(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024108804
(43)【公開日】2024-08-13
(54)【発明の名称】水素発生デバイス、水素発生方法、水素発生システムおよび燃料電池システム
(51)【国際特許分類】
C25B 1/02 20060101AFI20240805BHJP
H01M 8/0656 20160101ALI20240805BHJP
H01M 8/04 20160101ALI20240805BHJP
H01M 8/0438 20160101ALI20240805BHJP
【FI】
C25B1/02
H01M8/0656
H01M8/04 Z
H01M8/0438
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023013378
(22)【出願日】2023-01-31
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和3年度、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構、「水素利用等先導研究開発事業/炭化水素等を活用した二酸化炭素を排出しない水素製造技術開発/ホウ化水素を用いた熱による水からの水素生成技術の研究開発」、委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】304021417
【氏名又は名称】国立大学法人東京工業大学
(71)【出願人】
【識別番号】504171134
【氏名又は名称】国立大学法人 筑波大学
(74)【代理人】
【識別番号】100103894
【弁理士】
【氏名又は名称】家入 健
(72)【発明者】
【氏名】宮内 雅浩
(72)【発明者】
【氏名】河村 哲志
(72)【発明者】
【氏名】山口 晃
(72)【発明者】
【氏名】近藤 剛弘
【テーマコード(参考)】
4K021
5H127
【Fターム(参考)】
4K021AA01
4K021BA02
4K021BA06
4K021BB01
4K021BB05
4K021DA17
4K021DC03
5H127AC15
5H127BA02
5H127BA16
5H127DB76
5H127EE12
(57)【要約】
【課題】ホウ化水素含有シートを用いた水素供給源の更なる性能向上、水素生成の省エネルギー化を実現し得る水素発生デバイス、水素発生方法、水素発生システムおよび燃料電池システムを提供する。
【解決手段】アノード電極2と、カソード電極3と、該電極間に電圧を印加することが可能な電圧印加手段4と、該電極間の少なくともカソード電極3側に有する、(HB)
n(n≧4、但しnは整数)からなる二次元ネットワークを有するホウ化水素含有シートとを具備し、電圧印加手段4による電圧の印加により、カソード電極3からホウ化水素含有シートに電子が供給され、当該電子が注入されたホウ化水素含有シートから水素が発生する水素発生デバイスにより解決される。
【選択図】
図4
【特許請求の範囲】
【請求項1】
アノード電極と、カソード電極と、該電極間に電圧を印加することが可能な電圧印加手段と、該電極間の少なくとも前記カソード電極側に有する、(HB)n(n≧4、但しnは整数)からなる二次元ネットワークを有するホウ化水素含有シートとを具備し、
前記電圧印加手段による電圧の印加により、前記カソード電極から前記ホウ化水素含有シートに電子が供給され、当該電子が注入された前記ホウ化水素含有シートから水素が発生する水素発生デバイス。
【請求項2】
前記ホウ化水素含有シートは、電解液に分散されていることを特徴とする請求項1に記載の水素発生デバイス。
【請求項3】
前記ホウ化水素含有シートは、ペレット、シート、バルク状の成形体、繊維、不織布、紙、および多孔質状の担持体のいずれかに含まれる請求項1に記載の水素発生デバイス。
【請求項4】
アノード電極およびカソード電極間に電圧を印加して、前記カソード電極から(HB)n(n≧4、但しnは整数)からなる二次元ネットワークを有するホウ化水素含有シートに電子が供給され、当該電子が注入された前記ホウ化水素含有シートから水素を発生させる水素発生方法。
【請求項5】
請求項1~3のいずれかに記載の水素発生デバイスと、
水素の発生を制御する制御部と、
前記水素の発生量を検知するセンサーとを備える水素発生システム。
【請求項6】
請求項5に記載の水素発生システム、および前記水素発生システムから水素が供給される燃料電池を備える燃料電池システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、水素発生デバイスおよび水素発生方法に関する。また、前記水素デバイスを備える水素発生システムおよび前記水素発生システムを用いた燃料電池システムに関する。
【背景技術】
【0002】
水素は、燃焼又は反応により排出される物質が水であるため、クリーンエネルギーとして注目されている。水素供給源として高圧ボンベが用いられてきたが、爆発性のある気体であることから、安全性の高い水素供給システムの技術開発が精力的にすすめられている。
【0003】
燃料電池用水素供給方法として、水素吸蔵合金を用いる方法が開示されている(特許文献1)。先般、本発明者らは、200℃以下の比較的低温の熱処理によって水素を取り出せるホウ化水素含有シート(非特許文献1、特許文献2)を提案した。更に、ホウ化水素含有シートにおいて、室温の温和な条件で紫外線照射によって簡便に水素を放出する方法を報告した(特許文献3)。また、ホウ化水素含有シートは導電性を有することを報告した(非特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2005-063703号公報
【特許文献2】国際公開第2018/074518号
【特許文献3】特開2019-218251号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Kondo T., Miyauchi M. et al., Photoinduced hydrogen release from hydrogen boride sheets, Nature Communications, 10, 4880 (2019).
