(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024110569
(43)【公開日】2024-08-16
(54)【発明の名称】子宮間葉性腫瘍に対する予後予測法の開発
(51)【国際特許分類】
G01N 33/68 20060101AFI20240808BHJP
G01N 33/574 20060101ALI20240808BHJP
【FI】
G01N33/68
G01N33/574 A
【審査請求】有
【請求項の数】16
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023015220
(22)【出願日】2023-02-03
(11)【特許番号】
(45)【特許公報発行日】2024-08-01
(71)【出願人】
【識別番号】504136993
【氏名又は名称】独立行政法人国立病院機構
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】林 琢磨
(72)【発明者】
【氏名】天野 泰彰
(72)【発明者】
【氏名】安彦 郁
(72)【発明者】
【氏名】小西 郁生
(72)【発明者】
【氏名】佐野 健司
【テーマコード(参考)】
2G045
【Fターム(参考)】
2G045AA26
2G045CB02
2G045DA36
2G045FB03
(57)【要約】
【課題】子宮間葉性腫瘍の患者の生命予後の予測を精度よく行う。
【解決手段】子宮間葉性腫瘍に罹患した対象から採取した子宮平滑筋組織検体について、サイクリンE及びKi-67を検出して、その結果で子宮間葉性腫瘍の生命予後の予測を補助する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
術前で、子宮間葉性腫瘍に罹患した対象から採取した子宮平滑筋組織のバイオプシー生検又は細胞について、サイクリンE及びKi-67の発現を検出する工程を含む、子宮間葉性腫瘍の生命予後の予測を補助する方法。
【請求項2】
前記子宮間葉性腫瘍が、子宮平滑筋肉腫以外の子宮間葉性腫瘍である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記検出が、免疫組織化学染色による検出である、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
サイクリンEに特異的に結合する抗体及びKi-67に特異的に結合する抗体を使用する、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
前記生検が、CTガイド下で採取されたバイオプシー生検である、請求項1に記載の方法。
【請求項6】
サイクリンEに特異的に結合するモノクローナル抗体及びKi-67に特異的に結合するモノクローナル抗体を少なくとも含む、子宮間葉性腫瘍の生命予後を予測するためのキット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、免疫組織化学バイオマーカーによる子宮間葉性腫瘍の予後予測法に関する。
【背景技術】
【0002】
子宮の平滑筋層で発症する腫瘍は間葉性腫瘍であり、良性の子宮間葉性腫瘍が子宮平滑筋腫であり、悪性の子宮間葉性腫瘍が子宮平滑筋肉腫である。これまでの臨床研究の結果、子宮平滑筋肉腫は、再発・転移を繰り返し、子宮平滑筋肉腫の5年生存率は、20%未満とされている難治性悪性腫瘍である。子宮平滑筋腫は、30歳以上の女性の20~30%、顕微鏡的なものを含めると約70%に認められるといわれる罹患率の高い良性腫瘍である。一方で、子宮平滑筋肉腫は発症頻度が低く、子宮体部の悪性腫瘍の約1~2%である。子宮平滑筋肉腫は、子宮頸部よりの平滑筋層よりも、子宮体部の筋肉層で多く発生する。多くの症例で、子宮平滑筋肉腫は、子宮平滑筋腫と併発しており、子宮平滑筋肉腫と子宮平滑筋腫は混在している。子宮間葉性腫瘍は、多彩な細胞形態を有するため、子宮平滑筋腫と子宮平滑筋肉腫とを鑑別することが非常に難しい症例が少なくない。多くの症例では、外科病理診断は、子宮摘出又は腫瘍核出術により採取された組織に対する検鏡下において、行われる。子宮平滑筋肉腫の症例の多くでは、細胞異型性と核異型性が強く増殖能が高い。その腫瘍学的性質ため、中には腫瘍が巨大化する例もみられる。しかし、一方で、検鏡下ではほとんど細胞異型性や核異型性が認められない子宮平滑筋肉腫の場合もあり、細胞異型性や核異型性の有無は、決定的な鑑別基準とまではいえなかった。
【0003】
子宮平滑筋腫と子宮平滑筋肉腫との鑑別診断は、凝固壊死があるかどうか、及び細胞分裂像が増加しているかどうかが1つの判断基準とされている。さらに、これまでの子宮間葉性腫瘍に対する病理診断での基準として、細胞密度が高い場合には10倍高視野で10個以上、腫瘍細胞に異型性が認められる場合には10倍高視野で5個以上の細胞分裂がある場合に、子宮平滑筋肉腫と診断される症例が多い。つまり、実臨床では、検鏡下で、腫瘍細胞の細胞異型度、細胞密度、細胞分裂の数、細胞形態の有無についての組織学的所見が確認され、肉眼で、腫瘍内の壊死、出血の有無についての検体の所見が確認される。組織学的所見と検体の所見を併せて、病理学的診断が行われる。しかしながら、組織学的所見の確認は、診断病理医の主観によることが多く、客観性に欠けている。そのため、実臨床において、子宮間葉性腫瘍に対する客観的な指標を用いた病理学的診断法の確立が求められている。
【0004】
子宮間葉性腫瘍に対する病理学的診断において、悪性とも良性とも判断ができない子宮間葉性腫瘍、つまり、悪性度不明な平滑筋腫瘍(Smooth muscle tumors of uncertain malignant potential: STUMP)と診断される症例が存在する。STUMPの症例において、予後不良(手術後5年以内に)となる症例が散見される。
【0005】
