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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024110067
(43)【公開日】2024-08-15
(54)【発明の名称】物質注入装置及び物質注入方法
(51)【国際特許分類】
   C12M 1/00 20060101AFI20240807BHJP
   C12N 5/071 20100101ALI20240807BHJP
【FI】
C12M1/00 A
C12N5/071
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023014415
(22)【出願日】2023-02-02
(71)【出願人】
【識別番号】000004204
【氏名又は名称】日本精工株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002147
【氏名又は名称】弁理士法人酒井国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】古川 秀樹
(72)【発明者】
【氏名】田畑 泰彦
【テーマコード(参考)】
4B029
4B065
【Fターム(参考)】
4B029AA27
4B029BB11
4B029DG10
4B029GA01
4B029GB05
4B065AA90X
4B065AC20
4B065BA30
4B065BD50
4B065CA46
(57)【要約】
【課題】保持具で細胞塊を保持した状態で細胞塊に特定の物質を注入する際、物質の注入前に、毛細管で細胞塊に内部圧力の逃げ道を形成させることができる物質注入装置及び物質注入方法を提供する。
【解決手段】物質注入装置は、多数の細胞からなる細胞塊Sが収容される試料容器20と、先端に開口を有し、先端に細胞塊Sを保持可能な保持治具(第1ピペット44)と、保持治具を試料容器20に対して移動させる第1駆動装置と、開口よりも外径が小さく、かつ細胞塊Sの内部に物質を注入可能な毛細管を含む注入治具(第2ピペット54)と、注入治具を試料容器20に対して移動可能させる第2駆動装置と、注入治具と接続して注入治具の内部圧力を調整可能な注入ポンプと、を備える。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
多数の細胞からなる細胞塊が収容される試料容器と、
先端に開口を有し、前記先端に前記細胞塊を保持可能な保持治具と、
前記保持治具を前記試料容器に対して移動させる第1駆動装置と、
前記開口よりも外径が小さく、かつ前記細胞塊の内部に物質を注入可能な毛細管を含む注入治具と、
前記注入治具を前記試料容器に対して移動可能させる第2駆動装置と、
前記注入治具と接続して前記注入治具の内部圧力を調整可能な注入ポンプと、
を備える、物質注入装置。
【請求項2】
前記第2駆動装置は、前記毛細管を、前記細胞塊を貫通させて前記保持治具の開口内部に挿入後、前記細胞塊に前記毛細管が貫通することで形成された内部通路において引き戻し、
前記注入ポンプは、前記保持治具の内部を陽圧にして、前記内部通路の所定の位置に物質を注入させる、
請求項1に記載の物質注入装置。
【請求項3】
前記毛細管は、先端の開口の形状が、軸心に直交する面に対して所定の傾きを有する面で切断された形状である、
請求項1又は2に記載の物質注入装置。
【請求項4】
前記試料容器に固定される固定保持部を更に備え、
前記保持治具は、前記固定保持部との間に前記細胞塊を挟み込んで保持可能である、
請求項1又は2に記載の物質注入装置。
【請求項5】
前記固定保持部は、
前記注入治具の軸心に平行な壁面であり前記注入治具の側方の周面に沿う平坦面と、
前記平坦面の前記注入治具の先端側の端部を含む壁面であり前記細胞塊から前記注入治具を引き抜く際に前記細胞塊の付随を規制する規制部と、
を含む、請求項4に記載の物質注入装置。
【請求項6】
前記保持治具は、先端に前記細胞塊を吸引保持可能な毛細管を含み、
前記保持治具と接続して前記保持治具の内部圧力を調整可能な吸引ポンプを更に備え、
前記保持治具の内径は、前記注入治具の外径より大きい、
請求項1又は2に記載の物質注入装置。
【請求項7】
試料容器に収容された多数の細胞からなる細胞塊を保持治具で保持する保持ステップと、
前記細胞塊に注入する物質を内部に保持した毛細管を含む注入治具を前記細胞塊に刺し込んで貫通させる貫通ステップと、
前記注入治具の先端を前記細胞塊の内部の所定の位置まで引き戻す位置決めステップと、
前記注入治具の内部を陽圧にすることで前記物質を前記細胞塊の内部の前記所定の位置に吐出する吐出ステップと、
前記注入治具を前記細胞塊から引き抜く引き抜きステップと、
を含む、物質注入方法。
【請求項8】
前記注入治具は、先端の開口の形状が、軸心に直交する面に対して所定の傾きを有する面で切断された形状であり、
前記貫通ステップの前に、前記注入治具の開口の一部を露出した状態で先端の一部を前記細胞塊に刺し込む刺し込みステップと、
前記注入治具の内部を陽圧にして前記物質を前記注入治具の先端まで送り出す送り出しステップと、
を更に含む、請求項7に記載の物質注入方法。
【請求項9】
前記保持ステップでは、前記保持治具が前記試料容器に固定される固定保持部との間に挟み込んで前記細胞塊を保持し、
前記引き抜きステップでは、前記固定保持部によって前記細胞塊が前記注入治具に付随することを規制する、
請求項7に記載の物質注入方法。
【請求項10】
前記保持治具は、先端に前記細胞塊を吸引保持可能な毛細管を含み、
前記保持治具の内径は、前記注入治具の外径より大きく、
前記貫通ステップでは、前記注入治具の毛細管の先端を、前記保持治具の毛細管の内部に挿入させる、
請求項7に記載の物質注入方法。
【請求項11】
少なくとも前記位置決めステップ及び前記吐出ステップは、蛍光観察下で実行される、
請求項7から10のいずれか1項に記載の物質注入方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、物質注入装置及び物質注入方法に関する。
【背景技術】
【0002】