【非特許文献2】Kondo T. et al., Geometrical Frustration of B-H Bonds in Layered Hydrogen Borides Accessible by Soft Chemistry, Chem 6, 406-418, (2020).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ホウ化水素含有シートは、単位質量あたりの水素貯蔵能力が凡そ8.5wt%と高く、軽量性にも優れるので、水素供給源として、実用化に向けたホウ化水素含有シートの更なる性能向上が望まれる。
本開示は上記背景に鑑みてなされたものであり、ホウ化水素含有シートを用いた水素供給源の更なる性能向上、水素生成の省エネルギー化を実現し得る水素発生デバイス、水素発生方法、水素発生システムおよび燃料電池システムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らが鋭意検討を重ねたところ、以下の態様において、本開示の課題を解決し得ることを見出し、本開示を完成するに至った。
[1]: アノード電極と、カソード電極と、該電極間に電圧を印加することが可能な電圧印加手段と、該電極間の少なくとも前記カソード電極側に有する、(HB)n(n≧4、但しnは整数)からなる二次元ネットワークを有するホウ化水素含有シートとを具備し、
前記電圧印加手段による電圧の印加により、前記カソード電極から前記ホウ化水素含有シートに電子が供給され、当該電子が注入された前記ホウ化水素含有シートから水素が発生する水素発生デバイス。
[2]: 前記ホウ化水素含有シートは、電解液に分散されていることを特徴とする[1]に記載の水素発生デバイス。
[3]: 前記ホウ化水素含有シートは、ペレット、シート、バルク状の成形体、繊維、不織布、紙、および多孔質状の担持体のいずれかに含まれる[1]に記載の水素発生デバイス。
[4]: アノード電極およびカソード電極間に電圧を印加して、前記カソード電極から(HB)n(n≧4、但しnは整数)からなる二次元ネットワークを有するホウ化水素含有シートに電子が供給され、当該電子が注入された前記ホウ化水素含有シートから水素を発生させる水素発生方法。
[5]: [1]~[3]のいずれかに記載の水素発生デバイスと、
水素の発生を制御する制御部と、
前記水素の発生量を検知するセンサーとを備える水素発生システム。
[6]: [5]に記載の水素発生システム、および前記水素発生システムから水素が供給される燃料電池を備える燃料電池システム。
【発明の効果】
【0008】
本開示によれば、ホウ化水素含有シートを用いた水素供給源の更なる性能向上、水素生成の省エネルギー化を実現し得る水素発生デバイス、水素発生方法、水素発生システムおよび燃料電池システムを提供できるという優れた効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】(HB)
n(n≧4)からなる二次元ネットワークの局所構造を示す模式図。
【
図2】(HB)
n(n≧4)からなる二次元ネットワークの局所構造を示す模式図。
【
図3】(HB)
n(n≧4)からなる二次元ネットワークの局所構造を示す模式図。
【
図4】第1実施形態の水素発生システムおよび水素発生デバイスの一例を示す模式図。
【
図5】第2実施形態の水素発生デバイスの一例を示す模式図。
【
図6】第3実施形態の水素発生デバイスの一例を示す模式図。
【
図7】第4実施形態の水素発生デバイスの一例を示す模式図。
【
図8】第5実施形態の水素発生デバイスの一例を示す模式図。
【
図9】合成例の生成物のX線光電子分光スペクトル(Bδ
-のピーク)。
【
図10】合成例の生成物のX線光電子分光スペクトル(Mgに由来するピーク)。
【
図12】カーボンペーパー電極上の合成例の生成物のSEM像。
【
図13】実施例1、比較例1の電圧-電位曲線および水素生成量をプロットした図。
【
図14】実施例1、比較例:電圧を印加したときの経時的水素生成量をプロットした図。
【
図15】実施例2:電圧を印加したときの経時的水素生成量をプロットした図。
【
図16】実施例3:電圧を印加したときの経時的水素生成量をプロットした図。
【
図17】実施例4:電圧を印加したときの経時的水素生成量をプロットした図。
【
図18】実施例1、比較例2、3:-1.0Vの電圧印加条件における水素生成速度および-0.1mAの電流値に到達するために印加した電圧をプロットした図。
【
図19】実施例5、参考例1:m/z=3(HD)を発生する電流量をプロットした図。
【
図20】実施例5、参考例1:m/z=4(D
2)を発生する電流量をプロットした図。
【
図21】実施例5:電解液のFT-IR測定プロファイル。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本開示を適用した実施形態の一例について説明する。各実施形態は組み合わせることができる。なお、本開示の趣旨に合致する限り、他の実施形態も本開示の範疇に含まれる。また、以降の図における各部材のサイズや比率は、説明の便宜上のものであり、これに限定されるものではない。また、本明細書において膜、シート、フィルム、テープは同義である。
【0011】
本開示の水素発生方法は、アノード電極およびカソード電極間に電圧を印加して、ホウ化水素含有シートにカソード電極から電子を供給し、当該電子が注入されたホウ化水素含有シートから水素を発生させる方法に関する。ホウ化水素含有シートは、(HB)n(n≧4、但しnは整数)からなる二次元ネットワークを有するシート状物質である。本水素発生方法は、アノード電極と、カソード電極と、該電極間に電圧を印加することが可能な電圧印加手段と、該電極間の少なくともカソード電極側に有する、ホウ化水素含有シートとを具備する水素発生デバイスにより実現できる。「カソード電極側に有する」とは、カソード電極からホウ化水素含有シートが電子を受け取ることが可能な位置にホウ化水素含有シートの少なくとも一部が存在している態様をいう。また、アノード電極、カソード電極に加え、参照電極を使用しても構わない。
