(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024011071
(43)【公開日】2024-01-25
(54)【発明の名称】磁性複合体及びRFIDタグ
(51)【国際特許分類】
H01F 1/34 20060101AFI20240118BHJP
H01F 10/20 20060101ALI20240118BHJP
G06K 19/077 20060101ALI20240118BHJP
【FI】
H01F1/34 140
H01F10/20
G06K19/077 280
G06K19/077 144
G06K19/077 248
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022112761
(22)【出願日】2022-07-13
(71)【出願人】
【識別番号】000231970
【氏名又は名称】パウダーテック株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100166338
【弁理士】
【氏名又は名称】関口 正夫
(72)【発明者】
【氏名】石井 一隆
(72)【発明者】
【氏名】安賀 康二
【テーマコード(参考)】
5E041
5E049
【Fターム(参考)】
5E041AB01
5E041AB02
5E041AB19
5E041CA13
5E041NN06
5E041NN15
5E049AB04
5E049AB09
5E049BA27
5E049DB06
5E049DB08
5E049FC10
(57)【要約】
【課題】膜厚が比較的厚く、電気絶縁性などの諸特性に優れ、さらに密着性が良好なフェライト層を備える磁性複合体、及び前記磁性複合体を備えたRFIDタグを提供すること。
【解決手段】樹脂基材と、前記樹脂基材の表面上に設けられたフェライト層と、を備えた磁性複合体であって、前記フェライト層は、スピネル型結晶相を母相とし、厚さ(d
F)が2.0μm以上であり、且つCo-Kαを線源に用いたX線回折分析においてスピネル型結晶相の(311)面に基づく回折線(I
311)の半値全幅(FWHM)が1.000°以上1.200°以下である磁性複合体。
【選択図】
図5
【特許請求の範囲】
【請求項1】
樹脂基材と、前記樹脂基材の表面上に設けられたフェライト層と、を備えた磁性複合体であって、
前記フェライト層は、スピネル型結晶相を母相とし、厚さ(dF)が2.0μm以上であり、且つCo-Kαを線源に用いたX線回折分析においてスピネル型結晶相の(311)面に基づく回折線(I311)の半値全幅(FWHM)が1.000°以上1.200°以下である磁性複合体。
【請求項2】
前記フェライト層は、鉄(Fe)及び酸素(O)を含み、さらに鉄(Fe)以外の遷移金属元素、リチウム(Li)、マグネシウム(Mg)、及びアルミニウム(Al)からなる群から選ばれる少なくとも一種の元素を含む、請求項1に記載の磁性複合体。
【請求項3】
前記樹脂基材は、その厚さ(dR)が10.0μm以上である、請求項1又は2に記載の磁性複合体。
【請求項4】
前記フェライト層は、その表面の算術平均粗さ(Ra)が0.10μm以上0.30μm以下である、請求項1又は2に記載の磁性複合体。
【請求項5】
前記フェライト層は、その表面抵抗が1.00×109Ω以上1.00×1012Ω以下である、請求項1又は2に記載の磁性複合体。
【請求項6】
請求項1又は2に記載の磁性複合体を備えたRFIDタグ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、磁性複合体及びRFIDタグに関する。
【背景技術】
【0002】
RFID(Radio Frequency Identification)システムは、電磁波を利用した非接触通信により個体識別する技術であり、ユビキタス社会実現のキーデバイスとして注目を集めている。一般的なRFIDシステムは、RFIDタグ、リーダライタ、及び処理システムで構成されている。RFIDタグは、主としてICチップとアンテナとを備えている。リーダライタは、電磁誘導又は電磁波によりタグと通信し、それによりタグ内蔵のICチップと情報を交換する。
【0003】
RFIDシステムは、その使用周波数に応じてHF帯(13.56MHz等)、UHF帯(915~928MHz等)、及びマイクロ波(2.45GHz等)を利用する3種のシステムに大別される。HF帯RFIDは、電磁誘導方式での近距離通信システムを用いており、携帯電話課金システム(おさいふケータイ(登録商標))やICカード乗車券(Suica(登録商標))などに用いられている。これに対して、UHF帯RFIDシステムは、電磁波方式での通信システムを利用するため、HF帯に比べて通信距離が長く通信エリアが広いという特長がある。また一度に多数のタグを認識できるという利点がある。そのため、物流管理や商品管理、あるいは車両や人の個体管理などの分野での市場拡大が期待されている。
【0004】
ところで、RFID使用時にタグ近傍に金属が存在すると、タグの送受信性能(読み取り性能)が低下するという問題がある。例えば、物流管理や商品管理の用途において、金属物品にタグを貼り付けて使用する場合には、金属による電磁干渉が生じ、これが送受信性能低下をもたらすことがある。具体的には、リーダライタからタグに送られた電磁波が金属に集束し、そこで渦電流を発生させて損失をもたらす。そのためタグからデータを再びアンテナに打ち返すためのエネルギーが効率的に得られなくなり、その結果、読み取り性能、例えば読み取り距離の低下につながる。
【0005】
このような問題を解消するために、フェライト粉末などの磁性粉を含む磁性シートをタグに設ける手法が提案されている。タグのアンテナとICチップとの間に磁性シートを設けると、アンテナが受信した電磁波が磁性シートに集束するため、金属が近傍にあったとしても電磁波の取り込みが抑えられる。またフェライト粉末は電気抵抗が高いため渦電流による損失が小さい。そのため読み取り性能向上につながるとされている。
【0006】
例えば、特許文献1には、軟質フェライト粉末を、熱可塑性樹脂を含む有機溶媒中に分散させて含むポリマー厚膜遮蔽組成物が開示されている(特許文献1の請求項1~8)。また当該遮蔽物を、高周波識別(RFID)回路が他の金属表面から遮蔽される必要がある用途において使用されること、組成物をポリエステルまたは他の基材上にスクリーン印刷して乾燥させることが記載されている(特許文献1の[0001])。
【0007】
特許文献2には、フェライト系粒子と樹脂により構成され、フェライト系粒子が3次元的に連結した骨格を有し、前記骨格の間隙が前記樹脂により埋設されたフェライト系コンポジットシートが開示されている(特許文献2の請求項1~8)。また当該コンポジットシートによれば、良好な通信距離を確保できるため、リーダ/ライタ交信用スパイラルアンテナを有する通信装置や通信端末に有用であることが記載されている(特許文献2の[0039])。
【0008】
特許文献3には、所定組成のFeNiZnCoフェライト膜を、アンテナ導体を含む主部材に対して接触配置又は近接配置してなるRFIDタクが開示されている(特許文献3の請求項1~13)。またRFIDタグに当該フェライト膜を用いると、タグ近傍に金属構成物があったとしても送受信性能の劣化を抑えることができ、認識率の向上に寄与することが記載されている(特許文献3の[0023])。