再生医療製品の研究開発において、多数の細胞を一つの塊にして作製されたスフェロイド等の細胞塊が、創薬スクリーニング、細胞治療、人工臓器の材料として活用されている。例えば、特許文献1には、スフェロイドの周囲に気体を供給することによって、スフェロイドの培養を促進するとともにスフェロイドを長期間維持する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2020-080704号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、スフェロイドは、複数種類の細胞を混合させて、U字形状等のウェルプレートで作製する手法が一般的である。しかしながら、従来の作製方法では、スフェロイド内部の細胞の位置を制御することができないため、スフェロイド内部の所定の位置に特定の細胞を配置させることができないという課題があった。また、スフェロイドに挿し込んだ毛細管から細胞をスフェロイド内部に注入する場合、注入の際にスフェロイド内部の圧力が上昇してしまうという課題があった。
【0005】
本発明は、上記に鑑みてなされたものであって、保持具で細胞塊を保持した状態で細胞塊に特定の物質を注入する際、物質の注入前に、毛細管で細胞塊に内部圧力の逃げ道を形成させることができる物質注入装置及び物質注入方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の一態様に係る物質注入装置は、多数の細胞からなる細胞塊が収容される試料容器と、先端に開口を有し、前記先端に前記細胞塊を保持可能な保持治具と、前記保持治具を前記試料容器に対して移動させる第1駆動装置と、前記開口よりも外径が小さく、かつ前記細胞塊の内部に物質を注入可能な毛細管を含む注入治具と、前記注入治具を前記試料容器に対して移動可能させる第2駆動装置と、前記注入治具と接続して前記注入治具の内部圧力を調整可能な注入ポンプと、を備える。
【0007】
これにより、毛細管の先端を、保持治具の先端の開口内部に受け入れることができるので、保持治具に保持された細胞塊を毛細管で貫通させることができる。毛細管で細胞塊を貫通することで、ここに内部圧力の逃げ道となる内部通路が形成することができる。これにより、細胞塊の内部圧力の上昇を抑制することができるため、物質注入時に細胞塊を損傷させることを抑制することができる。
【0008】
本発明の一態様に係る物質注入装置において、前記第2駆動装置は、前記毛細管を、前記細胞塊を貫通させて前記保持治具の開口内部に挿入後、前記細胞塊に前記毛細管が貫通することで形成された内部通路において引き戻し、前記注入ポンプは、前記保持治具の内部を陽圧にして、前記内部通路の所定の位置に物質を注入させる。
【0009】
これにより、毛細管で細胞塊の内部を貫通する内部通路を形成した後、毛細管を引き戻して先端を所定の位置に配置し、注入治具の内部を陽圧にすることで所定の位置に物質を吐出させることができる。この際、陽圧は、内部通路を介して細胞塊の外部へ逃がすことができるので、細胞塊を損傷させたり、注入治具を引き抜く際に圧力に押されて物質が注入治具に戻されたりすることを、抑制することができる。したがって、細胞塊の内部の所定の位置に物質を配置させることができる。
【0010】
本発明の一態様に係る物質注入装置において、前記毛細管は、先端の開口の形状が、軸心に直交する面に対して所定の傾きを有する面で切断された形状である。
【0011】
これにより、細胞塊に注入治具を挿入する際、注入治具の先端の一部のみを細胞塊に挿入し残りの部分を細胞塊の外部に露出させた状態で、注入治具の内部を陽圧にすることで、物質を注入治具の先端まで送り出すことができる。物質は、細胞塊の外周の細胞に堰き止められて停止する。この際、物質とともに注入治具の内部に充填されていた流体が、細胞塊の外部に露出した部分から流出するので、細胞塊内への流入を抑制することができる。
【0012】
本発明の一態様に係る物質注入装置は、前記試料容器に固定される固定保持部を更に備え、前記保持治具は、前記固定保持部との間に前記細胞塊を挟み込んで保持可能である。
【0013】
これにより、細胞塊を安定的に保持することができるので、注入治具による細胞塊の貫通操作、物質の注入操作、及び注入治具の細胞塊からの引き抜き操作を安定的に実行できる。
【0014】
本発明の一態様に係る物質注入装置において、前記固定保持部は、前記注入治具の軸心に平行な壁面であり前記注入治具の側方の周面に沿う平坦面と、前記平坦面の前記注入治具の先端側の端部を含む壁面であり前記細胞塊から前記注入治具を引き抜く際に前記細胞塊の付随を規制する規制部と、を含む。
【0015】
これにより、固定保持部の平坦面において注入治具の軸方向の移動を案内するとともに、規制部で細胞塊を押さえつつ注入治具を引き抜くことができる。また、規制部で細胞塊を押さえつつ注入治具を引き抜く際、注入治具が平坦面側により近接していることで、細胞塊が変形しつつ規制部から平坦面側に回り込んで引き抜かれる注入治具に付随することを抑制することができる。
【0016】
本発明の一態様に係る物質注入装置において、前記保持治具は、先端に前記細胞塊を吸引保持可能な毛細管を含み、前記保持治具と接続して前記保持治具の内部圧力を調整可能な吸引ポンプを更に備え、前記保持治具の内径は、前記注入治具の外径より大きい。
【0017】
これにより、注入治具で細胞塊を貫通させた際に、注入治具の先端が保持治具の内部に挿入されるため、注入治具が確実に細胞塊を貫通したことを容易に確認可能である。
【0018】
本発明の一態様に係る物質注入方法は、試料容器に収容された多数の細胞からなる細胞塊を保持治具で保持する保持ステップと、前記細胞塊に注入する物質を内部に保持した毛細管を含む注入治具を前記細胞塊に刺し込んで貫通させる貫通ステップと、前記注入治具の先端を前記細胞塊の内部の所定の位置まで引き戻す位置決めステップと、前記注入治具の内部を陽圧にすることで前記物質を前記細胞塊の内部の前記所定の位置に吐出する吐出ステップと、前記注入治具を前記細胞塊から引き抜く引き抜きステップと、を含む。
【0019】
これにより、吐出ステップにおいて陽圧によって物質を注入治具から吐出させる際、注入治具の内部の陽圧を、内部通路を介して細胞塊の外部へ逃がすことができる。したがって、細胞塊の内部圧力の上昇を抑制し、細胞塊を損傷させたり、注入治具を引き抜く際に圧力に押されて物質が注入治具に戻されたりすることを、抑制することができるので、細胞塊の内部の所定の位置に物質を配置させることができる。
【0020】
本発明の一態様に係る物質注入方法において、前記注入治具は、先端の開口の形状が、軸心に直交する面に対して所定の傾きを有する面で切断された形状であり、前記貫通ステップの前に、前記注入治具の開口の一部を露出した状態で先端の一部を前記細胞塊に刺し込む刺し込みステップと、前記注入治具の内部を陽圧にして前記物質を前記注入治具の先端まで送り出す送り出しステップと、を更に含む。
【0021】
