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特開2024-108530耐孔食性および軟磁気特性に優れたフェライト系ステンレス鋼板
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024108530
(43)【公開日】2024-08-13
(54)【発明の名称】耐孔食性および軟磁気特性に優れたフェライト系ステンレス鋼板
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20240805BHJP
   C22C 38/34 20060101ALI20240805BHJP
   C22C 38/54 20060101ALI20240805BHJP
   H01F 1/147 20060101ALI20240805BHJP
   C21D 9/46 20060101ALN20240805BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
C22C38/34
C22C38/54
H01F1/147
C21D9/46 R
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023012950
(22)【出願日】2023-01-31
(71)【出願人】
【識別番号】503378420
【氏名又は名称】日鉄ステンレス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100120891
【弁理士】
【氏名又は名称】林 一好
(74)【代理人】
【識別番号】100182925
【弁理士】
【氏名又は名称】北村 明弘
(72)【発明者】
【氏名】小林 稜
(72)【発明者】
【氏名】秦野 正治
(72)【発明者】
【氏名】田井 善一
【テーマコード(参考)】
4K037
5E041
【Fターム(参考)】
4K037EA01
4K037EA02
4K037EA04
4K037EA05
4K037EA09
4K037EA10
4K037EA12
4K037EA13
4K037EA14
4K037EA15
4K037EA17
4K037EA18
4K037EA19
4K037EA20
4K037EA22
4K037EA23
4K037EA25
4K037EA28
4K037EA31
4K037EA32
4K037EA33
4K037EA35
4K037EA36
4K037EB02
4K037EB03
4K037EB06
4K037EB07
4K037EB08
4K037EB09
4K037FB00
4K037FC04
4K037FC05
4K037FD03
4K037FD04
4K037FE01
4K037FE06
4K037FF03
4K037FG00
4K037FJ01
4K037FJ02
4K037FJ06
4K037FJ07
5E041AA11
5E041AA19
5E041BD09
5E041CA01
5E041NN01
5E041NN06
(57)【要約】
【課題】Si含有量を1.0質量%超とし、鋼中に含有する化学組成の適正化を図るととも、鋼中における結晶粒の結晶方位とを制御することによって、耐孔食性および軟磁気特性に優れたフェライト系ステンレス鋼を提供する。
【解決手段】質量%で、C、Si、Mg等とNbおよびTi:0.30%以下の少なくとも一方を有するフェライト系ステンレス鋼板であって、ステンレス鋼板中のCr、Si、Mo、各含有量を、それぞれ{Cr}、{Si}、{Mo}で表すPI値(孔食指数)が、(式1)の関係を満足し、かつ、一次再結晶後のGOSS方位粒の平均粒径をW(μm)、マトリックス粒の平均粒径をX(μm)で表すとき、前記Wおよび前記Xから算出されるA値が、下記(式2)の関係を満足する。(式1):PI値={Cr}+2{Si}+3{Mo}≧19.5 (式2):A値=W-X≧-10000
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C:0.020%以下、
Si:1.0%超2.5%以下、
Mn:1.0%以下、
P:0.040%以下、
S:0.0030%未満、
O:0.0050%未満、
Cr:15.5%以上23.0%以下、
Mo:0.50%以下、
N:0.020%以下、
Al:0.20%以下、および、
Mg:0.0001%以上0.0050%以下、ならびに、
Nb:0.30%以下およびTi:0.30%以下の少なくとも一方を含み、残部がFeおよび不可避的不純物からなる化学組成を有するフェライト系ステンレス鋼板であって、
前記ステンレス鋼板中のCr、SiおよびMoの各含有量を、それぞれ{Cr}、{Si}および{Mo}で表すとき、{Cr}、{Si}および{Mo}から算出されるPI値(孔食指数)が、下記(式1)の関係を満足し、かつ、
一次再結晶後のGOSS方位粒の平均粒径をW(μm)、マトリックス粒の平均粒径をX(μm)で表すとき、前記Wおよび前記Xから算出されるA値が、下記(式2)の関係を満足し、さらに950℃超の温度域で磁気焼鈍させる耐孔食性および軟磁気特性に優れたフェライト系ステンレス鋼板。
(式1):PI値={Cr}+2{Si}+3{Mo}≧19.5
(式2):A値=W-X≧-10000
【請求項2】
前記GOSS方位粒の存在確率をY(%)、前記GOSS方位粒と接する対応粒界の存在確率をZ(%)で表すとき、前記Yおよび前記Zから算出されるB値が、下記(式3)の関係を満足する、請求項1に記載の耐孔食性および軟磁気特性に優れたフェライト系ステンレス鋼板。
(式3):B値=Y×Z≧21.1
【請求項3】
前記化学組成が、質量%で、
B:0.0050%以下、
Ni:1.0%以下、
Cu:1.0%以下、
V:0.50%以下、
W:0.50%以下、
Ca:0.0100%以下、
Zr:0.50%以下、
Co:0.50%以下、
Ga:0.10%以下、
La:0.10%以下、
Y:0.10%以下、
Hf:0.10%以下、および、
REM:0.10%以下の群から選択される1種又は2種以上をさらに含有する、請求項1または2に記載の耐孔食性および軟磁気特性に優れたフェライト系ステンレス鋼板。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐孔食性および軟磁気特性に優れたフェライト系ステンレス鋼板に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、電気自動車・電化製品の小型化、高効率化のなかで、軟磁気特性に優れる電磁材料として、パーマロイや電磁鋼板等の電磁材料が用いられてきた。しかし、近年、電磁材料は、自動給湯器・自動散水機等の腐食性の高い環境下でも使用されることが想定されることから、優れた耐食性を具備する電磁材料を開発することが求められている。
電磁鋼板等の電磁材料の耐食性を補うための手段としては、通常、電磁材料の表面にNiめっき被膜を形成する方法が考えられるが、Niは比較的高価であり、材料コストの上昇を招くという問題がある。また、電磁材料の耐食性を補うための別の手段としては、鋼板中に高含有量のMoを添加する方法が考えられるが、MoはNiと同等以上に高価な金属であるため、材料コストの上昇を招くという問題がある。そのため、電磁材料の表面にNiめっき等の表面被膜を形成することなく、また、高含有量のMoを添加しなくても、優れた耐孔食性および軟磁気特性を具備させたステンレス鋼板が注目されている。
【0003】
近時では、発明者らの鋭意研究の結果としてフェライト系ステンレス鋼板における、1.0質量%を超える量のSiの添加が、耐孔食性を向上させるのに有効であることがわかってきた。しかしながら、フェライト系ステンレス鋼板は、Siを多量に添加することで、CおよびNが活性化し、微細な炭窒化物等の析出を促進し軟磁気特性を低下させるという問題がある。したがって、Siを1.0質量%超える量を添加した従来のフェライト系ステンレス鋼板では、安価で耐孔食性と優れた軟磁気特性との両方を備えるフェライト系ステンレス鋼板を得ることは難しいという問題がある。