【0009】
特許文献4には、RFIDタグの用途ではないものの、AD法またはフェライトメッキ法を用いてフェライト膜を製造し、このフェライト膜を電波吸収体に適用することが開示されている(引用文献4の請求項1~3)。具体的には、フェライト基材の組成がNi0.5Zn0.5Fe2O4となるようにフェライト原料粉末を配合し、ミキサで混合した後、ノズルに供給し、チャンバー内の圧力を7Paに調整して、ノズルの先端からエアロゾル化されたフェライト原料粉末をポリイミド樹脂からなる基板に5リットル/minの流量で噴射することにより、膜厚5μmのフェライト基材を作製し、このフェライト基材にエッチング処理で直径2μmの孔を16個形成して、電波吸収体を得ることが記載されている(引用文献4の[0020])。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2013-194241号公報
【特許文献2】特開2010-147218号公報
【特許文献3】特開2007-277080号公報
【特許文献4】特開2006-269675号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
このように、フェライト磁性シートをRFIDタグに適用する技術が従来から提案されるものの、従来の技術には改良の余地がある。具体的には、磁性シートのUHF帯での磁気特性及び電気絶縁性が不十分であり、UHF帯RFIDタグに磁性シートを適用した場合に十分な読み取り性能(読み取り距離)を確保することが困難となる。例えば、特許文献1や特許文献2に開示されるようにフェライト粉末と樹脂の複合材料からなるシートには、非磁性たる樹脂成分が存在する。磁性体たるフェライト成分の充填率が低いため、磁気特性及び読み取り性能を高める上で限界がある。UHF帯RFIDシステムでは、主として中~長距離通信が利用されているため、読み取り性能の確保は重要である。
【0012】
また基材上に設けた磁性シートをRFIDタグに適用する場合、基材と磁性シートの密着性が不十分という問題がある。物流管理や商品管理などの分野ではタグを再利用するケースが多い。そのような場合には、タグの貼り付け及び剥離が繰り返され、そのたびに磁性シートに応力が加わる。磁性シートの密着性が不十分であると、磁性シートが基材から剥離し、それによってタグの性能が劣化し、場合によっては使用できなくなることがある。
【0013】
そのため、フェライト膜をRFIDタグ、特にUHF帯RFIDタグに適用する上で、読み取り性能の改善、及び基材との密着性改善が重要である。
【0014】
本発明者らは、このような問題点に鑑みて、鋭意検討を行った。その結果、樹脂基材とフェライト層とを備えた磁性複合体において、フェライト層の結晶状態が重要であり、これを制御することで、膜厚が比較的厚く、電気絶縁性などの諸特性に優れ、さらに密着性が良好なフェライト層を得ることができるとの知見を得た。また、そのような磁性複合体をRFIDタグ、特にUHF帯RFIDタグに適用すると、十分な読み取り性能を確保できるとの知見を得た。
【0015】
本発明は、このような知見に基づき完成されたものであり、膜厚が比較的厚く、電気絶縁性などの諸特性に優れ、さらに密着性が良好なフェライト層を備える磁性複合体、及び前記磁性複合体を備えたRFIDタグの提供を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明は、下記(1)~(6)の態様を包含する。なお、本明細書において、「~」なる表現は、その両端の数値を含む。すなわち「X~Y」は「X以上Y以下」と同義である。
【0017】
(1)樹脂基材と、前記樹脂基材の表面上に設けられたフェライト層と、を備えた磁性複合体であって、
前記フェライト層は、スピネル型結晶相を母相とし、厚さ(dF)が2.0μm以上であり、且つCo-Kαを線源に用いたX線回折分析においてスピネル型結晶相の(311)面に基づく回折線(I311)の半値全幅(FWHM)が1.000°以上1.200°以下である磁性複合体。
【0018】
(2)前記フェライト層は、鉄(Fe)及び酸素(O)を含み、さらに鉄(Fe)以外の遷移金属元素、リチウム(Li)、マグネシウム(Mg)、及びアルミニウム(Al)からなる群から選ばれる少なくとも一種の元素を含む、上記(1)の磁性複合体。
【0019】
(3)前記樹脂基材は、その厚さ(dR)が10.0μm以上である、上記(1)又は(2)の磁性複合体。
【0020】
(4)前記フェライト層は、その表面の算術平均粗さ(Ra)が0.10μm以上0.30μm以下である、上記(1)又は(2)の磁性複合体。
【0021】
(5)前記フェライト層は、その表面抵抗が1.00×109Ω以上1.00×1012Ω以下である、上記(1)又は(2)の磁性複合体。
【0022】
(6)上記(1)又は(2)の磁性複合体を備えたRFIDタグ。
【発明の効果】
【0023】
本発明によれば、膜厚が比較的厚く、電気絶縁性などの諸特性に優れ、さらに密着性が良好なフェライト層を備える磁性複合体、及び前記磁性複合体を備えたRFIDタグが提供される。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【
図5】磁性複合体をRFIDタグに適用した例を示す。
【
図6】エアロゾルデポジション成膜装置の構成の一例を示す。
【発明を実施するための形態】
【0025】
本発明の具体的な実施形態(以下、「本実施形態」という)について説明する。なお、本発明は、以下の実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を変更しない範囲において種々の変更が可能である。
【0026】
<<1.磁性複合体>>
本実施形態の磁性複合体は、樹脂基材と、この樹脂基材の上に設けられたフェライト層と、を備える。フェライト層は、スピネル型結晶相を母相とし、厚さ(dF)が2.0μm以上である。またフェライト層は、Co-Kαを線源に用いたX線回折分析においてスピネル型結晶相の(311)面に基づく回折線(I311)の半値全幅(FWHM)が1.000°以上1.200°以下である。磁性複合体について、以下に詳細に説明する。
【0027】
樹脂基材は、フェライト層の支持基体として働く。樹脂基材を構成する樹脂は、特に限定されない。単体樹脂であってもよく、あるいは2種類以上の樹脂の混合体や共重合体であってもよい。好ましくは、樹脂は、ポリカーボネート(PC)、ポリイミド(PI)、ポリ塩化ビニル(PVC)、ポリオキシメチレン(POM)、アクリロニトリルブタジエンスチレン(ABS)、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)、及びポリアミド(PA)からなる群から選択される少なくとも一種である。これらの樹脂は機械的強度に優れ、電気絶縁性に優れている。
【0028】
樹脂基材を構成する樹脂の比重は、0.95g/cm3以上であることが好ましい。比重が0.95g/cm3より小さい場合は、成膜する際に原料粒子が基材に衝突するときの衝突エネルギーが分散しやすく原料粒子の塑性変形が起こりにくい。そのためフェライト層の形成が困難になる。
【0029】
