(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024109521
(43)【公開日】2024-08-14
(54)【発明の名称】エンジンの制御装置
(51)【国際特許分類】
F02D 41/04 20060101AFI20240806BHJP
F02D 41/02 20060101ALI20240806BHJP
F02D 21/08 20060101ALI20240806BHJP
F02D 13/02 20060101ALI20240806BHJP
F02P 5/145 20060101ALI20240806BHJP
【FI】
F02D41/04
F02D41/02
F02D21/08 301G
F02D21/08 301A
F02D21/08 301C
F02D13/02 J
F02P5/145 G
F02P5/145 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】15
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024003555
(22)【出願日】2024-01-12
(31)【優先権主張番号】P 2023013879
(32)【優先日】2023-02-01
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【新規性喪失の例外の表示】新規性喪失の例外適用申請有り
(71)【出願人】
【識別番号】000003137
【氏名又は名称】マツダ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001427
【氏名又は名称】弁理士法人前田特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】村田 淳矢
(72)【発明者】
【氏名】▲崎▼間 俊明
(72)【発明者】
【氏名】原田 雄司
【テーマコード(参考)】
3G022
3G092
3G301
【Fターム(参考)】
3G022AA01
3G022AA10
3G092AA01
3G092AA11
3G092AA17
3G092AB01
3G092BA04
3G092BB01
3G092BB08
3G092DA03
3G092DC09
3G092FA24
3G092HB05Z
3G092HC09Z
3G301HA01
3G301HA13
3G301HA19
3G301HA24
3G301JA02
3G301LB04
3G301MA01
3G301MA11
3G301MA18
3G301MA28
3G301PB02Z
(57)【要約】
【課題】多種燃料に対応させた希薄燃焼を実現する。
【解決手段】ECU10は、第1燃料の燃料性状を推定する筒内性状推定部106と、燃焼室17内における混合気のA/F及びG/Fと相関したパラメータを推定する相関量推定部107と、燃焼室17内における混合気の乱流燃焼速度を推定する燃焼速度推定部109と、相関量推定部107及び燃焼速度推定部109それぞれの推定結果に基づいて、アクチュエータに制御信号を出力する流動制御部(制御目標設定部105及び流動補正部110)と、を備える。流動制御部は、乱流燃焼速度が目標速度を下まわる場合、前記パラメータに対応したA/F又はG/Fがリーンになるほど、所定の標準燃料を用いた場合に比べて混合気のレイノルズ数Reをより大きくするとともに該混合気のカルロビッツ数Kaをより小さくするように、アクチュエータの制御目標を変更する。
【選択図】
図7
【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数種の燃料に対応させたエンジンの制御装置であって、
燃料タンクから燃焼室内に第1燃料を供給する燃料供給システムと、
前記エンジンに取り付けられ、燃料タンクから燃焼室内に供給される第1燃料により形成される混合気の流動を制御するアクチュエータと、
前記燃焼室内での燃焼に関する計測信号を出力する計測部と、
前記計測信号を受けると共に、前記燃焼室内における前記混合気の空気と前記第1燃料との重量比であるA/F、又は、前記燃焼室内における前記混合気の全ガスと前記第1燃料との重量比であるG/Fを理論空燃比よりもリーンにした状態で前記混合気を燃焼させるように、前記燃料供給システム及び前記アクチュエータに制御信号を出力する制御部と、を備え、
前記制御部は、
前記計測信号に基づいて、前記第1燃料の燃料性状を推定する筒内性状推定部と、
前記筒内性状推定部による推定結果に基づいて、前記燃焼室内における前記A/F及びG/Fと相関したパラメータを推定する相関量推定部と、
前記筒内性状推定部による推定結果に基づいて、前記燃焼室内における前記混合気の乱流燃焼速度を推定する燃焼速度推定部と、
前記相関量推定部及び前記燃焼速度推定部それぞれの推定結果に基づいて、前記アクチュエータに制御信号を出力する流動制御部と、を備え、
前記流動制御部は、前記乱流燃焼速度が目標速度を下まわる場合、前記パラメータに対応した前記A/F又はG/Fがリーンになるほど、前記混合気のレイノルズ数をより大きくするとともに該混合気のカルロビッツ数をより小さくするように、前記アクチュエータの制御目標を変更する
ことを特徴とするエンジンの制御装置。
【請求項2】
請求項1に記載されたエンジンの制御装置において、
前記制御目標は、
前記燃焼室を開閉する吸気弁の開弁時期と、
前記燃焼室内に前記第1燃料を噴射する燃料噴射弁の噴射時期と、の少なくとも一方により構成され、
前記流動制御部は、前記乱流燃焼速度が目標速度を下まわる場合、
前記開弁時期の変更に際しては、前記A/F又はG/Fがリーンになるほど、排気上死点よりも進角側の範囲内で該開弁時期を遅角させ、
前記噴射時期の変更に際しては、前記A/F又はG/Fがリーンになるほど該噴射時期を進角させる
ことを特徴とするエンジンの制御装置。
【請求項3】
請求項2に記載されたエンジンの制御装置において、
前記燃料噴射弁の噴射圧力は、少なくとも前記レイノルズ数を増減させる第2の制御目標を構成し、
前記流動制御部は、前記乱流燃焼速度が目標速度を下まわる場合、前記制御目標の変更に加えて又は該制御目標の変更に代えて、前記A/F又はG/Fがリーンになるほど前記混合気のレイノルズ数をより大きくするように前記噴射圧力を高める
ことを特徴とするエンジンの制御装置。
【請求項4】
請求項3に記載されたエンジンの制御装置において、
前記流動制御部は、前記乱流燃焼速度が目標速度を下まわる場合、前記開弁時期、前記噴射圧力及び前記噴射時期の優先順で、前記制御目標又は前記第2の制御目標の変更を実行する
ことを特徴とするエンジンの制御装置。
【請求項5】
請求項1に記載されたエンジンの制御装置において、
前記パラメータは、前記燃焼室内における前記混合気の層流燃焼速度であり、
前記流動制御部は、前記制御目標を限界まで変更してもなお前記乱流燃焼速度が目標速度を下まわる場合には、前記燃焼室内における前記混合気の層流燃焼速度を高めるよう、前記燃焼室内での外部EGR量に対する内部EGR量の比率を上昇させる
ことを特徴とするエンジンの制御装置。
【請求項6】
請求項1に記載されたエンジンの制御装置において、
前記パラメータは、前記燃焼室内における前記混合気の層流燃焼速度であり、
前記流動制御部は、前記制御目標を限界まで変更してもなお前記乱流燃焼速度が目標速度を下まわる場合には、前記燃焼室内における前記混合気の層流燃焼速度を高めるよう、前記燃焼室内に供給される空気の量及び燃料量の少なくとも一方を介して前記A/F又はG/Fを減少させる
ことを特徴とするエンジンの制御装置。
【請求項7】
請求項1に記載されたエンジンの制御装置において、
前記計測部には、前記燃焼室内の筒内圧を検出する筒内圧センサが含まれ、
前記流動制御部は、前記筒内圧センサの検出結果を参照することで、前記乱流燃焼速度を前記目標速度に一致させるよう、前記乱流燃焼速度をフィードバック制御する
ことを特徴とするエンジンの制御装置。
【請求項8】
請求項1に記載されたエンジンの制御装置において、
前記パラメータは、前記燃焼室内における前記混合気の層流燃焼速度であり、
前記燃焼速度推定部は、
式(B)-(D)に示すモデルに基づいて、前記層流燃焼速度に火炎伸張を考慮した局所燃焼速度を推定し、
前記局所燃焼速度と、式(A)及び(E)-(F)に示すモデルとに基づいて、前記乱流燃焼速度を推定する
ことを特徴とするエンジンの制御装置。
【数1】
【数2】
【数3】
【数4】
【数5】
【数6】
ただし、式(A)-(F)において、S
Tが前記乱流燃焼速度であり、S
L
*が火炎伸張を考慮した局所燃焼速度であり、S
L
0が前記層流燃焼速度であり、Reが前記レイノルズ数であり、Kaが前記カルロビッツ数であり、Maがマークシュタイン数であり、ηがストークスパラメータであり、leが渦のスケールであり、u’が渦の強さであり、νが未燃混合気の動粘性係数である。
【請求項9】
請求項8に記載されたエンジンの制御装置において、
前記エンジンに取り付けられ、前記燃焼室内に活性種を供給する活性種供給装置と、
前記計測信号に基づいて、前記燃焼室内に生じた前記乱流燃焼速度を計測する燃焼速度計測部と、を備え、
前記制御部は、
前記エンジンの運転状態に応じて前記活性種供給装置に制御信号を入力することで、前記燃焼室内に活性種を供給し、
前記活性種供給装置によって活性種が供給されている場合、前記燃焼速度推定部による前記乱流燃焼速度の推定値を、前記燃焼速度計測部による前記乱流燃焼速度の計測値ぶ近づけるように、前記式(B)の右辺に対して乗算補正を行う
ことを特徴とするエンジンの制御装置。
【請求項10】
請求項9に記載されたエンジンの制御装置において、
前記乗算補正における乗算項の絶対値は、前記燃焼室内への活性種の供給量が増えるにしたがって増加する
ことを特徴とするエンジンの制御装置。
【請求項11】
請求項8に記載されたエンジンの制御装置において、
前記計測信号に基づいて、前記燃焼室内に生じた前記乱流燃焼速度を計測する燃焼速度計測部を備え、
前記制御部は、
前記筒内性状推定部による推定結果に基づいて、前記A/F又はG/Fの大きさが、リーン側の限界領域に到達しているか否かを判断し、
前記A/F又はG/Fが前記限界領域に到達している場合、前記燃焼速度推定部による前記乱流燃焼速度の推定値を、前記燃焼速度計測部による前記乱流燃焼速度の計測値に近づけるように、前記式(B)の右辺に対して加算補正を行う
ことを特徴とするエンジンの制御装置。
【請求項12】
請求項8に記載されたエンジンの制御装置において、
前記燃焼室内に活性種を供給する活性種供給装置と、
前記計測信号に基づいて、前記燃焼室内に生じた前記乱流燃焼速度を計測する燃焼速度計測部と、を備え、
前記制御部は、
前記エンジンの運転状態に応じて前記活性種供給装置に制御信号を入力することで、前記燃焼室内に活性種を供給し、
前記筒内性状推定部による推定結果に基づいて、前記A/F又はG/Fの大きさが、リーン側の限界領域に到達しているか否かを判断し、
前記活性種供給装置によって活性種が供給されておらず、かつ前記A/F又はG/Fが前記限界領域に到達していない場合、前記燃焼速度推定部による前記乱流燃焼速度の推定値を、前記燃焼速度計測部による前記乱流燃焼速度の計測値に近づけるように、前記式(B)の右辺に対して乗算補正を行う
ことを特徴とするエンジンの制御装置。
【請求項13】
請求項9から12のいずれか1つに記載されたエンジンの制御装置において、
前記制御部は、前記燃焼速度推定部による前記乱流燃焼速度の推定値と、前記燃焼速度計測部による前記乱流燃焼速度の計測値と、の差の絶対値が所定の閾値以上の場合に、前記式(B)の右辺に対する補正を実行するように判定し、
前記制御部は、
前記推定値が前記計測値よりも小さい場合には、前記閾値として第1閾値を参照し、
前記推定値が前記計測値よりも大きい場合には、前記閾値として前記第1閾値とは異なる絶対値を有する第2閾値を参照する
ことを特徴とするエンジンの制御装置。
【請求項14】
請求項1に記載されたエンジンの制御装置において、
前記燃焼速度推定部は、事前に取得された標準燃料の燃料性状に基づいて、該標準燃料の燃焼時における前記乱流燃焼速度を推定し、
前記流動制御部は、前記目標速度として、前記標準燃料の燃焼時における前記乱流燃焼速度を用いる
ことを特徴とするエンジンの制御装置。
【請求項15】
複数種の燃料に対応させたエンジンの制御装置であって、
燃料タンクから燃焼室内に第1燃料を供給する燃料供給システムと、
前記エンジンに取り付けられ、燃料タンクから燃焼室内に供給される第1燃料により形成される混合気の流動を制御するアクチュエータと、
前記燃焼室内での燃焼に関する計測信号を出力する計測部と、
前記計測信号を受けると共に、前記燃焼室内における前記混合気の空気と前記第1燃料との重量比であるA/F、又は、前記燃焼室内における前記混合気の全ガスと前記第1燃料との重量比であるG/Fを理論空燃比よりもリーンにした状態で前記混合気を燃焼させるように、前記燃料供給システム及び前記アクチュエータに制御信号を出力する制御部と、を備え、
前記制御部は、
前記計測信号に基づいて、前記第1燃料の燃料性状を推定する筒内性状推定部と、
前記筒内性状推定部による推定結果に基づいて、前記燃焼室内における前記A/F及びG/Fと相関したパラメータを推定する相関量推定部と、
前記筒内性状推定部による推定結果に基づいて、前記燃焼室内における前記混合気の乱流燃焼速度を推定する燃焼速度推定部と、
前記相関量推定部及び前記燃焼速度推定部それぞれの推定結果に基づいて、前記アクチュエータに制御信号を出力する流動制御部と、を備え、
前記流動制御部は、前記乱流燃焼速度が目標速度を下まわる場合、前記パラメータに対応した前記A/F又はG/Fがリーンになるほど、前記混合気のレイノルズ数をより大きくするとともに該混合気のカルロビッツ数をより小さくするように、前記アクチュエータの制御目標を変更し、
前記アクチュエータは、
前記燃焼室を開閉する吸気弁と、
前記燃焼室内に前記第1燃料を噴射する燃料噴射弁の噴射時期と、の少なくとも1つによって構成され、
前記アクチュエータの制御目標は、
前記吸気弁の開弁時期と、
前記燃料噴射弁の噴射時期と、
前記前記燃料噴射弁の噴射圧力と、の少なくとも1つによって構成され、
前記流動制御部は、前記乱流燃焼速度が目標速度を下まわる場合、
前記開弁時期の変更に際しては、前記A/F又はG/Fがリーンになるほど、排気上死点よりも進角側の範囲内で該開弁時期を遅角させ、
前記噴射時期の変更に際しては、前記A/F又はG/Fがリーンになるほど該噴射時期を進角させ、
前記噴射圧力の変更に際しては、前記A/F又はG/Fがリーンになるほど前記混合気のレイノルズ数をより大きくするように前記噴射圧力を高める
ことを特徴とするエンジンの制御装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、エンジンの制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、火花点火式の内燃機関の制御装置が開示されている。この制御装置は、圧縮行程において燃焼室内の混合気に自着火を生じさせるとともに、その自着火が生じる時期よりも後の所定の時期に点火プラグを点火させるように構成されている。
【0003】
前記特許文献1によると、従来の希薄燃焼では、初期火炎を形成できずに失火する場合があり、また、仮に初期火炎が形成されたとしても、その火炎伝播速度が遅くなって部分燃焼になり得る。これに対し、前記特許文献1に係る制御装置を用いることで、混合気をリーン状態とした場合であっても、その燃焼を安定させて熱効率を向上させることができる。
【0004】
特許文献2には、流動強化弁を備えた内燃機関の制御装置が開示されている。この制御装置は、吸入空気量、及び流動強化弁の動作状態等に基づいて筒内の乱れ強度の指標を演算するとともに、そうして演算した乱れ強度指標に基づいて点火時期を演算するように構成されている。
【0005】
前記特許文献2によると、乱れ強度に比例して乱流燃焼速度が増加する。そして、乱流燃焼速度の増加にしたがって、最大トルクを実現するための点火時期が遅角化する。そのため、前記特許文献2に係る制御装置を用いることで、筒内の乱流燃焼速度に対応した点火時期を実現することができる。
【0006】
また、前記特許文献2には、吸入空気量等に基づいて乱れ強度を直に演算する代わりに、レイノルズ数等、乱れ強度に関連した指標を演算し、その指標に基づいて点火時期を補正することも開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2017-015038号公報
【特許文献2】特開2012-062865号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
種々の環境問題に対応するために、熱効率を高めることが考えられている。これを実現するための方策として、理論空燃比よりも空気過剰側で燃料を燃焼させる希薄燃焼(いわゆるA/Fリーン燃焼)が広く知られている。
【0009】
また、環境問題に対応するための別の方策として、カーボンニュートラル燃料等、いわゆる次世代燃料の使用も検討されている。しかし、現状では、次世代燃料の組成が一律に決まるとは言えず、例えば仕向地によって、燃料組成が異なる可能性がある。
【0010】
本願発明者らは、環境問題に対応したエンジンを提供すべく、どのような燃料を用いたとしても高い熱効率を実現することができるように、多種燃料に対応させた希薄燃焼の実現を模索した。
【0011】
希薄燃焼の場合、前記特許文献1に記載されているように、初期火炎の伝播速度が不足する可能性がある。この伝播速度は、空燃比(A/F)がリーンになるほど不足する傾向にある。また、A/Fの目安となるリーン限界は、燃料組成に応じて変化する。そのため、伝播速度の不足量は、燃料組成に応じて変化し得る。
【0012】
一方、燃焼室内における火炎の伝播速度は、いわゆる乱流燃焼速度に比例する。この乱流燃焼速度は、前記特許文献2に記載されているように、空気の乱れ強度に比例する。空気の乱れは、レイノルズ数に関係する。
【0013】
そこで、火炎の伝播速度を高めるべく、燃料組成に応じたレイノルズ数となるように空気の流動を調整することが考えられる。しかしながら、伝播速度を効率よく高める上で、検討の余地がある。
【0014】
なお、上述した伝搬速度は、燃焼室内における混合気の全ガス(既燃ガスを含む)と燃料との重量比であるいわゆるG/Fがリーンになったとき(例えば、燃焼室内に多量の既燃ガスが供給されたとき)にも不足する傾向にある。すなわち、上述した課題は、A/Fリーンな場合のみならず、G/Fリーンな状況での希薄燃焼にも共通した課題といえる。
【0015】
ここに開示する技術は、かかる点に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、多種燃料に対応させた希薄燃焼を実現することにある。
【課題を解決するための手段】
【0016】
一般に、乱流燃焼速度は、燃焼室内の渦の強さ(乱れの強さ)が大きくなるほど高くなる。しかしながら、渦の強さが大きいと、火炎伸張による消炎を招く可能性もある。
【0017】
本願発明者らは、乱流燃焼速度における火炎伸張の影響を検討した。そして、従来知られたPetersのモデル(N.Peters: J. Fluid Mech. (1999), vol.384, pp.107-132)に火炎伸張の影響を取り入れることで、以下の如きモデルを新たに提唱した。
【0018】
【0019】
【0020】
【0021】
式(A)-(B)において、STは、乱流燃焼速度であり、SL
0は、前記Petersのモデル(以下、単に「周知モデル」という)で用いられた、火炎伸張を考慮していない層流燃焼速度である。SL
0は、渦の流動(例えば、渦の強さ及び渦のスケール)ではなく、燃料性状、A/F、G/F等、混合気それ自体の物性に依存する。
【0022】
SL
*は、本願発明者らによって新たに提唱された、火炎伸張を考慮した局所燃焼速度である。SL
*は、渦の流動と、混合気自体の物性との双方に依存する。式(A)において、従来はSL
*ではなくSL
0が用いられていたところ、これをSL
*に置き換えたことが、周知モデルと、本願に係るモデルとの相違点である。
【0023】
その他、Re、Ka、Ma及びηは、それぞれ、レイノルズ数、カルロビッツ数、マークシュタイン数及びストークスパラメータである。下式(D)に示すように、ストークスパラメータは、KaとMaの積に依存する。レイノルズ数及びカルロビッツ数は、渦の流動と、混合気自体の物性との双方に依存する。マークシュタイン数は、燃料性状のみに依存する。