【0004】
これまで、例えば、特許文献1は、C:0.08~0.20%、Cr:11.5~18.0%を含有するマルテンサイト系ステンレス鋼であって、組織中の炭化物密度が5×10個/mm以上、フェライト粒径7μm以上であり、残留磁束密度Br:0.9T以下、角形比:0.65以下である磁性用ステンレス鋼を開示している。また、特許文献2は、C:0.08~0.20%、Cr:11.5~18.0%、Mo:0.05~1.30%またはW:0.05~0.80%を1種または2種含有するマルテンサイト系ステンレス鋼であり、最大透磁率μ1500以上、0.2%耐力30kgf/mm以上である磁性用ステンレス鋼を開示している。また、特許文献3は、重量%で、Cが0.005%未満、Si:0.1~1.5%、Mn:1.0%以下、P:0.04%以下、S:0.01%以下、Cr:9.0~17.0%、N:0.02%以下、Ni:1.0%以下、Al:1.0%以下、Ti:1.0%以下を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物である鋼であって、これに温度範囲が800~850℃および均熱時間が0~10minの磁気焼鈍を施すことにより、最大透磁率μを10000以上とした軟磁性ステンレス鋼を開示している。
【0005】
また、特許文献4は、重量%で、C:0.02%以下、N:0.02%以下、Mn:1.0%以下、Cr:9.0~17.0%を含み、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成を有し、所定の式で表される結晶面強度比Kが10以上で、最大透磁率μmax:2000emu以上を有する板厚2.0mm以下の軟磁性ステンレス鋼薄鋼板を開示している。また、特許文献5は、質量%で、C:0.02~0.15%,Si:0.5~3.0%,Mn:2.0%以下,S:0.1~0.5%,Cr:10~22%,Al:0.01~4.0%,Ti:0.5~1.5%を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる快削軟磁性ステンレス鋼を開示している。また、特許文献6は、半硬質磁性材料で形成されたロータと当該ロータに及ぼす回転磁界を発生させるステータを備えたヒステリシスモータであって、励磁コイルとともに当該ヒステリシスモータのステータを構成するステータヨークが、C:0.05質量%以下、N:0.05質量%以下、Si:3.0質量%以下、Mn:1.0質量%以下、Ni:1.0質量%以下、P:0.04質量%以下、S:0.01質量%以下、Cr:5.0~20.0質量%、Ti:0.5質量%以下を含み、残部がFe及び不可避的不純物からなり、
4.3×%Cr+19.1×%Si>40.2・・式(1)
64×%Si+35×%Cr+480×%Ti
≧221×%C+247×%N+40×%Mn+80×%Ni+460・・式(2)
t≧0.23÷f1/2 ・・式(3)
式(1)及び(2)を満足する組成を有するとともに、使用周波数をf(kHz)とするとき式(3)を満たす板厚tのFe-Cr系軟磁性ステンレス鋼板で形成されているヒステリシスモータを開示している。
【0006】
しかしながら、特許文献1~3はいずれも、炭窒化物に関する記載はあるが、結晶方位に関して何ら言及されていない。また、特許文献4~6はいずれも、炭窒化物およびその他の析出物に関する記載はあるが、耐孔食性に関して記載されていない。したがって、1.0質量%超えのSiを含有したフェライト系ステンレス鋼板を、安価で、かつ、優れた耐孔食性および軟磁気特性の双方を化学組成・結晶方位の制御により備えることに関して何ら考慮されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平05-171369号公報
【特許文献2】特開平06-013220号公報
【特許文献3】特開平10-176250号公報
【特許文献4】特開2000-064000号公報
【特許文献5】特開2006-152354号公報
【特許文献6】特開2009-038907号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
そこで、本発明は、上記問題点を鑑みてなされたものであり、Si含有量を1.0質量%超とし、鋼中に含有する化学組成の適正化を図るとともに、鋼中における結晶粒の結晶方位を制御することによって、耐孔食性および軟磁気特性に優れたフェライト系ステンレス鋼を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
以下に、本発明の特徴を列記する。
(1)質量%で、
C:0.020%以下、
Si:1.0%超2.5%以下、
Mn:1.0%以下、
P:0.040%以下、
S:0.0030%未満、
O:0.0050%未満、
Cr:15.5%以上23.0%以下、
Mo:0.50%以下、
N:0.020%以下、
Al:0.20%以下、および、
Mg:0.0001%以上0.0050%以下、ならびに、
Nb:0.30%以下およびTi:0.30%以下の少なくとも一方を含み、残部がFeおよび不可避的不純物からなる化学組成を有するフェライト系ステンレス鋼板であって、
前記ステンレス鋼板中のCr、SiおよびMoの各含有量を、それぞれ{Cr}、{Si}および{Mo}で表すとき、{Cr}、{Si}および{Mo}から算出されるPI値(孔食指数)が、下記(式1)の関係を満足し、かつ、一次再結晶後のGOSS方位粒の平均粒径をW(μm)、マトリックス粒の平均粒径をX(μm)で表すとき、前記Wおよび前記Xから算出されるA値が、下記(式2)の関係を満足し、さらに950℃超の温度域で磁気焼鈍させる耐孔食性および軟磁気特性に優れたフェライト系ステンレス鋼板。
(式1):PI値={Cr}+2{Si}+3{Mo}≧19.5
(式2):A値=W-X≧-10000
(2)前記GOSS方位粒の存在確率をY(%)、前記GOSS方位粒と接する対応粒界の存在確率をZ(%)で表すとき、前記Yおよび前記Zから算出されるB値が、下記(式3)の関係を満足する、(1)に記載の耐孔食性および軟磁気特性に優れたフェライト系ステンレス鋼板。
(式3):B値=Y×Z≧21.1
(3)前記化学組成が、質量%で、
B:0.0050%以下、
Ni:1.0%以下、
Cu:1.0%以下、
V:0.50%以下、
W:0.50%以下、
Ca:0.0100%以下、
Zr:0.50%以下、
Co:0.50%以下、
Ga:0.10%以下、
La:0.10%以下、
Y:0.10%以下、
Hf:0.10%以下、および、
REM:0.10%以下の群から選択される1種又は2種以上をさらに含有する、(1)または(2)に記載の耐孔食性および軟磁気特性に優れたフェライト系ステンレス鋼板。
【発明の効果】
【0010】
本発明は、フェライト系ステンレス鋼板中のSi含有量を1.0質量%超とし、鋼中に含有する化学組成の適正化を図るとともに、鋼中における結晶粒の結晶方位を制御することによって、耐孔食性および軟磁気特性に優れたフェライト系ステンレス鋼板を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下に、本発明の実施の形態を説明する。なお、以下の説明はこの発明における実施形態の例であって、この特許請求の範囲を限定するものではない。
【0012】
発明者らは、課題を解決するために、フェライト系ステンレス鋼板において、耐孔食性および軟磁気特性を改善する添加元素の作用効果について鋭意検討を行い、下記の新しい知見を得て本発明を完成させるに至った。
【0013】
本発明のフェライト系ステンレス鋼板(以下、単に「ステンレス鋼板」と記載する場合がある。)は、Cr、Si等を含有し、金属組織としてはフェライト相を主体とする組織であり、以下に示す化学組成を有している。
