IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 学校法人慶應義塾の特許一覧 ▶ 学校法人東京女子医科大学の特許一覧

特開2024-110552マイクロキャリア上に接着した細胞のラベルフリー細胞数計測法
<>
  • 特開-マイクロキャリア上に接着した細胞のラベルフリー細胞数計測法 図1
  • 特開-マイクロキャリア上に接着した細胞のラベルフリー細胞数計測法 図2
  • 特開-マイクロキャリア上に接着した細胞のラベルフリー細胞数計測法 図3
  • 特開-マイクロキャリア上に接着した細胞のラベルフリー細胞数計測法 図4
  • 特開-マイクロキャリア上に接着した細胞のラベルフリー細胞数計測法 図5
  • 特開-マイクロキャリア上に接着した細胞のラベルフリー細胞数計測法 図6
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024110552
(43)【公開日】2024-08-16
(54)【発明の名称】マイクロキャリア上に接着した細胞のラベルフリー細胞数計測法
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/48 20060101AFI20240808BHJP
   G01N 21/64 20060101ALI20240808BHJP
   G01N 15/01 20240101ALI20240808BHJP
   G01N 15/00 20240101ALI20240808BHJP
   C12Q 1/06 20060101ALI20240808BHJP
【FI】
G01N33/48 M
G01N21/64 E
G01N15/00 B
G01N15/00 C
C12Q1/06
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023015183
(22)【出願日】2023-02-03
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.JAVA
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和4年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、未来社会創造事業「低コスト・持続可能な培養液を用いたウシ筋細胞の大量培養技術の開発」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】598121341
【氏名又は名称】慶應義塾
(71)【出願人】
【識別番号】591173198
【氏名又は名称】学校法人東京女子医科大学
(74)【代理人】
【識別番号】110003063
【氏名又は名称】弁理士法人牛木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】森倉 峻
(72)【発明者】
【氏名】坂口 勝久
(72)【発明者】
【氏名】田中 龍一郎
(72)【発明者】
【氏名】清水 達也
【テーマコード(参考)】
2G043
2G045
4B063
【Fターム(参考)】
2G043BA16
2G043CA04
2G043DA01
2G043EA01
2G043FA01
2G043FA02
2G043FA06
2G043JA02
2G043JA03
2G043KA02
2G043LA03
2G043NA01
2G043NA02
2G043NA06
2G045AA24
2G045CB01
2G045FA16
2G045FA19
2G045FA29
2G045GC15
4B063QA01
4B063QQ05
4B063QQ08
4B063QS36
4B063QX02
(57)【要約】
【課題】細胞だけでなく培養液の光学特性を考慮した、攪拌浮遊培養系における安価かつロバストな経時的ラベルフリー細胞数計測技術の開発を目的とした。
【解決手段】マイクロキャリア上に接着した細胞を含む試料に対して、ラベルフリーで自家蛍光顕微鏡像を取得することを含む、細胞の自家蛍光現象及び大数の法則により、マイクロキャリア上に接着した細胞の細胞数を計測する方法を提供する。
【選択図】図5
【特許請求の範囲】
【請求項1】
マイクロキャリア上に接着した細胞を含む試料に対して、ラベルフリーで自家蛍光顕微鏡像を取得することを含む、細胞の自家蛍光現象及び大数の法則により、マイクロキャリア上に接着した細胞の細胞数を計測する方法。
【請求項2】
前記自家蛍光顕微鏡像より蛍光の時空間平均値を求めること、
前記時空間平均値より、線形関数により、細胞数に換算することを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記自家蛍光顕微鏡像において、
各時刻における画素値の空間平均値isは、
【数1】
(式1)
であり、
