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特開2024-108139アスファルト乳剤分解剤、及びアスファルト乳剤を分解してアスファルト層を形成する方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024108139
(43)【公開日】2024-08-09
(54)【発明の名称】アスファルト乳剤分解剤、及びアスファルト乳剤を分解してアスファルト層を形成する方法
(51)【国際特許分類】
   E01C 7/24 20060101AFI20240802BHJP
   C08K 5/098 20060101ALI20240802BHJP
   C08L 33/02 20060101ALI20240802BHJP
【FI】
E01C7/24
C08K5/098
C08L33/02
【審査請求】有
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024007862
(22)【出願日】2024-01-23
(11)【特許番号】
(45)【特許公報発行日】2024-07-18
(31)【優先権主張番号】P 2023011620
(32)【優先日】2023-01-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】592211194
【氏名又は名称】キレスト株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】596148629
【氏名又は名称】中部キレスト株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002837
【氏名又は名称】弁理士法人アスフィ国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】林 峰啓
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 治
【テーマコード(参考)】
2D051
4J002
【Fターム(参考)】
2D051AE01
2D051AG01
2D051AG04
2D051AG17
2D051AH02
4J002BG011
4J002EG026
4J002EN136
4J002GL00
4J002HA06
(57)【要約】
【課題】本発明は、アスファルト乳剤の分解性能とアスファルト乳剤の分解によるアスファルト層の形成性能に優れるアスファルト乳剤分解剤、及び、当該アスファルト乳剤分解剤を用いてアスファルト乳剤を分解してアスファルト層を形成する方法を提供することを目的とする。
【解決手段】本発明に係るアスファルト乳剤分解剤は、有効成分として分岐脂肪酸および/またはその塩を含有することを特徴とする。また、本発明に係るアスファルト乳剤を分解してアスファルト層を形成するための方法は、前記アスファルト乳剤の塗工面に、有効成分として分岐脂肪酸および/またはその塩を含有するアスファルト乳剤分解剤を塗工する工程を有することを特徴とする。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
有効成分として分岐脂肪酸および/またはその塩を含有することを特徴とするアスファルト乳剤分解剤。
【請求項2】
更にポリ(メタ)アクリル酸を含有する請求項1に記載のアスファルト乳剤分解剤。
【請求項3】
前記分岐脂肪酸および/またはその塩を構成する分岐脂肪酸の炭素数が6以上12以下である請求項1に記載のアスファルト乳剤分解剤。
【請求項4】
前記分岐脂肪酸の塩を構成するカチオンが、アルカリ金属イオン、アンモニウムイオン、及び第1~4級アンモニウムカチオンからなる群から選ばれる1種以上のカチオンである請求項1に記載のアスファルト乳剤分解剤。
【請求項5】
pHが5以上9以下である請求項1に記載のアスファルト乳剤分解剤。
【請求項6】
前記分岐脂肪酸がイソノナン酸および/またはネオデカン酸である請求項1に記載のアスファルト乳剤分解剤。
【請求項7】
アスファルト乳剤を分解してアスファルト層を形成するための方法であって、