【0024】
【0025】
また、式(A)のf(x)は、xに対して実質的に正の相関を有している。つまり、式(A)において乱流燃焼速度STを高めるためには、局所燃焼速度SL
*を高めればよい。
【0026】
そして、層流燃焼速度SL
0とマークシュタイン数Maとが混合気の物性に依存していることに鑑みると、燃料性状を同一条件下にした場合(同じ燃料を用いた場合)に局所燃焼速度SL
*を高めるためには、式(B)において、レイノルズ数Reを大きくすると同時に、同式においてカルロビッツ数Kaを小さくすればよいということに、本願発明者らは気付いた。
【0027】
本願発明者らは、以上の知見と、A/F又はG/Fがリーンになるほど火炎の伝播速度が不足する傾向にあるという知見とを考慮することで、本開示を新たに創作するに至った。
【0028】
具体的に、本開示の第1の態様は、複数種の燃料に対応させたエンジンの制御装置に係る。この制御装置は、燃料タンクから燃焼室内に第1燃料を供給する燃料供給システムと、前記エンジンに取り付けられ、燃料タンクから燃焼室内に供給される第1燃料により形成される混合気の流動を制御するアクチュエータと、前記燃焼室内での燃焼に関する計測信号を出力する計測部と、前記計測信号を受けると共に、前記燃焼室内における前記混合気の空気と前記第1燃料との重量比であるA/F、又は、前記燃焼室内における前記混合気の全ガスと前記第1燃料との重量比であるG/Fが理論空燃比よりもリーンな状態で前記混合気を燃焼させるように、前記燃料供給システム及び前記アクチュエータに制御信号を出力する制御部と、を備え、前記制御部は、前記計測信号に基づいて、前記第1燃料の燃料性状を推定する筒内性状推定部と、前記筒内性状推定部による推定結果に基づいて、前記燃焼室内における前記A/F及びG/Fと相関したパラメータを推定する相関量推定部と、前記筒内性状推定部による推定結果に基づいて、前記燃焼室内における前記混合気の乱流燃焼速度を推定する燃焼速度推定部と、前記相関量推定部及び前記燃焼速度推定部それぞれの推定結果に基づいて、前記アクチュエータに制御信号を出力する流動制御部と、を備え、前記流動制御部は、前記乱流燃焼速度が目標速度を下まわる場合、前記パラメータに対応した前記A/F又はG/Fがリーンになるほど、前記混合気のレイノルズ数をより大きくするとともに該混合気のカルロビッツ数をより小さくするように、前記アクチュエータの制御目標を変更する。
【0029】
前記第1の態様によると、流動制御部は、A/F又はG/Fがリーンになるほどレイノルズ数をより大きくしかつカルロビッツ数をより小さくするように、アクチュエータの制御目標を変更する。これにより、ガソリン等の標準燃料とは異なる異種燃料を燃焼させる場合であっても、レイノルズ数のみを大きくする場合と比べて、初期の火炎速度を効率的に高めることができる。これにより、多種燃料に対応させた希薄燃焼を実現することができる。
【0030】
また、本開示の第2の態様によれば、前記制御目標は、前記燃焼室を開閉する吸気弁の開弁時期と、前記燃焼室内に前記第1燃料を噴射する燃料噴射弁の噴射時期と、の少なくとも一方により構成され、前記流動制御部は、前記乱流燃焼速度が目標速度を下まわる場合、前記開弁時期の変更に際しては、前記A/F又はG/Fがリーンになるほど、排気上死点よりも進角側の範囲内で該開弁時期を遅角させ、前記噴射時期の変更に際しては、前記A/F又はG/Fがリーンになるほど該噴射時期を進角させる、としてもよい。
【0031】
本願発明者らの検討によれば、開弁時期をTDC付近まで遅角させたときには、相対的に進角させたときと比べてカルロビッツ数は小さくなる。これは、TDC付近で吸気弁を開くと、そこよりも開弁時期を進角させたときと比べて吸入空気量が微減するのと引き換えに、下死点に向かってガスを引き込む力が相対的に大きく作用し、その結果、混合気がなす渦のスケールが相対的に大きくなるからである。本願発明者らの検証によれば、その際、渦のスケールは、混合気がなす渦の強さよりも有意に大きくなり、レイノルズ数がより大きくなると同時にカルロビッツ数はより小さくなる。
【0032】
もっとも、開弁時期をTDCよりもさらに遅角させてしまうと、ガスを引き込む力がさらに大きくなる一方、吸入空気量が大きく減少してしまうため、熱効率の観点からは実用性に欠ける。
【0033】
燃料の噴射時期についても同様である。噴射時期を遅角させると、下死点に向かって燃料を引き込む力が相対的に大きく作用することになり、その結果、混合気がなす渦のスケールが相対的に大きくなるからである。本願発明者らの検証によれば、その際、渦のスケールは、渦の強さよりも有意に大きくなる。その結果、レイノルズ数が大きくなると同時に、カルロビッツ数は小さくなる。
【0034】
したがって、前記第2の態様のように開弁時期及び噴射時期を変更することで、熱効率を確保しつつ、レイノルズ数を大きくしかつカルロビッツ数を小さくすることが可能になる。これにより、多種燃料に対応させた希薄燃焼を実現する上で有利になる。
【0035】
また、本開示の第3の態様によれば、前記燃料噴射弁の燃料噴射圧力は、少なくとも前記レイノルズ数を増減させる第2の制御目標を構成し、前記流動制御部は、前記乱流燃焼速度が目標速度を下まわる場合、前記制御目標の変更に加えて又は該制御目標の変更に代えて、前記A/F又はG/Fがリーンになるほど前記混合気のレイノルズ数をより大きくするように前記噴射圧力を高める、としてもよい。
【0036】
前記第3の態様によると、燃料噴射圧力(以下、単に「噴射圧力」ともいう)を高めることで、混合気によって燃焼室内に形成される渦の強さを高めることができる。これにより、レイノルズ数をより大きくする上で有利になる。これにより、多種燃料に対応させた希薄燃焼を実現する上で有利になる。
【0037】
また、本開示の第4の態様によれば、前記流動制御部は、前記乱流燃焼速度が目標速度を下まわる場合、前記開弁時期、前記噴射圧力及び前記噴射時期の優先順で、前記制御目標又は前記第2の制御目標の変更を実行する、としてもよい。
【0038】
本願発明者らが、鋭意検討を重ねた結果によれば、噴射時期の変更は、エミッション性能に若干の影響を及ぼす。噴射圧力の変更は、燃費性能に若干の影響を及ぼす。そこで、前記第4の態様のように優先順位を設定することで、エミッション性能、及び、燃費性能の順番で、各性能を可能な限り確保することができる。これにより、多種燃料に対応させた希薄燃焼を実現する上で有利になる。
【0039】
また、本開示の第5の態様によれば、前記流動制御部は、前記制御目標を限界まで変更してもなお前記乱流燃焼速度が目標速度を下まわる場合には、前記燃焼室内における前記混合気の層流燃焼速度を高めるよう、前記燃焼室内での外部EGR量に対する内部EGR量の比率を上昇させる、としてもよい。
【0040】
開弁時期、前記噴射圧力及び前記噴射時期には、所定の制御限界が存在するものと考えられる。そこで、これらの因子が制御限界に達してもなお乱流燃焼速度が目標速度を下まわる場合には、層流燃焼速度を高めることで、乱流燃焼速度の上昇を図る。周知のように、筒内温度の上昇は、層流燃焼速度の上昇に資する。ゆえに、内部EGR量の比率を通じて筒内温度を上昇させることで、乱流燃焼速度を上昇させることが可能になる。これにより、多種燃料に対応させた希薄燃焼を実現する上で有利になる。
【0041】
また、本開示の第6の態様によれば、前記パラメータは、前記燃焼室内における前記混合気の層流燃焼速度であり、前記流動制御部は、前記制御目標を限界まで変更してもなお前記乱流燃焼速度が目標速度を下まわる場合には、前記燃焼室内における前記混合気の層流燃焼速度を高めるよう、前記燃焼室内に供給される空気の量及び燃料量の少なくとも一方を介して前記A/F又はG/Fを減少させる、としてもよい。
【0042】
開弁時期、前記噴射圧力及び前記噴射時期には、所定の制御限界が存在するものと考えられる。そこで、これらの因子が制御限界に達してもなお乱流燃焼速度が目標速度を下まわる場合には、層流燃焼速度を高めることで、乱流燃焼速度の上昇を図る。周知のように、A/F又はG/Fのリーン化は、層流燃焼速度の上昇に資する。ゆえに、内部EGR量の比率を通じて筒内温度を上昇させることで、乱流燃焼速度を上昇させることが可能になる。これにより、多種燃料に対応させた希薄燃焼を実現する上で有利になる。
【0043】
また、本開示の第7の態様によれば、前記計測部には、前記燃焼室内の筒内圧を検出する筒内圧センサが含まれ、前記流動制御部は、前記筒内圧センサの検出結果を参照することで、前記乱流燃焼速度を前記目標速度に一致させるよう、前記乱流燃焼速度をフィードバック制御する、としてもよい。
【0044】
前記第7の態様によると、流動制御部は、筒内圧センサの計測信号に基づいたフィードバック制御を通じて、乱流燃焼速度を目標速度に一致させる。これにより、多種燃料による希薄燃焼時であっても、より適切な乱流燃焼速度を実現することができる。
【0045】
また、本開示の第8の態様によれば、前記パラメータは、前記燃焼室内における前記混合気の層流燃焼速度であり、前記燃焼速度推定部は、式(B)-(D)に示すモデルに基づいて、前記層流燃焼速度に火炎伸張を考慮した局所燃焼速度を推定し、前記局所燃焼速度と、式(A)及び(E)-(F)に示すモデルとに基づいて、前記乱流燃焼速度を推定する、としてもよい。
【0046】
【0047】
【0048】
【0049】
【0050】
【0051】
【0052】
ただし、式(A)-(F)において、STが前記乱流燃焼速度であり、SL
*が火炎伸張を考慮した局所燃焼速度であり、SL
0が前記層流燃焼速度であり、Reが前記レイノルズ数であり、Kaが前記カルロビッツ数であり、Maがマークシュタイン数であり、ηがストークスパラメータであり、leが渦のスケールであり、u’が渦の強さであり、νが未燃混合気の動粘性係数である。
【0053】
前記第8の態様によると、火炎伸張を考慮した局所燃焼速度を適切に推定し、多種燃料に対応させた希薄燃焼を実現するように、レイノルズ数及びカルロビッツ数を適切に調整することが可能になる。
【0054】
また、本開示の第9の態様によれば、前記エンジンの制御装置は、前記エンジンに取り付けられ、前記燃焼室内に活性種を供給する活性種供給装置と、前記計測信号に基づいて、前記燃焼室内に生じた前記乱流燃焼速度を計測する燃焼速度計測部と、を備え、前記制御部は、前記エンジンの運転状態に応じて前記活性種供給装置に制御信号を入力することで、前記燃焼室内に活性種を供給し、前記活性種供給装置によって活性種が供給されている場合、前記燃焼速度推定部による前記乱流燃焼速度の推定値を、前記燃焼速度計測部による前記乱流燃焼速度の計測値に近づけるように、前記式(B)の右辺に対して乗算補正を行う、としてもよい。
【0055】
ここで、「活性種」は、燃焼室内での混合気の火炎伝播を促進させるものであればよい。「活性種」は、例えば、オゾン(O3)としてもよいし、OHラジカルとしてもよい。
【0056】
前記第9の態様によると、活性種を供給することで、火炎伝播を促進することができる。しかしながら、活性種を供給することは、混合気の物性を調整することに他ならない。混合気の物性を調整することは、層流燃焼速度に影響を与え得るため、乱流燃焼速度の推定値にずれを招き得る。そうしたずれの発生は、レイノルズ数及びカルロビッツ数を適切に調整するには不都合である。
【0057】
これに対し、前記第9の態様のように乗算補正を行うことで、前述の如きずれを縮小することができる。それにより、レイノルズ数及びカルロビッツ数を適切に調整する上で有利になる。
【0058】
さらに、活性種の供給は、層流燃焼速度、ひいては局所燃焼速度の高低にかかわらず影響し得ると考えられる。前記第9の態様のように乗算補正を行うことで、局所燃焼速度SL
*の高低にかかわらず、活性種の影響を考慮することができる。
【0059】
また、本開示の第10の態様によれば、前記乗算補正における乗算項の絶対値は、前記燃焼室内への活性種の供給量が増えるにしたがって増加する、としてもよい。
【0060】
一般に、活性種を多く供給すればするほど、混合気の燃え易さへの影響が大きくなると考えられる。そこで、前記第10の態様のように、活性種の供給量に応じて乗算項の値を変化させることで、活性種を供給することの影響を、より適切に考慮することができる。
【0061】
また、本開示の第11の態様によれば、前記エンジンの制御装置は、前記計測信号に基づいて、前記燃焼室内に生じた前記乱流燃焼速度を計測する燃焼速度計測部を備え、前記制御部は、前記筒内性状推定部による推定結果に基づいて、前記A/F又はG/Fの大きさが、リーン側の限界領域に到達しているか否かを判断し、前記A/F又はG/Fが前記限界領域に到達している場合、前記燃焼速度推定部による前記乱流燃焼速度の推定値を、前記燃焼速度計測部による前記乱流燃焼速度の計測値に近づけるように、前記式(B)の右辺に対して加算補正を行う、としてもよい。
【0062】
前記第11の態様によると、A/F又はG/Fが限界領域付近まで到達している場合(いわゆるリーン限界又はEGR限界付近に達している場合)、空気又はEGRガスによる燃料の希釈に起因して、その燃焼速度が遅くなるものと考えられる。しかし、A/F又はG/Fが限界領域付近では、この燃焼速度の遅くなり具合は通常とは異なり、こうした影響は層流燃焼速度モデルに反映されていない。よって、こうした影響は、乱流燃焼速度の推定値にずれを招き得る。そうしたずれの発生は、レイノルズ数及びカルロビッツ数を適切に調整するには不都合である。
【0063】
これに対し、前記第11の態様のように加算補正を行うことで、前述の如きずれを縮小することができる。それにより、レイノルズ数及びカルロビッツ数を適切に調整する上で有利になる。
【0064】
さらに、A/F又はG/Fが限界領域に到達している場合、燃料が十分に希釈された結果、層流燃焼速度、ひいては局所燃焼速度は下限付近の値になると考えられる。つまり、空気又はEGRガスによる燃料の希釈は、局所燃焼速度が下限付近の値にあるときのみに影響し得ると考えられる。一方、前記第11の態様のような加算項は、局所燃焼速度に係数を乗じる場合と比較して、局所燃焼速度の高低に応じて影響度合いは変化し得る。
【0065】
そこで、前記第11の態様のように加算補正を行うことで、局所燃焼速度の全域ではなく、当該速度が十分に低い場合にのみ、補正の影響を及ぼすことができる。
【0066】
また、本開示の第12の態様によれば、前記エンジンの制御装置は、前記燃焼室内に活性種を供給する活性種供給装置と、前記計測信号に基づいて、前記燃焼室内に生じた前記乱流燃焼速度を計測する燃焼速度計測部と、を備え、前記制御部は、前記エンジンの運転状態に応じて前記活性種供給装置に制御信号を入力することで、前記燃焼室内に活性種を供給し、前記筒内性状推定部による推定結果に基づいて、前記A/F又はG/Fの大きさが、リーン側の限界領域に到達しているか否かを判断し、前記活性種供給装置によって活性種が供給されておらず、かつ前記A/F又はG/Fが前記限界領域に到達していない場合、前記燃焼速度推定部による前記乱流燃焼速度の推定値を、前記燃焼速度計測部による前記乱流燃焼速度の計測値に近づけるように、前記式(B)の右辺に対して乗算補正を行う、としてもよい。
【0067】
前記第12の態様によると、活性種の供給、及び前記限界領域以外の要因による一般誤差の影響を、乱流燃焼速度の推定に反映させることができる。それにより、レイノルズ数及びカルロビッツ数を適切に調整する上で有利になる。なお、ここでいう「一般誤差」とは、例えば、EGRガスの組成に起因した誤差としてもよい。「EGRガスの組成に起因した誤差」とは、例えば、EGRガス中のNOxの含有率又は含有量としてもよい。
【0068】
また、本開示の第13の態様によれば、前記制御部は、前記燃焼速度推定部による前記乱流燃焼速度の推定値と、前記燃焼速度計測部による前記乱流燃焼速度の計測値と、の差の絶対値が所定の閾値以上の場合に、前記式(B)の右辺に対する補正を実行するように判定し、前記制御部は、前記推定値が前記計測値よりも小さい場合には、前記閾値として第1閾値を参照し、前記推定値が前記計測値よりも大きい場合には、前記閾値として前記第1閾値とは異なる絶対値を有する第2閾値を参照する、としてもよい。
【0069】
一般に、乱流燃焼速度の推定値がその計測値よりも大きいときと小さいときとで、エンジンの燃焼波形、ひいては熱効率に与える影響は相違するものと考えられる。そこで、前記第13の態様のようにゼロ点に対して非対称な閾値を用いることで、熱効率に与える影響が比較的大きいと考えられる場合には、より小さな閾値を用いる一方、熱効率に与える影響が比較的小さいと考えられる場合には、より大きな閾値を用いることができる。これにより、より適切なタイミングでモデル修正を行うことが可能になる。
【0070】
また、本開示の第14の態様によれば、前記燃焼速度推定部は、事前に取得された標準燃料の燃料性状に基づいて、該標準燃料の燃焼時における前記乱流燃焼速度を推定し、前記流動制御部は、前記目標速度として、前記標準燃料の燃焼時における前記乱流燃焼速度を用いる、としてもよい。
【0071】
前記第14の態様によると、標準燃料の燃焼時における乱流燃焼速度を目標速度に用いることで、その標準燃料とは異なる燃料を第1燃料に用いたとしても、標準燃料と同様の燃焼波形を実現することができる。これにより、多種燃料に適したエンジンとすることができる。
【0072】
また、本開示の第15の態様は、複数種の燃料に対応させたエンジンの制御装置にかかる。この制御装置は、燃料タンクから燃焼室内に第1燃料を供給する燃料供給システムと、前記エンジンに取り付けられ、燃料タンクから燃焼室内に供給される第1燃料により形成される混合気の流動を制御するアクチュエータと、前記燃焼室内での燃焼に関する計測信号を出力する計測部と、前記計測信号を受けると共に、前記燃焼室内における前記混合気の空気と前記第1燃料との重量比であるA/F、又は、前記燃焼室内における前記混合気の全ガスと前記第1燃料との重量比であるG/Fを理論空燃比よりもリーンにした状態で前記混合気を燃焼させるように、前記燃料供給システム及び前記アクチュエータに制御信号を出力する制御部と、を備え、前記制御部は、前記計測信号に基づいて、前記第1燃料の燃料性状を推定する筒内性状推定部と、前記筒内性状推定部による推定結果に基づいて、前記燃焼室内における前記A/F及びG/Fと相関したパラメータを推定する相関量推定部と、前記筒内性状推定部による推定結果に基づいて、前記燃焼室内における前記混合気の乱流燃焼速度を推定する燃焼速度推定部と、前記相関量推定部及び前記燃焼速度推定部それぞれの推定結果に基づいて、前記アクチュエータに制御信号を出力する流動制御部と、を備え、前記流動制御部は、前記乱流燃焼速度が目標速度を下まわる場合、前記パラメータに対応した前記A/F又はG/Fがリーンになるほど、前記混合気のレイノルズ数をより大きくするとともに該混合気のカルロビッツ数をより小さくするように、前記アクチュエータの制御目標を変更する。
【0073】
そして、前記第15の態様によれば、前記アクチュエータは、前記燃焼室を開閉する吸気弁と、前記燃焼室内に前記第1燃料を噴射する燃料噴射弁の噴射時期と、の少なくとも1つによって構成され、前記アクチュエータの制御目標は、前記吸気弁の開弁時期と、前記燃料噴射弁の噴射時期と、前記前記燃料噴射弁の噴射圧力と、の少なくとも1つによって構成され、前記流動制御部は、前記乱流燃焼速度が目標速度を下まわる場合、前記開弁時期の変更に際しては、前記A/F又はG/Fがリーンになるほど、排気上死点よりも進角側の範囲内で該開弁時期を遅角させ、前記噴射時期の変更に際しては、前記A/F又はG/Fがリーンになるほど該噴射時期を進角させ、前記噴射圧力の変更に際しては、前記A/F又はG/Fがリーンになるほど前記混合気のレイノルズ数をより大きくするように前記噴射圧力を高める。
【0074】
前記第15の態様によると、多種燃料に対応させた希薄燃焼を実現することができる。
【発明の効果】
【0075】
以上説明したように、本開示によれば、多種燃料に対応させた希薄燃焼を実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0076】
【
図2】
図2は、エンジンの燃焼室を例示する図であり、上図は燃焼室の平面視想到図、下図はII-II線断面図である。
【
図3】
図3は、エンジンの燃焼室及び吸気系を例示する図である。
