(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024011070
(43)【公開日】2024-01-25
(54)【発明の名称】フロントピラー、フロントピラー上部メンバ、及びフロントピラーの製造方法
(51)【国際特許分類】
B62D 25/04 20060101AFI20240118BHJP
【FI】
B62D25/04 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022112759
(22)【出願日】2022-07-13
(71)【出願人】
【識別番号】000002082
【氏名又は名称】スズキ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001380
【氏名又は名称】弁理士法人東京国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】石幡 進之介
(72)【発明者】
【氏名】安池 重暁
【テーマコード(参考)】
3D203
【Fターム(参考)】
3D203AA02
3D203BB54
3D203CA02
3D203CA53
3D203CA58
3D203CA62
3D203CA67
3D203CA69
3D203CA73
3D203CA88
3D203CB03
3D203CB07
(57)【要約】
【課題】遅れ破壊を防止したフロントピラー、フロントピラー上部メンバ及びフロントピラーの製造方法を提供する。
【解決手段】フロントピラー上部メンバ18は、インナーパネル21とアウターパネル22とが重ね合わされて構成されて車両前後方向に二股に分岐するフロントピラー上部メンバ18において、インナーパネル21の外縁部に沿って外縁部に形成されてアウターパネル22に接合されるフランジ24a
1,24a
2と、一端辺のフランジ24a
1からアウターパネル22から離れる向きに隆起した後に屈曲して角部を形成して他端辺のフランジ24a
2に接続されるフロントピラー上部メンバ18上の段差部26と、段差部26の隆起形状に沿って屈曲して段差部26を被覆するパッチ23と、段差部26の角部から離れるように膨出するパッチ23の膨出形状23aと、膨出形状23aを含むパッチ23とインナーパネル21との間に充填される接着剤27と、を備える。
【選択図】
図4
【特許請求の範囲】
【請求項1】
インナーパネルとアウターパネルとが重ね合わされて構成されて車両前後方向に二股に分岐するフロントピラー上部メンバにおいて、
前記インナーパネルの外縁部に沿って前記外縁部に形成されて前記アウターパネルに接合されるフランジと、
一端辺の前記フランジから前記アウターパネルから離れる向きに隆起した後に屈曲して角部を形成して他端辺の前記フランジに接続される前記インナーパネルの表面上の段差部と、
前記段差部の隆起形状に沿って屈曲して前記段差部を被覆するパッチと、
前記段差部の前記角部から離れるように膨出する前記パッチの膨出形状と、
前記膨出形状を含む前記パッチと前記インナーパネルとの間に充填される接着剤と、を備えることを特徴とするフロントピラー上部メンバ。
【請求項2】
前記角部には車内に向けて突出する凸ビードが設けられ、
前記パッチは前記凸ビードの配置箇所に前記凸ビードを被覆するように設けられる請求項1に記載のフロントピラー上部メンバ。
【請求項3】
前記パッチの一端面は、前記フランジに設けられて車外側に凹んだ凹部内に沿わせるように屈曲する請求項1に記載のフロントピラー上部メンバ。
【請求項4】
インナーパネルとアウターパネルとが重ね合わされて構成されて車体のフロントドア用開口部の前縁部を形成するフロントピラーにおいて、
前記インナーパネル及び前記アウターパネルを貫通して設けられる窓用開口部と、
前記窓用開口部の周縁部を構成する前記インナーパネルのフロントピラー上部構造と、
前記フロントピラー上部構造に一体形成されて車体フレーム下部に接合されるフロントピラー下部構造と、
前記フロントピラー上部構造の外縁部に沿って前記外縁部に形成されて前記アウターパネルに接合されるフランジと、
一端辺の前記フランジから前記アウターパネルから離れる向きに隆起した後に屈曲して角部を形成して他端辺の前記フランジに接続される前記フロントピラー上部構造上の段差部と、
前記段差部の隆起形状に沿って屈曲して前記段差部を被覆するパッチと、
前記段差部の前記角部から離れるように膨出する前記パッチの膨出形状と、
