IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 学校法人慶應義塾の特許一覧

特開2024-108946糸球体腎炎の活動性炎症病変および腎臓間質の線維化病態を呈する腎症における慢性病変を判定するための尿タンパクマーカー、判定方法、並びに判定キット
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024108946
(43)【公開日】2024-08-13
(54)【発明の名称】糸球体腎炎の活動性炎症病変および腎臓間質の線維化病態を呈する腎症における慢性病変を判定するための尿タンパクマーカー、判定方法、並びに判定キット
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/53 20060101AFI20240805BHJP
   C07K 16/18 20060101ALI20240805BHJP
   C12M 1/34 20060101ALI20240805BHJP
   C12N 15/13 20060101ALI20240805BHJP
【FI】
G01N33/53 D
C07K16/18 ZNA
C12M1/34 F
C12N15/13
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023013619
(22)【出願日】2023-01-31
(71)【出願人】
【識別番号】598121341
【氏名又は名称】慶應義塾
(74)【代理人】
【識別番号】100107766
【弁理士】
【氏名又は名称】伊東 忠重
(74)【代理人】
【識別番号】100070150
【弁理士】
【氏名又は名称】伊東 忠彦
(72)【発明者】
【氏名】齋藤 俊太郎
(72)【発明者】
【氏名】平本 和音
(72)【発明者】
【氏名】竹内 勤
【テーマコード(参考)】
4B029
4H045
【Fターム(参考)】
4B029AA07
4B029BB15
4B029BB17
4B029CC01
4B029FA15
4B029GA08
4B029GB06
4B029GB10
4H045AA11
4H045AA20
4H045AA30
4H045BA10
4H045CA40
4H045DA76
4H045EA50
(57)【要約】
【課題】糸球体腎炎の活動性炎症病変および腎臓間質の線維化病態を呈する腎症における慢性病変の少なくともいずれかを判定することができる、尿タンパクマーカー、判定方法、並びに判定キットの提供。
【解決手段】糸球体腎炎の活動性炎症病変および腎臓間質の線維化病態を呈する腎症における慢性病変の少なくともいずれかを判定するための尿タンパクマーカーであって、Calgranulin B、MCP-1およびIGFBP-5の少なくともいずれかである尿タンパクマーカー。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
糸球体腎炎の活動性炎症病変および腎臓間質の線維化病態を呈する腎症における慢性病変の少なくともいずれかを判定するための尿タンパクマーカーであって、
Calgranulin B、MCP-1およびIGFBP-5の少なくともいずれかであることを特徴とする尿タンパクマーカー。
【請求項2】
糸球体腎炎の活動性炎症病変および腎臓間質の線維化病態を呈する腎症における慢性病変の少なくともいずれかを判定するための判定方法であって、
対象から得た尿におけるCalgranulin B、MCP-1およびIGFBP-5の少なくともいずれかである尿タンパクマーカーの存在または量を検出する工程と、
前記尿タンパクマーカーが存在する場合に、糸球体腎炎のリスクがあると判定する工程と、
を含むことを特徴とする判定方法。
【請求項3】
前記尿タンパクマーカーが、Calgranulin Bであり、
前記判定する工程が、
Calgranulin Bが存在する場合に、管内細胞増多、好中球浸潤、核崩壊、フィブリノイド壊死および細胞/線維細胞性半月体の少なくともいずれかの糸球体腎炎のリスクがあると判定する工程および
Calgranulin Bの量が多い場合に、管内細胞増多、好中球浸潤、核崩壊、フィブリノイド壊死および細胞/線維細胞性半月体の少なくともいずれかの糸球体腎炎の重症度が高いと判定する工程、
の少なくともいずれかである請求項2に記載の判定方法。
【請求項4】
前記尿タンパクマーカーが、MCP-1であり、
前記判定する工程が、
MCP-1が存在する場合に、間質炎症細胞浸潤のリスクがあると判定する工程および
MCP-1の量が多い場合に、間質炎症細胞浸潤の重症度が高いと判定する工程、
の少なくともいずれかである請求項2に記載の判定方法。
【請求項5】
前記尿タンパクマーカーが、IGFBP-5であり、
前記判定する工程が、
IGFBP-5が存在する場合に、間質線維化および尿細管萎縮の少なくともいずれかの糸球体腎炎のリスクがあると判定する工程および
IGFBP-5の量が多い場合に、間質線維化および尿細管萎縮の少なくともいずれかの糸球体腎炎の重症度が高いと判定する工程、
の少なくともいずれかである請求項2に記載の判定方法。
【請求項6】
特定の対象から得た尿における前記尿タンパクマーカーの存在または量と、
一定時間経過後の前記対象から得た尿における前記尿タンパクマーカーの存在または量と、を比較する工程と、
前記比較により、
前記一定時間経過後の前記尿タンパクマーカーが検出されなくなる、若しくは量が低減している場合に、予後が良好である、
前記一定時間経過後の前記尿タンパクマーカーの量の変化がない場合に、予後に変化がない、または
前記一定時間経過後の前記尿タンパクマーカーが検出されるようになる、若しくは量が上昇している場合に、予後が不良である、と判定する工程と、
を更に含む請求項2に記載の判定方法。
【請求項7】
前記検出する工程が、イムノクロマトグラフィー法、酵素免疫測定法(ELISA)、化学発光酵素免疫測定法(CLEIA)、化学発光免疫測定法(CLIA)、蛍光酵素免疫測定法、アプタマー法、免疫比濁法、色素比色法、免疫比ろう法、ラテックス凝集法、ヤッフェ法および金コロイド比色法の少なくともいずれかにより行われる請求項2に記載の判定方法。
【請求項8】
前記糸球体腎炎が、ループス腎炎、IgA腎症、IgA血管炎、膜性増殖性糸球体腎炎およびその他の増殖性変化を伴う急性糸球体腎炎、クリオグロブリン血症性糸球体腎炎、悪性腫瘍に合併する腎炎、感染症に合併する腎炎、間質の炎症細胞浸潤を伴う腎症、並びにループス腎炎および糖尿病性腎症を含む腎臓間質の線維化を伴う腎症の少なくともいずれかである請求項2に記載の判定方法。
【請求項9】
糸球体腎炎の活動性炎症病変および腎臓間質の線維化病態を呈する腎症における慢性病変の少なくともいずれかを判定するための判定キットであって、
Calgranulin B、MCP-1およびIGFBP-5のいずれかの尿タンパクマーカーと特異的に結合する結合分子と、
前記結合分子を特異的に検出する検出手段と、
を有することを特徴とする判定キット。
【請求項10】
前記結合分子が、抗体、抗体断片およびアプタマーの少なくともいずれかである請求項9に記載の判定キット。
【請求項11】
前記検出が、イムノクロマトグラフィー法、酵素免疫測定法(ELISA)、化学発光酵素免疫測定法(CLEIA)、化学発光免疫測定法(CLIA)、蛍光酵素免疫測定法、アプタマー法、免疫比濁法、色素比色法、免疫比ろう法、ラテックス凝集法、ヤッフェ法および金コロイド比色法の少なくともいずれかにより行われる請求項9に記載の判定キット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、糸球体腎炎の活動性炎症病変および腎臓間質の線維化病態を呈する腎症における慢性病変を判定するための尿タンパクマーカー、判定方法、並びに判定キットに関する。
【背景技術】
【0002】
全身性エリテマトーデス(systemic lupus erythematosus:SLE)は、若年女性に好発する、多様な臓器障害を来す代表的な自己免疫疾患である。SLEの臓器障害の中でも最も重篤な臓器合併症の1つがループス腎炎(lupus nephritis:LN)であり、SLE患者では約半数でLNを呈する。またループス腎炎患者ではおよび腎臓間質の線維化をきたし、10-15%で末期腎不全(ESRD)に至るとされ、ループス腎炎は生命予後不良の一因とされる。