前記アスファルト乳剤の塗工面に、有効成分として分岐脂肪酸および/またはその塩を含有するアスファルト乳剤分解剤を塗工する工程を有することを特徴とする方法。
【請求項8】
前記アスファルト乳剤がカチオン系アスファルト乳剤である請求項7に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アスファルト乳剤の分解性能とアスファルト乳剤の分解によるアスファルト層の形成性能に優れるアスファルト乳剤分解剤、及び、当該アスファルト乳剤分解剤を用いてアスファルト乳剤を分解してアスファルト層を形成する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
アスファルト舗装は、一般的に、重機で均一に締め固めた路床の上に、路盤、基層、表層を積層して形成される。路盤は、道路の交通荷重を広く分散させて路床への負荷を小さくするクッションの役割を有し、一般的に、クラッシャランなどの粒状路盤材料からなる下層路盤と、適度な骨材粒度に調整した粒度調整砕石、セメント、石灰などを混合した安定処理材料からなる上層路盤の二層構造を有する。基層と表層は共にアスファルトや骨材を混合したアスファルト合材から形成され、表層には基層よりも細かく密度の高いアスファルト合材が用いられる。
【0003】
アスファルト舗装の各層間、特に路盤と基層、及び基層と表層の間には、層間密着性を高めるために、アスファルト乳剤が用いられる。アスファルト自体は非常に粘度が高く、塗布には高温を要するが、アスファルト乳剤はアスファルト粒子を水に乳化させたものであるため常温でも粘度が低く、常温で路面に施工することができる。しかしアスファルト乳剤の課題としては、乾燥に時間がかかることがある。乾燥していないアスファルト乳剤の上を工事車両が往来すると、タイヤにアスファルト乳剤が付着して他の路面を汚したり、アスファルト乳剤層が凸凹に変形するおそれがある。一方、アスファルト乳剤が乾燥するまで次の工程を遅らせると、工期が長くなってしまう。
【0004】
そこで、アスファルト乳剤を塗装した後、アスファルト乳剤の乾燥を促進するため、分解剤が用いられる。分解剤は、アスファルト乳剤の乳化状態を破壊して、水分子とアスファルト粒子を分離する。その後、水は自然に蒸発し、また、アスファルト粒子同士が結着してアスファルト層が形成される。アスファルト乳剤の塗布層に分解剤を塗布すると、早い場合には1分後にアスファルト層が形成され、表面を指で触ってもアスファルトが付着しないようになる。
【0005】
アスファルト乳剤は、界面活性剤によりアスファルト粒子を水中に分散させたものであるため、強いアルカリ剤、例えば水酸化ナトリウム水溶液を分解剤として使用すると、乳化が破壊されて造膜性が得られる。しかし、作業員や周囲への安全性と考慮して、中性域で分解性能の高いものが求められている。
【0006】
例えば特許文献1には、リン酸の金属塩を主成分とするアスファルト乳剤用分解剤が開示されている。また、特許文献2には、含硫黄型アニオン性界面活性剤と無機硫酸塩及び/又は縮合リン酸塩を含むカチオン系アスファルト乳剤の分解剤が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2016-164345号公報
【特許文献2】特開2017-122352号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上述したように、アスファルト乳剤を分解してアスファルト層の形成を促進する分解剤が開発されている。
しかし、アスファルト乳剤の塗布後、アスファルト乳剤をより速やかに分解してアスファルト層を形成できれば、工期を短縮することが可能であるため、性能がより一層優れるアスファルト乳剤分解剤が現場などで求められている。
そこで本発明は、アスファルト乳剤の分解性能とアスファルト乳剤の分解によるアスファルト層の形成性能に優れるアスファルト乳剤分解剤、及び、当該アスファルト乳剤分解剤を用いてアスファルト乳剤を分解してアスファルト層を形成する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた。その結果、分岐脂肪酸および/またはその塩が、既存のアスファルト乳剤分解剤成分に比べてアスファルト乳剤の分解造膜性により優れていることを見出して、本発明を完成した。
