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特開2024-109140金属材料中の介在物および/または析出物の電解抽出方法、金属材料中の介在物および/または析出物の分析方法及び金属材料の電解抽出用の電解液
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024109140
(43)【公開日】2024-08-14
(54)【発明の名称】金属材料中の介在物および/または析出物の電解抽出方法、金属材料中の介在物および/または析出物の分析方法及び金属材料の電解抽出用の電解液
(51)【国際特許分類】
   G01N 1/28 20060101AFI20240806BHJP
   G01N 27/26 20060101ALI20240806BHJP
   G01N 27/416 20060101ALI20240806BHJP
   G01N 33/2022 20190101ALI20240806BHJP
【FI】
G01N1/28 X
G01N27/26 S
G01N27/416 300Z
G01N33/2022
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023013739
(22)【出願日】2023-02-01
(71)【出願人】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【弁理士】
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【弁理士】
【氏名又は名称】大浪 一徳
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【弁理士】
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 洋
(74)【代理人】
【識別番号】100217249
【弁理士】
【氏名又は名称】堀田 耕一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100221279
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 健吾
(74)【代理人】
【識別番号】100207686
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 恭宏
(74)【代理人】
【識別番号】100224812
【弁理士】
【氏名又は名称】井口 翔太
(72)【発明者】
【氏名】池田 啓祐
(72)【発明者】
【氏名】板橋 大輔
(72)【発明者】
【氏名】平田 純一
(72)【発明者】
【氏名】相本 道宏
【テーマコード(参考)】
2G052
2G055
【Fターム(参考)】
2G052AA11
2G052AB01
2G052AD32
2G052EB06
2G052FD09
2G052GA15
2G052GA21
2G052JA09
2G055AA03
2G055BA01
2G055CA01
2G055CA02
2G055CA03
2G055CA09
2G055CA21
2G055CA27
2G055EA05
2G055FA06
(57)【要約】
【課題】金属材料中に含まれる介在物または析出物の組成、粒径、含有量および形態などの情報を正確に得ることが可能な、金属材料の電解抽出方法を提供する。
【解決手段】金属材料中の介在物および/または析出物の電解抽出方法であって、抽出対象の介在物および/または析出物を構成する金属元素とは異なる金属元素および抽出対象の介在物および/または析出物を構成する非金属元素を含み、かつ、抽出対象の介在物および/または析出物の溶解度積Kspに対して、望ましい範囲は1×10倍以上、さらに望ましい範囲は1×10倍以上大きな溶解度積Kspを有する化合物を含有する電解液を使用して、電解抽出を行う金属材料中の介在物および/または析出物の電解抽出方法を採用する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属材料中の介在物および/または析出物の電解抽出方法であって、
抽出対象の介在物および/または析出物を構成する金属元素とは異なる金属元素および抽出対象の介在物および/または析出物を構成する非金属元素を含む化合物を含有する非水溶媒系電解液を使用して、電解抽出を行うことを特徴とする金属材料中の介在物および/または析出物の電解抽出方法。
【請求項2】
前記化合物は、前記抽出対象の介在物および/または析出物の溶解度積Kspに対して、1×10倍以上大きな溶解度積Kspを有する請求項1に記載の金属材料中の介在物および/または析出物の電解抽出方法。