非特許文献1には、インターフェロンγ誘導型の蛋白質分解酵素複合体であるイムノプロテアーゼの構成因子であるLMP2(large multifunctional protease 2)を欠損したマウスのメスにおいて、生後6ヶ月以降に子宮平滑筋肉腫(uterine leiomyosarcoma)の自然発症が認められ、生後12ヶ月までの発症率が全LMP2欠損マウスのメスの約35%にまで及ぶことが報告されている。LMP2の生理学的機能は、基質または組織特異的であり、cytotoxic T cells (CTLs)によるMajor Histocompatibility Complex (MHC)クラスIが仲介する抗腫瘍免疫活性に重要な生物学的役割を持っている(非特許文献2参照)。特許文献1には、子宮平滑筋組織のLMP2の転写又は発現の程度を指標に、子宮平滑筋肉腫の存在を評価する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Hayashi T. et al., Cancer Res., 62, 22-27 (2002)
【非特許文献2】Van Kaer L. et al., Immunity, 1, 533-541 (1994)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上記の通り、子宮平滑筋肉腫を評価する基準は知られているが、実臨床では、子宮間葉性腫瘍は、多彩な細胞形態を有するため、上記の基準では判断出来ない腫瘍の症例は少なくない。つまり、従来の評価基準によってSTUMPと診断された症例では、生命予後が予測出来ないため、外科的治療後のフォローアップに苦慮する症例が認められる。したがって、従来の評価基準は、必ずしも患者の予後予測に寄与するものではなかった。
【0009】
本発明は、子宮間葉性腫瘍の患者に対して予後予測を行うにあたり、これまでの子宮間葉性腫瘍に対する病理診断の精度を高めることが可能な生命予後の予測法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、以下を提供する。
[1]術前で、子宮間葉性腫瘍に罹患した対象から採取した子宮平滑筋組織のバイオプシー生検又は細胞について、サイクリンE及びKi-67の発現を検出する工程を含む、子宮間葉性腫瘍の生命予後の予測を行う方法。
[2]前記子宮間葉性腫瘍が、子宮平滑筋肉腫以外の子宮間葉性腫瘍である、[1]に記載の方法。
[3]前記検出が、免疫組織化学染色法による検出である、[1]又は[2]に記載の方法。
[4]サイクリンEに特異的に結合するモノクローナル抗体及びKi-67に特異的に結合するモノクローナル抗体を使用する、[1]~[3]のいずれかに記載の方法。
[5]前記生検が、Computed Tomography(コンピュータ断層撮影)(CT)ガイド下で採取されたバイオプシー生検である、[1]に記載の方法。
[6]サイクリンEに特異的に結合するモノクローナル抗体及びKi-67に特異的に結合するモノクローナル抗体を少なくとも含む、子宮間葉性腫瘍の生命予後を予測するためのキット。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、子宮間葉性腫瘍を罹患した患者の予後予測を行うにあたり、これまでの子宮間葉性腫瘍に対する病理診断の基準の精度を高めることが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】悪性の子宮間葉性腫瘍の発症が疑われた患者より、外科的治療により摘出された組織を用いて行われた病理診断の結果、子宮平滑筋肉腫(LMS)及びSTUMPと診断された患者を選択した。外科的治療で摘出された腫瘍組織に対して抗サイクリンEモノクローナル抗体を用いて免疫組織化学染色法(IHC)により染色を行った。
図1は、染色結果を撮像した写真である。
図1Aは、LMS患者で術後5年以内に死亡した症例(LMS D)、
図1Bは、LMS患者で術後5年以上生存している症例(LMS L)、
図1Cは、STUMP患者で術後5年以内に死亡した症例(STUMP D)、
図1Dは、STUMP患者で術後5年以上生存している症例(STUMP L)のIHC染色結果の写真である。
【
図2】悪性の子宮間葉性腫瘍の発症が疑われた患者より、外科的治療により摘出された組織を用いて行われた病理診断の結果、子宮平滑筋肉腫(LMS)及びSTUMPと診断された患者を選択した。外科的治療で摘出された腫瘍組織に対して抗Ki-67モノクローナル抗体を用いてIHCにより染色を行った。染色結果を撮像した写真である。
図2Aは、LMS患者で術後5年以内に死亡した症例(LMS D)、
図2Bは、LMS患者で術後5年以上生存している症例(LMS L)、
図2Cは、STUMP患者で術後5年以内に死亡した症例(STUMP D)、
図2Dは、STUMP患者で術後5年以上生存している症例(STUMP L)のIHC染色結果を撮像した写真である。
【
図3】子宮平滑筋肉腫(LMS)患者の予後不良(D)群(術後5年以内に死亡した症例)、予後良好(L)群(術後5年以上生存している症例)、及びSTUMP患者の予後不良(D)群(術後5年以内に死亡した症例)、予後良好(L)群(術後5年以上生存している症例)で、抗サイクリンEモノクローナル抗体及び抗Ki-67モノクローナル抗体を用いたIHC染色法を行った。染色結果より、サイクリンEまたはKi-67の発現レベルを染色強度として数値化して、各症例でのサイクリンEまたはKi-67の発現レベルの分布を示す散布図である。
図3Aは、LMSのD群及びL群におけるサイクリンE(CCNE)、Ki-67の染色強度の分布を示す。
図3Bは、STUMPのD群及びL群における抗サイクリンEモノクローナル抗体、抗Ki-67モノクローナル抗体による染色強度の分布を示す。
【
図4】子宮平滑筋肉腫患者を、サイクリンE及びKi-67の発現が低かった群(a群)と高かった群(b群)に分け、各群の生存率の推移を示した生存曲線である。図中、「*」は、カプラン-マイヤー法でp<0.01であったことを示す。
【
図5】実施例2の症例1の子宮体部内の原発腫瘍及び肺臓器への転移腫瘍の組織染色写真を示す。上段が原発腫瘍、下段が肺臓器への転移腫瘍の写真である。また、左がHE染色、中央が抗サイクリンEモノクローナル抗体による染色、右が抗Ki-67モノクローナル抗体による染色した結果を撮影した写真である。各写真の下段は上段の破線枠内の拡大図を示す。
【
図6】実施例2の症例2の子宮体部内の原発腫瘍及び肺臓器への転移腫瘍の組織染色写真を示す。上段が原発腫瘍、下段が肺臓器への転移腫瘍の写真である。また、左がHE染色、中央が抗サイクリンE(CCNE)抗体染色、右が抗Ki-67抗体染色した各標本の写真である。各写真の下段は上段の破線枠内の拡大図を示す。