前記膨出形状を含む前記パッチと前記インナーパネルとの間に充填される接着剤と、を備えることを特徴とするフロントピラー。
【請求項5】
プレス成形によりインナーパネルに窓用開口部及び外縁部に形成されたフランジと前記インナーパネルの延在方向に沿う段差部とを備えるフロントピラーの製造方法において、
前記段差部の角部で形成される稜線に沿って接着剤を付与する工程と、
前記段差部の前記角部から離れるように膨出する膨出形状を有して前記段差部の隆起形状に沿って屈曲するパッチを前記接着剤に被せる工程と、
前記パッチを前記段差部に押し当てて前記接着剤を伸展させる工程と、
前記パッチを前記インナーパネルに溶接する工程と、
前記接着剤を硬化させる工程と、を含むことを特徴とするフロントピラーの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車体のフレームを構成するフロントピラー、フロントピラー上部メンバ及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
四輪車両には、車体側方の視界を確保するために左右それぞれのフロントピラーに三角形又は台形の小窓が設けられた車種がある。このような車両が例えば正面衝突をしてフロントピラーに大きな衝撃が加わると、フロントピラーのうち断面形状が大きく変化する三叉路付近に応力が集中する。特に、小窓の上端がルーフに近い車種では、フロントピラーの意匠形状の曲率が大きくなる箇所と三叉路部分とが近くなるため、プレス成形後に応力が残留しやすいことが知られている。
【0003】
ところで、近年では、車体の軽量化や衝突事故時の乗車者の保護等を目的として、このフロントピラーに、引張強度980MPa以上の高強度鋼板である超高強度鋼板が適用されことがある。一般に、この引張強度が高くなると、鋼板の延性が低下することに加え、水素の侵入に対する耐性が低くなる。加えて、上述のようにプレス成形により強く屈曲されて応力が残留している箇所には水素が浸入しやすい。
【0004】
鋼板の組織内に浸入した水素は、鋼板の遅れ破壊の原因になる。遅れ破壊とは、高強度鋼部品が静的な負荷応力を受けた状態で一定時間経過した後、外見上はほとんど塑性変形を伴うことなく突然脆性的に破壊する現象をいう。水素の浸入には、例えば車体の製造時に車体が浸漬される電解液から浸入する場合や、車両使用時に雨雪に晒されることで浸入する場合などがある。よって、従来では、フロントピラーを超高強度鋼板が使用された構造のうち特に残留応力が集中する箇所に熱処理を施す、または遅れ破壊が発生しない形状に成形する、などの対策がとられていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、上述した従来の技術では、フロントピラーとしての強度や機能が十分に発揮できる形状にすることができないという課題があった。遅れ破壊が発生しない程度でしかフロントピラーを成形できないためである。また、フロントピラーに熱処理を施すと、熱処理を施した箇所に寸法のずれや表面性状の変化が発生するためである。
【0007】
本発明はこのような事情を考慮してなされたもので、遅れ破壊を防止したフロントピラー、フロントピラー上部メンバ及びフロントピラーの製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本実施形態に係るフロントピラー上部メンバは、インナーパネルとアウターパネルとが重ね合わされて構成されて車両前後方向に二股に分岐するフロントピラー上部メンバにおいて、前記インナーパネルの外縁部に沿って前記外縁部に形成されて前記アウターパネルに接合されるフランジと、一端辺の前記フランジから前記アウターパネルから離れる向きに隆起した後に屈曲して角部を形成して他端辺の前記フランジに接続される前記インナーパネルの表面上の段差部と、前記段差部の隆起形状に沿って屈曲して前記段差部を被覆するパッチと、前記段差部の前記角部から離れるように膨出する前記パッチの膨出形状と、前記膨出形状を含む前記パッチと前記インナーパネルとの間に充填される接着剤と、を備えるものである。
【0009】
