(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024108544
(43)【公開日】2024-08-13
(54)【発明の名称】軸受状態診断方法および回転装置の状態診断方法
(51)【国際特許分類】
G01M 13/045 20190101AFI20240805BHJP
G01M 99/00 20110101ALI20240805BHJP
B23Q 17/00 20060101ALI20240805BHJP
【FI】
G01M13/045
G01M99/00 A
B23Q17/00 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023012970
(22)【出願日】2023-01-31
(71)【出願人】
【識別番号】000102865
【氏名又は名称】エヌティーエンジニアリング株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100105924
【弁理士】
【氏名又は名称】森下 賢樹
(72)【発明者】
【氏名】社本 英二
(72)【発明者】
【氏名】早坂 健宏
(72)【発明者】
【氏名】河合 駿介
【テーマコード(参考)】
2G024
3C029
【Fターム(参考)】
2G024AC01
2G024AD09
2G024BA21
2G024BA27
2G024CA09
2G024CA13
2G024DA09
2G024FA04
2G024FA06
3C029EE01
(57)【要約】
【課題】回転体を支持する軸受の状態または回転体の状態を診断する技術を提供する。
【解決手段】診断装置92は、回転体に取り付けられた振動センサが検出した振動データを取得し、取得した振動データを周波数解析して、ピーク値をとる周波数を特定し、特定した周波数を用いて、前記軸受における部品に傷が存在しているか否かを診断する。
【選択図】
図5
【特許請求の範囲】
【請求項1】
回転体を支持する軸受の状態を診断する方法であって、
前記回転体に取り付けられた振動センサが検出した振動データを取得し、
取得した振動データを周波数解析して、ピーク値をとる周波数を特定し、
特定した周波数を用いて、前記軸受における部品に傷が存在しているか否かを診断する、
軸受状態診断方法。
【請求項2】
前記軸受における内輪に傷が存在しているときに生じる振動成分の周波数を算出する第1式と、外輪に傷が存在しているときに生じる振動成分の周波数を算出する第2式とを保持し、
ピーク値をとる周波数が第1式または第2式のいずれで算出されるか判断して、前記軸受において傷が存在している部品を特定する、
請求項1に記載の軸受状態診断方法。
【請求項3】
前記軸受における内輪に傷が存在しているときに生じる振動成分の周波数を算出する第1式と、外輪に傷が存在しているときに生じる振動成分の周波数を算出する第2式と、転動体に傷が存在しているときに生じる振動成分の周波数を算出する第3式とを保持し、
ピーク値をとる周波数が第1式、第2式または第3式のいずれで算出されるか判断して、前記軸受において傷が存在している部品を特定する、
請求項1に記載の軸受状態診断方法。
【請求項4】
回転体を有する回転装置の状態を診断する方法であって、
前記回転体を複数の回転数で回転させて、前記回転体に取り付けられた振動センサが各回転数での回転時に検出した振動データを取得し、
取得した振動データを周波数解析して、軸受の傷による加振の周波数と、前記傷により加振されて生じる振動成分の大きさとを特定し、
加振の大きさを加振の周波数によることなく一定として、加振の周波数と振動成分の大きさから、当該回転体を有する回転装置の振動特性を導出する、
回転装置の状態診断方法。
【請求項5】
複数の次数の加振の周波数と、複数の次数の加振により生じる振動成分の大きさから、当該回転体を有する回転装置の振動特性を導出する、
請求項4に記載の回転装置の状態診断方法。
【請求項6】
複数の傷のそれぞれについて導出した振動特性から、より振動に大きな影響を与える傷を特定する、
請求項4に記載の回転装置の状態診断方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、回転体を支持する軸受の状態を診断する技術および/または回転体を有する回転装置の状態を診断する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、軸受に関して様々な研究が行われており、非特許文献1は、軸受を構成する各部品の運動を解説している。
図1は、非特許文献1に示される玉軸受の運動モデルを示す。この運動モデルにおいて、軸受のピッチ円直径d
m、転動体直径D
W、内輪および外輪と転動体の接触角α、転動体数Z、内輪回転周波数n
i、外輪回転周波数n
oと設定する。ここで玉軸受の内輪が回転し、玉軸受の外輪が固定されるとすると、外輪回転周波数n
oがゼロとなり、非特許文献1は、軸受各部における周波数を以下のように導出する。
【0003】
保持器に対する相対的な転動体の自転周波数n
Wは、以下の式で求められる。
【数1】
転動体が内輪および外輪を通過する周波数f
bは、以下の式で求められる。
【数2】
【0004】
内輪の1箇所を転動体が通過する周波数f
iは、以下の式で求められる。
【数3】
外輪の1箇所を転動体が通過する周波数f
oは、以下の式で求められる。
【数4】
保持器の回転周波数n
mは、以下の式で求められる。
【数5】
【0005】
非特許文献2は、故意に形成した圧痕状の傷をもつ玉軸受の振動について解説する。非特許文献2では、玉軸受の内輪を回転し、玉軸受の外輪を固定して、外輪に一定のスラスト荷重を加えた状態で、固定側(回転しない側)に設けた振動センサが、外輪の半径方向振動速度を検出して、傷による振動成分の周波数スペクトルを測定している。
【0006】
図2は、非特許文献2において測定された、傷による振動成分の周波数スペクトルを示す。