以下、本発明を示す。
【0010】
[1] 有効成分として分岐脂肪酸および/またはその塩を含有することを特徴とするアスファルト乳剤分解剤。
[2] 更にポリ(メタ)アクリル酸を含有する前記[1]に記載のアスファルト乳剤分解剤。
[3] 前記分岐脂肪酸および/またはその塩を構成する分岐脂肪酸の炭素数が6以上12以下である前記[1]または[2]に記載のアスファルト乳剤分解剤。
[4] 前記分岐脂肪酸の塩を構成するカチオンが、アルカリ金属イオン、アンモニウムイオン、及び第1~4級アンモニウムカチオンからなる群から選ばれる1種以上のカチオンである前記[1]~[3]のいずれかに記載のアスファルト乳剤分解剤。
[5] pHが5以上9以下である前記[1]~[4]のいずれかに記載のアスファルト乳剤分解剤。
[6] 前記分岐脂肪酸がイソノナン酸および/またはネオデカン酸である前記[1]~[5]のいずれかに記載のアスファルト乳剤分解剤。
[7] アスファルト乳剤を分解してアスファルト層を形成するための方法であって、
前記アスファルト乳剤の塗工面に、有効成分として分岐脂肪酸および/またはその塩を含有するアスファルト乳剤分解剤を塗工する工程を有することを特徴とする方法。
[8] 前記アスファルト乳剤がカチオン系アスファルト乳剤である前記[7]に記載の方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明に係るアスファルト乳剤分解剤の有効成分は、安全性の高い分岐脂肪酸および/またはその塩であり、その水溶液の液性も中性域にあり、作業員や周辺環境に対しても安全である。また、本発明に係るアスファルト乳剤分解剤は、アスファルト乳剤の塗工面に塗工することにより、アスファルト乳剤の分解とアスファルト層の形成を非常に有効に促進できる。従って本発明は、アスファルト舗装の工期の短縮に寄与できるものとして、産業上非常に優れている。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1図1(1)は、後記の乳化破壊確認試験における「×」の場合の写真であり、図1(2)は、「〇」の場合の写真である。
図2図2(1)は、後記の分解造膜性試験1における「×」の場合の写真であり、図2(2)は、「△」の場合の写真であり、図2(3)は、「〇」の場合の写真である。
図3図3(1)は、後記の分解造膜性試験2における「×」の場合の写真であり、図3(2)は、「△」の場合の写真であり、図3(3)は、「〇」の場合の写真である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明に係るアスファルト乳剤分解剤は、有効成分として分岐脂肪酸および/またはその塩を含有する。有効成分として含有するとは、本発明に係るアスファルト乳剤分解剤が、アスファルト乳剤の分解とアスファルト層の形成の促進性能を発揮できる程度の濃度で分岐脂肪酸および/またはその塩を含有することを意味する。具体的には、本発明に係るアスファルト乳剤分解剤における分岐脂肪酸および/またはその塩の濃度としては、例えば、1質量%以上50質量%以下が好ましい。当該濃度としては、1.5質量%以上または2質量%以上が好ましく、4質量%以上または10質量%以上が好ましく、また、45質量%以下または40質量%以下が好ましく、30質量%以下または20質量%以下がより更に好ましい。
【0014】
本発明に係るアスファルト乳剤分解剤の有効成分は、分岐脂肪酸および/またはその塩である。即ち、有効成分は分岐脂肪酸のフリー体であってもよいが、分岐脂肪酸の炭素数によっては、溶媒である水系溶媒に対する溶解性が十分でない場合があり得る。その様な場合には、塩基を加えて分岐脂肪酸の少なくとも一部を塩として溶解性を改善することができる。かかる場合、分岐脂肪酸塩は、分岐脂肪酸アニオンと塩基カチオンに電離して水系溶媒中に分散していると考えられる。塩基を用いる場合、分岐脂肪酸および/またはその塩の量は、価数とモル数の積が同一または略同一である分岐脂肪酸アニオンと塩基のカチオンの合計量として求めることができる。
【0015】