本実施形態に係るフロントピラーは、インナーパネルとアウターパネルとが重ね合わされて構成されて車体のフロントドア用開口部の前縁部を形成するフロントピラーにおいて、前記インナーパネル及び前記アウターパネルを貫通して設けられる窓用開口部と、前記窓用開口部の周縁部を構成する前記インナーパネルのフロントピラー上部構造と、前記フロントピラー上部構造に一体形成されて車体フレーム下部に接合されるフロントピラー下部構造と、前記フロントピラー上部構造の外縁部に沿って前記外縁部に形成されて前記アウターパネルに接合されるフランジと、一端辺の前記フランジから前記アウターパネルから離れる向きに隆起した後に屈曲して角部を形成して他端辺の前記フランジに接続される前記フロントピラー上部構造上の段差部と、前記段差部の隆起形状に沿って屈曲して前記段差部を被覆するパッチと、前記段差部の前記角部から離れるように膨出する前記パッチの膨出形状と、前記膨出形状を含む前記パッチと前記インナーパネルとの間に充填される接着剤と、を備えるものである。
言い換えると、本実施形態に係るフロントピラーは、窓用開口部を有するインナーパネルと、前記インナーパネルの車内側の面に重ね合わされるパッチと、前記パッチを前記インナーパネルに接着する接着部と、前記窓用開口部に連通する開口部を有して前記インナーパネルに重ね合わされるアウターパネルと、を備え、前記インナーパネルは、前記アウターパネルに前記インナーパネルを接合するために前記インナーパネルの外縁部に沿って設けられる第一フランジと、前記アウターパネルに前記インナーパネルを接合するために前記インナーパネルの前記窓用開口部の縁部に沿って設けられる第二フランジと、前記第二フランジから車内側に向けて隆起し屈曲して角部を形成して前記第一フランジに接続する段差部と、を有し、前記パッチは、前記段差部の前記角部から離れるように前記段差部の隆起形状に沿って屈曲して膨出する膨出形状を有し、前記接着部は、前記パッチと前記インナーパネルとの間に充填されるものである。
【0010】
本実施形態に係るフロントピラーの製造方法は、プレス成形によりインナーパネルに窓用開口部及び外縁部に形成されたフランジと前記インナーパネルの延在方向に沿う段差部とを備えるフロントピラーの製造方法において、前記段差部の角部で形成される稜線に沿って接着剤を付与する工程と、前記段差部の前記角部から離れるように膨出する膨出形状を有して前記段差部の隆起形状に沿って屈曲するパッチを前記接着剤に被せる工程と、前記パッチを前記段差部に押し当てて前記接着剤を伸展させる工程と、前記パッチを前記インナーパネルに溶接する工程と、前記接着剤を硬化させる工程と、を含むものである。
【発明の効果】
【0011】
本発明により、遅れ破壊を防止したフロントピラー、フロントピラー上部メンバ及びフロントピラーの製造方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】本発明の実施形態に係るフロントピラーが適用される車体フレームの概略構成図。
【
図2】本発明の実施形態に係るフロントピラー上部メンバを車室側からみた概略側面図。
【
図4】(A)~(D)
図3のIV-IV線による切断断面図であって作業工程を示す図。
【
図5】本発明の実施形態に係るフロントピラーの製造方法のフローチャート。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の実施形態を添付図面に基づいて説明する。
なお、以下の説明及び図面における「前」、「後」、「上」、「下」、「右」、「左」、「車内側」及び「車外側」の向きは、実施形態に係るフロントピラーを取り付けた車両に乗車した運転者を基準にした向きとする。
【0014】
図1は、本発明の実施形態に係るフロントピラー10が適用される車体フレーム50の概略構成図である。
車体フレーム50で骨格が構成された車両100には、
図1に示されるように、車室の天井面を形成するルーフパネル101と、床面を形成するフロアパネル102と、が上下に並んで水平に配置される。車体フレーム50は、これらルーフパネル101及びフロアパネル102を連結する。
【0015】
以下、
図1を用いて車体フレーム50(10~22)について説明する。
フロアパネル102の左右の端辺には、車両前後方向に延びる左右一対のサイドシル13が接合される。また、ルーフパネル101の左右の端辺には、同様に車両前後方向に延びる左右一対のルーフサイドレール14が接合される。そして、左右一対のサイドシル13とルーフサイドレール14とは、左右対をなすピラー10,11,12がそれぞれ溶接されることで連結される。ピラー10,11,12は、フロントピラー10、センターピラー11及びリヤピラー12が車両前方からこの順で配置される。
【0016】
