(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024109164
(43)【公開日】2024-08-14
(54)【発明の名称】羊毛製品の処理方法及び羊毛製品
(51)【国際特許分類】
D06M 11/38 20060101AFI20240806BHJP
D06M 15/05 20060101ALI20240806BHJP
【FI】
D06M11/38
D06M15/05
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023013795
(22)【出願日】2023-02-01
(71)【出願人】
【識別番号】594074012
【氏名又は名称】東北整練株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】593022021
【氏名又は名称】山形県
(74)【代理人】
【識別番号】100146732
【弁理士】
【氏名又は名称】横島 重信
(72)【発明者】
【氏名】柴崎 秀之
(72)【発明者】
【氏名】相田 秀美
(72)【発明者】
【氏名】下嶋 善一郎
(72)【発明者】
【氏名】堤 政昭
(72)【発明者】
【氏名】平田 充弘
(72)【発明者】
【氏名】佐竹 康史
(72)【発明者】
【氏名】数馬 杏子
(72)【発明者】
【氏名】千葉 一生
【テーマコード(参考)】
4L031
4L033
【Fターム(参考)】
4L031AA05
4L031AB01
4L031AB21
4L031AB31
4L031BA11
4L031CA01
4L031DA01
4L033AA03
4L033AB01
4L033AB04
4L033AC15
4L033CA03
(57)【要約】
【課題】羊毛を含む製品についてアルカリを使用した新規の処理方法を提供すること。
【解決手段】羊毛を含む繊維物をBh2~18のアルカリ水溶液に対して10~200秒間、接触させるアルカリ処理工程を含むことを特徴とする羊毛を含む繊維物の処理方法。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
羊毛を含む繊維物をBh2~18のアルカリ水溶液に対して10~200秒間、接触させるアルカリ処理工程を含むことを特徴とする羊毛を含む繊維物の処理方法。
【請求項2】
上記アルカリ水溶液は、水酸化ナトリウム、水酸化カリウムの少なくとも一方を含有することを特徴とする請求項1に記載の羊毛を含む繊維物の処理方法。
【請求項3】
上記羊毛を含む繊維物は、羊毛を含む繊維を含む糸を含む織編み物であることを特徴とする請求項1に記載の羊毛を含む繊維物の処理方法。
【請求項4】
上記羊毛を含む繊維物は、羊毛を含む繊維を含む糸、及び、再生セルロース繊維を含む糸を含む織編み物であることを特徴とする請求項1に記載の羊毛を含む繊維物の処理方法。
【請求項5】
上記アルカリ処理工程を行った後に、更にセルロースナノファイバーを含む水溶液に羊毛を含む繊維物を接触させるセルロースナノファイバー処理工程を含むことを特徴とする請求項1に記載の羊毛を含む繊維物の処理方法。
【請求項6】
上記請求項1~5のいずれかに記載の処理方法によって処理されたことを特徴とする羊毛を含む繊維物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、羊毛製品の処理方法及び羊毛製品に関するものである。
【背景技術】
【0002】
例えばJIS L 1030-2には、5%の水酸化ナトリウム水溶液中で2分間の煮沸を行うことで、毛(羊毛)は当該水溶液中に溶解すると記載されている。これは、羊毛を主に構成するケラチンと呼ばれる繊維状タンパク質に含まれるシスチンのジスルフィド結合がアルカリ溶液中において切断されると共に、ケラチンが加水分解される等の機構に由来するものであり、このような知見に基づいてアルカリは羊毛の特性を阻害するものと認識されている。このために、羊毛の品質の向上を目的とした処理において、アルカリ水溶液等を使用することは必ずしも一般的でなかった。
