(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024110605
(43)【公開日】2024-08-16
(54)【発明の名称】鋳物用過共晶Al-Si系合金及びその合金を用いた鋳物の製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 21/02 20060101AFI20240808BHJP
C22C 21/00 20060101ALI20240808BHJP
B22D 11/06 20060101ALI20240808BHJP
【FI】
C22C21/02
C22C21/00 N
B22D11/06 360A
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023015282
(22)【出願日】2023-02-03
(71)【出願人】
【識別番号】000004743
【氏名又は名称】日本軽金属株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001885
【氏名又は名称】弁理士法人IPRコンサルタント
(72)【発明者】
【氏名】織田 和宏
(72)【発明者】
【氏名】望月 鉄矢
(72)【発明者】
【氏名】下村 眞美
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼買 瑞樹
(72)【発明者】
【氏名】鍋田 汐南
【テーマコード(参考)】
4E004
【Fターム(参考)】
4E004SD03
(57)【要約】
【課題】ダイカスト法と比較して鋳造速度が遅く、過冷却状態を起こしにくい重力鋳造等を用いた場合であっても、Al-Fe-Si系化合物の粗大化が抑制される過共晶Al-Si系合金及びAl-Fe-Si系化合物の粗大化が抑制された過共晶Al-Si系合金鋳物の簡便かつ効率的な製造方法を提供する。
【解決手段】Si:12.0~18.0wt%、Fe:0.6~1.9wt%、ミッシュメタル:0.015~0.500wt%、を含有し、不可避不純物としてのPが15ppm以下に規制されていること、を特徴とする鋳物用過共晶Al-Si系合金。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
Si:12.0~18.0wt%、
Fe:0.6~1.9wt%、
ミッシュメタル:0.015~0.500wt%、を含有し、
不可避不純物としてのPが15ppm以下に規制されていること、
を特徴とする鋳物用過共晶Al-Si系合金。
【請求項2】
Mn:0.5~1.0wt%を含有し、
残部がAlと不可避不純物からなる組成を有すること、
を特徴とする請求項1に記載の鋳物用過共晶Al-Si系合金。
【請求項3】
初晶Siの晶出温度がAl-Fe-Si系化合物の晶出温度よりも高いこと、
を特徴とする請求項1又は2に記載の鋳物用過共晶Al-Si系合金。
【請求項4】
請求項1に記載の組成を有するアルミニウム溶湯を用いた過共晶Al-Si系合金鋳物の製造方法であって、
前記アルミニウム溶湯に粒径が1μm以下のAlP化合物を添加し、
前記AlP化合物の添加に起因する前記過共晶Al-Si系合金鋳物のPの含有量を5~40ppmとすること、
を特徴とする過共晶Al-Si系合金鋳物の製造方法。
【請求項5】
前記アルミニウム溶湯に前記AlP化合物を含むAl-P合金リボンを添加すること、
を特徴とする請求項4に記載の過共晶Al-Si系合金鋳物の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、過共晶Al-Si系合金鋳物に関するものである。
【背景技術】
【0002】
Al-Si系合金は優れた鋳造性と機械的性質を有していることから、鋳物用合金として幅広く用いられている。しかしながら、Alには不可避不純物としてFeが混入しやすく、原料におけるスクラップ材の割合が高くなるとその影響が顕著になる。
【0003】
特に、環境保護の観点から、近年では再生地金から製造されるアルミニウム合金鋳物が増加しているところ、再生地金から製造されるAl-Si系合金鋳物には不純物としてFeが混入されやすく、Al-Si系合金鋳物の機械的性質に及ぼすFeの影響が問題となっている。
【0004】