【
図7】LMS患者及びSTUMP患者より術前でのバイオプシー生検、並びに外科的治療法により摘出した腫瘍組織について、一次抗体として抗サイクリンE(CCNE)モノクローナル抗体を用いてIHC染色した結果を撮像した写真である。
【
図8】LMS患者及びSTUMP患者より術前でのバイオプシー生検、並びに外科的治療法により摘出した腫瘍組織について、一次抗体として抗Ki-67モノクローナル抗体(クローンMIB-1)を用いてIHC染色した結果を撮像した写真である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
1.子宮間葉性腫瘍の診断を補助する方法
本発明の第1の実施形態は、子宮間葉性腫瘍の生命予後を予測する方法で、これまでの病理診断法を補助する方法であって、術前で、画像診断等で悪性が疑われる子宮間葉性腫瘍に罹患した対象からCTガイド下で採取した子宮平滑筋組織のバイオプシー生検について、サイクリンE及びKi-67の発現を検出する工程を含むことを特徴とする。本実施形態の方法は、上記特徴を有することで、対象の生命予後を予測することが可能となり、これまでの病理診断法を補助し、これにより、対象への治療強度の決定を補助することが可能である。例えば、予後が良好である子宮間葉性腫瘍と判断される場合は、患者に対する外来での定期診察の継続を行い、予後が不良である子宮間葉性腫瘍と判断される場合は、患者の生存を最優先とする治療を選択することができる。
【0014】
教科書的には、子宮肉腫は、癌肉腫、子宮平滑筋肉腫、子宮内膜間質肉腫、腺癌肉腫、脂肪性平滑筋肉腫に分類される。しかし、2020年のWHO分類では、癌肉腫、子宮内膜間質肉腫、腺癌肉腫、は、癌に分類された。本明細書において、子宮間葉性腫瘍とは、子宮の平滑筋組織から発症する子宮平滑筋腫、子宮平滑筋肉腫(LMS)、脂肪性平滑筋肉腫、脂肪性子宮平滑筋腫、静脈内平滑筋腫症、良性転移性平滑筋腫、核異型を伴う子宮平滑筋腫(子宮平滑筋腫 with Bizarre Nuclei)、STUMPなどを示す。子宮体部で発症が認められる横紋筋肉腫は、子宮内膜組織の細胞が分化し、肉腫成分が発現している悪性腫瘍であり、子宮平滑筋細胞をオリジンとする子宮間葉性腫瘍とは異なっている。子宮間葉性腫瘍の細胞・核形態は非常に多彩であるため、子宮平滑筋肉腫(LMS)は、高頻度にみられる良性腫瘍である子宮平滑筋腫との鑑別がしばしば困難となる疾患であり、子宮平滑筋肉腫を含む子宮間葉性腫瘍に対するより適切な診断法が求められている。LMSは、基本的には生命予後が不良な疾患として知られるが、同じLMSの症例であっても、比較的予後が良好な症例も存在する。一方、子宮間葉性腫瘍には、良性/悪性の判断がつかない、悪性度不明の平滑筋腫瘍(STUMP)が存在する。従来の外科的病理組織診断では、多くの症例において、STUMPは、LMSほどの悪性度が認められない腫瘍であるが、中にはLMSと同様に生命予後が不良な症例も存在する。また、本発明者らは、希少例ではあるが、良性の子宮平滑筋腫と診断された症例において、手術後5年以内に肺転移を発症した症例を経験している。本発明者らは、子宮間葉性腫瘍、特にLMSだけでなく、STUMP等のLMS以外の子宮間葉性腫瘍について、その生命予後が、従来の悪性度診断よりも組織の2つのマーカーの発現量に相関することを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0015】
本実施形態の方法において、予後予測の対象となる子宮間葉性腫瘍は、LMS以外の子宮間葉性腫瘍であってもよい。実臨床においては、特に、STUMPを対象とすることが好ましい。本実施形態の方法は、LMSに限らず、従来の診断では悪性と診断されない子宮間葉性腫瘍についても、精度の高い予後予測を可能とする。
【0016】
本明細書において、「予後予測」とは、生命予後、特に5年生存の可能性予測、又は、再発・転移、特に5年以内の再発・転移の可能性予測を指す。
【0017】
本明細書において、「対象」とは、子宮間葉性腫瘍に罹患したヒトを指す。本明細書において、「対象」を「患者」とも称する。
【0018】
本明細書において、「組織検体」は、対象から取り出した組織検体を指し、より具体的には、開腹を伴う外科的治療法(手術)で摘出された子宮平滑筋腫瘍組織検体、内視鏡で切除された子宮平滑筋腫瘍組織検体及び生検を指す。また、生検は、具体的には、経腟的針生検で採取された子宮平滑筋腫瘍組織検体である。経腟的針生検は、一般的には、超音波ガイド下で取得されるが、より確実に腫瘍組織検体を取得するため、CTガイド下で採取されることが好ましい。
【0019】
本発明の方法によれば、術前のバイオプシー生検を用いてサイクリンE及びKi-67の発現を検出した場合でも、外科的治療法による摘出組織を用いてサイクリンE及びKi-67の発現を検出した場合と同様の結果を得ることができる。従って、術前のバイオプシー生検を用いた場合でも、子宮間葉性腫瘍が悪性か良性かを判断することができ、生命予後を予測することができる。本発明の方法により、これまでの子宮間葉性腫瘍に対する病理診断の基準を補助することができる。
【0020】
組織切片の調製手法としては、パラフィン包埋法を用いることができる。具体的には、バイオプシー生検または摘出組織を10%中性緩衝ホルマリンで固定し、パラフィン中に包埋し、これをミクロトーム等の薄切装置で1~5μm程度の厚さに切り出す手法で、外科病理診断用の未染薄切スライドを得ることができる。標的因子(サイクリンE及びKi-67)を選択的に結合するモノクローナル抗体を用いた免疫組織化学染色あるいはHE染色後の標本を顕微鏡で観察を行うためには、外科的治療法による摘出組織またはバイオプシー生検は、組織切片の形状であることが好ましい。
【0021】
