(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024109439
(43)【公開日】2024-08-14
(54)【発明の名称】電動機制御方法及び電動機制御装置
(51)【国際特許分類】
H02P 27/08 20060101AFI20240806BHJP
H02P 21/05 20060101ALI20240806BHJP
【FI】
H02P27/08 ZHV
H02P21/05
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023014237
(22)【出願日】2023-02-01
(71)【出願人】
【識別番号】000003997
【氏名又は名称】日産自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002468
【氏名又は名称】弁理士法人後藤特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】川▲崎▼ 康平
(72)【発明者】
【氏名】正治 満博
【テーマコード(参考)】
5H505
【Fターム(参考)】
5H505AA16
5H505BB04
5H505CC04
5H505DD03
5H505DD08
5H505EE41
5H505EE51
5H505HA07
5H505HB01
5H505JJ03
5H505JJ04
5H505JJ17
5H505JJ24
5H505JJ25
5H505JJ28
5H505LL01
5H505LL22
5H505LL24
5H505LL41
5H505LL58
(57)【要約】
【課題】デッドタイムによる位相誤差をより確実に補償する。
【解決手段】
電源電圧V
dc及びモータ105への電圧指令値(V
*
a-fin,α
*
fin)に基づいて変調率Mを算出し、算出した変調率Mに基づいてモータ105の変調モードを非同期PWM制御と同期PWM制御との間で切り替えてモータ105を駆動する電動機制御方法を提供する。特に、この電動機制御方法では、変調率Mが所定の変調率閾値M
th以上となる場合に、電圧指令値の位相成分α
*
finを所定の位相補償量α
*
errで補償し、補償後の電圧指令値に基づいてモータ105を駆動する。
【選択図】
図6
【特許請求の範囲】
【請求項1】
電源電圧及び電動機への電圧指令値に基づいて変調率を算出し、算出した前記変調率に基づいて前記電動機の変調モードを非同期PWM制御と同期PWM制御との間で切り替える電動機制御方法であって、
前記変調率が所定の変調率閾値以上となる場合に、前記電圧指令値の位相成分を所定の位相補償量で補償し、
補償後の前記電圧指令値に基づいて前記電動機を制御する、
電動機制御方法。
【請求項2】
請求項1に記載の電動機制御方法であって、
前記変調率閾値を、
前記非同期PWM制御から前記同期PWM制御への切り替えを行う切り替え変調率よりも大きく、且つ前記同期PWM制御中に前記電動機の電気角1周期あたりのパルス数が減少し始めるパルス減少変調率よりも小さく設定する、
電動機制御方法。
【請求項3】
請求項2に記載の電動機制御方法であって、
前記位相補償量を、前記変調率を変数とする補償値関数から演算し、
前記補償値関数は、
前記変調率が前記変調率閾値未満となる非補償領域において0をとり、
前記変調率が前記変調率閾値以上となる補償領域において前記変調率の変化に応じて連続的に変化する値をとる、
電動機制御方法。
【請求項4】
請求項3に記載の電動機制御方法であって、
前記補償領域は、前記変調率が前記変調率閾値以上で且つ前記パルス減少変調率未満となる第1領域と、前記変調率が前記パルス減少変調率以上となる第2領域と、を含み、
前記補償値関数は、
前記第1領域においては前記変調率の増加にともない連続的に増加する値をとり、
前記第2領域においては前記変調率の増加にともない連続的に減少する値をとる、
電動機制御方法。
【請求項5】
請求項3又は4に記載の電動機制御方法であって、
前記補償値関数を、
前記同期PWM制御中の電圧位相誤差に影響を与える誤差相関パラメータに基づいて調節する、
電動機制御方法。
【請求項6】
請求項5に記載の電動機制御方法であって、
前記誤差相関パラメータは、
前記パルス数の最大値として設定される最大パルス数、前記電動機の回転数、前記電動機の力率、前記電動機を駆動するインバータのスイッチング素子に設定されるゲート抵抗、又は前記同期PWM制御中に設定されるパルスパターンを含む、
電動機制御方法。
【請求項7】
請求項2に記載の電動機制御方法であって、
前記変調率が前記パルス減少変調率未満である場合には、前記電圧指令値を基本電圧指令値に定め、
前記変調率が前記パルス減少変調率以上である場合には、前記電圧指令値を補償電圧指令値に設定し、
前記補償電圧指令値は、前記基本電圧指令値の位相成分を前記位相補償量で補償することで得られる、
電動機制御方法。
【請求項8】
電源電圧及び電動機への電圧指令値に基づいて変調率を算出し、算出した前記変調率に基づいて前記電動機の変調モードを非同期PWM制御と同期PWM制御との間で切り替える電動機制御装置であって、
前記変調率が所定の変調率閾値以上となる場合に、前記電圧指令値の位相成分を所定の位相補償量で補償する補償部と、
補償後の前記電圧指令値に基づいて前記電動機を制御する制御部と、を有する、
電動機制御装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電動機制御方法及び電動機制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、インバータを構成するスイッチング素子の保護のために実施するデッドタイムを設け、デッドタイムを設けたことによるトルク変動を防止するためのデッドタイム補償を行う電動機制御方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1のインバータの制御方法では、PWM制御から矩形波制御へ切り替えるときに変調率が変化する。そして、変調率の変化にしたがってパルス数を変化させ、パルス数が変化するタイミングでデッドタイムによる位相の補償を開始する。しかしながら、パルス数が変化していない領域で生じるデッドタイムによる位相誤差を補償できないという問題がある。