フロントピラー10には、フロントドアがヒンジで軸支される。このフロントドアは、フロントピラー10、サイドシル13、センターピラー11及びルーフサイドレール14に囲まれて形成されるフロントドア用開口部60に開閉可能に設けられる。つまり、フロントピラー10は、フロントドア用開口部60の前縁部を構成する。なお、サイドシル13、センターピラー11、ルーフサイドレール14及びリヤピラー12に囲まれて形成されるリヤドア用開口部70には、リヤドアが同様に設けられる。
【0017】
また、左右のフロントピラー10には、車幅方向に沿って配置されたダッシュパネル15が接合される。また、左右一対のフロントピラー10の前側の側面には左右一対のフロントインサイドパネル16がそれぞれ接合される。左右のフロントインサイドパネル16は、前端部で車幅方向に配置されたフロントクロスメンバ17で互いに連結される。そして、ダッシュパネル15、フロントインサイドパネル16及びフロントクロスメンバ17により、車体フレーム50の前部にエンジンルームが形成される。また、ダッシュパネル15の上方には、車室の前方を覆うフロントガラス103が配置される。フロントガラス103は、左右の端辺をフロントピラー10に挟まれてこのフロントピラー10に支持される。
【0018】
フロントピラー10は,板金のプレス成形品であるインナーパネルとアウターパネルとが重ね合わされて溶接されることで、閉断面構造を形成している。また、フロントピラー10は、フロントピラー上部メンバ18と、フロントピラー下部メンバ19と、が溶接により一体化されて構成される。以下の説明では、フロントピラー上部メンバ18のインナーパネル21を単に「インナーパネル21」と呼び、フロントピラー上部メンバ18のアウターパネル22を単に「アウターパネル22」と呼ぶ。
【0019】
フロントピラー上部メンバ18は、車両前後方向に二股に分岐している。分岐したフロントピラー上部メンバ18がフロントピラー下部メンバ19に接続されることで、フロントピラー10には、三角形又は台形の概形を有する開口部(窓用開口部)80が形成される。この窓用開口部80には、窓ガラス104が嵌め込まれて車両前方側方の視界を広げる固定窓として機能する。また、フロントピラー10には、衝突事故から乗車者を保護する観点から、引張強度980MPa以上の超高強度鋼板が使用される。
【0020】
なお、フロントピラー10を構成する部品点数又は部品形状は車種によって大きく異なる。車種によっては、フロントピラー上部メンバ18が二股に分岐されるのではなく、穿孔により窓用開口部80が形成されることもある。この場合、窓用開口部80の下端辺の縁部を構成しない。また、フロントピラー10の上部構造と下部構造とが一体成形され、フロントピラー上部メンバ18及びフロントピラー下部メンバ19のように明確に区別できない場合もある。
【0021】
次に、
図2及び
図3を用いて、フロントピラー10へのパッチ23の適用態様について説明する。
図2は、フロントピラー上部メンバ18を車室側からみた概略側面図である。また、
図3は、
図2の範囲Ωにおける拡大図である。
インナーパネル21の外縁部には、
図2及び
図3に示されるように、その外形に沿ってフランジ24aが設けられる。また、アウターパネル22の外縁部にも、同様にその外形に沿ってフランジ24bが設けられる。
【0022】
インナーパネル21のフランジ24aがアウターパネル22のフランジ24bに重ね合わされてスポット溶接されることで、フロントピラー10は上述の閉断面構造を形成する。この閉断面構造の内部空間90(
図4)には、例えば車内レコーダ、ツイータ及びそれらの配線が収容されることもある。
なお、インナーパネル21は、複数の鋼板成形品を接合して単一面にされることも、一枚の鋼板へのプレス成形により成形されることもある。アウターパネル22も同様に、一枚の鋼板で形成される場合も、複数の鋼板成形品を接合して単一面される場合もある。
【0023】
インナーパネル21の表面には、車室側に向けて凸形状を有する段差部26が設けられる。段差部26は、一端辺、例えば段差部26より前側、のフランジ24a1(24a)から隆起した後に屈曲して角部26aを形成して他端辺、例えば段差部26より後側、のフランジ24a2(24a)に接続される。つまり、段差部26には段差下側と段差上側の両方の端辺にフランジ24a1,24a2が接続されることになる。この段差部26には、接着剤27が塗布される。接着剤27は、周辺環境からインナーパネル21の組織構造内に浸入してこようとする水素を防止する。前述のようにフロントピラー10には超高強度鋼板が使用されるため、フロントピラー10は組織内に水素が浸入しやすい状態にある。特に、二股の分岐形状を有するフロントピラー上部メンバ18には、プレス成形時に発生した応力が残留するため水素が浸入しやすい。そこで、インナーパネル21に車室側から接着剤27を付与して水素の浸入を防止する。