図2(a)は、内輪に傷があるときの周波数スペクトルを示し、
図2(b)は、外輪に傷があるときの周波数スペクトルを示し、
図2(c)は、転動体である玉に傷があるときの周波数スペクトルを示す。非特許文献2では、内輪、外輪、転動体のそれぞれに大きな傷をつけて、傷による振動成分の周波数スペクトルを測定している。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】井沢実、「ころがり軸受の機構学」、“潤滑”第15巻第10号(1970)、p.685-692
【非特許文献2】五十嵐昭男、浜田啓好、「欠陥をもつころがり軸受の振動・音響に関する研究(第1報,1個のきずがある球軸受の振動)」、日本機械学会論文集(C編)、47巻422号(1981)p.1327-1336
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
非特許文献2に開示された測定方法においては、回転体を回転する機構を備えた回転装置の固定側構造に振動センサを取り付けて、振動センサが検出した振動を周波数分析している。
図2に示す分析結果には振動成分がはっきりと観測されているが、これは振動が、故意につけた大きな傷により生じていることを理由とする。
【0009】
回転装置において、回転体の重量は固定側構造の重量に比べて小さく、また一般の回転体は細長い略円柱形状であり、数か所を軸受のみによって支持された動的に低剛性の構造をとる。そのため、軸受の小さな傷(損傷)によって生じる加振(主として変位による加振が支配的である)は、相対的に軽く低剛性の回転体に大きな振動を生じさせる一方で、相対的に重く高剛性の固定側構造には微小な振動しか生じさせない。そのため、回転装置の固定側構造に取り付けた振動センサが、軸受における微小な傷に起因する振動を測定することは困難といえる。
【0010】
近年、回転装置の故障診断について、故障してからの診断ではなく、故障する前からの経年劣化を監視して故障を予測する技術の開発が望まれている。このためには、故障していない、つまり極めて微小な傷しか持たない軸受の振動成分を検出できる新たな手法の開発が必要となる。
【0011】
また従来の軸受の傷診断方法では、軸受の傷を、その加振によって生じる振動として観測している。そのため、たとえば観測される周波数成分が偶然、その構造の共振周波数に近いと、その周波数成分の振幅が大きくなり、結果として大きな傷であるかのように診断されることがある。つまり従来、傷による加振と、結果として観測される振動との間の特性(加振を入力とし、振動を出力とする伝達関数)を導出できていないため、観測した傷による問題の程度(たとえば、傷の大きさ)を診断できていない。例えば内輪と外輪の両方に傷がある場合に、どちらの傷の方が問題となるのか、または、どちらの傷の方が大きいのか、といった診断ができておらず、従来の傷診断方法には改良の余地がある。さらに、回転体の振動特性について同時に同定できれば、びびり振動や強制振動対策などに有用となる。
【0012】
本開示はこうした状況に鑑みてなされており、その目的とするところは、回転体を支持する軸受の状態および/または回転体の状態を高精度に診断する技術を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記課題を解決するために、本発明のある態様は、回転体を支持する軸受の状態を診断する方法であって、回転体に取り付けられた振動センサが検出した振動データを取得し、取得した振動データを周波数解析して、ピーク値をとる周波数を特定し、特定した周波数を用いて、軸受における部品に傷が存在しているか否かを診断する。
【0014】
本発明の別の態様は、回転体を有する回転装置の状態を診断する方法であって、回転体を複数の回転数で回転させて、回転体に取り付けられた振動センサが各回転数での回転時に検出した振動データを取得し、取得した振動データを周波数解析して、軸受における傷による加振の周波数と、傷により加振されて生じる振動成分の大きさとを特定し、加振の大きさを加振の周波数によることなく一定として、加振の周波数と振動成分の大きさから、当該回転体を有する回転装置の振動特性を導出する。
【0015】
なお、以上の構成要素の任意の組合せ、本開示の表現を方法、装置、システムなどの間で変換したものもまた、本開示の態様として有効である。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図2】傷による振動成分の周波数スペクトルを示す図である。
【
図4】実施形態の工具ホルダの一部断面模式図である。
【
図6】工具ホルダに内蔵した加速度センサが測定した加速度データを周波数解析した実験結果を示す図である。
【
図7】固定側に取り付けた加速度センサが測定した加速度データを周波数解析した実験結果を示す図である。
【
図8】加振の周波数と、振動特性と、実際の変位との関係を模式的に示す図である。
【
図9】加振周波数と振動変位の関係を示す図である。
【
図10】加振周波数と振動変位の関係を示す図である。
【
図11】加振周波数と振動変位の関係を示す図である。
【
図12】加振周波数と振動変位の関係を示す図である。
【
図13】加振周波数と振動変位の関係を示す図である。
【
図14】ウォーミングアップをしなかったときの加振周波数と振動変位の関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
最初に本開示者は、非特許文献2に開示された実験結果から、軸受の各部品に傷があるときに、固定側構造に設けられた振動センサが検出する振動に関して成立する関係式を、式(1)~(5)を用いて以下のように導き出した。
【0018】
(I’)軸受の内輪に傷がある場合
固定側に設けられた振動センサが測定する振動成分の周波数は、内輪の1箇所を転動体が通過する周波数f
iの整数倍(m倍)に対して、回転周波数n