【請求項3】
前記介在物および/または析出物が、硫化物、セレン化物、テルル化物のいずれか1種または2種以上である請求項1に記載の金属材料中の介在物および/または析出物の電解抽出方法。
【請求項4】
前記非水溶媒系電解液に含有させる化合物は、
前記抽出対象の介在物および/または析出物がCaSの場合に、Al、BaSのいずれか1種以上であり、
前記抽出対象の介在物および/または析出物がMnSの場合に、CaS、BaSのいずれか1種以上であり、
前記抽出対象の介在物および/または析出物がMnSeの場合に、CaSe、BaSeのいずれか1種以上である、請求項1に記載の金属材料中の介在物および/または析出物の電解抽出方法。
【請求項5】
前記非水溶媒系電解液として、前記化合物が飽和量まで含有された電解液を用いる、請求項1に記載の金属材料中の介在物および/または析出物の電解抽出方法。
【請求項6】
請求項1乃至請求項5の何れいずれか一項に記載の金属材料中の介在物および/または析出物の電解抽出方法によって電解抽出された前記金属材料中の前記介在物および/または析出物を分析する分析工程を備えたことを特徴とする金属材料中の介在物および/または析出物の分析方法。
【請求項7】
金属材料中の介在物および/または析出物を電解抽出するための非水溶媒系電解液であって、
抽出対象の介在物および/または析出物を構成する金属元素とは異なる金属元素および抽出対象の介在物および/または析出物を構成する非金属元素を含む化合物を含有することを特徴とする、金属材料の電解抽出用の電解液。
【請求項8】
前記化合物は、前記抽出対象の介在物および/または析出物の溶解度積Kspに対して、1×10倍以上大きな溶解度積Kspを有する請求項7に記載の金属材料の電解抽出用の電解液。
【請求項9】
前記電解液に含有させる化合物は、
前記抽出対象の介在物および/または析出物がCaSの場合に、Al、BaSのいずれか1種以上であり、
前記抽出対象の介在物および/または析出物がMnSの場合に、CaS、BaSのいずれか1種以上であり、
前記抽出対象の介在物および/または析出物がMnSeの場合に、CaSe、BaSeのいずれか1種以上である、請求項7に記載の金属材料の電解抽出用の電解液。
【請求項10】
前記化合物が飽和量まで含有されている、請求項7乃至請求項9の何れか一項に記載の金属材料の電解抽出用の電解液。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属材料中の介在物および/または析出物の電解抽出方法、金属材料中の介在物および/または析出物の分析方法及び金属材料の電解抽出用の電解液に関する。
【背景技術】
【0002】
金属材料、特に鉄鋼材料中に含まれる介在物や析出物は、その大きさや数量、化学組成などが鉄鋼材料の機械的特性に大きな影響を及ぼし、粒子径が数十マイクロメートルオーダーの比較的大きな介在物は鉄鋼材料の品質を低下させる有害なものとして扱われてきた。しかし、近年、マイクロメートルオーダーあるいはそれ以下の大きさの析出物を積極的に利用して鋼の組織を制御することにより各種の機械的特性を向上させる技術が発展し、微細な析出物の定量や粒度分布測定に対するニーズが高まってきている。
【0003】
従来、鋼中の介在物や析出物の抽出分離法として、硝酸や硫酸中で鉄マトリックスを溶解する酸分解法や、ハロゲンとアルコールを用いたハロゲン分解法や、非水溶媒系電解液を用いた電解抽出法などが用いられている。このうち、酸分解法やハロゲン分解法は、比較的溶解速度が速く、大量の鉄鋼材料からアルミナなどのきわめて安定な酸化物の抽出には有効であるが、硫化物や、微細な析出物については液中で溶解してしまうという問題点がある。
【0004】
一方、非水溶媒系電解液を用いた電解抽出法は、分解速度が他の方法に比べて遅いが、抽出の対象物質によって電解液組成と電解電位を選ぶことにより、介在物や析出物を溶解することなく選択的に抽出できるという特徴がある。例えば、鉄鋼材料の電解抽出方法に使用する電解液として、アセチルアセトン、テトラメチルアンモニウムクロライド及びメチルアルコールを含む非水溶媒系電解液や、サリチル酸メチル、サリチル酸、テトラメチルアンモニウムクロライド及びメチルアルコールを含む非水溶媒系電解液等が知られている。
【0005】
しかし、マイクロメートルオーダーあるいはそれ以下の大きさの介在物または析出物が鋼中に不均一に存在する鉄鋼材料に対して、電解抽出法による介在物または析出物の抽出を行うと、一部の微粒子が電解液に溶解して抽出された微粒子の粒子径が本来よりも小さくなったり、完全に溶解して消失してしまう場合があった。このため、鉄鋼材料中に含まれる介在物または析出物の組成、粒子径、含有量および形態などの情報が正確に得られないおそれがあった。
【0006】