【0024】
この接着剤27は、パッチ23により被覆される。パッチ23の端部はスポット溶接でインナーパネル21に接合される。パッチ23の素材は、例えばフロントピラー上部メンバ18と同程度以下の伸長強度を有する鋼板である。接着剤27が水素の浸入を阻止するため、パッチ23の素材は、水素を透過するものであってもよい。
【0025】
パッチ23は、段差部26の隆起形状に沿って屈曲した形状を有する。パッチ23で接着剤27の上から段差部26を被覆することで、水素の浸入から保護したい箇所に接着剤27を留める。パッチ23を適用する箇所は、インナーパネル21のプレス金型を設計する段階で実施されるシミュレーションによる絞り成形解析で特定される。一般には、窓用開口部80の周縁部のうち、特に曲率の強い箇所に応力が集中する。例えば、窓用開口部80が三角形状を有する場合、三角形状の3つの頂点の周辺に応力が集中するため、これらの頂点の周辺にパッチ23を適用するのが好ましい。このように、遅れ破壊の発生しやすい箇所にパッチ23を被せ留めることで、被せ留めた箇所をパッチ23自体の強度により補強することもできる。
【0026】
また、パッチ23には、段差部26の角部26aから離れるように膨出するパッチ23の膨出形状23aが形成される。パッチ23を段差部26に押し付けることで、インナーパネル21に塗布された接着剤27がこの膨出形状23aに押し込まれて充填される。パッチ23がこのような膨出形状23aを有することで、段差部26とパッチ23とがパッチ23の端辺以外の箇所、すなわちパッチ23の腹部で段差部26に接触することを防止することができる。よって、パッチ23の腹部が段差部26に接触することによる接着剤層の膜切れを防止することができる。また、仮に角部26a以外の箇所でパッチ23が段差部26に接触しても、水素の特に浸入しやすい角部26aにおいて、接着剤27の膜切れを防止することができる。なお、インナーパネル21上の凸ビード26b及び凹部26cについては、次の製造方法の説明で併せて説明する。
【0027】
次に、遅れ破壊の防止対策工程を組み込んだフロントピラー10の製造方法について、
図4(A)~(D)及び
図5を用いて説明する(適宜
図2又は
図3を参照)。
図4(A)~(D)は、
図3のIV-IV線による切断断面図である。
図4(A)~(D)では、
図4(A)から
図4(D)へ動作が進む。
また、
図5はフロントピラー10の製造方法のフローチャートである。
以下、ステップS11をS11と略記する。ステップS12以下も同様に略記する。また、使用されるインナーパネル21には上述のようにフランジ24a及び段差部26が形成されているものとする。
【0028】
まず、
図4(A)に示されるように、接着剤27をインナーパネル21の段差部26に塗布して、パッチ23を接着剤27に被せる(S11)。接着剤27は、段差部26の角部26aで形成される稜線に沿って塗布される。多くの場合、段差部26の角部26aの一部には、
図2、
図3及び
図4(A)~(D)に示されるように、段差部26の強度の確保などの観点から、車室内に向けて突出する凸ビード26bが設けられている。接着剤27を塗布する箇所は、段差部26のうち角部26aにこの凸ビード26bが設けられた箇所であることが望ましい。接着剤27を凸ビード26bの頂部又は付け根部に沿って塗布することで、接着剤27の位置決めが容易になる。
【0029】
また、段差部26の頂面26dには、
図2、
図3及び
図4(A)~(D)に示されるように、車外側に凹んだ凹部26cが設けられることがある。凹部26cは、例えば、ねじれ剛性や曲げ剛性の強化、又は皺の解消の目的で設けられる。そこで、パッチ23の一端面を屈曲させて、この凹部26cの内部まで沿わせる形状にすることが望ましい。このような形状により、凹部26cにパッチ23の端辺23bが先当たりして、角部26aや段差下のフランジ24a
1側に優先的に接着剤27を伸展させることができる。
【0030】
また、このようにパッチ23の端面を屈曲させて凹部26cの内部まで沿わせることで、パッチ23を段差部26の角部26aからより離れるように膨出させることができる。よって、パッチ23とインナーパネル21との隙間空間が大きくとれるため、接着剤27を確実にパッチ23の内部に分布させることができる。よって、より確実に接着剤層の膜切れを防止することができる。