ただし、
iC~N(μCC)は単一細胞の単位体積当たりの蛍光強度の確率変数を表し、
iM~N(μMC)はマイクロキャリアの単位体積当たりの蛍光強度の確率変数を表し、
mはマイクロキャリア数を表し、
nは細胞数を表し、
vMはマイクロキャリアの体積を表し、
vCは細胞の体積を表し、
Lは検査領域の一片の長さを表し、
εはノイズを表し;
画素値の時空間平均値Iが、
【数2】
(式2)
であり、
ただし、
Kは計測時間を表し、
Δtは時間分解能を表し、
t0は初期時間を表し;
正規分布の再生性より、
【数3】
(式3)
であり、
ただし、関数F及びGは線形結合関数、σI 2は時空間平均値の分散、ρはマイクロキャリアに対する細胞の単位体積当たりの蛍光強度比を表す;
大数の弱法則より、任意のε>0に対して、
【数4】
であることを特徴とする、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
蛍光顕微鏡像を取得時、励起波長及び放射波長の選択によるフィルタリングにより、前記ρがρ≧10であることを特徴とする、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
前記自家蛍光顕微鏡像が、FITC用フィルタを用い、励起及びフィルタリング(励起波長:450-490 nm、放射波長:507-562 nm)により取得された蛍光画像であることを特徴とする、請求項1に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、マイクロキャリア上に接着した細胞のラベルフリー細胞数計測法に関する。
【背景技術】
【0002】
急激な人口増加や環境問題に起因した食糧危機は深刻な課題である。食糧危機に伴って、人間の生命活動に必要な魚や肉などタンパク質の供給が将来的に不足してしまう懸念が高まっている。タンパク質危機に対する解決策として、家畜から少量の細胞を採取し、生体外で細胞を大量に増殖させることで食用肉を人工的に生成する培養肉技術が注目を集めている。産業レベルの大量培養法として、細胞をマイクロキャリア上で三次元的に攪拌しながら培養する攪拌浮遊培養法が有力視されている(非特許文献1,2)。しかし、細胞増殖によるマイクロキャリア表面の細胞占有率の増加は細胞同士の接触阻害を引き起こし、過剰な接触阻害は増殖率の低下を招いてしまう(非特許文献3)。産業レベルの大量培養には,マイクロキャリア上の細胞数を経時的にモニタリングしながら、適切なタイミングで継代作業を実施することが重要である。
【0003】
マイクロキャリア上に接着した細胞の数を計測するgolden standard法として、トリプシン処理によって細胞をマイクロキャリアから剥離および回収し、血球計算盤を用いて細胞数を計測する技術が一般的に使われている(非特許文献4)。また、蛍光標識物質を用いて細胞核を染色し、蛍光シグナル計測装置によって細胞数を計測する技術も広く利用される(非特許文献5,6)。しかしながら、golden standard法は剥離処理プロセスを必要とする他、蛍光標識処理は細胞毒性を引き起こすため、これらの技術を使った経時的な細胞数計測は困難である。そこで近年、蛍光標識物質を用いずに細胞数を経時的に計測するラベルフリー技術として、電磁場の特性変化に基づく電気化学的方法(非特許文献7-9)や吸収スペクトルの変化に基づく分光法(非特許文献10,11)が開発された。また、マイクロキャリアの明視野顕微鏡像における形状解析に基づき細胞数を計測する技術もいくつか報告された(非特許文献12,13)。これらの技術では、電磁場や光などのプローブと細胞の物理的な相互作用によって生じるプローブ特性の変化から細胞数を計測する。プローブ特性は細胞だけでなく細胞周囲の培養液との相互作用によっても変化するが、培養液の光学特性は一般的に水と同等かつ時不変であると仮定される。しかしながら、培養液の光学特性は外部環境の変動によって大きく変化するだけでなく(非特許文献14)、溶媒の光学特性は撮像素子の画素値に影響を及ぼす(非特許文献15)。また、これらの技術は周波数応答アナライザや光スペクトラムアナライザ等の高価な計測装置を別途必要とする。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Bodiou, V. et al. Front. Nutr. 7, 10 (2020).
【非特許文献2】Dabiri, S. M. H. et al. Small 17, 2103192 (2021).
【非特許文献3】Ribatti, D. Exp. Cell Res. 359, 17-19 (2017).
【非特許文献4】Knittel, J. et al. STAR Protoc. 3, 101632 (2022).
【非特許文献5】Shah, D. et al. Cytotechnology 51, 39-44 (2006).