iの変調を受ける。したがって、測定される振動成分の周波数f
inは、以下の式(6)で求められる。
【数6】
【0019】
(II’)軸受の外輪に傷がある場合
固定側に設けられた振動センサが測定する振動成分の周波数は、外輪の1箇所を転動体が通過する周波数f
oの整数倍(m倍)となる。したがって、測定される振動成分の周波数f
outは、以下の式(7)で求められる。
【数7】
【0020】
(III’)軸受の転動体に傷がある場合
固定側に設けられた振動センサが測定する振動成分の周波数は、保持器に対する相対的な転動体の自転周波数n
Wの2m倍に対して、保持器の回転周波数n
mの変調を受ける。したがって、測定される振動成分の周波数f
ballは、以下の式(8)で求められる。
【数8】
【0021】
以上は、振動センサが固定側構造に設けられているときに成立する関係式である。実施形態では、振動センサを固定側構造ではなく、回転体に設けて、軸受の傷に起因する振動成分を高感度に検出できるようにする。振動センサが回転体に設けられているときに成立する関係式については、後述する。
【0022】
図3は、実施形態の加工システム1を示す。加工システム1は、加工装置10および制御装置100を備える。制御装置100は、加工プログラムにしたがって加工装置10の動作を制御する。実施形態において制御装置100は、数値制御(NC)プログラムを解析して加工装置10の動作を制御する数値制御装置であってよく、加工装置10および制御装置100は、数値制御(NC)工作機械を構成する。加工システム1において加工装置10および制御装置100はケーブル等により接続されてよいが、一体として構成されてもよい。
【0023】
加工装置10は、本体部であるベッド部12およびコラム部14を備える。ベッド部12上には、第1テーブル16および第2テーブル18が移動可能に支持される。第1テーブル16は、ベッド部12に形成されたレール部によりY軸方向に移動可能に支持され、第2テーブル18は、第1テーブル16に形成されたレール部によりX軸方向に移動可能に支持される。第2テーブル18の上面にはワークピース設置面が設けられ、被削材62が、ワークピース設置面に固定される。
【0024】
Y軸モータ22はボールねじ機構を回転することで、第1テーブル16をY軸方向に移動し、X軸モータ20はボールねじ機構を回転することで、第2テーブル18をX軸方向に移動する。Y軸センサ32は、第1テーブル16のY軸方向の位置を検出し、X軸センサ30は、第2テーブル18のX軸方向の位置を検出する。
【0025】
第2テーブル18の上方には、主軸46が設けられて、主軸46の先端には工具ホルダ48が取り付けられる。工具ホルダ48は工具50を保持し、ミリング加工を行う場合、工具ホルダ48にはエンドミル工具が取り付けられる。主軸モータ40は主軸46を回転し、主軸センサ42は主軸モータ40の回転速度を検出する。主軸46および主軸モータ40は主軸支持部44に固定される。
【0026】
主軸支持部44は、その背面側でコラム部14に形成されたレール部によりZ軸方向に移動可能に支持される。Z軸モータ24はボールねじ機構を回転することで、主軸46をZ軸方向に移動する。Z軸センサ34は、主軸46のZ方向の位置を検出する。
【0027】
第1傾斜モータ52はギヤ機構を回転することで、主軸支持部44を主軸46およびY軸に垂直な軸線周りに傾斜させる。傾斜センサ56は、主軸46の傾斜角度を検出する。第2傾斜モータ54はギヤ機構を回転することで、主軸支持部44をY軸に平行な軸線周りに傾斜させる。傾斜センサ56とは別の傾斜センサ(図示せず)が、主軸46の傾斜角度を検出する。
【0028】
制御装置100は、加工プログラムを解析して、解析結果にもとづいて加工装置10を駆動制御するコンピュータを搭載する。制御装置100は、1つ以上のプロセッサ(CPU)を備えてよい。具体的に制御装置100は、加工プログラムにしたがってX軸モータ20、Y軸モータ22、Z軸モータ24、第1傾斜モータ52、第2傾斜モータ54および主軸モータ40を駆動制御する。制御装置100は、X軸センサ30、Y軸センサ32、Z軸センサ34、傾斜センサおよび主軸センサ42から、それぞれで検出された検出値を取得し、各モータの駆動制御に反映する。
【0029】
図3に示す加工装置10では、被削材62がX軸モータ20およびY軸モータ22によってそれぞれX軸方向およびY軸方向に移動させられ、工具50がZ軸モータ24によってZ軸方向に移動させられるが、これらの移動は、工具50と被削材62との間で相対的であればよい。つまり加工装置10において、工具50がX軸方向およびY軸方向に移動させられ、被削材62がZ軸方向に移動させられてもよい。また加工装置10では、工具50が第1傾斜モータ52および第2傾斜モータ54によって被削材62に対して傾斜させられるが、これらの傾斜モータは、ベッド部12側に設けられてもよい。このように工具50と被削材62は、いずれが動かされるかは問題ではなく、各移動方向および各回転方向において相対的に動作できればよく、工具50と被削材62の相対的な移動を実現するための機構を総称して「送り機構」と呼ぶ。
【0030】
主軸46は回転体であって、複数の軸受により回転可能に支持される。実施形態では、主軸46を支持する軸受の傷を診断するために、軸受の傷に起因する振動成分を検出する振動センサを、加工装置10の固定側の構造ではなく、回転側の構造に取り付ける。振動センサを、加工装置10の固定側構造と比べて軽量な回転体に取り付けることで、軸受の傷に起因する振動成分を高感度に測定することが可能となる。実施形態では、主軸46の先端に固定される工具ホルダ48に振動センサを組み込むが、主軸46とともに回転する別の構造体に振動センサを組み込んでもよい。振動センサは、加速度センサ、ひずみセンサなどであってよい。実施形態において、回転体である主軸46を含む加工装置10は、回転装置を構成する。
【0031】