これにより、差し込みステップにおいて細胞塊に注入治具の先端の一部を挿入しておくことで、送り出しステップにおいて物質が注入治具から外部へ吐出することを防止することができる。また、差し込みステップにおいて注入治具の先端の残りの部分を外部に露出させておくことで、送り出しステップにおいて注入治具の内部に充填されていた流体を外部へ流出させ、細胞塊内へ流体が流入することによる細胞塊の損傷を抑制することができる。
【0022】
本発明の一態様に係る物質注入方法において、前記保持ステップでは、前記保持治具が前記試料容器に固定される固定保持部との間に挟み込んで前記細胞塊を保持し、前記引き抜きステップでは、前記固定保持部によって前記細胞塊が前記注入治具に付随することを規制する。
【0023】
これにより、細胞塊を安定的に保持することができるので、注入治具による細胞塊の貫通操作、物質の注入操作、及び注入治具の細胞塊からの引き抜き操作を安定的に実行できる。
【0024】
本発明の一態様に係る物質注入方法において、前記保持治具は、先端に前記細胞塊を吸引保持可能な毛細管を含み、前記保持治具の内径は、前記注入治具の外径より大きく、前記貫通ステップでは、前記注入治具の毛細管の先端を、前記保持治具の毛細管の内部に挿入させる。
【0025】
これにより、注入治具で細胞塊を貫通させて注入治具の先端を保持治具の内部に挿入させた際に、注入治具の先端が保持治具の内部に位置することを確認できるため、注入治具が確実に細胞塊を貫通したことを容易に確認可能である。
【0026】
本発明の一態様に係る物質注入方法において、少なくとも前記位置決めステップ及び前記吐出ステップは、蛍光観察下で実行される。
【0027】
これにより、注入治具が細胞塊に挿入されている状態でも、注入治具の内部に保持された物質の位置が観察できるので、物質を吐出する位置に注入治具の先端を位置合わせすることが容易であり、また、物質が注入治具から吐出される際の移動を観察することができる。
【発明の効果】
【0028】
本発明によれば、保持具で細胞塊を保持した状態で細胞塊に特定の物質を注入する際、物質の注入前に、毛細管で細胞塊に内部圧力の逃げ道を形成させることができる物質注入装置及び物質注入方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0029】
図1図1は、実施形態に係る物質注入装置の構成例を模式的に示す図である。
図2図2は、図1に示す試料容器内の様子を拡大して示す平面図である。
図3図3は、図1に示すマニピュレーションシステムの制御ブロック図である。
図4図4は、実施形態に係る物質注入方法の一例を示すフローチャート図である。
図5図5は、図4に示す物質注入方法を説明する説明図である。
図6図6は、図4に示す物質注入方法を説明する説明図である。
図7図7は、図4に示す物質注入方法を説明する説明図である。
図8図8は、図4に示す物質注入方法を説明する説明図である。
図9図9は、図4に示す物質注入方法を説明する説明図である。
図10図10は、図4に示す物質注入方法を説明する説明図である。
図11図11は、図4に示す物質注入方法を説明する説明図である。
図12図12は、図4に示す物質注入方法を説明する説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0030】
本発明を実施するための形態(実施形態)につき、図面を参照しつつ詳細に説明する。以下の実施形態に記載した内容により本発明が限定されるものではない。また、以下に記載した構成要素には、当業者が容易に想定できるもの、実質的に同一のものが含まれる。更に、以下に記載した構成要素は適宜組み合わせることが可能である。
【0031】
(実施形態)
[物質注入装置1の構成]
まず、物質注入装置1の構成例について、図1から図3までを参照して説明する。図1は、実施形態に係る物質注入装置1の構成例を模式的に示す図である。図2は、図1に示す試料容器20内の様子を拡大して示す平面図である。図3は、図1に示すマニピュレーションシステム30の制御ブロック図である。
【0032】
図1に示すように、物質注入装置1は、チャンバ10と、試料容器20と、固定保持部22と、蛍光顕微鏡24と、炭酸ガス供給源26と、チャンバ制御盤28と、マニピュレーションシステム30と、を備える。物質注入装置1は、試料容器20内の細胞塊Sに対し、マニピュレーションシステム30を用いて物質M(図2参照)を注入する装置である。
【0033】
細胞塊Sは、実施形態において、複数種類の細胞Cを混合させたスフェロイドである。また、物質Mは、実施形態において、ゲルを含む固体であり、例えば、細胞塊Sを構成する細胞Cとは異なる細胞である。また、物質Mは、蛍光物質、又は蛍光標識を付加された物質である。細胞塊Sは、直径が約20μm以上1000μm以下である。細胞Cは、直径が約5μm~15μmである。物質Mは、直径が約5μm~15μmである。
【0034】
チャンバ10は、内部空間を有する箱状の部材である。チャンバ10は、内部空間が密閉され、外部と遮断される。チャンバ10の内部空間は、細胞塊S等の微小対象物の操作を行うための所定の環境(例えば、クリーン環境、高温多湿環境、CO等のガス環境等)に維持、管理される。チャンバ10内は、実施形態において、例えば、炭酸ガス濃度が5%、温度が37℃に管理される。なお、本明細書において、「密閉」及び「封止」は、チャンバ10の内部空間が外部と完全に遮断された状態に限定されず、後述のマニピュレーションシステム30を操作して細胞塊Sの操作を行う際に、チャンバ10の内部空間が所定の環境を維持できる気密性を有していればよい。
【0035】
チャンバ10の内部空間には、試料容器20が載置される。チャンバ10は、少なくとも試料容器20が載置される底板に、後述の蛍光顕微鏡24で内部を観察するための窓を有する。窓は、ガラス等の透明な部材で形成されている。また、チャンバ10は、天板に、第1開口12及び第2開口14を有する。
【0036】
第1開口12は、後述のマニピュレーションシステム30の第1ピペット保持部材42(及び第1ピペット44)が内部空間に挿入されるための開口である。第1開口12は、例えば、長辺及び短辺の長さが第1ピペット保持部材42(及び第1ピペット44)の直径より大きい矩形状である。これにより、マニピュレーションシステム30は、第1開口12内で第1ピペット保持部材42(及び第1ピペット44)を移動させることができる。なお、第1開口12は、矩形状に限定されず、多角形状、円形状等、他の形状であってもよく、細胞塊Sの操作に応じて適切な形状を採用することができる。
【0037】
