(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024110124
(43)【公開日】2024-08-15
(54)【発明の名称】蓄熱体及び蓄熱体の損傷抑制方法
(51)【国際特許分類】
C09K 5/14 20060101AFI20240807BHJP
B22D 35/06 20060101ALI20240807BHJP
F28D 20/00 20060101ALI20240807BHJP
C04B 41/87 20060101ALI20240807BHJP
【FI】
C09K5/14 E
B22D35/06
F28D20/00 A
C04B41/87 M
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023014506
(22)【出願日】2023-02-02
(71)【出願人】
【識別番号】000220767
【氏名又は名称】東京窯業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100140671
【弁理士】
【氏名又は名称】大矢 正代
(72)【発明者】
【氏名】常吉 孝治
(57)【要約】
【課題】アルミニウムやアルミニウム合金の鋳造設備で使用された場合に、フラックスに由来するハロゲン系ガスによる損傷を受けにくい蓄熱体、及び、蓄熱体がハロゲン系ガスによって受ける損傷を抑制する蓄熱体の損傷抑制方法を、提供する。
【解決手段】セラミックス焼結体からなる蓄熱体基体の表面を、固形分組成で酸化アルミニウムの含有率が65質量%~85質量%のアルミナセメントで被覆することによって多孔質のコーティング層を形成する。この多孔質のコーティング層において、ハロゲン系ガスの成分を補足することができ、蓄熱体基体へのハロゲン系ガスの成分の浸透を抑制することができるため、蓄熱体の損傷を有効に抑制することができる。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
セラミックス焼結体からなる蓄熱体基体と、
該蓄熱体基体の表面を被覆しているコーティング層と、を具備し、
該コーティング層は、固形分組成で酸化アルミニウムの含有率が65質量%~85質量%のアルミナセメントの多孔質層である
ことを特徴とする蓄熱体。
【請求項2】
前記蓄熱体基体は、炭化珪素質セラミックス焼結体からなる
ことを特徴とする請求項1に記載の蓄熱体。
【請求項3】
アルミニウムまたはアルミニウム合金の鋳造設備で使用される蓄熱体が、塩化物系フラックスまたはフッ化物系フラックスに由来するハロゲン系ガスによって受ける損傷を抑制する方法であり、
セラミックス焼結体からなる蓄熱体基体の表面を、
固形分組成で酸化アルミニウムの含有率が65質量%~85質量%のアルミナセメントで被覆することによって多孔質のコーティング層とし、
該多孔質のコーティング層で、前記ハロゲン系ガスの成分を捕捉することにより、前記ハロゲン系ガスの成分の前記蓄熱体基体への浸透を抑制する
ことを特徴とする蓄熱体の損傷抑制方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、蓄熱体、及び、蓄熱体の損傷抑制方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
金属の鋳造のための設備で、蓄熱体が使用されることがある(例えば、特許文献1~3を参照)。特許文献1では、高炉から転炉への溶融金属の運搬や、転炉から連続鋳造用のタンディッシュや鋳型への溶融金属の運搬に使用される取鍋が、熱衝撃を受けることを避けるために、蓄熱型バーナ(リジェネバーナ)を使用して取鍋を予熱している。リジェネバーナは、バーナの燃焼用に供給される空気(燃焼用空気)と、バーナの燃焼により高温となった排ガスとを、交互に蓄熱体に流通させるべく、ガスの流通方向が切り換えられるバーナである。排ガスの熱は蓄熱体で回収され、新たに供給される燃焼用空気を予熱するために利用される。