【0005】
したがって、本発明の目的は、デッドタイムによる位相誤差をより確実に補償し得る電動機制御方法及び電動機制御装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明のある態様によれば、電源電圧及び電動機への電圧指令値に基づいて変調率を算出し、算出した変調率に基づいて電動機の変調モードを非同期PWM制御と同期PWM制御との間で切り替える電動機制御方法が提供される。
【0007】
特に、この電動機制御方法では、変調率が所定の変調率閾値以上となる場合に、電圧指令値の位相成分を所定の位相補償量で補償し、補償後の電圧指令値に基づいて電動機を駆動する。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、デッドタイムによる位相誤差をより確実に補償することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】
図1は、本発明の一実施形態による電動機制御装置の構成を説明するブロック図である。
【
図2】
図2は、トルク制御部の構成を説明するブロック図である。
【
図3】
図3は、電流ベクトル制御部の構成を説明するブロック図である。
【
図4】
図4は、電圧位相制御部の構成を説明するブロック図である。
【
図5】
図5は、ゲート抵抗選択部の構成を説明するブロック図である。
【
図6】
図6は、PWM制御部の構成を説明するブロック図である。
【
図7】
図7は、同期PWM制御部の構成を説明するブロック図である。
【
図8】
図8は、非同期PWM制御及び同期PWM制御におけるそれぞれの動作の概略を説明するタイミングチャートである。
【
図10】
図10は、各誤差相関パラメータに応じた補償値関数の例を示す図である。
【
図11】
図11は、本実施形態による電動機制御方法の各処理のフローチャートを示す。
【
図12】
図12は、比較例の制御に制御結果を示すタイミングチャートである。
【
図13】
図13は、実施例の制御に制御結果を示すタイミングチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、図面を参照しながら本発明の実施形態について説明する。
【0011】
図1は、本実施形態による電動機制御方法を実行するための電動機制御装置10の構成を説明するブロック図である。
図1に示すように、電動機制御装置10は、バッテリ113から供給される電力によってモータ105を駆動し、その動作状態を制御する。特に、電動機制御装置10は、例えば、モータ105を走行駆動源として用いる電動車両またはハイブリッド車両等の車両に搭載される。
【0012】
バッテリ113は、モータ105及びその他車両等の各部に対する電力の供給源として機能するリチウムイオンバッテリ等の二次電池である。本実施形態においては、バッテリ113は直流電源である。また、本実施形態においては、バッテリ113が出力する電圧(以下、「電源電圧Vdc」とも称する)は、電圧センサ111によって検出される。
【0013】
モータ105は、例えば、IPM(Interior Permanent Magnet)型の三相同期型の電動機により構成される。特に、モータ105(より詳細にはモータ105のロータ)は、図示しない出力軸、ギア、及びドライブシャフト等の車両の駆動力伝達系を介して駆動輪に接続される。
【0014】
電動機制御装置10は、主として、トルク制御部101、PWM(Pulse Width Modulation)制御部102、RDIC107、ABZカウンター108、速度演算部109、及び座標変換部110を有する。
【0015】
トルク制御部101は、電源電圧Vdc、トルク指令値T*、モータ105の電気角速度ωe、d軸電流id、及びq軸電流iqを入力として、モータ105に供給すべき電圧の指令値(d軸電圧指令値v*
d及びq軸電圧指令値vq)を演算する。そして、トルク制御部101は、演算したd軸電圧指令値v*
d及びq軸電圧指令値v*
qをPWM制御部102に出力する。なお、トルク指令値T*は、モータ105に対する要求出力から定まるトルクの基本的な指令値である。また、モータ105に対する要求出力は、運転者による車両に対する操作(アクセルペダルへの操作)、又は所定の自動運転制御装置などの図示しない上位のコントローラの指令に基づく要求駆動力に応じて定められる。また、トルク指令値T*を、要求駆動力に応じて定まる基本指令値に対して駆動力伝達系に起因する振動を抑制するための公知の制振制御演算を施した値として定めても良い。トルク制御部101における処理の詳細は後述する。
【0016】
以下では記載の簡略化のため、適宜、dq軸座標系で表される各パラメータの成分を符号「x」(x=d又はq)により代表させて表記する。例えば、d軸電流id及びq軸電流iqを包括して「dq軸電流ix」などと記載する。
【0017】
PWM制御部102は、電源電圧Vdc、dq軸電圧指令値v*
x、ゲート抵抗選択信号、パルスパターン選択信号、及びモータ105の電気角θを入力として、インバータ103のスイッチング素子を駆動させるための駆動信号D*
uu~D*
wlを生成する。そして、PWM制御部102は、生成した駆動信号D*
uu~D*
wlをインバータ103に出力する。なお、PWM制御部102における処理の詳細は後述する。
【0018】
インバータ103は、複数の半導体スイッチング素子及びこれらスイッチング素子を駆動させる図示しない駆動回路を含む。特に、インバータ103は、駆動信号D*
uu~D*