FeはAl合金のヤング率等の機械的性質を向上させる作用や、金型の焼き付きを防止する作用を有しているが、Al-Si系合金中に含まれると粗大な針状のAl-Fe-Si系化合物を形成し、当該Al-Fe-Si系化合物が破壊の起点となる。
【0005】
これに対し、Al-Fe-Si系化合物を粗大化させない方法として、過冷却を利用することが知られており、Al-Si系合金の鋳造法としては、過冷却状態を起こしやすいダイカスト法等の冷却速度の速い鋳造方法が選択されていた。
【0006】
例えば、特許文献1(特開平8-134578号公報)においては、「Cu:1~7重量%,Si:10~16重量%,Mg:0.3~2重量%,Fe:0.5~2重量%,Mn:0.1~4重量%,Ti:0.01~0.3重量%,P:0.01重量%以下及びCa:0.001~0.02重量%を含み、P/Caが重量比で0.5以下の範囲に調整されている高温強度及び靭性に優れたダイカスト用アルミニウム合金。」が開示されている。
【0007】
上記特許文献1に記載のダイカスト用アルミニウム合金においては、「本発明に従ったダイカスト用アルミニウム合金は、前述した組成をもつアルミニウム合金溶湯を冷却速度20℃/秒以上で鋳造し、晶出物の平均長径を20μm以下及び共晶Siの平均長径を10μm以下に抑制している。」とされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
ダイカスト法は、冷却速度は速いものの、高圧を加えながら金型に溶湯を充填するため、空気の巻き込み等の鋳造欠陥が発生しやすいという問題が存在する。加えて、ダイカスト装置そのものが高額であるという問題も存在する。
【0010】
以上のような従来技術における問題点に鑑み、本発明の目的は、ダイカスト法と比較して鋳造速度が遅く、過冷却状態を起こしにくい重力鋳造等を用いた場合であっても、Al-Fe-Si系化合物の粗大化が抑制される過共晶Al-Si系合金及びAl-Fe-Si系化合物の粗大化が抑制された過共晶Al-Si系合金鋳物の簡便かつ効率的な製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記目的を達成すべく、過共晶Al-Si系合金の組成について鋭意研究を重ねた結果、過共晶Al-Si系合金に適量のミッシュメタルを添加することにより、過冷状態を起こすことができ、Al-Fe-Si系化合物の粗大化が抑制されることを見出した。加えて、Pの含有量を15ppm以下に規制することで、当該過冷状態の形成が促進され、初晶Siの微細化に加えてAl-Fe-Si系化合物の粗大化抑制効果が顕著になることも見出して、本発明に到達した。
【0012】
即ち、本発明は、
Si:12.0~18.0wt%、
Fe:0.6~1.9wt%、
ミッシュメタル:0.015~0.500wt%、を含有し、
不純物としてPが15ppm以下に規制されていること、
を特徴とする鋳物用過共晶Al-Si系合金、を提供する。
【0013】
本発明の鋳物用過共晶Al-Si系合金においては、0.015wt%以上のミッシュメタルを添加することで、重力鋳造のように冷却速度が遅い場合であっても、初晶Siを過冷却することができる。その結果、Al-Fe-Si系化合物の組成的過冷却が生じ、初晶SiとAl-Fe-Si系化合物を共に微細化することができる。
【0014】
加えて、Pの含有量を15ppm以下に規制することで、共晶改良元素とPの化合物生成が低減することで過冷却を維持し、初晶Siの粗大化を抑制することができる。更に、Pの含有量を15ppm以下に規制することで、過冷状態の形成が促進され、Al-Fe-Si系化合物の粗大化抑制効果を顕著にすることができる。
【0015】
本発明の鋳物用過共晶Al-Si系合金においては、0.6wt%以上のFeを含有することで過共晶Al-Si系合金鋳物のヤング率を向上させることができ、金型への焼き付きを防止することができる。また、Feの含有量を1.9wt%以下とすることで、Al-Fe-Si系化合物の粗大化を確実に抑制することができる。
【0016】
また、本発明の鋳物用過共晶Al-Si系合金においては、
Mn:0.5~1.0wt%を含有し、
残部がAlと不可避不純物からなる組成を有すること、が好ましい。
Mnを適量添加することで、過共晶Al-Si系合金鋳物の機械的性質を向上させることができる。