【
図4】
図4は、エンジンの制御装置を例示するブロック図である。
【
図5】
図5は、SPCCI燃焼の波形を例示する図である。
【
図6】
図6は、エンジンの制御マップを例示する図である。
【
図7】
図7は、レイノルズ数及びカルロビッツ数と、乱流燃焼速度と、の関係を例示したコンター図である。
【
図8】
図8は、流動制御装置の構成を例示するブロック図である。
【
図9A】
図9Aは、筒内物性推定部における入出力を例示する図である。
【
図9B】
図9Bは、筒内状態推定部における入出力を例示する図である。
【
図9C】
図9Cは、相関量推定部における入出力を例示する図である。
【
図9D】
図9Dは、流動因子推定部及び流動速度推定部の入出力を例示する図である。
【
図10】
図10は、圧縮上死点後の排気行程終期におけるクランクアングルに対する、カルロビッツ数の大きさをプロットした図である。
【
図11】
図11は、圧縮上死点後の排気行程終期におけるクランクアングルに対する、レイノルズ数の大きさをプロットした図である。
【
図12A】
図12Aは、層流燃焼速度とA/F又はG/Fとに対する、IVOの値を例示する図である。
【
図12B】
図12Bは、IVOに対する、渦のスケール、渦の強さ、レイノルズ数及びカルロビッツ数の大きさを例示する図である。
【
図13】
図13は、層流燃焼速度とA/F又はG/Fとに対する、噴射圧力の値を例示する図である。
【
図14】
図14は、層流燃焼速度とA/F又はG/Fとに対する、噴射時期の値を例示する図である。
【
図15】
図15は、乱流燃焼速度の差分に対する、内部EGR比の大きさを例示する図である。
【
図16A】
図16Aは、乱流燃焼速度の調整に関してECUが行う制御を例示するフローチャートである。
【
図16B】
図16Bは、乱流燃焼速度の調整に関してECUが行う制御を例示するフローチャートである。
【
図16C】
図16Cは、乱流燃焼速度の調整に関してECUが行う制御を例示するフローチャートである。
【
図17】
図17は、開弁時期(IVO)、噴射圧力及び噴射時期の優先順位について説明するための図である。
【
図19】
図19は、モデル修正装置の構成を例示するブロック図である。
【
図20】
図20は、速度誤差と閾値との関係を例示した図である。
【
図21】
図21は、モデル修正に関する閾値を説明するための図である。
【
図22】
図22は、活性種の供給量に対する、第1乗算項の値を例示する図である。
【
図25】
図25は、A/F又はG/Fに対する、加算項の値を例示する図である。
【
図26】
図26は、速度誤差の大きさに対する、第2乗算項の値を例示する図である。
【
図27】
図27は、モデル修正に関する処理を例示するフローチャートである。
【
図28】
図28は、モデル修正に関する処理を例示するフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0077】
以下、本開示の実施形態を図面に基づいて説明する。なお、以下の説明は例示である。
【0078】
図1は、エンジンを例示する構成図である。
図2は、エンジンの燃焼室を例示する図であり、上図は燃焼室の平面視想到図、下図はII-II線断面図である。
図3は、エンジンの燃焼室及び吸気系を例示する図である。
図4は、エンジンの制御装置を例示するブロック図である。
【0079】
エンジン1は、燃焼室17を形成するシリンダ11を有している。このシリンダ11の中で、吸気行程、圧縮行程、膨張行程及び排気行程が繰り返される。エンジン1は、これらの行程を繰り返すことにより運転する4ストロークエンジンである。エンジン1は、四輪の自動車に搭載される。この自動車は、エンジン1が運転することによって走行する。
【0080】
エンジン1は、複数種の燃料に対応させたエンジンである。すなわち、このエンジン1は、いわゆる多種燃料対応エンジンである。エンジン1の燃料は、ガソリンであってもよいし、ナフサ等の代替燃料であってもよいし、メタノール等、種々のカーボンニュートラル燃料であってもよいし、それらの燃料の混合物(混合可能な燃料の混合物)としてもよい。
【0081】
また、エンジン1の燃料としてのガソリンは、高オクタン価燃料及び低オクタン価燃料の両方を使用できる。高オクタン価燃料のオクタン価は、例えば100であり、低オクタン価燃料のオクタン価は、例えば91である。
【0082】
自動車の利用者は、後述する燃料タンク63に、前記複数種の燃料に含まれる燃料を給油することができる。例えば、燃料タンク63内に貯留していた燃料を使い切った後、それとは異なる燃料を、同じ燃料タンク63内に注ぎ足すこともできる。利用者はまた、高オクタン価燃料を貯留している燃料タンク63に、低オクタン価燃料を注ぎ足すことができ、低オクタン価燃料を貯留している燃料タンク63に、高オクタン価燃料を注ぎ足すこともできる。オクタン価の異なる燃料を注ぎ足すと、エンジン1の使用燃料のオクタン価は、中間のオクタン価になる。
【0083】
(エンジンの構成)
エンジン1は、シリンダブロック12と、その上に載置されるシリンダヘッド13とを備えている。シリンダブロック12の内部には、複数のシリンダ11が形成されている。
図1では、1つのシリンダ11のみを示す。つまり、本実施形態に係るエンジン1は、多気筒エンジンである。
【0084】
各シリンダ11には、ピストン3が内挿されている。ピストン3は、コネクティングロッド14を介してクランクシャフト15に連結されている。ピストン3は、シリンダ11の内部を往復動する。ピストン3、シリンダ11及びシリンダヘッド13は、燃焼室17を形成する。
【0085】
なお、「燃焼室」は、ピストン3が圧縮上死点に至ったときの空間の意味に限定されない。「燃焼室」の語は、広義で用いる場合がある。すなわち、「燃焼室」は、ピストン3の位置に関わらず、ピストン3、シリンダ11及びシリンダヘッド13によって形成される空間を意味する場合がある。
【0086】
ピストン3の上面は平坦面である。ピストン3の上面には、キャビティ31が形成されている。キャビティ31は、ピストン3の上面から凹陥している。キャビティ31は、後述するインジェクタ6と対向する。
【0087】
キャビティ31は、凸部311を有している。凸部311は、シリンダ11の中心軸X1から排気側にややずれた位置に設けられている。凸部311は、略円錐状である。凸部311は、キャビティ31の底部から、シリンダ11の中心軸X1に平行な軸X2に沿って上向きに伸びている。凸部311の上端は、キャビティ31の周縁部の上面とほぼ同一の高さである。
【0088】
キャビティ31の周側面は、該キャビティ31の底面からキャビティ31の開口に向かって軸X2に対して傾いている。キャビティ31の内径は、キャビティ31の底部からキャビティ31の開口に向かって次第に拡大する。
【0089】
キャビティ31は、底部313を有している。底部313における吸気側の領域は、後述する点火プラグ25と対向している。該底部313は、
図2の上図に示すように、平面視で所定の大きさとなるように、水平方向に広がっている。
【0090】
また、シリンダヘッド13の下面、すなわち、燃焼室17の天井面は、
図2の下図に示すように、吸気側の傾斜面1311と、排気側の傾斜面1312とによって構成されている。傾斜面1311は、吸気側から軸X2に向かって上り勾配となっている。一方、傾斜面1312は、排気側から軸X2に向かって上り勾配となっている。燃焼室17の天井面は、いわゆるペントルーフ形状である。
【0091】
尚、燃焼室17の形状は、
図2に例示する形状に限定されない。例えば、キャビティ31の形状、ピストン3の上面の形状、及び燃焼室17の天井面の形状等は、適宜変更することが可能である。
【0092】
また、キャビティ31は、シリンダ11の中心軸X1に対して対称な形状にしてもよい。傾斜面1311と傾斜面1312とは、シリンダ11の中心軸X1に対して対称な形状にしてもよい。
【0093】
エンジン1の幾何学的圧縮比は、10以上30以下に設定されている。後述するように、エンジン1は、一部の運転領域において、SI(Spark Ignition)燃焼とCI燃焼(Compression Ignition)とを組み合わせたSPCCI燃焼を行う。SPCCI燃焼は、SI燃焼による発熱及び/又は圧力上昇によって、CI燃焼をコントロールする。エンジン1は、圧縮着火式エンジンである。しかし、エンジン1は、ピストン3が圧縮上死点に至った時の燃焼室17の温度(つまり、圧縮端温度)を高くする必要がない。そのため、エンジン1は、SPCCI燃焼を行わないエンジンと比べて、幾何学的圧縮比を低く設定することができる。幾何学的圧縮比が低いと、冷却損失の低減、及び、機械損失の低減に有利になる。
【0094】
シリンダヘッド13には、シリンダ11ごとに、吸気ポート18が形成されている。吸気ポート18は、
図3に示すように、第1吸気ポート181及び第2吸気ポート182の、2つの吸気ポートを有している。第1吸気ポート181及び第2吸気ポート182は、クランクシャフト15の軸方向、すなわち、エンジン1のフロント-リヤ方向に並んでいる。吸気ポート18は、燃焼室17と連通している。吸気ポート18は、詳細な図示は省略するが、いわゆるタンブルポートである。すなわち、吸気ポート18は、燃焼室17の中にタンブル流が形成される形状を有している。
【0095】
吸気ポート18には、吸気弁21が配設されている。吸気弁21は、燃焼室17と吸気ポート18との間を開閉する。動弁機構は、吸気弁21を所定のタイミングで開閉する。動弁機構は、バルブタイミング及び/又はバルブリフトを可変にする可変動弁機構としてもよい。
図4に示すように、動弁機構は、吸気電動S-VT(Sequential-Valve Timing)23を有している。吸気電動S-VT23は、吸気カムシャフトの回転位相を所定の角度範囲内で連続的に変更する。これにより、吸気弁21の開弁時期及び閉弁時期は連続的に変化する。尚、吸気弁21の動弁機構は、電動S-VTに代えて、油圧式のS-VTを有していてもよい。吸気弁21は、本実施形態における「アクチュエータ」の一例である。
【0096】
シリンダヘッド13には、シリンダ11ごとに、排気ポート19が形成されている。排気ポート19は、
図3に示すように、第1排気ポート191及び第2排気ポート192の、2つの排気ポートを有している。第1排気ポート191及び第2排気ポート192は、エンジン1のフロント-リヤ方向に並んでいる。排気ポート19は、燃焼室17と連通している。
【0097】
排気ポート19には、排気弁22が配設されている。排気弁22は、燃焼室17と排気ポート19との間を開閉する。動弁機構は、排気弁22を所定のタイミングで開閉する。動弁機構は、バルブタイミング及び/又はバルブリフトを可変にする可変動弁機構としてもよい。
図4に示すように、動弁機構は、排気電動S-VT24を有している。排気電動S-VT24は、排気カムシャフトの回転位相を所定の角度範囲内で連続的に変更する。これにより、排気弁22の開弁時期及び閉弁時期は連続的に変化する。尚、排気弁22の動弁機構は、電動S-VTに代えて、油圧式のS-VTを有していてもよい。
【0098】
吸気電動S-VT23及び排気電動S-VT24は、吸気弁21と排気弁22との両方が開弁するオーバーラップ期間の長さを調整する。オーバーラップ期間の長さを調整することによって、燃焼室17の中の残留ガスを掃気することができる。また、オーバーラップ期間の長さを調整することによって、内部EGR(Exhaust Gas Recirculation)ガスを燃焼室17の中に導入することができる。吸気電動S-VT23及び排気電動S-VT24は、内部EGRシステムを構成している。尚、内部EGRシステムは、S-VTによって構成されるとは限らない。
【0099】
シリンダヘッド13には、シリンダ11毎に、インジェクタ6が取り付けられている。インジェクタ6は、燃焼室17の中に燃料を直接噴射する。インジェクタ6は、吸気側の傾斜面1311と排気側の傾斜面1312とが交差するペントルーフの谷部において、燃焼室17内に臨んで配設されている。インジェクタ6の噴射軸心X2は、中心軸X1に平行である。インジェクタ6の噴射軸心X2とキャビティ31の中心とは一致している。インジェクタ6は、キャビティ31に対向している。尚、インジェクタ6の噴射軸心X2は、シリンダ11の中心軸X1と一致していてもよい。その場合に、インジェクタ6の噴射軸心X2と、キャビティ31の中心とは一致していてもよい。インジェクタ6は、本実施形態における「アクチュエータ」の一例である。
【0100】
インジェクタ6は、詳細な図示は省略するが、複数の噴口を有する多噴口型の燃料噴射弁によって構成されている。インジェクタ6は、
図2に二点鎖線で示すように、燃料噴霧が、燃焼室17の中央から放射状に広がるように燃料を噴射する。インジェクタ6は、本構成例においては、十個の噴口を有している。十個の噴口は、周方向に等角度に配置されている。尚、噴口の数は8個であってもよい。噴口の軸は、
図2の上図に示すように、後述する点火プラグ25に対して、周方向に位置がずれている。すなわち、点火プラグ25は、隣り合う2つの噴口の軸に挟まれている。これにより、インジェクタ6から噴射された燃料の噴霧が、点火プラグ25に直接に当たって電極を濡らしてしまうことが回避される。
【0101】
インジェクタ6には、燃料供給システム61が接続されている。燃料供給システム61は、燃料を貯留する燃料タンク63と、燃料供給路62とを備えている。燃料供給路62は、燃料タンク63とインジェクタ6とを互いにつなげている。燃料供給路62には、燃料ポンプ65とコモンレール64とが介設している。燃料供給システム61は、燃料タンク63から燃焼室17内に第1燃料を供給するように構成されている。
【0102】
燃料ポンプ65は、コモンレール64に燃料を圧送する。燃料ポンプ65は、この構成例においては電動式のポンプである。この電動式のポンプは、燃料タンク63の内部に配設されている。この燃料ポンプ65は、燃料ポンプコントローラ651と接続されている。燃料ポンプ65は、クランクシャフト15によって駆動されるプランジャー式のポンプとしてもよい。また、燃料供給路62におけるコモンレール64と燃料ポンプ65との間には、高圧燃料ポンプ641が配設されている。
【0103】
コモンレール64は、燃料ポンプ65から送られた燃料を蓄える。コモンレール64の中は高圧である。インジェクタ6は、コモンレール64につながっている。インジェクタ6が開弁すると、コモンレール64の中の高圧の燃料が、インジェクタ6の各噴口から燃焼室17の中に噴射される。
【0104】
燃料供給システム61は、30MPa以上の高い圧力の燃料を、インジェクタ6に供給することが可能である。燃料供給システム61の最高燃料圧力は、例えば120MPa程度に設定してもよい。インジェクタ6に供給する燃料の目標圧力(燃料の目標噴射圧力力)は、エンジン1の運転状態等に応じて変更してもよい。尚、燃料供給システム61の構成は、前記の構成に限定されない。
【0105】
シリンダヘッド13には、シリンダ11毎に、点火プラグ25が取り付けられている。点火プラグ25は、この構成例では、
図2にも示すように、シリンダ11の中心軸X1を挟んだ吸気側に配設されている。点火プラグ25は、インジェクタ6と隣接している。点火プラグ25は、2つの吸気ポート18の間に位置している。点火プラグ25は、上方から下方に向かって、燃焼室17の中央に近づく方向に傾くように、シリンダヘッド13に取り付けられている。点火プラグ25の電極は、
図2に示すように、燃焼室17に臨んでいて且つ燃焼室17の天井面の付近に位置している。尚、点火プラグ25を、シリンダ11の中心軸X1を挟んだ排気側に配置してもよい。また、点火プラグ25をシリンダ11の中心軸X1上に配置してもよい。
【0106】
シリンダヘッド13には、シリンダ11毎に、燃焼室17内に活性種を供給する活性種供給装置28が取り付けられている(
図4及び
図18にのみ図示)。活性種供給装置28は、燃焼室17内で活性種を生成するために設置された装置であり、放電電極28a及び電圧印加回路28bを有している。
【0107】
電圧印加回路28bは、放電電極28aに高電圧を印加する。放電電極28aは、
図18に示すように燃焼室17の内部に臨んでいる。放電電極28aは、高電圧が印加されると、放電してプラズマを生成する。放電電極28aによってプラズマが生成されると、燃焼室17内の空気又は混合気とプラズマとが反応し、オゾン(O
3)、及びOHラジカル等の活性種が生成される。この活性種は、燃焼室17内での混合気の火炎伝播を促進させる。
【0108】
その他、シリンダヘッド13には、各シリンダ11の中心軸X1に対して点火プラグ25の反対側(この構成例では吸気側)に、燃焼室17内の圧力を検知する筒内圧センサSW6がそれぞれ取り付けられている。筒内圧センサSW6は、燃焼室17内での燃焼に関する計測信号を出力する計測部を構成している。
【0109】
エンジン1の一側面には吸気通路40が接続されている。吸気通路40は、各シリンダ11の吸気ポート18と連通している。吸気通路40は、各燃焼室17に導入されるガスが流れる通路である。吸気通路40の上流端部には、エアクリーナー41が配設されている。吸気通路40の下流端の近くには、サージタンク(不図示)が配設されている。サージタンクよりも下流の吸気通路40は、シリンダ11毎に分岐する独立通路を構成している。独立通路の下流端が、各シリンダ11の吸気ポート18と接続されている。
【0110】
吸気通路40におけるエアクリーナー41とサージタンクとの間には、スロットル弁43が配設されている。スロットル弁43は、弁の開度が変わることによって、燃焼室17の中への新気の導入量を調節する。
【0111】
吸気通路40にはまた、スロットル弁43の下流に、過給機44が配設されている。過給機44は、各燃焼室17に導入される吸気のガスの圧力を高める。この構成例において、過給機44は、エンジン1によって駆動される機械式の過給機である。機械式の過給機44は、ルーツ式、リショルム式、ベーン式又は遠心式である。
【0112】
過給機44とエンジン1との間には、電磁クラッチ45が介設している。電磁クラッチ45は、エンジン1から過給機44へ駆動力を伝達する状態と、駆動力の伝達を遮断する状態とを切り替える。後述するECU10が電磁クラッチ45に制御信号を出力することによって、過給機44はオン又はオフになる。
【0113】
吸気通路40における過給機44の下流には、インタークーラー46が配設されている。インタークーラー46は、過給機44が圧縮した吸気のガスを冷却する。インタークーラー46は、水冷式又は油冷式である。
【0114】
吸気通路40には、バイパス通路47が接続されている。バイパス通路47は、吸気通路40における過給機44の上流部とインタークーラー46の下流部とを互いに接続する。バイパス通路47は、過給機44及びインタークーラー46をバイパスする。バイパス通路47には、エアバイパス弁48が配設されている。エアバイパス弁48は、バイパス通路47を流れるガスの流量を調節する。
【0115】
ECU10は、過給機44がオフの場合に、エアバイパス弁48を全開にする。吸気通路40を流れる吸気のガスは、過給機44及びインタークーラー46をバイパスして、エンジン1の燃焼室17に至る。エンジン1は、非過給、つまり自然吸気の状態で運転する。
【0116】
過給機44がオンの場合、エンジン1は過給状態で運転する。ECU10は、過給機44がオンの場合に、エアバイパス弁48の開度を調節する。過給機44及びインタークーラー46を通過した吸気のガスの一部は、バイパス通路47を通って過給機44の上流に戻る。ECU10がエアバイパス弁48の開度を調節すると、燃焼室17に導入する吸気のガスの圧力が変わる。尚、「過給」とは、サージタンク42内の圧力が大気圧を超える状態をいい、「非過給」とは、サージタンク42内の圧力が大気圧以下になる状態をいう、と定義してもよい。本構成例においては、過給機44とバイパス通路47とエアバイパス弁48とによって、過給システム49が構成されている。
【0117】
エンジン1は、燃焼室17内にスワール流を発生させるスワール発生部を有している。スワール発生部は、
図3に示すように、吸気通路40に取り付けられたスワールコントロール弁56を有している。スワールコントロール弁56は、開度調節弁である。スワールコントロール弁56の開度が小さいと、燃焼室17内のスワール流が強くなる。スワールコントロール弁56の開度が大きいと、燃焼室17内のスワール流が弱くなる。スワールコントロール弁56を全開にすると、スワール流は発生しない。