第1開口12は、第1封止部材16によって覆われる。第1封止部材16は、第1開口12の外縁と、第1ピペット保持部材42(及び第1ピペット44)の外周との間の隙間を封止する。第1封止部材16は、柔軟性を有する材料で形成されている。具体的には、第1封止部材16は、ナイロンやビニール等の樹脂フィルム材料や、シート状のゴムで形成することができる。第1封止部材16は、第1ピペット保持部材42(及び第1ピペット44)が第1開口12内を移動する際に、変形可能に設けられている。
【0038】
第2開口14は、後述のマニピュレーションシステム30の第2ピペット保持部材52(及び第2ピペット54)が内部空間に挿入されるための開口である。第2開口14は、例えば、長辺及び短辺の長さが第2ピペット保持部材52(及び第2ピペット54)の直径より大きい矩形状である。これにより、マニピュレーションシステム30は、第2開口14内で第2ピペット保持部材52(及び第2ピペット54)を移動させることができる。なお、第2開口14は、矩形状に限定されず、多角形状、円形状等、他の形状であってもよく、細胞塊Sの操作に応じて適切な形状を採用することができる。
【0039】
第2開口14は、第2封止部材18によって覆われる。第2封止部材18は、第2開口14の外縁と、第2ピペット保持部材52(及び第2ピペット54)の外周との間の隙間を封止する。第2封止部材18は、柔軟性を有する材料で形成されている。具体的には、第2封止部材18は、ナイロンやビニール等の樹脂フィルム材料や、シート状のゴムで形成することができる。第2封止部材18は、第2ピペット保持部材52(及び第2ピペット54)が第2開口14内を移動する際に、変形可能に設けられている。
【0040】
試料容器20は、チャンバ10内に載置される。試料容器20は、例えば、ディッシュ又はウェルプレート等、後述の蛍光顕微鏡24から照射される光を透過するガラス等の材料で形成される容器である。細胞塊Sは、液滴Dに内包された状態で試料容器20に収容され、試料容器20内において、マニピュレーションシステム30によって操作される。
【0041】
図2に示す固定保持部22は、試料容器20の底面の所定の位置に固定される。固定保持部22は、試料容器20内に収容された細胞塊Sを保持する。固定保持部22は、平面視において、後述のマニピュレーションシステム30の第1ピペット44との間に細胞塊Sを挟み込むことによって、細胞塊Sを保持する。固定保持部22は、例えば、シリコン板をダイシングソー等で切断することにより作製されたプレート形状である。
【0042】
固定保持部22は、後述のマニピュレーションシステム30の第2ピペット54の軸心に平行な壁面である平坦面22aと、平坦面22aの細胞塊S側(第2ピペット54の先端の開口54a側)の端部を含む壁面である規制部22bと、を含む。平坦面22a及び規制部22bは、実施形態において、垂直面である。後述のマニピュレーションシステム30による細胞塊Sへの操作では、第2ピペット54が細胞塊S挿入される際及び引き抜かれる際の第2ピペット54の移動方向が、平坦面22aに沿うように配置される(図5から図12までを参照)。規制部22bは、細胞塊Sに接触し、第2ピペット54が引き抜かれる際に、細胞塊Sが第2ピペット54側に追従することを規制するストッパである(図9から図12までを参照)。
【0043】
蛍光顕微鏡24は、チャンバ10の下方に配置されている。蛍光顕微鏡24は、試料容器20内の細胞塊Sを含む領域に対し、試料容器20の下方から投影し、拡大した像を取得する顕微鏡である。実施形態の蛍光顕微鏡24は、超高圧水銀灯、キセノンランプ、紫外線LED、レーザー光等の高強度である光源と、蛍光物質を励起させるための波長を透過する励起フィルターと、を有する。蛍光顕微鏡24では、照明を切り替えることによって、明視野観察及び蛍光観察が可能である。蛍光顕微鏡24は、蛍光顕微鏡24による観察領域を撮像するカメラを含んでもよい。
【0044】
炭酸ガス供給源26は、炭酸ガス(CO)をチャンバ10内に供給するための供給源である。炭酸ガス供給源26は、炭酸ガスを送出する供給口において、シールドチューブ等の供給ラインを介して、チャンバ10と接続している。炭酸ガス供給源26は、例えば、COが液体状態で充填され、気体として取り出す液化炭酸ガスボンベを含む。
【0045】
チャンバ制御盤28は、炭酸ガス供給源26からチャンバ10内に供給する炭酸ガスの供給量及びチャンバ10内の温度を制御する。チャンバ制御盤28は、例えば、チャンバ10に供給する炭酸ガスの流量を調整する。実施形態のチャンバ制御盤28は、炭酸ガス供給源26及びチャンバ10の内部にそれぞれ接続し、炭酸ガス供給源26から供給される炭酸ガスを、チャンバ10へ供給する。チャンバ制御盤28は、例えば、チャンバ10内に設けられる不図示のCO濃度センサによってチャンバ10内のCO濃度を監視し、これに基づいて、炭酸ガスの供給量を調整してもよい。
【0046】
マニピュレーションシステム30は、第1マニピュレータ40と、第2マニピュレータ50と、マニピュレーションシステム30を制御するコントローラ60(制御装置)と、を備えている。チャンバ10の両側に第1マニピュレータ40と第2マニピュレータ50とが分かれて配置されている。
【0047】
第1マニピュレータ40は、第1ピペット保持部材42と、第1ピペット44(保持治具)と、第1駆動装置46と、吸引ポンプ48と、を備える。また、第2マニピュレータ50は、第2ピペット保持部材52と、第2ピペット54(注入治具)と、第2駆動装置56と、注入ポンプ58と、を備える。第1マニピュレータ40は、試料(細胞塊S)の保持に用いられる保持用マニピュレータであり、第2マニピュレータ50は、試料(細胞塊S)の操作(実施形態では、物質Mの注入)に用いられる操作用マニピュレータである。
【0048】
図1に示す第1ピペット保持部材42は、第1駆動装置46によって、3次元空間を移動領域として移動可能である。第1ピペット保持部材42は、先端に開口44aを有する第1ピペット44が取り付けられている。第1ピペット保持部材42は、試料容器20に収容された細胞塊Sを、第1ピペット44を介して保持することができる。第1ピペット44は、開口44aを有する先端に細胞塊Sを保持する。第1ピペット44は、実施形態において、毛細管チップを含み、試料の保持手段として用いられるホールディングピペットである。
【0049】
第1ピペット44は、第1ピペット保持部材42の内部を通って設けられるチューブ等の配管を介して、吸引ポンプ48と接続する。第1ピペット44及び配管の内部は、液体、気体、又は液体と気体との混合流体によって満たすことができる。第1ピペット44の内部圧力は、吸引ポンプ48から供給される圧力の制御値により制御される。第1ピペット44は、吸引ポンプ48によって内部が陰圧に制御されることによって、先端に細胞塊Sを吸引保持可能である。なお、細胞塊Sの保持治具は、先端に吸引保持する第1ピペット44に限定されず、試料を保持できるものであればよい。