樹脂基材の色調は限定されない。例えば、無色透明又は淡色の樹脂を用いることができる。また光が透過する程度に着色された樹脂を用いてもよい。このような樹脂を基材に用いて作製した磁性複合体では、フェライト層を形成していない面から見たときに、樹脂を通してフェライト層を見ることができる。そのため、光を透過しない樹脂を用いた場合には得られない意匠性を複合体に付与することが可能となる。
【0030】
樹脂基材の形状も限定されない。基材はシート状であってもよく、あるいはシート以外の形状を有してもよい。例えば、3次元的に複雑形状をもつ樹脂基材を用いてもよい。また樹脂基材の表面全体にフェライト層を設けてもよく、あるいは一部にフェライト層を設けてもよい。例えば、複雑形状の樹脂基材を用い、この樹脂基材の一部の面にフェライト層を設けてもよい。複雑形状の樹脂基材にフェライト層を設けるためには、従来は、シート状の樹脂基材を打ち抜き成型し、打ち抜いた部材にフェライトシートを張り付ける作業が必要であった。本実施形態の磁性複合体を用いると、このような作業が不要になるため、低コストで磁性複合体を得ることができる。また樹脂とフィラーの一体混合物からなるフェライトシートとは異なり、樹脂基材とフェライト層が明確に分かれているため、従来は得られなかった意匠性をもたせることができる。
【0031】
好ましくは、樹脂基材の厚さ(dR)は10.0μm(0.01mm以上)以上である。樹脂基材が過度に薄いと、十分な機械的強度を付与することが困難になる。基材厚さは35.0μm(0.035mm)以上がより好ましく、100μm(0.1mm)以上がさらに好ましく、500μm(0.5mm)以上が特に好ましい。基材厚さの上限は特に限定されない。しかしながら、厚さを適度に抑えることで、磁性複合体に可撓性をもたせることが可能になる。そのため、例えば、曲面を有するRFIDタグのその曲面に磁性複合体を適用することができる。またタグが薄型化されるため、ラベルプリンタを用いてタグの連続発行が可能になるという利点もある。基材厚さは5000μm(5mm)以下、2000μm(2mm)以下、または1000μm(1mm)以下であってもよい。
【0032】
樹脂基材は、板状であってもよく、あるいはシート状であってもよい。しかしながら好ましくはシート状である。シート状の樹脂基材(樹脂シート)を用いることで、可撓性に優れる磁性複合体を作製することが可能になる。また樹脂基材は、樹脂のみから構成されてもよく、あるいは、非樹脂基材と樹脂層との積層体であってもよい。この場合には、非樹脂基材の上に積層された樹脂層が樹脂基材に相当する。非樹脂基材として、金属フィルムなどを用いることができる。
【0033】
本実施形態のフェライト層はスピネル型結晶相を母相とする。すなわちスピネル型フェライトを主成分とする多結晶体である。スピネル型フェライトから構成される結晶粒子の集合体と言うこともできる。スピネル型フェライトは、スピネル型結晶構造を有する鉄(Fe)の複合酸化物であり、AB2O4の基本組成(A、Bのそれぞれは、Li、Mg、Mn、Fe、Co、Ni、Cu、及び/又はZn等)を有する。またスピネル型フェライトは、その多くが軟磁性を示す。軟磁性スピネル型結晶相を母相とすること、つまりスピネル型フェライトを主成分とする層を備えることで、磁性複合体の磁気特性が優れたものになる。なお、スピネル以外に、AFe12O19等の基本組成を有するマグネトプランバイト型の六方晶型結晶構造をもつフェライトが存在する。しかしながら、このようなフェライトは、その多くは硬磁性を示すため、磁性複合体に適用した場合に磁気特性を十分に発現できない。
【0034】
なお本明細書で、主成分とは、含有量50.0質量%以上の成分を指す。スピネル型フェライトの優れた磁気特性を活かすため、フェライト層中のスピネル型フェライト(フェライト相)の含有割合は、好ましくは60.0質量%以上、より好ましくは70.0質量%以上、さらに好ましくは80.0質量%以上、特に好ましくは90.0質量%以上である。フェライト層は、フェライト以外の成分を含んでもよい。そのような成分として、α-Fe2O3相などが挙げられる。
【0035】
スピネル型フェライトの種類は、特に限定されない。例えば、マンガン(Mn)系フェライト、マンガン亜鉛(MnZn)系フェライト、マグネシウム(Mg)系フェライト、マグネシウム亜鉛(MgZn)系フェライト、ニッケル(Ni)系フェライト、ニッケル亜鉛(NiZn)系フェライト、ニッケル銅亜鉛(NiCuZn)系フェライト、コバルト(Co)系フェライト、コバルト亜鉛(CoZn)系フェライト、及びリチウム(Li)系フェライトからなる群から選択される少なくとも一種が挙げられる。また複数種のフェライトの混晶及び/又は固溶体であってもよい。
【0036】
好ましくは、フェライト層は、ニッケル(Ni)系フェライト、ニッケル銅(NiCu)系フェライト、及びニッケル銅亜鉛(NiCuZn)系フェライトである。これらのフェライトは価数が安定なニッケル(Ni)を含むが故に、電気絶縁性に優れる。フェライトの組成は、限定される訳ではないが、例えば、Fe2O3:46.0~52.0mol%、NiO:10.0~20.0mol%、CuO:0.0~7.0mol%、ZnO:25.0~35.0mol%である。
【0037】
本実施形態のフェライト層の厚さ(dF)は2.0μm以上に限定される。厚さが2.0μm未満であると、フェライト層の膜厚が不均一化しやすく、膜強度が低下する。加えて、これが磁気特性の低下につながる傾向にある。そのため磁性複合体をRFIDタグに適用した場合に、読み取り性能が低下する恐れがある。読み取り性能向上の観点から、厚さは10.0μm以上が好ましく、50.0μm以上がより好ましい。厚さの上限は限定されない。しかしながら、過度に厚いフェライト層を、緻密さを維持しながら成膜することは困難である。またフェライト層が過度に厚いと、フェライト層の内部応力が大きくなり過ぎてしまい、フェライト層が剥離する恐れがある。特に、磁性複合体に可撓性を付与する場合には、フェライト層が適度に薄いことが望ましい。厚さは100.0μm以下が好ましく、50.0μm以下がより好ましく、20.0μm以下がさらに好ましく、10.0μm以下が特に好ましい。またフェライト層は樹脂基材と直接接触していること、すなわちフェライト層と樹脂基材との間に他の層が介在しないことが好ましい。
【0038】
なお厚さ(dF)は、樹脂基材に設けられるフェライト層の厚さの合計である。基材の表裏面の一方にのみフェライト層が設けられているときは、そのフェライト層の厚さがdFに相当する。基材表裏面の両方にフェライト層が設けられているときは、それぞれのフェライト層の厚さの合計がdFに相当する。
【0039】
また基材が、複数の層で構成される積層体である場合には、フェライト層が直接接触する層の厚さが基材厚さに相当する。基材に凹凸がある場合には、フェライト層が形成される基材の最薄部と最厚部の算術平均を基材の厚さdRとし、複合体の最薄部と最厚部の算術平均と基材の厚さdRとの差をフェライト層の厚さdFとする。複合体の両面にフェライト層が形成されている場合には、複合体の最薄部と最厚部の算術平均と基材の厚さdRとの差がフェライト層の厚さdFとみなす。すなわち、同じ膜厚のフェライト層が基材両面に形成されている場合には、片面のフェライト層の厚さの2倍がdFに相当する。
【0040】