【0003】
ループス腎炎をはじめとする糸球体腎炎および腎臓間質の線維化病態を呈する腎症の確定診断、各病理項目から評価される重症度判定には腎生検がゴールドスタンダードである。しかし、腎生検は、(1)出血を伴う比較的高度な侵襲を伴う検査である、(2)合併症やリスク因子によっては施行できない場合がある、(3)治療効果判定のために繰り返し施行することは困難である、(4)腎臓の一部を少量針生検で採取することからサンプリングバイアスがある、(5)治療効果判定のマーカーとしては不適切である、といった問題点があり、治療効果判定のマーカーとして用いられることは稀である。
【0004】
一方、尿タンパク総量、非特異的タンパクであるアルブミン、IgG、といったタンパク項目は既存検査技術によって測定可能であるが、これら非特異的なタンパクの測定では糸球体腎炎の確定診断、各病理項目から評価される重症度判定を代替することはできない。
【0005】
これまでに、ALCAM, VCAM-1, TFPI, PF-4の尿タンパクが健常人と比較して活動性ループス腎炎では高値となり、組み合わせにより判別できることが報告される(例えば、非特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Stanley S etal. Nat Commun. 2020 May 4;11(1):2197.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、前記従来における諸問題を解決し、以下の目的を達成することを課題とする。即ち、本発明は、糸球体腎炎の活動性炎症病変および慢性病変の少なくともいずれかを判定することができる、尿タンパクマーカー、判定方法、並びに判定キットの提供を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記課題を解決するための手段としては、以下の通りである。即ち、
<1> 糸球体腎炎の活動性炎症病変および腎臓間質の線維化病態を呈する腎症における慢性病変の少なくともいずれかを判定するための尿タンパクマーカーであって、
Calgranulin B、MCP-1およびIGFBP-5の少なくともいずれかであることを特徴とする尿タンパクマーカーである。
<2> 糸球体腎炎の活動性炎症病変および腎臓間質の線維化病態を呈する腎症における慢性病変の少なくともいずれかを判定するための判定方法であって、
対象から得た尿におけるCalgranulin B、MCP-1およびIGFBP-5の少なくともいずれかである尿タンパクマーカーの存在または量を検出する工程と、
前記尿タンパクマーカーが存在する場合に、糸球体腎炎のリスクがあると判定する工程と、
を含むことを特徴とする判定方法である。
<3> 前記尿タンパクマーカーが、Calgranulin Bであり、
前記判定する工程が、
Calgranulin Bが存在する場合に、管内細胞増多、好中球浸潤、核崩壊、フィブリノイド壊死および細胞/線維細胞性半月体の少なくともいずれかの糸球体腎炎のリスクがあると判定する工程および
Calgranulin Bの量が多い場合に、管内細胞増多、好中球浸潤、核崩壊、フィブリノイド壊死および細胞/線維細胞性半月体の少なくともいずれかの糸球体腎炎の重症度が高いと判定する工程、
の少なくともいずれかである前記<2>に記載の判定方法である。
<4> 前記尿タンパクマーカーが、MCP-1であり、
前記判定する工程が、
MCP-1が存在する場合に、間質炎症細胞浸潤のリスクがあると判定する工程および
MCP-1の量が多い場合に、間質炎症細胞浸潤の重症度が高いと判定する工程、
の少なくともいずれかである前記<2>に記載の判定方法である。
<5> 前記尿タンパクマーカーが、IGFBP-5であり、
前記判定する工程が、
IGFBP-5が存在する場合に、間質線維化および尿細管萎縮の少なくともいずれかの糸球体腎炎のリスクがあると判定する工程および
IGFBP-5の量が多い場合に、間質線維化および尿細管萎縮の少なくともいずれかの糸球体腎炎の重症度が高いと判定する工程、
の少なくともいずれかである前記<2>に記載の判定方法である。
<6> 特定の対象から得た尿における前記尿タンパクマーカーの存在または量と、
一定時間経過後の前記対象から得た尿における前記尿タンパクマーカーの存在または量と、を比較する工程と、
前記比較により、
前記一定時間経過後の前記尿タンパクマーカーが検出されなくなる、若しくは量が低減している場合に、予後が良好である、
前記一定時間経過後の前記尿タンパクマーカーの量の変化がない場合に、予後に変化がない、または
前記一定時間経過後の前記尿タンパクマーカーが検出されるようになる、若しくは量が上昇している場合に、予後が不良である、と判定する工程と、
を更に含む前記<2>から<5>のいずれかに記載の判定方法である。
<7> 前記検出する工程が、イムノクロマトグラフィー法、酵素免疫測定法(ELISA)、化学発光酵素免疫測定法(CLEIA)、化学発光免疫測定法(CLIA)、蛍光酵素免疫測定法、アプタマー法、免疫比濁法、色素比色法、免疫比ろう法、ラテックス凝集法、ヤッフェ法および金コロイド比色法の少なくともいずれかにより行われる前記<2>から<6>のいずれかに記載の判定方法である。
<8> 前記糸球体腎炎が、ループス腎炎、IgA腎症、IgA血管炎、膜性増殖性糸球体腎炎およびその他の増殖性変化を伴う急性糸球体腎炎、クリオグロブリン血症性糸球体腎炎、悪性腫瘍に合併する腎炎、感染症に合併する腎炎、間質の炎症細胞浸潤を伴う腎症、並びにループス腎炎および糖尿病性腎症を含む腎臓間質の線維化を伴う腎症の少なくともいずれかである前記<2>から<7>のいずれかに記載の判定方法である。
<9> 糸球体腎炎の活動性炎症病変および腎臓間質の線維化病態を呈する腎症における慢性病変の少なくともいずれかを判定するための判定キットであって、
Calgranulin B、MCP-1およびIGFBP-5のいずれかの尿タンパクマーカーと特異的に結合する結合分子と、
前記結合分子を特異的に検出する検出手段と、
を有することを特徴とする判定キットである。
<10> 前記結合分子が、抗体、抗体断片およびアプタマーの少なくともいずれかである前記<9>に記載の判定キットである。
<11> 前記検出が、イムノクロマトグラフィー法、酵素免疫測定法(ELISA)、化学発光酵素免疫測定法(CLEIA)、化学発光免疫測定法(CLIA)、蛍光酵素免疫測定法、アプタマー法、免疫比濁法、色素比色法、免疫比ろう法、ラテックス凝集法、ヤッフェ法および金コロイド比色法の少なくともいずれかにより行われる前記<9>から<10>のいずれかに記載の判定キットである。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、従来における前記諸問題を解決し、前記目的を達成することができ、糸球体腎炎の活動性炎症病変および腎臓間質の線維化病態を呈する腎症における慢性病変の少なくともいずれかを判定することができる、尿タンパクマーカー、判定方法、並びに判定キットの提供を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1A図1Aは、尿タンパクと腎病変とのクラスター解析の結果を示すグラフである。
図1B図1Bは、クラスター1、2および4における組織学的スコアと1305種の尿タンパクとのクラスター解析の結果を示すグラフである。
図1C図1Cは、クラスター1、2および4における組織学的スコアごとの相関係数の高い尿タンパクサブグループを示すグラフである。
図2A図2Aは、サブグループUG1における原因細胞種推定解析を示すグラフである。
図2B図2Bは、サブグループUG2における原因細胞種推定解析を示すグラフである。
図2C図2Cは、サブグループUG4における原因細胞種推定解析を示すグラフである。
図3A図3Aは、サブグループUG1におけるパスウェイ解析の結果を示すグラフである。
図3B図3Bは、サブグループUG2におけるパスウェイ解析の結果を示すグラフである。