図4は、実施形態の工具ホルダ48の一部断面模式図を示す。工具ホルダ48はホルダ本体70を備え、ホルダ本体70は、チャック部72およびシャンク部74を有して構成される。チャック部72は、工具50を保持するための保持構造を備える。シャンク部74は、上端が先細りするテーパ形状を有し、加工装置10の主軸46に固定される被固定構造を備える。
【0032】
ホルダ本体70は、その内部に、振動を検出する振動センサを備えたセンサ部品80を備える。センサ部品80は、少なくとも1軸方向(たとえば半径方向)の加速度を検出する機能を有する。実施形態のセンサ部品80は、3軸加速度センサを含んで、3軸方向の加速度を検出する機能を有してよい。ここで工具ホルダ48の回転軸方向をr軸、r軸に直交する平面において、互いに直交する方向をp軸、q軸と定義すると、センサ部品80は、p軸、q軸、r軸の加速度を検出する機能を有してよい。
【0033】
位置調整機構82は一対の調整ねじ82aおよびねじ穴を有し、各調整ねじ82aの螺合量により、ねじ穴の方向におけるセンサ部品80の位置を調整する。図示の例では1つの位置調整機構82が、一方向(たとえばp軸方向)におけるセンサ部品80の位置を調整するために設けられているが、別の位置調整機構82が、当該方向に直交する方向(たとえばq軸方向)におけるセンサ部品80の位置を調整するために設けられて、中心軸線に対するセンサ部品80の2次元的な位置を調整できることが好ましい。
【0034】
実施形態の位置調整機構82は、センサ部品80を中心軸線から所望のずれ量だけ移動して、その位置で固定する役割をもつ。なお位置調整機構82は、センサ部品80を中心軸線に一致する位置に固定してもよい。位置調整機構82がセンサ部品80の位置を調整した後、センサ部品80の周囲に樹脂等が充填されて、センサ部品80の位置が完全に固定されてよい。
【0035】
図5は、軸受の傷に起因する振動成分の周波数を分析する情報処理システム90の構成例を示す。情報処理システム90は、回転する主軸46に固定される工具ホルダ48と、主軸46を支持する軸受の状態および/または主軸46を含む回転装置の状態を診断する診断装置92とを備える。工具ホルダ48は、3軸加速度センサを備えるセンサ部品80と、3軸加速度センサが検出した加速度データを無線送信する通信部84とを有する。工具ホルダ48における電子部品が使用する電力は、工具ホルダ48に内蔵された電池(図示せず)から供給されてよい。
【0036】
診断装置92は、工具ホルダ48から無線送信される加速度データを受信する通信部94と、受信した加速度データを解析する解析部96とを備える。実施形態の解析部96は加速度データを解析して、軸受の状態および/または回転体の状態を診断する機能を備える。
【0037】
診断装置92はコンピュータを備え、コンピュータがプログラムを実行することによって、解析部96の機能が実現される。コンピュータは、プログラムをロードするメモリ、ロードされたプログラムを実行する1つ以上のプロセッサ、補助記憶装置、その他のLSIなどをハードウェアとして備える。プロセッサは、半導体集積回路やLSIを含む複数の電子回路により構成され、複数の電子回路は、1つのチップ上に搭載されてよく、または複数のチップ上に搭載されてもよい。
【0038】
工具ホルダ48において、通信部84は、センサ部品80が検出した加速度データをリアルタイムで診断装置92に無線送信してよいが、加速度データをバッファリングして、定期的に診断装置92に無線送信してもよい。なお工具ホルダ48は、センサ部品80が検出した加速度データを記憶するメモリを搭載して、工具ホルダ48の回転が停止したときに、メモリに記憶したデータが診断装置92に読み出されてもよい。この場合、工具ホルダ48において通信部84は不要となる。
【0039】
本開示者は、振動センサ(たとえば加速度センサ)を回転側に設けた場合に観測される振動成分の周波数を、式(1)~(5)を用いて、以下のように導出した。
【0040】
(I)軸受の内輪に傷がある場合
回転側に設けられた振動センサが測定する振動成分の周波数は、内輪の1箇所を転動体が通過する周波数f
iの整数倍(m倍)となる。したがって、測定される振動成分の周波数f
in_rは、以下の式(9)で求められる。
【数9】
【0041】
(II)軸受の外輪に傷がある場合
回転側に設けられた振動センサが測定する振動成分の周波数は、外輪の1箇所を転動体が通過する周波数f
oの整数倍(m倍)に対して、回転周波数n
iの変調を受ける。したがって、測定される振動成分の周波数f
out_rは、以下の式(10)で求められる。
【数10】
【0042】
(III)軸受の転動体に傷がある場合
回転側に設けられた振動センサが測定する振動成分の周波数は、保持器に対する相対的な転動体の自転周波数n
Wの2m倍に対して、回転体に対する相対的な保持器の回転周波数の変調を受ける。したがって、測定される振動成分の周波数f
ball_rは、以下の式(11)で求められる。
【数11】
【0043】
本開示者は、式(9)~(11)の正しさを確認するために、正常(健全)な状態にある主軸46を対象として、振動に含まれる周波数成分を調べる実験を行った。実験対象とした主軸46は正常に回転可能であり、主軸46を支持する軸受に、故障と診断されるような大きな傷は存在していない。この実験では、主軸46の回転数を6000 rpmとし、診断装置92において、通信部94が工具ホルダ48に内蔵した加速度センサで測定された加速度データを受信し、解析部96がp軸方向とq軸方向の加速度データの周波数解析を行った。主軸46の先端側を支持する玉軸受と、後端側を支持するころ軸受の諸元を、以下の表1に示す。
【表1】
【0044】
図6は、工具ホルダに内蔵した加速度センサが測定した加速度データを周波数解析した実験結果を示す。縦軸は加速度、横軸は周波数を示す。この実験により、振動に含まれる周波数成分が、以下のように特定される。
(a)ころ軸受の外輪の微小傷による周波数成分
(a1) f
o-n
i