本実施形態のフェライト層は、Co-Kαを線源に用いたX線回折分析においてスピネル型結晶相の(311)面に基づく回折線(I311)の半値全幅(FWHM)が1.000°以上1.200°以下に限定される。FWHMが1.000°より小さいと、フェライト層中粒子の塑性変形が不十分である。そのため基材へのアンカー効果が弱くなり、フェライト層が剥離しやすくなる。また磁気損失が増大する恐れがある。一方でFWHMが1.200°を超える場合には、塑性変形が過大となり、その結果、フェライト以外の生成物が多量に生成し、これが磁気特性低下につながる。
【0041】
好ましくは、フェライト層が、鉄(Fe)及び酸素(O)を含み、さらに鉄(Fe)以外の遷移金属元素、リチウム(Li)、マグネシウム(Mg)、及びアルミニウム(Al)からなる群から選択される少なくとも一種の元素を含む。鉄(Fe)以外の遷移金属元素として、チタン(Ti)、バナジウム(V)、クロム(Cr)、マンガン(Mn)、コバルト(Co)、ニッケル(Ni)、銅(Cu)、及び亜鉛(Zn)からなる群から選択される少なくとも一種が挙げられる。
【0042】
好ましくは、フェライト層がフェライト構成成分を含む。フェライト構成成分とは、主成分たるスピネル型フェライトを構成する成分のことである。例えばフェライト層がマンガン亜鉛(MnZn)フェライトを主成分とする場合には、フェライト構成成分は、鉄(Fe)、マンガン(Mn)、亜鉛(Zn)及び酸素(O)である。フェライト層がニッケル銅亜鉛(NiCuZn)フェライトを主成分とする場合には、フェライト構成成分は、鉄(Fe)、ニッケル(Ni)、銅(Cu)、亜鉛(Zn)及び酸素(O)である。さらに不可避不純物とは、製造時に不可避的に混入する成分であり、その含有量は典型的には1000ppm以下である。特にフェライト層は、酸化物以外の成分、特に樹脂成分を含まないことが好ましい。
【0043】
好ましくは、フェライト層がフェライト構成成分を含み、残部が不可避不純物の組成を有する。すなわち、フェライト構成成分以外の有機成分や無機成分を、不可避不純物量を超えて含まないことが好ましい。本実施形態のフェライト層は、バインダーなどの樹脂成分又は焼結助剤などの無機添加成分を加えなくても十分に緻密化しやすい。非磁性体の含有量を最小限にすることで、フェライトに基づく優れた磁気特性を十分に活かすことができる。
【0044】
好ましくは、フェライト層は、その膜密度が4.30g/cm3以上である。フェライト層を緻密にすることで、フェライト層の磁気特性及び電気絶縁性をさらに高めることが可能である。そのため磁性複合体をRFIDタグに適用した場合に、読み取り性能のより一層の向上を図ることができる。これに対して、緻密度に劣るフェライト層は内部に空孔を有する多孔質状態となる。そのため磁気特性、特に透磁率実部(μ’)や損失係数(tanδ)が悪化するとともに、電気絶縁性が低下する恐れがある。膜密度は4.50g/cm3以上がより好ましく、4.60g/cm3以上がさらに好ましく、4.70g/cm3以上が特に好ましく、4.80g/cm3以上が最も好ましい。膜密度の上限は特に限定されない。しかしながら、典型的には5.45g/cm3以下である。
【0045】
好ましくは、フェライト層は、その表面の算術平均粗さ(Ra)が0.10μm以上0.30μm以下である。表面Raを適切に制御することで、電磁波の乱反射が抑えられる。そのため、磁性複合体をRFIDタグに適用した場合に、読み取り性能がより一層向上する。これに対して、Raが過度に大きいと、電磁波の乱反射が大きくなり、RFIDタグの読み取り性能低下につながる。またフェライト層の膜厚が不均一になるため、高電圧印加時に局所的に電界が集中し、リーク電流が発生する恐れがある。Raは0.10μm以上0.25μm以下がより好ましく、0.10μm以上0.20μm以下がさらに好ましい。
【0046】
好ましくは、フェライト層は、その表面抵抗が1.00×109Ω以上1.00×1012Ω以下である。表面抵抗は原料粉の抵抗に依存する。表面抵抗を高くすることで、フェライト層の電気絶縁性が向上し、磁性複合体をデバイスに適用した際に渦電流発生などの問題を抑えることが可能になる。そのため、例えばRFIDタグに適用した場合に読み取り性能がより一層向上する。電気絶縁性及び読み取り性能向上の観点から、表面抵抗は1.00×1010Ω以上1.00×1012Ω以下がより好ましく、1.00×1011Ω以上1.00×1012Ω以下がさらに好ましい。
【0047】
好ましくは、フェライト層と樹脂基材との間の密着強度が鉛筆硬度でH以上である。ここで、鉛筆硬度での密着強度とは、旧JIS K5400に準拠する鉛筆硬度試験(鉛筆引っかき試験)で評価した際に、フェライト層の剥がれが観察されない最大硬度である。鉛筆硬度は、3B、2B、B、HB、F、H、2H、3H、4H、5H、6H、7H、8H、9H、10Hの順に高くなり、硬度が高いほど密着性に優れることを意味する。密着強度を高めることで、磁性複合体使用時のフェライト層の剥離を抑制することができる。密着強度は4H以上がより好ましく、5H以上がさらに好ましく、6H以上が特に好ましい。
【0048】
磁性複合体の形態は特に限定されない。
図1に示すように、フェライト層(フェライト膜)を樹脂基材の表面全体に設ける態様としてもよい。
図2に示すように、フェライト層を樹脂基材表面の一部のみに設ける態様としてもよい。樹脂基材の片面のみならず、両面にフェライト層を設ける態様としてもよい。
図3に示すように、厚さを部分的に変化させたフェライト層を樹脂基材の表面に設ける態様としてもよい。さらに
図4に示すように、棒状の樹脂基材の外周にフェライト層を巻き付ける態様としてもよい。
【0049】
本実施形態の磁性複合体は、膜厚が比較的厚く、電気絶縁性などの諸特性に優れる。このような磁性複合体をRFIDタグ、特にUHF帯RFIDタグに適用すると、良好な読み取り性能を付与できる。また磁性複合体が備えるフェライト層は密着性が良好である。そのため、フェライト層の基材からの剥離、及びそれによるタグの性能劣化を防止することができる。
【0050】
このように、本実施形態の磁性複合体は、これをRFIDタグに用いることが好適であるものの、RFIDタグ用のものに限定される訳ではない。電気絶縁性などの諸特性及び密着性に優れる磁性複合体を、RFIDタグ以外の用途、例えば、コイル及び/又はインダクタ機能を有する素子又は部品、電子デバイス、電子部品収納用筐体、電磁波吸収体、電磁波シールド、あるいはアンテナ機能を有する素子又は部品に適用可能であることは言うまでもない。
【0051】
<<2.RFIDタグ>>
本実施形態のRFIDタグは、上述した磁性複合体を備える。RFIDタグは、その使用周波数がHF帯(13.56MHz等)、UHF帯(915~928MHz等)、及びマイクロ波(2.45GHz等)のいずれであってもよい。しかしながら、UHF帯で使用されるタグ(UHF帯RFIDタグ)が好適である。本実施形態の磁性複合体を備えるRFIDタグは、通信距離が長い条件下で使用されたとしても、良好な読み取り性能を維持することができる。またRFIDタグは、電源をもたないパッシブ型及び内蔵電源を有するアクティブ型のいずれであってもよい。
【0052】
RFIDタグの構成は公知の態様とすればよい。具体的には、RFIDタグは、磁性複合体とICチップとアンテナ導体とを備える。フェライト層はアンテナ導体に対して接触配置又は近接配置していることが好ましい。このような態様とすることで、フェライト層に集束した電磁波をアンテナが効果的に受信するため、読み取り性能がより一層向上する。
【0053】
RFIDタグの構成の一例を