図3C図3Cは、サブグループUG4におけるパスウェイ解析の結果を示すグラフである。
図4A図4Aは、サブグループUG1におけるタンパク間相互作用解析の結果を示すグラフである。
図4B図4Bは、サブグループUG2におけるタンパク間相互作用解析の結果を示すグラフである。
図4C図4Cは、サブグループUG4におけるタンパク間相互作用解析の結果を示すグラフである。
図5A図5Aは、Calgranulin B、MCP-1およびIGFBP-5のELISA測定結果とアプタマーベーススクリーニング測定結果との相関解析の結果を示すグラフである。
図5B図5Bは、Calgranulin Bの尿中濃度と各腎組織所見の組織学的スコアとの相関解析の結果を示すグラフである。
図5C図5Cは、Calgranulin B、MCP-1、IGFBP-5について各腎組織所見の組織学的スコアに対するROC曲線を示すグラフである。
図5D図5Dは、MCP-1の尿中濃度と間質炎症細胞浸潤の組織学的スコアとの相関解析の結果を示すグラフである。
図5E図5Eは、IGFBP-5の尿中濃度と各腎組織所見の組織学的スコアとの相関解析の結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
(尿タンパクマーカー)
本発明の尿タンパクマーカーは、糸球体腎炎の活動性炎症病変および腎臓間質の線維化病態を呈する腎症における慢性病変の少なくともいずれかを判定するための尿タンパクマーカーであって、Calgranulin B、MCP-1およびIGFBP-5の少なくともいずれかである。
前記尿タンパクマーカーは、1種単独であってもよく、2種以上を併用してもよい。
【0012】
(判定方法)
本発明の判定方法は、糸球体腎炎の活動性炎症病変および腎臓間質の線維化病態を呈する腎症における慢性病変の少なくともいずれかを判定するための判定方法であって、対象から得た尿におけるCalgranulin B、MCP-1およびIGFBP-5の少なくともいずれかである尿タンパクマーカーの存在または量を検出する工程と、前記尿タンパクマーカーが存在する場合に、糸球体腎炎のリスクがあると判定する工程と、を含み、更に必要に応じてその他の工程を含む。
【0013】
(判定キット)
本発明の判定キットは、糸球体腎炎の活動性炎症病変および腎臓間質の線維化病態を呈する腎症における慢性病変の少なくともいずれかを判定するための判定キットであって、Calgranulin B、MCP-1およびIGFBP-5のいずれかの尿タンパクマーカーと特異的に結合する結合分子と、前記結合分子を特異的に検出する検出手段と、を有し、更に必要に応じてその他の工程を含む。
【0014】
本発明者らは、前記目的を解決すべく、鋭意検討した結果、既存スコアとの上位互換性を有する独自の腎病理スコアを設定し、1305種の尿タンパクのプロテオーム解析によるスクリーニング、クラスター解析、IPA分析によるシグナルパスウェイ解析、原因細胞種分析といった統計解析、非特異的タンパク尿を多量に漏出すると考えられる糖尿病性腎症との比較によって、3種の特異的尿タンパクマーカーCalgranulin B、MCP-1およびIGFBP-5を抽出し、ループス腎炎における所見の存在および重症度を予測可能であることを見出し、本発明の完成に至った。
本発明の尿タンパクマーカー、判定方法、並びに判定キットによれば、対象の尿サンプルを採取するという簡便かつ低侵襲又は非侵襲的な手法で、糸球体腎炎の活動性炎症病変および腎臓間質の線維化病態を呈する腎症における慢性病変の少なくともいずれかを判定することができる。
【0015】
ループス腎炎(lupus nephritis:LN)の早期診断と迅速な治療は、腎予後や死亡率を改善させると報告されており、腎生検の病理組織所見を予測できるバイオマーカーの開発は、臨床的意義が大きい。
ループス腎炎は、ISN/RPS分類でその組織学的特徴から6つのクラスに分類される(Azoicai, T., et al., Rom J Morphol Embryol, 2017. 58(1): p. 73-78.)。クラス分類は管内細胞増多、内皮下沈着、細胞性半月体などといった異なる病理所見を活動性病変と総括した上で、この活動性病変を持つ糸球体の割合が50%未満である場合をクラスIII、50%以上である場合をクラスIVとする(Bajema, I.M., et al., Kidney Int, 2018. 93(4): p. 789-796)。しかし、異なる病理組織像を総括して評価している点、病変の拡がりの評価についても精密さを欠く点(例えば、活動性病変の種類が異なっても分類は同じ、活動性病変が5%であっても45%であってもクラスIIIに分類される点など)から、個々の病態を反映するバイオマーカー探索において理想的な指標ではない。また、糸球体病変の重症度の定量化に加え、腎予後をより反映するとされる尿細管間質の線維化といった慢性病変の拡がりといった腎組織の詳細な評価が重要である。従って、ループス腎炎の診断や組織学的な重症度の予測を可能にするバイオマーカーが重要である。
【0016】
以前より、ループス腎炎の診断や再燃予測が可能な尿バイオマーカーの検索が行われ、多くの候補タンパクが報告されてきた(Aragon, C.C., et al., J Transl Autoimmun, 2020. 3: p. 100042.)。近年は無作為バイオマーカースクリーニングとして血清や尿中タンパクのプロテオミックアプローチを行うことが可能になっている。質量分析法を用いた研究(Zhang, X., et al., Kidney Int, 2008. 74(6): p. 799-807.)やエレクトロスプレーイオン化四重極飛行時間型質量分析計を用いた研究(Somparn, P., et al.,J Proteomics, 2012. 75(11): p. 3240-7.)に続き、近年では抗体やアプタマーを用いることにより微量タンパクも検出可能な高感度の親和性ベースアプローチによりループス腎炎のバイオマーカーを報告した研究がある(Stanley, S., et al., Nat Commun, 2020. 11(1): p. 2197.;Vanarsa, K., et al., Ann Rheum Dis, 2020. 79(10): p. 1349-1361.)。
一方で、これらの研究はどれも活動性ループス腎炎と定義された症例と健常人を比較してループス腎炎に特徴的な尿バイオマーカーを検索するという手法をとっており、ループス腎炎の中で総括された活動性病変や慢性病変の中に組織学的な特徴や拡がり、その重症度に多彩な違いがあることが考慮されておらず、上述したような既存のクラス分類をマーカー探索に用いる問題点がクリアされていなかった。
【0017】
そこで本研究では、ループス腎炎において個別の腎病理学的特徴の多様性や拡がりを精密に定量化したスコアリングシステムを策定し、各所見のスコアと関連するタンパクの検索を行うため、プロテオーム解析として1305のタンパクを測定できるアプタマーベーススクリーニング(SomaScanTM)を行い、各々の組織学的特徴に関連し、かつ重症度とも相関する特異的なタンパク分子を見出した。
【0018】
-糸球体腎炎-
前記糸球体腎炎としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、ループス腎炎および同様所見である管内細胞増多を呈するIgA腎症、IgA血管炎、膜性増殖性糸球体腎炎およびその他の増殖性変化を伴う急性糸球体腎炎、クリオグロブリン血症性糸球体腎炎、悪性腫瘍に合併する腎炎、感染症に合併する腎炎(Calgranulin Bに関連)、ループス腎炎を含めた間質の炎症細胞浸潤を伴う全ての腎症(MCP-1に関連)、ループス腎炎および糖尿病性腎症を含む腎臓間質の線維化を伴う全ての腎症(IGFBP-5に関連)が好適に挙げられる。
【0019】
<Calgranulin B>
Calgranulin B(S100A9)は、S100ファミリーに属し、生体内ではS100A8とヘテロ2量体として存在する。S100ファミリータンパクはCa2+結合タンパク群から構成される10-12kDaの小さなタンパクであり、種類によって神経疾患、悪性腫瘍、心臓疾患、炎症性疾患といった様々な疾患の病態に関与する。