【0118】
詳細には、スワールコントロール弁56は、第1吸気ポート181につながるプライマリ通路401と、第2吸気ポート182につながるセカンダリ通路402とのうちの、セカンダリ通路402に配設されている。スワールコントロール弁56は、セカンダリ通路402の断面を絞ることができる開度調節弁である。スワールコントロール弁56の開度が小さいと、第1吸気ポート181から燃焼室17に流入する吸気流量が相対的に多くかつ、第2吸気ポート182から燃焼室17に流入する吸気流量が相対的に少ないから、燃焼室17内のスワール流が強くなる。スワールコントロール弁56の開度が大きいと、第1吸気ポート181及び第2吸気ポート182のそれぞれから燃焼室17に流入する吸気流量が、略均等になるから、燃焼室17内のスワール流が弱くなる。スワールコントロール弁56を全開にすると、スワール流が発生しない。尚、スワール流は、白抜きの矢印で示すように、
図3における反時計回り方向に周回する(
図2の白抜きの矢印も参照)。
【0119】
エンジン1の他側面には、排気通路50が接続されている。排気通路50は、各シリンダ11の排気ポート19に連通している。燃焼室17から排出された排気ガスは、排気通路50の中を流れる。排気通路50の上流部分は、詳細な図示は省略するが、シリンダ11毎に分岐する独立通路を構成している。独立通路の上流端が、各シリンダ11の排気ポート19に接続されている。
【0120】
排気通路50には、複数の触媒コンバーターを有する排気ガス浄化システムが配設されている。上流の触媒コンバーターは、三元触媒511と、GPF(Gasoline Particulate Filter)512とを有している。下流の触媒コンバーターは、三元触媒513を有している。尚、排気ガス浄化システムは、図例の構成に限定されない。例えば、GPFは省略してもよい。また、触媒コンバーターは、三元触媒を有するものに限定されない。さらに、三元触媒及びGPFの並び順は、適宜変更してもよい。
【0121】
吸気通路40と排気通路50との間には、外部EGRシステムを構成するEGR通路52が接続されている。EGR通路52は、排気ガスの一部を吸気通路40に還流させるための通路である。EGR通路52の上流端は、排気通路50における上流の触媒コンバーターと下流の触媒コンバーターとの間に接続されている。EGR通路52の下流端は、吸気通路40における過給機44の上流部に接続されている。
【0122】
EGR通路52には、水冷式のEGRクーラー53が配設されている。EGRクーラー53は、排気ガスを冷却する。EGR通路52にはまた、EGR弁54が配設されている。EGR弁54は、EGR通路52を流れる排気ガスの流量を調節する。EGR弁54の開度を調節することによって、冷却した排気ガス、つまり外部EGRガスの還流量を調節することができる。
【0123】
この構成例において、EGRシステム55は、EGR通路52及びEGR弁54を含んで構成される外部EGRシステムと、前述した吸気電動S-VT23及び排気電動S-VT24を含んで構成される内部EGRシステムとによって構成されている。外部EGRシステムは、内部EGRシステムよりも低温の排気ガスを、燃焼室17に供給することができる。
【0124】
(エンジンの制御装置の構成)
エンジンの制御装置は、ECU(Engine Control Unit)10を備えている。ECU10は、制御部の一例である。ECU10は、
図4に示すように、マイクロコンピュータ101と、メモリ102と、I/F回路103と、を備えている。マイクロコンピュータ101は、プログラムを実行する。メモリ102は、プログラム及びデータを格納する。メモリ102は、例えばRAM(Random Access Memory)やROM(Read Only Memory)である。I/F回路103は、電気信号の入出力を行う。
【0125】
ECU10には、
図1及び
図2に示すように、各種のセンサSW1-SW23が接続されている。センサSW1-SW23は、各々の計測信号をECU10に出力する。センサには、以下のセンサが含まれる。
【0126】
エアフローセンサSW1は、吸気通路40を流れる新気の流量を計測する。エアフローセンサSW1は、吸気通路40におけるエアクリーナー41の下流に配置されている。
【0127】
第1吸気温度センサSW2は、吸気通路40を流れる新気の温度を計測する。第1吸気温度センサSW2は、吸気通路40におけるエアクリーナー41の下流に配置されている。
【0128】
吸気圧センサSW3は、過給機44に流入する吸気のガスの圧力を計測する。第2吸気温度センサSW4は、過給機44に流入する吸気のガスの温度を計測する。吸気圧センサSW3及び第2吸気温度センサSW4は、吸気通路40におけるEGR通路52の接続位置よりも下流で、且つ過給機44の上流側に配置されている。
【0129】
第3吸気温度センサSW5は、過給機44から流出した吸気のガスの温度を計測する。第3吸気温度センサSW5は、吸気通路40における過給機44の下流で、インタークーラー46の上流側に配置されている。
【0130】
ブースト圧センサSW6は、インタークーラー46の下流から燃焼室17に導入される吸気のガスの圧力を計測する。第4吸気温度センサSW7は、インタークーラー46の下流から燃焼室17に導入される吸気のガスの温度を計測する。ブースト圧センサSW6及び第4吸気温度センサSW7は、インタークーラー46の下流のサージタンクに取り付けられている。
【0131】
筒内圧センサSW8は、各燃焼室17内の圧力を計測する。筒内圧センサSW8は、シリンダ11毎に、シリンダヘッド13に取り付けられている。
【0132】
排気温度センサSW9は、燃焼室17から排出した排気ガスの温度を計測する。排気温度センサSW9は、排気通路50に配置されている。
【0133】
リニアO2センサSW10は、排気中の酸素濃度を計測する。リニアO2センサSW10は、排気通路50における上流の触媒コンバーターよりも上流に配置されている。
【0134】
ラムダO2センサSW119は、三元触媒511通過後の排気中の酸素濃度を計測する。ラムダO2センサSW11は、上流の触媒コンバーターにおける三元触媒511の下流側に配置されている。
【0135】
水温センサSW12は、冷却水の温度を計測する。水温センサSW12は、エンジン1のシリンダヘッド13に取り付けられている。
【0136】
クランク角センサSW13は、クランクシャフト15の回転角を計測する。クランク角センサSW13は、エンジン1に取り付けられている。
【0137】
アクセル開度センサSW14は、アクセルペダルの操作量に対応したアクセル開度を計測する。アクセル開度センサSW14は、アクセルペダル機構に取り付けられている。
【0138】
吸気カム角センサSW15は、吸気カムシャフトの回転角を計測する。吸気カム角センサSW15は、エンジン1に取り付けられている。排気カム角センサSW16は、排気カムシャフトの回転角を計測する。排気カム角センサSW16は、エンジン1に取り付けられている。
【0139】
EGR差圧センサSW17は、EGR弁54の上流及び下流の差圧を計測する。EGR差圧センサSW17は、EGR通路52に配置されている。
【0140】
高圧燃圧センサSW18は、インジェクタ6に供給される燃料の圧力を計測する。燃料温度センサSW19は、インジェクタ6に供給される燃料の温度を計測する。高圧燃圧センサSW18及び燃料温度センサSW19は、燃料供給システム61のコモンレール64に取り付けられている。
【0141】
スロットル開度センサSW20は、スロットル弁43の開度を計測する。スロットル開度センサSW20は、スロットル弁43の駆動モータに取り付けられている。
【0142】
その他、低圧燃料センサSW21は、燃料供給路62における高圧燃料ポンプ641と燃料ポンプ65との間に取り付けられている。第2の燃料温度センサSW22は、高圧燃料ポンプ641に取り付けられている。
【0143】
また、タンク圧センサSW23は、燃料タンク63内のガス圧(タンク圧)を計測する。タンク圧センサSW23は、燃料タンク63内に取り付けられている。
【0144】
ECU10は、これらのセンサSW1-SW23の信号に基づいて、エンジン1の運転状態を判断する。ECU10はまた、予め定められている制御ロジックに従って、各デバイスの制御量を演算する。制御ロジックは、メモリ102に記憶されている。
【0145】
ECU10は、制御量に係る電気信号を、インジェクタ6、点火プラグ25、吸気電動S-VT23、排気電動S-VT24、燃料供給システム61、スロットル弁43、EGR弁54、過給機44の電磁クラッチ45、エアバイパス弁48、スワールコントロール弁56、及び、活性種供給装置28に出力する。
【0146】
(SPCCI燃焼のコンセプト)
エンジン1は、燃費の向上及び排出エミッション性能の向上を主目的として、所定の運転状態にある場合に、圧縮自己着火による燃焼を行う。圧縮開始前の燃焼室17の中の温度がばらつくと、自己着火のタイミングが大きく変化する。そこで、エンジン1は、SI燃焼とCI燃焼とを組み合わせたSPCCI燃焼を行う。
【0147】
図5は、SPCCI燃焼時における、燃焼室17内の圧力変化301を例示している。
図5の横軸は、クランク角である。
図3は、筒内圧センサSW6の計測信号に相当する。SPCCI燃焼は、次のような燃焼形態である。つまり、点火プラグ25が、燃焼室17の中の混合気に強制的に点火をすることによって、混合気が火炎伝播によりSI燃焼を開始する。SI燃焼の開始後、(1)SI燃焼の発熱により燃焼室17の中の温度が高くなりかつ、(2)火炎伝播により燃焼室17の中の圧力が上昇することにより、自己着火タイミングθciにおいて未燃混合気が自己着火し、CI燃焼をする。SPCCI燃焼における圧力波形は、SI燃焼による山に、CI燃焼による山が積み重なったような形状になる。圧力波形は、自己着火タイミングθciにおいて変曲点を有する。筒内圧センサSW6が燃焼室17内の圧力波形を計測することにより、ECU10は、その圧力波形の形状に基づいて、混合気が自己着火してSPCCI燃焼が行われたか否かを判断できる。
【0148】
SI燃料の燃焼量を調節することによって、圧縮開始前の燃焼室17の中の温度のばらつきを吸収できる。ECU10が点火タイミングを調節することによって、SI燃焼の燃焼量が調節される。ECU10が点火タイミングを調節すれば、混合気は目標のタイミングで自己着火する。SPCCI燃焼は、SI燃焼の燃焼量がCI燃焼の開始タイミングをコントロールしている。
【0149】
(エンジンの運転領域)
図6は、エンジン1の制御マップ401を例示している。制御マップ401は、ECU10のメモリ102に記憶されている。ECU10は、制御マップ401に基づいて、エンジン1を運転する。
【0150】
制御マップ401は、エンジン1の負荷及びエンジン1の回転数によって規定されている。制御マップ401は、領域A1、領域A2、領域A3、及び、領域A4の四つの領域に分かれる。領域A1は、Naよりも回転数が高い領域である。領域A2は、回転数がNa以下の領域のうち、負荷がLaよりも低い領域である。領域A3は、回転数がNa以下の領域のうち、負荷がLa以上の領域である。尚、Laは、エンジン1の最高負荷の1/2負荷としてもよい。領域A4は、領域A2内において、低負荷低回転側の特定の領域である。領域A4は、エンジン1の全運転領域において、低回転低負荷の特定領域に相当する。尚、ここでいう「低回転」は、エンジン1の全運転領域を低回転側と高回転側とに二等分した場合の、低回転側に対応する。「低負荷」は、エンジン1の全運転領域を低負荷側と高負荷側とに二等分した場合の、低負荷側に対応する。
【0151】
エンジン1の負荷及び回転数によって定まる運転状態が、領域A1内にある場合、ECU10は、SI燃焼を行うようにエンジン1を制御する。尚、混合気の空燃比(A/F)は、理論空燃比又はほぼ理論空燃比である。混合気のA/Fは、三元触媒511及び513の浄化ウインドウに含まれればよい。尚、空燃比は、燃焼室17の全体における平均の空燃比である。A/Fは、燃焼室17内における混合気の空気と燃料(第1燃料)との重量比と定義することができる。また、領域A1における混合気の質量比率(G/F)は、理論空燃比よりもリーンである。言い換えると、領域A1において、混合気のG/Fは、理論空燃比よりも大きい。
【0152】
なお、G/Fは、燃焼室17内における混合気の全ガスと燃料(第1燃料)との重量比と定義することができる。ここでいう「全ガス」は、既燃ガスを含んだシリンダ11内の吸気としてもよい(燃料以外の作動ガス)。領域A1内におけるG/Fは、例えばガソリン使用時には18以上50以下としてもよい。
【0153】
エンジン1の運転状態が、領域A2内にある場合、ECU10は、SPCCI燃焼を行うようにエンジン1を制御する。尚、混合気のA/Fは、理論空燃比又はほぼ理論空燃比である。また、エンジン1の運転状態が領域A2内にある場合、過給機44はオフである。混合気のG/Fは、理論空燃比よりもリーンである。領域A2内におけるG/Fは、例えばガソリン使用時には18以上50以下としてもよい。
【0154】
エンジン1の運転状態が、領域A3内にある場合、ECU10は、SPCCI燃焼を行うようにエンジン1を制御する。尚、混合気のA/Fは、理論空燃比又はほぼ理論空燃比である。また、エンジン1の運転状態が領域A3内にある場合、過給機44はオンである。混合気のG/Fは、理論空燃比よりもリーンである。領域A3内におけるG/Fは、例えばガソリン使用時には18以上50以下としてもよい。
【0155】
なお、G/Fをリーンにするために、燃焼室17内にEGRガス(既燃ガス)を導入することができる。その際、EGR弁54を制御することで、燃焼室17の中にEGRガスを導入してもよい。具体的に、吸気電動S-VT23及び排気電動S-VT24は、排気上死点付近において、吸気弁21及び排気弁22の両方を開弁するポジティブオーバーラップ期間を設けることができる。これにより、内部EGRガスが燃焼室17の中に導入される。また、EGR通路52を通じて、EGRクーラー53によって冷却された排気ガスを、燃焼室17の中に導入してもよい。これにより、内部EGRガスに比べて温度が低い外部EGRガスが、燃焼室17の中に導入される。外部EGRガスは、燃焼室17の中の温度を、適切な温度に調節する。エンジン1の負荷に応じてEGR弁54を制御することで、EGRガスの量を調整してもよい。
【0156】
エンジン1の運転状態が、領域A4内にある場合、ECU10は、SPCCI燃焼を行うようにエンジン1を制御する。尚、混合気のA/Fは、理論空燃比よりもリーンである。燃焼室17の全体における平均のA/Fは、例えば燃料にガソリンを用いた場合、30以上40以下である。エンジン1の運転状態が領域A4内にある場合、過給機44はオフである。また、エンジン1の運転状態が領域A4内にある場合、ECU10はまた、吸気弁21及び排気弁22が共に開弁するオーバーラップ期間を設ける。内部EGRガスが燃焼室17の中に導入される。これにより、燃焼室17の中の温度が高くなる。エンジン1の負荷が低い領域A4において、燃焼室17の中の温度が高いことによりSPCCI燃焼のCI燃焼が安定化する。
【0157】
ECU10のメモリ102は、領域A1、領域A2、領域A3、及び、領域A4の各領域について定められたベースセット(制御マップ)を記憶している。制御マップは、燃焼に関連する主な制御条件について、エンジン1の全運転領域における回転速度の高低、及びエンジン1の全運転領域における負荷の高低に対応した制御量の値を設定している。
【0158】
具体的に、制御マップは、燃料の噴射時期、燃料の噴射圧力、及び、吸気電動S-VT23の位相角のそれぞれに関する制御量の値を少なくとも含んでいる。前述のように、各制御量の値は、回転速度の高低及び負荷の高低に対応して変動するように設定されている。ここで、吸気電動S-VT23の位相角を制御することは、吸気弁21の開弁時期(IVO)を制御することに等しい。その他、制御マップは、点火タイミング、排気電動S-VT24の位相角、及び、スワールコントロール弁56の開度のそれぞれに関する制御量を含んでいてもよい。
【0159】
メモリ102はまた、燃焼室17の中に実現される混合気の流動に関するパラメータを定めたベースセット(流動マップ)を含んでいる。流動マップは、各制御セットに対応して設定されている。流動マップは、少なくとも、シリンダ11内に実現される渦の強さを特徴付けるパラメータ(以下、単に「渦の強さ」という)と、同じシリンダ11内に実現される渦のスケールを特徴付けるパラメータ(以下、単に「渦のスケール」という)と、によって構成されている。渦の強さは、例えば流体の代表流速v[m/s]としてもよい。渦のスケールは、例えば流体の代表長さ[m]としてもよい。
【0160】
流動マップを構成する各パラメータの値は、吸気弁21の開弁時期、燃料の噴射時期、及び燃料の噴射圧力の高低に対応して変動するように設定されている。なお、流動マップを用いる代わりに、吸気弁21の開弁時期、燃料の噴射時期、及び燃料の噴射圧力を引数として渦の強さを算出するモデル(流動モデル)、並びに、吸気弁21の開弁時期、燃料の噴射時期、及び燃料の噴射圧力を引数として、渦のスケールを算出するモデル(流動モデル)を用いてもよい。
【0161】
ECU10は、各種のセンサSW1-SW23の計測信号に基づいて、エンジン1の運転状態を判断する。ECU10はまた、エンジン1の運転状態と制御マップ401とに基づいて、対応する制御セットに従って、インジェクタ6、点火プラグ25、吸気電動S-VT23、排気電動S-VT24、スワールコントロール弁56、及び、活性種供給装置28を制御する。
【0162】
例えば、ECU10は、エンジン1の運転状態に応じて活性種供給装置28に制御信号を入力することで、燃焼室17内にオゾン等の活性種を供給する。より詳細には、ECU10は、エンジン1の運転状態が、所定のアシスト領域にあるか否かを判断する。その判断がYESの場合、ECU10は、火炎伝播をアシストすべく、活性種供給装置28に活性種を生成させる。アシスト領域は、例えば
図6の領域A4としてもよいが、その設定には限定されない。
図6のいずれかの領域において、G/F又はA/Fが理論空燃比よりも所定以上にリーンに設定されているときに、活性種供給装置28に活性種を生成させてもよい。
【0163】
その際、ECU10は、エンジン1の運転状態に対応した供給指標に基づいて、活性種の供給量を調整してもよい。この供給指標は、エンジン1の運転状態に応じて定まるパラメータである。供給指標は、一サイクルあたりの、放電電極28aの放電回数及び放電時間の少なくとも一方によって構成することができる。
【0164】
このエンジン1はまた、前述したように、複数種の燃料に対応している。前述の制御マップは、所定の燃料性状を有する標準燃料に適した値となるように設定されている。この制御マップは、燃費及び排気エミッション性能が最適になるように設定されている。標準燃料は、例えば、特定のオクタン価を有するガソリン燃料としてもよい。標準燃料以外の他の燃料(異種燃料)に対応した制御量の値は、標準燃料に対応した制御マップに設定された値に基づいて算出することができる。
【0165】
そして、エンジン1は、異種燃料の燃焼に際し、各種のセンサSW1-SW23の計測信号に基づいて、標準燃料と同様の燃焼波形を実現するようなフィードバック制御を実行する。このフィードバック制御は、異種燃料の燃焼に際し、標準燃料と同様の乱流燃焼速度を実現しようとする制御に他ならない。このフィードバック制御は、混合気の希薄燃焼と密接に関係している。
【0166】
以下、A/F又はG/FをリーンとしたSPCCI燃焼に関する制御について詳述する。その際、ECU10は、少なくとも筒内圧センサSW6からの計測信号を受けると共に、A/F又はG/Fを理論空燃比よりもリーンにした状態で混合気を燃焼させるように、燃料供給システム61及びアクチュエータ(インジェクタ6及び吸気弁21)に制御信号を出力する。
【0167】
(第1の基本概念)
本願発明者らは、乱流燃焼速度における火炎伸張の影響を検討した。そして、従来知られたPetersのモデル(N.Peters: J. Fluid Mech. (1999), vol.384, pp.107-132)に火炎伸張の影響を取り入れることで、以下の如きモデルを新たに提唱した。
【0168】
【0169】
【0170】
【0171】