図5に示す。RFIDタグは、樹脂基材と、この樹脂基材の一表面に設けられたフェライト層(フェライト膜)と、フェライト層の一表面に設けられた金属導体(アンテナ導体)と、金属導体上に実装されたIDタグ用チップ(ICチップ)と、を備える。樹脂基材とフェライト層とが磁性複合体を構成する。またフェライト層表面に設けられた金属導体は、アンテナパターンを形成するようにパターン化されている。フェライト層は周囲の空間よりも透磁率が高い。そのためフェライト層に電磁波が集まりやすい。フェライト層の上にアンテナパターンを設けることで、アンテナ感度をより一層向上させることが可能となる。
【0054】
本実施形態のRFIDタグは、上述した磁性複合体、つまり膜厚が比較的厚く、電気絶縁性などの諸特性に優れ、さらに密着性が良好なフェライト層を備える磁性複合体を備える。そのため、読み取り性能に優れるとともに、剥離による性能劣化が抑制されるという特長がある。
【0055】
<<2.磁性複合体の製造方法>>
本実施形態の磁性複合体は、上述した要件を満足する限り、その製造方法は限定されない。しかしながら好適な製造方法は、以下の工程;樹脂基材と、平均粒径(D50)が2.5μm以上10.0μm以下のスピネル型フェライト粉末と、を準備する工程(準備工程)、及びこのフェライト粉末をエアロゾルデポジション法で樹脂基材の表面に成膜する工程(成膜工程)を備える。
【0056】
このように、特定の粒径をもつフェライト粉末を原料とし、エアロゾルデポジション法(AD法)で成膜を行うことで、比較的厚いフェライト層を高い成膜速度で作製することができる。このフェライト層は緻密であり、電気絶縁性などの諸特性に優れるとともに、基材との密着性に優れている。したがって磁性複合体の製造方法として好適である。各工程について、以下に詳細に説明する。
【0057】
<準備工程>
準備工程では、樹脂基材とスピネル型フェライト粉末とを準備する。樹脂基材の詳細については、先述したとおりである。一方で、スピネル型フェライト粉末として、その平均粒径(D50)が2.5μm以上10.0μm以下の粉末を準備する。平均粒径は、好ましくは2.5μm以上7.0μm以下である。平均粒径を上記範囲内に調整することで、後続する成膜工程で、緻密で密着力の高いフェライト層を得ることができる。体積粒度分布における10%累積径(D10)は0.5μm以上2.0μm以下が好ましく、90%累積径(D90)は、8.0μm以上20.0μm以下が好ましい。
【0058】
フェライト粉末の作製手法は、限定されない。しかしながら、好適には、フェライト原料混合物を、大気よりも酸素濃度が低い雰囲気下で本焼成して焼成物を作製し、得られた焼成物を粉砕して、特定の粒径の不定形状の粒子を作製するのがよい。また焼成前に、フェライト原料混合物に、仮焼成、粉砕、及び/又は造粒処理を施してもよい。フェライト原料として、酸化物、炭酸塩、及び水酸化物などの公知のフェライト原料を用いればよい。
【0059】
さらにフェライト粉末の粒径のCV値は0.5以上2.5以下が好ましい。ここでCV値は粉末中粒子の粒径のバラツキ度合いを示すものであり、粒径が均一であるほど小さくなり、不均一であるほど大きくなる。不定形粒子の得るための一般的な粉砕法(ビーズミル、ジェットミル等)では0.5を下回る粉末を得ることが困難である。一方で2.5超の粉末は、原料供給容器からノズルまでの配管中で閉塞しやすい。そのため成膜時間の経過とともに成膜速度が不安定になる恐れがある。なおCV値は、体積粒度分布における10%累積径(D10)、50%累積径(D50;平均粒径)、及び90%累積径(D90)を用いて下記(1)式にしたがって求められる。
【0060】
【0061】
フェライト粉末作製時に仮焼成を行う場合には、例えば、大気雰囲気下、500~1100℃×1~24時間の条件で仮焼成すればよい。また本焼成を行う場合には、本焼成は、例えば、大気又は還元性雰囲気などの雰囲気下、800~1350℃×4~24時間の条件で行えばよい。また本焼成時の酸素濃度は低いことが好ましい。これによりフェライト粉末のスピネル結晶中に意図的に格子欠陥を生成させることができるからである。結晶中に格子欠陥が含まれていると、後続する成膜工程で原料粒子が基材に衝突した際に、この格子欠陥を起点として塑性変形が起こり易い。そのため緻密で密着力の高いフェライト層を容易に得ることが可能になる。
【0062】
焼成物の粉砕は、好ましくは、乾式ビーズミルなどの粉砕機を用いて行う。乾式粉砕することで、焼成物にメカノケミカル処理が施され、結晶子径が小さくなるとともに表面活性が高くなる。表面活性の高い粉砕粉は、適度な粒径の効果と相まって、後続する成膜工程で得られるフェライト層の緻密化に寄与する。結晶子径が微細なフェライト粉末を用いることで、緻密なフェライト層を得ることができる。
【0063】
<成膜工程>
成膜工程(堆積工程)では、フェライト粉末をエアロゾルデポジション法(AD法)で樹脂基材の表面に成膜する。エアロゾルデポジション法(AD法)は、エアロゾル化した原料微粒子を基板に高速噴射し、常温衝撃固化現象により被膜形成する手法である。常温衝撃固化現象を利用するため、緻密で密着力の高い膜の成膜が可能である。また微粒子を供給原料に用いるので、原子レベルにまで原料を分離するスパッタリング法や蒸着法などの薄膜形成法に比べて、厚い膜を高い成膜速度で得ることができる。さらに常温成膜が可能なため装置の構成を複雑にする必要がなく、製造コスト低減の効果もある。
【0064】
エアロゾルデポジション成膜装置の構成の一例を、
図6に示す。エアロゾルデポジション成膜装置(20)はエアロゾル化チャンバー(2)、成膜チャンバー(4)、搬送ガス源(6)、及び真空排気系(8)を備える。エアロゾル化チャンバー(2)は、振動器(10)、及びその上に配置された原料容器(12)を備える。成膜チャンバー(4)の内部にはノズル(14)とステージ(16)とが備えられている。ステージ(16)は、ノズル(14)の噴射方向に対して垂直に移動できるように構成されている。
【0065】
成膜の際には、搬送ガス源(6)から搬送ガスを原料容器(12)に導入して、振動器(10)を作動させる。原料容器(12)には原料微粒子(フェライト粉末)が装入されている。振動により原料微粒子は搬送ガスと混合されて、エアロゾル化される。また真空排気系(8)により成膜チャンバー(4)を真空排気して、チャンバー内を減圧する。エアロゾル化した原料微粒子は圧力差により成膜チャンバー(4)内部に搬送され、ノズル(14)から噴射する。噴射した原料微粒子は、ステージ(16)上に載置された基板(基材)表面に衝突して、そこで堆積する。この際、ガス搬送により加速された原料微粒子は、基板との衝突時に運動エネルギーが局所的に開放されて、基板-粒子間、及び粒子-粒子間の結合が実現される。そのため緻密な膜の成膜が可能になる。成膜時にステージ(16)を移動させることで、面方向に拡がりをもった被膜形成が可能になる。
【0066】
本実施形態の製造方法で緻密なフェライト層が得られる理由として、次のように推察している。すなわち、セラミックは、通常は弾性限界が高く、塑性変形しにくい材料と言われている。しかしながら、エアロデポジション法での成膜時に原料微粒子が基板に高速衝突すると、弾性限界を超えるほど大きい衝撃力が生じるため、微粒子が塑性変形すると考えている。具体的には、微粒子内部で結晶面ズレや転位移動などの欠陥が生じ、この欠陥を補償するために、塑性変形が生じるとともに結晶組織が微細になる。また新生面が形成されるとともに物質移動が起きる。これらが複合的に作用する結果、基板-粒子間、及び粒子-粒子間の結合力が高まり、緻密な膜が得られると考えている。さらに塑性変形の際にフェライトの一部が分解及び再酸化されて、高抵抗化に寄与するα-Fe2O3が生成すると考えている。また成膜初期段階で基板たる樹脂基材に衝突した微粒子が基材内部に侵入し、この侵入した微粒子がアンカー効果を発現させることで、フェライト層と基材との密着力が高まるのではないかとも推測している。