本発明のステンレス鋼板は、多くの耐孔食性を必要とする用途に使用される。例えば、フェライト系で軟磁気特性に優れていることから、EV自動車のリレー、モータ、シールドケースに用いられる。また、耐食性を兼備することで、水で濡れるような環境下で使用される、自動給水器、自動散水機、家庭用電化製品等にも適用することができる。
【0014】
従来は、鉄損を低減させるために、Si添加が有効であることは知られている。また、約3.0質量%のSiを添加した電磁鋼板は、一般に低い外部磁場であっても高い磁束密度が得られることから、電磁弁の鉄心等に広く利用されてきた。このように、普通鋼板に対するSi添加は、軟磁気特性の向上に有効であった。しかし、ステンレス鋼板に対してSiを1.0質量%を超えて添加すると、N、Cの活量が向上しやすくなって、微細な炭化物、窒化物、炭窒化物の析出が促進される傾向がある。このような炭化物等は、結晶粒界に析出することで磁壁移動をピンニングし、軟磁気特性を劣化させるという問題がある。さらに、微細な炭窒化物は、冷間圧延前の鋼板の結晶粒径を小さくし、軟磁気特性を劣化させる結晶方位を有する結晶粒が生成されやすくなるという問題がある。このように、鋼板中に単にSiを添加しただけでは、軟磁気特性を十分に向上させることはできない。
そこで、CおよびNを低減した高純度フェライト系ステンレス鋼板で、Mo添加鋼など既存の材料に比べてMo含有量を低く設定した上で、Si含有量を1.0質量%超えとした場合、所定の化学組成を含有し、熱間圧延から磁気焼鈍までの製造条件を制御することで、鋼表面における孔食電位の高電位化と、生成される結晶粒の結晶方位の適正化を図ることができ、この結果、耐食性、特に耐孔食性と軟磁気特性を兼備したステンレス鋼板を得られる。
以下に、本発明のステンレス鋼板を具体的に説明する。
【0015】
従来は、高純度フェライト系ステンレス鋼において、1.0質量%を超えるSi添加は、孔食電位の高電位化に加え、軟磁気特性の向上にも有効であるが、これまでに、Si添加により低Mo化しつつ、耐孔食性と軟磁気特性を兼ね備えたステンレス鋼板が得られていない。そこで、Cr:15.5%以上およびSi:1.0%超えを含有するステンレス鋼板中において、特にMg:0.0001%以上を必須添加元素とすることによって、磁気焼鈍時に軟磁気特性に優れた方位を有する結晶粒を優先的に蚕食させて異常粒成長させることで、耐孔食性および軟磁気特性に優れたステンレス鋼板を得ることができる。
本発明のフェライト系ステンレス鋼板は、特に軟磁気特性としては、電磁軟鉄およびケイ素鋼板と同等以上の外部磁場に対する応答性(最大透磁率、保磁力)を得ることができる。
【0016】
Mgは、Fe、Al、Siと比較しても、Oと結合して酸化物を形成する傾向が強い。そのために、精錬・製鋼の製造工程中又は熱間圧延時に、微小な酸化物MgOを形成する。さらに、上記工程において、酸化物MgOを核とすることでTiN、NbN、TiC、NbC等の粗大な析出物の形成が促進される。これら析出物の形成は鋼中の固溶C,Nを低減してステンレス鋼を高純化し、熱間圧延と熱延板焼鈍の工程での粒成長を促し、冷間圧延およびその後の冷延板焼鈍における軟磁気特性に不利な結晶方位の形成を抑制する。
【0017】
本発明のステンレス鋼板は、鋳塊を製造し、熱間圧延後に熱延板焼鈍、冷間圧延工程に供される。この時の冷間圧延による加工で、冷間圧延前の結晶粒径が粗大であるほどフェライト鋼板に変形帯が導入される。変形帯は冷間圧延後の焼鈍時においてGOSS方位粒の核生成起点となりやすい。ここで、GOSS方位粒とは、結晶粒の方位を、{110}面がフェライト鋼板の圧延面と平行でかつ<001>方向が圧延方向と垂直になるように揃えた{110}<100>方位粒をいう。このGOSS方位粒は、{110}<100>方位を有する結晶粒と、方位角度が{110}<100>方位に対して15°以内にずれた結晶粒が含まれる。GOSS方位粒は、bcc型結晶構造のフェライト鋼板の磁化容易軸を<001>方向になるように結晶粒を揃えている。これによって、最大透磁率等の透磁率、保磁力、磁化の強さ等の軟磁気特性を向上させることができる。
その後に、冷延板焼鈍に供される。冷延板焼鈍で、転位の再配列、ひずみの開放により内部エネルギーが減少する回復が起こる。さらに、高温に保持することで、大傾角粒界に囲まれた転位密度が著しく低い再結晶粒が生成され、成長する。これによって、変形帯からGOSS方位粒が形成される。ここで、冷延板焼鈍によって形成された結晶粒を、一次再結晶粒と称する。通常、高純度なフェライト鋼板では軟磁気特性に不利な{111}<112>方位が冷間圧延により発達し、一次再結晶粒の主方位となるため、軟磁気特性が低下する。
【0018】
さらに、その後に、本発明のステンレス鋼板は、磁気特性を向上させるために磁気焼鈍に供される。冷間圧延でフェライト鋼板の内部に蓄積された転位、ひずみに起因するエネルギーが一次再結晶により解放された後に、磁気焼鈍により再結晶粒間の粒界エネルギーを駆動力として粒成長が起こる。この粒界エネルギーを駆動力とした粒成長は、二次再結晶と呼ばれている。通常の場合は、一次再結晶した金属組織に対して、高温で熱を与えることで、粗大な結晶粒が小さな結晶粒を蚕食しながら一様に成長し、平均粒径が徐々に大きくなる正常粒成長をする。また、一次再結晶粒の主方位となる{111}<112>方位が二次再結晶粒の主方位なり磁気特性の低下を招く。しかし、この二次再結晶においては特定の結晶方位を有する一次再結晶粒が優先的に成長する異常粒成長を生じる場合がある。
【0019】
本発明のフェライト鋼板は、一次再結晶粒の結晶方位を制御し、特定の結晶方位を有する一次再結晶粒が優先的に成長する異常粒成長によって、二次再結晶粒の多くが形成される。一次再結晶粒がGOSS方位の場合、GOSS方位から15°~45°の粒界方位差を有する対応粒界は、高い粒界エネルギーを有するため粒界移動しやすい。GOSS方位との粒界方位差が15°~45°から外れ、対応粒界の関係にない場合は正常粒成長となる。したがって、一次再結晶においてGOSS方位粒の存在割合を高め、GOSS方位から15°~45°の粒界方位差を持つ対応粒界の存在割合を増加させることでGOSS方位粒のみが異常粒成長したフェライト鋼板を製造でき、軟磁気特性が向上する。
【0020】
このとき、一次再結晶粒の粒界にC、N、P、S等の不純物元素が偏析していると、この異常粒成長を抑制することになる。このために、C、N、P、S等をTiN、TiC、TiO、FeTiP、Ti等の化合物として固定化することで、結晶粒界に偏析することを防止して、本発明のステンレス鋼板の二次再結晶をさらに促進することができる。
本発明のステンレス鋼板は、磁気焼鈍の二次再結晶で、GOSS方位粒が異常粒成長することで、電磁軟鉄以上の軟磁気特性を有することができる。
【0021】
以下に、本発明のステンレス鋼板を具体的に説明する。
(化学組成)
以下に、各必須添加元素の限定理由について説明する。なお、以下の化学組成の各成分の説明では、「質量%」を単に「%」として示している。
(C:0.020%以下)
C(炭素)は、ステンレス鋼中に不可避的に含有する元素である。しかし、母相に含有することで加工性と耐食性を低下させるため、C含有量は少ないほど良いし、また、その他の添加される金属と非磁性の炭化物を形成し、磁壁移動を妨げることで軟磁気特性を低下させることから、上限を0.020%以下とする。また、C含有量を、好ましくは0.010%以下にすることで、さらに、耐食性として特に耐孔食性を向上させることができる。一方、Cは侵入型固溶元素であり、結晶粒界への偏析傾向も大きい元素であり結晶粒界の強化にも寄与するには下限を0.001%以上とすることが好ましく、0.003%以上とすることがより好ましい。
【0022】
(Si:1.0%超2.5%以下)