【0003】
一方、例えば、非特許文献1には、衣類のドライクリーニングに使用される溶剤等を含む液相中に、少量の水酸化ナトリウム水溶液を分散保持したエマルション(分散溶液)を使用して羊毛を処理することによって、水による羊毛の膨潤を抑制しながら羊毛の表面部分の改質を行うことが記載されている。
【0004】
上記処理によれば、処理を行った羊毛についてフェルトボール試験を行った際のボールの直径が未処理の羊毛に比べて拡大することで耐フェルト性が向上すること、また、アルベルデン反応による気泡の発生が見られないことからエピクチクル層が除去されたと考えられるにも関わらず所定の撥水性が観察されること、染料の吸尽率が向上すること等、羊毛の使用において好ましい特性が付与されることが記載されている。
上記のように、羊毛の品質の向上を目的とした処理において、従来は一般的でなかったアルカリ水溶液等を使用することに関して、近年、改めて種々の手法が模索されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Textile Research Journal,2018,Vol.89(3),P.254~260
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
羊毛製品は特有の風合いを有すると共に、吸/放湿性や保温性、撥水性を備える等の理由で衣料等の用途に広く使用される付加価値の高い製品である。また、石油由来の繊維と比較した際に、生分解性を有し、その生産の際に基本的に二酸化炭素の排出が必要とされない等、環境負荷が低い点からも各種の展開が展望されている。
【0007】
一方、羊毛製品においては、羊毛の表面に存在する鱗状のスケールが吸湿によって立ち上がり、隣接するスケール間の噛み合いを生じて絡み合うことによってフェルト化を生じ、また、着用時に毛玉が形成され易いピリング性を有することが知られている。そして、当該フェルト化やピリングを防止して羊毛製品の商品性を高めることを目的として各種の処理が行われるが、当該処理に使用される薬剤等が示す環境負荷が問題になっている。
【0008】
例えば、羊毛の表面のスケールを除去する等して耐収縮性を付与する手段として、塩素を使用した処理が一般的に使用されるが、当該処理を行った際には有機ハロゲンの廃液を生じ、水や土壌を汚染する原因となることが知られている。また、上記非特許文献1に記載の処理においても多量の有機溶剤が必要とされ、それに起因する環境負荷やコストが懸念される等、羊毛製品の商品性を向上させるための処理が羊毛製品の活用の障害となる問題を孕んでいる。
【0009】
本発明は、上記の問題に着目し、羊毛を含む製品についてのアルカリを使用した新規の処理方法を提供することを主な課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するために、本発明は、以下の手段を提供する。
(1)羊毛を含む繊維物をBh2~18のアルカリ水溶液に対して10~200秒間、接触させるアルカリ処理工程を含む羊毛を含む繊維物の処理方法。
(2)上記アルカリ水溶液は、水酸化ナトリウム、水酸化カリウムの少なくとも一方を含有する羊毛を含む繊維物の処理方法。
(3)上記羊毛を含む繊維物は、羊毛を含む繊維を含む糸を含む織編み物である羊毛を含む繊維物の処理方法。
(4)上記羊毛を含む繊維物は、羊毛を含む繊維を含む糸、及び、再生セルロース繊維を含む糸を含む織編み物である羊毛を含む繊維物の処理方法。
(5)上記アルカリ処理工程を行った後に、更にセルロースナノファイバーを含む水溶液に羊毛を含む繊維物を接触させるセルロースナノファイバー処理工程を含む羊毛を含む繊維物の処理方法。