【0067】
緻密なフェライト層を得る上で、原料フェライト粉末の平均粒径は重要である。本実施形態では、フェライト粉末の平均粒径(D50)を2.5μm以上10.0μm以下に限定している。平均粒径が2.5μm未満であると、緻密な膜を得ることが困難になる。平均粒径が小さい粉末は、これを構成する粒子の質量が小さいからである。エアロゾル化した原料微粒子は、搬送ガスとともに基板に高速衝突する。基板と衝突した搬送ガスは、その向きを変えて、排出ガスとして流れていく。粒径が小さく質量の小さい粒子は、搬送ガスの排出流に押し流されてしまい、基板表面への衝突速度、及びそれによる衝撃力が小さくなってしまう。衝撃力が小さいと、微粒子が受ける塑性変形が不十分になり、結晶子径が小さくならない。成膜された膜は緻密にならず、粉末が圧縮されただけの圧粉体になってしまう。このような圧粉体は、多数の空孔を内部に含んでおり、磁気特性及び電気特性に劣るものになる。その上、基材との密着力が高くならない。一方で平均粒径が10.0μmを超えて過度に大きい場合には、1個の粒子が受ける衝撃力は大きいものの、粒子同士の接触点の数が少なくなる。そのため塑性変形及びパッキングが不十分になり、緻密な膜を得ることがやはり困難になる。
【0068】
エアロゾルデポジション法による成膜条件は、緻密で密着力の高いフェライト層が得られる限り、特に限定されない。搬送ガスとして、空気や不活性ガス(窒素、アルゴン、ヘリウム等)を用いることができる。しかしながら、ハンドリングの容易な大気(空気)が好ましい。
【0069】
所望の磁性複合体が得られる限り、搬送ガスの流量は限定されない。しかしながら、流量は6.0L/分以上が好ましく、7.5L/分以上がより好ましく、10.0L/分以上がさらに好ましい。搬送ガス流量が少ないと、基板への衝突における原料粒子のエネルギーが小さいため、成膜の際に原料粒子の塑性変形が十分に行われない。そのため原料粒子の結晶性が残留し、得られるフェライト層のX線回折線の半値全幅(FWHM)が小さくなる。搬送ガス流量が大きいと、成膜の際に原料粒子の塑性変形が十分行われるが塑性変形時に必要以上に酸化する。フェライト層の一部が酸化物となるため、得られるフェライト層のX線回折線の半値全幅(FWHM)が大きくなる。さらに、基材へのブラスト現象が発生し、十分な膜厚が得られない。搬送ガス流量の上限は20.0L/分以下が望ましい。
【0070】
成膜チャンバーの内圧は、例えば、成膜前で10~50Pa、成膜中で50~400Paであってよい。ただし成膜中の内圧が過度に低いと、得られる磁性複合体をRFIDタグに適用した場合に、読み取り性能が低くなる場合がある。したがって、成膜中の内圧は140Pa以上が好ましい。
【0071】
樹脂基材(ステージ)の走査速度(移動速度)は、例えば1.0~20.0mm/秒であってよい。フェライト層表面の算術平均粗さ(Ra)は基材(ステージ)の走査速度(移動速度)に依存する。走査速度を制御することで、表面Raを適切な範囲内に調整し、それにより、読み取り性能に優れた磁性複合体を得ることが可能になる。
【0072】
またコーティング(成膜)は、所望の膜厚が得られる限り、1回のみ行ってもよく、あるいは複数回行ってもよい。しかしながらフェライト層の膜厚が小さいと、これを備える磁性複合体をRFIDタグに適用した場合に、読み取り性能が低下する恐れがある。得られるフェライト層の膜厚を十分に確保する観点から複数回行うことが好ましい。コーティング回数は、例えば5回以上100回以下、好ましくは15回以上である。
【0073】
このようにして、本実施形態の磁性複合体を得ることができる。得られた磁性複合体において、フェライト層は電気絶縁性などの諸特性に優れている。また樹脂基材との密着力が高い。実際、本発明者らは、密着力が鉛筆硬度で6Hのフェライト層を備えた磁性複合体の作製に成功している。その上、限定されるものではないが、薄層した樹脂基材を備えた磁性複合体は可撓性を有するため、複雑形状のデバイス作製が可能になる。このようなフェライト層を備える磁性複合体は、RFIDタグ、特にUHF帯RFIDタグの用途に好適である。またこの磁性複合体は、RFIDタグ以外の用途、例えば、コイル及び/又はインダクタ機能を有する素子又は部品、電子デバイス、電子部品収納用筐体、電磁波吸収体、電磁波シールド、あるいはアンテナ機能を有する素子又は部品に適用可能である。
【実施例0074】
本発明を、以下の実施例を用いて更に詳細に説明する。しかしながら本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0075】
(1)磁性複合体の作製
[例1]
例1ではNi-Zn系フェライトを主成分とするフェライト粉末を作製し、得られたフェライト粉末を塩化ビニル(樹脂)基材上に成膜して磁性複合体を作製した。フェライト粉末の作製及び成膜は以下の条件で行った。
【0076】
<フェライト粉末の作製>
原料として、酸化鉄(Fe2O3)、酸化亜鉛(ZnO)、酸化ニッケル(NiO)、及び酸化銅(CuO)を用い、Fe2O3:ZnO:NiO:CuO=48.5:29.25:16:6.25のモル割合になるように原料の秤量及び混合を行った。混合はヘンシェルミキサーを用いて行った。得られた混合物を、ローラーコンパクターを用いて成型して、造粒物(仮造粒物)を得た。
【0077】
次いで、造粒した原料混合物(仮造粒物)を仮焼して、仮焼成物を作製した。仮焼成は、ロータリーキルンを用いて大気雰囲気下850℃×2時間の条件で行った。
【0078】
その後、得られた仮焼成物を粉砕及び造粒して、造粒物(本造粒物)を作製した。まず仮焼成物を、乾式ビーズミル(3/16インチφの鋼球ビーズ)を用いて粗粉砕した後、水を加えて、湿式ビーズミル(0.65mmφのジルコニアビーズ)を用いて微粉砕してスラリー化した。得られたスラリーは固形分濃度が50質量%であり、粉砕粉の粒径(スラリー粒径)は2.56μmであった。得られたスラリーに分散剤としてポリカルボン酸アンモニウム塩をスラリー中固形分25kgに対して50ccの割合で加え、さらにバインダーとしてポリビニルアルコール(PVA)の10質量%水溶液を500ccの添加量で加えた。その後、分散剤とバインダーを添加したスラリーを、スプレードライヤーを用いて造粒して、本造粒物を得た。
【0079】
そして、得られた本造粒物を、電気炉を用い、酸化性雰囲気下1100℃×4時間の条件で焼成(本焼成)して焼成物を作製した。次いで、得られた焼成物を、乾式ビーズミル(3/16インチφの鋼球ビーズ)を用いて粉砕して、粉砕焼成物を得た。
【0080】
<成膜>
得られた粉砕焼成物を用いて、樹脂基材の表面にフェライト層を成膜した。樹脂基材として、厚さ0.75mmの塩化ビニル(PVC)基板を用いた。このPVC基板は無色透明であった。また成膜は、エアロゾルデポジション法(AD法)により以下の条件で行った。
【0081】
‐キャリアガス(搬送ガス):空気