Si(ケイ素)は、脱酸するのに有効な元素であり、耐酸化性を向上させる。また、硬度を高くし、機械的強度の向上に貢献する。さらに、耐食性、特に、塩水などの中性環境下における耐孔食性を向上させることができる。また、Siはbcc結晶構造を有するフェライト相を安定化させることで、軟磁気特性を向上させる。さらに、電気抵抗率を増大させることから、鉄損を低減して軟磁気特性を向上させる。したがって、Siの添加は、下限は少なくとも1.0%超えとする。一方、Siは、固溶強化元素として作用し、加工性の低下や溶接性の低下を招くほか、過度な添加は析出物の形成を促進して軟磁気特性の低下に繋がるため、上限を2.5%以下とする。それぞれの効果と製造性を考慮して、Si含有量は、好ましくは1.0%超2.0%以下とする。
【0023】
(Mn:1.0%以下)
Mn(マンガン)は、脱酸元素でO(酸素)の固定で有効な元素である。一方、硫化物(MnS)を形成し腐食の起点になることがあり、また、Mnは、フェライト相を不安定化しマルテンサイト相を形成し、軟磁気特性および耐酸化性の低下を招くため、Mn含有量の上限を1.0%以下とする。一方、Mnは、母相中のO(酸素)の脱酸やS(硫黄)の硫化物にすることでSの固定の作用を確保するために、Mn含有量は、下限を0.01%以上とすることが好ましい。Mn含有量は、上記の効果と製造コストを考慮して0.05~0.5%とすることがより好ましい。
【0024】
(P:0.040%以下)
P(リン)は、ステンレス鋼中に不可避的に含有する元素である。Pは、形成するリン化物が軟磁気特性を低下させるほか、加工性や溶接性を阻害する元素であるため、P含有量は少ないほど良いため、P含有量の上限を0.040%以下とする。ただし、Pの過度の低減は、精錬コストの増加に繋がるため、P含有量の下限を0.005%以上とすることが好ましい。P含有量のより好ましい範囲は、製造コストを考慮して0.010~0.030%とする。
【0025】
(S:0.0030%以下)
S(硫黄)は、ステンレス鋼中に不可避的に含有する元素である。Sは、形成する硫化物が軟磁気特性を低下させる元素であり、また、結晶粒界に偏析し、熱間加工性や耐食性、特に耐候性を低下させる傾向があることから、S含有量は少ないほど良く、S含有量の上限を0.0030%以下とする。ただし、Sの過度の低減は、原料及び精錬コストの増加に繋がるため、S含有量の下限を0.0001%以上とすることが好ましい。S含有量のより好ましい範囲は、脆化の抑制や製造コストを考慮して0.0002~0.0015%とする。
【0026】
(O:0.0050%未満)
O(酸素)は、ステンレス鋼板中に不可避的に含有する元素である。他の添加元素と酸化物を形成し、磁壁移動を妨げるピンニングサイトとなることから、軟磁気特性を劣化させる好ましくない元素である。また、形成された酸化物は、加工性、靭性等の機械的特性を低下させることから、Oの含有量は0.0050%未満にし、好ましくは0.0035%以下にする。さらに好ましいO含有量は0.0010%以下である。しかし、Oの過度の低減は、原料及び精錬コストの増加に繋がるため、下限を0.0001%以上とすることが好ましい。
【0027】
(Cr:15.5%以上23.0%以下)
Cr(クロム)は、本発明のフェライト系ステンレス鋼の基本元素であり、耐食性、特に耐候性や耐酸化性を確保するために必須の元素である。Crはフェライト形成元素であり、Siと同様にマルテンサイトの生成を抑制し、軟磁気特性を向上させる有効成分である。このような作用は、Crを15.5%以上含有させることで発揮することができる。しかし、23.0%を超えるCrの添加は、飽和磁束密度を低下させるとともに、硬度が高くなり加工性を劣化させる。このため、Cr含有量は15.5%以上23.0%以下とする。これらの効果をより発揮させるには、Cr含有量を16.0~18.0%とすることが好ましい。
【0028】
(Mo:0.50%以下)
Mo(モリブデン)は、NiやCuと同様に耐食性、耐酸化性に加えて、耐候性を得るために有効な元素である。特に、低pH環境下における孔食の進行を抑制する耐孔食性に効果がある。Mo含有量は、それぞれの効果が発現するために、Moは0.10%以上とすることが好ましい。ただし、過度な含有量は、合金コストの上昇と熱間加工及び冷間加工の製造性を阻害するため、Mo含有量の上限は、0.50%以下とする。
【0029】
(N:0.020%以下)
N(窒素)は、ステンレス鋼板中に不可避的に含有する元素である。Nは、Cと同様に加工性と耐食性を低下させるため、N含有量は少ないほど良い。さらに、Nは、他の添加元素と窒化物を形成し軟磁気特性を低下させることから、N含有量の上限を0.020%以下とする。ただし、Nの過度の低減は、精錬コストの増加に繋がるため、N含有量の下限を0.001%とすることが好ましい。また、Nは、Cと同様に侵入型固溶元素であるものの、結晶粒界への偏析傾向は小さく、結晶粒界の強化に殆ど寄与せず、本発明の目標とする腐食における鋭敏化することから、N含有量の好ましい範囲は、性能と製造コストを考慮して0.005~0.015%とする。
【0030】
(Al:0.20%以下)
Al(アルミニウム)は、脱酸元素として極めて有効な元素である。一方、鋼の靭性や溶接性の低下を招くため、Al含有量の上限を0.20%以下とする。Alは、特に、Siとともに酸化物を形成し、母相中のO(酸素)を低減する。しかし、酸化物が多くなると磁壁移動を妨げて軟磁気特性を低下させ、かつ、腐食の起点となり耐孔食性を低下させる元素であるが、Al含有量が0.20%以下であれば、軟磁気特性の低下や耐孔食性の低下は生じない。また、Al含有量の下限は、脱酸効果を考慮して0.005%以上とすることが好ましく、製造性と性能を考慮して、Al含有量は0.01~0.07%とすることが好適である。
【0031】
(Mg:0.0001%以上0.0050%以下)
Mg(マグネシウム)は、脱酸元素として極めて有効な元素である。特に、Siとともに酸化物を形成し、母相中のO(酸素)を低減する。さらに、熱間加工性やステンレス鋼の清浄度を向上させる元素であり、必要に応じて添加する。精錬・鋳造・熱間圧延中に形成した酸化物MgOは、TiN、NbN等の核生成起点となることでステンレス鋼中の高純化に寄与し、熱延板焼鈍における結晶粒の粗大化を促す。これにより、冷間圧延による変形帯の導入に繋がる。Mgの含有量は、それぞれの効果を発現する0.0001%以上とすることが好ましい。しかし、Mgは、製造性の低下、および酸化物・硫化物が多く形成されることで耐食性・耐孔食性の低下するおそれがある。また、酸化物・硫化物を形成し磁壁移動を妨げて軟磁気特性を低下させるため、Mgの含有量の上限を0.0050%とする。好ましくは、製造性や耐酸化性を考慮して0.0030%以下とする。
【0032】
(Nb:0.30%以下およびTi:0.30%以下の少なくとも一方)
Nb、Tiは、MgOを核として炭窒化物TiN、NbN、TiC、NbCを形成して、結晶粒の不純元素濃度を低下させて高純度化させることで、GOSS方位粒の粒成長に寄与している。また、Nb、Tiは、PやSと析出物を形成して粒界偏析を抑制し、GOSS方位粒の異常粒成長を促進する作用を有する。また、Nb、Tiには、磁壁の移動を阻害するC,N,P、Sを析出物として固定する作用もある。Nb、Tiとも、これら2つの作用を発揮するが、Nbは特に前者の作用に有効に働き、Tiは後者の作用に有効に働くと推測される。これらの作用によりTi、Nbは、耐食性の改善に加えて、本発明の目標とする磁気特性の改善に有効な元素となる。含有する場合は、それぞれその効果が発現する0.01%以上とする。
但し、過度な含有は合金コストの上昇や加工性の低下に繋がり、また、靱性が低下して耐衝撃性が劣化させる、また、過剰な析出物はピンニングサイトとなって磁壁移動の妨げて最大透磁率および保磁力の軟磁気特性を低下させるため、上限をそれぞれ0.30%以下とする。好ましい範囲は、磁気特性の向上効果と合金コストおよび製造性を考慮して、Nb、Tiについてそれぞれ0.01~0.30%とする。