【0017】
更に、本発明の鋳物用過共晶Al-Si系合金においては、初晶Siの晶出温度がAl-Fe-Si系化合物の晶出温度よりも高いこと、が好ましい。初晶Siの晶出温度がAl-Fe-Si系化合物の晶出温度よりも高いことで、Al-Fe-Si系化合物の粗大化をより確実に抑制することができる。
【0018】
また、本発明は、
本発明の鋳物用過共晶Al-Si系合金からなるアルミニウム溶湯を用いた過共晶Al-Si系合金鋳物の製造方法であって、
前記アルミニウム溶湯に粒径が1μm以下のAlP化合物を添加し、
前記AlP化合物の添加に起因する前記過共晶Al-Si系合金鋳物のPの含有量を5~40ppmとすること、
を特徴とする過共晶Al-Si系合金鋳物の製造方法、も提供する。
【0019】
本発明の過共晶Al-Si系合金鋳物の製造方法においては、アルミニウム溶湯に粒径が1μm以下のAlP化合物を添加し、前記AlP化合物の添加に起因する過共晶Al-Si系合金鋳物のPの含有量を5~40ppmとすることで、Al-Fe-Si系化合物の粗大化が顕著に抑制された過共晶Al-Si系合金鋳物を得ることができる。
【0020】
Pは初晶Siを微細化する作用を有するが、不純物あるいはAl-Cu-Pとして添加されると過冷却を阻害し、Al-Fe-Si系化合物を効果的に微細化することができない。これに対し、粒径が1μm以下のAlP化合物として添加された場合、過冷却を阻害せず、初晶Siの晶出核として作用することで初晶Siが微細化される。初晶Siを微細化する作用は、過共晶Al-Si系合金鋳物のPの含有量が5ppm以上で顕著となり、40ppmを超えて添加されてもそれ以上の効果は殆ど期待できない。
【0021】
本発明の過共晶Al-Si系合金鋳物の製造方法においては、前記アルミニウム溶湯に前記AlP化合物を含むAl-P合金リボンを添加すること、が好ましい。液体急冷法等によって急速冷却鋳造されたAl-P合金リボンを用いることで、粒径が1μm以下のAlP化合物を簡便かつ効率的にアルミニウム溶湯に添加することができる。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、ダイカスト法と比較して鋳造速度が遅く、過冷却状態を起こしにくい重力鋳造等を用いた場合であっても、Al-Fe-Si系化合物の粗大化が抑制される過共晶Al-Si系合金及びAl-Fe-Si系化合物の粗大化が抑制された過共晶Al-Si系合金鋳物の簡便かつ効率的な製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【
図1】実施例におけるAl-P合金リボンの外観写真である。
【
図2】実施例におけるAl-P合金リボンの断面のSEM観察結果である。
【
図3】実施過共晶Al-Si系合金鋳物1のミクロ組織である。
【
図4】実施過共晶Al-Si系合金鋳物2のミクロ組織である。
【
図5】実施過共晶Al-Si系合金鋳物3のミクロ組織である。
【
図6】実施過共晶Al-Si系合金鋳物4のミクロ組織である。
【
図7】実施過共晶Al-Si系合金鋳物5のミクロ組織である。
【
図8】比較過共晶Al-Si系合金鋳物1のミクロ組織である。
【
図9】比較過共晶Al-Si系合金鋳物2のミクロ組織である。
【
図10】比較過共晶Al-Si系合金鋳物3のミクロ組織である。
【
図11】比較過共晶Al-Si系合金鋳物4のミクロ組織である。
【
図12】実施例1の組成を有する実施鋳物用過共晶Al-Si系合金の冷却曲線である。
【
図13】比較例1の組成を有する比較鋳物用過共晶Al-Si系合金の冷却曲線である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、本発明の鋳物用過共晶Al-Si系合金及び過共晶Al-Si系合金鋳物について詳細に説明するが、本発明はこれらのみに限定されるものではない。
【0025】
1.鋳物用過共晶Al-Si系合金
本発明の鋳物用過共晶Al-Si系合金は、適量のFeとミッシュメタルを含有し、不純物としてのPの含有量が規制されていることを特徴としている。以下、各成分について詳細に説明する。
【0026】
(1)添加元素
(1-1)必須の添加元素
Si:12.0~18.0wt%