本明細書において「抗体」は、モノクローナル抗体であり得、抗体のイムノグロブリンクラスは、IgGであり、いずれのサブクラス(IgG1、IgG2、IgG3、又はIgG4)であってもよい。本明細書における「抗体」の用語は、必ずしもインタクトな抗体である必要はなく、抗原結合性断片も包含するものとする。抗原結合性断片としては、例えば、F(ab’)2、Fab’、Fab、Fab3、一本鎖Fv(以下、「scFv」という)、(タンデム)バイスペシフィック一本鎖Fv(sc(Fv)2)、一本鎖トリプルボディ、ナノボディ、ダイバレントVHH、ペンタバレントVHH、ミニボディ、(二本鎖)ダイアボディ、タンデムダイアボディ、バイスペシフィックトリボディ、バイスペシフィックバイボディ、デュアルアフィニティリターゲティング分子(DART)、トリアボディ(又はトリボディ)、テトラボディ(又は[sc(Fv)2]2)、若しくは(scFv-SA)4)ジスルフィド結合Fv(以下、「dsFv」という)、コンパクトIgG、重鎖抗体、又はそれらの重合体を挙げることができる。
【0022】
本実施形態の方法は、対象から外科的治療法による摘出組織またはバイオプシー生検について、2つのマーカー、サイクリンE及びKi-67の発現を検出する工程を含む。サイクリンは、サイクリン依存性キナーゼの活性を調節する、細胞周期で重要な役割を果たすタンパク質であり、サイクリンEは、哺乳類細胞の細胞増殖周期のG1期において作用するG1サイクリンの一つである。サイクリンEは、子宮平滑筋肉腫組織において、正常組織と比較して著しく上昇するが、子宮平滑筋腫組織においては著しく上昇しないことが知られる。
【0023】
本明細書において、サイクリンEは、配列番号1に示すアミノ酸配列、又は配列番号1(UniProt Accession No. P24864-1)に示すアミノ酸配列と70%以上、75%以上、80%以上、85%以上、90%以上、91%以上、92%以上、93%以上、94%以上、95%以上、96%以上、97%以上、98%以上若しくは99%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を含むタンパク質を指すものとする。本明細書において、「配列同一性」とは、BLAST(https://blast.ncbi.nlm.nih.gov/Blast.cgi)等のタンパク質検索システムを用いて、ギャップを導入して、又はギャップを導入しないで、決定することができる値をいう。
【0024】
Ki-67は核小体にも分布しリボゾームRNA合成に関与するとされる。本明細書において、Ki-67は、配列番号2に示すアミノ酸配列、又は配列番号2(NCBI Reference Sequence NP_002408.3)に示すアミノ酸配列と70%以上、75%以上、80%以上、85%以上、90%以上、91%以上、92%以上、93%以上、94%以上、95%以上、96%以上、97%以上、98%以上若しくは99%以上の配列相同性を有するアミノ酸配列を含むタンパク質を指すものとする。配列番号1及び2のアミノ酸配列を表1に示す。
【0025】
【0026】
本実施形態の方法において、サイクリンEの発現の検出は、サイクリンEタンパク質を免疫組織化学(IHC)染色法により直接検出してもよく、また、サイクリンEをコードするmRNAをmRNA in situハイブリダイゼーション法にて検出してもよい。同様に、Ki-67の発現の検出は、Ki-67タンパク質を直接検出してもよく、また、Ki-67をコードするmRNAをmRNA in situハイブリダイゼーション法にて検出してもよい。検体として組織切片を使用する場合、タンパク質の検出は免疫組織化学(IHC)染色、mRNAの検出はin situハイブリダイゼーションで実施することができる。in situハイブリダイゼーションは、例えば分子生物学実験プロトコールIII 丸善株式会社 平成9年8月30日の記載に従って行うことができる。この際、サイクリンEおよび/またはKi-67をコードするmRNAを特異的に測定するために、サイクリンEおよび/またはKi-67をコードするmRNAの部分配列に相補的な部分配列からなるプローブまたはプライマーを用いればよい。検体が腹水や胸水から採取された細胞の場合は、例えば、免疫細胞化学染色の手法を用いることができる。すなわち、腹水又は胸水を採取し、その体液内に存在する細胞を集め、メタノール等により固定し固定標本を作製し、該固定標本を免疫細胞化学染色により染色すればよい。本実施形態の方法において、検出は、IHC染色で行われることが好ましい。
【0027】
IHC染色を行う場合、一次抗体としては、サイクリンEに特異的に結合する抗体、又はKi-67に特異的に結合する抗体を使用することができる。IHC染色には、パラフィン包埋法等で調製された未染薄切スライドを使用することができる。パラフィン組織切片を使用する場合のIHCの手法は、特に限定されないが、例えば以下の手法をとることができる。測定時にキシレン処理、エタノール処理等によりパラフィンを除去し、生理食塩水又は緩衝液に浸して親水化する。染色は、無標識抗サイクリンEモノクローナル抗体若しくは抗Ki-67モノクローナル抗体を結合させた後に、該抗体(例えばマウスIgG)を抗原とする3,3'Diaminobenzidine (DAB)酵素又は蛍光物質で標識された抗体を二次抗体として結合させる。標識に用いる酵素として、IHC染色の手法は、当業者にとって公知であり、当業者は、公知の手法から、適したものを適宜選択することができる。
【0028】
IHC染色による結果は、顕微鏡下で判断することもできる。しかし、IHC染色による結果を客観的な数値で示すことが重要である。既存の画像解析装置及び画像解析ソフトを用いて標的因子(サイクリンEとKi-67)の発現量を数値化する。例えば、数値化するソフトを使用して、1倍高視野(HPF)当たりの特定の波長のDABの染色強度を測定することが必要である。このような画像解析装置及び画像解析ソフトとして、例えば、デジタル顕微鏡BZ-X800(キーエンス社(大阪))及びMantra 2(Akoya Bioscience社)のOpal解析ソフトを使用することができる。後ろ向き臨床研究で、生命予後が明らかにされている摘出組織あるいはバイオプシー生検について、同様のIHC染色及び染色の数値を行い、Receiver-operating characteristic(ROC)曲線等を作成して染色強度のカットオフ値を設定することができる。
【0029】
子宮間葉性腫瘍の生命予後の予測判定には、IHC染色の結果より、以下を補助情報として参照することができる。
サイクリンE及びKi-67がカットオフ超:予後不良
サイクリンE又はKi-67がカットオフ以下:予後良好
【0030】
図1A及び