【0012】
アノード電極およびカソード電極は、電圧印加手段により、電極間に電圧を印加できる材料であればよく、任意の材料を選択できる。例えば、Pt、Au、Ag、Cu、Pd、Ir、Ru、Rh、Fe、Co、Ti、Ni、Cr、Ta、Mn、Os、Sn或いはこれらの合金から選択される1種以上の金属系材料;グラファイト、グラフェン、カーボンナノチューブ、フラーレン、ケッチャンブラック等の炭素系材料;金属系材料と炭素系材料等を組み合わせた複合材料が例示できる。安定性の観点から、貴金属(Pt、Au、Ru、Pd、Ag、Ir、Rh)、Ti、Cuを含む電極が好ましく、この中でもPtやTiが好適である。また、安価に利用できる観点から、炭素系材料が好ましい。
【0013】
電圧印加手段は、目的に応じて適宜選択できる。交流電源、直流電源のいずれも利用できる。電圧印加手段を制御する手段を備えていることが好ましい。また、セルと電源の間に必要に応じてインバータ、コンバータなどを設置してもよい。
【0014】
(HB)n(n≧4)からなる二次元ネットワークは、ホウ素原子(B)と水素原子(H)がモル比で1:1の割合で形成される(非特許文献1参照)。カソード電極から電子を本ホウ化水素含有シートに供給することにより、ホウ化水素含有シートが電子を受け取って、水素ガス(H2)が発生する(2H++2e-→H2)。
【0015】
ホウ化水素含有シートは、(HB)n(n≧4)からなる二次元ネットワークを有していればよく、(HB)n(n≧4)からなる二次元ネットワークを主骨格とする化合物(例えば、(HB)n(n≧4)からなる二次元ネットワークの一部にドーパントを導入した化合物、末端が酸化物、炭化物、窒化物、水酸化物、硫化物などにより封止されている化合物、末端に有機基が結合された化合物)を含む。ここで主骨格とは、当該化合物中の(HB)n(n≧4)からなる二次元ネットワークの割合が80%以上である物質をいう。
【0016】
前記ドーパントとしては、例えば、炭素、窒素、酸素、フッ素、リン、硫黄、塩素、ヒ素、セレン、臭素、アンチモン、テルル、ヨウ素などの元素や、チタン、バナジウム、クロム、鉄、コバルト、ニッケル、銅、亜鉛、カドミウム、インジウム、スズ、イットリウム、ニオブ、モリブデン、タングステン、タンタル、鉛などの金属元素、また、ルテニウム、ロジウム、パラジウム、銀、金、イリジウム、白金などの貴金属元素からなる群より選択される少なくとも一つの元素が例示できる。
【0017】
図1~3に、(HB)
n(n≧4)からなる二次元ネットワークの局所構造の模式図を示す。
図1に示すように、二次元ネットワークは、ホウ素原子が六角形のハニカム状に配列し(前記ホウ素原子によって形成される六角形が連接してなる網目状をなし)、前記ホウ素原子のうち隣接する2つが同一の水素原子と結合する部位を有する。ホウ素原子が蜂の巣状(ハニカム状)のシート状の六角形格子構造を取り、シート状の上方および下方それぞれにおいて、
図2、
図3に示すように、1つの水素原子が六角形格子構造のホウ素原子のうちの隣接する2つのホウ素原子に対してブリッジ状に結合している。また、シート状の六角形格子構造を介して、その上方および下方で2つの水素原子が互いに対向する配置を有している。なお、ホウ化水素中の水素の配置は、長距離秩序性は有していなくてもよい。また、
図2や
図3のZ方向に原子同士の結合が傾いていたり、シート自体が曲がったりしている構造であってもよい。また、全ての水素原子が必ずしもブリッジ状に結合していなくてもよい。
【0018】
ホウ化水素含有シートは、ナノシート状の物質であり、単層でも複層からなっていてもよい。本ホウ化水素含有シートにおいて、上記の網目状の面構造を形成するホウ素原子(B)と水素原子(H)の総数は1000個以上である。
【0019】
隣り合う2つのホウ素原子(B)間の結合距離d1(
図1参照)は、例えば、0.155nm~0.190nmである。また、Z方向から視認した際に、1つの水素原子(H)を介して、隣り合う2つのホウ素原子(B)間の結合距離d2(
図2参照)は、例えば0.155nm~0.190nmである。また、隣り合うホウ素原子(B)と水素原子(H)間の結合距離d3(
図2参照)は、例えば0.12nm~0.15nmである。
【0020】
ホウ化水素含有シートの厚さは、例えば0.2nm~10nmである。ホウ化水素含有シートの少なくとも一方向の長さ(例えば、
図1においてX方向またはY方向の長さ)は、100nm以上であることが好ましい。少なくとも一方向の長さを100nm以上とすることにより、電子材料、触媒の担体材料、触媒材料、超伝導材料等としてより有効にホウ化水素含有シートを利用できる。ホウ化水素含有シートの大きさ(面積)は、特に限定されず、任意の大きさに形成することができる。
【0021】
本ホウ化水素含有シートは、結晶構造を有する物質である。また、ホウ化水素含有シートは、六角形の環を形成するホウ素原子(B)間、およびホウ素原子(B)と水素原子(H)の間の結合力が強い。このため、本ホウ化水素含有シートは、製造時に複数積層されてなる結晶(凝集体)を形成していたとしても、グラファイトと同様に、結晶面に沿って容易に劈開し、単層の二次元シートとして分離(回収)することが可能である。
【0022】