そこで下記特許文献1には、金属試料を電解液中で電解する電解工程と、電解工程後の金属試料の残部に付着した介在物および/または析出物を液中に分離回収してろ過し、フィルター上に捕集する捕集工程と、を含む介在物および/または析出物の捕集方法において、非水溶媒系電解液に、捕集対象である介在物および/または析出物を構成する金属元素を含む化合物を飽和量まで含有させる、金属試料中の介在物および/または析出物の捕集方法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2020-148696号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかし、特許文献1において、抽出対象である介在物および/または析出物を構成する金属元素を含む化合物を電解液に飽和量まで添加させると、添加した化合物に由来する金属元素が試料表面に再析出することがある。また、電解抽出によって抽出した微粒子を、試料表面から分離させる過程において、添加した化合物に由来する金属元素を微粒子から除去しきれないことがある。その結果、特許文献1においては、電解液に予め添加された金属元素と、微粒子を構成する金属元素とが同一であることから、微粒子の量が過大評価されてしまう。それゆえ、金属材料中に含まれる介在物または析出物の組成、粒径、含有量および形態などの情報が正確に得られない問題があった。
【0009】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、金属材料中に含まれる介在物または析出物の組成、粒子径、含有量および形態などの情報を正確に得ることが可能な、金属材料中の介在物および/または析出物の電解抽出方法、金属材料中の介在物および/または析出物の分析方法及び金属材料の電解抽出用の電解液を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するため、本発明は以下の構成を採用する。
【0011】
[1] 金属材料中の介在物および/または析出物の電解抽出方法であって、
抽出対象の介在物および/または析出物を構成する金属元素とは異なる金属元素および抽出対象の介在物および/または析出物を構成する非金属元素を含む化合物を含有する非水溶媒系電解液を使用して、電解抽出を行うことを特徴とする金属材料中の介在物および/または析出物の電解抽出方法。
[2] 前記化合物は、前記抽出対象の介在物および/または析出物の溶解度積Kspに対して、1×10倍以上大きな溶解度積Kspを有する[1]に記載の金属材料中の介在物および/または析出物の電解抽出方法。
[3] 前記介在物および/または析出物が、硫化物、セレン化物、テルル化物のいずれか1種または2種以上である[1]または[2]に記載の金属材料中の介在物および/または析出物の電解抽出方法。
[4] 前記非水溶媒系電解液に含有させる化合物は、
前記抽出対象の介在物および/または析出物がCaSの場合に、Al、BaSのいずれか1種以上であり、
前記抽出対象の介在物および/または析出物がMnSの場合に、CaS、BaSのいずれか1種以上であり、
前記抽出対象の介在物および/または析出物がMnSeの場合に、CaSe、BaSeのいずれか1種以上である、[1]乃至[3]の何れか一項に記載の金属材料中の介在物および/または析出物の電解抽出方法。
[5] 前記非水溶媒系電解液として、前記化合物が飽和量まで含有された電解液を用いる、[1]乃至[4]の何れか一項に記載の金属材料中の介在物および/または析出物の電解抽出方法。
[6] [1]乃至[5]の何れいずれか一項に記載の金属材料中の介在物および/または析出物の電解抽出方法によって電解抽出された前記金属材料中の前記介在物および/または析出物を分析する分析工程を備えたことを特徴とする金属材料中の介在物および/または析出物の分析方法。
[7] 金属材料中の介在物および/または析出物を電解抽出するための非水溶媒系電解液であって、
抽出対象の介在物および/または析出物を構成する金属元素とは異なる金属元素および抽出対象の介在物および/または析出物を構成する非金属元素を含む化合物を含有することを特徴とする、金属材料の電解抽出用の電解液。
[8] 前記化合物は、前記抽出対象の介在物および/または析出物の溶解度積Kspに対して、1×10倍以上大きな溶解度積Kspを有する[7]に記載の金属材料中の介在物および/または析出物の電解抽出用の電解液。
[9] 前記電解液に含有させる化合物は、
前記抽出対象の介在物および/または析出物がCaSの場合に、Al、BaSのいずれか1種以上であり、
前記抽出対象の介在物および/または析出物がMnSの場合に、CaS、BaSのいずれか1種以上であり、