(6)上記のいずれかに記載の処理方法によって処理された羊毛を含む繊維物。
【発明の効果】
【0011】
本発明に係る処理を行うことにより、その後に羊毛製品を洗濯した際の収縮量が減少し、また染着性が向上する等、羊毛製品の取り扱いの自由度が向上する。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】本発明に係る処理による羊毛/キュプラの混織品の染着性の変化を示す写真である。
【
図2】引張り試験における伸びと強度の関係を示すグラフである。
【
図3】本発明に係る処理を行った生地と、未処理の生地をそれぞれ液流染色した後の表面を示す写真である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
アルカリを使用した羊毛の処理方法について本発明者が種々検討したところ、意外にも、所定の濃度のアルカリを含む水溶液中に、羊毛や、羊毛を含む生地などを比較的短時間浸漬することにより、染着性が向上可能であることと共に、当該羊毛を含む生地を洗濯した際の寸法変化が縮小すること等を見出し本発明に至ったものである。
羊毛等に対してアルカリを作用させた場合には、一般に羊毛の強度の低下や脆化の原因となるのに対して、本発明においては、比較的に短時間のアルカリによる処理を行うことにより、主に羊毛の表面部に対しての処理が可能になり、羊毛繊維の強度低下等が少ない範囲で染着性の向上や洗濯時の寸法変化の縮小が可能となったものと考えられる。
【0014】
本発明に係る処理方法は、従来の羊毛に対する前処理方法と同様に、紡績によって糸状にする以前の繊維(スライバー)の状態や、紡績によって糸状にしたものに対して処理を行うことができると共に、羊毛を含む糸を織編み物(生地)とした状態や、裁断や縫製を経て衣料としたものを非処理物として処理を行うことが可能である。なお、本発明において、繊維物と記載する場合には、紡績によって糸状にされる以前の繊維の他、紡績によって糸状にされたもの、当該糸を織編み物(生地)とした状態、及び、当該生地を裁断や縫製を経て衣料としたものを含むものとする。
【0015】
本発明に係る処理方法は、上記のような羊毛を含む繊維物(非処理物)を、2~18ボーメ(Bh)のアルカリ水溶液に対して、浸漬する等の方法により10~200秒間、接触させることにより行うことができる。前記ボーメ(Bh)は水溶液の比重を評価する指標である重ボーメ度の単位記号であり、以下の式(1)により算出することができる。水溶液の比重が増加することで、ボーメ(Bh)の値が大きくなる。
Bh=(1-1/水溶液の比重)×144.3 …(1)
【0016】
本発明に係る処理方法に使用するアルカリ水溶液は、アルカリを構成する成分として、水酸化ナトリウム水溶液、炭酸ナトリウム水溶液、水酸化カルシウム水溶液、水酸化カリウム水溶液、アンモニア水、炭酸水素ナトリウム水溶液、次亜塩素酸ナトリウム水溶液、炭酸水素カリウム水溶液、炭酸カリウム水溶液、水酸化リチウム水溶液等を使用することで、目標とする比重(ボーメ)の水溶液とすることが可能であり、特に強い塩基性を有する点で水酸化ナトリウム、水酸化カリウムを含むアルカリ水溶液が好ましく使用される。
【0017】
表1には、上記ボーメの値を水溶液の比重(g/cm3)に換算した値、及び、当該比重を有する水酸化ナトリウム水溶液、及び水酸化カリウム水溶液の濃度(wt%)の概数を示す。表1に示すように、上記2ボーメは、比重として1.014g/cm3程度に相当し、18ボーメは、1.143g/cm3程度に相当する。そして、当該比重を有する水酸化ナトリウム水溶液の濃度は1.4~13.2wt%程度であり、水酸化カリウム水溶液の濃度は2.3~15.3wt%程度である。
【0018】
【0019】
本発明に係る処理方法においては、使用するアルカリ水溶液の濃度が高いことによってボーメ値が大きくなるに従って、羊毛に対する処理が迅速に進む傾向が見られる。一方、羊毛は天然由来であるために、処理前の羊毛の状態(性状)等に応じてアルカリ水溶液の濃度を調節して目的に応じた適切なボーメ値に調整した水溶液を使用して処理を行うことができる。