【0050】
第1駆動装置46は、第1ピペット保持部材42を3軸方向に移動させる。第1マニピュレータ40は、例えば、X軸テーブルと、Y軸テーブルと、Z軸テーブルと、X軸テーブルは、第1駆動装置46によってマニピュレーションシステム30の基台に対して水平な一方向に移動可能である。Y軸テーブルは、X軸テーブル上に取り付けられ、第1駆動装置46によってX軸テーブルに対して一方向に直交する水平な交差方向に移動可能である。Z軸テーブルは、Y軸テーブル上に取り付けられ、第1駆動装置46によってY軸テーブルに対して垂直方向に移動可能である。Z軸テーブルには、第1ピペット保持部材42が固定される。第1駆動装置46は、コントローラ60に電気的に接続され、コントローラ60からの駆動制御信号に基づいて、第1ピペット保持部材42を3軸方向に駆動させる。
【0051】
図3に示す吸引ポンプ48は、第1ピペット保持部材42の内部を通って設けられるチューブ等の配管を介して、第1ピペット44と接続する。吸引ポンプ48は、コントローラ60に電気的に接続され、コントローラ60からの圧力制御信号に基づいて、第1ピペット44の内部を加圧又は減圧する。
【0052】
図1に示す第2ピペット保持部材52は、第2駆動装置56によって、3次元空間を移動領域として移動可能である。第2ピペット保持部材52は、先端に毛細管である第2ピペット54が取り付けられている。第2ピペット54の外径は、第1ピペット44の内径より小さい。すなわち、第2ピペット54は、先端を、第1ピペット44の開口44aに挿通可能である。第2ピペット54は、先端の開口54aの形状が、軸心に直交する面に対して所定の傾きを有する面で切断された形状である。第2ピペット保持部材52は、第2ピペット54の内部に保持した物質Mを、第2ピペット54を介して試料容器20に収容された細胞塊Sに注入することができる。第2ピペット54は、試料のインジェクション操作手段として用いられるインジェクションピペットである。
【0053】
第2ピペット54は、第2ピペット保持部材52の内部を通って設けられるチューブ等の配管を介して、注入ポンプ58と接続する。第2ピペット54及び配管の内部は、液体、気体、又は液体と気体との混合流体によって満たすことができる。第2ピペット54の内部圧力は、注入ポンプ58から供給される圧力の制御値により制御される。第2ピペット54は、注入ポンプ58によって内部が陰圧に制御されることによって、先端の開口54aから内部に物質Mを吸引可能であり、注入ポンプ58によって内部が陽圧に制御されることによって、先端の開口54aから物質Mを吐出可能である。
【0054】
第2ピペット54は、例えば、物質充填容器を介して注入ポンプ58と接続してもよい。物質充填容器には、培地溶液とともに複数の物質Mを充填可能である。また、物質充填容器は、物質Mが流通する流路を有し、注入ポンプ58によって内部が陽圧に制御されることによって、物質Mを1つずつ第2ピペット54に送出可能である。
【0055】
第2駆動装置56は、第2ピペット保持部材52を3軸方向に移動させる。第2マニピュレータ50は、例えば、X軸テーブルと、Y軸テーブルと、Z軸テーブルと、X軸テーブルは、第2駆動装置56によってマニピュレーションシステム30の基台に対して水平な一方向に移動可能である。Y軸テーブルは、X軸テーブル上に取り付けられ、第2駆動装置56によってX軸テーブルに対して一方向に直交する水平な交差方向に移動可能である。Z軸テーブルは、Y軸テーブル上に取り付けられ、第2駆動装置56によってY軸テーブルに対して垂直方向に移動可能である。Z軸テーブルには、第2ピペット保持部材52が固定される。第2駆動装置56は、コントローラ60に電気的に接続され、コントローラ60からの駆動制御信号に基づいて、第2ピペット保持部材52を3軸方向に駆動させる。
【0056】
図3に示す注入ポンプ58は、第2ピペット保持部材52の内部を通って設けられるチューブ等の配管を介して、第2ピペット54と接続する。注入ポンプ58は、コントローラ60に電気的に接続され、コントローラ60からの圧力制御信号に基づいて、第2ピペット54の内部を加圧又は減圧する。
【0057】
図3に示すコントローラ60は、CPU(Central Processing Unit)等のマイクロプロセッサを有する演算処理装置、ROM(Read Only Memory)又はRAM(Random Access Memory)等のメモリを有する記憶装置、及び入出力インターフェース装置等のハードウェア資源を備える。コントローラ60の機能は、記憶装置に格納された所定のプログラムを演算処理装置が実行することで実現される。コントローラ60は、演算処理装置による演算結果に従って、各構成要素に各種機能を実行させる制御信号を出力する。
【0058】
コントローラ60は、第1マニピュレータ40の第1駆動装置46及び吸引ポンプ48と、第2マニピュレータ50の第2駆動装置56及び注入ポンプ58と、を制御し、必要に応じて設けられたドライバやアンプ等を介してそれぞれに制御信号を出力する。
【0059】
コントローラ60は、例えば、第1駆動装置46及び第2駆動装置56にそれぞれ駆動制御信号を供給する。第1駆動装置46及び第2駆動装置56は、駆動制御信号に基づいて3軸方向に駆動する。コントローラ60は、例えば、吸引ポンプ48に、第1ピペット44(図1参照)の内部を加圧又は減圧調整するための圧力制御信号を供給する。吸引ポンプ48は、圧力制御信号に基づいて、第1ピペット44の内部を加圧又は減圧する。コントローラ60は、例えば、注入ポンプ58に、第2ピペット54の内部を加圧又は減圧するための圧力制御信号を供給する。注入ポンプ58は、圧力制御信号に基づいて、第2ピペット54の内部を加圧又は減圧する。
【0060】
コントローラ60は、情報入力手段として操作部62と、キーボード、マウス又はタッチパネル等の入力部64と、ポンプインターフェース66と、が接続されている。
【0061】
操作部62は、例えば、第1マニピュレータ40及び第2マニピュレータ50のそれぞれに対応する2つのジョイスティックを含む。ジョイスティックには公知のものを用いることができる。ジョイスティックは、例えば、基台と、基台から直立するハンドル部とを備え、ハンドル部を傾斜させるように操作することで第1駆動装置46及び第2駆動装置56の水平方向駆動を行うことができ、ハンドル部をねじることで第1駆動装置46及び第2駆動装置56の垂直方向駆動を行うことができる。
【0062】