前記抽出対象の介在物および/または析出物がMnSeの場合に、CaSe、BaSeのいずれか1種以上である、[7]または[8]に記載の金属材料の電解抽出用の電解液。
[10] 前記化合物が飽和量まで含有されている、[7]乃至[9]の何れか一項に記載の金属材料の電解抽出用の電解液。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、金属材料中に含まれる介在物または析出物の組成、粒子径、含有量および形態などの情報を正確に得ることが可能な、金属材料中の介在物および/または析出物の電解抽出方法、金属材料中の介在物および/または析出物の分析方法及び金属材料の電解抽出用の電解液を提供できる。
【発明を実施するための形態】
【0013】
従来技術として、金属試料中の介在物および/または析出物を電解抽出する電解液として、抽出対象である介在物および/または析出物を構成する金属元素を含む化合物を飽和量まで含有させた電解液を用いて、金属試料中の介在物および/または析出物を電解抽出する方法が知られている。しかし、この従来方法では、抽出対象の介在物および/または析出物を構成する金属元素と同種の元素を含む化合物を用いるため、電解抽出後に、抽出対象の介在物および/または析出物よりなる微粒子に、電解液に添加した化合物に由来する金属元素が付着した場合に、微粒子の測定値として正確な測定値が得られないことがある。
【0014】
例えば、微粒子の定量は、微粒子を酸やアルカリで溶解して試料溶液を調製し、この試料溶液中の金属元素をICP発光分光分析や原子吸光分析などの定量分析法により求め、介在物または析出物の含有量を求める。しかし、抽出対象の微粒子に、電解液に添加した化合物に由来する金属元素が付着すると、この付着した元素が試料溶液に混入してしまい、ICP発光分光分析、原子吸光分析等による定量分析において、その付着した金属元素の分だけ対象元素の測定値が過剰になってしまう。
【0015】
従って、従来方法では、金属材料中に含まれる介在物または析出物の組成、粒子径、含有量および形態などの情報が正確に得られないことがあった。
【0016】
本発明では、有機溶媒の電解液で行った実験に基づいて、抽出対象の溶出の有無を調べ、各化合物の25℃水溶液中での溶解度積との対応を行った結果、25℃水溶液中での溶解度積が所定の差がある化合物において、抽出対象の溶出防止効果があるという結論に達した。そこで、本発明者らが鋭意検討したところ抽出対象の介在物および/または析出物を構成する金属元素とは異なる金属元素および抽出対象の介在物および/または析出物を構成する非金属元素を含む化合物を電解液に含有させることによって、測定値が過剰になる問題を解決できることを見出した。更に、抽出対象の介在物および/または析出物の25℃水溶液中における溶解度積Kspに対して、望ましい範囲は1×10倍以上、さらに望ましい範囲は1×10倍以上大きな溶解度積Kspを有する化合物を電解液に含有させて電解抽出を行うことにより、金属材料中に含まれる介在物または析出物の組成、粒子径、含有量および形態などの正確な情報が得られることを見出した。
【0017】
以下、本発明の実施形態である鉄鋼材料中の介在物および/または析出物の電解抽出方法、鉄鋼材料中の介在物および/または析出物の分析方法及び鉄鋼材料の電解抽出用の電解液について説明する。
【0018】
本実施形態において、測定対象の金属材料は特に制限はないが、好ましくは鉄鋼材料がよい。抽出対象なる鉄鋼材料中の介在物または析出物は、例えば、鉄鋼材料に含まれるMn、Ca、Mg、Cu、Ti等の合金元素やFeとのカルゴゲン化合物、酸化物、炭化物等を例示できる、カルゴゲン化合物としては、硫化物、セレン化物、テルル化物を例示できる。より具体的には、Mn、Ca、Mg、Cu、Fe、Tiのカルゴゲン化合物(硫化物、セレン化物、テルル化物)、Mg、CaまたはTiの酸化物、FeまたはTiの炭化物等を例示できる。ただし、本発明の効果が得られる介在物および析出物はここに列挙したものに限定されるものではなく、各種の窒化物を含めてもよい。
【0019】
(電解液)
本実施形態の電解液は、金属材料中の介在物および/または析出物を電解抽出するための電解液であって、抽出対象の介在物および/または析出物を構成する金属元素とは異なる金属元素および抽出対象の介在物および/または析出物を構成する非金属元素を含み、かつ、抽出対象の介在物および/または析出物の溶解度積Kspに対して、望ましい範囲は1×10倍以上、さらに望ましい範囲は1×10倍以上の大きな溶解度積Kspを有する化合物を含有する。以下、本明細書では、「抽出対象の介在物および/または析出物を構成する金属元素とは異なる金属元素および抽出対象の介在物および/または析出物を構成する非金属元素を含み、かつ、抽出対象の介在物および/または析出物の溶解度積Kspに対して、望ましい範囲は1×10倍以上、さらに望ましい範囲は1×10倍以上の大きな溶解度積Kspを有する化合物」を、溶解防止剤という場合がある。