【0033】
また、本発明のステンレス鋼板は、必要に応じて、以下に示す任意添加元素をさらに添加することができる。
【0034】
(B:0.0050%以下)
B(ホウ素)は、熱間加工性や耐二次加工脆性を向上させる元素であり、ステンレス鋼への添加は有効である。Bの含有量は、これらの効果を発現する0.00050%以上とすることが好ましい。しかし、B含有量が多くなると、伸びの低下、疲労強度の低下をもたらすため、上限を0.0050%とする。好ましくは、材料コストや加工性を考慮して0.0005~0.0020%とする。
【0035】
(Ni:1.0%以下)
Ni(ニッケル)は、耐食性に有効な元素であり、すき間腐食における耐候性に対して効果がある。本発明のステンレス鋼は、耐孔食性を得るには、Ni含有量は0.03%超とすることが好ましい。一方、Ni含有量が1.0%超えだと、フェライト相を不安定化して軟磁気特性の低下、合金コストの上昇や材料強度の上昇による加工性の低下を招くため、Ni含有量の上限は1.0%とする。Ni含有量の好ましい範囲は、性能と合金コストを考慮して、0.8%以下とする。
【0036】
(Cu:1.0%以下)
Cu(銅)は、耐食性に有効な元素であり、加工性および耐孔食性を得るために好適な元素である。特に、低pH環境下における孔食の進行を抑制する耐孔食性に効果がある。本発明のステンレス鋼は、P偏析を遅延させて加工性を得るには、Cu含有量は0.03%超とすることが好ましい。一方、Cu含有量が1.0%超えだと、フェライト相を不安定化し軟磁気特性の低下、合金コストの上昇や材料強度の上昇による加工性の低下を招くため、Cu含有量の上限は1.0%とする。Cu含有量の好ましい範囲は、性能と合金コストを考慮して、0.05~0.5%とする。
【0037】
(V:0.50%以下)
V(バナジウム)は、耐食性の改善に有効な元素である。特に、炭窒化物の生成により固溶CおよびNの低減させることで、本発明のステンレス鋼板の耐食性と軟磁気特性の改善に寄与することから必要に応じて添加する。Vの含有量は、それぞれその効果が発現する0.01%以上とすることが好ましい。それぞれの含有量が0.50%超えだと、合金コストの上昇や製造性の低下に繋がる他、過度な析出物による軟磁気特性の低下を招くため、それぞれの含有量の上限を0.50%以下とする。それぞれの含有量の好ましい範囲は、加工性及び製造性と合金コストを考慮して、0.02~0.30%である。
【0038】
(W:0.50%以下)
W(タングステン)は、耐食性の改善にも有効な元素であり、鋼中に固溶して耐食性の改善に寄与することから、必要に応じて添加する。添加する場合は、それぞれその効果が発現する0.01%以上とする。過度な添加は合金コストの上昇や製造性の低下に繋がり、特に、0.5%超の添加は、固溶強化と析出強化により硬質化と伸びの低下を招くため、上限を0.50%以下とする。好ましい範囲は、性能及び製造性と合金コストを考慮して、0.02~0.3%である。
【0039】
(Co、Zr:いずれも0.50%以下)
Co(コバルト)、Zr(ジルコニウム)は、鋼の清浄度を向上させて軟磁気特性および耐二次加工脆性を得るために有効な元素であり、必要に応じて添加する。添加する場合は、それぞれその効果が発現する0.01%以上とする。過度な添加は合金コストの上昇や製造性の低下に繋がるため、上限を0.50%とする。好ましい範囲は、性能及び製造性と合金コストを考慮して、0.02~0.3%である。
【0040】
(Ca:0.0100%以下)
Ca(カルシウム)は、脱酸元素として極めて有効な元素である。特に、Siとともに酸化物を形成し、母相中のO(酸素)を低減する。さらに、熱間加工性やステンレス鋼の清浄度を向上させる元素であり、必要に応じて添加する。Caの含有量は、それぞれの効果を発現する0.0003%以上とすることが好ましい。しかし、Caの含有量が0.0100%超えると、酸化物や硫化物を形成し磁壁移動を妨げて軟磁気特性を低下させ、かつ、形成される硫化物が水溶性であることから耐孔食性の低下に繋がるため、Caの含有量の上限を0.0100%とする。好ましくは、製造性や耐酸化性を鑑みて0.0090%以下とする。
【0041】
(Ga:0.10%以下)
Ga(ガリウム)は、熱間加工性や鋼の清浄度を向上させ、耐酸化性や熱間加工性を著しく向上させる効果を持つため、必要に応じて添加する。それらの含有量は、それぞれその効果が発現する0.001%以上とする。しかし、Gaは、酸化物を容易に形成することで磁壁移動を妨げて軟磁気特性を低下させ、かつ、合金コストの上昇と製造性の低下に繋がるだけであるため、上限を0.10%以下とする。好ましくは、効果と経済性および製造性を考慮して、少なくとも1種以上で0.001~0.050%とする。
【0042】
(Y、Hf、La、REM:いずれも0.10%以下)
Y(イットリウム)、Hf(ハフニウム)、La(ランタン)、REM(希土類元素)は、熱間加工性や鋼の清浄度を向上させ、耐酸化性や熱間加工性を著しく向上させる効果を持つため、必要に応じて添加する。それらの含有量は、それぞれその効果が発現する0.001%以上とする。しかし、La、Y、Hf、REMは、酸化物を容易に形成することで磁壁移動を妨げて軟磁気特性を低下させ、かつ、合金コストの上昇と製造性の低下に繋がるだけであるため、Y、Hf、La、REMの各含有量の上限をそれぞれ0.10%以下とする。好ましくは、効果と経済性および製造性を考慮して、少なくとも1種以上で0.001~0.050%とする。
REMは、Ce、Pr、Sm等のランタノイド系列、アクチノイド系列の希土類金属及びこれらの複合した金属を示している。
【0043】
(残部はFeおよび不可避的不純物)
残部はFeおよび不可避的不純物からなり、不可避的不純物としては、例えばAs及びSbなどが挙げられるが、ここで不可避的不純物とは、ステンレス鋼を工業的に製造する際に、鉱石、スクラップ等の原料、製造工程の種々の要因によって混入する成分であって、本発明に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。
【0044】
さらに、本発明のステンレス鋼板は、ステンレス鋼板中のCr、SiおよびMoの各含有量を、それぞれ{Cr}、{Si}および{Mo}で表すとき、{Cr}、{Si}および{Mo}から算出されるPI値(孔食指数)が、下記(式1)の関係を満足し、かつ、GOSS方位粒の平均粒径をW(μm)、マトリックス粒の平均粒径をX(μm)で表すとき、前記Wおよび前記Xから算出されるA値が、下記(式2)の関係を満足する。
(式1):PI値={Cr}+2{Si}+3{Mo}≧19.5
(式2):A値=W-X≧-10000
【0045】
((式1)について)
本発明のステンレス鋼板は、Cr、Si、Moの各含有量を、それぞれ{Cr}、{Si}、{Mo}で表すとき、(式1)の関係を満足する。
(式1):{Cr}+2{Si}+3{Mo}≧19.5
【0046】
Crを含有するステンレス鋼板は、塩化物イオン等のハロゲン系イオンを含む環境で起こる腐食で、塩化物イオン等の作用により不働態皮膜が局部的に破壊され、その部分が優先破壊されることにより孔食が進行する。この孔食は、ステンレス鋼板が含有する元素によって腐食の進行が大きく変動する。一般に、ステンレス鋼板の耐孔食性の指標として、PI値=Cr+3Moが知られている。本発明のステンレス鋼板は、PI値(孔食指数)としてSiの効果を新たに見出して得られた(式1)を満足している。
【0047】
(PI値)