ポンプインターフェース66は、吸引ポンプ48及び注入ポンプ58のそれぞれに対応する2つのポンプインターフェースを含む。ポンプインターフェース66は、作業者がそれぞれの吸引ポンプ48及び注入ポンプ58に対する操作情報を入力するためのポンプ操作情報入力部である。ポンプインターフェース66は、例えば、操作ノブを備え、操作ノブを回転させることで、回転変位量に対応した制御値によって吸引ポンプ48及び注入ポンプ58から供給される圧力を調整することができる。
【0063】
また、コントローラ60は、液晶パネル等の表示部68が接続される。表示部68には各種制御用画面が表示されるようになっている。コントローラ60が蛍光顕微鏡24を制御可能に電気的に接続する場合、表示部68には、蛍光顕微鏡24に搭載されたカメラで取得した顕微鏡画像が表示されるようになっていてもよい。なお、入力部64としてタッチパネルが用いられる場合には、表示部68の表示画面にタッチパネルを重ねて用い、作業者が表示部68の表示画像を確認しつつ入力操作を行うようにしてもよい。
【0064】
[細胞塊Sへの物質Mの注入方法]
次に、実施形態における細胞塊Sの内部の所定の位置に物質Mを注入する方法について説明する。図4は、実施形態に係る物質注入方法の一例を示すフローチャート図である。図5から図12までは、図4に示す物質注入方法を説明する説明図である。なお、図4に示す手順を始める前に、第1ピペット保持部材42(及び第1ピペット44)及び第2ピペット保持部材52(及び第2ピペット54)は、それぞれ第1開口12及び第2開口14からチャンバ10内に挿入されているものとする。
【0065】
また、作業者は、予め、液滴Dに内包された状態の細胞塊Sを試料容器20に収容し、CO濃度及び温度が所定の環境下に維持されたチャンバ10内に配置する。また、作業者は、操作部62を操作して、蛍光顕微鏡24の視野内に第1ピペット44及び第2ピペット54を配置する。なお、第2ピペット54の内部には、細胞塊Sに注入するための物質Mを含んだ培地溶液が充填されているものとする。以上の準備を終えると、図4及び図5に示すステップS101に進む。
【0066】
図4及び図5に示すように、ステップS101では、第1ピペット44内を陰圧にして細胞塊Sを吸引保持し、固定保持部22との間に挟み込んで保持する。具体的には、まず、作業者は、操作部62を操作して第1駆動装置46を駆動させ、第1ピペット44の先端が液滴D内において細胞塊Sに近接する位置へ移動するための駆動制御信号を供給させる。これにより、第1ピペット44は、先端が細胞塊Sに対向する位置に移動する。次に、作業者は、ポンプインターフェース66を操作して、吸引ポンプ48を陰圧に駆動し、第1ピペット44の内部を陰圧にする。これにより、第1ピペット44の先端の開口44aに対向する細胞塊Sが、第1ピペット44に吸引保持される。
【0067】
次に、作業者は、操作部62を操作して第1駆動装置46を駆動させ、第1ピペット44が吸引保持した細胞塊Sを、第1ピペット44と固定保持部22との間に挟み込まれるように、第1ピペット44を移動するための駆動制御信号を供給させる。この際、第1ピペット44の軸心が、固定保持部22の平坦面22aに平行になり、かつ平面視において第1ピペット44の中心軸と平坦面22aとの間の距離が、第2ピペット54の半径より僅かに大きくなるように第1ピペット44を配置する。作業者は、ポンプインターフェース66を操作して、吸引ポンプ48の圧力制御値を0に戻す。細胞塊Sは、第1ピペット44の先端と固定保持部22との間に挟まれて保持された状態を維持する。なお、吸引ポンプ48の圧力制御値を0に戻す作業は、後述のステップS104を開始するまであれば、いずれのタイミングであってもよい。
【0068】
図4及び図6に示すように、ステップS102では、細胞塊Sを挟んで第1ピペット44と対向する位置から、第2ピペット54の先端を細胞塊Sに刺し込む。具体的には、まず、作業者は、操作部62を操作して第2駆動装置56を駆動させ、第2ピペット54の先端が液滴D内において細胞塊Sを挟んで第1ピペット44と対向する位置へ移動するための駆動制御信号を供給させる。これにより、第2ピペット54は、先端が細胞塊Sに対向する位置に移動する。この際、第2ピペット54の軸心が、第1ピペット44の軸心に一致し、かつ平面視において第2ピペット54の外周の一方が平坦面22aに接触又は僅かな隙間を有して沿うように配置する。
【0069】
次に、作業者は、操作部62を操作して第2駆動装置56を駆動させ、第2ピペット54の先端が細胞塊Sに刺し込まれる位置へ移動するための駆動制御信号を供給させる。これにより、第2ピペット54の先端が、細胞塊Sに刺し込まれる。この際、第2ピペット54の先端の開口54aは、一部が細胞塊Sの外部に開放された状態になるように配置する。なお、開口54aが外部に開放される部分は、物質Mが通過不可能な大きさであり、例えば、幅が5μm以下である。
【0070】
図4及び図7に示すように、ステップS103では、第2ピペット54内を陽圧にして、物質Mを第2ピペット54の先端まで送り出す。具体的には、まず、作業者は、ポンプインターフェース66を操作して、注入ポンプ58を陽圧に駆動し、第2ピペット54の内部を陽圧にする。これにより、第2ピペット54内に保持された物質Mが、先端に向かって移動する。
【0071】
この際、第2ピペット54内に物質Mとともに充填されている培地溶液のうち、物質Mより先端側に充填されていた培地溶液は、物質Mに押し出されるように開口54aから流出する。開口54aの一部が細胞塊Sの外部に露出しているため、開口54aから流出する培地溶液は、外部へ流出し、細胞塊S内への流入が抑制される。
【0072】
物質Mは、第2ピペット54の先端まで移動すると、細胞塊Sの外周にある細胞Cに堰き止められる。次に、作業者は、ポンプインターフェース66を操作して、注入ポンプ58の圧力制御値を0に戻す。これにより、第2ピペット54内の注入ポンプ58側の圧力と先端側の圧力とが平衡状態となり、物質Mは、第2ピペット54の先端に保持される。
【0073】
図4及び図8に示すように、ステップS104では、第2ピペット54で細胞塊Sを貫通させ、先端を第1ピペット44の開口44a内部に挿入させる。具体的には、まず、作業者は、操作部62を操作して第2駆動装置56を駆動させ、第2ピペット54の先端が第1ピペット44の開口44a内部に挿入されるまで、第2ピペット54を軸方向に移動させるための駆動制御信号を供給させる。これにより、第2ピペット54が細胞塊S内部の細胞Cを押しのけながら細胞塊Sを貫通し、細胞塊Sにトンネル状の内部通路が形成されるとともに、第2ピペット54の内部と第1ピペット44の内部とが連通する。