【非特許文献6】He, M. Y. C. et al. Biotechniques 63, 34-36 (2017).
【非特許文献7】Degouys, V. et al. Cytotechnology 13, 195-202 (1993).
【非特許文献8】Gong, L. et al. Small 17, 2007500 (2021).
【非特許文献9】Carvell, J. P., et al. Cytotechnology 50, 35-48 (2006).
【非特許文献10】Margis, R. et al. Anal. Biochem. 181, 209-211 (1989).
【非特許文献11】Aijaz, A. et al. Biotechniques 68, 35-40 (2019).
【非特許文献12】Odeleye, A. O. O. et al. Biotechnol. Bioeng. 114, 2032-2042 (2017).
【非特許文献13】Farrell, C. J. et al. Cytotechnology 68, 2469-2478 (2016).
【非特許文献14】Hoang, V. T. et al. Appl. Sci. 9, 1145 (2019).
【非特許文献15】Kohl, S. K.et al. J. Chem. Educ. 83, 644-646 (2006).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、細胞だけでなく培養液の光学特性を考慮した、攪拌浮遊培養系における安価かつロバストな経時的ラベルフリー細胞数計測技術の開発を目的とした。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、汎用な蛍光顕微鏡のレーザ照射によって生じる自家蛍光現象と統計学における大数の法則を組合せ、蛍光シグナルの時空間データからマイクロキャリア上の細胞数をラベルフリーで計測する。具体的には、空間的な自家蛍光シグナルを時間軸方向で複数回取得し、画像解析によってシグナルの時空間平均値を取得する。十分量の撮像数の確保に伴って大数の法則に基づき自家蛍光シグナルの時空間平均値は細胞数と線形に相関すると仮説をたて、時空間平均値から細胞数を線形回帰によって計測する。
【0007】
より具体的には、本発明は、マイクロキャリア上に接着した細胞を含む試料に対して、ラベルフリーで自家蛍光顕微鏡像を取得することを含む、細胞の自家蛍光現象及び大数の法則により、マイクロキャリア上に接着した細胞の細胞数を計測する方法を提供する。
【0008】
本発明の方法において、前記自家蛍光顕微鏡像より蛍光の時空間平均値を求めること、
前記時空間平均値より、線形関数により、細胞数に換算することを含むである場合がある。
【0009】
前記自家蛍光顕微鏡像において、
各時刻における画素値の空間平均値isは、
【数1】
(式1)
であり、
ただし、
iC~N(μCC)は単一細胞の単位体積当たりの蛍光強度の確率変数を表し、
iM~N(μMC)はマイクロキャリアの単位体積当たりの蛍光強度の確率変数を表し、
mはマイクロキャリア数を表し、
nは細胞数を表し、
vMはマイクロキャリアの体積を表し、
vCは細胞の体積を表し、
Lは検査領域の一片の長さを表し、
εはノイズを表し;
画素値の時空間平均値Iが、
【数2】
(式2)
であり、
ただし、
Kは撮像回数を表し、
Δtは時間分解能を表し、
t0は初期時間を表し;
正規分布の再生性より、
【数3】
(式3)
であり、
ただし、関数F及びGは線形結合関数、σI 2は時空間平均値の分散、ρはマイクロキャリアに対する細胞の単位体積当たりの蛍光強度比を表す;
大数の弱法則より、任意のε>0に対して、
【数4】
(式4)
である場合がある。
【0010】
本発明の方法において、蛍光顕微鏡像を取得時、励起波長及び放射波長の選択によるフィルタリングにより、前記ρがρ≧10である場合がある。
【0011】
本発明の方法において、前記自家蛍光顕微鏡像が、FITC(fluoresceinisothiocyanate)用フィルタを用い、励起及びフィルタリング(励起光波長:450-490 nm、放射波長:507-562 nm)により取得された蛍光画像である場合がある。