具体的には、処理に使用する水溶液のボーメ値を2以上、又は、4以上にすることに一般的な羊毛について有効な処理を行うことが可能となる。また、特に7以上とすることによって、ほとんどの羊毛について有効性を示す処理を行うことが可能となる。また、処理を行う羊毛のスケール部の状態等に応じて、処理に使用する水溶液のボーメ値を18よりも低くし、17或いは16.5程度、又はそれ以下のボーメ値を有する水溶液を使用することによって羊毛が過剰にアルカリの影響を受けることを防止することができる。
【0020】
また、本発明に係る処理方法に使用するアルカリ水溶液には、必要に応じて、耐アルカリ性を有する浸透剤や、非処理物とアルカリの間の反応を促進するための促進剤(助剤)としてのアミンや第4級アンモニウム塩等を添加して使用することができる。アルカリ水溶液に混合して使用される浸透剤としては、例えば、マーセリンHAS、マーセリンHAG、サンモリンAM(明成化学工業製)や、ネオレート(日華化学製)等を使用することができる。
【0021】
羊毛を含む非処理物を上記アルカリ水溶液と接触させる時間が10秒未満である場合には、十分な処理効果を得ることが困難である。一方、非処理物を200秒を越えて上記アルカリ水溶液と接触させた場合には、羊毛の損傷が著しくなり強度が低下すると共に、染着性等が低下する現象が観察される。
【0022】
本発明に係る処理方法において、非処理物を上記アルカリ水溶液と接触させる時間は10秒以上であり、当該時間を20秒以上、或いは60秒以上、より好ましくは75秒以上とすることにより、染着性の向上を行うことができる。また、90秒以上、特に120秒以上の処理を行うことにより、フェルト化を有効に抑制することができる。一方、当該処理時間を200秒以下、又は180秒以下とすることにより、羊毛の過剰な損傷を抑制することができる。
【0023】
本発明に係る処理方法によれば、紡績によって糸状にする以前の繊維(スライバー)の状態や、紡績によって糸状にしたものに対して処理を行い、そのフェルト化への耐性を向上しながら染色性を向上することができる。更に、本発明に係る処理方法によってフェルト化が抑制されることを利用して、羊毛を含む生地や、更に裁断や縫製を経て衣料としたものを非処理物として本発明に係る処理を行うことで、その後に染色等を行う際の摩擦などに起因するフェルト化を抑制可能となり、従来は一般的でなかった当該生地の染色(後染め)や、衣料の形態としたものの染色(製品染め)によって一旦製造された生地や衣料の染換えることで、その都度の需要等に応じた商品の生産を行うことが容易となる。
【0024】
また、特に上記後染めを行う際には、羊毛から構成される糸と、再生セルロース繊維等から構成される糸を交織等してなる生地についても良好に染色が行われることが望まれる。一方、一般に当該交織等してなる生地を染色液に浸漬する等して染色する際には、羊毛の側の染着の度合いが低くなる現象が観察され、その結果として生地の全体を均一に染色することが困難である問題が存在する。
【0025】
上記の問題に対して、本発明に係る処理方法によって羊毛等と、キュプラ、レーヨン、リヨセル等の再生セルロース繊維を含む生地を処理することにより、その後に染色を行った際に、特に羊毛等の側の染着性の向上が大きいことが観察される結果、生地の内部での同色性が向上して、より均一な生地の染色(後染め)が可能になる。
【0026】
上記のような特徴を活かすことにより、未染色の羊毛等を含んで交織等された生地や衣料を後染めによって染色することが可能となると共に、既に各種の染料等によって所定の色彩を付与された生地等に対して本発明に係る処理を行うことによって、いわゆる染換えを行うことが可能となり、生産済みの生地や衣料等の製品の色彩をその都度の需要等に応じて変更することが可能となり、廃棄品を減少させる等が可能となる。