式(1)-(2)において、STは、乱流燃焼速度であり、SL
0は、前記Petersのモデル(以下、単に「周知モデル」という)で用いられた、火炎伸張を考慮していない周知の層流燃焼速度である。SL
0は、渦の流動(例えば、渦の強さ及び渦のスケール)ではなく、燃料性状、A/F及びG/F等、混合気それ自体の物性に依存する。
【0172】
SL
*は、本願発明者らによって新たに提唱された、火炎伸張を考慮した局所燃焼速度である。SL
*は、渦の流動と、混合気自体の物性との双方に依存する。式(1)において、従来はSL
*ではなくSL
0が用いられていたところ、これをSL
*に置き換えたことが、周知モデルと、本願に係るモデルとの相違点である。
【0173】
その他、Re、Ka、Ma及びηは、それぞれ、レイノルズ数、カルロビッツ数、マークシュタイン数及びストークスパラメータである。下式(4)に示すように、ストークスパラメータは、KaとMaの積に依存する。レイノルズ数及びカルロビッツ数は、渦の流動と、混合気自体の物性との双方に依存する。マークシュタイン数は、燃料性状のみに依存する。
【0174】
【0175】
また、式(1)のf(x)は、下式(5)及び(6)のように記述される。
【0176】
【0177】
【0178】
上記f(x)において、leは前記渦のスケールであり、u’は前記渦の強さである。また、νは未燃混合気の動粘性係数である。f(x)は、xに対して実質的に正の相関を有している。つまり、式(1)において乱流燃焼速度STを高めるためには、局所燃焼速度SL
*を高めればよい。
【0179】
そして、層流燃焼速度SL
0とマークシュタイン数Maとが混合気の物性に依存していることに鑑みると、燃料性状を同一条件下にした場合(同じ燃料を用いた場合)に局所燃焼速度SL
*を高めるためには、式(2)において、レイノルズ数Reを大きくすると同時に、同式においてカルロビッツ数Kaを小さくすればよいということに、本願発明者らは気付いた。
【0180】
図7は、SPCCI燃焼を実行可能なエンジン1において、燃料性状、A/F、G/F及びEGR率(燃焼室17の中の全ガスに対するEGRガスの比率)を同一条件下とした場合における、レイノルズ数及びカルロビッツ数と、乱流燃焼速度と、の関係を例示したコンター図である。
【0181】
図7の矢印Al1に示すように、レイノルズ数Reを大きくすることで、乱流燃焼速度を高めることができる。これは、従来から知られた知見である。しかしながら、
図7の矢印Al2及びAl3に示すように、レイノルズ数Reを大きくすると同時にカルロビッツ数Kaを小さくすることで、単にレイノルズ数Reのみを大きくする場合と比較して、乱流燃焼速度をさらに高めることが可能となる。このことは、本願発明者らによって新たに発見された知見である。
【0182】
特にSPCCI燃焼において乱流燃焼速度を高めることは、点火プラグ25の点火タイミングから、SI燃焼を通じてCI燃焼に至るまでの燃焼初期における燃焼速度の高速化に資する。
【0183】
同様に、異種燃料を用いた場合に、標準燃料使用時と比べて乱流燃焼速度が過度に大きい場合には、レイノルズ数Reを小さくすると同時にカルロビッツ数を大きくすることで、乱流燃焼速度を所望の値に低下させることができる。このことは、CI燃焼が想定よりも早いタイミングで実現されてしまうのを抑制するのに資する。
【0184】
また、レイノルズ数Re及びカルロビッツ数の値を変更するには、渦の強さ及び渦のスケールに関連した制御量を変更すればよい。渦の強さ及び渦のスケールに関連した制御量には、例えば、吸気弁21の開弁時期、燃料の噴射時期、及び、燃料の噴射タイミングが含まれる。
【0185】
ECU10は、シリンダ11内に実現されている乱流燃焼速度を推定し、その推定値を所望の値に一致させる流動制御装置としても機能する。以下、流動制御装置としてのECU10の構成について説明する。
【0186】
(乱流燃焼速度の調整手順)
図8は、燃料の種類に応じて乱流燃焼速度を調整する流動制御装置の構成を例示している。この流動制御装置は、運転状態判定部104と、制御目標設定部105と、筒内性状推定部106と、相関量推定部107と、流動因子推定部108と、燃焼速度推定部109と、流動補正部110と、を備えている。これらの要素は、ECU10の機能ブロックである。流動制御装置は、エンジン1の運転中に、乱流燃焼速度の調整を逐次行う。以下、エンジン1の運転中に、燃焼室17内で実際に燃焼されている燃料を「第1燃料」と呼称する。
【0187】
-運転状態判定部104-
運転状態判定部104は、センサSW1-SW23の計測信号に基づいて、エンジン1の負荷及び回転数を設定する。運転状態判定部104が設定した負荷及び回転数と、前述した標準燃料用の制御マップとを制御目標設定部105が照合することで、インジェクタ6等、各アクチュエータの制御目標が設定される。ここでのアクチュエータは、エンジン1に取り付けられるものであって、燃料タンク63から燃焼室17内に供給される第1燃料により形成される混合気の流動を制御するものである。アクチュエータには、吸気弁21と、インジェクタ6と、が含まれ得る。
【0188】
-筒内性状推定部106-
筒内性状推定部106は、センサSW1-SW23(特に筒内圧センサSW6)の計測信号に基づいて、燃焼室17内における第1燃料の燃料性状を推定する。具体的に、筒内性状推定部106は、筒内物性推定部106aと、筒内状態推定部106bと、を有している。
【0189】
筒内物性推定部106aは、燃焼室17内における第1燃料の物性を推定する。ここでいう「物性」には、第1燃料のC:H:O比、ガス組成等、第1燃料の燃料種を特徴付ける性質が含まれる。
【0190】
図9Aは、筒内物性推定部106aにおける入出力を例示している。筒内物性推定部106aはまず、リニアO
2センサ及びラムダO
2センサの計測信号(空燃比センサ値)に基づいて、第1燃料の理論空燃比を推定する。
【0191】
一般に、燃料種に応じて、理論空燃比の値は変動する。理論空燃比の値が変動すると、例えば、ラムダO2センサの計測信号における変曲点の位置が変動する。つまり、ラムダO2センサ等の計測信号に基づいて理論空燃比の値を推測することで、その推測値から燃料種を推測することが可能となる。
【0192】
そこで、筒内物性推定部106aは、推定した理論空燃比と、事前にメモリ102に記憶させたマップ又はモデルに基づいて、第1燃料の燃料性状を推測する。この推測結果は、筒内物性推定部106aの外部に出力されるとともに、筒内物性推定部106aにおける他の演算に用いられるようになっている。
【0193】
具体的に、筒内物性推定部106aは、タンク圧センサSW23の計測信号(タンク圧センサ値)に基づいて、第1燃料の燃料気化率を算出する。筒内物性推定部106aは、算出した燃料気化率と、リニアO2センサ及びラムダO2センサの計測信号に基づいて算出したC:H:O比と、に基づいて、第1燃料の分子数を推定する。筒内物性推定部106aは、算出した分子数と、事前にメモリ102に記憶させたマップ(分子数毎にサザーランド係数、基準温度における粘度を記憶させたマップ)とを照合することで、所定の基準温度における動粘性係数を算出する。この算出は、いわゆるサザーランド式を用いて行われるようになっている。
【0194】
なお、基準温度は、後述の筒内温度の推定結果を用いてもよいし、600K以上700K以下、好ましくは625K以上675K以下、さらに好ましくは略650Kに設定された所定温度としてもよい。
【0195】
続いて、筒内物性推定部106aは、算出した動粘性係数と、所定のシュミット数とから拡散係数Dを算出する。さらに、筒内物性推定部106aは、算出した動粘性係数と、所定のプラントル数とから温度拡散係数αを算出する。シュミット数及びプラントル数は燃料種間で大きく変化しないことから、標準燃料(ガソリン)での値を流用することが許容される。筒内物性推定部106aによって算出された3種の係数は、筒内物性推定部106aの外部に出力されるようになっている。
【0196】
図9Bは、筒内状態推定部106bにおける入出力を例示している。筒内状態推定部106bは、燃焼室17内における第1燃料の状態を推定する。ここでいう「状態」には、第1燃料によって燃焼室17内に形成される混合気の圧力(筒内圧)、未燃混合気の温度(筒内温度)、及び混合気の密度(筒内密度)が含まれる。ここでいう筒内温度は、点火プラグ25の点火前における筒内温度(つまり、燃焼室17内における、未燃混合気の温度)をいう。
【0197】
具体的に、筒内状態推定部106bは、筒内圧センサSW6の計測信号(筒内圧センサ値)に基づいて、筒内温度Tuを推定する。より具体的には、筒内状態推定部106bは、筒内圧センサSW6の計測信号に基づいて自己着火タイミングθciと、質量燃焼割合が10%になるクランク角θmfb10とを演算し、それらθci及びθmfb10に基づいて、筒内温度Tuを推定する。筒内温度Tuの推定方法の詳細は、本願出願人による特開2020-016199号公報に開示されている通りである。
【0198】
なお、自己着火タイミングθciの代わりに、SPCCI燃焼を試みたときに、SI燃焼後にCI燃焼が生じる確率(CI確率)を用いてもよい。その場合の詳細は、本願出願人による特開2020-016200号公報に開示されている通りである。
【0199】
続いて、筒内状態推定部106bは、計測した筒内圧と、推定した筒内温度と、気体の状態方程式とに基づいて、燃焼室17内における混合気の密度(筒内密度)を算出する。筒内状態推定部106bによって算出された各物理量は、筒内状態推定部106bの外部に出力されるようになっている。
【0200】
なお、筒内物性推定部106aによる推定結果は、燃料タンク63内の燃料(つまり第1燃料)が変化しない限り一定に保たれる。一方、筒内状態推定部106bによる推定結果は、第1燃料が変化していない場合であったとしても、各アクチュエータの制御量を変化させることで変動することになる。
【0201】
また、筒内状態推定部106bは、第1燃料を燃焼させたときの燃料性状の代わりに、又はこれに加えて、標準燃料が燃焼(特に、SPCCI燃焼)したと仮定したときの混合気の物性及び状態(以下、これを「標準性状」ともいう)を出力することもできる。
【0202】
そうした出力のために、ECU10は、標準燃料の燃料性状のうちの少なくとも一部を事前に記憶している。例えば、ECU10は、標準燃料のC:H:O比、ガス組成等、標準燃料の燃料種を特徴付ける性質を事前に記憶している。言い換えると、ECU10は、標準燃料の物性を事前に記憶している。筒内状態推定部106bは、その記憶内容に基づいて標準性状を推定し、これを出力することできる。後述の燃焼速度推定部109は、標準燃料の燃料性状を取得するとともに、その燃料性状に基づいて、標準燃料時の乱流燃焼速度(目標ST)を決定することができる。
【0203】
-相関量推定部107-
図9Cは、相関量推定部107における入出力を例示している。相関量推定部107は、筒内性状推定部106による判定結果に基づいて、燃焼室17内における混合気のA/F及びG/Fと相関したパラメータを推定する。特に、本実施形態に係る相関量推定部107は、パラメータとしての層流燃焼速度S
L
0を推定するように構成されている。
【0204】
周知のように、層流燃焼速度SL
0は、A/F又はG/Fが理論空燃比よりも希薄側にあるときには、A/F又はG/Fが大きくなるほど低くなる。相関量推定部107は、少なくともA/F又はG/Fに関する傾向を反映したモデルに基づいて、層流燃焼速度SL
0を推定すればよい。
【0205】
一例として、本実施形態に係る相関量推定部107は、下式(7)で表されるモデルに基づいて、層流燃焼速度SL
0を推定する。
【0206】
【0207】
上式において、λ0は温度T0での熱伝導率であり、Cpは平均定圧比熱であり、T0は温度勾配最大時の温度であり、Tbは断熱火炎温度であり、Tuは筒内性状推定部106が推定した未燃混合気の温度であり、ρuは筒内性状推定部106が推定した混合気の密度である。
【0208】
また、上式のωは、下式(8)のように記述することができる。
【0209】
【0210】
上式において、A、b、c、d及びEは正の定数であり、e及びfは負の定数である。また、Pは筒内圧センサSW6が計測した筒内圧であり、[CO×OH]dはCOとOHの質量分率の積の最大値であり、[isobutyl index]はいわゆるアイソブチルインデックスであり、最後のファクターは、酸素/燃料体積比である。
【0211】
酸素/燃料体積比は、混合気のA/F及びEGR率、又は、混合気のA/F及びG/Fと、筒内性状推定部106が出力したC:H:O比及びガス組成と、に基づいて算出することができる。酸素/燃料体積比は、A/Fがリーンになるほど大きくなる。定数fが負の値にあることから、層流燃焼速度SL
0は、A/Fがリーンになるほど小さくなるようにモデル化されている。また前述のように、層流燃焼速度SL
0は、燃焼室17内のガスがEGRガスで希釈される程、つまりG/Fがリーンになるほど小さくなる。層流燃焼速度SL
0は、G/Fがリーンになるほど小さくなるようにモデル化されている。
【0212】
本願発明者らによって、第10回先進エンジンシステムのモデリングと診断に関する国際会議(講演No.A5-1)で発表されたように、式(7)及び(8)における酸素/燃料体積比以外の因子は、筒内性状推定部106が出力した筒内圧力、筒内温度、筒内温度、C:H:O比及びガス組成と、混合気(未燃混合気)のA/F及びEGR率(又は、A/F及びG/F)と、に基づいて算出することができる。
【0213】
したがって、相関量推定部107は、筒内性状推定部106の出力と、制御マップに記憶されたA/F及びEGR率の値(例えば、標準燃料用に設定された値)と、に基づいて層流燃焼速度SL
0を算出し、それを相関量推定部107の外部に出力するようになっている。その際、相関量推定部107は、層流燃焼速度SL
0以外の一部の因子(特に、乱流燃焼速度STの算出に利用可能な燃料固有パラメータ)についても、外部に出力するようになっている。層流燃焼速度SL
0は、渦の強さ及びスケールに依存せず、混合気の性状にのみ依存して決まるようになっている。
【0214】
なお、相関量推定部107は、第1燃料の燃焼時の出力に加えて、又はこれに加えて、標準燃料が燃焼(特に、SPCCI燃焼)したと仮定したときの層流燃焼速度SL
0及び燃料固有パラメータを出力することができる。標準燃料燃焼時の出力は、前記標準性状に基づいて算出可能である。
【0215】
-流動因子推定部108-
図9Dは、流動因子推定部108及び燃焼速度推定部109の入出力を例示している。流動因子推定部108は、筒内性状推定部106の出力と、エンジン1の運転状態とに基づいて、乱流燃焼速度S
Tを特徴付ける無次元パラメータを算出する。
【0216】
具体的に、流動因子推定部108は、制御目標設定部105が設定した各制御目標と流動マップを照合することで、エンジン1の現運転状態に対応した渦の強さu’及び渦のスケールleを読み込む。
【0217】
流動因子推定部108は、そうして読み込んだ渦の強さu’及び渦のスケールleと、筒内性状推定部106が出力した動粘性係数νと、下式(9)とに基づいて、レイノルズ数Reを算出する。レイノルズ数Reは、渦の流動に関係したパラメータである。
【0218】
【0219】
流動因子推定部108はまた、渦の強さu’、渦のスケールle及び動粘性係数νと、相関量推定部107が推定した層流燃焼速度SL
0と、下式(10)とに基づいて、カルロビッツ数Kaを算出する。カルロビッツ数Kaは、渦の流動に関係したパラメータである。
【0220】
【0221】
流動因子推定部108はまた、層流燃焼速度SL
0と、層流燃焼速度SL
0の算出に用いた燃料固有パラメータと、筒内性状推定部106が出力した筒内温度Tuと、下式(11)と、に基づいて、マークシュタイン数を算出することができる。
【0222】
【0223】
上式(11)において、γ1及びγ2は、筒内温度(未燃混合気の温度)Tuに対する断熱火炎温度Tbの比σに依存する関数である。パラメータZe及び有効ルイス数Leeffは、本願発明者らによって第60回燃焼シンポジウムの講演会(講演No.A122)にて発表されたように、上記燃料固有パラメータと層流燃焼速度SL
0とに依存して決まるようになっている。
【0224】
なお、流動因子推定部108は、第1燃料の燃焼時の出力に代えて、又はこれに加えて、標準燃料が燃焼(特に、SPCCI燃焼)したと仮定したときの無次元パラメータを出力することができる。標準燃料燃焼時の出力は、前記標準性状、並びに、該標準性状に基づいて算出された層流燃焼速度SL
0及び燃料固有パラメータに基づいて算出可能である。
【0225】
-燃焼速度推定部109-
燃焼速度推定部109は、筒内性状推定部106による推定結果に基づいて、燃焼室17内における混合気の乱流燃焼速度STを推定する。
【0226】
なお、「筒内性状推定部106による推定結果に基づいた推定」の語には、筒内性状推定部106による推定結果を直接的に用いた推定と、間接的に用いた推定と、直接的な使用と間接的な使用を併用した推定と、のいずれも含まれる。
【0227】
例えば、本実施形態に係る燃焼速度推定部109は、筒内性状推定部106が出力した動粘性係数νと、相関量推定部107が推定した層流燃焼速度SL
0と、流動因子推定部108が読み込んだ渦の強さu’及び渦のスケールleと、流動因子推定部108が算出した三種の無次元パラメータRe、Ka及びMaと、に基づいて、混合気の乱流燃焼速度STを推定する。
【0228】
具体的に、燃焼速度推定部109はまず、三種の無次元パラメータRe、Ka及びMaと、層流燃焼速度SL
0と、前述の式(2)-(4)と、に基づいて、局所燃焼速度SL
*を算出する。
【0229】
続いて、燃焼速度推定部109は、算出した局所燃焼速度SL
*と、層流燃焼速度SL
0と、動粘性係数νと、渦の強さu’及び渦のスケールleと、式(1)及び(5)-(6)と、に基づいて、乱流燃焼速度STを算出する。燃焼速度推定部109が算出した乱流燃焼速度STは、流動補正部110に入力される。
【0230】
なお、燃焼速度推定部109は、第1燃料の燃焼時の出力に代えて、又はこれに加えて、標準燃料が燃焼(特に、SPCCI燃焼)したと仮定したときの乱流燃焼速度ST(以下、これを「標準燃焼速度」ともいう)を出力することができる。標準燃料燃焼時の出力は、前記標準性状、該標準性状に基づいて算出された層流燃焼速度SL
0、燃料固有パラメータ、及び、それらに基づいて算出された無次元パラメータに基づいて算出可能である。
【0231】
-流動補正部110-
流動補正部110は、前述の制御目標設定部105とともに流動制御部を構成する。流動制御部としての流動補正部110及び制御目標設定部105は、相関量推定部107及び燃焼速度推定部109それぞれの推定結果に基づいて、アクチュエータに制御信号を出力する。
【0232】
詳細には、流動補正部110の乱流補正部110aは、乱流燃焼速度STが目標速度を下まわる場合、パラメータ(層流燃焼速度SL
0)に対応したA/F又はG/Fが大きくなるほど、混合気のレイノルズ数Reをより大きくするとともに該混合気のカルロビッツ数Kaをより小さくするように、アクチュエータの制御目標を変更する。
【0233】
ここで、乱流補正部110aは、目標速度として、燃焼速度推定部109による推定時とエンジン1の運転状態が同一であって、かつ標準燃料燃焼時における乱流燃焼速度ST(つまり、前述の「標準燃焼速度」)を用いてもよい。その場合、乱流補正部110aは、標準燃料使用時におけるレイノルズ数Reと比べて現在のレイノルズ数Reを大きくするように、かつ、標準燃料使用時におけるカルロビッツ数Kaと比べて現在のカルロビッツ数Kaを小さくするように、各制御目標を変更すればよい。
【0234】
また、乱流燃焼速度STと目標速度を比較する前に、乱流補正部110aは、筒内性状推定部106の推定結果に基づいて、燃料タンク63に注がれている第1燃料が変化したか否かを判定してもよい。この判定がNOの場合、乱流補正部110aは、乱流燃焼速度STと目標速度との比較をスキップしてもよい。
【0235】
また、ここでいうアクチュエータには、吸気電動S-VT23と、インジェクタ6と、が含まれる。アクチュエータとしての吸気電動S-VT23の制御目標には、吸気弁21の開弁時期(IVO)が含まれる。アクチュエータとしてのインジェクタ6の制御目標には、燃料の噴射時期が含まれる。また、後述の第2の制御目標として、インジェクタ6による燃料の噴射圧力も含まれる。