Calgranulin Bの一態様としては、Genbank accession ID:NM_002965に登録される通り、配列番号1で示すアミノ酸配列を有する。また、複数のCalgranulin Bの変異体が報告されており、例えば、Genbank accession ID:NM_001319196.1、NM_001319197.1、NM_001319198.2、NM_002964.5、NM_001319201.2などのUniProt(https://www.uniprot.org/)に同一タンパクとして登録されている変異体も、本実施形態のCalgranulin Bに含まれる。
Calgranulin Bとしては、Calgranulin Bの遺伝子座より転写、翻訳および任意に翻訳後修飾されたタンパクであれば特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、Calgranulin Bのアミノ酸配列としては、配列番号1のアミノ酸配列と90%以上同一であることが好ましく、95%以上同一であることがより好ましい。
【0020】
後述する実施例により、尿タンパクにおけるCalgranulin Bの存在およびその量が、管内細胞増多、好中球浸潤、核崩壊、フィブリノイド壊死および細胞/線維細胞性半月体の腎病理スコアと相関を有することを見出したことから、尿タンパクにおけるCalgranulin Bの存在およびその量を検出することにより、管内細胞増多、好中球浸潤、核崩壊、フィブリノイド壊死および細胞/線維細胞性半月体の少なくともいずれかのループス腎炎およびこれと類似した所見を呈する糸球体腎炎の疑い症例のリスクおよび重症度を判定できる。したがって、Calgranulin Bが、糸球体腎炎の活動性炎症病変を判定するための尿タンパクマーカーとして利用可能である。
【0021】
したがって、Calgranulin Bに関連する実施態様としては、以下の通りである。
Calgranulin Bである糸球体腎炎の活動性炎症病変を判定するための尿タンパクマーカー。
糸球体腎炎の活動性炎症病変を判定するための判定方法であって、対象から得た尿におけるCalgranulin Bの存在または量を検出する工程と、前記Calgranulin Bが存在する場合に、糸球体腎炎のリスクがあると判定する工程と、を含む判定方法。
糸球体腎炎の活動性炎症病変を判定するための判定方法であって、対象から得た尿におけるCalgranulin Bの存在または量を検出する工程と、Calgranulin Bが存在する場合に、管内細胞増多、好中球浸潤、核崩壊、フィブリノイド壊死および細胞/線維細胞性半月体の少なくともいずれかの糸球体腎炎のリスクがあると判定する工程およびCalgranulin Bの量が多い場合に、管内細胞増多、好中球浸潤、核崩壊、フィブリノイド壊死および細胞/線維細胞性半月体の少なくともいずれかの糸球体腎炎の重症度が高いと判定する工程、の少なくともいずれかを含む判定方法。
糸球体腎炎の活動性炎症病変を判定するための判定キットであって、Calgranulin Bと特異的に結合する結合分子と、前記結合分子を特異的に検出する検出手段と、を有する判定キット。
【0022】
Calgranulin Bを含むヘテロ2量体S100A8/A9は、好中球や単球系細胞、形質細胞様樹状細胞、内皮細胞などで恒常的に発現し、細胞外へ分泌されることでTLR4やRAGEを介して内皮細胞、貪食細胞、リンパ球に細胞内シグナルを伝え、炎症性反応を促すとされ、様々な自己免疫疾患におけるバイオマーカーとして注目されている。SLEにおいては、血清S100A8/A9濃度はSLEの活動性と相関する報告がある。さらにループス腎炎においては、活動性の腎炎において血清S100A8/A9濃度が上昇することや、活動性ループス腎炎では非活動性ループス腎炎やループス腎炎の合併がない活動性SLEと比して尿中S100A8/A9濃度が上昇することが知られている。
【0023】
ループス腎炎の活動性病変を定量化した上で尿中S100A8/A9濃度との相関を示した報告は、本開示が初めてである。本開示では、血清100A8/A9濃度と腎活動性病変のスコアとの関連は確認されなかったことから、尿中100A8/A9濃度は腎局所の病態を反映していることが想定され、尿中濃度を測定することがより重要と考えられた。実際に、活動性ループス腎炎の腎組織におけるS100A8/9のmRNAレベルの上昇がループス腎炎の腎予後不良や治療抵抗性に関与していると報告もあり、この推察を裏付ける。
【0024】
なお今回使用したアプタマーベーススクリーニングには、S100A9以外のS100ファミリータンパクとしてS100A4、S100A6、S100A7、S100A12が含まれていた。このうちS100A4はUG2に、S100A12はUG1とUG2にそれぞれ含まれていた。しかし糖尿病性腎症の尿中濃度と比較した際には両方とも有意な上昇を認めなかったため、ELISAによるさらなる解析の候補から外された。
S100A4およびS100A12もS100A8/9と同様に、活動性ループス腎炎では非活動性ループス腎炎やループス腎炎の合併がない活動性SLEと比して尿中濃度が上昇していると報告されており、腎組織所見の予測に有用である可能性がある。一方でS100A8/9は好中球以外の細胞でも発現するのに対し、S100A12はほぼ好中球に限定して発現するという違いがあるとされる。このようにS100ファミリー内でも発現する細胞の種類に違いがあり、腎局所から流出するタンパクの差異が表れている可能性がある。
【0025】
<MCP-1>
MCP-1(CCL2)は、単球、マクロファージ、線維芽細胞、血管内皮細胞などから分泌されるケモカインであり、ケモカイン受容体CCR2を介して単球の活性化や遊走に寄与する。
MCP-1の一態様としては、Genbank accession ID:S71513に登録される通り、配列番号2で示すアミノ酸配列を有する。また、複数のMCP-1の変異体が報告されており、例えば、UniProt(https://www.uniprot.org/)に同一タンパクとして登録されている変異体も、本実施形態のMCP-1に含まれる。
MCP-1としては、MCP-1の遺伝子座より転写、翻訳および任意に翻訳後修飾されたタンパクであれば特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、MCP-1のアミノ酸配列としては、配列番号2のアミノ酸配列と90%以上同一であることが好ましく、95%以上同一であることがより好ましい。
【0026】
後述する実施例により、尿タンパクにおけるMCP-1の存在およびその量が、間質炎症細胞浸潤の腎病理スコアおよび間質線維・尿細管萎縮の腎病理スコアと相関を有することを見出したことから、尿タンパクにおけるMCP-1の存在およびその量を検出することにより、間質炎症細胞浸潤を呈するループス腎炎およびこれと類似した所見を呈する糸球体腎炎の疑い症例のリスクおよび重症度を判定できる。したがって、MCP-1が、糸球体腎炎の活動性炎症病変および腎臓間質の線維化病態を呈する腎症における慢性病変の少なくともいずれかを判定するための尿タンパクマーカーとして利用可能である。
【0027】
したがって、MCP-1に関連する実施態様としては、以下の通りである。
MCP-1である糸球体腎炎の活動性炎症病変および腎臓間質の線維化病態を呈する腎症における慢性病変の少なくともいずれかを判定するための尿タンパクマーカー。
糸球体腎炎の活動性炎症病変および腎臓間質の線維化病態を呈する腎症における慢性病変の少なくともいずれかを判定するための判定方法であって、対象から得た尿におけるMCP-1の存在または量を検出する工程と、前記MCP-1が存在する場合に、糸球体腎炎のリスクがあると判定する工程と、を含む判定方法。
糸球体腎炎の活動性炎症病変および腎臓間質の線維化病態を呈する腎症における慢性病変の少なくともいずれかを判定するための判定方法であって、対象から得た尿におけるMCP-1の存在または量を検出する工程と、MCP-1が存在する場合に、間質炎症細胞浸潤のリスクがあると判定する工程およびMCP-1の量が多い場合に、間質炎症細胞浸潤の重症度が高いと判定する工程、の少なくともいずれかを含む判定方法。