【0003】
特許文献2は、溶融金属を取鍋から受け取って鋳型へ分配するタンディッシュにおいて、鋳込み可能な温度を保持するため、或いは、複数台のタンディッシュを交換しつつ用いて連続鋳造する場合に、待機中のタンディッシュを鋳込み可能な温度まで加熱するために、複数台の蓄熱式予熱器を交互に切り替えつつ加熱した不活性ガスを、炉内に供給することを提案している。蓄熱式予熱器としては、リジェネバーナが使用される。バーナで直接に炉内を加熱するのではなく、バーナで加熱された不活性ガスを炉内に供給することにより、溶融金属の酸化が防止される。
【0004】
特許文献3は、低圧鋳造装置で鋳物を製造するにあたり、溶融金属の流路に蓄熱体を配してバーナで加熱することにより、金型の湯口を常に高温に保持することを提案している。低圧鋳造は、溶解金属を収容した密閉炉に不活性ガスや二酸化炭素等のガスによる比較的低い圧力を付加し、この圧力で密閉炉内の溶融金属をストークを介して上方に押し上げ、密閉炉の上位に配置された鋳型に溶融金属を充填して鋳物を製造する方法であり、アルミニウム合金等の鋳造に広く使用されている方法である。
【0005】
一方、アルミニウムやアルミニウム合金の鋳造では、溶融金属にフラックスを添加する処理が行われる。フラックスとしては、塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化アルミニウム、塩化マグネシウム等の成分を含む塩化物系フラックスや、フッ化ナトリウム、フッ化カリウム、フッ化アルミニウム、フッ化マグネシウム、ケイフッ化ナトリウム、ホウフッ化ナトリウム等の成分を含むフッ化物系フラックスが使用されている。
【0006】
例えば、溶融金属から水素ガスを除去する目的のフラックスとしては、六塩化エタンを他の塩化物やフッ化物と混合したフラックスが使用されている。アルミニウムの酸化を防止するために溶融金属の表面を被覆するフラックス、或いは、生成した酸化物を分離除去するためのフラックスとしては、塩化ナトリウム、塩化カリウム、フッ化ナトリウム、ケイフッ化ナトリウム、これらの混合塩が使用されている。不純物としてのマグネシウムを除去する目的のフラックスとしては、フッ化アルミニウムや、これを塩化物と混合して融点を下げたものが使用されている。また、アルミニウム合金の品質改良として、結晶粒の微細化を目的として、チタンフッ化カリウムやホウフッ化カリウム等の成分を含むフッ化物系フラックスが使用されている。
【0007】
このような塩化物系フラックス、フッ化物系フラックスが金属を溶融する高温下で使用されると、塩素ガス、フッ素ガス、揮発性の塩素化合物やフッ素化合物など、腐食性の高いハロゲン系ガスが発生する。そのため、アルミニウムやアルミニウム合金の鋳造設備において、上記のように蓄熱体を使用していると、ハロゲン系ガスを含む高温の排ガスが蓄熱体の配された空間を流通することにより、蓄熱体が脆くなるなどの損傷を受け、蓄熱体の耐用期間が短くなるという問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平7-112269号公報
【特許文献2】特開平8-159664号公報
【特許文献3】特開2011-16166号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
そこで、本発明は、上記の実情に鑑み、アルミニウムやアルミニウム合金の鋳造設備で使用された場合に、フラックスに由来するハロゲン系ガスによる損傷を受けにくい蓄熱体の提供、及び、蓄熱体がハロゲン系ガスによって受ける損傷を抑制する蓄熱体の損傷抑制方法の提供を、課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記の課題を解決するため、本発明にかかる蓄熱体は、
「セラミックス焼結体からなる蓄熱体基体と、
該蓄熱体基体の表面を被覆しているコーティング層と、を具備し、