【0020】
本実施形態において、溶解防止剤は、電解液中に飽和量まで含有されていてもよい。また、溶解防止剤は抽出対象の介在物および/または析出物を構成する金属元素を、本実施形態における抽出対象の介在物および/または析出物の溶出防止効果が得られる範囲内で不純物として含む場合を排除しない。
【0021】
本実施形態において、電解液は、非水溶媒を含む非水溶媒系電解液が良い。
また、本実施形態の電解液は、さらに電解質を含有してもよく、金属材料のマトリックスを構成する金属イオンと錯体を形成する錯形成剤を含有してもよい。
すなわち、本実施形態の電解液は、溶解防止剤と、非水溶媒と、電解質と、錯形成剤とを含有するものであってもよい。
【0022】
(溶解防止剤)
本実施形態の電解液は、溶解防止剤を含有する。溶解防止剤は、抽出対象の介在物および/または析出物を構成する非金属元素を含んでおり、電解液中に飽和量まで含まれることで、抽出対象の介在物および/または析出物が電解抽出中に溶解することが抑制される。また溶解防止剤は、抽出対象の介在物および/または析出物を構成する金属元素を含まないため、溶解防止剤が介在物および/または析出物に付着していても元素分析へ影響しない。
【0023】
すなわち、金属材料を電解抽出することにより、金属材料に含まれる介在物および/または析出物は微粒子として抽出されるが、この際に、抽出後の微粒子に、溶解防止剤の構成元素が付着する可能性がある。しかし、本実施形態の電解液を用いた場合は、抽出後の微粒子に溶解防止剤の構成元素が付着したとしても、溶解防止剤は抽出対象の介在物および/または析出物を構成する金属元素を含まないため、EDS、EPMA等の画像解析を伴う元素分析において、微粒子と溶解防止剤の構成元素とを容易に区別でき、介在物および/または析出物よりなる微粒子の組成、粒子径または形態などを正確に測定できるようになる。
【0024】
また、ICP発光分光分析や原子吸光分析は、元素毎に定量分析が可能であり、測定対象以外の元素の影響を受けにくいため、微粒子を酸やアルカリで溶解した試料溶液に溶解防止剤の構成元素が混入したとしても、微粒子を構成する金属元素の分析結果に影響を与えるおそれがなく、微粒子の含有量を正確に測定できるようになる。
【0025】
更に、抽出対象の介在物および/または析出物の溶解度積Kspに対して1×10倍以上の大きな溶解度積Kspを有する溶解防止剤が望ましく、抽出対象の介在物および/または析出物の溶解度積Kspに対して1×10倍以上の大きな溶解度積Kspを有する溶解防止剤がより望ましい。溶解防止剤の溶解度積Kspが、抽出対象の介在物および/または析出物の溶解度積Kspに1×10を乗算した値よりも小さいと、介在物および/または析出物の溶解を阻止できないため好ましくない。
【0026】
電解液に対する溶解防止剤の添加量としては、溶解防止剤の飽和量の90%以上の量を電解液に溶解させることが好ましく、溶解防止剤の飽和量の95%以上の量を電解液に溶解させることがより好ましく、飽和量を電解液に溶解させることが最も好ましい。これにより、電解抽出中における、抽出対象の介在物および/または析出物の溶解を確実に防止できるようになる。
【0027】
電解液中に飽和量の溶解防止剤を含有させるためには、溶解防止剤以外の成分を予め配合させた電解液中に、溶解防止剤が沈殿するまで溶解防止剤を添加し、次いで、沈殿した溶解防止剤をろ過により除去すればよい。溶解防止剤が飽和量に溶解するまで時間を要する場合があるので、溶解防止剤の種類に応じて、溶解に要する時間を調整するとよい。
【0028】
溶解防止剤として具体的には、抽出対象の介在物および/または析出物がCaSの場合に、Al、BaSのいずれか1種以上を用いることができる。
また、抽出対象の介在物および/または析出物がMnSの場合には、CaS、BaSのいずれか1種以上を用いることができる。
更に、抽出対象の介在物および/または析出物がMnSeの場合には、CaSe、BaSeのいずれか1種以上を用いることができる。
【0029】
(電解質)
本実施形態の電解液は、電解質として、塩化リチウム、塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化マグネシウム、塩化カルシウム、塩化ストロンチウム、塩化アンモニウム、塩化テトラメチルアンモニウム、水酸化リチウム、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化マグネシウム、水酸化カルシウム、水酸化ストロンチウム、水酸化テトラメチルアンモニウムのうちいずれか1種または2種以上を含有することが好ましい。これらの電解質は、下記の溶媒に可溶であり、電解液に電気伝導度を付与することができ、電解抽出用の電解液として利用できる。