分岐脂肪酸および/またはその塩がアスファルト乳剤の分解と造膜の促進に有効である理由は、必ずしも明らかではないが、先ず、アスファルト乳剤は界面活性剤によりアスファルト粒子が水系溶媒中に分散しているエマルジョンであるところ、分岐脂肪酸および/またはその塩を構成するアニオンである分岐脂肪酸イオンとカチオンにより、界面活性剤の作用が低減され、界面張力が低下してアスファルト粒子と水系溶媒が分離することが考えられる。また、分岐脂肪酸の炭化水素基が、水系溶媒から分離したアスファルト粒子の表面を僅かに溶解し、アスファルト粒子同士の決着を促すことによって、アスファルト層の形成を促進することが考えられる。更に、分岐脂肪酸は、同炭素数の直鎖脂肪酸に比べて分子間力が小さく融点が低く、一般的には液体であるため、本発明に係るアスファルト乳剤分解剤は均一性が高く、またアスファルト粒子に対する親和性がより高いことが考えられる。
【0016】
分岐脂肪酸の炭素数は、適宜調整すればよいが、例えば4以上20以下とすることができる。当該炭素数が4以上であれば、アスファルト粒子との親和性をより確実に確保することができ、20以下であれば、水系溶媒中の分散性を確保し易くなる。当該炭素数としては、5以上または6以上が好ましく、7以上または8以上が好ましく、また、18以下または16以下が好ましく、14以下または12以下がより好ましい。
【0017】
分岐脂肪酸において、分岐の数、即ち枝分かれ数は特に制限されないが、例えば、2以上が好ましく、また、5以下が好ましく、4以下が好ましく、3がより更に好ましい。
【0018】
分岐脂肪酸としては、特に制限されないが、例えば、2-エチル酪酸、2-エチルヘキシル酸、イソオクタン酸、イソノナン酸、ネオデカン酸、イソデカン酸などが挙げられ、イソノナン酸および/またはネオデカン酸が挙げられる。
【0019】
分岐脂肪酸塩を構成するカチオンは、特に制限されないが、例えば、アルカリ金属イオン、第2属金属イオン、アンモニウムイオン(NH4 +)、及び第1~4級アンモニウムカチオンが挙げられる。アルカリ金属イオンとしては、例えば、リチウムイオン、ナトリウムイオン、及びカリウムイオンが挙げられ、ナトリウムイオンおよびカリウムイオンが好
ましく、ナトリウムイオンがより好ましい。第2属金属イオンとしては、例えば、マグネシウムイオン、カルシウムイオン、ストロンチウムイオン、及びバリウムイオンが挙げられ、マグネシウムイオンおよびカルシウムイオンが好ましい。
【0020】
第1~4級アンモニウムカチオンは、式N+4(式中、RはHまたは置換基を有していてもよいC1-8アルキル基を示し、複数のC1-8アルキル基は互いに同一であっても異なっていてもよい。)で表されるものである。第1~4級アンモニウムカチオンのアルキル基の数は、それぞれ1~4個である。即ち、例えば第1級アンモニウムカチオンは、式H3+(C1-8アルキル)で表される。
【0021】
1-8アルキル基は、炭素数1以上、8以下の直鎖状、分枝鎖状または環状の一価飽和脂肪族炭化水素基をいう。例えば、メチル、エチル、n-プロピル、n-ブチル、n-ペンチル、n-ヘキシル、n-ヘプチル、n-オクチル等の直鎖状C1-8アルキル基;イソプロピル、イソブチル、s-ブチル、t-ブチル、イソペンチル、s-ペンチル、t-ペンチル、ネオペンチル、1-メチルペンチル、イソヘキシル、s-ヘキシル、t-ヘキシル、ネオヘキシル等の分枝鎖状C1-8アルキル基;シクロプロピル、シクロブチル、シクロペンチル、シクロヘキシル、メチルシクロヘキシル、ジメチルシクロヘキシル、エチルシクロヘキシル等の環状C1-8アルキル基が挙げられる。
【0022】
1-8アルキル基の置換基は、特に制限されないが、例えば、水酸基が好ましい。また、置換基の数は、置換可能であれば特に制限されないが、1以上5以下とすることができ、3以下または2以下が好ましく、1であってもよい。
【0023】
第1~4級アンモニウムカチオンとしては、特に制限されないが、例えば、モノ-、ジ-またはトリエタノールアンモニウムカチオン;モノ-、ジ-またはトリプロパノールアンモニウムカチオン;モノ-、ジ-またはトリイソプロパノールアンモニウムカチオン;シクロヘキシルジエタノールアンモニウムカチオン;N-メチルエタノールアンモニウムカチオン;及びN,N-ジメチルエタノールアンモニウムカチオンが挙げられる。