ところで、水素生成は水の電気分解によっても得ることができる。しかし、水の電気分解では水素と同時に酸素が発生するので、一定の条件が揃うと爆発の危険がある。一方、本開示の水素発生方法によれば水素ガスと酸素ガスが同時に発生しないので安全性において非常に優れている。更に、水素とホウ素から構成される(HB)nからなる二次元ネットワークを主骨格とするホウ化水素含有シートを用いるので、軽量性に優れる。また、常温・常圧で、カソード電極からの電子供給により水素を発生させるので安全性に優れる。なお、常温・常圧以外での使用を排除するものではない。
【0023】
ホウ化水素含有シートの製造方法は特に限定されない。例えば、以下の方法により製造できる。具体的には、まず、MB2型構造の二ホウ化金属と、その二ホウ化金属を構成する金属イオンとイオン交換可能なイオンを配位したイオン交換樹脂を極性有機溶媒中で混合する。前記Mは、例えばAl、Mg、Ta、Zr、Re、Cr、TiおよびVからなる群から選択される少なくとも1種である。この混合工程は、窒素(N2)やアルゴン(Ar)等の不活性ガスからなる不活性雰囲気下で行うことができる。
【0024】
MB2型構造の二ホウ化金属としては、六角形の環状の構造を有するものが用いられる。例えば、二ホウ化アルミニウム(AlB2)、二ホウ化マグネシウム(MgB2)、二ホウ化タンタル(TaB2)、二ホウ化ジルコニウム(ZrB2)、二ホウ化レニウム(ReB2)、二ホウ化クロム(CrB2)、二ホウ化チタン(TiB2)、二ホウ化バナジウム(VB2)が用いられる。極性有機溶媒中にて、容易にイオン交換樹脂とのイオン交換を行うことができることから、二ホウ化マグネシウムを用いることが好ましい。極性有機溶媒としては、特に限定されず、例えば、アセトニトリル、N,N-ジメチルホルムアミド、メタノールが例示できる。
【0025】
二ホウ化金属を構成する金属イオンとイオン交換可能なイオンを配位したイオン交換樹脂は特に限定されない。このようなイオン交換樹脂としては、例えば、二ホウ化金属を構成する金属イオンとイオン交換可能なイオンを配位した官能基(以下、「官能基α」と言う。)を有するスチレンの重合体、官能基αを有するジビニルベンゼンの重合体、官能基αを有するスチレンと官能基αを有するジビニルベンゼンの共重合体が例示できる。官能基αとしては、例えば、スルホ基、カルボキシ基が挙げられる。これらの中でも、極性有機溶媒中にて、容易に二ホウ化金属を構成する金属イオンとのイオン交換を行うことができることから、スルホ基が好適である。
【0026】
混合工程において酸を更に添加してもよい。酸としては、例えば、酢酸、炭酸、酒石酸、リンゴ酸、マレイン酸、プロピオン酸、ギ酸、コハク酸、クエン酸、シュウ酸、乳酸、塩酸、硫酸、リン酸が例示できる。酸を添加することにより、極性溶媒中にて、容易に二ホウ化金属を構成する金属イオンとイオン交換樹脂のイオン交換する時間を大幅に短縮化できる。
【0027】
混合工程において酸を用いた場合には、必要に応じて酸を除去する。酸の除去方法は特に限定されないが、加熱、減圧乾燥、沈殿回収法等が例示できる。
【0028】
次いで、混合溶液を濾過する。例えば、自然濾過、減圧濾過、加圧濾過、遠心濾過等の方法が用いられる。濾過により沈殿物と分離されて回収された生成物を含む溶液を、自然乾燥するか、減圧乾燥、加熱等により乾燥する工程を経て、(HB)nからなる二次元ネットワークを有するホウ化水素含有シートが得られる。以下、本水素発生デバイスの実施形態の一例について説明する。
【0029】
(第1実施形態)
第1実施形態に係る水素発生システムおよび水素発生デバイスの一例の模式図を
図4に示す。第1実施形態の水素発生システム60は、水素発生デバイス51と、水素の発生を制御する制御部61と、水素発生デバイス51からの水素の発生量を検知するセンサー62とを有する。
【0030】
水素発生デバイス51は、セル1、アノード電極2、カソード電極3、電圧印加手段である電源4、参照極5、電解液6および水素ガス回収路7を備える。セル1は一室型のセルであって、電解液6を収容する反応槽である。セル1で生成した水素は、水素ガス回収路7を通じて外部に取り出される。セル1に収容された電解液6には、アノード電極2、カソード電極3、参照極5が浸漬されており、これらの電極は電源4に接続されている。電解液6には、ホウ化水素含有シート(不図示)が分散されている。
【0031】
電源4によりアノード電極2とカソード電極3間に電圧が印加されると、カソード電極3の電子がホウ化水素含有シートに供給され、電子が注入されたホウ化水素含有シートから水素が発生する。つまり、カソード電極3上で水素イオン(2H+)と電子(2e-)が結合して水素ガス(H2)を生成する。発生した水素は水素ガス回収路7を介して外部に取り出される。印加電圧は、生成したい水素量に応じて適宜調整することができる。例えば参照極のAg/Ag+に対して、-0.2~-10Vである。温度は室温でも構わないが、水素生成速度を速めるため溶媒の沸点以下の温度まで加温することもできる。
【0032】
カソード電極からホウ化水素含有シートへの電子供給を効率的に行うことができればよく、電解液6中のホウ化水素含有シートの濃度は限定されず、例えば、0.1mmol/L~1000mmol/Lとすることができ、水素生成効率や溶媒への分散性を鑑みた場合、より好ましくは、0.85mmol/L~85mmol/Lとすることができる。
【0033】
水素発生によりホウ化水素含有シートから順次水素が欠乏していく。ホウ化水素含有シートから欠乏した水素を再生させるために、電解液6中にプロトン供与体を予め添加しておいてもよい。或いは、電圧印加中および/又は電圧印加後に、プロトン供与体を電解液6に供給してもよい。プロトン供与体を用いることによって、水素生成を持続的に行うことができる。
【0034】