wlに応じて各スイッチング素子を駆動させる。これにより、電源電圧Vdcが三相交流電圧(vu,vv,vw)に変換されて、モータ105に供給されることとなる。すなわち、モータ105は、所望のトルク指令値T*に応じた実トルクを出力するように駆動される。
【0019】
電流センサ104は、インバータ103が出力する三相交流電流(i
u,i
v,i
w)の各相成分を検出する複数の個別センサにより構成される。
図1では、電流センサ104を、u相電流i
u及びv相電流i
vをそれぞれ検出する2つの個別センサにより構成した例を示している。この場合、残りのw相電流i
wは、三相成分の総和が0であることを利用してu相電流i
u及びv相電流i
vから定めることができる。なお、電流センサ104を、3つの相の全てに設けられた個別センサにより構成しても良い。そして、電流センサ104は、検出した各相の電流値を座標変換部110に出力する。
【0020】
レゾルバ106は、モータ105の回転子位置を検出する回転子位置検出器として機能する。特に、レゾルバ106は、RDIC(レゾルバ/デジタル変換回路)107との間で励磁/変調信号を送受信する。
【0021】
RDIC107は、励磁/変調信号に基づいてアップダウンカウンターパルスA,B及び原点信号パルスZかなるABZ信号(モータ105のデジタル角度情報)を生成する。RDIC107は、生成したABZ信号をABZカウンター108に出力する。
【0022】
ABZカウンター108は、ABZ信号に基づき電気角θを演算する。そして、ABZカウンター108は、演算した電気角θをPWM制御部102、速度演算部109、及び座標変換部110に出力する。
【0023】
速度演算部109は、電気角θの時間当たりの変化量からモータ105の電気角速度ωeを演算してトルク制御部101に出力する。
【0024】
座標変換部110は、電気角θを用いて以下の式(1)に基づき、電流センサ104で検出された三相交流電流(iu,iv,iw)をdq軸電流ixに変換する。
【0025】
【0026】
すなわち、式(1)によりdq軸座標系における電流検出値相当のdq軸電流ixが定まる。そして、座標変換部110は、求めたdq軸電流ixをトルク制御部101に出力する。
【0027】
なお、電動機制御装置10は、中央演算装置(CPU)、読み出し専用メモリ(ROM)、ランダムアクセスメモリ(RAM)及び入出力インタフェース(I/Oインタフェース)を備え、上述した各構成を実行可能となるようにプログラムされたコンピュータにより実現される。また、電動機制御装置10を、各処理を分散して実行する複数のコンピュータハードウェアにより構成することも可能である。
【0028】
次に、トルク制御部101及びPWM制御部102における処理の詳細をそれぞれ説明する。
【0029】
[I.トルク制御部]
図2は、トルク制御部101の構成を説明するブロック図である。トルク制御部101は、電流ベクトル制御部201と、電圧位相制御部202と、出力制御器203と、変調率演算部204と、制御切り替え判定部205と、ゲート抵抗選択部206と、パルスパターン選択部207と、を備えている。
【0030】
電流ベクトル制御部201は、トルク指令値T*、電気角速度ωe、電源電圧Vdc、及びdq軸電流ixを入力として、電流ベクトル制御によりd軸電圧指令値v*
di-fin及びq軸電圧指令値v*
qi-finを演算する。電流ベクトル制御部201における処理の詳細は後述する。
【0031】
電圧位相制御部202は、トルク指令値T*、電気角速度ωe、電源電圧Vdc、dq軸電流ix、及び変調率Mを入力として、電圧位相制御によりd軸電圧指令値v*
dv-fin及びq軸電圧指令値v*
qv-finを演算する。電圧位相制御部202における処理の詳細は後述する。
【0032】
出力制御器203は、制御切り替え判定部205で生成されるモード選択信号SMOを入力として、電流ベクトル制御に基づくdq軸電圧指令値vxi-fin及び電圧位相制御に基づくdq軸電圧指令値vxv-
*
finの何れか一方を最終的なdq軸電圧指令値v*
xとして出力する。
【0033】
変調率演算部204は、電源電圧Vdc及びdq軸電圧指令値v*
xを入力として、以下の式(2)に基づき変調率Mを演算し、電圧位相制御部202及び制御切り替え判定部205に出力する。
【0034】
【0035】
制御切り替え判定部205は、変調率Mに基づき、実行すべき制御モード(電流ベクトル制御又は電圧位相制御)を規定するモード選択信号SMOを生成する。例えば、制御切り替え判定部205は、以下の表1に示すロジックによりモード選択信号SMOを生成する。
【0036】
【0037】
ゲート抵抗選択部206は、トルク指令値T*、電気角速度ωe、及び電源電圧Vdcに基づいて、ゲート抵抗選択信号を生成する。ゲート抵抗選択部206における処理の詳細は後述する。
【0038】
パルスパターン選択部207は、トルク指令値T*及び電気角速度ωeに基づいて、以下の表2に示すロジックによりパルスパターン選択信号を生成する。
【0039】
【0040】
以下、電流ベクトル制御部201、電圧位相制御部202、及びゲート抵抗選択部206のさらなる詳細について説明する。
【0041】
(II-1.電流ベクトル制御部)
図3は、電流ベクトル制御部201の構成を説明するブロック図である。なお、
図3においては、図面の簡略化のため、q軸電圧指令値v
*
qi-finの演算に係る構成を一部省略する。しかしながら、省略した部分は、d軸電圧指令値v
*
di-finの演算に係る構成と同様である。
【0042】
図示のように、電流ベクトル制御部201は、干渉電圧演算部301、フィルタ部302、電流指令値演算部303、及び電圧指令値演算部304を有している。
【0043】
干渉電圧演算部301は、トルク指令値T*、電気角速度ωe、及び電源電圧Vdcを入力として、予め準備されたルックアップ干渉電圧テーブルを参照し、d軸干渉電圧v*
d-dcpl及びq軸干渉電圧v*
q-dcplを求める。なお、ルックアップ干渉電圧テーブルの格納値は、予め実験又は解析により定められて所定の記憶領域に記憶される。
【0044】