【0030】
(錯形成剤)
本実施形態の電解液は、錯形成剤として、アセチルアセトン、サリチル酸メチル、サリチル酸、スルホサリチル酸、トリエタノールアミン、無水マレイン酸、トリエチレンテトラミンのうちいずれか1種または2種以上を含有することが好ましい。電解液に錯形成剤を含むことにより、金属材料のマトリックスである金属元素、例えば金属材料が鉄鋼材料である場合は鉄が、イオンの状態で電解液中に溶解した場合に、錯形成剤が当該イオンと結合して錯体を形成することができ、電解抽出によって生成するマトリックス元素からなる金属イオンを安定して溶解、保持できる。
【0031】
(非水溶媒)
本実施形態の電解液は、非水溶媒として、メタノール、エタノール、1-プロパノール、2-プロパノール、1-ブタノール、1-ペンタノールのうちいずれか1種または2種以上を含有する。このような非水溶媒を含むことにより、錯形成剤および電解質並びに電解後に生成するマトリックス元素の金属イオンを安定して溶解、保持できる。
【0032】
電解液における電解質の配合率は0.1~30体積%の範囲が好ましく、0.5~15体積%の範囲がより好ましく、0.8~10体積%の範囲がさらに好ましい。
【0033】
電解液における錯形成剤の配合率は、1~60体積%の範囲が好ましく、2~50体積%の範囲がより好ましく、3~40体積%の範囲が更に好ましい。
【0034】
電解液の残部は非水溶媒とする。
【0035】
(電解抽出方法)
次に、上述の電解液を用いた金属材料中の介在物および/または析出物の電解抽出方法について説明する。なお、本実施形態の金属材料中の介在物および/または析出物の電解抽出方法は、以下に説明する電解装置を用いて行ってもよい。
【0036】
電解装置として、電解槽と、電解槽に配置された陰極と、電解槽に配置された陽極と、陰極と陽極とが接続された電源と、から構成されたものを例示できる。
【0037】
電解槽には、上記の電解液が収容される。電解槽は、電解された金属の酸化を抑制するために、密閉できる構造または不活性ガス雰囲気とする構造を有するとよい。電解槽の底部には、電解中の金属材料から脱落する残渣を捕集するためのフィルター材が配置されていてもよい。フィルター材は、電解液に対する耐久性があるものが望ましく、例えばポリ四フッ化エチレン等のフッ素樹脂からなるフィルター材が好ましい。
【0038】
陽極は、電解対象物である金属材料と、金属材料を保持する保持手段とから構成されているとよい。保持手段としては、金属材料を保持しかつ通電を確保可能な金属製クリップ等を例示できる。金属クリップの材質は、例えば白金を例示できる。金属材料は、電極面となる面をあらかじめ研磨して自然酸化膜を除去しておくとよい。
【0039】
陰極は、白金電極を例示できる。
【0040】
電源としては、電圧及び電流を精密に制御できるものがよく、例えば、電気化学用のポテンショスタット等の定電圧電源を用いてもよく、ガルバノスタット等の定電流電源を用いてもよい。
【0041】
本実施形態の電解方法では、上述したような電解装置を構成し、陽極及び陰極を電解液に浸漬させる。そして、陰極及び陽極に対して通電を開始する。通電条件は、陽極の電位を一定に保ったまま、電流密度を5~70mA/cmの範囲とし、通電量を300~7000クーロンの範囲とすることで、陽極である金属材料の電解を行う。陽極の電位は、抽出対象となる介在物や析出物の種類に応じて適宜設定すればよい。電流密度を5~70mA/cmの範囲とし、通電量を300~7200クーロンとすることで、金属材料を適切な電解速度で電解することができる。なお、電流密度は陽極の電極面積に対する電流密度である。また、本実施形態では、定電流電解に限らず、定電位電解を行ってもよい。
【0042】
電解後の金属材料は、電解による浸食面を洗浄した後に、顕微鏡等による観察や元素分析に供される。また、電解によって試料表層部に付着した介在物、析出物は清浄メタノール中で超音波振動を与えることにより剥離され、液中に回収される。また、液中に回収したこれら微粒子は、フィルター材にて吸引ろ過することにより回収されて、介在物や析出物の観察や粒度の各種の測定に供される。
【0043】
(分析方法)
次に、金属材料中の介在物および/または析出物の分析方法について述べる。本実施形態の分析方法は、上述の金属材料中の介在物および/または析出物の電解抽出方法によって電解抽出された金属材料中の介在物および/または析出物を分析する分析工程を備える。分析工程は、各種の機器分析または化学分析を行うことにより、金属材料中に含まれる介在物および/または析出物の組成、粒子径、含有量および形態などの情報を得る事を目的とする。