図1Cは、それぞれ子宮平滑筋肉腫(LMS)及び悪性度不明な平滑筋腫瘍(STUMP)で5年以内に死亡した症例、すなわち生命予後が不良であった症例由来の摘出組織を、抗サイクリンEモノクローナル抗体を用いてIHC染色を行った結果を示す写真である。図中、茶色で着色された部分が抗サイクリンEモノクローナル抗体でサイクリンEの発現が認められた領域である。摘出組織全体の細胞の核は、ヘマトキシリン染色(H染色)法で青く着色されており、摘出組織のクオリティーに問題は無いことが明らかにされている。生命予後が不良であった症例から選ばれたこの2症例において、標的因子(サイクリンEとKi-67)発現が強く認められる染色像が見られた。一方、
図1B及び
図1Dは、それぞれLMS及びSTUMPで術後5年以上生存している症例、すなわち、生命予後が良好であった症例由来の摘出組織を、抗サイクリンEモノクローナル抗体を用いてIHC染色が行われた結果を示す写真である。予後が良好な症例では、標的因子(サイクリンEとKi-67)の発現が強く認められる染色像は見られなかった。このように、従来の悪性度判定基準では診断結果が得られなか症例において、LMS及びSTUMPの生命予後の不良例は、
図1A及び
図1Cのように、特徴的な標的因子(サイクリンEとKi-67)の発現が強い染色像が確認された。抗Ki-67モノクローナル抗体を用いたIHC染色法でも同様の結果が得られることが確認された(
図2A及び
図2C)。本実施形態の方法において、画像解析装置及び画像解析ソフトを使用する場合、例えば、人工知能(AI)を用いて上記の特徴的な染色像を判定する機構を装置に組み込んでもよい。AIを用いる場合、ロゼット様の染色像、それ以外の染色像のデータベースを教師データとして、既知のニューラルネットワークを用いた機械学習を経て学習済みモデルを構築することができ、解析手段は、これを用いて、目的の画像から、ロゼット様の染色像を示すか否かの判定を行い、出力することができる。
【0031】
サイクリンE及びKi-67の発現量の測定値は、例えば、予め設定したカットオフ値を用いて判定することができる。カットオフ値は、予後既知の検体を用いて作成したROC曲線等より設定することができる。子宮間葉性腫瘍の予測判定には、発現量測定値より、以下を補助情報として参照することができる。
サイクリンE及びKi-67の発現量がカットオフ超:予後不良
サイクリンE又はKi-67の発現量がカットオフ以下:予後良好
【0032】
本実施形態の方法は、サイクリンE及びKi-67に加えて、さらに他のマーカーの発現の検出を含んでいてもよい。他のマーカーとしては、キャベオリン、LMP2等が挙げられる。子宮間葉性腫瘍では、悪性、良性腫瘍に関係なく、キャベオリンの強い発現が認められる。つまり、キャベオリンは、子宮間葉性腫瘍のバイオマーカーである。LMP2はプロテアソームのサブユニットである。正常な子宮平滑筋層と子宮平滑筋腫では、LMP2の発現が陽性であるが、子宮平滑筋肉腫では、LMP2の発現が陰性となることが知られている。LMP2の発現レベルは、子宮平滑筋腫瘍の悪性度判定に有用であることが報告されている(国際公開第2007/324403)。これらの他のマーカーの発現は、サイクリンE及びKi-67と同様にIHC染色等で検出されてもよく、また、別の方法、例えばin situハイブリダイゼーション、免疫測定等で検出されてもよい。
【0033】
2.子宮間葉性腫瘍の予後予測補助用キット
本発明の第2の実施形態は、子宮間葉性腫瘍の生命予後の予測補助用キットであり、サイクリンEに特異的に結合するモノクローナル抗体及びKi-67に特異的に結合するモノクローナル抗体を少なくとも含む、ことを特徴とする。本実施形態のキットは、より具体的には、「1.子宮間葉性腫瘍の診断を補助する方法」の項に記載の方法に使用するためのキットである。本実施形態のキットの測定原理は、特に矛盾のない限り、「1.子宮間葉性腫瘍の診断を補助する方法」の項に記載の通りである。
【0034】
本実施形態のキットの測定対象となる検体は、子宮間葉性腫瘍に罹患した対象から取得した組織検体とすることが好ましい。子宮間葉性腫瘍は、例えばSTUMP等の、LMS以外の子宮間葉性腫瘍であってもよい。
【0035】
本実施形態のキットは、サイクリンEに特異的に結合するモノクローナル抗体及びKi-67に特異的に結合するモノクローナル抗体を少なくとも含み、検体中のサイクリンE及びKi-67を、IHC染色法、免疫細胞化学染色を介して検出することが可能であり、該検出結果により、対象の子宮間葉性腫瘍の生命予後の予測を補助することが可能である。本実施形態のキットは、好ましくは、IHC染色用キットである。
【0036】
本実施形態のキットは、抗体に加えて、サイクリンE及びKi-67を検出するための他の試薬等を備えていてもよい。例えばIHC染色用キットであれば、組織固定用の10%中性緩衝ホルマリン、包埋用パラフィン、スライドガラス、カバーガラス、切片洗浄用のアルコール(キシレン、エタノール等)、標識二次抗体、HE染色色素等を備えていてもよい。また、本実施形態のキットは、使用説明書、染色像判定用のインジケータ等を備えていてもよい。
【0037】
さらに、本実施形態のキットは、in situハイブリダイゼーションによりサイクリンEおよび/またはKi-67をコードするmRNAを測定する場合、少なくともサイクリンEおよび/またはKi-67をコードするmRNAの部分配列に相補的な部分配列からなるプローブまたはプライマーを含む。
【実施例0038】
本発明を以下の実施例によって具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例によって限定されるものではない。
【0039】
[実施例1]組織検体のサイクリンE及びKi-67をマーカーとする免疫組織化学染色試験
(1)組織検体採取と病理学的診断
子宮平滑筋腫瘍の発症と診断された32~83歳の101人の患者から採取された、病理学検査用の組織検体を使用した。各患者由来の2ブロックの組織検体から、連続切片を切り出し、ヘマトキシリン-エオシン染色(HE染色)、各標的因子に特異的に結合するモノクローナル抗体を用いた免疫組織化学染色を行った。信州大学倫理委員会および国立病院機構中央倫理審査委員会で、臨床研究の研究計画書が承認された後に、全ての組織は、各患者から書面による臨床研究への参加の同意を得た後に使用された。