Siは鋳造性を向上させる元素であると共に、初晶Siや共晶Siとして晶出し、過共晶Al-Si系合金鋳物の機械的性質を向上させる作用を有する。Siの含有量が18.0wt%を超えて添加されると、破壊の起点となる粗大な初晶SiやAl-Fe-Si系化合物を形成しやすくなる。Siの含有量は14.0~18.0wt%とすることが好ましく、16.0~18.0wt%とすることがより好ましい。
【0027】
Fe:0.6~1.9wt%
Feは過共晶Al-Si系合金鋳物のヤング率を向上させる作用を有すると共に、金型への焼き付きを防止する作用を有する。当該作用は0.6wt%以上の添加で顕著となるが、1.9wt%を超えるとAl-Fe-Si系化合物が粗大化しやすくなる。Feの含有量は0.8~1.9wt%とすることが好ましく、1.0~1.9wt%とすることがより好ましく、1.7~1.9wt%とすることが最も好ましい。
【0028】
ミッシュメタル:0.015~0.500wt%
ミッシュメタルは鋳造の際にAl-Si系合金に過冷却を起こす作用がある。0.015wt%以上のミッシュメタルを添加することで当該作用を発現させることができ、Al-Fe-Si系化合物の粗大化を抑制することができるが、0.500wt%を超えて添加されてもそれ以上の効果は殆ど期待できない。なお、ミッシュメタルとは、セリウムの含有率が40~50重量%、ランタンの含有率が20~40重量%で残部としてプラオジム(Pr)やネオジムなどを含む希土類金属の混合物を意味している。
【0029】
(1-2)任意の添加元素
本発明の鋳物用過共晶Al-Si系合金には、適量のMnを添加してもよい。
【0030】
Mn:0.5~1.0wt%
Mnは、Feと同様にヤング率を向上させる作用や金型への焼き付き防止の作用を有すると共に、Al-Fe-Si系化合物の形状を針状から塊状に変化させる作用を有する。Al-Fe-Si系化合物の形状を針状から塊状とすることで、当該Al-Fe-Si系化合物への応力集中が緩和され、過共晶Al-Si系合金鋳物の強度や信頼性を向上させることができる。当該効果は0.5wt%以上のMnを添加することで顕著となるが、1.0wt%を超えて添加されると粗大なAl-Mn系化合物が形成されやすくなる。Mnの添加量は0.8~1.0wt%とすることが好ましい。
【0031】
その他の元素
Cuは、Al-Fe-Si系化合物、初晶Siの粗大化に影響を与える元素ではなく、固溶強化や析出強化(時効処理)により、過共晶Al-Si系合金鋳物の機械的性質を向上させる作用を有しているため、鋳物用、ダイカスト用アルミニウム合金JIS規格の添加元素としての上限5.0wt%までは、含有を許容される。Cuの含有量が5.0wt%を超えると粗大なAl-Cu系化合物が形成されやすくなることに加え、過共晶Al-Si系合金鋳物の耐食性が低下する。機械的性質を向上させるためには、Cuの含有量は0.3~5.0wt%とすることが好ましい。更に好ましい含有量は、0.8~5.0wt%である。
【0032】
MgはAl-Fe-Si系化合物、初晶Siの粗大化に影響を与える元素ではなく、固溶強化や析出強化(時効処理)により、過共晶Al-Si系合金鋳物の機械的性質を向上させる作用を有しているため、鋳物用、ダイカスト用アルミニウム合金JIS規格の添加元素としての上限1.5wt%までは、含有を許容される。Mgの含有量が1.5wt%を超えると粗大なAl-Mg系化合物が形成されやすくなる。機械的性質を向上させるためには、Mgの含有量は0.4~1.5wt%とすることが好ましい。更に好ましい含有量は、0.4~0.7wt%である。
【0033】
(1-3)不可避不純物
本発明の鋳物用過共晶Al-Si系合金には再生原料が使用されることが多いため、本発明の鋳物用過共晶Al-Si系合金及び過共晶Al-Si系合金鋳物の特性を阻害しない範囲での不可避不純物の含有が許容される。
【0034】
ここで、本発明の鋳物用過共晶Al-Si系合金においては不可避不純物としてのPの含有量が厳格に規制されており、15ppm以下となっている。Pの含有量を15ppm以下に規制することで、共晶改良元素とPの化合物生成が低減し、初晶Siの粗大化を抑制することができる。更に、Pの含有量を15ppm以下に規制することで、過冷状態の形成が促進され、Al-Fe-Si系化合物の粗大化抑制効果を顕著にすることができる。