【0024】
本発明に係るアスファルト乳剤分解剤は、溶媒として水系溶媒を含む。本開示において水系溶媒とは、水、及び水と水混和性有機溶媒との混合溶媒をいい、水混和性有機溶媒とは、水と制限無く混和可能である有機溶媒をいう。水混和性有機溶媒の配合により、分岐脂肪酸および/またはその塩の溶解性を改善できることがあり得る。
【0025】
水混和性有機溶媒としては、例えば、メタノール、エタノール、1-プロパノール、2-プロパノール等のアルコール溶媒;エチレングリコール、プロピレングリコール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール等の多価アルコール溶媒;3-メトキシ-3-メチル-1-ブタノール等のアルコキシアルコール溶媒が挙げられる。水と水混和性有機溶媒との混合溶媒を用いる場合、混合溶媒における水混和性有機溶媒の割合としては、20質量%以下または10質量%以下が好ましく、5質量%以下または2質量%以下がより好ましい。当該割合の下限は特に制限されず、分岐脂肪酸および/またはその塩の溶解性に応じて適宜調整すればよいが、例えば、0.1質量%以上とすることができる。
【0026】
本発明に係るアスファルト乳剤分解剤には、有効成分である分岐脂肪酸および/またはその塩と溶媒の他、アスファルト乳剤分解剤に一般的に配合されるその他の成分を配合してもよい。
【0027】
その他の成分としては、ポリ(メタ)アクリル酸が挙げられる。本発明者らの実験的知見によれば、分岐脂肪酸および/またはその塩に加えてポリ(メタ)アクリル酸を併用することにより、アスファルト乳剤に対する分解造膜性がより一層向上する。ポリ(メタ)アクリル酸は、(メタ)アクリル酸のホモポリマーであってもよいし、(メタ)アクリル酸の共重合体であってもよいし、それらの塩であってもよい。
【0028】
(メタ)アクリル酸の共重合体を構成する(メタ)アクリル酸以外のモノマーは、特に制限されないが、例えば、マレイン酸、イタコン酸、クロトン酸、スチレン、ビニルスルホン酸、ビニルホスホン酸などが挙げられる。ポリ(メタ)アクリル酸の塩としては、例えば、ナトリウム塩やカリウム塩などのアルカリ金属塩や、アンモニウム塩(NH4 +塩)、テトラメチルアンモニウム塩、テトラエチルアンモニウム塩、ピリジニウム塩などのアンモニウム塩が挙げられる。
【0029】
ポリ(メタ)アクリル酸の配合量は、特に制限されず適宜調整すればよいが、例えば、分岐脂肪酸および/またはその塩に対して5質量%以上、100質量%以下とすることができる。当該割合としては、10質量%以上または15質量%以上が好ましく、20質量%以上がより好ましく、また、80質量%以下または60質量%以下が好ましく、50質量%以下がより好ましい。
【0030】
アスファルト乳剤分解剤に一般的に配合されるその他の成分としては、他に、例えば、消泡剤や界面活性剤が挙げられる。消泡剤としては、特に制限されないが、例えば、エステル系消泡剤、ポリエーテル系消泡剤、鉱物油系消泡剤、シリコーン系消泡剤、及び粉末消泡剤から選択される1種または2種以上の消泡剤が挙げられる。また、界面活性剤は、分岐脂肪酸および/またはその塩の溶解や分散のため等に用いることができるが、本発明に係るアスファルト乳剤分解剤の乳化破壊性能を阻害しない範囲で配合する必要がある。
【0031】
本発明に係るアスファルト乳剤分解剤のpHは、特に制限されないが、例えば5以上9以下に調整することができる。当該pHがこの範囲内にあれば、作業員や周辺環境に対する安全性をより確実に確保することができる。当該pHとしては、5.5以上が好ましく、6以上または6.5以上がより好ましく、また、8.5以下が好ましく、8以下がより好ましい。
【0032】
本発明に係るアスファルト乳剤分解剤のpHは、pH調整剤により調整すればよい。pH調整剤としては、例えば、塩酸、硫酸、硝酸などの無機酸;酢酸などの有機酸;水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、炭酸水素ナトリウム、炭酸水素カリウム、炭酸ナトリウム、炭酸カリウム等の無機塩基;アンモニア、ピリジン等の有機塩基が挙げられる。また、塩基を用いる場合、即ち有効成分として分岐脂肪酸の塩を用いる場合には、分岐脂肪酸と塩基の量を調節することによってpHを調整することも可能である。