【0027】
また、本発明に係る処理を行った羊毛等に対しては、セルロースナノファイバー(CNF)を含む処理液を使用した処理を行うことによって、羊毛等が示す機械的特性が向上可能であることが見出された。CNFはセルロースを構成する素繊維であって、平均繊維径が2~150nm程度、アスペクト比が100~10000程度であり、高い単位断面積当たりの破断強度を有することが知られている。当該CNFが有する特性を活かして、CNFによって再生セルロース繊維の表面をコーティング等することにより、水と接触させた際の膨潤等を抑制可能であることが知られている。
【0028】
羊毛等についても、上記CNFとの複合化によって各種の特性を付与することが望まれるが、以下の実施例で示すように、未処理の羊毛等に対してCNFを含む処理液を使用した処理を行った場合には、一般に羊毛等が示す機械的な特性に明確な変化を生じない等から、羊毛等に対してCNFを複合化すること自体に困難性が存在する。一方、本発明に係る処理を行った羊毛等においては、CNFを含む処理液を使用した処理を行うことによって引張り試験時の破断伸度が増加する等、本発明に係る処理によって羊毛等にCNFを有効に複合化することが可能となることが示された。
【0029】
本発明に係る処理を行うことで羊毛等とCNFの複合化が可能となる機構は明らかではないが、羊毛等は主にタンパク質によって構成されるのに対して、CNFはセルロースを構成する素繊維であり、両者が全く異なる構造を有するために両者間の親和性が必ずしも高くないのに対して、本発明に係る処理を行うことで羊毛等の表面が変化することにより、羊毛等の表面へのCNFの吸着性が向上する等によって両者の複合化が可能となるものと考察された。
【0030】
上記本発明に係る処理を行った羊毛等に適用されるCNFは特に限定されず、例えば、各種の形態で市販されているCNFを分散・溶解させた水溶液を処理液として、当該処理液中に羊毛等を含む繊維物を浸漬する等によって処理を行うことができる。
以下、本発明に係る処理方法について、実施例によってより詳細に説明するが、本発明は当該実施例等に限定して理解されるべきものではない。
【実施例0031】
(実施例1)
以下に説明する方法によって経:キュプラ/緯:羊毛の平織織物を被処理物として、本発明に係る処理を行った。
被処理物として、未染色の1/80.0dtex(キュプラ100%)を経糸に、1/41.6(羊毛100%)を緯糸に用いて、平織組織(経密度41.0本/cm、緯密度35.4本/cm)にて製織した織物(羊毛65%、キュプラ35%)を生地に使用した。処理液は、東亞合成株式会社製 液体苛性カリ(水酸化カリウム含量:48%)を工業用水で希釈してBh16.3(約13.8wt%),及びBh10.3(約8.8wt%)としたものを使用した。
処理は、ビーカー中において各処理液中に被処理物を常温(20℃)で180秒浸漬し、その後に湯洗、2g/L希硫酸にて中和、水洗を行った後、自然乾燥させた。
【0032】
上記の処理による被処理物の耐洗濯性を、ウールマーク/ウールマークブレンド/ウールマークブレンド品質基準による追加品質基準(手洗い、手洗い又はドライクリーニング製品用)のウールマーク試験法No.31に従って、ISO6330に規定する洗濯サイクルがプログラムされたマイクロプロセッサー・ラボラトリー洗濯機であるWescator(ウェスケーター)を使用し、表2に記載するISO6330の洗濯サイクル4Gによる緩和処理を行う前後で、被処理物に設けた2点間の距離の変化に基づいて、以下の式(2)を用いて緩和寸法変化率を評価することにより検討した。
緩和寸法変化率 = (RM-OM)/OM ×100(%) …(2)
但し、OMは緩和処理前の原長の測定値(mm)、RMは緩和処理後の測定値(mm)を示す。
【0033】
【0034】