該コーティング層は、固形分組成で酸化アルミニウムの含有率が65質量%~85質量%のアルミナセメントの多孔質層である」ものである。
【0011】
「アルミナセメント」は、酸化アルミニウム、及び酸化カルシウムを主成分とする水硬性セメントである。固形分組成で酸化アルミニウムの含有率が65質量%~85質量%のアルミナセメントは、高温強度が高く、耐熱衝撃性に優れることから、高温下での使用に適している。
【0012】
上述したように、アルミニウムやアルミニウム合金の鋳造設備において、セラミックス焼結体からなる蓄熱体を使用していると、フラックスに由来する腐食性の高いハロゲン系ガスを含む高温の排ガスが蓄熱体の配された空間を流通することにより、蓄熱体が脆くなるなどの損傷を受ける。このような損傷は、フラックスに由来する成分が、蓄熱体基体の内部まで浸透することが原因であると考えられる。これに対し、本発明では、セラミックス焼結体からなる蓄熱体基体の表面に、固形分組成で酸化アルミニウムの含有率が65質量%~85質量%のアルミナセメントのコーティング層を設けるという手段を採った。
【0013】
これは、本発明者の検討により、アルミナセメントのコーティング層が、フラックスに由来する成分を、その層の内部に非常に取り込みやすいことを見出したことに基づいている。詳細は後述するように、アルミナセメントのコーティング層を備えない蓄熱体では、ハロゲン系ガスの雰囲気下で、フラックスに由来する成分の付着層が蓄熱体基体の表面に形成され、更にその成分が蓄熱体基体の内部まで浸透するのに対し、アルミナセメントのコーティング層を備える蓄熱体では、かかる付着層が形成されることなく、アルミナセメントのコーティング層の内部にフラックスに由来する成分が取り込まれ、その成分は蓄熱体基体の内部までは浸透しないことが判明した。
【0014】
このように、アルミナセメントのコーティング層が、フラックスに由来する成分を非常に取り込みやすいのは、コーティング層が多孔質層であることが重要な理由の一つであると考えられた。ガスの流通に伴って到来する成分の蓄熱体基体への浸透を防止しようと考えた場合、“ガスとの接触を防ぐ”ために、蓄熱体基体の表面に“気密な層”を形成しようとするのが当業者の通常な考え方であろう。このような当業者の常識に反し、ガスの流通に伴って到来する成分の浸透による損傷を、“多孔質”のコーティング層によって抑制するという手段は、非常に斬新かつ独創的である。
【0015】
以上のように、本構成の蓄熱体によれば、フラックスに由来する成分がアルミナセメントのコーティング層で補足されることにより、フラックスに由来する成分の蓄熱体基体への浸透が抑制され、フラックスに由来する成分によって蓄熱体が受ける損傷を抑制することができる。
【0016】
本発明にかかる蓄熱体は、上記構成に加え、
「前記蓄熱体基体は、炭化珪素質セラミックス焼結体からなる」ものとすることができる。
【0017】
炭化珪素は、セラミックスの中では熱伝導率が高い材料である。具体的には、アルミナ、コージェライト、及び、ムライトの熱伝導率は、それぞれ9~30W/m・K、0.6W/m・K、及び、1.5W/m・Kであるのに対し、炭化珪素の熱伝導率は75~130W/m・Kと高い。そのため、炭化珪素質セラミックス焼結体を蓄熱体基体とする蓄熱体は、熱交換の効率が高い。
【0018】
加えて、炭化珪素の熱膨張率は、4.0~4.5(×10-6K)と小さい。すなわち、炭化珪素は、熱伝導率が高いと共に熱膨張率が小さいため、耐熱衝撃性に優れている。従って、炭化珪素質セラミックス焼結体を蓄熱体基体とする蓄熱体は、蓄熱と放熱との繰り返しに伴う熱衝撃を受け続ける蓄熱体として適している。
【0019】
本発明にかかる蓄熱体の損傷抑制方法は、
「アルミニウムまたはアルミニウム合金の鋳造設備で使用される蓄熱体が、塩化物系フラックスまたはフッ化物系フラックスに由来するハロゲン系ガスによって受ける損傷を抑制する方法であり、
セラミックス焼結体からなる蓄熱体基体の表面を、
固形分組成で酸化アルミニウムの含有率が65質量%~85質量%のアルミナセメントで被覆することによって多孔質のコーティング層とし、