‐ガス流量:7.5L/分
‐成膜チャンバー内圧(成膜前):30Pa
‐成膜チャンバー内圧(成膜中):150Pa
‐基板走査速度:10mm/秒
‐コーティング回数:各面10回(両面)
‐基材からノズルまでの距離:20mm
‐ノズル形状:10mm×0.4mm
【0082】
[例2]
例2では、成膜時のコーティング回数を各面10回から各面20回に変更した。それ以外は例1と同様にして磁性複合体を作製した。
【0083】
[例3]
例3では、原料である酸化鉄(Fe2O3)、酸化亜鉛(ZnO)、酸化ニッケル(NiO)、及び酸化銅(CuO)のモル割合を、Fe2O3:ZnO:NiO:CuO=48.5:33:12.5:6に変更した。また仮焼成、本造粒、及び本焼成の条件を表1に示すとおりに変更した。それ以外は例1と同様にして磁性複合体を作製した。
【0084】
[例4]
例4では、原料である酸化鉄(Fe2O3)、酸化亜鉛(ZnO)、酸化ニッケル(NiO)、及び酸化銅(CuO)のモル割合を、Fe2O3:ZnO:NiO:CuO=48:32.5:19.5:0に変更した。また仮焼成、本造粒、及び本焼成の条件を表1に示すとおりに変更した。それ以外は例1と同様にして磁性複合体を作製した。
【0085】
[例5]
例5では、成膜時のガス流量を10L/分に変更した。それに伴い成膜中のチャンバー内圧が変化した。それ以外は例1と同様にして磁性複合体を作製した。
【0086】
[例6]
例6では、成膜時のガス流量を15L/分に変更した。それに伴い成膜中のチャンバー内圧が変化した。それ以外は例1と同様にして磁性複合体を作製した。
【0087】
[例7(比較例)]
例7では、フェライト層(フェライト含有樹脂シート)を塗工法で作製した。具体的には、例1と同様にしてフェライト粉末を作製し、得られたフェライト粉末80質量部をアクリル系光硬化樹脂20質量部とともに分散混合した。その後、得られた混合物をPETフィルム上に塗工した。塗工は、アプリケーターを用い、厚さ750μmの塗膜が得られるように行った。次いで、得られた塗膜を紫外線で硬化させて磁性シートを作製した。なお、PETフィルムはフェライト含有樹脂シート(フェライト粉末80質量部+アクリル系光硬化樹脂20質量部)を塗工するために使用した。フェライト含有樹脂シート形成後にPETフィルムを取り除き、フェライト含有樹脂シート(樹脂組成物)のみで評価を行った。
【0088】
[例8(比較例)]
例8では、例1で得られた粉砕焼成物を、さらに湿式連続ビーズミル(アシザワ・ファインテック株式会社、スターミルLMZ)を用いて粉砕して微細化した。そして微細化した粉砕焼成物を用いて成膜を行った。それ以外は例1と同様にして磁性複合体を作製した。
【0089】
[例9(比較例)]
例9では、例1で得られた粉砕焼成物を、さらに湿式連続ビーズミル(アシザワ・ファインテック株式会社、スターミルLMZ)を用いて粉砕して微細化した。この際、粉砕条件を例6よりも強くして、微細化の程度を高めた。そして微細化した粉砕焼成物を用いて成膜を行った。それ以外は例1と同様にして磁性複合体を作製した。
【0090】
[例10(比較例)]
例10では、成膜時のコーティング回数を各面10回から各面1回に変更した。また、基板走査速度を20mm/秒に変更した。それ以外は例1と同様にして磁性複合体を作製した。
【0091】
[例11(比較例)]
例11では、成膜時のガス流量を1.3L/分に変更した。それに伴い成膜中のチャンバー内圧が変化した。それ以外は例1と同様にして磁性複合体を作製した。
【0092】
[例12(比較例)]
例12では、成膜時のガス流量を2.5L/分に変更した。それに伴い成膜中のチャンバー内圧が変化した。それ以外は例1と同様にして磁性複合体を作製した。
【0093】
[例13(比較例)]
例13では、成膜時のガス流量を5.0L/分に変更した。それに伴い成膜中のチャンバー内圧が変化した。それ以外は例1と同様にして磁性複合体を作製した。
【0094】
[例14(比較例)]
例14では、例1で作製した焼成物を粉砕せずに解砕・分級して、平均粒径が20μm程度の球形焼成物を得た。そして、この焼成物を用いて成膜を行った。それ以外は例1と同様にして磁性複合体を作製した。
【0095】
例1~例14につき、フェライト粉末及び磁性複合体の製造条件を表1、2及び4にまとめて示す。
【0096】
【0097】
【0098】
(2)評価
例1~例14につき、フェライト粉末、樹脂基材及び磁性複合体について、各種特性の評価を以下のとおり行った。
【0099】
<粒度分布(フェライト粉末)>
フェライト粉末の粒度分布を、次のようにして測定した。まず試料0.1g及び水20mlを30mlのビーカーに入れ、分散剤としてヘキサメタリン酸ナトリウムを2滴添加した。次いで、超音波ホモジナイザー(株式会社エスエムテー、UH-150型)を用いて分散した。このとき、超音波ホモジナイザーの出力レベルを4に設定し、20秒間の分散を行った。その後、ビーカー表面にできた泡を取り除き、レーザー回折式粒度分布測定装置(島津製作所株式会社、SALD-7500nano)に導入して測定を行った。この測定により、体積粒度分布における10%累積径(D10)、50%累積径(D50;平均粒径)、及び90%累積径(D90)を求めた。測定条件は、ポンプスピード7、内蔵超音波照射時間30、屈折率1.70-050iとした。
【0100】
<真比重(フェライト粉末)>
フェライト粉末の真比重を、JIS Z8837:2018に準じてガス置換法で測定した。
【0101】
<磁気特性(フェライト粉末)>
フェライト粉末の磁気特性(飽和磁化、残留磁化及び保磁力)を、次のようにして測定した。まず内径6mm、高さ2mmのセルに試料を詰めて、振動試料型磁気測定装置(東英工業株式会社、VSM-C7-10A)にセットした。印加磁場を加えて5kOeまで掃引し、次いで印加磁場を減少させて、ヒステリシスカーブを描かせた。得られたカーブのデータより、試料の飽和磁化(σs)、残留磁化(σr)及び保磁力(Hc)を求めた。
【0102】
<厚さ(樹脂基材、フェライト層)>
樹脂基材とフェライト層のそれぞれについて、断面を電界放出型走査電子顕微鏡(FE-SEM)を用いて観察し、加速電圧を1.0kV、倍率1000倍の条件で画像を得た。得られた画像における任意の10点で基材及びフェライト層の厚みを求め、その値を平均して厚さを求めた。なお、基材両面にフェライト層が成膜されているサンプルについては、表面及び裏面それぞれの厚みを求めたうえで、足し合わせた値を厚さ(dF)とした。
【0103】
<膜密度(フェライト層)>
フェライト層の密度を、次のようにして測定した。まずフェライト層を成膜する前の樹脂基材単体の質量を測定した。次いで、フェライト層を成膜後の樹脂基材の質量を測定し、樹脂基材単体の質量との差を算出して、フェライト層の質量を求めた。またフェライト層の成膜面積と膜厚を測定した。膜厚は、フェライト層の断面を走査電子顕微鏡(SEM)で観察して求めた。そして、フェライト層の密度を、下記(2)式にしたがって算出した。
【0104】
【0105】
<表面粗さ(樹脂基材、フェライト層)>
レーザーマイクロスコープ(レーザーテック株式会社、OPTELICS HYBRID)を用いて、樹脂基材とフェライト層のそれぞれの表面の算術平均粗さ(Ra)を評価した。各サンプルについて10点の測定を実施し、その平均値を求めた。測定はJIS B 0601-2001に準拠して行った。