本発明のステンレス鋼板は、耐孔食性を評価できる手法として孔食電位測定を採用し、含有する添加元素のうち、多くの添加元素を測定し、CrとMoに加えて、特に効果が見出されたSiに着目して、その各含有量{Cr}、{Si}および{Mo}の影響について検討した。孔食電位測定はJIS G 0577に準拠して行い、30℃の3.5質量%NaCl水溶液中における電流値が100μA/cmを超える電位を孔食電位V‘c100と定めた。本発明のステンレス鋼板において、1.0%を超える{Si}を含有する場合には、{Cr}の増加はもとより{Si}の増加によっても耐孔食性が向上し、その効果は{Cr}の2倍であることを知見した。この効果が生じるメカニズムは、必ずしも明らかではないが、不働態皮膜の分析から、皮膜内層および鋼界面に生成するSiの酸化物がハロゲンイオンによる不働態皮膜の破壊を抑制する作用を発現したものと推察している。さらに、1.0%を超えてSiを添加した場合においても、{Mo}を含有する場合には、その効果は{Cr}の3倍あることを知見した。したがって、本発明のステンレス鋼板は、PI値(孔食指数)として、PI値={Cr}+2{Si}+3{Mo}と表している。
【0048】
(耐孔食性)
さらに、SUS430J1L(19Crフェライト系ステンレス鋼板)と孔食電位V‘c100を比較した。本発明のステンレス鋼板の(式1)をPI値≧19.5にすることで、SUS430J1L(19Crフェライト系ステンレス鋼板)と同等の孔食電位0.20Vとすることができた。そこで、本発明のステンレス鋼板のPI値(孔食指数)を19.5以上とした。
また、本発明のステンレス鋼板におけるPI値(孔食指数)が25.0を超えると、鋼中のSi含有量{Si}が多くなりすぎる傾向があるため、引張強度および硬度が高くなりすぎて加工性が低下する他、過度な析出物の形成により軟磁気特性が低下する不利益がある。また、同様に、鋼中のCr含有量{Cr}およびMo含有量{Mo}が大きくなると、軟磁気特性が低下するほか、原材料費が高くなるという不利益がある。このため、PI値(孔食指数)の上限は25.0とすることが好ましい。
【0049】
((式2)について)
さらに、本発明のステンレス鋼板は、GOSS方位粒の平均粒径(W:μm)とマトリックス粒の平均粒径(X:μm)が、下記(式2)で表すA値の関係を満足する。
(式2):A値=W-X≧-10000
【0050】
本発明のステンレス鋼板は、冷延板焼鈍後に、さらに、磁気焼鈍をすることで軟磁気特性を向上させている。これは、磁気焼鈍をすることで、圧延面に対して、{110}<100>方位のGOSS方位が磁化容易軸になり、磁気特性の優れた方向となる。さらに、磁気特性は、結晶粒界等は磁壁移動のピンニングサイトとなって障害となるために、結晶粒界、介在物、析出物、成長を阻害するC,Nの含有量の少ない、大きい粒径を有する結晶粒が好ましい。したがって、軟磁気特性の向上のためには、磁気焼鈍後の二次再結晶粒において、平均粒径が大きいGOSS方位粒を多量に形成させることが好ましい。
これまで、二次再結晶で生じる結晶粒成長速度は、結晶粒径が大きいほど速いことが知られている。従って、GOSS方位粒が優先的に粒成長するかという点は、GOSS方位粒および対応粒界の存在頻度だけではなく、一次再結晶組織のマトリックス粒とGOSS方位粒の結晶粒径差も影響する。GOSS方位粒がマトリックス粒よりも著しく小さい場合、GOSS方位粒は対応粒界と接していてもマトリックス粒に蚕食されて消失する。
ここで、マトリックス粒の平均粒径とは、冷延板焼鈍後で磁気焼鈍前の鋼板の表面におけるすべての結晶粒の平均粒径をいい、GOSS方位粒の平均粒径とは、冷延板焼鈍後で磁気焼鈍前の鋼板の表面におけるGOSS方位を有する結晶粒の平均粒径をいう。
研究者は、鋭意研究の結果、冷延板焼鈍後の一次再結晶におけるGOSS方位粒の平均粒径(W:μm)とマトリックス粒の平均粒径(X:μm)とにおいて、(式2)で表すA値の関係を導き出した。
【0051】
したがって、GOSS方位粒の平均粒径(W:μm)の3乗の値Wが、マトリックス粒の平均粒径(X:μm)の3乗の値Xよりも大きい場合を含め、GOSS方位粒の平均粒径Wがマトリックス粒の平均粒径Xよりも小さい場合でも、A値において3乗の値Wが乗の値Xよりも10000以上大きければ、粒径差による影響は軽微で、GOSS方位粒が磁気焼鈍において異常粒成長することが可能であることを見出した。
少なくとも、GOSS方位粒の平均粒径(W:μm)とマトリックス粒の平均粒径(X:μm)が、(式2)で表すA値を満足することが必要となる。
本特許の開発鋼は、一次再結晶粒のGOSS方位粒の平均粒径(W:μm)とマトリックス粒の平均粒径(X:μm)が、(式2)で表すA値の関係を満足している。
【0052】
((式3)について)
さらに、本発明のステンレス鋼板は、GOSS方位粒の存在確率をY(%)、GOSS方位粒と接する対応粒界の存在確率をZ(%)で表すとき、YおよびZから算出されるB値(GOSS方位粒の成長因子)が、下記(式3)の関係を満足する。
(式3):B値=Y×Z≧21.1
【0053】
本発明のステンレス鋼板は、冷延板焼鈍後、磁気焼鈍をすることで、軟磁気特性を向上させている。このときに、磁気焼鈍後に異常粒成長したGOSS方位粒が多くなっている。しかも、このGOSS方位粒は、磁壁移動の障害となる結晶粒界を少なくするために、異常粒成長によって、少数のGOSS方位粒のみが選択的に成長して結晶粒径が大きくなっている。
したがって、本発明のステンレス鋼板は、(式2)によるA値を満足するとともに、磁気焼鈍前のGOSS方位粒の存在確率Y(%)が、このGOSS方位粒と接触する特定の対応粒界の接している存在確率Z(%)が、(式3)のB値を満足することが好ましい。これにより磁気焼鈍による二次再結晶においてGOSS方位粒の異常粒成長をさらに促進できる。
GOSS方位粒と接触する特定の対応粒界とは、GOSS方位粒の結晶粒界のうち隣接する結晶粒との間の結晶粒界の回転角が15°~45°の範囲にある結晶粒界をいう。GOSS方位粒と隣接粒が対応粒界の関係にある場合、対応粒界の粒界エネルギーが高いことに起因し、GOSS方位粒の結晶粒界が容易に移動して異常粒成長をする。しかし、GOSS方位粒は、回転角が15°~45°の範囲外にある結晶粒界と接する場合には優先的な成長ではなく正常粒成長となる。
したがって、GOSS方位粒の存在確率Yが高くとも、対応粒界の存在確率Zが低いと異常粒成長するGOSS方位粒が少なく、大きい粒径のGOSS方位粒が少なく、優れた軟磁気特性を得ることが難しい。
また、対応粒界の存在確率Zが高くとも、GOSS方位粒の存在確率Yが低いと、異常粒成長するGOSS方位粒が少なく、大きい粒径のGOSS方位粒が少なく、優れた軟磁気特性を得ることが難しい。
このために、発明者は、少なくとも、GOSS方位粒の存在確率Yと対応粒界の存在確率Zとを掛けた時に、21.1より大きくなければならないことを見出した。
【0054】
(測定方法)
所定の結晶方位の結晶粒の存在確率、対応粒界の存在確率、平均粒径、軟磁気特性は、以下のように測定する。
(所定の結晶方位の結晶粒の存在確率、対応粒界の存在確率)
試料は、鋼板の幅中央部から長さおよび幅が、10mmL×10mmWの板を切り出し、板厚が半分となるように圧延面から減厚した。その後、圧延面をコロイダルシリカ仕上とし、減厚面(圧延平行面)を、走査電子顕微鏡(SEM)と組み合わせて、電子線後方散乱回折(EBSD:Electron BackScatter Diffraction)法で測定した。
また、特定の結晶方位を有する結晶粒の面積率は、OIMソフト(株式会社TSLソリューションズ製)を用いて以下のように測定する。上記の装置を用いて測定した各測定点の方位を、隣接するピクセルとの結晶方位差に応じて色分けして図示し、IPF(Inverse Pole Figure)マップを得る。このときに、任意の方位との許容角度(Tolerance Angle)は15°とし、15°以下となる結晶粒が測定視野の面積に占める割合を、任意の結晶方位を有する結晶粒の面積率として算出した。
【0055】
(平均粒径)