糸球体腎炎の活動性炎症病変および腎臓間質の線維化病態を呈する腎症における慢性病変の少なくともいずれかを判定するための判定キットであって、MCP-1と特異的に結合する結合分子と、前記結合分子を特異的に検出する検出手段と、を有する判定キット。
【0028】
本開示では、定量化した間質炎症細胞浸潤と尿中MCP-1濃度との相関を示したことで、ループス腎炎における間質炎症細胞浸潤の重症度を詳細に予測できる可能性を示した。一方で本開示では、尿MCP-1は、糸球体の活動性病変として定義される管内細胞増多、好中球浸潤、核崩壊、フィブリノイド壊死および細胞/線維細胞性半月体、内皮下沈着の組織学的スコアとは有意な相関を認めなかった。この結果は、尿MCP-1が間質炎症細胞浸潤を特異的に予測できる可能性を補強する。また腎の線維化が強く炎症細胞浸潤が弱い糖尿病性腎症を含む検証ではMCP-1が相関性を消失したことから、MCP-1はループス腎炎における間質の炎症細胞浸潤に関わっている可能性を支持した。
【0029】
<IGFBP-5>
IGFBP-5は、IGFに結合することでそのシグナル調整に寄与するIGFBPファミリーに属するタンパクであり、IGFBPファミリーの腎疾患における関与が報告されている。一方で、IGFBP-5は腎組織のシングルセル解析で間質に強く発現しており慢性腎臓病(CKD)との関与が示唆されている。またIGFBP-5は肺組織の線維化を促し組織リモデリングに関与すると報告がある。
IGFBP-5の一態様としては、Genbank accession ID:NM_000599に登録される通り、配列番号3で示すアミノ酸配列を有する。また、複数のIGFBP-5の変異体が報告されており、例えば、UniProt(https://www.uniprot.org/)に同一タンパクとして登録されている変異体も、本実施形態のIGFBP-5に含まれる。
IGFBP-5としては、IGFBP-5の遺伝子座より転写、翻訳および任意に翻訳後修飾されたタンパクであれば特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、IGFBP-5のアミノ酸配列としては、配列番号3のアミノ酸配列と90%以上同一であることが好ましく、95%以上同一であることがより好ましい。
【0030】
後述する実施例により、尿タンパクにおけるIGFBP-5の存在およびその量が、間質線維化および尿細管萎縮の腎病理スコアと相関を有することを見出したことから、尿タンパクにおけるIGFBP-5の存在およびその量を検出することにより、間質線維化および尿細管萎縮の少なくともいずれかのループス腎炎およびこれと類似した所見を呈する糸球体腎炎の疑い症例のリスクおよび重症度を判定できる。したがって、IGFBP-5が、糸球体腎炎の活動性炎症病変および慢性病変の少なくともいずれかを判定するための尿タンパクマーカーとして利用可能である。
【0031】
したがって、IGFBP-5に関連する実施態様としては、以下の通りである。
IGFBP-5である糸球体腎炎の活動性炎症病変および慢性病変の少なくともいずれかを判定するための尿タンパクマーカー。
糸球体腎炎の活動性炎症病変および慢性病変の少なくともいずれかを判定するための判定方法であって、対象から得た尿におけるIGFBP-5の存在または量を検出する工程と、前記IGFBP-5が存在する場合に、糸球体腎炎のリスクがあると判定する工程と、を含む判定方法。
糸球体腎炎の活動性炎症病変および慢性病変の少なくともいずれかを判定するための判定方法であって、対象から得た尿におけるIGFBP-5の存在または量を検出する工程と、IGFBP-5が存在する場合に、間質線維化および尿細管萎縮の少なくともいずれかの糸球体腎炎のリスクがあると判定する工程およびIGFBP-5の量が多い場合に、間質線維化および尿細管萎縮の少なくともいずれかの糸球体腎炎の重症度が高いと判定する工程、の少なくともいずれかを含む判定方法。
糸球体腎炎の活動性炎症病変および慢性病変の少なくともいずれかを判定するための判定キットであって、IGFBP-5と特異的に結合する結合分子と、前記結合分子を特異的に検出する検出手段と、を有する判定キット。
【0032】
尿中IGFBP-5で腎組織の尿細管および間質線維化を予測できるとした報告は本開示が初である。ループス腎炎を含めた腎疾患では、尿細管間質の線維化が治療反応性予測や腎予後予測に重要であり、尿中IGFBP-5がこれに利用できる可能性が示唆された。線維化スコアの高い糖尿病性腎症を含む検証では、尿中IGFBP-5は糖尿病性腎症でさらに高値であり、相関関係が強まったことから線維化のプロセスとバイオマーカーについては、ループス腎炎と糖尿病性腎症で共通であることも本開示で初めて示唆された。
【0033】
Calgranulin B、MCP-1およびIGFBP-5の尿タンパクマーカーは、1種単独で使用してもよいが、2種以上を併用することにより、計20項目の腎組織所見に関する糸球体腎炎のリスクについて詳細かつ複合的に判定することができる点で有利である。
【0034】
なお、Calgranulin B、MCP-1およびIGFBP-5はいずれも血清濃度では腎病理との相関性を認めなかったことから、これらのタンパクは血清から非特異的に尿中に漏出するわけではなく、腎組織の各病変局所に由来して尿中に漏出している可能性を裏付ける。
【0035】
以下に、本実施形態の判定方法における各工程について説明する。
<検出工程>
前記検出工程は、対象から得た尿におけるCalgranulin B、MCP-1およびIGFBP-5の少なくともいずれかである尿タンパクマーカーの存在または量を検出する工程である。
前記対象としては、一般的に哺乳類であり、例えば、ヒト、非ヒト霊長類、イヌ、ネコ、マウス、ラット、ウシ、ウマ、ブタなどが挙げられる。これらの中でも、ヒトが好ましい。前記対象は、成人、乳幼児、小児、高齢者のいずれの被検体であってもよく、糸球体腎炎の疑いがある対象、糸球体腎炎を伴う疾患があると診断または確認された対象、糸球体腎炎を伴う疾患の治療的介入を受けた対象などが好ましい。
前記対象から採取した尿サンプルは、必要に応じて前処理を行い、尿タンパクマーカーの検出に呈すればよい。
【0036】
前記検出する方法としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、イムノクロマトグラフィー法、酵素免疫測定法(ELISA)、化学発光酵素免疫測定法(CLEIA)、化学発光免疫測定法(CLIA)、蛍光酵素免疫測定法(例えば、LuminexTM xMAPTMシステム、株式会社医学生物学研究所製)、アプタマー法、免疫比濁法、色素比色法、免疫比ろう法、ラテックス凝集法、ヤッフェ法、金コロイド比色法などが挙げられる。
一態様において、尿タンパクマーカーの検出は、対象由来の尿サンプルを試薬(後述する結合分子)と接触させ、試薬と分析物である尿タンパクマーカーとの複合体を生成させて、その複合体を検出することによって行われる。
前記検出により、対象由来の尿サンプル中の前記尿タンパクマーカーの存在、不在、量、または有効量、例えば前記尿タンパクマーカーの濃度レベル、を検出乃至測定することができる。
本実施形態における判定キットを用いることで、好適に前記検出工程および前記判定方法を実施することができる。
【0037】
<判定工程>
前記判定工程は、前記尿タンパクマーカーが存在する場合に、糸球体腎炎のリスクがあると判定する工程である。
前記尿タンパクマーカーの存在または量の検出限界値としては、使用する前記検出方法の検出限界値により設定することができるが、尿タンパクマーカーに応じて基準値乃至カットオフ値を設けてもよい。
例えば、後述する実施例における受信者動作特性解析(Receiver Operating Characteristic analysis、ROC解析)の結果に基づき、Calgranurin Bでは、基準値3583 pg/mlで管内細胞増多に対する感度83%、特異度67%にて判定することができる。また、Calgranurin Bでは、基準値3583 pg/mlで細胞性/線維細胞性半月体に対する感度100%、特異度49%にて判定することができる。MCP-1では、基準値269pg/mlで間質炎症細胞浸潤に対する感度72%、特異度94%にて判定することができる。IGFBP-5では、基準値2.06pg/mlで間質線維化に対する感度90%、特異度56%にて判定することができる。