【発明の効果】
【0012】
本発明により、攪拌浮遊培養系における安価かつロバストな経時的ラベルフリー細胞数計測技術を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1図1は、本発明の方法の模式図を示す。図(a)は、マイクロキャリアに付着した細胞の位相差顕微鏡像を表す。図(b)は、本発明の方法の原理を表し、マイクロキャリア上の細胞に励起光が照射されると、細胞は自家蛍光を発し、マイクロキャリアはフォトルミネッセンスを発することを示している。図(c)は、本発明の方法において、最初に、蛍光顕微鏡画像の空間平均濃淡値が算出され、その後、画像の経時的なデータを取得し、空間平均濃淡値を用いて時間的に平均化することにより、時空間平均値が算出されることを示している。
図2】マイクロキャリア上の平均細胞数と時空間平均値の間の代表的な散布図を表す。ρは蛍光強度の比を示す。図中のドットは、モンテカルロ法によって生成されたサンプルを示す。サンプル数は1000とした。
図3】蛍光強度比ρに対する本発明の方法の性能に関する数値実験の結果を表す。図中のドットは、モンテカルロ法によって生成されたサンプルを示す。サンプル数は1000とした。(a)は決定係数、(b)はピアソン相関係数、(c)は平均絶対誤差、(d)は二乗平均平方根誤差に対する結果を示す。
図4】撮像回数に対する提案手法の性能に関する数値実験結果を表す。ρは蛍光強度の比を示す。サンプルは、モンテカルロ法によって生成された。サンプルサイズとサンプル数は、それぞれ100に設定された(平均±95%C.I.)。(a)は決定係数、(b)はピアソン相関係数、(c)は平均絶対誤差、(d)は二乗平均平方根誤差を示す。
図5】本発明の方法によって測定された細胞培養実験の代表的な結果を示す。 図5aは、DAPI(4',6-diamidino-2-phenylindole)用フィルタ、FITC用フィルタ又はTRITC(Tetramethylrhodamine)用フィルタを用いて撮像した代表的な蛍光顕微鏡像である。本来の画像はグレースケールだが、これらの画像はImageJ (NIH、1.52t、Java 1.8.0_172 64 ビット)を用いて着色された。 DAPI用フィルタでキャプチャされた画像の青色のものは、フォトルミネッセンスによる蛍光を発するマイクロキャリアを示す。 FITC用フィルタでキャプチャされた画像の緑色のものは、フォトルミネッセンスと自家蛍光による蛍光を発するマイクロキャリアと細胞を示す。 TRITC用フィルタでキャプチャされた画像の黄色のものは、フォトルミネッセンスによる蛍光を発するマイクロキャリアを示し、ノイズが優勢であった。 図5bは、本発明の方法とgolden standard法との間に有意な相関を示す散布図である。 ドットは各フィルタを用いた本発明の方法による測定値を示す。赤線は線形回帰直線を示す。決定係数は、DAPI用、FITC用及びTRITC用フィルタでそれぞれ0.459、0.724及び0.410であった。ピアソン相関係数は、各フィルタでそれぞれ、-0.677、0.851及び-0.640であった。 有意水準を0.01に設定して、無相関の統計検定を行った結果、p値は、各フィルタでそれぞれ、0.0155、0.000450及び0.0250であった。
図6図6は、本発明の方法の撮像回数に対する計測精度のreliability結果を示すグラフである。サンプルサイズは60に設定された(平均±95% C.I.)。DAPI用フィルタ(励起光:371~409 nm、放射光:430~520 nm)で測定した値、FITC用フィルタ(励起光:450~490 nm、放射光:507~562 nm)で測定した値、及びTRITC用フィルタ(励起光:525~575 nm、放射光:593~668 nm)で測定した値を示す。 FITC用フィルタにおける決定係数はその他のフィルタに比べて増加した(図6a)。 ピアソン相関係数の絶対値は、FITC用フィルタがその他のフィルタに比べて最も高かった(図6b)。 