(a2) f
o+n
i
(b)ころ軸受の転動体の微小傷による周波数成分
(b1) f
b+(n
i-n
m)
(c)玉軸受の転動体の微小傷による周波数成分
(c1) f
b-(n
i-n
m)
(c2) 2f
b-(n
i-n
m)
(c3) 2f
b+(n
i-n
m)
(c4) 3f
b-(n
i-n
m)
(c5) 3f
b+(n
i-n
m)
(d)玉軸受の外輪の微小傷による周波数成分
(d1) f
o-n
i
(d2) f
o+n
i
(d3) 2f
o-n
i
(d4) 2f
o+n
i
(e)玉軸受の内輪の微小傷による周波数成分
(e1) f
i
(e2) 2f
i
【0045】
実験に使用した主軸は特に損傷のない正常な状態であるが、
図6に示されるように、軸受のわずかな傷による振動成分が、工具ホルダに内蔵した加速度センサにより明瞭に検出されている。この実験では、式(9)で表現される周波数成分が(e1)、(e2)に現れ、式(10)で表現される周波数成分が(a1)、(a2)、(d1)、(d2)、(d3)、(d4)に現れ、式(11)で表現される周波数成分が(b1)、(c1)、(c2)、(c3)、(c4)、(c5)に現れており、式(9)~(11)の正しさ(有効性)が確認された。
【0046】
図7は、比較のために、同じ主軸46を用いて、加工装置10の固定側で軸受に近い主軸支持部44に取り付けた加速度センサが測定した加速度データを周波数解析した実験結果を示す。縦軸は加速度、横軸は周波数を示す。この比較実験により、振動に含まれる周波数成分が、以下のように特定される。
(c’)玉軸受の転動体の微小傷による周波数成分
(c'1) 2f
b-n
m
(c'2) 2f
b+n
m
(d’)玉軸受の外輪の微小傷による周波数成分
(d'1) 2f
o
(e’)玉軸受の内輪の微小傷による周波数成分
(e'1) f
i+n
i
(e'2) 2f
i-n
i
(e'3) 2f
i+n
i
【0047】
図7に示されるように、固定側の加速度センサでも軸受の微小傷に起因する振動が検出されている。この比較実験では、式(6)で表現される周波数成分が(e'1)、(e'2)、(e'3)に現れ、式(7)で表現される周波数成分が(d'1)に現れ、式(8)で表現される周波数成分が(c'1)、(c'2)に現れている。
【0048】
図6と
図7に示す測定結果を比較すると、
図7に示す実験では、ころ軸受の微小傷に起因する振動が検出されていないが、
図6に示す実験では、ころ軸受の外輪、転動体における微小傷に起因する振動が検出されている。これらの実験から、回転側に設けた加速度センサを用いる方が、固定側に設けた加速度センサを用いた場合と比べて、ピーク加速度をもつ周波数が多く観測され、また観測されるピーク値が大きいことが明らかとなった。また回転側に設けた加速度センサを用いる方がホワイトノイズは小さくなるため、軸受の傷に起因する振動を高感度に検出することが可能となる。
【0049】
情報処理システム90による軸受の状態診断方法について説明する。診断装置92において、通信部94が、主軸46に取り付けられた工具ホルダ48が内蔵する振動センサで検出された振動データ(たとえば加速度データ)を受信して、解析部96に提供する。解析部96は、振動データを取得すると、取得した振動データを周波数解析して、ピーク値をとる周波数を特定する。解析部96は、特定した周波数を用いて、軸受における部品に傷が存在しているか否かを診断する。
【0050】
診断装置92において、メモリ(図示せず)は、軸受における内輪に傷が存在しているときに生じる振動成分の周波数を算出する式(9)と、軸受における外輪に傷が存在しているときに生じる振動成分の周波数を算出する式(10)とを、少なくとも保持してよい。解析部96は、ピーク値をとる周波数が、式(9)または式(10)のいずれで算出されるか判断して、軸受において傷が存在している部品を特定してよい。たとえばピーク値をとる周波数が(mfi)により算出される場合、解析部96は、内輪に傷が存在していることを特定し、ピーク値をとる周波数が(mfo±ni)により算出される場合、解析部96は、外輪に傷が存在していることを特定してよい。
【0051】
診断装置92において、メモリ(図示せず)は、軸受における内輪に傷が存在しているときに生じる振動成分の周波数を算出する式(9)と、軸受における外輪に傷が存在しているときに生じる振動成分の周波数を算出する式(10)と、軸受における転動体に傷が存在しているときに生じる振動成分の周波数を算出する式(11)とを、少なくとも保持してよい。解析部96は、ピーク値をとる周波数が、式(9)、式(10)または式(11)のいずれで算出されるか判断して、軸受において傷が存在している部品を特定してよい。たとえばピーク値をとる周波数が(mfi)により算出される場合、解析部96は、内輪に傷が存在していることを特定し、ピーク値をとる周波数が(mfo±ni)により算出される場合、解析部96は、外輪に傷が存在していることを特定し、ピーク値をとる周波数が(mfb±(ni-nm)により算出される場合、解析部96は、転動体に傷が存在していることを特定してよい。
【0052】
このように解析部96は、回転体に取り付けた振動センサと、式(9)~(11)を利用することで、故障した軸受だけでなく、正常な軸受の状態を高感度に診断することが可能となる。そのため実施形態の軸受状態診断方法によると、軸受の故障前における経年劣化、すなわち軸受損傷の変化や成長を監視して、故障を予測する技術を実現することが可能となる。
【0053】
次に、回転体を有する回転装置の状態および軸受の状態を診断する方法について説明する。