プロトン供与体とは、ホウ化水素含有シートにプロトンを供与できる化合物をいう。電解液に溶解していても、分散していてもよい。プロトン供与体の好適例として、水、無機酸、ギ酸などのカルボン酸、スルホン酸およびフェノール類などの有機酸;アルコール類;メルカプタン類;1,3-ジカルボニル化合物等が挙げられる。更に、ゼオライト、イオン交換樹脂などの固体酸が例示できる。
【0035】
電解液6は、例えば、有機溶媒および/又は水に電解質を溶解させることにより得られる。電解質は、溶媒の種類に応じて水性電解質、有機電解質等を選定すればよい。水性電解質としては、炭酸水素リチウム(LiHCO3)、炭酸水素ナトリウム(NaHCO3)、炭酸水素カリウム(KHCO3)、炭酸ナトリウム(Na2CO3)、炭酸カリウム(K2CO3)、炭酸水素セシウム(CsHCO3)のような炭酸水素塩や炭酸塩、硝酸銀、リン酸、ホウ酸等を含む水溶液が例示できる。有機電解質としては、過塩素酸テトラブチルアンモニウム、テトラブチルアンモニウムヘキサフルオロホスファート(TBAPF6
-)等の第4級アンモニウム塩、またはテトラブチルアンモニウムブロミド、ポリマー系固体電解質が例示できる。イミダゾリウムイオン、ピリジニウムイオン等の陽イオンと、BF4
-、PF6
-等の陰イオンとの塩からなるイオン液体、或いはその水溶液を用いてもよい。有機電解質とイオン電解質との混合物を用いてもよい。
【0036】
前記有機溶媒としては、アミド系溶剤、アルコール系溶剤、エステル系溶剤、ケトン系溶剤、ニトリル系溶剤、芳香族炭化水素系溶剤、ハロゲン化炭化水素、エーテル類、アミド類、炭酸エステル類、炭化水素、ニトロメタンなどの溶媒が挙げられる。ニトリル系溶剤としてはアセトニトリル、イソブチロニトリル、プロピロニトリルが、アルコール系溶剤としてはメタノール、エタノール、プロパノール等が例示できる。溶媒は一種単独または二種以上を併用して用いる。電解質を用いることにより、効率的に水素を生成することができる効果があるが、電解液に代えて、電解質を添加しない極性溶媒等の溶媒にホウ化水素含有シートが分散された液体を用いてもよい。
【0037】
セル1は、電解液6を収容・保持できればよく、その材質は特に限定されない。樹脂材料、ガラス、これらの複合材料が例示できる。樹脂材料は、例えば、ポリスチロール、ポリメタクリレート、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)、ポリアミド(PA)、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)、ポリアセタール(POM)(コポリマー)、ポリフェニレンエーテル(PPE)、アクリロニトリル-ブタジエン-スチレン共重合体(ABS)、ポリプロピレン(PP)、ポリエチレン(PE)が挙げられる。
【0038】
ホウ化水素含有シートは紫外線照射等によっても水素が放出される(上記特許文献3参照)。専ら電圧印加により水素発生を制御したい場合には、ホウ化水素含有シートに外光が照射されないように、セル1の一部または全部に遮光材料を用いる。逆に、水素生成を光と電圧印加の両者により行う水素発生デバイスとする場合には、セル1の全部または一部を例えば紫外線透過材料により構成する。日中は太陽光により、夜間は電圧印加により水素を生成させることにより、省エネを実現できる。また、太陽光と電圧印加の両方を同時にオンオフして水素の発生量を制御してもよい。
【0039】
制御部61により、電源4の電圧のオンオフを制御したり、所望の水素を生成させるための電圧印加の時間や電圧を制御したりする。センサー62により検知された水素生成量のデータと制御部61を連動させることにより、所望の水素を簡便な方法により生成することが可能となる。
【0040】
水素発生システム60は、セル1に電解液6を供給する液体供給部21、および水素発生能が低下したホウ化水素含有シートを含む電解液を回収する液体排出路22を有する。このように電解液を交換することにより、水素源となるホウ化水素含有シートを供給し、持続的に水素を発生させることができる。なお、電解液6の供給に代えて、ホウ化水素含有シートを供給してもよい。また、液体供給部から前記プロトン供与体を供給してもよい。
【0041】
水素発生デバイス51および水素発生システム60によれば、電圧のオンオフに応じて水素の発生を簡便に制御できる。また、水素使用時に常温・常圧で電圧を印加して水素を発生できるので装置構成が簡便であるという優れたメリットを有する。また、高圧水素ボンベを用いて水素を取り出す方法、水の電気分解により水素を取り出す方法と比較して、格段に安全性に優れる。また、水素吸蔵合金よりも軽量性に優れる。
【0042】
なお、水素発生システム60は、更に圧力調整部、温度調整部(不図示)などを有していてもよい。また、電解液を交換せずに、使い切りタイプの水素発生デバイスとしてもよい。
【0043】
(第2実施形態)
第1実施形態とは異なる水素発生デバイスの一例について説明する。第2実施形態は2室型セルである点において1室型セルの第1実施形態と相違するが、その他の基本的な構成は第1実施形態と同様である。なお、以降の説明において、同一の要素部材は適宜同一符号を付し、その説明を省略する。
【0044】
図5に、第2実施形態に係る水素発生デバイス52の模式図を示す。水素発生デバイス52は、セル1a内の反応槽において水素イオン(H
+)や水酸化物イオン(OH
-)等の電解質イオンを移動させることが可能な隔膜8によって、アノード室9とカソード室10の2室に仕切られている。アノード室9にはアノード電極2が設置され、カソード室10にはカソード電極3、参照極5が設置されている。アノード室9にはホウ化水素含有シートが分散されていない第一電解液6aが収容され、カソード室10にはホウ化水素含有シートが分散された第二電解液6bが収容されている。電解質は隔膜8を介してアノード室9とカソード室10とを自在に移動できる。一方、ホウ化水素含有シートは隔膜8を通過できず、カソード室10にのみ存在する。このようにカソード室10を隔膜8でアノード室9から分離することにより、純度の高い水素を生成することができる。