【0038】
前記基準値は、特に制限はなく、公知の手法に従って目的に応じて適宜選択することができる。例えば、判別式を使用して作成されたROC曲線より求めることができる。ROC曲線では、腎組織所見の各項目について、縦軸に陽性の対象において陽性の結果がでる確率(感度)と、横軸に陰性の対象において陰性の結果がでる確率(特異度)を1から減算した値(偽陽性率)がプロットされる。ROC曲線に示される「真陽性(感度)」及び「偽陽性(1-特異度)」に関し、「真陽性(感度)」-「偽陽性(1-特異度)」が最大となる値(Youden index)を基準値とすることができる。
【0039】
[予後の判定方法]
前記判定方法の一態様として、特定の対象における予後の判定を行うことができる。
本実施形態においては、前記判定方法は、前記検出工程および判定工程に加えて、比較工程と予後判定工程とを更に含む。
【0040】
<比較工程>
前記比較工程は、特定の対象から得た尿における前記尿タンパクマーカーの存在または量と、一定時間経過後の前記対象から得た尿における前記尿タンパクマーカーの存在または量と、を比較する工程である。
前記尿タンパクマーカーの量としては、絶対値であっても相対値であってもよく、比較可能な値であればよい。
前記一定時間としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、秒、分、時間、日数、月、年のオーダーであってもよい。例えば、治療的介入の後の経過観察のため、治療前の検出結果と治療前から一定時間経過後の治療後の検出結果を比較してもよく、定期健診のように定期的に判定方法を実施してもよい。
【0041】
<予後判定工程>
前記予後判定工程は、前記比較により、
(1)前記一定時間経過後の前記尿タンパクマーカーが検出されなくなる、若しくは量が低減している場合に、予後が良好である、
(2)前記一定時間経過後の前記尿タンパクマーカーの量の変化がない場合に、予後に変化がない、または
(3)前記一定時間経過後の前記尿タンパクマーカーが検出されるようになる、若しくは量が上昇している場合に、予後が不良である、と判定する工程である。
これにより、例えば、治療効果を判定するために腎生検を行うことなく、対象の尿サンプルを採取するという簡便かつ低侵襲又は非侵襲的な手法で、治療効果の判定や経過観察を行うことができる。
【0042】
対象の糸球体腎炎の活動性炎症病変および腎臓間質の線維化病態を呈する腎症における慢性病変の状態を確認することは、その疾患の予後予測を可能にし、より進行した疾患状態への対象の進行を遅らせる、抑制するまたは防止するために、様々な治療レジメンを、情報に基づいて選択すること、開始すること、調整すること、または増やすこともしくは減らすことを可能にする。いくつかの態様では、対象は、本実施形態の測定方法に基づいて、特定のレベルの組織所見を有する、乃至は特定の疾患状態にある、と確認され、そして炎症性疾患のさらなる進行を防止するまたは遅延させるために、治療の開始、加速または切り替えの指標となり得る。或いは、疾患状態の改善または寛解が対象に見られる場合、その治療の低減または中止の指標となり得る。
【0043】
以下に、本実施形態の判定キットについて説明する。
前記判定キットは結合分子と検出手段とを有し、更に必要に応じてその他の部材を有する。
<結合分子>
前記結合分子は、Calgranulin B、MCP-1およびIGFBP-5のいずれかの尿タンパクマーカーと特異的に結合する分子であり、特に制限はなく、公知の分子を目的に応じて適宜選択することができるが、例えば、抗体、抗体断片、抗体様断片;核酸アプタマー、ペプチドアプタマー等のアプタマーなどが挙げられる。
【0044】
<検出手段>
前記検出手段は、前記結合分子を特異的に検出する手段であり、特に制限はなく、公知の分子を目的に応じて適宜選択することができる。
前記検出する方法としては、例えば、イムノクロマトグラフィー法、酵素免疫測定法(ELISA)、化学発光酵素免疫測定法(CLEIA)、化学発光免疫測定法(CLIA)、蛍光酵素免疫測定法(例えば、LuminexTM xMAPTMシステム、株式会社医学生物学研究所製)、アプタマー法、免疫比濁法、色素比色法、免疫比ろう法、ラテックス凝集法、ヤッフェ法、金コロイド比色法などにより好適に実施することができる。
【実施例0045】
以下、実施例に基づいて本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に制限されるものではない。
【0046】
<患者、サンプル取集およびサンプル調製>
慶應義塾大学病院に通院し、腎生検が施行された患者をリクルートした。ACR1997年基準もしくはSLICC2012年基準を満たすSLEで、当院で腎生検を施行しループス腎炎III/IV型、III/IV+V型、V型のいずれかの診断に至った患者からのサンプルを集積した(初期コホート:n = 24, 検証コホート:n = 24)。全ての患者で、腎生検施行前の1週間以内、治療導入あるいは治療強化前の血清および尿サンプルを収集した。糖尿病性腎症患者においても腎生検で診断確定された患者の尿サンプルを収集した(n = 3)。また腎生検施行時の臨床データも集積した。全患者にインフォームドコンセントがなされ、本研究は当施設の倫理委員会より許可された。
【0047】
<アプタマーベーススクリーニング>
初期コホートの活性型ループス腎炎患者(n = 24)と糖尿病性腎症患者(n = 3)の血清および尿サンプルをそれぞれ150μL用いて、Somalogic社が開発したアプタマーベーススクリーニング プラットフォームによって解析された。1305種のタンパクについて濃度測定され、結果は、相対蛍光単位(relative fluorescent units:RFU)として算出された。RFUを尿Crで標準化した上で腎組織所見スコアとの関連を解析した。
【0048】
<組織学的スコアリングシステム>
ISN/RPS の腎病変の定義(Weening, J.J., et al., Kidney Int, 2004. 65(2): p. 521-30.)およびNIH activity and chronicity index(Austin, H.A., 3rd, et al., Kidney Int, 1984. 25(4): p. 689-95.)に含まれる項目を元に、糸球体病変16項目と尿細管間質病変4項目、計20項目の腎組織所見について詳細にアセスメントしたスコアリングシステムを策定した。腎組織所見の各項目、評価方法およびその詳細を表1~2に示す。糸球体病変については糸球体1つごとにスコアを算出し、全ての糸球体のスコアの平均値をその症例の組織学的スコアとした。糖尿病性腎症(n = 3)についてもループス腎炎症例と同様に組織学的スコアを評価した。組織学的スコアは2名の熟練した評価者によって付けされ、両者の平均値を相関解析に利用した。
【0049】
【表1】
【0050】
【表2】
【0051】
<ELISAを用いた検証>
特定のhistological scoreと相関した候補尿タンパクについてELISA試験を行った。まず1つ目のコホートにおいて尿中濃度を測定し、候補尿タンパクのELISAの結果とアプタマーベーススクリーニングアッセイの結果とで相関を確認し、さらにELISAと組織学的スコアの相関が取れることを確認した。また検証コホート(n=24)において初期コホートで抽出した尿タンパクのELISA結果と組織学的スコアとの相関関係の検証を行った。
【0052】
<データ解析>
統計解析は、データ分析ソフトウェアJMP(Ver 15、SAS Institute Japan株式会社製)を使用した。群間比較は、ウィルコクソン順位和検定で解析した。相関解析ではスピアマン相関係数およびピアソン相関係数を使用した。バイオマーカーの腎病理組織に対する感度、特異度、カットオフ値を解析するために受信者動作特性解析(Receiver Operating Characteristic analysis、ROC解析)を行った。アプタマーベーススクリーニングアッセイのデータと組織学的スコアのデータから、スピアマン相関係数による相関係数についてのヒートマップを作成し、クラスター解析を行った。これらの解析は、Python 3.9の関数プログラム:seabornパッケージ(Pythonソフトウェア財団)を用いた。