フィルタ部302は、干渉電圧演算部301により求められたdq軸干渉電圧v*
x-dcplに対して、以下の式(3)により定まるローパスフィルタを施すことで、dq軸非干渉化電圧vx-dcpl-fitを求める。なお、以下の式(3)中の「τ」は、dq軸電流ixの規範応答時定数を表す。
【0045】
【0046】
電流指令値演算部303は、トルク指令値T*、電気角速度ωe、及び電源電圧Vdcを入力として、予め準備されたルックアップ電流テーブルを参照し、d軸電流指令値id
*及びq軸電流指令値iq
*を求める。なお、ルックアップ電流テーブルの格納値は、予め実験又は解析により定められて所定の記憶領域に記憶される。
【0047】
電圧指令値演算部304は、dq軸電流指令値ix
*、dq軸非干渉化電圧vx-dcpl-fit、及び検出値相当のdq軸電流ixを入力として、以下の式(4)に基づいて、電流ベクトル制御のdq軸電圧指令値v*
xi-finを求める。
【0048】
【数4】
なお、式中の「k
px」は比例ゲイン、「k
ix」は積分ゲインを意味する。また、式(4)で定まる「v
xi-pi」は、干渉電圧成分を考慮しない場合の基本的なdq軸制御電圧である。さらに、比例ゲインk
px及び積分ゲインk
ixは、例えば以下の式(5)により定める。
【0049】
【数5】
なお、式中の「L
x」は各軸成分の自己インダクタンス、「R」は巻線抵抗、及び「τ」は、式(3)と同じdq軸電流i
xの規範応答時定数をそれぞれ表す。
【0050】
次に、電圧位相制御部202の構成について説明する。
【0051】
(II-2.電圧位相制御部)
図4は、電圧位相制御部202の構成を説明するブロック図である。図示のように、電圧位相制御部202は、電流指令値演算部401、磁束演算部402、リミッタ403、電圧位相演算部404、フィルタ処理部405、トルク演算器406、電圧位相指令値演算部407、及びベクトル変換器408を有している。
【0052】
電流指令値演算部401は、トルク指令値T*、電気角速度ωe、及び電源電圧Vdcを入力として、電流指令値演算部303で用いたものと同様のルックアップテーブルを参照し、dq軸電流指令値ix
*を求める。
【0053】
磁束演算部402は、dq軸電流指令値ix
*を入力して、予め準備されたルックアップ磁束テーブルを参照し、磁束ノルム値φ0_refを求める。なお、ルックアップ磁束テーブルの格納値は、予め実験又は解析により定められて所定の記憶領域に記憶される。そして、得られた磁束ノルム値φ0_refに対して電気角速度ωeの絶対値を乗じて得られる暫定電圧ノルムVa´がリミッタ403に出力される。
【0054】
リミッタ403は、以下の式(6)に基づいて、暫定電圧ノルムVa´から電圧ノルム指令値Va
*を求める。
【0055】
【0056】
すなわち、電圧ノルム指令値Va
*は、暫定電圧ノルムVa´を、矩形波駆動に相当する電圧ノルムVaの基本波成分値(√6/π・Vdc)で制限した値として定まる。
【0057】
電圧位相演算部404は、電圧ノルム指令値Va
*、電気角速度ωe、及びトルク指令値T*を入力として、予め準備されたルックアップ電圧位相テーブルを参照し、電圧位相αffを求める。なお、ルックアップ電圧位相テーブルは、予め実験又は解析により定められ所定の記憶領域に記憶される。
【0058】
一方、フィルタ処理部405は、トルク指令値T*に対し、上述の時定数τを持つ一次ローパスフィルタを施してトルク参照値Trefを求める。すなわち、トルク参照値Trefは、トルク指令値T*により想定される規範トルク応答として定まる。
【0059】
トルク演算器406は、dq軸電流ixを入力として、予め準備されたルックアップトルクテーブルを参照して、トルク推定値Testを求める。なお、ルックアップトルクテーブルは、予め実験又は解析により定められ所定の記憶領域に記憶される。
【0060】
電圧位相指令値演算部407は、電圧位相αff、トルク推定値Test、及びトルク参照値Trefを入力として、以下の式(7)に基づき電圧位相補償値αfbを演算する。
【0061】
【0062】
なお、式(7)中のゲインk2は、電圧位相制御におけるトルクフィードバック応答時定数の設計値の逆数と一致するように定められる。また、ゲインk3は、トルクに対する電圧位相αの感度を示唆する定数である。特に、ゲインk3は、モータ105の特性に応じて適宜定まる。
【0063】
さらに、電圧位相指令値演算部407は、電圧位相演算部404で演算された電圧位相αffと電圧位相補償値αfbの和を電圧位相指令値α*として演算し、出力する。
【0064】
ベクトル変換器408は、電圧ノルム指令値Va
*及び電圧位相指令値α*を入力として、以下の式(8)に基づいて、電流位相制御のdq軸電圧指令値vxv-
*
finを求める。
【0065】
【0066】
次に、ゲート抵抗選択部206の構成について説明する。
【0067】
(II-3.ゲート抵抗選択部)
図5は、ゲート抵抗選択部206の構成を説明するブロック図である。図示のように、ゲート抵抗選択部206は、損失推定部501、スイッチング素子温度推定部502、及びゲート抵抗選択信号生成部503を有している。
【0068】
損失推定部501は、トルク指令値T*、電気角速度ωe、及び電源電圧Vdcを入力として、予め準備された損失推定テーブルを参照して、推定損失Lossestを演算する。なお、損失推定テーブルは、予め実験又は解析により定められ所定の記憶領域に記憶される。
【0069】
スイッチング素子温度推定部502は、推定損失Lossestを入力として、以下の式(9)に基づき、スイッチング素子の温度推定値である推定素子温度Tempestを演算する。
【0070】
【0071】
なお、式(9)中の「Rth」は熱抵抗、及び「Tempbase」は雰囲気温度をそれぞれ表す。
【0072】
ゲート抵抗選択信号生成部503は、推定素子温度Tempestを入力として、以下の表3に示すロジックによりゲート抵抗選択信号を生成する。
【0073】