【0044】
分析工程では、機器分析の測定手段として、例えば、TEM(透過型電子顕微鏡),SEM(走査型電子顕微鏡),ICP-OES(ICP発光分光分析),ICP-MS(ICP-質量分析),FFF(フィールドフローフラクショネーション)等の種々の分析装置を利用できる。また、化学分析として、容量分析や重量分析等を適用できる。これらの機器分析や化学分析の実施により、介在物または析出物からなる微粒子の量・組成・粒子径・形態の情報を正確に取得できる。
【0045】
本実施形態の金属材料中の介在物および/または析出物の電解抽出用の電解液および電解抽出方法並びに分析方法によれば、電解抽出用の電解液に、溶解防止剤が含まれるので、電解抽出中に鉄鋼材料に含まれる介在物または析出物を溶解させることがない。これにより、金属材料中に含まれる介在物または析出物の組成、粒子径、含有量および形態などの情報を正確に得ることができる。
【実施例0046】
(実施例1)
供試材として、表1に示す成分組成を有する鋼塊を、真空溶解にて作製した。なお、表1において、残部はFeおよび不純物である。作製した鋼塊を1200℃に加熱後、熱間圧延することにより、厚さ2.5mmの熱延鋼板を作製した。これを、40×40mmサイズの試験片に切り出し、電流密度20mA/cmで電解量450Cの予備電解を行って表面の酸化膜や汚れを除去した。このようにして電解抽出用の金属材料を調製した。
【0047】
調製した鉄鋼材料を、表2に示す溶解防止剤を含む電解液に浸漬して電解した。電解液は、10%アセチルアセトン-1%テトラメチルアンモニウムクロライド-メタノールからなる10%AA系電解液を用いた。この10%AA系電解液に、表2に示す溶解防止剤を飽和量まで溶解させた。電解抽出は、陽極の電極面積に対して電流密度20mA/cmにて、電解量3600Cを電解した。電解抽出後に、メタノール中で金属材料に超音波を印加して、抽出された微粒子をメンブレンフィルターで捕集した。得られた微粒子を王水で溶解して試料溶液とし、ICP発光分光分析によって試験溶液中のCa量を測定し、その測定結果から質量換算することによって金属材料に含まれるCaS中のS量を求めた。結果を表2に示す。
【0048】
【表1】
【0049】
【表2】
【0050】
表2中、No.1、2、3は比較例であり、No.4およびNo.5は本発明例である。
すなわち、No.1は、溶解防止剤を添加していない電解液を用いた例で、No.2は、電解液として、金属材料中の析出物(CaS)と同じ化合物であるCaSを、飽和量まで溶解させた電解液を用いた例である。
また、No.3、4、5はそれぞれ、電解液として、金属材料中の析出物(CaS)と異なる金属を含有する化合物(SrS、BaS,Al)を飽和量まで溶解させた電解液を用いた例である。ただし、No.3において用いたSrSは、CaSとの溶解度積との差が本発明の範囲を満足しないものである。
【0051】
表2に示すように、No.1のCaSの含有量の平均値は低めであった。これは、電解液に溶解防止剤が添加されておらず、電解液中に含まれる水分によってCaSの溶解が起きたためと推測される。
【0052】
表2に示すように、No.2のCaSの含有量の平均値はやや高めであった。これは、電解液に溶解防止剤として添加したCaSに由来する元素が抽出対象の微粒子に付着したために、測定値が高めになったと推測される。
【0053】
また、No.3のCaSの含有量の平均値はやや低めであった。これは、溶解防止剤に用いたSrSの溶解度積と、抽出対象のCaSの溶解度積との差が本発明の範囲を満足しないものであったため、電解抽出中に抽出対象のCaSの溶解が起こり、CaSの含有量の平均値が低めになったと推測される。
【0054】
No.4、5のCaSの含有量の平均値は適切な値であった。これは、溶解防止剤として、本発明の条件を満足するBaS、Alを飽和量まで含有する電解液を用いたため、抽出対象のCaSの溶解を防止でき、また、ICP発光分光分析はCaとBa、Alを区別して分析可能であるため、微粒子にBaS、Alに由来する元素が付着したとしてもCaSの含有量を正確に測定できたためと推測される。
【0055】
(実施例2)
供試材として、表3に示す成分組成を有する鋼塊を、真空溶解にて作製した。なお、表3において、残部はFeおよび不純物である。作製した鋼塊を1200℃に加熱後、熱間圧延することにより、厚さ2.5mmの熱延鋼板を作製した。これを、40×40mmサイズの試験片に切り出し、電流密度20mA/cmで電解量450Cの予備電解を行って表面の酸化膜や汚れを除去した。このようにして電解抽出用の金属材料を調製した。
【0056】