【0040】
子宮平滑筋腫瘍の病理学的診断は、確立された判定基準(Uterine leiomyoma. Female Genital Tumours WHO Classification of Tumours, 5th ed., Vol.4. WHO Classification of Tumours Editorial Board. WORLD HEALTH ORGANIZATION. 2020; pp283-285., Uterine leiomyosarcoma. Female Genital Tumours WHO Classification of Tumours, 5th ed., Vol.4. WHO Classification of Tumours Editorial Board. WORLD HEALTH ORGANIZATION. 2020; pp272-276.)に従って、診断病理医によって行われた。
【0041】
子宮平滑筋腫瘍(良性腫瘍、悪性腫瘍を含む)の発症が疑われた患者101人から得られた、各種腫瘍組織の種類及び例数は、表2に示す通りであった。表2の例数には、単独の患者から取得された複数種の腫瘍(子宮平滑筋腫瘍に対する対象例として、子宮横紋筋肉腫や子宮頸がんも含まれる)も含まれる。
【0042】
子宮頸部上皮および癌組織を組織アレイ(AccuMax Array(韓国、ソウル))に供して、タンパク質発現を観察した。組織アレイは、製造業者(AccuMax Array)の説明書に従って実施した。
【0043】
(2)免疫組織化学(IHC)染色
子宮間葉性腫瘍を有する患者から摘出した子宮間葉性腫瘍の連続切片について、平滑筋アクチン(SMA)、キャベオリン1(CAV1)、サイクリンB(CCNB)、サイクリンE1(CCNE)、大型多機能ペプチダーゼ2/β1i(LMP2/β1i)、及びKi-67に対する抗体を用いたIHC染色を実施した。IHC染色は、DAB標識抗体を用いた発色法を用いて実施した。
【0044】
悪性の子宮間葉性腫瘍が疑われた患者由来の子宮組織標本のパラフィン包埋試料から、5mm組織切片を切り出し、一次抗体として各マーカーに対するモノクローナル抗体を反応させた。一次抗体は以下の物を使用した。
抗CCNEモノクローナル抗体(CCNE1/2460):Abcam社(英国、ケンブリッジ)から購入。
抗Ki-67モノクローナル抗体(MIB-1):Dako社(デンマーク)から購入。
抗αSMAモノクローナル抗体 Covance Research Products, Inc. (Princeton, New Jersey)から購入。
抗CAV1モノクローナル抗体:Santa Cruz Biotechnology Inc.(米国、カリフォルニア州)から購入。
抗CCNBモノクローナル抗体:Santa Cruz Biotechnology Inc.(米国、カリフォルニア州)から購入。
抗LMP2/β1iモノクローナル抗体:Santa Cruz Biotechnology Inc.(米国、カリフォルニア州)から購入。
【0045】
リン酸緩衝液 (phosphate-buffered saline: PBS)により洗浄された組織切片を、二次抗体としてのビオチン化抗マウスIgGモノクローナル抗体(DK-2600Glostrup)(Dako社、デンマーク)と反応させた。洗浄後、次いで、発色酵素として西洋ワサビペルオキシダーゼ(HRP)-ストレプトアビジン複合体(Dako社)と反応させた。反応物に発色基質として3、3’-ジアミノベンジジン(DAB)と対比染色であるヘマトキシリン(青)を反応させた。対比用に、同じ組織から取得した他の切片について、ヘマトキシリン・エオシン(HE)染色を実施した。
【0046】
検体中の正常子宮筋層部分を陽性対照とし、一次抗体に代えてウサギIgGを使用した組織切片を陰性対象とした。各マーカーが検出された部分は茶色に着色され、各細胞の核は、ヘマトキシリン染色(H染色)で青色に染色された。
【0047】
染色後の組織は、デジタル顕微鏡BZ-X800(キーエンス社(大阪))でスキャンし、染色の強度を数値化した。
【0048】
(3)結果
表2に、組織の病理学的診断結果と、各マーカータンパク質の発現量の関係を示す。表中、「-」、「局所+」、「-/+」、「+」、「++」、「+++」及び「NA」は、以下を意味する。なお、表中のこれらの表記は、対象となる組織全数の平均的な結果を示す。
-:陰性
局所+:局所的に陽性、5%未満の細胞を染色
-/+:部分的に陽性、5-10%の細胞を染色
+:5%以上、10%未満の細胞を染色
++:10%以上、90%未満の細胞を染色
+++:90%以上の細胞を染色
NA:データなし
【0049】
【0050】
表2中、SMA(smooth muscle actin)は、平滑筋細胞に対する特異的マーカーであり、子宮間葉性腫瘍の診断に重要である。しかし、SMAは正常子宮平滑筋細胞でも強く発現している。すなわち、子宮平滑筋細胞又は子宮平滑筋細胞由来の細胞を特定するために必須のマーカーである。
また表2の「子宮頸がん」の結果が示すように、高悪性度の子宮頸がんの摘出組織を用いたIHC染色の結果、Ki-67の強発現が認められたが、サイクリンEの発現は認められなかった。この結果は、サイクリンEの強発現とKi-67の強発現は、子宮間葉性腫瘍の生命予後の不良を特異的に表現することを示している。
【0051】
図1は、LMS患者(A、B)、及びSTUMP患者(C、D)から、摘出した組織を、抗サイクリンEモノクローナル抗体を用いたIHC染色法によって染色した結果を撮像した写真である。患者A及びC由来の摘出組織では、サイクリンEの発現を示す茶色の染色が強い染色像が示された。これらの患者は、組織採取後5年以内に死亡した。一方、患者B及びD由来の組織では、弱い茶色の染色像が示された。これらの患者は術後5年以上生存している。術後5年以内に死亡したLMSの症例、又は術後5年以内に死亡したSTUMPの症例、すなわち予後不良の症例では、腫瘍組織でサイクリンE発現量が高くなることが見いだされた。
【0052】