【0045】
隔膜8は、ホウ化水素含有シートを通さないものであればよく、公知の膜を用いることができる。隔膜8の具体例として、イオン交換膜、シリコーン樹脂、フッ素系樹脂(パーフルオロアルコキシアルカン(PFA)、パーフルオロエチレンプロペンコポリマー(FEP)、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、エチレン・テトラフルオロエチレンコポリマー(ETFE)、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)、ポリクロロトリフルオロエチレン(PCTFE)、エチレン-クロロトリフロオロエチレンコポリマー(ECTFE)等)、セラミックスの多孔質膜、ガラスフィルタや寒天等を充填した充填物、ゼオライトや酸化物等の絶縁性多孔質体が挙げられる。イオン交換膜としては、アストム社のネオセプタ(登録商標)、旭硝子社のセレミオン(登録商標)、Aciplex(登録商標)、Fumatech社のFumasep(登録商標)、fumapem(登録商標)、デュポン社のテトラフルオロエチレンをスルホン化して重合したフッ素樹脂であるナフィオン(登録商標)、LANXESS社のlewabrane(登録商標)、IONTECH社のIONSEP(登録商標)、PALL社のムスタング(登録商標)、mega社のralex(登録商標)、ゴアテックス社のゴアテックス(登録商標)が例示できる。
【0046】
水素発生デバイス52によれば、第1実施形態と同様の効果が得られる。更に、ホウ化水素含有シートをカソード室10側のみに存在させるので、水素発生効率を高めることができ、酸化反応による生成物から水素を分離して回収することができる。
【0047】
(第3実施形態)
第3実施形態の水素発生デバイスは、ホウ化水素含有シートを含む膜をカソード電極に固定化して用いる点において、ホウ化水素含有シートが電解液に分散されている第1実施形態の水素発生デバイスと相違するが、その他の基本的な構成は第1実施形態と同様である。
図6に、第3実施形態の水素発生デバイスの一例の模式図を示す。水素発生デバイス53は、カソード電極3の表面に、ホウ化水素含有シートを含む膜11が固定化されている。膜11は、例えば、ホウ化水素含有シートが分散された溶媒を電極にキャストして乾燥させることにより作製できる。
【0048】
膜11を電極に固定化するため、バインダーまたはマトリックスを用いてもよい。バインダーまたはマトリックスにホウ化水素含有シートを混練したり、含浸させてもよい。水素発生効率を高める観点から、カソード電極3と膜11の接触面積を大きくすることが好ましい。例えば、カソード電極3をシート状としたり、蛇腹状とすることにより接触面積を増やすことができる。カソード電極3と膜11の積層体は、上記キャスト法、塗工法の他、ラミネート等により得ることができる。
【0049】
水素発生効率を高める観点から、膜11はガス拡散性に優れることが好ましい。また、カソード電極3と接触するホウ化水素含有シートの濃度が高いことが好ましい。膜11内にプロトン供与体が含浸されていてもよい。また、膜11上にプロトン供与体を含む層を積層してもよい。
【0050】
水素発生デバイス53によれば、第1実施形態と同様の効果が得られる。ホウ化水素含有シートを含む膜をカソード電極と接触させる構成により、水素発生効率を高められる。
【0051】
(第4実施形態)
第4実施形態の水素発生デバイスは、ホウ化水素含有シートを含むシートがアノード電極とカソード電極に挟持された構成を有する。
図7に、第4実施形態の水素発生デバイスの一例の模式図を示す。水素発生デバイス54は、アノード電極2とカソード電極3の間隙に薄層12が挟持されている。薄層12にホウ化水素含有シートが混練されている。薄層12において、樹脂、繊維等をマトリックスとしてホウ化水素含有シートを混練させる他、含浸させたり、付着させたりしてもよい。また、ホウ化水素含有シートからなる膜、或いはホウ化水素含有シートに添加剤を加えた組成物からなる膜により構成されていてもよい。
【0052】
アノード電極2、カソード電極3間に電源4から電圧を印加したときに、薄層12に電流が流れるものであればよく、厚み等は適宜設計できる。薄層12に代えて、電解質を有していても、有していなくてもよい。また、薄層に代えて、ペレット、シート、バルク状の成形体、繊維、不織布、紙、および多孔質状の担持体等の媒体にホウ化水素含有シートを混練、含浸、担持、或いは付着させてもよい。
【0053】
薄層12には、ホウ化水素含有シートの他、無機固体電解質が含まれていてもよい。また、薄層12は、ホウ化水素含有シートが含有されたポリマー電解質を有していてもよい。無機固体電解質としては、LiPON、LiAlTi(PO4)3、LiAlGeTi(PO4)3、LiLaTiO、LiLaZrO、Li3PO4、Li2SiO2、Li3SiO4、Li3VO4、Li4SiO4-Zn2SiO4、Li4GeO4-Li2GeZnO4、Li2GeZnO4-Zn2GeO4およびLi4GeO4-Li3VO4等の無機酸化物;Li2S-P2S5、Li2S-P2S5-LiI、Li2S-P2S5-Li2O-LiI、Li2S-SiS2、Li2S-SiS2-LiI、Li2S-SiS2-LiBr、Li2S-SiS2-LiCl、Li2S-SiS2-B2S3-LiI、Li2S-SiS2-P2S5-LiI、Li2S-B2S3、Li2S-P2S5-GeS、Li2S-P2S5-ZnS、Li2S-P2S5-GaS、Li2S-GeS2、Li2S-SiS2-Li3PO4、Li2S-SiS2-LiPO、Li2S-SiS2-LiSiO、Li2S-SiS2-LiGeO、Li2S-SiS2-LiBO、Li2S-SiS2-LiAlO、Li2S-SiS2-LiGaO、Li2S-SiS2-LiInO、Li4GeS4-Li3PS3、Li4SiS4-Li3PS4、およびLi3PS4-Li2S等の無機硫化物が例示できる。また、フッ素樹脂、ポリエチレンオキサイド、ポリアクリルニトリル、ポリアクリレート、これらの誘導体、およびこれらの共重合体等のポリマー電解質も好適である。