該多孔質のコーティング層で、前記ハロゲン系ガスの成分を捕捉することにより、前記ハロゲン系ガスの成分の前記蓄熱体基体への浸透を抑制する」ものである。
【0020】
これは、蓄熱体を上記構成とすることにより、アルミナセメントの多孔質のコーティング層によって、上述した作用によりハロゲン系ガスの成分の蓄熱体基体への浸透を抑制する方法の構成である。
【0021】
アルミナセメントのコーティング層において、フラックスに由来するハロゲン系ガスの成分を補足することにより、蓄熱体基体への該成分の浸透を抑制することができるため、フラックスに由来する成分によって蓄熱体が受ける損傷を有効に抑制することができる。
【発明の効果】
【0022】
以上のように、本発明によれば、アルミニウムやアルミニウム合金の鋳造設備で使用された場合に、フラックスに由来するハロゲン系ガスによる損傷を受けにくい蓄熱体、及び、蓄熱体がハロゲン系ガスによって受ける損傷を抑制する蓄熱体の損傷抑制方法を、提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【
図1】実施例1の蓄熱体について元素分析の結果を示す図である。
【
図2】実施例2の蓄熱体について元素分析の結果を示す図である。
【
図3】比較例の蓄熱体について元素分析の結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、本発明の一実施形態である蓄熱体、及び、蓄熱体の損傷抑制方法について説明する。蓄熱体は、アルミニウムやアルミニウム合金の鋳造設備で使用されるものである。
【0025】
蓄熱体は、中実ボールに形成された炭化珪素質セラミックス焼結体の基体と、基体の表面を被覆しているアルミナセメントのコーティング層とを具備する。本実施形態の「基体」が、本発明の「蓄熱体基体」に相当する。
【0026】
このような蓄熱体は、焼成により炭化珪素質セラミックス焼結体となる原料で、中実ボールを成形する成形工程と、成形体を非酸化性雰囲気で焼成し、炭化珪素質セラミックス焼結体の基体を得る焼成工程と、固形分組成で酸化アルミニウムの含有率が65質量%~85質量%のアルミナセメントを基体の表面に被覆するコーティング工程とを具備する製造方法で、製造することができる。
【0027】
成形工程では、焼成により炭化珪素質セラミックス焼結体となる原料を、バインダ、界面活性剤等の添加剤と共に水と混合して混練物として、これを球状に成形することにより、中実ボールの成形体を得る。ここで、「焼成により炭化珪素質セラミックス焼結体となる原料」としては、炭化珪素粉末からなる原料を使用することができる。或いは、加熱により炭化珪素を生成する反応焼成原料を使用し、炭化珪素を反応生成させつつ焼結させる(反応焼結)こともできる。
【0028】
反応焼成原料としては、骨材となる炭化珪素粉末と、炭化珪素を生成する珪素源と炭素源との混合原料を使用することができる。骨材としての炭化珪素粉末は、混合原料に対して65質量%~95質量%とすることができる。骨材としての炭化珪素粉末の割合が65質量%より少ない場合は、得られる焼結体の強度が低いものとなり易い。一方、95質量%より多い場合は、焼結しにくい成形体となり易い。なお骨材としての炭化珪素粉末の混合原料に対する割合は、75質量%~85質量%であれば、上記の相反する作用の調和が取れ、より望ましい。
【0029】
炭化珪素を生成する珪素源と炭素源については、珪素と炭素とのモル比(Si/C)が1のときに化学量論的に過不足なく炭化珪素が生成するが、Si/Cを0.5~1.5とすることが望ましい。Si/Cが0.5より小さい場合は、残存する炭素分が多すぎ、粗大気孔の原因となると共に生成した炭化珪素の粒子成長が阻害されるおそれがある。一方、Si/Cが1.5より大きい場合は、生成する炭化珪素の量が少なく、反応焼結が不十分となり易い。なお、Si/Cは、0.8~1.2であれば、珪素及び炭素の過剰分または不足分が少なく、より望ましい。なお、珪素源としては、窒化珪素、珪素(いわゆる金属シリコン)を使用可能であり、炭素源としては、黒鉛、石炭、コークス、木炭などを例示することができる。