図2は、LMS患者(A、B)、及びSTUMP患者(C、D)から、摘出した組織を、抗Ki-67モノクローナル抗体を用いてIHC染色法によって染色した結果を撮像した写真である。患者A及びC由来の摘出組織では、Ki-67の発現を示す茶色の染色が強い染色像が示された。これらの患者は、組織採取後5年以内に死亡した。一方、患者B及びD由来の組織では、弱い茶色の染色像が示された。これらの患者は術後5年以上生存している。術後5年以内に死亡したLMSの症例、又は術後5年以内に死亡したSTUMPの症例、すなわち予後不良の症例では、腫瘍組織でKi-67発現量が高くなることが見いだされた。
【0053】
図3は、後ろ向き研究で、予後観察が可能であったLMS 26症例、STUMP 11症例を、それぞれ術後5年以内に死亡した群(D)、術後5年以上生存している群(L)に分けて、各症例由来の摘出組織を抗サイクリンE抗体、又は抗Ki-67抗体を用いたIHC染色法した結果を、Mantra 2(Akoya Bioscience社)のOpal解析ソフトを用いて数値化し、プロットしたグラフである。
【0054】
図3には、LMSのD群、L群、及びSTUMPのD群、L群の染色強度の分布が示されている。LMSの症例においても、STUMPの症例においても、生命予後の不良(術後5年以内亡くなられた)の患者で、摘出組織のサイクリンE(CCNE)発現量が有意に高いことが認められた(
図3A)。さらに、LMSの症例またはSTUMPの症例からの摘出組織で、抗Ki-67抗体を用いたIHC染色法が行われた結果についても同様の検討を行った。抗サイクリンE(CCNE)抗体を用いた染色像と同様に、LMS症例及びSTUMP症例で、生命予後の不良の患者で、摘出組織のKi-67発現量が有意に高いことが認められた(
図3B)。
【0055】
LMSを罹患した54症例からの摘出組織におけるKi-67と抗サイクリンE(CCNE)の発現状況で、LMSの患者を2つの群(a群とb群)に組み入れた。
a群:Ki-67とCCNEの発現状況のいずれかが「+」又は「++」である群
b群:Ki-67とCCNEの発現状況がいずれも「+++」である群
【0056】
図4に、各群についての生存曲線を示す。a群では、約半数の患者が術後100ヶ月以上生存していることが認められた。一方、b群では、全ての患者が術後20ヶ月以内に悪性腫瘍の原因で死亡し、生命予後が著しく不良であった。b群に該当する患者、すなわち、子宮平滑筋肉腫瘍(LMS)の患者からの摘出組織においてKi-67、CCNE発現量の高い患者は、著しく不良であることが判断できる。
【0057】
[実施例2]子宮平滑筋肉腫の患者から切除された肺臓器での転移巣と子宮体部内の原発腫瘍に対して行われた免疫組織化学染色法の結果
子宮平滑筋肉腫と診断されて、外科的治療法により腫瘍組織を摘出された後5年以内に、肺臓器に転移巣が認められた2症例(症例1、症例2)について、摘出された原発腫瘍及び肺臓器での転移巣を実施例1と同様の手法で組織染色した。
【0058】
図5に症例1の原発腫瘍及び肺臓器での転移巣の免疫組織化学染色法による結果の写真を示す。上段が原発腫瘍、下段が肺臓器での転移巣の写真である。また、左がHE染色の結果、中央が抗サイクリンE(CCNE)モノクローナル抗体による染色結果、右が抗Ki-67モノクローナル抗体による染色結果を示した写真である。各写真の下段は上段の破線枠内の拡大図を示す。子宮平滑筋肉腫の患者から切除された肺臓器での転移巣と原発腫瘍に対して行われた免疫組織化学染色法の結果より、原発腫瘍において、サイクリンE(CCNE)、Ki-67の高い発現が認められた。肺臓器での転移巣では、原発腫瘍と同様な免疫組織化学染色の結果を示すことが確認された。ことから、したがって、当該肺臓器での転移巣の免疫組織化学染色法の結果より、原発腫瘍の有する悪性度は、転移巣での腫瘍細胞においても認められた。
【0059】
図6に、症例2の原発腫瘍及び肺臓器での転移巣を用いて行われた免疫組織化学染色法の結果の写真が示されている。上段が原発腫瘍、下段が肺臓器での転移巣の写真である。また、左がHE染色の結果、中央が抗サイクリンE(CCNE)抗体による染色結果、右が抗Ki-67抗体による染色結果を示した写真である。各写真の下段は上段の破線枠内の拡大図を示す。症例1と同様に、肺臓器での転移巣において、サイクリンE(CCNE)、Ki-67の高い発現が認められた。肺臓器での転移巣において、原発腫瘍と同様な免疫組織化学染色の結果を示すことが確認された。したがって、当該肺臓器での転移巣の免疫組織化学染色法の結果より、原発腫瘍の有する悪性度は、転移巣での腫瘍細胞においても認められた。
【0060】
上記2症例の結果より、肺臓器での転移巣の免疫組織化学染色法の結果より、原発腫瘍の有する悪性度は、転移巣での腫瘍細胞においても認められた。腫瘍組織でのサイクリンE(CCNE)、Ki-67の高い場合、発現他臓器転移を生じるなど、予後不良となるリスクが高いことが示唆された。
【0061】
[実施例3]組織検体とCTガイド下生検検体との結果比較
子宮平滑筋肉腫(LMS)が疑われる子宮間葉性腫瘍の患者20例について、術前にCTガイド下で採取したバイオプシー生検と、外科的治療法により摘出した組織について、それぞれ実施例1と同様に免疫組織化学(IHC)染色法によりサイクリンE(CCNE)及びKi-67の発現レベルを検討した。外科的治療法により摘出された組織あるいはバイオプシー生検を用いて行われた免疫組織化学(IHC)染色法の結果より、サイクリンE(CCNE)及びKi-67の発現が、数的高値を示した場合、生命予後が不良と判断する。臨床研究の後ろ向き研究で、既に、外科的治療法により摘出された組織を用いた外科病理診断とカルテのデータベースで生命予後が明らかとされている子宮平滑筋肉腫20例について、各症例から得られたバイオプシー生検を用いた免疫組織化(IHC)学染色法によって、サイクリンE(CCNE)、及びKi-67の発現による生命予後について検証を行った。その検討結果が、表3に示されている。表3に示す通り、20例中19例の予後予測結果が一致(正診率95%)した。これにより、CTガイド下で採取されたバイオプシー生検を用いた免疫組織化(IHC)学染色法によって、サイクリンE(CCNE)、及びKi-67の発現状況による生命予後の予測の可能性が示された。
【0062】
【0063】
[実施例4]術前のバイオプシー生検及び外科的治療法摘出組織のIHC染色