調製した鉄鋼材料を、表4に示す溶解防止剤を含む電解液に浸漬して電解した。電解液は、実施例1と同様に、10%AA系電解液を用いた。この10%AA系電解液に、表4に示す溶解防止剤を飽和量まで溶解させた。電解抽出は、陽極の電極面積に対して電流密度20mA/cmにて、電解量3600Cを電解した。電解抽出後に、メタノール中で超音波を印加して、抽出された微粒子をメンブレンフィルターで捕集した。得られた微粒子を王水で溶解して試料溶液とし、ICP発光分光分析によって試験溶液中のMn量を測定し、その測定結果から質量換算することによって金属材料に含まれるMnS中のS量を求めた。結果を表4に示す。
【0057】
【表3】
【0058】
【表4】
【0059】
表4中、No.6およびNo.7は比較例であり、No.8およびNo.9は本発明例である。
すなわち、No.6は、電解液として、金属材料中の析出物(MnS)と同じ化合物であるMnSを、飽和量まで溶解させた電解液を用いた例である。
また、No.7,8,9はそれぞれ、電解液として、金属材料中の析出物(MnS)と異なる金属を含有する化合物(Nd、CaS、BaS)を飽和量まで溶解させた電解液を用いた例である。ただし、No.7において用いたNdは、MnSとの溶解度積との差が本発明の範囲を満足しないものである。
【0060】
表4に示すように、No.6のMnSの含有量の平均値はやや高めであった。これは、電解液に溶解防止剤として添加したMnSに由来する元素が抽出対象の微粒子に付着したために、測定値が高めになったと推測される。
【0061】
また、No.7のMnSの含有量の平均値はやや低めであった。これは、溶解防止剤に用いたNdの溶解度積と、抽出対象のMnSの溶解度積との差が本発明の範囲を満足しないものであったため、電解抽出中に抽出対象のMnSの溶解が起こり、MnSの含有量の平均値が低めになったと推測される。
【0062】
No.8、9のMnSの含有量の平均値は適切な値であった。これは、溶解防止剤として、本発明の条件を満足するCaS、BaSを飽和量まで含有する電解液を用いたため、抽出対象のMnSの溶解を防止でき、また、ICP発光分光分析はMnとCa、Baを区別して分析可能であるために、微粒子にCaS、BaSに由来する元素が付着したとしてもMnSの含有量を正確に測定できたためと推測される。
【0063】
(実施例3)
供試材として、表5に示す成分組成を有する鋼塊を、真空溶解にて作製した。なお、表5において、残部はFeおよび不純物である。作製した鋼塊を1200℃に加熱後、熱間圧延することにより、厚さ2.5mmの熱延鋼板を作製した。これを、40×40mmサイズの試験片に切り出し、電流密度20mA/cmで電解量450Cの予備電解を行って表面の酸化膜や汚れを除去した。このようにして電解抽出用の金属材料を調製した。
【0064】
調製した鉄鋼材料を、表6に示す溶解防止剤を含む電解液に浸漬して電解した。電解液は、実施例1と同様に、10%AA系電解液を用いた。この10%AA系電解液に、表6に示す溶解防止剤を飽和量まで溶解させた。電解抽出は、陽極の電極面積に対して電流密度20mA/cmにて、電解量3600Cを電解した。電解抽出後に、メタノール中で超音波を印加して、抽出された微粒子をメンブレンフィルターで捕集した。得られた微粒子を王水で溶解して試料溶液とし、ICP発光分光分析によって試料溶液中のMn量を測定し、その測定結果から質量換算することによって金属材料に含まれるMnSe中のSe量を求めた。結果を表6に示す。
【0065】
【表5】
【0066】
【表6】
【0067】
表6中、No.10は比較例であり、No.11は本発明例である。
すなわち、No.10は、電解液として、金属材料中の析出物(MnSe)と同じ化合物であるMnSeを、飽和量まで溶解させた電解液を用いた例である。
また、No.11は、電解液として、金属材料中の析出物(MnSe)と異なる金属を含有する化合物(BaSe)を飽和量まで溶解させた電解液を用いた例である。
【0068】
表6に示すように、No.10のMnSeの含有量の平均値はやや高めであった。これは、電解液に溶解防止剤として添加したMnSeに由来する元素が抽出対象の微粒子に付着したために、測定値が高めになったと推測される。
【0069】
No.11のMnSeの含有量の平均値は適切な値であった。これは、溶解防止剤として、本発明の条件を満足するBaSeを飽和量まで含有する電解液を用いたため、抽出対象のMnSeの溶解を防止でき、また、ICP分析はMnとBaを区別して分析可能であるために、微粒子にBaSeに由来する元素が付着したとしてもMnSeの含有量を正確に測定できたためと推測される。
【0070】
また、上記の実施例1~3では、電解液として、溶解防止剤を飽和量まで溶解させた電解液を使用した例について説明したが、溶解防止剤の添加量を、飽和量の90%または95%にした場合にも、上記実施例1~3と同様の効果が得られたことを確認した。