また、上記の処理による被処理物の繊維損傷度について、上記羊毛繊維試験方法(JIS L1081)に規定されるアルカリ溶解度、UB溶解度を評価した。
上記本発明に係る処理を行った被処理物についての評価結果を、未処理の生地についての評価結果(比較例1)と対比して表3に示す。
【0035】
【0036】
表3に示すように、本発明に係る処理によっては緩和寸法変化率に大きな変化は見られなかった。また、主に繊維内部の崩壊の程度を評価する指針であるアルカリ溶解度、UB溶解度は、本発明に係る処理によって顕著な変化を示さず、本発明に係る処理によっては羊毛繊維の内部への影響が小さいことが考察された。
【0037】
主に、本発明に係る処理が羊毛のフェルト化に与える影響を評価するため、非処理物に対して表1に記載する洗濯サイクル4Gを2回実施することによるフェルト処理を行った後、被処理物に設けた2点間の距離の変化から以下の式(3)を用いて合計寸法変化率を評価した。
合計寸法変化率 = (FM-OM)/OM ×100(%) …(3)
但し、OMはフェルト処理前の原長の測定値(mm)、FMはフェルト処理後の測定値(mm)を示す。
【0038】
表4には、上記の評価結果を示す。表4に示すように、実施例1-1に係る処理を行うことで、フェルト処理を経た後の緯糸方向(羊毛糸の方向)の合計寸法変化率が未処理の状態と比較して大きく改善し、本発明に係る処理によってフェルト化が抑制されることが示された。
【0039】
【0040】
上記の処理による生地の染着性の変化を確認するために、上記の生地を上記Bh16.3の処理液に60秒間浸漬(実施例1-3)した後、上記と同様に洗浄や乾燥を行った生地、及び処理を行わない生地(比較例1)について、液流染色機によって染色処理を行って染着性を比較した。染色処理は、以下の2段階の染色により行った。まず、反応染料(Reactive Black、昭和化工製)の染浴(60℃)を使用して60分間の染色を行った後、湯洗とソーピングによって未固着染料を除去して水洗浄を行って乾燥させた。次に、酸性染料(Kayakalan Black、日本化薬製)の染浴(100℃)を使用して20分間の染色を行った後、再度、湯洗とソーピングによって未固着染料を除去し、水洗浄を行って乾燥させた。
【0041】
図1には、実施例1-3に係る処理を行った生地と、処理を行わない生地(比較例1)について、それぞれ上記の染色処理を行った後の外観の写真を対比して示す。
図1に示すように、未処理の生地と比較した際に、実施例1-3の処理を行った生地では、全体として濃色となり染着性が向上すると共に、特に、経糸と緯糸の間のコントラストが減少し、経糸と緯糸の間の染着性の違いが縮小することが観察された。この結果は、本発明に係る処理によって特に羊毛の側の染着性が向上し、キュプラとの間での染着性の違いが縮小したことを示すものと考察された。
【0042】
上記の結果から、本発明に係る処理によれば、羊毛が顕著に損傷しない範囲内で、洗濯時の収縮を軽減すると共に染着性を向上することが示され、本発明に係る処理が、特に羊毛を含む生地に対して生地染め(後染め)や製品染めを行う際の前処理として有効であることが示される。また、本発明に係る処理の範囲においては、キュプラ等の再生セルロース繊維に対する影響は軽微であり、また羊毛と再生セルロース繊維の間に見られる染着性の違いが縮小することから、本発明に係る処理が、特に羊毛を含んで再生セルロース繊維との間で混紡や混織、混編等によって得られる生地の後染めを行う際の前処理として有効であることが示される。
【0043】
(実施例2)
本発明に係る処理が、羊毛製品とセルロースナノファイバー(CNF)の複合化に及ぼす効果を評価する目的で、経糸/緯糸共に羊毛を使用した標準試験布(生地)を使用して、本発明に係る処理を行った後にCNFを使用した処理を行うことによる羊毛繊維の引張り特性の変化を評価した。