平均絶対誤差は、撮像回数に対して、FITC用フィルタ及びTRITC用フィルタにおいて単調に減少した一方、DAPI用フィルタでは定常状態であることが示された(図6c)。 二乗平均平方根誤差はいずれのフィルタにおいても撮像回数に対して単調に減少し、FITC用フィルタにおける二乗平均平方根誤差はその他のフィルタに対して減少した(図6d)。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明の実施形態は、マイクロキャリア上に接着した細胞を含む試料に対して、ラベルフリーで自家蛍光顕微鏡像を取得することを含む、細胞の自家蛍光現象及び大数の法則により、マイクロキャリア上に接着した細胞の細胞数を計測する方法である。
【0015】
そして、本発明の方法において、前記自家蛍光顕微鏡像より蛍光の時空間平均値を求めること、
前記時空間平均値より、線形関数により、細胞数に換算することを含む方法であることができる。
【0016】
本明細書において、「大数の法則」とは、一般的に知られる意味で用いられる。すなわち、ある独立的に起こる事象について、それが大量に観察されればある事象の発生する確率が一定値に近づくということを意味する定理を言う。より具体的には、共通の平均値mをもつ確率変数の列{Xk}において、(X1+・・・+Xn)/nがn→∞でmに収束するとき、大数の法則が成立するという。この収束が確率収束の場合を大数の弱法則という。
【0017】
以下に、本発明の方法を詳細に説明する。
【0018】
本発明では,ラベルフリーで細胞数を計測するための自然標識として,真核細胞に自然発生的に生じる自家蛍光現象に着目した。一般的に、自家蛍光現象は蛍光染色のS/N比を低下させる微弱なノイズと捉えられるため、自家蛍光を抑制する手法が数多く開発されてきた。一方で、本発明では、自家蛍光現象をノイズではなく細胞特異的なシグナルと捉える。自家蛍光現象は細胞が存在する位置において発生する現象であり、細胞数に比例して自家蛍光強度の総和は増加する。すなわち、細胞に特異的な自家蛍光シグナルから細胞数に関する情報を抽出できると仮説をたてた。しかしながら、マイクロキャリアの構成物質であるポリスチレンもフォトルミネセンスによって強い蛍光を発するため、細胞の自家蛍光シグナルは相対的に極めて微弱である。相対的に微弱なシグナルと確率的ノイズの分離は数理統計学上困難であり、スナップショットの二次元的な自家蛍光シグナルから細胞数を計測することは極めて困難である。そこで、筆者らは空間方向の信号だけでなく時間軸方向の信号に着目した。十分量の時空間信号データから蛍光シグナルの時空間平均値を抽出することで、大数の法則に則り時空間平均値が自家蛍光強度の平均値に漸近し、時空間平均値から細胞数を線形に計測できると仮説をたてた。すなわち、提案手法では汎用な蛍光顕微鏡のレーザ照射によって生じる自家蛍光現象と統計学における大数の法則を組合せ、蛍光シグナルの時空間データからマイクロキャリア上の細胞数をラベルフリーで計測する。具体的には、空間的な自家蛍光シグナルを時間軸方向で複数回取得し、画像解析によってシグナルの時空間平均値を取得する。十分量の撮像数の確保に伴って大数の法則に基づき自家蛍光シグナルの時空間平均値は細胞数と線形に相関すると仮説をたて、時空間平均値から細胞数を線形回帰によって計測する。
【0019】
<本発明の理論>
本発明の方法では、細胞の自家蛍光現象に起因する蛍光シグナルの時空間平均値からマイクロキャリア上の細胞数を計測する。二次元撮像素子を用いて蛍光シグナルを連続撮像することで時空間データを取得する。各時刻における画素値の空間平均値を時間平均することで、時空間平均値を算出する(図1)。
【0020】
攪拌浮遊培養系において観測される総蛍光シグナルは細胞およびマイクロキャリアの蛍光が加算されたシグナルとして計測される。励起波長λにおける細胞の単位体積当たりの蛍光強度をic~N(μCc 2)、マイクロキャリアの単位体積当たりの蛍光強度をiM~N(μMM 2)とし、それぞれの体積をvc、vmvした時、各時刻における画素値の空間平均値isは次式で表される。
【数5】

ここで,mとnはそれぞれ検査領域内の細胞およびマイクロキャリアの数、Lは検査領域の一辺の長さ、εはノイズを表す。時刻tにおける空間平均値を(is)tとした時、時空間平均値Iは次式で表される。