【0030】
成形工程の後、焼成工程の前に、得られた成形体を乾燥させる乾燥工程を行ってもよい。このような乾燥工程は、調温調湿槽内での送風乾燥、外部加熱乾燥、マイクロ波照射による内部加熱乾燥等により行うことができる。
【0031】
焼成工程では、加熱炉を非酸化性雰囲気として、1800℃~2300℃の所定温度で一定時間保持する。焼成温度が1800℃より低い場合は反応焼結が不十分となるおそれがあり、2350℃を超えると炭化珪素が昇華するおそれがある。焼成温度は2000℃~2200℃とすれば、比較的短時間で十分な強度の焼結体を得ることができるため、より望ましい。焼結時間は成形体のサイズにもよるが、例えば、30分から3時間とすることができる。ここで、「非酸化性雰囲気」は、アルゴンやヘリウム等の不活性ガス雰囲気、窒素ガス雰囲気、これらの混合ガス雰囲気、或いは、真空雰囲気とすることができる。
【0032】
なお、焼成工程の後、コーティング工程の前に、焼成工程において炭化珪素の生成反応に使用されずに残留しているおそれのある炭素源を燃焼除去する目的で、脱炭工程を設けることができる。この脱炭工程は、酸化雰囲気下(空気雰囲気下)で、600℃~1200℃の温度で1時間~15時間保持することにより行うことができる。この程度の加熱温度及び保持時間であれば、脱炭行程では炭化珪素の酸化はほとんど生じない。
【0033】
コーティング工程では、固形分組成で酸化アルミニウムの含有率が65質量%~85質量%のアルミナセメントを水と混合してスラリーとし、スラリーに基体を浸漬することでコーティングする。或いは、基体の表面にスラリーを塗布・スプレーによりコーティングする。コーティングの後は、常温でアルミナセメントのコーティング層を硬化させ、乾燥する。
【実施例0034】
次に、基体の表面にアルミナセメントをコーティングした実施例1,2の蓄熱体について、フラックスによる影響を検討した結果を示す。比較のために、アルミナセメントをコーティングしていない比較例の蓄熱体についても、検討を行った。
【0035】
実施例1,2の蓄熱体、及び、比較例の蓄熱体には、同一条件で作製した基体を使用した。この基体は、骨材としての炭化珪素粉末、及び、炭化珪素を反応生成する珪素源と炭素源とを含む反応生成原料を成形し、非酸化性雰囲気で焼成した後、過剰の炭素分を酸化雰囲気下で加熱除去したものであり、98質量%炭化珪素の反応焼結体である。基体は、直径19mmの中実ボールとした。炭素源として使用した炭素質物質の消失跡に気孔が形成されており、基体は多孔質である。比較例は、この基体をそのまま試料とした。
【0036】
実施例1,2の蓄熱体については、アルミナセメントを水と混合したスラリーに基体を浸漬することで、基体の表面にアルミナセメントをコーティングした。実施例1のアルミナセメント(ケルネオス社(旧ラファージュ社)製、商品名「セカール71」)は、固形分組成で酸化アルミニウムの含有率が約70質量%であり、酸化アルミニウムを除く成分の殆どは酸化カルシウムである。実施例2のアルミナセメント(ケルネオス社製、商品名「セカール80」)は、固形分組成で酸化アルミニウムの含有率が約80質量%であり、酸化アルミニウムを除く成分の殆どは酸化カルシウムである。実施例1,2のアルミナセメントは、酸化アルミニウム、酸化カルシウムの他に、微量成分として、二酸化珪素、酸化第二鉄、酸化マグネシウム、酸化ナトリウム、酸化カリウムを含有している。
【0037】
実施例1,2については、アルミナセメントのコーティングの後、室温において24h放置し、アルミナセメントのコーティング層を硬化させ、乾燥させた。このようにして得た実施例1,2の蓄熱体、及び、比較例の蓄熱体については、実際の鋳造現場での使用を想定し、900℃で4hの熱処理をした。
【0038】