図8は、加振の周波数と、振動特性と、実際の変位との関係を模式的に示す。主軸46の回転数(回転周波数)を変化させると、その回転数に比例して、軸受における微小傷による加振の周波数も変化する。このとき、微小傷の大きさは変化しないため、加振の大きさ(主として変位による加振が支配的である)も基本的には変化しない。そこで、回転数を段階的または連続的に変化した際に、ある微小傷により加振されて生じる振動(例えば加速度や変位)を計測し、その加振周波数を横軸に、振動を縦軸にプロットする。このとき、縦軸の値はその微小傷による加振の大きさ(不明であるが、一定値)と、伝達関数(振動特性)との積となる。すなわち、微小傷による加振の大きさが一定であることから、縦軸の倍率が不明なことを除けば、横軸の周波数に対する振動特性を得ることができる。さらに、異なる微小傷による加振を利用して同様に振動特性を導出し、それらの振動特性を比較すると、縦軸の比率が傷による加振の大きさの違いであることから、各傷の大きさを比較することも可能となる。
【0054】
本開示者は、正常な状態の主軸46に、加速度センサを内蔵した工具ホルダ48を取り付け、主軸46の回転数を50 rpm刻みで段階的に変化させて、加速度センサに、各回転数での回転時にp軸方向およびq軸方向の加速度を検出させた。診断装置92において、通信部94は、加速度センサが各回転数での回転時に検出した加速度データを受信し、解析部96は、取得した加速度データを周波数解析して、軸受における傷による加振の周波数と、当該傷により加振されて生じる振動成分の大きさとを特定する。解析部96は、加振の大きさを加振の周波数によることなく一定とすることで、加振の周波数と振動成分の大きさから、当該回転体を有する回転装置の振動特性を導出する。
【0055】
図9は、50 rpm刻みの各回転数において、玉軸受の内輪の微小傷による加振の基本周波数f
i(m=1、式(9))で生じた振動変位の測定結果を示している。横軸は、内輪の1箇所を転動体が通過する周波数f
iすなわち加振周波数であり、縦軸は、回転する加速度センサで測定されたp軸方向およびq軸方向(直交する二つの半径方向)の周波数成分の大きさを2回積分して変位に換算した値である。なお、変位xを(asinωt)と表現する場合、変位を2回微分して導出される加速度x’’は、(-aω
2sinωt)と表現されることから、縦軸の振幅は、加速度x’’の各周波数成分(複素数)を(-ω
2)で除したもの(変位を表す複素数)の大きさとして求められてよい。
【0056】
図9に示すグラフは、
図8におけるセンサの検出値に対応し、縦軸の振幅を一定値(未知の加振の大きさ)で除すことで、回転装置の振動特性(周波数伝達関数)を導出できる。つまり
図9に示すグラフは、縦軸の数値が不明の振動特性を表している。その振動特性は、玉軸受によって支持される箇所で主軸46を加振した際に、工具ホルダ48内のセンサ位置で生じる変位応答を表す。なお、ここでは回転座標系で観測される振動特性であることに注意が必要である。
【0057】
図9に示されるように、p軸方向およびq軸方向のいずれにおいても900 Hz程度に共振のピークが存在している。1000 Hzを少しこえた周波数にはq軸方向のみに共振のピーク(振動モード)が見られるが、内輪傷の加振位置は回転体にとって固定であり、その位置でこの振動モードを加振した際に主にq軸方向に振動することを表している。なお200 Hz以下の低周波数域で振幅が大きくなっているのは、加速度測定値に含まれるノイズを、ゼロに近い角周波数で2回除算する(-ω
2で除する)ことで拡大した結果であり、振動特性の大きさを示すものではない。
【0058】
図10は、50 rpm刻みの各回転数において、玉軸受の外輪の微小傷による加振で回転側に生じる振動の基本周波数(f
o-n
i)(m=1、式(10))における振動変位の測定結果を示している。横軸は、外輪の1箇所を転動体が通過する周波数f
oすなわち加振周波数であり、縦軸は、回転する加速度センサで測定されたp軸方向およびq軸方向(直交する二つの半径方向)の周波数成分(f
o-n
i)の大きさを2回積分して変位に換算した値である。
【0059】
図11は、50 rpm刻みの各回転数において、玉軸受の外輪の微小傷による加振で回転側に生じる振動の基本周波数(f
o+n
i)(m=1、式(10))における振動変位の測定結果を示している。横軸は、外輪の1箇所を転動体が通過する周波数f
oすなわち加振周波数であり、縦軸は、回転する加速度センサで測定されたp軸方向およびq軸方向(直交する二つの半径方向)の周波数成分(f
o+n
i)の大きさを2回積分して変位に換算した値である。
【0060】
図10,
図11に示すグラフは、
図8におけるセンサの検出値に対応するため、縦軸の振幅を一定値(未知の加振の大きさ)で除すことで、振動特性(周波数伝達関数)を導出できる。つまり
図10,
図11に示すグラフは、縦軸の数値が不明の振動特性を表している。その振動特性は、玉軸受によって支持される箇所で主軸46を固定側から加振した際に、回転中の工具ホルダ48内のセンサ位置で生じる変位応答を表す。
【0061】
固定側で生じた各周波数での振動の大きさとして、楕円振動の長軸方向振幅を求めるには、
図10の振幅と
図11の振幅を各周波数で足し合わせればよい。以下、この理由について説明する。
振動の角周波数ω
v、x軸方向の振幅a、y軸方向の振幅bとし、a≧b≧0としたとき、位相(傾き)を無視すると、一般に楕円振動は、以下の式で表現できる。
x=asin(ω
vt)
y=bcos(ω
vt)
この振動は、角周波数ω
rで回転する回転座標系(p,q)では、
p=xcos(ω
rt)+ysin(ω
rt)
q=-xsin(ω
rt)+ycos(ω
rt)
と観測される。したがって、p、qは、以下の関係式で表現できる。
【数12】
【0062】
以上の関係式から、p軸方向とq軸方向において、90度位相が異なるだけで同じ大きさの2つの周波数成分が観測され、(ωv+ωr)の周波数成分の振幅の大きさが、x軸、y軸方向の振幅の平均値{(a+b)/2}となり、(ωv-ωr)の周波数成分の振幅の大きさが、x軸、y軸方向の振幅の差の半分{(a-b)/2}となる。したがって、もしb=0の直線振動であれば、全ての振幅の大きさはa/2となり、楕円振動であれば、(ωv+ωr)の周波数成分の振幅と(ωv-ωr)の周波数成分の振幅の和と差のうち、大きい方が長軸の振幅(a)、小さい方が短軸の振幅(b)となる。つまり、固定座標系での振動振幅の大きさ(長軸の振幅)は、回転座標系で観測された(ωv+ωr)の周波数成分の振幅と(ωv-ωr)の周波数成分の振幅の絶対値の和によって評価することができる。