評価サンプルとして、1/41.3(羊毛100%)を経糸に、1/40.0(羊毛100%)を緯糸に用いて、平織組織(経密度23.5本/cm、緯密度26.0本/cm)にて製織した羊毛100%の標準試験布(未処理)を使用した以外は、実施例1で使用した処理液(Bh16.3)を使用して同様(180秒)の処理を行い、その後に湯洗と中和等を行って自然乾燥させた(実施例2-1、2-2)。
【0044】
上記処理を行った実施例2-2、及び、上記処理を行わない生地(比較例2-2)に対して、以下の方法でCNFを使用した繊維表面の処理を行った。日本製紙(株)製のCNF含有水溶液(セレンピア。CNF含有率;1.0wt%。以下、「原液」ということがある。)を使用し、当該原液に対して2wt%に相当する量の分散剤(明成化学工業製、アルコゾールGL)を加えた後、CNF固形分の重量割合が0.01%になるように工業用水で希釈したものを処理液として使用した。パディング処理装置を使用して上記生地を処理液に浸漬した後、ウェットピックアップが100重量%となるようにロールで絞り、次に乾燥させた後、170℃の熱風で約60秒間のセット(形態安定化処理)を行い、以下の各評価に使用した。
【0045】
各サンプルに含まれる羊毛繊維の引張試験は、JIS L 1015に基づき、羊毛織物を分解して取り出した緯糸を解撚することで羊毛繊維を10本取り出し、つかみ間隔10mm、引張速度10mm/minの定速伸張にて試験を行い、10回の試験結果の平均値を求めた。
【0046】
上記試験の結果を表5に示す。表5に示すように、本発明に係る処理を行わない未処理の基準布においては、CNF加工を行った場合(比較例2-2)に、CNF加工を行なわない場合(比較例2-1)と比較して繊維の引張り試験の際の強度の向上等が見られないのに対して、本発明に係る処理を行った後にCNF加工を行った場合(実施例2-2)には、破断強度と破断伸度の向上が見られた。
【0047】
【0048】
図2には、上記引張り試験において、各サンプルについて観察された伸びと強度の関係を示す。伸びと強度が弾性的な関係にある領域における傾き(強力)は、全てのサンプルで同様な挙動を示した。一方、本発明に係る処理を行った実施例2-1、2-2の対比から、CNFによる処理を行わない場合(実施例2-1)には、伸び量が10~15mm付近で破断を生じるサンプルが多いのに対して、CNFによる処理を行った場合(実施例2-2)には、高い割合で15mm以上の伸びが観察され、この結果として平均破断伸度が大きくなったものと考察された。
【0049】
上記実施例2-1、2-2間で違いを生じた理由について、CNFによる処理を行うことで羊毛の破断の起点となる欠陥等が補われることによって、羊毛の破断の発生が遅れる等の機構の存在を示すものと考察された。このことは、本発明に係る処理を行った羊毛を上記CNFを含有する水溶液中に浸漬した際には、CNFが吸着して絡み付く等により複合化を生じていることを示す物と考えられる。
一方、本発明に係る処理を行なわない比較例2-1、2-2では、引張り試験の際の伸びと強度の関係に有意な差は観察されず、この結果は、上記CNFを含有する水溶液中に浸漬する方法によっては未処理の羊毛の表面に対してはCNFの吸着等が生じにくいことを示すものと考察された。
上記の結果は、本発明に係る処理は、羊毛等の表面にCNFによる処理を行う際の前処理としても有効であることを示すものと考えられる。
【0050】
図3には、(a)実施例2-2に係る処理を行ったサンプルと、(b)未処理のサンプル(比較例2-1)を、その後に液流染色機を使用して繊維間の摩擦を生じる環境で染色した後の顕微鏡像を示す。実施例2-2に係る処理を行ったサンプルでは、毛羽立ちを生じていないのに対して、未処理のサンプルでは毛羽の絡み合いが発生していることが観察された。このことは、本発明に係る処理、及び、その後に更にCNFを吸着させる処理を行うことで、洗濯の際の耐性が向上することを示すものである。