【0033】
以下、本発明に係るアスファルト乳剤を分解してアスファルト層を形成するための方法を説明するが、本発明は以下の具体例に限定されるものではない。
【0034】
1.アスファルト乳剤の塗工工程
本工程では、アスファルト乳剤を、例えば路盤または基層の表面に塗工する。アスファルトは、一般的には加熱し液状にして使用されるのに対して、アスファルト乳剤は、界面活性剤によりアスファルト粒子を水系溶媒中に分散させて粘性を大幅に低下させることにより、取扱性を改善したものをいう。
【0035】
一般的に、アスファルト乳剤により路盤上に形成されたアスファルト層をプライムコートといい、基層上に形成されたアスファルト層をタックコートという。プライムコートは、降雨による路盤の洗掘の防止、表面水の浸透の防止、路盤からの水分の毛管上昇の遮断、路盤と基層との密着性の改善などのために施工される。また、タックコートは、基層と表層との密着性の改善などのために施工される。
【0036】
アスファルト乳剤の塗工方法は、適宜選択すればよい。例えば、スプレーヤを使って人力で散布してもよいし、ディストリビュータと呼ばれる道路舗装機械を使って塗工してもよい。
【0037】
アスファルト乳剤には、界面活性剤の種類によって、カチオン系、アニオン系、ノニオン系に分けられる。アニオン系は長時間の保存に耐え、ノニオン系は電荷を持たず化学的に安定であるが、安定性に加えて、骨材表面との密着性や迅速な分解性、水が蒸発しなくても分解・硬化するといった特性から、現在、道路用として使用されているほとんどのアスファルト乳剤はカチオン系である。
【0038】
本発明においては、アスファルト乳剤としてカチオン系アスファルト乳剤を用いることが好ましい。カチオン系アスファルト乳剤は、アスファルト乳剤として主流であるのみでなく、界面活性剤としてカチオン界面活性剤を含むことから、本発明に係るアスファルト乳剤分解剤に含まれる分岐脂肪酸アニオンにより、より効率的に分解される。
【0039】
2.アスファルト乳剤の分解工程
本工程では、前工程で形成したアスファルト乳剤の塗工面に、有効成分として分岐脂肪酸および/またはその塩を含有するアスファルト乳剤分解剤を塗工する。アスファルト乳剤分解剤としては、上記で説明した本発明に係るアスファルト乳剤分解剤を用いることができる。
【0040】
本発明に係るアスファルト乳剤分解剤によれば、塗工されたアスファルト乳剤、特に塗工されたカチオン系アスファルト乳剤を効率的に乳化破壊してアスファルト粒子層と水層に分離させ、且つおそらくアスファルト粒子の表面の少なくとも一部を溶解することによりアスファルト粒子同士の結着を促進し、アスファルト層の形成を促進することができる。
【0041】
本発明者らの実験的知見によれば、本発明に係るアスファルト乳剤分解剤の塗工から数分でアスファルト層が形成され、形成されたアスファルト層からのアスファルトの再付着が抑制される。その結果、本発明に係るアスファルト乳剤分解剤の塗工から塗工面上の工事車両の走行までの時間を短縮することができ、結果として全体的な工期の短縮が可能になる。
【0042】
本発明に係るアスファルト乳剤分解剤の塗工からアスファルト層の形成および/または次の工程までの時間は、適宜調整すればよいが、例えば1分間以上、5分間以下に調整することができる。
【実施例0043】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【0044】
試験例1: 乳化破壊確認試験
表1,2の配合に従って、アスファルト乳剤分解剤を調製した。具体的には、水酸化ナトリウム、ポリアクリル酸ナトリウム、及びリン酸二アンモニウムは、それぞれ水に添加して溶解させた。但し、ポリアクリル酸ナトリウムとしては、固形分が43±2%であるポリアクリル酸ナトリウム水溶液製品を用いた。その他の場合には、先ず各酸を水に添加し、次いで各塩基を添加して混合することにより、均一溶液を得た。なお、表1,2中の数値は「質量%」である。