【0035】
本発明の鋳物用過共晶Al-Si系合金は、上記の組成を有し、初晶Siの晶出温度がAl-Fe-Si系化合物の晶出温度よりも高いこと、が好ましい。初晶Siの晶出温度がAl-Fe-Si系化合物の晶出温度よりも高いことで、Al-Fe-Si系化合物の粗大化をより確実に抑制することができる。なお、初晶Si及びAl-Fe-Si系化合物の晶出温度は実験的に求めてもよく、組成を基にした熱力学シミュレーション等によって推定してもよい。
【0036】
2.過共晶Al-Si系合金鋳物の製造方法
本発明の過共晶Al-Si系合金鋳物の製造方法は、本発明の鋳物用過共晶Al-Si系合金を用い、微細なAlP化合物をアルミニウム溶湯に添加すると共に、当該添加に起因する過共晶Al-Si系合金鋳物のPの含有量を5~40ppmとすることを特徴としている。
【0037】
アルミニウム溶湯に粒径が1μm以下のAlP化合物を添加し、当該AlP化合物の添加に起因する過共晶Al-Si系合金鋳物のPの含有量を5~40ppmとすることで、初晶Siの微細化に加えて、Al-Fe-Si系化合物の粗大化が顕著に抑制された過共晶Al-Si系合金鋳物を得ることができる。
【0038】
Pは初晶Siを微細化する作用を有するが、不純物あるいはAl-Cu-Pとして添加されると過冷却を阻害し、Al-Fe-Si系化合物を効果的に微細化することができない。これに対し、粒径が1μm以下のAlP化合物として添加された場合、過冷却を阻害せず、初晶Siの晶出核として作用することで初晶Siが微細化される。初晶Siを微細化する作用は、過共晶Al-Si系合金鋳物のPの含有量が5ppm以上で顕著となり、40ppmを超えて添加されてもそれ以上の効果は殆ど期待できない。
【0039】
本発明の過共晶Al-Si系合金鋳物の製造方法においては、アルミニウム溶湯にAlP化合物を含むAl-P合金リボンを添加すること、が好ましい。液体急冷法等によって急速冷却鋳造されたAl-P合金リボンを用いることで、粒径が1μm以下のAlP化合物を簡便かつ効率的にアルミニウム溶湯に添加することができる。
【0040】
ここで、例えば、0.001~0.010wt%のPを含有するAl-P合金を原料として液体急冷法により厚さ50~150μmのAl-P合金リボンを作製することで、AlP化合物の粒径を1μm以下とすることができる。
【0041】
AlP化合物の添加に起因する過共晶Al-Si系合金鋳物のPの含有量が5~40ppmとなるように、粒径が1μm以下のAlP化合物を添加したアルミニウム合金溶湯を鋳造することにより、本発明の過共晶Al-Si系合金鋳物を好適に得ることができる。ここで、本発明の過共晶Al-Si系合金鋳物の製造方法においては、Al-Fe-Si系化合物を微細化するために冷却速度が大きなダイカスト法を用いる必要がなく、冷却速度が小さい重力鋳造等を好適に用いることができる。
【0042】
重力鋳造等を用いることで、空気の巻き込み等の鋳造欠陥を抑制しつつ、Al-Fe-Si系化合物が微細化された過共晶Al-Fe-Si系化合物鋳物を簡便かつ効率的に得ることができる。また、重力鋳造はダイカストのように高価な装置が不要であり、製造装置の導入コストを低減することができる。
【0043】
その他の鋳造条件については本発明の効果を損なわない限りにおいて特に限定されず、従来公知の種々の鋳造方法及び鋳造条件を用いることができる。
【0044】
3.過共晶Al-Si系合金鋳物
本発明の鋳物用過共晶Al-Si系合金からなる過共晶Al-Si系合金鋳物は、本発明の過共晶Al-Si系合金鋳物の製造方法によって好適に得ることができるが、粒径が1μm以下のAlP化合物を溶湯に添加することなく、本発明の鋳物用過共晶Al-Si系合金からなる溶湯を原料とし、各種鋳造法を用いて鋳造してもよい。ここで、採用する鋳造法は本発明の効果を損なわない限りにおいて特に限定されないが、空気の巻き込み等の鋳造欠陥を抑制するために重力鋳造等を用いることが好ましい。
【0045】
本発明の鋳物用過共晶Al-Si系合金からなる過共晶Al-Si系合金鋳物は、初晶SiとAl-Fe-Si系化合物が共に微細化されており、特に、Al-Fe-Si系化合物が顕著に微細化されていることを最大の特徴としている。
【0046】