【0063】
図12は、
図10の振幅と
図11の振幅を各周波数で足し合わせた振動変位を示す。つまり
図12は、(ω
v+ω
r)の周波数成分の振幅と、(ω
v-ω
r)の周波数成分の振幅の絶対値の和を示しており、固定座標系での振動特性を表している。
【0064】
図10、
図11に示されるように、p軸方向およびq軸方向において、概ね同じ振動特性が得られている。ここで
図12に示すように
図10の振幅と
図11の振幅を各周波数で足し合わせて求められる振動特性は、固定座標系で観測される振動特性であることに注意が必要である。なお1000 Hz前後でp軸方向の振動変位の方が若干大きくなっているのは、この帯域で、工具ホルダ48における加速度センサの固定構造の振幅拡大率がp軸方向に若干高いためと考えられる。1000 Hzより少し小さい周波数に共振のピークが存在し、(f
o-n
i)の周波数成分と(f
o+n
i)の周波数成分では振動特性に相違が見られる。これは、固定側で生じる振動が楕円振動であって、共振周波数付近でその楕円振動の軌跡に変化があるためと考えられる。
【0065】
図9~
図11に示す例では、1つの次数(m=1)の周波数成分のみを利用したため、その周波数範囲に比例する範囲で回転数を変化させている。しかし、同時に発生している高周波数成分(m>1)の加振も利用すれば、狭い範囲での回転数変化により広い周波数範囲の振動特性を同定することができる。例えば、140~1400 Hzの範囲の振動特性を、1次の加振のみを利用して600~6000 rpmの回転数範囲で同定する場合と比較すると、2次の加振も利用することで、600~3000 rpmの回転数範囲で1次の加振により140~700 Hzの範囲の振動特性を、2次の加振により280~1400 Hzの範囲の振動特性を同定できる。加えて3次の加振も利用すれば、600~2000 rpmの回転数範囲で1次の加振により140~467 Hzの範囲の振動特性を、2次の加振により280~933 Hzの範囲の振動特性を、3次の加振により420~1400 Hzの範囲の振動特性を同定できる。このように解析部96は、複数の次数の加振の周波数と、複数の次数の加振により生じる振動成分の大きさを利用して、主軸46を有する回転装置の振動特性を導出できる。解析部96は、m次の加振まで利用することで、回転数範囲の最大値をm分の1に減少でき、振動データの検出時間を短縮できる。
【0066】
ここで、各次数の加振の大きさは同じではないため、解析部96は、異なる次数で同定された振動特性をつなぎ合わせる際に、その境界となる周波数(上記の1次、2次を利用する例では280~700 Hz)で振動特性のグラフが最も合致するように振動の大きさを調整する必要がある。逆に、解析部96は、その大きさを調整した比率から、各次数の加振の大きさの比率を求めることもできる。なお、このように各次数の結果をつなぎ合わせる方法は、回転数によって振動特性が変化しないことを前提とするため、後述する回転数による振動特性の変化を検討する際には適用できない。
【0067】
次に、各次数間の加振の大きさ、及び各傷の大きさを比較することを考える。ここでは、例として400~1400 Hzの周波数範囲の振動を対象とする。まず、
図9~
図11のように求められた振動特性から、対象の周波数範囲の成分の平均値を求める。
【表2】
【0068】
上記した表2に示す(1)~(4)は、1次~6次の振動を利用して求めた振動特性の対象周波数範囲の平均値を示している。(1)は、内輪の傷によるp軸方向の(mfi)の周波数での振動、(2)は、内輪の傷によるq軸方向の(mfi)の周波数での振動、(3)は、外輪の傷によるp軸方向の(mfo-ni)の周波数での振動、(4)は、外輪の傷によるp軸方向の(mfo+ni)の周波数での振動である。内輪の傷による振動の大きさは2乗和のルート(√((1)2+(2)2))によって評価でき、外輪の傷による振動の大きさは二つの周波数に分かれた成分の加算((3)+(4))によって評価できる。
【0069】
以上のようにして、傷の大きさに対応する加振の大きさを評価した結果を見ると、内輪傷も外輪傷も1次から4次程度までの成分が比較的大きく、5次または6次の成分になると小さくなっている。4次程度の比較的高次成分まで十分な大きさがあるのは、傷という加振源がインパルス的な急峻な加振を引き起こすためであると考えられる。このため比較的高次の成分も本手法に利用できることが分かる。また、内輪傷および外輪傷による振動成分を、400~1400 Hzの周波数範囲でそれぞれ平均した後、さらに1次から6次の値を平均した結果、表内に示す通り0.0786 μmおよび0.1406 μmとなった。このことから、今回の例で、解析部96は、外輪傷の方が内輪傷に比べて1.8倍近く問題である、つまり振動の大きさに与える影響が大きいと判断できる(回転座標系と固定座標系の振動特性の若干の違いから傷の大きさの比較としては正確でないが、結果として生じる振動問題の大きさの比較が可能である)。つまり解析部96は、複数の傷のそれぞれについて導出した振動特性を用いて、より振動に大きな影響を与える傷を特定することができる。
【0070】
次に、回転数による振動特性の変化について考察する。
図13は、上記の測定で、m=1~6の各次数を利用して同定された振動特性を表している。
図13では、玉軸受の外輪傷によって(mf
o+n