【0106】
<XRD(フェライト層)>
フェライト層について、X線回折(XRD)法による分析を行った。そして、分析により得られたX線回折プロファイルにおいて、スピネル型結晶相の(311)面に基づく回折線(I311)の半値全幅(FWHM)を求めた。分析条件は以下に示すとおりにした。
【0107】
‐X線回折装置:パナリティカル社、X’pertMPD(高速検出器含む)
‐線源:Co-Kα
‐管電圧:45kV
‐管電流:40mA
‐スキャン速度:0.002°/秒(連続スキャン)
‐スキャン範囲(2θ):15~90°
【0108】
<表面抵抗(樹脂基材、フェライト層)>
樹脂基材とフェライト層のそれぞれについて、表面抵抗を、抵抗率計(三菱化学株式会社、Hiresta IP、MCP-HT260)を用いて測定した。具体的には100Vの電圧を印加し、その際の表面抵抗を測定した。各サンプルについて10点の測定を実施し、その平均値を求めた。
【0109】
<密着性(鉛筆硬度;磁性複合体)>
フェライト層と樹脂基材の密着性を鉛筆硬度試験(鉛筆引っかき試験)で評価した。測定は旧JIS K5400に準拠して行った。各試験では、同一の濃度記号の鉛筆で引っかくことを5回繰り返した。その際、1回引っかくごとに鉛筆の芯の先端を研いだ。なお、鉛筆硬度は、3B、2B、B、HB、F、H、2H、3H、4H、5H、6H、7H、8H、9H、10Hの順に高くなり、硬度が高いほど密着性に優れることを意味する。
【0110】
<密着性(クロスカット;磁性複合体)>
磁性複合体(基材厚さ750μm)についてフェライト層と樹脂基材の密着性をクロスカット法で評価した。測定はJIS K5600-5-6:1999に準拠して行った。また得られた評価結果に基づき、サンプルを以下の基準にしたがって格付けした。
【0111】
A:カットの縁が完全に滑らかで、どの格子の目にも剥がれがない。
B:カットの交差点において塗膜の小さな剥がれが発生する。クロスカット部分で影響を受ける数は、明確に5%を上回ることはない。
C:塗膜がカットの縁に沿って及び/又は交差点において剥がれている。クロスカット部分で影響を受ける数は明確に5%を超えるが15%を上回ることはない。
D:塗膜がカットの縁に沿って部分的又は全面的に大きく剥が剥がれている、及び/又は目のいろいろな部分が部分的又は全面的にはがれている。クロスカット部分で影響を受ける数はは、明確に15%を超えるが35%を上回ることはない。
E:塗膜がカットの縁に沿って部分的又は全面的に大きく剥がれている、及び/又は数か所の目が部分的又は全面的に剥がれている。クロスカット部分で影響を受ける数は、明確に65%を上回ることはない。
F:A~Eで分類できない剥がれ程度である。
【0112】
<アンテナ性能>
磁性複合体(基材+フェライト層)にRFIDラベルを貼り付け、UHF帯でのアンテナへの最大応答距離を測定した。具体的には、磁性複合体と基材のそれぞれについて、UHF帯における最大通信距離を電波暗室内で測定し、基材のみを用いた場合の通信距離に対する磁性複合体を用いた場合の通信距離の向上度合いを、通信距離変化率として求めた。
【0113】
‐評価装置:Voyantic社、Tag Performance Pro
‐RFIDラベル:Alien Technology社、ALN-9816 Pearl
‐テスト周波数:600-1200MHz
【0114】
(3)評価結果
例1~例14につき、フェライト粉末の特性と樹脂基材の特性を、それぞれ表3及び表4に示す。また磁性複合体の特性を表5に示す。なお表5において、表面抵抗はE表記での値である。すなわち、「E」の前の数値が仮数部を表し、「E」の数値が指数部を表す。
【0115】
表3に示されるように、例1~7及び例10~14で成膜に用いたフェライト粉末は、平均粒径(D50)が4.1μm以上と比較的大きかった。また真比重(5.47g/cm3以上)及び飽和磁化(σs;50.8emu/g以上)が高かった。このことから、これらのフェライト粉末ではフェライト化反応が十分に進行していることが分かった。なお例3のフェライト粉末のσsは50.8emu/gと若干低いのに対し、例4のフェライト粉末のσsは59.5emu/gと高かった。これらのフェライト粉末の組成が他のサンプルとは異なるためと考えられる。
【0116】
これに対して、例8及び9のフェライト粉末は、D50(1.5~1.8μm)、真比重(5.38~5.41g/cm3)、及びσs(47.8~48.7emu/g)が比較的小さかった。粉砕焼成物をさらに強粉砕して微細化したため、粒径が小さくなるとともに、結晶歪が加わり、磁気特性が低下したと考えられる。
【0117】
表5に示されるように、例1~6の磁性複合体は、フェライト層の厚さ(dF;5.7~16.4μm)及びX線回折線の半値幅(FWHM;1.0340~1.1520°)が本実施形態の要件を満足していた。またX線回折プロファイルにおいてスピネル型結晶相に基づく強いピークが観察され、スピネル型結晶相を母相としていることが分かった。さらに膜密度(4.53~4.81g/cm3)及び表面抵抗(9.23×1010Ω以上)が高く、密着性(鉛筆硬度で5H以上)に優れていた。そしてこれらの磁性複合体は、RFIDタグ通信距離変化率(124~137%)が高く、読み取り性能に優れていた。
【0118】
これに対して、塗工法で作製した例7では、膜厚(750μm)の大きいフェライト層(フェライト含有樹脂シート)が得られたものの、得られたフェライト層のFWHMは0.1303°と非常に小さかった。また通信距離変化率が67%と顕著に小さく、さらにフェライト層の密着性が劣っていた。非磁性体である樹脂を多量に含むため磁気特性に劣るとともに、FWHMが小さく、これらが通信距離(読み取り性能)低下につながったと考えられる。
【0119】
強粉砕した粉砕焼成物を用いて成膜した例8及び9では、緻密なフェライト層を得ることができなかった。具体的には、フェライト層が圧粉体となり、その膜密度(0.59~0.72g/cm3)及びFWHM(0.5780~0.5980°)が小さかった。その結果、通信距離変化率が97~99%と小さく、フェライト層の密着性に劣っていた。
【0120】
成膜膜時のコーティング回数(1回)が少ない例10では、FWHMが1.0300°と十分なものの、膜厚が0.38μmと小さいフェライト層しか得られなかった。そのため通信距離変化率が101%と小さかった。成膜時のガス流量を1.3~5.0L/分と少なくした例11~13では、FWHMが0.8000~0.9840°と小さいフェライト層しか得られず、このフェライト層は、その通信距離変化率が100~104%に留まっていた。
【0121】
平均粒径が20μm 程度の球形焼成物を用いて成膜した例14では、フェライト層を得ることができなかった。具体的には、フェライト層の成膜は進行せず、基材へのエッチング現象が発生した。その結果、通信距離変化率は99%となり、基材のみで測定したものと、殆ど同一の読み取り性能となった。
【0122】
以上の結果から、フェライト層の膜厚及びFWHMが所定範囲内に限定される本実施形態の磁性複合体は、膜厚が比較的厚く、電気絶縁性などの諸特性に優れ、さらに密着性が良好であることが分かる。またこの磁性複合体を備えたRFIDタグは、読み取り性能に優れることが理解される。
【0123】
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