【0031】
次に、
図4(B)及び
図4(C)に示されるように、パッチ23を押圧して接着剤27を伸展させる(S12)。このとき、接着剤27が膨出形状23aに充填されるような向きでパッチ23を押圧することが望ましい。具体的には、接着剤27を
図4(A)のように凸ビード26bの上部に配置した場合、段差部26の頂面26dから凸ビード26bに向けてパッチ23を押圧して、接着剤27を段差部26の側面から段差下のフランジ24a
1に流動させる。このように押圧することで、接着剤27は、段差下のフランジ24a
1に優先的に接着剤27を流動させてパッチ23全面に亘って接着剤27を行き渡らせることができる。
【0032】
次に、
図4(D)に示されるように、パッチ23の例えば端辺23bを溶接個所28としてインナーパネル21にスポット溶接をする(S13)。
パッチ23をスポット溶接することで、未硬化な接着剤27はパッチ23により段差部26の定位置に留められる。また、このとき、インナーパネル21のフランジ24aとアウターパネル22のフランジ24bとを溶接接合してフロントピラー上部メンバ18を成形する。さらに、フロントピラー上部メンバ18とフロントピラー下部メンバ19とを溶接接合してフロントピラー10を成形する。このように成形されたフロントピラー10を用いて、車体フレーム50を成形する。さらに、通常の車両製造工程に沿って、車体フレーム50にフロアパネル102やルーフパネル101などの各種金属パネルを溶接接合する。
【0033】
次に、車体フレーム50を電着塗装する(S14)。
そして、車体フレーム50の電着塗装の焼付け工程で接着剤27を硬化させて(S15)、フロントピラー10を含む車体フレーム50の製造工程を終了する(END)。なお、車体フレーム50には、さらに塗装工程など通常の車両製造と同様の後続の工程が施される。このように、車体フレーム50の組立工程でパッチ23を施工することで、別途工程を追加することなく遅れ破壊の対策をすることができる。
【0034】
以上のように、本発明の実施形態によれば、インナーパネル21の角部26aにおいて、接着剤27の膜切れによる水素の浸入を防止することができる。よって、より確実にフロントピラー10の遅れ破壊を防止することができる。この結果、遅れ破壊を発生させることなく、従来よりもプレス成形による変形量の大きい部品を製品化することできる。また、本発明の実施形態では、熱処理が不要なため、設計通りの寸法や表面性状を有するフロントピラー10を得ることができる。
【0035】
本発明のいくつかの実施形態を説明したが、これらの実施形態は、例として提示したものであり、発明の範囲を限定することは意図していない。
これら実施形態は、その他の様々な形態で実施されることが可能であり、発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置き換え、変更、組み合わせを行うことができる。
これら実施形態やその変形は、発明の範囲や要旨に含まれると同様に、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれるものである。
【0036】
例えば、車種によってルーフサイドレールとフロントピラーとが一体成形されて明確な区別のないものもある。本発明に係るフロントピラーには、このようなルーフサイドレールが一体的になったフロントピラーも含まれる。
【符号の説明】
【0037】
10…フロントピラー、11…センターピラー、12…リヤピラー、13…サイドシル、14…ルーフサイドレール、15…ダッシュパネル、16…フロントインサイドパネル、17…フロントクロスメンバ、18…フロントピラー上部メンバ、19…フロントピラー下部メンバ、21…フロントピラー上部パネルのインナーパネル、22…フロントピラー上部パネルのアウターパネル、23(23a,23b)…パッチ(膨出形状,端辺)、24a(24a1,24a2)…インナーパネルのフランジ、24b…インナーパネルのフランジ、26(26a~26d)…段差部、26a…角部、26b…凸ビード、26c…凹部、26d…頂面、27…接着剤、28…溶接個所、50…車体フレーム、60…フロントドア用開口部、70…リヤドア用開口部、80…窓用開口部、90…内部空間、100…車両、101…ルーフパネル、102…フロアパネル、103…フロントガラス、104…窓ガラス、Ω…拡大範囲。