【0053】
個々の腎病変クラスターと相関するタンパク群がどのような細胞に由来しているか明らかにするため、遺伝子セットライブラリーデータから対象となる遺伝子乃至タンパクの差次的発現を可視化できる分析ウェブベースツールEnrichr web tool(https://amp.pharm.mssm.edu/Enrichr より入手可能なオープンソース、CHEN Edward Y. et al., BMC Bioinfirmatics, 2013. 14: p. 128)を用いて原因細胞種推定を行った。
【0054】
個々の腎病変クラスターと高度に相関するタンパク群により、既知のどのパスウェイが強化(enrich)されているか確かめるため、パスウェイ解析ソフトウェアIngenuityTM pathway analysis(IPA、QIAGEN Inc., https://www.qiagenbioinformatics.com/products/ingenuity-pathway-analysis)を用いてパスウェイ解析を行った。
【0055】
個々の腎病変クラスターと高度に相関するタンパク群の相互作用を確認するため、タンパク間相互作用(Protein-protein interaction、PPI)解析を行った。解析にはPPIデータベースであるSTRING(https://string-db.org/ より利用可能、Snel B. et al., Nucleic Acids Res. 2000. 28(18): p. 3442-4)を使用し、k-means法でクラスタリングを行った。
【0056】
<組織学的スコアとアプタマーベーススクリーニングとのクラスター解析>
アプタマーベーススクリーニングで用いた初期コホートでは、合計24例のループス腎炎症例として、クラスIII/IV(n=14)、クラスIII/IV + V(n = 6)、クラスV(n = 4)の尿および血液サンプルを使用した。初期コホートの臨床特徴を、表3に示した。なお、表1~2に示す腎組織所見の各項目についての腎病理スコアを元にしたループス腎炎分類は、既存のクラス分類と完全に合致し、スコアのうち該当項目は、活動性/慢性指標と強く相関することを確認した。
【0057】
【表3】
【0058】
クラスター解析において、尿タンパクと腎病変とを、ユークリッド距離を元にクラスター化したところ、20項目の腎組織所見におけるクラスター解析では5つのクラスターが抽出された(図1A)。
クラスター1には、細胞/線維細胞性半月体(Cellular/fibrocellular crescents)、フィブリノイド壊死(Fibrinoid necrosis)、癒着(Adhesion)および線維性半月体(Fibrous crescents)が含まれ、糸球体基底膜の破綻に伴う管外増殖を起点とする病理像の集合と考えられた。
一方で、クラスター2には、管内細胞増多(Endocapillary hypercellularity)や好中球浸潤(Neutrophils infiltration)、内皮下沈着(Subendothelial deposits)、核崩壊(Karyorrhexis)の糸球体係蹄内の活動性病変のみが含まれていた。
クラスター3には、メサンギウム病変であるメサンギウム基質増加(Mesangial matrix expansion)やV型ループス腎炎の特徴である基底膜病変である基底膜のバブリング像(Bubbling appearance)、基底膜のスパイク像(Spike)、および基底膜の二重化像(GBM duplication)が含まれていたが、糸球体係蹄内の活動性病変は含まれていなかった。
クラスター4には、糸球体病変ではなく全て尿細管間質病変である間質性炎症(Interstitial inflammation)、間質線維化(Interstitial fibrosis)、尿細管萎縮(Tubular atrophy)、およびTamm-Horsfall 円柱(Tamm-Horsfall casts)であった。
クラスター5には、ポドサイト肥大化(Podocyte hypertrophy)と糸球体全体の虚脱(糸球体虚脱、Collapsed glomerulus)の2つの所見のみが含まれた。
概して、ループス腎炎における活動性を規定する病変のうち、糸球体基底膜の破綻に伴う病像がクラスター1、糸球体係蹄内の病像がクラスター2に含まれ、間質および尿細管の活動性および慢性病変は全てクラスター4に分類され、メサンギウム病変および膜性病変、とその他の頻度の少ないマイナーな病変がクラスター3および5に分類された。
【0059】
続いて、これらの5つの病理組織像のクラスターごとに、組織学的スコアと1305種の尿タンパクとの相関関係をもとにクラスター解析を行った。
クラスター1,2,4においてそれぞれのクラスターに含まれる組織学的スコアごとに共通して相関係数が相対的に高い尿タンパクのサブグループを抽出した(UG1, UG2, UG4:図1BおよびC)。UG1, 2, 4において含まれる尿タンパクはそれぞれ119種、59種、85種であった。
一方で、クラスター3,5では相関係数が高い尿タンパククラスターは抽出されなかったため、以後の検討は、UG1,2,4の3つのサブグループに絞って行うこととした。血清タンパクにおいても同様のクラスター解析を行ったが、いずれの病理所見クラスターにおいても相関係数の高い血清タンパクは見出されなかった(データ省略)。
【0060】
組織所見のクラスター解析において、クラスター1に含まれる腎組織所見は、フィブリノイド壊死や半月体といった糸球体係蹄壁の破綻を伴うような強い炎症病態と、それに続く管外の組織リモデリングのプロセスを示唆するものである。これに対してクラスター2に含まれる腎組織所見は主に糸球体係蹄内を炎症の首座とする活動性病変のみで構成されていることが特徴的である。クラスター3はループス腎炎III/IV型に代表される活動性病変は含まず、メサンギウム細胞や基質の増加、ループス腎炎V型において確認される膜性病変である上皮下沈着、糸球体硬化といった複数の病態から成る病変から構成されている。クラスター4は糸球体病変を含まず全てが尿細管および間質病変から構成されている。クラスター5は本研究において頻度の少ない上皮細胞腫大と糸球体全体の虚脱所見の2つのみしか含まれず、評価困難なクラスターであったため解析から除外した。
【0061】
<原因細胞種推定解析>
原因細胞種推定解析では、尿タンパクに起因する細胞の種類がそれぞれの3つのサブグループUG1,2,4ごとに異なることを見出した(図2A~C)。UG1では単球や好中球に加え、血管内皮細胞や血小板由来のタンパクが多く含まれることが特徴的であった。UG2に含まれるタンパクは、単球、好中球、形質細胞、形質細胞様樹状細胞といった自然免疫および獲得免疫系全般に関わる細胞が由来であることが示唆された。一方で、さらにUG4では単球に加え、線維化病態に関わる間葉系幹細胞系由来のタンパクが多く含まれていた。
【0062】
<IPA解析>
IPAでは上位10種のパスウェイにおいて、それぞれの3つのサブグループUG1,2,4で共通するパスウェイと、異なるパスウェイを示した(図3A~C)。白血球接着(Leukocyte adhesion)やIL-17 関連シグナリングが、3つのサブグループで共通して活性化していた。UG1では、HMGB1シグナリングが他のサブグループと比べて顕著に活性化していた。UG2では、IL-3 シグナリングやHIF1αシグナリングなど炎症に関連したパスウェイが上位を占めたが、UG4では、線維症シグナリングパスウェイ(Fibrosis Signaling Pathway)や慢性閉塞性肺疾患における病理学的研究(Pathology in Chronic Obstructive Pulmonary Disease)といった線維化に関連したパスウェイが含まれていた。
【0063】