【0054】
樹脂としては、エポキシ樹脂、不飽和ポリエステル樹脂、ポリイミド樹脂、ビスマレイミドトリアジン樹脂、シアネート樹脂等の熱硬化性樹脂、或いはエチレン共重合体を含むポリオレフィン樹脂、ポリフェニレンオキシド樹脂、ポリエーテルイミド樹脂、フッ素樹脂等の熱可塑性樹脂が例示できる。繊維は、炭素繊維、ポリビニルアルコール系繊維、ポリエステル系繊維、ポリアミド系繊維、ポリエチレン系繊維、アラミド系繊維、ポリパラフェニレンベンゾビスオキサゾール繊維、ガラス繊維が例示できる。ガラス繊維としては、Eガラス、Sガラス、Dガラス、Qガラスが例示できる。また、繊維を織らずに絡み合わせた不織布を用いてもよい。また、紙として、例えば、印刷用紙、トイレットペーパー、ティッシュペーパー、カーボンペーパー、キッチンペーパー、キムタオル (登録商標)が例示できる。ホウ化水素含有シートを担持体に担持させたものを用いてもよい。担持体の例として、カーボンブラック、カーボンナノファイバー等の炭素粒子、多孔質アルミナやジルコニア、多孔質ガラスが例示できる。
【0055】
水素回収効率を高める観点からは、アノード電極2、カソード電極3および薄層12はガス拡散性が高いことが好ましい。例えば、多孔質を有するカソード電極が好適である。また、電圧印加によって水素を発生させる方法と併用して、光によって水素を発生させるようにしてもよい。例えば、セル1を紫外光透過材料により構成し、アノード電極2およびカソード電極3の少なくとも一方をITO等の透明電極により構成することができる。
【0056】
水素発生デバイス54によれば、第1実施形態と同様の効果が得られる。ホウ化水素含有シートを含む薄層12をカソード電極と接触させる構成により、水素発生効率を高められる。
【0057】
(第5実施形態)
第5実施形態の水素発生デバイスは、アノード電極とカソード電極がホウ化水素含有シートを含む薄層12上に櫛歯状に形成されている点において相違する。第5実施形態の水素発生デバイスの要部の模式図を
図8に示す。同図に示すように、支持体13上に、ホウ化水素含有シートを含有する薄層12が積層され、ホウ化水素含有シートを含む薄層12上に櫛歯状のアノード電極2とカソード電極3が形成されている。水素発生デバイス55は、密閉容器(不図示)に収容されており、水素を水素回収路(不図示)から収集できるように構成されている。
【0058】
水素発生デバイス55によれば、第1実施形態と同様の効果が得られる。ホウ化水素含有シートを含む薄層をカソード電極と接触させる構成により、水素発生効率を高められる。
【0059】
[燃料電池システム]
本実施形態に係る燃料電池システムは、公知の燃料電池に対し、水素供給源として上述した水素発生システムを搭載したものである。本実施形態に係る燃料電池によれば、高圧タンクを用いずに、常温でも簡便に燃料電池に水素を供給することができる。
【実施例0060】
1.ホウ化水素含有シートの合成例
非特許文献1に基づき、(HB)n(n≧4)からなる二次元ネットワークを有するホウ化水素含有シートの合成を行った。具体的には、アセトニトリル中で、二ホウ化マグネシウム(シグマ・アルドリッチ社製)500mgと陽イオン交換樹脂(オルガノ社製)30mLを室温下3日間撹拌した。この溶液を孔径0.2μmのフィルターで濾過し、濾液を80℃下で減圧乾燥させることにより、黄色に呈したシート状の生成物を得た。
【0061】
上記生成物のアセトニトリル分散液をカーボンペーパー電極上に滴下し、乾燥させることにより生成物を含浸させたカーボンペーパー電極を得た。X線光電子分光法(XPS)により、Bδ
-のピークを確認し(
図9)、Mgに由来するピークが観測されないことを確認した(
図10)。ホウ化水素シートの電気的中性が保たれると想定すると、水素は正に帯電したプロトンとして存在していると考えられる。
【0062】
図11に、生成物の赤外分光スペクトル(FT-IR)を示す。同図に示すように、2500cm
-1と1400cm
-1にB-H振動、B-H-B振動が観測され、二次元ネットワークを有するホウ化水素含有シートが得られたことを確認した。
【0063】
更に、上記生成物のアセトニトリル分散液をカーボンペーパー電極上に滴下して乾燥した後、Osコーティングをしたサンプルを作製した。そのサンプルのSEM像(
図12)より、カーボン繊維上にシート状のホウ化水素含有シートが形成されているのを確認した。
【0064】
[実施例1]
合成例で得たホウ化水素含有シート20mgをアセトニトリル20mLに分散させた。さらに、テトラブチルアンモニウムヘキサフルオロホスファート(TBAPF6
-)を0.1Mとなるように添加し、実施例1の電解液を得た。この電解液を1室型のセルに全量を入れ、実施例1の水素発生デバイスを得た。アノード電極およびカソード電極として白金電極を、参照電極としてAg/Ag+を用いた。
【0065】
[実施例2]
合成例で得たホウ化水素含有シートの量を2mgに変更した以外は実施例1と同様の構成・方法により、実施例2の水素発生デバイスを得た。
【0066】
[実施例3]
合成例で得たホウ化水素含有シートの量を0.2mgに変更した以外は実施例1と同様の構成・方法により、実施例3の水素発生デバイスを得た。
【0067】