【数6】

ここで,Kは撮像回数、t0は初期時刻を表す。式(1)を式(2)に代入すると時空間平均値Iは次式で表される
【数7】

時空間平均値Iを確率変数と捉えると、式(3)および正規分布の再生性により、
【数8】

と表される。ここで、関数F、Gは線形結合関数,σI 2は時空間平均値の分散を表す。式(4)より,大数の弱法則に基づき任意のε>0に対して時空間平均値Iは、
【数9】

が成り立つ。式(5)は、計測された時空間平均値は撮像回数を増加させた時、大数の法則より平均値F(m)+ρ G(m,n)に漸近することを表している。すなわち、マイクロキャリアに対する細胞の単位体積当たりの蛍光強度比ρが増加する励起波長λρ(ρ>>1)において、時空間平均値Iは細胞数nに相関する。以上、時間軸方向の連続撮像回数の確保によって漸近した時空間平均値Iを用いることで,マイクロキャリア上の細胞数を計測できる。
【0021】
一般的に、細胞の自家蛍光は励起光波長として270~665 nm、放射光波長として300~726 nmの蛍光フィルタを用いて観察される。そのため、本発明の方法においては、励起光として270~665 nmの範囲内の波長、放射光の波長として300~726 nmの範囲内の波長を通過させるフィルタを用いることが好ましい。より詳しくは、励起光:371~409 nm、放射光:430~520 nmを通過させるフィルタ(本明細書では「DAPI用フィルタ」という)、励起光:425~443 nm、放射光:459~499 nmを通過させるフィルタ、励起光:450~490 nm、放射光:507~562 nmを通過させるフィルタ(本明細書では「FITC用フィルタ」という)、励起光:489~505 nm、放射光:524~546 nmを通過させるフィルタ、励起光:525~575 nm、放射光:593~668 nmを通過させるフィルタ(本明細書では「TRITC用フィルタ」という)、励起光:542~582 nm、放射光:604~678 nmを通過させるフィルタ等を用いることができる。
【0022】
細胞培養の足場となるマイクロキャリアは、ポリスチレン、ガラス、アクリルアミド、又はDEAE-デキストラン等の物質で構成されるが、本発明の方法において用いられるフィルタとしては、マイクロキャリア上に接着した細胞の蛍光顕微鏡像を取得した時に、マイクロキャリアに対する細胞の単位体積当たりの蛍光強度比ρがより大きくなるフィルタが好ましい。フィルタの選択は、マイクロキャリアを構成する物質に応じて適宜行うことができるが、例えば、マイクロキャリアとしてポリスチレンで構成されるものを採用する場合には、フィルタとして上記のDAPI用フィルタ、FITC用フィルタ、TRITC用フィルタ等を用いることができ、より好ましくはFITC用フィルタを用いることができる。
【実施例0023】
以下に実施例及び比較例を挙げて本発明をさらに具体的に説明するが、本発明の趣旨を逸脱しない限り適宜変更することができる。従って、本発明の範囲は以下に示す具体例により限定的に解釈されない。
【0024】
1.蛍光強度比の高い励起波長領域において、十分なショット数で本発明の方法が有効となることを示す数値実験
本発明の方法の有効性を数値的に評価するために、蛍光強度比および撮像回数に対する提案手法のvalidityをモンテカルロ法によって評価した。
【0025】
図2に蛍光強度比ρに対する代表的な散布図を、図3に蛍光強度比ρに対する計測精度の変化を示す。図2に示すように、蛍光強度比が増加すると時空間平均値に対する細胞数の線形結合性が増加し、時空間平均値から細胞数を線形に計測可能であることが定性的に示された。図3に示すように、蛍光強度比に対して決定係数および相関係数は単調に増加し(図3aおよび図3b)、平均絶対誤差および二乗平均平方根誤差は単調に減少することが示された(図3cおよび図3d)。これらの結果は、蛍光強度比の高い励起波長領域において本発明の方法のvalidityが担保されることを示す。
【0026】