UG1において原因細胞種推定解析では、単球系や好中球を主体とした細胞が病態に強く関わり、IPAでは炎症に関連するシグナルの他に線維化や創傷治癒に関与したシグナルも混在していることが明らかとなった。これは前述のようにクラスター1が糸球体係蹄壁の破綻を伴うような強い炎症病態とそれに続く組織リモデリングの病態を包括していることを裏付ける。
UG2において原因細胞種推定解析では免疫応答に関わる様々な種類の細胞が関与しており、IPAでは炎症病態が主体であることが明らかとなった。これはクラスター2に含まれる腎組織病変が糸球体の活動性病変のみで構成されていることと合致する。
UG4において原因細胞種推定解析では単球系や線維化病態に関わる間葉系幹細胞系由来の細胞が病態に関与し、IPAでは線維化に関わるシグナルが多く含まれることが明らかとなった。これはクラスター4に含まれる腎組織病変が尿細管間質の炎症および線維化の病態を包括していることを支持する。
【0064】
<タンパク間相互作用解析>
UG1において、走化活性や細胞増殖および生存、細胞骨格動態に寄与するタンパク群が確認された。
UG2においては、走化活性や細胞遊走および接着、細胞生存および分化に寄与するタンパク群の連関が確認された。さらにUG4においては、走化活性や繊維症、細胞ホメオスタシスに寄与するタンパク群の連関性が確認された。
【0065】
<各組織学的スコアに関連する尿タンパクマーカーの同定>
次に、3つのサブグループに含まれるタンパクの中で、各腎組織所見に特異的な尿タンパクマーカーの抽出を試みた。UG1,2,4に含まれていた各々119種、59種、85種のタンパクのうち、各々のサブグループ内の代表的かつ有病率の高かった細胞/線維細胞性半月体、管内細胞増多、間質線維化の腎組織所見についての組織学的スコアと尿タンパク濃度との相関係数が高かった上位30項目およびその他のCluster1,2,4における病理所見との相関係数を表4-1~表4-3に示す。なお、表4-1~表4-3中、ループス腎炎患者の尿タンパクの濃度が糖尿病性腎症患者の尿タンパクの濃度より有意に高い場合(*p<0.05)、または糖尿病性腎症患者の尿タンパクの濃度がループス腎炎患者の尿タンパクの濃度より有意に高い場合(†p<0.05)に、統計的有意性を示した。スピアマン相関係数が統計的に有意(p<0.05)である場合、太字および斜体で示した。
また、各20項目の病理所見との相関係数が高かった上位20項目を表5-1~表5-10に示す。
【0066】
【表4-1】
【0067】
【表4-2】
【0068】
【表4-3】
【0069】
【表5-1】
【0070】
【表5-2】
【0071】
【表5-3】
【0072】
【表5-4】
【0073】
【表5-5】
【0074】
【表5-6】
【0075】
【表5-7】
【0076】
【表5-8】
【0077】
【表5-9】
【0078】
【表5-10】
【0079】
相関性を示す候補尿タンパクの多寡は、腎組織所見ごとに異なっていた。管内細胞増多や細胞/線維細胞性半月体を始めとした、主に炎症が主体と考えられる活動性糸球体病変については|ρ|>0.4の相関性を示す尿タンパクが多く検出された。一方で、クラスター2の活動性病変のうち、内皮下沈着では相関性のある尿タンパクが検出されず、スパイク像や基底膜のバブリング像といった基底膜病変においては正相関する尿タンパクが検出されなかった。
【0080】
UG1とUG2においては、関連する腎組織所見は糸球体腎炎に由来する所見であり、UG4に含まれる腎組織所見は全て間質病変であった。そこでUG1とUG2の解析において、糸球体腎炎以外の病態で非特異的に尿中に増加するタンパクを除外する目的で、慢性病変により尿タンパクが漏出していると想定される糖尿病性腎症との比較を行った。一方で、間質の炎症細胞浸潤を示す間質炎症細胞浸潤のスコアと間質線維化のスコアは互いに相関していたため(ρ=0.59, p<0.01)、UG4の解析においては、いずれか一方の組織学的スコアにのみ相関したタンパクに着目した。また候補タンパクにおいて、その後のELISA測定での検出率を高めるため、24症例の平均吸光度が<1000 RFUであるタンパクは候補から除外した。
【0081】
この条件でUG1およびUG2において糖尿病性腎症と比してループス腎炎で有意に増加していた尿タンパク(p =0.02)はCalgranulin Bのみであった。
またUG4においては間質炎症細胞浸潤と最も強く相関するタンパクとしてMCP-1(ρ=0.72, p<0.0001)を抽出した。間質炎症細胞浸潤には相関せず、間質線維化にのみ相関するタンパクとしてIGFBP-5のみが抽出された(ρ=0.41, p=0.048)。なお、間質線維化に相関せず間質炎症細胞浸潤にのみ相関するタンパクは抽出されなかった。
【0082】
<ELISAを用いた検証>
これら3つの候補タンパクについてELISAキットとして、Calgranulin B ELISAキット(Cloud-Clone社製)、MCP-1 ELISAキット(R&D Systems社製)およびIGFBP-5 ELISAキット(Cloud-Clone社製およびR&D Systems社製)による測定を行い、組織学的スコアとの相関を再解析した。
まず、3つのタンパクのELISA測定結果とアプタマーベーススクリーニングで得られた測定結果との相関解析を行った。3つ全てのタンパクで高い相関係数が確認された(ρ>0.7、図5A)。次に、初期コホートのアプタマーベーススクリーニングを用いた解析で相関が確認された組織所見において、ELISAで得られたタンパク濃度と組織学的スコアとの相関を3つのタンパクごとに解析した。
【0083】
Calgranulin Bの尿中濃度は、管内細胞増多(r=0.72, p<0.001)、好中球浸潤(r=0.58, p=0.003)、核崩壊(r=0.68, p<0.001)、フィブリノイド壊死(r=0.56, p=0.005)、細胞/線維細胞性半月体(r=0.65, p<0.001)のそれぞれで組織学的スコアと相関した(図5B)。さらにCalgranulin Bがこれらの組織所見の有無を判別可能かどうかについてROCを用いて解析した(図5C)。管内細胞増多、好中球浸潤、核崩壊、フィブリノイド壊死および細胞/線維細胞性半月体のAUCはそれぞれ0.82, 0.84, 0.78, 0.94, 0.86と良好な性能を示した。
【0084】
MCP-1は、ループス腎炎24例において間質炎症細胞浸潤の組織学的スコアと相関した(r=0.65, p<0.001、図5D)。
IGFBP-5は、ループス腎炎24例において間質線維化の組織学的スコアと相関し(r=0.47, p=0.018)、糖尿病性腎症3例を加えた解析では顕著な相関が見られた(r=0.83, p<0.001、図5E)。
【0085】
なお、初期コホートの24例において血清と腎組織スコアとの相関関係も解析を行ったが、血清Calgranulin Bと糸球体の活動性病変のスコア、血清MCP-1と間質炎症細胞浸潤のスコア、血清IGFBP-5と尿細管間質線維化のスコアはそれぞれ有意相関を示さなかった。
【0086】
<組織学的スコアと相関を示す3つの尿タンパクの検証コホートにおける検証>
初期コホートで候補に挙がった3つのタンパクにおいて、検証コホートを用いてELISA測定による検証を行った。
検証コホートではループス腎炎 24人(クラスIII/IV 10人、クラスIII/IV + V 6人、クラスV 8人)の尿を使用した。検証コホートの24人においても初期コホートと同様に組織学的スコアを評価し、3つのタンパクの尿中濃度との相関を確認した。
Calgranulin Bの尿中濃度は、管内細胞増多において組織学的スコアと相関することを確認した(r=0.55, p=0.005)。
MCP-1の尿中濃度は、間質炎症細胞浸潤の組織学的スコアと相関することを確認した(r=0.78, p<0.001)。
IGFBP-5の尿中濃度は、検体保存条件により検体数が制限され少数例(n = 9)での検討となったため統計学的有意ではなかったものの、間質線維化との相関傾向が認められた(r=0.63, p=0.09)。
図1A
図1B
図1C
図2A
図2B
図2C
図3A
図3B
図3C
図4A
図4B
図4C
図5A
図5B
図5C
図5D
図5E
【配列表】
2024108946000001.xml