【0236】
つまり、本実施形態における制御目標は、燃焼室17を開閉する吸気弁の開弁時期と、燃焼室17内に第1燃料を噴射するインジェクタ6の噴射時期と、の少なくとも一方により構成されるようになっている。
【0237】
ここで、
図12Aは、層流燃焼速度S
L
0とA/F又はG/Fに対する、IVOの値を例示する図である。
図12Bは、IVOに対する、渦のスケールle、渦の強さu’、レイノルズ数Re及びカルロビッツ数Kaの大きさを例示する図である。また、
図13は、層流燃焼速度S
L
0とA/F又はG/Fに対する、噴射圧力の値を例示する図であり、
図14は、層流燃焼速度S
L
0とA/F又はG/Fに対する、噴射時期の値を例示する図である。
【0238】
図12A、
図12B及び
図14に例示するように、流動制御部を構成する乱流補正部110aは、乱流燃焼速度S
Tが目標速度を下まわる場合、開弁時期の変更に際しては、A/F又はG/Fがリーンになるほど(つまり、層流燃焼速度S
L
0が低いほど)該開弁時期を遅角させ、噴射時期の変更に際しては、A/F又はG/Fがリーンになるほど(つまり、層流燃焼速度S
L
0が低いほど)該噴射時期を進角させるように構成されている。
【0239】
本願発明者らが、鋭意検討を重ねた結果得られた知見によれば、前述のように制御目標を変更することで、渦のスケールleを、少なくとも渦の強さu’よりも急峻に高めることができる。
【0240】
図10は、圧縮上死点後の排気行程終期におけるクランクアングルθに対する、カルロビッツ数Kaの大きさをプロットした図である。排気行程終期とは、排気行程を初期、中期及び終期に3分したときの終期をいう。
図10における三角印は、開弁時期(IVO)を排気上死点に設定したときのカルロビッツ数Kaであり、丸印は、開弁時期(IVO)を排気行程終期(例えば、TDC後-30°)に設定したときの渦のカルロビッツ数Kaである。
【0241】
丸印と三角印との比較から明らかなように、開弁時期を遅角させたときには、相対的に進角させたときと比べてカルロビッツ数Kaは小さくなる。これは、TDC付近で吸気弁を開くと、そこよりも開弁時期を進角させたときと比べて吸入空気量が微減するのと引き換えに、下死点に向かってガスを引き込む力が相対的に大きくなり、その結果、混合気がなす渦のスケールが相対的に大きくなるからである。本願発明者らの検証によれば、その際、渦のスケールは、混合気がなす渦の強さよりも有意に大きくなる。その結果、カルロビッツ数Kaは小さくなる。
【0242】
もっとも、開弁時期をTDCよりもさらに遅角させてしまうと、ガスを引き込む力がさらに大きくなる一方、吸入空気量が大きく減少してしまうため、熱効率の観点からは実用性に欠ける。
【0243】
そのため、本実施形態に係る乱流補正部110aは、渦のスケールの調整に際し、排気行程終期から排気上死点までの範囲内で、吸気弁21の開弁時期を変更するように構成してもよい。
【0244】
図11は、圧縮上死点後の排気行程終期におけるクランクアングルθに対する、レイノルズ数Reの大きさをプロットした図である。
図11における三角印は、開弁時期(IVO)を排気上死点に設定したときのレイノルズ数Reであり、丸印は、開弁時期(IVO)を排気行程終期(例えば、TDC後-30°)に設定したときのレイノルズ数Reである。
【0245】
前述のように、開弁時期を遅角させたときには、相対的に進角させたときと比べてレイノルズ数Reは大きくなる。これは、渦のスケールと渦の強さとが両方とも増加したことを受けて現れた傾向である。
【0246】
燃料の噴射時期についても同様である。吸気弁21の開弁時期を超えない範囲内で噴射時期を遅角させると、下死点に向かって燃料を引き込む力が相対的に大きく作用することになり、その結果、混合気がなす渦のスケールが相対的に大きくなるからである。本願発明者らの検証によれば、その際、渦のスケールは、渦の強さよりも有意に大きくなる。その結果、カルロビッツ数Kaは小さくなる。
【0247】
同様に、噴射時期を遅角させたときには、相対的に進角させたときと比べてレイノルズ数Reは大きくなる。これは、渦のスケールと渦の強さとが両方とも増加したことを受けて現れた傾向である。
【0248】
また、インジェクタ6の燃料噴射圧力は、少なくともレイノルズ数Reを増減させる第2の制御目標を構成する。乱流補正部110aは、乱流燃焼速度S
Tが目標速度を下まわる場合、制御目標の変更に加えて又は該制御目標の変更に代えて、A/F又はG/Fがリーンになるほど(つまり、層流燃焼速度S
L
0が低いほど)混合気のレイノルズ数Reをより大きくするように噴射圧力を高める(
図13を参照)。
【0249】
乱流補正部110aが噴射圧力を高めることで、燃焼室17内に混合気が形成する渦の強さが高まる。それにより、混合気のレイノルズ数Reを高めることができる。
【0250】
乱流補正部110aが制御目標及び/又は第2の制御目標を変更することで、流動マップを照合することで得られる渦の強さ及び渦のスケールが変化する。制御目標及び/又は第2の制御目標の変更により、筒内圧センサSW6の計測信号、ひいては層流燃焼速度SL
0も変化することになる。これらが変化することで、シリンダ11内に実現される乱流燃焼速度STが、目標速度に近づくように変更されることになる(つまり、フィードバック制御が実現されることになる)。これにより、第1燃料に異種燃料を用いた場合であっても、標準燃料を用いた場合と同様の燃焼波形を実現することができるようになる。
【0251】
なお、噴射時期の変更は、エミッション性能に若干の影響を及ぼす。噴射圧力の変更は、燃費性能に若干の影響を及ぼす。そこで、乱流補正部110aは、乱流燃焼速度STが目標速度を下まわる場合、開弁時期、噴射圧力及び噴射時期の優先順で、制御目標又は第2の制御目標の変更を実行してもよい。
【0252】
その際、乱流燃焼速度STと目標速度との差分、又は、層流燃焼速度SL
0の大きさに応じて、開弁時期、噴射圧力及び噴射時期のうちの2つ以上を同時に変更してもよいし、それらを個別に変更してもよい。また、開弁時期が制御限界に至る前に噴射圧力の変更を開始するとともに、噴射圧力が制御限界に至る前に噴射時期の変更を開始するように構成してもよい。
【0253】
なお、開弁時期、噴射圧力及び噴射時期の変更は、乱流燃焼速度STの調整に資するものの、これらのパラメータを変更するだけでは、必ずしも乱流燃焼速度STを目標速度まで調整できるとは限らない。
【0254】
そこで、流動補正部110の層流補正部110bは、開弁時期、噴射圧力及び噴射時期を限界まで変更してもなお乱流燃焼速度STが目標速度を下まわる場合には、燃焼室17内における混合気の層流燃焼速度SL
0を高めるよう、燃焼室17内での外部EGR量に対する内部EGR量の比率(内部EGR比)を上昇させる。
【0255】
図15は、乱流燃焼速度S
Tの差分に対する、内部EGR比の大きさを例示する図である。内部EGR比の上昇量は、例えば、開弁時期、噴射圧力及び噴射時期を限界まで変更したときに実現される乱流燃焼速度(
図15の制御後S
T)と、前記目標速度(
図15の目標S
T)と、の差分を算出し、その差分が大きいときには、小さい時に比してより高くなるように設定すればよい。内部EGR比を高めることで、筒内温度Tuが上昇する。式(8)に示すように、筒内温度Tuを高めることで、層流燃焼速度S
L
0を高めることができる。式(1)を参照して説明したように、層流燃焼速度S
L
0を高めることで、乱流燃焼速度S
Tを高めることが可能になる。
【0256】
なお、内部EGR比の上昇は、例えば排気弁22の2度開き量を増やすことで行ってもよいし、排気弁22及び吸気弁21を双方とも開弁されるオーバーラップ期間を縮小することで行ってもよい。
【0257】
また、前記差分を埋め合わせるのに要する層流燃焼速度SL
0の必要変化量と、その必要変化量の実現に要する2度開き量及びオーバーラップ期間(ひいては、それらの実現に要する吸気弁21及び排気弁22のバルブタイミング及びバルブリフト量)は、事前に設定されており、前記差分に対応したマップとして、メモリ102に記憶されている。
【0258】
また、流動補正部110の層流補正部110bは、内部EGR比の変更に加えて、又は、内部EGR比の変更に代えて、開弁時期、噴射圧力及び噴射時期を限界まで変更してもなお乱流燃焼速度STが目標速度を下まわる場合には、燃焼室17内における混合気の層流燃焼速度SL
0を高めるよう、燃焼室17内に供給される空気の量及び燃料量の少なくとも一方を介してA/F又はG/Fを減少させてもよい。
【0259】
A/F又はG/Fの減少量は、内部EGR比のケースと同様に、例えば、開弁時期、噴射圧力及び噴射時期を限界まで変更したときに実現される乱流燃焼速度(制御後ST)と、前記目標速度(目標ST)と、の差分を算出し、その差分が大きいときには、小さい時に比してより減少させるように設定すればよい。その際、A/F又はG/Fの減少量は、理論空燃比よりも小さくならないように設定することが好ましい。A/F又はG/Fを減少させることで、混合気がよりリーンになり、ひいては層流燃焼速度SL
0を高めることができる。そして、層流燃焼速度SL
0を高めることで、乱流燃焼速度STを高めることが可能になる。
【0260】
なお、A/F又はG/Fの減少は、例えばスロットル弁43の開度を調整することで行ってもよいし、インジェクタ6からの燃料噴射量を減らすことで行ってもよい。
【0261】
また、前記差分を埋め合わせるのに要する層流燃焼速度SL
0の必要変化量と、その必要変化量の実現に要するスロットル弁43の開度、及び燃料噴射量)は、事前に設定されており、前記差分に対応したマップとして、メモリ102に記憶されている。
【0262】
(第1の基本概念に対応した制御例)
以下、乱流燃焼速度S
Tの調整に関してECU10が行う制御例について説明する。
図16A~
図16Cは、乱流燃焼速度S
Tの調整に関してECU10が行う制御を例示するフローチャートである。
図17は、開弁時期(IVO)、噴射圧力及び噴射時期の優先順位について説明するための図である。
【0263】
まず、
図16AのステップS1において、ECU10の制御目標設定部105が、標準燃料用の制御セットを読み込む。
【0264】
続くステップS2において、ECU10の運転状態判定部104が、各センサSW1-SW23の計測信号を読み込む。それに続くステップS3において、運転状態判定部104が、各計測信号に基づいて、エンジン1の現在の運転状態を判定する。
【0265】
続くステップS4において、制御目標設定部105が、ステップS2で判定した運転状態と、標準燃料用の制御セットと、を照合することで、標準燃料用の各制御目標を決定する。ここでの制御目標には、吸気弁21の開弁時期と、インジェクタ6の噴射時期及び噴射圧力と、混合気の目標A/F、目標G/F及び目標EGR率(内部EGR比の目標値を含む)と、点火プラグ25の点火タイミングと、が含まれ得る。目標A/Fと目標G/Fは、両者の少なくとも一方が含まれ得る。
【0266】
続くステップS5において、筒内性状推定部106が、ステップS2で読み込んだ計測信号に基づいて、標準燃料の燃焼を想定したときの筒内性状(標準性状)を推定する。
【0267】
具体的に、筒内物性推定部106aは、各計測信号にかかわらず、標準燃料に対応した理論空燃比、ガス組成、C:H:O比、動粘性係数ν、拡散係数D及び温度拡散係数αを読み込む。一方、筒内状態推定部106bは、筒内圧センサSW6の計測信号に基づいて、現在の筒内圧Pに対応した筒内温度T及び筒内密度ρuを算出してもよい。
【0268】
続くステップS6において、相関量推定部107は、ステップS4で読み込んだ各制御目標(特に、目標A/F(目標G/F)及び目標EGR率)と、ステップS5で推定した標準性状とに基づいて、標準燃料の燃焼によって実現されると想定される層流燃焼速度SL
0を決定する。
【0269】
続くステップS7において、流動因子推定部108及び燃焼速度推定部109は、ステップS5で推定した標準性状と、ステップS6で推定した標準燃料想定時の層流燃焼速度SL
0と、標準燃料想定時の渦の強さ及び渦のスケールと、に基づいて、標準燃料の燃焼を想定したときの乱流燃焼速度(目標ST)を決定する。
【0270】
なお、ステップS7における乱流燃焼速度STの決定は、流動因子推定部108が推定したマークシュタイン数Ma、カルロビッツ数Ka及びレイノルズ数Reの値に基づいて行われる。それらの推定に際しては、標準燃料想定時の渦の強さ及び渦のスケールが用いられる。標準燃料想定時の渦の強さ及び渦のスケールは、ステップS4で決定された標準燃料想定時の制御目標を、流動マップと照合することで得られる。
【0271】
続くステップS8において、筒内性状推定部106が、ステップS2で読み込んだ計測信号に基づいて、実際に燃焼させた第1燃料に係る筒内性状(実性状)を推定する。仮に、第1燃料に標準燃料を用いた場合、実性状と前記標準性状とが一致することになる。
【0272】
具体的に、筒内物性推定部106aは、各計測信号に基づいて、第1燃料に対応した理論空燃比、ガス組成、C:H:O比、動粘性係数ν、拡散係数D及び温度拡散係数αを推定する。一方、筒内状態推定部106bは、標準燃料の燃焼を想定したときと同様に、筒内圧センサSW6の計測信号に基づいて、現在の筒内圧Pに対応した筒内温度T及び筒内密度ρuを算出する。
【0273】
続くステップS9において、筒内性状推定部106が、ステップS8で推定した理論空燃比、ガス組成、C:H:O比、動粘性係数ν、拡散係数D及び温度拡散係数αと、ステップS5で読み込んだ理論空燃比、ガス組成、C:H:O比、動粘性係数ν、拡散係数D及び温度拡散係数αと、を比較することで、燃料タンク63に注がれている燃料(第1燃料)が変化したか否かを判定する。
【0274】
ステップS9の判定がNOの場合、ECU10は、燃料タンク63には標準燃料が貯留していると判断する。この場合、ECU10は、制御ステップを
図16BのステップS25へ進め、ステップS4で定めた制御目標のまま、エンジン1の運転を継続する。一方、ステップS10の判定がYESの場合、ECU10は、燃料タンク63に標準燃料以外の異種燃料が注がれたか、あるいは、標準燃料に異種燃料が混ざったものと判断する。この場合、ECU10は、制御ステップを
図16AのステップS10へ進め、ステップS4で定めた制御目標を変更するための処理に進む。
【0275】
ステップS10において、相関量推定部107は、ステップS4で読み込んだ各制御目標(特に、目標A/F(目標G/F)及び目標EGR率)と、ステップS8で推定した実性状とに基づいて、第1燃料の燃焼によって実現されたと考えられる層流燃焼速度(予測SL
0)を推定する。
【0276】
続くステップS11において、流動因子推定部108及び燃焼速度推定部109は、ステップS9で推定した実性状と、ステップS10で推定した第1燃料燃焼時の層流燃焼速度SL
0と、現時点の渦の強さ及び渦のスケールと、に基づいて、第1燃料の燃焼によって実現されたと考えられる乱流燃焼速度(予測ST)を推定する。
【0277】
なお、ステップS11における乱流燃焼速度STの推定は、流動因子推定部108が推定したマークシュタイン数Ma、カルロビッツ数Ka及びレイノルズ数Reの値に基づいて行われる。具体的に、燃焼速度推定部109はまず、予測SL
0、マークシュタイン数Ma、カルロビッツ数Ka及びレイノルズ数Reの値に基づいて、予測SL
0に対応した局所燃焼速度を推定する。その後、燃焼速度推定部109は、推定した局所燃焼速度と、予測SL
0と、動粘性係数νと、渦の強さu’及び渦のスケールleと、に基づいて、予測STを推定する。
【0278】
それらの推定に際し、ステップS11の初回実行時には、標準燃料想定時の渦の強さ及び渦のスケール(渦の強さ及びスケールの基準値)が用いられるようになっている。標準燃料想定時の渦の強さ及び渦のスケールとは、前述のように、ステップS4で決定された標準燃料想定時の制御目標を、流動マップと照合することで得られるものである。
【0279】
続いて、
図16BのステップS21で、ECU10の流動補正部110は、予測S
Tが目標S
T以上か否かを判定する。この判定がNOの場合、ECU10は、制御プロセスを
図16CのステップS41に進める。ステップS21の判定がYESの場合、ECU10は、制御プロセスをステップS22に進める。
【0280】
ステップS21から続くステップS22において、ECU10は、点火プラグ25の点火時期がMBT(Minimum Spark Advance for Best Torque)に設定されているか否かを判定する。
【0281】
ステップS22の判定がNOの場合、ECU10は、制御プロセスを
図16BのステップS23に進める。この場合、ステップS23において、ECU10は、点火時期をMBTに変更し、制御プロセスを
図16AのステップS2に戻す。この点火時期の変更に伴い、燃焼室17内に実現される燃焼波形、ひいては筒内圧センサSW6の計測信号が変化する。その変化を反映するように、
図16AのステップS2-S11等を再び実行させる。
【0282】
一方、ステップS22の判定がYESの場合、ECU10は、制御プロセスをステップS24に進める。ステップS24に進んだ場合、点火時期はMBTに変更済みとなる。このステップS24において、ECU10は、予測STが目標STに一致するか否かを判定する。
【0283】
ステップS24の判定がNOの場合、ECU10は、制御プロセスを
図16BのステップS26に進める。この場合、ECU10の層流補正部110bは、予測S
Tが目標S
Tに比べて過剰であると判断する。この場合、層流補正部110bは、レイノルズ数Re及びカルロビッツ数Kaを介した予測S
Tの補正(渦の強さ及びスケールを介した予測S
Tの補正)ではなく、層流燃焼速度S
L
0を通じた予測S
Tの補正を実行する。
【0284】
具体的に、ステップS26において、層流補正部110bは、目標STに対する予測STの過剰分に基づいて、層流燃焼速度SL
0の要求減少量を演算する。この要求減少量は、前記過剰分が大きくなるほど大きくなる。なお、要求減少量の演算対象となる層流燃焼速度SL
0とは、ステップS10で説明した予測SL
0である。
【0285】
続くステップS27において、層流補正部110bは、ステップS26で演算した要求減少量に基づいて、目標A/F若しくは目標G/Fの増加(A/F又はG/Fリーン化)、及び/又は、内部EGR比の減量を実行する。要求減少量が大きいときには、これが小さいときと比べて、目標A/F又は目標G/Fの増加量は大きくなる。要求減少量が大きいときには、これが小さいときと比べて内部EGR比の低下量は大きくなる。
【0286】
また、目標A/F又は目標G/Fの増加は、これを減少させるときとは反対に、第1燃料の目標噴射量を減少させたり、スロットル弁43の開度調整を通じて新気の充填量を増加させたりすることで実現可能である。内部EGR比の減量は、これを増加させるときとは反対に、吸気弁21と排気弁22を両方とも開弁させるオーバーラップ期間を長くしたり、排気弁22の2度開き量を小さくしたりすることで実現可能である。
【0287】
ECU10は、ステップS27に係る処理の実行後、制御プロセスを
図16AのステップS2に戻す。目標A/F(目標G/F)の増加及び/又は内部EGRの減量に伴い、燃焼室17内に実現される燃焼波形、ひいては筒内圧センサSW6の計測信号が変化する。その変化を反映するように、
図16AのステップS2-S11等を再び実行させる。
【0288】
また、ステップS24の判定がYESの場合、ECU10は、制御プロセスを
図16BのステップS25に進める。この場合、標準燃料と同じ乱流燃焼速度が実現されていると判断されるため、ECU10は、ステップS4で定めた制御目標のまま、エンジン1の運転を継続する。
【0289】
ECU10がステップS21-S27を繰り返すことで、予測STは目標STに収束するまで低下する。これにより、CI燃焼の過早化を抑制し、異種燃料であったとしても、標準燃料時で最適化されたタイミングでCI燃焼を生じさせることができる。これにより、種々の燃料でSPCCI燃焼を実現する上で有利になる。
【0290】
一方、ステップS21の判定がNOの場合、ECU10の流動補正部110は、予測STが目標STに比べて不足していると判断する。この場合、流動補正部110は、レイノルズ数Re及びカルロビッツ数を介した予測STの補正(渦の強さ及びスケールに係る実STの補正)と、予測SL