実施例1,2の蓄熱体、及び、比較例の蓄熱体について、フラックスによる影響を評価する試験を行った。試験は、匣鉢の底面にフラックスを敷き詰め、その上に実施例1,2の蓄熱体、及び、比較例の蓄熱体を載置し、酸化雰囲気下(空気雰囲気下)において、900℃の温度で12時間熱処理することにより行った。この試験では、フラックスからハロゲン系ガスが発生したばかりでハロゲン系ガスが拡散しておらず、高濃度でハロゲン系ガスが存在する雰囲気下に蓄熱体が置かれる。つまり、この試験は、フラックスが使用されるアルミニウムまたはアルミニウム合金の鋳造現場より過酷な環境に、蓄熱体を置いた試験である。
【0039】
使用したフラックスは、塩化カリウム、塩化マグネシウム、カリウム及びマグネシウムの塩化物を主成分とする塩化物系フラックス(パイロテック社製、商品名「プロマグF」)である。
【0040】
試験後の実施例1,2の蓄熱体,及び、比較例の蓄熱体を、それぞれ樹脂に埋設し、蓄熱体の中心を含む切断面を研磨した。研磨面について、電子プローブマイクロアナライザ(日本電子製、JXA8530F)を用いて、元素分析(面分析)を行った。
【0041】
実施例1についての面分析の結果を
図1に、実施例2についての面分析の結果を
図2に、比較例についての面分析の結果を
図3に示す。
【0042】
図1~
図3は、それぞれ反射電子像(
図1(a),
図2(a),
図3(a))と、同一視野のマッピング像(面分析の像)を対比したものであり、紙面左下に示したスケールは共通である。反射電子像では、重い元素は明るく軽い元素は暗く観察される。また、マッピング像では、分析対象の元素が多く存在する部分ほど、輝度が高く白っぽく見える。
【0043】
まず、アルミナセメントを基体にコーティングしていない比較例では、反射電子像を見ると(
図3(a))、画像の左半分以上を占める暗いグレーの多孔質部分と、その表面に白く明るい層が存在している。画像の左半分以上を占める暗いグレーの部分は、珪素(Si)の分布と一致しており(
図3(b))、炭化珪素質セラミックスである基体であると考えられる。基体の表面に存在する白く明るい層は、塩素(Cl)の分布(
図3(c))、及びカリウム(K)の分布(
図3(d))と一致していることから、フラックスに由来する成分(フラックスに由来するハロゲン系ガスの成分)が付着した層であると考えられる。また、塩素とカリウムは、基体の内部にも分布していることから、フラックスに由来する成分は、基体の表面に付着するだけに留まらず、基体の内部にまで浸透していることが分かる。このようにフラックスに由来する成分が基体の内部に浸透すると、基体が脆くなり、蓄熱体の耐用期間が短くなってしまう。
【0044】
アルミナセメントを基体にコーティングしている実施例1,2では、反射電子像を見ると(
図1(a),
図2(a))、画像の左半分以上を占める暗いグレーの多孔質部分と、その表面に白く明るい層が存在している。画像の左半分以上を占める暗いグレーの部分は、珪素の分布と一致しており(
図1(b),
図2(b))、炭化珪素質セラミックスである基体であると考えられる点は、比較例と同様である。基体の表面に存在する白く明るい層は、アルミニウム(Al)の分布(
図1(e),
図2(e))、及びカルシウム(Ca)の分布(
図1(f),
図2(f))と一致していることから、アルミナセメントのコーティング層であると考えられる。このアルミナセメントのコーティング層は、反射電子像によれば、多孔質層である。
【0045】
アルミナセメントのコーティング層には、塩素の分布(
図1(c),
図2(c))、及び、カリウムの分布(
図1(d),
図2(d))が見られることから、アルミナセメントのコーティング層には、フラックスに由来する成分が取り込まれていると考えられた。
【0046】