図4に撮像回数Kにおける計測精度の変化を示す。決定係数および相関係数は撮像回数に依らずほとんど一定であり、蛍光強度比が支配的であることが示された(図4aおよび図4b)。平均絶対誤差および二乗平均平方根誤差は、いずれの蛍光強度比においても撮像回数の増加に伴って単調に減少することが示された(図4cおよび図4d)。これらの結果は、撮像回数の増加に伴って本発明の方法のvalidityが向上することを示す。
【0027】
以上、蛍光強度比の高い励起波長領域において撮像回数を十分に確保することで有効性の高い提案手法を実現可能であることが示された。
【0028】
また、図1図4の結果より、好ましいρの値としてρ≧5が、より好ましくはρ≧10が、最も好ましくはρ≧50が挙げられる。
【0029】
2.各種フィルタの波長領域でのマイクロキャリアに付着した細胞の数の計測
静置浮遊培養
ポリスチレン製の球状マイクロキャリアSynthemax II(Corning, 3781)30 mgと、Easy iMatrix-511 silk((株)マトリクソーム)1 mLとの混合溶液を12ウェルプレート(CellSeed, HydroCell)の各ウェルに滴下し、37℃、5%CO2で1時間インキュベーションし、Synthemax IIの表面にlaminin-511の活性部位をコーティングし、担体として用いた。
細胞培養液は10%FBS及び1%抗生物質-抗真菌剤溶液含有DMEMを用いた。
ウシから採取され、2回継代されたウシ筋芽細胞を用いて、最大初期細胞密度が5.00×105細胞/mLの細胞培養液を調製した。この5.00×105細胞/mLの細胞培養液を、1、2、4、6、8、10、12、14、16、18、20及び22倍の希釈率となるよう細胞懸濁液を調製した。それぞれの細胞懸濁液1mLを、事前に調製したSynthemax II coated with laminin- 511とともに、37℃、5%CO2で2日静置浮遊培養を行った。
【0030】
蛍光シグナルの計測
蛍光シグナルの計測では、CMOSカメラ(Nikon, DS-Qi2)を搭載した蛍光顕微鏡(Nikon, TC-S-SR)を用いて蛍光顕微鏡像を撮像した。撮像時の露光時間は5 ms、アナログゲインは1xとした。蛍光フィルタは、DAPI用フィルタ(excitation: 371-409 nm, emission: 430-520 nm)、FITC用フィルタ(excitation: 450-490 nm, emission: 507-562 nm)及びTRITC用フィルタ(excitation: 525-575 nm, emission: 593-668 nm)を用いた。
【0031】
攪拌浮遊培養2日目のウシ筋芽細胞を、マイクロキャリアに接着した生細胞の状態で、時間軸方向の撮像を模擬して蛍光顕微鏡像をそれぞれの蛍光フィルタで61回撮像し、ランダムサンプリングされた60枚の蛍光顕微鏡像を計測対象とした。蛍光顕微鏡像は画像計測ソフトウェア(Nikon, NIS-Elements BR version 5.30.03)を用いて14 bitのグレースケール画像として保存し、Pythonを用いた画像解析によって蛍光シグナルの時空間平均値を計測した。画像解析においては、画像に対する画素値の算術平均を空間平均値、複数画像の空間平均値に対する算術平均を時空間平均値とした。
【0032】
細胞の自家蛍光シグナルの時空間平均値からマイクロキャリア上の細胞数を計測する方法
二次元撮像素子を用いて蛍光シグナルを連続撮像することで時空間データを取得し、各時刻における画素値の空間平均値isを時間平均することで、時空間平均値Iを算出した。
攪拌浮遊培養系において計測される総蛍光シグナルは、細胞及びマイクロキャリアの蛍光が加算されたシグナルとして計測され(図1b)、下記のように、マイクロキャリア上の細胞数を算出した。
【0033】
Validity評価では、golden standard法である血球計算盤を用いて計測した細胞数を比較例とした。この比較例では、トリプシン処理及び遠心分離によってウシ筋芽細胞を回収し、血球計算盤を用いて細胞数を計測した。本発明の計測精度を比較例の計測値に対する決定係数、相関係数、平均絶対誤差及び二乗平均平方根誤差を用いて定量的に評価した。有意水準1%の無相関検定によって相関の有意性を統計的に評価した。