【0074】
すなわち、ゲート抵抗選択信号生成部503は、推定素子温度Tempestと2つの温度閾値Tempth,Tempth2(Tempth>Tempth2)のそれぞれとの大小関係に応じて、ゲート抵抗Rgを、2種類の抵抗値A,B(A>B)の何れかに設定する。特に、概ね、推定素子温度Tempestが温度閾値Tempthを超えるとより高い抵抗値Aが選択され、推定素子温度Tempestが温度閾値Tempth2を下回るとより高い抵抗値Bが選択される。
【0075】
[II.PWM制御部]
図6は、PWM制御部102の構成を説明するブロック図である。図示のように、PWM制御部102は、座標変換部601、非同期PWM制御部602、非同期PWM信号生成器603、ベクトル変換部604、同期PWM制御部605、同期PWM信号生成器606、変調切り替え判定部607、PWM出力切り替え器608、電圧位相補償量算出器609、最終位相指令値算出部610を有している。
【0076】
座標変換部601は、電気角θを用いて、トルク制御部101から入力されるdq軸電圧指令値v*
xに対して、以下の式(10)に基づく座標変換を実行して三相電圧指令値(v*
u,v*
v,v*
w)を求める。
【0077】
【0078】
非同期PWM制御部602は、電源電圧Vdc及び三相電圧指令値(v*
u,v*
v,v*
w)を入力として、以下の式(11)に基づき、三相のデューティ指令値(Duty_u,Duty_v,Duty_w)を求める。
【0079】
【0080】
非同期PWM信号生成器603は、デューティ指令値(Duty_u,Duty_v,Duty_w)を入力として、インバータ103の6つの素子(三相それぞれの上アーム素子及び下アーム素子)のそれぞれを駆動させる非同期駆動信号D*
uua~D*
wlaを生成する。より具体的に、非同期PWM信号生成器603は、所定周波数のキャリア三角波(キャリア信号Cu,Cv,Cw)と各相のデューティ指令値(Duty_u,Duty_v,Duty_w)とのコンペアマッチにより非同期駆動信号D*
uua~D*
wlaを生成する。なお、非同期駆動信号D*
uua~D*
wlaの1番目の添字「u」「v」「w」は、UVWの各相を表す。また、2番目の添字「u」「l」は、インバータ103の上アーム素子(「u」)または下アーム素子(「l」)を表す。3番目の添字「a」は、非同期PWM信号であることを表す。
【0081】
一方、ベクトル変換部604は、dq軸電圧指令値v*
xを入力として、以下の式(12)に基づき、最終電圧ノルム指令値V*
a-fin及び暫定電圧位相指令値α*
finを求める。
【0082】
【0083】
同期PWM制御部605は、最終電圧ノルム指令値V*
a-fin及び電源電圧Vdcを入力として、同期PWM制御で用いるキャリア信号Cus,Cvs,Cwsと比較する比較値Th[m](m=1,2,3・・・)を定める。
【0084】
図7は、同期PWM制御部605の構成を説明するブロック図である。図示のように、同期PWM制御部605は、最大パルス数設定部701、変調率算出部702、及び比較値演算部703を有している。
【0085】
最大パルス数設定部701は、モータ回転数Nを入力として、以下の表4に示すロジックにより最大パルス数NPmを設定する。なお、本実施形態において、最大パルス数NPmとは、電気角1周期あたりに発生するパルス数NPの最大値を意味する。
【0086】
【0087】
変調率算出部702は、最終電圧ノルム指令値V*
a-fin及び電源電圧Vdcから、以下の式(13)に基づいて変調率Mを算出する。
【0088】
【0089】
比較値演算部703は、変調率Mを入力として予め準備された比較値テーブルを参照し、複数の比較値Th[m]を求める。なお、比較値テーブルには、変調率Mごとに高調波電流を抑制するように実験的又は所定の解析方法に基づく数値計算により予め求められる同期PWMパルスのON/OFF位相が各比較値Th[m]として格納される。また、所定の解析方法として、例えば、スイッチング回数を調節して特定次数の高調波を消去する特定高調波消去法(「SHE」:Selected Harmonic Elimination)が挙げられる。特に、本実施形態では、比較値テーブルに10個の比較値Th[1],Th[2]・・・Th[10]が格納されており、電気角1周期あたりで5パルスまでのパルス数NPに対応している。なお、比較値Th[n]の数は、例えば、所望の電気角1周期あたりのパルス数NPなどに応じて適宜調節することができる。また、比較値Th[n]の数を同一としつつ、各比較値Th[n]の大きさを適宜変更することで、電圧指令値に対して要求される電気角1周期あたりのデューティ比を維持しつつ、パルスの形状(パルスパターン)を調節することができる。
【0090】
図6に戻り、同期PWM信号生成器606は、後述する最終電圧位相指令値α
*
fin2、比較値Th[m]、及び電気角θを入力として、同期駆動信号D
*
uus~D
*
wlsを生成する。特に、同期PWM信号生成器606は、電気角θ及び最終電圧位相指令値α
*
fin2を合成することで生成したキャリア信号C
us,C
vs,C
wsと比較値Th[m]とのコンペアマッチにより同期駆動信号D
*
uus~D
*
wlsを生成する。なお、同期駆動信号D
*
uus~D
*
wlsの1番目の添字「u」「v」「w」は、UVWの各相を表す。また、2番目の添字「u」「l」は、インバータ103の上アーム素子(「u」)または下アーム素子(「l」)を表す。3番目の添字「s」は、同期PWM信号であることを表す。
【0091】
例えば、同期PWM信号生成器606は、以下の式(14)に基づいて、UVW各相のキャリア信号Cus,Cvs,Cwsを生成する。
【0092】
【0093】
図8は、非同期PWM制御及び同期PWM制御におけるそれぞれの動作の概略を説明するタイミングチャートである。
【0094】
図8(A)に示す非同期PWM制御では、U相キャリア信号C