【0074】
図4及び図9に示すように、ステップS105では、蛍光観察に切り替える。具体的には、作業者は、蛍光顕微鏡24の照明を蛍光観察用の照明に切り替える操作をして、蛍光物質を励起する光を試料容器20の下方から細胞塊Sに照射する。これにより、物質Mが励起光の光エネルギーを吸収して物質M内の分子が励起状態となり、蛍光を放出することで、蛍光顕微鏡24観察下で強調表示される。
【0075】
図4及び図10に示すように、ステップS106では、第2ピペット54を引き戻し、先端を細胞塊Sの中心まで移動させる。具体的には、作業者は、操作部62を操作して第2駆動装置56を駆動させ、第2ピペット54の先端に保持される物質Mを目印にして、第2ピペット54の先端が細胞塊Sの中心へ移動するための駆動制御信号を供給させる。これにより、第2ピペット54の先端とともに、物質Mが細胞塊Sの中心まで移動する。
【0076】
第2ピペット54を細胞塊Sから引き抜く際、細胞塊Sが第2ピペット54の移動に付随しようとする。この時、細胞塊Sが固定保持部22の規制部22bに抑えられることで、第2ピペット54を引き抜くことができる。
【0077】
また、この際、第1ピペット44と第2ピペット54の先端との間の第2ピペット54が引き抜かれた部分には、暫くの間、細胞Cが押しのけられた状態のまま、トンネル状の内部通路が残される。すなわち、第2ピペット54の内部と第1ピペット44の内部とは、連通した状態を維持する。
【0078】
図4及び図11に示すように、ステップS107では、第2ピペット54内を陽圧にして、物質Mを第2ピペット54の先端から吐出させる。具体的には、まず、作業者は、ポンプインターフェース66を操作して、注入ポンプ58を陽圧に駆動し、第2ピペット54の内部を陽圧にする。これにより、第2ピペット54の先端に保持された物質Mが、開口54aから吐出する。作業者は、物質Mが移動した後、移動を停止することで、物質Mが第2ピペット54から吐出されたと判断する。作業者は、ポンプインターフェース66を操作して、注入ポンプ58の圧力制御値を0に戻す。
【0079】
ここで、物質Mが開口54aから吐出される際、同時に、第2ピペット54内の陽圧が開口54aから開放される。開口54aは、細胞塊S内に形成されているトンネル状の内部通路を介して第1ピペット44の内部へ連通している。このため、開口54aから開放された陽圧を、トンネル状の内部通路を介して第1ピペット44側へ逃がすことができる。
【0080】
図4及び図12に示すように、ステップS108では、第2ピペット54を引き戻し、細胞塊Sから引き抜く。具体的には、作業者は、操作部62を操作して第2駆動装置56を駆動させ、第2ピペット54の先端が細胞塊Sから引き抜かれるまで、第2ピペット54を軸方向に移動させるための駆動制御信号を供給させる。これにより、物質Mを細胞塊Sの中心に残したまま、第2ピペット54が細胞塊Sから引き抜かれる。
【0081】
ステップS106と同様に、第2ピペット54を細胞塊Sから引き抜く際、細胞塊Sが第2ピペット54の移動に付随しようとする。この時、細胞塊Sが固定保持部22の規制部22bに抑えられることで、第2ピペット54を完全に引き抜くことができる。第2ピペット54を引き抜いた後は、所定時間(例えば、15分程度)静置させる。この間に、第2ピペット54の貫通によって形成されたトンネル状の内部通路の周りに存在する細胞Cが互いに引き付け合って、トンネル状の内部通路が塞がれる。
【0082】
以上説明したように、実施形態の物質注入装置1は、多数の細胞Cからなる細胞塊Sが収容される試料容器20と、先端に開口44aを有し、先端に細胞塊Sを保持可能な保持治具(第1ピペット44)と、保持治具を試料容器20に対して移動させる第1駆動装置46と、開口44aよりも外径が小さく、かつ細胞塊Sの内部に物質Mを注入可能な毛細管を含む注入治具(第2ピペット)と、注入治具を試料容器20に対して移動可能させる第2駆動装置56と、注入治具と接続して注入治具の内部圧力を調整可能な注入ポンプ58と、を備える。
【0083】
これによれば、毛細管の先端を、保持治具の先端の開口44a内部に受け入れることができるので、保持治具に保持された細胞塊Sを毛細管で貫通させることができる。毛細管で細胞塊Sを貫通することで、ここに内部圧力の逃げ道となる内部通路が形成することができる。これにより、細胞塊の内部圧力の上昇を抑制することができるため、物質注入時に細胞塊を損傷させることを抑制することができる。
【0084】
また、実施形態の物質注入装置1において、第2駆動装置56は、毛細管を、細胞塊Sを貫通させて保持治具(第1ピペット44)の開口44a内部に挿入後、細胞塊Sに毛細管が貫通することで形成された内部通路において引き戻し、注入ポンプ58は、保持治具(第2ピペット)の内部を陽圧にして、内部通路の所定の位置に物質Mを注入させる。
【0085】
これにより、毛細管で細胞塊Sの内部を貫通する内部通路を形成した後、毛細管を引き戻して先端を所定の位置に配置し、注入治具の内部を陽圧にすることで所定の位置に物質Mを吐出させることができる。この際、陽圧は、内部通路を介して細胞塊Sの外部へ逃がすことができるので、細胞塊Sを損傷させたり、注入治具を引き抜く際に圧力に押されて物質Mが注入治具に戻されたりすることを、抑制することができる。したがって、細胞塊Sの内部の所定の位置に物質Mを配置させることができる。
【0086】
また、実施形態の物質注入装置1において、毛細管は、先端の開口54aの形状が、軸心に直交する面に対して所定の傾きを有する面で切断された形状である。
【0087】
これによれば、細胞塊Sに注入治具を挿入する際、注入治具の先端の一部のみを細胞塊Sに挿入し残りの部分を細胞塊Sの外部に露出させた状態で、注入治具の内部を陽圧にすることで、物質Mを注入治具の先端まで送り出すことができる。物質Mは、細胞塊Sの外周の細胞Cに堰き止められて停止する。この際、物質Mとともに注入治具の内部に充填されていた流体が、細胞塊Sの外部に露出した部分から流出するので、細胞塊S内への流入を抑制することができる。
【0088】
また、実施形態の物質注入装置1は、試料容器20に固定される固定保持部22を更に備え、保持治具(第1ピペット44)は、固定保持部22との間に細胞塊Sを挟み込んで保持可能である。
【0089】
これによれば、細胞塊Sを安定的に保持することができるので、注入治具(第2ピペット)による細胞塊Sの貫通操作、物質Mの注入操作、及び注入治具の細胞塊Sからの引き抜き操作を安定的に実行できる。
【0090】