i)の周波数で生じたq軸方向変位を、表2に示す各次数の平均値でそれぞれ除算して正規化した振動特性を示している。さらに縦軸は、900 Hz付近のピークの最大値が1になるように調整しており、その振幅値に意味はない。ここで、例えば900 Hz付近の共振ピークを見ると、m=2(約2190 rpmで900 Hz)の次数で最大となり、それ以上に次数が大きくなると減少する傾向が見られる。同じ周波数でも、次数がm倍になると、その測定時の回転数はおよそm分の1の低速となる。従って、上記のピーク値の変化は、m=4~6に対応する低速回転(m=4で約1140 rpm、m=6で約750 rpm)でピーク値が若干低かったことを示している。また、350 Hz程度のピークについては、m=6に対応する極低速回転(約290 rpm)時のみで顕著であり、高速回転時には小さくなることが分かる。
【0071】
次に、ウォーミングアップの有無による振動特性の変化について考察する。
図13は、ウォーミングアップ(3000 rpmで10分,6000 rpmで10分の空転)をしたときに各次数の周波数成分を利用して同定した測定結果を示し、
図14は、ウォーミングアップをしなかったときに同じ測定を行った結果を示す。
図14においても、縦軸の値には意味はない。
図13と
図14を比較すると、ウォーミングアップを行わない時には、350 Hz程度の低周波側振動モードのピークが、m=6に対応する回転数(約290 rpm)だけでなく、m=5に対応する回転数(約350 rpm)まで大きく、また1050 Hz程度のピークがm=2~5で大きいことが分かる。
【0072】
これらの振動特性の変化は、回転数の変化およびウォーミングアップの有無によって、軸受に加わる予圧が変化することに起因しているものと推測される。これらの変化を監視することは、回転主軸の使用条件(工作機械主軸の場合には加工条件の一つ)を最適化し、さらには故障を回避して製品寿命を延長する上で役立つものと考えられる。なお、本手法では、空転状態で回転数を変化させながら振動計測を行うことが必要であるが、一般の回転主軸の実稼働状態において、回転を開始・停止する際や、回転数を変更する際には空転状態であることが多いため、それらの際に計測したデータを本手法に利用することで生産性を犠牲にすることなく、軸受の状態や回転体の振動特性を監視することができる。もちろん、この監視のための回転数変化の運転は短時間で終了できることから、実稼働以外の運転プログラムとして追加しても良い。
【0073】
本開示の手法により、故障してからでなく、健全な状態からの回転軸受の状態を高感度に診断し、故障する前からの状態監視を実現できる。また、加振源となる軸受の微小傷の影響(または大きさ)の比較、その加振の高調波成分の次数ごとの大きさの比較(この次数ごとの比較情報は傷の形態を知る上で有用な参考情報になると予想される)が可能となり、故障の予測を実現するために必要な基礎情報を提供できる。さらに、回転体の振動特性の同定も可能となり、その振動特性に対する回転数変化やウォーミングアップ有無の影響などを監視し、稼働条件の改善にも寄与することができる。
【0074】
以上、本開示を実施形態をもとに説明した。この実施形態は例示であり、それらの各構成要素や各処理の組合せにいろいろな変形例が可能なこと、またそうした変形例も本開示の範囲にあることは当業者に理解されるところである。
【0075】
本開示の態様の概要は、次の通りである。
本開示のある態様は、回転体を支持する軸受の状態を診断する方法であって、前記回転体に取り付けられた振動センサが検出した振動データを取得し、取得した振動データを周波数解析して、ピーク値をとる周波数を特定し、特定した周波数を用いて、前記軸受における部品に傷が存在しているか否かを診断する。
【0076】
この態様によると、回転体に取り付けられた振動センサが検出した振動データを用いることで、軸受の状態を高感度に診断することが可能となる。
【0077】
この態様の方法は、前記軸受における内輪に傷が存在しているときに生じる振動成分の周波数を算出する第1式と、外輪に傷が存在しているときに生じる振動成分の周波数を算出する第2式とを保持し、ピーク値をとる周波数が第1式または第2式のいずれで算出されるか判断して、前記軸受において傷が存在している部品を特定してよい。また、この態様の方法は、前記軸受における内輪に傷が存在しているときに生じる振動成分の周波数を算出する第1式と、外輪に傷が存在しているときに生じる振動成分の周波数を算出する第2式と、転動体に傷が存在しているときに生じる振動成分の周波数を算出する第3式とを保持し、ピーク値をとる周波数が第1式、第2式または第3式のいずれで算出されるか判断して、前記軸受において傷が存在している部品を特定してよい。
【0078】
本開示の別の態様は、回転体を有する回転装置の状態を診断する方法であって、前記回転体を複数の回転数で回転させて、前記回転体に取り付けられた振動センサが各回転数での回転時に検出した振動データを取得し、取得した振動データを周波数解析して、軸受の傷による加振の周波数と、前記傷により加振されて生じる振動成分の大きさとを特定し、加振の大きさを加振の周波数によることなく一定として、加振の周波数と振動成分の大きさから、当該回転体を有する回転装置の振動特性を導出する。
【0079】
この態様によると、軸受の傷を利用して、回転体を有する回転装置の振動特性を導出できる。
【0080】
この態様の方法は、複数の次数の加振の周波数と、複数の次数の加振により生じる振動成分の大きさから、当該回転体を有する回転装置の振動特性を導出してよい。また、この態様の方法は、複数の傷のそれぞれについて導出した振動特性から、より振動に大きな影響を与える傷を特定してよい。
【符号の説明】
【0081】
1・・・加工システム、10・・・加工装置、46・・・主軸、48・・・工具ホルダ、50・・・切削工具、70・・・ホルダ本体、72・・・チャック部、74・・・シャンク部、80・・・センサ部品、82・・・位置調整機構、82a・・・調整ねじ、84・・・通信部、90・・・情報処理システム、92・・・診断装置、94・・・通信部、96・・・解析部、100・・・制御装置。