uの周波数を、モータ105の位置(電気角θ)及び駆動周波数に依らずに任意に設定することができる。その一方で、非同期PWM信号におけるパルスの配置間隔は、制御周期Δtに制限される。なお、非同期PWM制御において、各制御演算の割り込み及びこれらの制御演算の結果に応じた各パラメータの更新が、制御周期Δtごと(U相キャリア信号C
uの1/2周期ごと)に実行される。
【0095】
一方で、
図8(B)に示す同期PWM制御では、同期PWM信号におけるパルスの配置間隔は、制御周期Δtにほぼ依存せず、実質的に任意に調整可能である。このため、パルス数N
Pが制限される過変調領域及び矩形波領域でモータ105が駆動されるときには、電流の高調波やリプルを低減しやすいという利点がある。なお、同期PWM制御においても非同期PWM制御と同様に、各制御演算の割り込み及びこれらの制御演算の結果に応じた各パラメータの更新が、制御周期Δtごと(キャリア信号C
usの1/2周期ごと)に実行される。
【0096】
なお、本実施形態では比較値Th[1]~Th[10]は三相で共通であり、式(14)のように、Uキャリア信号Cusに対してそれぞれ±2π/3オフセットしたV相キャリア信号Cvs及びW相キャリア信号Cwsを生成することで、三相交流に対応した同期PWM信号を生成している。
【0097】
図6に戻り、変調切り替え判定部607は、変調率Mを入力として、表1に示す変調モードの決定ロジックを参照して、同期PWM制御及び非同期PWM信号の何れか一方を実行すべき変調モードを選択する。そして、変調切り替え判定部607は、選択した変調モードの実行を指令するための変調モード指令信号S
MODを生成する。
【0098】
PWM出力切り替え器608は、変調モード指令信号SMODを入力として、非同期駆動信号D*
uua~D*
wla及び同期駆動信号D*
uus~D*
wlsの何れか一方を、スイッチング素子の駆動信号D*
uu~D*
wlとしてインバータ103に出力する。
【0099】
そして、本実施形態のPWM制御部102は、さらに、ベクトル変換部604から出力される暫定電圧位相指令値α*
finを補償するための電圧位相補償量α*
errを演算する電圧位相補償量算出器609を有している。電圧位相補償量α*
errは、同期PWM制御時におけるデッドタイム(デッドタイムエラー)に起因する電圧位相誤差を補正するための値である。
【0100】
電圧位相補償量算出器609は、変調率M、最大パルス数NPm、トルク指令値T*、モータ回転数N、ゲート抵抗選択信号、及びパルスパターン選択信号を入力として、電圧位相補償量α*
errを演算する。
【0101】
より具体的に、電圧位相補償量算出器609は、電圧位相補償量α*
errを、変調率Mを変数とする補償値関数α*
err(M)から演算する。なお、補償値関数α*
err(M)は、変調率Mを入力として電圧位相補償量α*
errを返すルックアップテーブルとして予め所定の記憶領域に記憶される。
【0102】
図9は、補償値関数α
*
err(M)の一例を示す図である。図示のように、補償値関数α
*
err(M)は、変調率Mが所定の変調率閾値M
th未満となる非補償領域A
nc(非同期PWM制御中も含む)、且つ変調率Mが変調率閾値M
th以上で且つパルス減少変調率M
pd未満となる補償領域A
cにおいて変調率Mの変化に応じて連続的に変化する値をとる。
【0103】
ここで、変調率閾値Mthは、同期PWM制御中においてデッドタイムエラーに起因する電圧位相誤差が実用的な制御精度を実現する観点から無視できない程度の大きさに到達する変調率Mの値として適宜定められる。また、パルス減少変調率Mpdは、同期PWM制御中においてパルス数NPが減少し始める変調率Mの値である。特に、本実施形態の変調率閾値Mthは、非同期PWM制御から同期PWM制御への切り替えを行うための切り替え変調率Msw(表1の例ではMsw=1.00)よりも大きく、且つパルス数NPが減少し始めるパルス減少変調率Mpdよりも小さく設定される。
【0104】
このように定められた補償値関数α*
err(M)を用いて電圧位相補償量α*
errを演算することで、電圧位相誤差の抑制が求められる必要十分な変調率領域においてのみ補償を行うことができる。
【0105】
さらに、本実施形態の補償値関数α*
err(M)は、少なくとも、変調率閾値Mthを基点としてパルス減少変調率Mpdに到達するまでの変調率領域において、変調率Mの増大に応じて増加するプロファイルをとるように規定されている。これにより、変調率Mの増加に伴いデッドタイムエラーに起因する電圧位相誤差も増大する特性を持つ領域では、当該特性に合わせて適切な電圧位相補償量α*
errを求めることができる。
【0106】
一方で、補償値関数α*
err(M)は、パルス減少変調率Mpd以降の変調率領域において、電圧位相補償量α*
errを変調率Mの増大に応じた減少するプロファイルをとるように規定されている。これにより、変調率Mが増加するほどパルス数NPが減少する(スイッチング回数が減少する)特性を持つ領域でも、当該特性に合わせて適切な電圧位相補償量α*
errを求めることができる。
【0107】
さらに、本実施形態では、補償値関数α*
err(M)が、同期PWM制御中の電圧位相誤差に影響を与える誤差相関パラメータに基づいて調節される。特に、本実施形態の誤差相関パラメータとしては、最大パルス数NPm、トルク指令値T*、モータ回転数N、ゲート抵抗選択信号(ゲート抵抗Rg)、及びパルスパターン選択信号(パルスパターン)が挙げられる。
【0108】
図10は、各誤差相関パラメータに応じた補償値関数α
*
err(M)の調節例を説明する図である。特に、
図10(A)は最大パルス数N
Pmに応じた補償値関数α
*
err(M)、
図10(B)はモータ回転数Nに応じた補償値関数α
*
err(M)、
図10(C)はモータ105の力率(トルク指令値T
*)に応じた補償値関数α
*
err(M)、
図10(D)はゲート抵抗Rgに応じた補償値関数α
*
err(M)、及び
図10(E)はパルスパターンに応じた補償値関数α