【0034】
Reliability評価
Reliability評価では、撮像回数に対する精度を蛍光顕微鏡像のランダムサンプリングによって評価した。計測精度の評価には、validity評価と同様の評価指標を用いて評価した。
【0035】
結果
Validity評価
図5aは、DAPI用フィルタ、FITC用フィルタ又はTRITC用フィルタを用いて撮像した代表的な蛍光顕微鏡像である。
DAPIフィルタではマイクロキャリアのみが強く蛍光した一方で、FITC用フィルタではマイクロキャリア上の細胞の自家蛍光を確認できた(図5a)。TRITC用フィルタではマイクロキャリア及び細胞のいずれにおいても弱い蛍光が確認できた(図5a)。
FITC用フィルタを用いた本発明の方法の決定係数は0.724,平均絶対誤差は1.66×104細胞、二乗平均平方根誤差は2.40×104細胞であり、FITC用フィルタでは、本発明の方法とgolden standard法との間に有意な相関が認められた(図5b)。しかし、DAPIフィルタ及びTRITC用フィルタでは、本発明の方法とgolden standard法との間に有意な相関が認められなかった。
ここで、Golden standard法における血球計算盤の一般的な計測精度が104細胞オーダであるので、本発明の方法のvalidityが示された。
【0036】
また、図5bのFITC用フィルタでの回帰直線の数式は、本手法により計測した時空間平均値をx,golden standard法により計測した細胞数をyとした時、
y = 5.65×104 x - 2.27×107
と表される。この数式を用いることにより、マイクロキャリアに付着した細胞数が未知である試料に対して、時空間平均値を測定し、xに代入することにより、マイクロキャリアに付着した細胞数を求めることができる。
本結果は、マイクロキャリアに付着した細胞の細胞数の計測にFITC用フィルタが有用であることを示すものである。
【0037】
Reliability評価
図6は、本発明の方法の撮像回数に対する計測精度のreliability結果を示すグラフである。
DAPI用フィルタ及びTRITC用フィルタの決定係数は撮像回数K < 20の範囲において撮像回数に対して単調に増加し、撮像回数K > 20の範囲において撮像回数に依存せず定常状態に遷移することが示された一方、FITC用フィルタにおける決定係数はその他のフィルタに比べて増加した(図6a)。
FITC用フィルタにおける相関係数は、決定係数と同様に、撮像回数K < 20の範囲で撮像回数に対して単調に増加し、撮像回数K > 20の範囲で撮像回数に依存せず定常状態に遷移することが示された一方で、DAPI用フィルタ及びTRITC用フィルタにおいては、撮像回数に対して単調に減少した後に、定常状態に遷移した。相関係数の絶対値は、FITC用フィルタがその他のフィルタに比べて最も高かった(図6b)。
平均絶対誤差は、撮像回数に対して、FITC用フィルタ及びTRITC用フィルタにおいて単調に減少した一方、DAPI用フィルタでは定常状態であることが示された(図6c)。
また、FITC用フィルタにおける平均絶対誤差はその他のフィルタに対して減少した。二乗平均平方根誤差はいずれのフィルタにおいても撮像回数に対して単調に減少し、FITC用フィルタにおける二乗平均平方根誤差はその他のフィルタに対して減少した(図6d)。
いずれの評価指標においても 95%信頼区間は狭く、ロバスト性に優れることが示された。
したがって、本発明の方法のreliabilityが示された。
【0038】
以上の結果から、本発明の細胞数の計測方法は、細胞剥離や、特殊な計測装置等を必要としないことから、人件費、試薬費、設備費等のコストを削減することができる。また、本発明の細胞数の計測方法は、経時的な計測を可能にするとともに、細胞計測時に蛍光標記や、試料採取を必要としないため、安全かつ衛生的で、ロバスト性に優れる。
【産業上の利用可能性】
【0039】
本発明の方法は、培養肉の製造において、培養の程度のモニター等に利用できる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6