悪性の子宮間葉性腫瘍の発症が疑われるLMS患者、及びSTUMP患者より、術前で、CTガイド下により採取したバイオプシー生検(腫瘍組織)、並びに外科的治療法により摘出した腫瘍組織を用いて、免疫組織化学(IHC)染色法を行った。免疫組織化学(IHC)染色は、実施例1に記載の方法により行った。
【0064】
図7に、一次抗体として抗サイクリンE(CCNE)モノクローナル抗体を用いてIHC染色を行って、その結果を撮像した写真が示されている。
図8に、一次抗体としてKi-67モノクローナル抗体(クローン名:MIB-1)を用いてIHC染色を行って、その結果を撮像した写真が示されている。
図7及び8には、対物レンズの倍率として×10、×40及び×100で撮像された写真を示す。
【0065】
図7及び
図8に示すように、一次抗体として、抗サイクリンE(CCNE)モノクローナル抗体又は抗Ki-67モノクローナル抗体(クローン名:MIB-1)を用いた場合のバイオプシー生検と摘出組織のIHC染色像を比較すると、摘出組織のIHC染色像だけではなく、バイオプシー生検のIHC染色像も、サイクリンE及びKi-67の強い発現、つまり、茶色の染色が強く、ロゼット様の染色像を示すという同じ結果が得られた。
図7及び
図8において、×100で撮像された写真中の実線の枠で囲んだ部分がロゼット様の染色像である。摘出組織のIHC染色像がロゼット様の染色像を示すことは、腫瘍が悪性腫瘍であることを示す。
【0066】
術前でのバイオプシー生検のIHC染色像もロゼット様の染色像を示したことは、術前でのバイオプシー生検により子宮間葉性腫瘍の悪性、良性の診断が可能になり、さらに生命予後を予測し得ることを示す。
術前で、病理学的診断により子宮間葉性腫瘍に罹患したと診断された対象から採取した子宮平滑筋組織のバイオプシー生検又は細胞について、サイクリンEに特異的に結合する抗体及びKi-67に特異的に結合する抗体を使用する免疫組織化学染色により染色し、サイクリンE及びKi-67の発現量を数値化し、当該数値に基づいて子宮間葉性腫瘍の生命予後の予測を補助する方法であって、前記数値は子宮間葉性腫瘍の生命予後が不良か良好かを示す、方法。
術前で、病理学的診断により子宮間葉性腫瘍に罹患したと診断された対象から採取した子宮平滑筋組織のバイオプシー生検又は細胞について、サイクリンEに特異的に結合する抗体及びKi-67に特異的に結合する抗体を使用する免疫組織化学染色により染色し、サイクリンE及びKi-67の発現量を数値化し、数値を予め設定したカットオフ値と比較し、サイクリンE又はKi-67がカットオフ以下であることは、生命予後良好であることを示し、サイクリンE及びKi-67の両方の発現量がカットオフ値を超えることは、子宮間葉性腫瘍の生命予後が不良であることを示す、請求項1に記載の子宮間葉性腫瘍の生命予後の予測を補助する方法。
術前で、病理学的診断により子宮間葉性腫瘍に罹患したと診断された対象から採取した子宮平滑筋組織のバイオプシー生検又は細胞について、サイクリンEに特異的に結合する抗体及びKi-67に特異的に結合する抗体を使用する免疫組織化学染色により染色し、サイクリンE及びKi-67の発現量を数値化し、数値に基づいて発現状況を下の表に示す「-」、「局所+」、「-/+」、「+」、「++」、「+++」又は「NA」と分け、Ki-67とCCNEの発現状況がいずれも「+++」であることは、子宮間葉性腫瘍の生命予後が不良であることを示す、請求項1に記載の子宮間葉性腫瘍の生命予後の予測を補助する方法。
子宮平滑筋肉腫以外の子宮間葉性腫瘍が、子宮平滑筋腫、子宮平滑筋肉腫(LMS)、脂肪性平滑筋肉腫、脂肪性子宮平滑筋腫、静脈内平滑筋腫症、良性転移性平滑筋腫、核異型を伴う子宮平滑筋腫(子宮平滑筋腫 with Bizarre Nuclei)及びSTUMPからなる群から選択される請求項4に記載の方法。
サイクリンEに特異的に結合するモノクローナル抗体及びKi-67に特異的に結合するモノクローナル抗体を少なくとも含む、術前で、病理学的診断により子宮間葉性腫瘍に罹患したと診断された対象から採取した子宮平滑筋組織のバイオプシー生検又は細胞について、サイクリンEに特異的に結合する抗体及びKi-67に特異的に結合する抗体を使用する免疫組織化学染色により染色し、サイクリンE及びKi-67の発現量を数値化し、数値に基づいて子宮間葉性腫瘍の生命予後が不良であると判定するための、子宮間葉性腫瘍の生命予後を予測するためのキット。
サイクリンEに特異的に結合するモノクローナル抗体及びKi-67に特異的に結合するモノクローナル抗体を少なくとも含む、術前で、病理学的診断により子宮間葉性腫瘍に罹患したと診断された対象から採取した子宮平滑筋組織のバイオプシー生検又は細胞について、サイクリンEに特異的に結合する抗体及びKi-67に特異的に結合する抗体を使用する免疫組織化学染色により染色し、サイクリンE及びKi-67の発現量を数値化し、数値を予め設定したカットオフ値と比較し、サイクリンE又はKi-67がカットオフ以下の場合に、生命予後良好と判定し、サイクリンE及びKi-67の両方の発現量がカットオフ値を超える場合に、子宮間葉性腫瘍の生命予後が不良であると判定するための、請求項9に記載の子宮間葉性腫瘍の生命予後を予測するためのキット。
サイクリンEに特異的に結合するモノクローナル抗体及びKi-67に特異的に結合するモノクローナル抗体を少なくとも含む、術前で、病理学的診断により子宮間葉性腫瘍に罹患したと診断された対象から採取した子宮平滑筋組織のバイオプシー生検又は細胞について、サイクリンEに特異的に結合する抗体及びKi-67に特異的に結合する抗体を使用する免疫組織化学染色により染色し、サイクリンE及びKi-67の発現量を数値化し、数値に基づいて発現状況を下の表に示す「-」、「局所+」、「-/+」、「+」、「++」、「+++」又は「NA」と分け、Ki-67とCCNEの発現状況がいずれも「+++」である場合に、子宮間葉性腫瘍の生命予後が不良であると判定するための、請求項9に記載の子宮間葉性腫瘍の生命予後を予測するためのキット。
子宮平滑筋肉腫以外の子宮間葉性腫瘍が、子宮平滑筋腫、子宮平滑筋肉腫(LMS)、脂肪性平滑筋肉腫、脂肪性子宮平滑筋腫、静脈内平滑筋腫症、良性転移性平滑筋腫、核異型を伴う子宮平滑筋腫(子宮平滑筋腫 with Bizarre Nuclei)及びSTUMPからなる群から選択される請求項12に記載のキット。