0を介した予測STの補正と、を組み合わせた処理を実行する。
【0291】
まず、ステップS21の判定がNOの場合に続くステップS31において、流動補正部110は、吸気弁21の開弁時期(IVO)、第1燃料の噴射圧力、及び、第1燃料の噴射時期がそれぞれ制御限界に達しているか否かを判定する。
【0292】
ここで、IVOは、排気行程終期から排気上死点以前までの範囲内で制御することができる。排気行程終期は、例えば、TDC前(30°-α)である。ここで、αは、0°以上5°以下のマージンである。
【0293】
噴射圧力は、例えば、(30-β1)MPa以上(120-β2)MPa以下の範囲内で制御することができる。ここで、β1及びβ2は、0MPa以上5MPa以下のマージンである。
【0294】
噴射時期は、例えば、圧縮上死点以前からIVO以前までの範囲内で制御することができる。IVOよりも若干遅角側に設定してもよい。
【0295】
流動補正部110は、IVOが排気上死点に達し且つ噴射圧力が(120-β2)MPaに達し且つ噴射時期がIVOに達しているか否かを判定し、この判定がYESの場合にステップS41の判定をYESと判定し、この判定がNOの場合にステップS41の判定をNOと判定する。ステップS41の判定がNOの場合、流動補正部110は、制御プロセスをステップS42に進める。ステップS41の判定がYESの場合、流動補正部110は、制御プロセスをステップS43に進める。
【0296】
ステップS42において、流動補正部110は、IVO、噴射圧力及び噴射時期の優先順で各制御目標を変更し、
図16AのステップS2に制御プロセスを戻す。その際に変更される制御目標は、第1燃料用の制御目標、つまり
図16AのステップS11で参照される制御目標である。標準燃料想定時の制御目標、つまり、同図のステップS6で参照される制御目標は、標準燃料に最適化された基本値のまま、変更されずに保持される。IVO等の変更に伴い、燃焼室17内に実現される燃焼波形、ひいては筒内圧センサSW6の計測信号が変化する。その変化を反映するように、
図16AのステップS2-S11等(特にステップS10及びS11)を再び実行させる。
【0297】
例えば流動補正部110は、層流燃焼速度S
L
0が大きいほど、
図12Aに示すようにIVOを排気上死点に近接させる。IVOを変更することで、前記ステップS11において流動マップを照合することで得られる渦のスケール及び強さが変更されることになる。
【0298】
また、IVO、噴射圧力及び噴射時期のうち、どの制御因子をどれだけ変更するかの決定は、
図17に示すように、層流燃焼速度S
L
0の大きさに基づいて行うことができる。なお、
図17における層流燃焼速度S
L
0とは、ステップS10で説明した予測S
L
0である。
【0299】
例えば、予測ST≧目標STの場合、ステップS26-S27を用いて説明したように、層流燃焼速度SL
0を通じた乱流燃焼速度STの調整が実行されることになる。この場合、IVO、噴射圧力力及び噴射時期は、変更されずに保持される。
【0300】
一方、予測ST<目標STの場合、IVO、噴射圧力及び噴射時期を通じた乱流燃焼速度STの調整が実行されることになる。この場合、予測STが目標STよりも若干小さい(P1≦A/F<P0)ときには、層流燃焼速度SL
0が小さくなるに従って、IVOを排気上死点に向けて徐々に変更する。実STが目標STよりもさらに小さい(P2≦A/F<P1)ときには、IVOに加えて噴射圧力が変更される。P2とP1の間隔は、各制御因子のマージンに基づいて定めることができる。噴射圧力は、層流燃焼速度SL
0が小さくなるに従って上昇する。
【0301】
そして、予測STが目標STよりもさらに小さい(P3≦A/F<P2)と、IVOは制御限界に達し、噴射圧力力のみが連続的に調整されることになる。そして、予測STが目標STよりもさらに小さい(P4≦A/F<P3)と、噴射圧力に加えて噴射時期が変更される。P4とP3の間隔は、各制御因子のマージンに基づいて定めることができる。噴射時期は、層流燃焼速度SL
0が小さくなるに従ってIVOに近づいていく。
【0302】
そして、予測S
Tが目標S
Tよりもさらに小さい(P4≦A/F<P5)と、噴射圧力力も制御限界に達し、噴射時期のみが連続的に調整されることになる。そして、実S
Tが目標S
Tよりもさらに小さい(A/F<P5)と、噴射時期も制御限界に達する。ステップS41の判定がYESとなるのは、
図17における“A/F<P5”の状況に相当している。
【0303】
なお、
図17を用いた上記説明は、A/FをG/Fに置き換えても成立する。その場合、P1~P5等の具体的な数値を変更してもよい。
【0304】
ステップS41の判定がYESの場合に進むステップS43において、ECU10は、点火プラグ25の点火時期がMBT(Minimum Spark Advance for Best Torque)に設定されているか否かを判定する。
【0305】
ステップS43の判定がNOの場合、ECU10は、制御プロセスを
図16CのステップS46に進める。この場合、ステップS46において、ECU10は、点火時期をMBTに変更し、制御プロセスを
図16AのステップS2に戻す。この場合、点火時期の変更に伴い、燃焼室17内に実現される燃焼波形、ひいては筒内圧センサSW6の計測信号が変化する。その変化を反映するように、
図16AのステップS2-S11等を再び実行させる。
【0306】
一方、ステップS43の判定がYESの場合、ECU10は、制御プロセスをステップS44に進める。ステップS44に進んだ場合、点火時期はMBTに変更済みとなる。
【0307】
ステップS44において、ECU10の層流補正部110bは、IVO、噴射圧力力及び噴射時期がいずれも制御限界に達しているものの、それでもなお、実STが目標STに比べて不足していると判断する。この場合、層流補正部110bは、レイノルズ数Re及びカルロビッツ数に着目した実STの補正(渦の強さ及びスケールに係る実STの補正)ではなく、層流燃焼速度SL
0を通じた実STの補正を実行する。
【0308】
具体的に、ステップS44において、層流補正部110bは、目標STに対する実STの不足分に基づいて、層流燃焼速度SL
0の要求増加量を演算する。この要求増加量は、前記不足分が大きくなるほど大きくなる。なお、要求増加量の演算対象となる層流燃焼速度SL
0とは、ステップS10で説明した予測SL
0である。
【0309】
続くステップS45において、層流補正部110bは、ステップS44で演算した要求増加量に基づいて、目標A/F若しくは目標G/Fの減少(A/F又はG/Fリッチ化)、及び/又は、内部EGR比の増量を実行する。要求増加量が大きいときには、これが小さいときと比べて、目標A/F又は目標G/Fの減少量は大きくなる。要求増加量が大きいときには、これが小さいときと比べて内部EGR比の増加量は大きくなる。
【0310】
また、目標A/F又は目標G/Fの減少は、これを増加させるときとは反対に、第1燃料の目標噴射量を増加させたり、スロットル弁43の開度調整を通じて新気の充填量を減少させたりすることで実現可能である。内部EGR比の増量は、これを増加させるときとは反対に、吸気弁21と排気弁22を両方とも開弁させるオーバーラップ期間を短くしたり、排気弁22の2度開き量を大きくしたりすることで実現可能である。
【0311】
ECU10は、ステップS45に係る処理の実行後、制御プロセスを
図16AのステップS2に戻す。目標A/F(又は目標G/F)の減少及び/又は内部EGRの増量に伴い、燃焼室17内に実現される燃焼波形、ひいては筒内圧センサSW6の計測信号が変化する。その変化を反映するように、
図16AのステップS2-S11等を再び実行させる。
【0312】
ECU10がステップS41-S46を繰り返すことで、予測STは目標STに収束するまで増加する。これにより、CI燃焼の遅れを抑制し、異種燃料であったとしても、標準燃料時で最適化されたタイミングでCI燃焼を生じさせることができる。これにより、種々の燃料でSPCCI燃焼を実現する上で有利になる。
【0313】
(第2の基本概念)
ここまでに説明したように、ECU10は、乱流燃焼速度STの算出に際し、層流燃焼速度SL
0及び局所燃焼速度SL
*を用いるようになっている。例えば局所燃焼速度SL
*を算出するためのモデルについては、前述の式(2)を参照して説明した通りである。
【0314】
本願発明者らは、式(2)の検討を進めた。その結果、
図9A-
図9Dで考慮されていないような因子の影響を取り入れることで、以下の如きモデルを新たに着想した。
【0315】
【0316】
式(12)において、X1は、活性種の影響を反映した乗算項(以下、「第1乗算項」ともいう)であり、Yは、A/F又はG/Fの希薄限界の影響を反映した加算項である。X2は、活性種の供給及びリーン限界以外の一般誤差を反映した乗算項(以下、「第2乗算項」ともいう)である。
【0317】
ECU10は、乱流燃焼速度STの推定値(予測ST)と、乱流燃焼速度STの実測値(実測ST)との誤差を監視するとともに、その誤差をゼロに近づけるように、式(2)に示したモデルを修正する。モデルの修正は、式(12)に例示したように、第1乗算項X1及び第2乗算項X2の値をそれぞれ1から変化させたり、加算項Yの値を0から変化させることで行われるようになっている。
【0318】
なお、活性種、リーン限界及び一般誤差の影響をすべて考慮することは、必須ではない。例えば、活性種供給装置28が取り付けられていないエンジン1の場合、第1乗算項X1の値は、1のまま固定されることになる。
【0319】
ECU10は、シリンダ11内に実現されている乱流燃焼速度を実測し、その実測値(実測ST)に基づいて式(2)のモデルを修正するモデル修正装置としても機能する。以下、モデル修正装置としてのECU10の構成について説明する。
【0320】
(局所燃焼速度のモデル修正手順)
図19は、前記モデル修正装置の構成を例示している。このモデル修正装置は、燃焼速度計測部121と、速度誤差判定部122と、活性種補正部123と、リミット判定部124と、リミット補正部125と、一般誤差補正部126と、を有している。なお、モデル修正装置の構成は、
図19に示すものには限定されない。モデル修正装置は、活性種補正部123と、リミット判定部124及びリミット補正部125と、のうちの少なくとも1つを有していればよい。
【0321】
モデル修正装置としてのECU10は、式(12)に例示したように、局所燃焼速度S
L
*の算出モデルを修正する。算出モデルの修正は、
図16A~
図16Dに例示したフロートは独立して行われるようになっている。算出モデルの修正結果は、
図16AのステップS11等、局所燃焼速度S
L
*が算出される処理に、リアルタイムで反映されるようになっている。
【0322】
-燃焼速度計測部121-
燃焼速度計測部121は、筒内圧センサSW6の計測信号に基づいて、燃焼室17内に生じた乱流燃焼速度(実測ST)を計測する。一般に、筒内圧センサSW6の計測値は、燃焼室17内における熱発生率と関連している。SPCCI燃焼の場合、燃焼初期の熱発生率(例えば、SI燃焼が主体となる期間内の熱発生率)は、乱流燃焼速度の大きさと関連している。こうした関連性に基づいて、燃焼速度計測部121によって実測STが計測される。
【0323】
具体的に、ECU10のメモリ102は、筒内圧センサSW6の計測値と、実測STと、を関連付けたマップ又はモデルを事前に記憶している。ECU10は、そのマップ又はモデルに筒内圧センサSW6の計測値を入力することで、実測STを取得する。
【0324】
-速度誤差判定部122-
速度誤差判定部122は、燃焼速度推定部109による乱流燃焼速度の推定値(予測ST)と、燃焼速度計測部121による乱流燃焼速度の計測値(実測ST)と、の差を特徴づけるパラメータを算出する。本実施形態では、そうしたパラメータに、両者の差分が用いられてる。速度誤差判定部122は、その差分の大きさ及び符号に基づいて、活性種補正部123、リミット補正部125及び/又は一般誤差補正部126によるモデル修正の要否を判定する。以下、この差分を「速度誤差ΔS」ともいう。
【0325】
本実施形態に係る速度誤差判定部122は、速度誤差ΔSの絶対値が所定の閾値以上の場合に、活性種補正部123若しくは一般誤差補正部126による乗算補正、又は、リミット補正部125による加算補正を実行するように判定する。本実施形態では「速度誤差ΔS=予測ST-実測ST」と定義されているものの、そうした定義は一例に過ぎない。
【0326】
そして、乗算補正又は加算補正の要否の判定に際し、速度誤差判定部122は、予測S
Tが実測S
Tよりも大きい(速い)場合(ΔS>0の場合)には、閾値として第1閾値T1を参照する。第1閾値T1は、
図20に示すように本実施形態ではゼロに設定されている。つまり、予測S
Tが実測S
Tよりも大きい場合、速度誤差判定部122は、速度誤差ΔSの絶対値にかかわらず、加算補正又は乗算補正を実行すべきと判断する。
【0327】
また、速度誤差判定部122は、予測S
Tが実測S
Tよりも小さい(遅い)場合(ΔS<0の場合)には、閾値として、第1閾値T1とは異なる絶対値(例えば、第1閾値T1よりも大きな絶対値)を有する第2閾値T2を参照する。第2閾値T2は、
図20に示すように本実施形態では負の値(<0)に設定されている。つまり、予測S
Tが実測S
Tよりも小さい場合、速度誤差判定部122は、速度誤差ΔSの絶対値が第2閾値T2を超えたことを条件に、加算補正又は乗算補正を実行すべきと判断する。
【0328】
このように、速度誤差判定部122は、速度誤差ΔSと比較される閾値を、速度誤差ΔSが正の場合と、負の場合とで異ならせるように構成されている。このような構成は、
図21に示す数値実験に基づいて、本願発明者らによって新たに想到されたものである。
【0329】
図21の横軸は、予測S
Tと実測S
Tとのズレに起因した、混合気の燃焼期間の変化率[%]を例示している。燃焼期間の変化率(以下、単に「変化率」という)が正とは、予測S
Tが実測S
Tよりも速いことに起因して、予測S
Tに対応した燃焼期間が、実測S
Tに対応した燃焼期間よりも短くなっていることを意味している。また、燃焼期間の変化率が負とは、予測S
Tが実測S
Tよりも遅いことに起因して、予測S
Tに対応した燃焼期間が、実測S
Tに対応した燃焼期間よりも長くなっていることを意味している。変化率の絶対値は、速度誤差ΔSの絶対値が大きくなるにしたがって大きくなる。
【0330】
一方、
図21の縦軸は、エンジンの図示平均有効圧(IMEP)、回転数及び空燃比を同一条件下にした場合における、燃焼期間の変化率に応じた熱効率の変化率[%]を例示している。熱効率の変化率が負であることは、熱効率が低下していることを意味している。熱効率の低下は、混合気の燃焼期間の変化、すなわち予測S
Tと実測S
Tとのズレに起因していると考えられる。
【0331】
例えば、
図21に示す3つの曲線は、いずれも、IMEPが650[KPa]、回転数が2000[rpm]、ラムダ値が2.0の条件下で数値実験から得られたものである。
【0332】
また、
図21の各曲線は、所望の燃焼期間を例示している。例えば
図21の実線は、他の曲線と比べて燃焼期間が短い例を示しており、同図の鎖線は、他の曲線と比べて燃焼期間が長い例を示している。
図21の破線は、他の2本の曲線に対して燃焼期間が中間の値となる例を示している。
【0333】
本願発明者らは、
図21の各曲線に基づいて、各燃焼期間に共通した特性を見いだした。すなわち、燃焼期間の変化率が正の場合、その変化率の絶対値にかかわらず、熱効率は直ちに低下を開始する。一方、燃焼期間の変化率が負の場合、その変化率の絶対値がある程度大きくなった後、熱効率は有意に低下し始めるようになっている。
【0334】
このような非対称的な振る舞いは、燃焼期間短縮による排気損失の低下(PV線図が立ち上がるため仕事量が増加)とMBTから遠ざかることによる仕事量の低下のバランスに由来するものと考えられる。
【0335】
すなわち、速度誤差ΔSが正の場合、速度誤差ΔSの絶対値の大きさにかかわらず、即座に加算補正又は乗算補正を実行すると好都合である。一方、速度誤差ΔSが負の場合、その速度誤差ΔSの絶対値がある程度大きくなった後に、加算補正又は乗算補正を実行すると好都合である。前述した速度誤差判定部122の構成は、こうした知見を反映したものとなっている。
【0336】
-活性種補正部123-
図22は、活性種の供給量に対する、第1乗算項X
1の値を例示する図である。
図22の横軸は、活性種供給装置28による活性種の供給量を示しており、同図の縦軸は、活性種の供給量に対応した第1乗算項X
1の値を示している。また、
図22の鎖線は、速度誤差ΔSが負の場合を例示しており、同図の実線は、速度誤差ΔSが正の場合を例示している。
【0337】
活性種補正部123は、活性種供給装置28によって活性種が供給されている場合、予測STを実測STに近づけるように、式(2)の右辺に対して乗算補正を行う。この乗算補正は、式(12)における第1乗算項X1を、1以外の値に設定することに相当する。
【0338】
式(5)及び式(6)に関して説明したように、乱流燃焼速度STを高めるためには、局所燃焼速度SL
*を高めればよい。そこで、本実施形態では、速度誤差ΔSが正の場合、つまり、予測STが実測STよりも遅い場合、活性種補正部123は、第1乗算項X1を1よりも大きな値に設定する。第1乗算項X1を1よりも大きな値に設定することで、局所燃焼速度SL
*を高めることができる。そのことで、予測STをより速くすることができる。
【0339】
一方、予測STが実測STよりも速い場合、活性種補正部123は、第1乗算項X1を1よりも小さな値に設定する。第1乗算項X1を1よりも小さな値に設定することで、局所燃焼速度SL
*を低下させることができる。そのことで、予測STをより遅くすることができる。
【0340】
また、
図22に例示するように、第1乗算項X
1の絶対値は、燃焼室17内への活性種の供給量が増えるにしたがって増加する。つまり、
図22に示したように、ECU10のメモリ102は、速度誤差ΔSの符号別に、活性種の供給量と、第1乗算項X
1とを関連付けたマップを事前に記憶している。ECU10は、そのマップに速度誤差ΔSの符号と、活性種の供給量と、を入力することで、第1乗算項X
1を取得する。
【0341】
つまり、活性種の供給量が増えれば増えるほど、予測STと実測STとのずれが大きくなると考えられるから、ずれが大きくなるほど第1乗算項X1の絶対値を大きくすることで、予測STと実測STとのずれを減らす上で有利になる。
【0342】
なお、活性種の供給量を特徴づけるパラメータとして、前述の供給指標を用いてもよい。例えば、供給指標に放電電極28aの放電時間を用いた場合、前述のマップは、放電電極28aの放電時間と、第1乗算項X1とを関連付けたものとなる。
【0343】
さらに詳細には、
図22に例示するように、第1乗算項X
1の絶対値は、燃焼室17内への活性種の供給量(供給指標)を引数とした対数関数となる。このことは、
図23及び
図24に示す数値実験に基づいて、本願発明者らによって新たに想到されたものである。
【0344】
図23及び
図24の横軸は、活性種としてのOHラジカルの添加量[ppm]を例示している。一方、
図23及び
図24の縦軸は、OHラジカルの添加量に対応した層流燃焼速度の増加割合を例示している。
【0345】
図23と
図24は、エンジンの筒内圧及び筒内温度を同一条件下にし、かつ空燃比を互いに異ならせたものとされている。
図23における空燃比は、
図24における空燃比よりもリーンである。
【0346】
例えば、
図23に示す各プロットは、ラムダ値が1、筒内圧が2.5[MPa]、筒内温度が650[K]の条件下で得られたものである。一方、
図24に示す各プロットは、ラムダ値が0.6、筒内圧が2.5[MPa]、筒内温度が650[K]の条件下で得られたものである。また、
図23及び
図24に示す各プロットは、91RON相当のレギュラーガソリンについて得られたものである。
【0347】
図23と
図24から見て取れるように、局所燃焼速度の増加割合は、OHラジカルの添加量を引数とした対数関数に類似した振る舞いとなる。こうした対数関数に類似した振る舞いは、OHラジカル添加は主に燃焼初期の化学反応に寄与するため、燃焼速度の化学反応に対する寄与が限定的であることに由来するものと考えられる。
【0348】
-リミット判定部124-