Al-Fe-Si系化合物の粒径は50μm以下であることが好ましく、40μm以下であることがより好ましく、30μm以下であることが最も好ましい。また、初晶Siの粒径は50μm以下であることが好ましく、40μm以下であることがより好ましく、30μm以下であることが最も好ましい。
【0047】
Al-Fe-Si系化合物及び初晶Siの粒径を測定する方法は、本発明の効果を損なわない限りにおいて特に限定されず、従来公知の種々の組織観察手法を用いることができ、例えば、光学顕微鏡観察やSEM観察を用いればよい。より具体的には、例えば、過共晶Al-Si系合金鋳物の断面における微細組織を観察し、観察像において確認される初晶Si及びAl-Fe-Si系化合物をそれぞれ大きい方から単位面積当たり10個選定し、初晶Siについてはこれらの平均粒径を、Al-Fe-Si系化合物についてはこれらの最大長の平均を算出すればよい。
【0048】
以上、本発明の代表的な実施形態について説明したが、本発明はこれらのみに限定されるものではなく、種々の設計変更が可能であり、それら設計変更は全て本発明の技術的範囲に含まれる。
【実施例0049】
≪実施例≫
表1の実施例1~5として示す組成となるように配合した原料を黒鉛坩堝に挿入し、750℃で大気溶解した後、750℃で回転式脱ガス装置による脱ガス処理を施した。次に、重力鋳造法により舟型形状(JIS H 5202)に鋳造し、本発明の実施過共晶Al-Si系合金鋳物1~5を得た(鋳型温度:150℃)。表1には各組成における初晶SiとAl-Fe-Si系化合物の晶出温度も示しているが、全ての組成において、初晶Siの晶出温度はAl-Fe-Si系化合物の晶出温度よりも高くなっている。ここで、各晶出温度は鋳造時の冷却曲線から求めた。具体的には、舟型の底面から13mmの位置に熱電対の測温接点が来るように熱電対を固定し、鋳造時に熱電対を鋳ぐるみながら、冷却曲線を測定し、得られた冷却曲線における変曲点(晶出に伴い冷却速度が遅くなる点)での温度を晶出温度とした。
【0050】
【0051】
ここで、実施例4については、アルミニウム溶湯に粒径が1μm以下のAlP化合物を添加して、当該AlP化合物の添加に起因する過共晶Al-Si系合金鋳物のPの含有量を0.004wt%(40ppm)とした。なお、表1の実施例及び比較例1と4において「P(不可避不純物)」としているのは、不可避不純物として混入したPの含有量であり、「P(微細AlP化合物添加)」としているのはAlP化合物の添加に起因するPの含有量である。なお、比較例2と3の「P(不可避不純物)」量は、不可避的に混入したPとAl-19wt%Cu-1.2wt%P合金により、添加されたPの合計である。Al-19wt%Cu-1.2wt%P合金は、過共晶Al―Si合金において、初晶Si微細化用Pの添加のため一般的に用いられている。
【0052】
AlP化合物の添加には液体急冷法で作製したAl-P合金リボンを用いた。当該Al-P合金リボンの外観写真を
図1に示す。Al-P合金リボンの幅は10~20mm、厚さは約100μmである。また、Al-P合金リボンの組成はAl-0.07wt%Pである。
【0053】
Al-P合金リボン断面のSEM観察結果を
図2に示す。極めて微細なAlP化合物が分散しており、当該AlP化合物の平均粒径は0.2μmであった。
【0054】
得られた実施過共晶Al-Si系合金鋳物の底面から13mmの位置を中心として、1cm角の立方体を切り出し、断面にバフ研磨を施して組織観察用試料とした。実施過共晶Al-Si系合金鋳物1~5に関して、光学顕微鏡で観察されたミクロ組織を
図3~7にそれぞれ示す。また、これらの観察結果から測定された初晶SiとAl-Fe-Si系化合物の平均粒径を表1に示す。初晶Siについては、観察像において確認される初晶Siを大きい方から10個選定し、これらの初晶Siの平均粒径を算出した。Al-Fe-Si系化合物については、観察像において確認されるAl-Fe-Si系化合物を大きい方から単位面積当たり10個選定し、これらのAl-Fe-Si系化合物の最大長の平均を算出した。
【0055】
表1に示されている初晶SiとAl-Fe-Si系化合物の粒径から、全ての実施過共晶Al-Si系合金鋳物において、初晶Siの粒径が50μm以下、Al-Fe-Si系化合物の粒径が50μm以下となっており、初晶SiとAl-Fe-Si系化合物が共に微細化されていることが分かる。