内径10mmの試験管にアスファルト乳剤(「マエダゾルPK-4(タックコート)」前田道路社製)(0.5mL)を入れ、更に表1,2に示す各分解剤(0.2mL)を添加し、軽く振とうした後、以下の基準で乳化破壊の有無を評価した。結果を表1,2に示す。
〇: 試験管を逆さにしても、混合物は液垂れしない
×: 試験管を傾けただけでも混合物が流動する
×の場合と〇の場合の写真を、図1に示す。
【0045】
試験例2: 分解造膜性試験1
90mmφシャーレにアスファルト乳剤(「マエダゾルPK-4(タックコート)」前田道路社製)(2.5mL)を約0.4L/m2の割合で塗布した後、スプレーボトルを用いて表1,2に示す各分解剤(約0.25mL)を約0.04L/m2の割合で噴霧した。噴霧してから1分後、濾紙(「定量濾紙No.5C」アドバンテック東洋社製)をアスファルト乳剤表面に軽く押付けた後剥離し、以下の基準で分解造膜性を評価した。結果を表1,2に示す。
〇: 濾紙の汚れは認められるが、アスファルト粒子の付着は認められない
△: 濾紙の汚れとアスファルト粒子の付着が認められる
×: アスファルト粒子の全面的な付着が認められる
×~〇の場合の写真を、図2に示す。
【0046】
試験例3: 分解造膜性試験2
試験例2と同様にして、シャーレにアスファルト乳剤を塗布し、更に表1,2に示す各分解剤を噴霧した。噴霧してから3分後、ゴム手袋をした人差し指をアスファルト乳剤表面に押し付けて、以下の基準で分解造膜性を評価した。結果を表1,2に示す。
〇: アスファルト粒子の付着がほとんど認められない
△: アスファルト粒子の付着が認められる
×: 指先全面にアスファルト粒子が付着
×~〇の場合の写真を、図3に示す。
【0047】
試験例4: 安全性の確認
各分解剤溶液のpHを測定した。pHが11.5以上であれば、GHS(Globally Harmonized System of Classification and Labelling of Chemicals)分類の「眼/皮膚刺激性」に該当する。
以下の基準で分解造膜性を評価した。結果を表1,2に示す。
〇: pHが11.5以上、消防法の危険物、PRTR制度の対象となる化学物質のいずれにも該当しない
×: pHが11.5以上、消防法の危険物、PRTR制度の対象となる化学物質のいずれかに該当
【0048】
【表1】
【0049】
【表2】
【0050】
表1,2に示される結果の通り、試験した分解剤は、いずれもアスファルト乳剤の乳化状態を破壊して、アスファルト層の形成を促進できることが示された。
【0051】
また、分解剤を用いない場合(比較例1)には、アスファルト乳剤は当然に乳化したままであり、濾紙や指先に全面的に付着した。
更に、分解剤としてNaOH(比較例2)、ポリアクリル酸Na(比較例3)、ドデカン二酸のトリエタノールアミン塩(比較例4)、カプリル酸のシクロヘキシルジエタノールアミン塩(比較例5)、及びリン酸一水素二アンモニウム(比較例6)を用いた場合には、アスファルト乳剤の乳化は破壊できたようであるが、アスファルト粒子の造膜性が十分ではなく、濾紙や指先へのアスファルト粒子の付着が認められる場合があった。
【0052】
それに対して、分解剤としてイソノナン酸塩およびネオデカン酸塩を用いた場合(実施例1~6)には、アスファルト粒子の濾紙や指先への付着は観察されなかった。また、ポリアクリル酸Naの場合にはアスファルト乳剤の色は褐色傾向であったのに対し、イソノナン酸塩およびネオデカン酸塩の場合には黒褐色であった。よって、イソノナン酸塩およびネオデカン酸塩の場合には、アスファルト粒子同士の結着が進行して、造膜性が向上したと推測される。
【0053】
更に、本発明に係るイソノナン酸塩およびネオデカン酸塩は、その水溶液が中性付近であり、且つ何れの法例に定められている危険物等には該当しない安全なものである。
【0054】
試験例5: ポリアクリル酸ナトリウムの併用効果の確認
実施例3のアスファルト乳剤分解剤にポリアクリル酸ナトリウムを添加し、ポリアクリル酸ナトリウムの併用効果を試験した。
但し、濾紙を使った分解造膜性試験では、濾紙が先に水を吸収してアスファルト粒子の付着が阻害されるため、試験例2の実験条件では、分解造膜性に大きな差が無い場合には、結果に明確な差が認められないことがある。そこで、本試験では、アスファルト粒子が凝集して膜が形成されるまでの時間を測定した。