一般に、燃料組成が相違すると、その自着火特性も相違する。自着火特性が相違すると、A/Fのリーン限界も相違することが近年の研究でわかっている。A/Fがリーン限界付近にある場合、自着火特性が混合気の燃焼速度に影響を及ぼす可能性がある。G/Fのリーン限界、EGRの上限(いわゆるEGR限界)についても、同様に燃焼速度に影響を及ぼす可能性がある。
【0349】
そうした影響を考慮するための準備段階として、リミット判定部124は、A/F又はG/Fが所定の限界領域に到達しているか否かを判断する。詳細には、リミット判定部124は、筒内性状推定部106による推定結果(例えば実性状)に基づいて、A/F又はG/Fの上限値を取得する。この処理は、例えば、実性状と、A/F又はG/Fの上限値と、を関連付けたマップに基づいて行ってもよい。
【0350】
そして、リミット判定部124は、A/F又はG/Fの上限値を中央値とした所定範囲(例えば、上限値±数%の範囲)内に、現在のA/F又はG/Fが収まっているか否かを判定する。この判定がYESの場合、リミット判定部124は、A/F又はG/Fが限界領域に到達していると判断する。なお、リミット判定部124による処理は、A/Fに代えて空気過剰率(λ)について行ってもよいし、G/Fに代えてEGR率について行ってもよい。
【0351】
-リミット補正部125-
リミット補正部125は、A/F又はG/Fが限界領域に到達している場合に、予測STを実測STに近づけるように、式(2)の右辺に対して加算補正を行う。この加算補正は、式(12)における加算項Yを、0以外の値に設定することに相当する。A/F又はG/Fが限界領域に到達しているか否かの判断は、前述のリミット判定部124によって行われる。
【0352】
式(5)及び式(6)に関して説明したように、乱流燃焼速度STを高めるためには、局所燃焼速度SL
*を高めればよい。そこで、本実施形態では、速度誤差ΔSが正の場合、つまり、予測STが実測STよりも遅い場合、リミット補正部125は、加算項Yを0よりも大きな値に設定する。加算項Yを0よりも大きな値に設定することで、局所燃焼速度SL
*を高めることができる。そのことで、予測STをより速くすることができる。
【0353】
一方、予測STが実測STよりも速い場合、リミット補正部125は、加算項Yを0りも小さな値に設定する。加算項Yを0よりも小さな値に設定することで、局所燃焼速度SL
*を低下させることができる。そのことで、予測STをより遅くすることができる。
【0354】
また、
図25に例示するように、加算項Yの絶対値は、A/F若しくはG/F(又は空燃比若しくはEGR率)の高低にかかわらず定数とされている。つまり、加算項Yは、リーン限界又はEGR限界付近においてのみ考慮される因子であり、リーン限界又はEGR限界から離れた運転状態では考慮されない因子である。したがって、
図25の限界値Llに示すように、リーン限界又はEGR限界付近で加算項Yの値を最適化すれば十分であり、
図25の原点L0(理論空燃比)付近における値を詳細に設定する必要はない。
【0355】
-一般誤差補正部126-
一般誤差補正部126は、活性種供給装置28によって活性種が供給されておらず、かつA/F又はG/Fが限界領域に到達していない場合、予測STを実測STに近づけるように、式(2)の右辺に対して乗算補正を行う。この乗算補正は、式(22)における第2乗算項X2を、1以外の値に設定することに相当する。
【0356】
式(5)及び式(6)に関して説明したように、乱流燃焼速度S
Tを高めるためには、局所燃焼速度S
L
*を高めればよい。そこで、本実施形態では、速度誤差ΔSが正の場合、つまり、予測S
Tが実測S
Tよりも遅い場合、一般誤差補正部126は、第2乗算項X
2を1よりも大きな値に設定する(
図26参照)。第2乗算項X
2を1よりも大きな値に設定することで、局所燃焼速度S
L
*を高めることができる。そのことで、予測S
Tをより速くすることができる。
【0357】
一方、予測S
Tが実測S
Tよりも速い場合、一般誤差補正部126は、第2乗算項X
2を1よりも小さな値に設定する(
図26参照)。第2乗算項X
2を1よりも小さな値に設定することで、局所燃焼速度S
L
*を低下させることができる。そのことで、予測S
Tをより遅くすることができる。
【0358】
なお、
図26は、例示にすぎない。第2乗算項X
2は、少なくとも速度誤差ΔSが負の場合に1以上となり、速度誤差ΔSが正の場合に1以下となればよい。
図26の横軸についても、速度誤差ΔSの大きさそのものとしてもよいし、速度誤差ΔSと正又は負の相関を有するパラメータとしてもよい。
【0359】
(第1の基本概念に対応した制御例)
以下、モデル修正に際してECU10が行う制御例について説明する。
図27及び
図28は、モデル修正に関してECU10が行う制御を例示するフローチャートである。
【0360】
まず、
図27のステップS101において、ECU10の速度誤差判定部122が、速度誤差ΔSを算出する。具体的に、このステップS101において、ECU10の燃焼速度計測部121が実測S
Tを計測する。速度誤差判定部122は、燃焼速度計測部121によって計測された実測S
Tと、その計測と並行して算出された予測S
Tと、をそれぞれ読み込んで、速度誤差ΔS(=予測S
T-実測S
T)を算出する。
【0361】
続くステップS102において、速度誤差判定部122が、速度誤差ΔSが第1閾値T1よりも小さいか、あるいは、第2閾値T2よりも大きいか否かを判定する。この判定がNOの場合、熱効率への影響を無視できるほどに速度誤差ΔSが小さく、モデル修正の必要はないと判断される。したがって、ステップS102の判定がNOの場合、ECU10は、モデル修正に関する処理は不要と判断し、
図27及び
図28に示す制御プロセスを終了する。この場合、ECU10は、
図27のステップS101から始まる各処理を、再び実行することになる。
【0362】
一方、ステップS102の判定がYESの場合、熱効率への影響を無視できないほど速度誤差ΔSが大きく、モデル修正の必要があると判断される。この場合、ECU10は、制御プロセスをステップS103に進める。すなわち、ECU10は、ステップS102の判定がYESになるまで、速度誤差ΔSの監視を繰り返し行うようになっている。
【0363】
続くステップS103において、ECU10は、燃焼室17内への活性種の供給が行われているか否か、すなわち、活性種供給装置28が作動しているか否かを判定する。この判定がNOの場合、ECU10は、ステップS104~ステップS106の処理をスキップし、制御プロセスをステップS107に進める。
【0364】
一方、ステップS103の判定がYESの場合、ECU10は、ステップS104において活性種の供給を一時停止した後、制御プロセスをステップS105に進める。制御プロセスにステップS104を経由させることで、モデル修正が必要となった要因が、活性種の供給に由来するか否かを判断することができる。
【0365】
ステップS105において、ステップS101と同様の手順に従って速度誤差ΔSを算出する。続くステップS106において、速度誤差判定部122が、再算出された速度誤差ΔSが第1閾値T1よりも小さいか、あるいは、第2閾値T2よりも大きいか否かを判定する。この判定がNOの場合、ステップS102でYESと判定された要因が、活性種の供給であり、リーン限界、EGR限界又は一般誤差ではないと判断される。この場合、ECU10は、制御プロセスを、
図28のステップS110に進める。
【0366】
一方、ステップS106の判定がYESの場合、ステップS102でYESと判定された要因が、活性種の供給ではなく、リーン限界、EGR限界又は一般誤差であると判断される。この場合、ECU10は、制御プロセスを、ステップS107に進める。
【0367】
続くステップS107において、ECU10のリミット判定部124が、A/F又はG/Fがリミット付近にあるか否か(限界領域に到達しているか否か)を判定する。この判定がYESの場合、ECU10は、制御プロセスをステップS108に進める。一方、ステップS107の判定がNOの場合、ECU10は、制御プロセスをステップS109に進める。
【0368】
ステップS108において、ECU10のリミット補正部125が、例えば
図25に示した振る舞いに従って、加算項Yの値を非ゼロの値に設定する。これにより、リーン限界又はEGR限界に起因した速度誤差ΔSが補正されるように、乱流燃焼速度S
Tを算出するためのモデル式が修正される(式(2)及び(12)を参照)。
【0369】
一方、ステップS109において、ECU10の一般誤差補正部126が、例えば
図25に示した振る舞いに従って、第2乗算項X
2の値を1から異ならせるように設定する。これにより、活性種、リーン限界又はEGR限界以外の要因による速度誤差ΔSが補正されるように、乱流燃焼速度S
Tを算出するためのモデル式が修正される(式(2)及び(12)を参照)。
【0370】
ステップS108又はステップS109から続くステップS110において、ECU10は、活性種の供給が一時停止されたか否か、すなわちステップS104の処理を経由したか否かを判定する。この判定がNOの場合、ECU10は、活性種の影響を検証する処理は不要と判断し、
図27及び
図28に示す制御プロセスを終了する。この場合、ECU10は、
図27のステップS101から始まる各処理を、再び実行することになる。
【0371】
一方、ステップS110の判定がYESの場合、速度誤差ΔSへの活性種の影響を検証すべきと判断する。この場合、ECU10は、ステップS111において活性種供給の一時停止を解除した後、続くステップS112において、ステップS101と同様の手順に従って速度誤差ΔSを算出する。
【0372】
続くステップS113において、速度誤差判定部122が、再算出された速度誤差ΔSが第1閾値T1よりも小さいか、あるいは、第2閾値T2よりも大きいか否かを判定する。この判定がNOの場合、活性種の供給は速度誤差ΔSにさほど影響しておらず、リーン限界、EGR限界又は一般誤差に関するモデル式の修正によって、速度誤差ΔSが十分に減少したものと判断される。この場合、ECU10は、活性種の影響を取り入れるような追加の処理は不要と判断し、
図27及び
図28に示す制御プロセスを終了する。この場合、ECU10は、
図27のステップS101から始まる各処理を、再び実行することになる。
【0373】
一方、ステップS113の判定がYESの場合、活性種の供給が速度誤差ΔSに有意に影響しており、リーン限界、EGR限界又は一般誤差に関するモデル式の修正だけでは不十分であると判断される。この場合、ECU10は、活性種の影響を取り入れるような追加の処理が必要と判断し、制御プロセスをステップS114に進める。
【0374】
ステップS114において、ECU10の活性種補正部123が、例えば
図22に示した振る舞いに従って、第1乗算項X
1の値を1から異ならせるように設定する。これにより、活性種の供給に起因した速度誤差ΔSが補正されるように、乱流燃焼速度S
Tを算出するためのモデル式が修正される(式(2)及び(12)を参照)。
【0375】
(異種燃料の希薄燃焼について)
以上説明したように、流動制御部を構成する流動補正部110は、A/F又はG/Fがリーンになるほどレイノルズ数をより大きくしかつカルロビッツ数をより小さくするように、アクチュエータの制御目標を変更する(
図7及び
図17等参照)。これにより、ガソリン等の標準燃料とは異なる異種燃料を燃焼させる場合であっても、レイノルズ数のみを大きくする場合と比べて、初期の火炎速度を効率的に高めることができる。これにより、多種燃料に対応させた希薄燃焼を実現することができる。
【0376】
また、
図12A、
図12B、
図14及び
図17に例示したようにIVO及び噴射時期を変更することで、熱効率を確保しつつ、レイノルズ数を大きくしかつカルロビッツ数を小さくすることが可能になる。これにより、多種燃料に対応させた希薄燃焼を実現する上で有利になる。
【0377】
また、
図13及び
図17に例示したように噴射圧力を変更することで、混合気によって燃焼室17内に形成される渦の強さを高めることができる。これにより、レイノルズ数をより大きくする上で有利になる。これにより、多種燃料に対応させた希薄燃焼を実現する上で有利になる。
【0378】
また、本願発明者らが鋭意検討を重ねた結果によれば、噴射時期の変更は、エミッション性能に若干の影響を及ぼす。噴射圧力の変更は、燃費性能に若干の影響を及ぼす。そこで、
図17に例示したように優先順位を設定することで、エミッション性能、及び、燃費性能の順番で、各性能を可能な限り確保することができる。これにより、多種燃料に対応させた希薄燃焼を実現する上で有利になる。
【0379】
IVO、前記噴射圧力及び前記噴射時期には、所定の制御限界が存在するものと考えられる。そこで、これらの因子が制御限界に達してもなお、乱流燃焼速度STが目標速度を下まわる場合には、層流燃焼速度SL
0を高めることで、乱流燃焼速度STの上昇を図る。式(7)及び(8)に例示したように、筒内温度Tuの上昇は、層流燃焼速度SL
0の上昇に資する。ゆえに、内部EGR量の比率を通じて筒内温度Tuを上昇させることで、乱流燃焼速度STを上昇させることが可能になる。これにより、多種燃料に対応させた希薄燃焼を実現する上で有利になる。
【0380】
開弁時期、前記噴射圧力及び前記噴射時期には、所定の制御限界が存在するものと考えられる。そこで、これらの因子が制御限界に達してもなお乱流燃焼速度STが目標速度を下まわる場合には、層流燃焼速度SL
0を高めることで、乱流燃焼速度STの上昇を図る。前述のように、A/F又はG/Fのリーン化は、層流燃焼速度SL
0の上昇に資する。ゆえに、内部EGR量の比率を通じて筒内温度Tuを上昇させることで、乱流燃焼速度STを上昇させることが可能になる。これにより、多種燃料に対応させた希薄燃焼を実現する上で有利になる。
【0381】
また、計測部には、燃焼室17内の筒内圧を検出する筒内圧センサSW6が含まれる。そして、
図16A-
図16Cに例示したように、流動制御部(流動補正部110及び制御目標設定部105)は、筒内圧センサSW6の検出結果を参照することで、乱流燃焼速度(予測S
T)を目標速度(目標S
T)に一致させるよう、乱流燃焼速度(予測S
T)をフィードバック制御する、
これによれば、流動制御部としての流動補正部110及び制御目標設定部105は、筒内圧センサSW6の計測信号に基づいたフィードバック制御を通じて、乱流燃焼速度(実S
T)を目標速度(目標S
T)に一致させる。これにより、多種燃料による希薄燃焼時であっても、より適切な乱流燃焼速度(予測S
T)を実現することができる。
【0382】
さらに、式(1)~(6)に例示したモデル式を用いることで、火炎伸張を考慮した局所燃焼速度SL
*を適切に推定し、多種燃料に対応させた希薄燃焼を実現するように、レイノルズ数Re及びカルロビッツ数Kaを適切に調整することが可能になる。
【0383】
また、
図4を用いて説明したように、燃焼室17の中にオゾン、ラジカル等の活性種を供給することで、火炎伝播を促進することができる。しかしながら、活性種を供給することは、混合気の物性を調整することに他ならない。混合気の物性を調整することは、層流燃焼速度S
L
0に影響を与え得るため、乱流燃焼速度S
Tの推定値にずれを招き得る。そうしたずれの発生は、レイノルズ数及Re及びカルロビッツ数Kaを適切に調整するには不都合である。
【0384】
これに対し、式(22)を用いて説明したような乗算補正を行うことで、前述の如きずれを縮小することができる。それにより、レイノルズ数及Re及びカルロビッツ数Kaを適切に調整する上で有利になる。
【0385】
さらに、活性種の供給は、層流燃焼速度SL
0、ひいては局所燃焼速度SL
*の高低にかかわらず影響し得ると考えられる。そのため、式(22)に示すような乗算補正を行うことで、局所燃焼速度SL
*の高低にかかわらず、活性種の影響を考慮することができる。
【0386】
また一般に、活性種を多く供給すればするほど、混合気の燃え易さへの影響が大きくなると考えられる。そこで、
図22を用いて説明したように、活性種の供給量に応じて第1乗算項X
1)の値を変化させることで、活性種を供給することの影響を、より適切に考慮することができる。
【0387】
また、A/F又はG/Fが限界領域付近まで到達している場合(いわゆるリーン限界又はEGR限界付近に達している場合)、空気又はEGRガスによる燃料の希釈に起因して、その燃焼速度が遅くなるものと考えられる。しかし、A/F又はG/Fが限界領域付近では、この燃焼速度の遅くなり具合は通常とは異なり、こうした影響は層流燃焼速度モデルに反映されていない。よって、こうした影響は、乱流燃焼速度STの推定値にずれを招き得る。そうしたずれの発生は、レイノルズ数及Re及びカルロビッツ数Kaを適切に調整するには不都合である。
【0388】
これに対し、式(22)を用いて説明したような加算補正を行うことで、前述の如きずれを縮小することができる。それにより、レイノルズ数及Re及びカルロビッツ数Kaを適切に調整する上で有利になる。
【0389】
さらに、A/F又はG/Fが限界領域に到達している場合、燃料が十分に希釈された結果、層流燃焼速度SL
0、ひいては局所燃焼速度SL
*は下限付近の値になると考えられる。つまり、空気又はEGRガスによる燃料の希釈は、局所燃焼速度SL
*が下限付近の値にあるときのみに影響し得ると考えられる。一方、式(22)のような加算項Yは、局所燃焼速度SL
*に係数を乗じる場合と比較して、局所燃焼速度SL
*の高低に応じて影響度合いは変化し得る。
【0390】
そこで、式(22)に示すような加算補正を行うことで、局所燃焼速度SL
*の全域ではなく、当該速度が十分に低い場合にのみ、補正の影響を及ぼすことができる。
【0391】
また、式(22)に例示したように、活性種の供給、リーン限界又はEGR限界以外の要因による一般誤差の影響を、乱流燃焼速度STの推定に反映させることができる。それにより、レイノルズ数Re数及びカルロビッツ数Kaを適切に調整する上で有利になる。なお、ここでいう「一般誤差」とは、例えば、EGRガスの組成に起因した誤差としてもよい。「EGRガスの組成に起因した誤差」とは、例えば、EGRガス中のNOxの含有率又は含有量としてもよい。
【0392】
また一般に、予測S
Tが実測S
Tよりも大きいときと小さいときとで、エンジン1の燃焼波形、ひいては熱効率に与える影響は相違することになる。そこで、
図20に例示したようにゼロ点に対して非対称な閾値T1,T2を用いることで、熱効率に与える影響が比較的大きいと考えられる場合には、より小さな閾値を用いる一方、熱効率に与える影響が比較的小さいと考えられる場合には、より大きな閾値を用いることができる。これにより、より適切なタイミングでモデル修正を行うことが可能になる。
【0393】
<他の実施形態>
前記実施形態では、予測S
Tと実測S
Tとの差を特徴づけるパラメータとして、「速度誤差ΔS=予測S
T-実測S
T」と定義された両者の差分が用いられていたが、差分の定義は、これに限定されない。例えば、「速度誤差ΔS=実測S
T-予測S
T」としてもよい。この場合、
図20、
図22、
図25及び
図26等、ΔSの符号に関連したパラメータが、正負反転することになる。
【0394】
また、予測ST及び実測STの差を特徴づけるパラメータとして、両者の比率を用いてもよい。つまり、予測ST及び実測STの差を直接表したパラメータを用いてもよいし、予測ST及び実測STの差に対して正又は負の相関を有するパラメータを用いてもよい。
【0395】
また既に説明したように、活性種の供給、リーン限界、EGR限界及び一般誤差の影響を全て取り入れることは、必須ではない。例えば、リーン限界及びEGR限界の影響のみを考慮すべく、第1乗算項X1と第2乗算項X2を双方とも1に固定して加算項X1のみを可変にしたり、活性種の供給の影響のみを考慮すべく、第1乗算項X1のみを可変にしたりしてもよい。
【符号の説明】
【0396】
1 エンジン
6 インジェクタ(アクチュエータ)
28 活性種供給装置
10 ECU(制御部)
105 制御目標設定部(流動制御部)
106 筒内性状推定部
107 相関量推定部
110 流動補正部(流動制御部)
121 燃焼速度計測部
122 速度誤差判定部
123 活性種補正部
125 リミット補正部
126 一般誤差補正部
21 吸気弁(アクチュエータ)
17 燃焼室
61 燃料供給システム
63 燃料タンク
SW6 筒内圧センサ