【0056】
また、実施過共晶Al-Si系合金鋳物3と実施過共晶Al-Si系合金鋳物4を比較することで、同一組成のアルミニウム溶湯に対するAl-P合金リボン添加の影響を確認することができる。Al-P合金リボンを添加しない場合(実施過共晶Al-Si系合金鋳物3)の初晶Siの粒径は40μm、Al-P合金リボンを添加した場合(実施過共晶Al-Si系合金鋳物4)の初晶Siの粒径は30μmとなっており、Al-P合金リボン(粒径が1μm以下のAlP化合物)の添加によって、初晶Siが微細化されていることが分かる。
【0057】
また、実施過共晶Al-Si系合金鋳物5のAl-Fe-Si系化合物の粒径は10μmとなっており、顕著な微細化が認められる。実施過共晶Al-Si系合金鋳物5においては不可避不純物であるPの含有量が0.0008wt%と少ないことに加え、適量のミッシュメタルが添加されたことに起因していると考えらえる。
【0058】
≪比較例≫
表1の比較例1~4として示す組成とし、比較例2及び比較例3においてはAl-P合金リボンではなく、Al-19wt%Cu-1.2wt%P合金を用いてPを添加したこと以外は実施例と同様にして、比較過共晶Al-Si系合金鋳物1~4を得た。なお、Al-19wt%Cu-1.2wt%P合金を添加した比較例2及び比較例3中のAl-P化合物の平均粒径は2μmであった。表1には、実施例と同様にして求めた各組成における初晶SiとAl-Fe-Si系化合物の晶出温度も示しているが、比較例1、2及び4の組成では初晶SiとAl-Fe-Si系化合物の晶出温度が同じ値となっており、比較例3の組成では初晶Siの晶出温度がAl-Fe-Si系化合物の晶出温度よりも低い値となっている。ここで、比較例4については、実施例4と同様にしてアルミニウム溶湯にAl-P合金リボンを添加し、当該AlP化合物の添加に起因する過共晶Al-Si系合金鋳物のPの含有量を0.0005wt%(5ppm)とした。
【0059】
また、実施例と同様にして、比較過共晶Al-Si系合金鋳物1~4のミクロ組織を観察した。光学顕微鏡で観察された比較過共晶Al-Si系合金鋳物1~4のミクロ組織を
図8~11にそれぞれ示す。これらの観察結果から測定された初晶SiとAl-Fe-Si系化合物の最大粒径を表1に示す。
【0060】
全ての比較過共晶Al-Si系合金鋳物においてAl-Fe-Si系化合物が粗大化しており、Al-Fe-Si系化合物の粒径が50μmを超えている。特に、Al-19wt%Cu-1.2wt%P合金として、平均粒径2μmのAlP化合物を添加した比較過共晶Al-Si系合金鋳物2及びFeの含有量が多い比較過共晶Al-Si系合金鋳物3では、Al-Fe-Si系化合物の粗大化が顕著である。
【0061】
不可避不純物としてのPの含有量が15ppm以下であり、Al-P合金リボン(粒径が1μm以下のAlP化合物)を添加した比較過共晶Al-Si系合金鋳物4では初晶Siが微細化されているが、Al-Fe-Si系化合物の粒径が60μmとなっており、適量のミッシュメタルを添加していないことから、Al-Fe-Si系化合物の粗大化を十分に抑制することができていない。
【0062】
実施例1の組成を有する本発明の実施鋳物用過共晶Al-Si系合金及び比較例1の組成を有する比較鋳物用過共晶Al-Si系合金の冷却曲線を
図12及び
図13にそれぞれ示す。これらの冷却曲線は、舟型の底面から13mmの位置に熱電対の測温接点が来るように熱電対を固定し、鋳造時に熱電対を鋳ぐるみながら測定した。実施例1と比較例1の組成は、ミッシュメタル添加の有無以外は殆ど同じであるが、実施例1の場合は凝固時間が短くなっており、この間に晶出するAl-Fe-Si系化合物が微細化する。これに対し、比較例1の場合は過冷が抑制されており、凝固時間が長くなることでAl-Fe-Si系化合物が粗大化したものと考えられる。
【0063】
以上の結果より、比較的大量のFeを含有する過共晶Al-Si系合金であっても、適量のミッシュメタルを添加すると共に不可避不純物としてのPを15ppm以下に規制することで、冷却速度が大きなダイカスト法を用いることなく、初晶SiとAl-Fe-Si系化合物を共に微細化できることが分かる。また、粒径が1μm以下のAlP化合物を適量添加することで、初晶Siの微細化が促進されることが分かる。