菌を使用し、細菌の濃度は2.5×10個/mL~10個/mLとし、培養液は1/25NBとした。
【0106】
【表3】
【0107】
(抗ウイルス試験2)
有機化合物で被覆した試験片A-1~A-3、A-5~A-9に対し、抗ウイルス試験を行った。有機化合物で被覆した試験片の表面が疎水性を示す場合はISO 21702:2019に準拠したウイルス不活性化試験をそのまま実施できないため、下記の手法で抗ウイルス試験を実施した。ウイルスとしてはネコカリシウイルス(サイズ:27nm~32nm、エンベロープ無し)を用いた。比較のため、粗化処理及び有機化合物による被覆を実施していない試験片Bについても同様の試験を実施した。結果を表4に示す。
【0108】
試験片をハイブリダイゼーションバッグに入れ、ヒートシーラーでバッグの3辺を圧着し、接種ウイルス液(1.0mL)を添加した。未圧着の辺をヒートシーラーで圧着し、バッグを密閉した。その後、設定条件で指定時間(30分又は24時間)静置した。指定時間経過後、試験片をチューブに移してウイルス液を回収した。チューブとしては、接種ウイルス液が予備試験により決定した希釈倍率(25倍)に希釈される量の培養培地を分注したものを使用した。回収したウイルス液を0.22μmのフィルターでろ過し、感染価を測定し、ウイルス不活性化率を算出した。
【表4】
【0109】
表3及び表4に示すように、粗化処理及び有機化合物による被覆を実施した試験片A-1~A-9は、粗化処理及び有機化合物による被覆を実施していない試験片Bと比べて優れた抗菌作用を示した。また、粗化面を環状の炭化水素基(芳香環又はヘテロ原子を含む脂環構造)を含む有機化合物5~9で被覆した試験片A-5~A-9は、粗化面を環状の炭化水素基を含まない有機化合物1~3で被覆した試験片A-1~A-3に比べて早い段階から抗ウイルス効果が表れていることがわかる。
以上の結果から、試験片の表面に粗化処理によって付与される抗菌性能は、粗化面が有機化合物で被覆されていても発現することがわかる。
【0110】
(高温高湿保管試験)
粗化処理後に有機化合物1~4で被覆した試験片A-1~A-4を40℃、相対湿度90%の環境にて保管する試験を実施し、試験開始から1週間後及び2か月又は3か月後に各試験片の表面の電子顕微鏡画像を得た。比較のため、粗化処理後に有機化合物で被覆していない試験片A-0についても同様の試験を実施した。得られた画像を図1に示す。
【0111】
図1に示すように、粗化面を有機化合物で被覆した試験片A-1~A-4は、保管試験開始から長時間を経過した後も微細な三次元構造が観察された。
粗化面を有機化合物3で被覆した試験片A-4の結果から、有機物で被覆された粗化面が親水性(接触角が0°である)であっても微細な三次元構造が維持されることが分かった。
粗化面を有機化合物で処理していない試験片A-0は、試験開始から1週間後には微細な三次元構造がほぼ観察されなかった。
図1