*
err(M)をそれぞれ示す。
【0109】
図10に示すように、各誤差相関パラメータに応じて、補償値関数α
*
err(M)のプロファイル(関数形)を調節させることで、より現実の挙動に合わせて最適化された電圧位相補償量α
*
errを求めることができる。
【0110】
特に
図10(A)に示すように、補償値関数α
*
err(M)は、設定した最大パルス数N
Pmが大きいほど同一の変調率Mに対してより大きい電圧位相補償量α
*
errを返すように調節されている。これにより、パルス数N
Pが大きいほど電圧位相誤差が大きくなる傾向を加味して適切に電圧位相補償量α
*
errを調節することができる。
【0111】
また、
図10(B)に示すように、補償値関数α
*
err(M)は、モータ回転数Nが高いほど同一の変調率Mに対してより大きい電圧位相補償量α
*
errを返すように調節されている。これにより、モータ回転数Nが高いほど電圧位相誤差が大きくなる傾向を加味して適切に電圧位相補償量α
*
errを調節することができる。
【0112】
さらに、
図10(C)に示す例では、補償値関数α
*
err(M)は、トルク指令値T
*の高低に応じて適切な電圧位相補償量α
*
errを返すように調節されている。特に、この場合、補償値関数α
*
err(M)は、トルク指令値T
*が高いほどより低い変調率M(より小さい変調率閾値M
th)で増加し始めるように調節されている。これにより、モータ105のトルク(力率)に応じて電圧位相誤差が異なる傾向を加味して適切に電圧位相補償量α
*
errを調節することができる。
【0113】
また、
図10(D)に示すように、補償値関数α
*
err(M)は、ゲート抵抗が高いほど同一の変調率Mに対してより大きい電圧位相補償量α
*
errを返すように調節されている。これにより、ゲート抵抗が高いほど(スイッチングに要する時間が長いほど)電圧位相誤差が大きくなる傾向を加味して適切に電圧位相補償量α
*
errを調節することができる。
【0114】
さらに、
図10(E)に示す例では、補償値関数α
*
err(M)は、パルスパターンの違いに応じて適切な電圧位相補償量α
*
errを返すように調節されている。これにより、設定されるパルスパターンに応じて電圧位相誤差が異なる傾向を加味して適切に電圧位相補償量α
*
errを調節することができる。
【0115】
図6に戻り、最終位相指令値算出部610は、暫定電圧位相指令値α
*
finに対し、電圧位相補償量α
*
errを用いた補償演算(加算又は減算)を行い、最終電圧位相指令値α
*
fin2を求めて出力する。
【0116】
なお、
図11には、上述したトルク制御部101及びPWM制御部102を含む電動機制御方法における各処理のフローチャートを示す。
【0117】
[制御結果]
以下では、上記実施形態の電動機制御方法(実施例)による制御結果を比較例のモータ制御方法による制御結果と比較しつつ説明する。なお、比較対象の明確化のため、実施例と比較例の間で共通する構成には同一の符号を付す。
【0118】
なお、比較例としては、同期PWM制御中の電圧位相補償量α*
errを、パルス数NPが減少を始めるタイミング以降に、当該パルス数NPが変化したことによる電圧位相誤差の変化分をキャンセルする制御を想定する。
【0119】
同期PWM制御中は、変調率Mが一定値を超えると、変調率Mの上昇に伴いパルス数NPを減少させていく挙動が一般的である。ここで、比較例では、パルス数NPが減少を始めるタイミング以降に電圧位相補償量α*
errが設定される。しかしながら、本発明者は、パルス数NPが減少を始めるタイミングよりも前であっても電圧位相誤差が生じる点に着目した。
【0120】
これに対して、
図9又は
図10に示す補償値関数α
*
err(M)では、変調率Mがパルス減少変調率M
pdよりも小さい変調率閾値M
th以上の変調率領域において、0よりも大きい値の電圧位相補償量α
*
errを規定している。このため、本実施形態の制御であれば、同期PWM制御中において、パルス数N
Pが減少し始めるよりも前のタイミングから位相補償が実行される。このため、パルス数N
Pが減少するよりも前の電圧位相誤差の発生を抑制することができる。
【0121】
図12は、比較例の制御に制御結果を示すタイミングチャートである。また、
図13は、実施例の制御に制御結果を示すタイミングチャートである。
【0122】
先ず、
図12に示すように、比較例の制御では、実変調率がパルス減少変調率M
pd(図ではM=1.1)に到達するよりも前の時点(制御タイミングt3とt4の間)から電圧位相αに一定以上の誤差が生じ始め、過剰な外乱トルク(意図しないトルク変動)が生じている。これは、同期PWM制御中においてパルス数N
Pが減少し始めるよりも前のタイミングにおいて、デッドタイムエラーに起因する大きさ電圧位相誤差が生じたことに依ると解される。
【0123】
これに対して、
図13に示すように、実施例の制御では、パルス数N
Pが減少し始めるよりも前のタイミングから電圧位相αの誤差が抑えられている。結果として、比較例と比べ、外乱トルクが低減してトルク変動が抑制されている。
【0124】
以上説明した本実施形態の電動機制御方法及びそれによる作用効果について説明する。
【0125】
本実施形態では、電源電圧Vdc、及び電動機(モータ105)への電圧指令値((v*
d,v*
q)又は(V*
a-fin,α*
fin))に基づいて変調率Mを算出し、算出した変調率Mに基づいてモータ105の変調モードを非同期PWM制御と同期PWM制御との間で切り替える電動機制御方法が提供される。
【0126】
この電動機制御方法では、変調率Mが所定の変調率閾値Mth以上である場合に、電圧指令値の位相成分(暫定電圧位相指令値α*
fin)を所定の位相補償量(電圧位相補償量α*
err)で補償し、補償後の電圧指令値に基づいてモータ105を制御する。
【0127】