[実施例4]
電解質を用いない点以外は実施例1と同様の構成・方法により、実施例4の水素発生デバイスを得た。
【0068】
[実施例5]
合成例1で得られたホウ化水素含有シート30mgと重水(D2O)0.6mLを混合した。24時間後、80℃で加熱した。得られた混合物をアセトニトリル20mLに分散させた。さらに、Tetrabutylammonium hexafluorophosphate (TBAPF6
-)を0.1Mとなるように添加し、実施例5の電解液を得た。この電解液を1室型のセルに全量を入れ、実施例5の水素発生デバイスを得た。アノード電極としてカーボンを、カソード電極として白金電極を、参照電極としてAg/Ag+を用いた。
【0069】
[参考例1]
重水(D2O)の代わりに水(H2O)を用いた以外は実施例5と同様の方法により参考例1の水素発生デバイスを得た。
【0070】
[比較例1]
ホウ化水素含有シートを添加しない以外は実施例1と同様の構成の水素発生デバイスを得た。
【0071】
[比較例2]
ホウ化水素含有シートの代わりに、プロトン(H+)量が等モルのギ酸(63.4μL)を添加した以外は実施例1と同様の構成の水素発生デバイスを得た。
【0072】
[比較例3]
ホウ化水素含有シートの代わりに、プロトン(H+)量が等モルの水(30.5μL)を添加した以外は実施例1と同様の構成の水素発生デバイスを得た。
【0073】
[電圧-電位曲線および水素生成量の評価1]
実施例1、比較例1それぞれに対し、電解液を窒素ガスで20分バブリングを行い、常温、常圧の環境下、Linear sweep voltammetry(北斗電工社製、HZ-7000)を用いて0~-1Vの電位範囲を10mV/sで掃引した。
図13に、このときの電圧-電位曲線を示す。また、0、-0.1V、-0.2V、-0.3V、-0.4V、-0.5Vのときの水素発生量を、バリア放電イオン化検出器を搭載したガスクロマトグラフ(GC-BID、Tracera-GC-2010 Plus with BID detector(島津製作所社製))を用いて測定した。比較例1では水素が生成しなかったのに対し、実施例1では水素の生成が確認された。実施例1の水素発生デバイスにおける水素生成量を
図13中に丸ドットでプロットした。同図に示すように、実施例1では-0.2~-0.3Vの電位により電流が流れ、電流と連動して水素が生成することを確認した。
【0074】
[水素生成量の評価2]
実施例1~3、比較例1それぞれに対し、-0.1Vの定電圧を印加したときの水素発生量を確認した。電解液を窒素ガスで20分バブリングし、常温、常圧の環境下、80分は電圧を印加せず、80分後から-1.0Vの定電圧を200分後まで印加し、経時的水素生成量を測定した。その結果を
図14~16に示す。ホウ化水素含有シートを含まない比較例1では水素の発生は認められなかった。一方、ホウ化水素含有シートを含有する実施例1~3は、電圧印加直後から水素の発生が認められた。実施例1においては、電圧印加してから120分後には、流れた電流(電子)に対して、水素生成に使われる電子数の割合であるファラデー効率が90%以上になることを確認した。また、
図14~16に示すように、電解液中のホウ化水素含有シート濃度と水素生成量に相関性が認められた。
【0075】
[水素生成量の評価3]
実施例4に対し、-0.1Vの定電圧を印加したときの水素発生量を確認したときの水素生成量をプロットしたグラフを実施例1の結果と重ねて
図17に示す。電解質を加えた実施例1の方が水素生成能力は高いが、電解質を添加しない実施例4においても水素が発生することを確認した。電解質を加えることにより、電位が電極界面に集中するため、より高い水素生成能力を発揮したと考えられる。電圧印加48時間後の水素生成量は、ホウ化水素シート自身から発生する理論的な最大水素量に対し、実施例1ではほぼ100%に達し、実施例4では10%であった。
【0076】
[水素生成量の評価4]
実施例1、比較例2、3それぞれに対し、-1.0Vの定電圧における1時間あたりの水素生成速度を測定した。更に、前記実施例と比較例について、10mV/sで電位を掃引し、電流値が-0.1mAに達したときの電位を求めた。これらの結果を
図18に示す。同図に示すように、ホウ化水素含有シートを用いた実施例1が最も水素発生量が高く、水(比較例3)は殆ど水素が生成しないことを確認した。また、-0.1mAの電流値に到達するために印加した電圧は、プロトンを含有しているギ酸(比較例2)、水(比較例3)に比べて、ホウ化水素含有シートを用いた実施例1が最も低く、水よりも遥かに低い電位で水素を生成できることを確認した。
【0077】
[水素発生源の確認]
実施例5、参考例1それぞれに対し、質量分析(Q-mass、四重極型質量分析計)開始後5~125分の時間帯に、-1.0Vの定電圧を印加した。質量数1の水素Hと質量数2の水素Dからなる水素分子(HD)、即ち、m/z=3(HD)を発生する電流量を測定した。実施例5においては、
図19に示すように、HDが発生し、電圧印加に応じて電流が流れることを確認した。一方、参考例1においてはHDの発生は認められなかった。
また、実施例5においては、
図20に示すように、重水素原子が結合した重水素(D
2)が発生し、電圧印加に応じて電流が流れることを確認した。一方、参考例1においてはD
2の発生は認められなかった。これらの結果より、ホウ化水素含有シートのH原子が、重水素のD原子と置換されており、バイアスをかけることにより、ホウ化水素含有シート由来の水素ガスが生成されていることが確認された。
また、実施例5の電解液をFT-IR測定した結果を
図21に示す。同図より、ホウ化水素含有シートの1800cm
-1付近のBDのピークが、電圧印加-1.0Vで2時間後に減少していることを確認した。