前項に記載したEBSD法で、コロイダルシリカ仕上の圧延面を約3000個の結晶粒が含まれるように測定した。平均粒径はマトリックス粒およびGOSS方位粒についてOIMソフト(株式会社TSLソリューション)を用いて計測した。GOSS方位粒の平均粒径の算出では{110}<100>から許容角度で15°以内の結晶粒が含まれるように選別して行った。
【0056】
(A値)
A値の計算に用いるWおよびXは以下のように求めた。GOSS方位粒の平均粒径Wは、本発明のステンレス鋼板の圧延加工の方向に平行な方向の面(ND面)および圧延加工の方向に垂直な法線方向の面(RD面)を指定して{110}<100>方位を抽出し、前項記載の方法で平均粒径を求めた。マトリックスの平均粒径Xは面指定をせず、測定視野全体を対象に[0055]項記載の方法で平均粒径とした。これらのGOSS方位粒の平均粒径Wとマトリックスの平均粒径Xから、A値を計算した。
【0057】
(B値)
B値の計算に用いるYおよびZは以下のように求めた。GOSS方位粒の存在割合Y(%)は、電子線後方散乱回折(EBSD:Electron BackScatter Diffraction)法で、抽出したGOSS方位粒の数を測定視野中の全結晶粒の数で割り付けて求めた。また、測定視野中の各結晶粒界の回転角分布を表わした図(Misorientation Angle Chart)を作成し、GOSS方位粒の結晶粒界のうち回転角が15°~45°の範囲にある対応粒界の存在確率Z(%)を抽出して、その割合を合計して求めた。これらの解析はOIMソフトを用いて行った。
【0058】
(軟磁気特性)
軟磁気特性は、以下のように測定する。
透磁率と保磁力は、以下の測定条件により得られる数値により接点部材への適用性を評価する。測定条件は、外径Φ45mm、内径Φ33mmのリング状試験片を作製し、一次巻き線数100回、二次巻き線数100回、印加磁場100[Oe](エルステッド)とし、室温にて磁気測定(B-H曲線)を行い、透磁率(μ)と保磁力(Hc[Oe])を求める。印加磁場は、飽和磁化に到達しない値として磁化の容易さを評価する。磁化の容易さは透磁率が高いほど、ヒステリシス損は保磁力が小さいほど良好である。ここで、透磁率は、B-H曲線の立ち上がりの初磁化曲線の傾きから最大透磁率を求めた。
最大透磁率μは、3000以上であることが好ましく、外部磁場の変化に対応して、高い磁化の強さを示すことで、スイッチ・リレー等を確実に作動させることができる。より好ましくは5000以上であり、さらに、効率的に作動させることができる。保磁力Hcが、0.85[Oe]以下であれば外部磁場の変化に対応できることから実用に好ましく適用できると、0.50[Oe]以下であれば磁化の変化にさらに容易に追従できることから実用に適用できる。0.85[Oe]を超えると磁化の変化に対応が遅く軟磁気特性が低いとして実用に適用できない。また、最大透磁率が高く、保磁力が低いと、フェライト系ステンレス鋼を接点部材に適用した際に、磁化しやすくヒシテリシス損が小さいので好ましい。
【0059】
(製造方法)
上述した化学組成を有する本発明のステンレス鋼板の製造方法について説明する。本実施形態のステンレス鋼板の製造方法は、例えば、製鋼-熱間圧延-熱延板焼鈍-酸洗-冷間圧延-冷延板焼鈍の工程を有している。この製造工程において、以下に示す条件で熱間圧延後の巻取り、次に、熱延板焼鈍を施した後、冷間圧延および及び冷延板焼鈍を施し、その後、磁気焼鈍を施すことで、耐孔食性および軟磁気特性に優れたステンレス鋼板が得られる。
【0060】
熱延板焼鈍、冷延板焼鈍および磁気焼鈍は、いずれもバッチ式焼鈍でも連続式焼鈍であってもよい。また、各焼鈍の雰囲気は、必要であれば水素ガスあるいは窒素ガスなどの無酸化雰囲気で焼鈍する光輝焼鈍でもよく、大気あるいは真空中の焼鈍でもよい。冷延板焼鈍後は、ソルト処理、酸洗、電解酸洗等を行ってもよい。また、これらの他に、本発明の効果を損なわない範囲で、例えば、冷延板焼鈍後に、形状矯正のためのテンションレベラー工程を実施してもよい。
本発明のステンレス鋼板は、特に磁気特性を要求される用途に好適である。その場合、部品への加工後に磁気焼鈍を施すことで磁気特性に優れた製品を得ることも可能である。本発明のステンレス鋼は、モーターコア等のモーター部品、リレーや電磁弁、さらにそれらのコア、ヨーク、コネクタやハウジングなどに好適に用いることができる。このために、冷延板焼鈍後に、利用する用途に合わせて、切削加工、放電加工等の成形加工後に、磁気焼鈍を行う。
【0061】
本発明のステンレス鋼板では、上記の化学組成を満足すれば通常のプロセス条件で製造しても本発明の目標とする耐孔食性および軟磁気特性を確保することも可能であるが、好適な金属組織の要件を満たすために、以下のように製造することが好ましい。
熱間圧延工程における仕上温度は、一般的な範囲内であってよく、900℃以上で行う。巻取温度は、必要に応じて300℃~900℃の範囲で設定すればよいが、本発明のステンレス鋼では500℃以下にし、仕上-巻取間の冷却速度を20℃/秒以上にする。これによって、析出物の過剰な析出を抑えることができる。
次に、熱間加工後は、950℃以上で、好ましくは1000℃以上1200℃以下で熱延板焼鈍を行う。加熱時間は特に限定しないが、再結晶完了の観点から10秒~120秒とすることが好ましい。
【0062】
次に、冷間圧延工程は、ゼンジミアミル、タンデムミルのいずれで圧延してもよい。冷間圧延においては、ロール粗度、ロール径、圧延油、圧延パス回数、圧延速度、圧延温度などは一般的な範囲内で適宜選択すればよい。冷間圧延の途中に中間焼鈍を入れてもよい。
冷間圧延後に冷延板焼鈍を行うが、焼鈍温度は、加工ひずみを除去するために900℃以上であって、結晶粒の成長を抑制させるために1000℃以下とする。特に、均熱温度は900℃~950℃とする。冷延板焼鈍の温度が900℃未満であると再結晶が不十分となるおそれがある。また冷延板焼鈍の均熱温度が950℃超であると結晶粒粗大化を招き、二次再結晶の駆動力である粒界エネルギーが減少する。冷延板焼鈍における加熱時間は特に限定しないが、再結晶促進の観点から10秒~120秒とすることが好ましい。
【0063】
さらに、磁気焼鈍の条件は、適用製品、用途等に応じて適宜決定すればよいが、磁気焼鈍は真空環境下での加熱温度が950℃を超えるように実施するのがよい。好ましくは真空度が1.0×10-2torrより小さく、加熱温度が1000℃以上1250℃以下とする。加熱時間は1~10時間で行うことが望ましく、より好ましくは1~3時間とすることが望ましい。磁気焼鈍は、短時間に、異常粒成長の条件に適していないGOSS方位粒および他の方位粒の正常粒成長を抑えて、GOSS方位粒の異常粒成長を促進するために、従来の焼鈍温度より高くし、かつ、製造性の観点から短時間で実施しなければならない。そのため、1100℃以上で1~3時間の磁気焼鈍がより好ましい。このような磁気焼鈍を行うことで、加工歪みの除去及びGOSS方位粒の異常粒成長が生じて、磁気特性が良好となり、最大透磁率μ、保磁力Hcを向上させることができる。
その他の焼鈍条件は、適用製品、用途等に応じて適宜決定すればよいが、例えば、1.0×10-3torrより高真空で、昇温速度1~100℃/minで行うことがより望ましい。このような磁気焼鈍後はArガス等による冷却を行ってもよいし、空冷や炉冷としてもよい。
【実施例0064】
本発明を以下の実施例に基づき詳細に説明する。なお、本発明は、以下に示す実施例に限定されるものではない。
【0065】
表1は、実施例1~10および比較例1~8に用いた鋼種A~Oにおける必須添加元素及び一部では任意添加元素の含有量を示している。
【0066】
【表1】
【0067】