また、実施形態の物質注入装置1において、固定保持部22は、注入治具(第2ピペット)の軸心に平行な壁面であり注入治具の側方の周面に沿う平坦面22aと、平坦面22aの注入治具の先端側の端部を含む壁面であり細胞塊Sから注入治具を引き抜く際に細胞塊Sの付随を規制する規制部22bと、を含む。
【0091】
これによれば、固定保持部22の平坦面22aにおいて注入治具の軸方向の移動を案内するとともに、規制部22bで細胞塊Sを押さえつつ注入治具を引き抜くことができる。また、規制部22bで細胞塊Sを押さえつつ注入治具を引き抜く際、注入治具が平坦面22a側により近接していることで、細胞塊Sが変形しつつ規制部22bから平坦面22a側に回り込んで引き抜かれる注入治具に付随することを抑制することができる。
【0092】
また、実施形態の物質注入装置1において、保持治具(第1ピペット44)は、先端に細胞塊Sを吸引保持可能な毛細管を含み、保持治具と接続して保持治具の内部圧力を調整可能な吸引ポンプ48を更に備え、保持治具の内径は、注入治具(第2ピペット)の外径より大きい。
【0093】
これによれば、注入治具で細胞塊Sを貫通させた際に、注入治具の先端が保持治具の内部に挿入されるため、注入治具が確実に細胞塊Sを貫通したことを容易に確認可能である。
【0094】
また、実施形態の物質注入方法は、試料容器20に収容された多数の細胞Cからなる細胞塊Sを保持治具(第1ピペット44)で保持する保持ステップ(ステップS101)と、細胞塊Sに注入する物質Mを内部に保持した毛細管を含む注入治具(第2ピペット)を細胞塊Sに刺し込んで貫通させる貫通ステップ(ステップS104)と、注入治具の先端を細胞塊Sの内部の所定の位置まで引き戻す位置決めステップ(ステップS106)と、注入治具の内部を陽圧にすることで物質Mを細胞塊Sの内部の所定の位置に吐出する吐出ステップ(ステップS107)と、注入治具を細胞塊Sから引き抜く引き抜きステップ(ステップS108)と、を含む。
【0095】
これによれば、吐出ステップにおいて陽圧によって物質Mを注入治具から吐出させる際、注入治具の内部の陽圧を、内部通路を介して細胞塊Sの外部へ逃がすことができる。したがって、細胞塊Sの内部圧力の上昇を抑制し、細胞塊Sを損傷させたり、注入治具を引き抜く際に圧力に押されて物質Mが注入治具に戻されたりすることを、抑制することができるので、細胞塊Sの内部の所定の位置に物質Mを配置させることができる。
【0096】
また、実施形態の物質注入方法において、注入治具(第2ピペット)は、先端の開口54aの形状が、軸心に直交する面に対して所定の傾きを有する面で切断された形状であり、貫通ステップ(ステップS104)の前に、注入治具の開口54aの一部を露出した状態で先端の一部を細胞塊Sに刺し込む刺し込みステップ(ステップS102)と、注入治具の内部を陽圧にして物質Mを注入治具の先端まで送り出す送り出しステップ(ステップS103)と、を更に含む。
【0097】
これによれば、差し込みステップにおいて細胞塊Sに注入治具の先端の一部を挿入しておくことで、送り出しステップにおいて物質Mが注入治具から外部へ吐出することを防止することができる。また、差し込みステップにおいて注入治具の先端の残りの部分を外部に露出させておくことで、送り出しステップにおいて注入治具の内部に充填されていた流体を外部へ流出させ、細胞塊S内へ流体が流入することによる細胞塊Sの損傷を抑制することができる。
【0098】
また、実施形態の物質注入方法において、保持ステップ(ステップS101)では、保持治具(第1ピペット44)が試料容器20に固定される固定保持部22との間に挟み込んで細胞塊Sを保持し、引き抜きステップ(ステップS108)では、固定保持部22によって細胞塊Sが注入治具(第2ピペット)に付随することを規制する。
【0099】
これによれば、細胞塊Sを安定的に保持することができるので、注入治具による細胞塊Sの貫通操作、物質Mの注入操作、及び注入治具の細胞塊Sからの引き抜き操作を安定的に実行できる。
【0100】
また、実施形態の物質注入方法において、保持治具(第1ピペット44)は、先端に細胞塊Sを吸引保持可能な毛細管を含み、保持治具の内径は、注入治具(第2ピペット)の外径より大きく、貫通ステップ(ステップS104)では、注入治具の毛細管の先端を、保持治具の毛細管の内部に挿入させる。
【0101】
これによれば、注入治具で細胞塊Sを貫通させて注入治具の先端を保持治具の内部に挿入させた際に、注入治具の先端が保持治具の内部に位置することを確認できるため、注入治具が確実に細胞塊Sを貫通したことを容易に確認可能である。
【0102】
また、実施形態の物質注入方法において、少なくとも位置決めステップ(ステップS106)及び吐出ステップ(ステップS107)は、蛍光観察下で実行される(ステップS105)。
【0103】
これによれば、注入治具(第2ピペット)が細胞塊Sに挿入されている状態でも、注入治具の内部に保持された物質Mの位置が観察できるので、物質Mを吐出する位置に注入治具の先端を位置合わせすることが容易であり、また、物質Mが注入治具から吐出される際の移動を観察することができる。
【0104】
なお、本発明は、上記実施形態に限定されるものではない。即ち、本発明の骨子を逸脱しない範囲で種々変形して実施することができる。例えば、固定保持部22は、試料容器20に対して着脱自在であってもよく、また、必ずしも堅固に固定されなくとも試料容器20に対して移動しない状態を維持できるのであれば、試料容器20の底部に載置されるだけでもよい。
【0105】
また、固定保持部22は、実施形態では、第2ピペット54の周面のうち平面視における一方の側面を沿わせるように設けられるが、第2ピペット54を径方向に挟み込んで両方の側面を沿わせるように2つ設けられてもよい。
【符号の説明】
【0106】
1 物質注入装置
10 チャンバ
12 第1開口
14 第2開口
16 第1封止部材
18 第2封止部材
20 試料容器
22 固定保持部
22a 平坦面
22b 規制部
24 蛍光顕微鏡
26 炭酸ガス供給源
28 チャンバ制御盤
30 マニピュレーションシステム
40 第1マニピュレータ
42 第1ピペット保持部材
44 第1ピペット(保持治具)
44a、54a 開口
46 第1駆動装置
48 吸引ポンプ
50 第2マニピュレータ
52 第2ピペット保持部材
54 第2ピペット(注入治具)
56 第2駆動装置
58 注入ポンプ
60 コントローラ(制御装置)
62 操作部
64 入力部
66 ポンプインターフェース
68 表示部
S 細胞塊
C 細胞
M 物質
D 液滴
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12