これにより、パルス数NPが変化しない変調率領域において、デッドタイムエラーに起因した電圧位相誤差に対する補償を行うことができ、当該電圧位相誤差に起因するトルク変動を抑制することができる。
【0128】
特に、変調率閾値Mthを、非同期PWM制御から同期PWM制御への切り替えを行う切り替え変調率Mswよりも大きく、且つ同期PWM制御中にモータ105の電気1周期あたりのパルス数が減少し始めるパルス減少変調率Mpdよりも小さく設定する。
【0129】
これにより、同期PWM制御中にパルス数NPが減少し始めるタイミングよりも前から電圧位相誤差を補償するための具体的な演算ロジックが実現される。
【0130】
また、本実施形態では、電圧位相補償量α
*
errを、変調率Mを変数とする補償値関数α
*
err(M)から演算する電動機制御方法が提供される。特に、この電動機制御方法では、補償値関数α
*
err(M)は、変調率Mが変調率閾値M
th未満となる非補償領域A
ncにおいては0をとり、変調率Mが変調率閾値以上となる補償領域A
cにおいては変調率Mの変化に応じて連続的に変化する(
図9参照)。
【0131】
これにより、電圧位相誤差の補償に対する要求が低い変調率領域(非同期PWM制御中、又は同期PWM制御中ではあるが電圧位相誤差が小さい領域)では実質的に補償を実行しない一方で、当該要求の高い変調率領域では変調率Mの変化に合わせて補償量を調節するための演算ロジックを実現することができる。
【0132】
さらに、本実施形態では、補償領域Acが、変調率Mが変調率閾値Mth以上で且つパルス減少変調率Mpd未満となる第1領域Ac1と、変調率Mがパルス減少変調率Mpd以上となる第2領域Ac2と、を含む電動機制御方法が提供される。特に、この電動機制御方法では、補償値関数α*
err(M)が、第1領域Ac1においては変調率Mの増加にともない連続的に増加する値をとる一方、第2領域Ac2においては変調率Mの増加にともない連続的に減少する値をとる。
【0133】
これにより、パルス数NPが減少し始める前及び減少し始めた後のそれぞれの変調率Mに対する電圧位相誤差の特性を加味して補償量を調節するための演算ロジックを実現することができる。
【0134】
さらに、本実施形態では、補償値関数α*
err(M)を、同期PWM制御中の電圧位相誤差に影響を与える誤差相関パラメータに基づいて調節する電動機制御方法が提供される。特に、誤差相関パラメータは、パルス数NPの最大値として設定される最大パルス数NPm、モータ105の回転数(モータ回転数N)、モータ105の力率(トルク指令値T*)、モータ105を駆動するインバータ103のスイッチング素子に設定されるゲート抵抗Rg、又は同期PWM制御中に設定されるパルスパターンを含む。
【0135】
これにより、各誤差相関パラメータに応じた変調率Mの変化に対する電圧位相誤差の特性を加味した上で、より現実の挙動に合わせて最適化された電圧位相補償量α*
errを求めることができる。
【0136】
さらに、本実施形態によれば、変調率Mがパルス減少変調率Mpd未満である場合には、電圧指令値を基本電圧指令値(V*
a-fin,α*
fin)に定める一方、変調率Mがパルス減少変調率Mpd以上である場合には、電圧指令値を補償電圧指令値(V*
a-fin,α*
fin2)に設定する電動機制御方法が提供される。特に、補償電圧指令値(V*
a-fin,α*
fin2)は、基本電圧指令値の位相成分(暫定電圧位相指令値α*
fin)を電圧位相補償量α*
errで補償することで得られる。
【0137】
これにより、電圧位相誤差の補償に対する要求が低い変調率領域(非同期PWM制御中、又は同期PWM制御中ではあるが電圧位相誤差が小さい領域)では実質的に補償を実行しない一方で、当該要求の高い変調率領域では変調率Mの変化に合わせて補償量を調節するための演算ロジックを実現することができる。
【0138】
特に、本実施形態の非同期PWM制御(
図8(A)参照)では、各キャリア信号C
u,C
v,C
wをモータ105の電気角θ及び駆動周波数に依らないため、各キャリア信号C
u,C
v,C
wの間の位相差や各デューティ指令値Duty_u,Duty_v,Duty_wなどの各相の制御値を個別に補正するなどして適宜デッドタイムを調節して電圧位相誤差を抑制することができる。一方で、同期PWM制御(
図8(B)参照)では、各キャリア信号C
us,C
vs,C
wsがモータ105の電気角θに同期して定められているため、容易に各相の制御値に対する個別の補正を行うことができない。このような背景の下、本実施形態の制御構成であれば、電圧位相誤差を抑制する演算が比較的容易となる非同期PWM制御中には上記電圧位相誤差の補償演算を停止し、当該演算が容易ではない同期PWM制御中には上記電圧位相誤差の補償演算を有効化させることができる。
【0139】
さらに、本実施形態では、上記電動機制御方法の実行に適した電動機制御装置10が提供される。この電動機制御装置10は、変調率Mが所定の変調率閾値Mth以上である場合に、電圧指令値の位相成分(暫定電圧位相指令値α*
fin)を所定の位相補償量(電圧位相補償量α*
err)で補償する補償部と、補償後の電圧指令値に基づいてモータ105を制御する制御部と、を有する。
【0140】
以上、本発明の実施形態について説明したが、上記実施形態は本発明の適用例の一部を示したに過ぎず、本発明の技術的範囲を上記実施形態の具体的構成に限定する趣旨ではない。
【0141】
また、各表に示した具体的な数値は例示であり、本発明の技術的範囲を特定の数値に拘束するものではない。
【符号の説明】
【0142】
10 電動機制御装置、101 トルク制御部、102 PWM制御部、105 モータ、201 電流ベクトル制御部、202 電圧位相制御部、204 変調率演算部、205 制御切り替え判定部、206 ゲート抵抗選択部、207 パルスパターン選択部、602 非同期PWM制御部、603 非同期PWM信号生成器、605 同期PWM制御部、606 同期PWM信号生成器、607 変調切り替え判定部、609 電圧位相補償量算出器