表2は、表1に示す化学組成(質量%)を有するフェライト系ステンレス鋼を溶製し、加熱温度800℃~1050℃の範囲で熱間圧延を行い、3.5mm~8.0mmの範囲の厚さの熱延鋼板を製造した。その後、950℃以上1050℃以下で熱延板焼鈍、酸洗後に、15~60℃/sの冷却速度で、巻取温度300℃~600℃の範囲で巻取りをした。その後、冷間圧延を行い、900℃以上で冷延板焼鈍を行い、その後酸洗をした。次に、950℃以上1150℃以下で、加熱時間を2時間として磁気焼鈍を行った。それぞれ実施例1~10、比較例1~8の製造条件を以下に示している。
【0068】
【表2】
【0069】
また、結晶方位および特定の結晶方位を有する結晶粒の面積率は、以下のように測定する。試料は、鋼板の幅中央部から長さおよび幅が、10mmL×10mmWの板を切り出し、板厚が半分となるように圧延面から減厚した。その後、圧延面をコロイダルシリカ仕上とし、減厚面(圧延面)を、走査電子顕微鏡(SEM)と組み合わせて、電子線後方散乱回折(EBSD:Electron BackScatter Diffraction)法で測定した。つぎに、このようにして求めた各測定点の方位を、位置に応じて色分けして図示し、IPF(Inverse Pole Figure)マップを得る。このときに、各方位との角度差が、許容角度(Tolerance Angle)を15°以下の結晶粒が測定視野の面積に占める割合を面積率を、一つの結晶方位を有する結晶粒とし、この結晶粒からGOSS方位粒及びマトリックスの結晶粒の平均粒径、また、測定視野の面積に占める割合を面積率と測定した。
さらに、各結晶粒の結晶粒界の回転角を解析し、対応粒界の存在割合Z(%)を求めた。
【0070】
次に、本発明のステンレス鋼の表面の孔食電位、最大透磁率および保磁力を測定し、耐孔食性および軟磁気特性を、それぞれ下記に示す評価方法により評価した。
【0071】
(耐孔食性の評価方法)
試験材をせん断加工して、20mm×15mmの寸法の耐食性試験片を作製した。試験片の一端に導線をスポット溶接して接続し、試験面10mm×10mm以外をシリコーン樹脂により被覆した。試験液として、3.5%のNaCl水溶液を使用し、30℃でAr脱気において試験を行った。上記のNaCl水溶液中に試験面を完全に浸し、10分間の放置をした後、ポテンショスタットを用いた動電位法により、電位掃引速度20mV/minで、自然電極電位からアノード電流密度が500μA/cmに達するまで電位を測定し、アノード分極曲線を得た。孔食電位は、アノード分極曲線において100μA/cmに対応する電位のうち、最も貴な値を孔食電位(V)とした。
なお、このときに、孔食電位が0.20V未満の場合には、十分な耐孔食性が得られないとして「×(不可)」とし、孔食電位が0.20V以上0.30V未満の場合には、19Cr含有フェライト系ステンレス鋼(SUS304J1L)と同等の良好な耐孔食性が得られているとして「〇(良)」とて、耐孔食性を評価した。
【0072】
(軟磁気特性の評価方法)
鋼板の幅中央部から外径φ45mm×内径Φ33mm×厚さ0.8mmの試験片を放電加工にて切り出した。その後、試験片に、一次巻き線を100回、二次巻き線を100回巻き付けた後に、B-Hトレーサーを用いたリング試験に供した。この時の、外部磁場は最大で100[Oe]まで印加し、初磁化曲線から最大透磁率と、B-H曲線から保磁力(Hc)を測定した。
測定結果から、最大透磁率μは、3000以上が好ましく、より好ましくは5000以上であって、3000未満では、実用上問題があると評価した。保磁力Hcは、0.85[Oe]以下が好ましく、より好ましくは0.5[Oe]以下であって、0.85[Oe]より大きいと実用上問題があると評価した。「下線」があるのは、実用上問題のある範囲にあることを示している。さらに、軟磁気特性として、最大透磁率μと保磁力Hcの双方がより好ましい範囲ある場合は「◎(優)」と、最大透磁率μと保磁力Hcの双方が好ましい範囲にある場合、またはその中で一方が「◎(優)の場合は「〇(良)」と、最大透磁率μと保磁力Hcのいずれか一方が実用上問題がある場合は「×(不可)」」と評価した。それらの結果を表3に示している。
【0073】
【表3】
【0074】
表3に示す結果から、実施例1~2は、(式1)のPI値、また、(式2)のA値のいずれもが本発明の適正範囲を満たしているが、(式3)のB値が21.1未満である。実施例3~10のステンレス鋼は、(式1)のPI値、また、(式2)のA値、(式3)のB値のいずれもが本発明の適正範囲を満たしている。
これにより、表3に示す結果から、実施例1~2は、耐孔食性がすべて「〇」の好ましい範囲にあり、最大透磁率、保磁力がいずれも好ましい範囲にあり、実用上の問題がないことから実用に適用できることで軟磁気特性が「〇」であることがわかる。
また、実施例3~10のステンレス鋼は、耐孔食性がいずれも「〇」の好ましい範囲にありであり、軟磁気特性がいずれも「◎」でより好ましい範囲にあることがわかる。
【0075】
それに対し、比較例1は、(式1)のPI値、(式2)のA値のいずれもが本発明の適正範囲を満たしているが、(式3)のB値が21.1未満である。また、磁気焼鈍温度が、実施例1~10の焼鈍温度の「1150℃」と比べて「950℃」と低くGOSS方位の発達が不十分である。これにより、耐孔食性は「〇」であるが、最大透磁率および保磁力が実用上問題にある範囲にあるため軟磁気特性が「×」であることがわかる。
【0076】
比較例2は、(式1)のPI値、(式2)のA値のいずれもが本発明の適正範囲を満たしているが、式3)のB値が21.1未満である。そのため、耐孔食性は「○」であるが、GOSS方位の発達が不十分となり、最大透磁率が実用上問題にある範囲にあることで軟磁気特性が「×」であることがわかる。
【0077】
比較例3は、(式1)のPI値を満たしておらず、耐孔食性が「×」である。また、(式2)のA値、(式3)のB値のいずれもが本発明の適正範囲を満たしているが、「C、N、O」が本発明外になっているため、最大透磁率が実用上問題にある範囲にであることで、軟磁気特性が「×」であることがわかる。
【0078】
比較例4は、(式1)のPI値を満たしておらず、耐孔食性が「×」である。また、(式3)のB値が本発明の適正範囲を満たしているが、「Si」が本発明外のため、(式2)のA値が-10000より小さい。これにより、最大透磁率、保磁力がいずれも実用上問題にある範囲にあることで、軟磁気特性が「×」であることがわかる。
【0079】
比較例5は、表1より、「Mg」を含有していないし、「Si、Cr、Mo」が本発明外になっている。また、(式1)のPI値、(式2)のA値のいずれもが本発明の適正範囲を満たしているが、(式3)のB値が21.1未満である。これにより、耐孔食性が「〇」であるが、最大透磁率が実用上問題にある範囲にあり、軟磁気特性が「×」であることがわかる。
【0080】
比較例6は、表2より、(式1)のPI値が19.5未満である。これにより、最大透磁率、保磁力がいずれも好ましい範囲にあり、軟磁気特性が「〇」であるが、耐孔食性が「×」であることがわかる。
【0081】
比較例7は、表1より、「Mg」の含有量が本発明外になっている。これにより、耐孔食性が「〇」であるが、最大透磁率、保磁力がいずれも実用上問題にある範囲にあり、軟磁気特性が「×」であることがわかる。
【0082】
比較例8は、表1より、「Mg」を含有していないし、「Cr、Ti」が本発明外になっている。また、式(3)のB値が21.1未満である。これにより、耐孔食性が「〇」であるが、最大透磁率、保磁力がいずれも実用上問題にある範囲にあり、軟磁気特性が「×」であることがわかる。
【0083】
これらの実施例1~10および比較例1~8の結果から、本発明の目標とした耐孔食性および軟磁気特性を得るためには、本発明で規定する化学組成の範囲と、孔食性に関する(式1)の左辺の値、また、(式2)のA値が範囲内にあることが重要であることがわかる。更に、微量元素であるB、Ni、Cu、V、W、Ca、Zr、Co、Ga、La、Hf、Y、REMの適正量の添加、および(式3)のB値が本発明の好適範囲を満足することによって、耐孔食性および軟磁気特性のさらなる向上が期待される。