そして、実施例1,2における基体部分にも塩素及びカリウムが分布しているが、その分布は、比較例における基体部分の塩素及びカリウムの分布に比べて、非常に少ない。このことから、実施例1,2の蓄熱体では、アルミナセメントのコーティング層にフラックスに由来する成分が取り込まれていることにより、フラックスに由来する成分の基体への浸透が抑制されていると評価することができる。つまり、実施例1と実施例2の蓄熱体は、フラックスに由来するハロゲン系ガスによる損傷を受けにくい蓄熱体であると考えられる。
【0047】
実施例1と実施例2とを比較すると、実施例2の方が基体における塩素及びカリウムの分布がかなり少なくなっている。つまり、実施例1より実施例2の方が、フラックスに由来する成分の基体への浸透が抑制されている。実施例1と実施例2では、アルミナセメントにおける酸化アルミニウムの含有率が異なるが、そのことよりも実施例2ではコーティング層の厚さが実施例1より大きいことが影響していると考えられる。このことから、フラックスに由来する成分の基体への浸透を抑制する作用のためには、アルミナセメントのコーティング層はより厚い方が望ましいと考えられるが、少なくとも実施例1のコーティング層の厚さがあれば、フラックスに由来する成分の基体への浸透を抑制する作用が得られる。実施例1におけるアルミナセメントのコーティング層の厚さは50~100μmであって、平均厚さは75μmである。
【0048】
また、比較例の蓄熱体では、基体の表面にフラックスに由来する成分の付着層が観察されたことから、アルミナセメントのコーティング層を備える蓄熱体においても、アルミナセメントのコーティング層の表面にフラックスに由来する成分の付着層が形成されるとも予想されるところ、実施例1,2の蓄熱体ではそのような付着層はなく、アルミナセメントのコーティング層にフラックスに由来する塩素やカリウムが存在していた。このことから、アルミナセメントのコーティング層は、フラックスに由来する成分を非常に捕捉しやすい層であり、これらの成分が表面に付着するような時間もなく、層内に取り込まれるものと考えられた。このように、アルミナセメントのコーティング層が、フラックスに由来する成分を非常に取り込みやすいのは、アルミナセメントのコーティング層が多孔質層であることが、重要な理由の一つであると考えられる。
【0049】
以上の検討結果から、本実施形態の蓄熱体の損傷抑制方法は、アルミニウムまたはアルミニウム合金の鋳造設備で使用される蓄熱体が、フラックスに由来するハロゲン系ガスによって受ける損傷を抑制する方法であり、炭化珪素質セラミックス焼結体からなる基体の表面を、固形分組成で酸化アルミニウムの含有率が65質量%~85質量%のアルミナセメントで被覆することによって多孔質のコーティング層とし、この多孔質のコーティング層で、ハロゲン系ガスの成分を捕捉することにより、ハロゲン系ガスの成分の基体への浸透を抑制する、ものである。
【0050】
ガスの流通に伴って到来する成分の基体への浸透を防止しようと考えた場合、ガスとの接触を防ぐために基体の表面に気密な層を形成しようとするのが当業者の通常な考えであるところ、多孔質層であるアルミナセメントの層によって、フラックスに由来する成分を捕捉し、基体への浸透を抑制する本実施形態の損傷抑制方法は、非常に斬新かつ独創的である。
【0051】
以上のように、本実施形態によれば、アルミニウムやアルミニウム合金の鋳造設備で使用された場合に、フラックスに由来するハロゲン系ガスによる損傷を受けにくい蓄熱体、及び、蓄熱体がハロゲン系ガスによって受ける損傷を抑制する蓄熱体の損傷抑制方法を、提供をすることができる。
【0052】
以上、本発明について好適な実施形態を挙げて説明したが、本発明は上記の実施形態に限定されるものではなく、以下に示すように、本発明の要旨を逸脱しない範囲において、種々の改良及び設計の変更が可能である。
【0053】
例えば、上記の実施形態では、蓄熱体の形状として基体が中実ボールであるものを例示したが、これに限定されず、ハニカム構造体など他の形状の基体に固形分組成で酸化アルミニウムの含有率が65質量%~85質量%のアルミナセメントをコーティングすることによっても、フラックスに由来するハロゲン系ガスによる損傷が抑制された蓄熱体を得ることができる。