具体的には、表3に示す組成の実施例7のアスファルト乳剤分解剤を調製し、試験例3と同様に、90mmφシャーレにアスファルト乳剤(「マエダゾルPK-4(タックコート)」前田道路社製)(2.5mL)を約0.4L/m2の割合で塗布した後、スプレーボトルを用いて分解剤(約0.25mL)を約0.04L/m2の割合で噴霧した。次いで、ゴム手袋をした人差し指をアスファルト乳剤表面に場所を変えつつ適時押し付けて、人差し指にアスファルト粒子が付着しなくなるまでの時間を測定した。同様の実験を3回行い、平均値を算出した。また、比較のために、実施例3のアスファルト乳剤分解剤でも同様に実験を行った。結果を表3に示す。
【0055】
【表3】
【0056】
表3に示される結果の通り、分岐脂肪酸に加えてポリアクリル酸ナトリウムを併用することにより、アスファルト乳剤をより一層効率的に分解することができ、アスファルト層のより速やかな形成が可能になることが明らかとなった。
図1
図2
図3
【手続補正書】
【提出日】2024-03-22
【手続補正1】
【補正対象書類名】特許請求の範囲
【補正対象項目名】全文
【補正方法】変更
【補正の内容】
【特許請求の範囲】
【請求項1】
有効成分として、炭素数が6以上12以下で枝分かれ数が2以上4以下である分岐脂肪酸および/またはその塩を含有することを特徴とするアスファルト乳剤分解剤。
【請求項2】
更にポリ(メタ)アクリル酸を含有する請求項1に記載のアスファルト乳剤分解剤。
【請求項3】
前記分岐脂肪酸および/またはその塩を構成する分岐脂肪酸の炭素数が6以上10以下である請求項1に記載のアスファルト乳剤分解剤。
【請求項4】
前記分岐脂肪酸の塩を構成するカチオンが、アルカリ金属イオン、アンモニウムイオン、及び第1~4級アンモニウムカチオンからなる群から選ばれる1種以上のカチオンである請求項1に記載のアスファルト乳剤分解剤。
【請求項5】
pHが5以上9以下である請求項1に記載のアスファルト乳剤分解剤。
【請求項6】
前記分岐脂肪酸がイソノナン酸および/またはネオデカン酸である請求項1に記載のアスファルト乳剤分解剤。
【請求項7】
アスファルト乳剤を分解してアスファルト層を形成するための方法であって、
前記アスファルト乳剤の塗工面に、有効成分として、炭素数が6以上12以下で枝分かれ数が2以上4以下である分岐脂肪酸および/またはその塩を含有するアスファルト乳剤分解剤を塗工する工程を有することを特徴とする方法。
【請求項8】
前記アスファルト乳剤がカチオン系アスファルト乳剤である請求項7に記載の方法。
【手続補正書】
【提出日】2024-05-31
【手続補正1】
【補正対象書類名】特許請求の範囲
【補正対象項目名】全文
【補正方法】変更
【補正の内容】
【特許請求の範囲】
【請求項1】
有効成分として、2-エチル酪酸、2-エチルヘキシル酸、イソノナン酸およびネオデカン酸から選択される分岐脂肪酸および/またはその塩を含有することを特徴とするアスファルト乳剤分解剤。
【請求項2】
更にポリ(メタ)アクリル酸を含有する請求項1に記載のアスファルト乳剤分解剤。
【請求項3】
1質量%以上50質量%以下の前記分岐脂肪酸および/またはその塩を含有する請求項1に記載のアスファルト乳剤分解剤。
【請求項4】
前記分岐脂肪酸の塩を構成するカチオンが、アルカリ金属イオン、アンモニウムイオン、及び第1~4級アンモニウムカチオンからなる群から選ばれる1種以上のカチオンである請求項1に記載のアスファルト乳剤分解剤。
【請求項5】
pHが5以上9以下である請求項1に記載のアスファルト乳剤分解剤。
【請求項6】
前記分岐脂肪酸がイソノナン酸および/またはネオデカン酸である請求項1に記載のアスファルト乳剤分解剤。
【請求項7】
アスファルト乳剤を分解してアスファルト層を形成するための方法であって、
前記アスファルト乳剤の塗工面に、有効成分として、2-エチル酪酸、2-エチルヘキシル酸、イソノナン酸およびネオデカン酸から選択される分岐脂肪酸および/またはその塩を含有するアスファルト乳剤分解剤を塗工する工程を有することを特徴とする方法。
【請求項8】
前記アスファルト乳剤がカチオン系アスファルト乳剤である請求項7に記載の方法。